2009年02月

2009年02月28日

省エネ撮影・前編

 中山市朗です。

 2月18日付の私のブログに、「省エネ撮影のことも教えてあげてください」と山田誠二監督からコメントがついていましたので、そのことをば。

 ネトラジでも「映画の仕組み」をテーマに配信しておりますので、それと併せてお読みください。

 映画。
 大変です、その現場は。
 大学で映画監督に憧れていた頃は、映画を撮ることに必要なのは、頭脳だと思っていました。企画力、いい脚本が書ける、美的センスがいる、人間に対する洞察力、衣装や歴史考証、造形に対するうんちく・・・
 ところがプロの現場に入った途端、全部ぶっ飛びました。
 映画の現場はまず体力。そして体育系のノリ。そして酒!
 そんなのが何十人、場合によったら何百人もいるわけです。
 延々と流れる映画のエンドタイトルのロールを観るとわかります。
 大勢の人間がさまざまなパートで動き、関わり、協力しています。
 映画作りはプロジェクトです。
 機材もたくさん必要、スタジオは借りなきゃならん。
 それだけ、お金もかかります。

 映画とは、本来フィルムで撮られていたんです。
 このフィルムを入れるカメラがデカイ。そして一つのカメラに3人、4人と張りついていました。ファインダーを覗くカメラマン、この人がチーフ。あとは助手。
 今のビデオカメラと違って、フォーカスを手動で合わせなきゃならない。そのための助手がいるときがあります。被写体との距離をメジャーで計り、その距離に合わせるわけです。しかも映画ですから被写体は動きます。
 露出も計って、合わせます。レンズがどうの、色濃度がどうの・・・
 少しでも光量が足りないと、ピントは合わない。被写体も映らない。
 アメリカンナイトという業界用語がありますが、夜に撮っても暗くて何も映らないので、昼間に特殊レンズで撮って夜に見せるという方法です。
 昔は昼間でも照明をばんばん照らして、やっと全体にフォーカスが合って・・・
 照明、これが大変。
 さっき言ったように、昼間でも照明を焚いているくらいですから、ちょっと暗くなってくると、照明器具がずらりと並んで、俳優さんをカッカと照らします。
 時代劇なんて、カツラから煙が出た、なんていうこともあったと言います。
 レフ板と言って、銀紙を貼った板に光を反射させて、役者さんの影の部分に当てる、あるいは黒澤明監督は鏡で反射させてギラギラ感を出したり・・・
 そのそれぞれに人がいるわけです。
 ここまでで、もう数十人必要。

 監督にも助監督というのが3人。チーフ、セカンド、サード。
 制作、制作担当、制作デスク、制作主任、制作進行、美術、小道具、衣装、結髪、メイク、録音、特機、操演、スチール・・・
 場合によったら、殺陣、特殊メイク・・・
 それぞれチーフ、助手がいます。これにロケ担当、コーディネーター・・・
 そして役者さん。エキストラ、スタントマン。それぞれについたマネージャー。
 まだまだあるでしょうが、通常の劇場映画の撮影には、これだけの人が現場にいて、動いているわけですな。それぞれにギャラは発生しています。お弁当代、移動費、宿泊費・・・
 スタアとなると、そこそこいいホテルに。
 セットは建てる、スタジオを借りる、特機だったらミニチュアだの、特殊造形だの、火薬だの、爆破だの・・・
 
 フィルムですので、撮影されたものは現像所へ行きます。
 このときにオプチカル処理をします。
 光学処理です。
 このあと編集。昔はチョキチョキとフィルムを切ったり、貼ったり。ここにも3人、4人と編集者がいます。
 録音作業もあります。フィルムはビデオと違って音声は入りませんから、別撮りした音声。あるいはアフレコ作業、効果音の作成。
 音楽もいります。
 大作となると、交響楽団を使ったり、有名なアーティストに作曲を頼んだり。

 全部それらを取り込んで、最終編集を終えて、初号試写。
 宣伝、広報は映画会社、制作の仕事でもあります。
 そのあとは興行の仕事となりまして。

 いやあ、大変でしょ?
 映画は。
 これらに関わる会社、スタジオ、人員たちを指して映画業界となるわけです。

 だからお金がいるんです。映画は。
 それでも日本映画のロットは、ハリウッドに比べたら微々たるもの。

 でも、1960年の後半あたりから、映画はテレビに食われて観客が減ってきたわけですな。日本では大映が倒産。裕次郎や旭のアクション、吉永小百合の青春ものを撮っていた日活は、そういう映画制作をやめて、低予算でできるロマンポルノ路線に切り替えた。東映もテレビ時代劇に主力を移し、東宝はスタジオを売り払い、ゴジラや轟天号が現れ、連合艦隊が停泊していた特撮プールを埋め立てちゃった。

 ATG映画というのがありました。
 日本アートシアターギルドの略です。映画会社の名前です。
 非商業的、芸術映画を制作、配給し、若手監督の育成もしたところです。
 独立プロと折半して、1000万円で映画を撮ることを公言し、具現化しました。
 当時の1000万円ですが、やつぱりこの金額では現場は困難を極めたんです。
 大島渚監督は、ある映画では主演の役者に20万円を渡して、過酷なロケに延々つきあわせていたとか。

 やっぱり低予算といっても、何千万という制作費が動くわけです。
 これで客が入ればいいけど、やっぱり芸術映画には観客の動員はない。

 難しいです。
 プロの映画制作は。

 しかし、最近は少しばかり映画の現場が変わってきました。
 頭と機材の使いようで、超低予算で娯楽映画ができるようになったのです。

 その原因は、まずデジタル撮影になったこと。
 そのデジタルの特質を最大に活かしたのが、山田誠二監督の『新怪談必殺地獄少女拳・吸血ゾンビと妖怪くノ一大戦争』だったわけです。

 フリだけで、今回は終わり。

 明日へ続く。


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2009年02月27日

男なら観ろ!

 中山市朗です。

 唐突ですが、
 男の子なら観とけ!
 戦争映画ベスト10の発表だ!

 緊張とアクション、そして知のバトル!
 その作劇法を学ぶなら、

 『ナバロンの要塞』 (J・リー・トンプソン監督)
 『荒鷲の要塞』   (ブライアン・G・ハットン)
 『眼下の敵』    (ディック・パウエル)
 『Uボート』     (ウォルフガング・ペーターゼン)
 『大脱走』     (ジョン・スタージェス)
 『大列車作戦』   (ジョン・フランケンハイマー)
 『鷲は舞い降りた』 (ジョン・スタージェス)
    ※ただし、ジャック・ヒギンズの原作のほうをオススメ
 『独立愚連隊』   (岡本喜八)
 『独立愚連隊・西へ』(岡本喜八)
 『太平洋奇蹟の作戦・キスカ』(丸山誠治)

 順不同  


 男なら、戦争の歴史を知れ!
 ベスト10

 『史上最大の作戦』(ケン・アナキン、ベルンハルト・ヴィッキ他)
    ノルマンディ上陸作戦の全貌!
 『トラ・トラ・トラ!』(リチャード・フライシャー、深作欣二、舛田利雄)
    日米双方から描く、真珠湾作戦の全貌!
 『ハワイ・ミッドウェイ海戦・太平洋の嵐』(松林宗恵)
    米映画『ミッドウェイ』よりこちらがオススメ!
 『パリは燃えているか』(ルネ・クレマン)
    連合軍によるパリ解放をセミ・ドキュメンタリー風に!
 『硫黄島からの手紙』(クリント・イーストウッド)
    イーストウッド監督による見事な日本映画。
 『パットン大戦車軍団』(フランクリン・J・シャフナー)
    闘将パットンから見るアフリカ、ヨーロッパ戦線! コッポラ脚本。
 『空軍大戦略』
    航空機ファン必見の、バトル・オブ・ブリテン!
 『バルジ大作戦』
    ドイツ軍によるアルデンヌの反攻作戦! ただしほとんどはフィクション? 『ヨーロッパの解放』
    ソ連の国家事業的・歴史再現ドラマ!
    物凄くスケールが大きく、ものすごく長く、物凄く退屈!
 『日本のいちばん長い日』
    昭和20年8月15日・・・いかに戦争は終結したか!

 順不同


 以上20本!
 キミはどれだけ観たか?

 20本全部観た ・・・・・・・・戦争映画オタク! 女にはモテないぞ?
 15本くらい  ・・・・・・・・心身ともに健全な日本男児!
 10本くらい  ・・・・・・・・普通の男の子
 0本      ・・・・・・・・非国民 

 あくまで私個人の尺度です。あしからず。


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2009年02月26日

2/25の小説技法

 中山市朗です。

 25日(水)の作劇ゼミの報告です。

 塾発足以来、初の(おそらく、ですけど)遅刻をしました。
 まあ、そうなることを予知して、総務のスガノくんにピンチヒッターを頼んでおいたのですが・・・。
 遅刻の原因は、寝坊、というのは嘘です。
 朝の5時には起きていました。
 実は朝の10時には東京へ到着していなければならないことに。
 フジテレビの番組『ザ・ベストハウス123』の2時間スペシャルで、恐怖の心霊映像123の紹介コーナーがあり、そこでコメントをしてくれという依頼。しかも正式に決まったのは前日の夕方5時!
 ばたばたですわ。

 私は怪異収集家であり、幽霊だの怪談だの、と、そんな関係の仕事をこなしてはいますが、決してなんでも肯定ということではないわけです。まあ、そんな立場でもってコメントしたわけですが「そこは怖いと言ってください」「そこは言い切ってもらえませんか」とディレクターさんからダメだしが・・・。あっ、このDさん、私の大学同学科の後輩で大阪出身。私と同じ中山さんでした。
 恐怖映像の紹介にもギャグを入れたり、ちょっと疑問の残る言い回しをしてみたりしたんです。そしたら中山さん、笑いを噛み殺しながら「先生、コメントがお笑いになってますよ」とまたまたダメだしが。「そう。こういうものの紹介は、怖いでしょ、怖いですよ、と押し付けてばかりでは逆効果なの。ちょっと笑わせて、直後に怖い映像を見せるほうが実は効果的なんです。緊張と緩和。僕の怪談は、笑いもあったりします」と言うと、「なるほど。それは言えますね。これは発見です。緊張と緩和。なるほど。それ活かしましょう」と、その場で納得してもらえたのですが・・・、正午からスタジオ、その後、赤坂の公園に場所を移して、都合3〜40分は喋ったと思いますが、コーナーはVTR紹介込みで8分。
 つまり私のコメントの極々一部のみが編集されて、オンエアーに。
 編集・・・。
 中山さん、頼みまっせ。

 オンエアーは来月14日だそうです。
 番組オンエアーの後、おもしろ裏話などもこのブログで紹介しましょう。

 さて、そんなわけで16時10分の新幹線に飛び乗り、教室到着が19時30分。
 ピンチヒッター、阪神ファンのスガノくん、8編の小説を2時間の間に合評せなあかんのに、まだKレンジャー(名前を伏せる意味ないか)の小説しか終わっとらん。時間配分せなあかんちゅうのに。やっぱりさすが阪神ファン・・・て関係ないか。

 さて、今回は出席が少ない。T野くんは会社のトラブルに見舞われたとかで欠席。今月から塾生となったKさんは無断欠席。連絡はしてね。落語作家志望のO田くんは、私より遅刻。しかもいつの間にか合評に参加していた。おぬし、いつ教室に入ってきた?
 先月入ったばかりのMさんも今月は欠席。S本くんも今月は・・・。

 さて作品。
 Sくんの奇譚小説。彼は人物の会話部分がちゃんと成り立っていて、主人公とその彼女の距離感とか、ささいな気持ちの動きが手に取るようにわかる。これは才能でしょう。しかし、事件が発展しないので、作品が不完全燃焼している感があります。作劇法をきっちり学ぶ必要性があります。
 Tくんの小説家が出版権をめぐって格闘技をするという独特な世界観をもつ小説は、Sくんとは逆パターン。事件が起こり、次々と展開し、主人公が翻弄されているところは面白いんですが、人物描写があまい。会話部分も女性が出てくるとなんか不自然なんだな。それにもう、これは起承転結の転にあたるところ。にしては、まだまだ説明不足です。
 高校生Kくんのサバイバルゲームの世界を描く小説は、まだ自己満足の世界。人に読ませる、理解してもらう、という態度が見られない。それに、戦争シミュレーションを見せるなら、もっとプロの技を見せ、敵の心理を欺き、きちっと考えられた作戦、戦略を見せ、またその上をいく敵の行動を見せなきゃ。『ナバロンの要塞』のアリステア・マクリーンを読め、映画を観ろ、『眼下の敵』もすごいぜ、という話につい熱中。でも、「それなんですか?」とメモを取っているようでは手遅れ?
 Yくんのヒーローもの小説は巧い。92枚の原稿を一気に読ませます。どちらが正義でどちらが悪なのか明確化して、という塾生の指摘もありましたが、私はこれでOK。だからこそ、そこに主人公が戦っていく上での葛藤が出ると思う。ただし、キマイラという怪物が登場するのですが、この怪物の造形、イメージは他の小説やアニメで幾度と見た印象がある。ここで頭を思いっきり使って、見たこともない、なんだこれは! というキャラクターを出して欲しい。そしたらこの小説は、オリジナリティが出て、もっと魅力的なものになる。きっと編集さんに見せたとしても、同じ指摘をされると思います。
 Oくん・・・相変わらず筆が遅い。遅すぎる。修業が足らん! 言い訳無用で次のステップへいくように指示。
 Iさんの少女向けの日本神話をテーマとしたファンタジーは・・・。やっぱり難しいものに挑戦しています。私には、やっぱりワクワク感がなく、何を期待すればいいのかわかりません。これはアクションを展開させる作品ではなく、神様の世界と主人公たちの世界との恋愛の三角関係が描写されていくというというものですが。中学生の男女が葦原中国、つまりニニギが統治する神の区に呼び出されている。で、これはえらいことが起こっているんだな、と認識しているキャラクターが不在であることから、読者にその辺りの衝撃が伝わらない。次回は視点を変えてみようということに。
 Hさんのアダルト向け不倫小説は、第二章に入って不倫をしている30歳半ばの主人公が、子供を産むという心情と、不倫されている奥さんがだんだん壊れていくさまが、ゾゾゾッと怖い。ただ塾生のほとんどはまだ若いので、ちょっとこのテーマは難しいか?
 私が気になったのはHさん本人は「サービスです」と言いますが、その濃厚かつ直接的なセックスシーンの描写が増えたことによって、文体と全体的な印象が下品なものになってしまったこと。セックスシーンはあってもいいんですが、汚くならないように気をつけてもらいたいなあ、と。第一章は文学的な文体、世界観だっただけに、ちょっとアンバランスな感じがします。

 と、合評が終わると40分オーバーの9時40分。
 お疲れさまーっ・・・。
 て、やっぱりみんな帰らん。


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2009年02月24日

ネームバリューとは何か?

 中山市朗です。

 先日、ネームバリューについて書きましたが、今回もそれに関連して。
 
 これは私が専門学校の講師をやっていたときのことです。
 専門学校にはテスト期間というのがありまして、クリエイターを目指す学生たちにテスト課題を出して、採点するのですが・・・、まあいい点取ったから作家や映画監督になれるものでもないし、と思いながら、そういう決まりです。

 別に文部科学省から、何をしろというものもないし、免許制でもないし、教科書だってあるわけもない。だから講師が試験問題を考えて出すんですが。
 あるとき、私はこういう問題を出したんです。

 問題・ある分野に限定し、著名人の100人挙げよ。

 例えば、マンガ家100人、映画監督100人、小説家100人、お笑い芸人100人、政治家100人、プロ野球選手100人、なんでもいい。自分の好きな世界の著名人を100人書くわけです。実はこれ、なかなか難しい。
 しかも、口頭で私はこう付け加えました。

 「分野が限定されればされるほど高得点をあげるよ。例えば、ギャグマンガ家100人、少女マンガ家100人、推理小説家100人、ドイツ文学者100人、上方落語家100人、プロ野球の助っ人外人100人、明治維新に活躍した100人、ハリウッドの女優100人・・・」

 30人ほどいるクラスで、100人書ける学生は、まあ3、4人。それも「三国志」のキャラクター、ミュージシャン、というのが多かった。中には歌舞伎役者を80人挙げた女の子がいて、「おっ、この子は何か違うな、おもろいな」と思ったら、在学中にきっちりとデビューしました。
 「マンガ家志望です」と言いながら、マンガ家の名前が20人も挙がらないという、不埒な学生もいて、しかも手塚治って、虫が抜けとるがな!

 さて、Kくんという学生が、このテストをボイコットしたんです。
 ボイコットしたテスト用紙の裏には、こういうようなことが書かれてありました。

「中山先生の授業は、僕にはまったくの無駄にしか思えません。僕はマンガ家を目指してこの学校に入ってきました。なのにこの授業では、映画を観ろだの、分析力だの、政治や歴史の話、怪談やUFO、日本文学についてだの、そんな知識は僕には必要ありません。知識、分析力より、マンガ家として必要なものは、人と会う喜び、別れる悲しみ、夕焼けや咲いている花を見て綺麗だと思う人の心です。この試験も100人の著名人を挙げる意味がわかりません。ネームバリューだの、有名だの、それにも興味はありません」

 とまあ、そういう意味のことが、ずらりと紙面いっぱいに書かれていた。
 
 さあ、みなさんはどう思いますか?

 私、専門学校の講師をやる前に、「学生はお客様だから、叱らないようにお願いします」とわけわからんことを学科長に言われていましたが、これは叱らなあかん、と思った。
 で、Kくんに同調している空気がそのクラスにはあったので、答案用紙を返すときに「こんなことを書いてボイコットした学生がいたんや・・・、やっぱり俺の授業のやり方、間違ってたんかなあ」と訴えるように下手に出た。
 そしたら何人かの学生がニヤリと笑って頷いた。

 そのとき、私はわざとキレたんです。
「あほんだらーッ! お前らは、お花は美しい、お別れは悲しい、言うて小学生の日記でも書いとれ!」と。

 で、こんな話をしたんです。

 まず、自分たちが進もうとしている業界は、誰が作り上げてきたのか、どんな歴史があるのかをちゃんと知り学ぶべきだと。そうすると、誰をどう評価せねばならないかを知ることになる。プロの技をちゃんと正当に評価することがほんまもんのプロなんや、と。プロはプロを知るわけです。
 古いものを学んでも意味がないというのは、やっぱりプロのスタンスではない。
 あんなもん古いだけや。俺には合わん、なんてド素人でも言えること。
 ちゃんと、正当評価する、このことこそがプロの見識を問われるときです。

 そら、新しいもの、今のトレンドを学ぶことは必要かもしれないけど、私に言わせればそれは放っておいても自然に入ってくることやん。流行の音楽、はやりのファッション、話題になっているネット画像、今が旬の芸能人・・・。
 そのほとんどは、数年たったら忘れられている。
 ただ、そのとき残っているいいものもあるでしょう。それをちゃんと見極められるか、ですな。そしたら残るには残っているだけの何かがある。それが分析できるのか、です。
 やっぱり今もって残っている古典、スタンダードには年月を経てなおかつ人に訴える力があるわけです。そこの構造、理論を知らなきゃ。それを分析し、接する必要はある。そうなると知識、雑学はいるんです。またそれがないと作品は書けません。
 例えば、日本のマンガの歴史をひも解くにおいて、やはりその土壌を作った日本の文化は知らねばならないし、手塚治虫は避けて通れない。手塚を語ると映画や宝塚、そして音楽に触れないわけにはいかない・・・。そしてそれを分析する力がいる。それがどう活かされ、応用され、あるいは何が失敗したか。先人たちが、せっかく苦労して模索した道を、学ばない法がどこにあろうか。
 で、そういうことにサッパリ興味が湧かないというのなら、クリエイターになるというのを諦めたら? とさすがに言いたくなります。

 そして、著名人を100人挙げろ、という意味は。

 自分が好きだと思う世界を、どれだけ知っているかということを知ること。
 少なくとも、クリエイターになるためには、自分の好きな分野については専門家であらねばならない。そのことを試す機会であったということ。
 もし、プロ野球の助っ人外人100人書けるようなら、プロ野球について何か書かせても間違ったことは書かないだろうという信頼が生まれる。仮に「週刊ベースボール」という雑誌の編集に知り合いがいて、新しい書き手を探していると聞いたら、彼の名前を推薦することができる。そうやって、まずは仕事を発生させること。
 食っていくとは、そういうことでもあるわけです。

 そして何より、マンガ家になる、小説家になる、映画監督になる、ゲームデザイナーになる、脚本家になる、ということは著名人になることではないのか? 無名の人間より、著名人のほうに原稿の依頼はくる。当たり前に分かること。

 会社に就職すれば(それもネームバリューのある会社に入りたい言うてるやん)、そこの社員となって給料をもらえるが、クリエイターは、自分で仕事を取ってきて、自分でこなし、その作品に対して対価を得る。つまり自分自身が会社なのである。
 ペンネームはその証。そのためにある。

 Kくんは、著名人に興味はないからテストの意味はないと言った。
 それでみんなに聞いたんです。
「じゃあお前たちは、自分のマンガを投稿したり、掲載するのに、ペンネームは書かないわけやな。名前の意味がないのだから。著者無記名で作品描くわけやな。もし、いや、それとこれとは違います。自分はペンネーム使います。その名前でマンガ家として生きていきます、というのはあまりに自分勝手な考えやぞ。読者や編集の人たちに、私は他人の名前や実績には全然興味はありません。そこに意味があるとは思えません。しかし、私のペンネームは覚えてください。私の作品は読んでくださいって、それ、許されるんか! これは、天に吐きかけた唾が自分に返ってきてることに気がつかんか!」
 つまり、彼らには業界とか、仕事がくるシステム、世間の読者が何を求めているのか、の概念がすっぽり抜け落ちていたんです。
 そこを指摘すると、Kくん震えてました。

 まあボイコットしたのは、Kくんだとは、みんなの前では言わなかったけど、休み時間になったらKくんが頭を下げてきた。「大きな勘違いでした。すみませんでした」
 Kくんは以後、ものすごく成長して、今自分で会社作ってゲームの世界にいます。
 
 そういえばゲーム科の女の子で、「私はゲーム会社のプログラマーになりたいんです。ベートーベンやピカソなんて知らなくても平気です」と言いよった。
 そら普通の主婦になります。言うのやったら、別にそんなこと知らんでも痛くも痒くもないでしょうが、プロのプログラマーになるんやったら・・・。






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2009年02月23日

ネームバリューは必要か?

 中山市朗です。

 ほとんど報告していませんが、毎月第1、3金曜日の夜19時から2時間、私の書斎で、私のボランティアによる塾生相手のシナリオ講座、毎回ちゃんと行なっています。

 このシナリオの講座のために塾に通っているシナリオ作家志望者もいますし、マンガの原作を、ここで学ぼうとしている塾生もいます。
 この講座で、私はあることを塾生たちに課しています。
 それは、映像用のシナリオを書くとするならば、制作費のことも含めて、映像可能なものを書いてみろ、ということです。
 マンガの原作ですと、どんなものでも絵に描けますから、どちらかというと突拍子もないもの、スゲエと思わせる衝撃的なものを、書くようにと指摘しますが、映像作品となると、なるべく現実的な状況に照らして書かせるようにしているわけです。
 最初の課題では、キングレコード=BS-iで製作された5分のミニドラマ『怪談新耳袋』のフォーマットで書かせています。
 すると例えば、ある塾生がお祭りで大勢の人間が行き来しているモブシーンを書いてきましたが、それを仕込むのにいくらかかるのか、どれだけの準備が必要なのかを考えてみる。5分のミニドラマの制作費はだいたい100万円もありません。そういうことを頭に入れて書くように指示しています。
 そうやって、実践的なシナリオを書くことを覚えてもらう方針なんです。
 つまり私は、プロデューサーとしての目で、彼らのシナリオを読んでいるわけです。

 そして今、何度かこのブログにも書きましたように、いよいよ塾生たち自らが、商業用の映画を創ろう、といろいろ企みを始めるようになりました。そのために山田誠二さんに協力要請を申し込み、山田さんも、そんな塾生のために力を貸してくださっています。
 もちろんその壁は大きい。製作費をどう調達するのか。誰が見積もりを立て、管理し、現場を統括するのか。メーカーはどうするのか。機材は? 販売に乗せるための段取り、交渉は? 営業は? と、塾生たちにとっては全て未知なる世界です。
 もちろん私も相談には乗りますし、力は貸しますが、まずは塾生たちがどこまで推し進めるかです。
 
 私が彼らに言ったことは、内々だけで創らないこと。現場にはプロの人に入ってもらうこと。これだけで現場の空気は変わり、プロの水準を思い知ります。そして、ネームバリューの重要性。山田さんに協力要請したひとつの原因もこれがあります。私もいよいよ映画が始動するとなると、あちこち声をかけるハメになるでしょう。やっぱり、ちゃんとした役者さんに出てもらわなきゃあ。それにそういうウリがないと、商品にはならない。

 ところで、ウチの塾に大学の映画サークルに所属している映画監督志望のKレンジャーというのが4ヶ月ほど前に入ってきました。もちろんサークルに声をかけて、コラボすることもあっていい。
 せっかくだもん。なにもウチの塾生で独占するつもりはない。チャンスはどんどん与えてあげたいし、そうやって仲間を作ることは将来にとって、とても重要なこと。
 しかも、こちらは映画など撮ったことのないマンガや小説の志望者がほとんどで、機材さえもありませんから。でも、おそらくこちらの現場のほうが濃いでしょうし、学生映画を10本撮るよりも、得るものは遥かにあると思います。これマジに。
 学生映画のようなぬるま湯は、おそらく許されない・・・。

 さて、先週20日のシナリオ講座は、課外授業となりました。
 シネ・ヌーヴォXで『新怪談必殺地獄少女拳・吸血ゾンビと妖怪くノ一大戦争』が上映中なのですが、この日は山田監督が「100万円で映画監督になる方法」講座があるということで、塾生をシネ・ヌーヴォに招待してくれたのです。
 そこでKレンジャーが監督に質問。
「ネームバリューって必要なんですか?」
 質問された山田監督、「はっ?」てなリアクションをとり、「あったほうがいいじゃん」と即答したと言います。何言うとんのやろコイツ、みたいな表情で。
 
 Kレンジャーにその訳を聞きました。
 映画サークルの仲間たちに、塾が創る映画のことを報告し、「一緒にやらへんか」みたいなことを言ったらしい。「有名人と仕事できるかもよ」というようなことも。
 そしたら、「別に有名人使わなくても、実力があったら大丈夫やん。昔の人だって、実力があったから有名になったんだし」と、まったく冷たい返事が返ってきたそうなんです。それに対してKレンジャーは、まったく反論ができなかったと言います。だから山田監督にそういう質問をしたのだと。

 わかります。わかるよ。
 実力があれば、認められる。
 そうであれば、いいんだけど。
 若者、学生はそう思う。私の学生の頃もそうでした。

 しかし、じゃあ、誰に認めてもらうの?
 やっぱりそこは、映画業界に力のある人に観てもらうためのチャンスを作らなきゃならないし、その人って映画界でネ−ムバリューのある人ってことじゃない?
 さっき言ったように、これは商品にするというコンセプトなんです。
 つまり、売れなきゃ意味がない。
 そしたら、商品としてレンタルビデオ店なり、アマゾンなりに置かれたとして、無名の人ばかりの出演、監督も聞いたことがない、という作品と、「あっ、この人が出ているのか」「あっ、この監督気になってたんだ」という要素がある商品と、どっちを買う? 借りる? となると、これは明らかでしょう。少しでもネームバリューのある人が関わると、広報や宣伝のやり方も変わってくるし、取り上げられ方もやっぱり違う。また映画雑誌やマスコミとのルートは、少なくとも私や山田監督にはあるしね。そういう興行的なことも含めて、映画作りの勉強をするべきだと私は思うのです。作るだけだったら、誰でも作ります。
 それに、ネームバリューのある人というのは、プロとして評価されているということだから、そういう人と仕事をするのに拒否する必要性は何もない。プロになりたいならそういう人たちから得るものは、なにごとにも替えがたいものがある。
 やっぱり「あっ、これがプロか」と思い知らされます。
 テンションも絶対にあがるし、その人に合わせた高い次元のものを作ることが要求されます。また、業界のマナーも叩き込まれる。
 これがすごく重要なこと。
 で、そんなチャンスなんて、めったに巡ってこない!
 それを拒否する意味がわからん。

 まあ、Kレンジャーとは、あとにそんな話をしたんです。
「ネームバリューをバカにする気持ちはわからんでもないけど、でも、映画って、やっぱり誰が出てる、監督は誰、原作は何、というネームバリューで観に行かない? 本屋に知らない作家と、有名作家の小説が平積みされていたとして、どっちを買う? その理由は? また無名作家の本が平積みされているということは、絶対に帯に、○○大賞受賞とか、有名人推薦のコメントがあるはず。でないと、無名作家の本を平積みなんてしてくれないよ」ということ。平積みする、しないは、お店の店長さんの裁量ですから、店長はやっぱりネームバリューでお店の棚に置く。さもなくば、せっかく入荷した本も、即返本。
 これは小説家デビューしたほとんどの人が味わう悲惨な現状です。
 世間に認知されるには、ネームバリューが必要なんです。
 当然、ネームバリューがつくということは、実力があって初めて可能になる。そういうことですよ、もちろん。

 誤解されては困るけど、ネームバリューに媚びろと言っているわけじゃない。

 「だいたい君らは大学に入るのに、ネームバリューで選ばんかった?教育の方針がどうの、熱心な教授がいる、なんて情報は高校生には伝わらない。それよりも有名大学かどうかで決めたから、今の大学に入ったんやろ?」
 そしたらKレンジャーが連れてきた同じサークルのUくん。
 「その通りです。僕は学部なんてどこでもよかったんです。R館というネームバリューのある大学に入ればそれでいいと思いました」

 でしょ?

 みんな大学を卒業したら、有名企業に就職したがるやん。それもネームバリューと違う?

 これ、以前その映画サークルのある学生と「黒澤明は金を使っているだけか」で、このブログでも展開したことと問題は似てますな。プロの意味を全然知らん。

 黒澤明というネームバリューがあったから、フランスの映画会社から資金を得られた。でも実力、信頼、実績があるから、ネームバリューがあった。

 確かに昔の人も元は無名で、実力で有名になりました。それはその通り。
 しかし、当時は師匠というネームバリューが裏にあったのは間違いない。黒澤明にも山本嘉次郎という人がいて、「山さんがいたから映画界で生きていこうと思った」と黒澤監督は言っています。ほとんどの日本の映画監督も誰かの助手を勤めるところから始まり、実践的なテクニックと哲学を師匠から叩き込まれたわけです。ハリウッドもそう。コッポラをデビューさせたのはロジャー・コーマンだったし、コッポラはジョージ・ルーカスを発掘した。そういう人に目をつけられることこそが真の実力、だと思うのです。

 昔は小説家も自分の尊敬する作家の書生から始まったし、マンガ家もアシスタントから始まって、暖簾分けみたいなことをしてもらってました。芸能界もそう。
 もちろんそれでも挫折する者もいたし、師匠が与えてくれたチャンスを自分の実力と勘違いして潰れる者もいた。でもそういう人は、やっぱりそれだけの人だったんですな。つまりは真の実力がないと、何をしても、この世界は生きていけないのだということ。
 ただし、たいして実力もないのに師匠のネームバリューをうまく使って、この世界を渡っているクリエイターもいます。それもそういう意味では生きていく実力を、この人は持っていると評価してもいいでしょう。
 逆に実力があっても、チャンスに巡り合わず、とうとうものにならなかった人もいるわけです。

 だから、
 Kレンジャーの他のサークル仲間はどうか知らんけど、キミは映画監督志望やと言うのなら次のことは大事。
 
 この世界は、入り込んで生きてナンボ。
 そう思います。
 そして同時に、そのときに思います。

 この世界、絶対にひとりで生きていけないと。
 人脈、人の繋がりで仕事のオファーがくる。
 そのとき、ネームバリューという後ろ盾があるのとないのとは、雲泥の差であるとも。


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2009年02月19日

2/18の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 18日(水)の作劇ゼミの報告です。
 この日も見学者が2人。
 珍しく、2人とも私のファンだという女性です。
 SさんとKさん。
 怪談を書きたいと言います。
 「ウチは、実は怪談を書きたいからと言って入塾する人はあんまりいないんです」
 「ええっ、そうなんですか!」
 「そうなんです。嘘のようですが本当なのです」
 ただし、塾でいろいろ学んでいるうちに、怪談を書いてみたいと思うようになるようですし、そんな仕事も舞い込んでくることは確かですが。

 Sさんは今は女子高生。4月からは大学に通いながら塾に通いたいと。
 塾の端に並んでいるビデオに目をやって「ウルトラQがありますね」と歓喜の表情。
 「知ってるの?」
 「最近のウルトラマンは見ていません。古い作品が好きですけど、とりたてモノクロのウルトラQは最高ですね」
 見所がある! 実は先日、山田監督と山口さんに「なんでキミたちはウルトラQを観ていないんだ! 教室に置いてあるやん」と男どもが説教されたところ。
 Kさんは、実はマンガも某商業誌に掲載されたり、妖怪コラムみたいなものを冊子で書いていたりしていますが、これをどう続けて展開させるか、に悩んでいるらしい。それに『幽』で書いてみたくて営業をかけているけれど、なかなか良い返事がもらえないらしい。
 「ウチに来たからって、即書けるわけではないよ」
 「それはわかっています。悩みはまだあって、塾に毎週通うのはできないと思います」
 「なんで?」
 「だって千葉県から通うことになりますから」
 「ち、ち、千葉県!」
 「で、主人がいるんですが、ちょっと伏せってまして」
 なかなかエネルギッシュな方です。

 さて、この日の講義は、先月に続いて落語講座のパート3です。

 立川談志師匠でしたか、「落語は人生の百科辞典」とおっしゃっています。
 本来あった日本人の所作、言葉、風俗、人情、社交の姿が、落語から教えられます。
 もっと詳しく言うと、人の対応・・・それは折り目折り目の挨拶の仕方、酒席での作法、花柳界のしきたり、ご祝儀の出し方、武士の気質、作法などがある。出入りの職人との交わり、役者芸人の世界、長屋の生活とか、江戸時代は身分制度がありましたから、奉行と役人、役人と町人、旦那と奉公人、家主と店子なんかも言葉使いや所作が違って、落語家はそれをひとりで演じ分けるわけです。また、大店の旦那、番頭、手代、丁稚、廓の花魁、禿、芸者、幇間、なんていう言葉や所作なんかも落語から学べる。あんまりこういうこと学校では教えてくれませんわな。
 昔は、奉公人として13歳の子供を預かったら、主人は寄席に連れて行って落語を聴かせたといいます。やはり落語からそういうことを学べ、ということなんですな。

 今の我々も、江戸時代、あるいは明治、大正、昭和の初期の日本人の生活をうかがい知ることができます。
 何を食べてたんかなあ、医術はどんなんで、旅はどんな道中やったのか。
 交通機関は? 水道のない時代、水はどうしていた? 金銭の価値は? 娯楽は?
 時代劇のテレビや映画、あるいは時代小説を読むことによって、それはわかるかもしれませんが、生き生きとした描写は落語にある。それに、時代劇は嘘が多いですけど、落語には案外それがないんです。
 参考に、落語のビデオ鑑賞。
 桂南光師匠の「五貫裁き」を一席。

 作さんという長屋の住人と家主が出てきます。ケチな徳力屋という大店の旦那、番頭、手代、そしてお奉行やお役人も出てきます。そしてお金が絡んでくるお噺。

 お金・・・、江戸時代のお金って?
 そんなお話もしました。
 一両って、今で言うとどのくらい? 二両三分とか、二分一朱て?
 そもそも何文で一両になるの?
 ちなみに「時うどん(東京では時そば)」の屋台のうどんは一杯16文です。

 実は、知ってました?
 江戸時代の日本は「三貸四進法」といって、金、銀、銭の三種類があって、武士、町人、庶民の使う通貨は違っていたんですな。
 もらう給金も違う。例えば職人は銭でもらうが、頭領は銀でもらった。
 豆腐や野菜は銭で買って、砂糖や薬は銀で買った、とか。
 金経済が江戸で、上方は銀経済。
 だから、昔は両替屋というのがあったわけです。
 三井や鴻池は両替商として発展、財閥となりました。そして今の銀行の前身でもあります。
 して、五貫、というのは銀の単位なんですが、それは何文?
 実は五貫とは五千文のこと。四千文が一両で・・・。
 そういえば、お金を預けるのに銀行とは、これいかに?
 円、になったのはいつ?

 そういうお話もしました。
 江戸時代の経済。こんなときでもないと学べるチャンスはないですから。
 
 講義が終わって、塾生たち、やっぱり帰りません。
 昔塾生たちが撮った1分映画をみんなで観たり、打ち合わせをしたり、お芝居の宣伝をしに久しぶりにくる塾生もいたり・・・。
 そしたら見学者のKさん、「私、千葉から来ているんです。もう帰れません。だから、飲み会やりませんかあ」
 やっぱりエネルギッシュな人や。
 でもお金を持っている塾生があまりいない。
 「よし、俺んとこへ来い!」
 ということで、例のごとくみんなでKさんを囲んで、鍋をつつきながら朝まで・・・。

 もうKさん、塾に同化しとる。
 でもほんまに悩んでました。
 「作劇塾、東京にあったらいいんですけどねー」て。



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2009年02月18日

チャンスを掴むものと逃すもの

 中山市朗です。

 えーっ、遅まきながら15日のシネ・ヌーヴォでの上映会&トークショー関連の報告であります。
 とはいえ、塾のブログや何人かの塾生たちがブログにてこの日の様子を書いていますので、そちらを参照していただければいいかと。

 しかし、撮影していたのは3年前やったんですな。
 タイトルロールで、当時スタッフをやっていた塾生たちの名前を見て、もうみんないないなあ、と・・・
 特に、制作進行と助監督も兼任していた当時塾のスタッフだったMは、準備段階の絵コンテのチェックから、スケジュール調整、香番表の作成、撮影後は予告編の編集までまかされながら、誰にもそのノウハウを伝授することなく、今は塾を去って、この業界にはいない。

 ほんまにもったいないことです。

 今回の『新怪談必殺地獄少女拳・吸血ゾンビと妖怪くノ一大戦争』の見所のひとつは、殺陣(タテ)にもあるわけですが、これも当時塾生だった、ジェット・リーの大ファンで「いずれは香港の映画スターを使って映画を撮ります」と言っていた映画監督志望のTくんに、山田監督は声をかけてくれて、なんと殺陣師をやることになっていた。まあ、アクションの型をつけるアクション監督みたいな役どころ。
 そんなチャンスは万に一つもない。
 でもTくんは、その一週間の期間にバイトを休むとクビになっちゃうからと言って、バイトを選んじゃった。
 代わりに東京からきた殺陣師の方は、日本映画界のトップクラスの殺陣師さん。
 おかげで映画としてはいいアクションが撮れたわけですが・・・。
 で、やっぱりTくんも、この業界にはいない。
 なんなんでしょうねえ。これは・・・。

 まあ、MくんもTくんも、一応ビデオカメラを廻す職種にはいるようなのですが、工事現場の記録やブライダルの撮影は、この業界とは何の関わりもないところだし。

 今現在、塾には映画監督志望が2人ほどいますが、そのひとりKレンジャーがこの日来ていない! あとでブログを読んだら、引越しをするとやらで田舎に帰っていたとか。
 もうひとり、T井くんは、3年前も塾生だったのに、この映画の現場になぜか入っていなかった!
 
 なんなんでしょうねえ、ほんま。これは・・・。

 でもね、やっぱりプロのクリエイターになるための一番の勉強は、そして近道は、プロの現場に入ることなんです。
 そりゃあ商業を目的とした作品創りと、学生やアマチュアが気ままに創る作品とは、全然違うわけですから。
 まず見積もりやら、予算表やら、納品先やらがあるのとないのとは違う。
 お金の管理、役者さんへの出演交渉、さまざまな折衛、スケジュールや人の管理から宿泊、お弁当の手配まで、気を遣うことがめちゃくちゃ多い。みんなプロですから、現場はいわば分刻みで動いているといってもオーバーではない。
 私も『怪談新耳袋』の監督をやったとき、一番の課題はスケジュール通りにきっちり撮らねばならない、ということでした。時速何カット、と言って、一時間にどれだけのカットが撮れるのか、というのがプロの技(わざ)だと痛感したものです。
 時間オーバーしちゃうと、役者さんは帰っちゃうし、スタッフはぶつぶつ文句を言い出す。また予算オーバーするようなことは、プロデューサーは許してくれない。
 素早く、効率よく撮りながら、かつ水準以上のものを撮らねばならない。
 それには周到な準備が必要。
 それに現場ではベテランのカメラマンや照明さんに明確な指示をして、ちゃんとプロの役者さんにも演技指導する・・・。
 この演出意図や注文も、「それ、どういうこと?」と質問されて、ちゃんと説明できなきゃあ、スタッフも役者さんも動いてくれない。
 それがプロの現場。
 つまり理論と、明確な着地点がなければダメだということ。
 それと交渉ごとも避けられない。
 プロデューサーや出演者、スタッフたちに「この人のためならひと肌脱ぐか」と言わせる人(にん)も必要、つまりは打ち合わせ能力は絶対必要です。そうなると、思っていることをどう相手に伝えるのか話術も必要。
 私が桐の一門を立ち上げた意図もそこにある。
 
 そういうことを学ぶ、いい機会を、例えば山田誠二さんは塾生に与えてくれたわけなんです。私の芸大4年間ではそういう機会は皆無でしたし、9年間教えた専門学校でも、学生にそんなチャンスを与えるという考えそのものが、学校側にはなかった。
 しかし、だからといって、機会を与えてもMくんやTくん、T井くんのようにチャンスを生かせなかったり、スルーしちゃったり・・・。

 もうひとつ言いたいことは、塾生にはチャンスを与えるつもりですが、それは塾生だから与えるのであって、ひとり立ちするには自分で営業して、自分で現場に入るんだと肝に命じてもらわなきゃ。
 Mくんが勘違いしたのは、塾に入ってくる仕事に頼って、それが当たり前になった途端、安くこき使われていると思ってしまったこと。プロ並みのギャラをもらうには、実績と信用を積み重ねて(それをこういう現場で学ぶ)自分にしかできないスキルを身につけ(それはプロの人たちと交流していて気がつく)、そのスキルを自分で生かすように営業して現場を自分で作る、ないしは引っ張ってくることをやらなきゃならなかったのに、その営業をしなかった。これはMに限らず、塾を去った人はかたくなに営業をやらなかったという共通点が存在しています。というより、彼らは人と交流することを基本的に避けていたんですな。
 そら、人脈は築けんわ。だから仕事がこない。で、食えない。辞める。
 のパターン。
 デビューしても、社交術がないと、こうなっちゃう。マンガもモノ書きも一緒。
 よっぽど才能があると別かもしれないけど、つげ義春みたいになってもねえ。

 いやあ、若者を育成するっていうことは、ほんま難しいことやなあ、と。

 とはいえ、3年前と比べると、塾生たちもずいぶん成長し、また、今はいろいろな仕事をもっている人たちが入ってきていることもあって(3年前は専門学校の流れから入塾した者が大半を占めていたので、みんな世間を知らなかったんですな)、また主婦もいて、大学生や高校生、中学生もいて、いろんな世代の人が学んでいる教室になってきたので、意識は確実に3年前とは違っていい感じになってきています。今後塾内に発生するなにかのチャンスや現場を、今の塾生はちゃんと生かしてくれるものと確信してはいますけど。

 ちなみに今年の塾は、まだまだすごいことが起こります。
 まだ言えませんけど。

 そやけど、ほんま、映画だけではありません。プロの編集さん、イラストレーター、原作者や作家と仕事を実際にやってみると、初めて、約束、期限内、信用、質、効率、対価について理解します。
 作品をお金にするってこういうことか、とわかる。
 デビューすることが目的ではなく何度もこのブログで私が書いてきた、プロとして生きるためにある塾とは、このことです。

 ということで、15日の上映会&トークショーが終わったあと、我が書斎にて朝まで山田監督と、映画の美術を担当していた山口さんを囲んで飲み会(打ち上げ?)ですわ。
 お二人は、塾のそういう意図を理解してくださっているので、こういった飲み会も、いわば公式行事。
 ご両人からは、そんな現場の大変さやトラブル処理、それに何がモノ作りには重要か、何を観ておくべきか、というおもしろエピソードやお話がバンバン出ました。
 気がついたら、もう朝の11時になろうとしていてい・・・。

 参加していた塾生諸君もお疲れ様でした。
 ちなみに山田監督は、まったくお酒は飲まれません。
 鍋料理に入った食用酒で酔ってしまう人です。
 だから、お酒は飲めないから飲み会には行きませーん、というのは間違い。
 ここは情報を仕入れ、いろいろ考え、議論し、そして人と出会う場所。
 Kレンジャーは、大学の映研の何人かを無理矢理にでもこういう場所に連れてこなあかんで。

 ちなみに、今回の飲み会には塾生以外にも、このブログによくコメントをいただいている碧さんや、このブログをいつも読んでいて「同じクリエイターを目指す者として大変共感しています」と、映画上映の後に声をかけてくれた音楽活動をしているGくん、Tくんという若者も参加してくれました。
 Gくん、Tくんとは、あまり話せなかったけど、また塾宛にメールをくれると、いろいろ塾内の情報を知らせるよ。
 今度はゆっくり話そうよ。

 ということで、塾生に限らず、おもろいことやりたい、刺激がほしい、新しい何かを知りたいという人。
 遠慮なく塾へご連絡ください。
 ネトラジ出演や塾の行事への参加なども歓迎するところです。

4ee67d77.jpg 

 『新怪談必殺地獄少女拳 吸血ゾンビと妖怪くノ一大戦争』
 サントラCD




 サントラ・コレクターとして買っておかなきゃと、当日シネ・ヌーヴォで購入。
 音楽と歌は古屋美和。
 ジャケットデザインは京極夏彦。
 アップで3人並ぶ真ん中の女優さんは、以前「怪談の間」の司会をしてくださっていた森愛子さんです。 



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2009年02月12日

2/11の小説技法

 中山市朗です。

 2月4日のブログで、NPOのあり方について、ちょいと疑問を投げかけましたが、ああいう団体は山ほどあると、色々な方から聞きました。
 財団法人「日本漢字能力検定協会」の公益事業の膨大な黒字と運営が問題となっておりますが、ああなるまで国もほったらかし、というのが現状。
 でも、それの小型版、あるいは問題になっていないだけ、というのは山ほどあると。
 つまり、チェック機能がないんですな。
 だから、
 芸術や文化活動という名目で、年間少なくとも個人で1000万単位の補助金を国から受けながら、実態はそれで食べているエセ・アーティストや文化人もたくさんいるようです。
 アートだ、エコだ、といって、やっぱり大学を担ぎ出すわけですな。
 また、そういうコーディネートや、企画に関わって専門に食っていけるプランナーもいる。

 こういうの、エセ・インテリと言います。
 
 頭は良くて、大学関係者かそこにコネがあって、政界にもちょいと顔が利く。
 そういう人たちが、NPOだの公益法人だのを立ち上げ、金を国からぶん取るだめの算段を懸命に考えている。
 
 これをやりたい、やらねばならぬ。
 そこには是非、国から援助を、というのではなく、
 国から金をとるための名目を必死で探している現状。

 実はウチの塾にもそんな企画の協力要請があって、会議に参加したスタッフのスガノくんは、それと知って憮然とした顔でずっと無視したらしい。
 エラい!

 色々悪どい手の内も聞きました。
 でも、そこで懸命にボランティア活動しているのは、NPOを信じている若い人たち。
 ほんま、その実態をここで暴露したいものですが・・・。

 さもしい限りです。

 国もNPOの全事業を見直したら、そうとう無駄金があることを知るはずです。
 税金でっせ。我々の。
 このツケ、今の若い人が払うんでっせ。
 で、エコの問題はきっと解消せず、また、そこからは大した文化も育っていないことでしょう・・・。誰かの懐を潤すだけのことです。
 それは、私の実感&体感です。

 えーっ、お話変わりまして。
 11日の小説技法の報告です。

 う〜ん、今回の提出は4名のみ。

 第一週の作劇ゼミに提出、一週間後の小説技法で合評、その一週間後の作劇ゼミで提出して、一週間後に合評という、実質一週間で原稿をある程度仕上げるというのは、やっぱり最近入ってきた塾生たちにはキツイのかもしれません。
 でも、やんなきゃ。

 設定された締め切り日を、生活の中で第一優先しないと、プロにはなれんぞ。
 未完でもいいから提出しよう。
 出せばなんらかのアドバイスなり反応があるけど、出さなきゃ、一歩も前進しない。
 これ、積み重なったら大きな差になる。

 ところで今回提出の4人のうち、2人は一度も原稿を落としたことがないIさんとTくん。私の中では、仕事をするならこの2人のうちのどちらかかな、と信頼がもてるようになりました。スキルは別として・・・。
 いや、スキルは合評をクリアするたびに確実に上がっています。

 あとの2人はHさんとYくん。
 Hさんは、すでにAVライターとして活躍しているだけに、ちゃんと「締め切り日とは何ぞや」を心得ています。
 Yくんはまだ先月入ってきたばかりなんですが、ちょっと脅威かもしれない。
 まだ第一章しか書いていないので、長編がちゃんと書けるのかというところが不透明なのですが、このままいけば、彼の努力とこちらの彼に対する協力次第で、士郎正宗みたいな作家になるかもしれない。絵は描けないけど、世界観とかキャラクター造形がね。彼にはもっともっと色んな映画を観て、小説も読んで、いい絵に接してほしい。
 ほんま巧いし、おもろいです。彼の小説。

 さて、こういった合評を塾生はどう思っているのか。
 新しくリンクした塾生カマレンジャーのブログをお読みください。
 彼もまだ入塾三ヶ月ほどの新人ですけど。



 告知があります。
 塾のホームページのトップにありますように、大阪の九条にありますシネ・ヌーヴォで、山田誠二監督の『新怪談必殺地獄少女拳 吸血ゾンビと妖怪くノ一大戦争』の上映&私と山田監督のトークショーがあります。ホームページには、いかにも私が主演級みたいな書かれ方をしていますが、実は数分の出番しかなく、しかもセリフはありません。だって、ゾンビの役ですから。
 美女を食べて、美女に殺されます・・・。
 笑っちゃいます。

 2月15日(日)。20時30分から21時までが、山田監督とのトーク。怪談もしてくださいと監督に言われましたが、どんなトークに?
 映画の上映は21時から。22時30分に終演予定です。

 詳しくはこちら↓

 シネ・ヌーヴォホームページ
 
 オフィス・ユリカホームページ


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2009年02月11日

科学と迷信

 中山市朗です。

 皆さんは血液型による占いとか、性格診断の類を信用しますか?

 最近、米AP通信が日本の「血液型性格診断」ブームに関する記事を発表し、反響があったというニュースを見ました。
 血液型性格診断、血液型占い、は日本だけのものであり、科学的には何の根拠も実例もないものを、どうして日本人だけが信じているのかと、不思議がられているそうです。
 実際、血液型に関する書籍がベストセラーになったり、血液型占いの携帯コンテンツもちゃんとしたマーケットを形成されているようですが、それは日本だけの現象。

 こういう非科学的なことに眉をしかめる常識人(?)は、この血液型〜に対して、こういう反論をします。
 「たった四種類に性格がわけられるはずがない」
 米国人の意見にも、そういうコメントが数多く寄せられたとか。

 これに対して、私はこう説明します。

 四種類の血液型を、牛、豚、鶏、羊の肉に例えましょう。
 たった四種類の料理しかできませんか?

 牛ならステーキ、焼肉、牛鍋、すき焼き、ビーフシチュー、カレー、ハヤシライス、ストロガノフ、肉じゃが、たたき、しゃぶしゃぶ、味噌いため、ワイン煮、牛丼、コロッケ・・・たくさんの料理があります。
 部分によっても違いますな。
 カルビ、ロース、ハラミ、ひれ、タン、ホルモン、レバー・・・。

 豚なら、ステーキ、焼肉、とんかつ、豚汁、豚鍋、キムチ、カレー、シチュー、豚しゃぶ、ポークジンジャー、しょうが焼き、パンチェッタ、角煮、オーブンでの丸焼き、南蛮づけ、スペアリブ、酢豚、さつま煮、豚天・・・それに焼き豚、ハムによし、ソーセージによし。ハム、ソーセージにもいろいろあって・・・。豚足好きです。

 なんか腹減ってきた。

 肉は四種類でも、料理はたった四種類じゃない。
 国によって、工夫次第で、腕次第で、付け合せで、無限大にあります。
 血液も同じ。両親、そのまた両親の血液との関係や、環境、風土、教育なんかで全然違うものになる。それこそ性格は無限大。
 でも牛は牛。ビフカツにはなっても、とんかつには決してならない。
 血液型、も同じこと。
 だから反論する側もちょっと単純なんですな。
 もうちょっと考えて反論しよう。

 でなことを言うと、私は血液型性格診断とか血液型占いを信じているみたいになりますけど、ぜ〜んぜん、占いなんてものも信じていません。事実、当たったことがない。

 だからといって、科学的なものが正しいかというと、これにも疑問が。

 ある学者が「お酒のアルコールは全部同じ成分だから、ちゃんぽんをしたら二日酔いするとか悪酔いするということは嘘です。ちゃんぽんは、それだけ量を飲んでいるから悪酔いするだけです」てなことを言っていた。
 いやいや、経験上で言うと、やっぱりちゃんぽんはあかん。でも、ウィスキーだけを一夜飲み続けても全然悪酔いしない。飲み合わせとか添加物とか、いろいろあるんです。
 ある焼酎を飲むと、必ず記憶が消える、というのもあります。
 その焼酎は危険です。
 この学者は、きっとお酒、飲んだことないのでしょう。

 以前、ダイエットに関するテレビ番組を作るから、構成をやってくれという依頼がきたことがあったんです。普段、そんなこと考えたことなかったけど、仕事です。
 まず、大手製薬会社に電話して、そこからダイエット効果を研究している大学の先生を何人か紹介してもらった。
 A教授は言います。
「水はダイエットにいい。基礎代謝が高くなり、痩せやすい体質になり、空腹もある程度もたらせ食欲も抑えられる。だいたいカロリーゼロですから」
 ところがB教授。
「水ダイエットは迷信です。だいたい人の身体の七割は水で出来ている。水を補充することはダイエットには結びつかず、かえって太る人さえいる」
 それぞれ、もっともらしいデータを見せられたけれども・・・

 まあ、そんなことは小さなこと。

 約20年前、バブル崩壊後の経済学者たちは「日本の経済はそんなに柔じゃない。すぐ立ち直ります」と色々なデータから分析していましたが、その後十年もの長〜い不況と、不良債権の問題が。今回の非常事態も誰も警鐘してなかったですもんね。
 なってから、「実はわかっていたことだ」と言われても・・・。
 それ以前は、銀行が潰れるなんて絶対にない、と学者は言ってたもんね。
 ソ連崩壊も、誰も予想しなかった。
 「ソ連経済は今空っぽ。こんなん潰れまっせ」と、どの学者も言わなんだんです。

 私、ある大学教授と話をしていて、その先生は映画関係の保険制度をやるんだという。つまり映画関係者は不安定な生活を強いられているから、その人たちを経済的に支援する制度を作るというんです。北欧のどこかの国ではそれをやっていると。
 理論、方法論、仕組みを聞くと、間違ってはいないのですが、それは日本の映画界にいる職人や監督たちには絶対に受け入れられない。現場には現場の事情がある。
 それを説明しても耳を貸さないんです。「いや、この理論は正しい」と。
 理論と、現場、実践とは大きなズレがある。歴史や文化の違いもあるしね。

 結局、人間のやることは科学や学術ではないということ。
 やっぱり宗教はあるし、お祈りをするし、迷信を信じて幸せな人もいる。得するしないも気持ちの問題。だいたい人間の中から迷信とか迷いごととかなくなったら、おもしろくない。真っ先に怪談が成り立たなくなったりして。

 ちなみに、私の友人が交通事故を起こして、病院に運ばれたと電話がありました。
 病院へ行くと、何人も友人たちが見舞いにきていました。
 彼の意識はハッキリしていたのですが、看護士さんが「輸血が必要なので協力お願いします。AB型の人、おられますか?」
 なんと3人の手が挙がった。
 彼はその3人を見ると、ポツリともらした。
 「お前らの血を俺の中に入れるの、絶対嫌や。死んだほうがマシや」
 すると3人も互いに顔を見て、
 「うん、その気持ち、オレらもわかる」


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2009年02月09日

中山市朗が考える日ユ同祖論、の一部

 中山市朗です。

 皆さんは、キリストの墓が青森県にあるという話を聞いたことがありますか?
 青森県三戸郡新郷村(旧・戸来村)に、その墓があります。
 一度、行ってみたいです。

 今朝、たまたまテレビをつけたら、ヘブライ語の研究家が、この土地に伝わる「ナニヤド・ヤラー・ナニヤド・ナサレノ・・・」という意味不明の祭唄は、確かにヘブライ語である、と言っているVTRが流れていて、「なんだこれは」と興味津々に見ていると、続いて「キリストの墓」の持ち主だという沢口家に潜入インタビューしだしたんです。
 ユダヤのマークとして、現在イスラエル国の国旗にも使用されているダビデ紋(ヘキサグラムともいう、正三角形を上下二つ合わせたあの印)に似た家紋のことや、墓の裏から出てきた石臼みたいな謎の石器を鑑定したりしていました。
 『スーパー・モーニング』という番組でした。
 番組は途中から見たのですが、おそらくこの村では、子供を初めて外へ出すとき、額に十字を書くとか、戸来(へらい)村の「へらい」は「ヘブライ」だとか、そんな説も紹介したことでしょう。
 ちなみに謎の石臼は、サドル・カーンというキリスト時代に西洋で使われていた石器に似ているという専門家もいたそうで。
 もっとも番組での鑑定結果は、キリストよりももっと古い縄文時代、4000年前のものだったとか。

 スタジオでは、松尾貴史さんが「噂の元にある『竹内文書』は偽書と言われているし、ダビデ紋は何かの偶然で、きっと桔梗紋(ききょうもん)でしょう。ナニヤドラのヘブライ語はこじつけでしょう」と一刀両断。
 この後、古代のユダヤ人たちがシルクロードから日本へやってきた痕跡はあって、その人たちは秦氏という人たちで、羽田孜・元首相や、東儀家がその血を引いている、みたいなことをやっていました。

 なんで、青森にそんな伝説が生まれたのかというと・・・
 これを詳しく説明すると、本が一冊書けちゃうんですが、要は松尾氏の指摘するように「竹内文書」という奇妙な古文書からきているわけです。この文献は、自らの主張によれば「古事記」「日本書紀」より古く、武烈天皇の勅命により、武内宿禰(たけうちのすくね)の孫、平群真鳥(へぐりのまとり)が、もともと神代文字で書かれていたものを漢字とカナに訳したものであり、上古代の天皇の歴史が書き綴られているものなのです。この内容たるや、宇宙創世から始まり、天皇の乗るUFOみたいな飛行物体や、飛騨に世界を統一する中央政府が上古代にあったとか、ものすごいスケールのSFみたいなものなんです。その中に、キリストの身代わりに弟がゴルゴダで磔になり、キリストは日本へ来て、日本で死んだ、なんて書いてあるわけです。モーゼや釈迦も日本へ来たらしい。
 この怪しげな文献を創作したのが、武内巨麿(たけうちきよまろ)という人で、まあ天津教という新興宗教の宣伝のために利用したわけです。昭和3年に初公開された、この文献の物証の中にはモーゼの十戒石というものまであったとか!
 ここに鳥谷慢山という日本画家が、「竹内文書」に接見したから霊感にうたれたようにその実証に人生を費やし、青森県に大石山ピラミッドを発見したり、酒井勝軍、山根キクというキリスト伝導家らにより、戸来村の調査が行なわれ、やがてキリストの墓が発見された、というわけなのです。発見というかねつ造というか・・・。
 「竹内文書」というトンデモ本から、こういう伝説が実証されていったというわけなのですが・・・
 にしては、確かに怪しげな、説明不能な不可思議なものが、この青森、特に十和田湖周辺には存在しているのも確かなことですが。

 これはあくまで私個人の考えですが、
 おそらくあの旧・戸来村は、隠れキリシタンの痕跡です。
 
 ただ、東北には亀ヶ岡遺跡、三内丸山遺跡などが物語るように、5000年ほど前には大型集落があり、秋田県にも黒又山ピラミッドとか、大湯のストーンサークルなど不思議なものが存在するし、大石山ピラミッドも含んで、驚くべきある法則でもつて配置されているんです。しかもそれは九州の宇佐八幡、世界最大のストーンサークルのある猪群山と関係していて・・・これ、書き出すと止まらない。

 で、何が言いたいのかというと、先週のYTV「たかじんのそこまで言って委員会」に(この番組はおもしろい)、重信メイというジャーナリストが出演していたんです。この女性、実は父がパレスチナ人、母は元赤軍派リーダー重信房子。28年間無国籍で中東で生活していたというんですが。
 番組の中でイスラエル問題に議論が及んで、重信さんが「イスラエルが現在の土地に建国される前、シオニズムが立ち上がった頃、その国(イスラエル)を作る土地の候補に日本もあがっていた」と言い、その理由は「13部族いたユダヤ人の一部がいなくなった。その人たちは日本に来ているというのがあるんです」と言った。
 その途端に周りの宮崎哲弥たちパネラーは一斉に「ああ青森にあるね」「あれは都市伝説だよ!」と、完全否定しちゃったんですな。ホント、すごい剣幕で。

 13いた(本当は12部族)イスラエル人たちの一部がいなくなった、というのはホントにあった事件で、紀元前700年ほど前のこと。ディアスポラといってユダヤ人たちが国をもたずに離散した歴史はここからくるんですな。だから、この問題は日本人の我々が思う以上にユダヤ人たちにとっては、重要かつ真剣な問題なんです。
 それが、「キリストの墓」と混同されちゃって、ありえない、と、ああもきっぱり否定されてはちょっとねえ・・・と私は思ったんです。

 私は「青森県のキリストの墓」はねつ造だと思いますが、それと「聖書」の時代のイスラエル人たちが古代の日本に来ているのではないか、という問題は別だと思うんです。
 これ、日本人のルーツはユダヤ人ということで、日ユ同祖論とも言われるのですが、日本人のルーツが全部ユダヤ人というのも違うんです。当たり前ですけど。
 ただ、天皇の宗教観や儀式の中に、あるいは四国、北九州、丹後半島の古代遺跡や土地の名に、「らしきもの」がある。似た風習も存在している・・・。
 イスラエルの宗教観は、実はモーゼによって出エジプトする前までは、エジプトの宗教観そのものだったんです。
 太陽信仰ですな。
 天皇は太陽信仰です。祖神は天照大神で、やっぱり太陽神。
 神社の基本は、東を向く構造です。
 吉村作治さんは、最近はハッキリ言うてますな。
 「古代エジプトと天皇の宗教観は、ほとんど同じ」と。
 まあ、このあたりのことは、今執筆中の原稿が日の目を見たときに。

 実は4年ほど前、エリ=エリアフ・コーヘンという駐日イスラエル大使が四国の剣山と白人神社などを視察したらしい。そこで古代のイスラエルの史跡と四国の関係を真剣に考察しているらしいんですな。
 あるエジプト人の考古学者と話したことがあるんですが、やっぱり「古代エジプトからイスラエルを経由して、日本にいろいろなものがもたらされている。つまり天皇は、ファラオの教義を受け継いでいる世界唯一の王朝だ」と言うんです。
 もうひとりのエジプト人。この人は某日本の大学教授。「水戸学」を専攻している。なんでかというと、ファラオと天皇は共通点があまりに多くある。だから日本にきて、天皇の研究をしていると。
 日本でそんなことを言うと、トンデモとか「ムー族?」とか言われてしまうことを、あっちの人はほんま真面目に思って研究しているんです。しかも、日本の歴史研究家があまり重用視しない丹後半島、北九州(特に国東半島)がホントは重要だと言って、ちゃんと調べている。日本のガチガチの歴史学の博士と討論させたいくらい。
 私も、聖徳太子の謎を追っていたら、『捜聖記』に書いた通り、太秦や丹後半島にその解明のキーポインドがあることを知ったわけですから、この人たちとは大いに盛り上がったんです。
 そうそう、羽田元首相の秘書という人とも話したことがありました。羽田さんは、京都太秦の出身で、実は古代のユダヤの問題について知りたがっている、と、秦氏=ユダヤ人説について話をしたこともありました。

 だから、「青森のキリストの墓」と、これらの問題を一緒にすることは、まったく違うと、言いたいわけです。
 ほんま、「ありえない」の一言で片付けるほうが常識人ぽくて賢く見えますが(心霊現象やUFOもそうですな)、いっぺん調べたら、そうは否定できんもんやで、と。
 ただ、調べていると言うと、完全肯定しているように思われてしまいますが、そうでもないんです。わからないから調べているわけでして。

 えっ? だったらユダヤ人と日本人のDNA鑑定すればいいじゃん、て?
 それがそう簡単にはいかないんだなあ、これが。

 あっ、そうそう。
 安倍晴明の紋章で有名な一筆書きの五芒星(ペンタグラム)は、松尾貴史さんの指摘する桔梗紋が元だとされていますが、この土御門家の秘術を今現在継承されている藤田さんという方は、「あの五芒星はユダヤのもので、安倍家に伝わる占星術の秘技は当時、エジプトからきたものですわ」とおっしゃっていました。私が以前インタビュアーをしていたCS京都『京都魔界案内』で、その証言をされているところが見れます。番組では(過激すぎて?)カットしましたが、五芒星は古代ヘブライの秘術に使われるものだと言って、その話も詳しくしてくださいました。

 日本て、やっぱりおもしろい。


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kaidanyawa at 23:58|PermalinkComments(12)

2009年02月05日

2/4の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 4日の作劇ゼミの報告です。
 受講者が少ない!
 まあ学生は試験があったり、皆さんいろいろ事情はあるんでしょうけど。
 
 でも、この日は、とてもとても、とっても、重要な話をしました。

 何度でも言いますが、作劇塾はデビューさせるための塾ではありません。
 その道で、プロとして食っていくことを考え、実践する塾です。
 マンガでデビューしても、小説を1冊出しても、そこで終わるのが8割の世界。
 当然、あとの2割もそれで即食える、というわけではありません。

 事実、私も最初の『新・耳・袋』を扶桑社から出版しても、とてもそれで食うことは出来ませんでした。ただ、出版物が出たから、放送作家としての仕事が舞い込んできた。でもこれは、人との繋がり、地道な営業があったからです。
 執筆だけで食っていけるようになったのは、やっぱりメディア・ファクトリーで『新耳袋』がシリーズ化されてからのことです。

 でも、私がずっと作家志望者を見続けて、接していて思うのは、「なんで動かないんだ」というジレンマ。なんか、のんびりしています。
 デビューしたらなんとかなる。やっぱりそう思っているんですな。
 鬼門がアルバイト!
 これ、難しいですな。折り合いのつけ方が。

 最近、塾生たちもバイトをクビになったり、バイト先が潰れたりした人もいる。そして、次のバイト先を必死に探すわけなんですが・・・、それはいい。お金はいるもん。
 でも同時に、これを経験に創作して食う、というところにも目を向けて、企んで、仕掛けて、動いてほしい。でないといつまでもその状況から抜け出さない。
 また、楽なんです。コンビニやレンタルビデオ、外食産業系の接客のアルバイトは。
 誰でもできるから、仕事というものをどうも、ナメてかかる癖がつく。
 それで、そのバイトを基盤に何とか生活して、作家を夢見て・・・。
 まあ、抜け出せませんわ、その生活からは。よっぽど強い意識がないと。
 生活はギリギリやけど、夢はあるんや、と自己満足する。そして、いざとなったらなんやかんやと逃げ口上。
 そらそや。創作し続けることは、おそらくその数十倍苦しい。
 だから絶対、楽なほうへいく。
 しかし、創作物が書店に流通し、次の仕事が舞い込んだら、その十数倍の喜びがある。

 なのに、企まず、動かず、仕掛けず、で、口だけは達者・・・。
 そんな例をあまりに、あまりに、あまりに、多く見てきた(その悲惨な例として、昨年10月9日のこのブログをお読みください)。
 ええ加減、頭を使って、企んで、仕掛けんかい! と。
 それを教えるために塾を作った。
 もう何度も何度もこのブログで書いてきたこと。
 にしては、まだまだ塾生たちの考えはアマいし、チャンスを明らかに見逃している。

 そこで、今ライターとして必死に営業をかけているスタッフのスガノくんに大阪のプロのライターたちの現状、そこから見て初めて見える作劇塾の特異性、ここにいるメリットを話してもらいました。
 彼は唯一、塾を有効活用しています。だって彼は文章を書いて食っていくことに執着しているから。小説を書きながら、でもそれだけでは食えないことを体感しているから。
 ではスガノくんは、塾の何をどう利用し、いかに仕事をもらっているか。
 在阪のライターや編プロから、塾はどう見られているのか。
 それを話してもらいました。

 そして私も、作家になる前には、どんな仕事をし、どうやって執筆活動をするようになったのか。その最初の執筆の話(秋田書店の特撮モノのミニ本というのがライターデビューでした。ペンネームではなく本名です)はどういう経緯できたのか。その後の展開、人脈開拓の重要さ、自己アピールの方法、出版社や編プロへの営業の仕方、そして『新・耳・袋』へ、という流れを説明しました。
 すべてこれ、企み、仕掛け、実践、の下地があっての成果なんです。

 私の20代は、そうやって東京に企画の売り込みを孤軍奮闘で展開し、傷だらけになったから今があるんです。その戦いの作戦概要と、その戦歴は、教室のファイルの中
に企画書という形で保存してあるから、ご覧あれ。
 しかし、塾生たちはまだ戦場に出ようとしていない。だから傷は負わないけれど、戦果も全然上がらない。
 クリエイターになりたいなら、
 戦場に出ようよ!
 私は孤軍奮闘だったけど、塾生には私と塾という後ろ盾と援護射撃がある。先方の将軍たちとの調停、話し合いだってできる。スガノくんの言うとおり、在阪のプロのライターたちが、イラストレーターたちが羨む環境が塾にある。
 例えば、そんな場が最近もあった(今年1月26日のブログ参照)のに、ほとんどの塾生は遠慮していたのか、スルーしちゃった。

 プロとなって食っていきたい、と本気で思うなら、ここがチャンスとばかり飛びつくはずです。

 思います。
 みんな、本当には腹が減ってないんやな。ハングリーやないんやね。

 スガノくんはこうも言っていました。
 「みんな営業をしていないから、塾の正体がわからんのや。営業してみ。ここは普通ではありえないところやと、ほんまに実感するから」

 私もそのことは保障します。 


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2009年02月04日

中山市朗、非営利団体のイベントを斬る

 中山市朗です。

 家で仕事をすることが多いので、テレビをつけっぱなしにしています。
 ここのところ、国会中継を見ることが多いのですが・・・。

 なんともまあ、麻生太郎という人には、まったく哲学がない。日本をこうしていきたいというビジョンがない。ということが暴露されてきて、まあ情けないですな。
 のらりくらりと、不敵な笑みをこぼしながら・・・
 今、「天下り」ということが問題になって、民主党の前原さんが、総理に質問しているところですが。

 本来「天下り」というのは、神が天界から地上に降臨することを言ったのですが、最近では退職したキャリア官僚たちが、独立行政法人、特殊法人、国立大学法人、関連民間企業などに高待遇で迎えられ、しかもその間には中央省庁の斡旋、仲介があり、渡りを繰り返すことによって、そのたびに莫大な退職金を彼らはもらっていて、それは公人であるならば税金から出ているという・・・。
 不良債権の温床でもあるハコものの問題も、そういうことが絡んでくるわけですが。
 私の知り合いの医療関係者が、「『天下り』というからあかん。あんなん自分で食えないのを国民の税金で食わしてやってるんやから、『成り上がり』言うのがほんまですわ」と言っていました。だから私も、あれは「成り上がりもん」やと言うてます。

 まあ、きっちりと仕事をやっていただけるのなら、それが国民のため、あるいは日本の利益となるのであれば、法人があろうと、成り上がろうと、私は構わんのですが。
 それが見えてこないわけですな。

 今、あちこちの大学や団体が、国や地方からなんとか金を取ってやろうとする、いわゆるNPOみたいなものを立ち上げて、という動きがやたらあるように思います。またNPOで働いたりすることが夢だという若者も周りにいます。
 私もいくつかのNPO立ち上げを目論む団体の会議に参加したり、イベントで司会をしたりしたことはあるんですが(いずれも、NPO立ち上げについては私は聞かされずに、ただその文化推進とか、関西からの発信、若いクリエイターへの援助、というテーマに惹かれて、私がお力になれるならとボランティアで参加すると、実は金目当てだったとわかった、というパターンなのですが)、彼らは若者には「これは非営利団体だから」と言いながら、実は何億という金を国から取ることばかり考えています。大学ないしは、大学教授という名誉職の人の名前をズラリとメンバーに据え置いて・・・。これ、大学の中では通用するけど、外に向かっては発信しない。ただ、行政はだませる。
 そうやって、うちうちで実績作りのための空虚な活動を繰り返して、膨大な報告書を提出する。その報告書を読ませてもらったことがありますが、意味不明でようわからんかった。でも、この報告書に対して、国は評価を与えるんですな。それで何億というお金が流れて、一方若い人はそれとは知らずに、ボランティアで駆り出されて・・・。

 みんながそうとは思いません。
 ちゃんと立派な、NPOでないとできない活動をやっているところもあります。
 ただ、私が知っている団体は、それが多かった。
 まず、どうもそれは民間でもできるやん、というものが多い。何、とは言えませんが、それって独占禁止法にひっかかるで、みたいなことを平気でやって。
 これは非営利団体だから、で、まかり通るんですな。
 これで民間企業を追い出して、自分たちがそこに居座り、改めて民間企業に下請けさせて、みたいな図式もあったんです。
 NPO法人となると、税金取られないから、同じ土俵で民間と勝負すると絶対に法人が有利ですわ。
 あるいは、民間やったらそんなアホな発想せんやろ、みたいな企画を平気で推進したり・・・。
 難聴者のためのラジオ放送局というのがあった。わけわからん。
 「こんなん意味おまへんやん」と思わず私、全然関係のない身分ながらも異議申し立ててみた。本当にそれが必要だと思うなら、身銭をきってでもやってみることを考えてみ。そしたら絶対にそんなアホな発想は出てこん、と。
 そしたらやっぱり、半年後にはこの放送局なくなってましたけど、この間の運営費は・・・。

 これ、「天下り」いや、「成り上がり」の問題と、あんまり変わりませんわ。

 最近、私が出演を求められたワークショップも、どうもそんな匂いがした。
 規模は大きくて、色々なワークショップがズラリと並んでいる。しかし、セレモニーに市長や大学教授をメインに呼ぶと、これはもう集客無視の、国や行政に対するパフォーマンス。聞くと、そのセレモニー、一般の人は誰も参加していなかったらしい。
 これは別の催しでしたけど、ある大阪文化についてのパネルディスカッションのゲストが、某専門学校の学長(その学校のホールが会場だった)と、某大学教授、そして大阪市長やった。そんなん誰が聞きに行きます? 案の定、会場はガラガラ。専門学校の学生さえもいなかった。
 こういう発想は、一般やユーザーを考えていない。
 国と行政に意識がいっている。お金が裏で絶対に流れている。
 その証拠に、客は入らん、収支はどう考えても完全に赤字のはずなのに、毎年やってるんですな。

 で、私の出る作家になるためのワークショップ。
 これは、私が必死に取り込んでいるテーマ。だから塾を私財をつぎ込んでまでして作った。
 それを簡単に作家になる、と言われてもなあ、と思いつつも、少しでもこちらの意図が、どなたかに伝わるんであればと思って、出演を決めた。
 そして事前にネットで検索したら、ひっかからない!
 あれ、あれ、とやっと見つけても、私が出演するワークショップのことが出てこない。広報やってません。
 これは誰のためのワークショップなのか?
 疑問に思って現場に行ったら、
 同時開催の落語会のチラシは入り口にベタベタ貼ってありますが、我々のワークショップについては、どこにも何も書いてない。落語会のオマケやった!
 楽屋に入ると、ほとんど誰もいない。企画主旨の説明もない。お茶も出ない。
 ホントは、男女2人のスタッフらしきのが楽屋にいたんですけど、私を無視してずっと楽しげに喋っている。ほったらかし。
 本番、やっぱり客がいない。来ているのは塾生で。
 会場の前には張り紙すらない。
 しかたない、90分講演やったけど、スタッフは誰も顔を見せない。
 終わった楽屋に入ろうとしたら、「どなたですか」みたいな顔で別のスタッフに止められて、今は入れないと言われた。
 最後の挨拶をせずに帰るわけにはいかないから、こちらから担当者に挨拶に行こうとしたら、また別のスタッフに「なんの用ですか」と睨まれた。
 まあ同じ時間にラジオ放送とタイアップした落語会があったので、スタッフは全員そっちへ行っていたんですけど。
 当然、スタッフの誰一人、こちらの事情の把握をまったくしていない。
 おまけに出演料は、ボランティアに近いんでっせ。

 これを民間のイベント会社がやっていたら、大失敗&大失態。広報をやらないということ自体が考えられない。もっと命を賭けると思うんです。そこが見えない。
 本来、ワークショップが目的で、そのための手段にお金が必要、となるはずで、その考えがある限り、こうはならんはずです。
 国や行政から金を取る、ということが目的やから、こんなことになるんですな。

 でも、来年もやるんやろうなあ。
 税金使って。
 
 そういえば、上記のハコもので思い出した。
 もう随分前のことですが、大阪府内にある無駄ほど大きなホール。いわゆるハコもので、清水崇監督と怪談トークをやったんですが、
 本番中、音響さん、寝てたらしい・・・。
 
 


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kaidanyawa at 20:42|PermalinkComments(2)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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