2010年09月

2010年09月27日

レイダース/失われたトーク

 中山市朗です。
 
 26日(日)、ワッハ上方小演芸場での桐の一門落語会、「第10回・へたなら寄席」を終了いたしました。ご来場くださった皆様、拷問のような2時間におつきあいくださり、誠にありがとうございました。
 
 私はまだ右足にプレートが2枚入っていまして、正座が無理ということで出場を見合わせていましたが、来年6月に予定している「第11回・へたなら寄席」では久々に高座を勉めたいと精進しておりま・・・せん。精進てなに?
 しかし面白いもので、一門のメンバーも最初入門した頃には落語のこともほとんど知らず、人前で話すなんてとんでもない、と言っていて、出場直前には「消えてしまいたい」なんて言いながら、高座を終えるともう「次は何をやろう」と目を輝かせているんです。
 なんなんでしょう? 麻薬みたいなものなんですかねえ?
 きっとドーパミンが出まくっているんでしょう。
 そして落語をやっている連中は、みんな性格が明るくなってきているようでもありますし、コミュニケーションが円滑に取れるようにもなっているようです。話す、ということに多少なりとも自信ができるからなんだと思います。

 ところで今回、客席には別に申し合わせたわけでもないのでしょうが、私の専門学校時代の教え子が7、8人来ていまして、プチ同窓会みたいになっていました。
 ライターの堤谷くんと一緒に来ていた映画監督志望のT井くんの2人を打ち上げに誘って、特にT井くんとは久々に話したんですが、ねえ・・・。
 T井くんは専門学校時代、映画は他の学生より圧倒的に見ていたし、積極的に動いて映画を作って、どこか学生時代の私に似ているところもあって、ただ、俺が俺が、というタイプなんですね。これはあかん、潰される、と私はいろいろ彼に注意して、またチャンスを与えたつもりだったんですが、あるときから姿をくらませて。
 で、久々に会ったんですが、な〜んか暗い。
「今、どうしてんの?」
 という私の問い。すると、
「何もしてません」
 という嘆かわしい返事。というか、やっぱり・・・。
「えっ、夢は諦めたの?」
「それはないです。諦めていません」
「じゃあ、これからどうすんの?」
「とりあえずT本くんに仕事をもらって、一緒にやっていこうかと・・・」
「お前、もうあかんわ」
 私、そう言ったんです。T本くんというのは、彼の専門学校時代の友人。もう専門学校を卒業して6、7年経つんです。なのにT本くんが唯一の頼みの綱。
 つまり人脈を作っていないんです。プロの映画業界の人と交流していない。T本くんは映像の仕事で食ってはいるようだけど、映画業界の人ではない。いったい、T井くんはここ数年、なにをしていたんだと腹立たしく思いました。学生時代のT井くんは非常にアグレッシブな存在だっただけに、私が紹介した人たちをも裏切って。それ悪気がないだけに余計あかん。
 自覚がないんですね。それは人の立場で物事が考えられないってこと。
 ほんまあかん。コミュニケーションちゃんと取ってないとこういうことになる。
 それに仕事やチャンスっていうのは、人との繋がりでくるものなの!
 私は彼に、学生時代から何十回そう言ったことか。
 
 そういえば、O芸大の落研に所属している田舎家君吉くんが、今年で大学を卒業してプロの落語家を目指すようなので、次回から「へたなら寄席」の参加はできなくなるんです。で、後釜にと1回生の落研の学生を一人、それから京都の某大学の落研の学生を一人連れてきて、彼らとも飲みながら話したのです。
 君吉くんも嘆くわけです。
「落研で飲み会やっても、みんなコミュニケーションしないんで飲み会やってもお通夜みたいです。他の大学同士の繋がりもあまり持とうとしませんし・・・」
 ツイッター、ミクシィ、メールといった交流はやっているのでしょうが、やっぱり人との交流は直にやってほしい。業界の人はみんなそう言って嘆いているんですけど。
 やっぱり直に話さないと、何を考えているのかもわからないし、現場を共にしようなんて考え、起こりませんわな。
 まあ、社会人になったらわかる。アルバイトしとったんでは、わからんけど。
 その前に楽しいけどね。人との交流。
 どうも若い人は、楽しい以前に面倒くさいらしい。

 さて、打ち上げの後は、私の書斎で二次会。
 なぜか私が所有している心霊写真の鑑賞会になっちゃって。
 一応、怪異蒐集家なんで、引き出しにいっぱいあります。そういう写真。
 まあ中には「これ、作ったんちゃうの?」とか「怪しいなあ」なんて写真も確かにあるんだけど、何枚かはどうにも不思議で説明つかないものが。
 ルーペで見たり、透かしたりしているうちに、みんなでゾゾーッ、と鳥肌をたてながら気づいたら朝でした。

 落語、みんなの笑顔、ウマい酒、懐かしい顔や、新しい顔との交流。そして心霊写真。
 楽しゅうございました。

 あっ、桐の一門、新弟子がまた4人。
 桐のこりごり、桐のどやねん、桐のとおる、桐のばんぷぅ。

 よろしく・・・ってか、落語やるんやろうか、この4人。




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2010年09月24日

夏の夜は三たび痛む

 中山市朗です。

 来月は、私が右足粉砕骨折して、ちょうど1年になります。
 はや・・・。

 先日、病院でレントゲン(3ヶ月に一度、検診を受けていますので)を撮ってもらったら、まだ完全回復とはいっていませんでした。
 足に入ったプレートを除去する手術も、来年以降になりそうです。
 でも先生に言われました。
「ジョギングはやれますよ!」

 そんなん、やったことない。


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2010年09月23日

9/22の小説技法

 中山市朗です。
 
 22日(水)の小説技法の報告です。

 半数ほどの塾生が、カナザワ映画祭に行っていたようで、ちょっとテンションが上がり気味です。でもスタッフの方に楽屋に案内してもらったり、作家さんたちとお話できたりしたのはどういうことなのか、わかっているのかな?
 でもテンションが上がるというのは、クリエイター志望としては大事なこと。
 こうなったら「大阪でデッカイこと、仕掛けようぜ」と、立ち上がらなきゃ。

 さて、飲み続けていた福澤徹三さんと別れて3時間後、塾内の会議室で企画会議。この秋より、怪談、オカルト(古代史、秘密結社、日ユ同祖論、古神道など)をテーマにした定期的なトークイベントを開催することを決めました。
 その形態やゲスト、場所、日時などは、決定次第ブログにて告知いたします。
 特に古代史
 私の中では、すごくおもろい発見が相次いでいます。

 その後は、塾の落語研究会とも言うべき桐の一門の手見せ。
 今度の日曜日(26日)に、ワッハ上方4階上方亭にて、19時より一門による落語会が控えているのです。なんかみんな楽しそうなのがいいですな。
 私はまだ右足にプレートが入っているので、正座ができない。なので今回もお休みしますが、今度(来年春頃?)には高座復帰の予定です。
 ワッハ上方も、これが最後・・・。

 さて、授業。

 この日は合評です。
 Sくんの奇譚小説。久しぶりの提出です。前回視点のことを指摘されて、そこを意識して修正してきたようです。今までは一人称で、狂気化していく主人公の内面性が描写されていたのですが、客観的視点がない分、曖昧感が拭えず、何を尺度に現実と非現実の区別をしたらいいのかわからない、という意見が多かったんです。だからそこを書き直したら、今度は曖昧だった描写がリアルに浮き彫りにされた、はいいけど、想像力をかきたてる部分が半減してしまったという指摘がされました。難しいものですな。
 この場合、夢というか非現実の世界にも何らかのルールを与えるべきなんです。なんでもありの非日常世界は、筆者が暴走するわりには読者には伝わらないものです。

 K島くんの大河内伝次郎に捧げる1本。
 確実に読みやすく、小説の形として成ってきましたが、やっぱり大河内伝次郎の情報を伝えるシーンが解説みたいになっている。もっと会話を展開させなきゃ。それともうちょっと、プロのライターの仕事のスタンスを調べる必要がありますね。
 
 N子さんのホラー小説。うーん、なかなか怖くならない。
 必要な描写がなかったり、不必要な描写があったりと、文章の効率がよくないんです。
 自分の好きな怪談文学を、何度も何度も写筆してみよう。そしたら、私の言っている意味がわかります。学(まなぶ)は真似るからきた言葉なんですから。

 T野くんのSFホラー小説。やっぱり怪異が起きるシーンの描写がうまくいっていません。隊員のひとりが宇宙基地の厨房にある冷蔵庫の中に引きずり込まれて、かき消えるわけなんですが、人物の配置が頭に浮かばない。彼が、彼は、という言葉は誰を指しているのかわからないわけです。的確な描写、語彙の選択に気をつけようという、結局、小説を書くときの基本的なことの指摘になっちゃうんですが。これが簡単にできればプロになれるというくらい、難しいんですよね。でも彼、彼、とするところに名前を入れるだけで、随分と起きている事件の描写がわかりやすくなるはずです。

 T田くんの『クリエイターズファイト』。やっと脱稿しました。合計300枚はあるのかな。えらく長くかかっちゃったけど、最初から読み直して、修正すべきところは修正しておくこと。

 Aさんは投稿用作品。前回の続きのパートです。
 特別な能力をもつ魔操者たちが、士官学校の試験を受けるため、軍の施設にやってくるわけなのですが、そこに描かれる軍隊の施設が、戦争映画を見ている我々男子からすれば、そんな天国あるわけないやん、と突っ込みを入れたくなります。『フルメタルジャケット』や『ザ・パシフィック』『真空地帯』なんかを見て欲しい。いくら少女用の恋愛モノになるとはいえ、軍隊は規律が厳しく、殺人兵器を養成する場ですから。
 それと、イブリンというサブキャラの女性の性格が破綻していますわ。



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2010年09月22日

酔いどれ市朗

 中山市朗です。

 私の中では、まだカナザワ映画祭は終わっていない。
 なぜなら・・・。

 大阪で、福澤徹三さんと本日の朝まで飲んでいたから。
 まだまだ終わりそうもない。



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2010年09月21日

カナザワ映画祭に行ってきました

 中山市朗です。

 カナザワ映画祭、お仕事で行ってきました。
 行きたかったのに行けなかったという人のために、報告いたしましょう。
 後悔しなはれ。

 今回から私の担当マネージャーとなった中村壮快くんと、19日14時20分発の特急「サンダーバード(雷鳥とした方が特急列車らしいのにね)25号」にて金沢へ向かう。
 作家にマネージャーなんていらないんだけど、まあ語る仕事が多いのと、いた方がラクで便利、とか、今後の展開とか考えると、いろいろありまんねん。秋から定期ライブやろかと話しているところですしね。
 余談ですが、壮快くんは元芸人。覚えてはりますやろか。10数年前、私が構成していた関西テレビ『爆笑BOOING』で、ステージ右端でお客さんの手を数えて、バツとか出していたウォッチマン。あれ、彼です。
 それと、ファンキー中村さん。「中村です」と私に電話したら、最初たまにタメグチで口を聞いているときがあったと思いますが、この中村くんだと思い込んでいる場合がたまにあったんです。いや、失礼しました。
 
 さて、弁当食って、ビール飲んでいるうちに到着。
 なんでやろね。特急とか新幹線て、昼間からビール飲んでも罪悪感がない。
 中村くんが、そのカラになった弁当箱や空き缶をゴミ箱に捨てようと、持って降りたのはいいけど、金沢駅ってゴミ箱おまへんねんな。駅員に聞くと「この周囲にはないですね」やて。
 大阪駅なんて数メートルごとにあるのに(あくまで印象です)。
 ようようなことでゴミを処分し、タクシーに乗る。
「この辺り、ゴミ箱ないんですねえ」
 と中村くんが運転手さんに聞くと、
「ああ、浮浪者にゴミあさりさせんようにですわ。あれ困ってねえ。町でそう決めたんです。綺麗なもんですやろ。ゴミ一つないですわ。でもこれ、掃除しているわけやない。この辺りは雨が多くてね。弁当忘れても傘忘れるな、言うくらいで。その雨が町中のゴミを流しよりますねん。ほら、綺麗なもんですやろ・・・」
 よお喋る運ちゃん。
 このノリならきっと、と確信をもった私。
「ねえ、そ ん な こ と よ り、幽霊乗せたとかあります?」
「そんなんないですけど、心霊写真が や た ら 写る場所やったらありますわ」
 と教えてくれた石川県の心霊スポット。ちょつとお教えしましょか。

 ヤセの断崖。

 能登半島富来町の海に立つ岩壁。松本清張の『ゼロの焦点』の舞台になったところですわ。北陸では「東尋坊」は行ったことありますけど、ヤセの断崖ってこの辺やったんや。知りませんでしたが、そこ、東尋坊より高いらしい。で、自殺の名所。ここで写真を撮ったら、海からうごめく手とか、断崖の上に白いモヤが写ったりして、観光客がデジカム覗いて、驚いているのを結構見かけるとか。
 でも、ここよりすごいスポットがあるそうで。

 D寺。

「禅寺言うたら、みな永平寺や思うてそこ行きよります。でもね、あそこはもう観光地化してもうてあかん。ほんまの禅寺はココ。特に外国人をここに連れて行ったらえらい喜ばれますわ。観光地化しとらんし、ほんまの修行ができる。でね、最後の仇討ち言うたらあの赤穂浪士やとみんな思ってますやろ。違う。加賀本多家十二義士。これあんまり書かれてない、裏の歴史です。これ幕末にあった事件で、明治政府の命令で十二人切腹して、D寺にその墓があるんです。ここで写真撮ったら、白いモヤとか、白い人魂みたいなもん、ビュッと手前を横切る白い布みたいなもんが、よく写り込みますねん。デジカメなんでね、目の前何もないのに写真にはハッキリ写る。おもろいのがみんな十二義士のこと知らん。紅葉が綺麗なんでね、それを撮ったつもりが、本多家の墓を入れ込んで。そしたら写ってまうんですわ。『なんです、コレ?』と気味悪がるお客さん、何人も知ってます」
 えっ、D寺の名前を教えろって?
 後で調べたら、周防正行監督の『ファンシイダンス』のロケ地でしたわ。金沢市内にある。

 さて、運転手さんからそんな話を聞き出しているうちに会場へ。「金沢21世紀美術館ミュージアム」。
 すでに来ていた10人ほどの塾生と合流して、楽屋へ。
 入ると、中では強面のおじさんが昼間っから酒を飲んでいるではないか。
 こ、怖い!
「だ、誰だ!」
 私は思わず塾生を守る体勢で、そうおじさんに尋ねる。
 するとそのおじさんは、私をギロッと睨むと「中山さんのために、そこの冷蔵庫に用意させてます。ビール? 焼酎? 日本酒? 冷えてますよ」
 失礼しました。福澤徹三さんです。なんかこの人とは飲んでいる記憶ばっかりで、あんまりステージでガチトークをした覚えがないんですわ。で、私も福澤さんの迫力に押されて恐る恐る冷酒を・・・。ウソです。もうビール飲んでるので、そのままのノリで喜んで。あれあれ昼間から酒飲んでる2人のおっさんを、塾生たちがジッと見ているではないか。
 すると福澤さん、「昼間っから酒を飲んでいて仕事ができないから、作家になるわけだ!」
 そう! それにこのくらいの酒で不覚を取るような我々ではない。
 椿三十郎もこう言うではありませんか。
「俺、酒飲んだほうが頭よくなるんだぜ」
 と、そこへ東編集長(小池壮彦さんとのトークが終わって)も戻ってきて、作家で奈良女子大教授でもあられる横山茂雄さん、最近塾もお世話になっている田辺青蛙さんも顔を出されて。だんだんと酒飲んでいるムードではなくなった?
 最初のお仕事は20時20分より、東さんの司会で、福澤さん、私でとにかく怪談を語り合おうという「怪談鼎談」。
 この形で、京極さんがいないパターンというのも珍しい。
 さっそく私は用意してきた北陸怪談を何話か披露。
 あっ、雲谷斎さん、この前聞かせていただいた能登半島での一人キャンプの話、させていただきました。穴水近辺の話。そしたら東さんも「実は同じルートだと思うんですけど、私も行ったことあるんです。そしたら穴水の百物語っていうのが印刷物としてあったんですよ。あの辺り、そういう話が多いんですかねえ」
 またスポットが増えた。能登半島の穴水周辺。
 福澤さんも、強烈な怪談を相変わらずおもちで。
 娘が入れ替わった話。ああいうの、ホンマ恐ろしいですな。
 やってて楽しかったんですが、そのせいか(きっと私の最後の話が長かったから!)10分押しで終了。そのままバタバタと次なる会場へ。あっ、山代温泉に出る妖怪の話、するの忘れてた!

 次の会場は、金沢市内の長久寺さん。夜を徹しての怪談まつり。
 このイベントは、カナザワ映画祭の主催ではなく、『幽』編集部が主催。まあ、映画祭に便乗したわけですわ。実はコレ、私の不用意なひと言が発端だったんです。
 去る7月16日、『BS怪談夜話2010』収録前、楽屋で担当のRくん、「今度のカナザワ映画祭、福澤さんとのトークのあとどうします? 夜遅いですけど怪談会、やりません?」
 で、私は「受けて立とう。やるんなら朝までやろう!」
 (カラ元気)
 Rくん「いや、2時間ほどでいいんじゃないですか?」
 私「そんな時間、電車もないし、お客さんを巻き込んでやろうよ。大阪ではよくやってるよ。お寺とかどう?」
 (あれ? ワシ、何言うとんのやろ・・・)
 それを聞いていた東さん「じゃあ私もご一緒しましょうか」
 (あ、あとに引けんようになってきたやん・・・)
 Rくん「本当ですか。じゃあ、京極さんも呼ぼうかな・・・」
 あのねRくん、本気にしちゃいかんよ。そんなんしんどいやん。金沢の人のノリもわからんし・・・。
 そう思っていたら、ホンマに着々と準備が整って、京極さん、映画まで撮っちゃって。
 私の怪談が霞むほどの豪華メンバーによる、いろいろな趣向のイベントになった。

 お寺の広〜い和室二間が楽屋に変身。昼間以上の豪華メンバーが集結していました。
 これがこういう祭りの醍醐味ですな。やっぱりテンション上がりますわ。
 こういう作家の集うイベント、なんで大阪はやらんのでしょうねえ。
 廊下に出てトイレ探してたら、さっきの会場で真ん前に座っていた女性から(ということは、ちょっと気になっていた)「ファンです」と握手を求められて、またまたテンションが上がって・・・

 この催しは二部構成。

 前半2時間は豪華メンバー。
 まずは東雅夫さん司会で(この人はずっと出ずっぱり。ほんまお疲れ様です)、黒い和服姿の京極夏彦さんと。地元金沢在住の白い和服がお似合いのマンガ家・波津彬子さんとの3人で、泉鏡花の文学や地元怪談にまつわるトーク。3人にぴったりの文学の香りがする内容。
 続いては京極夏彦監督・出演、山田誠二撮影による映画(寸劇とみな言ってましたが)『怪談仕事人2010〜霊障無用〜』を上映。『幽』に執筆している怪談作家と編集部総出演による、この日1回限りの上映のために、京極さんが製作したのだとか。
 これがも傑作。アホさ加減も超一級。
 ほとんどの人が演技未経験と言いながら、名演技。でもRくんやS編集長なんてよく京極さんが撮っている寸劇に登場しているので、実はベテラン演技者なのですが。
 上映が終わると、東さん、京極さんに加えて、福澤さんに、超怖い人・平山夢明さんも登場。
「さっきの映画作る前にさ、1000枚書かなきゃならないって言ってたよね。書けたの? おかしいよね。できっこないじゃん。おかしいよ。おかしいよね」
 と平山さん。超人京極さんにツッコミ。あれ、楽屋からずっと同じノリでして。平山さんがボケで京極さんがツッコミ。
 おかげで舞台は、波津さんがいたときとはガラリと変わって、文学の香りもどこへやら。怪談というよりスプラッターとイッちゃった系の人間の話のオンパレード。こうなると東さんの入る余地がない。
 平山さんは、以前タクシーに乗ったら、屋根の提灯を点滅させ、ずっと「空車」とか「回送」と表示されるところにSOSの表示をされて走られたことがあるらしい(車内で強盗に襲われたら、運転手はこれを点滅させるらしい。私は見たことすらありませんけど)。
 対向車の人たちが全員不審な目で、平山さんを見ていたそうな。福澤さんも空港なんかでしょっちゅう捕まっては所持品検査をされるらしいですしね。
 実はこの日、映画祭の会場から長久寺へ移動するタクシーで、助手席に東さん、後部座席に、平山さん、私、福澤さんの順で座ったんですよ。そしたらなかなか出発しないで運転手は仲間のタクシーに、早くここに来るようにと盛んに無線で呼び出しているんです。やっと出発したと思ったら、2ヶ所が半ドア状態。どうも運転手さん、我々にビビっていたらしい。
 みんな心はピュアなのにねえ。

 さて、後半2時間が、東さんの司会で、私の怪談コーナー。
 会場には『幽』関連の作家さんたちも遊びに来ているようなので、呼び入れて怪談を語ってもらおうという趣向でもあります。
 伊藤三巳華さん、黒木あるじさん、勝山海百合さん、三輪チサさんらが、それぞれ怪談を披露。またお客さんにも怪談を語っていただきました。
 泉鏡花の生家の近くに住むという男性が、怪談というより珍妙な話を披露。最後に登場した若い男性は、先月塾の見学に来ていた美大生でした。
 あっという間(私の体感ですけど)に時間が過ぎてしまって、本当はこの日のために用意した、どこにも書いていない、どこでも話していない、僧侶と怪のバトル怪談を披露したかったのですが、できなかった。残念。

 終わったらもう日が明けて、雨もバラバラ。
 ほんとはRくんと次のお仕事の打ち合わせをするはずだったのが、Rくんは撤収作業でバタバタしているし、こっちは腹減ってるのとで、この日の打ち合わせは延期。
 出演者のみなさん、『幽』編集部のみなさん、関係者の方々。ほんまにお疲れさまでした。

 私はタクシーに乗り込んで、中村くん、塾生たちとファミレスへ。肉や肉! 店内にはイベントを見ていた私のファンだという女性がおられたので、同席してもらって、色々とお話を。ファンというのはほんまにありがたい。次なる仕事の励みになります。
 その後は、塾生が見つけたという健康ランドで汗を流して。
 そしてらそこ、温泉を存分に楽しんだあと、個々にテレビのついたリクライニングシートがあって、そこで熟睡。で、700円!
 安すぎまんがな!
 そんなん知ってたらもう一泊したのに!
 それにしても仕事した私が起きてんのに、私より先に寝て、まだ爆睡しとる塾生ってどうなの?
 
「若いって、眠いものなのよ」
 ってセリフが何かの映画にあったよな。
 成瀬巳喜男監督の『めし』だっけ?
 杉村春子のセリフで。
 あっ、あれは「女って、眠いものなのよ」だった?
 

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2010年09月17日

9/15の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 昨日の続きです。
 ある塾生が書いてきた怪談。
 取材して書いたもの、と言いますから実話ということになります。
 簡略すると、こんな話です。

 Hさんの子供の頃の話。
 お盆のある日、親に言いつけられて弟と仏壇の間の掃除をしていたが、手抜きの掃除をしていた。すると弟が怒ってケンカになった。親に叱られ、ふてくされていると肩がズシリと重くなった。それがどんどん重くなり、苦しくなる。
「どうした?」
 親が聞くので症状を言うと、「ご先祖様が怒ってはんねん。謝り」と言われた。
 疑いながらもHさんは「ごめんなさい」と仏壇に手を合わせると、フッと肩が軽くなった。
 その夜、なかなか寝付けないHさん。トイレに行きたくなった。
 するとトイレに線香の匂いが漂ってきて、はて、と漂ってくる方向を見た。
 トイレの窓が開いていて、裏手の共同墓地が見える。と、その辺りにオレンジ色の光の塊がゆらめいていて、ふっと消えた。それと同時に線香の匂いも消えた。
 怖くなってHさんは慌てて部屋に戻り、布団の中に潜り込んだが、突然何かに足首を掴まれた。それがすごい力で、どんどん引っ張られる。しかしそこには誰もいないのだ。
 とうとう部屋から引きずり出されるというとき、昼間に親に言われたひと言を思い出した。
「私が悪かった。ごめんなさい」
 心からそう謝った。すると足首を掴むその力もなくなった。
 翌日、両親にそのことを言うと、「お前、墓参り行ったか?」と言われ、行ってないことを正直に言った。
「だからや。はよ行ってこい」
 Hさんはすぐに墓参りに行き、綺麗に掃除をしたら、なにも起こらなくなった。
 それ以後、墓参りを欠かすことはない、という。
 
 だいぶん短くしました。
 さて、この怪談、みなさんはどう思われますか?

 いろいろ意見が出ます。
 まずHさんというのが男か女かわからない。
 子供の頃、とあるけど子供の話とは思えない(元々信心が薄く、という説明があったり、墓参りにはたいてい親と行くやろ、とか・・・)。
 最初の肩が重くなる、次のオレンジ色の火の玉を見る場面、そして足首を掴まれるシーンの因果がわからない。
 いらない描写がたくさんある(マンガなどで出てくる人魂にそっくり、とか、足首を掴まれた際にHさんの思うまさかさっきの人魂の? とか)
 Hさん、Hさんとやたら表記されているとか。
 どうも怪談になっていないんです。

 では、怪談に仕立て上げるためには、どうしたらいいか? の議論に移します。

 3つある怪奇をひとつに集約するのは?
 仏間の部屋のシーンはいらないのでは?
 いや、仏間のシーンはそのままで、墓地のシーンを仏間にするのは?
 最初のエピソードはそのまま活かして、あとの2つのエピソードは大人になったときに体験したというのは?

 うーん、ちょっと待て。
 これは一応取材にのっとったものなので、設定や起こったことの大幅な変更や、ないエピソードを創作してつなげたり、登場人物を別人にしたりするのはナシ。
 そうではなくて、この話の中に肝がないか、考えてみよう。

 すると色々肝らしきものが出てきました。

 肝1・あるはずのないものがある。
線香の匂いとか共同墓地に浮く火の塊。

 肝2・ご先祖様が怒る度合いの変化。だんだんと恐怖の度合いが強くなる。

 肝3・心の内を知られている、という怖さ。
「ごめんなさい」と最初謝ったときは、疑いの気持ちがあった。でも夜、心から謝ったら、怪異がなくなったという心の内を、知られているのは怖い。

 肝4・足首を掴まれるという具体的な現象。

 肝5・親が何かを知っていることが怖い。
この親の言葉がなかったら、話は全部バラバラでしかない。 


 確かにそれぞれ肝となりえます。
 実はこの話を叩き台にしたわけは、肝がいくらでも設定できるからなのです。
 よって色々な解釈を伴った怪談となる話です。
 私ならコレが肝やな、というのはありますが、あえて言いません。どれを選択するのかがそれぞれの作家性というわけです。
 肝はひとつでないといけない、というわけでもないですし。
 あるキャラクターの存在が肝になることもありますし、ある説を展開させるためのキーポイントであることもあります。
 肝が決まったら、その肝を外さないように話を組立て、恐怖を引き立てるわけです。
 魅力のある話、読ませる(聞かせる)話、というのはこれが肝心なわけですな。
 これ、客前で語ってみるとわかります。
 肝がない話は盛り上げようもないし、客も聞いてくれない。 
 だいたい話に説得力が生まれない。
 もしあれば、その気もを聞かすために間をとったり、話を引っ張ってみたり、前もって状況や状態を詳しく説明したり、伏線を張ったりできるんです。いわゆる意図をもった話の構成が生まれる。これがエンターテイメントになっていくんです。
 特に怪談はそうですね。
 みなさんの周りにも、面白い話をする、話し上手な、という人がいると思います。きっとその人たちは、意識はしていないでしょうが、話の肝をなんとはなしに押さえているのだと思います。話のテンポや口調だけではない・・・。

 言っときますけど、肝はテーマではありませんよ。
 テーマを引き立てる、あるいは誘う、明確にするためのポイント、とでも言いましょうか。テーマに向かって延々書くというのは、論文でもできることですから。



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2010年09月16日

9/15の作劇ゼミ その1

 中山市朗です。

 16日の作劇ゼミの報告です。
 
 この日も見学者が1人。
 出版社勤務の女性です。ただ、おカタい書籍の専門の会社らしく、ライターとして独立して、やってみたいことがあるのだとか。
 
 さて、本日は怪談講座の最終日です。
 別に塾生たちに怪談作家になれ、といっているわけではありません。
 ただ、物語を面白く語る(書く)とは、どういうことかを、怪談を通して考察してみようという連続講座です。
 
 物語は誰でも作れると思うんです。日常の生活の中で得た、色々な刺激や事象、情報の断片をつなぎ合わせたり、因果を見出したり、想像したりして、物語を作り出す。あるいはそういう物語を楽しむ。これは誰でもやっていることですよね。
 ましてや、作家やマンガ家として世に出ようとする輩ならば、四六時中、頭の中で妄想して、次から次へと奇妙でケッタイな物語を作っているものです。
 要は、その妄想話を他人に披露したとき、「面白い」と思ってもらうことができるのか、ですわな。もっと言うと、お金出して買ってくれるかどうか。
 塾生たちも、さすがに文体は巧い、細かい描写が描ける、表現力が備わってきた、テンポのいい文体で読ませる、なんていう技術は備わってきている者もいます。私も「なるほど、今度使わせてもらお」と思うようなワザも見かけます。

 ただ、それをひとつの作品としてみると、どうもまだツマらないわけです。
 新人賞に投稿しても、なかなか上位入選しないのは、そのあたりが理由?
 私が読んでいて、ウマいなあと思う作品はあっても、ゾワゾワッと鳥肌そば立てる恐怖とか、ワクワクしながら次のページをめくるとか、あっ、そうきたかという衝撃を受けるとか、感動に打ち震えるとか、思わずウルウルと涙出そうになるとか(これはたまにある)、そういうのがない。
 ではなぜ、ツマらないものになってしまうのでしょう?

 ストーリーに練り込みが足らない?
 それもあるかもしれない。
 キャラクター造形がアマい?
 それもあるのかなあ。
 ネタが面白くない?
 そうなのかなあ・・・。

 その辺りのことを、前回までの怪談講座で考察したわけです。

 それが、
 総務のスガノくんが語った、一つの怪談。
 これを塾生全体で文芸怪談に仕上げる。
 ストーリー同じですわ。出てくる人物も同じ、ネタも同じ。場所も設定も起こる事件もそのオチも、同じ。
 でも各人全然違う怪談に仕上げてきた。
 よくできているのもあったけど、単なる怪異レポート、みたいなのもあったし、なんだこりゃ、と首をかしげたくなるのもあった。
 つまり、同じ事件、ストーリーがあったとして、やっぱりプロの作家は、ちゃんと読者を納得させるモノに書き上げるのだろうし、そうでない人は、同じ題材でもツマらないものを書いてしまうんだなあ、と実感してしまうわけですよ。
 じゃあ、そこに何の違いがあるのか?

 それはもちろん表現力とか文章力とかもあるんでしょうけれど、もっと重要なのがあるとわかった。
 
 それは肝である、と前回書きました。
 肝、いわばその話をどう解釈するのか、です。

 これも書きました。オーケストラ指揮者は、楽譜に書かれた音符の配列から何を汲み取って解釈して、オーケストラのメンバーに伝え、指揮棒で伝えるかが仕事だと。
 同じモーツァルトの「レクイエム」の演奏でも、感動的な演奏があるかと思うと、凡庸な演奏にもなる。
 その曲の肝がわかっている指揮者と、わかっていない指揮者の違いで、同じ楽譜を元に演奏しても、観客に伝わるものがまるで違うわけですね。
 これと同じで、みんなが同じ怪談を元に原稿に書き下ろしたら、やっぱり同じことが起こったわけです。
 つまり話の中に肝を見出した人は、その原稿は怪談に成り得たし、そうでない人の原稿は文芸的なテクニックに秀でていても、怪談にはならなかった。怖くもない。
 話となる肝を見つける・・・。
 これ、重要なんです。


 たとえば以前、私が怪談蒐集をしていて、こんなことがありました。
 かいつまんで言うと、

 ある戦争体験者の話。
 太平洋戦争真っ只中、従軍カメラマンとしてフィリピンに行っていたはずのKさんが、真夜中の実家の階段を上がっているのを妹が見かける。
「あっ、お兄さん」
 声をかけたが、Kさんはそのまま無視するように上がっていく。
 妹は驚いて寝ている家族の部屋に駆け込んで「兄さんが帰ってきた」と叫ぶと、全員が起き上がって二階へ行ってみたが、Kさんの姿はない。まさか、と悪い予感が走る。
 ところが戦後、Kさんが帰ってくるという手紙がきた。そしてその日、家族全員で駅に迎えに行った。
 戦後の混乱期、復員兵やら闇の買出しやらで大勢の人が行き交う中、妹は「あっ、兄さんだ!」と叫ぶと、雑踏の人ごみの中へ消えていく。
「兄さん!」
「おお」
 と振り返ったのは、ひどく痩せてはいるが、紛れもないK兄さんだった。

「兄さん、3ヶ月ほど前、一度うちに帰ってきたんよ。覚えてる?」
 家でくつろぎながら妹がそう言うと、
「じゃあ、あのときだ」
 と、Kさんは乗っていた輸送機がフィリピン上空で撃墜されたときのことを語った。その機内で「もうアカン、家に帰りたい、帰りたい」と一心に思って気絶したけど、気がついたら命は無事で、米軍の捕虜になっていたのだという・・・。

 こういう話が蒐集できたんです。
 さて、肝は?
 『新耳袋・第五夜』の九十四話に収録してあります。
 考えてみましょう。
 カチカチカチ(時計の音)

 ・・・。

 わかりましたか?
 実はないんです。この話に肝は。
 ボツ話。
 実家の階段を上っていくKさんを見たのは妹さんだけ。客観的な視点がない。
 いわば「私、霊感あるので見ちゃったよ」的な話。
 そして戻ってきたKさんが、墜落する輸送機の中で「帰りたい、帰りたい」と思ったことと、階段を上っていたことを結びつける要素もない。
 つまりこれは怪談にならんのです。

 でも、何か気になったわけです、この話。で、これを話してくれた人から色々聞き出した。
「どうして駅の雑踏の中、痩せ細った兄さんを、妹さんは見つけたのでしょう?」
 そしたら、「あっ、水筒って言ってた!」と一言。
 実家に現れたKさんが、階段を上がるたびにカチャカチャと装備品が音をたてて、腰にある真ん中がぐしゃりと凹んだ水筒が、闇の中に光って見えたらしい。
 そしたら、雑踏の人ごみの中、その水筒をぶらさげた男の後ろ姿を見て、「あっ、兄さんだ!」と声を出して走り出した。
 そしたらその水筒の凹みは、輸送機が墜落したときにできたものであったことが、Kさんの話によってわかったのだと。
「あっ、これ怪談になる!」
 そう思ったわけです。
 凹んだ水筒。これが肝となったわけです。

 実家の階段を上るとき、混雑した駅で見つけるとき、そして話の最後。
 この水筒が肝だと意識して語る(書く)。

 もう一度言います。この水筒が肝だと意識しなかったら、いくら文章力があっても、階段を上るK兄さんの描写をいかにもな調子で書いたとしても、怪談にはならないのです。
 これを見つける。

 これ、怪談だけに当てはまらないはずです。
 ある事件を物語る際の肝、ある噂をリアルに語るための肝、涙させるための肝、笑わせるための肝、仰天させるための肝って、あるはずなんです。
 
 そこが読者や観客を「あっ!」と言わせるための“肝”なわけですな。

 長い前口上でした。
 この日の怪談講座は、ある怪談原稿に、みんなでアカ入れをしてみようというものでした。その原稿は、ある塾生が「怪談を取材して書いてみたんですけど、読んでもらえますか」と持ってきたもの。それをその塾生の許可を得て、授業に取り上げてみたわけです。
 で、その怪談というのは?

 続く。



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kaidanyawa at 22:07|PermalinkComments(2)

2010年09月09日

9/8の小説技法

 中山市朗です。
 8日の小説技法の報告です。

 授業前にゲストの方が2人来られました。
 おふたりとも、素敵なおねいさんです。
 ひとりは、役者をやっておられる佳波芽依さん。
 今後のお仕事の打ち合わせで来ていただいたのですが、そのまま塾の様子を見てみたいということで。「じゃあ」と無理言ってネトラジに出演していただきました。

tanabe_nakayama もうひとりは、ホラー小説家の田辺青蛙さん。
 塾生たちにお仕事の依頼をもってきてくださったんです。私は彼女がデジカメで撮ったという奇妙な(謎の光、顔の歪んだ日本人形、妖怪のミイラ、映りこんだ異次元・・・)写真を見せてもらいました。田辺さんもその後、小説技法の見学。

 この日は小説の合評。

 西部劇小説を書いていたYくんが、お手上げ宣言。
「やり始めたものの、どうも自分のカラーが出ないし、確かに需要があるのかと言われると、ありそうもないです。西部劇は見るもので、書くものではないと悟った」
 と言います。
 執筆中の作品の破棄は、悪いことではない。Yくんはすでに長編小説を何本か書き上げたことがあるのでその心配はないでしょうが、もし書き上げたことのない人だったら、私は無理して書くことを勧めたかもしれません。書いているものを「おもしろくない」と途中で破棄する人はそれがクセになって、いつまでも1本の作品としてあがらない、という作家志望者が多いのも事実。内容を高めるという作業も大事ですが、完成させるということも大事な修練です。

 Dくんの時代劇小説。
 ちょっと苦しんでいます。ステレオタイプと言われてしまったストーリーの流れ、キャラクター造形、配置。抜け出せません。今回は間に合いませんでしたが「全体的に台詞を直してみるつもりです」と言います。我が塾で時代劇といえばK島くん。彼から『江戸語辞典』の存在を教えてもらったので、それを参考にして修正するのだとか。ただ、あんまりリアルなことをやっちゃうと、訳の分からないことになることも考えられます。どうもその様子からみて、以前から奨励している江戸落語の鑑賞を怠っているようですので、先代の小さんや円生、志ん生、それから志ん朝などの落語を浴びるほど聴け、とアドバイス。それぞれに昔の江戸ことばをそのまま使っている噺家もいれば、微妙に現代語に変えて、わかりやすい落語にしている噺家もいます。要はどういう世界観を伝えたいのかです。今回の小説にいいヒントを与えてくれるはずです。

 そのK島くんの、戦前の時代劇スター・大河内伝次郎に捧げる小説。ジョンという日本文化通のアメリカ人が、作家志望の主人公に大河内の魅力について語るシーン。はたして大河内もサイレント時代のチャンバラ映画も知らない若者が読んでくれるのか、というところが今回の焦点。悪くはない。ですがまだひねりが必要です。ジョンというキャラクターに引っ張られて読ませますが、なにか説明を受けているという感が拭えません。キャラクターに依存させて展開させるには、これ以上は無理な気もします。全体の構成を考えてみるべきでしょう。伝説のスター大河内の、知られざるエピソード、ヴェールを剥ぐのはまだ早いし、ヴェールを剥がすには、その順番というものもある・・・。

 N子さんのホラー小説。まだちょっと、怖い、と感じさせる描写が定まりません。主人公が、目の前に現れた中年女性の、まずどこに目が留まり、そこからどういう順番で何を思って観察したのかの視点が、バラバラなんです。だから読んでいてビジュアルになりにくい。それと全体的に思わせぶりの文体なので、イザというときのメリハリが利かない。私が口癖のように言っている緊張と緩和、これを肝に命じて。

 T野くんのSFホラー。
「僕はブログにコメントがつくと嬉しいので、なるべくみなさんのブログにコメントするようにしています。自分が嬉しいと思うことは、やっぱり他人も嬉しいと思ってくれると思うからです。で、この作品では僕がイヤだと思うことをそのまま書いてみました。するとみなさんも、イヤだ、と思われると思って」
 と本人の弁。
 うーん、やっぱりN子さんの小説と同じく、ビジュアルが頭に浮かびません。同じく視点が定まらない。そのモノの大きさがわからない、語彙の選択もそれでいいのか・・・。
 ほかのSF的な世界観や流れ、描写はさほど問題がないだけに、改めて恐怖の描写は難しい。

 Tくんの『クリエイターズファイト』。最後の最後で足踏み状態。見学の田辺さんから「これ、どんな内容の話なんですか?」と、ちょっと興味をもたれたようです。
 もうラストです。世界観はできあがっているし、しかもクライマックスへ至る場面です。にしては説明が多い。今まで何かが足りないとみんなが思って、色々指摘していたのは説明ではない。主人公の心情なんです。それが今回出てきた。
 −作家を辞めなくてよかった。
 この一行でよかったんです。

 Aさんの投稿用作品。
 前回、中高生の男子がターゲットと言って、塾生の男子たちから「それは違う」と散々だった作品を、女の子をターゲットにかえて、特に前半部分を大幅に書き換えてきました。
 ずいぶんよくなりました。やっぱり自然体がいい。
 ただアクションシーンには、いろいろと格闘技に詳しい塾生から具体的なダメ出しと、アドバイスが。知らない分野をこうして知る。これも合評です。
 私としては、これは野暮かもしれないんですが、わからないことが。
 主人公の女の子。自分のことを「ボク」と言うんです。どうもAさんのこだわりのようです。しかし・・・。
 主人公の名前はアリス。そのほかの登場人物が、ヒュー、イヴリン・ホワイト、グレイズ、マザー・・・それにマレフィカ、セントラル、バス。
 これは英語圏の話? ならば「ボク」は英語に戻すとどうなる?
 日本語圏外を舞台にした小説は、このあたりのニュアンス、語彙が難しいんです。

 さて、授業後はいつもの飲み会。
 田辺さんは日付が変わる時間まで、塾生と膝を突き合わせていろいろ話をしてくださいました。Aさんやホラー小説家を目指すN子さんは、どんな話をしたのでしょう。
 改めてありがとうございました。
 
 佳波さんは「私、すぐ帰りますから」と言いながら、結局朝まで飲んでいました。
 ノリのいいおねいさんです。
 私もさすがに朝9時過ぎから記憶がありません。起きたらみんな帰ってました。
 冷蔵庫がからっぽでした・・・。



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kaidanyawa at 21:33|PermalinkComments(13)

2010年09月02日

9/1の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 9月1日(水)の作劇ゼミの報告です・・・って、9月!
 今年はあんまり夏を満喫したという記憶がない。
 ワシの夏、どこ行った?

 ところでこの日、見学者が一人。
 なんと神奈川県在住で東京の美大に通う学生。
 イラストレーター志望の男性です。
 なんでも最近、私のこのブログを見つけて、塾に大いなる興味をもったとのこと。
 でももし入塾したら通う?
 実は4回生なので、就職するか、塾に入るために大阪へ移り住むべきか、迷っているそうです。
 悪いことは言わん、就職したほうが・・・?
 でも彼の中には、何か秘めたる思いがあるようです。見学した上でじっくり考えてみてください。

 さて、授業です。
 総務のスガノくんが語った怪談を、原稿に起こして怪談を作ってみる。それをみんなの前で発表して、怖かったかどうかも含めての合評。本日はその最終日です。
 18作品のうち、Dくん、A村くん、Uさん、M下さんの4作品が残っています。
 あれれ? Dくん以外はお休み?
 そしたら先々月(つまりスガノくんが怪談を語った月)に休んでいたAさん、Kさんが書いてきたので、3作品をじっくり分析してみました。

 まずDくん。
 塾の公式ブログにもありますように、彼は私が専門学校の講師をしていたとき、助手をやっていて、ケータイ電話の怪談コンテンツの台本も書いていたんです。某書籍にも、怪談の作り方の座談会が掲載されたこともあって、そのメンバーの一人。
 訳あって、私の元を離れてサラリーマンになって、去年の秋ごろ7年ぶりに塾生として復活してきた男。いやあ、7年のブランクとは恐ろしい。
 怪談になってませんわ。
 話し手の語ったものを、ただ順番に並べただけ。
「セリフまわしもマンガのキャラが喋っているみたい」
 と言われてしまって。
 やっていなかったら技術は退化するもんなんや、と改めてゾッとして・・・。
 そこが怪談?

 Kさん。
 彼女は先月の合評を聞いた上で、あえて書いてきた。ハードルは当然高くなります。
 そうとう考えて、作りこんだ怪談になっています。これを彼女は、まるで舞台女優のように演技を交えて朗読します。これはたいしたもの。度胸もあります。クリエイター魂みたいなものが伝わります。そして、その原稿も決して悪いものではないのですが。
 二つ、致命的なミスをしています。

 一つは、押入れの襖を廊下に出るための襖と設定を変え、その襖が勝手にぴしゃりと閉じて、主人公が「閉じ込められる。一生出られない!」と走り出す、という場面。
 そこは悪くない。ただ、その襖が廊下に出る唯一の場所という前もっての説明がない。
 映画でいうたら、襖のカットを挿入し忘れた。だからその襖が閉じることが恐ろしいことなんだ、という情報が読者に伝わっていないわけです。だから怖いはずのシーンが、どういうこと? と疑問をもたれてしまう最悪のパターンになってしまった。
 怪談は情報がたった一つ漏れただけで、もう成り立たなくなる、という、いいサンプルになっちゃいました。
 二つ目は、一人称で語られるその主人公が、ラストで死体となること。
 これ、ホラーと怪談はどう違うのかを考えさせる事例です。
 ホラーなら、登場人物全員が死ぬという話があってもいいと思います。が、怪談ではこれはタブー。
 というのは、怪談は、あくまであったことを誰かが語るという体で成り立つわけです。
 だから怪を語る、怪談なんです。
 ということは、体験者が死んでしまった時点で、誰がその怪異を見ていて伝えたのか、という重要なソースが不在になってしまうんです。となるとこれ、怪談として成り立たない。これ、特に実話系怪談ではやっちゃいかん鉄則。
 Kさん、私の怪談講座のとき、来ていなかったのかな。

 Aさん。
 彼女も色々こだわりをもって書いたようですが、うまく作用していません。
 ビデオに映った男が「この部屋は呪われている・・・」等など独白し、だから主人公たちは、不信感を持ちながらビデオを見続け、呪われているらしき部屋が、今自分たちのいる部屋だとわかる。で、その瞬間、ビデオの中の現象と現実の現象がシンクロして、日常が崩れて怪異が顔を覗かせる。
 それぞれが連動して、怪異への扉が開いていくわけです。前回のこのブログに書いたように、ここがこの話の怪談たらしめる肝、なわけです。
 そのビデオの男の独白を、彼女は意図的にカットした。
 あえてその独白の内容を読者にゆだねようとしたのでしょうが、これでは主人公たちがビデオを見続ける意味が伝わらないし、呪われた部屋、という情報もないから、襖が勝手に開いたところでそれほどの恐怖はない。
 “呪われた部屋の襖が勝手に開く”のと“普通の部屋の襖が勝手に開いている”のと、どっちが怖いか、ですよね。
 そしてラスト。
 ビデオを見出してから奇妙なことが続くので、友人が察知して、そのビデオテープをデッキから取り出して、ビーッと引き出してぐちゃぐちゃにしてしまう、というシーンを彼女は作った。
「おそろしいビデオを見たら、そうしません?」
 とAさん。
「いや、それは心霊写真を破るようなもので、余計怖いと思います」
 という意見も。
 だったらそこを活かせばいい。
 つまりテープをぐちゃぐちゃにして、「ゴミ箱に捨てた」で終わらせるのも一つの方法なんです。
 「え? で、どうなったん?」と読者に消化不良感を起こさせながら、その後のことは一切書かない。この後味の悪さも怪談の重要な要素です。
 でもAさんは、その後また主人公と友人の会話を入れてしまった。だからビデオテープを引き裂いた行為そのものの印象が薄くなってしまった上に、説明的なラストになってしまいました。惜しい、ですわ。

 で、最後に私が同じ題材で書いた「怪談実話系4」に掲載した話をサンプルとして、私自身が朗読。私なりの仕掛け、描写、肝を説明。まあ本来そういうことは野暮なことなんですが、そこが塾。
 さて、スガノくんが語った一つの怪談から生まれた21通りの怪談原稿。
 設定も、登場人物の性格や行動も、部屋の間取りも、引越しの状況も、起こる怪異も、それに対するリアクションも、そこに至る説明も、現象の描写も、ラストの落とし前の付け方も、全員微妙に、あるいは大きく違います。
 同じ話やのに、ですよ。
 そこがもう、各自の感性、思考、知識、経験他、スキルの違い、つまり作家性が問われたところなんですね。
 実話系、といっても原稿に起こした時点で創作物になるわけです。それ、体感したと思います。
 そして私も改めて実感。

 怪談は難しい、そして面白い。


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kaidanyawa at 19:45|PermalinkComments(5)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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