2010年11月

2010年11月28日

怪奇現象、みなで体験すれば怖くない

 中山市朗です。


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「第一回 中山市朗 Dark Nihgt」
 無事、終了しました。
 空席なしの大盛況、皆様のおかげです。
 ありがとうございました。
 これで勇気を持って、第2回へと望めます。
 皆様なしには「Dark Night」はありませんから。

 さて、怪談好きなのに来れなかった、行かなかったという人を後悔させましょう。

 第1回目は怪談特集。
 深夜0時にはじまり、5時近くに終了するという、長丁場です。
 ゲストは怪談師の雲谷斎さん。そしてホラー作家の田辺青蛙さん。
 イベントは2部構成。
 第1部は、田辺さんが、怪談と妖怪の渦巻く岩手県の遠野を訪ねたときの話を、撮ってこられた写真を見ながらじっくりと。

 いや、東北地方の呪詛的風土というか、妖怪を生み出す北国の特色を改めて見直しました。
 東北地方というのは、古来、天皇家が恐れて土蜘蛛とか、蝦夷とか呼んだ異族が棲んだ土地。だから鬼がいるんです。鬼門は北東、という概念もここから生まれたわけです。
 その正体は、天皇に反逆した豪族や権力者、彼らに従った民たちだったわけですが、彼らの遺恨は実際に呪詛の実践となって、朝廷にしばし災いを起こすんです。
 私見によれば、安倍晴明の陰陽師としてのルーツも東北から来ています。まっ、当日はそんな話はしませんでしたが、しかしそういう気質は今も失われていない・・・という気がしました。

 さて、第1部のクライマックスは、田辺さんが会場に持ち込んだある物の封印を解くこと。打ち合わせでこのことが決まってから、私はわくわくしていたのですが。
 これは、もともとある人がネットオークションで買った、一体の市松人形。
 様々な怪奇現象を起こしたという因縁のある人形。
 所有者は変死したとか。
 それが色々あって、今は田辺さんが所有されているんです。一旦、封を開けずにある霊能者に送ったところ、これは大変なものだ、呪われている、という手紙とともに宅配便で送り返してきた・・・。で、田辺さんはそのまま箱の封を開けずに家の棚に置いたら、ご主人は気味悪がって。
 箱の中からたまに人の声がするらしい。だから「ラジオでも入っているのか?」と、言われたとか。
 で、その箱を、この会場で開封する、というのです。
 田辺さんも実のところ、何が入っているのかわからないらしい。
 人形、のはずだけど、まだ見たことがない。
 楽屋では「ほんとにラジオ入ってたら笑いますね」とか言うてたほど。
 そして、いよいよ箱の開封。
 この箱を持って、地下鉄で来たという田辺さん。
 時間はちょうど深夜2時!
 霊能者からの手紙には、封を開けるときの作法が色々書いてあったらしいのですが、田辺さんはそれらを無視するとか。素晴らしい!
 というか、書かれた墨字が達筆すぎて読めないそうで・・・ん?
 開封するときは必ず黒い手袋着用、と書いてあったのはわかったらしいんですが、それは「京極夏彦のコスプレになっちゃう」から嫌なのだとか。なるほど、京極夏彦はアニメキャラじゃないからな。さすがにコスプレ女王のこだわり。

 で、なんのかんのと。
 出てきたのは、こんな市松人形

kakudai

 これね、赤い布にくるまれていたのですが、手足がない!
 話によれば、もともとはあったはず、なのだとか。いや、あるでしょう。普通。
 それがバラバラにされた、という話も田辺さん、聞いていたらしい。
 で、口をちょっと開けて舌が見えていて、前歯が4本ほどある。それもギザギザの歯。
 これも最初は口を閉じていたはずだとか。

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 そういえば、歯が作りこまれた市松人形、確かに無いことは無いのでしょうが、ちょっと記憶に無い。しかもギザギザて。1本欠けてたし。
 でね、箱から出たときはなんか悲しげな表情・・・。
 なんか生々しいんです。
 客席も固唾を飲んで見守ります。
 そしたら田辺さん。「抱っこしたい人いますか?」
 場内シーン。
 すると若い男性が手を挙げて。
 舞台に上がってもらって抱いてもらった。そしたらその後、私は近くで人形の表情を注意深く見ていたのですが、にっこり笑っているんです。抱いてもらったのが嬉しい、と言わんばかりに。そして再びテーブルに置かれたその人形を、田辺さんが手にしようとしたそのときでした。

「むぎゃあ」

 人形が、奇妙な声を発したのです。
 いや、私にはそう聞こえた。
 と、田辺さんも固まっている。
 場内も凍り付いて。
 全員がしっかりと聞いた。

 私、一瞬思いました。横にすると泣く人形? と。
 でもこれ、市松人形。お腹、堅い。
 田辺さんも一瞬そう思ったのか、人形を横にしたり、縦にしたり、お腹を押してみたり。
 でも声は出ない。
 これがあとで聞くと、笑い声に聞こえた人、泣き声に聞こえた人、ばらばらだったんです。これ興味ありますな。もっと興味あるのが、
 記録用に撮っていたビデオ。
 2台あったんですが、不思議なことに会場の後ろから撮っていたビデオには、しっかり録音されていましたが、前のマイクを通したほうには、まったく録音されていなかった・・・。
 不思議です。
 やっぱりあれは、怪奇現象?
 
 休憩時間。
 田辺さんの許可をもらって、興味にかられたお客さんたち。
 人形をデジカメやケータイでパチリパチリ。
 「暗い」というので、私が塾生に撮影用のライトを直接人形に当てさせたら、
 笑っていた人形の顔が、たちまち不機嫌な表情に。
 知〜らんで。
 ちなみに、掲載した写真はこのときに撮ったもの。

 さて、第2部、雲谷斎さんにも本領発揮してもらうガチ怪談の応酬。
 あんな人形見せられて、しかも声出されたあと、なにをしゃべんねん、思いながらも、でも気持ちよく怪談を語らせてもらいました。
 人形の話も、新作を2話ほど。
 雲谷斎さんも負けじと、強烈な人形怪談を。
 田辺さんも体験談を披露します。
 燃えますなあ。
 怪談終わって、そのとき初めて知ったのですが。

 ステージの背後に楽屋があって、人形はそこに置いてあったのですが、第2部が始まってしばらくしたら、また人形が声を出したのが、司会の佳波さん、そして田辺さんは聞いたというんです。何人かのお客さんからも確かに聞いたと報告があって・・・。
 楽屋、無人でしたんやで。

 というわけで、私の中では盛り上がったイベントでした。

 雲谷斎さん、田辺さん、佳波さん、そしてスタッフ、手伝ってくれた塾生諸君、最後までお付き合いくださったお客様。
 おつかれさまでしたー。

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 今のところ無事な出演者たち。
 楽屋でパチリ。なお、私が指差している箱が、人形の入っていた箱です。



 なお、呪われたとか、人形を撮ったカメラが動かない、という苦情は、詳しい話と共に喜んで受けますが、当方は何の責任もとりません。
 あしからず。

 第2回目は、仏教の聖者・聖徳太子という概念をぶち壊します。
 そしてその正体を明らかにしながら、あらゆる謎に解答いたします。しかも聖徳太子のルーツ、イスラエルを介してエジプトに!?
 オカルトの根本が、ここに関わってきます。
 あの、オカルトって、巷に流れているえーかげんで、怪しいもの、ではありません。
 ちゃんとしたロジックと歴史があるんです。
 世界はそれで動いていたんです。
 怪しい、というのは確かにあるけど、そこが神秘なのです。

 来年1月28日(金)
 場所、開演時間、入場料などは今回と同じです。
 
 なお、田辺さんには、1年後のこのイベントにもう一度この人形を持ってきてもらう予定です。変化は果たしてあるのか? 怪奇現象はまた?

 おまけにもう一枚。







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 呪われよ。
 









kaidanyawa at 19:48|PermalinkComments(36)

2010年11月25日

11/24の小説技法

 中山市朗です。

 24日(水)の小説技法の報告、と行きたいところですが。

 なんだかなあ、今月は受講人数が少ないうえに、常時作品を提出する人も限られてきました。時代劇を書いていたDくんに「最近どうして作品が出ない?」と聞くと、「今さらながらですが、江戸落語を聴いています」だって。
 そういうことは、書きながらできるでしょうに。
 月2回の合評ということは、年間24回しかないということ。そう考えたら1回1回が貴重な時間なんだ、と思えるはずです。
 サラリーマンやOLをやっていて大変なのはわかりますが、それ、みんなそう。
 今、プロの作家になって売れてる人なんて、ほとんどがデビューする前は、昼間働いていて、夜中に眠い目をこすりながらシコシコ書いていた人たちです。いや、デビューしてからがもっと大変でっせ。
 食えないけど作家。それまでは好きなことを自分のペースで書いていたのが、原稿の依頼がくる。落とせば信用をなくして、今まで積み重ねてきたことが無になります。毎日の仕事を当たり前にこなしながら、原稿も注文に合わせて締め切りまでには入稿せんとあかん。

 その両立が大変です。
 いきなり作家で食える、なんてまあ、一握りですから。

 私?
 就職したことありません。
 世の中で一番嫌いな言葉は「仕事」と「就職」。
 どうやって食ってたのかって?
 そこは頭です。頭。それと行動力。ひらめいたら即動く。
 これが鉄則。
 映画、テレビ番組、ラジオ番組、アニメ、イベント、ライブ、ゲーム・・・。
 どれだけ企画書を書いて、東京へ営業をかけに行ったか。
 そのときに書いた企画書、ファイリングして教室に置いてあるけどなあ。

 とにかく、考えたり悩んだりしたらもうダメです。
 考えるともうできなくなる。
 いや、やるために考えるのはやらなきゃダメです。
 なんと言うのかなあ。
 映画『トラトラトラ!』で、戦艦長門の甲板上で山本五十六長官以下、司令部幕僚や戦隊司令官たちが真珠湾作戦についての会議をやっているシーンがあります。
 空母3隻では少ない、戦艦中心主義の軍令部をまず叩くべきだ。いや、戦艦中心主義は正しい、制空権は握るべきだ、しかし航続力の弱い艦船の補給をどうする・・・。
 まあ心配事をみんな言ってるわけですな。「危険を伴う作戦」だと。
 すると山本長官は言うわけです。
「私が連合艦隊司令長官である限り、真珠湾作戦は必ずやる! 今後、やる、やらないの議論は一切無用! ただし、やるための議論なら存分にやれ」
 これですよ。

 で、この日の合評ですが、提出作品が少なかったので、予定より40分ばかし早く終わってしまって・・・。そしたら塾生から色々質問がきました。
 やっぱり気になるのか、北朝鮮の暴挙!
「あの意図はなんでしょう?」
 そう言われても、私はそういう専門家でも評論家でもないし、極秘情報をもっているわけでもない。でも、こうではないかと、仮説を立ててみるのも頭の体操です。
 どんな不可解なものでも、分析して、過去の似たような事例を調べて、情勢やパワーバランス、歴史背景、そこにある価値観、得をする者は誰か、なぜこのタイミングなのか、みたいなことを考察していくと見えてくるものがあります。つまり物事を論理だててみる。この思考は大切です。物語を作るときの参考になるし、何より世の中の見方が面白くなる。
 その仮説が正しいかどうかは別として、ですよ。
 で、質問を受けて、私なりの意見を言っていると、なんと恐ろしいことか。
 私の真ん前の席に座っているS山くんは、私の話を聞きながらノートパソコンのキーボードを叩いている。あれ、おそらく私の話のキーワードをウィキペディアなんかで調べている。なんか迂闊なこと言えんなあ。

 最近、私のブログでも書きましたが、日中韓の歴史と時事問題を議題にしたところ、このことに興味を示した塾生が多くなったんです。ていうか、それまであまりこういう問題に無関心でいすぎた、と。
 で、一旦こういう問題に興味をもって色々調べると、視野が大きくなる。世の中が面白くなる。日本について、アジアについて、歴史について、もっと知りたくなる。
 日本人というものがわかってくる。
 当たり前に思っていた周囲のものに意味や価値を発見する。
 そうなりゃそこに、小説やマンガ、シナリオのネタなんてゴロゴロありますよ。
 同時に、自分の価値観だけで書いていたものが、まったく別の価値観があることに気づくんですな。その視点が作品の世界に反映する。その発見も面白い。
 ただ、その割りには作品提出者が少ないのは、知恵熱でも出てんのかな?

 塾生たちは色々私に聞きたいことがあるらしくて、質問がどんどんきます。
 嘆かわしい現状も聞きました。やっぱりか、ですけど。

 仕事先やバイト先で、北朝鮮の今回の行動、尖閣列島を初めとする領土問題。そんなことを話題にすると、ほとんどが「はあ?」という顔をされて避けられるか、「難しい話はすんなよ」と嫌がられるらしい。議論どころか無関心。
 自分のことだけ、与えられた仕事のことだけを考えたらいい。そういう風潮らしい。

 それ、奴隷と言いません?

 で、そうやって何も考えていないヤツに限って言うわけです。
「なんかおもろいことないの?」

 ある大学生は、中国からの留学生がたくさんいてるのに、そういう話はお互いスルーしているらしい。若者やったら、どんどん議論するべきやろ。
 国際感覚を身に付けたい、とか言うて外国語を専攻したり、語学のスクールに通ったりとしながら、ほんまの国際感覚とは何かを知らん。
 外国語を話すことより、互いの国やその文化や歴史について話すことが大事。でないと、互いの理解なんてできない。いったいその語学力で、誰と、何をしゃべるつもりなんや?

 さて、そんなことを話したあと、恒例の飲み会。
 あれれ、参加者3人。
 最低人数です。

 ということで、私と3人、実に来年、再来年を視野に置いた、クリエイターの生きる道について、濃いトークを展開させました。
 これからのクリエイターには、マーケティングは不可欠。
 それにはやはり、アジアや世界というのは視野に入れなきゃ。
 今まで考えてきたことが、ここで生きる。

 朝までそんなことを語ってたら、3人ともやる気満々になって、これから企画書をどんどん書いて、実践するつもりになったって。他の塾生、出し抜くって。
 ええやん。

 でも、その熱、冷めんかったらええねんけど。


中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 20:24|PermalinkComments(1)

2010年11月23日

世紀の2大スクープ!

 作劇塾が世紀のスクープを発見!
 その1、契約の箱「アーク」が日本に!

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インディ・ジョーンズに一見みえる中山市朗。大阪府某所にてあの契約の箱「アーク」を発見!

「日ユ同祖論」の論争はこれで終止符が!



 その2、アポロ月面着陸の真実!

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「この一歩は小さいが、人類には大きな一歩だ」
1969年、人類月面に到達!


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が、我々はNASAより極秘入手した!
命をかけてここにスクープしよう!
やっぱりあれはスタジオで撮られていた!


ついでに


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ジュラ紀の大阪船場辺りを再現してしました!
「えっ? あの辺海やなかったんかって? 見たんか!」


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以上、作劇塾がお送りしました。



kaidanyawa at 13:00|PermalinkComments(0)

2010年11月22日

中山VS三船

 中山市朗です。

 先日、我が宅へ三船敏郎さんが来られました。

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「飲んでますか?」


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 おお夕陽に映える三船敏郎さん、カッコイイ!


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 私と三船さん。銘酒「犬の盛」で、「まあ一杯いこうぜ」


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上機嫌の三船さん。殺陣をご披露してくれました。


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「えやあ!」


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パチリ!
一瞬にして刀は鞘に!


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お疲れの三船さん。「徹夜は辛いぜ」
もうお年なのでしょうか?


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「おい三船くん、本番だよ!」
黒澤監督に叱られる三船さん。あれは夢か幻か?


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作劇塾がお送りしました。



kaidanyawa at 20:46|PermalinkComments(2)

2010年11月18日

11/17の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 来年春の大学卒業予定者の就職内定率は57パーセント。
 過去最悪だそうです。
 大変な世の中です。

 しかし某くんのように、一流大学の経営学を専攻して卒業しながら、マクロ経済、ミクロ経済について何も語れない、というのが大学生の一般レベルだというなら、大学が悪い。彼は卒論をウィキペディア丸写しで提出したら卒業できた、と言います。しかもそれは先輩からのアドバイスだったとか。
 これは卒業させた教授が悪い。先輩も悪い。彼も丸写ししたのでしょう。ということは、この大学ではそれが慣例化している可能性がある。しかしこれは、なんのために大学で学ぶのかの目標がない。ただテストの点をとって、パスさえすればいいと思う若者の考え方からきているのでしょう。だから専攻したはずの学問について何も語れないわけです。
 これは、それが勉強だというテスト至上主義の価値観を植えつけてしまった日本の教育も大罪。先生にも親にも一度も叱られたことがないという塾生、何人もいます。
 この前、某大学で哲学部を専攻しているという学生と話したんですが、「なんで哲学部に入ったの?」と聞くと「受けたらたまたま受かったから」だって。
 哲学の話をしようとしたら、教授から買わされた本以外は読んだことないって。
 これでは優秀な人材は外国に求めることになりかねません。
 そら就職できひん。
 そのうち少子化にくわえ、このままではまともに税金払える大人も減少する。日本、大丈夫かな。せめて私が死ぬまではもってや。

 さて、17日(水)のゼミの報告です。
 本当はこの日は急遽入ったある原稿の締切日になりそうだったので、ミスターXこと、ゲスX氏に講義の代替を頼んでいたのですが、鬼の編集部がその日の午前中なんて言ってきたので、原稿を一度も落としたことのない(と、思う)私が、仕事を終えてスッキリした気分で講義をいたしました。でも内容は何も考えていなかった・・・。

 前回は、皆さん怒っていますか? という議題でした。
 怒りは作品作りの原動力でもあり、ジャーナリズム精神であると、私は言いました。

 で、今回は、皆さん、驚いてますか? と聞いてみました。
 すると塾生たちは手を挙げ、驚きの報告をしてくれます。

 どんどんパソコンを進化させていくあるシステム。
 尖閣諸島をはじめとする領土問題に対する政府のモタモタ対応。
 先日起こった、動画サイトでの自殺中継。
 プロのSF作家のHPにあるブログ内での考察内容。
 ある競馬場で見たある芸能人の美しさ。ちなみにその芸能人とは男で、美しさに見とれた塾生は男性。でも絶対ホモではない。だからそこにビックリ・・・。

 色々出ましたが。
 
 驚きといっても、2種類あります。
 ひとつは、背後に何かいた、とか、大きな音がした、とか。生命の危険を瞬時に感じたときの驚き。これは人間に限らず、動物たちももっています。ビクッと反応して、たちまち逃げ出す。
 もうひとつは、知としての驚き。

 今回の議題は、この驚きです。
 
 知の驚きとは、それが何を意味するのかを、把握したときに起こるものです。
 これは想像力が寄与します。

 たとえば幕末の日本。浦賀沖に黒船4隻が姿を現しました。
 この黒船を見て、現地の人たちや幕府は驚いた、と言います。
 これ、想像力があるから驚くわけです。犬や猫は黒船を見ても驚きませんわな。いや、視界にすら入っていない。
 以前、ビートたけしさんだったかな、アフリカの奥地に飛行機が落ちたので、現地人を雇って捜索したという話をしていました。ジャングルの中に飛行機の残骸があったんですが、現地人には見えていなかった、というんです。というのも、彼らは飛行機というものを見たことも聞いたこともないので、知的な認知ができなかった、という話なんですね。
 
 黒船を見て「えらいもんが来た」と驚くのは、知的に認識されたからなんです。つまり、この状況が何を意味するのかを想像する能力があるから驚くわけ。
 「えらいもん」の意味を理解する能力が問題なんですね。
「わちゃあ、アメリカさんは、あんなもん作る技術と能力がある。日本は世界に取り残されているのでは?」
 そういう驚きをもった人は、広く周りの状況を見渡す能力をもっている人です。
「こら戦争が起こるかもしれん。じゃったら負けるぞ」
 そう思った人は工業力や技術の差が、何を意味するのかが理解できる人です。
 で、かなわんと逃げる。これは知的な対応を放棄するわけです。
 知的な人たちは、この問題に知で対処するわけです。正解のない問題を想像力で解く能力が問われます。これは学校で学ぶ、正解のある問題を解くのとは違うものです。

 幕末の日本は、日本という言葉はありましたが、国家としての運営はなされていませんでした。ほとんどの人は藩で生き、藩を出ることなく一生を終えていました。侍が無断に藩を出ると脱藩といって、死罪になった時代です。また、その85パーセントが農民という国でもありました。

 泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず

 そんな狂歌が神奈川県浦賀のペリー公園の碑に残っています。驚きの様子が見てとれます。このとき江戸湾の守護にあたっていた諸藩の藩士や奉行たちは、驚き動揺した、とも記されています。教科書でもそう習いました。
 しかし、実際はそうでもなかったようなのです。
 驚いたのは確かなようですが、我々がイメージする、黒船を見て右往左往する驚きとは違う。

 江戸幕府は、鎖国していたといえども、世界の情勢、国際法は逐次研究し、情報収集をしていたんです。だから幕府は知っていたんです。1年前から、黒船が来ることを。その命令を受けたのがペリーという提督で、その目的もその武器も。そして上陸戦になる可能性があることも。その証拠には、久里浜にペリー率いる米水兵たちが上陸したとき、水兵たちはマスケット銃で武装していましたが、その護衛にあたった浦賀の侍たちも、同じマスケット銃で武装していたんです。
 この黒船に最初に乗り込んだのは、中島三郎助という与力(今で言う警察署長クラス?)と通訳の堀建之助でした。中島は大砲を見て「これはペクサン砲(フランス式の大型平射砲)か? 射程距離はどのくらいか?」と尋ねたといいます。
 3年後には、日本人によって黒船が作られました。作ったのは四国・宇和島(愛媛県)の嘉蔵という提灯職人でした。嘉蔵はお殿様から命令を受け、タービンを作り、船体は船大工に作らせ、見事日本製の蒸気船が瀬戸内海を走ったといいます。
 これらはつまり、日本の教育が素晴らしかったと言えるのではないでしょうか?
 情報を常に収集し、前もって対策を練る。
 ことにあたっては、状況を把握し、何が重要かと見極める。
 自分たちも同じ物を作ってみる。
 そういうことが、当時の日本人の身についていたのです。
 まさに正解のない問題に対する、知的対処の仕方を知っていた。
 武士たちだけではない。庶民たちは好奇の目で黒船を見て、さっそく見学ツアーのようなものが行なわれ、ビジネスチャンスとばかりに開港湾に殺到したんです。
 おそらくアジア諸国が欧米列強の植民地化されているこのとき、日本も同じ植民地化にならなかったのは、この、知的な対処によるものだったと思われます。

 こんなエピソードがあります。
 ペリーは小笠原諸島の領有権を主張しました。すると幕府は日本地誌のフランス語訳とかいうおそろしいものを持ち出してきて、「この島は我が日本のものである」とアメリカ側の主張を退けた、といいます。ところがペリーはその日本地誌に日本の領土と書いてあることは知っていて、幕府は多分知らないだろうとタカをくくっていたんです。つまりまんまと小笠原諸島を手に入れようとしたら・・・。
 今の民主党に、その爪の垢でも煎じて飲ませたいところです。

 さて、私は塾生たちに何を言いたかったのかというと、なんか平然としていて、知的な驚きをしていないように感じていたんです。色々なものが見えていない、というか。
 自分の作品を世に出す方法は、私が20代、30代の頃からはもう随分と変わり、頭をひねれば面白い媒体、作品をお金にする方法はあると思うんです。
 でも塾生たちの考え方は、私の若い頃とさして変わっていないわけです。つまり、なんやかんやと言っても、大人たち、業界の人たちが作ったシステムなりルールに従っているわけです。それは悪いことではないんです。
 でも実態は。
 みんな本も読まなくなって、テレビも見なくなって、パソコンで遊んで、ケータイは手放さない。
 私の若い頃とは、まったくその生活スタイルが違っているのに、なぜその矛盾に気がつかないのか?

 たとえばこの春ごろ、黒船の再来と騒がれた電子書籍の端末機。私は目の前が開けたわけです。面白いものが出た、と。その詳しい性能や技術はわかりませんが、これは出版の形や方法、システムを変えるものだ、と。
 しかもそれ、大きな企業を立ち上げて、資本を投じて、というものでもない。
 知恵を絞れば、色んなことができる。これはおもろい!
 それを塾生に言っても、なんか食いつかないんですよね。ぽかーんとしている。
 おいおいお前ら、俺よりパソコンに詳しくて、ゲームやってて、俺はゲームもやらんし、ケータイも持ってない。ツイッターだのミクシーだの知らん。ましてや電子書籍なんて関心なかった。触ったことすらない。
 キミたちのほうがこんなん詳しいん違うんかい、と。

 デジタルは映画の作り方、ありようも変えているんです。その発表の仕方も多様で、よりパーソナルなものになってきて。
 テレビ局の仕組みも変わってきています。もう従来のように代理店経由で大型スポンサーをとってきてモノを作る、という時代でもなくなりつつあります。
 クリエイターの世界に今、まさに黒船が来航しているんです。
 この黒船に無関心、というのが私にはわからんのです。
 ここでボーッとしとったら、ほんまに日本の文化は植民地化される。
 もう充分に活躍しているクリエイターならまだしも、これからこの世界で食っていかねばならないのなら。そして若いのなら、旧態然としたやり方に反発や疑問をもっていいはずです。と、私は思うのですが。

 私が20代やったら、もう飛びついて企画をひねり出しているのになあ、と。
 


中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


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2010年11月13日

11/10の小説技法

 中山市朗です。

 10日の小説技法の報告を。
 いつもの合評です。

 授業の前には、26日のDark Nightの打ち合わせ。
 まずは司会の佳波さんと進行表を元に。次いで来られた田辺さんとは、内容の打ち合わせ。色々と奇妙な写真をお持ちなので、どれをどう使ってどういう話をするのか。
 キッチリと決めても、ライブではそうはいかないので、写真をパソコンに取り込む順番などをざっくりと。
 で、ちょっとイヤ〜なものを当日持ってこられます。
 田辺さんは平気だというのですが、どうやら因縁のあるソレを、お客さんは正視できるのか!
 チケット、あとわずかのようですので、お早めに。

 さて、小説の合評。

 Yくんのアクションもの。
 「いかに嘘をらしく書くかに挑戦」していると本人の弁。アクション描写はもともと彼は巧いんですが、序章の部分でヤンという中国人が殺されるシーンが細かく描写されていて「ここはアッサリ書かないとヤンに感情移入したと思ったら死んでしまうので」という意見も出ましたが、最初はそれくらいに書いたほうがいいと私は思います。最初から惹きつけておいてスパっと裏切る、のも仕掛けとしてはあり。前回も私言ったんですが、この話はオカルトの要素も出てくるので、そこは想像だけでなく、綿密な取材、資料探しをしっかりしてほしい。それが「嘘をらしく書く」秘訣です。

 K島くんの、伝説の昭和の大スター、大河内伝次郎に捧げる一編。もう次へ書き進んでいきましょう。ちょっと色々試したことがきっと生きてきます。
 ただK島くんから衝撃発言が。
 大河内伝次郎。若い人は知らないでしょうが、そんな人たちに分かってもらうようにK島くんは作品の中に色々なキーワードを使っています。ところが。
「この前、高校生数人と話すことがあって、チャップリンの話をしたら誰ひとり知りませんでした・・・」
 え、えらいこってす。チャップリンを誰も知らない。
 大人と若者の共通言語がだんだんなくなってます。チャップリンを知らないのは、明らかに親と何かを見るとか話すとかをしていない証拠。
 私としては、なんか恐いですわ。 

 N子さんのホラー小説。
 うーん、セリフがわざとっぽい、とか、ホラーなのに少女向けの別の小説みたい、という感想もちらほら。第1章、第2章と恐怖が続いてここは日常のシーンが展開しています。その日常の描写が何げに難しいようです。そこがうまくいっていないのは、書き込みが不足しているからなんです。ところどころにあれから主人公はどうなった、で、今はこういう経緯があって、こうなっている、という説明があるんですが、ここをドラマにする必要があります。小説は会話と地の文で構成されますが、この地の文で登場人物たちに演技させる必要があるんです。演技でその心情や動き、人物たちの距離感、シーンとシーンの関連を作っていくんです。N子さんの小説では、その演技がシーン、シーンで途切れたり、繋がっていなかったり、解説で済ませてしまっている。だからセリフが浮いて、わざとっぽくなってしまっているんです。
 頭の中で、登場人物やその背景にあるものを映像化してみましょう。そのためにも、いい映画をどんどん見る。

 Sくんの奇譚小説。
 N子さんのホラー小説とは対照的に、綿密に、くどくど進行します。本人はそこが書いていて楽しいんだけど、話が進展しないことにジレンマをもっているようです。
 確かにくどくど書くのが小説の世界です。それは間違っていない。
 ただ、明らかに夢の世界がくどくど書かれてあるので、読み手は「どうせ夢じゃん」と読まなくなるか、飛ばして読むような気がします。私がそうしましたから。たとえそこに綿密な仕掛けとなるものや、伏線となるものがあっても、そこを飛ばしたら後の話がサッパリわからなくなります。そうならないように、もっと虚実を巧く使い分ける技が問われるところです。夢だとしても、あくまでも人間の心理の動き、象徴なんだということをメインに考えること。

 T田くんの小説は、ヤンキーの出てくるコメディ。ヤンキーたちの吹き溜まる不良高校に転校してきたシニカルなキャラをもつ主人公。この主人公に感情移入できないという声が出ました。脇キャラが個性的すぎるという面も確かにあるんですが。
 実は主人公のキャラを立たすべきシーンが、スルーしちゃってるんです。
 主人公はケンカをしたことがない。ヤンキーたちは彼にケンカを仕掛ける。やらざるを得ない状況になる。ここまではいい。前回はここで主人公が勝ってしまったんで、「そこは納得できない」という声があったので、スルーさせたのでしょうが。
 でも、そのケンカの描写が一瞬で終わって、気がついたらヤンキーのリーダーと主人公になんとなく友情のようなものが芽生えているシーンになっているんです。
 だったら、ケンカで何が起こって、どうなったか、が描写されるべきです。
 負けるにしても、その描写、主人公のキャラが発揮されるところです。
 ケンカは男の友情を作ると言いますけど・・・。

 今日は提出作品も参加者も少なめ。いつもより少々早く終わってしまいました。

 さて、授業後はいつもの飲み会。

 教室では塾長と塾生の関係ですが、飲み会となると仕切りは取っ払います。
 私は今、ある企画を進行させているのですが、おそらくそれは大手出版社ではできない、やるとすればそのシステム作りに1年か1年半はかかるだろうと思うことです。
 そんなことができるチャンスがそこにある。
 だからそれをシステム化する案を話してみたんです。やる気があって、どんどん提案する能力があるんなら、自ら考えて動くというのであれば、それをシステム化して戦略をもって進行させたいと。私も企みを共有する協力者が欲しいのが正直なところですしね。
 これはなまじっかプロの人より、頭のやわらかい、まだ業界のしがらみや常識を知らないほうが、迷うことなくできるんじゃないかと思うんです。

 作家になりたいから出版社の新人賞に応募して、というのは正攻法です。これはちゃんと挑戦してほしい。それにはひたすら書く書くしかない。
 でも塾生は30人ほど(全然来ていない人もいますけど)。この全員が賞を獲るなんてありえないし、賞を獲ったとしても食えるという保証はありません。
 会社員にもならず、定職をもたず、好きなことをして生きていきたいというのなら、食っていけるシステムをみんなで作るのもアリでしょう。
 デビューすることに重きを置くのか、この世界で食っていくことに重きを置くのか。

 私、何度も言っているように、活版印刷(江戸時代の日本は木版印刷でした)の発明で書物というものが庶民たちの手にとられるようになりました。聖書は教会にしかなかったのですが、家庭で読まれるようになったのはこの印刷技術によってでした。ここから人間たちの知識の共有、伝達が可能になりました。
 で、数百年、書籍は印刷によって存在したんです。
 作家、出版社、書店、読者の関係が、ずっと続いてきたわけです。
 そこに誰も何の疑問ももちませんでした。
 しかし今、このとき、活版印刷以来の書籍革命が、まさに起こっているわけです。
 そんな時期に、遭遇しているわけですよ。
 ここで手をこまねいて、ただ事態を見守るのか、革命に旗を掲げてまだ大部隊、正規軍が押さえていない場所に突き進む結城と実行を発揮させるべきなのか。

 ただ手をこまねくのであれば、怪我もしないだろうけど、取り残されることになりましょう。革命に加わると、ひょっとしたら致命傷を受けるかもしれませんが、クリエイターとして何かの主導権をとれる可能性が今はある。あるいは才能を発揮する場所が自らの手で作れるかもしれない。まあ、みんなもともとなんにもないわけですから、頭を使って挑戦する価値は大いにある、と思うんです。例え失敗しても失うものはない。

 おもしろい時期です。今は。
 ただ、再来年ともなれば私の頭の中にあるものは、きっと大手出版やある業界が結びついて、新しいメディアをもう構築していることでしょう。そうなったら、もう我々にチャンスはない。

 だから・・・。

 この話をしていたら、「やりましょう!」と目を光らす塾生と、なんだかわからない、とぽかーんとしている塾生に分かれて。
 そんな奴はほっときます。

 作品を発表するのは個人の力。でも、発表できる場所。それを商品とするノウハウ、宣伝、広報する組織、営業能力、戦略的見地からビジネス展開できるシステム。
 それを作りたいんです、私は。
 ビジョンと作品企画はあって、協力してくれる会社はある。作品作りそのものにはあまりお金はかからないので、本当にアイデアと実行能力で、おもしろい企みがビジネスになると思うんです。
 この日、飲み会に参加していなかった塾生諸君は本当に残念でした。
 目を光らせた塾生たちと、これからはビジネスのスタンスを取りたいと思います。

 ただ、私は経営とか経済の仕組みがわからないので、大学の経営学を専攻していたというKくんに話を振ったら、全然参考にならんかった・・・.

中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



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2010年11月12日

華麗なる週末、になった

 中山市朗です。

 毎週木曜日には、前日の水曜日の塾の様子をアップさせるところでありますが、一日遅れたのには訳があります。

 実は、朝の9時頃まで飲んでいて、起きたのが15時30分。私自身コロリと忘れておりまして「あっ!」と思い出して夕方17時にはある場所へ行かねばならないのでした。
 私、いろいろな場所で、いろいろな形で怪談をお客さんの前で披露してきましたが、はじめてです。
 寄席でやるのは!

 若手のお笑いライブ『キタイ花ん』を始めとして何度か出演したことはありますが、あれはゲスト枠という扱いでしたし、五郎兵衛一門の方々と繁昌亭に出演したときは、『古今の怪談特集』ということで、これもスペシャルゲストという形でした。しかし芸人さんとの間に、持ち時間(20分)一人で演じるのは、ほんまはじめて。
 これ、完全に芸人扱いです。

 「船場寄席」言うて、月2度ほど商店街の活性化のために開催されているものでして。
 商店街(正確には問屋街)の一角にあるスペース(会議室のような場所)にパイプ椅子を50ほど並べた会場です。
 なんでこんなことになったのかというと・・・。
 よくわかりませんが「船場寄席」を仕切っておられる桂文福さん自らのご指名だったんです。で、また、私も寄席が大好きなものですから、ノリでオーケーしてしもて。
 しかし出番が近づくと、これはエラいことになったぞ、と。
 お客さん、笑いに来てはるわけですよ。
 しかも私の前の出し物は、東京の芸人さんで、めおと楽団ジキジキさん。
 そうです。音曲漫才です。
 楽器かき鳴らして山本リンダの「ウララァ」と派手な衣装のカオルコさんが歌い踊りまくると、今度は客席を三つに分けて、「ココココ、コケッコウ!」とハイテンションで歌わせて大爆笑をとっているんです。で、私の後がトリの文福師匠の落語。
 ベテラン芸人さんに挟まれて、これ、完全に話芸としての怪談が試されます。えらいことです。
 で、ジキジキさんが終わって、まだ空気が爆笑の色です。で、急に照明が落ちると、私がよく自分の怪談ライブで使うBGMが流れて私の登場。
 用意された椅子に座ると、おずおずと、
「私、芸人ではありません。怪異蒐集家と言いまして、怪異ってなんやねんって思われてるでしょう? 怪異の怪は、あやしい、という字。怪異の異は、ことなる、という字。異姓の異です」
 なんて言うと、前のおばちゃんたち、一斉に手のひらに、指で字を書き出して・・・寄席じゃん。このノリ!
 で、
「そんな私が、なんでここにいるのかわかりません」
 そう言うと、ドッと笑いがきて、あっ、空気掴めた。
 あとは15分の長編怪談をじっくり。
 何を語ったのかは、会場にいた人たちだけのヒ・ミ・ツ。

 私の後は文副さんの落語。「私も怖い話を」と、あの名作「悪の十字架」をふりにしてはりました。寛太・寛大さんがよおやってはりました。
 早朝からポツリ、難波の高島屋の前に立ち尽くす、ひとりの老婆。「このデパート、開くの10時か〜!」
 たぁ〜!


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 寄席が終わると、みなさんと打ち上げ。
 文福さんからは、随分と東京と関西の落語界事情をお聞きしました。なぜ東京では小さん、円楽はすぐ襲名されるのに、上方では松鶴、文枝、枝雀は襲名されないのか? 上方の噺家に亭号が少ない(笑福亭、桂、林家、露の、月亭。あとは森乃、橘家、立花家、明石家が一人か二人、いるだけ)のはなぜか? あの噺家は今? そしてアノ時の裏話。
 文福さんは21年間フリーでやってこられていたので、その辺りの視点がまたユニークで客観性があるんです。でも今年は吉本に復帰されたそうで。
 それにしても文福さんのお弟子さん、よく気が利いて、私のジョッキがなくなるとサッとやって来て、「ご注文、何にされます?」と聞いてくれて、サッと手際よく注文。よく動きます。彼の爪のアカを持って帰って、煎じて、ゲスガノとかいう奴に飲ませてみたい。奴は一旦座ると、微動だにせず、人の酒を飲み尽くし、やっと動いたと思ったら、「帰ってラーメン食お」。

 打ち上げが終わって酔っぱらって帰ったら、テレビでアレやってたんです。最近は不定期放送の本格的落語番組、よみうりテレビの『平成紅梅亭』。録画すりゃいいんですが。いや、録画もしていますが、これは第一回放送からほぼ全回観ています。だから観なあかん。
 この日は去年と今年に襲名された上方の噺家特集。
 出演は、桂春菜改め桂春蝶、桂都んぼ改め桂米紫、桂都丸改め桂塩鯛、桂つく枝改め桂文三、笑福亭小つる改め笑福亭枝鶴。
 春蝶さんは、奥さんにお世話になっていました。関西テレビ『心霊タクシー』のプロデューサー。
 米紫さんは塾ではお馴染み。元気いっぱいの「掛け取り」という噺でした。
 なんか懐かしい気がしたのが枝鶴という名前。
 先代さんは松鶴師匠の実子で、緩急の付け方もうまくて、名人になるべく人だったんです。「竹の水仙」なんて講談ネタを落語にしたものは絶品でしたけど、残念ながら廃業されました。ビートたけしさんの奥さんとの浮気問題で、全国にその名が知られた人でもありました。

 そうして『平成紅梅亭』が終わったのが早朝3時30分頃。
 その後、この日録り溜めしていたハードディスクの整理。BSとCSでは没後30年、スティーブ・マックイーン特集をやっております。ほとんど録画で持っていますが、サントラ集を作ろうと(映像付きのサントラなんて、蒐集始めた頃からの夢)、色々編集しているんです。てなことをしているうちに、朝の7時。

 あれ、言い訳に字数使っちゃいました。
 10日の小説技法の報告&プラスアルファはまた明日。


中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


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2010年11月10日

11/5のシナリオ講座

 中山市朗です。

 ここんところ、シナリオ講座についての報告をしていませんでしたので、久しぶりに上げてみます。

 作劇塾のHPには触れていませんが、第1、第3金曜日の19時30分から2時間、シナリオ講座を私の書斎で行なっています。
 もちろん私の完全なボランティアです。
 その月、塾に通っている人なら誰でも自由参加できます。

 なぜ、ボランティアまでしてやっているのかというと、

  .轡淵螢、映像志望者に向けての開講。
 ◆.泪鵐家、およびマンガ原作志望者への実践。
  マルチメディアに対応する能力の開発をつけるため。

  ⊆禊殻召所属しています。
 ◆▲泪鵐家志望者のほとんどは自分でストーリーを作って、作画もしていますが、プロになると、特にストーリーマンガの発注を受ける場合、原作者から提出された原作(たいていシナリオの形式できます)を元に作業することがあるんです。特にメジャー誌になれば、ほぼ原作と作画は別になっていきます。そうなると描き手は、マンガの設計図ともなるシナリオの矛盾を指摘したり、あるいは原作者の意図やテーマを汲み取って、自分の演出のもと、作画をすることが仕事となります。脚本家と監督の関係です。監督になるためにシナリオは勉強するのに、マンガ家になるためのカリキュラムにシナリオがないというのはおかしいわけです。シナリオの構造を理解するには、やっぱり書いてみることです。
 は塾として重要視しています。これからはデジタルコンテンツの時代。シナリオの需要はこれから増えるんじゃないかなと思うんです。ただし、今までの映画やテレビに向けたシナリオではない、新しいコンテンツを提案する能力、企画力が要求されることでしょう。映画やドラマ、アニメのためにあったシナリオから、20年ほど前、ゲーム用のシナリオが生まれたように。

 さて、今月の受講者はなぜか少ないんですが、先月(5日)の合評の様子を報告しましょう。

 映画監督志望のKくん。シナリオは必須です。
 彼は課題として、BS・TBS=キングレコードの『怪談新耳袋』と同じフォーマット(4分50秒)のもとでシナリオを書いています。彼は以前、私がどこかのライブで話した怪談を気に入って、それを原作としているのですが・・・。
 彼なりに努力しているのですが、全然進歩していない。なんでやろと毎回首をひねるわけです。技術の問題というより、人間が描けない、肝を理解していない、読んでいてシナリオが映像となって浮かび上がらない。明らかに映画のことを知らない。
 で、私、言ったんです。
「映画ノートつけてるか?」
 これは彼が入塾してきた当初から口をすっぱく言っていたこと。観た映画は全部記録を取って感想も書いておく。映画監督志望者として観た1本1本の映画を心と脳裏に刻み込む、大切な作業です。それにあまり映画を観ない彼に、どれだけ映画を観たかの数字も示されます。書き続けていくうちに分析力もつく。ところが・・・。
 Kくん「いえ」という返事。
 はあ?
「あんだけ言うたやん! なんで取ってない? じゃ、何やってんの?」
「今、本読んでます」
「はあ?」
「友人からお前は文章能力がないから本読めと言われて」
「あのな、キミが今、最優先するべきものはなに?」
「・・・本を読むことです」
「違う違う。じゃ、なんで本読んでるの?」
「文章力があると、シナリオも少しはよくなるかなと思って」
「シナリオをよくするのは、なんのため?」
「え・・・?」
「じゃ、キミは小説の合評に出てるよな。あれはなんで?」
「みんなの小説が少しでもよくなるように、お手伝いを・・・」
「えっ、そういうこと?」
 私は彼が小説の合評に参加しているのは、てっきり映画監督になるためのひとつの勉強のためだと思っていた。世界観の構築、ストーリーの構成、キャラの造形、動かし方、話の転がし方、セリフのやりとり、惹きつける要素、場面の転換法・・・。小説の中にも映画を作るためのヒント、やるべきこと、やってはいけないこと、学ぶことはあります。特に今のラノベは、シナリオ的要素、視覚的要素が求められています。
 だから参加していたのか、と思ったら、どうも違うらしい。
 それにプロのクリエイター志望者が「本を読んでいます」と理由つけて、他のことをやっていないということ自体、考えられない。塾生のT井くんもKくんに警告します。
「あのな、本を読むなんて日常のこと。読んでて当たり前。私、息してます、言うのと同じやぞ」
 まったくもってその通り。
 で、私、再びKくんに尋ねます。
「じゃ、なんでいいシナリオ書きたいんや?」
「・・・合評でアカが入らないように」
「違う! お前、映画監督になりたいと違うのか! だから塾来てるんやろ。で、シナリオ書いてるんやろ! つまり今、お前が優先すべきは監督になるための努力やろ!」

 これ、笑ろたらあきません。こんな教え子、実は専門学校時代にもいっぱいいたんです。
 つまり、やっていることが将来の目標に結びついていくんだという発想がない。
 企画を学ばそうとしても、それ小説家には関係ない、マスメディアについて学ぼう、これも小説とは関係ない、映画を作ってみよう、それも小説家とは関係ない・・・。
 そんな貧困な思考性。で、そんな奴に限って、本業の小説を書くことが実はできない。
 中学、高校の勉強法から抜け出てないんですね、これ。
 化学、数学、古典、日本史、美術、英語・・・。これを生徒たちはテストか入試のために詰め込む勉強をするわけですが、学ぶことに何の意味があるのかは理解せず、一体化しません。バラバラ。
 数学は数学、日本史は日本史、英語は英語。
 その延長上にあったわけです。専門学校の学生たちの一部は。
 まあ私も大学入るまでは、なんにも考えてませんでしたけど。

 作劇塾にあるカリキュラムは、小説技法、ゼミ(雑学・分析)の講座、それに落語をやったり、イベントや映像、出版物の企画、製作を実践したり、業界の人たちとの交流、ライターやイラストの仕事の発注もくる。マンガコースにも法山先生、中島先生のそれぞれの発想、実践、製作のやり方があって、それも学べる。
 つまりモノづくりのための発想力、企画力、構成力、表現力などは共通するものもあるんです。または、その違いを認識することも必要であり、ヒントもあり、応用できるものがあります。そしてマルチな発想が要求されるんです。みんなプロのクリエイターとして生きていくために身につけるべきものなんです。もちろん普段から読書も必要、映画やお芝居、演芸なんかもどんどん鑑賞し、吸収しておく。こういうの、引き出しを多くするって言うんです。
 Kくんは、引き出しを多くするとか、他のものを学ぶとか、全部映画監督になるために必要なんだ、ということに気づいていなかったんです。
 叱られるからやっていただけ。
 知的好奇心の欠如。
 今の若い人のなかには、こういう人が多いですよ。
 勝手に自分に必要なものと、必要ないものを分けちゃうんです。
 これは私には関係ない。あれは俺苦手やから、やらん。それは、今やるべきことではない。そして人との交流も意味がないと決め付ける。
 結局これ、ラクなんです。ラクして、でも目標は達成したい・・・。

 Kくんとは、後にじっくりと話し合いです。

 Yくんのシナリオ。彼は小説家志望なんですが、勉強になればとシナリオも受講。Kくんと同じ『怪談新耳袋』のフォーマットで、「座敷わらし」の話をシナリオ化。もう何稿目でしょうか。だいぶん入ったアカも修正できて、話もまとまり、ちゃんと映像の設計図となりました。ただ、座敷わらしが登場するシーンで、四苦八苦。なかんか怖くならない。
「今回、こうしてみたのですが、どうでしょう?」
 するとマンガコースのMくん。
「僕、今編集さんと打ち合わせしていて言われるのが、こういう場合アイデアは100通り考えてみろって、そう言われます」
 そう、こういう場合、アイデアは必ず複数出すこと。
 これでどうです、と1案だけ持ってこられても判断の仕様もない。
「A案、B案、C案、どれがいいですか?」
 と提出されると、これかな、と選べる。
 それがA案だったとして、じゃあA案を膨らませてみよう、となる。
 A案をもとに、D案、E案、F案が出る。E案がいいとなる。
 じゃあE案をもとに、C案のこれを取り入れよう。
 で、G案、H案、I案・・・。アイデアがどんどん増えて、そこから選択していく。
 これがプロのやり方。会議もそうやって進行する。
 よりいいものを作るためのこれは当たり前のプロセスです。

 Mくんは読みきりホラーマンガの原作に挑戦しています。
 映画のシナリオは、製作費や映像化に際しての技術的考慮などもせねばなりませんが、マンガは絵ですから、なんでも描けます。それを考えるとMくんのシナリオは、マンガならではのハッチャケというか、面白みがない。
 前半、延々車の中で展開する、あまり売れていない新人女優とマネージャーの会話なんて、地味すぎる。で、後半は2人、幽霊トンネルに迷い込んで恐ろしい目にあう、という筋立てなんですが。
 こんなん、主人公を売れっ子のアイドルにして、テレビか映画の撮影スタジオから話が始まってもマンガですから可能です。作品の見た目も華やかになり、絵的な展開が起きると、読者も目を留めてくれます。その落差を後半のトンネルのシーンで見せる、とか。まあ一案ですけど。なんでもできるのがマンガ。作者の発想次第です。
 Mくん、ちょっと頭が固い。

 作家志望のT田くんは、オリジナルマンガの原作を連載方式で書いてきています。連載8回目にあたる今回の作品。もう世界観が固まって、方向性もわかるんですが、これはマンガを描ける人に、キャラ表とネーム(下書き)を描いてもらう必要があります。合評として意見を言ったり、ここはこうしたら、などみんな言っていますが、絵的なイメージや絵的な世界観を共有しているとは思えないんですね。これは今後、合評の場で指摘されたことが、T田くんの頭にあるものとかけ離れて、足を引っ張る可能性もある。コミックやアニメなどは、実は企画の段階で、そういうものは提出されているんです。

 シナリオ作家志望のT井くん。なにやら新作のシナリオが提出されましたが?
 これ2時間の映画の冒頭部分だと言います。
 2時間もののシナリオは、400字詰め原稿用紙で120枚ほどのものになるので、みんなに一度に読んでくれ、というのは無理なので、とりあえず冒頭部分を提出したらしいのです。
 これ、企画書がないとアドバイスしにくい。提出されたものだけ読むと、これはサスペンスなのか、ファンタジーなのか、SFなのか、喜劇なのか、これからどう展開されるのかわからない。意図もターゲットもわかりません。
 映画のシナリオには、企画書とプレゼン能力が必要です。

 いつもは、あと2、3編のシナリオが提出されるのですが、今月は参加人数が少なめなので。で、後は朝まで飲みながら。もちろん希望者のみ。参加メンバーも固定化されてましたけど、時間の都合でシナリオが受けられない塾生たちもやってきます。

 当然Kくんへのお説教。彼のためです。このままほっとけば、映画監督なんて絶対になれない。いや、映画監督の道は、イバラはあって道はない。というほど厳しい。でも、やるべきことをやる、完遂する、という行為はたとえ別の道を歩んでも、自信となり、応用も利くんです。それに人間として、男としての幅、器も出てくると思うんです。
 Kくんは、夢と真剣に向き合うべきです。

 さて、飲んでいて、T井くんの会話の中で「大学に憧れる」という言葉が出てきたので「哲学書を読んでみろ」とアドバイス。物書きにはインテリジェンスは必要です。するとT井くんも「そうか」という表情。
「今書いているシナリオでテロリストが出てくるんですが、これがペラペラになっちゃうんです。その動機が描けない。哲学、確かに僕には必要ですね。デカルトの本がインテリアとして置いてあるので、そこから読んでみます」
 なんか彼の目つきが変わりました。
 その心境の変化のほどは、彼の11月6日のブログをお読みください。

 哲学・・・。
 考えたら、小説や映画の主題になるものは、哲学に似ていますね。
 生きるとは、愛とは何か。真理とは、本質とは、概念とは、認知するとは。
 正義とは、美とは、因果とは、善とは、悪とは、死ぬとは、神とは、魂や霊魂はあるのか・・・。進化するとは、科学とは、文明とは・・・。
 こういうことを論じるのが哲学。
 それをエンタメにして作者の思いとして創作するのが小説や映画。絵画や音楽もそうです。これを建築でやろうとした人だっている。

 哲学は難しいけど、そこに面白さがある。正解がない面白さ。共感する喜び。あるいは反発するエネルギー。そんなことが生まれます。で、何かについて深く考えるということも覚えます。考えたら、作家になくてはならない要素ですわ。

 ワシも久々に哲学書を読んでみようかな。
 誰がええやろ。
 デカルト? スピノザ? パスカル? カント? ヘーゲル? キルケゴール? サルトル? ベーコン?

 ベーコンという名を書いたら、腹減ってきた・・・。



中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


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2010年11月05日

11/3の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 昨日の続きです。
 塾生たちの怒り!

 最近バイトを辞めたというSくん。こんなことがあったって。

 ある日、盛岡から本部の人が大阪の支店に来られた。
 主任との会合が予定されていた。ところが主任が来ない。電話したら「寝坊しました」と言う。で、30分ほどしてまだ来ないので再び電話したら「二日酔いで休む」って言う。で、本部長には「主任は体調不良」ということを報告して、仕方なく彼はそのまま盛岡に帰られた、そうな。
 Sくんは思ったそうです。「寝坊ってどうよ!」
 それって、大阪・盛岡の往復交通費、本部長の貴重な時間を奪ったことになる。決めるべきものも決まらなかった。会社として損益です。その通り。しかし主任さんはお咎めなし。謝罪もなし。そのことを店長にぶっちゃけた。すると・・・。
 なんでそうなったのかというと、主任と前日飲んでいたのは、その上司。つまり「二日酔い」と本当のことを報告すると、この上司の責任になる。だから内密にされた。
「それってどうよ!」
 Sくんの怒りはごもっとも。
 塾を作ったとき、身銭を切って投資した立場の私としては、こんなこと言語道断です。
 雇われている身だから、こんな感覚になっちゃってるんですね。
 でもこういうこと、政府や官僚といった税金の世界で、日常茶飯事にあるような気が・・・。

 KさんはOLです。
 今の会社、50代、60代の人は今のシステムのままでお給料がもらえる。でも私たちはあと10年後、どうなってるんやろ、と。今のままのシステムではもう通用しないことはわかっている・・・。でもそういう考えにいかない。今しか見ない。目の先の利益のことばっかり。
 そうですね。昭和以降に生まれた日本人は、戦略的見地が不足しています。長く長期的に見る、という才が。
 幕末から明治の日本人は、それがあったんですね。日本をどうするか。未来に何を残すべきなのか。個人を犠牲にしてまでも大衆や日本の将来を見て、行動した人たちが。デカい夢をもって、グローバルな物の考え方をした人たちが。
 あの気質は、どこから生まれたのでしょう?
 いつ、なぜ、失われてしまったのでしょう?

 意見が飛び交います。狭い見地からしかモノが見れない現代人。それでも生きられる時代になったということ。これは喜ぶべきことなのか?
 子供でも120円持っていれば、コンビニでおにぎりが食べられる。
 おもろいことないかな、と思えば、パソコンのネットを使えばいくらでも出てくる。
 自分が楽しいと思うことを勝手気ままに追求すればそれでいい。
 ラクっちゃラク。

 SFのT野くんは、論理的見地から発言します。
「でもそれは、人類の目標、ひとつの理想だったわけです。でも、うまくいかなかった」
 と。
 つまり普通の動物ならこうなったらたいてい滅ぶだろう。だが人間は違う。常に進化する方向を自ら選ぶことができるんだ、と。

 人間は群れる動物なんです。共同体を作って生活の基盤を作る。
 街、集落がそうですね。政治的結社や様々なサークル、会社や学校もそう。
 ただ、テクノロジーの進歩がこの群れを解体させちゃったわけです。
 だから個人個人が主体となった。裏を返せば、突然ひとりぼっちになった。
 そら不安になる。自分を必要以上に守ろうとする。
 これは生き物としての人間の喪失を意味するが、それが文明の発達ということでもある?

 T野くんは続けて言います。
「世界のグローバル化とは世界の解体なんですよ。ひょっとしたら将来、国というものがなくなるかもしれない。そうなれば、人間はアイデンティティをどう保つことができるのか・・・」

 あるお店の副店長であるDくんも言います。
「新入社員は平気で遅刻してきます。で、叱ると来なくなる。これでは育てられない。お客さんも、幼い子供を連れて平気で深夜にやって来る。子供が店内を走り回っても注意しない。で、店の者が注意すると、親にキレられる。このモラルの低下はなんでしょう?」
 と。
 Dくんは今、時代劇小説に挑戦中なので、江戸時代について色々調べているようなのですが・・・。
「今、日本は人がひしめきあっていますよね。でも昔もそうだったんです。長屋がそうです。群れを組んで助け合って平和な活気のある時代でした。自分より他人を優先し、人に与えることを良しとする文化でした。ところが今は合理主義、経済第一主義の名のもと、人から奪うことが良しとされる時代となってしまった。ある人は書いていました。明治時代までの日本人は男女とも素晴らしかった。だが昭和10年以後に生まれた人は言うらしいです。自分より他人なんて、私にはできない」

 やっぱり先が見えない。
 日本人はいつからこうなった。
 という嘆きが、ほんま飛び交いました。

 こんな話も出ました。

 サラリーマン社会が今、解体されようとしている。でもこのサラリーマンこそが人類社会の95パーセントを占めている。これは誰かに食わせてもらうしかない人たち。これはもう、もっと貧困を抱え、他力本願にならざるを得ない状況にある。彼らが団結して、戦うということがあるのでしょうか?
 残り5パーセント。これは支配層。ここにしっかりしたのがいるといいんですが、いわゆる大物がいなくなった。でも資本家とか政治家とか、ここはあまりいい印象がないのは嫉妬? 作られた概念?
 さて、人間社会を生きていくために、どちらを選択するか?

 あれ、そのどちらでもないクリエイターという道を行きたくって、塾に入ってきたのでは?

 モーツァルトの最後のオペラ『魔笛』にこんなキャラクターが出てくるんです。

 どこか遠い国から来た王子・タミーノ。
 彼はパミーナという若い女性の救出に旅立ち、途中でフリーメーソンを思わせる儀式と試練に耐え、最後はエジプトのイシス、オシリスの神に「太陽の賛歌」で祝福され、神と同化したことが示唆され、幕が降ります。
 で、タミーノと途中まで儀式を受けながら、結局挫折して、しかし人間としての幸福を授かるパパゲーノという男。彼は鳥刺し職人で、自ら鳥の格好をし、背中に鳥かごを背負っています。
 タミーノは王子、つまり支配層の人間です。ただし若いので、色々なことを知らない。だから覚醒していき、人類を救うというプロセスが展開します。つまり彼は自由人として空に羽ばたくわけです。そのためには危険も伴いますが、飛べば色々なものが見え、学び、世界を知ることがでいます。
 対してパパゲーノ。彼は捕まえた鳥を「夜の女王」にパンやワインと交換してもらって生活している。つまりサラリーマンですね。ところが彼は、鳥の格好、背中に鳥かご、つまり篭の鳥であることを示しています。篭の中にいる限り、主人にエサをもらって、身も安全、楽しく歌ってられる。しかし、彼は自由に大空を飛ぶことを知らない。
 儀式を受ける必要性もないし、叡智もいらない、とい男。

 タミーノ、パパゲーノ。
 どっちを選択するのか?

 さて、そのモーツァルトのオペラ『魔笛』は、秘教オペラとも、フリーメーソン・オペラとも呼ばれ、様々な謎を秘めているんです。モーツァルトの死因の謎も、実はこのオペラの中に秘められている。で、その謎めいた記号、暗号、セリフ、音符の配列、読み解きを行なうと、なんと聖徳太子の予言書開封を意味するという・・・いや、ほんまです。
 そんなことを小説(なのかな?)として書き記した作品が、いよいよ最終調整に入っています。
 今月中にはなんらかの方法で告知できるかと思います。
 26日のライブ時にでも?

 あれ、宣伝?


 

中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 20:22|PermalinkComments(3)

2010年11月04日

11/3の作劇ゼミ その1

 中山市朗です。

 素敵なお知らせがあります。
 花房観音さんが、無双舎の「第一回・団鬼六賞」を受賞いたしました。
 受賞作は未読ですが、彼女の書く小説はエロというより、一貫して男に対する恐ろしいほどの女の情念、愛憎が渦巻いているんです。もう、読んでいてゾッとするものもありました。で、やるせないんですよ。
 でも第一回目の団鬼六賞とは。
 正直驚きましたが、彼女なら、さもありなんと。
 私も嬉しいです。
 お祝い、せなあきませんな。
 おめでとうございます。

 賞といえば、塾生東野姉弟の父、奈良大学教授・東野治之氏が今年の紫綬褒章を受賞したんです。こちらもおめでとうございます。ワシも賞と賞金欲しい!

 さて、3日は文化の日。
 えーい、クリエイター志望に休日はない!
 ということで、作劇ゼミの報告です。
 先月21日のブログとかぶってしまいましたが、あえてもう一度言います。

 皆さんは怒っていますか?

 どうしてこんなことを言うのかというと。

 専門学校の講師をしていた頃からよくあったのですが。
 作家志望と言いながら全然書いてこない者が必ずいます。で、
「なんで書かないの?」
 と聞くと、
「何を書いていいのかわからないんです」
 という答えが返ってくる。
「はあ? じゃ、なんで作家になろうとしたのよ」
 と言いたくなりますわな。
 でも、ネットなんか徘徊してますと、やっぱり作家になりたいと言いながら、同じような質問を投げかけてくる人が多くみられます。
 書きたいものがあるから作家になりたいのではなく、作家という肩書きにあこがれているだけだから、こんなことになっちゃうんでしょうな。
 で、「なに書いたらいいんでしょうか?」て、知るか!
 書いた作品についてはアドバイスできますけど、これを書け、なんて言えませんわな。
 それは自分で見つけんと。
 で、言うわけです。
「何か世の中に言いたいこと、問いかけたいことはないのか」
 と。
 そしたら「う〜ん」て考え込んで・・・。
 そんなに満たされてるんか、と、私はある意味、羨ましく思います。

 私はもう、世の中への不満だらけ。矛盾に戸惑い、裏切りを憎み、詐欺まがいのビジネスに怒り、腐った教育に嘆き、日本という国を、若者を憂い、自分の無力さに腹立たしく思い、貧困を恐れ、欺瞞や不正、偽善を憎み・・・。
 でもそういうことが、私には作品作りの動機になるわけです。
 えっ? お前の作品にそんなものがあるのかって?
 ありますよ、そりゃ。自分なりに。

 世の中のものの価値を疑う、矛盾を突く、不正や偽善を憎み、暴く・・・。
 こういうことを作品にしていくって、私にとってはある意味快感であり、自分が存在する証、でもあるんです。
 ふつふつと湧き上がる、告発の念、暴露の快感、踏み入ってはいけない領域に踏み入る好奇心。それが楽しいし、作家ならではの生き甲斐でもあります。

 で、世の中を見れば、もうそんな怒りの対象は山ほどあって、その怒りを作品にぶつければ、もうあとは書かざるを得なくなる、はずなんですけど。
 別に、俺はなぜモテないんだろうとか、なんで貧乏なんだ、でもいいんです。
 その怒りとか恐れを突き詰めていくと、思わぬ人間の本質や性(さが)が見えてきたりして、発見しながら面白い作品ができあがる、と思うんですけど。

 塾生たちの作品を読むと、確かに面白いものもあるし、テクニックとしては私以上のものをもっている人はいるんです。でも、

 これを言いたいんだ!
 こんなん許してええのんか!
 俺はこれを告発する!
 なぜこれがわからんのだ!
 これは世の中に対する警告だ!

 という力というか、凄みがない。
 若いって、もっと反逆の精神っていうか、パッション、がある時期なんですがねえ。
 20代の私なんて、しょっちゅう大人にケンカを売っていた。本当に。

 だからこの日は「怒っていること」を自由気ままに発言してもらうことにしました。
 怒ってること、あるのかよ!
 あるんやったら言ってみい!

 そしたら出るわ出るわ、怒り、不満、嘆き。

 長くなりそうなので、続きは明日。 


中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
前売2500円 当日3000円
会場:道頓堀ZAZA(中座食いだおれビル地下一階) 
出演:中山市朗 ゲスト:田辺青蛙/雲谷斎
定員:80名(先着順)
前売予約はsoukai@ohtaki-agency.com まで、公演名、お名前、枚数を明記して送信してください。追って確認の返信を致します。


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kaidanyawa at 22:01|PermalinkComments(0)

2010年11月03日

戦争と平和ボケ

 ちょっと覚悟を決めて6回にわたって「日韓併合」について書きつづった割りには、あまり反応がなかったことに肩透かしを食らっております、中山市朗です。

 先日、ロシアのメドベージェフ大統領が国後島を初訪問。「すべてのロシアの地域を管理するのは大統領の責務だ」とツイッターに書き込んだといいます。
 中国も今年中には九州沖から尖閣諸島を含むフィリピン、インドネシア、つまり東シナ海と南シナ海を軍事的制圧せんとする第一列島線を、2020年までには伊豆、小笠原諸島からサイパン、グァムを制圧する第二列島線を想定する戦略構想をもっていて、噂にある中国初の超大型空母の建造はそのためであると思われます。
 つまり東アジアと西太平洋の制海、制空権を中国は握ろうとしているわけですね。
 この構想は、日本が太平洋戦争に突入するときに描いた大東亜共栄圏とほぼ同じですよねえ。ミッドウェイの敗退以前、南雲機動部隊(空母部隊)はまさに台湾から、フィリピン、インドネシア海域、果てはインド洋にまで侵出し、制海空権を握り、続いてサイパン、グァムを制圧しようとしていたわけですから、その足がかりをミッドウェイ島とにらんで、あの海戦があったわけです。
 日本人が、本当にあの戦争を反省し、その苦い経験を、将来や今に活かすためには、こういう問題に敏感であり、意図を見抜き、アジアの平和と自国の国益のために世界に向けて警鐘し、堂々と交渉をせなあかん、はずなんです。
 日本人は反省とは忘れることだと思っている。また、そんな教育を受けている。

 私が李氏朝鮮のことを書いたのは、国際社会の世情の中にあって、国家主権というものにあまりに無知で鈍感であったため、併合にならざるを得なくなった悲劇を言ったつもりでした。
 悲劇はまだ続いている。韓国の人たちは、自らを顧みず、ただ日帝による強制支配だったと教育されているわけです。それが「歴史の真実だ」と。このままの日韓両国の教育の下では、日本人嫌い、日本人も韓国人嫌い(個人的なことは別として)という意識を互いに持ち続けるという不幸を生み出すだけです。なんの解決にもならん。

 そして日本政府(国民も?)も、まるで李氏王朝のように、今まで米国の保護下にあって当たり前のようにあった日本の国家主権の意味を忘れ、理解していないように思います。
 特に民主党政権はもう最悪です。
 中国の極東戦略にあまりに愚鈍で、譲歩、謝罪を重ねた結果、それを見計らったロシアの北方領土視察と、ハノイでの首脳会議の中国側のドタキャン!
 ええんですか?
 ロシアと中国から、日本の主権が無視されているんですよ?
 明治開国から戦後、そして高度成長期と、日本人が世界相手で必死で戦って得た、国力、主権、権利を、無知なる今日の日本人自身が踏みにじっているとは思いませんか?

 前原氏とクリントン長官との会合で、クリントンが、「尖閣には日米安保条約が適応される」と一見、日本擁護の発言をしたのは、まさに中国の極東戦略を牽制してのこと。つまりアメリカの国益のためなんです。アメリカにすれば尖閣諸島の歴史考察なんてしりません。だから日本人は自らを守るために歴史的検証をして、その主権を世界に訴えないとダメなんです。その歴史の尊さを、今の教育や若い人たちはあまりにも疎んじています。

 でもねえ、日本人が自国のことを何も知らず、がために国力が弱くなって、東アジアの経済的基盤や人的交流の主体を中国や韓国にもっていかれて、困るのはこれからの日本で生きていく、日本の若い人たち、貴方たちではないですか?
 それに日本は資源のない国ですよ。
 北方領土を取られ、竹島問題もあやふやなまま、それで周囲の領海を中国の戦略構想に取り込まれる。それに対する日本政府の腰抜け外交。これを怒らないのなら、日本人は何に対して怒るんですか?
 資源がないと日本が生きていけないから、その資源地帯を欧米列強に抑えられていたから、その上にアメリカの経済封鎖があったから、政府と軍は、戦争やむなしと、日本は太平洋戦争を始めたんじゃないですか? そのことを忘れちゃいかん。
 日本とはどういう国か。歴史がそのことを言っている。
 そのことを自覚しなきゃ。

 日本人よ、平和ボケもたいがいにせえよ、と私思います。

「平和を知るには戦争を知れ」
 という言葉があります。それには歴史を知ることです。歴史とは戦争を見ることです。
 そういうことを知らない、ということは、過去の人たちが考え、行動して命がけで得た、だから今は当たり前のようにある知識や経験、財産、そして主権のことを気づかず、知らずのうちに放棄してしまうことになるんです。
 司馬遼太郎さんは、そういうメッセージを生涯かけて小説に込めたんだと思うんです。

 無知は怖い。
 自分が置かれている状態、状況がどういうところにあるのかも、気がつかない。
 併合前の韓国が、あの百済や新羅の時代の素晴らしい文化、技術、その蓄積を
無知の李氏王朝によってすべて失っていたように・・・。

 ちなみに李氏王朝は、第三代太宗のとき、仏教を弾圧し、一万あった仏教寺院を242に減らしたわけです。そしてハングル語を創製した世宗によって、仏教寺はまたも徹底弾圧され、九代成宗の時代に出家の禁止、第十一代中宗の時代にもかなりの寺院の打ちこわしと仏像没収が行なわれ、日本より古くからあった多くの仏教の文化財と知識が根こそぎ壊され、海外流出してしまったのです。まったくもって不毛で腐敗していた李氏王朝の500年!

 ただこれ、私の知人は韓国へのパック旅行で、ガイドさんに「(韓国に寺院や遺跡がほとんどないのは)全部秀吉の侵略で壊されたから」と説明され、そのときは納得したんだそうな。アホか、言いました。なんで納得しとんねん、と。
 そうでしょ?
 まあ100歩譲って、そうだとして、秀吉死んで約400年でっせ。その間、なーんにも再建されなかった、ということ自体、日本人には信じられませんわな。これぞまさに、無能の李氏王朝の正体を暴露しているわけなんですよ。
 韓国の人たちも、そこに疑問をもたんのかなあ、と。
 だって日本はその秀吉の時代の後に、ほぼ、なーんにもない台地と低湿帯と海しかないところに、江戸というパリ、ロンドンを凌ぐ、世界一の大都市を建設したわけですから。
 大阪も、秀吉の城が落城したとき、辺りはほぼ焼け野原でしたんやで。そこから天下の台所・大坂の町ができて、今の大阪の町並みの基礎は、この頃できたんです。
 同じ、秀吉からの400年・・・。

 そういうえば、18世紀に日本へやってきた朝鮮通信使が、その旅の様子を書き記した『日東壮遊歌』にて、大坂の壮大な町並みを見て、北京の繁栄も大坂には負ける、と驚き、こんなことを書いています。
「汚れた愚かな血をもつ獣のような人間が(略)、このように富み栄えていることを知らないのは天だけである。嘆かわしく、恨めしいことだ」
 きっと大坂城は秀吉の城だと知って、憤慨したんですな。ちなみに彼らは、日本の女性の美しさを誉め称えながらも、倭人は犬の陰茎のようだと言い、将軍に拝謁するのは儒学者として、この上ない屈辱だとも言っています。そのために日本へ来たんやろが!
 恐ろしいほどの反日感情(というより儒教の教えで日本は劣等野蛮であるという思い)は、この頃から確かにあったんですよ。

 韓国の人も、ええかげん、日本のせいばっかりしとらんと、少しは自らの反省ということをしないと、いずれエライことになりまっせ。




中山市朗 Dark Night 〜Vol.1〜 〜真夜中の怪談スペシャル〜
11月26日 23:30開場  24時00分開演(4:30終演予定)
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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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