2009年12月

2009年12月29日

明日に向かって斬れ

 中山市朗です。

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こちらがブルーレイ。画質は文句なし。こんなものが我がモノにできるとは!
なんという世の中だ!






 黒澤明監督の『用心棒』。

 ‖膤悗虜◆▲侫献謄譽啖呂如▲痢璽ット、ノートリミングで放送。死んでも録画するぞ、とベータで録画して、テープがボロボロになるまで何度も何度も鑑賞。

 続いて東宝ビデオからソフトが。確か1本2万円。それでも『用心棒』が手に入るなら安い! と購入。

 LD(レーザーディスク)のプレーヤーを購入。しばらくして東宝よりLDソフトが発売。ビデオより画質がよく、ジャケットもカッコ良かったので購入。

 LD黒澤全集が発売。当然『用心棒』を含む全巻購入。画質多少良かったか。
 
 イ發辰箸いげ莠舛粘僂燭て、輸入版DVDを購入。ヨーロッパ製。

 ζ本で「黒澤明・ザ・マスターズワークス」としてDVD全集が発売。もちろん全巻購入。あー、もうこれで満足か、と思っていたらハイビジョンの威力を知る。

 日本映画専門チャンネルでハイビジョン放送。もちろんD-VHSで録画。しかし、右端のロゴが気になる。

 ┐弔い法▲屮襦璽譽い嚢澤全集発売! 『用心棒』のこれが最終盤?


 『2001年宇宙の旅』とともに、出るたびに購入している映画であります!

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東宝より発売されたDVD。
ブルーレイにはなぜか入らなかった特典映像があるので手放せない。







 高校のとき、美術大学に進むことだけを考えていたんです。祖父は日本画家でしたんや。
 で、私は勉強がま〜ったくダメで、絵だけは及第点よりやや上。
 だから春や夏休みには大阪の某美術専門学校に通っていたんです。田舎は兵庫県但馬地方なんで、大阪の宿舎に泊まっての受験勉強みたいなもの。ところが、絵を描くより映画が好きやったんですな。全然学校行かんと、映画館に通っていたんです。
 ある日、梅田の三番街シネマで、オールナイトで観たのが『隠し砦の三悪人』『用心棒』『椿三十郎』の三本立て。これで人生変わりました!
 もちろん黒澤監督のことは知っていました。姫路の映画館で観て腰を抜かした『七人の侍』と、当時はよくわからんかったけど、汗と太陽とのギラギラした印象と、京マチ子の表情がゾッとするほど美しかったNHK教育テレビで観た『羅生門』の監督。だから観に行ったんですけど。
 そして『用心棒』に驚いた!

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昭和36年日本公開時の貴重なパンフレット。
三船VS仲代の対談が載っている。
森繁の社長シリーズの最高傑作『社長道中記』との併映だった。





 モノクロの東宝スコープのタイトルと共に、奇妙な打楽器(後で調べるとティンパニーとボンゴだった)が打ち鳴らされるんです。なんだこの音は!
 で、スコープ画面の向こうに雪をうっすらと被った山峰が映し出されたかと思うと、のっそりと一人の浪人がフレームインする。それが後ろ姿で、ゆらゆら歩くんです。カメラはその浪人をバストアップくらいで、後ろ姿をフォローしていく。音楽はもう重低音のトランペットを先頭に、金管楽器がいっぱいに鳴り響く。調和の取れたような、どこか外れているような、バーバリズムというか、それが魅力的なんです。音楽は佐藤勝です。

yojinbo_santoraサントラCD。黒澤明映画音楽完全盤。上中下の3BOXとして黒澤映画の未使用音源含む全サントラ音源を網羅したもの。『用心棒』編。ネットの通販と、今は店舗がなくなったすみや渋谷店のみしか買えなかった。日本唯一の映画音楽のみを専門とした作曲家、佐藤勝の最高傑作。



yojinbo_recodeこちらは'62年アメリカ公開時に、アメリカMGMのみで発売されたサントラLP。大阪の中古レコード店で8000円にて購入。以後にも以前にも、実物は見たことがない貴重盤。
日本ではサントラ盤は出なかった。



 で、画面の浪人、汚いんです。着物はアカでテカテカ。破れているし、ほつれているし、その髪の毛も月代も剃らず、ぼうぼうで髪の毛もほつれていて。ノミかシラミでもいるのか、浪人はあちこちを掻いたり、肩を揺らしたり。これが三船敏郎。汚いのにカッコええんです。画面から昔のお年寄りが着ていた着物の、独特の古着の匂いが漂い出てきそうなリアルな画面。もうそれだけで私は参ってしもうたんです。
 だってそうでしょ?
 それまで時代劇で観てきた浪人は、キレイでしたから。しかし浪人でっせ。おそらく着物は季節を問わず着たきり、洗濯なんてできへんし。で、ロングショットになると、この浪人、袴をはいている。
 鞍馬天狗も丹下左膳も机龍之介も、テレビで観る浪人も(祖父がわりとテレビで時代劇を観ていたもので・・・)退屈のお殿様だって、着流しだった。『三匹の侍』の加藤剛(丹波哲郎じゃなかったと思う)や長門勇は袴を履いていたけど、これは『三匹の侍』そのものが、『用心棒』から生まれたものだったんですな。それが観ていて瞬時に分かった。

 で、主人公の浪人が袴を履くということが、映画にアクション改革をもたらしたんですよ。それはスピード!
 これは続編の『椿三十郎』で顕著となるのですが、ダダッと突っ走ってきて、そのままの動作でバサバサッと相手を斬る。一挙動が可能になった。着流しだと、そんなに走れない。派手に動くと褌がひらひら。まあそれがバンツマやアラカンの色気でもあったのですが・・・。いや、バンツマは豪快でアラカンはシャープな切れ味。それは魅力あるんですけど、袴は映像自体にバーバリズムをもたらした。で、斬ったときにバサッ、ドバッと音がする。腕が吹っ飛ぶ。血が飛び出る。おまけに仲代達矢扮する卯之助というヤクザは着流しで、その下にピストルを仕込んでいて、「これを見な!」と言ったかと思うと、ドキューン!
 
 スピード! バイオレンス! 音!

 今は当たり前にアクション映画に使われている技法ですが、これを初めてやったのが『用心棒』やったんです。
 それまでチャンバラは、舞踊のひとつ、型のひとつで決まりごとがあったんです。
 西部劇も、撃たれて血しぶきは飛ばなかった。
 しかし、黒澤監督は本味の刀を抜いたら、死ぬ、ということを表現した。
 だから肉骨が斬られ、砕かれる音がして、血が流出するわけです。誰も着られるのを待っているかのような動作はしないし、主人公も人を斬るときの目はギロリと表情を変えるんですな。命が刀にかかる。チャンバラではない、人殺しの表現。
 
 三船の浪人は、たまたま立ち寄った宿場町に逗留して、一つの町であい争う二つのヤクザに挑発をしかけるんですが、ここに正義とか悪もないんです。腕を買われて接待を受けながら名前を聞かれると、表に広がる桑畑を見て「俺の名は・・・桑畑三十郎、もうそろそろ四十郎だがな」と言う三船の浪人が、だいたい正体がわからない。しかし、カメラはずっと浪人にはりついている上に、ヤクザたちがあまりに滑稽で下劣なキャラクターとして描かれているので、このユニークな言動を起こす主人公に、いつの間にやら観客は感情移入してしまっています。台詞がまた粋でしてね。
 加東大介の扮するキャラクターのまゆげは、一本にくっついてるし、ジャイアント馬場に似ている(羅生門という役者さん)背の高いキャラクターは、デッカイ木槌みたいなものを振り上げているし、女郎屋の女将さんは、ガミガミといつも怒ってるし、女郎たちは全員ブサイクな化粧をしていて全然色気がない。喜劇なんですな、これは。
 そーいや、無精ひげのヒーローも、今までなかった。クリント・イーストウッドの無精ひげのキャラクターは、間違いなくこの浪人からきたもの。彼が有名になったセルジオ・レオーネ監督の『荒野の用心棒』からして、『用心棒』のパクリでしたから。

 とにかく、どす黒い宿場町で起こるヤクザの抗争に、三十郎が絡み、最後は血と死体の累々と重なる死の町と化した宿場町をあとに、三十郎は意気揚々と去っていく。
 この脚本をヘタな監督がやれば、面白いけど意味不明で、下品な本当に汚い映像になってしまうと思うんですけど、下品にも汚い映像にもならず、むしろグレック・トーランドのような美しいモノクロームの世界を再現したんです。町は砂埃がたっているし、三十郎が居続ける酒屋なんて、柱は傷だらけで壁土は落ちている。そんな中で汚い格好をしている三船がいる。司葉子、山田五十鈴という大女優も出ていますが、基本的に美しい女も出てこない。だけどその映像は本当に美しく、魅力有る映画に仕上がっているんです。
 もちろん、その要因のひとつには、三船という素晴らしい被写体にもあるんでしょうが、これは演出と撮影と照明、美術、衣装などが、まさにプロ中のプロの仕事をしたというべきでしょう。悪役のヤクザたちでさえ、歌舞伎役者の絵から抜け出たような
顔をしていますもん。役者にゲスなきゃらクターを思いっきりゲスに演じさせながら、映像の美しさは第一級。ちょっとこんな映画は日本には類を見ません。世界でも稀か。
 その最後の決闘は、その予告編にある「刀か、ピストルか!」
 望遠レンズでとらえた三船の動きが、フラフラと左右の動きが強調されて、つまり全体的な肉体の動きが、よりクローズアップするように撮られているんです。「あんまりこっちへ寄るんじゃねぇ」と懐からピストルを出す卯之助。その言葉にニヤリと
笑みを浮かべ、その足を早める三十郎。サッと横へ流れる。ドキューン! 銃声が轟く!

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こちらは私が三番街キネマから持って帰ってきたチラシ。
このチラシが私の運命を変えた!








 劇画です!
 劇画といえば、さいとうたかを、ですが、彼にして「『用心棒』は今までマニアとして数多く観た映画のなかでも、文句無くナンバー1」と言いますが、うなずけます。ちなみに『用心棒』のセカンドカメラとして、望遠レンズのカメラを担当したのが斉藤孝雄さん。次作『椿三十郎』から、黒澤組のメインカメラを担当することになります。

 さて、『用心棒』を観て帰り、大阪芸大のパンフレットを見ていて飛び込んだのが、映像計画学科教授、宮川一夫。
 『用心棒』のカメラマンだ!

 私の進路は、かくて決定したわけです。
 まあ、映画監督にはならなかったけど、あのまま絵画の世界へ行っても、どこかの田舎教師になっていたでしょうが、確実に作家の私もなかったでしょう。


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2009年12月28日

2009年度、作劇塾流行語大賞

 中山市朗です。

 一年というのは早いものですな。
 先日ブルーレイを購入した『用心棒』について書くのは次回として、
 26日、作劇塾の忘年会が行なわれました。

 毎年、ミナミのどこかのお店でやっていたのですが、完治していない右足粉砕骨折の私を気遣って、総務スガノくんの発案により、私の書斎で行なうことに。
 なぜか私のマンションには2基の囲炉裏がありますので、炭火焼での焼き肉大会です。業務用スーパーと、スーパー玉出で買い出しをしたら、一人2000
円で、朝まで焼き肉食べ放題! お酒も飲み放題! 肉、野菜、お酒、お茶やジュースがすごい量です。
 午後7時以降、朝までやっているということで、都合のついた時間に参加できるというメリットもつきました。終わったら、部屋綺麗にしといてね。
 あっ、カーペットに酒こぼしやがった!

 塾生たちの8割が参加、それにマンガ家で我が塾講師の中島宏幸先生、元教え子でライターの堤谷くん、それに関西陣にも参加していただいている某出版社の編集さん、それにミュージシャンの元SAVANSのお二人、一人は新しいバンドを結成して活躍中、もう一人は放送作家になりたくて、入塾を希望しているとか?
 マックス約30人。
 よお入ったなあ。

 編集さんは、「持ち込みや売り込みは多い。けど半分は無視してる」と言いながら、塾生たちと名刺交換した上、持ち込みの仕方、仕事の取り方などをアドバイス。堤谷くんや中島先生も、自分たちの体験を披露しつつ、この業界での生き残り方やマナーを伝授しておりました。こういうのは飲み会だからこその機会ですわ。やっぱり書いたものをお金いするというのは、プロとしての最低条件ですからな。私は小説家になりたいからライターはやらない、とか、マンガ家になるからイラストは・・・なんて言うてる場合やない。
 ひとつひとつ仕事をこなしてプロフィールをつくることが大切。それが信用となる。また何度も言う通り、編集さんとのやりとり、アカ修正は、もの凄い実践の勉強の場になります。
 なーんてことを、やっぱり言われていたようです。

 私は囲炉裏の火の番です。肉がおいしく焼ける火の調整、これが簡単なようで難しい。火の勢いが弱いと、なかなか焼けないし、強過ぎると焼き肉どころか、燃え肉になって、あっという間に炭になってしまいます。しかし炭火焼の肉はやっぱりうまい!

 さて、今年も塾では色々ありました。
 その色々を振り返るために、今年から塾内での流行語大賞が、スガノくんから発表されました。
 しかし、私はちょっと異論あり。
 ということで、私が選んだ作劇塾流行語大賞とは?



 5位『マシンガンお嬢』 
 ネトラジでお馴染み、A嬢についたニックネーム。一度喋り出したら止まらない。ただし、去年の後半から今年の半ばまでは、ちょっと調子を落とす。まあ、それでもネトラジではあの調子。そう言えば、ディレクターのYさんが東京から来られて、塾の飲み会に参加したとき、みんなと名刺交換しながら「マシンガンお嬢はどの子?」と。


 4位『ポンコツ』
 もともと自動車の解体を意味した言葉、あるいはボコボコに殴る、という意味なんですが、我が塾ではゲームばっかりやっていて、作品はあがらないし、本も読まない、映画も観ない、という状態のことを指します。最近、塾にまったく顔を出さなくなった某くんが、ある携帯のブログでゲームを2000時間やったと自慢していることが発覚。道理で塾に来なくなったはずや。
 彼、無職の30代半ばでっせ。ポンコツです。

 
 3位『P』
 そのままピーと呼びます。この秋、塾を去ることになったSくんのことです。彼はプロデューサーを目指していたので、Pと呼ばれていました。まあ、同姓の塾生がいたこともあってのネーミングだったのですが・・・
 「ああ、Pね」「それって、Pの仕業やろ・・・」


 2位『ゲスガノ&スガハラ』
 これは総務スガノくんのことです。飲み会などでゲスな話をするスガノくんに、いつの間にかついた名前です。男ばかりならまだいいのですが、女性のいるときにそんな話をしたら、セクハラにならへんか?
 ある塾生(女)の証言「エロい話だったらまだいいんですけど、ゲスな話はやめてほしいですね」
 別の塾生(女)の証言「スガノさん、最低ですね」

 
 1位・・・の前に、候補となった言葉を。


 『ベン・ハア』
 あの映画のことです。ふつう、ベン・ハーとイントネーションをあまりつけずに言いますが、『ベン・ハア』はアを上げて発音します。ポンコツとなった某くんの名言「ベン・ハアは観ないとダメですよ」 。でも彼は観ていなかった・・・

 『構成力』
 飲み会の買い出しや料理作りにMくんが動いてくれるのはありがたいのですが、この順番は違うやろ、ということがよくあった上に、彼の書く小説もそこが甘い。「M、構成力をつけようよ」と、よく指摘される場面が・・・

 『ニコルソン大佐』
 名作映画『戦場にかける橋』で、アレック・ギネスが扮する英軍捕虜です。春に入塾してきたN子嬢が、18歳とは思えぬ特撮や映画への造詣ぶりを披露した。それで「負ける」と思った総務スガノが言った一言、「じゃあ自分、ニコルソン大佐は知ってる?」、N子嬢「えっ、誰ですか?」
 このときの勝ち誇ったスガノの“どや顔”を私は忘れない。


 さて、第一回・2009年度作劇塾流行語大賞は。
 『14歳』


 今年の春、私がミリオン出版のS氏らと「山の牧場」へ現地取材に。このとき同行を許された塾生Kレンジャー。ところが、取材後の食事の席で、映画監督志望だと言ったKレンジャーに、S氏は次々と質問。Kレンジャーはあたふたして答えられず、「キミと話していると、14歳の少年と話をしているみたいだ」とバッサリ!
 これはネットを通じて、業界にも知られた模様。以後塾生たちは、「あいつは14歳」と笑いながらも、「じゃあ自分なら何歳って言われるのやろ」と戦々恐々する日々が続いたのでありました・・・キミは何歳?



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2009年12月26日

お綺麗なのがお好き 

 中山市朗です。

 「DVDとブルーレイ、そんなに画質違うんですか?」とよく聞かれます。
 全然ちゃいます!
 パソコンや普通のテレビモニターではわかりません。しかし50インチ以上の大画面になってくると色が違う、抜けが違う、情報量が違う。ハッキリクッキリです。
 私の学生の頃は、ビデオで映画を観るなんて、邪道やと思っていました。
 今みたいにノーカット、ノートリミング、吹き替えでないという、ビデオソフトが皆無でした。だから洋画劇場とか深夜の映画放送を録画していた時代。
 2時間放送枠で、どんな映画も94分に編集されていました。
 で、画質に大きな問題がありましたな。
 暗いところはよく見えないし、黒くなるとつぶれちゃう。白いところはとんでたり。『荒野の決闘』とか『第三の男』なんて、こんなんで観たらあかんわ、と思った。計算しつくされた映像が、さっぱりワヤですから。
 監督や撮影監督に、こら失礼やなと。

 ところがハイビジョンは、当時の撮影意図がそのまま再現されます。
 封切りの映画館で観るフィルムそのままの画質。いや、映画館で観るよりキレイかもしれません。ほんまに映画そのものが所有できる! 抱きしめられる!
 そんな時代になったんやなあ、と観るたびに私は感動しています。
 DVDはやっぱりビデオなんです。
 ハイビジョンのように、フィルムの質感を出すには、解像度としての限界があります。

 というわけで買っちゃいました。
 『黒澤明ブルーレイBOX Vol.2』
 収録作品は『一番美しく』『野良犬』『生きる』『生きものの記録』『どん底』『隠し砦の三悪人』『用心棒』の7作品。
 ほんま、LDで全部そろえて、DVDで全部そろえて、またですわ。
 で、日本映画専門チャンネルでハイビジョン録画もしているんですけど、これを買わなきゃ中山市朗ではない!
 これは好きな作家を初版本からずっと、出るたびにかっているのと同じです。

 さて、
 お芝居をやっている人は『どん底』を観るべし! 原作はゴーリキーですけど、これをめちゃくちゃ汚い、江戸の長屋の話にしてしまった。撮影に入る前、古今亭志ん生師匠にセットに来ていただいて、『粗忽長屋』を一席。出演者とスタッフに聞かせて「この世界をやるんだ」と監督はおっしゃったとか。
 『野良犬』はジャパニーズ・フィルムノワール。刑事が二人一組となって犯人を追うという『フレンチ・コネクション』や『リーサル・ウェポン』などで観られるバディ・ムービーの先駆けです。『ダーティハリー2』は、この映画が原案だと脚本家のジョン・ミリアスが何かのインタビューで言うてました。
 『一番美しく』は黒澤作品にしては珍しい女性たちが主人公。軍需工場で働く乙女たちが描かれますが、おそらく戦意高揚の国策映画として企画されたであろうものを、あくまでけなげな乙女たちの生きる様相を、ドキュメンタリータッチで撮ったところがすごい。デビュー3作目にして、黒澤監督の作家性が貫かれています。
 『生きる』はスピルバーグやハリソン・フォードが、世界の最高傑作と評した、黒澤監督のもっとも光る作品の一つ。この映画について書くと、このブログで連載をやるはめになるので、今回はちょっと。でも、ファーストシーンで市役所に陳情に来た町のおばさんたちが、延々たらいまわしされるシーンを見ていると、60年経った今も全然変わらないお役所の体質に、腹が立つやら、情けないやら、笑えるやら。
 『生きものの記録』は、『七人の侍』の次に製作されたもの。大活劇のあとに、こういう地味なのを撮るのが黒澤監督です。当時、原爆の次に水爆という核の実験が行なわれていて、その恐怖を特に日本人が深刻に受け取った頃の反核映画。前年に核実験で甦った『ゴジラ』が制作されています。老け役の三船敏郎の「死ぬのは仕方がない。だが殺されるのはまっぴらだ」という叫びが、印象に残ります。
 『隠し砦の三悪人』は、ご存知『スターウォーズ』の下敷きとなった作品。ジョージ・ルーカスは、日本で『スター・ウォーズ』が公開された頃、黒澤監督がアメリカへ来るということを聞いてビビッたそうです。マジで訴えられると思ったらしい。
 そして『用心棒』。
 これについては、特別の思い入れがあります。
 日本の時代劇、いや世界のアクション映画を一変させた、画期的映画です。

 つづく。



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2009年12月25日

12/23の小説技法 その2

 中山市朗です。

 23日の小説技法の、今度は本当に報告です。

 が、その前に(また?)。

 授業前に「へたなら寄席」を来月にして、桐の一門の落語の手見せが行なわれました。
 落語を演じる塾生たち、みんな楽しそうです。でも「塾に入る前は落語なんて聞いたこともないし、人前に出るなんて、とんでもないと思った」という人がほとんどです。
 やっぱり作家になりたいという根底の、人を楽しませる、という部分がフツフツと出てきているのでしょうか?

 私は今回、出番はナシ(正座ができませんから)で、もっぱら指南役。
 みんな一通り、落語は覚えてきていますが、笑いにならない。
 なぜ、その落語をやろうとしたのか? どこをおもしろく思ったのか? その落語の何に興味をもったのか? ということを質問します。
 キャラクター? ストーリー? 簡単そうだったから? 世界観? オチがいい?
 じゃあ、興味をもった部分を活かすための演出をしてみよう、ということです。
 ほらあ、なんかは怪談やホラーが好きということで、「ろくろ首」を選んだようなんですが、ちょっとした語り口の工夫で、ちょっと怖いシーンが再現できる。すると、そこが緊張となって、緩和の笑いの部分がクローズアップできます。
 いそろく、の「二人癖」も、「一杯飲める」が口癖の男と「つまらん」が」口癖の男が、互いにその癖を直そうや、と言いながら1000円賭けて、なんとか1000円取ろうと策を練る話。一方の男が「つまらん」を相手に言わしたいがために、あの手この手を使って、結局「一杯飲める」を言わされるわけですが、この男を楽しそうに演じないと、失敗したときの笑いが起こらないんです。緊張と緩和、ですわ。それに「一杯飲める」と「つまらん」を落語の冒頭で印象付けなければ、素人落語のこと、そのまま言葉が流れてしまうので、観客は何が話の中で展開しているのかわからなくなって、退屈してしまう。
 そういう構成力が問われるのが落語の難しいところであり、楽しいところ。でも、自分はこの落語で何を演じたいのか、どこで笑わせたいか、これも落語家さんによるので、テーマ探しに直結しているような気もします。
 ところで、かなた、は今回自作の創作落語に挑戦。
 妙な話でしたが、おもしろかった。
 今、日本(ということは世界に)に、落語作家として食べている人は二人。ここに我が塾出身の作家が二人、侵食してくる日も近い?

 「へたなら寄席」は、1月17日にワッハ上方にて催されます。
 詳しくはこちら。

 さて、ようやく合評です。
 今回は11作品。
 簡潔に復習を。
 Sさんはエッセイ風の小説。ひとりの女性の微妙に揺れ動く気持ちが描かれています。これは読んでいて気持ちのいい文体、かわいい表現、読みやすいリズムが問われる作品。Sさんには、短歌や俳句、川柳を詠んだりつくったりすることを勧める。短い文章のなかに、季節や状況、そして心情をどう入れるのか。じつは私もこの勉強、昔ある人に勧められながら若気のいたりでやらなかった・・・後悔しています。
 K島くんの活動写真をテーマにした小説は、主人公のキャラ設定が甘い、とみんなから指摘されました。新人ライターの男と先輩のカメラマンの女の関係が、なんか不自然なんですね。男と女の関係・・・ここら辺りを勉強するのが、今のところK島くんのテーマかな?
 N子さんのホラー小説は、だいぶん整理されてきて、よくなった。けど整理すればいいというものではないのが小説の難しいところ。怖いを強調しなくては。物語が進行するにつれて、だんだんと読者を怖がらせるんだ。という意識を心がけて。
 O田くんの「ヲタク戦記」は、ものすごくペースが遅い。今はもっと書いて書いて、書くしかない。それと、キャラクターたちの距離感に気をつけて。それ、物語が進行するにつれて、そこにあるのか向こうにあるのか、わかりにくい。
 T野くんのSFホラー。SFとしてはいいんだけど、ホラーの部分が効いていない。幽霊のようなモノを月面基地で見てしまった科学者の心境が、この作品のオリジナリティなのですが、まだそれが描ききれていない。怪談作品をもっと研究してみよう。
 先月から復帰のM下さん。今まで散々指摘されてきた、なぜ主人公は医者という地位を捨ててまでゲイになって父親に復讐するのか、という動機がわからない。という点がクリアになってきた。文体はテンポよく、心地よく読めます。
 Dくんの時代劇小説。いい味出していますが、間延びした感じ?
 安永六年十月・・・から始まる、江戸の深川の風景描写が長いという指摘が。私は時代劇とは、そういうことを説明されているところを読むのも味だと思うので、そこに違和感はない。ただ、その描写が後に起こる事件の伏線になっていないんですね。だから退屈に思われた。それと季節感をもっと出せば、いい足が出てくると思います。
 T田くんの小説は、日本中の作家たちが妙な格闘やサバイバルをやらされ、金儲けのために日本文化が崩壊していくという壮大なことになってきた。それは面白いんですが、本人も自覚しているとおり文体が荒い。早くラストにして決着を、と思ったんでしょうが、全部が消化不良を起こしちゃった。枚数を気にせず丁寧に。
 Y本くんのヒーローもの。うまい。テンポもよく、アクション場面も映像として浮かびます。登場人物が増えているけど気にならない。この調子で次へ。
 Hさんは久しぶりの登場。いよいよ最終章。前回、一人称で書かれていた浮気相手の妻が死ぬ描写。ビリー・ワイルダーの『サンセット大通り』の手法でいきました、と言いますが、うまくいきました。もう読んでいるだけでおぞましい。次にいってください。
 Aさんの少女向けの日本神話を題材としたファンタジー。Aさんは中高生の少女向けの作品だと言いますが、ここまできて神様をはじめ、登場人物のウブさ、幼さを懸念する声も出てきました。主人公の女の子の幼さは以前から気になって(このキャラが最近、飲み会の肴になっています。男性陣には不評ですが、それだけキャラが立っているというのは、なかなかのものです)いたのですが、神様がこれじゃあねえ、という声も。
 彼女のやろうとしている世界観はわからないでもないが、もう少し達観した視点の持ち主を出さないと、これは収集がつかなくなるかも。
 


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2009年12月24日

12/23の小説技法 その1

 中山市朗です。

 23日の作劇ゼミの報告、の前に。

 私の松葉杖生活に見かねたのか、塾生の杉山くんが特性の野菜スープを、藩金蓮さんが大量の銀シャリおむすびと、おでん、肉じゃがを差し入れてくれました。
 野菜スープは授業後の飲み会のとき、いただきました。うまかったっす。
 おむすびと肉じゃがは、たった今いただいたところ。これもうまい!
 藩金蓮さんは家庭的な人やねぇ、とブログで書くように言われたので、ここに書きました!
 いや、でもほんま助かります。

 最近、松葉杖はやっと一本で歩けるようになりました。片手が空くので、少しぐらいのものならもって歩けます。しかし何をやっても人の2倍かかっております・・・

 さて、ゼミの報告、の前に。

 先週、テーマについてみんなに語ってもらい、その重要性を認識していただいたわけですが、あれから色々質問を受けました。

 たとえば、作家は全員テーマをもっているのか?

 ひょっとしたらもっていない人もいるかもしれません。RPGのノベライズをやっている人を知っていますが「書きたいことを書かせてくれない」とボヤいていました。また、注文されたものを延々とこなす職人タイプの人もいるかもしれませんが、それでも何十冊も出版した作家さんをライブラリーとして読んだら、必ず一貫した何かがあるはずですし、何十冊も出版された、というのはそれだけ読者に支持されているわけですから、やっぱり何もないはずはありません。絶対テーマがあるはずです。でないと、それだけ書けません。

 マンガの場合、原作を描かされると聞いたが、この場合テーマってどうなるの?

 メジャー誌になればなるほど、原作と作画の分担が顕著になります。編集も含めて、4〜5人でストーリーを作ることだってあるようです。原作にも色々あって、たたき台を作るところから参加して、自分のやりたいものを加える場合もあれば、原作者から台詞の一言も変えるな、といわれる場合もあります。まずは原作者とのスタンスをどう取るか、という問題になります。やはり自分なりの主張や、これをやりたい、という意識を伝えられないと、原作者や編集さんにイニシアチブを完全に握られてしまいます。だからテーマのない人は描けといったものを延々と描き続けることになる。そういうマンガ家さんに話を聞いたら「苦痛だ」と言います。また映画やドラマの脚本も、オリジナル企画が通ることはまずありません。脚本家の福田卓郎さんは、その著書『脚本家になる方法』で、「作家より職人に近い感覚が脚本家には必要」「だがそれは、キライな作品を嫌々書くという意味ではない。与えられた作品でもその中に自分なりの興味やひっかかりを見つけて、それを膨らませて自分のものにしていく。そこに脚本家の作家性が出てくる」と書いています。この感覚を身につけないと、身につくまでにいやになって脚本家になるのを辞めていく人も多い、とか。私も放送作家をやっていましたので、よくわかります。
 自分の企画なんて通っても、反映されるのは30パーセントくらい。あとは局のプロデューサーやらスポンサーやら、製作費の問題やら、タレント事務所の政治力やら、タレントの都合やら、製作会社のスタンスやら、ディレクターの思考や技量によって、どんどん変えられていくものです。だから、私はこういうことができる、私はこういうことをやりたい、と常々プロデューサーにわかってもらうための努力はしたつもりです。

 作家は、いずれにせよ、作業、執筆そのものは、孤独なものではありますが、その作業を生み出すには、こだわりとか、人間関係なんです。sの、こだわりがテーマに近いものではないでしょうか?
 テーマがないけど、ただ作家やマンガ家になりたくて書いている人、やっぱり人間関係を構築するというのは必要なんです。また、そんな中から自然とテーマって、生まれてきそうな気もするんですけど。

 でも、前回書いたように、あんまりテーマ、テーマと悩まないこと。
 面白いもの探しをすればいいんですよ。

 で、やっとゼミの報告・・・

 ちょっと文字数使ちゃったので、それは明日。


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2009年12月17日

12/16の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 16日の作劇ゼミの報告とまいります。

 先日、マンガ家志望の塾生から某雑誌で賞と賞金をいただいた、との報告がありました。ただデビューできたわけではないが、担当さんがついたといいます。
 担当さんがつく、一歩前進です。
 でも、イコールデビューではありませんから。
 これはプロ野球で言うたら、育成枠だかドラフトだかで某球団と契約しました、という段階。一軍に上がって試合に出られるか、レギュラーをとれるか、一握りのスターの座につけるか、それとも二軍戦にでることもなくひっそりと消えるか・・・それは本人次第。いずれにしてもここからようやくスタートです。
 私がこの塾生に言ったのは、「それはおめでとう。しかしマンガ家として食っていくための武器がいるよ。デビューで終わるな」ということ。
 仮に25歳でデビューしたら、定年退職のない世界、30年、40年描き続けられるのか。
 そう考えたら大変な世界ですな。

 さて、この日のゼミは、塾生たちひとりひとりから、キミにとって作品を書くにあたってのテーマは? ということを話してもらいました。テーマがない、というときは、素直にないと言え、と。
 実はこれは作家として生きていくのに重要な要素です。これは創作活動の基盤となる考えのことで、イコール作品を書きたいという衝動と、作家性に直結する問題です。

 「テーマ? うーん」と考えて、なんやえらい難しい哲学みたいなことをとうとうと語りだす塾生もいれば、「まだ見えていません」というのもいる。「ホラーです」「SFです」「愛です」「女の子です」という単純明快なのもいます。「無自覚のヤツの目を覚ますことです」「世の中は生きていかなくてはならない。そのためには勇気と希望をもって・・・」というメッセージ色のある人もいます。

 で、ここで見えてきたことがあります。

 テーマが明確にある人は、作品を書くスピードも速く、課題も落とさない。同時に投稿用の原稿も進行させている人も明確なテーマがある人です。
 テーマがあやふやな人は、原稿が上がっても、作品が悩んでいます。あるいは作品が出たり出なかったり。方向性がわからず、したがってアドバイスも難しいし、アドバイスしたところは直っても、他で同じようなミスをする。で悩む、を繰り返している。
 テーマがない、という人は、やみくもに書いている人もいますが、成長速度が書いているわりに遅い。投稿や持込をしてもなかなか通らない。で、自分でその原因が把握できていない。作家になりたい、マンガ家になりたいの一心だけが支えです。
 作家は書きたいものがあるから結果として成り立つわけでして、ただ作家に憧れて書いているだけでは、後に悲劇に襲われます。いや、ほんま。
 塾生、特に最近入ってきた人に見られた傾向は、自分の体験から感じたことや、楽しかったことを読者に伝えたい、というのがありました。こういう人、割と多い。
 ただ、人間誰だって毎日の生活で何かを感じるわけだし、楽しいことや泣きたいことだってあるわけです。だから、そういうものを書けば、一作は確かに書けるわけです。しかし、次へ進むときには消耗しきってしまっているわけです。次が書けない。で、一作でおわり。デビュー者の8割が通る道です。

 テーマはその人の生き方にも直結します。自分にとって何が大切か、あるいは何に興味があるのか、何を主張したいのか。そこから読者に何を伝えたいのかの動機が生まれます。衝動と言いますか、そうなれば書きたくてしょうがなくなる。徹夜が続こうが平気になる。そうやって書きあがった作品は、テクニックは荒々しくても、何か伝わってくる熱いものがあります。
 テクニックの面は、その後、アカを入れて修正すればいい・・・
 作家性というのは、その辺りにありそうです。その人ならではのこだわり、思考の傾向、自己主張、性質・・・するとそれに合った文体とか言い回し、キャラ造形や世界観、展開の仕方といったものが自然と模索され、作品となっていきます。どこへ行こうとするのかが明確なので、アドバイスもしやすい。本人も軌道修正しやすい。で、その後、何作書こうが、その人の作品になっている・・・そこに共感してくれる読者がファンとなって、次の作品を楽しみに待ってくれている、これです。

 私、塾生にはよく好きな作家はライブラリーとして読め、と言うんです。
 たとえば「私、司馬遼太郎が好きです」という人がいる。「何を読んだ?」「『竜馬が行く』を読みました」ではアカン。「全部読みました」あるいは「読める限りのものは読破しています」とならないと。司馬遼太郎の作家性は、どの作品を読んでも司馬遼太郎であるところにあります。また、それだけ読まないと司馬遼太郎という人も見えてこない。それでは司馬遼太郎について語れないわけです。
 みなさんの好きな小説家、マンガ家、劇作家、映画監督などを思い出してみてください。なぜその作家が好きなのか、その作家性に惹かれるからだと思うんです。それはどんなジャンルを書こうとも、一貫したテーマがあるからです。
 かの淀川長治さんはこう言っています。
 「ジョン・フォードはどの1カットでもジョン・フォードとわかる。ヒッチコックはどの作品のどこをとってもヒッチコック・・・」
 だからテーマが大事なんです。

 テーマのない人は、どうやったらテーマができますか?
 そんな質問をたまに受けます。

 作家になるのを辞めたら? とはよう言いません。
 「とりあえず篭っとらんで、アンテナ張ったら?」と言います。色々な作品に接することも大事です。色んな人と会うのも大事です。しかし、ただ漠然としていたのでは何も得られない。作品を書きつつ、悩みつつ、作品に接する、人と会う・・・

 でも、正直に言うて、テーマってそんなに難しく頭をひねることやない。あんまり悩むとノイローゼになる。もっと肩の力を抜いて。
 マンガ家のしげの秀一さんから、私はじかにこんな言葉を聞いています。 
 「マンガ家になる秘訣ですか? それはマンガ以外に興味のあることを5つ作りましょう。それは女の子でもスピードでもなんでもいい。それをマンガにしましょう。そしたらなれます」

 やっぱり篭ってたらアカン!



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2009年12月16日

ワシのアシのチョウシ

 中山市朗です。

 えー、何度もこのブログに書いておりますように、右足の粉砕骨折により、今もリハビリに通いながら不自由な生活を送る毎日です。
 先日、今まで病院で撮ったレントゲン写真を譲ってもらってきて、一人で見ておりましたが、なんだかおもしろくて、一人で見るのはもったいなく思い、その写真の一部をここにアップしてみることにしました。

 いやー、もう笑えてしゃーないですな。


hone_0110月12日、つまり病院に担ぎ込まれたときに撮ったもの。いわゆる弁慶の泣き所あたり。折れている、というより割れている、という感じです。「粉砕骨折、えらい折れようです。全治2〜3ヶ月」
でも当人は何がなんだかわからない状態。

hone_02
10月14日、CTスキャンによるもの。
ハッキリと、粉砕しているのがわかりますな。




hone_03


横から見たら後ろの細い骨も割れています。




hone_05
後ろから見たら「わちゃー!」
どうやったら、こんな割れ方するのか不思議です。
これを骨折言うたらあかん。
割骨です!



hone_04
もう一枚。
こんなん立てるはずやおまへんわ。
そらトイレも行けんわ。




hone_06

CTスキャンの別バージョン?
えらいことになっています。





hone_07
10月21日。第一回目の手術で鉄のプレートが入り、サイボーグ化せんとするワシの足。
太い方の骨は、この日は見送り。
この骨まで手術すると大手術になってしまうそうで。


hone_08
10月28日。太い骨にもプレートが。
完全にサイボーグ化の図。
骨に穴あいてんの、わかりまっしゃろ?




hone_09これは最新のもの。12月4日のものです。
穴のくっきりした場所が薄くなってきてます。主治医が言うには「良好すぎるほどの回復。1月初旬には松葉杖、離れられるのでは?」とのこと。でもまだご覧の通り、骨には穴があいたままです。


 ワシはこんな状態ですが、塾生の管理をしている総務のスガノくんは、「誰かよこしましょうか」という心配の電話ひとつよこさず、京橋花月で爆笑していたそうです。ひどい男です。
 皆さん、怪我人はいたわりましょう!




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2009年12月11日

12/9の小説技法

 中山市朗です。

 9日(水)の合評の報告をしましょう。
 
 まず合評前にK下くんが、今書いている投稿用小説について相談をしてきた。
 いきなり廃墟と化した新宿が舞台となったアクションものなのですが、なぜ新宿が廃墟になっているのかの背景、設定がまだ明確でないので「どうしたらいいのでしょう」と言う。
 「そんなん、自分で考えろ」ですわな。
 K下くんはテロによる細菌兵器で局地的に人間が死滅したのだ、というのはどうでしょう、と言うのですが・・・?
 じゃあ新宿以外、関西や九州、北海道は機能しているの? 海外は? 主人公は廃墟で生きているわけだから、もう有害な細菌は拡散しているはずですわ。そしたら東京へドッと日本各地や韓国、中国、その他諸外国からの侵入者が大量に発生するのでは? 携帯電話をはじめとした通信もどうなっているのか? テロだとして、なぜ日本が標的にされたのか? アメリカの政府や軍はどういうことになっているのか? いや、それ以前に、日本という国が機能しているのか、していないのか・・・
 「そういうことを事前に考えて書かなあかんの違うの?」とプチ説教。話してみると彼は現実のテロについての知識がほぼ皆無で、国際情勢も語れない。おそらく武器マニアなので、こういう作品を書き始めたのだろうけど。それだけじゃあ通用せん。
 「だからな、キミは俺の講義で寝たりしてるけど、雑学はいるねん。論理的思考できる頭にせんとあかんねん」と。彼はまだ19歳だから、これから気付いていくのでしょうか?

 さて合評。

 O田くんの久々の『ヲタク戦記』。ペラ2枚じゃあどうしようもない。ただ、日本の国会で可決した児童ポルノ禁止法により、マンガや同人誌、有害雑誌と決め付けられたものが焚書されるというシーンから始まるのですが、たとえばキミはブラッドベリーの小説『華氏451度』を読んだか、トリュフォーの映画を観たか、というような話に。国家の決定により、本の所持が許されず、文字のある書籍は徹底的に焚書されるという話。O田くんは知らなかった。これ、知って書くのと知らんと書くのと、やっぱり違うはずです。やっぱり焚書のシーン、全然アマい。迫力もない。ただこういう非日常的な出来事から読者をひきつけていくという手法は正しい。まあ、もっと書くしかない。

 K島くんの活動写真をモチーフにした小説は、ちょっと話のスタイルを模索中。昔の映画が好きな彼が、なんとかそういう映画を知らない若い人たちに、特に戦前の映画の魅力を知ってもらいたい、という動機はわかるのですが。もう少し全体のバランス、キャラクターの描写を前もって考えておく必要があります。ちょっと散漫な感じがします。まあもっと悩んで、突破口を自分で切り開くしかない。

 ちょっと面白いのが、T田くんの『深川の天狗様』という小説。前回私に不評だった、学園内で決闘が行なわれるちおうラノベ調のものを破棄して、まったく違う作品を持ってきた。本格時代劇です。専門学校を含め、長い間作家志望者の原稿を見てきましたが、ファンタジー要素のある時代劇というものはありましたが、こういうスタイルのものは初めて。本人は山本周五郎のような人情モノに挑戦したいと。取材や調査が必要なものに敢えて挑戦したいと言います。現に一行書くごとに文献で調べるという大変な行為が必要だったとか。そう、そういうものに挑戦してほしい! わしゃあ、期待するで! 文体も設定も悪くありません。

 久々復帰のMさんの『俺が彼女になった理由』というコメディ調の小説。ちょっと奇想天外な仕掛けが後々出てくるアイデア満載の作品ですが、半年以上も前、いろいろ矛盾を指摘されたところを吟味し、見せ方、表現の仕方を変えてみた、と本人は言います。彼女の持ち味はテンポのいい文体と、小気味のいい展開の描写力にあります。そこは文句ありません。なぜ主人公の男が医者という地位を捨てて、女性となってゲイバーで働くのか、という動機でいつも矛盾を指摘されていました。今回は今のところその矛盾は出ていませんが、この続きではどうしてもそこをクローズアップしなければならないでしょう。彼女はこれをどうクリアしてくるのか、次回を楽しみにして、この続きを書くように指示しました。

 N子さんのホラー小説は、池がある重要な恐怖アイテムになるのですが。殺人事件があって警察が池をさらったという描写があるのですが、じゃあなんで警察は池に杯っても無事なのか、その描写で恐怖度も萎えた、という意見が出ました。アドバイスとしては、私も日本全国の霊スポットに行っていますが、その特徴は昼間はなんともないのに、夜になるとその雰囲気も空気もガラリと変える、というギャップが怖いわけです。学校の怪談なんていうのも、昼間はにぎやかでみんな机を並べて勉強しているのに、夜に忘れ物を取りに帰ると・・・というギャップですな。だからそのあたりのことを頭に入れて書くと、そこはクリアできます。不気味さもきっと描写できます。

 T田くんの日本全国の作家たちが一箇所に集められ、管理下のもと作品を書かされるという小説は、ちょっと後付の要素が色々と出てきました。それは面白いのですが、唐突間は否めない。もう最終章に入っているのだから、こうなったらさっさと書き上げて、もう一度最初から調整していくのがいいかと。全体的な構成の見直しと、後付されたものを前もって伏線にしておく作業ですな。もう少しですか・・・な?

 Yくんのヒーローものアクションは、前回指摘されたように、長い描写をスリムにしてきた。読みやすくなりました。アクションの展開もいい。あえて言うことはありません。次に進みましょう。

 Aさんの日本神話をモチーフにした恋愛ファンタジー。これも前回、ホタルの群れが主人公の目の前で飛び交う、という描写はもっとロマンティックに書けないのかと指摘したわけですが、本人は実はホタルを見たことがないのでイメージが・・・と。でも書き直してきました。まだアマい。ここの描写は、神様たちのいる世界で、今の日本とは違う、いわば古代の風景を細かく描写できるシーンであるとともに、主人公、この名前が蛍という女の子なんですが、主人公の心情を映し出す、そして何かの転機となる、需要な要となるところなんです。だからここは、なんとしてもホタルの群れのイメージが読者の頭の中に見事再現させるような描写が必要です。とはいえ、冬やしなあ、ホタルは見れない。
 『蛍の墓』を観れば? という意見も。
 アニメかあ・・・。



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2009年12月09日

中山市朗、真珠湾に特攻す

 昨日アップさせるはずの本ブログですが、手違いから本日アップさせていただきます。
 水曜日の合評の模様は、明日11日にアップいたします。

 スタッフより

****

 中山市朗です。

 昨日は12月8日、この日付で皆さんは何を思い出します?
 えっ、ジョン・レノンが死んだ日?
 まあそうですけど。
 えっ、釈迦が悟りを開いた日?
 成道会(じょうどうえ)の法要が確かに行なわれますが、これは本当なんでしょうか?
 キリストの生まれた日もどうやら12月25日というのも嘘みたいですから、まっいーか。で、アンタ仏教オタク?
 いや、私が言いたいのは。
 そう、この日は「トラ!トラ!トラ!」。
 1941年、日本海軍は航空母艦6隻を中心とした機動部隊で北方航路よりハワイへ侵攻。12月8日早朝、ついにオアフ島の真珠湾に停泊中の米太平洋艦隊を空襲いたします。これが奇襲攻撃であったため、航空隊を率いる淵田中佐から「ワレ、奇襲ニ成功セリ」の暗号伝聞「トラ・トラ・トラ!」が連合艦隊司令長官・山本五十六中将の元へもたらせます。で、
 戦果、撃沈・戦艦5 標的艦1
    大破・軽巡1 駆逐艦3
    中破・戦艦2
    小破・戦艦2 軽巡2
    破壊、及び撃墜機 約300
 
 一方日本軍の喪失は、特殊潜航艇5 艦載機29

 数字上では圧倒的な勝利で日本軍に凱歌が。
 これにより大東亜戦争(戦後教育により太平洋戦争)が太平洋にて勃発します。

toratoratora_04

先日、ついに発売された『トラ・トラ・トラ!』ブルーレイ。必見!







toratoratora_02

ボックスを開くと、これが出てきます!
一枚にアメリカ公開版と日本公開版どちらも入っています!
日本公開版がワイドスクリーンで甦るのは今回が初!




toratoratora_01

限定サントラ盤!
音楽はジェリー・ゴールドスミス。
日本の黒田節を基調にしたメインテーマ!




 この真珠湾攻撃の全貌を日米両方から描いた映画が、ディズニーの『パールハーバー』じゃなくって、1970年公開の米20世紀フォックス制作の『トラ・トラ・トラ!』であります。大傑作! そのブルーレイが出たんですよ! で、買ったんですよ!
 なんと渥美清さんが出ているシーンを含む日本上映版も、シネスコ・サイズのハイビジョンで!
 イヨッ、待ってました!
 撮影当時から、米側ではなんで米国の負け戦を描いた映画に米軍が協力せなならんのや、と米国の国会で問題になったり、日本側のシーンを監督する予定だった黒澤明監督の降板問題が起こったり、九州の芦屋浜に突如現れた実物大の戦艦長門のセットにド肝を抜いたり、色々話題になっていたようです。完成後は、興行的には米国では失敗。しかし日本やアジアでは大ヒットしました。しかし、当時のキネマ旬報のベスト10の投票を見てみると、なんと1票も投じられていません。評論家からはまったく無視されました。

 しかし私、この映画を大評価します。

 まず映画とは何かということ。
 当時の評論家がこの映画を無視した原因に、「人間が描かれていない」「空母や戦闘機のプラモデル好き用の映画である」というコメントが見られます。でも、日本が米国に対する戦争を起こさねばという時代のうねりのなかで、人間の悩みなど通用しない、と、思うんですよね。それを描きたいというのなら、山本五十六なり、誰なりの軍人か政治あるいは架空のヒーローから観た真珠湾を描けばいい。でもこの映画のテーマはそうではなくて、あくまで真珠湾作戦を日米対等の位置から歴史的に再現してみようというものです。これは演劇では不可能です。小説やドキュメントルポにはとうてい出さないリアルな真珠湾の全貌がスクリーンに展開します。
 映画とはこれです。スペクタクル。


toratoratora_03ブルーレイボックスに入っていた解説書。
この表紙はおそらく『トラ・トラ・トラ!』のシナリオと同じものと思われる。
日本側シーケンス担当の舛田利雄のインタビューにつき、『トラ・トラ・トラ!』試写のあと、山本五十六のご子息に礼を言われたそうです。




shounen_magazine_01

昭和45年発売の『少年マガジン』。
大伴昌司さん企画・構成による巻頭カラー15ページによる『トラ・トラ・トラ!』誕生の特集が組まれる!
戦艦長門のセットの上を点検している黒澤明監督の貴重なスチール写真もあります!





 実はその8年前の『史上最大の作戦』という戦争大作が全世界で公開され、これも大ヒットします。それまでの戦争映画にはないスケールで、ヨーロッパ戦線における連合軍の反攻作戦、ノルマンディ上陸作戦の全貌を、映画で再現しようとする試みで、連合軍側、フランス側、ドイツ側にそれぞれの監督をたてて、1本の劇映画にするというものでした。そしてそれまでの戦争映画では、戦闘シーンになると、戦時に実際に撮られた記録フィルムをツギハギしていたのを、全部映画のために再現したわけです。地元ノルマンディでは、撮影当時、二度目の上陸作戦が敢行されたと大騒ぎだったようです。この映画のスタイルの成功が『トラ・トラ・トラ!』という『史上最大の作戦』の太平洋戦争版ともいうべき映画の制作を決定づけたようです。
 企画したのは『史上最大の作戦』のプロデューサー、ダリル・F・ザナック。制作にはこのとき補佐をしていたエルモ・ウィリアムズがあたりました。
 CGのない時代に、当時の日本のゼロ戦や97式攻撃機、99式爆撃機に似たボディをもつ飛行機を大量に改造、戦艦長門や空母赤城の甲板の一部と戦橋も実物大の大セットで再現。この再現を命じたのが黒澤監督だったそうです。そして米海軍の全面協力、なんと米空母レキシントンのマストに日章旗があがり、日の丸航空隊の発進シーンが撮影されました。まあ、そのシーンは圧巻! その後の真珠湾攻撃シーンも本物の日の丸航空隊が真珠湾上空を飛び交い、映画ならではの大迫力を生み出します。
 この映画は真珠湾攻撃の歴史の再現性が誠に正確でもあるんです。

 真珠湾攻撃は日本軍が突然、宣戦布告もなしに攻撃してきた、としてダーティ・ジャップの烙印を押され、それまで第二次世界大戦に無関心だった米国市民が戦争に積極的に参加することになります。しかし、宣戦布告は実はなされていて、これをワシントンが隠蔽していたということをにおわすシーン。そして宣戦布告なしに先に攻撃をしかけたのは、実は米駆逐艦ウォードによる日本の特殊潜航艇に対する砲撃であったという事実もちゃんと描かれていて、これらの事実は映画が公開された当時はまだ知られていないことだったんですな。
 そして日本の軍人たちがしっかり描かれています。
 黒澤監督にかわった舛田利雄、深作欣次の両監督の手腕にもあるのでしょうが、その脚本は黒澤監督らが執筆したもので、これを変えてはならないという条件のもとで、撮影されたようです。KUROSAWAの名前はクレジットされていませんが、これは黒澤サイドからの意思でありました。南雲忠一、源田実、淵田美津雄、黒島亀人といった軍人や、当時の総理大臣・近衛文麿、それに野村大使、来栖駐米大使といった政治家、キンメルやハルゼーといった米国軍人の名前を、中学のときこの映画で知り、以後太平洋戦争に興味を抱く私を形成したのも、この映画だったのです。

 とにかく、ある歴史上の大事件をフィルムにて再現する。
 これは大変な調査と労力、巨額の費用と人員、そして日数のかかるものです。しかも敵味方の両サイドから公平にその大事件を見る。その視点をどこに置くのかも難しい問題です。それを見事に成し遂げた『トラ・トラ・トラ!』をまったく評価しなかった日本の映画評論家たちは、一体映画の何を見ていたのか!
 こういう映画こそ、ハリウッドしか成し得ないものです(一時のソビエト連邦は国家のもとに『ヨーロッパの解散』なんてモンスター級の第二次世界大戦再現映画を5部作で作り上げましたが・・・)。クリント・イーストウッドの『硫黄島』の2部作が、これに近いものでしたが、私はこういう映画をもっと期待したいものです。
 今の若い人、全然そういうことに興味もないし、知らないのですから。
 せめて映画で勉強していただきたい。

 『パールハーバー』なんて嘘八百のパッパラパー映画で感動するなんて、信じられませんわ。

kurosawa_01当時本屋で見つけてびっくりした1冊。
2001年の秋に発売されたキネ旬ムック本、『黒澤明天才の苦労の創造』
なんと、冒頭から『トラ・トラ・トラ!』の黒沢明による絵コンテをカラーで掲載。そして幻の『トラ・トラ・トラ!』のシナリオも掲載。
これは黒澤監督が撮影時に使用していた最終稿であるらしい!




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2009年12月03日

12/2の作劇ゼミ

 中山市朗です。
 いや〜あ、更新に間が空いてしまいました。
 1ヶ月入院していたツケが、今来ておりまして。

 もう12月でんねんな。
 入院中は1日がむちゃくちゃ長かったのに、退院したら1日があっちう間に過ぎております。
 さて、2日の作劇ゼミの報告です。

 先々月に数年ぶりくらいにT田くんが塾に復帰してきましたが、今月も復帰が2人。
 M下さんは半年ぶりぐらいですが、T下さんは3年ぶりくらいの復帰。
 一度入塾したら、都合で通えなくなったり、気が変わったりしても、また学びたくなったら戻ってこれるところが、ウチの特色です。一度塾を離れていろいろ見て、そして戻ってきた人は、ずいぶんとそのスタンスや、学ぶべき姿勢が変化しています。打てば響くというか。

 さて、私はまだ松葉杖なしでは行動できないので、立って講義をしたり、ホワイトボードに字を書いたりすることがまだできません。で、この日はホームルームとしました。
 ホームルーム?
 そうです。
 中学、高校であったホームルームは、学校生活の適性を図ったり、コミュニケーション能力の育成、人間関係の確立、交流、進路の選択、決定、設計などを行なう活動であったかと記憶しています。私の母校は部落問題が主な議題でしたが。
 で、作劇塾のホームルームは、クリエイターを目指すものとしての適正、各人の学習方法や悩み、進路について、ぶっちゃけ告白してみて、みんなで考えてみよう、というものです。きっと仲間のその悩みは、自分にも思い当たるものであったり、克服したものであったりします。そういう仲間のアドバイスは、ありがたいものです。まあ、仲のいい同士だと、個人的にそういう悩みは相談はしているでしょうが、こういう形にすると、色々な意見が聞けますし、あっ、アイツはそういうことを悩んでいるのか、今、そういう活動をしているのか、そんな経験をしていたのか、と発見もあります。私も飲み会の常連の塾生たちのことは、だいたいわかっているつもりですが、ほとんど膝を突き合わせたことのない塾生もいます。
 ですから、一人一人抱えている問題、悩み、考え、将来設計を私も把握しておきたいわけです。まあ、それを知るチャンスでもあります。

 様々な問題質疑が飛び交いました。
 仕事(塾生もサラリーマンやOLが多くなりました)と創作活動の比重や、時間の調整方法についての悩みが出ました。しんどいと思います。まあ、これは本気度の問題ですかねえ。今やっている仕事が生きがいだとか楽しいという人とは、おそらく塾には来ていないと思われます。そこから脱却したい、創作で食って行きたい、だから塾で学びたい。だったら人並み以上にやるしかないでしょう。どんなに今売れている作家さんでも、いきなり売れたわけではないので、サラリーマンやアルバイトをやりながら、眠い目をこすって夜中に書いていたのです。もっとも私は、それができないと自分でわかっていたので、就職どころか就活すらまったくやっていませんでしたけど。でも食っていかねばならないので、そのぶん、ずいぶんと企画書や原稿をもって持ち込んだものです。
 人見知りをするので、持ち込みや人と話すのが苦手です、という塾生もいます。
 人見知りはねぇ、誰でも最初はあるんです。これは動物の本来もつ警戒心からきているわけです。だからこれは克服していくものなんです。これについては、塾生たちも田舎から大阪に出てきて友達一人いない状況から、アルバイトや仕事をしているうちに、必要性にかられて人と話せるようになったというパターンが多いようです。

 実は私も、学生の頃は人見知りでした。映画オタクでした。でも大学卒業した途端、路頭に迷ったんです。さっき言った通り、就職していませんから、どこからも給金をもらえません。すると自分で自分を売り込むしか食っていく道はないと悟ったんです。そしたら必要にかられて、出版社や映像メーカーのおエライさんと丁々発止できるようになった。
 これ、やりだすと楽しくて仕方がない。で、今のようになりました。
 要は閉じこもっていてはいかん。人間は変われる、ということ。
 何度も言いますが、文章が書けます、こんな絵が描けます、だけでは仕事はきません。やっぱり編集さんやプロデューサー、クライアントに対しての売り込みや打ち合わせは、避けては通れません。ただし、どうしても苦手というのなら、代わりにマネージメントをしてくれる人を探すことです。復帰したT下さんは、そういうマネージメントをやってみたいと言います。であるのなら、まず塾内でコミュニケーションを図ることですな。

 これ、好きなものを書いて原稿にして、新人賞に応募して、特賞なり入選を獲る、というだけならこもって書くだけで事足りるのかもしれませんが、そこで終わっちゃう人が7、8割りとか言われる世界です。作家として続けるとなれば話は別なんです。私や他の作家さんは、編集さんとどんなやりとりをしているのか、何を要求されるのかの話を参考までにいたしました。ほとんどがおもしろエピソードになってしまいましたけど。
 ちょっと気になるのが、映像を専攻している塾生たち。映像こそは周りのテンションを上げながら、コミュニケーションで作品作りをするわけですが、ちょっと元気がないし、協調性に欠けているように思います。人のせいにしている場合やない。
 まあ、このほかにも色々な質問、悩みが飛び交いましたが、受ける塾生もそれぞれに意見をもっていて、色々なアドバイス、体験談が飛び出しました。あとは、それらを参考にして、創作活動にちゃんと邁進すること。

 授業のあとは、恒例の飲み会。
 コミュニケーションの重要性を説いたあとだけに、参加者がいつもより多め。そしてついに、私の約60日の断酒から、久しぶりにビールを。
 うまーい!
 うますぎるぅぅ!
 そして、久しぶりに有意義な意見交換がなされました。

 ここである塾生(男)に対して、早く家を出ろという話題に。
 出ろ、言うてるのは実は私なんですが。
 彼は何もしていない。何もしていないから悩む。で、しんどい。
 しんどいのはなぜだろ、と思う。で、言い訳を探す。
 そして信用をなくす。でも本人にはそういう自分が見えていない。
 つまり危機感がないんです。
 これは私の持論ですが、家にいて家賃の心配もない、食う心配もない、という環境では、クリエイターとしての一人立ちは非常に困難を伴います。しんどい目をしてまで仕事をとろういう行動に出ないんですな。やっぱり人間、食っていくために頭を使い、苦労するわけですな。そこから道は拓けるんです。ものすごいエネルギーを必要とされますからな。家にいると、まあそのうちなとかなるやろ、と動かない。
 20代はそれでもいいですけど、20代で何もしないと、本当に何もない30代になってしまいます。そうなれば40代はもうドツボ。私が山ほど見てきた本当のことです。
 


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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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