2008年10月

2008年10月30日

いちから書き直せ!

 中山市朗です。

 昨日のブログで、みつけて〜! と叫んだら、ネスタ・H・ウェブスタ女史著『世界革命とイルミナティ』、「ネットで買えるよ」という反響、何件かいただきました。ほんま、このブログ読んでくれている人、多いんやなーと、ありがたく実感。
「図書館や○○大学の図書室にあるよ」という情報をくださった方もいましたが、そうやない。資料は手元に置いときたいんです。いつでも必要なときにサッとページを開きたいんです。
 たまに塾生が「資料貸してください」言うてくるけど信じられん。資料は自分で見つけて買うもんです。
 というわけで『世界革命とイルミナティ』、一番安い価格で買わせていただきました。

 メグさん、武層新木朗くん、島さん、碧さん、ファックスくれたけど名前のなかった誰かさん、ご協力ありがとうございました。

 実は、今もっとも欲しい本というのがあるんです。200年以上前、モーツァルトの友人であったイグナーツ・フォン・ボルンという、錬金術師でフリーメーソン象徴学の権威でウィーンのフリーメーソンの総括者で、イルミナティの指導者でもあった人が書いた自伝。これが読みたい。もっとも日本では出版されていなくって、本国オーストリア、ドイツでも稀本らしいので、どうにも・・・。それにドイツ語わからへんし。
 以前、NHK教育の「ドイツ語講座」に出てた自称モーツァルトの生まれ変わりの桂小米朝(現・米団治)さんに「もしこの本入手したら、翻訳頼む」と言ったら、「僕、実はそんなにドイツ語できませんねん」と言われた。あれ?
 ところで、イグナーツ・フォン・ボルンという男、モーツァルトの謎の死因を解く重要参考人なんです。今、それを解明中なんですわ、フフフッ。

 さて、29日の小説技法の報告です。

 前回のこのブログで説教したのが利いたのか、全員課題提出。
 個々の評価は今日は置いといて、これは以前からずーっと気になっていたことをひとつ。あの、これは塾生以外でも作家を目指している人は心当たりあるやろうから、そういう人にも読んでもらいたいのですが。

 合評では、手直し、削る、書き足す、表現を変える、構成を練り直す、台詞を生かす、説明文をドラマにする、キャラクターの言動について再考する・・・などと、修正箇所がどんどん出てくるわけです。それを家に持ち帰って修正し、次の合評にかける・・・を繰り返しています。
 ただ、毎回言われた通り修正はしているんだけど、ちっともよくならない。そんな状態が続くことが多々あります。なぜでしょう。

 原因はパソコンです。

 昔は手書きで原稿用紙を埋めていたわけです。で、あかん、と思ったらクシャクシャと丸めてゴミ箱にポイ。そしてまた白紙の原稿用紙に向かう。
 書いては捨て、書いては捨て・・・そのうちひらめきが!

 そううまくいくかは別として、つまりこの頃は小説の書き直しを重ねていたわけです。ところが、今はパソコン、ですわ。

 パソコンで作業すると、クシャクシャ、ポイがない。修正するところだけけしたり、足したり。でも稚拙な元の文は捨てずに残っています。全部文章を消すことはしない。そら、ラクやからですな。全部書き直すのは大変やけど、修正するとこだけ修正すれば・・・。
 これね、このまま改稿を重ねていくと、原稿が大変いびつなものになるんです。なぜなら修正が重なっているところはどんどんよくなっているんですが、一番最初に書いた稚拙な文章もそのまま残っていますから、それがひとつの作品の中に共存しているもんやから、バランスが崩れてくるんです。しまいには、修正箇所が却って浮いてきたりする。

 いちから書き直せ!

 言いたいわけです。登場人物の台詞をちょっと変えただけでも、その後のその人物の言動が大きく変わり、状況も変わります。そこでやっと登場人物が生き出すんです。ところが、ちまちま修正ばっかり重ねていると、そのおうち、登場人物の言動が矛盾してきたり、シーンとシーンが繋がっていなかったりという状態を生んでしまいます。これではなんのための修正かわからなくなってしまいます。

 マンガのネームもそう。
 本来ならば、ひとコマ変えただけで全体のバランスが崩れるはず。

 家の修繕をあちこちしているうちに、ツギハギだらけになって汚くなるでしょう?
 しまいにはそれを見られたくないから、タンスで隠したり、ポスターを貼ったり・・・、でもそんなん、ごまかしや。と実は住人が一番気づいているはずです。

 リフォーム!
 
 勇気をもってこれをやるべきです。
 ほんまの家のリフォームならお金がかかりますけど、創作上のリフォームはお金がかからん! みんなこれをやらん。ちまちまとパソコン上で直して「はい、言われたとこ修正しました」やなんて、それ手抜きと言わせてもらいまっさ。
 例えば、味を追求するプロのラーメン屋さんがいるとする。
 スープの材料の調合しては味見、しては味見・・・。
「ダメだ!」
 で、スープをザーッと捨てる。
 頭抱えて「そうじゃないんだ、なにかが足りない。なにかが足りない・・・」
 で、もっぺんイチからやり直す。
 これです。
 プロの味の追及とは!

 ずっとずっと前から言いたかったことです。
 修繕で済む場合もあるけど、なかなか次に進まんと思ったら書き直しましょう。

 ところで坂本ナオキくん。『ナバロンの要塞』とはなかなかやるじゃん。
 男の子としては必見の作だ!
 キミの選択肢に乾杯。
 

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2008年10月29日

古本屋街はアミューズメント・パークである

 中山市朗です。

 彼女にフラれました、という見出しでその事情を赤裸々に(?)書いたウチの総務、スガノくんのブログが、塾生の間で話題となっています。
 またか、って言って。
 その彼女は、古本屋をはしごすると激怒する、とありましたが、以前私が付き合っていた人は、彼女自身は本に全然興味がなかった(部屋にほとんど本がなかった)のに、古本屋めぐりにはニコニコして付いて来てくれました。
 これがほんまの愛情だよ、スガノくん。
 まっ、とうに別れましたけど。
 
 まあ、作家やねんから古本屋をはしごするのは当たり前。

 その古本が今、ブームだそうです。
 そういや、先週東京に行った折、日本一の古本屋街、神保町に寄ったけどえらい人でした。あそこは御茶ノ水に近いので大学生向けの食堂なんかもあって、安く昼食が食べられるし、中古レコード屋もあって一日中はしごしても全然退屈しません。
 大阪も古本屋街あるけど、全然規模が違う。
 ちなみに今や秋葉原に次ぐオタクの殿堂と化しつつある大阪日本橋は、数年前までは電気屋街で、なんとかラジオ店、なんちゅう電気屋さんが軒を並べていました。
 で、それ以前の戦前は、実は大阪日本橋は古本屋街だったそうです。
 その遥か前、江戸時代になると、上方落語に出てくるように宿屋街だったんですけど。

 話が逸れた。神保町の古本屋でした。
 捜していた本があるある!
 今、私はモーツァルトをモチーフにしたフリーメーソン小説に挑戦中なんですけど、参考にと捜していた本・・・。
 ダルヒョウ、ドゥーダ、ケルナー共著の『モーツァルトの毒殺』1、2巻。フランシス・カー著『モーツァルトとコンスタンツェ』、原研二著『シカネーダー伝〜「魔笛」を書いた興行師〜』(メッチャ捜していた!)を入手。読んでいるうちに、色々発見があって、なるほど。こら、今まで書いていた原稿、またまた書き直しですわ・・・。
 この他、モーツァルトの時代と日本の関係を調査するために、的場節子著『ジパングと日本』、ルイス・フロイスというイエズス会師が書き連ねた『日本史』全5巻、『江戸役人役職大辞典』、それに今回の原稿とは全然関係ないけど末永照和著『ピカソ』、欠番だった『奈良県史・神社編』、荒木博之、奥野正男著『邪馬台は東還したか』も購入。
 重い、重い帰りでした。
 えっ、ネットで検索?
 やっぱり、あしげく古本屋に行くのがいいんですよ。「えっ、こんな本があるんや」とアンテナ張ってない本の発見があるし、パラパラッとページめくったら買うべき本か、そうでないかが判りますから。赤鉛筆やボールペンで書き込みのある本もあるしね。
 まあ、E・ケンペルという江戸・元禄時代に日本を見てまわったというドイツの医師が書いた『日本史』6巻はネットで買いましたけどね。本当は全7巻なんですけど、1巻きはどうしても入手できず。
 この本はヨーロッパに日本が本格的に紹介された最初の書籍、ということになっています。当時、鎖国の状態でオランダとしか交易せず、しかもオランダ人も長崎の出島に閉じ込められていたはずなのに、ドイツ人が日本に入国できて、しかも江戸へ二度も行っているらしいがなぜ? というところから、もう興味津々。
 で、読んでみると奇抜で貴重な資料です。おもろすぎる!

 でなわけで、古本屋街は私にとってアミューズメント・パーク!
 スガノくんの元カノじゃないけど、私はもし付き合った女性がカラオケばっかり行ってたら激怒するでしょうな。
 カラオケで歌っている暇があったら、本の一冊、映画の一本でも観たいから。
 まあたまにはええやろけど、あんまり行ってると頭パーになるで。

 ちなみに、やっぱりどうしても見つからない一冊もあり。
 ネスタ・H・ウェブスタ著、馬野周二訳『世界革命とイルミナティ』。17年ほど前に東興書院から出版されていたものです。
 誰か、みつけて〜! 


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2008年10月27日

広い交流を持ちましょう!

 中山市朗です。

 先日、ちょっと嬉しい出来事がありました。
 専門学校時代の私の教え子であったライターの堤谷くんから電話があったのですが、

「今、仕事をやっている編集さんと一緒なんですけど、先生の話をしたら是非お会いしたいということになったんです。もし、よろしければ一度いかがでしょう?」

 続いてその編集の方が出られて、「是非お会いしたのですが」と。それで日にちを設定したんです。

 まあ、私は専門学校の講師時代から教え子に、編集さん、編プロさん、映画やテレビ、ゲーム制作のプロデューサー、広告代理店の担当者、ビデオや音楽メーカーの制作者、作家やマンガ家さんに合わせたことは、もう数えきれないほどあります。それが縁となって共に仕事をしたという元教え子もたくさんいますが、逆、つまり教え子に紹介してもらうというのは、今回が初めてやったんです。
 これは嬉しい。それだけ彼が信用されて、余裕も出てきたという証拠ですわ。

 思えばジョージ・ルーカスが自ら監督した『スターウォーズ』の第二作目を、大学時代の恩師、アービン・カーシュナーにオファーし、カーシュナーは『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』を監督、シリーズでもっとも演出力が評価される作品となったことは周知のことです。高橋洋さん(『リング』などの脚本家)と清水崇さん(『呪怨』などの監督)の師弟関係も見ていて、なかなか羨ましいものがありました。

 と、いうわけで昨夜、堤谷くん同伴で、H社という出版社の方と飲みながら色々話をさせていただきました。H社は大阪の出版社で、子供向けの出版社としては名の知られている会社です。編集の方は熱心な人で、実はこういう企画がウチとしては欲しいので、書いてもらえませんか、ということをおっしゃられ、私も常々今の子供たち若い人に向けて、「これはやっとかなあかんやろ」という確固たる思いがあったので、正直にそれを申し上げました。でも大阪の出版社、というのがええですね。なんでもかんでも東京発信というのは、ほんま危険。「お互い大阪から面白いことを仕掛けましょう」という心意気は見事一致しました。でも、堤谷くんがその編集さんに絶対の信頼をもってもらっているという雰囲気がひしひしと伝わって、それが私には嬉しかったわけです。

 正直に言って、学生時代の彼はダメダメ学生、というか、あんまり印象になかった・・・。ところがどうしたわけか、卒業してから私のところに原稿を持ってきた。それが児童向け小説やったんですけど、一応読んでアドバイスはした。でも「俺が100点つけたところで、俺がデビューさせられるわけやない。出版社になんで持ち込まん?」と持ち込み方のアドバイスをしたら、本当に実行に移して東京の出版社に片っ端から電話、40社ほどかけたらしい。そしたら「会ってもいいよ」と言われたのは1社か2社だけ。でも「1社でもあるんやったら、絶対に行くべきや」と言ったら、「先生、すぐ東京へ行ってきます」と言うので、「アポなしの持ち込みの秘伝」を伝授。彼はその通りの行動を起こして、業界の厳しさや大変さを身にしみて感じたわけです。度胸と自信も同時にできた。そこに今の彼の原点があるように思うのです。今や堤谷くんは、男性でありながら育児書の専門家であるというオンリーワンの特徴を生かして、東京の出版社からも重宝がられるライターとまで成長しました。でもこの行動力と飲み込みの早さは、塾生でこの秋にライターデビューした武層新木朗に似てますわ。
 やっぱり書いているだけじゃ駄目。行動に起こさんと。
 ただし、堤谷くんの目標は、やっぱり児童文学を書くこと、のはず。
 早く児童文学作家になってもらいたいものです。焦ることはないけど。

 ところでさっき、大阪芸大生から電話がありました。
 塾生の坂本ナオキくんがブログに何度か書いていたように、この前塾生10人ほどと芸大生7人でで映画鑑賞会&飲み会を私の書斎で行なったのですが、「やる気が低い」とか坂本くんにブログで叩かれて・・・、「いや、あれから意識が変わったんです。それにあの飲み会、すごく有意義で未だに興奮しています。またお邪魔してもいいですか」とのこと。
 いーじゃん、えーやん。夢を追って共に話し、飲み、刺激し合う。それが必要なのよ。仲間内で固まってばかりではアカン。
 うちの塾も小さいけど、だからこそ色々な人、それこそ同じ学生やから業界人までとにかく接触して、仲間を増やしてほしいと思っているわけです。やっぱり1人じゃ悩んでしまうし、それに出版や映像の業界って、案外狭いから今のうちから知り合いを増やすというのは絶対に後で利いてくる。ほんまに。
 それに芸大生、私の後輩やからね、やっぱり目標を達成してほしい。
 塾生と違うから、と遠慮することはない。いつでも遊びにおいで。

 桐の一門、入らへん?

 ちなみに桐の一門落語会は、来月16日、ワッハ上方4階「上方亭」にて開催します。
 詳しくは塾のHPから、「へたなら寄席」の項目をクリックしてください。



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2008年10月24日

帰阪

 中山市朗です。

 今、東京より戻ってまいりました。
 昨日のこのブログに書きましたとおり、北野誠氏のGyaoの番組『ありえない』で映っていた白いモヤの正体を探りに渋谷にあります制作会社を訪ねました。家をそのまま制作ルームに使用しているような会社で、この中で「ひとりかくれんぼ」をタレントの女の子がやって妙なものが映りこんだ、というわけですな。
 ちなみに番組は無料で、今も見れます。

 やっぱり後日、色々あったとスタッフの方々の証言もとれました。
 そしたら「押入れ」「人形」「呪術」ということがキーワードとなりました。

 で、もう一軒行ったんです。北野誠氏大推薦の都内にあるゲームセンター。
 取材許可を出してくれた店長さんに聞くと、出てくる出てくる奇妙な体験談。
 実はここは、何度かテレビや雑誌の取材を受けているようで、「まあ、お客さんに悪さはしてませんから、幽霊さんたちと仲良く同居できればいいなと」と店長さん。
 誠氏は「この前来たとき、首のないピエロの人形があって、むっちゃ怖かったわ。状況が状況なだけに、よぉ触らんかった」と、店長さんと恐ろしかった思い出話を。
 ところが現場に行くと、誠氏と店長さんの顔から血の気がサッと引いた!
「なんでこのピエロ、ここにあんの!?」と誠氏。
「確かこれ、ゴミにして捨てました。な、なんで?」と店長さん。
 捨てたはずの首なしピエロの人形がそこに!

 色々探っていくと、これがまた「押入れ」「人形」「呪術」というキーワードが出てきたんです。ちょっとこれは・・・。

「これ、まるで『なまなりさん』やん!」
 と叫んだのは、北野誠さんでした。

 詳しくは言えません。
 12月発売予定の『幽』10号「やじきた怪談旅日記」にて、明らかにします。
 あ〜、怖っ。

 ところで『なまなりさん』といえば、本日の午後、MFのコミック編集部とマンガ家の千乃ナイフさんと打ち合わせをしました。場所は東京駅八重洲近くの喫茶店。そう、私と体験者の伊東氏と著書の冒頭で会ったあの喫茶店です。
 実は、コミックになることが決定しました。
 千乃ナイフさんは、当初から『なまなりさん』をコミックにしたくて、編集部に打診していたそうですが、企画が割りとスムーズにいって、まず来年3月頃から携帯サイトで連載配信をして、夏ごろには一冊のコミックとして書店に並ぶそうです。

 千乃ナイフさんにいろいろと、原作をコミックにするための方策、イメージ、演出意図などを聞かせてもらいましたが、なーるほど。これは塾生に是非聞かせてやりたいお話でした。私にもアイデアがあったので、「じゃあ、こうしましょうよ」「こういうのはどうですか?」と、えらいイメージが膨らんで、編集さんも「これはうまくいきそうですね」と上機嫌だったのですが、

「じゃあ千乃さん、これ、本のラストで伊東さんから預かったというDVDです。琉球金剛院流のお祓いが入っています。白ーい、霊気のようなものが映っていますが、なにかわかりません。島本の姉妹の本名(もちろん著作の中は偽名です)が書かれた半紙と、最後に、なまなり、が映り込んだ水晶玉(破邪乃御玉)と波邪の剣、仏壇の扉の様子もちゃんと収録してあります」

 と言って渡すと、千乃さんが編集さんにそのDVDを渡して「じゃあ、これダビングお願いできますか」

 その瞬間、編集さんの顔から血の気が引いて・・・

「これ、本当にあった話なんですね・・・」

 そりゃそうや、実話や!

 ところで伊東さん。もしもこのブログを読んでいらしたらご連絡下さい。
 ご無事でおられるのでしょうか?
 色々とご相談したいことがあります。


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2008年10月22日

東京へ

 中山市朗です。

 本日、17時17分発の新幹線にて東京へ向かいます。
 北野誠氏のGyao配信の番組『ありえない』で映った幽霊(私の8月11日のブログをお読み下さい)のようなものの正体を探りに行くわけです。

「Gyaoの番組観ましたけど、白いモヤッとしたものがわずかに確認できるだけで、よくわかりませんでした」と何人かの人に言われたけど、パソコン配信じゃ見えませんわ。

 でも、制作会社から送ってくれた番組収録したDVDを、ウチのハイビジョン対応の大型モニターで観てみると・・・わかります。やっぱり人です。歩いています。

 今回は私と北野誠氏に加えて、霊能者も同行するようです。
 
 最近、ちょっとだけ霊的感覚が出てきた私ですが、今回はいかなることに?

 では行ってまいります。

 ところで日本の捜索隊が、ヒマラヤで今度こそ本物のイエティ(Yah Teh=ネパール語で岩動物)、日本語でいうところの雪男の足跡発見! というニュースが飛び込んできましたが・・・?


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2008年10月16日

10/15の小説技法

 中山市朗です。

 いきなりですが叫びます。

 ぶぅわかもーーーーーーーん!

 現塾生で小説家志望者は7人(小説技法の講座を受けている人はもっといますが)。そのうち、HさんとAさんは、お仕事が忙しくなったため今月と来月は休みますとのこと。それは仕方がない。観光シーズンだもんねHさん。
 Aさん、せっかく思案していた小説が出来上がってきた途端に足踏みとは、ちょっともったいないぞ。

 そして今日、Sくんから「今日は休みます」という連絡。そしてKくんは無断欠席! Aくん、Kくんともに作品はちゃんと提出してあったのですが・・・。
 残り3人。
 おいOくん、作品が出てないやないか!

 ということで、今日から復帰の脚本家志望のT井くんを含めて、15日の小説技法の参加者は6人。
 で、この日の合評作品はたった二編。

 ずぅわほーーーーーーーーーーーーーーーーっう!

 プロを目指すという人間が、これはアカン。
 情けないわ、哀しいわ、虚しいわ、死にたいわ(それは思わん)
 
 やっぱりね、何があってもまず作品は提出せなあかん。未完成でもええやん。とにかく課題提出日は締切日やねんから、ここに焦点を合わせて作品創りをすることを、プロになりたいというなら第一優先すべき。これは性根と信用の問題。
 どんな締め切りでも必ず守る、という信用はやっぱり大きいよ。そういう人に原稿の依頼はくるものです。
 そして合評はその作品を練り上げて、考え方や手法、構成、表現力を高める絶好の場になっているはず。プロになったら必ず編集からアカが入れられて原稿が返ってくるけど。その意味を理解し、どう直していくかの修練にもなる。
 それを簡単に欠席とは!

 これをやってしまう人って、1回では済まないのよね。絶対に常習化してくる。それが怖いわけ。Sくんも欠席は今回が初めてではないし、Oくんはやる気を前面に出しながら作品が出ないことが多い。Kくんはまだ高校生ということもあって、緊張感に欠けているんでしょうな。あぶないあぶない。
 これはマンガ家志望者にも言えることだけど、「今考えています」とか「構想を練っています」というのは、こっちは言い訳にも聞いてないからね。駄文でも落書きレベルのものでもいいから、ともかく書(描)きまくること。書き溜めること。

 SF界の重鎮、小松左京氏は、こんなことを言っています。
「当時は(昭和20年から30年代初頭の頃)原稿用紙が貴重で1回だけ使うのはもったいないから裏紙を使用。それが日の目を見ずに溜まりにたまった山となった。で、大学を出る頃、この原稿の束を庭で焼こうとしたら友人が「もったいないことをするな!」と言ってくれた。「お前は俺の小説をわかってくれるのか」と感激に胸を詰まらせていると「廃品回収に売ったら、焼酎が一杯飲めるやないか」と・・・。かくて小松左京の最初に売れた原稿は、一貫目いくら、だったのです(小松左京著『未来からのウィンク』)」と。ちなみに一貫とは、3.75グラムです)」

 これ、わかりますよね。学生時代にそれだけの量を書いていたということ。
 原稿用紙が束となって山積みされていた・・・これですよ。
 以前、塾生には石ノ森章太郎の『墨汁一滴』と『ボクの落書き帖』を見せたと思うけど、あれ見てどうよ。
 やっぱりちょっとみんな、筆遅いよ。いや、遅すぎるよ。

 その中でも、毎週休まずに来て原稿を落としたことがないIさん、Tくんはやっぱり他の人とは違ってメキメキと腕をあげています。何より意識の持ち方がしっかりとしてきた。
 Tくんはだいぶん読みやすくなって(正直、塾に入ってきた頃はナンセンスすぎてよくわからんかった)無駄もなくなった。だから彼独特のナンセンスなギャグや世界観が生き出してきた。つまり緊張と緩和ですな。緊張の部分が書けるようになった。今の課題はキャラクターと世界観の掘り下げです。Tくんは短編なら書けると思うけど、長編となると掘り下げる作業がいります。深みというか、問題の提起というか、感動を生む要素というか・・・。まあ、ひとつひとつ少しずつクリアしつつある状況です。いや、クリアするべき問題がハッキリしてくる、というのは書かないとわからないものです。

 Iさんは、日本神話を題材にした少女が対象のファンタジーと、難しいものに挑戦しています。しかもこれは投稿を目的としたものですから、自己満足しては絶対にいけない。塾生の中には、日本神話を全然知らないし、興味もないという人もいます。そういう人が「これは面白い。続きを読んでみたい」と少なくとも思わせることが今のところの最低限必要なことというわけです。で、まあ私は日本神話(というか古代史)については、相当うるさいタチなので、専門的な立場、つまりはそういうことにウルサイ読者の目線からアドバイスしていますので、これは相当難しい題材だと思われますが、環境としては恵まれていますわな。だから彼女の熱意と書くことへの真摯なたいどをもってして、きっとこれらを克服するに違いないと信用できるところまで成長してきているわけです。だから厳しいことが言える。これ、大事。まあ以前厳しいことを言い過ぎてちょっと悩んだみたいやけど。そんなん、編集とのやりとりから見ると、日常茶飯事やで。
 厳しいこと言ったら辞めるんちゃうやろか、思わせたらあきません。同人サークルやったら、それでええんやろうけど。厳しい指摘があってこそ、プロへの道が開けるんやから。
 時間は2時間。この二人の作品は、たっぷり時間をかけて分析、解剖、指摘とあいなりました。まあ、これもタフな二人やからできたことかな。

 ところで次週22日の作劇ゼミは、私に代わって総務の菅野くんが担当します。というのも、『幽』に連載中の「やじきた」の取材日と重なってしまいましたので。当日は東京へ幽霊に会いに行きます。ネトラジも私抜きでの収録となります。授業見学の方、ネトラジ出演希望で来られる予定の大学生の方、菅野よりメールがあったかと思いますが、そういうことです。ご了承下さい。




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2008年10月15日

京都映画祭に参加した塾生の自慢話を聞く

 中山市朗です。

 1908年、京都の興行師、横田永之助からの依頼で、マキノ省三という男が『本能寺合戦』という時代劇映画を撮りました。日本初の職業映画監督の誕生です。翌年には旅役者をしていた尾上松之助主演の『碁盤忠信・源氏礎』が作られ、尾上松之助は日本映画スター第一号となります。マキノ省三はそれ以後驚異的なペースで映画を製作し、京都太秦撮影所の基礎を作り、坂東妻三郎、嵐寛寿郎、片岡千恵蔵といった時代劇の大スターを育て、衣笠貞之助、二川文太郎、内田吐夢、山上伊太郎、寿々喜多呂九平といった監督や脚本家が排出していきました。

 マキノ省三が「日本映画の父」と言われる所以です。

 省三の実子がマキノ雅弘です。父亡き後、雅弘はその活動屋魂を引き継ぎ、日活、その後は東映で「おもしろくなければ映画じゃない」をモットーに数々のヒット作、話題作、実験作を世に出しました。阪妻主演の『決闘高田の馬場』と、ディック・ミネ主演で、あの志村喬も陽気に歌うオペレッタ映画『鴛鴦歌合戦』はもう大いにオススメです。そして東宝で撮った森繁演じる森の石松が絶品の『次郎長三国志』! 全9部のこの映画は、来月NHKのBSでオンエアされるそうなので、これも必見! 高倉健さんをスターダムに押し上げたのもこの監督さんです。

 このようにマキノという名は日本映画のブランドであり、マキノプロ専属の大スターであった沢村国太郎を父に、省三の四女にあたる女優のマキノ智子を母に生まれたのが、俳優の津川雅彦さんで、一昨年『寝ずの番』を初監督した際、マキノ雅彦となのったのは、そういう背景があったわけです。ちなみに『七人の侍』で槍をもったずんぐりとした侍、七郎次を演じた加東大介は、黒澤や成瀬作品、「社長シリーズ」などの名バイプレイヤーでしたが、父が沢村国太郎さんだったのです。そして加東大介の息子、加藤晴之は黒澤明監督の娘の和子さんと一時結婚していたから、「黒澤明も一時はマキノ一家だったんだ」と津川さんはテレビのインタビューでおっしゃっていました。

 前置きが長くなりました。 
 さて、13日の夜、塾生Mさんから電話。

「今から先生のとこ寄っていいですか?」とMさんは少々興奮気味。
 そうです。うちの塾生10人ほどが「マキノ映画誕生百年」、つまりは「京都映画百年」の意味をもって開催された第6回京都映画祭に行っていて、お目当てのクロージング・セレモニーに参加、色々な映画人と話ができたと自慢をしに来るわけですな。
 ほんまは私も行きたかったんですけど、この日はある原稿の入稿日だったので断念。会場は予約さえしておけば一般人も参加できるとあって、つまりは映画関係者がズラリと会場にいるわけですから、これは話しかけたり、アドバイスをもらったり、お友達にもなれるチャンスですわな。で、そんな機会は他にまあないですよね。できれば私もマキノ雅彦監督とお話してみたかった。『寝ずの番』おもろかったもんね。
 一般の入場者は約50人ほどで、ウチの塾生以外で学生風の人はほとんど見かけかなかったそうです。芸大で教えている中島貞夫監督や、太田米男先生(私も学生の頃、太田先生の授業を受けていました)といった方々がいながら、芸大生の姿がないとは信じられん。私が学生やったら絶対鞄持ちしてでも楽屋に入れてもらうけどなあ。それが特権やないか。

 会場には中井貴一主演の新作『次郎長三国志』を公開中のそのマキノ雅彦監督や、林海象監督、東映時代劇の女優さんたちもおられたとか。丘さとみ、富司純子、といった色紙を私の前に出して「これを自慢しに来ました」というMさん。それは宝の持ち腐れや。知らんくせに丘さとみさん! 全盛時代の東映のお姫様女優やぞ! 富司純子さん! 「緋牡丹のお竜」やぞ!
 時代劇大好きSくんは、「『怪竜大決戦』の美術監督さんと話しました。内田吐夢監督の『宮本武蔵』のスタッフの人とも話しができました」と嬉しそう。特に東映映画を長年裏で支えてきたというある美術の方に話しかけると、東映時代劇の質問をどんどんぶつけられたらしいんですが、それを全部答えたら「うちへ遊びに来いよ。実は撮影所で昔実際使われていた貴重な小道具なんかがあるんやけど、わけたるわ」と言われたそうです。そのときは私も行こうかなっと。

 そういえば、阪妻、アラカン、とは言わず、中村錦之助、勝新太郎、市川雷蔵といった人たちと仕事をした、溝口健二、内田吐夢、マキノ雅弘、中川信夫、増村保蔵、といった巨匠に仕えたという人も高齢になっているはず。今のうちに色々話聞いておかな。
 マキノ映画魂、いや活動屋魂を引き継いでいる人たちとの出会いは、塾生諸君にとって貴重な心の財産になったと思う。
 プロを目指すならプロと会え、とはいつも私が言っていることですが、そろそろ塾生たちがそれを実践し始めました。
 塾生Fくんは立命館大学のある教授の講義を目当てにもぐりこみ、その教授のバックにあるゲーム業界についての貴重な情報を収集し、人脈開拓をしているようです。Sくん(時代劇好きとは別人)も、大阪芸大のある教授目当てに、これまた講義にもぐりこんで、寝ている学生を横目に見て個人的な接触を持ちつつあるようです。プロになるための方法とは、まさにこれです。プロの思考、気構え、哲学、実践方法を知ると、プロのレベルがわかるし、やるべくことも見えてくる。

 私もね〜っ、学生の頃はドアホやったから、フランキー堺先生とか、小松左京先生の講義を聞こうと思ったらいつでも聞ける環境にいながら、どこかで「まあええか」と思っていたんですな。大学卒業した途端、この先生方はたちまち、ちょっとやそっとでは会えない巨匠だったと気づくのです。学生だから話せた、近づけた、これが理解できんのやね。だから先生方の講義を聞きながら平気で寝られるんですな。
 後で分かって、分かったときはもう遅い。
 フランキー堺先生は亡くなってしまって・・・。
 すごく後悔しています。

 塾生諸君は、悔いのない楽しく刺激ある毎日を!



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2008年10月09日

10/9の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 最初に訂正です。
 昨日の作劇ブログで、かわいそうに阪神ファンだという総務の菅野君が、本日は阪神・巨人の天王山決戦云々と書いていましたが、正しくは巨人・阪神。
 えっ、巨人びいきやって?
 違う。阪神主催のゲーム(主に甲子園)の場合は阪神・巨人。
 巨人主催のゲーム(主に東京ドーム)は巨人・阪神。
 新聞や球場の表示、テレビ中継など見れば、このルールは厳格に守られています。昨日は巨人主催の東京ドーム決戦だったので、阪神・巨人は間違いです。
 真の野球ファンなら、ここ間違ったらあかんわ。

 さて、教室が変わっての最初の授業です。
 マンガ家や作家になりたい、というキミ。
 こんな話を聞いて、どう思いますか?

 私の先輩で、Uさんという人がいました。私の学生時代、ある有名なマンガ家のアシスタントをしていた人です。映画も大好きな人で、オレはこんなマンガを描きたい、描くんだ、と夢を語ってくれました。絵もうまく、この人はいずれ有名なマンガ家になるんだろうな・・・、そう思っていました。
 何年か前のことでしょうか、友人から電話があったんです。

「お前、Uさん知ってる?」
「ああ、知ってる。懐かしいなあ、学生時代から会ってないわ」
「それが脳卒中で倒れはって、今危ないって」
「危ない? Uさん、何してはんの?」
「それがなあ・・・」

 マンガ家のアシスタント、その後もやっていたらしい。で、30歳を過ぎた頃、ふと気がついたらしい。マンガ家目指していた同期の人間は、ほとんどマンガ家デビューしてるのに、自分だけ作品を描いていない。アシスタントをやっていることで、マンガの世界にいる気でいた。これはいかん、と考えた末にアシスタントを辞めたんです。
 自分のマンガを描かなきゃ! と、まあここまではいい。

 ところが食えない。で、レンタルビデオ店でアルバイトをするようになったんです。映画が好きだったので、Uさんは店長にもお客さんにも重宝がられたんです。好きな映画をお客に勧めたり、解説したり・・・。そのうち、この仕事が楽しくなった。好きな映画の世界の片隅にでもいるような気分。ところがツタヤの全国展開の煽りを受けて、バイト先のお店が倒産。40歳を過ぎて職を失いました。
 ハッと気づいた。
 オレ、何してんのやろ。マンガ家になるために東京に出て、アシスタントやって・・・で、今はなんもやらずに40歳。なんかオレ、根拠のないところで得意になってたけど、お店に食わせてもらっていただけで、お店が潰れたらもうなんもないやん。
 どないしたらええねんやろ。
 今から必死に描いてマンガ家に・・・。さすがにそれは無理とUさんは悟りました。実家にすがります。「父さん、オレ、どうしたらええねんやろ」「アホ。そやからマンガ家になるの反対したやろ。いまさら何抜かしとんねん!」「でもオレ、このままやったら来月の家賃も稼がれへん」「なら帰って来い!」
 親というものはありがたいもので、父が経営していた大阪の工場で働くことになった。ところが職場は10代から20代の若者がほとんど。
「おっさん、トロトロすんな!」「おらおら、なにしとんねん、そうちゃうやろ!」「そんなこともわからんのか、ボケ!」

 20歳ほど下の若者に、ボロカスに言われてUさんのプライドはズダズダです。でもしょうがない。工場では一番の新米。東京では結局たいしたことをやったわけではないので仕事の覚えも遅いし、労働そのものが辛い。
 見かねたお父さんから「お前、専門職の免許取るために学校通え」
 そうしかない。40歳をはるかに過ぎたUさんは、若い人たちと並んで工場の機械を動かす免許を取るために某専門学校に通うことになった。そして1年、いよいよ3日で卒業という朝、通学の途中でUさんは倒れて救急車で運ばれたそうです。
「ということで今、Uさん死ぬかもしれへんねんて」と友人。

 Uさんの人生って、なんだったのでしょう?
 きっとUさんは一生を振り返って、悔しい、ふがいないと後悔したことでしょう。
 そして同じ人生を歩もうとしている若者がまあ多いこと!
 そこのキミ、笑ってる場合やない。
 アルバイトしてりゃ食ってはいけるけど、20代という年齢は確かにやり直しができる年代だけど。やることをやってなくて、30を過ぎたらドツボやで。40歳なんてすぐやで。40歳から何かをやろうとしても、20、30でやってないことはできへんで!

 こうすりゃ絶対に成功するという法則は存在していませんが、こうしていたら絶対に失敗、挫折するという法則は存在しています。
 では、こんな話はいかがかな。

 私の同期の友人がいました。彼はアニメの世界に行きたいと、大学卒業とともに上京。ところがいつまでたってもアニメ会社に行く気配がない。彼の絵は、正直プロでは通用しない。それが原因なんでしょう。でも、絵を描くだけがアニメ業界じゃない。制作進行から入って制作畑を歩んで、そしてプロデューサーへという道もある。それには運転免許がいる。でも友人は免許を取ろうともせずに、映画の機材をリースしている会社に就職して、なんか映画の世界の片隅にいる錯覚を起こしていたんですね。ちょっと得意になってた。そしたらリストラ、一瞬にして無職に。まあなんとか次の職場へ入れたんですが、これは映画やアニメとは全然関係のない会社。手取り10数万。30過ぎた男でっせ。ところが、病気で倒れて1週間入院。復帰して会社に戻ったら、彼の席には知らない人が座っていた・・・。

「1週間も休まれたんじゃ、給料払えないから他の人雇ったからね」

 で、解雇。そのとき彼は40歳で、今彼は・・・。

 私の話術も冴え(?)「しーん」と静まり返った授業でした。
 昔の人はええこと言うてます。

 男30にして立ち、40にして迷わず。

 男は30歳までに「これ」というものを見つけて立たなあかん。でも迷ってもいい。40歳になったら、もう迷うことなく人生の最盛期を生きる。そしたら50、60歳はそのまま心配はないと。

 夢を追ってるんや、という言い訳にたいしたこともやらず、そのわりに根拠のない自信をもっているそこの人、知らんで・・・。



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興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。


kaidanyawa at 21:48|PermalinkComments(0)

2008年10月08日

教室移転について

 ちょっとご無沙汰してしまいました、中山市朗です。

 塾のホームページや塾生たちのブログをこまめにチェックなさっている方々は、もう周知でしょうが、塾の教室が引越ししました。

 先週の水曜日は引越し前日だったため、授業も休講。
 よっていつもの私の報告もアップされなかった、という次第です。
 今月は水、木曜日とも第5週目までありますので、一週ずつ繰り上げて授業が行なわれます。塾生諸君も見学希望の方も、お間違えのないように。
 さて、教室。これは私のこだわりです。
 ウチの受講料は、おそらく日本一安いです。いや、そんなことはない、同じくらいの金額で受講できるカルチャー教室とか、同じような塾を知ってるよ、という人もいるかもしれません。でもおそらくそれは、開講の日だけ、どこかの会議室などを借りているはずです。まあ、うちもそうすれば経済的負担はなくなるのでしょうけども、ホームグラウンドは必要だと思う私の理念で、教室はもたなければと思っています。

 教室が必要な理由は、次のようなものです。

○作業場が存在していること。
 マンガ制作などは家でもできます。でも、いざというとき大量にアシスタントが必要となることもありますし、共同作業の必要性が生まれるかもしれません。そんなとき、教室がスタジオ代わりになるんです。過去、『怪怪怪』などの締め切り1週間前などは10人ほどの塾生が泊り込んで、地獄の3徹、4徹が行なわれたこともあります。

「しんどかったけど、すっごい充実しました」とは、ある塾生の感想です。私には塾生の本質が計れる修羅(?)の場でもあります。フフフッ。

○会議室としても利用できる。
 企画会議や相談ごと、あるいは密会(?)などにも使用できます。塾生だけでなく、他の大学生や専門学校の学生たち、あるいはプロの業界人たちとのちょっとした交流の場にもなっています。特に会議における企画書、企画力の重要性や、打ち合わせ能力を培うためにも、こういう場は絶対必要です。また、ネトラジの収録もここでやっておりますし、映像制作のロケ現場にもなりました。

○プロの人たちの接点の場。
 私や代表の大滝などが仕事の打ち合わせをやったり、業界の人の訪問があったり、面接が行なわれるのもこの会議室です。過去(旧教室ですけど)にも、角川書店、メディアファクトリー、洋泉社、講談社、エンターブレインなどの編集者さんや、キングレコード、ソニーミュージック、毎日放送、関西テレビ、NHKなどの音楽や映像メーカー、放送局のプロデューサーや演出家が、あるいは吉本関係者や芸人、タレントさん、映画監督や俳優さんまで、さまざまな方が仕事の打ち合わせ、取材、顔見せに来られ、ときには塾生に仕事があるよ、と呼びかけてくださったり、アドバイスをくださった人もいます。プロの人との交流は、作品を仕上げることの次に重要なことだと思っています。教室が常設されているから、そういう人たちにいつでも来ていただけることが可能になるわけです。

○資料室としても利用。
 あくまで私塾ですから限界はありますが、私の書斎からもってきた大量のビデオ、マンガ、小説、シナリオ、エッセイ、専門書、辞書、百科事典などが本棚に並んでいます。他の講師の方々や塾生、あるいは出版社からの寄贈本、雑誌などもあります。一部を除いて貸し出し自由です。資料室としても使っていただけます。コピーも無料ですが、まあ節度をもって。

○その他、利用方法は塾生のアイデア次第。
 せっかく教室があるんだから、利用の仕方は色々あるでしょう。今は、かわら長介さんの「魁塾」の塾生たちは、ここでコントや芝居のリハーサルをやっています。また「作劇塾」と「魁塾」のコラボの作品展を開催したり、「桐の一門」の落語の手見せをやったり、塾生同士の会議をやったり、以前は「怪談の間」もここで催していました。有栖川有栖さんと対談をやったり、マンガ家の千乃ナイフさんと怪談会をやったり、まだ無名時代の藤崎マーケットの藤原トキくんたちと奈良テレビ用の塾のCMを作ったり(奈良テレビ視聴の方、気づいていたかな?)・・・楽しいことは教室で起こるのです!

 
 というわけで、新しく居を移した教室。どんなドラマが待ち受けているのでしょうか?
 それは塾生諸君のアイデア次第です。



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kaidanyawa at 19:28|PermalinkComments(0)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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