2009年08月

2009年08月30日

怪談の間2009終了しました

 中山市朗です。

 「怪談の間2009」の報告です。
 約1年ぶりの開催。ちょっと間があいてしまいました。だから怪談の“間”・・・

 前回はいつもと違う「怪談の間」になってしまい、常連のお客さんからいろいろ指摘を受けたこともありまして、今回は本当にシンプルな、お客さんとともに怪談を聞き、語るというスタイルに終始しました。
 が・・・
 今回はその常連さんの姿がほとんど見られず、新規のお客さんが目立ちました。
 ところが始まってみると、みなさん語る語る・・・お話をスルーされた方は、ほんの4、5人ほど。2時間の予定が45分押しに!
 私もお客さんが語られるたびに怪談を思いついて、都合6、7話は新作を語りましたからねえ。
 
 お客さんのなかには、わざわざこの会だけのために東京から来られた吉本興業開発部の方や、『最恐! 怪談夜話』の山本さん、それにホラー小説界のコスプレ嬢、田辺青蛙さんの姿も!
 山田誠二さんも参加予定だったらしいのですが、お葬式があって来られなかったとか・・・
 総合的な仕切りをしていた坂本十三くんは、自らのブログで大きなトラブルもなくと自画自賛(?)していましたが、お祓いが終わって即BGMが流れるところ、流れなかったので楽屋へ戻るタイミングを失ってウロウロ。そしたら田辺さんに声をかけていただいて。スミマセン、語っていただいたときも照明の都合で、ほとんどわかりませんでした。
 
 恒例、お客さんとの交流会は、会場(3階)の下にあるカフェバーで。
 距離が近いのがいい。会場とこのバー。オーナーが一緒なんで連動しているんです。
 参加のお客さんは、塾生を除くと10人ほどでしたが、盛り上がりました。東京から来られたというご夫婦の方もおられて。そしたら『最恐! 怪談夜話』に女の霊が映っていたという話になって(そういえば、そんなコメントが坂本十三くんのブログにあったなあ)私は気がつかなかったけど。
 「あれは演出ですか?」と聞かれて、「そんな手間のかかること、わざわざやらないですよ!」と私は言ったんですけど、あっ、あそこに編集した本人がいるじゃん! 先日BSで見た怪談番組のディレクターが目の前で飲んでいるなんてところも、「怪談の間」の非日常的な面白いところ。聞いてみました。
 山本さんいわく、「そんな余裕なんてありませんよ。とにかく編集中は怖くて、わざと演者の表情しか見なかったんです」
 実は、出演者のほとんどは、金属音みたいな妙な音を本番中背後から聞いていて、しかも見学していた塾生たちは、バックにある日本人形が収録の始まりと終わりで、向いている方向が違っていたことに気づいたというんですが・・・
 山本さんいわく、「本番中に音なんて絶対しません。人形? おそろしいこと言わないでくださいよ。そういうのを発見したくないから、演者の顔ばっかり見ていたんですから!」
 ・・・。
 話はそこから、なぜかUFOを見たことがあるとか、ないとか、になって、そうなりゃこっちもとっておき。私のUFO目撃談を! あるんです、ほんとに!
 「あれは私の中学2年生のときのことでして、あのときはちょうど(省略)」
 ついでにUFOが映っているビデオも持ってまっせー! もちろんどこにも未公開でっせ・・・!
 武庫川の河川敷、天体望遠鏡で捉えたその物体は!

 さて、三次会は私の書斎で。
 山本さん、田辺青蛙さんも参加。実は、申し訳ありませんが、ここでの話が一番濃かった。
 田辺嬢は都市伝説や妖怪の考察から始まり、色んな話題を次々に挙げてきます。なかには、本番には披露されなかった数々の怪談も。山本さんからは、テレビ業界の怪談が。やっぱり『最恐! 怪談夜話』の編集中、奇怪なことは起こっていた! そこから話はスポンサーがとれないテレビ業界の深刻な話へ。業界の人にとっては怪談より怖い。
 でも連射砲のごとく話しまくる元気人は、やっぱりプロの人。
 経験や好奇心のベクトルが違うんですな。
 田辺さんとはあまり年も違わない塾生たちは、もっぱら聞き役か、下手したら寝とる。
 でも私もこの日は、たまにこっくりと。
 奇妙な話を聞きながら、酔ってうたた寝をするというのもええもんですな。でも、ちゃんと聞いているので、あっ、その話! と体が自然反応して、パッと目が覚めて私も話したいことは話すわけです。と、気がつけばなんと、お昼の12時。
 「ゲッ、もうお昼!」と皆さん口にしながら解散。
 それだけ濃く、充実した時間の概念が吹っ飛ぶ「怪談の間」の交流会でした。

 1月頃にでも、また「怪談の間」開催しようかと思っています。
 そのときも、濃い怪談の日を!


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2009年08月27日

『最恐! 怪談夜話』の感想

 中山市朗です。

 本日は久々に何もない平穏な日でございまして、録りためていたビデオのチェック(ハードディスク満杯ですわ)と、大作の原稿執筆。
 
 NHK-BS2『最恐! 怪談夜話』もじっくり視聴。
 自分が出演しているテレビ番組の感想って、なんや難しいなあ。と思いつつ、つらつらと書いてみようと思います。

 この番組は奇跡の番組です。まずNHKがこの企画を実現し、放送したこと。
 90分の尺を、怪談という話芸だけで構成したこと。
 その怪談は、円朝だの講談だの、古来の言い伝えだの、ではなく、それまでオカルトまがい扱いにされてきた現代怪談、体験談であったこと。
 余計な演出をくわえず、また司会、出演者の芸能人、作家のバランスが絶妙であったこと、など、もっと細かく言えばその奇跡の要素は数知れません。

 私も放送作家のはしくれとして、怪談、心霊番組に色々携わってきました。
 そこでいつも感じたのは、テレビ番組を作るテレビ屋さんのスタンスと、怪談を扱う我々のスタンスがあまりに違うということでした。
 テレビ屋さんは、いろいろな要素を番組の中に入れたがるんです。今はみんなリモコン片手でテレビを見ていますから、ツマラン、と思ったらピッと他に変えられる。という意識がどこかにあるんです。だからどうしても、ドカチャガのバラエティになるわけです。
 怪談を扱うにしても、話だけでもつのか、という不安があるんですな。だから再現風のドラマを作ったり、イメージ映像を入れ込んでみたり・・・いらんことです。
 落語を放送するのに、長屋や宿屋、大名屋敷のイメージ映像を流しまっか?
 そんなん邪魔になってしょうがない。
 けど、テレビ屋さんはそれをしたがる。

 先日も、ピエール瀧さんがナビゲーターをやっているネットテレビで怪談を、と言われて収録に望んだのですが、そこで言われたのが「なるべく情景や風景の描写を話してください。それに合う映像を撮ってきて、お話の間に挿入します」と。私は言うた。「それ、怪談の恐怖の効果を薄れさせますよ。ロケ費もかかるし、やめなはれ」
 きっとこのスタッフたち、「最恐! 怪談夜話」見てませんわ。

 私、プロ野球中継をよく見ますねん。昔は、時間になると「チャーンチャ、チャーンチャ、チャチャチャチャチャン♪」てなマーチが鳴って、まずスコアボードが映った。「あっ、勝ってる」とか「負けてる」、「まだ点入ってないな」と、いち早く分かったもんです。野球中継を見る人は、まずそこを知りたいですわな。
 ところがCGてなもんができた。映像としてはカッコいいもの、トレンドなものが表現されている。いつしかプロ野球中継が始まると同時に、延々、松井やらノムさんやら星野監督やらのキャラクターとか東京ドームをイメージしたようなCGを見せられて・・・
 こっちは、「そんなんええから今、どっち勝っとんねん。はよ見せ」という心境。

 ああいうテクニックだの最新技術だのを視聴者が見たがっている、あるいはこんなん作ってる俺ら、スゲーだろ、みたいな勘違いが作り手にどうもありますな。以前、私が担当したお笑い番組も、視聴率稼ごうということで、オープニングをカッコイイCGにしよった。お笑い見たいねん。そんなんいりまへん。現にそれは視聴率アップに繋がりませんでした。
 観せる、という意味を勘違いしている。
 人間、やっぱり同じ目線がフィットするんです。観やすいんです。いらん演出をゴタゴタ並べるから、リモコンを押しちゃうんです。集中させる番組つくりをしていない・・・

 話がチョット逸れた?

 怪談に戻りましょう。

 怪談をやりましょう、という企画をもっていくと、それなら心霊スポットに行きましょう、霊能者さんに見てもらいましょう、呪いや祟りにもっていきましょう、てなことを言うてたのがテレビ屋さん。おかげで怪談という話芸がオカルトまがいになっちゃった。で、それが怖いか、というとそんなに怖くない・・・
 
 実は、怪談はいらん演出一切なし、語りだけでじゅうぶん怖い、ということを証明した番組があったんです。関西テレビで1991年の4月から2クール放送された『恐怖の百物語』。私も構成として番組つくりに携わっていました。裏番組の上岡龍太郎、島田伸助さんの全国区番組『Xテレビ』の視聴率、よく抜いていました。予算、おそらくこっちは『Xテレビ』の10分の1ほど。その後、テレビ朝日(かな?)『プレステージ』が、この番組をパクッたような怪談番組を何本か放送していました。
 ところが『恐怖の百物語』の番組コンセプトがじゅうぶん理解されずに、番組のメインゲストだった稲川淳二さんのキャラクターに注目がいっちゃった。いや稲川さんのキャラクターは確かに魅力的ではありますが、怪談の魅力に注目がいかなかったんです。不思議ですなあ。
 一方、我々怪談屋(?)は、いかにシンプルで、聞く人にとっての等身大の怪談をどう表現するかを模索しはじめました。昔ながらの呪い、祟りではなく、日常に潜む怪異、霊能者は我々から言うと、非日常的な存在だとか。場所も特別な意味をもたない限りには特定もしないし、因果因縁も語らない(というか、そんなん皆さん知らんでしょう?)。もちろん場所や因果因縁がからんで恐ろしい怪談を作り上げているのなら、それはその表現の仕方がある(八甲田山なんかはそうですな)。講談や落語のテクニックを学びながらも、今の口調、今の言葉で怪談を語る。友達が友達に聞かせるような感覚・・・

 テレビ屋さんがやりたいとこと、これはベクトルがまったく逆なんです。

 そこに東阪企画の山本さんという人が現れるわけです。
 去年、たまたま三夜連続で行なわれた私が出演する怪談会に全部お客として参加され、打ち上げに参加していただいた。このとき驚いたのは、山本さんは私の出演していた番組やネットの情報、もちろん著作まですべてを私より知っていた!
 つまり、怪談が大好きで、光栄なことに特に私のファンであられたわけです。
 「中山さん、今夜聞いたような怪談、そのままテレビ番組にしたいんですけどねえ」 
 「私もそう思って、いろいろ怪談企画をもって関西のテレビ局をまわったんですけど、バラエティ色がメインになったり、オカルトはやらないって門前払いの繰り返しですよ・・・」
 「でもやりたいですよねえ。怪談って、そのままが魅力じゃないですか」

 山本さんは、そこから本気になって企画をもって、いろいろなテレビ局をまわられたようです。そのたびに大阪へ寄られて、相談をもちかけられたんです。もちろん怪談屋としての意見を。それをテレビ屋の山本さんが、怪談屋の主張を活かしながら、なお企画を通すためにテレビ局が理解できるボーダーラインみたいなものをお引きになったんです。
 理想と妥協のせめぎあい、です。
 タイミングとか時期もあります。
 企画進行中、『しょこリータ』で怪談スペシャルをやった。これが、まさに怪談の語りで番組を構成する・・・しかも語り手はタレント、作家の混成。東雅夫さんのようなご意見番もいて、怪談についてのウンチクも披露してもらう。
 これはまさにしょこたんこと中川翔子さんが、無類の怪談好きということから成り立った企画! 山本さんとしては「先にやられた!」という気持ちもあったと思いますが、しかしこれが雛形となったのも確か。
 そしてNHK側にも怪談好きな人がいて、たまたま山本さんの企画がその人の目に止まったんだと思います。

 とにかく怪談好きな人間が、私のような怪談屋のもとにあしげく通われ(そのたびに塾生たちがお世話になりました)、好きの一念が『最恐! 怪談夜話』を具現化させたのです。
 番組を見ると、一見怪談を語っている人物を撮っているだけ、のように見えますが、こういうシンプルな見せ方こそが、実は演出家の腕の見せ所なんです。視聴者がいちばん話に集中できるカメラワーク、カット割り、そして最低限加味される効果。
 テレビ界の小津安二郎です。それは違うか。 
 
 実はこの番組、本番直前までもあった「怪談だけで90分もつのかよ」というNHK内部の雰囲気を消し飛ばすように、冒頭から出演者たちの怪談が爆裂し、倍の3時間の収録時間を費やしたのです。山本さん自ら交渉し、出演していただいた各出演者たちの語る怪談はなるべくカットせずに・・・という涙の苦労が、私には見えました。
 そして、なんと山本さんは、ほとんどの怪談を落とさずに、90分にまとめあげられたのです。

 これが演出ですよ。
 見せ掛けだの、CGだの、にぎやかしだの、そういう演出は正直、ちょっとしたプロなら誰でもできる。
 
 ともかく私は、怪談史上に残る、テレビ史上に残る「怪談番組」だったと思います。
 この企画を私たち怪談屋の理想とする形で実現させていただいたNHKさんにも、深い感謝を捧げたいと思います。そして、このような番組に出演させていただいて(しかもトリ!)非常に光栄であり、山本さんにお礼を申し上げたい心境です。

 「怪談で長尺番組ができる」ことを証明した番組でした。

 なお『最恐! 怪談夜話』は30日16時より、BS2で再放送されます!
 未見のかたは是非に!


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2009年08月26日

最近バタバタしてます中山市朗

 最近バタバタしております、中山市朗です。

 25日は河内長野ラブリーホールでの「百物語」イベント。
 落語家でありながら、現代怪談も演じる笑福亭純瓶さんとの共演。純瓶さんは笑福亭鶴瓶さんのお弟子さんなのです。
 司会は、今月8日のイベントの司会をしていたちょっと妙なノリの、ありっさ血まみれ姐さんです。

 ラブリーホールといえば、今まで北野誠氏と何度も「百物語」イベントをやらせていただいた場所。アンケートでも誠氏復活のラブコールが寄せられていました。
 彼の芸能界復帰も近い、という噂(?)です。
 いやいや、ちゃんと彼とは連絡を取り合っています。
 心配は御無用です。

 さて、この日はゲストが純瓶さんということで、落語家や芸人の体験談、あるいは劇場での出来事などがテーマに。私は今年の春に亡くなられた上方落語界の重鎮でありながら怪談師でもあった露の五郎兵衛師匠からお聞きした数々の体験談なども披露、また人間国宝であられる桂米朝師匠と五郎兵衛師匠が若き日にあった、ある呪いの話・・・えっ、あの米朝師匠が?
 純瓶さんは、ある落語家が河童に遭遇したという珍しい話や、あの繁昌亭で幽霊(としか思えないもの)を2日連続で見た、という話など。
 そして私の最後の話は、『新耳袋・第四夜』にある「八甲田山」を。
 なぜ八甲田山って?

 実は8日に、「八甲田山」とその後日談の話をしたことをこのブログに書きました。で、当日ビデオを撮っていたのですが・・・やっぱり記録ができないんです。その前にもある塾生が八甲田山に関することで、ドエライ目に!
 で、今も続く不可解な現象とその関連話、そして映画『八甲田山』の原作を書かれた新田次郎さんが取材している中で得たという、八甲田山の怪談なども披露しました!
 今回もビデオをまわしていたのですが、果たして?

 イベント終了後は、スタッフや塾生たちと打ち上げ!
 プロから何を学ぶべきか! と、なぜか大滝社長が熱きメッセージを塾生に。
 帰宅は朝3時。

 翌26日。
 9時20分の新幹線で東京へ。
 緊急に依頼された仕事です。

 ピエール瀧さんがナビゲーターを務めるネットテレビ「ゴーストフィルム」の収録です。なんでもこの番組は、今まで素人を霊スポットに潜入させたりして、恐ろしい映像を撮っていたらしいんですが、視聴者とピエール瀧さんからも「全然怖くねぇじゃん!」とディレクターがバッシングをされてしまったので、ならば「実話怪談」でピエール瀧さんを怖がらせてやろう、という企画になったというのです。
 20分番組を4本収録。
 依頼された時点では、私ひとり、という感じだったのですが、収録場所のアキハバラ(オタクの聖地)の某シアターに行ってみると、ファンキー中村さん、星野しずくさん、山口敏太郎さんなどと共演ということに。
 で、我々をゲストに呼びながら、相変わらず怪談を知らないスタッフにダメだし(?)しながら、本番を待つ。

 進行台本もなく、いきなり「はい」と合図出されても・・・
 とは言いながら、2話披露してくれ、という指示を無視して、20分番組の収録で、40分ほど語る。
 どこをカットするのかな〜?
 ところで私が怪談を話し出すと、バックに流れる映像にノイズが入り、一時上映不能となる事態に。ここ、シアターでっせ。映画館でっせ。その設備をそのままつかっているんでっせ。なのに上映不能って、ありえませんわ。
 なにが起こったのでしょう〜!

 ファンキーさんは相変わらずハイテンション。今、怪談映画を撮っているとかで、以前から色々依頼されていた件も含めて、今後も協力できるところはという枠を。
 収録が終わって、4時には吉本興業の東京興業開発部の方がお会いしたいと現場に。
 
 「落語の新たなる客層開発のために何かアイデアとかありませんか」と聞かれ、「そんなんぎょうさんおまっせ」と私の考えやスタンスをお話すると、「ぜひ、それやりましょう」と盛り上がり。落語界は今、東京も大阪も身内で何もかもやっているので、見えないことがいっぱいある、と。
 以前私が、このブログで書いた、作家と落語家がコラボをやるべきだ、という考えは間違っていなかったということです。
 その他、ラジオ番組もやりましょう(怪談じゃないよ)とか、いろいろ東京で吉本で、面白い展開になるかも・・・またまた大阪じゃないのが悔しい。

 大阪に帰ったのが、もう9時近かった・・・って、今日は塾の日じゃん!
 て、そう思ってスガノくんに、講義の要請をしておきました。
 なんや討論して盛り上がって、テンションがあがった塾生たちが、今から私の書斎にやってくるらしい・・・
 なかなか休めませんわ。

 で、今回の埋め合わせ、言うたらなんですけど。
 来月第4金曜日に、元『ぷかじゃ』の編集長をはじめ、数々の雑誌の編集長を歴任、また中島らもさんの著書などを担当された小堀氏による特別講義をもよします。
 もちろん塾生は無料。
 どんどん参加して、どんどん盗め!
 
 小堀氏には講義のみならず、原稿の持ち込みや出版企画についての貴重な塾のアドバイザーもやっていただく所存です。


 


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2009年08月25日

新耳袋殴り込みナイト・イン・大阪 パート2

 中山市朗です。

 「新耳袋殴り込みナイト・イン・大阪」についてのパート2です。

 実はこういうイベントを大阪で開催させたのは、もちろん関西の怪談および『新耳袋』のファンに喜んでいただきたい、という主旨があってのことですが、やっぱり塾生たちにいい刺激が与えられれば、という意味もあるわけです。

 まあ、普通に生活していると、編集長とか映画のプロデューサー、映画監督たちと親しく交流するっていうこと、まずないと思います。
 でも、こういう機会をもってそんな人たちと交流することは、クリエイターとして世に出るためには絶対必要なことだと思うのです。
 プロのスタンスがわかるし、ノリもわかる。みんなテンション高いですからな。
 ギンティ小林氏は特に高い。
 それに編集者やプロデューサーに名前を覚えてもらって、作品も見てくれる。
 これは東京に持ち込みに行くのと同じこと。いや、塾生ということで、かなり有利な状況で接していただけるはずです。
 UNIさんはさっそく打ち上げの席で、自分の書いたシナリオを山口氏にプレゼン。山口氏は貴重なアドバイスをしたうえ、シナリオは後でゆっくり読むから、と預かってくれたようです。今後、キングレコードとしては、こういう作品を撮るから、こういうシナリオを必要とすると思うよ、みたいな内情もちょっと示唆してくれて。
 同じシナリオ作家志望でも、Tくんは塾に来たり来なかったりのおかげで、売り込む作品もなく、ただ山口氏に名刺を渡して、後ろにたたずむしかない。Kレンジャーはさらに後ろにいることさえできない・・・
 プロに会うということは、今その人たちに何が提示できるのかということを知ることでもあります。何も提示できない、何も言えない自分を知るのもいい勉強。

 忙しくて、という塾生もいるでしょうが、こういう機会を逃す手はないぞ。
 こういう場に、全然顔を出さない塾生もいますからな。
 作品を書いて、作って、こういう人たちに見てもらおうよ。
 ほんま、もったいないで。
 打席に立たないことにはヒットは絶対に出ない。三振するかもしれんけど、その三振の経験が次につながる。課題を仕上げて、先生に見てもらうだけの教室はいっぱいあるけど、ウチみたいなところはないぞ、ホンマ。
 
 そう言えば、打ち上げの場に知らない若い男性がひとり。
 最初、お店の人かと思っていたら違う。ギンティさんの前に座ってビールを飲み始めた。「キミ誰?」とみんなの視線。
 「僕、働きながらライターをやっている者です」 
 「はあ? なんでキミ、ここにおるの?」
 なんでもギンティさんのファンで、映画のコラムを書きたいとかで、まあ売り込みですな。
 「ライターって、何に書いているの?」と私が聞いたら、
 「あの自分で作ったウェブで・・・」
 「それ、ライターちゃうやん」
 思わず私は言った。
 行動力は買います。そうやってチャンスがほしい。わかります。
 そういう場が与えられている塾生諸君も、そこは考えてみよう。

 なんか彼、ギンティさんのミクシィからの情報で、このイベントを知ったらしい。とはいえ、関係者以外は遠慮してもらっている席。ライター志望のこの男性に厳重注意。
 だって、誰にも挨拶なしに勝手に忍び込むのはよくない。
 ここは誰の主催で、誰のための席で、お金は誰が出しているのか。
 そういうことをスルーするような感覚では、とても仕事などできるスタンスではない。
 こういう場合は、主催者にちゃんと許可をとらないと。
 常識じゃん。
 出ていってもらいました。

 で、その後は例のごとく、私の書斎で朝まで。
 みなさん、塾生たちと親しく交流していただいて、本当に感謝・・・
 あれ? ギンティさんは?
 ちょっと遅れて我が書斎にやってきたギンティ氏。
 「いやあ、さっきのライター志望の子、僕についてきちゃって。なんとか田野辺さんに何か書かせてもらうよう頼んでくれないかって。あのね、僕だって田野辺さんに十年近くも一緒にいさせてもらって、そうやって仕事もらったんだよって言ってもわかんないみたいで。しかも、ここにも来そうだったんで、タクシー代って2000円渡してしまいました。僕、なにしてんでしょうねえ」
 で、彼はこうも言ったようです。
 「以前『映画秘宝』で何かを書かせてもらっている・・・」
 もちろんそれを聞いて田野辺氏。
 「そんな奴、記憶にない!」
 ムスッとして、ウーロン茶を飲んで。
 田野辺さん、下戸でした。

 ライター志望氏。
 売り込み失敗。

 しかしギンティ小林、人気あるなあ。

 その後、塾生たちと交流会。
 実はこのイベントの仕切りをまかされながら、寝過ごして50分遅刻したというSくんが集中砲火! オアソビでの砲火とはいえ、かなりキツいモノ。
 プロの人たちの優しさと厳しさを、充分みせてもらった充実した時間だったと思います。

 山口さん、ギンティさん、田野辺さん、力夫くん、そして怪談社の紗那さん、紙舞くん、朝までお付き合いいただき、ありがとうございました。

 イベントも大盛況でした。


 



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2009年08月24日

新耳袋殴り込みナイト・イン・大阪 パート1

 中山市朗です。

 22日、「新耳袋殴り込みナイト・イン・大阪」が開催されました。
 いわばキングレコードより発売されたDVD『新耳袋・殴り込み2』、洋泉社より出版されたギンティ小林・著『新耳袋/勝手にしやがれ』の販促用イベントなのですが・・・

 こういったイベントは東京ではよく見られるのですが、大阪ではあまりない。
 メーカーや版元、クリエイターたちがほとんど東京ということになれば、大阪までの往復や宿代、拘束時間などを考えると致し方ないのかもしれません。
 今回も当初は、新宿のロフトプラスワンだけでのイベントだったのです。

 で、キングレコードに山口さんから、その出演依頼をいただいたとき、「今回のロケは関西を中心にまわってますよね。だったら大阪でもイベントやりましょうよ」と打診したところ、イン・大阪が実現した、というわけです。

 この日にやってきたのは、新耳袋Gメンのキャップ・田野辺尚人氏(洋泉社編集人、元『映画秘宝』編集長)、ライターのギンティ小林氏、スピリチュアルと運転手担当の市川力夫くん、裏キャップのキングレコード山口氏の4人。それに怪談社の紗那氏、紙舞氏に加わっていただいたイベントです。
 私は原作者として司会を務めさせていただきました。
 原作と司会は繋がらないか。

 『新耳袋・殴り込み』を知らない方のために、少し説明させていただきますと、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』が公開された頃、『映画秘宝』のライター、ギンティ小林氏に、田野辺編集長が「日本にもそれに匹敵するものすごい恐怖スポットがある!」と「山の牧場」(知らない人は、『新耳袋・第四夜』を読め!)の捜索を命じたことが発端だといいます。
 ギンティ氏ら一行は、とりあえず大阪へ。なぜか心斎橋を歩いている人たちに、「山の牧場」の在り処を聞いて周ったと言います。アホです。
 聞かれた人の反応も、「牧場? ここ、大阪のど真ん中やで」と冷たい反応。
 『新耳袋』に書かれた、恐怖の舞台となった場所を巡ってみたい、という映画雑誌らしからぬ『ギン耳袋』というコラムが、当時『映画秘宝』にて連載されていたことは覚えています。後、同誌にてインタビューを受けることになり、ギンティ氏や田野辺氏と知り合いになった、という流れでした。確か『キネマ旬報』や『スクリーン』といった他の映画雑誌が硫黄島二部作を撮るクリント・イーストウッドをメイン特集にしていたんですが、『映画秘宝』はなぜか『新耳袋』特集・・・?

 一方、キングレコードは『怪談新耳袋』と称して『新耳袋』のエピソードをどんどんドラマ化していき、TBS系で放送、あるいは劇場映画化されました。そのチーフ・プロデューサーが、本来はアイドル作りが本業の山口幸彦氏であったのです。

 キングレコードと『映画秘宝』の版元・洋泉社は、いつしか共同歩調をとって、マルチメディアの展開をとるようになったある日のこと。
 あるインタビューのため、わが塾に大挙してやってきたメンバーたち。山口、田野辺、ギンティ氏らのほかに、マンガ家ヒロモト森一氏、映画監督の豊島圭介氏、ドキュメンタリー監督の村上賢司氏らもいました。
 仕事が終わり、みんなで居酒屋で盛り上がっているなか、松竹の若手芸人が撮った、例の心霊ビデオの話になり「それ、見たい」ということになって。
 「オレのウチ、そのビデオ、あるよ」
 「えっ、見れます?」
 「もちろん」
 ということになり、二次会は私の書斎で・・・
 で、みんなで見たわけです。
 恐怖の映像を! 
 山口氏など、真っ青になって。ヒロモト氏はあまりの恐怖に泣いていた・・・
 
 ところがやっぱり、プロの集団ですな。
 翌日、即そのビデオが撮れた廃ホテルに行ったんだそうです。豊島監督と山口氏は、翌日京都観光をしよう、なんて呑気なことを考えていたらしいのですが。
 ただし、夜は怖いので、昼間に。
 で、メンバーたちの顔が溶ける、という妙なビデオが撮れてしまって、以後、田野辺編集長は身体に異変をきたし、編集長の座を降りるというハメに・・・!

 だが、これを見ていた山口プロデューサー。
 「これは売れるぞ!」

 そこで『新耳袋』原作のドラマに加えて、原作の舞台となった場所へ行って、実際にその現象をカメラで撮ろう、というドキュメンタリービデオが発動された。
 どうやらこれが、『新耳袋殴り込み』の元となったようです。

 やっぱり、遊びからおもろい企画というのは生まれるんですかねぇ。
 
 塾生たちも、Iくんの先導により、心霊スポットを周っているようですけど、その様子はブログにすらあがらん!

 遊びを即ビジネスにするプロ集団と、まったく外部にアピールできないIくん。
 残念ですけど、差が・・・もっのっすごい差が・・・
 

 

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2009年08月20日

8/19の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 新着情報が2件あります。
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 その1
 フジテレビよりDVDが2枚送られてきました。
 『恐怖の実話怪談・・・アイドリング耳袋!!!』
 一部テレビ放送されたようですが、これはフジテレビの夏休み祭り、「お台場合衆国」にて限定発売されたオリジナルDVDです!
 詳細は7月8日付の当ブログをお読み下さい。



comic_namanariその2
 中山市朗原作・千之ナイフ作画による、コミックができあがりました。
 『怪異実聞録・なまなりさん』
 メディアファクトリーのコミックファクトリーシリーズの一環としての一冊。
 美女が恐ろしい呪いの世界に落ちていくあの世界観を、「なまなりさん」の影に怯えながら千之さんが渾身の力を振り絞って描きます。原作にない恐ろしさも味わいできます!
 ぜひ御愛読を!
 25日頃から、全国書店に並びます。
 原作を読んでいない方は、文庫本でどうぞ。

 と、宣伝したところで、19日の作劇ゼミの報告とまいりましょう。
 
 「私は自分の目で見たことしか信じない」という人がいますねぇ。
 よっぽど自分に自信があるのでしょう。
 私、思うのですが、見えるものはそれぞれ人によって違うのです。

 たとえば、大阪の心斎橋でも東京の渋谷のスクランブル交差点でも、どこでもいいですが、雑踏の人人人の中で、みなさんは何を見るか?
 「人、多いなあ。祭りみたいやなあ」てなことを言って、ただただ驚く人もいるでしょう。「おっ、東京はかわいい子が多いなあ」と女の子ばっかり見ている人もいるでしょう。靴に目がいく人は、靴屋さんか靴のメーカーの人。ヘアスタイルに目がいくのは美容院とかファッションデザイナー。彼女らが身に着けている装飾、宝石類に目がいく人、人を見ないで建物や看板、店の構えや位置に目がいく人もいるでしょう。マンホールを注目する人、走っている車に目がいくカーマニア。やましい人は交番や警察官が気になる?
 千差万別です。
 極端なことを言うと、シャガールやゴッホは、ああいう風景や色が実際に見えたのでしょう。ミケランジェロは切り出した大理石に、もうすでにモーゼやダビデが見えていたと言います。
 プロフェッショナルな人というのは、特にみんなの気がつかない何かを見、それを具現化する人たちのことなのでしょう。

 また、こんなこともありますね。
 大勢の雑踏の中、知り合いを見つける。「あー!」「わー!久しぶりぃ!」
 大勢の中、知っている人にフォーカスが合ったわけですな。

 つまり、我々は目で見ているんではなくて、目で捉えたものを一旦脳で整理し、見るべきものと、見なくていいものを取捨選択しているわけです。ということは、脳が動いていなければ、何も見えない、ということになります。
 我々の仕事は、ものごとを見る、ということだともいえます。
 読者や観客、視聴者に「あっ!」という衝撃を与えるのがエンターテイメントだと思うのですが、その「あっ!」を発見する目が、発信側に必要だというのです。
 で、その目を養うためには鍛錬がいるわけです。
 その鍛錬は、取材であったり、膨大な文献にあたることであったり、分析力や理路整然とした思考能力を培うことであったりするのだと思います。
 で、それを発信するのに必要なものが、テクニックなわけですな。
 それぞれにあったテクニックが、ここで必要とされるわけで、私よく言うんですが、発信するものがないのに、テクニックだけを身につけようとするから、書けなくなるんだと思うんです。
 ちなみに、鍛えられるとどうなるかというと、
 わかりやすくスポーツの世界で言いますと、
 世界のホームラン王、王選手は全盛期の頃、150キロのボールがスローモーションのように見えたと言いますし、江夏投手はボールが手から離れた瞬間、キャッチャーミットに収まる球筋が糸を引くように見えた、と言います。
 訓練の賜物です。
 訓練しだいで、人間は通常、人の見えないモノが見えるようになるんですな。

 ということで、19日のゼミは、オカルトについて考察してみました(?)

 オカルトとは何を意味する言葉なのか?
 『エクソシスト』や『オーメン』はオカルト映画ですが、『悪魔のいけにえ』や『13日の金曜日』『リング』などはホラーとなります。ここになんの違いがあるのでしょうか・・・から始まって、もともとオカルトとは何語で、どういう意味だったのか、というような話から、オカルトを見る、ということまでを話しました。
 オカルトを見る?
 なんやねんそれ、でしょう?

 あるんです。
 オカルトを見る方法。つまり普通の生活、普通のモノの見方をしている限りには、絶対に見えないモノ、気づかないモノ・・・もっといえば、常識とかいう概念に縛られている限り、見えてこないモノ。
 でも、私にすれば世界は見えざるオカルトで動いている!

 先日のブログに書きましたが、神社や祭祀場の配置、祭神、創建年、縁起を調べて、地図とにらめっこしているだけで、ものすごい魔方陣や結界の存在が浮かび上がる。いろいろな文献に当たり、現地に行くと「あっ、これ!」と思うものが封印されている。
 アカデミズムがあえて封印、黙殺しているもの、扱いきれないものが山ほどある。
 世界に目をやると、『聖書』なしでは特に西欧の文化も科学も生活風習も語れない。教会の教義には表と裏がある。教会が悪魔を作り出し、魔術師を生み出し、預言が大きな意味をもった。学問は、もともとそういう隠された神の叡智を学ぼうとするものであり、今もそれはときには政治を動かし、戦争も起こした。神の臨在する地を巡って民族は対立している・・・
 そう、オカルトとは隠されたもの、というラテン語から派生した言葉なのです。
 CULTURE=カルチャーもまたOCCULTからの派生語であり、CLUT=カルトも、もとはオカルトから派生した「祭儀」「祭祀」を表す言葉でした。

 人間が神という概念を捨てない限り、オカルトはそこに存在し、思考体系に取り込まれ、人間はそれを基盤として行動するわけです。たとえば・・・
 てなことを、いちいちここに書き上げると、大変なことになっちゃいますので、これもゼミを受けた塾生だけの特権ということで。

 こういう話を塾生たちにしたのも、合宿で何を発見し、何を見たのか、という問題に言及したかったわけです。海で遊ぶのもよし、バーベキューするのもよし、肝試しするのもよし、お買い物するのもよし、酒を飲むのもよし、ですけど、みんな作家やマンガ家になろうとしているわけですから、こういう機会にこそ、いつもと違う観点から物事を見る、考えてみる、体感する、といったことをやってほしいわけです。オカルトを見ろ、とは言いませんけど、疑問や不可解なことって、世の中たくさんあるわけですから、作家としての疑問の追及はやってほしい。

 中学や高校生の合宿とは、そこが違わなきゃ!

 私は伊勢の内宮、外宮、そして伊雑宮に、目には見えないが、しかし明らかにそこに存在する古代人の叡智(これを神の叡智と言っても過言ではない、ビックリの事跡!)を見ました。ただいま、興奮しております。


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2009年08月19日

謎すぎるぞ、伊雑宮!

ISE_NAKAYAMA_01 











 中山市朗です。

 今日は、先日の合宿の自由行動時間に参拝した伊雑宮について少し。
 伊雑宮とは、イザワノミヤ、と読みますが、イゾウノミヤとも呼ばれます。




YAMATAIKA_01
 この神社のことは、最初、星野之宣の『ヤマタイカ』で知ったんですわ。
 「伊勢の大神(天照)の遥宮と呼ばれ、特別な格式を誇る神社」
 これは縁起にもある記述と一緒。
 「浅間山を東に要し、同じく浅間山を東に置くプレ伊勢・瀧原宮とともに、伊豆大島・三原山との呪術的な結界である」
 という、これはユニークな説が作品の中で繰り広げられて。
 確かに伊雑宮の東側に小さな浅間山、瀧原宮(内宮別宮で、内宮が現在の場所に建てられる直前に建てられていたという元伊勢のひとつ)の東側にも小さな浅間山が存在しています。これは意図的なものか、偶然か?
 偶然偶然、と言うてたんでは、何も探れない。
 アサマ、には意味があるはず。
 うーん、アサ。朝。太陽が昇る東の山だからアサマ?
 それは言える。けど、アサという語源が、アサマから来ているとすれば?

 浅間(アサマ)、これは全国にいくつも見られる山の名前なんですが、このアサマはアソ、アサマなど母音プラスSで始まる火山を意味する古代の日本語である、というのが明治から昭和初期に活躍した物理学者、寺田寅彦の説にあるんです。富士山も古代にはアサマ、と呼ばれていたらしく、阿蘇、浅草岳、旭岳、吾妻山、有株山、雲仙などの火山群は、その法則にのっとった同意語らしきもの、と言います(寺田寅彦『火山の名について』)。
 特に伊勢は火(日)の神ですので、それに関係する宮、別宮にはアサマ、アサクマといった火山を意味する山がちゃんとある、というのです。
 内宮にも、東側に朝熊(アサクマ)山がちゃんと鎮座しています。
 だったら海に囲まれた元伊勢・篭神社はどうなんだよ!
 と、私調べてみたら、ちゃんと参道の天の橋立の内海を阿蘇海と言うんですな。
 「わっ、あった!」と。
 そこからハマっちゃって、そのうち『捜聖記』で展開する論説にすごく役立った。

 そうなると、伊雑宮のことをもっと知りたくなって、いろいろ調べると、今度は天照大御神が倭(やまと)の国・笠縫邑(おそらく三輪の桧原神社?)を最初として、25ヶ所御巡幸された折、21ヶ所めにあたる、伊勢国・伊蘇宮という表記は、伊雑宮のことではないかと、思うに至ったわけです。元伊勢のひとつですな。
 もっとも伊蘇宮だとされている宮は他にあって、現在伊勢市磯町にある磯宮がそうだというんですけど、この宮は伊勢神宮125社には入っていないんですな。また、イセはイソの訛りという説もあるんですが・・・これはワカラン。
 私の説にツッコミが入るとすれば、伊雑宮の所在地は伊勢国ではなく、志摩国ではないかという指摘となるのでしょうが、(志摩市磯部町土之郷)、志摩国は7世紀後半の頃に伊勢国から切り離されたと言いますから、創建当時は伊勢国で成立するわけです。
 この、6、7世紀に、というのは古代史の謎解きに要注意!
 古事にある但波(タンバ)の吉佐宮(篭神社)が、丹後国に変えられたのもこの頃。
 「本来、ここは丹波(タンバ)なんです。丹波国の中心にはこのあたりでした。重要なモノを丹後と変え、そうでないモノはタンバとして残った」と、篭神社の宮司さんが、えらい怒ってはったのを覚えています。
 『日本書紀』編纂に際して、朝廷にとって都合の悪い神社や祭祀場のある場所は、国の名前を変えたり、切り離されたり、消されたりがあったみたいですな。で、アカデミズムは『日本書紀』の記述を第一資料とせざるを得ない。
 歴史の巧妙な隠蔽が、ここにある!

 ところが戦国時代、全国が荒れに荒れて、伊雑宮も九鬼水軍に略奪されたりして朝廷に再建の援助を要請するものの、認められなかったという経緯があったのです。で、伊雑宮こそが伊勢より社格が高い、天照の本宮だという秘文を伊雑宮が美濃国黒滝の僧・潮音と共謀して公開したのです。このパフォーマンスに伊勢側はこれを偽書だと朝廷に奏上し、結果的には伊雑宮の主張は認められず、幕府によって破棄されるという事件がありまして・・・
 この偽書こそ、実は『先代旧事本紀大成経』なのでありまして・・・
 ま、こういうことを書いていると、論文になっちゃうので止めますが、ちょっと日本の古代史と神道、そして天皇の謎を考えるのに、この伊雑宮は外せないわけです。

 で、伊雑宮、行ってきました。

 伊勢・皇大神宮の別宮。祭神は天照坐皇大御神御魂(天照大御神と同神やと思います)で、その祭典式典はすべて内宮に準じて行なわれ、20年ごとの遷宮も行なわれるとか。
 創建も約2000年前の垂仁天皇の頃と言いますから、相当古いわけですわ。
 そう、縁起を信用する限り、伊勢神宮より確実に古い! つまり内宮の遥宮というのはあと付けです。
 中はそんなに大きくはない神社ですが、なぜか風格があるんですな。
 見ればちゃんと社殿の隣に、まったく同じ大きさの土地が空けてあって、遷宮が行なわれていることを物語っています。ここ、やっぱり元伊勢やと思います。
 宮司さんがいらしたので、話を聞いてみました。

 「ここも遷宮がなされているのですか?」
 「そうです。伊勢の皇大神宮が遷宮された翌年に行なわれます」
 「20年に一度?」
 「そうです」
 「遷宮は、なぜ行なわれるのでしょう?」
 「建物の耐用年数がそれくらいなんです。それとこの宮の創建当時の天皇の意向というものもあったのでしょうが、そこのところはよくわかっておりません」
 「(耐用? じゃあもっと古い宮が他にもあるけど遷宮なんかせえへんのはなんで? そやなくて、遷宮ありきとした掘立柱建築で宮が建てられているのはなんでや? という心の中のツッコミ。そこのところオブラートに包んで質問)あの、掘立柱式の建築物である意味はなんですか? 掘立柱式やから、耐用年数に限りが出てくるのでは?」
 「・・・それはわかっておりません。なにせ太古のことですから」
 「伊勢の皇大神宮の天照の御神体は八咫鏡ということですが、当社の御祭神は?」
 「さあ、それがわからないんです」
 「遷宮のとき、御神体も移動させるのでは?」
 「そうです。しかし見ることはできないのです」
 「あっ、伊勢と同じで箱の中に入っていて、その中は開けられない。見てはいけない」
 「そうですね」
 「じゃあ、ここの神様はわからない」
 「そうです。わからないところに魅力がある、というか、神徳があるのです」
 「宮司さんが知らない?」
 「太古のことですから、わかりようもありません」
 「見てはいけない、触ってもいけない、名前も言ってはいけないのが、ここの神様(強調)?」
 「神様とは本来そういうものなのでしてね・・・」
 「思うに、このあたりは稲穂の実る土地だったのでは? だから巡幸中の天照の祀場がこの地に一旦定められ、後に伊勢へ移動したとか?」
 「稲穂もでしょうが、海産物もでしょうね。ここは海女(あま)もたくさんいます。海女と当社は密接な関係がありますし」
 「(来た!)海女といえば、六芒星の印をつけた額当てをしていますが?」
 「ああ、ダビデの星・・・いや、そういう人もおられますが、あれは危険な海にもぐるときの護符の印です。ヒトデの形だという人もいます」
 
 まあ宮司さんは何もわからないと言うんです。
 ただ、海女のつける六芒星はヒトデの形だと宮司さんがおっしゃられたとき、同行していた塾生たちは、それぞれ心の中で「それは五芒星やんかい!」と突っ込んでいたそうで・・・それに日本は海に囲まれた国。だったら他の土地にも六芒星を護符とする概念がいっぱいあるはずですけど・・・他にはない!

 海女(アマ)と伊雑宮が関係あって、海女の額当てに六芒星。
 ※六芒星はドーマン・セーマンのセーマンだという説が有力視されていますが、安部晴明のセーマンは五芒星ですから!
 元伊勢・篭神社の宮司は海部(アマベ)氏で、やっぱり奥院に六芒星。
 そして両宮ともアマテラスが祭神としてかかってくる。元伊勢?

 これも偶然か、何かあるのか?

 さて、私はここでますますここは元伊勢ではないかという疑惑をもちながら本殿へ。
 塾生たちの前で、なぜ私がそう思うのか、ここが元伊勢だとして、それは何を意味するのかを本殿の飴で説明しているところ、総務のスガノくんがデジカメで本殿をパチリ!
 すると!

 社殿がグニャリと歪んでいる写真が!
 社殿全体が渦を巻いているように変形しているんです。

 「先生、こんなん写りました!」
 「これなんや!? 保存しとけ! ブログに載せるわ!」
 
 ところが、保存してもまったく作動せず、すぐにデータは消えたんです。

 「そんなアホな!」

 その後、スガノくんは同じ場所から同じアングルで、何枚も撮ったのですが、二度とあのようなことにはなりませんでした。
 グニャリと歪んだあの社殿の写真。しかも光が差していたかのような明るさがあったので、「神は臨在しているぞ」というメッセージをもらったような、不思議な感覚になりました。
 それとも、伊雑宮は元伊勢だという、私の説へのなんらかの返答だったのでしょうか? 

 「神様はおるぞ!」
 あの写真を見た塾生たちも、ちょっとハイになっていました。

 不思議なこと、やっぱりあるものですなあ。
ISE_NAKAYAMA_025





残念ながら歪んでいない伊雑宮。
撮影は塾生Mくん。
彼に神は降りてこなかった。



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2009年08月18日

中山市朗、伊勢から帰還であります

 中山市朗です。

 先ほど、作劇塾の合宿から帰ってきたところです。
 伊勢志摩での2泊3日。
 第一日目は伊勢の外宮・内宮の参拝。
 私のガイドで、という塾生の希望もあって・・・。

 教訓!
真夏の合宿は避暑地へ行こう!
 伊勢神宮はめっちゃ暑いぜ!
 しかも私は、いつもの黒!
 私の頭の中は、クーラーの利いた涼しい部屋と冷たいビールのことばっかし。
 松阪牛のステーキと一緒にゴクゴクッ・・・てな妄想が、やがて幻覚に?

 二日目は、伊勢の謎を解くために伊雑宮へ参拝に行ったのですが、
 その報告は明日。

 合宿へ行く前日、ストロベリーソングオーケストラのスタッフを含める皆さんと、ELECTRIC MAMAのお二人とで、色々お話させていただきやしたー! 
 というのも、今月8日の本町ニューシングスでの音楽と怪談のライブが、あまりにも好評かつ、やっている我々も大変やりやすく、楽しく怖かったので、以後もお互いコラボしましょうよ、ということで盛り上がっておるわけです。
 で、その場所とか、コラボの内容とかを討議しつつ、また怪談をテーマに曲を作るのもいいよね、とか。映像も作ってみたくなったし。

 ちょっとマジな仕事の話をしたあとは、私の書斎でお酒を飲み交わしながら、怪しい話で盛り上がり!
 みなさん好奇心の塊で、それでまたお詳しい!

 天狗、河童の分析から、鬼とは何か? という考察。
 さらには太平洋戦争終結後、なぜに天皇は処刑されなかったのか?
 マッカーサーとは何者か?
 フリーメーソン!
 でも、ホントはフリーメーソンて?
 はたまた死海文書からNASAの隠蔽話・・・
 みたいな話まで。

 ところでERECTRIC MAMAのヴォーカルドラマー、ありさゾンビさんに、またまたありっさ血まみれとして、25日のラブリーホールでの「百物語」に、司会として出ていただくことが決定しました!
 ノリがおもろいです。
 彼女のキャラクター、イケます。
 出演は、私と笑福亭純瓶さん。
 言うたら、作家と落語家とロックンローラーのコラボです。
 当日は、一体どんな世界が繰り広げられるのか・・・
 私も全然わかりません。
 まあ当日、来てやっとくなはれ。

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ストロベリーソングオーケストラ
新譜だぜ!
寺山修司のマニアには、涙もの隠しアイテムも! 



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2009年08月13日

8/12の小説技法・・・の前に

 中山市朗です。

 毎週水曜日は塾があります。
 授業が終わったあとは、必ず塾生たちと一晩明かして、いろいろな話をします。
 スガノくんも必ず参加してくれて、共に塾生たちと膝突き合わせて、アドバイスをしたり、グチを聞いたり、バカ言ったり、映画や文学の激論を繰り広げたり、たまには怒ったり・・・。たまにその場に、プロの作家さんや、映像関係者が参加してくださったりしています。私の20代の頃に、一番欲しかった場です。

 さて、若いということは勘違いすること、と私はよく言うのですが、まあ少々勘違いしていないと、こんな世界には入ってこないでしょうけども。

 今、ちょっと悩んでいることがありまして。
 それはアルバイト。
 私がやるんやない。塾生たちとアルバイトの関係。
 今、正規の社員として就職するのは困難な時代ですけど、アルバイトは割りと簡単にある。また企業も派遣やバイトを使ったほうが、保険もいらんしクビもすぐ切れる。
 で、生活のためにみんなアルバイトをするわけです。
 派遣登録している塾生もいるようです。ほとんど仕事はまわってこないようですが。
 しかし、あれが仕事やと思っている。
 だからバイトの感覚が染み付いてしまって、責任はもたない。自分から何かをしない。工夫をしない。ただ指示を待っている。これが作品つくりにも現れているんです。
 今、プロデューサー修行真っ最中の坂本くんも、最初は企画書の書き方を知らなかったので、「なんで?」と聞くと、「今まで何かを考える、とは無縁の世界にいたので」と言うわけです。彼、30歳超えてまんねんで。つまり言われたことをこなすだけの20代やったわけです。これ、怖いことでっせ。
 80年も前に、それじゃあ人間は壊れる、とチャップリンが「モダンタイムズ」で警鐘鳴らしとる。
 また坂本くんも、今推進中の企画も「こうしたらどうだ、と先方さんから報告がありました」とは言うんですけど、「だったらこういう案でいきませんか」となぜ動かん。今日も説教したわけです。人にまかせっきりなんです。
 それ、もし何も動かず、そのまま先方の主導で企画が通ったら、お前の立場、どこにあるんやと。それを言うと、「あっ」てな顔をするんですが、想像力が足らん。
 小説やマンガ家志望の塾生たちも、頭を使って自分のスキルを活かすことを考えないんですな。絵は巧い、文章もそこそこ書ける。使える塾生はいるんです。
 でも、動かないことにはどうにもならん。
 私の20代の頃は、猛烈に出版社や映像メーカーに売り込みをかけて、その叩き台となる企画書を何百本書いたことか。
 その代わり、バイトはしなかった。働きたくないからこの世界を選んだんだし。
 でも金ないですわな。
 一人暮らししてましたから、月々の家賃、光熱費、東京とやりとりした5万円前後の電話代・・・なんとか捻出せんと、生きていけない。
 そら、必死でしたわ。でも、だからおもしろい。

 今の子を見ていると、安易にバイトをして、なんとか生活していけて・・・そこから夢は見るけど野望がない。動かない。気がついたら30歳を超えていて、もうバイトしかない。
 税金も年金も払えない若者、日本中あふれてまっせ!

 スガノくんは、専門学校を卒業して、だけど出口が見えずに私のところに相談にきた。
 「どうしたらいいんですか?」
 「バイト禁止。食うためには頭使え」
 それでも甘えとった。小説の投稿はやっていたけど、家にいてゲームやっとる。 
 「家出ろ!」
 出た瞬間、彼は編プロや出版社に営業をかけざるを得なくなった。
 今、ライターとしてあるスガノくんは、バイトをやらなかったから。

 昨日の飲み会も、Aくん(仮)は、これからどうすんのや、という話に。

 彼は、大学は中退。就職活動はしていない。プロの作家になりたい、と言うてるのに作品があがらない。家から通っている。コンビニでバイト。で、楽しい同人誌活動は続けたい。同人誌いうても100部刷って、まああんまり売れない。マスターベーション。これはと思って、スガノくんがライターの仕事を振ると、締切日にスルーする。
 危機感ゼロ。
 Aくんだけと違う。
 こんなヤツ、山ほど見た。

 親は何も言わんのかいな?

 そんで、こういうのに限って言ってくる。
 「夢諦めて、就職します」
 アホ! 就職なめんな!

 T野くんという塾生。彼はサラリーマン。
 「大学卒業までに、3ケタの会社の面接を受けました。ようやく今のところに就職しました」と言うてる。就職は大変ですよ、と。

 でもこれ、不景気やとか言うて、大人がちゃんと若者に夢を見せていない、見せる余裕がない、ということもあるんでしょうねぇ。
 私の若い頃は、業界の人に引っ張りまわされて、いろんな遊びを知って、うまいもん食べさせてもろて、「この世界、おもろい! この中に入りたい!」と思いましたもん。
 今、大人に余裕ないですもんね。

 なんかボヤいてしまいました。
 野望もって、ガンガン動いている塾生ももちろんいます。
 好きなことで食えるようになった塾生もいます。
 でも、アカン奴ほど、かわいいのですかねぇ。
 気になってしょうがない。

 ほんまに自分で食っていくことを身につけるには、
 クリエイターになりたいなら、
 
 一人暮らし、安易なバイトはしない、自分を営業にかける、そのために作品は常に作り続ける、という4原則をダメな塾生には命じたいところです。
 もちろん塾は、全力をもって援護射撃します。

 でも、バイト禁止した途端、
 「お金ないので、塾行けません」
 言うて、塾から消える可能性が・・・。

 あっ、小説技法の合評に触れるスペースが。
 今回は一人ひとりの評価は省略。

 スキルをグングンあげている人と、全然書いてこない、あるいは自覚のない人との差が顕著に出てきはじめました。
 やっぱり、量も最低1週間で30〜40枚、しかも締め切りには落とさない。
 これを1年続けるとだいぶ進歩しています。  
 新しく入ってきたり、復帰する塾生たちも、まずはマイペースから始めればいいと思うんですが、書く量が少なすぎます。
 自分で1日、あるいは1週間で最低何枚と、目標値を作ってまずは書くことを最優先しましょう。
 

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kaidanyawa at 20:06|PermalinkComments(5)

2009年08月12日

三代目桂春蝶襲名、おめでとうございます

 中山市朗です。

 今回は、もうひとつ怪しいブログをアップしております。
 まずは、春蝶さんの話題から。

 ついに桂春菜さんが、父親の名前、桂春蝶を襲名されます。
 三代目、だそうです。
 その襲名三点セットが、私のところにも贈られてきました。
 ありがとうございます。

shunnchou_01



shunchou_02

手ぬぐいには、もちろんお名前が入っています。

 春菜さんは、現在上方落語界の重鎮、三代目桂春団治師匠のお弟子さんなのですが、父である先代春蝶も同じ桂春団治師匠のお弟子さんでしたから、親子で兄弟弟子という珍しい間柄になるわけです。

 先代の春蝶さんは、私の中学生の頃、大好きな噺家さんでした。
 メチャメチャ細い身体にギョロリとした目。しかし神経質というイメージはなく、物分りのよい噺家という感じでした。おそらくそれは、中学生にもわかる言葉、話し方で、落語を演じられていたからなんでしょうな。現代感覚とも言いましょうか。
 そういう口調や声の質、感覚、ユニークな発想力、特異な身体が買われて、ラジオやテレビにタレントとしても出演されていました。おそらく、大阪の落語家でタレントとして人気の出た最初の人が、この春蝶さん、森乃福郎さん、月亭可朝さんの三人やなかったのですかね。このあとが三枝、仁鶴、そしてザ・パンダ・・・
 『宇治の柴舟』なんていう若旦那が、絵に描いてある女性に恋煩いをしてしまう、という中学二年生の坊主にはちと早いように思える、やや人情がかった古典落語も、ラジオで春蝶さんで聴いて、なんかすごくよくってさっそく覚えたんです。それだけわかりやすかったんでしょうな。
 で、ある授業が自習になったとき、私は前の教壇に座り、中入亭鶴団治という、なにやらすごい名前で「宇治の柴舟」を一席。これが私の中2での高座デビュー(?)でした。
 「昭和任侠伝」という東映の仁侠映画にハマリこんでしまった男の話や、「ピカソ」なんtねいう、ほんまはピカソ、ワケわからんわ、という心情を突いた新作落語も作られて。
 阪神タイガースのファンを公言したタレントさんいうのも、ひょっとしたらこの人が最初かもしれません。そしてあの司馬遼太郎さんも、この春蝶さんのファンだったとか。
 春蝶さんは、1993年の1月4日に、おそらくはほとんど食事を摂らず、お酒で生きていたという習慣がたたってか、51歳で亡くなります。
 で、その息子が父の死の通夜の席で、その偉大さを知り、噺家になろうと決意した、ということなのだそうです。
 それで父と同じ、春団治師匠の弟子に。
 弟子になって第一日目、早くも寝坊して、現場に入られていた師匠からさっそく破門を言い渡されたといいますが?

 今の春蝶さんとは、結婚披露宴に呼ばれていって、はじめてお知り合いになったんです。実は奥さんのほうを私は知っていて、彼女は某テレビ番組制作会社に勤めておられて、いろいろな霊体験をしているということで、取材をさせてもらっていたんです。『新耳袋』に何話か、彼女の話が収録してあります。
 で、あと彼女はなんの因果か、私が出演していたCS京都『心霊タクシー2』の担当プロデューサーとなるのです。現場には「私見ちゃいますから、ホントダメ」と絶対に同行しようとはしませんでした。奥さんもユニークな人です。肉類が全然食べられないとか・・・気をつけんと、旦那さまも先代のように・・・?

 さて、三代目桂春蝶さん。どのような大看板になられるのでしょうか。
 父・春蝶さんとはまた違った芸風あられますので、全然違う、桂春蝶を作られることでしょう。それでいいと思います。
 三代目春団治師匠も、父二代目が爆笑落語の噺家だったのが、まったく正反対の練り上げられた枠で勝負する大看板になられたように。

 三代目、桂春蝶襲名、おめでとうございます。
 そのうちご挨拶に伺います。

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伊勢神宮の謎の追記

 中山市朗です。
 先日、伊勢神宮のナゾについて書きましたが、ダビデの星はホンマにあるのか、という質問がありましたので、証拠写真を載せました。


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 元伊勢・丹後半島の篭神社・奥院、真名井神社の石碑です。
 稲荷の源神・豊受大神はこの地に降臨したといいます。
 おそらく、ここで笠縫邑からきた天照大御神と併祀されたんでしょう。で、天照は次の土地へ移動し・・・雄略天皇の頃、伊勢の五十鈴宮に落ち着いた天照から、こっちに来いと言われて、この神も伊勢に移動し、外宮となった。
 天照(アマテラス)、海部(アマベ)のアマは、天と海のアマ。これ対です。
 これにイザナミ(波)とイザナギ(凪)。
 こりゃ、宮司さんの言うように、海の向こうからきた何者かの神が来たってこと?
 海の向こうって、何者のこと?
 中国? 朝鮮半島? 東南アジアのどこか?
 「違う」と宮司さんはおっしゃいました。

 で、奥の院には、堂々とダビデの紋章が彫られています。
 でも今は、この紋章が削り取られ、巴紋になっています。

 なんでも、一部のちょっとしたイカれた連中が、「ここにアークがある!」とばかりに、この周りを無断で掘ろうとしたらしく、迷惑した神社側がダビデ紋を削ったそうです。

 さて、写真を見ると、古名、○宮 吉佐宮 与謝宮 とありますな。
 みんな、ヨサ、と読みますが、最初の難しい字、これはアメノヨサヅラの意であり、これ、瓢箪を意味するんやそうです。
 あの瓢箪のことだそうです。お酒を入れたりする。

 実はこの瓢箪が、聖書の中に記載してある、ある重要なものと、豊受の神性との面白い関連性を示唆しているんです・・・。

 もうひとつ面白いのが、篭神社と、若狭湾にある冠島、沓島とが大いに関係ある、と宮司さんから聞かされたのですが、その島は大本教の出口王仁三郎(『霊界物語』全81巻を筆記させた大霊能者。『新耳袋・第一夜』古写真を読んでみよう)が神の降臨の地として崇めた場所。私、行こうとして観光課に連絡したら、あそこは禁足地やそうで。それでもと手繰って行ったら海上自衛隊の管轄下にあった。
 海上自衛隊といえば、なぜかソロモンの秘宝の噂がある四国・徳島の剣山も、海上自衛隊が管轄していたという、ある人からの報告があって・・・関係ないか。いや、関係ある! かも。

 で、この冠島のことを調べていくと、また面白い伝説、伝承があって、これがまた・・・

 おっと、あんまり書かんとこ。
 えっ、もったいつけるなって?

 だって、ここで書いちゃうともったいないし。
 で、その前に『捜聖記』読んだ?


konojinja_01


元伊勢と海部氏の古代の謎が、垣間見える篭神社出版の書。
なんと“件”の謎も、ここに!!



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2009年08月10日

中山市朗VSストロベリーソングオーケストラ

 中山市朗です。

 先日(8日)の夜、本町にありますライブハウスで、音楽と怪談のコラボをやってきました! いやあ、もうノリノリで楽しかったッス。
 まずはストロベリーソングオーケストラの演奏が始まって、これがちょっと寺山修司の映画を思わせるような奇妙なフィルムとのコラボ演奏。座敷わらし(?)みたいな格好のヴォーカルさん、サイコー!
 そして私の出番。
 司会が、「ありっさ血まみれ」さん。この姐さん、おもろい!
 本来、ELECTRIC MAMAのヴォーカル・ドラマーだそうで。ありさゾンビなんちゅうお名前もおもちなんですなあ。まあ、その名前からして、ノリが普通ちゃう。
 でもそのノリが、怪談に合うんやねーっ。発見! なんせ血まみれ、ゾンビですからな。
 怪談を共に語るのが、ストロベリーソングオーケストラのピアノマン、高橋秀夫氏と、三味線でロックを奏でる高虎氏。
 高橋、高虎のこれまたボケとツッコミみたいなノリが、いいんです。
 つまり、緊張と緩和が、より緊張を、より緩和な空間を醸し出しんですわ。
 
 さて、怪談はめっちゃ怖かったと評判でして。 
 私は相変わらず、なーんにも感じなかったんですけど、なーんか、集まってきたようでして。

 あの「かぐや姫のファイナルコンサート」の録音テープに入っている、「私にも聞かせろ」という、幽霊の音声(ホンマモンでっせ。逆再生しても音質変わらん!)で、まずはお客さんにゾゾゾッと震えてもろうて・・・
 台本なしのガチ怪談。
 「八甲田山」で本に書けなかったエピソード教えて、というお客さんの要望により、久々に「八甲田山」を一席。プラス、書けなかったエピソードとその後日談を。この話したらヤバいんやけど。えっ? 録画中のビデオが止まったって?
 高橋氏からは、「UFO」に関する話が聞きたいというリクエスト。なので、「エリア51」に行ったきり、行方不明になったある人の話を。
 これも恐ろしい話ですわ。ホンマの話でっせ。

 高橋氏は大学時代の体験談を。
 これが変わった話でして、みんながソレ、幽霊やと知らずにイジメちゃう話。
 でも、これがゾッと怖くなる・・・
 2時間、あっという間に終わったんです。
 こっちの体感では、1時間ほどしかしゃべってない。
 それほど、ノッた怪談トークでしたんやな。

 続いて、その高橋氏と高虎氏との三味線とピアノのデュオ。
 津軽三味線とピアノ・・・本来、あまり合わないはずのこの2つの楽器がピッタリ!
 お2人とも、トークをしたらエロいおっさん(失礼!)やのに、演奏に入ったらカッコええ!
 「スメラギ(天皇)」
 よかったですわ。

 イベント終わりは、お客さんと交流会。でも残念なことにお客さん少なめ。
 血まみれ姐さんも、「この後、中山先生と交流会だぜ、参加しろよ! イエーイ!」てなことを言い残してドロン! その帰り際の言葉が、
 「鳩山家って、フリーメーソン?」
 やっぱりヘン。
 ・・・
 高虎さんたちとは、3時頃まで、飲みながらオカルト世界の裏話を!
 ほんまは最近やらなくなった「TVタックル・超常現象あるないバトル」の裏話やったんですけど。

 ほーんま、楽しい怪談会でした!

  

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2009年08月07日

8/5の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 遅まきながら、5日(水)の作劇ゼミの報告です。

 16日から、塾生たちと合宿に行くことになりました。
 もちろん合宿の企画、運営はすべて塾生に任せてあるのですが、伊勢に行きたいということで、その合宿がよりミステリアスでアカデミックで、オカルティズムに溢れる素敵な旅になるように、伊勢神宮の謎についての講義をしました。

 思えば、小学、中学、高校の修学旅行で寺や神社に行くことの、まあつまらなかったこと! 東京で浅草寺や明治神宮に行くよりは、後楽園球場で巨人戦が観たかったし、奈良・京都の社寺巡りは、非常につまらんものでした。
 神社? 寺? ちぇっ、ジジくさ! てなもの。
 つまり、神社ってなに? という基礎的な知識も疑問もなかったわけですな。学校の先生の説明も退屈なものでしたし。
 
 しかし、今は神社は日本の古代史と天皇の謎を解く鍵であり、鬼や妖怪、風水、占い、それに祭祀や神のルーツや痕跡を探る物証であったりもするのです! 神社巡りは今や私の趣味であり、生き甲斐にまでなってしまいました。神社探索はオモロい!
 この神社というもの、日本全国どこの村や町にも必ず存在していて、氏神のお祭り(お神輿担ぐアレね。天神祭も、祇園祭も、田舎の夏祭り、秋祭りも全部神社の氏神様のお祭りなんでっせ)があります。
 その神社の総本山、一の宮が、伊勢神宮というわけです。
 とりわけ、日本の古代と天皇の謎は、ここにかかってきます。

 その伊勢神宮、実はわからんことだらけなんです。
 
 一般に伝えられている、あるいはガイドさんが説明してくれる伊勢神宮とは、凡そこのようなことです。

 伊勢神宮は、皇大神宮(内宮・ないぐう)、豊受大神宮(外宮・げぐう)と、その敷地内にある123社の宮、社の総称であります。
 内宮は、天皇の祖神・天照大御神が祀られます。
 垂仁天皇の頃、倭姫命が天照を鎮座する地を求めて旅をし、現在の五十鈴川のふもとに創設されたのです。
 外宮は、「止湯気(とゆけ)宮儀式帳」によれば、雄略天皇の頃、丹波(京都府北部)の比治真名井より移された、食物の神様、だと言います。天照のための食事を用意する神様です。この神、豊受は全国にある稲荷神社の源神です。
 神宮は、だいたい4〜5世紀に創建された、と言われています。
 本殿は20年ごとにまったく同じ形で立て直される神宮式還宮がなされます。これは社の清浄さを保ち、また、掘立柱式建築としての耐用年数からなります。
 古代には天皇、皇后、皇太子以外の奉幣は禁止されていたことがあり、明治になって国家神道の頂点に位置づけられました・・・

 てなこと言っても、普通はチンプンカンプンで、まあ私には関係ないし、となっちゃいそうですね。
 しかし、ですよ!

 作家の卵なら、推測推理すべき謎のキーワードが、ここには多数存在しているのです!

 よく言われることが、内宮と外宮は5キロほど離れていて、その間を繋ぐ参道には、数百本の石灯籠が建てられているんですが、歩いていたら気がつきませんが、バスに乗っていたらそれはハッキリ見える・・・そこには天皇家の菊の御紋とともに、ダビデの紋が彫り込まれているわけです。
 ホンマにあります。見れます。

 ただし、今年4月頃から撤去されはじめ、12年度までに「神宮環境振興会」によって、全部立て替えられるそうです。ダビデ紋はおそらく消える?

 さて、現在の石灯籠。菊の御紋はわかります。天皇の祖神が祀られているわけですから。しかし、ダビデ紋はなぜに?
 ダビデ紋とは六芒星のことで、これはユダヤ人の象徴です。現イスラエル共和国の国旗にも、このダビデ紋が描かれます。
 そこで、オカルト好事家は言います。
 「つまり、天皇家はユダヤに関係してくる。ソロモン、ダビデの末裔こそは天皇だ!」
 しかし、まともな人は「んなバカな!」と取り合いません。
 「『ムー』の読み過ぎと違うか?」ってね。
 で、ある人は言います。あれは昭和34年に現天皇と美智子妃殿下がご成婚なされたときに寄贈されたもので、それ以前の天皇家の歴史とはなんの関係もない。
 あれはご成婚を祝する米国の星印、つまり日米友好の印である・・・
 あれは内宮、外宮、それに別宮の伊雑宮の三宮を結ぶ、太陽、月、星のイメージとしての六芒星である・・・。
 あれは石灯籠を彫った石材店の家紋だ・・・。
 神宮側の正式なパンフレットにも書かれていました。「石灯籠はもともと伊勢神宮奉賛会が勝手に寄贈したものなので、神宮とは関係のないものです・・・」
 ただし、参道は道路になっていて三重県知事、伊勢市長から許可をとっていることは確かなことらしいですな。

 米国の星印、というのはあり得ない。星条旗の星のことを言いたいのでしょうけど、星条旗の星はペンタグラム=五芒星/伊勢にあるのはヘキサグラム=六芒星。それに日米友好が伊勢の参道に、というのもねえ。
 石材店の家紋も違うようです。あれは確か西宮市のK石材店が彫ったものだそうですが、石材店側は「奉賛会からの注文だった」と証言しています。だいたい、いち石材店が天皇家の紋章の下に、自らの家紋なんて彫りますか? しかもその家紋が六芒星て!

 では?
 真相はよくわかりません。ただ、神宮が天皇と日本の謎を解くキーワードである限り、この六芒星になんの意味もない、はずがありません。
 私は、この本殿は20年ごとに還宮する、というもうひとつの謎が、ここに関係してくるように思うのです。本殿を建てて、20年後に隣の敷地に立て直し、また20年経つと元の敷地に立て直し・・・つまり、本殿は20年ごとに移動しているわけです。
 移動する神社?

 実は太古の昔、神宮は各地を転々と移動していたのです。
 奈良県三輪山付近の笠縫邑を最初として、丹波の吉佐宮、大和の伊豆加志本宮・・・15番目が尾張・中島宮、21番目が伊勢・伊雑宮、そして25番目の順幸地、伊勢・五十鈴宮が、現神宮。
 このように、伊勢の神は太古においては移動しては宮を建て、また移動して宮を建て、ということを繰り返していたんです。で、その移動跡というのが一部、今も元伊勢神宮として残っているわけです。私が『捜聖記』の中に登場させた、丹波の篭神社というのが、吉佐宮です。篭神社は長らく正史学界からは無視され続けていた神社で、元伊勢は「篭神社の社格をあげるための虚偽に違いない」と学界から言われてきました。なぜなら篭神社の主張は、『日本書紀』『古事記』と矛盾するんです。そして今は偽善と烙印を押された『先代旧事本記』に合致しているんです。私は『先代〜』は無視してはならない重要文献だと思っているんですけど。
 ところが、篭神社には日本最古の系図が存在していて、これが国宝に認定されたり、もともと宮内に祀ってあったオキツ鏡は、2050年前のものと鑑定されたりして、その歴史は伊勢神宮より古いことが確実となったわけです。
 で、ここの奥院が真名井神社で、実は外宮の神・豊受大神はここに降臨したらしい。
 その神の名前を彫り込んだ石碑に、なんと六芒星が掘られてあった(現在は消去)のです。一体これは?

 さっそく篭神社の宮司さんにお話を伺ったところ、なんとこの六芒星は!

 「実はあれは、■■■■■■■■■■■■でして、それは■■■■■■■■■なのです。■■■■■■■■■■■■・・・」

 つまり、この衝撃的内容は、塾生たちだけの特権ということで。

 でもちょっとヒント。
 篭神社の参道は、あの日本三景のひとつ、天橋立なのです。
 天橋立は、モーゼが割った海を、太古の渡来人は観なかったのでしょうか?
 宮司の海部(あまべ)さんは、神社創始以来、ずっと代々宮司を継いでいらっしゃるのですが、海部とは海(あま)であり、天(あま)である。つまり海の向こうからいた渡来人である、とはっきりおっしゃったのです。
 つまり、伊勢の神は渡来人であると?
 現に、丹後半島は実際、紀元前2、3世紀の渡来人遺跡の宝庫ですしね!

 話を元に戻して・・・移動式の神社というのは、まさにモーゼに率いられたイスラエル人たちの幕屋というものに酷似しているんです。彼らは砂漠を移動しながら、神輿に似た神との契約の箱(『レイダース/失われたアーク』に出てきたモーゼの箱のことです)を置くための建物を建てては、一時そこに村を作って住み、しばらくして神の約束された地を求めて、また移動し・・・ということを400年間繰り返していたのです。この幕屋の形態が、日本の神社の形態、神官の服装、祭祀の仕方がほとんど同じだ、と指摘したのは、明治初期に日本にあってきた、スコットランドの商人、マックレオドという人でした。
 日本と古代のユダヤ人たちが、太古は祖を同じとする民族、日ユ同祖説が、ここから始まります。ところがこの説が、天皇のもとに戦争を起こそうとする軍や一部政府高官やキリスト教を信じる大学教授らに利用されてしまう・・・

 と、そういうことを書いていたら、キリがありませんな。
 
 ともかく、この日の授業は、篭神社、真名井神社、海部氏(篭神社の宮司一族です)、丹後半島、海、星、東の方向、フェニキア、ソロモン神殿、契約の箱、脱エジプト、モーゼ、過ぎ越しの祭り、古代エジプト王朝、太陽を象徴する王家・・・と遡って、私なりの見解を解説しました。
 つまり伊勢神宮の石灯籠の六芒星は、伊勢神宮の謎を解けと、問いかけている、と私には思えてならないのです。

 以前私が出版した『捜聖記』と現在、新作を執筆しながら発見したさまざまな事象、文献、証言などを併せた、これは新説であります。まあ、作家としてのイマジネーション、推理、理論の構築、正規に対する反証、として聞いてもいいと塾生には言いましたけど。
 しかし、塾生たちも映画の『十戒』も『レイダース/失われたアーク』も観ていないというのでは話にならん。合宿に行く前に観ておきましょう。

 今度の伊勢の旅が終わった頃には、鳥居をみたら思わず入りたくなるほど、神社に興味が湧くこと請け合います! それにね、日本の風景がいかように変わろうとも、古い神社は千何百年も変わらず、ずっとそこにあったのですから。

 えっ?
 お前が披露した説は、トンデモではないかって?

 トンデモない!


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2009年08月06日

塾長ブログの更新は明日になります

菅野秀晃です。

本日更新予定の中山市朗ブログは、塾長の多忙により明日の更新となります。
塾長がNHKへ「最恐! 怪談夜話」の収録に訪れた際に撮影した写真をアップしておきます。

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クリックで拡大



左から、
佐野史郎さん
荒俣宏さん 
塾長 
加門七海さん 
安曇潤平さん 
東雅夫さん


です。

「最恐! 怪談夜話」の放送予定日は、

8月22日 
23時〜24時29分 
NHK-BS2

となっております。




塾長が不在ということなので、せっかくですから今回は中山市朗塾長のこぼれ話を紹介。

塾長は普段からカラオケが嫌いだと仰っているのですが、数年前に私(スガノ)と大滝哲雄氏、そして塾長の3人で、とあるスナックに行ったときのこと。

大滝哲雄氏にマイクを勧められた塾長は、「スーダラ節」を大熱唱していました。
その表情の嬉しそうなこと。
文字通り、満面の笑みです。

店の人たちも「こ、これはすごい歌唱力だ!」と驚いて、一杯サービスしていただきました。

その後、私も長渕剛を熱唱したのですが、塾長はハイテンションで手拍子を送ってくるではありませんか。

それだけではなく、塾長の書斎でパンツァーリートを小一時間ほど一緒に熱唱したこともあります。
このときのマイクは、空になったウィスキーのボトルでした。

実は意外とカラオケがお好きなのでは?
と最近疑っています。

もしかしたら、こっそりとカラオケに通っている・・・わけはないですね。
失礼しました。

水曜日の授業の様子は、明日の昼ごろ更新予定です。
ご期待ください。


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2009年08月05日

「最恐! 怪談夜話」の収録へ!

 中山市朗です。

 何度かこのブログで東阪企画の山本さんが、テレビの怪談特番の企画のため、何度か塾に来られたこと(正確には私に相談に来られた)を書きましたが、情報解禁となりましたので、その番組について発表いたします!

 といっても、もうお気づきの方もおられましょうが。

 8月22日 23時〜24時29分 NHK-BS2 放送予定
 『最恐! 怪談夜話』

 であります!
 NHK-BSでっせ!
 実はNHK開局以来、怪談番組を制作するのは初めてのことなのです!
 しかも90分枠!
 民放では2時間スペシャルに相当します。CMをカットすれば、だいたい90分弱ですからな。しかもCMなしのノンストップ怪談の放送!
 こんなことも、日本放送史上初めてのことではないでしょうか?

 思えばちょうど1年前。
 怪談の間、怪談の宴、プラネタリウム・怪談ナイトと、3日連続の私の出演する怪談会の3つともに、わざわざ東京から見に来られた山本さんと知り合い、「こういう怪談をぜひテレビでやってみたいですねぇ」と夢を語り合ったことが、こういう形で現実となったわけです。
 山本さんは、民放にも営業をかけたようですが、すべてボツ。で、一番可能性が薄いだろうと思われていたNHKが、この企画に乗ったというわけです。
 とにかく怪談史上に残る番組の1本となることは、間違いないでしょう!

 で、その収録が4日に、東京のNHKスタジオで行なわれたわけです。
 山本さんの許可のもと、塾生たちも8人ほどがギャラリーとして見学。
 私としては、すごく楽しい収録でした。

 出演メンバーを紹介しましょう。
 司会 荒俣宏  (作家、博物研究家)
    佐野史郎 (俳優)
 総合司会 中川緑アナウンサー 

 中川さんには「ブログ読んでいます。読み物みたいで、とっても面白いです」と声をかけてくださいました。いやぁ、どうも・・・。

 怪談語り師 つまみ枝豆(タレント)
       中澤裕子 (タレント・元モー娘。リーダー)
       安曇潤平 (山岳怪談作家)
       加門七海 (ホラー作家)
       東雅夫  (『幽』編集長)
       そして私、怪異蒐集家・中山市朗

 ちょっとビックリなのは、中澤裕子さんの怪談?
 実は山本さんが、いろいろ怪談を語れるタレントさんを捜していたら、「モー娘。の初期の頃がすごかったらしいよ」という話を聞いて、中澤さんに連絡とって聞いてみると、「実はあるんです」ということに。わけあって封印していた怪談が、はじめてこの番組で解き明かされます!
 枝豆さんは、しょこたんの『溜池NOW』でご一緒させていただいて、2年ぶりだったのですが、それ以来ちょっとヤバいことがあって、当日までの2年間、怪談番組への出演は控えていたそうです。なにがあったのでしょうか? 本人からそのワケを聞きましたが、ここでは書きません!

 NHK初の怪談番組ということで、NHKのスタッフたちも期待と緊張が尋常ではないようでした。「怪談だけで番組もつの?」とやや懐疑的なプロデューサーもおられたようですが、ひとり別室でモニターを見ていて、恐くなってスタジオに降りてこられ、盛んに肩の辺りを気にしてはりました。
 私は、番組のトリという大役を努めさせていただきました。
 完全に山本さんの趣味です。
 番組、ぜひご覧ください。

 8月22日・・・って、「殴り込み」のイベントの日やん!
 あっ、録画したらええか。


 特典ブログ
 荒俣宏・プチ怪談

 荒俣さんとは、6、7年前に、青森県下北半島で「怪談之怪」+「世界妖怪会議」の合同イベントをやったときにも、ご一緒させていただいたことがありまして。

 イベント前日、スタッフも出演者ももう現地のホテルに入っていたわけですが、荒俣さんが遅れているという報せ。やっと真夜中にタクシーが到着して、荒俣先生が意気揚々と入られて、遅い食事を悠々と。
 と、スタッフがひそひそと話をしているんです。
 「タクシーの運転手さんから聞いたんだけど、荒俣先生が急に『恐山に行ってくれ』と言うたので、『お客さん、もう夜遅いし、山は真っ暗だから堪忍してください』と言ったのですが、『そこをなんとか』となおも頼まれるので、仕方なく行った。恐山に着くと、運転手一人残して、荒俣先生は漆黒の恐山の中、懐中電灯も持たずに消えていった・・・。残された運転手さん、恐くて恐くて一人震えながら、荒俣先生が帰ってこられるのを待っていたらしいよ。そしたら、やがて戻ってきた先生が、『あーっ、見た見た、満足した』だって・・・」 
 あの漆黒(ほんまに漆黒です!)の、しかも恐山にたった一人で探索するとは、さすが荒俣宏! と思っていたのですが、あの話は本当だったのかと疑いもあったんです。
 真夜中の、漆黒の闇の、恐山を、懐中電灯なしに、一人で登るんですよ!
 これ、常人にはできません。
 究極の肝試し、ですやん。

 で、この日、荒俣さんにそのことを問いただしました。
 
 中山「・・・あの話、本当なんですか?」
 荒俣「いやあ、恐山は憧れの山でしたので、あれで夢が叶ったんです」  
 中山「懐中電灯はお持ちだったんですか?」
 荒俣「ありませんよ、そんなもの」
 中山「じゃあ、真っ暗で何も見えないじゃないですか!」
 荒俣「見えませんよねぇ、でもそれがいいんです。恐山ですから」
 中山「一人残された運転手さん、下で震えていたらしいですよ」
 荒俣「そうですか、アッハッハ!」
 中山「あの、怖くないんですか?」
 荒俣「そりゃあ、怖いですよ。なんせね、闇の恐山にある何百という風車が、風もないのにみんな回っているんです。くるくるくるくると。それが闇になぜか見える! わあ、怖いなあと」

 そう語る荒俣さんの嬉しそうな顔が、なんか私は恐ろしかったのです。


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kaidanyawa at 23:07|PermalinkComments(14)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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