2010年04月

2010年04月29日

4/28の小説技法

 中山市朗です。

 専門家の話によれば、昨今の気温寒冷化は、地球温暖化によるものだそうです。
 今日からゴールデン・ウィーク。
 学生の頃は嬉しかったこの響きも、サラリーマンではない私には何の関係もありません。ということで、期間中も塾はちゃんとやっております。

 28日の小説技法の報告。

 T田くんの時代劇小説。困難なモノに挑戦しています。文のところどころに、当時、とあるのが気になります。当時、とは今から見た小説の舞台のことでしょう。ちょっと目線が変わるんですね。ただ、その手法もアリなんで、司馬遼太郎とまで極端にならなくても、そこで今はないモノや風俗、役職や風習といったものの解説ができます。また、この解説がないと、今の人にしてみれば、これなんだろう? と首をひねることばかりです。要はちゃんと計算して、当時、と書くことです。先代の小さん、円生、志ん生なんていう名人の落語を聴くと、噺の中でこういう用語を巧みに解説しています。参考に。

 N子さんのホラー小説。第二章に入ったんだけど、第一章から何年かたったという設定の割には、あんまり主人公を含めた周囲の環境が変わっていない。先の章では友人を殺し、妙な怪異に襲われたのだから、かえってここは、例えば引越しして職も手に入れて、通常の生活を営んでいる主人公から、はじめてそこに再び闇が忍び寄る、といった構成に変えるなどする工夫が必要です。笑いだけではない、恐怖も緊張と緩和より起き立つのです。

 Sくんの昭和の大スター、大河内伝次郎に捧げる一編。主人公やサブキャラクターたちがだいぶ織り込まれて、魅力的になってきています。これだったら、登場人物たちに引かれて、そのうち展開する大河内伝次郎というスターのことが理解できる構成になるでしょう。ただ、やっぱり映画雑誌のライターとして、古い映画館兼博物館の館長に取材する部分がリアルでなく、ぎこちない。これ、どんな仕事を依頼されたのかの指示もないので、Sくん自身が把握しきっていないんです。ここは設定を設けなきゃ。

 落語作家のO田くんのギャグ小説。指摘されて、キャラクターを見直し、緊張と緩和のバランスを頭に入れて書いてきた、と言いますが。そのバランスがあまり改まっていません。妙なキャラクターがどんどん出現して、ギャグがかまされますが、主人公もボケているんですね。本来ここで突っ込まなきゃ。突っ込みが現実の常識と、異常なキャラクターたちとのギャップを浮き彫りにして、初めて笑いとなるわけです。
 O田くんいわく「いやあ、日本人を書くのは難しい」て、お前何人やねん?
 
 Sくんの奇譚小説。キドニーワールドという不条理な世界の中に飛び込んだ主人公。 
 その不条理の描写が好きだ、という意見もあれば、そこがついていけないという意見も。
 これ、世界が不条理なのはわかるとして、それを受け入れている主人公が正常なのか異常なのかがわからなくなっているんです。だから不条理描写が好きだという人は、映画でいうきれいなCG映像を心の中で構築し、一方ついていけないという人は、登場人物に感情移入できずに取り残されているんですね。これ、さっきのO田くんの小説と逆で、これは緊張と緩和の緊張しかない。もっと主人公の不条理世界への突っ込みやリアクション、現実感とのギャップが描写できれば、この問題も解決すると思われます。

 T野くんのホラーSF。恐怖のシーンがシンプルになった分、怖くなりました。が、そのあと、延々と基地内に備え付けてある探査船についての説明や、探検隊のやりとりになっています。そこは悪くはないんですが、ホラーテイストとしての闇の感じがない。塾生たちは、「でも読みやすくて、専門用語も気にならなかった」と言いますが、私は不満。これ、ホラーなんだから。ならばその前にもっと怪事件を何人かのメンバーに体験させて、なおかつ、みんなはそのことを心の奥にしまっている。そして次のセッションに黙々と取りかかっている・・・とすれば、闇が出てくるのは?

 T下さんの『夜明けの回転ずし』。冒頭から日常シーンが延々と書かれていますが、「そこが退屈」という意見も。T下さんは「日常をただただ表現する小説もあるじゃないですか」と反論。でも最初に聞いたとき、小説に出てくるマコトじいさんは、ベトナム戦争に関連した人物で、ベトナム戦争のことを書きたい、言ってたけど?
「それはもっとあとに出てきます」
 わかった。題名がいかん。『夜明けの回転ずし』。いきなり冒頭で主人公の女性とマコトじいさんが回転ずしを食べているシーンがあるのですが、読者はここでもうわかった気になって、その後は何を期待して読んだらいいのかわからないんです。だから退屈な日常描写としてしか読まないわけです。
 題名を変えてみては?
 例えば『ベトナムの赤い血』という題名だったら、延々と書かれる日常を読みながら、いつベトナムの話になるのだろうと、読者心理を引きつけられます。小説の題名は、わりとみんな軽く見がちですが、実は本屋で客の手にとらせる重要なアイテムなのです。

 M下さんの『俺が彼女になった理由』。
 ストーリーにひねりがあって、躍動する登場人物たちがいて、テンポのいい文体。
 面白く読みました。別に言うことはありません。
 次の章へすすみましょう。

 入塾間もないKさんの小説。
 やっぱり他の塾生と比べて、圧倒的に書く量が少ない。まずは書くこと。
 「書いたんですけど、書き直しているうちに間に合わなくなって」と言いますが、だったら荒くていいから書き直す前の原稿を提出しましょう。

 マンガのシナリオコンクールの投稿用のシナリオを提出しているNさん。
 前回の指摘を受けて、28枚のネームを考えてきたと言います。ちゃんと視覚的なイメージが計画してありますが、それだけに問題点も出てきた。表現部分がない。それに地の文はシナリオでは少なく見えても、画にするとひとコマで表現しきれない部分も。
 マンガ家志望のSくんは、会話劇を中心にするのか、アクションにするのか、どっちかに絞ったほうがいいのではと指摘。でもいいシナリオになりそうです。


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2010年04月28日

翼よ、 あれが大阪の灯だ

 中山市朗です。

 先日、塾生10人を連れて、夢人塔パーティに参加しました。
 夢人塔とは、メディアライターの浅尾典彦(作家の学校・参照)さんが代表を勤めるクリエイター業界の交流会です。
 異業種交流会というのは、あちこちで開かれていますが、クリエイターの、という交流会はあまりありません。特に大阪は・・・

 常々私が言っていますように、クリエイター同士は手を組むべきなんです。
 浅尾さんは、その重要性をご存知で、だからこそ十何年間もこういう活動をなさっておられる。やっぱりビジネスとか創作は、人と人との出会いや、繋がりで生まれると思うんですよ。協力者、パートナー、ブレーン、出資者、そういう人が周りにいてこそ、創作活動の範囲も広くなり、ビジネスとして動く。
 この日の参加者は、関西在住の小説家、イラストレーター、プロデューサー、ゲーム会社の社長さん、映画作家、役者、声優、造形家といった人たち。本来はプロの交流会ですが、我が塾生たちは特別に参加が許されています。
 ちなみに私の席の前に座っていらしたのは、あの通天閣ロボットの製作に携わっていた造形家の方でした。
「大阪の人っていうのは、なかなかまとまらないんですが、今回はみんなでやってやろうやないか、と、みんな手弁当で参加したんです。そしたら、あれだけのものができた」と感慨深げでした。そういうプロジェクトが、特に関西には必要だと思うんです。
 電子出版の会社を立ち上げようとしているプランナーや、あえてこだわりの映画館を作るために、まず受け皿となる組織を作ったという若者もいました。

 やっぱりねえ、メーカーや出版社が東京に集中しているというのは、なんぼなんでも変ですよ。
 東京の価値観、東京の色眼鏡で、発信されるほぼ全てのモノが選別され、決定するというのはよろしくない。大阪には出版社もメーカーも、映画スタジオもない。劇場もここ数年でかなり減りましたしね。
 だからこそ、「我々でなんとかせんとあきませんねん」という熱い人がここにいる。
 ただ、本拠地というか、発信する場所がないんですな。
 みんな、手を組んで何とかしたいという意気込みは大いにあるんですが、その基盤がないんですね。色んな場所やチャンスを全部橋下知事がぶち壊しちゃった・・・
 「大阪に出版社を立ち上げたいんですが、協力いただけませんか」と、ある人から声をかけられたんだけども、うーん、私は力になれない。やっぱりクライアントをたくさんもっている営業力のある人でないと。私が経営にかむと絶対につぶれます。
 でも、思いはみんな同じなんですね。

 そういう熱い思いをもちながら、実際に動いている人たちと接して、塾生たちもテンションを上げていました。毎年参加させていただいているので、以前から参加している塾生などは顔を覚えてもらっていて。
 参加した塾生たちは、毎年続けて参加するべきです。
 参加するほどに、周りのプロの人たちとの意識や実績との差がわかるようになる。
 また、やる気も起こる。
 現にこのパーティで知り合った人とビジネスをする関係になった塾生も過去にいましたしね。
 
 こういうパーティに出るというのも、実践のひとつなんです。
 マナーの勉強にもなったはずだし?



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2010年04月22日

4/21の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 21日(水)の作劇ゼミの報告です。

 この日、11人の塾生に対して原稿料が支払われました。
 以前、塾と提携している出版社からライターの仕事をもらっていたのですが、それに対する報酬です。まあわずかなものですが。
 7〜8人は、自分が書いたものに対してお金が支払われたというのは初体験のようです。やっぱり嬉しいようで、テンションも上がり気味。また、思っていたよりは、みんな金額がよかったらしい。
 書いたものがお金になって、はじめて芽生える意識もあり、多少の自信もできて、次への希望や、やる気も生まれます。書くことの辛さも忘れます。
 書いても書いても報われない、というのが作家志望者の常ですから。
 でも、本来仕事は自分で取ってくるものだということもお忘れなく。
 作劇塾は特別なところ、ということを肝に銘じて!

 さて、この日のゼミは。
 いつもは私が講義をして、塾生たちは聞いてメモを取って、たまに質問して、という形なんですが、この日は逆をやりました。
 塾生たちに語ってもらう。

 合評がそうなんですが、やっぱり積極的に発言する人と、そうでない人に分かれるんですね。まあ性格もあるんでしょうが、クリエイターとして生きていくには、自分を売り込むことも必要です。編集さんやプロデューサー、クライアントの前で、ちゃんと言いたいことが言える、応対する、かわす、押す、交渉する、なんてことも仕事のうちとなります。
 サラリーマンだったら、こういう仕事は営業の人がやってくれるんですけど、クリエイターは個人商会のようなもので、自分でやらなきゃなりません。
 何も言わなかったら、先方には何も伝わりません。伝わらない人に仕事を発注することもない。かと言って、あんまりうるさいのも考えものですけど。
 
 さて、椅子を左右に分けて並べ、塾生たちに好きなほうに座ってもらいました。
 左右両陣に分かれて、あるテーマに対して肯定か否定かを論争してもらいます。
 お題は塾生から出してもらいます。

 夫婦別姓、あり、なし。
 日本は軍隊をもつべき、もたないべき。
 戦争をすべき、しないべき。
 マンガは読むべき、読まないべき。
 犬がかわいいか、猫がかわいいか。
 タイムマシンは将来できる、できない。
 ・・・などなど、色々出ましたが、結局テーマとして決まったのは、

 神は存在するか、否か。
 幽霊はいるか、いないか。

 の2題となりました。
 どっちも似てるっちゃ似てる議題ですけど。じゃあ最初は幽霊いる、いない。
 私から見て右側の列に座っている人は肯定、左側の人は否定としました。
 つまり「幽霊なんていないよ」と常日頃思っていて、幽霊を見た、なんていう人を小バカにしている人が、今回だけは、何がなんでも「いる」という立場をとって、いない派を論破することが要求されることもあるわけです。逆もあります。
 これは頭の体操、ゲームなんです。

 「でも見たという人はいる。『新耳』がそうだ」という肯定論から始まりましたが「恐怖という現象はあるけど、それは幽霊の存在を肯定するものではない。幽霊という物体がかつて計測されたことはない」という反論がきます。
「いや、この宇宙にはダークマターという計測できないモノが存在していて、人間が感知できないものもある。また人間の認識力にも限界がある。霊体験をしたという事例は有史以前から世界中に数多くある。これは存在するというデータと成り得る」
 というSFのT野くん。ある人は霊体験談を語りだした。
 否定派も応酬します。
「それは思い込みにしか過ぎない。個々の脳は幽霊はあると認識しても、それが実在を証明しているとは言えない。科学的根拠が皆無だ」
「科学とはなに?」
「西洋科学というのは、そもそも聖書からきていて、その中には神や悪魔という存在がある。これを後世の学者たちは・・・」
 まあ、おもろいですな。いろいろ激論しながら、今まで考えたことのないことを考えて、それを相手にぶつける。その反応にやり返す。瞬発力も理論を武装することも求められます。
「幽霊は幻覚? じゃあどこまでが幻覚で、どこからが現実なの?」
「そんなの信じるか信じないか、宗教みたいなもんだ」
 と、宗教にいっちゃった。

 では議題を変えて、神はいるか、いないか。

 今度は心底やりあってもらうため、いる、という人は右側。いないと思う人は左側。
 あれれ、いないという無神論者は、いると思う人の半数くらい。
「神ってなんだ。所詮そんなものは、人がすがるために作ったものだ。麻原でも神になれた。あんなものは宗教の根本として祭り上げられた偶像にすぎんわ」
「いや、神はそんなものじゃない。神智を超えた存在はある。ビッグバンが起こった後のことは科学で説明できるが、起こる前のことは説明できない。この説明ができないことを、神の御業というのではないか?」
「それを神というならば、その神を作ったのは誰だ? 単にそれはわからない事象に神という名をつけただけだ」
「いや、それこそ神の存在の本質だ」
 なんか昔の大学生たちのノリですわ。でも、そういうことが重要なんだと私は思う。
「クリエイターなら、神を疑うべきだ」
「わからないものを己の頭で考えもせずに、神だ、霊だ、思考停止じゃね?」
「おいおい、人間と他の動物の違いは信仰心があるかないかなんだ。つまり精神的な均衡を保つためには人間、神が必要なんだ」
「えっ、信仰心が神なの?」
「そうだ。じゃあキミは親しい人が死んだとして、その顔が踏めますか?」
「僕は必要とあらば踏んでみせるよ。霊も神もいないんだから。でもそれをやって『コイツ終わってんな〜』と思われるのならやめときます」
 とまあ、話はそのうちキリスト教を基盤としたヨーロッパ文化の話へと。
「神が幻覚だというのなら、ヨーロッパ文化は幻覚の賜物なのか!」
「芸術は所詮、幻覚、幻想を形にしたものなんだよ」
 なんか『ベニスに死す』のアッシェンバッハとアルフリートのやりとりみたい。

 終了したら、みんなほのかに満足気でした。
 言いたいことを言うというのは、健康上にもいいみたいで。

 でもある塾生がこう言ってた。
「これ、否定側にいるほうがラクで、かしこく見えますねぇ」
 その通り。肯定派はいかにそれが存在するかを必死で説明しなきゃならない。
 否定側は「そんなのこじつけだ。あるわけない」と冷ややかに見返せばいい。
 肯定側はそれを実証しようと必死になるほど、アブない人に見えてくる。
 否定側は、そのアブない人に向かって常識的な言葉で返せば、賢く見える。

 テレビでたまにやっている、幽霊いる、いない、の論争なんてみんなそう。
 でも考えたら、否定側は突っ込んでいるだけで、新しいことは何も言ってないんですけどもね。つまり、おもろいこともなんともない・・・。


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2010年04月21日

ホラーの鍵貸します

kowaiuwasa 中山市朗です。

 また、妙な雑誌が送られてきました。
 「闇の中の“怪”を読み解くエンターテイメント・ミステリアス・マガジン〜怪談・都市伝説・未解決事件・恐怖〜怖い噂 Vol.5」
 内容は、国松長官狙撃事件の疑惑の銃弾、とか、足利事件と宮崎事件の奇妙な一致、とか、酒鬼薔薇事件の真相とか、坂本龍馬=フリーメーソンの否定説とか、幽体離脱は本当にできるのか、とか、殺人事件が起きたアパートで幽霊は本当に出るのか、とか、『20世紀少年』の世界は現実になる、とか・・・
 もう怪しい噂の総合病院、いや、デパートみたいな雑誌です。
 それもそのはず。出版社が『ナックルズ』のミリオン出版。

 で、なぜか「『現代百物語 新耳袋』最凶怪談はこれだ!」というコーナーがありますねん。そう、20執念・・・いや、20周年企画!
 各著名人の『新耳』ジャンキーたちが選ぶ“ベスト・エピソード”という内容となっております。
 その顔ぶれは本誌にてご覧下さい。
 で、木原と私の選ぶトップ・エピソードも掲載してあります。
 なんか、私の部屋で編集の人たちと飲んでいたときに撮られたと思われる、スッゴク私がエラソーにしている写真が使われております。いつもは私、謙虚な男なので誤解なく。
 えっ、飲んだらそうなる?

 それはすんまへん。


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2010年04月20日

続・十選

 中山市朗です。

 前回の続き。
 映画のベスト10。これは無謀な挑戦だ!
 でも、あれやこれやと議論して選ぶというのも、いい思考の訓練になる?
 どれだけ見ているのかの反省も兼ねて。
 映画史上のベスト10というのは、たまに映画雑誌が企画しているものですが、作劇塾が選ぶとどうなるのでしょう。
 まずは、

 戦艦ポチョムキン (セルゲイ・M・エイゼンシュタイン)
 黄金狂時代    (チャールズ・チャップリン)
 市民ケーン    (オーソン・ウェルズ)

 まずこの3本は無視できない。『ポチョムキン』は、モンタージュ手法を確立させ、映画は編集によって意味がもたらせることを実践した一品。『黄金狂時代』はチャップリンのヒューマニズムとペーソスを芸術の域に達し得た作品。チャップリンというキャラクターも映画が生んだ芸術と言えましょう。『市民ケーン』はその撮影法、構成法などに画期的革新をもたらせたアメリカ映画。アメリカ本国でも、最大の傑作と評価されているようです。この3本の映画は、映画史上最も偉大な映画と言っていいでしょう。3本とも見てない人は、ちょっとこの席から外れて!

 問題はあとの7本。
 映画といえばアクション。現在あるアクション映画の原点は『駅馬車』にあると言っていいでしょう。また『駅馬車』の成功でアメリカ映画のアクションの中心はその後30年、西部劇にありました。ジョン・フォードの芸術性ということになれば『捜索者』となるのでしょうが。
 西部劇ときたらミュージカル。『巴里のアメリカ人』『雨に唄えば』が大傑作。スガノは『踊るニュウヨーク』をしきりに押してきますが、アステアの芸はすごいけど、映画としては押せない。で結局、ボーイ・ミーツ・ガールという基本構造より成り立っていたミュージカルに人種差別という問題と、動きと音楽に躍動感を与え日本でも大ヒットした『ウエストサイド物語』ということに。ホラーやSFは?
 『2001年宇宙の旅』は間違いなし。ホラーか・・・サイコホラーの元祖はヒッチコックの『サイコ』。ヒッチコックなら『レベッカ』、いや『めまい』と意見も出ますが、今あるホラー映画のほとんどが『サイコ』の影響から逃れられない状況を見ると、『サイコ』で決まり。ヒッチコックという作家も、映画史上の上で抜きには語れません。
 ヨーロッパにも目を移さないと。
 ベルイマン、フェリーニ、ヴィスコンティ、ジャン・ルノワール・・・それぞれがヨーロッパを代表する巨匠たち。
 
 それぞれの代表作は?
 ベルイマンなら『処女の泉』『沈黙』『野いちご』『叫びとささやき』・・・待てよ、『処女の泉』を選ぶのなら、その撮影法と森の中のレイプという題材に、強く影響を与えた黒澤の『羅生門』は?
「うーん、日本映画はこの際外す、ということで・・・」とDくん。
 フェリーニは『道』、ヴィスコンティは『ベニスに死す』でしょう。ジャン・ルノワールは『大いなる幻影』。待て、ヌーヴェルバーグは外せない。ゴダール、トリュフォー、マル、リヴェット、レネ・・・。ハリウッドを驚かせたのはその斬新な撮影法、モンタージュ手法、即興演出、作家主義・・・。スタジオで決められていた手法が、見事破天荒に無視されていたことに、ハリウッドの映画人が衝撃を覚えた作品群。ハリウッド方式がロマン主義ならば、ヌーヴェルバーグは印象派だと私は思う。面白いことに、ヌーヴェルバーグという運動は、日本映画『狂った果実』(中平康監督)のフランス上映から始まったとトリュフォーは言うてますので、やっぱり印象派運動に似ている?
 『大人は判ってくれない』『勝手にしやがれ』、2つに絞った上で『勝手にしやがれ』に決定。となれば、アメリカン・ニューシネマ、イタリアのネオリアリズムからも。
 『俺たちに明日はない』と『自転車泥棒』でしょう。
 映画と言えばスペクタクル。デヴィット・リーンの『アラビアのロレンス』。この作品は映画芸術の極みがある。『史上最大の作戦』は戦争映画を変えた作品。それまでの記録フィルムのつぎはぎの戦闘シーンだったのを、全部再現して撮ったんです。国ごとに監督が演出して。
 フィルム・ノワールは? 『ゴッドファーザー』を置いてほかにない。うん? 『ゴッドファーザー』ってフィルム・ノワールなのかな? アジアからも1本。インドの巨匠、サタジット・レイの『大地のうた』という声が。ほんまに見てるの?
 『スター・ウォーズ』はシリーズとして認められないか? ファンタジーといえば、『オズの魔法使』でしょうと、強烈に押す声も。『オズ〜』のヒロインはジュディ・ガーランドです。スピルバーグは入れないと。『ジョーズ』でしょう。だったら『キング・コング』は? あっ、『第三の男』がない! と、そらもう喧々囂々。
 とっくに10本越えてるやん!
 ということで、ベスト30となりました・・・。

 発表です。
 作劇塾の選ぶ、世界の映画ベスト30。

 『戦艦ポチョムキン』 (セルゲイ・M・エイゼンシュタイン)
 『黄金狂時代』    (チャールズ・チャップリン)
 『市民ケーン』    (オーソン・ウェルズ)
 『駅馬車』      (ジョン・フォード)
 『勝手にしやがれ』  (ジャン・リュック・ゴダール)
 『2001年宇宙の旅』  (スタンリー・キューブリック)
 『道』        (フェデリコ・フェリーニ)
 『ベニスに死す』   (ルキノ・ヴィスコンティ)
 『処女の泉』     (イングマル・ベルイマン)
 『サイコ』      (アルフレッド・ヒッチコック)
 『ウエストサイド物語』(ロバート・ワイズ)
 『アラビアのロレンス』(デヴィット・リーン)
 『ベン・ハー』    (ウィリアム・ワイラー)
 『大いなる幻影』   (ジャン・ルノワール)
 『風と共に去りぬ』  (ヴィクター・フレミング)
 『ゴッドファーザー』 (フランシス・コッポラ)
 『俺たちに明日はない』(アーサー・ベン)
 『旅芸人の記録』   (テオ・アンゲロブロス)
 『大地のうた』    (サタジット・レイ)
 『ジョーズ』     (スティーブン・スピルバーグ)
 『スター・ウォーズ』 (ジョージ・ルーカス)
 『自転車泥棒』    (ビットリオ・デ・シーカ)
 『素晴らしき哉、人生』(フランク・キャプラ)
 『七年目の浮気』   (ビリー・ワイルダー)
 『赤い河』      (ハワード・ホークス)
 『第三の男』     (キャロル・リード)
 『フランケンシュタイン』(ジェイムズ・ホエール)
 『キング・コング』   (メリアン・C・クーパー他)
 『史上最大の作戦』  (ケン・アナキン他)
 『天井桟敷の人々』  (マルセル・カルネ)
 


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2010年04月17日

十選

 中山市朗です。

 先日、塾生やスタッフのスガノたちと飲んでいるうちに、マンガのベスト10て、なんだろうという話になりました。「なんかそれ、おもろそうやな」と私も加わってベスト10の選定を行ないました。
 話のきっかけとなったのは、先日私のブログで触れたモームの選んだ世界10大文学になぜ日本の文学が入らなかったのか、という議論からでした。歴史のうねりとか、骨太の作風、世界観の共感性、人間の本質に迫る思想の提示、深み。充実度ということを考えると、日本という閉じられた世界では、ドストエフスキーやトルストイ、ロマン・ロランといった作家たちには、やはりかなわないのかな、と。ただ、比較しうる名作は日本にも確かにあると思うんです。

 で、マンガのベスト10。
 自分の好きなマンガ・ベスト10というのは誰でも挙げられるでしょう。
 しかし、クリエイターを目指す者としての選定を行なうべきだとしました。
 つまり好き嫌いではなく、マンガの歴史上に重要で、後世のマンガ界にそのスタイルや技術的な影響を及ぼし、読者に支持され、その時代を反映させながらも革新的な思想、世界観を与えたもの。そして今も残る名作とは・・・
 もうひとつ。幅広い分野からバランスよく、それぞれのマンガ家の代表作となることも考慮することも条件としました。
 考えどころです。

 みなさんは何を選ばれますか?

 喧々囂々、やりあいました。
 例えば手塚治虫はまず第一に挙げるべきではあるが、1本となるとどうするのか。『ブラックジャック』という声が多数挙がりましたが、やっぱり子供たちに夢を与えた『鉄腕アトム』やろうと。手塚となると赤塚。『おそ松くん』でしょう。『天才バカボン』はこの作品があってのもの。藤子不二雄も『オバQ』以外にない。『ドラえもん』のルーツはこれ。石ノ森は『仮面ライダー』という声が。いや、『サイボーグ009』は作者が一番思い入れを込めた反戦色の濃い作品。そのスケールも『仮面ライダー』は及ばない。
 少女マンガから1本、となると、なんでしょう。水野英子、萩尾望都、山岸凉子、竹宮恵子・・・うーん。で、落ち着いたのが『ガラスの仮面』。今なお続く名作ですなあ。劇画も入れなきゃ。もちろん さいとうたかを の代表作『ゴルゴ13』。スポ根ものは? 『巨人の星』か『あしたのジョー』。4コマからも。いしいひさいちが4コママンガに革新をもたらせましたが、やっぱり日本国民の誰もが知る、これかな? 終戦の翌年には始まり、今なおテレビでやっている・・・。
 白土三平の『カムイ伝』は外せない。その権力者、下級身分といった登場人物たちの視点が巧みで、そのイデオロギーやリアリティが全共斗に多大な影響を与えたとか・・・ということで。

 作劇塾が選定した、日本のマンガベスト10。

 『鉄腕アトム』    手塚治虫
 『おそ松くん』    赤塚不二夫
 『オバケのQ太郎』  藤子不二雄
 『ゲゲゲの鬼太郎』  水木しげる
 『サイボーグ009』 石森章太郎
 『ガラスの仮面』   美内すずえ
 『カムイ伝』     白土三平
 『ゴルゴ13』    さいとうたかを
 『巨人の星』     川崎のぼる/梶原一騎
 『サザエさん』    長谷川町子

 異論はあるかと思いますが、これが妥当なところでは?
 しかし、あれが入ってない、これはどうなの、とうるさいので、番外10本も、

 『AKIRA』
 SFマンガの金字塔

 『日出処の天子』
 山岸さんは少女マンガを語るに欠かせない。

 『包丁人味平』 
 業界の裏を見せながら、料理の世界をスポ根風に演出!

 『めぞん一刻』 
 これは『うる星やつら』かどちらかで議論ありました。

 『あしたのジョー』
 20本となるとこれは入るやろう、と。

 『ハレンチ学園』
 永井豪は『デビルマン』やろうという意見が多数。でも『ハレンチ学園』はその過激性に話題騒然となった代表作で、この暴力性と正邪の争いが『デビルマン』へ発展したことを考えると。 

 『ルパン三世』
 マンガを大人の世界へ広げた功績?

 『男一匹ガキ大将』
 本宮ひろ志も選ばなきゃ。『サラリーマン金太郎』?

 『鉄人28号』
 ロボットマンガのルーツ。『ガンダム』もこれがあるから。

 『ドラゴンボール』
 現代のものも1本、と選んだのですが、こう並べると違和感があるとの意見が。うーん、深みがないというか・・・

 えっ、やっぱりあれは入れなきゃって? えっ、つげ義春がないって?
 もうキリがない。

 ということで、今度は世界の名画10選という無謀な挑戦に・・・


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2010年04月15日

4/14の小説技法

 中山市朗です。

 14日の小説技法の報告です。

 季節の変わり目だからでしょうか、今月は出席率は低め。
 そういえば、塾開校以来、フルメンバーになったことがない。
 前回はお休みだったSFの東野くんが、埼玉で開催された「はるこん」(詳しくは彼のブログ「がんま線ばーすと」で)に行ってきたらしく、そのお土産をもらいました。
 絵はがきです。
 映画のポスターみたいですが、そのイラストがうまいようなヘタクソなような。
 寅さんの顔がなんか違う「金正男はつらいよ」。
 インディの顔があの人・・・「インディ・ジョンイル/シークレットブーツの秘密」。
 これ、インディ・ジュンイルで浜村淳さんでも当てはまる・・・?
 オードリー・ヘップバーンに微妙に似ている女性が、サンマの定食を食べている「ティファニーで定食を」。
 ジェームズ・ディーンの右手を見ると小さなハンコを持っている「理由なきハンコ」。

 う〜ん、こんなものをSFコンベンションで売ってたの?
 
 でも東野くんは人と会う、話をするという楽しさ、重要性を知ったといいます。
 
 さて、いつもの合評です。
 ここのところ、マシンガンお嬢とエロライター兼バスガイドのおねいさんがお休みなので、ちょっと発言数が減るかなと危惧していたのですが、いやいやそんなことはありません。熱き指摘、質問、駄目出し、たまには賞賛が飛び交います。またその指摘や駄目出しも、かなり的確になってきている塾生もいます。
 
 まずは落語作家のO田くん。
 ギャグ小説なのですが、彼の悪いところが出てしまっている。登場人物が全部ボケなんですね。これはお笑いの台本を書く新人がよくやりがちなことなんですが、ボケれば笑えるというものではない。ツッコミがあって客は笑う。緩和と緊張ですな。みんながボケている世界ではいくらボケても、それが当たり前になっちゃいます。当たり前のことに刺激は生まれないので、笑いにならない。O田くんが当初書いてきていた新作落語がそうだったので注意したら、やっと最近直りかけてたんですけどねえ。
 N子さんのホラー小説は第二章に入ったのですが、これも同じ。
 主人公が常に何かにおののき、追い込まれていく精神状態が描写されるのですが、これもだから怖いというわけではない。日常の世界が壊れるところが怖いわけで、出るぞ、出るぞ、といった文章が延々続いてもねえ・・・。それと今回は心理描写に重きを置き過ぎて、ドラマが進行していないという問題も。
 T下さんの、24歳の主人公が64歳のまことじいさんに一目惚れし、結婚をしているという設定から入る作品。そこのところの共感がもてないという塾生から色々と指摘されたことを全部取り込んでしまって、何がやりたいのかわからない作品になってしまっています。T下さん自身も「ちょっと当初やりたかったというこの作品の意図を見失いかけている」と言います。「私はこれを書くんだ」というブレない信念がないと、小説を書き続けるということは困難になってきます。助言を受け入れる姿勢は大事なことですが、自分の中で選択しなきゃ。
 Dくんの時代小説。調べて書いていることが伝わってきます。作品と真摯に向かい合っているようで、その態度には好感がもてます。ただし、前回までのものと比べて、地の文が少なくなって会話に頼っている部分が多くなった。Dくんは「話を動かそうとしたらそうなった」と言いますが、これは時代劇なのだから、その雰囲気や説明にはやっぱり地の文があるほうが味わいが出てくるように思います。いまや時代劇の専門家みたいな存在となったK島くんが、言葉の使い方をこまめに指摘していました。「三下っていう言葉を随分使われていますが、そもそもこの三下っていう言葉は・・・(以下省略)」
 そのK島くんの昭和の伝説的スター、大河内傳次郎に捧げる一編。作家志望の現代の若者が、古い映画の魅力を知り、大河内という人物に迫るライターとなる、ということになるようです。前回まで指摘されていた、主人公とからむ女性キャラクターの描き方が大胆に修正されてきて、生き生きと躍動し始めました。ただ、これも前回私が指摘した映画ライターとして仕事をしているシーンにリアリティがない。そういう現場をK島くんは見なきゃダメなのかな。
 M下さんの「俺が彼女になった理由」というコメディチックな小説は、非常に面白く読めました。主人公をどんどんと危機に追い込み、なんとかそこから知恵を働かせて主人公がクリアしていくという仕掛けとアイデアが、ページをめくらせるんです。若い元医者の男性がわけあって女性として生きていかねばならないという設定に、まったく無理がないというわけにもいかず、ここがありえないという指摘もありましたが、そこは小説ですから。そんなことが気にならないテンポとテクニックが備わってきたように思えます。
 Y本くんのヒーロー小説、第一章が完結しました。
 400字詰め原稿用紙換算で400枚。新書サイズの単行本一冊分はあります。ここで一旦話をエンドにしておき、第二章はシリーズの2冊目と思って書いたほうがいい。ただ、ここでオーケーとはまだいかない。クライマックスの戦闘シーンにしては説明がやたらと多く、悪くはないんですが、テンポが落ちています。会話のシーンも削れます。もう少しかな。
 T田くんの「クリエイターズ・ファイト」も完結。こちらも350枚。文庫本になるくらいの量になったかな? この作品もクライマックスのアクションシーンが、もうちょっとスッキリしない。これは書き方の問題。これを映像にすると何かが抜けたり、いらない描写があったり。それもひとつひとつは些細なことなんですが、その些細が割と全体的にあるんです。だからクライマックスという感じがしないんです。こちらも微調整が必要です。
 今月入塾したN村さん。あるマンガのシナリオコンクールに投稿するために、シナリオを出してきました。シナリオは金曜日に合評を行なっていますが、金曜日はお仕事の都合上、どうしても来られないというので、特別にこの授業で合評。
 シナリオを書くのは初めて、と言いながらもちゃんとシナリオの形になっています。ネットでずいぶん調べたと言います。ただ、ナレーションが多い。これをマンガにしたとき、どうコマの上で表現されるのかを考えないと。マンガコースも受けている塾生からは、マンガのシナリオを書く場合は、自分でもネームを描いてみることという指摘が。どういうコマでの構成で、セリフやナレーションをどこに入れるのか、次のページをめくらせる仕掛けも要ります。それとオープニング4ページであまり動きがないのも気になります。マンガは何でも表現できます。大胆なアイデアと演出を期待します。
 


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2010年04月14日

新耳0 バーステイ

 中山市朗です。
choujou なんや『映画秘宝』の洋泉社から、えらいマニアックなムック本が送られてきました。
 その題は、
 『怪奇・怨霊・宇宙人 衝撃!超常現象映画の世界』
 コピーとして、「この世にあるかもしれない不思議を映画の力で見せてやる!」
 表紙をめくるといきなり、宇宙人らしき顔のアップ。「これが宇宙人だ!」と、大きく文字が躍って・・・それ、『第9地区』の宇宙人やん!
 という、なぜか懐かしいノリの本。
 あれですわ、昭和40年代の『少年マガジン』、巻頭特集。
 大判昌司のノリ。

 さて、これはそういうB級(?)のホラー、オカルト、SF映画を紹介する狂気の一冊なのですが、実は『日本実話怪談の曙『現代百物語・新耳袋』の20年/証言・木原浩勝×中山市朗』という『新耳袋』生誕20周年を記念したインタビュー記事が載っております。
 そうなんですな。
 あんまり実感がないのですが、扶桑社から『新・耳・袋〜あなたの隣の怖い話』が出版されたのが、1990年の10月やったんですな。
 なぜか季節外れやった。
 私も木原もまったく無名で。
 当時、怪談作家なんていなかったし、実話とか実話系怪談という言葉もありませんでした。「怪談書いてます」と言うと「どうしてそんなバカなことを信じているんだ!」と、なぜか叱られたこともありました。「幽霊見るんですか?」ともよく言われました。「そんなもの見えません」と言うと「えっ?」て不思議な顔をされたり。

 それがまあ、今は怪談作家がいるいる。
 語り手もいるいる。
 京極さんや有栖川さん、綾辻さんまでも書かれるとなると、もうお手上げですわ。

 さて、インタビューでは、『新耳袋』の誕生秘話から裏話、その仕掛けといったことが『映画秘宝』編集部によって暴露されております!
 そしてドラマおよび映画化された『怪談新耳袋』の全エピソードについても解説してあります。ほかのコーナーと違って、なぜか『新耳袋』のコーナーは割りとまじめです。

 ぜひ、マニアの方はご覧下さい。




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2010年04月08日

4/7の作劇ゼミ

 中山市朗です。
saxtuka_4_7_08
 塾の会議室が駄菓子屋さんに?
 写真にあるのは、お菓子の一部です。
 一体これは?

 実は先週、某お菓子メーカーの社長さんが私の元に来られて、ドッサリ置いていかれたのです。
 そこで塾生におすそ分け。
 なんか駄菓子を目にすると、みんなニコニコ顔になりますなあ。
 この日は見学に3人来られたのですが、もちろんその人たちへも。
 みんな最初は遠慮気味だったのですが、気がついたら綺麗サッパリなくなっていました。

saxtuka_4_7_09
 えっ、なんでお菓子メーカーが、そんなものを置いていったのかって?
 ふっふっふ。それはまだ言えません。
 夏のコンビニに何かが起こる・・・?

 さて、7日(水)の作劇ゼミの報告です。

 先述したように3人が見学。1人が入塾。
 うち2人の女性は、作家になりたいということではなく、「なんか、こんなとこ珍しいから興味をもったので」と言います。そういう動機でもOKです。
 塾で面白いこと探しをしてください。

 ところで今月は、受講する塾生がやや少なめ。
 仕事が忙しい、風邪を引いた、今月はお金がない、事情は色々あるようですが、ちょっと気になるのは塾にあるものをどんどん利用したり活かしている塾生は滅多に休まないけど、そうでない人がよく休む、という現象。で、続けている人はテンションも高いが、休みがちの人はテンションも低いようです。
 それとも、それは気のせい?
 休みがちの人、どお?

 さて、ここのところ、小松左京さんの著書、『未来からのウインク』という若者に向けたエッセイを教本に、作家のスタンスというものを考えています。
 今回は「イマジネーションを蓄積する知の方法」

 知識や情報を蓄積するにはメモをとれ、と小松さんは言います。
 当たり前のことだと思うでしょう?
 ところが!
 以前私が専門学校の講師をしていたときのこと。
 毎年デジャビュを見るように、繰り返し起きていることがありました。
 それは、新入生に対する第一回目の授業。そのほとんどが1ヶ月前までは高校生。
 ホワイトボードに要点を書いても、それをノートに書こうとしないんです。机の上にも何もないし。で、私は怒鳴る訳です。「ノートに書け!」
 そしたらみんなびっくりして、鞄からノートと筆記用具を取り出すんです。
 持っては来ている!
 なんなんでしょうね、これ。
 ノートに取らなくてもちゃんと覚えているよ、という天才児もいる(?)かもしれませんが、人間やっぱり忘れます。
 日本SF界の巨匠、小松左京にしてメモを取らないと忘れる、と言います。
 わからない言葉、興味を覚えた事柄など、とにかくメモって後で辞書を引く。このプロセスが極めて大事である、するとそこから知識の出発点が始まる、と。

 一枚のメモは知識欲を爆発させる導火線。プロの言葉です。

 そうなると、専門学校に高い授業料を払って通いながら、目の前に自分たちが目指す世界にいる人が「これ、重要だよ」とわざわざホワイトボードに書いてくれているのに、それをメモにとらないことは、愚かしいことだとわかるはずです。プロがやっていることを、プロを目指す者がやらない・・・変ですよね。
 高校では、一体どんな教育を受けてんのやろ、とほんま毎年思っていました。
 ほんま、毎年でした。

 塾はおそらく自ら稼いだお金で通っている社会人が多いので、みんな必死にノートをとっているようですけど。

 さて、そうやってとったノートは、処分してしまわない限り不滅です。この重要性はむしろプロになってから実感します。アマチュアの頃は、好きなものだけを書いていればよかったのですが、プロとなるとそうもいかないんですよね。知らないことを書く必要にかられたり、えらい人に取材をしたり、対談をしたり、という状況も出てきます。また業界にいる人は専門用語を何気なく使います。そういうものをそのまま理解せずに使うと、えらい誤用が起こったり、間違えて伝わったり。
 いや、知っていると思っていたことも、さらに深くレベルの高いものを求められて、世の中知らないことだらけだと改めて思ったり。
 そういうとき、書き溜めていたノートが役立つ、というのは私自身の経験でもあります。そのときはちょっと興味をもって書き溜めていたことも、後になって重要な情報源になるというのは、ホントにありえることなのです。一片のメモは武器となるのです。
 特に取材のみならず、飲み屋で聞いた気になったこととか、何気ない友人の言葉なんて、オリジナルのインデックスです。どの辞書にもそのことは載っていないわけですから。
 
 小松左京さんは、こんなことを書いておられます。
「もっとも、新聞記者でもメモをとって勉強してという作業を端折って取材に行く強者もいるようです。経済記者時代に湯川秀樹さんにお会いしたとき、湯川さんがこんなことを言われた。
 『最近の大新聞の科学記者はどうなっているんだ』
 『どうしたんですか?』と私が聞くと、知識があまりにも乏しいと言われる。ハイゼンベルグの名前さえ知らない科学記者がいるのだと・・・。湯川さんが記者にその点を質すと『いやぁ、私はこの間まで、ノビやタタキばっかり相手にしてたものですから』と答えたのだそうです。湯川さんは何のことかわからずに、『キミ、ノビやタタキって、それはなんだ?』と聞いた。するとその記者、『ほら、あんたもこの分野のことは知らへんやないか』と大笑いになったというのですが。物理学者にノビやタタキが理解の他だったとしても責められません・・・」

 ちなみに塾生は一人としてハイゼンベルグを知る者はいませんでした。
 「わかった、ドイツ人!」と言った塾生がいましたけど、間違ってはいない。
 ノビやタタキは?
 実は私も知らなかったんですが、塾生に聞かれたら困るので調べてみました。もちろん、辞書には載っていない用語。これは警察の隠語なんですね。つまり内輪だけで使う言葉。これを記者たちは理解しないと書けないので、記者たちも使っていたんですね。
 「イタチがコロッケあげよったで」
 これ意味わかります?
 別にコロッケを油で揚げるわけじゃありません。
 「俊敏刑事が女の殺人犯を逮捕した」という隠語です。
 ガサ入れ、あらう、は聞いたことありますね。家宅捜査、調べる、ですな。
 さんずい、うかんむり、ごんべん・・・漢字ドリルではありません。
 汚職、窃盗、詐欺事件、のことだそうです。で、ノビやタタキは?
 泥棒や強盗、というわけです。

 そういえば、どの業界にもこういうのありますよね。
 
 我々の世界では昼になろうが、夜になろうが、「おはようございます」。隠語というより業界用語というべきでしょうか。私はテレビの世界にいたこともあります。
 「カンペ見切れてるからわらって」
 ほんまに笑うとドツかれます。
 「ギャラもらった? ゲーセン? ツェーマン? えっ、イーマンオクターブ!」
 翻訳します。
 「ギャラもらった? 5千円? 1万円? えっ、3万8千円!」
 
 まあこんなこと、普通は使わないのですが、作家になるなら知っておいたほうがなにか役立つ、かな、ということです。
 
 ところで授業終わったら、スイヤなところでミーノする? イーセンで放題。てっぺん回ってもいい?


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2010年04月07日

クリエイターよ銃をとれ

 中山市朗です。

 とうとうアメリカで発売されましたなあ、多機能携帯端末「ipad」。
 近い将来、出版物はほぼ完全に紙媒体から電子書籍に移行する、とは頭では思っていましたが、あれを見ると数年後には紙媒体としての雑誌や新聞が、まず無くなる・・・という現実を見せ付けられたような。
 
 電子書籍になんとなく抵抗感があるのは、本という厚みのある物体への愛着があるというのがまず要因でしたが、そんなものはよっぽどの本好きのワガママになってしまうのでしょうか?

 学生の頃の私は、映画は劇場で観るもの、と堅く堅く思い込んでおりました。テレビやビデオで観るのは邪道。だいたい映画は劇場で公開されることが前提で作られているし、フィルムだから映画なんだろう、というのが持論でして。
 当時、最低でも年間360本の映画鑑賞を目指して書いていた映画ノートには、テレビやビデオで観たものはカウントしていなかったんです。ピカソの「ゲルニカ」を絵ハガキで観るようなもん・・・そら、イミテーション。そう思っておりました。

 ところが現在、私は映画鑑賞のメインは自宅のハイビジョンが中心。
 あのときの私が、今の私を見たらどう思うのでしょうか?
 だって仕方ないもん。画質はフィルムとほぼ同じ解像度、質感。昔の映画なんか退色してたり、フィルムが切れたり、傷が入ったりしていたのが、デジタル修復により公開時のニュープリント、いや、それ以上の画質になってしまって。モノラル音声もモノによったらステレオ化。テレビ画面も大型になり、ヴィスタサイズになってもーた。
 また、映画の作り手側も今やフィルムではなくハイビジョン撮影が主流。劇場公開よりもBD、DVDでの販売をメインとした興業形態。それもデートや家族での映画鑑賞券を買うのと、DVDやBDを購入するのと値段もそう変わらない。レンタルとなると200円とか・・・。

 つまり、書籍もそうなるということなんですね。
 ipadは、紙のページをめくるという感覚もバーチャルながら再現。画面は10インチあるそうですから、ページレイアウトもそのまま取り込み、縦書きのスタイルもそのまま残る・・・。軽量、便利、安いとなると、これはもう・・・。
 とはいえ、今も映画館がちゃんとあるように、本という出版物がなくなることはないと思います。でも、ほとんどの人は、電子書籍を利用することでしょう。

 私が危惧するのは作家の立場。今までは出版社という業界で成り立っていたのが、そういうノウハウもない会社やクライアントが進出することも考えられます。現に今、若い作家志望、あるいはプロの作家でも、不当に安い、奴隷のような条件でネット配信用の小説やゲームのシナリオを書かされている現状があります。
 ちゃんとルール作りが成されるのでしょうか?
 今の出版物の場合、単行本だと作家に対する対価は書籍の価格の10%の印税です。
 電子書籍となると書籍の値段は下がるでしょうが、その分印税の引き上げもあるのではと期待します。だって経費は紙媒体の半分以下ですから。このあたりは作家側も勉強しておかないと、既得権益を配信会社に持っていかれたら、えらい損します。
 2年ほど前でしたか、以前有線放送用に吹き込んだ『新耳袋』の音声をネットで流したいと某配信会社から要請があったのですが、私と木原の取り分はチャリーンの世界。ほとんどの利益は配信会社という内容でした。
 こんなん無しです。断りました。
 日本のテレビ業界も、コンテンツを作る制作会社には権利はなく、放送するテレビ局に既得権益はある。だから作り手側はなかなか経済的に潤えないし、問題が起こったらその責任だけは押し付けられる。
 これでいいもの作れというのが無理。いい人材も育ちませんわ。

 今、次々と面白いドラマを作り出しているアメリカのテレビ業界は、その既得権益は制作会社にあると言います。その分、クリエイターにも還元されるわけです。
 
 日本のクリエイターたちも、ちゃんとここを守らなあきません。
 ものを作る人間が安く見られて、媒体をもっている組織が大いに儲けるというのは、日本の悪しき風習です。映画やアニメの産業も配給会社や映画会社が儲けて、現場は家を抵当に入れて、なんていう監督や、手弁当のスタッフがいたりした。

 考えなあきませんな。

 それと、作家が一人でシコシコと書く小説は相変わらず残るでしょうが、コンテンツとしての制作プロジェクトの中に作家が入るということが主流になるようにも思います。やっぱり電子書籍となるとマルチ・メディアとして展開させる方がビジネスとしては大きくなるし、広告を取り込むとか、ユーザーの思考に即時応える、なんていうことも必要になってくるでしょうしね。
 
 ただ、日本の出版界はipadへの関心は持ちつつも、今のところは前向きのビジネス・コンテンツとして打ち出すことには、やや消極的らしい。横並びの日本社会の特徴といいますか、電子書籍への積極的な姿勢は、業界で裏切りもの扱いされるからとか。でもこれも映画産業がテレビというメディアに危機感をもち、電気紙芝居だと揶揄したのと同じこと。映画俳優がテレビに出ようものなら、バカにされたりしたらしいですな。
 それが今はテレビなしの映画産業はありえない。
 テレビ業界もネット産業を無視してはありえない。
 そして出版界も。
 だからほんと、近いうちに出版界はガラリと変わると思います。

 そうなると、やっぱり必要です。
 それらを束ね、先見の目をもって、作家に仕事を与え、新たなコンテンツを作り出す出版プロデューサーが。


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2010年04月04日

落語野郎 大暴走

 中山市朗です。

 先日、久しぶりに大阪天満「繁昌亭」に行ってきました。
 創作落語集団DIMA3の公演。
 お金にまつわるエトセトラ、ということで次のような演者とネタが。
 
 桂三幸「分け前」
 笑福亭由瓶「お楽しみ券」
 林家染弥「貢ぐ女」
 桂三若「カリスマホームレス」
 桂文華「紙幣改訂」

 実はかなた師匠が、このうちの何本かの落語を書き下ろしているのです。
 かなた師匠と言っても、私の師匠ではありません。そういう彼のペンネーム(でもないらしい?)です。かなた、という名前は彼が素人落語集団「桐の一門」に入門したときに私がつけた名前ですが、いつの間にやら勝手に師匠というのがついていました。まあ、単に作劇塾の塾生なんですけど。
 彼は落語作家志望なんですな。
 以前から彼はプロの芸人さんと交流を重ね、ライブを手伝ったりもしていて、落語作家としてのデビューも果たしているのですが、自信がないのか私を無視していたのか、「見に来てください」と言わなかったのであえて行かなかったのですが、今回はじめて「席取っておきますから見に来てください」と言うてきた次第で。

 5本の新作落語は、それぞれユニークで非常に楽しめました。
 「分け前」は、銀行強盗がその分け前をどうするかで仲間同士が言い合う噺。でもこの設定はもっと面白く活かせるはずです。
 「お楽しみ券」は、腹の減った主人公がなんとかサービス券10枚集めて、タダで食べられる寝屋川カレーうどんを食べようと店に辿り着いたら・・・その10枚のタダ券が、高級な毛皮になり、それが300万円の現金に代わり、それがオートバイになって、今度は金メダル3枚と交換されて・・・結局それが不思議な運命と宿命と因果によって、一杯の寝屋川カレーうどんになる、という・・・物語。これはほんとに楽しめました。こんな奇想天外でアホな話も落語になるとなんか妙に納まるのが面白い。
 「貢ぐ女」は、ちょっと人情がかった噺。これ、途中でお客がもうオチを予想しているんですな。というかオチはわかる。で、やっぱり予想通りの展開になるのですが、最後のオチは微妙に客の意識をずらすもの。ウマい計算です。客も爆笑。これは演じ方の技法にもよりますな。
 「カリスマホームレス」は大阪の西成が舞台。その時点でこれがかなた師匠の書き下ろしだと推測。ホームレスにも格差ができて主人公はブルジョワ・ホームレス、あるいはキング・オブ・ホームレス、またはナチュラル・ボーン・ホームレスのミナリタダシさんとの師弟のような交流を描く噺。いちばん爆笑が起こったのは、この噺だったのかもしれません。でもそれは、三若さんの腕にもある。
 「紙幣改訂」は日本国がこの経済不況を乗り越えるために円の紙幣を改訂するための審議会を開いているというもの。よくこういう審議会には有識者とかいう謎の人たちが集まっていますが、ここに集まったのは、4コママンガ家、大阪の漫才作家、サラ金の取り立て屋、新大阪駅のキヨスクのおばちゃんというメンバー。もうこの設定で落語になりますわな。

 笑いとは緊張と緩和である、とは亡き桂枝雀師匠の言葉ですが、銀行強盗の内輪もめ、寝屋川カレーうどんと高級品や金メダル、ホームレスとブルジョワ、有識者会議のメンバーがサラ金の取り立てやキヨスクのおばちゃん、と、それぞれにそのツボをおさえ、しかも「紙幣改訂」では自由とは何かという問題まで提起して・・・
 やっぱり高いものを低く落とす、というのが笑いの、そして落語の根本であるということを見事実証してみせた今回の落語会でした。
 ただ、笑いが多いから落語として残るかというと、それは別問題。
 時事ネタやくすぐりで笑いが起こっている場合も往々にあるようなので、やっぱりしっかりとした人間洞察とユニークな展開がないと難しいかな、と。

 で、かなた師匠の落語はどれ?
「実は3本書いてるんですけど、2本はほとんど残ってなくて0.5パーセントくらい。それが『お楽しみ券』と『貢ぐ女』。7割残ったのが『カリスマホームレス』です」
 とはかなた師匠の弁。
 「カリスマホームレス」は、その題名が先にあって、そこから作っていったのだそうです。しかしまあ、芸人さんたちと楽しそうに創作活動をやっているかなた師匠を見ていると、私も嬉しくなります。

 ちなみに、落語作家として成り立っている人は、私の知る限り小佐田定雄さんとそのお弟子さんで奥さまでもあらせられる熊沢あかねさんくらいのようです。大阪に2人。東京には落語作家(落語を書いている人はいっぱいいます)はいないらしい。ということは、落語作家はこの地球上に2人だけ!
 「こら隙間産業やで」ということで、うちの塾生でも高田豪くんもすでに落語作家デビューしていることだし、数年後にはプロの落語作家の半数は作劇塾出身で占められる?
 おもろい。ならばまず、上方落語協会を乗っ取ろうじゃないか!

 もっとも問題がありまして。
 落語作家は「食えない」らしい。

 
 



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2010年04月03日

素晴らしき哉、作劇!

 いつの間にやらネットの接続が断線されていた中山です。

 昨年の春ごろ、1ヵ月未納があって夏には契約会社によって契約解除、そして断線されていたそうなんですが、我がパソコンはちゃんと記憶していてそれから約9ヵ月間、何の支障もなく作動していた、ということだったそうです。
 先日、新しいテレビを買ったので一度パソコンの電源コードを抜いたら、ネット表示ができなくなるという状態になったのでありました。
 意味がわからず、カスタマーセンターに電話したり一人いじくったりしていて、何日か経って実は未納分があって、断線していたことが判明した、というわけでした。
 それ以外はちゃんと料金を納めていてたんで、発覚の翌日には元に戻ったんですけど。

 さて、4月1日はエイプリルフール!
 私の2回ある第一回目の誕生日&塾創設記念日なのでありました。
 ということで、塾生や極親しい関係者たちに祝ってもらいました
 おおけ、ありがとう。
 (おおけ、というのはOKという意味ではなくて、大阪弁で、おおきに、をちょっと略した言葉です)
 
 エイプリルフールに生まれたということは、嘘をついてもかまわない、ということなので(?)、せいぜい嘘をこきまくっている我が人生であります。
 (せいぜい、というのは大阪弁で精出してという意味です。せいぜいがんばりや、とか)誕生日が2回、いうのももう世の中を煙に巻いているというか・・・これはこの世に生を受けたのが1日で、戸籍場の誕生日は3日ということなんですわ。「なんで?」ってよく聞かれるのですが、それは・・・えーい、めんどくさい。どーでもえーやん、ほっといて。

 ところで塾も創設して丸7年ですか。
 その間、黒字になったことは一度もなく、負担ばかりでほんま危機もあったんですが、これは私のやらねばならぬライフワーク。きっと何かの因果なんでしょう、こんなことを続けている、というのは。

 貧乏な塾生が多いので、パーティは私の書斎にて。2000円で焼き肉食べ放題。
 仕切ったのが総務のスガノくん。社長や講師の中島先生、その他ゲストの方にも来ていただいてオールナイト。夕方から夜中まで2基の囲炉裏がフル回転。ちょっと部屋に二酸化炭素がたまったのか、頭痛を訴えて帰った人もちらほら。

 でもそんなの関係ねえ。

 と元気な連中は朝まで。
 いや、楽しおました。

 プレゼントも色々といただきました。
 貴重な焼酎、ウイスキー、高級ワイン、すべてのアルコール飲料をフルーツ・リキュールに変えてしまう不思議な瓶、巨大なクッション、黒バッグ&黒のカッターシャツ、特性ケーキ、オリジナル心霊DVD、舶来のシガー、プロ野球選手名鑑&別冊宝島の「プロ野球歴代監督特集」・・・ほんま、おおけありがと。皆さん私の好みをよくご存知で。
 なかには塾生として何かヒネッたモノを、と考えている人もいましたが、いやいや、そのお気持ちだけで充分。
 ただなぜか勘違いな奴もおりまして。

 私が骨折入院中、なぜかエロ本を見舞い品としてもってきた某Kレンジャーは、今回は某アイドル女性のDVDを。私が彼女の熱烈なファンやと思っていたらしい。彼女の出ている某番組は確かに見ているけど、それは番組の作り方がユニークなので。
 そう言うと某Kレンジャーは「あれっ?」やって。
 ちなみにその見舞い品のエロ本は、直後ナースちゃんに見つかりまして、「ふーん」てな顔された・・・

 某Tくんは『AKB48わがままガールフレンド〜初挑戦眩しすぎるランジェリー』と『AKB48前田敦子・あっちゃん』の2冊の写真集&AKBとアイドリング!!!のメンバーがユニットを組んだとかいうDVDを。彼は去年も美少女キャラの8体のミニスカフィギュア(何のキャラか未だ不明)をくれたのだけど・・・。
 正直、私は今のアイドルには興味がない、というかわからないんですな。
 80年代のアイドルには詳しいですけど。
 でも茶髪のジャパニーズガールというものは、どうもテーコーがある。
 古いんちゃいまっせ。やっぱ黒髪が似合いますねんて、大和撫子は!
 えっ、その大和撫子が今は絶滅種に認定やて?
 あっ、そういうこと?

 ちなみにAKB48が何者だということぐらいは、知ってまっせ。
 Tくん「これ先生の部屋の一番目立つところに飾っておいてください」
 ワシ「なんで?」
 ワシの部屋に似合わへんけど。
 Tくん「先生の部屋ってたまに業界の方が来られるじゃないですか」
 ワシ「で?」
 Tくん「あっ、中山先生はAKBのファンだったのかって認知されて、共演の話がくるかもしれませんよね」
 ワシ「?」
 Tくん「そしたら僕も同行します。そしたらナマのAKB48に僕が会えます!」
 んなあほな〜!

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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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