2010年10月

2010年10月28日

10/27の小説技法

 中山市朗です。

 27日の小説技法の報告です。
 いつもの合評です。

 Yくん。「いろいろ考えましたが、やっぱり僕はアクションが書きたい。エンタメとして楽しんでいただければ」と、新作に挑みます。
 冒頭で中国人とチャイナドレスの似合う美女とのアクション。場面変わって、関西国際博物館前。やってきた大型トラックから運び出される謎の木箱。そこに記される英語表記。そこには・・・ちょっとオカルト的な内容になりそうです。『インディ・ジョーンズ』か『トゥームレイダー』のような冒険活劇になるのか?
 実はカンフーアクションをやりたいのだとか。冒頭のひきつけは成功しています。この続きが楽しみです。ただ、オカルトは下手すると安っぽいものになるし、ちゃんと調べてうまく使えば、すごく面白いものになります。そこを気をつけて。

 落語作家のO田くん。彼も新作です。ある男が残した謎の日記を、その男のことを知る人物が、その使命感から公開するというもの。そのほとんどが、日記のような独白を読者が読み進めるという体なんですが・・・。ちょっと何がやりたいのか、わかりません。
「寛太というその男の生涯を描きたい」
 とOくんは言いますが。
 しかし読者としては寛太という男のことを何も知らない。知らない人間の独白、日記を長々と読もうとは思いません。だから、寛太という男が、どんな数奇な人生を送ったのか、あるいは謎を残したのか、を冒頭で示す必要があります。そしてそれをラストのラストでドンデン返しをするとか。その計算があるのか?
 ないようですね。そこ、ひとひねり、いやふたひねりすること。

 Sくんの奇譚小説。もう長いことかかっています。難しいテーマを、しかしひとつひとつ課題をクリアしていっています。夢の中の現実。現実かと思ったら夢。起こっている現象は、実は心理の動き。読みやすくなって整理されてきました。夢のシーンの描写は、もう好き嫌いになっちゃうので、Sくんの書きたいものを書けばいいと思います。ただ、あるキャラクターが強く濃くなった分、他に出てくるユニークなキャラクターたちとのバランスが悪くなった、という指摘も。

 N子さんのホラー小説。一進一退です。ホラーだから恐怖のシーンをどう読者に怖く伝えるか、は重要なんですが、それだけに日常のシーンをしっかりと描写しないと、恐怖、恐怖、異常、異常、では、いざとなったときの恐怖が効かなくなります。日常があって、それが崩れるのが恐怖を生む。恐怖が去って、ホッとしたところにまた恐怖がくる。そのバランスが大事。特に今書いているシーンは登場人物の心情や日常の生活を掘り下げるところ。もっと色々な小説(ホラー以外にも)を読んで分析してみること。

 T田くんも新作の第二稿。ちょっと『クロマティ高校』を思わせるヤンキーもの。前回課題となっていたオープニングもよくなりました。あとはシニカルな主人公とアホ丸出しのヤンキーたちとのやりとり、ケンカ。ケンカは初めてで戦い慣れしていない主人公がヤンキーに勝ってしまうところは、どうも納得がいかないという声が。主人公のキャラを紹介する場面もあるので、そのシニカルで頭脳派という武器を活かして、ひとひねりする必要があります。そこを逆手にとってこうすると、ヤンキーたちとの関係は、ああなるはずです・・・。
 
 T野くんのSFホラー。月面基地で起こる怪奇な現象。色々なアイデアが盛り込める舞台設定です。前回も問題となった、クルーの一人が大型冷蔵庫の中に引きずり込まれるシーン。やっとその現象の細部が明確化され、恐怖感が増しました。その後、基地内でのクルーの動き、心理、その焦燥感は、さすがにSFマニアのT野くんと、うならせます。次のステップへ進みましょう。

 K島くんは昭和の大スター、大河内伝次郎に捧げる小説。昭和の、特にサイレント映画の基礎知識が読者の頭に入りながら、ストーリーを追う、という構造のシーン。ただ、そんなに映画や大河内に興味のない人に、どう興味をもって読ませ続けるかが、K島くんの課題。アメリカ人の日本映画オタクの青年に、日本人であまり映画のことを知らない小説家志望の主人公に、大河内の魅力について語らせるアイデアはいいんだけど、そこで詰まっていました。けど、大河内はチャップリンに憧れ、チャップリンになりたかった、という言葉。それ、それを冒頭にもってくると面白い。チャップリンと大河内のギャップが、読者を惹きつける要素になるはずです。

 さて、合評が終わると、私の書斎でわいわい飲みながら朝まで(もちろん希望者だけです)。これからの様々なメディアの動きをどう察知して、どう動くか。また、どうそれをマルチな展開にしていくか。という議題で盛り上がりました。ゲームデザイナーのNくんも、私と進めている仕事の報告がてらにやってきたので、プロの観点やゲーム業界の動きなどからも考察。
 これからは作品を作るだけでなく、売るための宣伝、広報もクリエイター自身がやっていく時代となります。だからそういう思考は、今から身につける必要は絶対あると私は思うわけです。だからみんなで補いながら、それをシステム化しようという試みです。
 うまく行くのでしょうか?
 いや、行きます。色々私なりのアイデアもあります。

 ただ途中、女性に失礼な言葉を吐いちゃったYくんに対する、みんなのお説教大会になっちゃいましたけど。でもそれも仲間だから。
 普通の会社なら、シカトされ、無視され、下手すりゃ仕事から外されるだけ。
 でもどうもYくん、仲間という存在が嬉しくて、ついつい失礼なこと言っちゃったみたいです。でも社交術としては、それはイカン。
 少なくともこれを言っちゃあ、相手は気ィ悪うするな、と思ったことは口に出さない。
 
 我が塾は、夢をもった者が自由に夢を語り合う場所ですから。



中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


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2010年10月27日

10/20の作劇ゼミ その6

 中山市朗です。

 「日韓併合」を考えて、もう6回目になりました。
 もう終わります。

 いきなり話は変わります。

 18世紀後半、バイエルンに、フリーメーソンの内部を蝕み、世界征服を企てるための「世界新秩序」を宣言したイルミナティという組織がありました。そんなこと書くと、なんか怪しい、と思われるでしょうが。このイルミナティという組織を創設したのはアダム・ヴァイスハウプトというインゴルシュタット大学の元教授でした。この人は27歳でイエズス会の教会法学部の学長となった秀才で、彼はそのイエズス会の教義と大学の現場に、人間をコントロールし、世界支配をするためのヒントがあったと考えました。それは「教育」だと言うんです。
 若い者にどういう教育をするのか。
 イルミナティとは啓蒙を意味するのですが、その啓蒙は「秘密の学校」で行なわなければならない、と。そしてそこで教育されたものが、イルミニズムの原理を知らず知らずのうちに大衆に教育し、啓蒙する。その原理こそがヴァイスハウプトの世界支配の原理、だと。

 この論理、分かる気がします。
 教育によって確かに若者の頭脳だけでなく、精神や肉体が作られます。若いうちにどのような教師に会い、どのような教育を受けたかで、人生は変わります。このことは国を運営する人たちはわかっているはずです。つまり、教育のコントロールを国が管理すれば、国にとって都合のいい国民ができあがる。

 近代史を何も知らない日本人。私も学校では教わっていません。
 日本を少しでも美化したり、近代史を肯定しようものなら、右だの、反省していないだの、戦争を肯定し賛美するのか、だの・・・。だから無知でいるのが得策、何も言わないのが無難。そんな日本人がいっぱい増えて、今、日本はダメになっています。
 私はどう考えても、日本の教育を管理し推進している人に、売国奴がいると思えてなりません。

 一方、どうやら反日教育をしている韓国、北朝鮮、そして中国。
 特に韓国は、優秀で誇りある朝鮮民族、という儒教精神にのっとった考えは、今まで見てきた通り、彼らの生き方なのであり、アイデンティティなのですね。で、儒教の教えからすると日本は、朝鮮民族より劣るわけです。無条件に軽蔑してもいい。だから反日は、理論とか事実はどうだとか、そういうことは関係ないわけです。
 ただ、そのためには、都合のいい歴史を作り、都合の悪い歴史は消さねばならない。韓国の学者はそういうことをやっているわけです。だから古代の歴史でも、日本が半島を支配していた痕跡や記述があると完全に否定し、しかし攻撃してきたという記述があると、これは無条件で肯定する。神功皇后や任那の問題がそうでした。憎い日本人、日本人より優秀な朝鮮民族の刷り込みです。
 だから日本の文化は「半島が教えてやった」と上から目線でくるわけです。
 そして李氏朝鮮の、あまりに悲惨な歴史と惨状は、とても誇りある民族としてはあってはならないもの。だから歴史から消し去るしかない。
 そこで憎き日本が利用されたのです。悪しき日帝の36年。ここに目を向けさせることによって、憎悪すべき日本人への感情が高ぶります。それ以前の李氏朝鮮の歴史など、誰も気にしなくなります。日本人が支配するまでは「のどかで牧歌的な国だった」・・・。

 私、何が言いたいのかというと、別に韓国の人が(みんなが、とは思っていませんよ)反日思想をもっても構わないんです。要はちゃんと、自分で調べることをやってほしい。
 なるべく両サイドの意見を吟味しながら、その上で、やはり日本が悪い、となればそれはそれで立派な意見です。特に、日本人に謝罪を求めるのなら、なおさらです。
 「歴史の真実を知れ」と叫んだ韓国の学生は、おそらく「これが真実だ」と教育されたのだと思いました。でないと真実などという言葉を、ああ高らかには言えない。
 日本の若者もアニメやゲームもいいけど、自分の頭で考えるということをやってほしい。
 今のままでは白痴化する日本人が増えそうな気がします。
 それに、外国語ができるから国際人だなんて、とんでもない。まず日本人なら、その民族の歴史や文化は、一応のことは外国の人に言える知識がなきゃ。

 で、習ったから正しい。習っていないから知らないはやめよう。
 それは高校生まで。
 説教くさくなっちゃいました。
 塾生や元教え子も読んでいますので。

 さて、日韓併合の問題。
 実際のところ、どうだったのでしょう。
 それには当時のことを知る人の証言を聞くのが、一番でしょう。
 もちろん韓国の教科書にも、日本の教科書にも、出てこない証言です。

 李氏朝鮮の時代、全権大使としてアメリカに渡った金成玉が、世界に置かれている朝鮮民族の立場を知って驚き、こんなことを言っています。

「現在の朝鮮民族の力をもってすれば、とても独立国としての体面をもつことはできない。亡国は必至である。亡国を救う道は併合しかない。
 そして併合相手は日本しかない。欧米人は朝鮮人を犬か豚のように思っているが、日本は違う。日本は日本流の道徳を振り回して小言を言うのは気にいらないが、これは朝鮮人を同類視しているからである。そして日本人は朝鮮人を導き、世界人類の文明に参加させてくれる唯一の適任者である。それ以外に我が朝鮮民族が豚の境遇から脱して、人間としての幸福が受けられる道はない。
 日韓併合が問題になるのは変な話だ。我輩の合併観は欧米人の朝鮮人観を基に考察したものだ」
            朝鮮全権大使 金成玉『李完用僕の心事と日韓併合』

 朴正煕(パクチョンヒ)韓国元大統領は、福田赳夫元総理とお酒を飲んでいたら、ある側近が「日韓併合のことですが」と不満を言い出した。するとそれを諌めて朴大統領はこう言ったそうです。
「しかしあのとき、自分たちで選択したんだ。日本が侵略したんじゃない。私たちの祖先が選択した。もし清国を選んでいたら、清はすぐ滅んで、もっと大きな混乱が朝鮮半島に起こっただろう。もしロシアを選んでいたなら、ロシアはその後倒れて半島全体が共産主義国家になっていた。日本を選んだということはベストとは言わないけど、仕方なしに選ばざるを得なかったから、セカンドベストと私は評価している」
            月間正論2008年1月号

 その彼も歴史となるとこう言っています。
「我が民族史を考察してみると、情けないというほかない」
「我々が真に一大民族の中興を期するなら、まずどんなことがあってもこの歴史を改新しなければならない。このあらゆる悪の倉庫のような我が歴史は、むしろ燃やして然るべきである」
            朴正煕『国家と革命と私』

 李氏王については、
「四色党争、事大主義、両班の安易な無事主義な生活態度によって、後世の子孫にまで悪影響を及ぼした、民族的犯罪史である」
            朴正煕『国家 民族 私』

 今年の8月28日の産経ニュースに、日韓併合談話として、日本統治時代を知る元・韓国空軍大佐・催三然氏(81)のインタビューが掲載されていました。謝罪する日本人と、謝罪しろという韓国人に、ぜひ聞いていただきたい内容だったので、一部掲載させていただきます。

「そもそも植民地というのは、15世紀から始まりました。近代史というのは人類における植民地時代だとも言える。世界中いたるところが植民地だらけでした」
「アフリカなどは植民地時代が終わっても貧困からなかなか抜け出せない状態です。では植民地から近代的な経済発展を遂げたのはどこですか。韓国と台湾ですよ。ともに日本の植民地だったところです。他に香港とシンガポールがありますが、ここは英国のいわば天領でした、インドは英国の植民地として代表的ですが、インフラが整備されておらず、なかなか経済的発展ができなかった・・・」
「戦前は、鉄道、水道、電気などの整備は日本国内と大差なかった。これは諸外国の植民地経営と非常に違うところです。諸外国は植民地から一方的に搾取するだけでした。日本は国内の税金を植民地のインフラ整備に投入したんです。だから住人の生活水準にも本土とそれほど差はありませんでした」
「日韓について言えば、過去のあらゆる保証問題は解決済みです。だから見直す必要はない。ところが日本人は潔癖症だから、相手が少しでも文句を言うと、また謝って金を出そうか、という話になる」
「日本人の道理とか正義感は、大陸ではまったく通用しません」
「(謝罪すればするほど)日本人は内心、韓国人を嫌うようになります。かえってお互いの信頼を失うことになります」
「若い人はそういう時代は知りませんから、憎悪の感情だけが先走ってしまう。つまり日本が謝罪するとこうした日韓の根底にある古きよき思い出が消されて、憎悪だけが残るのです。日本だって米国に原爆を落とされて、占領されて米国に対する憎悪の気持ちはあるでしょう。しかしそんな過去の恨み節ばかり言っていたらどうなりますか。日米関係は悪くなりますよ」

 おわり。 



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11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
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出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
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2010年10月26日

10/20の作劇ゼミ その5

 中山市朗です。

「(日韓併合の)真実の歴史を知れ」という韓国人学生(こだわりすぎ?)。
 その真実という言葉に違和感をもっての、私なりの考えです。

 まずこれ、日韓併合だけを見ても何も見えません。
 ですからまず、その歴史的背景を見てきました。
 色んなものが見えてきませんか?
 少なくとも学校教育の歴史は、やっぱり腐っていると確信しました。年号を丸暗記したところで何が見えますか? 何がわかりますか? そしてもういい加減、縄文式土器だとか弥生式だとかから始めるの、やめましょうよ。
 歴史とは人間の行為です。国と国が、その存続と利権を巡って争う、ドロドロとしたドラマです。人が生きてきた痕跡です。人間学なんです。
 クソの役にもたたない教科書は、トイレに流すべきです。でもそうすると詰まるので、やっぱりやめておきます。

 さて、李氏朝鮮。なんかわかってきたことがありました。

 私、よくダメな教え子に「実家を出て一人暮らしをしろ」と言うんです。
 親の庇護にある限り、食う心配がない。だから作品を金にしようとか、人脈を作って営業をかけようとか、なんかそういう危機感がない。で、ニートになる。で、そんな自分が社会に通用しないということがわからない。いつか抜け出せるとぼんやり思っている。
 李氏朝鮮がそうだったんです。地理的条件もあって、ずっと中国の庇護下にあった。働かなくていい(両班は、ですが)。何かがあったら守ってもらう。で、親が偉いことを自慢する。だから国際社会となり、列強の渦の中に放り込まれた途端、何をしていいのかわからなかったんです。
 明治に開国した日本と、そのスタートラインは同じだった。だから日本は共に力を合わせて近代化し、植民地化されないよう独立をお互いに保証しよう、そう期待したんだと思うんです。日本は庇護してくれる国もなく、海にポツンと浮かぶ島国でしたから、置かれている状態が認識できたんです。だからなんとかしなきゃ、これは生きていけないと思ったんです。だから必死に近代化を目指した。国民は重税にも文句を言わず、国のために勤労しました。そして日本は、地理的環境からして、韓国という大陸の盟友がいないとやっていけないと思ったんです。そして国際的に独立国だと何度も宣言した。
 でも、ことごとく裏切られたんです。
 独立させても、すぐ中国の庇護を期待する。中国がダメになったら、ロシアへ行く。自分で解決しない。主権というものの意味がわからない。意識改革がなされなかったんです。
 だから韓国を近代化し、劣悪な環境から救うには、もう併合しかなかったと思うんです。

 もう一度言います。日本は韓国と併合しても、負担を強いられるだけだったんです。
 なんでそんな国に、今の韓国の人が言う、わざわざ「武力行使をしてまで支配」する意味があるのでしょう?
 それに日本はようやく主権国家の地位を、列強から認められたんです。
 国際法の手続きなしに支配するという非常識なこともできません。それをやったら、たちまち法を知らない国として、その主権はまた剥奪されることになりましょう。

 さて、何をしても日韓併合は、歴史的事実としてありました。
 
 この問題については、永遠に賛否両論で決着はつかないでしょう。
 ただ、朝鮮半島を巡る覇権争いは、日中露の三国の間で熾烈に行なわれていたことは事実ですよね。で、このとき韓国は、国力のなさを暴露してしまいました。これも客観的に見て事実なことですよね。これを「のどかで牧歌的な李氏朝鮮」であったと韓国の人たちは言うわけです。日韓併合を考えるとき、このことがバッサリと彼らの意識にはない。そこでもって「歴史の真実を知れ!」と言われて何も言い返せない日本人も、アホやと思うんです。韓国は李氏王朝である限り、独立は無理だったんです。

 このような歴史的背景があって、日韓併合は進められたのです。今のような平和な時代じゃない。当時、アジアで独立国たるのは日本とタイくらいなものだったんです。厳しい時代です。韓国と日本が共に生きていくためには、もうそれしかなかったのです。

 伊藤博文は、韓国を日本の保護国としたままでいいと考えた人です。保護国というのは、支配でも併合でもありません。しかし併合とは、同じになる、ということです。
 例えばハワイは、アメリカと併合した共和国です。
 ただし併合は一つの国の完全な主権下のもとで行なわれます。特に当時の日韓の国力の差があっての併合なので、韓国は日本化されることになります。朝鮮民族より劣る日本になる・・・。屈辱を思った韓国人、たくさんいたでしょう。でも、奴隷から開放された人たちは、両班よりも圧倒的に多かったんです。彼らは儒教精神など知りませんしね。

 ちょっと違うかも知れませんが、国同士の併合は、結婚に似ていると思います。
 日本と韓国が結婚して、姓を日本と改めるわけです。
 ここに抵抗がある、というのなら結婚は破棄です。でも韓国という人は、伴侶がいないと生きていけないんです。嫌だと言うのなら、露西亜という姓になるしかない。
 ただこの結婚は政略結婚です。どちらも心底望んだわけではない。ただ、周囲(欧米列強)は、この結婚は町内のバランスを保つのにいいと、賛成しました。
 日本と韓国。同じ家族ですから運命共同体です。責任も同じようにもちます。韓国という嫁は、中華という良家に代々世話になっていて、何をするにもすぐに頼っていたので、わがままです。それに日本は自分の家柄より劣るので気に入りません。しかし中華という良家は、もう解体寸前です。親戚の縁も切りました。
 二人が住みやすい家に改良します。インフラですね。韓国の実家は極貧にあえいでいました。これを立て直します。
 実際日本は、鉄道、道路、架橋、用水路、河川整備、防波堤、植林、学校や病院の設備など、公共事業を始め、電気、水道も各家庭に引きました。それは日本国の税金から当てられたのは事実です。その金額は今のお金に換算すると、60兆円! になるそうです。
 併合ですから。
 日本政府は東北地方や北海道より優先して、このインフラを朝鮮でやったわけです。
 特に衛生環境の改善は朝鮮半島の生命保全と平均需要の大幅な伸びに貢献しました。
 それが証拠に、併合後、人口は急速に増えます。
 やっと韓国は近代化したのです。
 そして両班から搾取されていた奴隷の解放をしたんです。そして彼らを公共事業のために雇用したんです。腐敗、堕落していた両班制度は廃止しました。
 それが余計なお世話、と言われたらそれまでなんですけど。

 さて、日本と韓国の夫婦は、二人、何でコミュニケーションをとろうか、となります。嫁は文字が書けません。平民は教育を受けていません。
 二人で日本語と韓国語のどちらも話せ、読み書きできるようにしようとします。
 併合時代、日本は韓国人から言葉を奪い、文化も奪ったと言われていますが、それをしたのは李氏朝鮮の制度と両班です。そのことが明らかになると悲惨な朝鮮の歴史があらわになるので、それを覆い隠し、日本のせいにされたのです。
 ハングル文字は、中華思想を重んじる両班たちによって卑しい文字とされて、ほとんど使われていませんでした。これを再使用して、学校教育で教えたのは日本の朝鮮総督府の方針でした。朝鮮にいる子供はすべて、もちろん日本人もです。このハングル文字と日本語の文字の両方を教え込まれたのです。ほとんどの人が読み書きできるようになりました。
 ハングル文字については、井上角五郎という人を調べてみてください。

 で、悲劇が起こるんです。日中戦争、大東亜戦争。日本の男子は徴兵されます。
 朝鮮人も日本人として徴兵されます。中には自ら志願した人もいたでしょうが、そもそも朝鮮人としてのアイデンティティをもっている若者に、日本人として死ね、とは残酷なことだったと思います。特攻して散っていた韓国の若者もいました。
 この戦争で、初期の併合政策とは違うものになった事実はあったのでしょう。日本自体が戦争でかなりの無理をしていましたから、その無理を韓国人に押しつけることはあったはずです。同じ日本人と見なしているわけですから。
 ここ、難しいですよね。
 だからと言って「お前は朝鮮人だからいい」と言うと、おそらく差別されたと言われるのでしょうし。学校の教育も受けられなかった。それは日本の本土も同じです。
 ハングル文字教育が禁止されたのも1941年のことでした。

 結婚生活もいいときは甘く素晴らしいものでしょうが、悪くなると憎しみ合う。
 結局、戦争が終わって、日本と韓国は離婚し、日本は財産放棄して、韓国にそのまま渡します。そして言われます。
「あいつはとんでもない夫だ。私から何もかも取り上げたんだ」
「私はあいつと結婚した覚えはない。レイプされたんだ」
 で、言われるわけです。「みんなの前で謝罪しろ!」

 ちょっと嫌味を言っていいですか?
 「何もかも取り上げられた」と叫ぶ権利のある人はいました。両班です。
 この人たちは確かに、地位も財産も、奴隷も日本に取り上げられました。そして日本が我々より劣っていると思っていたのも彼らでしたから。
 でも、その韓国を自ら蝕み、何も生み出せず、独立もできず、結局併合せねばならなくなった原因を作り出したのは、その両班たちです。
 今の韓国人は、なぜかその百パーセントが、両班の家の出だと言っているそうですが、これはなんと理解すればよいのでしょうか。

 当時の植民地化政策は、どこもしていた、だから悪ではない、という考え方もありますが、その植民地化により戦争が起こり、多くの犠牲があったのも事実。しかしその時代時代の生き方、ルール、状況があり、国力の差もあり、国際的なバランスもあった。それを今の価値観で判断するのも目を曇らせます。だから、歴史には事実はあっても、真実はわからないのです。
 それは当時生き、そう判断した本人にして、わからないんだと思います。
 私たちが日々生活している中でくだす判断、行為、思考、それが正しいのかどうかはわかりません。真実とは、と言われても、わかりません。毎日が反省や後悔、思い出したら赤面するような恥ずかしいことだらけ、ではありませんか?
 それがお互いの利害や地位や、大義をかけた政府や軍部となると、もう色々なものが絡んできます。人の集団のあるところ必ず陰謀はあるし、裏切りもあるし、工作や裏資金、スパイ、思わぬハプニングもあります。
 歴史は、そんな中で構築されます。事実はあっても真実なんてわかりません。
 ただ、互いに反省し、学ぶべきものはたくさんある。
 反省ですよ、謝罪じゃない。それを言い出したら、もう謝罪だらけになります。前へ進めません。

 さて、日韓併合に話題を戻します。

 実のところ、「歴史の真実を知れ」と叫ぶ韓国の学生も、このブログを読んでいる人も、もちろん私も、文献や資料では当時のことに触れられても、当時のことは何も知りません。だから、日韓併合の時代を生きた韓国の人たちの証言を聞いてみたいと思います。

 まずは元・韓国大統領の証言です。 


 続く。
 



中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
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2010年10月25日

10/20の作劇ゼミ その4

「歴史の真実を知れ!」 
 そう叫んだ韓国や在日の学生たちの意志に答えて。
 また「日韓併合」を肯定的に捉えるのなら「歴史を語る資格なし」と言った某監督の言葉を聞いて「日韓併合」について考えてみたくなりました。
 ともに考えましょう。

 中山市朗です。

 江戸幕府が黒船を見て驚き、開国してみたら、白人によって世界中が支配されていた。
 これはえらいことだ、と日本は危機感をもち、自分を守れるよう近代化に乗り出し、軍隊をもつようになりました。
 そうしなければ、日本もアジアの他の国のように植民地化されてしまいます。

 明治9年、まず日本は朝鮮と修好条規を結びます。
「朝鮮は自主の国であり、日本と平等の権利をもつ国家である」という条約でした。

 陸軍ができたときから、日本の仮想敵国はロシアでした。
 広大なロシアは、経済政策をなんとかしようとしていたのですが、港がないんです。冬でも凍らない不凍港が。その港が朝鮮半島にある。シベリア鉄道も近くまで敷設していて、準備万端。いつ南下し朝鮮半島に攻め入るやもしれません。
 だから李氏王朝には、さっさと清の属国から独立してもらって、日本のように近代化して、自衛してもらいたかったのです。日本と平等な権利とは、軍事的な同盟国になろう、という意味だったと私は思います。また、ロシアの南下は朝鮮の植民地だけでなく、半島を起点とした、日本植民地化が想定されます。
 ちなみにあの八甲田山の悲劇は、シベリア出兵を想定しての雪中行軍演習中に起きたものだったんですね。
 ともかく、日本は国民に重税を課してまで、富国強兵に突き進むわけです。

 ところが大朝鮮国は、独立する気がなかったのでしょうか。近代化もせず、相変わらず清王朝との冊封関係に甘んじていました。そして秀吉の侵略の記憶などから、日本も欧米列強と同じとみなす儒学者がいて、反日運動が起こります。
 そらそうです。中国の次に優秀な朝鮮民族が、それより劣る日本の言うことは聞く必要がありません。中国の庇護があって、働かない両班たちの生活もあるのですから、彼らの頭の中には「条約」とはどういうものか、認知できなかったんです。

 1894年、朝鮮で東学党の乱が起きます。東学というのは、儒教の教えに反発し、アミニズムの古代朝鮮を見直し、西のキリストに対する東の(学)とは、という・・・ええい、難しいので飛ばします。
 早よ言うたら新興宗教ですね。その東学派のリーダーに率いられたのは農民たちでした。反乱の原因は、日本が朝鮮米を大量に買い占めたために、米の値段が急騰したことや、相変わらずの両班の横暴、重税や干ばつによる飢饉など、複合的なものでした。
 当然のように、朝鮮政府は清に反乱鎮圧の要請をします。日本も半島に住む日本人救出という名目で兵を派遣します。そして東学党の乱は鎮められましたが、そのまま日本の兵は留まりました。清の兵隊も留まったままです。このまま朝鮮を清の勢力下に置いてはならない。日本はそう思います。清はまだ、朝鮮を自分の属国だと思っています。

 そこで朝鮮半島の利権を賭けての戦争、日清戦争が起こるわけです。
 日本は初めての近代戦を経験することになります。

 で、この戦争、日本が勝ちました。

 驚いたのは朝鮮だったことでしょう。世界の主たる中国が、野蛮で劣等な国日本に負けた! そうなると本当に朝鮮は独立せねばなりません。
 そのため日本は清朝と下関条約を交わします。
 その内容は、

 朝鮮が独立国であることを認める。
 遼東半島と台湾は日本が支配する。

 というようなものでした。
 下関条約における朝鮮独立の文言は、国際的な認証を意味しました。同時に日本は朝鮮に、清との冊封の関係を禁じたのです。大朝鮮国は、大韓帝国と名を改め、李氏王もそのまま存続しました。高宗王は、王の名を廃して皇帝となりました。中国皇帝、日本の天皇とこれは同列を意味します。
 そして。朝鮮から「韓」。ここに意味があります。

 秦、漢、隋、唐、宋、元、明、清・・・。中国は自らの国号を一文字とし、隣国の名は二文字とし、西欧が来たら、米利樫、英吉利、露西亜と三文字で表わしたんです。
 そう、中華思想です。中国が一番偉い。次が隣国、欧米は中国から遠いから劣等野蛮の国。
 清が負けた今、真の中華思想の継承者は我々朝鮮人であると、この「韓」の一文字の国号で宣言したんですね。長い中華思想への憧れの主権を、朝鮮民族がもったのです。ちなみに「韓」は古代において三韓の王となったという箕子朝鮮の逸話から持ってきたようです。「大」は日本もつけていた接辞です。
 でも「大韓帝国」って四文字ですけど。

 朝鮮が大韓帝国になった翌年(1898年)、日本はロシアとの間に「西・ローゼン協定」を取り交わし、日露両国で韓国の独立を認め、互いに内政干渉に立ち入らないことを決めました。韓国独立の支援を日本は惜しまなかったのです。もちろんそれは、日本の利益であることは間違いありません。

 ところで問題が起きました。日本が清から割譲されていたはずの遼東半島・・・。
 なんとこれをロシアが欲しがって、独、仏と結んで三国干渉をしてきたのです。「日本は遼東半島を清に返してやれ」と言うんです。
 「NO」と言えるほど、まだ日本は力がなかったんです。黄色人種が領地をもらうとは生意気な、という国際(白人)感情のなか、日本は3000万両という賠償金を代わりにもらって、遼東半島を清に返還します。
 遼東半島は、朝鮮半島の北西にある古代から中国の土地で、旅順や大連がありました。と、なんとロシアは日本が手を引いた途端、遼東半島を占領してしまうのです。
 なにすんねん!
 日露の関係が、ぎくしゃくしてきました。

 1900年には義和団事件が起きます。チャールトン・ヘストン主演の『北京の55日』はその事件を映画化したものでした。伊丹十三さんも実在の人物、柴大佐を演じています。西太后をフローラ・ロブソンという英国の女優が演じて怖いです。メイクが。
 義和団というのは、欧米列強打倒をスローガンとした結社で、清国の西太后はこれを支持して宣戦布告します。日本も欧米列強の一員として戦い、列強側が勝利します。
 ところがこの間、どさくさにまぎれてロシアは、遼東半島に増兵して東北三省をも占領し、義和団事件が終結しても全然撤退しようとしなかったんですね。
 旅順の山に要塞を建設し、旅順港に艦隊を入れ、さらにバルト湾から、バルチック艦隊を迎え入れようとしたのです。そうなったら、その圧倒的戦力に日本の軍隊は太刀打ちできなくなり、海の補給は断たれ、近いうちに朝鮮半島はロシアのものになるでしょう。
 そうなれば次は南下してきて日本が・・・。日本政府は震え上がりました。
 1904年、日露戦争が勃発します。

 この戦争は、日本が存続するか滅亡するか、その運命を賭けたものでした。勝てば朝鮮半島の利権は日本のものになる。負ければ、日本はロシアになる。それもほぼ負けると思われた戦争でした。国力も軍事力も圧倒的に違いました。
 それでも一分の可能性に賭けて、やらねばならなかったんです。
 ホントは韓国が、しっかりとした防衛力や近代化させた軍隊をもっていれば、日本はその支援なり、共同作戦が行なえたのでしょうが、韓国はまだ近代化を怠り、主権とは何たるかがわからないでいました。
 だから日本だけで、大ロシアと戦わねばならなくなったんです。
 朝鮮半島のために、ですよ!

 この戦争は避けられなかったと思います。今とは違います。平和的な話し合いで、など通用する時代ではありませんでした。いや、日本政府は妥協案を示し、ロシアに色々交渉したのですが、ことごとく退けられました。
 ロシアからすれば、黄色い劣等な国と戦争して、負けるはずがない。そうタカをくくっていたんですね。

 ところが日本はこの戦争にも勝ったんです。
 バルチック艦隊が、あろうことか全滅したんです。

 欧米列強は驚きました。そして歓喜しました。列強の本音は、ロシアはとっても脅威だったのです。ロシアはこの敗戦により、ロマノフ王朝が弱体化してやがて滅びます。そして日本はアジア唯一の主権国家として列強から認められました。
 日本は米ポーツマスで、朝鮮を指導、保護、管理する権利をロシア政府より認められます。もう、さすがに韓国独立の文言は消えました。
 このとき、仲介に入った米大統領ルーズベルトはこう言いました。
「韓国は最低限の抵抗に及ぶ能力もない」
「自立できない国は、そうするしかない」
 韓国は・・・もうダメです。
 李氏王朝は、国家運営能力がまったくないことがわかりました。日清、日露の戦争が自国の本土や近海で行なわれていたのに、その処理能力も、防衛能力もありませんでした。

 この後、問題の日韓併合が行なわれるのですが、この併合こそが、戦後、ずっと韓国人たちは暴力で併合させられた、とか、侵略されたのだと言っています。しかし本当は、日本は韓国との併合なんてしたくなかったんです。
 嘘やって? 日本も植民地が欲しいはずだって?
 そりゃあ、本音を言えば日本も植民地が欲しい、とは思っていたでしょう。魅力のある土地だったら・・・ね。
 でも当時の韓国は、今の韓国とは全然違うんです。

 李氏朝鮮は、ルーズベルトが言ったように最低の状態でした。
 会社で言うと、もう破綻している状態だったんです。
「働く者、食うべからず」というのでは、そうなって当たり前です。
 例えて言うなら。
 倒産寸前の会社と合併したら、どうなります?
 賃金を出して立て直しを計らねばなりませんよね。そんなことしたら株主(国民)に吊るし上げにあい、責任を問われます。そしてヘタすりゃ、自分も破産。
 そんな状態だったんです。当時の朝鮮は。
 まずまともな産業がありません。近代化した工場もない。資源が豊富にあるわけでもない。商業は卑しめられたので発達せず、貨幣制度も未発達でした。農地には灌漑用の水路もなく、田や畑は荒れ、道もなく、山々の植林もされず、川は橋さえかかつていません。両班を敬うようにと二階建ての家、瓦葺きの屋根の家を建てることも禁じられていました。身分制度は残り、奴婢という奴隷がいます。国民への教育はなされず、官僚は腐敗し、政党は対立し、軍隊は弱く、医療設備もありません。もちろん鉄道もない。
 「のどかで牧歌的」な朝鮮とは、これです。

 こんな国と併合したいですか?
 したくないですよね。
 こんな国と併合して、日本は何の得があるというのでしょう。かえって負担を強いられるだけです。
 「いや、李氏朝鮮にも近代化の目はあった」という韓国の学者がいます。
 あるいは「嘘を言うな! 李氏朝鮮は素晴らしい国だと教わった」と韓国の人から反論がきそうですね。韓国の教科書がそんなこと書くはずありません。
 でも、その証拠があるんです。李氏朝鮮の形態と思想をそのまま引き継いだ国が、現在も。

 北朝鮮です。

 同じ朝鮮民族の国。国内は貧困、インフラ整備もされず、田畑は荒れ、万年の食料危機。まともな産業もなく、中国偏重の交流、中国からの庇護、他の国は尊ばず、国民にまともな教育もさせず、情報もなく、官僚の腐敗、特権階級と庶民の極端な格差、血縁継承で決まる国家首席。偉大なる金日成一族のためだけにある国家運営。

 これ、李氏朝鮮じゃないですか。

 続く。
 

中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


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2010年10月24日

10/20の作劇ゼミ その3

 中山市朗です。
 なんか難しいことに首突っ込んじゃった感がありますけど・・・。

 日韓併合について語る前に、当時の朝鮮半島はどのような国で、どのような状態にあったのでしょう。ここを知る必要があります。
 併合したのは大韓帝国です。
 李氏朝鮮の国です。

 韓国の人たちは、「日帝(大日本帝国)の侵略さえなければ、のどかな李氏王朝のもと、牧歌的な国としてありえたのに」と言います。

 これは本気で言ってるのでしょうか?
 当時は帝国時代ですよ。
 アジアの国で独立している国なんて、ほとんどなかった時代ですよ。
 日本も独立を維持するために必死になって戦っていた時代です。
 なんでそんな、のどかで、牧歌的な、みたいなことが有り得たはずだ、などという能天気なことを平気で言えるのでしょうか?
 そのズレた思考には、原因があるはずです。で、いろいろ調べてみたんです。

 そしたらヒントがありました。
 私思うに、ですよ。
 この李氏朝鮮に、日韓の感情を決して一致させない、朝鮮民族は一番優秀な民族で、劣る日本民族を絶対悪と見る精神構造を生み出した、と思うわけです。

 その李氏朝鮮とはなんでしょう?

 1392年、高麗の武将・李成桂(イ・ソンゲ)が高麗の王に即位し、翌年、中国の明から権知朝鮮国事に封ぜられ、国名を大朝鮮国とするわけです。この朝鮮、という名は明の王から与えられたわけですね。
 李氏王朝はここから始まりました。
 李氏王朝は、中国王朝との冊封の関係にあり、中国王朝に最大の礼を尽くすことにありました。中国皇帝は世界ただ一人の天子であると敬い、明や清からは「東方礼儀の国」と誉めたたえられました。冊封というのは君臣関係を結んで、宗主国対藩属国の従属的な地位に置かれることです。その証が朝貢なんですね。つまり中国の皇帝にお土産を持って礼を尽くして拝謁するわけです。わかりやすくいうと、今のアメリカと日本の関係ですかね。
 ちょっと違う? つまり平等ではなく、主と従の関係。でも主はいざとなったら助けてくれる。現に秀吉の軍が攻め入ったとき、明の軍隊が救援してくれた・・・まあ、当たり前ですわ。秀吉の真の目的は明でしたから。
 朝鮮は中華思想の国なんです。だから儒教の国になった。
 この朝鮮の中華思想は、小中華思想といって、中国に近いほど優秀で、遠いほど劣等であるという考えによるのです。となると、当然、中国と陸続きの朝鮮は優秀で、遠い日本は劣等国。だから日本のことは無条件に軽蔑していいわけです。
 で、儒教。朝鮮の学問は、これ1本になりました。
 儒教の教えは素晴らしいところもありますが、1本にするとマズい。仏教の教えも退け、朝鮮の儒教学は支配層がただ出世するためだけの漢文で難しいことを空理空論するばかりの、庶民にはなんの役にもならない空っぽのものだったんです。
 当時の支配層は兩班(ヤンバン)と呼ばれる人たちでした。まあ官僚ですね。
 当時朝鮮には良民(兩班、中人、常人)と、賤民(奴婢、白丁)という身分制度が敷かれていました。で、朝鮮の学問は兩班の子弟に科挙を受けさせ、出世させるためだけのものでした。

 兩班は血縁身分として固定化されていました。そして働くことをしませんでした。日常の様々な雑務さえも卑しいこととされました。そういうことは身分の卑しい者のすることなんです。だから奴婢の存在は必要だったんです。銭を持つことさえ卑しいこととされました。金に困ったら使者を送って百姓や商人から平気で略奪したといいます。
 奴婢は売買され、主人の所有物でしかありませんでした。仏僧も仏教の信心が禁止されていたため、信心を許す代わりに使役としてこき使われたそうです。商売は卑しい行為とされ、職人が評価されることはなかったんです。芸術も生まれない。ただ、兩班が勉学をし、哲学論争をしているだけの国だったわけです。
 これは孟子の教えにある「頭脳労働の人は人を治め、肉体労働の人は人に治められる」ということからの解釈なのです。
「体を動かす労働は卑しいもの」という儒教思想です。
「働かざるもの食うべからず」という言葉は聞きますが、李氏朝鮮では「働くもの食うべからず」というおかしなことになっていたんです。
 また、小難しい空理空論が唯一の学問だとしたら、下層民はどのような教育を受けたのでしょう? 当時の教育機関は書堂、書院がありましたが、当然、兩班か一部の金持ちの子しか通うことができませんでした。教育は特権階級のものだったのです。下層民は教育など受けられなかったのです。
 こんなことで、国になんの産業、文化、経済市場が成り立ちましょう。
 朝鮮は、李氏王朝になって、その歩みを止めてしまったんです。

 朝鮮の学問、というとハングル文字があります。
 現在、韓国の人々が誇りに思っている、美しい、大いなる文字、は朝鮮の4代王世宗(セジュン)によって、1446年に公布された文字です。それまで朝鮮は固有の文字をもちませんでした。というより必要なかったんです。
 中華思想の冠たる漢字が使われていたからです。
 それで十分だったのです。
 だから保守派はハングル文字を女文字としてバカにして、その使用には猛烈な反対をしたんです。「日本やモンゴル、チベットのように、ああいう漢字以外の文字をもつのは野蛮であるからです」と。
 しかし世宗は、「愚民たちが読み書きできないでいるから(『訓民正音』序章)」と、ハングル26文字を制定したんです。ところがこの、せっかく公布されたハングル文字も「明の文化を否定するものだ」と兩班たちに否定され、愚民の教育機関も作られなかったため、やがて姿を消してしまいます。書堂、書院で読み書きさせたのも、もっぱら中華思想を表現する漢字だったのです。
 このように朝鮮は、中華思想をひたすら尊ぶことで、明に庇護されていたのですが、やがて明が滅んで清となります。清朝は1644年、満州において建国しました。漢民族ではなく満州族による中国。ここで兩班たちは思うわけです。
「真の中華は滅んだのではないか」
 それでも朝鮮は、今度は清に庇護されながら、冊封の関係は存続していました。

 ところが、えらいことが起こったんです。
 清が、世界の中心たる敬うべき中華思想の国家が、
 あろうことか!
 野蛮で劣等な民族、日本人と戦争をして負けてしまったんです。

 続く



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2010年10月23日

10/20の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 日本人と韓国人の歴史観のズレを考えてみようという試み。
 なぜ彼らは、いつまで経っても反日思想を持ち続けるのか。
 疑問が起こったら、すぐ調べる、資料にあたる、聞いてみる、見てみる・・・。
 クリエイターになりたいのなら、これを鉄則としましょう。
 本当は塾生のなかに韓国か中国の人でもいれば、色々意見を聞きたいところなんですが、残念ながらいません。なので私なりの解釈で進めます。

 あ、その前にですね。
 ある塾生が言うわけです。
「僕は前回、日韓の関係のことを先生から聞かせてもらって、もっと知りたいと思って在日の人を紹介してもらおうと何人かに聞いてみたんです。そしたら、そんなことは話したらダメ、触らんほうがええ、と、まるでタブー視されちゃったんです」
 これではいつまで経っても日韓の感情のわだかまりは解決しません。ちゃんと話し合う場さえもない。
 実はね、正直怖いんですよ日本人は。この歴史問題で韓国の人と会話をすることが。

 感情的にまくしたてられると、とても歯が立たない。
 反省していない悪い日本人に思われてしまう。
 そもそも学校で、韓国のことは教わっていないから、知識がない。

 そう思ってしまうのですよ。
 でも、7日のブログに書いたように、何も知らない日本人も悪いが、ヒステリックにがなりたてたり、日本人としての立場の意見を言うと、頭からその意見を完全否定する韓国人も、もう少し冷静に、論理的に対処してもらいたい、というのが私、というより日本人たちの本音で。お互い感情的になっても何も解決しません。

 さて、私が韓国や在日の人と歴史の話をして、彼らが主張することがあります。

1、半島が文化を日本に教えてやった。
2、日本は半島を何度も侵略した。
3、悪の日帝時代を反省し、謝罪するべきだ。

 1に関しては、前回のブログに書いたように、古代においては中国とともに色々享受いただいたことは事実です。素晴らしい文化が半島にはあった。
 でも、教えてやった、という上から目線はちょっとひっかかります。

 問題は2と3です。

 歴史上、日本が朝鮮半島に侵攻し、戦争を起こしたことは、どれほどあるのか。

 まず4世紀の頃、神功皇后の三韓征伐。
 でもこれは、神功皇后の存在が確認できないんですね。
 ただしこの頃、倭国が朝鮮半島南部に進出していたことは、考古学的には実証できるとされています。ただ、この韓国人側の主張が面白いんです。
 彼らは自国の歴史書『三国史記』に記述されている事象を疑っていません。竹島が韓国の領土である、という根拠は『三国史記』にあると、学校で教えています。で、『三国史記』に書かれていないものは、なかったと解釈するわけです。
 で、ですね。当時、神功皇后を思わせる倭国軍の襲来については、『三国史記』は何も書いていないんです。つまり、彼らの史観に基づくと、神功皇后の三韓征伐はなかったことになります。 
 となると「お前たち日本人は、まず神功皇后の三韓征伐から始まって」と言ってくるのは、日本人の歴史認識度を計っているのか、彼らは実のところ、何も知らないのか、のどちらかでしょう。

 任那の問題。
 任那はミマナと読みます。
 これは4世紀から6世紀にかけて、半島南部にあった日本府だとされています。韓国側からはそんな事実はなかったと完全否定(当然『三国史記』には書かれていない)されますが、『日本書紀』には『百済本記』からの引用として、百済が倭国に朝貢するようになった、ということが書かれています。
 これも先日のブログに書いたことですが、百済から亡命して来た学者たちが『書紀』編纂に関わっているのは確かだと思われます。そう言うと韓国の人は「そうだ」と首を縦に振るでしょう。
 とすると、なぜ百済の学者たちはわざわざ百済が倭に朝貢したなどということを書き記したのでしょう。私は、それが事実だという記録(『百済本記』?)が当時あったからだと思うのです。それとも百済の学者たちはありもしない嘘を、律令国家体制成立のための政府による大編纂作業の過程で、記したというのでしょうか?
 書かされたのだ、という人がいたら、百済の学者をバカにしてませんか?
 奈良県天理市の石上神社に奉納されている七支刀は彫られている銘文から、4世紀に百済の王が倭国に送ったものだと確認されます。
 また、中国の『宋書』には、倭の五王についての官位が書かれてあって、倭王、任那の文字も確認できるんです。それに「広開土王碑」という高句麗王の功績を記した石碑が1880年に発見され、それは414年に王子・長寿王によって建てられたとあるんです。
 そこに「倭軍が■を渡り百残(百済?)・■■・新羅を破り臣民となした」と記してあったのです(■は欠損部分)。ところが、これを北朝鮮や韓国の学者により、日本人により改ざんされたものだと反論されました。実は任那日本府の存在は、韓国の人たちにとっては、後に述べる日韓併合時代の韓国総監府とダブッちゃうんですね。だから是が非でも否定したいわけです。
 しかし石碑は2006年、中国社会科学院の調査によって、改ざんはないと結論づけられました。
 とは言っても、その石碑が任那日本府を直接肯定するものと判断していいものかどうかは私にはわかりません。日中韓の学者による慎重な研究成果が待たれましょう。
 でもこの半島南端部にあたる場所から、前方後円墳も出土しているので、倭の国の権力者がいたことは確かなことではないでしょうか?
 
 この神功皇后と任那の問題が、実は日韓の歴史認識を物語っています。
 日本人があったということを、韓国人はなかったと否定する。
 日本人がなかったというと、韓国人はあったという。
 おもしろいですな。
 で、どちらも『日本書紀』からの引用なんです。

 次からは歴史的事実として確認されます。

 白村江の戦い。
 663年、朝鮮半島の白村江で、倭国・百済の連合軍と、唐・新羅の連合軍が海陸で会戦し、倭・百済軍の敗戦となります。これにより百済は滅び、日本へ亡命してきた学者たちにより『日本書紀』が編纂されます。本来、新羅はシルラと呼ぶべきところが、シラギと読ませた。憎いシルラ、という意味なんですね。でもこれは、日本は百済に救援軍を送ったわけで、半島に攻め入ったわけではないんですけどね。
 ちなみに、新羅軍の正体は、聖徳太子が信仰した花郎(ファラン)の軍隊でした。で、この花郎というのが弥勒のメシア信仰なんです。聖徳太子は厩戸皇子という名前で『記紀』などに表記され、キリストを思わせるのですが、その秘密は実は花郎の・・・。
 長くなるので止めます。

 1510年には三浦の乱、というのがありました。
 半島の南部に日本人居留地があって、三浦、と言ったんですが、この居留地や倭冦(倭の海賊)問題が負担になった朝鮮王朝は、厳重な取り締まり、納税の義務、見せしめの処刑などを断行したのに対し、三浦の住民たちが発起したんです。そして対馬守護の宗氏からの援軍を得て4500人の軍となり、釜山浦などを陥落させました。最終的には倭軍は対馬に一旦退却し、再度半島を攻めますが、撃退され、日韓貿易は一時断絶します。
 この件に関しては私はほとんど無知なので、何ともコメントできかねますが、これは日本というより、宗氏による利権に絡む計り事だったように思われます。

 で、倭冦ですが、これは歴史にはあまり出てこないのですが、鎌倉末期から戦国時代にかけて、日本海を荒し回ったんだそうです。恐ろしい海賊なんです。もちろん朝鮮半島の村々にも上陸し、財貨を奪い、村を焼き、住民を殺傷したと言います。それが三浦の乱にはってんしていくわけですわ・・・。

 そして豊臣秀吉による朝鮮征伐となります。

 ブンシンスギル。韓国人の怒りと憎しみを込めて口にするこの名前。
 豊臣秀吉のことです。
 朝鮮征伐です。韓国の人からすれば「朝鮮侵略」。
 「文禄」「慶長」の乱とも日本では呼称しています。
 これはねえ、本来は中国、つまり明を征服しようという、とんでもない秀吉の野望から来たんですね。当時来日していたイエズス会士のフロイスは「これはもともと信長が天下統一を果たした後に挑もうとした野望だった」と書いています。それを秀吉が引き継いだわけですね。
 戦国時代も終息に向かって、余り余った武士や足軽といった戦いの猛者たちが腕をうずうずさせていたのを、そのはけ口として朝鮮出兵を決めたわけです。
 文禄元年(1592年)、明へ攻め入るために、15万8000の日本軍は半島に上陸しました。突然、朝鮮の村々は襲われたわけですね。釜山から入って首都漢城を陥落させるのにたった20日! しかし朝鮮の義勇軍、明の救援軍の抵抗にあい、一旦停戦。
 そして慶長3年(1897年)に再び出兵。結局この戦いは、秀吉が死ぬ翌年の夏まで続くわけです。これは殺害、侵略と言われても仕方ありません。日本は侵略国であるというイメージは、まずここからきているのでしょう。

 ただし、
 中国の歴史なんかを見ていると、そらもう侵略したりされたり、国ができると滅び、またできては滅び・・・ヨーロッパもそうでしたし、ネイティブ・アメリカンの立場からすれば、白人による開拓史は侵略史ですし、アフリカの原住民は、突如やってきた白人たちによって捕らえられ、奴隷とされた歴史があります。日本も鎌倉中期、2度の元寇の襲来を受けています。
 歴史上、どこからも攻められなかった、という国が果たしてあったのか。
 
 いや、その論理は違うんですね。
 彼らはそれが許せない。
 なぜならそれが、日本人の仕業だからです。
 そしてその深層心理が、日帝(大日本帝国)の悪行を生み出すのです。

 その問題の日韓併合です。
 1910年8月22日の併合。今年からちょうど100年前のことなんですね。
 これが朝鮮の人たちにとっては、くり返しあった日本による植民地支配の総仕上げ、と思っているわけです。
「暴力によって日帝は、我が朝鮮を支配した。日本人は謝罪すべきだ」
 何度もこの言葉を聞き、実際に謝罪した日本の総理大臣もいました。
 しかし、しかしですよ。

 この話を進めるには、困難を極めそうです。



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2010年10月21日

10/20の作劇ゼミ その1

 中山市朗です。

 皆さんは怒っていますか?
 私は怒っています。

 なかなか理解しあえない中国、韓国との感情。
 領土問題。弱腰で先の見えない日本政府。反中デモを平気でスルーしたマスコミ。
 こんな日本人を作った日本の教育。
 前回の授業で中国、韓国との問題を取り上げて、ぜひ自分たちで調べてみて、と言ったのに、何も調べていなかった平和ボケした我が塾生。これも教育の賜物か。

 怒ることもクリエイターにとっては大事な感情です。
 怒りは作品を生む原動力となりますし、不正や悪を暴くジャーナリズム精神を生み出します。日本人はあまり怒りを露にしないことがひとつの美徳とされ、まあまあ、という態度で対処する民族でしたが、もう国際社会では通用しないことがわかった。日本の国力が落ちていることも大きな要因でしょうけど。

 3日前、橋下大阪府知事が招待されていた上海万博の閉幕イベント。突然、中国側からキャンセルの通知がきました。彼は怒りを露にしました。
「中国のような人間になりたくない。中国との信頼関係はマイナス2万点」
 そしたら今日の昼ごろ、中国側は「事務局の手違いだった」と謝罪し、キャンセルも取りやめ。そう、言うべきことは言わなあかんのです。

 で、私はもう知りたいわけです。中国、韓国の人たちがなぜあのように日本人に対して憎しみをもつのか。いったい日本人は彼らに何をしたのか。
 日本人は彼らに対して、言うべきことを言っていないのではないか、とも。

 これ、歴史を紐解くしかないですね。
 ということで、今回はお隣、韓国の歴史について考察してみました。当然のことながら私は歴史学者でもないし、専門家でもありません。一作家としての考えだから、ちゃんと後で、自分で調べて考えるように、と前置きをして。

 実は私、在日の友人、知人が何人もいて、昔から彼らと日韓の歴史について喧々囂々とやりあったことも何度もあるんです。
 ただ彼らはよく言うわけです。
「日本人は、古代より韓日の間で、どういうことが繰り返されて、日本人は朝鮮人に何をしたのか知るべきだ」
 と、そこは理解できます。私もそう思います。
 で、「そもそも日本人は半島で何をしたんだ。最初は神功皇后の三国征伐、我が朝鮮半島に倭の奴らが侵攻してきて・・・」と言い出す。
「おいおい、神功皇后ってそもそも実在してたんかい!」
 と私が突っ込む。
 そういう始まりが多かったんですけど。

「我が朝鮮民族が、何もなかった日本に文化や技術を教えてやったんだ。我々がいなくて日本の文化はなかったのだ」
 そういう声も聞きました。
 私は聖徳太子をずっと調べていて、彼らの言うことは分かるんです。
 飛鳥時代は百済(くだら=ペクチャ)の文化が花開いていたんです。飛鳥にある百済の仏像、百済式の寺院伽藍、職人や建築集団も半島から渡来してきた。五行博士、易博士、暦博士も百済から渡来した、と『日本書記』にある。これ、陰陽五行思想のことですね。陰陽道は最初は朝鮮半島からもたらされたようです。
 ただし聖徳太子は同じ半島の新羅(しらぎ=シルラ)にある組織、花郎(かろう=ファラン)と結んだんです。それは独特の宗教観をもった。百済にはなかった弥勒信仰です。
 京都の太秦(うずまさ)の広隆寺にあります日本の国宝第一号、弥勒菩薩半跏思惟像は明らかに新羅のもので、同じ半跏像は朝鮮半島の新羅のあった地域からのみ出土しているんです。この新羅仏は本当に美しいですわ。
 すばらしい技術と文化は、これらを見ても確かに半島にはあったと思います。

 しかし「我々がいなくて日本文化はなかった」という言い方には異議があります。

 聖徳太子の近親者が葬られているのでは、とされる藤ノ木古墳からは半島にはない中国式の馬具などが出土してます。エジプト産の染料も?
 聖徳太子はこのとき、隋、つまり中国に2度使者を送っているんです。「日出る処の天子、日没する処の天子・・・」という外交文が隋の煬帝を憤慨させ、しかしながら煬帝は倭の国に排清という役人を遣わせたと『隋書倭国伝』にも書かれています。
 奈良時代になると遣唐使が派遣されます。これも記録の読み方に諸説ありますが、最低でも12回、多ければ20回は派遣されているわけです。日本は外交戦略の礎として唐との外交を重んじ、奈良仏教は唐文化によって発展したんです。
 10世紀、平安時代中期から鎌倉時代中期にあたる時代は、朝鮮半島はもちろん、宋との貿易、交流をもち、鎌倉仏教は宋仏教といってもいい。禅もこの頃、宋からもたらされました。
 だから朝鮮文化のみが日本文化を生み出したのではないのです。

 さて、日本人が記録された最古の文献を知っていますか?
 実は帥升(すいしょう)という倭国の王のことが、中国の『後漢書』の孝安帝記、東夷伝に記されているんです。そこに記される安帝の永初元年とは西暦107年のことだそうです。で、次に記載される日本人が、邪馬台国の卑弥呼、なんですね。
 つまり日本は2000年も前から中国大陸との関係を、おそらく頻繁にもっていたと思われるのです。だから朝鮮半島一筋、というわけではない。
 中国とも、朝鮮半島とも、日本は交流、貿易をしていたわけです。ただ、日本も朝鮮も、中国文化に憧れていた、というのが正直なところでしょう。

 こういう歴史上の事柄は、当然ながら歴史書に書き記されているわけですね。
 中国にはもう2200年前の前漢時代に司馬遷による『史記』が編纂されていて、以後、膨大な歴史を書きとめています。こういった歴史書と寺院伽藍、出土品、陵墓跡など考古学的物証とを照らし合わせて、歴史を読み取っていくわけですね。
 日本はようやく8世紀の始めの頃に『古事記』そして『日本書紀』が編纂されます。
 それ以前に『天皇記』や『国記』が聖徳太子と蘇我馬子により編纂されていたようですが、入鹿が暗殺された乙巳の変の際に焼かれた、とあり現存していません。ですから日本の古代について調べ、学ぶには、この最古の文献を第一級資料とするわけです。
 『記紀(『古事記』『日本書紀』を総じてそう言います)』は、おそらく中国の歴史書を意識して書かれてあるようなので、神代の時代は別として、なかった事象はおそらく書いていない、と私は思うのです。つまり歴史的事実は書いた。しかしその真実や真相はわかりません。その歴史上の人物たちが何を考え、何を意図とし、どういう工作を計ってそれが行なわれたのか・・・。書くわけありませんわな。だから、ここに歴史の解釈が生まれるわけです。

 ところで『記紀』は、朝鮮半島の出来事は『百済』三書を参考にしたと記されているんですが、紛失したのかその存在が確認できないんです。もし残っていれば『記紀』を凌ぐ史料性が認識されたことでしょう。しかし残念ながら・・・。
 もっとも『記紀』の編纂には、白村江の戦いで敗れて日本に亡命してきた百済の学者たちが関わっているようなので、『百済』三書は彼らが日本に持ち込んだのかもしれません。しかし日本にも存在しないのです。つまり飛鳥、奈良、平安時代の日本と朝鮮半島を両国歴史文献を照らし合わせて、という客観的作業ができない。ここが問題なんですね。
「いや、朝鮮にもちゃんとした歴史書があるじゃないか!」
 今、そう聞こえたような。
 おそらくそれは『三国史記』のことでしょう。
 今ある朝鮮の歴史を記した朝鮮側の最古の記録で、1143年に執筆が始められ、1145年に完成したものです。つまり比較的新しくて、史料的価値にいささか疑問が残るわけです。特に倭国との関係も明らかな『日本書紀』からの引用、改ざんが見られます。ちなみにこちらは、百済ではなく、新羅の正史という立場から書かれてあります。

「アジアの歴史は、『三国史記』『三国遣事』(1280年成立)を基点とすべきで、『日本書紀』の虚偽を見抜き、真実の古代史を見るべきだ」
 という韓国の歴史学者がいるんですが、どのような論理でもって8世紀に編纂された歴史書より400年経って書かれた歴史書を基点とするなどという発想が生まれるのかがわかりません。『三国史記』を一級の歴史書にするためには、もっと真摯な態度での日中韓の共同研究が必要だと思います(やっているようなんですが、なかなか日韓の間に共通した解釈がなされないようです)。
 でもねえ、韓国人がよく引き合いに出す「神功皇后の三韓征伐」も、朝鮮半島からの渡来人たちのことも、そもそも彼らの言う虚偽の『日本書紀』に書かれてることなんですけど・・・。

 続きます。



中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



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2010年10月20日

父親たちの日章旗

 中山市朗です。

 アポロ11号が月面着陸に成功したのは今から41年前も前のことでした。
 この模様は全世界にテレビ中継されたんです。
 画期的なことでした。
 鼻たれ小僧だった私も、この中継は見ていました。
 NHKのアナウンサーは、このときあの言葉を発します。
「この一歩は小さいが、人類にとっては偉大なる一歩です」
 で、この後こう続けたのです。
「この瞬間を全世界10億の人がテレビの同時中継で見ています。ただし、中国4億人の人たちは知らないようで」
 当時の中国はまだ毛沢東の時代やったんですな。
 文化大革命がまだ進行していた・・・。

 しかし、これ笑ってられません。
 日本のマスコミは今、当時の中国になろうとしている。

 ここ3日連続で、中国内陸部で起こった反日デモ。この様子はテレビや新聞などのニュースで知っておられることでしょう。
 しかし、このデモの原因、知ってます?
 尖閣諸島の問題?
 なんで今さら。
 実は、日本における反中ストに対する報復運動だったようなんです。
 反中スト?
 そんなんあったっけ?
 確かにそんなことは、日本のメディアは報じていません。
 何かの間違いか、中国の捏造と違うの?

 あったんです。
 第1回目は10月2日。代々木公園にて集会を開き、日章旗を持って1500人(主催者発表)が練り歩いた。これが渋谷あたりから2700人に達したというのです。そして全国で16ヶ所にて同じ集会が行なわれたんです。
 で16日に2回目の集会があった。
 今度は青山公園に2800人が集まり、「中国大使館包囲、尖閣侵略糾弾!」のスローガンを掲げて、中国大使館前で抗議活動を行なったのです。これは最終的には5600人規模のものになったとか。同時に沖縄でも700人による集会が。
 主催は、元航空自衛隊幕僚長の田母神氏を会長とした「頑張れ日本!全国行動委員会」によるものだったようです。
 海外メディアの報じる動画や写真がネットで見られますが、そうとう大規模なものだと想像させます。
 これを日本の全マスコミは、まったくスルーしたわけです。

 私は反中ストを肯定するものでも否定するものでもありません。こういったいかなる政治的集会に参加したこともありません。ただ、中国における反日ストは熱く報道する日本のマスコミが、なぜ日本人による反中ストが行なわれたことを報道しなかったのかに、疑問をもつわけです。
 だってこれ、米CNNや仏APF、もちろん中国、香港、韓国、タイなどでは当然のごとく新聞、テレビで報じられ、ネットでは荒れたんです。
 つまり知らなかったのは日本人ばかり。
 で、ここ数日の中国内陸部での反日デモは、その報道を見た一部中国人による、反中に対する抗議運動、だったらしいのです。

 この件に対して朝日新聞は「限られた紙面の中でニュースバリューを判断している」とコメント。つまり報道するに値しなかった事例だとし、毎日新聞は「理由は答えられない」としました。そして国民から視聴料を取る国営放送であるNHKも、このことは黙殺したわけです。
 ちなみに、1回目の集会が行なわれた代々木公園て、NHKのすぐ隣!
 知らないわけがない。局が黙殺せよと判断したとしか考えられません。
 ネットや衛星放送で世界中が同時にニュースソースに触れられ、発信でき、見られるこの時代に、こんな態度が通用すると思った日本のマスコミ・・・死んでません?

 ニュースのワイド番組などでは、民主党の弱腰外交だの、主張がないだの報じて、自国の政権を陥れながら、自らも弱腰の保身第一の選択をしてしまったわけです。

 これが日本のマスコミ、というのなら、恐ろしい。

 おそらく日本のマスコミはこれを報道したら、反日がエスカレートするとか、日中関係が正常化の方向へ発展することを妨げないようにする配慮、だったのでしょうか。
 で、後日、海外やネットでは報じられたのにナゼ? ということになると、今度は言い訳。
 あるニュースバラエティにコメンテーターとして出演していた解説員は「日本のデモは粛々と平和的に行なわれたから(報道するほどでもなかった)」とコメント。
 もう開いた口がふさがりませんわ。

 マスコミが政府の言動に介入する、あるいは勝手に意図を解釈して、自主規制する。
 それ大本営に情報統制されていたマスコミより、タチ悪くないですか?

 もう一度言います。私は反中の抗議運動がどうのとは言っていません。
 全社同じ態度を取ったマスコミを問題視しているのです。

 来年7月には地上波完全デジタル放送となり、テレビを見る人は若者を中心に15%ほど減少する、と思われます。以後、この数字は顕著になるでしょう。
「テレビ局とすれば、これは存亡の危機」
 てなことをテレビ局の人が言っているわけですよ。なのに自ら、テレビは信用ならん、ネットのほうが早くて正確、なんてことを今回暴露しちゃったわけですよ。
 新聞だって同じ。こうなれば紙媒体としてある新聞と、無料でほぼリアルタイムに飛び込んでくるネット情報、どっちをユーザーが取るのか。
 まだネットは客観的、正確さに欠け、新聞報道は信用がおける、というバランスで成り立っていたのが、今回自らの手で、その信用性をも無くしたのです。

 やっぱりこれ、学校で自虐的史観を教え込まれ、中国、韓国に悪いことをした日本人という反省の気持ちがそうさせているのでしょうか?
 中国や韓国の人が日本に対して怒るのは仕方がない。
 でも日本人が中国や韓国の人に対して怒るのは筋違い。
 なんかそういう風潮が、今のマスコミ人や国民にありはしないでしょうか。
 そら、日の丸は認めない、国歌斉唱も拒否する、なんて先生たちのいる学校での生活を送ったならば、そういう卑屈なことになっちゃいますよねえ。
 教育とは恐ろしい。

 でも、こんな態度でいたら、いずれ沖縄は中国、対馬は韓国領になっちゃう。
 えっ、日本は悪いことをした国だから、それも仕方ないって?

 それにしても田母神さん。
 今回の反中運動。中国大使館に対してではなく、まともに交渉できない政府に対してやるべきだったのでは? 国会議事堂を取り囲む、とか、総理官邸とか。
 そして今度は、朝日新聞やNHKを取り囲むべきです。
 それでも報道しなかったら、
 ある意味、そこまで貫くマスコミを見直しますわ。



中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
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2010年10月16日

中山市朗 Dark Night

 中山市朗です。

 もうお気づきの方もおられましょうが、来月(11月)より、2ヵ月に一度のペースで、私のトークイベントを開催することになりました。
 テーマは怪談に限ることなく、私が追いかけている様々な「信じられなーい」現象や仮説の数々を取り上げます。

 題して、 〜中山市朗 Dark Night〜
 
 第1回目は11月26日(金) 23:30 開場 24:00 開演
 早朝4:30までのオールナイトでの開催による、真夜中の怪談スペシャル!

 入場料 前売り 2500円 当日 3000円

 会場は道頓堀ZAZA(中座くいだおれビル地下1階)
 
 ゲストは田辺青蛙(ホラー作家)
     雲谷齊(怪談師)

 のお2人を予定しております。
 80人限定となっておりますので、先着順に受け付けます。
 詳しくは中山市朗「怪談の間」のHPをご覧下さいませ。

 さて、2回目以降ですが、日本の古代史を読み解くキーワード、聖徳太子を取り上げようかと思います。『捜聖記』にも提示した聖徳太子は仏教にあらず、ミトラの祭儀であったとの仮説を展開させましたが、その貴重な取材映像や、本に書けなかったマル秘エピソードなどを、どんどん紹介する予定です。で、この聖徳太子の正体が、実はモーツァルトの秘教オペラ『魔笛』(フリーメーソンオペラとも)に封じ込められている、という詳細をその次くらいに徐々に紹介しようかと。これ、天皇家の秘密と古代エジプト、イスラエルとの関係と、壮大な話になっていきます。それにフリーメーソンの奥義にも関わってくる・・・。
 もちろん興味さえおもちならば、初心者の方にもわかりやすく、また興味をもって聞いていただけるようなトークイベントにしていきたいと思っております。
 
 今、準備中の出版物が、そのモーツァルトの『魔笛』の読み解きなのです。大長編でして。
 今年中には、いよいよ何らかの形で、発表できそうです。

 きっと不思議の国日本を、実感してもらえるものと確信しております。

 また来年夏には、再び怪談特集をやろうかと。
 そこはお客様である皆様次第。意見やリクエストなどもお聞かせください。
 その他、UFOや陰陽道、秘密結社や日ユ同祖論の新たなる私の考察なども。
 ほんま、言いたいことが山ほどあって・・・。

 ところでイワイさん。
 そろそろ行きませんか?
 渡来人を祖先とする、あの人のところへ。
 



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2010年10月14日

10/13の小説技法

 中山市朗です。

 前回までこのブログにてお送りした『禁じられた遊び編』は、即席のジオラマでした。
 実は真剣に「あれはどうやって撮ったんですか?」と聞いてきた人が何人かいたので。

 映画作りの醍醐味って、これなんですよ。
 カメラのフレームの中に、いかに欲しいものを入れ込み、いらないものを排除し、どの位置から何を意図として撮るのか。
 それは全てのモノ作りに共通するものです。

 何も考えずに撮ると、こんなんになっちゃいます。

 演出意図とかテーマって、こういうことなんですね。

 さて、13日(水)の小説技法の報告です。
 今月は受講者数はやや少なめ。
 提出作品の数も最低。
 うーん。

 まずT田くん。
 ある新人賞に送ることを想定して、新作にとりかかりました。
 その冒頭部分となります。
 京都にある某中学校を舞台に、主人公をめぐる不良たちの物語。
 ちょっと『クロマティ高校』に似た世界観ですが、こういう題材はコミックにおいてはビジュアルとケンカが見せ所になるのでしょうが、これは小説なので、なぜそうなのかという不良たちの心理や悩み、シニカルに突っ込めるギャグテイストのものにしたいと言います。いや面白いです。ただ、「読者層はどこですか?」という質問も。
 世界観が昭和なんですね。もういかにも、の世界観、登場人物たち。中高生にわかるのかな? と。
 それと読者が突っ込むであろうところを、セリフなり地の文で突っ込む必要も。
 それとこれは本人が言う、長編小説としての起伏の計算がどうなされるのか。
 ま、これからです。

 T野くんのSFホラー。
 ちょっと苦労していた恐怖のシーン、ようやく形になってきました。
 でもちょっと説明がくどいんです。この時点では出てくるものは分かっているわけだから、そこは簡潔にしたほうが読者の想像力をかきたてるんです。読者にとってはそれがいちばん怖い描写、なのです。

 K島くんの大河内伝次郎に捧げる小説。
 良くはなってきているんですけど、足踏みしている原因は、テーマである大河内伝次郎について読み手が興味をもってくれるモノに書きあがっているのかどうか。ここがうまくいかないと、この先を読んでくれないでしょう。そこがようやくうまくいきかけました。要は映画スター大河内の、隠された、誰も知らない素顔、ギャップ。これをどう見つけるか。
 どうやら見つけたようです。
「それがショッキングで、大河内伝次郎に興味が沸いた」という声が。

 N子さんのホラー小説。
 これも死んだ友人の母が首を吊っている、という描写がうまくいきませんでした。
 その前に霊が出現しているのですが、その因果関係、目撃する主人公たちの状況、心理の変化、恐怖の目の前にしたリアクション、死体の描写、周りの状況、夜なのか昼なのか、その光源は、距離は、終わらせ方は?
 そのどれかひとつでもあやふやにしてしまうと、恐怖の前に矛盾を感じさせてしまい、そうなると恐怖感は沸かないんです。難しいんです恐怖の描写は。
 さっきTくんのSFホラーでは、くどい説明やめて簡潔にしたほうが、と指摘しましたが、これは小説全体の流れ、構成にも関係します。N子さんの場合は、まだ最初の部分なので、ある程度の説明は要るんです。T野くんの場合は、何度目かの現象。
 そう、映画の『エイリアン』でモンスターをちょこっと見せるか、その一部をハッキリ見せるのか、全体が姿を現すのか、の計算ですね。

 Sくんの奇譚小説。
 今回は読みやすくなって、展開もわかりやすくなった。他の塾生たちにも好評です。
 実はSくん、ちょっと煮詰まったので、『ドグラマグラ』や江戸川乱歩の文章を書き写すことをやってみて、それを意識したのだと言います。今までは自分の文体、自分の世界観をどうやって出すか、とそこに意識がいっていたようです。でもこの課題作品は習作なんだ、と解釈したら、色々やってみるべきかと気づいたようです。
 書き写す。
 これはやっておいたほうがいい。学はまねる、から。

 今回は提出作品が5本だけだったので、いつもより30分も早く終了。
 この後の時間をDくんが「発言させてください」と手を挙げて、ある提案を。
 この塾だからできる企画。私はどんどんやればいいと思うし、もっと早く気づけよ、だったのですが、塾生たちの間で温度差が・・・。
 でもそれをまとめるのがDくん。
 キミの勉強だよ。

 やりたいことをやるには、やっぱり強引にでも人を巻き込むのも手。
 私の人生もそうでしたから。



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2010年10月11日

禁じられた遊び 野球編

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 撮影所の帰り、後楽園球場に寄ってみました。
 バックネット裏の特等席。
 巨人-大洋戦。
 先発は星投手でした。
 大洋の5番打者、左門選手に大リーグボール2号を!!!



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 おっと今度の打者は花形選手。
 花形選手と対戦する星投手は、またもや大リーグボール2号を!!!
 花形選手はホームラン予告するかまえ。
 でも、そのタイミングでは三振しちゃうぞ!
 おっとっと、その前に花形くん、キミは阪神タイガースの選手じゃなかったっけ?
 ちなみにこの日は長島選手のホームランで巨人が勝ちました。




kaidanyawa at 20:04|PermalinkComments(1)

2010年10月10日

禁じられた遊び クロサワ編

 中山市朗です。
 昨日紹介しきれなかった撮影所の写真をまた載せます。
 今度は黒澤組にお邪魔しました。
「監督、お久しぶりです」
「ん? キミ誰?」

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 な、なんと『用心棒』の撮影がはじまりました。
「仲代くん、目をつぶっちゃダメだよ」


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 桑畑三十郎を演じるのは世界のミフネ。
 あとでサインください。


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 向こうに写っているのは、宮川一夫カメラマンのようです。
 黒澤監督とミフネさんは、何かヒソヒソと打ち合わせをしていました。


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 な、なんと、黒澤監督がゴジラに演技指導を!
 円谷英二さんに悪いんじゃないかなあ。
 でもすごいショットです。

kaidanyawa at 18:32|PermalinkComments(3)

2010年10月09日

禁じられた遊び 特撮編

 中山市朗です。
 塾生たちとの飲み会の後、映画の撮影所を訪れました。
 みんなで携帯で写真を撮りました。
 私もいっぱい撮りました。
 いいのがあったので、ここに載せます。
 今回はその第一回、特撮編です。

nakayama01

 ゴジラがキングコングにお酒のお中元を渡していました。
 ちょっと珍しいですね。
 レーザー砲は何を狙っているのでしょうか。


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 別アングルから同じショットを撮ってみました。
 レーザー砲はどうやらゴジラを狙っています。
「いや、お酒を狙ってるんですよ」
 と塾生たち。


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 ゴジラはなんとガメラにまでお中元を渡そうとしています。
 考えたら夢のショットじゃないですか。
 ところでガメラってお酒飲むの?
 モスラはまだ子供だから飲めないね。



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 同じショットを別アングルから。 
 モスラは車をなぎ倒し、実はえらいことになっていました。
 

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 おっ、今度はキングギドラ登場。
「三大怪獣地球最大の決戦」がまた始まろうとしている!


nakayama06


 そこにガメラが!
 なんということだ!!


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 ちょっと休憩。 
 ゴジラくんはヘビースモーカーでした。
 キングギドラは禁煙中。
「だって一回3本はこの値上がりキツいもんね」


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 別の塾生がゴジラのお中元しているところ別のところから撮っていました。


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 ゴジラがガメラにお中元の別ショット。
 お中元とはいえ、怪獣となると自衛隊が出動します。大変ですね。


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 おおっ。俯瞰から撮った奴がいる。
 夕陽の街なかでガメラを襲うイリスの姿が!!



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2010年10月07日

10/6の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 私は日本人です。ただ、その遠い遠い祖先についてはわかりません。
 ひょっとしたら百済とか新羅から渡来した者の末裔かもしれないし、中国大陸から来たのかもしれない。あるいは東南アジアから・・・若い頃はアラブかインド人って言われたこともあります(笑)。でもそういう血は必ずどこかで入っていることでしょう。
 ただ、今は日本の国籍にあって、日本国に税金を収め、日本語で話し、読み書きし、それをなりわいとしています。日本に住み、日本の教育を受けて、大半の友人や仕事仲間、教え子たちも日本人です。
 それに私がライフワークとしている怪談と古代史は、日本文化や歴史の根を抜きにしては絶対成り立たないものです。だから私なりに、日本という国のことを研究し、もっともっと知りたいと思っています。
 作家としての私の根も、そこにあります。

 最近、尖閣諸島や竹島問題、そして北方領土問題が再燃してきました。
 韓国、中国における反日思想も、相変わらず。
 そしてこれも相変わらずの、日本政府の戦略なき外交、政策。

 そこで今回の講義では、ちょっとこの問題を考えてみようとしました。
 若い諸君は、こういう問題、どう思っているの?
 遺憾だと思うのか、どーでもええんちゃう? と思うのか、それとも知らない、のか。

 この問題、特に日韓の問題で、私ひっかかったことがありました。
 それはこの夏、NHKで放送されたある番組。
 日韓双方の学生たちが過去あった戦争や日韓併合問題について討論していました。私、これ、途中から見たのですが、日本人の学生たちの不勉強、これは思った。というより学校が教えていないんですな。
 対して韓国の若者たちは「真実の歴史を知れ」と大声を上げるんです。わからないでもない。両国の歴史をもっと勉強してからここに来い、と。
 しかし、彼らが声高らかに言う、真実、とは?
 この言葉のヒステリックな言い方がひっかかったんです。
 彼らが言う真実とは、おそらく朝鮮民族から見た歴史観。
 その証拠に、茶髪の日本人学生が「朝鮮人は日本人として日本軍にいた。つまり共に戦争の加害者なんです」「植民地支配は当時としては仕方なかった」というような発言をしたのに対し、在日の映画監督・催洋一氏が「そういう考え方は基本的に歴史を語る資格はない!」と強い口調で発言したわけです。
 韓国人が韓国側にたって発言するのは、これは当たり前のこと。
 しかし日本人が日本の歴史観を語ると「歴史を語る資格はない」とは、これは横暴でしかない。しかも名のある映画監督が、一介の学生に言うべき言葉でもない。
 あえて言うなれば、あの時代は弱肉強食の帝国時代でした。植民地化が正当化されていたという客観的事実はあった。列強国はみんなそうしたわけです。当然、資源のない日本という国も存亡を賭けて大陸や東南アジアに侵攻しました。だから第二次世界大戦が勃発するわけです。そこを「黙れ」と言われると、この問題は永遠に語れなくなる。
 私は、どちらかが一方的に正しい、間違っているは、歴史のなかには存在しないと思っています。歴史は、その時代時代の様々な要素があいまって、また、それぞれの国や人の利害や立場、地理的環境などが複合的に相まって成り立ちます。非常に多面的なものです。
 日本人だってあの戦争で奪われたものは大きい。私の父親はあの戦争を嘆き、昭和天皇については何も語ろうとしません。

 思うに、こういうことを書いたり発言したりすると、右翼だとか、だからって戦争を肯定するのかって話になる。このことがもう問題だと思うんです。そうなると日本人はもうあの戦争や、日韓の問題も触れたくなくなる。知らないでいるのが無難。謝ればいい、すると韓国側からは「真実を知れ!」

 もう8年前のことですか。
 私が専門学校の講師をやっていた頃、ある学科の名簿を見て驚きました。
 20数人いる学生の約半年が韓国からの留学生。
 で、最初の授業をしていて、韓国人学生の態度が何かおかしい。教壇に立っていると実はどんな些細なことでもわかるんです。ははーん、と思った。
 で、試したんです。授業終わって、私は教室の出口のところに立って、学生たちを見送った。「お疲れ様でした」「ありがとうございました」「さようなら」。そう声をかけてくれた学生は、みんな日本人。韓国人学生は2、3人を除いて、目の前にいる私を無視。
 私はもう、翌週の授業で韓国人学生に烈火のごとく怒鳴りつけたんです。
「お前らの国は儒教文化の国やと思ってたけど違うのかあ!」
 それから2時間、日韓の歴史や戦争、宗教・・・語ったわけです。
 そしたらその夜は、韓国人学生らが私の書斎にきて、ともに飲み食い、語った。

 つまり日本人をバカにしていたわけです。親切でニコニコしている日本人には好感もてるけど、基本的に韓国人のことをわかっていない。しかも日韓併合時代にひどいことをした日本人。そのことを若い日本人に言っても何も返ってこない。ただ謝罪はする。
 そら、なめられますわ。
 だから、ちゃんと語らなきゃならんのです。まずは韓国の主張、日本の主張でいい。そこから何が見えるのか。歩み寄れるところはどこなのか。違った価値観をどこまで許容できるのか。そうなって真の日韓の友情の絆ができる。
 それには、やっぱり歴史を学ぶ必要がある。
 でも、今の日本の学校教育は腐っています。

 今回、塾生たちの前で日韓の問題を取り上げて話していたら、ある塾生が言うわけです。

「私、学校で習ったのは日本人は朝鮮の人々にひどいことをしたって、そのことだけを叩き込まれた。それで韓国に修学旅行に行って・・・。そりゃ韓国の人に対して卑屈になりますよ」
 そういや、韓国への修学旅行で慰安婦をやらされたというおばあさんの話を聞かされた後、先生たちに「お前たち、この人に謝れ!」と言われ、生徒たちは土下座させられた、というの聞いたことがある。
「私は韓国や中国の人との交流もありますが、彼らはなぜか自信満々です。その態度も口調も。でも日本人は・・・」
 自虐的史観の教育が、結局、日本人をダメにしてしまったというのはある。だから今、ビジネスや経済など、中国、韓国にどんどん抜かれて・・・。日本の政府も領土問題が起こってもきちんと処理できない。弱腰外交。
 今のままの教育では、これ、ますます顕著になる。直らない。

 そうそう「朝鮮人は日本人となって日本軍にいた」発言でブチ切れた催監督。
 私、その専門学校の韓国人留学生を含む学生に、太平洋戦争について講義をしたことがあるんです。ガダルカナルやインパールでの戦略なき戦い。なぜ日本は戦争をしたのか。なぜあんな惨めな負け方を繰り返したのか。この兵隊たちは学生諸君と同じ年頃。死に至って何を考え、何を思ったのか・・・。そういうことを語った。

 そしたら授業終わって、韓国人学生数人が私のところへやってきて言ったんです。
「先生、その戦争に我々韓国人も日本兵として徴兵され、戦ったこと、忘れないでください」


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2010年10月06日

イチローホラーショー

 中山市朗です。

 去る2日(日)、ミナミの敷島シネポップへ行ってきました。
 『怪談新耳袋・怪奇』の舞台挨拶があるので、楽屋見舞いですわ。
 お会いできたのが、お世話になっているBS-TBS総括プロデューサー・丹羽多聞アンドリウさん、キングレコードの山口さん、宣伝担当の鈴木さん、劇場の支配人。そして主演女優の真野恵里菜さん、そのマネージャーの方。
 多聞さん、山口さん以外は初対面です。
 特に多聞さんとは何年ぶりでしょう?
 「テレビ業界、大変ですね」と声をかけると「そうなんですよ・・・」と、今のテレビ業界の現状や来年(完全地デジ化)以降の予想から、横浜ベイスターズ身売りの未報道の情報まで話していただいて。特に地デジ化以降の予想は私が思っていたのとほぼ一致。
 そこがある意味、私たち個人で活動しているクリエイターにとっては、大きなチャンスでもあり、今までのしがらみから離れられないでいると、大変苦しいことになりそう。
 出版社もほぼ同じ頃、デジタル出版への対応がどうなっているのか。
 ほんの数年前までは、テレビ局や大手出版社が、まさか大赤字をこいて、存亡の危機に直面しようとは、誰も思わなかったですな。

 ところで山口さんからは、「カナザワ映画祭お疲れ様でした」と声をかけていただいて。
 そういえば、私が出演した翌日は『新耳袋殴り込み』のトークイベントを、山口さん、ギンティ小林さん、田野辺編集長でやったんですよねえ。私、行けなかったですけど。
「塾生さんにも来ていただいて、カナザワ映画祭のトークイベント、おかげさんで集客数第2位だったんですよ」と笑顔。「で、第1位は、中山さんの出られた怪談イベントだったそうですよ」と聞いた。初めて知りました。改めて、恐ろしや『新耳袋』効果。

 真野恵里菜さんは、楽屋で拝見したところ、普通の女の子、のように見えたのですが、スクリーン上では映えてました。さすがです。彼女、雨女ということだそうですが、そういやこの日、やっぱり雨降ってた。
「原作の『新耳袋』読んだ?」
 と聞くと、
「それがすっごく怖がりなもんで、挫折しました」
 だって。
 マネージャーさんが、
「あの本、鞄の中に入っているだけで怖い。開くともう印刷してある文字が怖い。とかいって、持つのも嫌がってたんですよ」
 怪談本ですから、そこまで怖がってくれると本望、ですけど。
 そうか、怖がりなのか。

 で、今回司会を勤める多聞さんに密かにレクチャー。
「ここ、千日前といって、大阪一の霊スポットなんです・・・」と、その歴史背景から今も語られる怪談の数々。そしたら多聞さん、さっそく舞台挨拶でその話を彼女にふってビビらせていました。そのときの多聞さん、満面のニコニコ顔で。

 さて、会場は超満員なのですが、あれれ、女性の姿があまりない。9割が男性。
 私、1回目の上映後と2回目の上映前のどちらの舞台挨拶も見せていただいたのですが、どちらも客層は同じ。これは映画より真野さん目当ての客だな、とピンときた。
 そしたら案の定、2回目の舞台挨拶が終わって、真野さんが会場から出たとたん、
 2〜30人ほどの客がどやどやと出て行った。映画これからでっせ!
 おそらく1回目の上映と舞台挨拶を見て、2回目の舞台挨拶も見ようとチケットを購入してくださっているのかな、と好意的にはそう思いましたが、そうでないならあの態度は真野さんのみならず、映画に関わった人たちに失礼なことです。だいたい私がショック受けましたから、ちゃんと観てあげましょうよ。観たうえで応援してあげなきゃ。
 しかし、これは映画そのものにも責任はあります。
 私、2回目の上映で全編見せてもらったのですが、怪談とかホラー映画という前に、真野さんのアイドル映画、という感じもないではない。アイドル映画にしちゃいかん。
 やっぱりこういう映画は、カップルで来て「キャーッ!」なんて悲鳴が聞こえなきゃ。
 カップルの姿がないもん。

 映画自体は2部構成。
 「ツキモノ」と「ノゾミ」
 「ツキモノ」は怪談というより完全なホラー映画。『怪談新耳袋』というより『ホラー新耳袋』。まあ正確に言うとこれは原作は木原の『隣の怪』なので、『新耳』ではないんですけど。でもそこはエンターテイメントとして見ると楽しめるものになっていました。
 「ノゾミ」も『新耳袋』が原作というより、脚本家の三宅ワールドといったほうがいいかもしれません。『新耳袋』の要素はところどころ見られますけど。ただ、いい話で終わってしまった。確かに怪談にはいい話というのはありますが、それをメインにもっていってはイカン。いい話なんて、他の映画でいっぱいやってんだから、やっぱり観客を恐怖のどん底に叩き落してやる、というのがないと。
 だからアイドル映画の印象をもたれちゃったんだな・・・。

 しかしこの日、私にとってはものすごく怖いことがあったのです。
 塾生2人と、お昼前に、敷島シネポップで待ち合わせしていたのですが、2人とも来ない!
 後で2人から電話があって、2人とも、
「すみません! 寝坊しました!」
 とさ。



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kaidanyawa at 21:11|PermalinkComments(2)

2010年10月03日

ドクトル・タバコ

 中山市朗です。

 タバコ、値上げしましたなあ。
 私はヘビースモーカーというわけではありませんが、たまに吸います。
 葉巻が主なんですけどね。
 お酒を飲んだときとか、原稿書いてて煮詰まったときに嗜みます。
 特にバーボンと葉巻はよく合います。

 で、1ヵ月ほど全然吸わないこともあって、それは苦痛でもなんでもない。人からは不思議がられますけどね。だったら止めればいいじゃん、て言われそうなんですが、たまに吸う葉巻がうまいんですわ。
 葉巻はその名の通り、葉が巻いてありますので、タバコの紙を吸うときに出るタールが出ない。それに葉巻は吸うのではなく、吹かすものでして・・・。
 でも葉巻は高級嗜好品、それでタバコを吸うこともあります。
 銘柄はイギリスのロスマンズ・ロイヤル。長いヤツ。最近近所の洋モク店で売ってないので仕方なくマイルドセブン(なんでやねん)を吸っていたのですが、先日ある店に置いていたので数箱購入。吸っても月に2箱くらい。多いときもありますけど。全然いらん知識ですけど、ロスマンズ・ロイヤルは金日成将軍様も愛用しているそうな。
 ところでタバコはいつからこんなに悪者にされ、喫煙者は虐げられるようになったのでしょう? 世界長寿の国、日本の長寿を支えているのはタバコを吸っていた世代ではないのでしょうか? まあ最近のニュースを見ていると長寿というデータも怪しいものですけど。

 ところで、作家という人種には、ヘビースモーカーがなぜか多いですな。
 夏目漱石、内田百痢菊池寛、芥川龍之介、山本周五郎、北原白秋、遠藤周作、大岡昇平、松本清張、野坂昭如、藤本義一、開高健、山口瞳、田中小実昌、水上勉、立原正秋、吉行淳之介、池波正太郎、坂口安吾、安部公房、柴田錬三郎、五味康祐、吉川英治、中島らも(この人は違うモノも吸っていた)、三島由紀夫、筒井康隆、小松左京、川端康成、倉本聰・・・。
 森鴎外は葉巻党。
 幸田露伴、小泉八雲、樋口一葉は、キセル派。
 お札の肖像になっていた人やノーベル賞もろた人もいる!
 私の知るところでも京極夏彦さん、有栖川有栖さん、加門七海さん、福澤徹三さんなんて、ヘビースモーカー。北方謙三さんはすげえ大きな葉巻を吸っておられた。
 映画監督の黒澤明、宮崎駿のお二人も、すごいヘビースモーカーで。
 小津安二郎、溝口健二、岡本喜八、円谷英二・・・市川崑はタバコを止めた途端亡くなった。音楽家の団伊玖麿はパイプ派で『パイプのけむり』というエッセイを出したほど。
 ウォルト・ディズニー・・・この人は肺がんで死んだ。
 物理学者の寺田寅彦、脳機能学者の苫米地英人、解剖学者の養老孟司、そしてなんと、あのアインシュタインやフロイトも愛煙家なんでっせ。
 その他、音楽家で指揮者のレナード・バーンスタイン、ヘミングウェイ、スティーブ・マックイーン、ジョン・レノンに革命家のカール・マルクス、スターリン。

 そういや、タバコなしにその人のキャラクターがイメージできない、という人もいますねえ。
 ジョン・フォード(葉巻)、アル・カポネ(葉巻)、吉田茂(葉巻)、オーソン・ウェルズ(葉巻かパイプ)、ウィンストン・チャーチル(葉巻)、ダグラス・マッカーサー(コーンパイプ)、チェ・ゲバラ(葉巻)、ハンフリー・ボガード(短めのタバコ)、弁天小僧(キセル)、あっ、これは架空の人物か。
 ゴッホは「パイプが吸いたい」と言って、ピストル自殺を計りました。
 
 架空の人物というと、これもキャラを立たせるためにタバコは使われましたな。
 特にハードボイルドものなんて多い。
 サム・スペード、フィリップ・マーロウ、リュウ・アーチャー(ポール・ニューマンの映画では、ルー・ハーバーになっていた)、それにシャーロック・ホームズ、ポワロなんていう探偵たちがタバコやパイプを口にしないとは考えられないですわな。
 メグレ警部(ポケットにパイプを二つ)、コロンボ警部、モンテ・クリスト伯、デューク東郷、コブラ、ジェームズ・ボンド、レッド・バトラー、それにオードリー・ヘップバーンは『ティファニーで朝食を』などで都会の象徴としてシガレット・ホールダーを優雅に吸っていました。
 映画となると、やっぱりハンフリー・ボガードですが、ランプで火をつけたり、何かあると吸っていたタバコを地面に投げつけて駆け出すジョン・ウェインというキャラクターも、タバコありきでした。『黄色いリボン』では噛みタバコ、『勇気ある追跡』のルースター・コクバーンは大きな手で小さい巻きタバコを巻こうとして・・・。チャップリンは路上に落ちているシケモクを拾って、ヨレヨレになったタバコをお尻でシュッとマッチに火をつけて・・・。クリント・イーストウッドのガンマンやハリー・キャラハンもヘビー・スモーカーの設定。マーロン・ブランドやジェームズ・ディーン、そして若き三船敏郎がタバコを口にすると、なぜか反逆のイメージになる。
 マレーネ・ディトリッヒもタバコが似合う大女優です。この人のスチール写真てほとんどタバコを吸っているポーズ、というイメージです。『モロッコ』なんてタバコ吸いながら歌うんですよ。
 『俺たちに明日はない』のフェイ・ダナウェイ、『裸足の伯爵夫人』のエバ・ガードナー、『熱いトタン屋根の猫』のエリザベス・テーラーなんてまさにタバコの似合う女。
 京マチ子、山本富士子なんかも市川崑監督の映画では、よくタバコを吸っていたイメージがります。粋なんですよ、この二人の女優さんがタバコを吸う姿も。
 若きアル・パチーノとジーン・ハックマンが共演したニューシネマの傑作『スケアクロウ』は、この二人の男の出会いがタバコの火をつけるところから始まるんです。このさりげなさがいい。タバコが別れの小道具として使われたのが、アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソン共演の『さらば友よ』。最後、ドロンが手錠をはめられて連行されるブロンソンのタバコに火をつけるんです。そのドロンの手を両手で抱えるようにして・・・ブロンソンはこの作品でスターダムにのし上がるんです。

 ジェームズ・バリーという名前を聞いてもピンとこないかもしれませんが、『ピーター・パン』の作者だというと誰もが頷きます。
 この人、『わたしのニコチン夫人』というのを著していて、こんなことを書いています。
「エリザベス朝がイギリスの歴史上で最も活気があり、優れた文学がたくさん生まれたのはどういうわけだろうか。我々は今まで思想家や歴史家、評論家たちがこの理由をどのように説明しているかを知っている。しかし、それでは私たちの理性も感情も納得させられなかった。彼らの重大な誤りは、タバコの影響についてひと言も述べていないことにある・・・(略)。
 タバコの導入化より突然、人生に新しいおもむきが加わった。生存の栄光は語られるべきものになった。それまではただ狭い家庭のことばかりかまかけていた人々は、パイプをくわえる哲学者になった。詩人や劇作家はくだらぬ考えが全部とり捨てられて、全世界が今まで知らなかったほど高尚な思想が潮のように押し寄せてきた」

 さて、日本にタバコが伝来したのはおそらくポルトガルとの南蛮貿易によるものだと思われますが、絵画などに喫煙風景が描かれるのは慶長年間(1596〜1615)の頃のことです。家康が征夷大将軍となるのが1603年ですから、タバコが日本に普及し出したのは江戸幕府開府とほぼ同時期なんですな。最初の頃は幕府は煙草禁止令(喫煙の風習はかぶき者、つまり不良だとされたのと、農家が米を作らなくなる懸念などあったそうです)を出したりしたんですが、喫煙はどんどん広がり、元禄年間には禁止令は廃止されるわけです。なんか江戸の職人や上方の商人は刻みタバコをキセルで、というイメージがあります。侍はあまり嗜んでいるイメージはない。けど、タバコの普及と同時に日本は平定され、大きな戦もなく、江戸文化が花開き、260年の奇跡の江戸時代があったわけです。

 ジェームズ・バリーに言わせると、キセルが江戸時代の人々を思想家にし、職人にし、芸術を生んだ、となるのかもしれません。

 なんかね、私思うに、喫煙はカッとなる感情を押さえたり、冷静を保つのにいいと思うんですよ。まあ深呼吸に近いんですけど、会議や密談をしているときに深呼吸はできない。それにあの煙の匂いが、脳に刺激を与えるんでしょう。
 また愛煙家の顔ぶれを見ると、身体に悪くても脳にはいいのかもしれません。

 公平を期して、嫌煙家の人たちの名前も。
 ゲーテ、ハイネ、デュマ(その父親のほう)、ヴィクトル・ユーゴー、ヴォルテール・・・。
 でもある愛煙家に言わせると「彼らがタバコを吸ったなら、もっと素晴らしい傑作が生まれただろう」だそうで。もっともゲーテやハイネの時代は、オーストリア、バイエルン、ベルリンで禁煙条例が出されていたんですけども。
 ユル・ブリンナーは晩年肺がんに冒され、「禁煙CM」に出て、その害を世界中に訴えました。

 でも、公式記録史上もっとも長生きした人物、ジャンヌ・ルイーズ・カルマンという女性は117歳まで喫煙して、止めて5年後に死にました、とさ。



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kaidanyawa at 14:05|PermalinkComments(3)

2010年10月01日

私は再度告知する

 中山市朗です。

 わあ、10月ですなあ。
 もうじき右足粉砕骨折1周年ですわ。まだ完治しとらんとは、思いもしませんでした。
 あっ、そうそう。
 29日(水)は第五週目にあたりましたので、塾はお休みでした。
 よって授業報告はありませんでした。

 で、お知らせがあります。

 このブログのコメント欄までお読みになっている方はお気づきかと思いますが、10月8日(金)の23時より、私の書斎で怪談会を催します。
 もちろん朝まで怪異を語り合おうというものです。
 参加したいという方は、6日(水)までに塾のアドレスにメールください。

 塾のアドレス
 sakugeki☆sakugeki.com
 (☆を@に変えてお送りください)

 参加資格は、怪談好きで自身の体験談を含める実話系怪談が最低1話は披露すること。
 ただし、私の書斎ですので参加可能人数は20人ほどです。
 塾のアドレスに参加希望のメールをいただければ、先着順でお受けいたします。
 メールをいただければ、詳細は総務のスガノくんから連絡が行くようにいたします。

 お知らせの2つ目です。

 『怪談新耳袋 怪奇』が10月2日より、大阪でもロードショウされます。
 場所はミナミの敷島シネポップ。
 で、主演の真野恵里菜さんによる舞台挨拶があります!

 10月3日(日)10時〜 上映後に舞台挨拶 
       12時40分〜 上映前に舞台挨拶 

 MCは丹羽多聞アンドリウ(プロデューサー)氏。

 敷島シネポップの案内はこちら

 怪談新耳袋の公式サイトはこちら

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kaidanyawa at 23:21|PermalinkComments(0)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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