2010年02月

2010年02月27日

そして誰もいなくなるか?

 中山市朗です。

 25日付の塾総務のスガノくんのブログ、そしてそのことにすごく共感したという26日付の塾生山本くんのブログを読んで、私も涙しそうになりました。

 S藤くんという社会不適合者のマンガ家志望のクソ野郎(いや、これはスガノくんが言ってるんですよ)の悲惨な嘆きとSOS。
 私もこんな若者を山ほど見てきました。というか、私も大学卒業して、30歳でなんとか好きな道で食えるようになるまでに、大学の友人や仲間たちが、やはり同じような状態に陥り、やがてほとんどが去って行ってしまったという、同じ境遇を経験しています。

 そういえば、塾生の高田豪くんも以前2009年一月頃のブログで、マンガ家を目指して共に専門学校で学んでいた友人との、悲痛な決別を書いていましたっけ。その高田くんの友人とスガノくんの友人は今、まったく同じ状態にあります。

 スガノくんの専門学校時代の友人、S藤くん。
 もちろん私の元教え子です。よく知っています。
 彼は絵が抜群にうまくて、コマ割りが的確で、読みやすいマンガを描いていました。ただ、発想力やその世界観にパンチがない、というか若さがない。一時期、半年ほど塾にいたこともありましたが、「もう学ぶべきことは学んだ」と、意味不明の言葉を残して塾を去っていきました。
 今、おそらく孤独で悩んでいるでしょう。
 しかし孤独はイカン。
 勘違いを誰も正してはくれないし、共に夢を語り合う仲間もいない。ゴールも見えない。周りの人たちの目は冷たくなる、家族は就職しろという・・・で、そのうち自分や周囲に嫌悪感をもち、やがて憎悪に変わる。
 S藤くんは、根はいい奴なので、その憎悪が自分に向けられているんでしょうね。

 私は、このように不器用で壁にぶち当たってもがきながら夢を追い続ける大バカ野郎が大好きで、というより私がそのクソバカ野郎だったので、他人と思えないんです。
 だから塾を作ったわけです。
 卒業したら「ハイ、それまでよ」という大詐欺集団の専門学校(私が講師をしていたところでは、ですよ。他は多分違うと思いますが・・・?)と決別したのも、卒業してなんともならない(この世界、免許も資格もないわけですから)大バカ卒業生たちを9年間も見てきたからです。そこで就職でもできるといいんですが、やっぱり夢を捨てきれない不器用なバカ野郎どもは、最初は希望をもって踏ん張ろうとします。しかしその数年後、慢性の孤独というほぼ病気の状態に入ります。今さら就職もできない。キリキリ食えるだけのアルバイトかニート。世の中を見ると、このままの将来は不安。そしてそんな自分への自己嫌悪。それを支える唯一のものがクリエイターになる、という夢。でも、その夢が未だ成就していないという負い目から、共に学んだ友人たちとも会えない。合わす顔もない。そう思い込む。ましてや小説やマンガを創作するという作業は孤独なものです。だからますます孤独になる。そりゃ30歳になる頃には「死にたい」と思いますわ。

 こういうバカ野郎には「夢を語る場所」が必要なんです。
 仲間と夢を語り合い、プロの人たちと交流する。
 それが精神に健康を与え、そういう出会いが脳を活性化させるのです。自分のレベルも推し量れるし、世に出るチャンスも大きくなる。何よりも楽しいやん。
 私も20代、ずっとクソバカ野郎状態で、就職もせずに夢を追いかけていたとき、夢を語り合える友人がたった一人だけいました。その友人がいなかったら、私は今ここにいないでしょう。そして、今ここにいる自分は、好きなことだけをしているクソバカおじさんになってしまいましたが、これはもうありがたいことです。
 「俺たちは好きなことだけしている」と断言して、むちゃくちゃ楽しそうにしているこの世界のオタク的なオトナたちが、私はもうたまらなく好きなのです。好きなことを極めた人っていうのは、また知識が豊富でおもしろい。だからそれでメシが食えるわけなんですね。

 山本くんのブログで「つまんね」という言葉が出てきましたが、これもよくわかります。

 私は兵庫県の今は朝来市になっているそうですが、そこで18まで過ごしました。
 その友人たちとは全員疎遠になりました。というか、田舎の昔の友人たち「つまんね」ですもん。
 大学の頃まではまだ田舎の高校や中学の友人たちと会っていましたが、出る話は「クルマ」と「女」ばっかり。女を引っ掛けるためにいいクルマを買う。女もクルマで男を選ぶんですって・・・そんな話「つまんね」。
 一緒に飲んでて会社の話と上司の悪口、またはどこかにカワイイ娘がいるから、なんとかしたいとか・・・そんな話「つまんね」。
 また、話がえらいローカルなんですな。もう長いこと田舎に帰っていない私なんて、全然そんな話おもしろくもなんともないわけです。興味もない。
 それでも一度だけ、もうずいぶん前のことですが、高校の同窓会に出たことがありました。
 ひとりの友人につかまって「中山、金儲けの仕方教えたるわ」
 いらん、いうのに。
 で、いやいや聞かされたけど、その話「つまんね」
 てかそれ、マルチ商法やん。
 10年ほど前、高校時代のある同級生が執拗に私に電話してきて「作家やつてんねんて? すごいやん。しばらくやし会おうや!」と言うので、何度か会っているうちに、「今度の選挙○○党に入れてや。絶対やで!」としつこい。
「貴様、目当てはそれか! ○会か!」
 つまんね・・・いや、これはちょっとおもろかった。

 そんなヤツらとは話もしたくないけど、夢を語り合っている大バカ野郎の塾生たちと飲むのは楽しい。
 たまにイラつくこともありますけど。
 そして、創作の源は、やっぱり人との出会いにあるんです。
 「つまんね」人たちも、キャラクターとして充分に使えます。
 そして、今私の周りにいる人たちは、皆さんユニークで楽しい人ばかりです。これは本当にありがたいことです。

 S藤くんは、そういう人たちと交流をもつべきです。
 人と隔絶した環境にいて、人を感動させたり楽しませたり、できるはずがない。
 キミは私の教え子なんやから、そこ、わかっているはずやのにねえ。
 マンガ家なんて、一種のサービス業。
 芸術家と違うんやから。



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2010年02月25日

2/24の小説技法

 中山市朗です。

 前回のブログで、AくんとMくんの名を挙げて、一歩踏み出せ、考えている暇などないと書いたところ、この日Aくんが復帰してきました。ブログを読んで「これはイカん。確かにその通りだ」と思い切ったと言います。塾が終わったあと、Aくんは久々に飲み会に顔を出し、朝までみんなとお酒を酌み交わしながら、あまり発言をしない彼は、みんなの話に耳を傾けていました。
 一方、Mくんは塾には来ていますが、相変わらず課題は未提出。ふられたライターの仕事のあがりも一番遅いらしい。山積みにされた問題も何も解決していない。何かを改めようという気配が微塵もありません。Mくん一人の問題なら放っておけばいいんでしょうが、色々な人たちを巻き込んで、迷惑をかけてしまっているからには、彼自身が行動を起こすしかないんですが・・・
 まあ、Mくんのことはもういいか。

 24日の小説技法の報告です。

 ちょっと欠席者が目立ちます。
 もっとも高田豪くんは、この日作家の田中啓文さん、田中哲弥さん、牧野修さんたちによる作家と落語家のコラボによる「ハナシをノベる」に参加のため欠席。
 この日は高田くんが書き下ろした創作落語『タイガー・ドラマ』が月亭八天さんにより高座にかけられる上、自ら舞台に上がって対談をやるそうです。みんなで応援に行きたいところですが、水曜日の夜は塾があります。しかし、小説技法には参加していないシナリオ作家志望の寺井くんは、この会を観にいって「高田さんの落語はメチャクチャおもしろかった」とのこと。『タイガー・ドラマ』のタイガーは、阪神タイガースを指すようで、阪神ファンの高田くんらしい作品を、巨人ファンの寺井くんが聞いていて「どちらのファン心理からも共感を得る」内容だったとか。

 さて合評です。
 この合評を塾生たちはどう受け止め、何を学んでいるかの状況が『作劇座談会』にてアップされていますので、同時にごらんいただけると、より一層この授業の様子が理解していただけると思います。

 T下さんの64歳のマコトじいさんと24歳のわたしが結婚をしているという話から始まる小説。前回の指摘を受けて構成は格段によくなりました。もっとマコトじいさんについて描写してくれないと、やっぱり共感できないという意見もありましたが、私はこのままミステリアスなマコトじいさんのほうが、逆に先まで引っ張れると思います。しかもこのマコトじいさんは、ベトナム戦争と関係してくるという・・・まだそこまではいっていませんが、この先が楽しみな作品です。
 O田くんのギャグ小説は、笑わせるんだけども、人物の動きや、生活している部屋の間取り、大きさがよくわからない。自分の家のイメージで書いたと言いますが、読者はO田くんの家など知らないわけですから、そこは描写しないと。彼は落語作家志望者(もうデビューはしていますが)なので、私は彼に長編小説を期待しているわけではありません。また、彼の作風はそんなんじゃない。彼は周りに感化されてか『巨人の星』(古い!)を書こうとしているけど『天才バカボン』(やっぱり古い!)でいいんだと言うと「あっ、なるほど」と納得したようで。
 『天才バカボン』という比喩を発した時代劇マニアのK島くんの活動写真をモチーフにした小説。まだ小説家志望の主人公と、そこに現れた温子という写真家の女性との関係が希薄です。やっぱり彼は女性を描くことが照れちゃうんですかねえ。あえてセーブしている感じ。しかし読者はこの人物たちによって小説の世界に誘われているわけです。「男と女の関係を描くのが本当の小説だ」と言ったのは、彼も尊敬している司馬遼太郎さんでした。
 K田くんは、あれだけ言ってやっと原稿を修正して持ってきた。正直、普通の社会ではありえないもののオンパレードです。それは彼が狙っているんではなくて、知らないまま書いてしまっているところが大問題。いろいろ突っ込むと調べる、ということをしていない。確かに小説は虚構の世界ですが、それだけに登場人物たちが生活している基盤となる世界は、きっちりリアルに書き込む必要があります。キミ、ほんとに大学(それも一流)出てるの? と不思議になるほど彼はモノを知らない・・・きっと調べるということを怠ってきたんでしょうね。推敲しろ、という意味わかった?
 Dくんの時代劇小説。こちらは資料とにらめっこしながらの執筆。その所作、言葉遣い、生活や風俗、情景描写、小道具から地名まで、きっちりと調べているようです。それでも時代劇マニアのK島くんからは「この時代の江戸の町は・・・」と鋭い突っ込みが。でもこれが創作です。推敲を重ねるごとによくなっています。
 N子嬢のホラー小説。日常からして異常になっていく世界観だけに、そこに漂うムードのようなものは描けているのですが、怪奇現象に遭遇する場面がそのムードの中に埋没してしまっています。つまり、起こっている現象の実態が描写しきれていないのです。映画のカット割りをイメージして、何がどういう順番に起こり、そのときの主人公はどういうリアクションで、どう次につながるのか、を丁寧に書いてみる必要があります。
 新塾生のK村さんの初提出作品は、サスペンス調で始まります。そういえば、面接のとき、彼女は推理、スリラーを書きたいとのこと。ちなみに先月、有栖川有栖さんの「創作塾」の打ち上げに参加したら、怪談を書いている塾生が・・・
 それはそうと、まだペラ一枚ちょっとでは、なんともアドバイスのしようがない。とにかく量を書くことも肝心です。
 Y本くんのヒーローもの。とうとう主人公がヒーローに変身し、強敵に肉弾戦で挑みます。誰の口からも苦言もアドバイスも出ません。つまり、このまま書き続けて欲しい。先が読みたい、ということ。彼の小説はそうとう高いレベルのテクニックが存在しています。それはどうやら、彼の芝居好きからきているようです。
 T野くんのSFホラー。SFはどうも苦手という塾生も、これは面白く読めると言います。SF、つまりサイエンスに関するT野くんの博学ぶりは、最近塾内でも認知されつつあります。問題はホラーとして成り立つのか。私はちょっと説明ぽくなった二度目の超常現象を、一瞬の出来事にしたほうがいいのでは? というアドバイスを。この小説はまだまだこの先に色々展開します。その、恐怖の段階を慎重に計算しながら小説全体のバランスを考えないと、後にちょっと手詰まり状態になる可能性も。
 Hさんの不倫小説最終章。この章だけで四稿目。どうしようもなく悲しく恐ろしく、そして不毛な愛の結末が描かれます。第一章から読み直しても、意外性やいい意味での読者への裏切り、ユニークな構成、そして作者自身が色々経験を積んだんだな、と思わせるやるせない思い、世界観。一本の小説として成り立ったと思います。
 これで『花鎮めの森』、無事完成としましょう。
 いつかこの小説が、本屋さんに並んでいることを期待します。


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2010年02月18日

2/17の作劇ゼミ

 中山市朗です。
 
 ここのところ、このブログで「一歩踏み出せ」と言い続けています。
 そしてテンションを上げていこう、と。

 ある塾生のブログには、
 「正直言うと、自身も実績もないずぶの素人の状態で、『テンションを上げてほしい』と言われても、そりゃ無茶ですと言いたくなります。いくら塾長というゴジラ並みに強力な足場があったとしても、そう簡単に一歩踏み出す勇気はもてません。動かなければ自信も実績も作れない。だから動けない、だから作れない・・・これがジレンマですね」
 とありました。
 これ、わからないでもない。
 こういう世界を目指す若い人の、そしてある程度この世界の怖さを知っているなら、なおさらそう思うことでしょう。
 
 でも、最初から自信があって実績のある人というのはいません。
 誰でも最初は無名の素人で、一抹の不安を抱えているところからの出発です。まあ、中にはいやに根拠のない自信をもった若者がいたりましますけど。
 でもねえ、テンションの低い若者と話してみようと思いますか?
 ましてや、そんな人の作品をお金を出して買って読む、なんて・・・
 やっぱり一線で活躍している作家さん、マンガ家さん、映画関係者、芸能関係者、編集者の方々は、共通してテンションが高い。プロになるということは、そういう人たちと丁々発止を交える、ということです。
 というより、みんな好きなことを存分にやっている、というだけのこと。
 
 17日(水)の作劇ゼミは、そういう話をしました。
 いい参考書があります。
 『呪怨』でハリウッドで成功をおさめた清水崇監督著作による『寿恩』。帯には〜今、世界中から注目のジャパニーズホラーを代表する映画監督・清水崇のできるまで〜、とあります。5年ほど前に出版されたものです。
 清水監督は一度教室にもこられて、また私が専門学校の講師時代にもゲストとしてお呼びしたこともあって、何人かの塾生たちは清水監督と話しをしています。私も脚本家の高橋洋さんの映画美学校の教え子として紹介されて以来、彼のサクセスストーリーを見てきています。その彼が、どう一歩踏み出したのかが、ここに書かれています。
 彼がまだその映画美学校に入学する前、ドラマの助監督の仕事を人づてにやっいていた頃のこと。もちろん将来は不安で、現場では怒鳴られ、どつかれ。でも映画は好きな仕事なのでしがみつくしかない。で、こう思ったそうです。
 
 おそらく他の仕事に就いたとしても、「好きでなんとか紛れ込んだ映画の仕事に、自ら背を向けてしまった」という負い目が一生残ってしまうだろう・・・そんな負い目を感じながら他の仕事を続けることはきっと不器用な僕にはもっと辛いし、まず《やる気》をもてない・・・そんな奴に「なんの仕事もできるわけがない」と、ある決断に至った。
 それは「とにかく30になるまで考えまい」という自分への意気込みであり、気持ちの焦りを抑えて「好きなことを続ける」自分を説得し、納得させるための手段だった。
 人の、人生に対する不安や心配なんて、きっといつまで経っても、どこまでいっても消えるような代物ではない。それは誰でも同じじゃないだろうか?

 そして30になったら・・・もう一度本気で悩もう。それまで余計なことは考えまい。そう自分に言い聞かせた。
 私も同じことを20代で決意しました。この心境よくわかります。
 私の教え子たちで、絶対小説家になる、マンガ家になる、と口では言いながら、結局志半ばで「ダメだから就職します」と言って去った者がたくさんいます。彼らのうちでホントに就職できた者がどれだけいるかわかりませんが(ほとんどフリーターか契約社員のようですが)、好きなことも最後までやれない者が、どうやって、いち責任ある会社員として働けるのか。またなぜ働けると思うのかが不思議でならないわけです、私は。
 私が雇う側だとしたら、好きなことも中途半端で投げ出すような人間は、絶対に採らないでしょう。
 途中で投げ出すような若者には、ある共通点があって、それはここぞ、という一歩踏み込むチャンスをみすみす逃している、ということのように思うのです。
 野球で言えば、バッターボックスに入らない。
 バットを持って、バッターボックスに経つと、相手投手は全力で投げてきます。
 「わっ、速!」と、その球に驚くのが経験。二球目は、とにかくバットを振ってみる。全然当たらない。三球目もかすりもしない。
 この、立って相手と対決した、という経験が、完敗したとしても勝負したという多少の自信につながるし、相手のレベルもわかる。対策も練れる。あるいは・・・大変な世界に踏み入れてしまった、と後悔する。
 でも、これが一歩踏み出す、ということ。
 その世界で生きていきたいと思うなら、いずれこの勝負は挑まねばならないわけです。

 でも一歩踏み出せないでいる者は、口では大きなことを言ってもチャンスがきた途端に考え込んでしまうんです。考えるということは、きっと失敗したり、ダメになったり、それで食えるのだろうか、なんてマイナス要素をどんどん膨らませているのでしょう。すると怖気づく。不安になる。勇気が出ない・・・踏み出せない。
 それではいつまで経っても自信はもてないし、不安は募るばかり・・・。やがて辞める・・・。のような気がします。
 だから清水監督のように、「30になるまで余計なことは考えまい」というのは正しい訳です。

 30・・・そういえば私も食えるようになったのは30歳になってから。
 20代で余計なことを考えていたら、今の私は確実にない。

 すでに30代だったらどうするって?

 そういえば30代で仕事をしながら通っている塾生も増えてきました。
 社会人としての経験値は大きいものがあります。創作をそのまま商品にするという考えは、30代だからこそ理解してもらえる。うちに通っている30代の人は、「今の仕事辞めたーい」という人が多いようですから、いわば崖っぷち。うちに入って半年足らずで『ファミ通』に連載をもって、そのままさっさと卒業した武層新木朗くんのようなビジネスにする対応能力は、20代の人よりは遥かにある。だから、やっぱり一歩踏み出すことを勇気をもってやってほしいわけです。

 来週は、また東京からキングレコードや洋泉社、それに映画監督さんたちがまた大挙、塾にやってきます。そのこともこの日に告知しました。
 エネルギッシュでテンションの高い30、40代の業界人と接してみることです。絶対テンションは上がるし、こういう人たちと仕事をしたい、と思うはずだから。

 ところでこの日の講義、一歩踏み出さないと宣言したMくんや、考えすぎてテンションを下げてしまっている映像作家志望のAくんなどはお休み。Aくんなんて、悩むことより、こういう人たちと会って、顔を覚えてもらって、ラインを開くことが重要なのに、悩んで休んでしまったがうえに、その情報さえも入手できなかった。
 彼はバッターボックスに立てる場にさえ、居合わせなかった。
 悩んで、考えても、何も解決しない・・・
 そういうことです。
 だから、好きなことを、後ろ指さされようが、まっとうする。
 考えている暇などありません。

 もう一度言います。
 テンションを上げて、やっていこうぜ!


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2010年02月13日

2/10の小説技法

 中山市朗です。

 7、9日と、このブログで「一歩踏み出せ」という清水崇監督たちのメッセージと併せて、私もその勇気を、と書きました。
 そのときの例に出したMくん。
 なのに、彼はそのブログを読んでくれていなかった。
 そして総務のスガノくんに「どうするこれから?」と迫られたら、数時間も考えた挙げ句に「一歩も踏み出さない」ことを彼は宣言しました。
 なんだそれ・・・?

 一歩踏み出さない、と宣言されてしまったら、もう人を紹介したり、仕事をふったりすることはできません。こっちがとばっちりを受けちゃうし、相手にも失礼。
 Mくんはこの世界には向かない。
 でも、これでは就職も絶対にできない。
 どうする?
 もう知らん。

 それでは、気を取り直して合評。着実に目標に向かって進んでいる塾生のほうが多いんですよ、言っておきますけど。
 この日も見学者が2人。合評を見て「みなさん熱い!」と感嘆の声が!
 
 落語作家志望のO田くんのギャグ小説。相変わらず妙な世界観でもって笑わせてくれます。ただ前回指摘したようにストーリーを求める作品ではないので、そこは考えなくていい、と私はアドバイスしたのですが、どうも彼はストーリーものに挑戦してみたいようです。と、すれば全体の構成を考えないと。
 K島くんの活動写真をモチーフとした小説。前回指摘した男女の関係の説明。少しは良くなった。ある塾生からは「外見を描写せずに、部屋中に甘い柑橘系の香りがふわっと漂った、というニオイから描いたところがうまい」という意見も。それは同感。ただ、やっぱりストーリーを引っ張っていく主人公から見た、この女性キャラに対する印象度がまだまだ曖昧です。魅力のある女性みたいなんだけど・・・わからない。小説家志望の主人公の揺れ動く心の動機の部分はわかりやすくなってきたけど。
 K田くんのヒーローもの。いまさらなんですが、彼は推敲ということができないことがわかった。合評でみんなが意見を出して修正箇所を指摘すると、次の提出日にはまったく違う原稿があがってくる・・・の繰り返し。シナリオも同じ。だから彼はまったく進歩をしていません。それにこれを仕事でやられたんじゃあ、全然進まないし、打ち合わせの意味もない。合評は、自分の書きたいものをどうビジネスにしていくかを学ぶ場でもあります。次回は絶対にアカの場所を修正してくるよう、硬く硬く忠告。
 T下さんの小説。64歳のマコトじいさんと、24歳のわたしが結婚しているという設定。「なんで?」という声も。マコトじいさんの男性的魅力なり、ここに惚れた、という場所がないと、ちょっと共感できないと。でもそこを自然に流したい彼女の意図は、私にはわかる。要は構成の問題です。最初の2行で解決できる。ヒントは「我が輩は猫である。名前はまだない」。
 N子さんのホラー小説。前回指摘した「池が呼ぶ」という闇の構造がまだ充分ではありません。それに新たに書き足した部分にも不自然な描写が。今までどんどんよくなっていたのですが、ここにきて小休止?
 T野くんのSFホラー。簡素でまだ未完の月面基地で起きる怪奇な現象。まだその恐ろしいシーンまでいかない。そろそろ・・・ところで新たに登場した女性隊員がイスラム教徒という設定は、何か意図があるのでしょうか?
 Dくんの時代劇小説。ストーリー重視か、風景や情景の描写で時代劇ぽくするのか、という選択肢を前回課題とされたのですが、彼は後者でいくと断言。確かにそこに味が出てきた。ただ、時代劇マニアのK島くんからは「江戸時代には身分制度というものがある。いくら気さくな浪人とはいえ、長屋の住人が侍にそんなことをさせるだろうか。また、言葉づかいももっと気をつけたほうがいい」などと指摘が。Dくんも、資料と取っ組み合いをしながら執筆していると言います。私からの助言。江戸落語をもっと聞くこと。テレビの時代劇より落語です。そして稲垣史生さんの本を読むこと。
 Yくんのヒーローもの。彼の筆は達者です。読みやすく、ヒーローたちの動きが映像となって浮かびます。で、そろそろ主人公がヒーローに変身する場面。ここにそのメカニズムの説明をするか否か、と悩んでいます。Yくんとしてはそこをきっちり理詰めでいきたいらしい。でもここで説明は野暮。まずは講談調のこの文体を持続させて。
 Aさんの日本神話を舞台にした少女向けの恋愛小説。神様たちがあまりに主人公たちに近すぎて、ちょっと神様らしさというか、威厳、高貴さ、というものが希薄なんです。Aさんとしては、日本の神様って、そんなものでは? それにこれは少女向けの恋愛ものだし、というんです。でも、そこは国生みの神様たち・・・と、ちょっとした議論に。まあそれは以前から指摘してわかっていること。とりあえず私は、このまま最後まで書き上げて、そのあとで修正していくべきだと思っています。
 T田くんの『クリエイターズファイト』も最終章で足踏み。長編小説の締めくくりはやっぱり難しいようです。解決しなければならないものは、きちっと読者の期待を裏切らず、かつ、あっ、という意外性も求められます。クライマックスシーン、せっかくいい舞台を用意しながら生かしきっていない。私なら・・・
 Hさんの、ある女性の不倫に生きた、愛の不毛の物語。こちらも最終章。不倫する方とされる奥さんの両視点から語られてきて、最後の章は、その不倫の結果生まれた娘が成長し、すでに亡くなった二人について、その不毛さをいささか哀れみと怒りを込めて語ります。その構成はいい。ただし、Hさんは女性のみならず、これは男性にも読んでもらいたい、と言います。ならば、女性の独白のみの構成では伝わらない部分もある。だから語る場所、設定にひと工夫が必要です。

 と、以上。
 このあと、総務スガノくんから、先週某編集長から塾生たちに依頼されたライターの仕事の説明が。10人ほどの塾生が参戦の模様です。
 私は見学者の方と面談。
 実はひとりは塾創設当初に塾生だったマンガ家志望の女性。わけあって、一旦塾を離れていたんですけど、7年ぶりくらいで復帰したいといいます。担当さんがついて、言われた通りに直したら、賞に落ちて担当さんに謝罪されたとか。原稿を見せてもらったら、彼女のマンガ家性が見えない。苦労していたようです。
 もうひとりは、作家になりたいのではなく、ある鉄道の情報を集めて、1冊の本にしたいとか。それで塾でそのノウハウを学びたいと言います。
 もちろん、そういう人にも対応します。
 ちょっと別メニューを考えなきゃ。


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2010年02月11日

祝! 日本建国2670年!!!

 中山市朗です。

 今日は2月11日。
 祝日、お休みでした。我が塾はありましたけど。
 で、なんでお休みやったの?
 この日は日本という国ができた日です。建国記念日。
 日本ができた・・・日?

 実はこの日は、カムヤマトイワレビコ(神武)が天皇に即位した日なのです。
 神武は初代天皇ですから、日本という国は、まさに天皇が誕生した瞬間になったわけです。そして天皇とともにその歴史があったわけです。

 で、問題はその時期なのですが、それが紀元前660年前なのだそうです。
 ということで、今年は日本国ができて2670年!
 これを信用すると、天皇は万世一系で、紀元前より皇位を継承し続けている、世界唯一の皇帝ということになります。 
 この2670年は、皇紀(こうき)2670年、という風に言います。
 戦前はこの皇紀、というのがよく使われていて、太平洋戦争に突入する1年前の1940年、国民みんなで「こうきはにせーんろっぴゃくねん」と頌歌を歌って奉祝した、と母親から聞いたことがあります。
 アメリカやイギリスはキリスト教の国で、キリスト生誕を起源とした西暦は1940年。「うちらはそれより古いんやで、えらいんやで」と言いたかったらしい。
 この皇紀2600年の祝典曲として、なんとあのリヒャルト・シュトラウス(あの『2001年宇宙の旅』のオープニングに聞こえる交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の作曲家)が「日本建国2600年祝典曲」という管弦楽を天皇に奉納してます。今、ほとんど演奏されませんけど(苦笑)。
 そしてゼロ戦。
 海軍の零式艦上戦闘機のゼロは、皇紀2600年に採用されたので、これにちなんだわけです。陸軍の名機「隼」は、その翌年に採用されたので、一式戦闘機、と言います。

 あと30年したら、日本人は皇紀2700年を祝うのでしょうか?
 祝わんやろうなあ。

 ところで、ほんまに神武天皇はおったんか? 天皇は万世一系でほんまに継続してるのかって、問題ですが。
 さ、そこですわ。
 実は、この神武天皇が実在したという証拠はないそうなんですわ。
 神武天皇は、その即位式を今の奈良県橿原神宮のあたりで行なったということになっていますが、考古学的観点からすると、大和地方は3世紀前後よりはさかのぼらないらしい。
 実在が確認できる最古の天皇は推古だという説もあります。聖徳太子の時代の天皇で、太子はこの女帝のもとで摂政という地位にいたのです。天皇という表記もこのあたりが最初のようです。なぜかスメラミコトと呼ぶようですけど。
 おもしろいことに推古、というのは古きを推測せよ、という意味にもとれる。
 誰がこんな名前つけたんやろうね。
 でも、推古以前の天皇は、確実に存在していました。三輪山にある桧原神社や、熊野の奥院玉置神社なんて、あんなに崇高な場所はない。で、天皇の証である三種の神器の奉納儀式を思わせる作りも、後付けではありません。

 神武天皇のことは『古事記』『日本書紀』に記されています。
 ここに神武は、葦原中つ国を平定して、辛酉(かのととり)元旦(旧暦のお正月なので2月11日)に即位したとあります。しかし、辛酉だけではそれはいつのことかわからない。でも辛酉というのは干支ですので、これは60年周期に繰り返されるんですな。
 そうしたら『書記』に記される推古天皇九年が辛酉であったとして、これを起点に計算したら、紀元前660年という数字が出た。というわけなんです。
 で、この皇紀というのは明治5年に、それまで日本で使用されていた暦(天保暦)から改めて、グレゴリー・ペック・・・違った、グレゴリオ暦の採用に併せて正式採用された、というわけだそうです。

「うどんや〜。今、何どきや〜」
「へえ、ここのつ、ですなあ」
「とお、じゅういち、じゅうに、じゅうさん・・・」
 と勘定を誤魔化す落語の「時うどん」の時の数えは天保暦というわけです。
「草木も眠る丑三つ時・・・」
 という丑三つというのも天保暦。
 つまり江戸時代が舞台やとわかる。
 うしみつどき、いう言葉がなんや怖い。
「草木も眠る午前2時」
 では、なんや凄みがない。

 ところで、この西暦に対応した紀元前660年という数字は、結構昔から使われていたらしくて、ドイツ人のケンペルという医者が、元禄3年、1691年に日本へ来ていて(どうも日本の役人はオランダ人とドイツ人の区別がつかんかったらしい)、彼はもう、この数字を知っていたんです。それになんと慶長14年、といいますから江戸幕府が開府してまだ6年ほどしか経っていないときに、台風で日本に漂着したスペイン人で、フィリピンの臨時総監だったロドリゴという人も、この数字を、後に記した『日本見聞録』に記しているんです。ということは。
 戦国時代に日本にきていたイエズスの宣教師たちが、すでに算出していた可能性があります。
 彼らの中には、かなりの日本通もいたようですし。
 きっと驚いたと思います。
 紀元前からの王朝? ほんまかいな! って。

 それにしても神話の時代から天皇がいて、それが今も継承され、これも他国にない独特の即位式がそのたびに行なわれる。その意味、神様の正体は誰もわからない、らしい。
 しかも天皇の祖神を祀る伊勢の五十鈴宮を中心とした神社の存在、神社のお祭り・・・
 これは、たとえ皇紀の数字上の真偽は別としても、世界的奇跡です。
 なのに神話も教えない、神社の参拝と言わせない、という今の教育の風潮はなに?
 で、こんなことを書いたり、話したりすると、すぐに右翼扱いされるのはなぜ?

 日本という国に生まれ、教育を受け、生活し、日本語を喋り書き、日本に税金を納めているんやから、日本について知りたいのは当たり前のことですがねぇ。オリンピックで日の丸を振っている方々、そう思いません?
 ほんま、神秘之国日本、ですよ。

 なーんてことを考える、2月11日でした。
 ということで、10日(水)の小説技法の報告は、明日!

jisakujien
リヒャルト・シュトラウス自作自演の「日本建国2600年祝典曲」
演奏はバイエルン国立歌劇場管弦楽団。
でき?
う〜ん・・・




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2010年02月09日

道との遭遇

 中山市朗です。

 またまた前回の続きです。
 一歩踏み出す勇気。

 一歩踏み出せない人、家から出ることです。自活することです。
 ウチの塾生で、まったく踏み出せない奴がいます。仮にMくんとしましょう。
 Mくんは小説家志望としてウチに入ってきた。
 で、ライターとして稼ぎたい、経験も積みたい、というので総務のスガノくんに仕事をふってもらっていた。ところが、締め切り日に連絡がつかなくなるのです。あるいは原稿を落としてもスガノくんに叱られる、という恐怖はあるみたいなんですけど、やっぱり同じことを繰り返すわけです。でも、本当に編集さんから叱られるのはスガノくん。場合によれば、スガノくんは二度とこの編集さんから仕事のオファーがこなくなる。もちろんそうはならないよう、Mくんにふった仕事はもしものことを考えて対策はとってあります。つまり、スガノくんも書いている。
 これ、振る意味がないわけです。ただMくんは塾生なのでチャンスは与えたい。それだけのこと。
 Mくんもちゃんと締め切り日にあげてきて、ちゃんとアカを修正したら、それは出版物になるし、名前も載ってギャラももらえる。だけど、その前に逃げてしまうわけです。
 なぜそんなことが起きるのか?
 その逃げ場があるからです。それが両親のいる家。何もしなくても寝床と食事には困らない。つまり原稿を落としても、本人は痛くないわけです。でも本当は信用というものにもの凄いダメージを受けているんですけど、その痛みはあとにならないとわからない。
 それに自分がそんな環境に置かれたことがないから、スガノくんがどんな思いをして仕事をふっているか、の意味も理解できないわけです。
 でもこれは自分勝手な考えです。
 この甘ったれた考えを打破する道は、ただひとつ。
 ひとりで生活すること。独立することです。
 Mくん、もう20代半ば。みんな独立してるで。
 独立した途端、
 家賃どうする? メシある? たちまちそういう状況に追い込まれます。
 そうなると、仕事がほしい。原稿は落とせない。だって落としたら次はない。家賃が払えません。と、出て行かなきゃなりません。たちまちホームレスです。そうはなりたくないから、必死で仕事をもらうように営業をかける。もらった仕事はちゃんとこなす。人脈の大切さを知る。仕事をこなしていくと自信になる。自信は本業の小説にきっと返っていく。編プロや出版社との繋がりもできる、となります。
 少なくとも我が塾は、独立したら仕事は振れる、そういう環境にあります。
 中にはひとり住まいをしてアルバイトをやって、そっちで苦しむ人もいます。だったら辞めてしまうことです。また、アルバイトが楽しい、というのなら残念ながら貴方はクリエイターには向いていない。アルバイトをひたすら続けてください。そのほうがラクです。
 私など、労働という言葉からして、もう嫌いですから。労働を強いられるくらいなら殺してください。

 親のスネがかじれる、という幸福な人は思いっきりかじることです。
 これはさっきの、家から独立しろ、という言葉と相反するかもしれません。まあ、さすがに30歳を過ぎてそれはマズいですけど。
 理想は、創作活動に専念できる状態にあるに越したことはない。ただし、こちらは言い訳は通じません。誰よりも作品を多くあげなければなりません。親のスネをかじりながら、ゲーム三昧なんて天誅! ポンコツ野郎です。親もそんな息子、家から放り出すべきです。日本のためです。親のスネかじってゲーム三昧の奴に税金を払う能力はありません。
 私は学生の頃、親のスネをかじっていましたから、誰よりも映画を観て、誰よりも映画を作りました。それが私の基礎になっていますし、仕送りが止まっても安易なアルバイトはしなかった。その分、作品をお金にしなきゃ、死ぬとばかりに営業をかけました。
 これはしんどいことでしたけど、労働するよりは遥かにこっちのほうがいい。労働したら死にますから。腹は常に減ってましたけど、だから一歩踏み出すしかなかった。考えている余裕なんてないのです。
 Mくんは何を言われても、考え込んでしまいます。で、動かない。だから何の進展もありません。だからいつまで経っても自信がない。自信がないから悩む。精神衛生上よくない。だからミスする。叱られる。また考える・・・ラチがあかん。
 で、「家を出てひとり暮らししろ!」と言うと、また考え込む。
 これは塾を去っていった人たちの共通項です。
 何もやらないから、塾に通っても何も見出せない。で、来なくなる。

 人間、誰しも一歩踏み出すことは、確かに勇気もいるし、失敗したら、という不安もあります。でも踏み出さないと失敗もない代わりに成功もない。なんにもない。なんにもないよりは、失敗がある人生のほうが、価値がありませんか?
 一歩踏み込むために、背水の陣を敷く。そこからです。きっと自分でも思いもよらない驚異的な能力が発揮できるのは!
 火事場のバカ力は本当にあります。

 3日の作劇ブログにあるように、知り合いの某出版社の編集長が教室に来てくれて(我々は私の書斎にいたわけですけど)、塾生たちに大量のライターの仕事をふってくれました。当然ギャラも支払われます。もちろん自主的に手を挙げる塾生にやってもらいます。我が塾独特の実践の場です。
 この編集長さんは、『新耳袋』が復刊する前、私の著作を出してくれた版元の元編集長でもあり、『宝島』など東京の出版社との橋渡しをしてくれた方です。つまり、この編集長の期待に沿うことは、実はもの凄いチャンス、ということ。

 これをチャンスを思って一歩踏み出すか、踏み出さないか、それは塾生たち次第。
 一歩踏み出すチャンスが、ここにもあるのに。
 ねえMくん。


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2010年02月07日

地獄に堕ちた若者ども

 中山市朗です。

 BSフジで放送されたドキュメンタリー『未来へのエンジン・世界を動かす創造力。日本映画』の鑑賞から、いろいろ考えています。

 私は専門学校の講師をやっていた頃、つまり少なくとも8年前のことになりますが、そのずいぶん前から学生たちに言い続けてきたことがあります。その頃の私の教え子たち、覚えているよね!
「日本は貧富の差がますます開いて、おそらく2011年以降は、貧者と金持ちに分かれてしまったらもう貧者が金持ちになることは、まずないやろな。年収2〜300万円の者と、何十億何百億の者。これはもう動かない。怖いことだけど。でもその間、何千万、何億という収入を得られるチャンスはある。それはクリエイター、スポーツ選手になること」
 当時はまだ景気もよかったし、派遣切りなんてありませんでしたので、みんな信用しませんでした。まあ10年前も先のことでしたしね。
 私がそう言った根拠は、すでにその頃、アメリカがそうなりかけていたこと。そして、みんなは信じません。金融を裏で牛耳るあの世界的陰謀組織の動き。「陰謀なんてないよ」とはあまりにも能天気な言葉です。
 陰謀が信じられなきゃ。戦略。
 戦略なき組織、戦略なき会社、戦略なき政府なんて、存在しません。
 太平洋戦争で日本軍がみじめな敗戦の苦渋をなめたのは、軍上層部の戦略なき作戦命令とその場しのぎの戦いにありました。そしてアメリカ軍には明確な戦略があった。そのアメリカを裏で動かしている連中に、戦略がないわけがない。
 で、私の10年前の予言。
 当たってますやん。見事に!

 今の子はかわいそうです。
 就職しても、手取り16万円。今年はボーナスなかった、なんて。
 昔はそれでも年功序列があって、給料は増えていったけど、今はそれ、ありません。終身雇用も破壊されて、いつ解雇、あるいは倒産するのかわからない。外資系がエサを求めて涎を垂らしていますしね。行っている会社が突然吸収合併されて、社長以下、全員解雇された、なんて人も知っています。彼は今、ハローワークに通っています。そう、解雇。あるいは倒産したら、もう終わり。
 そんなバカな人生を、大人たちは若者たちに強いるのです。
「就職しなさい」と。
 塾生にも何人もの会社員はいますので、いろいろ話を聞いています。大変なようです。だから塾に来たのでしょうけど。でもこれ、まだいいほう。
 芸人やめたり、好きな道を諦めて、就職・・・これができない。で、派遣会社と契約して、仕事が入るのが週に2、3回。「芸人やってたほうがよかったわ」って聞いた。
 まあ、アルバイトはあるみたいですけどねえ。でも厳密に言うと、あれは仕事やない。責任押しつけられると潰れちゃう若者をたくさん見てきたけど、彼らは嫌になったら辞める、ということを繰り返していたみたい・・・そんなボヤきはええか。
 クリエイターには解雇も倒産もありません。生涯それで生きていける。売れれば自分の功績。名前も作品も残ります。ヒットすればサラリーマンの年収の何年分?
 ただし恐いのは枯渇、売れなくなる、忘れ去られる・・・でもそれは、どんな世界でもあることですから、だから毎日が勉強。
 一方、金持ちがますます金持ちになるということは、ビジネスの市場がより拡大されているということ。つまり国際戦略です。ちょうどその頃、日本のアニメやコミックが海外で注目され出した頃。これ、きっとビジネスとして戦略的にしかけてくる組織が日本にもできるな、と思ったわけです。それは海外資本もあってのことですけど。ちょうどそんなとき大リーグで野茂投手がパーフェクト試合をやった・・・。 
 こらもう、企画をうごかしたり起業でもせん限り、もうサラリーマンは流行らんな、と。つまりこれからはクリエイターの時代だと思ったのです。
 だから塾を作ったわけです。

 コンピューターはなんでもやってくれますが、人間の感情を揺り動かすことはできない。小説やマンガは描けないし、映画も作れません。CG? あれは映画じゃない!
 で、BSのドキュメンタリーに戻ります。

 日本人の創造力は非常に高い。
 日本人のオリジナリティには、世界の一流クリエイターが強くリスペクトしている。
 そして日本のクリエイターが世界で活躍できる環境が整いつつある。

 そう、インタビューされた内外の人たちは証言しています。
 だったら、やろうや!
 ですわ

 塾生やかつての教え子を見ていてもどかしいのは、動かない、こと。
 アグレッシブさにどうも欠ける。
 みんな悩んじゃうんです。
 「こんなんでええんやろか」「食っていけるのかな」「これやって、失敗したらどないしよ」・・・。
 てなことを考えているうちに30歳、40歳・・・すぐでっせ。

 これでええんやろかって、とりあえずやってみて、判断仰げや。
 食っていけるのかなって、ほなサラリーマンになれるのか?
 失敗せんと、成功の甘き香りは体験できません。

 一歩踏み出す勇気。
 小説家になりたいから書いています。マンガ描いています。なんて当たり前。
 そんな人たちは全国に何百万人といることでしょう。
 でも、そこから一歩踏み出す、これがあるかないか。
 今。それなりの地位を確立しているクリエイターたちは、みんなこの一歩を踏み出した人たちなのです。
 
 番組の終わりに、未来へのメッセージとして、次の方々が、クリエイター志望の貴方にこう言ってくれています。

 清水崇監督
「考えることも必要ですけど、おそれて心配したところで何も進まない。それだけ精神的にも病んできますし、無駄な時間を過ごすだけ。まず動いて、やりたいことを、人に後ろ指さされようが、やることです」

 塚本晋也監督
「モノを創るって辛いんですよね。創んないと何も言われないのに、創るとけっこうみんなに叩かれて。悪い批評もいっぱい出ますし。メゲちゃうんですけど、じゃあ創らないほうがよかったって涙ながらに思っても、創ると創ったもん勝ちの意味不明のゴシック体みたいなのがドーンと降りてくる。みなさんも、あまり考えずに手を動かしてみてはどうでしょうか?」
 

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2010年02月05日

知らない奴ほどよく眠る

 中山市朗です。

 前回の続きです。
 『世界を動かす創造力・日本映画』というBSフジで放送されたドキュメンタリー。

 ハリウッドは、アメリカの映画産業の中心にありますが、ここはアメリカ人というより世界中の映画人、技術者、役者、音楽家たちが集まり、その才能を発揮しています。
 ここで今年、黒澤監督の生誕100年を記念して、ハリウッドでパーティが開かれるそうですが、アナハイム大学ではスクール・オブ・フィルムとして黒澤映画の講座が始まり、オンラインでも開講する、といいます。その仕掛人がルーカス、スピルバーグ、スコセッシといった人々。彼らが黒澤監督をリスペクトしているのは有名な話ですが。
 北京では世界市場に通用する映画監督を養成するため、国立映画大学で、特に黒澤映画の講座が開かれているとも言います。
 黒澤監督の『八月の狂詩曲』に出演したリチャード・ギア。
「世界中の映画人で黒澤監督の作品を引用したことのない人はいない」と言います。「映画の常識を破壊して新しい方向性を作ったその勇気を尊敬している」と。
 『レッド・クリフ』のジョン・ウー監督。
 実は「私の映画のスタイルは黒澤からきている」と言います。「娯楽性に長けているということだけでなく、その描写には黒澤にしか描けないオリジナリティがある。私にとって重要なことは、彼の作品を真似るのではなく、自分の思いを貫いた黒澤の精神を受け継ぐことだ」と断言しています。
 『レッド・クリフ』は予算オーバーで制作側から妥協を求められましたが、ウー監督は自ら十億円を補填して撮りあげました。
「今まで稼いできたお金を全部使い果たしました(笑)。でも、そんなことはどうでもいいことです。私は理想の境地に到達できないことのほうが、何倍も苦しいことなのです。かつて黒澤監督が映画を撮れなくて苦しみ、その境地を切り開いた精神を、私は尊敬しているのです」とウー監督。
 ウェイン・ワン監督は、小津安二郎監督にオマージュを捧げています。
「小津さんの映画はテンポが遅すぎるかもしれない(笑)。でも今のアメリカ映画はファーストフードみたいで、より大きく、より速く、より派手に・・・これは情報の垂れ流し。観客は考える間もない。私は小津さんのような経験をしたい。年を重ねるごとに小津さんの精神に近づきたいと感じてきた。ハリウッドの管理のなかで、それは難しいことだけど、より個性的で独創的な作品を創りたいのです」と言います。
 スコセッシ監督は今村昌平監督が自分の師匠だと言います。
「黒澤、溝口、小津、日本の巨匠たちが創った偉大なものを、常識を、彼はことごとく破壊した。その斬新さと精神がすごい」
 俳優で最近は映画監督にも進出した田口トモロヲさん。彼は今村監督のマニアだと自称します。そして今村監督の作品にも何本も出演しています。
 「今村昌平というジャンル、今村昌平という作品」と彼は言います。
 「青春が大嫌いでど暗くて、登校拒否して名画座に通った。そしたら今村監督の、ダメ人間が虐げられながらもしたたかに生きる、そんな作品に出会って衝撃を受けました」と。
 田口さんがもっとも驚いたのは、『人間蒸発』という今村映画。衝撃のラストシーン! ノンフィクションがフィクションなのか、フィクションがノンフィクションなのか。まさにスコセッシ監督の言う常識の破壊です。

 こういう映画、今の日本の若い人は観ているのかな?

 「古い映画なんて観なくてもいい。新しいものから今のカルトから吸収することこそが、本当じゃん」て言う、馬鹿者をたくさん見てきました。
 そのカルトは、その新作は、じゃあ何もないところから突然生まれたのか?
 そんなはずはありません。
 みんな、古典を観て、分析して、研究して、それを応用して、新しいものに転化させているのです。そして、やっぱり偉大な先輩たちの精神をリスペクトする。なぜなら、クリエイターたちはみな壁にぶつかり、悩み、それを乗り越える知識を身につけています。そしてそれは、やっぱり偉大な先輩たちの生き方、精神から学ぶのです。
 それがプロ、といわれる人たちの共通したスタンスです。

 その例として、今やカルト監督として注目を浴びる『鉄男』などの塚本晋也監督が登場します。
 彼のモットーは「今までやられたことのないモノを撮りたい、誰かがすでにやったことは、もうやんなくていいか」なのだそうです。
 私から注釈します。今までやられたことのないモノ、とは、今までやられたモノを知っておかないとわからないわけです。誰かがすでにやったことは、やらなくていい、とは、誰が何をやったかを知っているから言えることです。
 その証拠が塚本監督から出ます。
「撮っている映画、全然違うじゃん、て怒られるんだけど、実は黒澤監督の映画が一番強い影響を受けているんです。エンターテイメントの中に実権精神がみなぎっている。そこにねじまがったモノがない。あれが僕の理想なんです」
 さて、この『呪怨』の清水崇監督です。 
 この番組では、清水さんが黒澤監督に対する言葉はありませんでしたが、私と黒澤映画について話したことがありました。「『七人の侍』なんて傑作すぎて、今さら言うのもおこがましい」と言っていました。ちなみに彼の目標は「寅さんシリーズを全部劇場で観た」ということでした。なんと『呪怨』のアイデアの源泉は「虎さん」だった?
 さて、番組での取材で清水監督は言います。
 ハリウッドからのオファーは多いけど「同じリメイクやシリーズものばかり。もうそんなものは避けてください」と。「僕は天の邪鬼で、予想を裏切ってその上で期待に沿うことをやりたい」とも。
 彼の天の邪鬼ぶりについては、またいずれか予定している「ホラーの演出・映像マンガ編」の講義にて詳しくやります。
 その清水監督を見い出し、『呪怨』のハリウッド版のプロデューサーでもある一瀬隆重さん。今やハリウッドに豪邸を建てて、日本とロスを往復の生活だとか。
 彼は言います。「日本人のコンテンツを生み出す能力はすごく高い。日本には歴史があって、かつサブカルがあるという特殊な文化がある。そのバランス感覚がいい。だから才能のある人はいっぱいいる。ただ、その人たちが世界で勝負する環境がなかった。でもようやくそれが整ってきたので、これからは世界で勝負する人はいっぱい出てくると思います」

 まだまだ色々な人が取材され、インタビューを受けるのですが、要は日本の映画人たちが海外に出るようになり、評価されている。その市場も当然世界的な規模になっている、ということです。
 日本人の制作に対するオリジナリティは、世界において最もユニークなもののひとつである、ということなのです。
 キャラクターデザイナーの韮沢靖さんの作品集『カメレオン』で、イラストレーターの空山基さんとの対談が載っています。
韮沢「マイナー好きっていうスイッチもあるじゃないですか?」
空山「あるけど、メジャーは正論だと思う。マイナー好きって引かれ者の小唄っていうか、負け犬の遠吠えなのよ。マイナーって楽なのよ」
韮沢「わからなきゃ、わからなくってもいいって考えは卑怯っすから。私もポピュラリティ目指します」
空山「そうだよね」
韮沢「その中でも、マニアックな思考を使ってポピュラーなものを作りたい」
空山「マイナーっていうのは戦略でしょ。本質はみんなメジャー指向。そのとき。口でマイナー指向と言い出すとダメなんだ」
韮沢「語ったらダメですね。負け犬になっちゃう」
空山「一生、うだつ上がらないよね。そういうヤツとは口聞かなくていいの。いかにメジャーになって、女子供だまして、世間をギャフンと言わせるかのほうが難しいんだ。音楽だって、常にヒット出してなおかつすごい音を出すやつはいっぱいいるじゃん」
韮沢「うんうん、マイナー指向だからって言い訳はいかんですよね」
空山「本質はさ、いい車に乗って、いいものを食って優雅な生活して」
韮沢「そういう欲求はないなあ」
空山「でも、ジョン・トラボルタなんか自家用機で移動するじゃん。そっちのほうがいいもん。日本ではプールとか、ヨットだとか持っている人は少ないけど、みんなもああいう風になる権利があるんだよ。知らないから阿左ヶ谷くんだりに住んでいるのよ」

 私もそう思う。いい仕事をしたクリエイターは、その権利がある。でも一瀬プロデューサーが言った通り、日本のクリエイターがそうなれる環境がなかった。
 でも、これからは違います。
 日本映画が、日本の映画人が海外で勝負し、成果をあげるほどに、原作だの、音楽だの、デザインやファッションは認知される。文学もそうなる。そしてデジタル配信。
 それには、世界的な視野、戦略を出版社がもつこと。
 出版界の一瀬さんみたいな人が出てくるのか?
 そしてクリエイターがそれに対応すること。
 なに、やりたいものを正直にやれば、それでいいんです。
 清水崇さんや塚本晋也さんみたいに。

 この項、まだ続きます。


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2/3の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 3日(水)のゼミの報告です。

 この日は塾生たちには教室ではなく、私の書斎に集まってもらいました。
 教室の映像機器がハイビジョンに対応していないため(個人経営のようなものなのでね)私の書斎にある100インチスクリーンで、あるドキュメンタリー番組を鑑賞してもらいました。

 それは1月10日、BSフジで放送された、『未来へのエンジン・世界を動かす創造力・日本映画』という番組です。
 これ、私観ていて「塾生に観せな!」とすぐ思ったわけです。

 今、日本映画は世界に進出しつつあります。
 その原動力を、創造の源を、アイデアの根源を、そして日本人独特のオリジナリティとは、といった問題を、ハリウッドの映画監督たち、日本人の映画監督たち、プロデューサーやCGクリエイター、役者たちへの取材、インタビューで探っていく、という1時間40分の作品です。

 世界に進出。
 そういう時代にこれからなります。
 映画だけじゃなく、コミックやアニメは海外でも人気ですが、小説もあらかじめ世界市場を意識したものが出てくるようになります。以前のこのブログに書きましたように、近い将来、紙媒体よりもデジタルでの出版がメインになると思うからです。
 紙代も印刷代もいらないし、在庫を抱えることもない。デジタル配信はコストも安いしネットは全世界に向けてのものとなります。ビジネスで考えると、どうしてもこちらが有利です。本という重みのある、あの独特のニオイのする愛すべき書籍は残るとは思いますが、残念ながら電車に乗っていても本を読んでいる人の姿は、あまり見かけません。大多数の人は手元のケータイをいじくっている・・・ビジネスとしてどちらに可能性があるか。
 そういう時代です。

 実は、車だの家電だのといったものは、とうにメイド・イン・ジャパンが世界市場を席巻し、経済大国日本を作り上げたというのに。ソフトの部分が世界へいかなかったのは、ある意味、業界の怠慢、だと私は思っていました。
 映画でいうと、日本映画はまず1950年代から60年代前半にかけて、全盛時代をむかえていました。この期間ほど、良質な映画を数多く生み出した例は他にありません。ハリウッド映画と比べても、まったく色落ちしないのです。かえってシステム化されていったハリウッドが、動脈硬化を起こしていったのがこの時期だったのです。
 黒澤明、溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男・・・といった巨匠が、一番油の乗った時期。マキノ雅弘、内田吐夢、伊藤大輔、稲垣浩といった戦前からの巨匠も現役で、岡本喜八、川島雄三、今村昌平といった才能が出てきた時期でもあります。ご存知ゴジラをはじめとする日本のお家芸、特撮映画も、この頃のものが一番クオリティも高く、映画としての完成度も高い・・・
 あるアメリカの映画ジャーナリストは言っています。
「かくてこの時代ほど、高い水準の映画を作り続けた当時の日本映画には、ハリウッドも遠く足下に及ばない」
 かつて黒澤監督は、ハリウッドでこんな質問を受けたと言います。
「どうしてあの当時、日本の映画界はあんなに素晴らしい作品を作り続けることができたのか?」
 黒澤監督の答えはこうでした。
「それは監督が撮りたいものを撮らせてもらっていたから」
 ハリウッドはもう、監督(作家)のものではなく、会社の、プロデューサーの、そして投資してくれる銀行家のものになってしまっていたのです。
 監督が撮りたいもの、つまりここには個性、作家性が引き出されることを意味します。彼らは実に、実験的な映画を試み、ユニークな映画を発表します。
 しかしこれらの傑作は、黒澤、特撮、以外は世界で公開されることは稀でした。これについて黒沢監督が言います。
「だって宣伝部も広報も動かないんだもん。溝口さんや小津さんの映画みたいなのがあるのに、『ゴジラ』以外は商売にならないからって」

 やがて家庭に入り込んだテレビによって、映画は勢いをなくし、大手映画会社の倒産やスタジオの縮小、専属契約の破棄などが行なわれ、また巨匠たちの死も相まって、失速するわけです。
 ところがこの頃、いち早く手を打ったのがなんと香港映画でした。
 レイモンド・チョウというプロデューサーは、ブルース・リーを発掘した人ですが、70年代後半にはゴールデン・ハーヴェスト社をハリウッドに構え、『キャノンボール』を成功させ、以後ジャッキー・チェンやサモハン・キンポー、ユン・ピョウなどを主演とした世界興行を意識した映画制作をしていきました。
 私の友人が一時ハリウッドにいたことがありまして、映画の買い付けをしていたのですが、彼は言っていました。
「ハリウッドには中国の映画人のためのユニオンがあって、スタジオと繋がっている。でも日本人は個々で動かなければならないので、千葉真一にして、なかなか仕事はもらえない」
 これが本当のことかどうかは知りませんが、クリント・イーストウッドが『硫黄島からの手紙』を映画化しようとしたとき、ハリウッドに日本語の書けるシナリオライターがいなかった、と、イーストウッド自らが言っていたので本当のことかもしれません。
 コロンビア映画を買収したソニーや、一時ユニバーサル映画のオーナーだった松下電器といった形ではハリウッド進出した日本も、クリエイターとなるとその壁は大きかったわけです。

 しかしながらハリウッドは動脈硬化を起こしながらも、コッポラ、ルーカス、スピルバーグといった新鋭の映画作家たちによって70年代に息を吹き返し、ビデオソフトという新たなコンテンツをビジネスとして展開させるようになったのです。ただし、ハリウッドの映画をビデオにして販売する、というアイデアを突きつけたのはソニーだったわけですが。

 そしてここ数年、ようやく日本の映画のリメイクや、日本人監督がハリウッドに進出していくようになりました。その原因は色々ありますが、そのひとつは、
 ハリウッドの題材不足。原作がなく、海外にそれを求めるようになったのです。
 日本文化への理解、もあるでしょう。日本の文化はなかなか理解するのが難しく思われていて、そういう文化の違いに戸惑いながらも・・・なんていうのが、ハリウッドにおける日本の位置でした。それが『リング』のリメイクの成功、『呪怨』での清水監督のハリウッドでの成功、を機にやっと、やっとです。
 日本のクリエイターたちが、日本人の感性が、ビジネスになると評価され出したわけです。で、その日本人のクリエイターたちとハリウッドのクリエイターたちが共通してリスペクトしていたのが、黒澤明、小津安二郎、今村昌平だった、というわけです。
 つまり、日本人独特の創造力、感性、スタイルは、ずっと世界中のトップクリエイターたちの精神に引き継がれていた、というわけなのです。そしてその、ユニークな実験性が、大きく評価されていたのです。
 わかります?
 つまり、日本人はちゃんと自分なりの作品を創り続けると、それは世界に通用する。これです。私が言いたいことは。
 でもその下地を、業界が作ってこなかった。
 小津や成瀬は、世界においては実に80年代において、発見されたのです!

 というわけで、ドキュメンタリーです・・・
 あれ?
 もう文字数オーバー?

 じゃあ、この続きはまた今度。
 彼らは、日本の先人たちの何から何を得て、どこへ向かおうとしているのか。
 そして我々は、何をして、どこへ向かえばいいのか。
 そんな大事な話をいたしましょう。


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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


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