2009年05月

2009年05月28日

5/27の小説技法

 中山市朗です。

 27日の合評の報告です。
 この日は見学者が2名。

 ひとりは有栖川有栖創作塾の塾生Tさんという女性と、Aくんという男性。
 Tさんは以前から作劇塾のことも気になっていたとか。「創作塾の開講されていない時期に通ってみようかな」とか言っていました。約束の時間より少々早く教室に来られたので、急遽ネトラジに出ていただきました。
 もうひとりの見学者Sくんは、作家になりたいというわけではなく、面白そうだから入塾したいと言います。実は以前、2年制の映像系専門学校で映像を学んでいたそうで、映画制作やシナリオに興味があるそうです。

 さて合評。
 なんだかいつもと雰囲気が違います。なぜだろう・・・。
 マシンガンお嬢の異名をもつIさんが、おとなしいからだ! どうした?
 「Iさんは創作塾ではおとなしいキャラで通っているので、きっとTさんの手前、そのキャラを押し通したのでしょう」とは、創作塾を知る某スタッフの情報。
 つまりネコをかぶっていたわけですな。
 Iさんはムードメーカーなんだから、キャラ変えてもらっても困るんだけどなあ。
 ちなみにIさんとは、もうお分かりの方もおられましょう。青谷圭です。

 青谷ならAさんと表記するべきですが、彼女が塾に入ったときはペンネームを名乗っていなかったので、本名のIさん表記になって、そのまま今に至るというわけです。
 「合評でAさんという名がないので、私何も書いていないみたいじゃないですか」と最近青谷さんに言われたので、本日からAさん名義にします。そうなりゃ別にイニシャル表記にする必要もないんですが。まあ名前明かして辛辣なことは書きにくいので。
 Kレンジャーというのも、正体がわかっている覆面レスラーみたいですけど。

 さて、その合評です。

 新塾生K坂さん。ちょっと、というか、かなり抽象的な文章。これは小説? どちらにしても、人間を描いてほしい。前読ませてもらった投稿用の原稿は、決して悪くはなかったし、独特の世界観があったのですが、今回のものはNG。
 次回を期待します。
 N子さんのホラー小説も、「セリフまわしが変わっただけで随分読みやすくなって、情景も目に浮かんでくるようになった」との意見が出ました。それは同意見。ただ、これはホラー小説です。そこで重要な、なにでもって読者を怖がらせるのか、の焦点が絞り込めていません。最後に妖怪っぽいものが出現するんですけど、おそらくそこが恐怖のポイントではない。壊れていく主人公の女子高生の心理描写にそれはありそうです。狂気の世界、がこの小説の読ませどころでしょう。本人もそれは自覚しているようですけど。ちょっと難しいでしょうけども、狂気の世界を勉強してみましょう。
 T野くんのSF怪談小説は新基軸となるか、という期待の小説。ただ他の塾生からは、「描写がなんだか冷たくて、人間の行動が物理的現象のように思える。だからもう少し登場人物の感情を地の文で書いてみては?」という意見もちらほら。ただ、私はこういう表現が舞台となっている月面基地の無機質な雰囲気を出していて、SFとして読むならこれも味かなって思うんです。ただ本人に聞いてみたら、別に意識してそう書いたわけではなく、書いていたらそうなっちゃった、と。やっぱり彼はSF向き?
 惜しいのは宇宙の景色の表現に矛盾が。月面に立つ宇宙飛行士の心理を知るために、少々古いですけど立花隆さんの『宇宙からの帰還』を読んでおくこと。SF書くなら、これを知らないって言うたらダメ。
 Sくんの『活動大写真』は、彼の人間性があふれ出ているような小説。なんだか読んでいて和みます。ただ登場人物の立ち位置、距離感がよくわからない。動機もやや強引なところがあります。戦前の映画の知識は豊富なので、もう少し人間の観察を。あと映画の紹介文と主人公の気持ちが混同していて、わかりにくい部分があります。
 Kレンジャーのホラー(?)小説は、うーん・・・。彼の創る映画と同様、ロジックがない。映画監督を目指しているわりには映像感覚がない。漆黒の闇の中を懐中電灯の明かりを頼りに、前方の建物の明かりを目指して若者たちが進むシーンなども、田んぼが見えていたり、その場所にたどり着いたら、そこが高い場所なので村全体の明かりが見えたとか・・・。じゃあ、見えていた明かりってなに? その村の中に洋館があるのですが、その明かりに導かれるように若者たちがそこに入って中の様子を隠し撮りしようとする。それって不法侵入やん? しかも中から人の声が聞こえてくるという描写があったあとに、軽快な音楽で誰かが踊っているというシーンが出てくるけど、静かな村。人の声よりまず音楽が耳に入るやろう、とか、そこにいたのはなんと人間だった、のあとで歳は10歳前半の子供、ずっとあとに女の子、と情報がバラバラにくるんです。この場合、状況的に、人だ、の前に、子供だ、幼い女の子だ、というイメージがくるはず。だから読んでいる人は、起こっていることのイメージが湧かないんです。これは明らかに本を読んでいない、映画を観ていないという証拠。ボヤボヤしている暇はないぞKレンジャー。
 Yくんのヒーロー小説はほんまに読ませます。やっぱりドラマの展開が映画のようにイメージされてくる。ただ説明が多い。その説明をセリフにしてみたり、コンピューターから表示されたり、ドラマの一環として展開させてみよう。私は『仮面ライダー』のような特撮ヒーローものを見ていないので、これがオリジナルだとしたら、この小説はイケると思います。
 Sくんの奇譚小説は、第二章に進んだものの、第一章の辻褄あわせをやっちゃった感じで、章としての発展がない。奇憚なんだから、そんなに辻褄あわせをする必要もないし、そもそも彼が奇憚小説を読んでいるのかが疑問。文体そのものは読みやすいし、台詞回しなんかはうまい。普通の男の子と女の子の自然な会話のようで、だからこそその世界が異常というのがきいてくるんです。そこはうまくいきそうなんですが。
 Tくんの『クリエイターズ・ファイト』は小説家たちが閉じ込められている空間以外(つまり世間)がどうういことになっているのかわからない。ここは本のない世界なのか、あっても形態が変わってしまっているのか? そもそも閉じ込められている作家たちは、どういう心境でいるのか? アイデアは面白いんだけど、長編小説は、そのあたりが誤魔化せないので、そこをもっと考える必要があります。
 さて、Iさん、改めAさん。ちょっとやりたいことと、合評で求められるもののギャップが埋められなくなってきた? 日本神話の神様に、読者としての我々は、やっぱり神々しさを求めてしまいます。でもAさん自身は、身近な人間として描きたいと・・・。しかしアマテラスは、やっぱり天皇の祖神ですし、皇室の方々って、やっぱり我々とその所作も言動も全然違うからねえ。第一章に出てくる荘厳な伊勢神宮はそのアマテラスが祀られているわけですし。テーマは神様の恋愛。つまり女の子向けのファンタジーなのですが今の女の子って、日本の神様についてどういうイメージをもっているのでしょうね。
 それとも、なんのイメージももっていない?


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2009年05月21日

5/20の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 これ、随分前からクリエイター志望の若い人と接していて思っていることなんですけど、「知らない」ということを恥に思わないのかな、と。
 もちろん世の中、知らないことだらけです。私も知らないものがたくさんありすぎて、ごまかし、ごまかし・・・。
 でも、クリエイターになりたくて、高いお金を払ってクリエイター系の専門学校や、大学に通っていて、で、学ぶ気あるのかな、と。

 先日、角銅さんがいらしたとき、映画監督志望のKレンジャーに「エイゼシュタインのモンタージュ理論知ってる?」と聞いたら「知りません」と言うわけです。彼の撮った1分映画を観ると、映像理論の裏づけが皆無だった上に、映像にならないようなシナリオを書いてきたので、そう尋ねたわけです。
 まあ知らないから「知りません」という。それはいい。で、昨日彼から課題のシナリオ提出があって、「モンタージュ理論、勉強した?」と聞いたら「いえ、まだです」と言うわけです。想像した通りの返事でしたが、これはダメでしょう。
 さんざん「お前の映画には理論がない」と言われて、自信をなくして、ズダボロになって・・・それはいい。誰でも通過すること。で、だから「これを観ておけ。読んでおけ。知っておけ」とアドバイスしても、そこをスルーしちゃう。で、同じことを繰り返す。それでよく彼は「映画監督を目指している」と言えるな、と。
 Kレンジャーをたまたま例に出して彼には申し訳ないんですけど。彼だけじゃない。そういうクリエイター志望の人って、ものすごく多いんです。
 私も大学の最初の授業で、エイゼシュタインのモンタージュ論という言葉を聞いて、それが映画編集論の基礎となる技法だと知り、さっそく「エイゼシュタイン全集」に目を通したものです。ビデオソフトだの、もちろんレンタルビデオもない時代。『戦艦ポチョムキン』という映画の存在を知っていても、観ることができない。今は大型のレンタルビデオ店に走れば、たいてい置いてあるし安いDVDも買えますわ。
 なんでそれをしないのか、知らないままで平気なのか・・・。理解不能。
 しかも調べてみたら彼のいた大学で、ミハイル・ヤンポリスキー教授が、わざわざニューヨーク大学から来てもらって「エイゼシュタイン・モンタージュ論と日本」という特別講座が2、3年前にあったらしい・・・
 知らないことは怖いことなんです。

 しかし、なんですな。なぜか若い人たちは古いもの、とか古典をどうも馬鹿にする傾向がありますな。そしてそれを指摘すると、「それを知ってなんになるんですか」と逆切れされたりして・・・。
 作家の石田一さんがこんなことを言うてました。
 「この前、若い子に言われた。先生『レッドクリフ観ましたか?』と。『観てない』というと、『ええーっ、どうしてですか! 公開されてもう2週間ですよ』って。それで聞き返したんです。『ウィリス・オブライエンの『キングコング』を観たか』と。そしたら『それなんですか』と言う。言ってやった『ええーっ、公開されてもう70年やで』って」

 昔のものなんて知らなくても、ちゃんと作品を作れば通用する。となぜか思っているんですな。でも昔のものを観ていないから、みんな同じような世界観になってしまう。押井守監督が『キネ旬』のインタビューを受けて、こんなことを言っています。
 「今の人っていうのは、以前の連中が何をやったかをもう少し学んだほうがいい。先例をいかに解体、改稿していくか。いかにして間違いのない理屈を見つけていくか。先行する作品をいかに自分のものにするかをテーマにしてもいいかなと思っている。先行例っていうのをこなさなきゃならないから、結構手間隙かかるんですよ。お前が『ルパン三世・カリオストロの城』(79)をやったらどうなるか、という志の低いことじゃなくてね。例えば『マルタの鷹』(41)をやったらどうなるか、とか、そういうことをしようと思う」

 映画の話ばっかりになってしまいましたが、でも映画は最低限のコミュニケーションツールなんです。例えばSFのアニメでもマンガでもいい。これから原作者や監督、あるいはマンガ家、プロデューサーなんかが集まって、作品を作ろうと会議をしているとします。まだ作品はありません。だからその場にいるスタッフが共有するイメージが必要となります。「この宇宙のビジュアルは『2001年宇宙の旅』で・・・」というと、ああ、あんな感じかとだいたい想像できるわけです。その宇宙は『スター・ウォーズ』のものでもなければ『バーバレラ』のようなキッチュなものでもない。
 でも観ているからこそ、それがわかるのであって、観ていなければお話にならない。
 ところがプロの現場で「『2001年宇宙の旅』を観ていません」なんて言えないわけです。そんなことを言うたら「じゃあなんでキミはここにいるの?」という目をされます。「大丈夫か?」てなことを言われます。だからそのときは知っているフリをします。「あー、あれですか」と言って頷いたりして。そして仕事が終わったら、レンタルビデオ店や本屋さんに走って、徹夜で詰め込む・・・
 ましてやその世界を目指して、勉強しているという立場の者が、知らないことを指摘されながらスルーしちゃうというのは、絶対にやっちゃいかんことなんです。

 そういえば思い出しました。
 何年か前、あるコミック雑誌の編集長と新人の編集さんと、三人で食事をしたことがありました。その編集長は昔、手塚治虫先生の担当で、随分手塚先生にいじめられたらしい・・・。まあ、その貴重な手塚治虫のお話が聞けたわけです。で、私は黒澤明監督と仕事をしたことがあるから、そのときのエピソードを披露していたんです。編集長は目をキラキラ輝かせながら私の話を聞いていて、ふと隣の新人編集さんの態度に気が付いた。どうも私の話を聞いていない。いや、聞いてはいるんですけど編集長はピンときたんですな。
 「キミは黒澤映画を観ていないのか?」
 「は、はあ。ほとんど観ていません。ははははっ」
 「笑い事か! おいそんなことでお前はマンガが見れるのかぁ!」
 お説教が始まっちゃった。
 天才・手塚治虫ほど「知らない」を恥とした人はいない。なんでも吸収し、なんでも知ろうとした。だから天才なんだ、と。そんな話をされて。

 さて、20日の作劇ゼミですけど、今月になって打越編集長、山田誠二監督、角銅博之監督と続けざまにゲストがいらして、三人ともに塾生に発せられたメッセージが
ほぼ共通していたわけです。そこをもう一度整理して講義したんです。
 その共通したメッセージとは、やっぱり古典を知れ、ということでした。そこに作劇法のヒントがあると・・・、。
 
 でも楽しくって仕方がないけどなあ。そういう作品に触れるって。
 勉強のために映画を観ようとか、本を読もうとか、学生時代は思ったけれど、全然それは苦でもなくって、かえって映画が観れない、本が読めない、という状況のほうが、メシが食えないことよりも苦痛だったけどなあ。一週間の食事が70円で袋にドッサリ入ったパンのミミだったこともあります。だから映画で食事をするシーンがあると、それがすごく旨そうで旨そうで・・・。
 そして知らないことが頭に入るってことが、なによりの喜びでしたけどなあ。
 なんで今は・・・あっそうか。ゲーム、ネット、カラオケか・・・
 
 私はゲームとカラオケは生涯やりません。
 



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2009年05月17日

二晩続けて飲んだ中山市朗の本気

 中山市朗です。

 今回は二つの出来事を報告しますので、少々長いです。
 心してお読みください。

 まずは久々にシナリオゼミの報告をします。
 正式のカリキュラムではなく、私のボランティアで行なっているものです。
 ちゃんと、第1、第3金曜日の夜7時30分より2時間、毎回開講しています。
 15日(金)もゼミはありました。が、しかしいつもは私の書斎で行なっているのを教室に移しての授業。それに、いつもより参加者が多いぞ?
 実は素敵なお客さんがお見えになられるというので、塾生も少々ハイテンション気味。
 アニメ監督の角銅博之さんが、この日の授業の様子を見学したいとこられたのです。
 角銅さんの実績と、そのゼミの様子は作劇塾公式ブログに掲載しています。
 まずそちらをご覧ください。

 角銅さんは、以前私が新宿LOFTプラスワンの『新耳袋トーク』に出演していた頃に常連のお客さんとして来ていらして、塾創立の頃に「ぜひ一度、特別講師で」とのお話はしていたのですが、なかなかこちらの都合でお呼びできなかったところ、「16日に仕事で大阪に来るので、前日入りしてシナリオの授業を見学させてください」というメールが入っていた、というわけです。
 このブログをいつも読んでくださっている、ということで、塾で何が行なわれているのかの全てをご存知のようです。
 塾生の中にも角銅さんファンがいます。で、この日のシナリオ講座の合評は、角銅さんにも同席してもらって、というスペシャル版!

 さて、塾生の中には、シナリオ作家志望が2人、映画監督志望が1人いますので、彼らにとってはシナリオは必須。マンガ家志望者もマンガの原作を学ぶのにやっておくべきだと思っております。ゼミは小説家志望での参加が一番多いのですが、小説とシナリオはその表現の仕方がまったく違うので、改めて小説の構造が見えてくる、ということと、ストーリー構成のいい勉強になります。
 小説技法同様、みんなが書いてきたシナリオについて、みんなで批評します。
 角銅さんは、「僕もこういうような学校で教えたことがあるけど合評は難しい。でもこういう雰囲気で行なわれている合評は東京にもない」と感想を述べられていました。
 シナリオに関して言うと、これは角銅さんと同意見なのですが、みんなセリフに頼りすぎです。映画、映像、マンガ、いずれも見せることによって分からせるものです。セリフを安易に入れると、どうしても説明くさくなるし、セリフとして回らないと作品も台無しです。角銅さんはこの日、現場の監督として「こんなの書かれても困るんだよな」という立場から色々貴重なアドバイスを、一人一人にくださいました。

 シナリオ講座が終わると、角銅さんを囲んでの恒例の飲み会。
 大滝社長や総務のスガノくんも、私の書斎に集合です。
 「モノ作りにはあらゆるモノを見ておかねばならない。映画に関しても、なんでもCGで表現しているような最近の映画より、モノクロ映画をちゃんと観ておくこと。能や歌舞伎といった古典芸能も若い頃には、その重要性はわからないかもしれないけど、プロになったら必要だとわかる」と、能の役者の動きの実演まで披露して、人物の動きについて説明してくれました。
 「最近のアニメーターはCGでガチャガチャやって、それが動いちゃうから何も考えないで映像を作った気でいる若者が多い。でも人間の動きを表現するわけだから、それでは通用しない。人間を観察すること。それと今、アニメの下請けはアジアの他国に発注するケースが多いけれど、そのスキルは高い。なぜなら向こうのアニメーターはちゃんと美術や造形の勉強をやっている。だから画面の構成や構図、動きや止めのポーズがいい。日本のアニメ志望者はその下地でアニメを見ていたということしかないから、基本的な素養がない。またそれで通用すると思っているからやっかいだ」というようなことを角銅さんはおっしゃっていました。

 これも私が常々言っていること。マンガ家志望だからマンガしか興味がない、それ以外はやらない、では結局過去あるマンガのイミテーションしか描けない。そんなもの、プロでは通用しないわけです。
 膝を付き合わせた飲み会。塾生たちからはアニメの演出や脚本、発想の方法や裏話についての質問が角銅さんに浴びせられ、親切丹念に答えていただきました。
 「塾生さんたちは、1分映画を作っているようだから、参考になれば」と、角銅さんが作られたショートアニメや1分アニメも上映。その狙いどころや、演出方法についても披露してくださいました。
 そして「こんな場も東京にない。塾生のみんなは、こんなにいい場所を作ってもらって幸せだよ」と・・・。

 角銅さん、ありがとうございました。
 また、いつでもお越しください。

 続いて、翌16日は、これも私が常々口にしている関西文化復興に関しての、ある秘密集会(?)が行なわれました。
 いや、実は私の元教え子であるライターの堤谷くんと、塾の総務をやってくれているスガノくんの2人が、私のその理念をなんとか成就するためのお手伝いを、と、賛同者を募っての集会の場を作ってくれたのです。
 堤谷くんは言うてました。「大阪文化の復興。実は何度も何度も中山先生がおっしゃっていた言葉だけど、正直スルーしていました。でも東京で仕事をもらおうと営業をかけているうちに、大阪のことを知らない、大阪に仕事がない、というのはダメなことだとやっと最近気が付いたんです。確かに大阪にもクリエイターはいるけど、まとまっていないからその力は弱い。まとまるための旗印は確かに必要だと痛感しています」と。
 そんなわけで、2人が呼びかけ、プラス私も声をかけさせていただいた方も含め、次のようなメンバーが「大阪文化復興」を旗印に参加、あるいは参加意思をくださいました。
 本当はもっと声をかけるべき方々は他にもおられたのですが、今回はあくまで顔見せ、とういことと、それぞれお呼びするポイントもありますので。
 で、この日集まってくださったのは、私、堤谷くん、スガノくんの他に、

 五十音順で、

 石田一(SF研究家・作家・キャッスルカンパニー代表)
 生駒美香(イラストレーター)※私の元教え子で、堤谷くんの同期生。
 打越保(エンタイトル出版・編集長)※この日は急用で来られず。
 佐藤広幸(ライター)
 徳治昭(イラストレーター)
 中田誠二(デザイナー)
 林千代(脚本家)※「必殺シリーズ」や「月曜女のサスペンス」などを担当。
 堀田浩之(ひかりのくに編集者)
 劉賞美(モデル・中国語翻訳者)

 私が掲げたのは、
 ○まず関西でクリエイターが集まる場所を作りたい。そのための媒体も必要。
 ○関西の若手クリエイターの東京流出を少しでも食い止めたい
 ○クリエイターとメディア(出版社、映像制作、メーカー、放送関係)との交流。この点だけは、東京の方々と交流する機会を作りたい。
 ○関西からのエンターテイメントの発信。それは関西に留まらない。

 そして、これが一番の提言なのですが・・・それはまだ、この場に来ていただいた人たちだけの、まだ明かせないテーマです。
 言っておきますけど、だからNPOにするとか、橋下府知事に陳情を、なんてことは考えません。そういうものに逆らって、我々で作るんです。

 脚本家の林さんはこうおっしゃられました。
 「大阪はいつからこんなにダメになったのでしょう。昔はまだ脚本の仕事はあった。テレビドラマも作られていたし、クリエイターの交流もあった。なのに今は・・・脚本の仕事はない。人材がほとんど東京に流出して、だったら東京で撮ろう、ということになって関西が舞台のドラマも東京制作。ドラマや映画を大阪で作る土壌がなくなっちゃった。おまけに劇場もなくなって、スポンサーも不在。このままでは大阪は文化果てる都市にますますなってしまう・・・」
 劉さんも言います。
 「中山さんと同じく、大阪文化復興とか大阪でなんとか、と言っておられる方は大勢います。私の周りにいるファッションデザイナー、カメラマン、プロデューサーたちがそうです。でも、みんなバラバラですから、お金も集められない、お互い組もうとしない。だから大阪でショーやイベントをやっても東京のような規模にならないし、お金がないから一流モデルも呼べない。それではやっぱり一定のレベルにならないし、宣伝のしようがなくて、結局身内しか知らないようなことをやって、やったという満足しか残らない・・・確かに色々な分野の人が集まり、まとまることは必要だと思います」
 石田さんが言います。
 「大阪の人間やから、これはわかるんやけど、結局大阪の人間はみんながお山の大将になりたがるんやね。だからあちこちに小さな山がぎょうさんあんねんけど、これがまとまらんことにはどうしようもない。でも、まとめようと働きかけたら『なんで今までウチがやってきたことをお前んとこにやらなあかんねん』とか『これはウチのもんやないか』というケチな了見を守ろうとするんやね。これ、なんとかせんと」
 堀田さんも言います。
 「とにかく、大阪には出版社があまりにも少ない。特にエンターテイメント系の書籍を出しているところは、ほんの一握り・・・。出版社のほとんどが東京にあるというのは考えたら異常なこと。なんとかせんとあかんとは、私も思います」
 スガノくんが尋ねます。
 「いつから大阪はそんなことになったのですか?」
 石田さんは言います。
 「文化を支えるのは古今東西金持ちのパトロンとか、企業とか。ところが今の大阪の企業は、形になっていないものには金を出さない。こんな映画作りたい、こんなメディアを作りたい、と言って企画書を出しても、これはただの紙切れやんか、と。そんなもんに金は出せん、言うわけ。東京はそうやない。ええ企画書にこそビジネスチャンスがあると」
 大正、昭和の初期の大阪はねえ、ほんまに南海電車だの松竹芸能だのといった企業が、大阪のミナミを繁華街として開発して、劇場を作って、興行形態を作って、映画の撮影所を作って、劇場や映画館、新しいショー、芝居がたくさんあった。作家や役者もたくさん育っていました。昭和40年代まではその雰囲気は残っていたんです。けど、今は壊滅状態。
 石田さんは、ある大型専門学校に提言したことがあるそうです。
 小説家やマンガ家をお金を取って育成しているのなら、学生たちの出口を考えるべきだ。そのために学校と連携する出版社を作るべきだ、と。理事長にその話をしたら、「金にならないことには全然興味がない」とキッパリ断られたそうです。理念のない、金儲けにしか興味のない奴が文化だの育成だのを発信やと言うて偉そうに威張っている。私が以前講師として雇われていた専門学校も、辞めてから初めて理事長に会ったら、出版界も映画界にもなんの縁もない、何も知らない初老の紳士でした。
 現場で教えていることの何一つ、理事長はご存知ない。でも決済は理事長の裁量。それで理事長室へ行くには、赤いカーペットに若いキレイな秘書。私はビックリしました。
 これ、学生たちの学費でっせ。
 金儲けは悪くないんですけど・・・私、思います。これは詐欺。
 
 ここに集まったみなさん、そういう実態を知っていて、目先の金儲け主義に走る大阪人に辟易しているようです。それでも大阪が好きなんです。大阪にいて、大阪でなんとかしたい、という人たちです。
 だったら、ホント交流の場を作って目標を掲げて、大阪からおもろいエンターテイメントを発信していきましょうよ、と。若い人たちの才能も発掘し、育てましょうよ、と。これには全員が賛同。ただし、何事もなにかをやるには、やっぱり先立つものはまずお金・・・。ボランティアでやるわけにはいかない。組織作りも必要。
 そうなんですね。大阪にプロデューサーがいないですな。
 今や日本映画界の大プロデューサーとなられた一瀬隆重さんは、もともとは関西出身なんですけどもねえ・・・なんてボヤいていも仕方がない。
 しかし集まったメンバーは、大阪を憂いながらも非常に和やかで和気藹々。もちろん直面するであろう難関はどうするんだと、手厳しい意見も出ます。
 盛り上がったところで、一次会場の居酒屋が時間切れ。二次会はなぜか私の書斎で、ということになり、私の仕事場は二晩続けて居酒屋に。
 二次会に集まった人たちがほぼ同期、ということもあって「スター・ウォーズ、ビンセント・プライス、クリストファー・リー、ピーター・カッシング、テレンス・フィッシャー、2001年宇宙の旅、七人の侍、伊服部昭、ゴジラサウンド、ヒッチコック、手塚治虫、大友克洋、ティム・バートン、パンダコパンダ、となりのトトロ、四谷怪談、呪怨、春風亭小朝、メル・ブルックス、どですかでん、蜘蛛巣城、レッドクリフ、リアリティ、H・R・ギーガー、菊池秀行、東映動画、ウルトラシリーズ、小松左京・・・」という言葉が飛び交いました。
 いやいや、ただの親父の飲み会ではありません。
 次回も必ずこのメンバーが、各々一人は連れてきて、まずはメンバーを増やそうということと、明確なビジョンと方向性の共有が必要である、ということを互いに認識し、石田一さんは今出版社を立ち上げたところなので、今協力できることはこれ、将来こうなったらここまでの協力はできる、と私に耳打ちされました。また堀田さんは「今の立場はいち出版社の編集なので、会社として協力することは難しい。でも、個人としては最大限の協力はしたい」と言ってくださいました。でも、これは私のためというより、将来の大阪のための運動。親父たちが何もせず、ただ己の目先の利益を得るためアクセクして、そのクセ酒を飲んでは「今の若いもんは」というのはどうかな、と思うわけです。
 若い人は若い人でやらなきゃ話にならんけど、若い人たちに夢を語れる場所くらいは、親父たちは作ってあげる義務はある。それには親父たちが夢をもたないと。大阪文化を崩壊させてしまったのも、親父たちであるしね。
 この動きは今、すぐに何かの形を生む、というものではありませんが、今からメンバーを増やし、知恵を出し合い、互いのノウハウを集積することによって、きっと5年先、10年先には東京のメディアでも成し得ない、あることが成就するもの、と、私は信じています。いや、成さねばならないのです!

 この話、興味あるとか、こんな方法はどう? という知恵やノウハウをお持ちの方がおられるなら、塾宛にメールをください。
 本気です。


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2009年05月14日

5/13の小説技法

 中山市朗です。

 毎月第1、第3水曜日の小説技法では、合評を行なっています。
 参加者全員が、提出された原稿のひとつひとつについて、感想や批評をぶつけ合います。本当に単なる感想から、辛辣なダメ出しまで、飛び交う意見はさまざまです。
 でも、その単なる感想も、その原稿を読んでいるからこそ出るわけです。またそれを本人の目の前で言うわけですから、それなりの勇気がいります。ましてや辛辣な批評をするには、読み込み、熟読が必要です。そして自分なりの理論武装も。
 私はなるべく発言を控え、みんなの意見が出尽くしたかな、と思ったときに総評としてアドバイスするか、私なりの意見があるときには、それを正直に言って、だからこうしてみよう、という具体的な対応策を言うことにしています。
 たまに対応策が思いつかない作品もありますが、これは本人の意識なり、作品のテーマが見えてこないときです。まあ、そういう場合は素直にテーマがわからん、と言っていますけど。
 合評・・・難しいんですよね、実はこれ。
 
 専門学校の講師をやっていたときも合評をやったことがあります。
 このときは10人ほどいる小説家志望の学生たちのうち、書いてきているのは3人とか4人。その作品を、書いてきていない学生が評する・・・。これはあきません。評される方は「書いてもいないヤツに、なんでそんなん言われなあかんねん」と腹立ちますわな。
 また意見をいう学生も理論がまだ備わっていないから、感情で作品のダメ出しをしちゃうんです。しかも好き、嫌いのレベル。これじゃあ言われたほうも感情的になる。険悪なことにもなりかねません。
 また書いている人は、どうも他人への批評がアマくなりがちだったんです。なぜかというと、ここで辛辣で厳しいことを言っちゃうと、自分も厳しいことを言われちゃうかも、と。それにダメ出しをすると、次から来なくなる学生もいました。女の子に多かったですな、そういうタイプは。で、その子に言ったわけです。
 「最近合評来ないけど、なんで?」
 そしたら、「私の作品をわかってくれる先生を探しています」やて・・・。
 成果が上がらないので、このときは合評を廃止しました。

 今の塾の合評は、うまくいっているという自負があります。
 まず塾生が専門学校と違い、年齢も経験量もさまざまです。一時は40代の人もいましたが、だいたい30代から10代までで塾生は構成されています。もうすでに原稿を書くことでギャラをもらっているプロのライターもいれば、文学賞に投稿している人、自分の作品を持ち込んで、出版社の編集さんとやりとりしている人もいる。大学の文芸部にいる人もいれば、映画をやっていた人もいる。サラリーマン、OL、フリーター、同人活動をしている人、現役高校生・・・。私がかつて教えていた専門学校の元教え子たちも、卒業して数年、学び直したいと塾の門を叩いてくれます。青谷圭、高田豪はそうですし、シナリオ作家志望のUNIにいたっては、10年ぶりに私の教え子として復帰しました。彼、彼女らはそれだけ真剣ですし、私の塾に来てくれたからには、なんとか夢を達成させてやりたい。と、私も真剣に彼らと接しているつもりです。
 このように、色々な経験と価値観をもっている人が、合評の席につくわけですから、やっぱりアマくはないわけです。プロになる大変さ、他人が自分に向ける無責任な中傷や理不尽な世の中を知っている人がいる。だからこそ、真剣にプロの作家になりたい、と、みんな思っているわけです。この真剣さは、世の中を知らない専門学校の学生とはまったく違うものがあります。だから塾の合評では平然と辛辣な意見が飛び交いますしそれは辛辣な意見を自分にもくれ、というアピールにも他ならないわけです。

 最初はその厳しさに戸惑い、傷つく思いをするかもしれません。しかしその意見は決して個人の人格を否定するものではなく、作品をよくするためのダメ出しであり、賞賛であることがわかってくるはずです。
 また、合評が終わったあと、参加不参加は自由ですけど、必ず飲み会をやっています。これはお互い厳しい意見を言い合ったけど、今度は人として膝を突き合わせて話そうよ、という場であり、仲間の絆を作る場であります。仲間の絆さえしっかりしていれば、どんな辛辣な意見を互いに出し合おうともその真意を理解し、ともに成長するライバルになれるはずです。また飲み会から仕事をもらった人も過去にいました。
 私も塾生とこうして話すうちに、その人柄や夢、今関心のあること、今までの人生、現状の生活などがわかります。すると、意見の言い方も各々違ってきますし、だったらこうしたほうがいいよ、とか、そのやり方は間違っている、と、その人に合わせた意見を私自身がもつことができます。厳しいことを言って伸びるタイプ、萎えるタイプ、ほめて伸びるタイプ、いろいろいますから、そのデータがあれば言い方もその人にあった言葉が選択できます。また、なんとなくプロに憧れる、という人と、絶対になってやるんだ、という人の温度の違いも計れます。
 なんとなく・・・という人は、どちらかと言うと長所を見つけてあげて、書くことの楽しさを引き出すようにしているつもりですし、真剣にプロを目指して動いている人には、少々きつい言い方をするかもしれません。それも膝を突き合わせて話す、ということがないと、わかりかねます。一応みんな、塾に来たときは「プロを目指します」と言っているわけですから。

 でもこれは確実に言えます。ちゃんと合評に作品を提出して、辛辣な意見を参考にしつつ稿を重ねていくと、1年、1年半たって最初の頃の自分が書いた原稿と見比べると、なんと成長しているのか、を実感するはずです。ただし、プロの要求するレベルはもっともっと上かもしれない。そこに向かって進むしかないのです。でも塾は、そのプロの人が来てくれたり、協力してくれたり、現場や仕事を作ってくれて交流会にも顔を出してくれるところです。プロの要求するレベルを自分で理解し、対策を練れる貴重な場所です。

 そこを最大限利用するか、スルーしちゃうかも塾生次第です。
 だから、ガンバッてね。

 とか言うてるうちに、各作品の論評を書くスペースが。

 K島くんの『活動大写真』。時代劇が好きだ、という叫びが胸に響きそうな小説。前半部分の主人公の行動の動機付けがまだアマい。もっと自然な流れを。
 Kくんのサバイバルゲームもの。サバイバルゲームに興味のない人にどう読ませるかの工夫がない。地の文はアクションだけでなく、感情も書こう。
 Kレンジャーは、いちから書き直してきた。それは別に構わないけど、何回目? 辛辣な意見を聞いたらそこを修正し、補うことを繰り返すことも必要。ダメだと言われたので新しいの書いてきました、を繰り返されると合評の意味がないよ。
 Yくんのヒーローもの。彼の文章は登場人物の動き、演技の描写が非常にうまいといつも言うてたわけですが、高田くんがインタビューする「作劇的人々」を拝見して氷解。演劇が好きで、生の舞台を良く観ていた、とのこと。やっぱり物事には原因がありますな。問題は作品に出てくるモンスターのキャラ造り。これが巧くいくと、最後まで読者を惹きつけられるんですけど・・・もう一捻り。
 N子さんのホラーテイストの小説も、セリフ回しや感情の描写がよくなりました。ただ、設定にまだまだ穴がある。日常が崩れるから、ホラーは成り立つ。その日常の風景や、人の営みをしっかり書くこと。
 Tくんの小説家が理不尽な環境のもとに閉じ込められ、過酷な創作活動を強いられるというもの。いよいよ最終章。おもしろい、これを読んでいると、私が勝手にその世界の裏にあるものを想像してしまう。こういうのはどうかな、と思わずTくんに提案。
 Iさんの投稿用小説は、日本神話上でのひとつの象徴、アマテラスが登場! にしては、ちょっと存在感が薄すぎない? 書きたいもの、私の世界観、というのはわかるけど、読者がどうしても期待してしまうことに対しても真摯であるべきです。

 その後は、落語作家のO田くんと、今月から入塾のK坂さんの投稿用原稿を拝見。O田くんの落語のプロットは、どうしても登場人物の動機やリアクションが不自然になりがち。笑いは恐怖と同じでやっぱり日常が覆るから、おかしみが出る。彼もわかっているんですけどねえ・・・。
 K坂さんの短編小説、もっと短くしたほうがいい。なまじ文章能力が巧いから、あの手この手で描写できる。ただその描写が、実はもういいよ、わかったよ、と読者を突き放してしまうことになりかねない。それと時代考証。私にはちょっと違和感が。映画を観て、歌舞伎に接して、落語を聴いてみよう!



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2009年05月13日

安倍晴明に関すること・5

 中山市朗です。

 陰陽道といえば、セーマン・ドーマンという独特の陰陽道の呪符が思い出されます。
 セーマンは、晴明の呪術図形である、一筆書きの五芒星。
 ドーマンは、蘆屋道満の呪術図形で、横に5本、縦4本の棒を引いて、九星九宮を表すと言います。まあ、九字ですわ。
 よくマンガや映画で、陰陽師が「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」と唱えながら、手で大きく九字を描くシーンがありますが、あれはウソです。
 陰陽師だと悟られてはならないので、袖の中で隠してひっそりと描くものやと、藤田さんが言うてはりました。

seimei
 さて、この晴明の紋章、五芒星ですが、前回書きましたように、あれは形もその呪符的意味も、ソロモンの紋章、つまりペンタグラムに似ているんです。
 これは関係あるのでしょうか?
 陰陽道とユダヤ。
 えっ、妄想?

 ところが、名田庄村の天社土御門神道本庁にて、陰陽道の奥義を継承している藤田さんは、晴明印となる五芒星は、ユダヤのものであると、これはテレビ用のマイクの前ではっきりおっしゃった。ユダヤとはエジプトだ。そして陰陽師に伝えられた天を読み、星を見、暦を作る陰陽道のテクノロジーは、完全に古代エジプトのものである、と。
 そして渡辺教授もおっしゃった。
 「秦氏と安倍家は関係あると思う。秦は確実に西から来ている。建築家の立場で言わせてもらうと、陰陽師のでてくるずっと以前、飛鳥の遺跡や巨石の配置を調べると、ちゃんと五芒星のバリアを張ってある。そしてエジプトやシュメールのものが来ている。これは確実なことだよ」と。
 エジプトとユダヤは一緒、というのは、今まさに私が執筆中の小説(のようなもの)の中で詳しく書いているところですけど、要はモーゼによってエジプトから解放されたイスラエル人たちが後にユダヤ人となるわけです。つまり、彼らの根には、エジプトの多神教がある。だからモーゼは無理やり一神教に変えたわけなんです。ところが西洋のオカルト学では、モーゼは魔術師と解釈されているんです。で、その魔術の始まりもエジプトにある。
 ユダヤとエジプトは同じ、という藤田さん、渡辺さんは、そうとうこの問題を研究されています。
 こらもう私が研究していることと見事合致。でも、そんなことまじめに本に書いている人なんていない。
 そんな話を聞いて私も思い出したんです。
 大和三山の近くに、安倍山文殊院という華厳宗の別格本山があります。
 大化の時代に、安倍内麻呂が一族の氏神を祀るために建立した寺という。ということは、最初は寺じゃなかったんやな・・・。ここには安倍晴明の木像も祀られているんですが、ご本尊はもちろん文殊菩薩なわけです。この菩薩様は獅子に乗っています。獅子に乗って海を渡るということを象徴しているそうなんです。
 と、古代エジプトにおいて、太陽が獅子座に落ちるのは8月なんですな。このとき、ナイルの河が氾濫したらしい。だから獅子座を恐れた。つまり獅子と水ははここで一体なんですな。もうひとつ、文殊菩薩は、三人寄れば文殊の知恵、言うて知恵の神様、化身、その知恵の象徴というのは、星なんです。
 獅子座、水、星、となれば、これはまさに古代エジプト人の象徴なんです。
 安倍家の氏神は、エジプトの象徴。それに五芒星だの、占星術だの、死人を蘇らせるだの、人を暗殺できるほどの呪術の使い手だの、秦氏と関係あるだの・・・。そら只者やないなあとわかってくる。賀茂氏を追い出すほどの絶大な、闇の何かがあったと。

 秦(はた)氏。
 出てきましたなあ、謎の渡来人。
 明治から昭和初期にかけての景教の権威者・佐伯好郎博士が、秦はキリスト教徒だったという説を生涯にわたって補強しながらも、これも学界によって完全黙殺されました。佐伯博士の弟子である考古学者の江上波夫博士が自説『騎馬民族征服王朝説』に矛盾する佐伯説を抹殺したという噂もありますが・・・?
 景教とは、中国の長安にまで来ていた原始キリスト教の一派です。あのフビライ・ハーンの側近にも、景教徒がいたと言います。飛鳥時代の日本にも、そのキリスト教が来ていた、というのが佐伯説です。秦氏の本拠地だったといわれる京都・太秦は、確かに妙なものがあります。まあ日本の正史では、あのザビエルが来て、最初に日本にキリスト教をもたらせた、となっていますが、それより800年ほど前にキリスト教が・・・?
 私は、太秦はミトラの祭祀場だったという説を『捜聖記』にて展開させましたが。
 その秦氏と安倍氏とが、どう関係していたのか。
 これは私なりに、追ってみようと思います。
 ところで秦氏は、古代において養蚕を独占していました。京都太秦にある蚕ノ社なんて、まさにそれを言うてるわけです。機織から(はた)と呼ばれるようになった、とも言われていますが、機織といえば、服部(はっとり)。服部といえば忍者。
 そう、秦氏は忍者の始祖ともなるのですが・・・。
 それはまた、別の話。

 話がまとまらなくなりました。
 いずれ、本に書きますわ。
 
 


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2009年05月12日

安倍晴明に関すること・4

 中山市朗です。

 京都造形美術大学の教授で、安倍家の血筋を引き、東北王朝の研究家。
 その教授は、渡辺豊和さんと言います。
 渡辺氏の本職は、建築家なんですが、その血筋は安倍貞任(さだとう)までは確認できると。平安中期の人です。で、東北王朝について書かれた奇書『東日流外三郡誌』を研究しているという。それで、名田庄村で陰陽道の奥義を継承している藤田さんの「安倍氏の最初は安日彦だ」という説を渡辺氏にぶつけて、「だから『東日外三郡誌』の研究をしているのでしょう?」と尋ねたんですね。そしたら渡辺さん、驚きはった。
 「名田庄村にそういう人がいることは知っていたし、一度行ってみたいと思っていたけど、いまだに仕事にかまけて行けないでいる・・・けども、そんなこと、普通は言わないよね。でもその話を聞いて確信した。晴明は東北安倍。でないと、晴明の呪術的な謎は説明できない。東北は芸術を見てもわかるように、呪術的な土地であって、それは例えば棟方志功なんかの絵を見ても分かる。安倍家はそういう呪術の巣窟だ」というような話になったのですね。
 まあ、そういうことを恐れたことが、北東の方角を恐れることになつて、平安京に住む天皇は、鬼門としたのだろうと、私も思っていたわけですが。

 それと、渡辺氏は晴明の術は、他の陰陽師と違って、実際に呪術でもって人を簡単に暗殺した、と。それはできたはずだと言うんですね。
 「そういう力がないと、世襲制の陰陽師のなかへ、いきなり大膳太夫なんて下級役人の子が入ってきて、そんな権力は絶対持ち得ない。それまでの陰陽師は賀茂氏が独占していたわけだから・・・。支配権が、晴明の代で一転して、賀茂氏から安倍家に移ったんだよ・・・。これは何かあると思わないと」
 
 この呪術による暗殺ですけど・・・。
 んなこと、あるわけないやん、と思うでしょ。
 ところが、当時私の塾生で格闘技に詳しいYくんという男がいて、どういう伝(つて)を頼ったのか、気で人が殺せる、という中国武術の師範に会っていたんですね。
 そんな人が神戸にいたと。
 師範は言ったそうです。
 簡単だと。人を気で殺すなんて。
 殺したい人間がいたら、横をすれ違っただけで、あっという間に殺せる。外傷も何もないので、心不全で片付けられちゃう・・・。やりかたによっちゃあ、内臓破裂だってさせられると。
 道場で実践をやってみせてくれたらしい。さすがに殺しはしないが、手もかけられていないのに、気を送られただけで、ドーンと心臓に衝撃が走って倒れ、ほんとに死ぬところだったと。Yくんはヘルメットと防具をつけていたんですけど、そんなもん簡単に貫通して、まるで衝撃波だったと。もっとすごいのは、この師範、空間をねじまげられるというんです。ほんまかいな〜って?
 この危険なレポートは、『怪怪怪』(エンタイトル出版)に掲載してありまっせ。
 出版記念の日、その師範さんが塾に来てくださいました。
 この先生、Yくんにこう言うたそうです。
 「武術は突き詰めれば魔術になる。魔術も武術も実は同じなのですよ」

 実を言いますと、私も柳生新陰流の道場に通っていたというミュージシャンと話していたことがあるんですけど、これは相手に気を送って一瞬催眠状態にして、サッと打ち込むんだと。これが本来の新陰流。これはキツネが化ける法則を取り入れたものだと、師範に聞かされたらしい。

 となれば、うーん、魔術ともいえる法力をもった安倍晴明という人物は実際にいて、京の町の闇世界を支配していたことも考えられる。渡辺氏はその呪術と東北のテクノロジーについて詳しく語ってくださいましたが、ここでは秘密。あんまりここに書きすぎてもね。
 
 ところで、晴明といえばセーマン、つまりあの一筆書きの五芒星を思い出します。
 陰陽道はもともと中国から来たとされていますが、中国にはあれは無いんです。
 五芒星は陰陽道というより、安倍晴明の紋章。性格には、晴明桔梗紋、と言うんです。
 ユダヤの王、ソロモンの紋章と同じです。
 ソロモンも魔術を習得した賢者やったといわれていますが、これ、関係あると思います?
 ふふふっ、その話についても渡辺さん、藤田さんにも伺っています。
 
 そのことについては、また次回。


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2009年05月11日

1分映画上映会について

 中山市朗です。

 安倍晴明のパート4は、明日更新するとして。
 
 総務のスガノくんや、何人かの塾生がブログに書いていますように、塾生たちが制作した1分映画が完成し、先日さっそくの上映会がありました。
 我が書斎にあります100インチのスクリーンにての、まさに上映であります。
 山田誠二監督や、ネトラジに曲を提供してくれたミュージシャン、SAVANSのメンバーとそのまた友人で、イベントを仕掛けているというNくん。それにサラリーマンのSくん。私の元教え子のライター堤谷くんや、元塾生のFくんも顔を見せてくれました。

 1分映画、というと非常に短く感じます。
 しかし、私、以前CMの演出をやったことがあるんですけど、その感覚で言うと、1分っていろんなことができるんですよ、実は。
 CMは普通、15秒と30秒の2バージョンを撮るわけです。15秒CMはスポットと言って、番組と番組の間のCM枠でどんどん流れているのが、それ。
 提供番組となると、その長いバージョンが流れますが、それが30秒のCMです。
 15秒となると、言えることはひとつだけ。商品のイメージを売るのか、機能性なのか、新しい、ということなのか、値段なのか、商品名を覚えさせるのか・・・。それらひとつを端的にアピールします。というか、それしかできない。まあ、30秒はその延長。
 ところがあまり普段目にしない60秒、90秒、180秒というCMもあるんです。これは提供スポンサー、つまり番組のスポンサーになって初めて流れる。ナショナル劇場(現パナソニックドラマシアター)とか東芝日曜劇場とか、サントリーの土曜ワイド劇場なんかがそうでした。今は日立のワンスポンサー「世界ふしぎ発見」がそうですな。
 60秒。これ、随分いろんなことができるんです。
 ちょっとしたドラマとか、ドキュメンタリー風とか。
 そう考えると1分映画というのはけっして短くはない。
 で、そういったCM作りには基本があるわけです。
 「はじめにコピーありき」
 コピーと言っても複写やおまへん。目をひく広告文。CMは広告ですから。

 昔は、5秒CMというのがあったんです。
 一升瓶を持った伴淳三郎がいきなり写って「一杯やっか」
 カルピス(だったと思う)をゴクリと長島茂雄「うまい!」
 植木等が傘さして立ってる「なんである? アイデアル」
 アイデアルとは傘メーカーの名前。
 ケロヨン人形の腹を見ているガキ「おめえ、ヘソねえじゃねえか」

 ワンインパクト。5秒で充分告知効果があった(現に昭和30年代終わり頃の幼少の頃に観たこれらのCMを覚えてる)わけです。まさにコピーの力ですな。
 ただ、「うるさい」と言う当時のTBS社長のツルの一声で中止になったそうな。
 5秒からすると、1分はなんでもできるような気がする?
 だからモノは考えようで、映画と見れば1分は短いし、CMのことを考えれば、1分は長い。作り手がどう考えるかです。

 コピー。
 広告業界でよく使われる言葉ですが、映画も同じような気がします。
 これを見せたい! という衝動にも似た感覚。
 特に1分、となれば、そこが命のように思います。
 以前、あるアマチュア映画祭に黒沢清監督が審査員で来ていらして、映画祭で上映された作品の若い監督たちとのやりとりがあったんです。
 黒沢監督が尋ねます。
 「で、この映画は何が撮りたかったの?」
 聞かれた監督は、あーだこーだ、そしてあれはこうで、これはあーで、と長々説明。言い訳ともとれる。ほとんどの監督がそうでした。で、黒沢清監督が言った。
 「あのねえ、一言で言えないの? 拳銃、とか、エロい女だ、とか。映画ってそういうものだよ」

 今回、塾生たちの1分映画を観て思ったのは、そのコピーにあたる、「これを見せたい」というテーマにあるものは面白く観れたし、(トラウマラーメン、巨人ファンを始末する、受験生の悲哀? とか)、それがない映像・・・なんとなく撮った、とか、あやふやなイメージのまま撮っちゃった、とか。編集やカットでなんとかなるやろ、なんて思った作品は、やっぱりなんやわからなかったですな。山田誠二さんがしきりに「映像は理論」とおっしゃられていましたが、それは間違いのないことだけど、テーマがなけりゃ、理論の使いようもない。
 CMは商品をセールスする広告映像ですが、今回の1分映画もいわばプロのクリエイター候補としての自分をアピールする映像作品だったと思うのですけど。
 だから今回の1分映画制作に関して、プロデューサー的役割の塾生なり、映像を専攻している塾生なりが引っ張ってCMを観て分析したりするような勉強会をする発想はなかったのかなと思ったりします。武層新木朗くんは知っているよ。塾長は膨大なCMコレクターだということを!
 しかもこれは、もともと商業用映画を撮ってみよう、ということから始まって、山田監督に監修していただいて、まずは1分映画を撮ってみよう、という流れだったはず。
 今のままでは、商業映画なんて到底無理な話。
 ただし、無理を可能にするのも若い力。
 そんなことが起こっちゃうのも、この世界の面白いところ。
 特にここは面白い環境にあるんだから、無謀なことにも臆せずに挑戦してほしい。そういうことに私も力を貸したいし、おそらく山田監督も協力してくれます。そのためには頭をひねって、身近にあるものは何でも利用してやろうという好奇心と野心も燃えなきゃ。
 まあ、上映後にリベンジという声も聞こえていたことだし、塾には映画監督や脚本家志望の塾生もいるのだから、彼らが中心となって次回はちゃんと練りこんで、考えて、工夫して、これは大チャンスだと思って真剣に取り組んでほしいものです。これは学生時代に映画監督を目指しながら営業をしまくった私の叫びでもあります。

 で、最後に山田誠二さんの監督作品を2本観て、塾生諸君は改めて思ったと思う。
 エンターテイメントとは客を(読者を)「驚かせることだ!」と。
 テクニックはそのためにある、と。
 小説やマンガもその根は同じです。

 坂本十三くんがブログで書いていた“上映会をすることもわかっていたが、第三者が見ることを想定していなかった”感覚で撮っちゃったというのは、おそらく読者を想定した作品作りが普段から欠けているということを暴露しちゃったようなもの。楽しんでくれる読者の存在が欠落した作品作りは、そらしんどいわ。マンガ描くのが楽しくない、と言うてる原因はそこやで、坂本くん。
 で、そのことが身をもってわかるのが映像制作。
 撮るだけなら誰でも撮れるし、みんなでやるノリに乗ることによって作品になっちゃうし、こうしてみんなで鑑賞できるしね。

 もう一度、1分映画を、という声もあるようなので、次はぜひみんなを驚かせてほしい。そして、その精神を自分たちの書いている小説やマンガに生かしてほしいものです。
 


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2009年05月10日

安倍晴明に関すること・3

 中山市朗です。

 安倍家のルーツの話です。
 藤田さんは、こんなことをおっしゃったのです。
 「安倍家の最初は安日彦です」
 私はビックリした。
 安日彦(あびひこ)て、誰かわかります?
 
 話は太古の昔のこと。後に初代天皇となるカムヤマトイワレビコが日向を発ち、大和を征服するために難波、今の大阪湾に攻め入りました。ところが敵は強敵です。相手は、長髄彦(ナガスネヒコ)が率いる軍勢です。この軍勢に手こずって、一旦撤退。紀伊半島に上陸し、熊野のあたりに陣を構えます。このときに三本足の八咫烏(ヤタガラス)が現れて、カムヤマトの一行を道案内したことから、熊野信仰が始まった、とも言われていますが、そんな頃、2600年も前のことです。
 長髄彦はカムヤマトに拝謁して言ったんです。
 「私は昔、天つ神の子が、天の浮き舟に乗って降臨したニギハヤヒノ命に仕えているが、貴方も天つ子だと言われる。どうしてこの世に2人も天つ子がいるのだ。きっと貴方は偽物でしょう」と。すると、カムヤマトは言うわけですな。
 「天つ神の子は多くいる。お前の主君が天神の子であるなら、必ず印のモノがあるはずだ。それを示してみよ」と。
 長髄彦は、ニギヤハヒの天の羽羽矢(アマノハハヤ)という蛇の呪力を負った矢を示すと、「偽りではない」と言って、同じ物を長髄彦にお示しになった。長髄彦は、これには恐れ入ったわけですが、戦の用意は止めなかったんですな。
 そこで、それを知ったニギハヤヒは、聞き分けのない長髄彦を殺して、カムヤマトのもとに帰順して、これが天皇の側近を勤める物語の祖になる・・・
 『日本書紀』に記されるエピソードです。

 ところが『東日流外三郡誌(ツガルソトサングンシ)』という東北地方の知られざる歴史が書かれた寄書が、青森県の某家にあるんですけど、まあこれにはホンマに奇妙な隠された歴史が書かれてあって、『日本書紀』などとは合致しないわけです。もちろん科学的調査により、これら『東日流外〜』は偽書として完全否定されているんですけれども。
 この中に、こうあるんですな。
 長髄彦は殺されなかった、と。長髄彦は兄の安日彦とともに東北地方へ逃げ落ち、ここで荒吐王国を作ったと。このアラバキという言葉は、天皇に逆らうという意味で、なぜか四天王寺の建てられた地、荒陵(アラハカ)にも通じると言います。1958年に公開された東宝映画の『大怪獣バラン』で東北地方に現れたバラダギの神は、おそらくこのアラバキから命名されている・・・どうでもいいか。
 とにかく『古事記』にも『書記』にも出てこない東北・アラバキ王国。これに長髄彦と安日彦がかかってくるわけです。安日彦がアラバキ王国の王一世となり、長髄彦が副王となり、170の国を統一して、日乃本国と称したと。大和は倭でしたから、日本国の呼び名のルーツはこっちであると。もちろん歴史学界からは完全黙殺されています。
 しかし藤田さんは、安倍氏のルーツは「安日彦です」とはっきりおっしゃったわけです。この名前も『書記』や『古事記』には出てこない。『東日流外〜』にだけ出てくる名前で、わずかに『曽我物語』に蝦夷の祖として、鬼王安日の伝承が記載されているくらい。
 つまり架空の人物やと思われていたものが、藤田さんい言わせれば違うと。
 そして安倍晴明の呪術は、おそらく東北と関係があると。
 確かに、アラバキ王国の是非は別としても、津軽地方は、あの遮光土器で有名な亀ヶ岡遺跡が発見されていたり、謎のピラミッド群がある法則を伴って存在していたり、知られざる超古代文化が存在していたことは確実なようです。しかも、ちょっと通常の人間の力では、こんなんないやろ、というようなものが。学界はすぐにこういうものは黙殺します。
 実は、大正12年にその近辺から不思議なものが発掘されています。それは県道施設に伴う、工事現場で発見された貝塚。そこからは亀ヶ岡式の土器が大量に出たというんですが、なんと2メートル近いスネの長いほぼ完全な状態の人骨が埋葬されていたのです。それ・・・長髄彦じゃないの? と騒がれ、東京の大学に鑑定を依頼したところ・・・そこからこの人骨は行方不明になったといいます。もし、これが長髄彦だとなれば、『日本書紀』の記述は嘘だということになってしまいます。だから・・・。
 その人骨が出た場所は、現在オセドウ遺跡公園となっております。

 その後、私は京都造形美術大学の主宰する「摩訶不思議トーク」という催しの司会を勤めた折りに、安倍家を先祖とし、『東日流外三郡誌』の研究をしているという造形大学の教授と知り合い、その真偽を話すことになったのです。


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2009年05月07日

安倍晴明に関すること・2

 中山市朗です。

 大陰陽師・安倍晴明。
 陰陽師というのは、平安時代の都にあって、これは官職のひとつやったんですな。いわゆる公務員。陰陽寮という部署にあって、天文博士を勤めていました。天文、つまり星を見ることは、時と暦を読むことであり、未来をも予測するわけですな。だから占いも仕事の範疇に入ってくる。
 今みたいな時計がない頃ですから、庶民には時計の概念がない。とはいえ、太古は日時計、てなもんがありました。フェニキアの船はこの太陽の日の角度で緯度経度をはかったといいますから、随分正確な時が計れたと思われます。ただ、曇りや雨の日は困ります。平安時代の陰陽師は漏刻といって、水時計を使っていた。これで時間を計って、定時に鐘を鳴らしたんですな。時間を知る、というのは、当時は特権階級のみが享受した概念です。
 一方、この頃すでに懐中時計というものがありまして、紫式部なんて時計を携帯していたらしい。私、見たことがありますけど、箱の中にくねくね曲がった線香が入ってまして、これに火をつけて、燃えた長さで時間を計った・・・話が逸れてますな。
 安倍晴明は、天文博士に任命されていたらしい。星を読んで暦を作るわけです。
 でもね、晴明はそれを超越した存在やったらしい。
 そのことは、徐々に述べることにして。

 安倍晴明については、実は何もわかっていない、と学者は言います。
 というのも、彼についてはっきりとした文献が登場するのは、村上天皇の頃、西暦960年で、天皇に占いを命じられたとあるんですな。このときすでに40歳。残念ながらイケメンの若き貴公子ではないんです。おっさんです。残念でした。
 ということは、若い頃のことはもちろん、その出生も実は謎なんですな。
 あとは『今昔物語』や『宇治拾遺物語』のエピソードとか。
 ですから、想像やフィクションで若き晴明の姿は埋めていくしかないわけです。

 しかし、安倍家系図というのが残っていまして、それによると安倍晴明の父は、安倍益材(ますき)とあります。保名やなかったんですな。
 益材という人は本当にいたようで、大膳太夫という職についていたらしい。これは天皇の食事を世話する役どころというわけです。毒見とか、宴会の仕切りとか、健康食のメニューを考えるとか、おそらくそんな仕事。
 天皇に食事を与えるというと、伊勢神宮の内宮・外宮の関係を思わせます。
 内宮の御神体はアマテラス。天皇の始祖神です。この神様に食事を与えるのが、外宮のトヨウケという神様の役割。トヨウケは拙書『捜聖記』にて検証したように、丹後半島に鎮座する元伊勢・籠神社の御神体です。紀元前からそこに鎮座する古い由緒ある神社で、近年までは、この神社も学会から黙殺されていたんです。さすがに2050年前の邊津鏡(へつかがみ)が公開され、ここに現存する海部氏本系図が、日本最古のものと認定され、国宝になったら無視できなくなったという、日本の古代歴史と天皇の謎に関わる神社です。で、トヨウケは実は稲荷の神様の源神なんですね。五穀豊穣の神様です。稲荷ももともと穀物の神様です。稲荷にはキツネがつきものですな。稲荷は別にキツネが神様というわけじゃなくて、本当は稲荷の神様と人間の間を取り持つお使いなわけです。稲荷のキツネに油揚げをあげるという行為は、「神様によろしゅう言うといてや」という賄賂みたいなもんです。
 で、益材の天皇が食事の世話をすることから、トヨウケ、稲荷、キツネ、つまり晴明はキツネの子と繋がったんでしょうな。もちろん、前回にも言いましたように、超常的な能力をもっていた。これはきっと人間の業ではない。人間の子ではない、ということも重なってのことでしょうけれども。
 
 さて、その晴明の正体ですけど、そのヒントは福井県の名田庄村にありました。
 私、以前『京都魔界案内』というCS番組の構成とナビゲーターをやっていまして、この名田庄村に行ったことがあるんです。ここに、天社土御門神道本庁という陰陽道の祭祀を行なう霊場があるんです。これは一体どういうことなのか、というと。

 京の町が応仁の乱で無茶苦茶になったとき、安倍晴明の子孫である安倍家がもともと荘園のあったこの地に疎開したというんです。その頃には安倍家は土御門という名を天皇からおし戴いていたようです。で、この名田庄村に陰陽道の奥義を伝え、守ったと言うんです。もちろん安倍家は三代がここに住んだあと、京の都へ戻るわけですが、そのまま陰陽道の奥義はここに残り、現在はここで暦会館の館長をやっている藤田さんという方が、これを継承しているといいます。京都の晴明神社の方も、大阪の安倍晴明神社の宮司さんも、「うちには陰陽道に関するものはなんにも伝わっていません」と言い、名田庄村に行くことを勧められたのは、晴明神社の禰宜さんでした。
 で、藤田さんに話を伺ってみると、安倍家のルーツは意外なところにあったんです。

 あ、その前に。
 陰陽道というのは官職です。公務員なわけですな。ところがこの制度は明治政府になってから廃止されてしもうた。しかしながら、名田庄村の土御門神社本庁でのみ、その免状を発行することができるそうで、その免状を持たない者は陰陽師になれない、と藤田さんは仰りました。明治以降一枚も免状を発行していないから、私も陰陽師とは名乗れませんとも。したがって、たまにテレビに出たり、ホームページ上で陰陽師を名乗っている人たちは、全部偽物だということになります。
 現在の日本において、陰陽師という人はひとりもいません、ということ。
 みなさん、陰陽師だといって霊祓いをするような人には、気をつけてくださいね。

 さて、安倍家の意外なルーツです。
 それは・・・。



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5/6の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 さて、安部晴明についての昨日の続き、といきたいところですが、それはまた明日。
 6日の作劇ゼミの報告です。
 
 今回はゲストの方に来ていただいて、特別講義をしていただきました。
 エンタイトル出版の打越保編集長です。
 打越さんとは、そろそろ20年来のお付き合いになります。
 『新耳袋』で90年に作家デビューしたあと、妖怪譚のみを書き連ねた『妖怪現わる』という本を大阪の遊タイム出版から出したのですが、このときの編集長が打越さん。私がそのあと『別冊宝島』で原稿を書かせていただいたり、たま出版の編集の人と繋がったりしたのも打越さんからでした。デビュー間もない有栖川有栖さんと知り合ったのも打越さんの紹介。確か男3人でケーキを食べに行った記憶が・・・。
 ちょっとご無沙汰した期間もあったのですが、4年ほど前に独立されてエンタイトル出版を立ち上げられ、出版社の少ない大阪で小説からエッセイ、ノンフィクション、ハウツーもの、コミックから写真集まで精力的に出版されています。
 「ベストセラーが出たかと思うと、そのお金を全部出版に使って、次は大赤字。そんな繰り返しですけど、本は生き物のように一人歩きして、色々な人に影響を与え、反響が寄せられます。それがたまらない。中には痛烈な批判もありますが、そういうものには『読んでいただいてありがとうございます』という態度でのぞんでいます」という人です。
 たまに塾生にもイラストの仕事をくださったりしています。 
 今年還暦を迎えられたようですが、そのブルトーザーのようなバイタリティは、物凄いものがあります。そして打越さんは別のペンネームで小説も書いている人でもあります。講談社から某賞を受賞されています。

 さて、この日は編集が見る目、出版社が求める作品について語っていただきました。
 質問タイムも含めて、2時間ミッチリの濃度の濃い講義でしたので、この日参加できなかった塾生と、ブログを読んでくださっているクリエイター志向の皆様へ、いくつかの要点を・・・。出血大サービスだ!
 


・枠を作らない

 これを書くとこう見られるんじゃないかとか、これは私が書くことじゃないとか、僕にはこれしか書けないとか、書く前から枠を作らないこと。出版社が受け入れるものをエンターテイメントとして表現するのに、枠は邪魔です。


・頭で考えたことは、たいしたことではない
 
 取材をする。足で、目で、耳で、感じることが大事。オリジナリティはそこから生まれる。体験したこと、あるいは取材などを通した疑似体験が生き生きとした説得力を生む。


・いい文章なんて、教室だけの世界
 
 いい文章なんて編集から言えば、なんの魅力もない、と。理想的でキレイなフォームで投げても、打たれる投手はプロになれない。変則でも三振が獲れる投手がいい、と野球を例にとってお話されていました。要は、おもしろいか、おもしろくないか。持ち込み原稿の大半は、文章は巧いけど、おもしろくない、心に響くものがない、ということだそうです。


 ここで打越さんは、面白くない原稿とは何か、について触れられました。

 退屈な原稿はオーソドックスなんだと。文章はおとなしい、基本も普通、読者を驚かせてやろうという意識もない。そういう原稿は読んでいて辛い、と。
 −これは私の小説技法の合評で重きを置くポイントです。要はこの人はこの文章で何を伝えようとしているのかがわからないものは、批評できてもアドバイスができないんですね。方向性がわからないから。作家志望の人たちでやってしまいがちなのは、キレイな文章を書いて、ひとり悦に入るようになっちゃうこと。そういう原稿を読むのは確かに辛いです。きっと中身に自身がないから文章を装飾しちゃうんでしょうね。
 打越さんの話に戻ります。文章を書くためのストーリーじゃなくて、好奇心をもっていろんなところに入り込んで、自分のものにして、それを書け、と。要はエネルギー。
 今の若い人の持ち込む原稿は、何か冷めている。客観的すぎる。エネルギーがない。エネルギーがなくては、読者の心は動かせない、とも打越編集長は言います。 
 じゃあ、出版社はどういう原稿を求めるのか。
 それは見たこともない、なんやこれ、と思わせる世界観、味わいだと。
 −結局、塾にコメントを戴いている『幽』編集長の東雅夫さんと、言っていることはまったく同じことなんですな。

 そのほか、プロになるための編集、出版社側からの提言、アドバイス、やっていはいけないこと、と貴重な話題はいろいろ及び、私も勉強させていただきました。
 これ以上は教室に来た塾生だけの特権ということで。

 さて、エンタイトル出版といえば、過去塾生たちによる『怪怪怪』という怪談・ホラーのオムニバス本を2冊出しておりまして、実はその第3弾を出版したいと、何人かの塾生たちが自主的に動き出しています。これを具現化させるには打越編集長に「よし」と思わせる必要があります。印刷代は塾生が負担しますが、書籍化されると全国書店に並び、ネットでも買えます。ということは実質デビュー。しかし道は厳しい。
 「やるとしたら、作家志望の人が2年、3年かかることを3ヶ月でやってもらいます。私と中山先生が貴重な時間を割いて、皆さんの原稿をチェックします。そのチェックは書店に並ぶレベルが求められるので、そのアドバイスにまず耐えられるかどうか。締め切りを設けて自分を追い込み、乗り越える根性がいる。そして、書いてもらっても水準にいかなかったら載せられない。それでも参加する意思表明をしたからには、負担金は分担してもらいます。テーマは『怖い』。怖いとは何かを徹底的に考えること。アマちゃんではプロにはなれない。命がけでいること。それができるというのなら、考えてみましょう」と打越編集長。

 講義が終わったのは9時ちょうど。
 何人かの塾生は、打越さんに名刺を渡して営業活動?
 私が塾生の立場なら、必死で食らいつきます。私も昔はこういう人を求めて、出版社や映像メーカー、制作会社、編プロの戸を叩いたものです。東京へも何度も通って。紹介とかコネがないことには、ほとんど門前払い。やっと会ってもらったら、あとはしつこくしつこく。「しょうがないなあ、じゃあこういう仕事してみる?」という具合でやっと表現することがギャラになったりしたもんです。創作で食うための第一歩はそうやって始まった。でも、今ここには編集長がお越しになって「やりましょう」と言ってくれているわけです。
 この後、大滝社長と打越編集長は、夜の街のどこかへ。
 居場所を見つけて、塾生たちとまさにお邪魔しました。
 「お邪魔しまんにゃわ」
 ・・・
 素人が編集長という立場にいる人と、お酒を飲みながら膝を突き合わせて話ができる。顔と名前を覚えてもらう。それはこの塾でしかできないことです。
 これはちゃんとスキルを磨いて、作品を完成させて、この編集長にお金にしてもらおう、という気持ちになってくれたらいいんですけど。
 
『怪怪怪』についての、ある塾生のブログ


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2009年05月06日

安倍晴明に関すること・1

 中山市朗です。

 先週『幽』の記事のため、有栖川有栖さんと大阪の七坂、一心寺、安井の天神さん、と散策し、飛田新地に残る大正時代の遊郭跡『百番』にて対談をしたんですが。
 対談にあたって、色々勉強し直しまして、特に平安時代の大陰陽師・安倍晴明について資料を紐解いたんです。
 というのも。
 一心寺と安井の天神さんといえば、亡き桂文枝、枝雀の両師匠がおハコにされていた「天神山」という落語を思い出すわけですな。また、この噺をもとに散策するという主旨でもありまして。
 実はこの落語、安倍晴明の生誕の話のパロディなのです。

 お話は、ある春先のこと。
 陽気になったというので、弁当折りや瓢箪を持った人たちが、ぎょうさん歩いています。
 「えーなー」と指をくわえてそれを見ている2人の職人。と、向こうから「へんちきの源介」という男が歩いてくる。その格好も変わっているんですが、持っているモノも変です。オマル弁当にしびん酒。
 2人が源介に声をかけます。
 「あんたもどうせ花見に行きまんのやろ」
 そういわれては、へんちきの名がすたります。「へんちき」というのは「変な」「変わっている」という意味。本人はそれを自慢としているわけです。で、思わず言いますな。
 「いや、わしゃ、ハカ見に行くんや」
 「ハカ見? ハカ見てなんです?」
 「石塔や卒塔婆を見て一杯飲むねや」
 「墓見ですかいな!」
 「お前らも来るか? シビン酒、飲ませたるぞ」
 「いえいえ・・・結構ですぅ」
 で、源介は思うわけです。ほんに花見に行くちゅーのは当たり前。わしもへんちきや。ほんまに墓見て、一杯飲んだろ・・・。
 で、大阪をミナミへ、ミナミへ、一心寺の墓地へとやってくるわけです。どうせ相手にするなら色気がある方が、と、小さな石塔を見つけると「俗名・小糸」とある。こら、女子の墓に違いないと、その前に居座って墓石相手に飲むわけです。そろそろ帰ろうとしたとき、墓石の横に小さな盛り上がり。それを掘ってみると、しゃれごうべ、つまり頭蓋骨が、これへさしてゴロゴロッ!
 しかし、さすがにへんちき。一旦は驚きますが、
 「こら状態もええし、持って帰ったろ」と、懐に入れて長屋に持って帰ってしまいます。そしたらその夜、小糸の幽霊が源介のところへ訪ねてきて・・・2人は夫婦になってしまうんです。朝になりますと、隣に住んでいるやもめ(独身)の胴乱の安兵衛という男。ぼやきますな。
 「お前はなんちゅう男や。言うてくれたら、わしゃ、どっかへ泊まりに行くねや。夜中に若い女連れ込みやがって、いちゃいちゃと・・・寝てられへんがな」「いやいや、そやないねん」と源介は昨日一心寺であったことを説明すると、安さん、「それ、まだあるやろか?」「さーあ、ひとつや二つくらいは」「わしも嫁さん捜しに一心寺行ったろ・・・」
 そんなわけで安さんも一心寺の墓地に弁当とお酒を持って行ってみるんですが、そうしゃれこうべなんて、簡単に落ちてるはずがない。
 とうとう諦めて、近くにある安井の天神さんへやってきます。
 「しょうがない。天神さんに嫁さん頼んだろ」と天神さんに手を合わせていると、子供がそれを取り巻きます。
 「痛っ、誰や石投げんの。わあっ、ぎょうさん子供がおるわ。あっち行け、あっち行け。おっさん、神さんに嫁さん頼んでんねや。なに? このおっさんスケベや? あっち行け言うねん」
 安さん、仕方なく裏手に回りますと崖があって、黒笹がビッシリ生えている中に、頬かむりした男が身を潜めています。
 「あんた、なにしてまんねん」と安さんが声をかけると、この男、角衛門といって、家を勘当されて食うに困って、キツネを捕っているという。崖の穴に追い込んで出てくるところを待っている、言うんですな。安さん、根がしゃべりですから、なんやかんやとこの男にしゃべりかけます。「うるさいなあ」とうるさがっているスキを狙って、キツネが穴から出る。それを逃すような素人やない。網を投げ、足元に絡ませるとズイッと引き寄せ、角衛門の手元にはメスギツネが。これを今から高津の黒焼きに売りに行く、と言います。
 黒焼き・・・、まあ昔の薬ですわ。イモリの黒焼きは惚れ薬とか言われて。
 「そんなんかわいそうでんがな。逃がしてやりなはれ」と安さんは言いますが、角衛門は「食うに困ってんねんから、そうはいかん」と拒みます。で、安さん、持ち金の全部、2円という大金でもってキツネを買い取り、逃がしてやります。と、このキツネ、どろんと22、23歳の美しい女性に化けると、安さんの後を追って女房になってしまう。
 男の子が生まれて、童子という名がつけられ、3年間を暮らします。
 しかし、この女房の正体が近所の人にバレてしまいます。
 源介の女房は幽霊、その隣の安さんの女房はキツネ・・・、化け物屋敷ですわ。
 バレたらしょうがない。キツネの女房は我が子に何かを言い残すと、天神の森へと帰っていきます。このときに障子に書き残した、歌が一首。
 “恋しくば、訪ねてきてみよミナミなる、天神山の森の中まで”

 これが上方落語『天神山』のあらすじ。で、安兵衛のくだりは、実は作者不明の古浄瑠璃「しのだづまつりきつね 付き 安倍晴明生誕」のパロディなわけです。

 浄瑠璃では、芦屋道満の弟、悪衛門が信太山で白狐を捕まえようとするのを、安倍保名という男が助けてやる。このとき、保名は怪我をするんですが、助けてもらった白狐が葛の葉という女に化けて介抱し、やがて2人は結婚して子供を産むんです。童子丸と名付けられ、5年を過ごしますが、正体がバレて信太山へと戻ります。このときにしたためた歌、一首。
 “恋しくば、訪ねて来てみよ和泉なる、信太(しのだ)の山のうらみ葛の葉”

 この童子丸が、後の安倍晴明となるわけですな。この物語は、後に歌舞伎にもなって『蘆屋道満大内鑑』では、この後、蘆屋道満と安倍晴明の法力合戦が描写されます。
 道満は、晴明のライバルにあった道魔法師です。

 落語の『天神山』は安倍保名(やすな)が安兵衛。悪衛門が角衛門。童子丸が童子と、まさにパロディだと堂々と主張しているわけです。
 ただしこれは、芸能の上での晴明生誕話であって、実際は違うとされているわけです。

 でも全部が作り話とも思えない。
 芸能の世界にある信太山(しのだやま)は、実際に大阪府和泉市にありまして、そう高くない山ですが、聖神社というのがありまして、これは熊野権現の遥拝所なんです。熊野信仰というと、実は今の南大阪に古くからいた豪族、安倍氏の氏神様が熊野大権現なんですな。熊野権現とは、今の和歌山県にある熊野三権現のことです。この熊野へと詣でる途中の休憩所、遥拝所のことを王子と言うたんですが、その阿部王子神社と、それに隣接するように安倍晴明神社が、大阪の阿倍野区にあるんですな。つまり大阪・阿倍野とは安倍族のことを指すわけで、また安倍晴明神社は、晴明の生誕地とも言われ、神社の境内にはその産湯の井戸があります。
 このあたりから、浄瑠璃や歌舞伎の話のもととなった要素が見え隠れしますな。
 それに、安倍晴明という陰陽師は、おそらく只者やない。
 陰陽師という肩書きを持つものは、当時たくさんいたわけですが、彼だけが突出したエピソードをもっています。キツネの子にされたというのも、人間離れした超常的な能力をもっていたからでしょう。

 この安倍晴明について、ちょっとこのブログで書き散らしてみようと思います。
 

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2009年05月01日

4/29の小説技法

 中山市朗です。

 なんやかにゃと、一日遅れてしまいました。
 29日の小説技法の報告です。

 この日も見学者がひとり。銀行に勤めるOLさんです。

 11作品、文字制限があってもなお400字換算で合計370枚ほどの量。
 力作もそろってきました。

 K島くんの『活動大写真』。妙な味わいのある文体です。内容は大正時代のサイレント映画についてある老人が語るわけですが、文体がえらい昭和チックなんです。本人は「落語の影響です」と言っています。話も転がっていく。今まで「マンガ家になりたいから」と言って頑なに文章を書かなかったK島くん。書いてみると、案外イケるやん。やっぱり色々やってみることです。
 落語といえば、有栖川有栖さんの「創作塾」の塾生でもあるTくんは、先日の「創作塾」でもその落語的発想が、ゲストで来ていらした田中啓文さん、牧野修さんをも唸らせてしまいました。もちろんK島くん、Tくんともに桐の一門メンバー。色々なことをやっておく、という行為がなんか芽を噴いてきたという感じです。でも長編小説となると、その発想力をどう構成していくのかで、Tくんは模索しています。まあこればっかりは、一度自分で完成させてみるしかない。今回提出されたのが、その最終章。これからは手こずりそうです。
 Sくんの奇譚小説は、第一章から全然進んでいません、修正しても修正しても、どこかに綻びが出るんです。で、第二章に進むように指示しました。このままではどうにもなりません。文体はわかりやすいし、会話部分も巧い、イメージも明確化してきているので、第一章の直しは後調整とします。次の展開も知りたいし。
 N子さんのホラー系小説は、頭の中のイメージがまだ文章に転化できていません。まあこれは書いていくうちにできるようになるので、ひたすら落とさずに書くことです。登場人物たちの演技を明確にイメージしてその動きを追うと、もっとわかりやすく、また小説としての体をなしていくことでしょう。
 その点、Yくんのヒーローものは、その登場人物の動きが正確に描写されているので、映像を観ているようにそのシーン、シーンが頭に浮かんできます。だから読みやすい。この調子で次へ進もう!
 T野くんは今までSF調の小説を書いていましたが、どうもメカや設定に凝って、人間に興味があるように思えなかったので、ずっとそこを指摘していたのですが・・・。なんと今回、その世界観は変更せず、登場人物たちの心の中にその焦点が合わさる小説に大幅変更してきました。それも・・・、以前リドリー・スコット監督の『エイリアン』という映画がSFとホラーを合体させたことで話題になりましたが、T野くんはSFと怪談の合体? それがちょっと斬新なことになりそうなんです。これはおもろいかも。
 Hさんの不倫小説は、主人公の女性が子供を産んだところで、やや官能的な描写どころはなくなり、ちょっと小休止的な章となりました。でも嫉妬、執念、復讐といったものが交じり合う全体の構成から見れば、半ば部分をこういう話にすることが賢明かも。これからゴールデンウィーク、観光シーズンということで、本業バスガイドのHさんも今月から塾を小休止だそうで。
 Oくんのオタク小説。なんだこの筆の遅さは。それに主人公のダメっぷりの心理状態が延々描写されているのですが・・・。見学者の女性から「これは気持ち悪い」と言われてしまった。Oくんの小説の面白さは、そのシチュエーション、アクション、オタクのこだわり、熱き主人公の叫び、であったはずですが、今回の原稿にはそのどれもないやん! ちょっとエアポケットに入ってしまった?
 Mさんの青年が女性となって父親に復讐するというコメディ調の小説も、話のテンポはいいし、巧く話も転がっていますが、やっぱり男が女になる、という動機の部分で読者を頷かせるインパクトが不足しています。でもそれを説明しちゃうと野暮になるというMさんの考えも正解。だから、そうならざるを得ないシチュエーションを作って、偶然や必然性でたたみかけるんです。あくまでドラマティックであることです、この小説は。
 Iさんの日本神話をテーマとしたファンタジー。あれ? 前回の終わり部分で引っ張った事件が、なんかスルーされた感じで私としては肩透かし。もっとも神話の体をなした恋愛モノ、というコンセプトは見えてきました。そこのバランスをどうとるかです。
 今回はKレンジャーの大学サークルの友人も見学。Sくんです。Kレンジャーの小説はSくんが原作というのですが、小説に原作?
 前回の冒頭で時代劇の描写が出てきたんですが、時代劇フリークのK島くんに「キミは時代劇を見ていないね」と言われて撤回。今回はある絵画の描写にしたら、「キミ、絵画のこと知らないね」とまたグサリ。そうです。いろいろ知っておかないとこんなことになる。もっといろいろなものに興味をもって勉強する必要あるよ、とはまさにこのこと。それにキャラクターの説明をカジュアル系とか、ワイルド系といった「系」で説明するのは手抜きやろ。ファッションでしか人を見ないという薄っぺらさも、他の塾生から反感をもたれちゃいました。登場人物たちの言動やリアクションも、「そうはならんやろ」のツッコミどころ満載。14歳脱却はまだまだ遠い?

 合評が終わったのは、時間を40分オーバーしての21時40分。この後は落語作家志望のO田くんの小咄を見る(落語は長いハナシを噺、数秒から1分未満くらいの短いハナシを咄と表記します)。3本の小咄を読んだのですが、3打数0安打。日本語もおかしいぞ!

 さて、この日も23時頃から、Kレンジャーの友人Sくんを迎えての交流会。例のブログのこともきちんと話し合いました。また彼も映像関係の志望者だというので、その世界のことも話しました。これはSくん、Kレンジャーだけではなく、私が説している大学生全般に言えることなんですが、自分たちの世界に閉じこもってしまっている傾向があります。実はそれ、楽なんです。でも卒業したら、それエラい目にあう。これは私の体験でもあります。やっぱり色々な人と接することを邪魔くさがったり、拒否したりしていると、他の世界がわからないし、勘違いをしているという現実からも目覚めない。マナーや社交術も備わらない。映像関係なんて、まさに人との繋がり、プロジェクトで動くわけだから、プロの映画監督、映像関係者を目指して映像撮ってますなんていうのは、別に当たり前のことで特別なことではない。プロになるためにはそこから、人の繋がりがあるかないかで運命が大きく左右されます。そこをスルーしちゃいかん、ということ。
 同じ映像を撮るにも、プロの現場を体験しておくと、やっぱり自分の撮るものは全然違ってきますしね。Kレンジャーも映画監督になりたい言うてるわりには、ほんまに映画について何も知らないしね・・・。
 とかなんとか朝まで。で、私は珍しく早朝6時には寝ました。
 だって、午後からは『幽』の取材で、有栖川有栖さんと天王寺周の散策と、夕方からは対談。その後も・・・。その前にクリーニング店に行かねばならないし。

 有栖川さんとのその模様は、『幽』11号発売前後に、塾生高田豪、青谷圭のレポートが塾のホームページにて掲載される予定です。『幽』の記事の裏話として、ひょっとして知られざる有栖川有栖さんの言動が・・・?



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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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