2011年02月

2011年02月26日

2/24の小説技法・・・だったのですが

 中山市朗です。
 
 昨日は、本来ならば水曜に行なわれた小説の合評の報告をするところでしたが・・・。
 霊気的な彼女に祟られていた・・・わけではありません。
 いや、そのせいもちょっとあるかな?
 
 実は塾生たちへの教育というか、接し方について色々考えておりました。
 私がよかれと思った行為が、塾生たちには迷惑だとしたら。
 しかし、その迷惑を私が受け止めてしまったら、ここは塾ではなくなるかもしれない。
 厳しくいくべきか、放任すべきか。
 ハムレットの心境です。
 また塾生たちと話し合うこととします。

 さて、お知らせです。
 角川つばさ文庫より
『学校怪談2・本当にあったコワイ話 「新耳袋」より』
 が発売されました。
 子供向けの怪談本です。

 そして、おまたせしました。
 北野誠さんとのガチ怪談ライブが、4月下旬頃、開催できそうです。
 詳しい情報が決まり次第、このブログで告知いたします。

 え?
 もちろん関西で、です。

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



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2011年02月23日

霊気的な彼女

 中山市朗です。

 妙な体験をしました。

 以前よりある人物から、相談を受けていたのですが。
 それが妙なものなのです。

 「僕の彼女は、生きているのでしょうか? 死んでいるのでしょうか?」

 は?

 ですわな。
 で、色々聞いてみるんですが、要は彼女は事故で亡くなっていて、葬儀も終えたらしい。
 でも来るのだそうです。
 彼の部屋へ。
 その彼女はまさに生きていて、男女の営みもするのだとか。
 しかし、確かに葬儀はあった・・・。
 
 で、昨日の夜、その彼女が来るというその部屋に泊まったんです。
 そしたら、彼女がくるという時間になって。
 う〜ん、なんだったんだ、あれは?

 また、報告します。



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2011年02月20日

中山VS自宅怪談会

 中山市朗です。

 18日深夜より19日早朝にかけて、私の書斎で「怪談会」が行なわれました。
 参加人数は12人と、いつもより少なめながらも、そうとう盛り上がった怪談会となりました。
 何より休憩になろうとも、終了になろうとも、怪談が止まらない。
 参加者のひとりが言うてました。
「怪談はえ〜な〜」

013

お忙しいなか集まっていただいた皆さん。ありがとうございます。



 いつも夜になるとお酒が入る私も、この夜ばかりは1滴も口にせず、前もってコーヒーを飲みます。そしたら塾生が、
「先生、それなんです?」
 私がコーヒーを飲むというのが珍しいらしい。
 いやいや、飲んでますがな。
 朝はコーヒーなしにはいられない。

 怪談会直前までは、前回のDark Nightに参加してくださった方と、古代史トークでえらく盛り上がったわけですが、古代史に関しては、近く“あること”を仕掛けますのでお楽しみに。

 さて、この日のメインゲストは某郵便局の局長を勤めるKさん。
 このKさんという人、『新耳袋/第十夜』に十数話もの体験談を提供してくれた猛者でありまして。なんせこの人、普通に寝ていて怪異が飛び込んでくるというのですから、尋常ではない。この日も『第十夜・三十一話』の「道玄坂で」と『七十一話』の「たばこ」の後日談があったことも判明。
 それにあまり原稿にはできないような、誰でも知っている大事故、大震災で起こった怪異なども披露され、「やっぱりあんねんな・・・」と実感。
 また第1回目のDark Nightに起こった人形の怪異に関しても話題が出たり、久しぶりに妖怪話も出たり。

014

Kさんとワシ。




 私も色々権利の問題で、出版物には書けない(でも私が絡んでるんですけど)怪談などを、語らせていただきました。
 夏のDark Night、あるいは出版物にて、皆様に披露いたしますことを、楽しみにしております。

 また、このような怪談会は、今後もやっていく所存ですので、このブログにて告知致しましたときは、こぞってご参加くださいませ。
 次回は金曜日以外がいいのかな?


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2011年02月17日

2/16の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 16日(水)のゼミの報告です。
 前回に引き続き、宣伝、広報の仕組み、つまりCMについての考察です。
 
 まずは、ファイナンス・カードのCM「ディックファイナンス'90」の15秒、30秒バージョンの鑑賞。あの蓮舫さんの翌年に、クラリオンガールとなった結城めぐみさんが出演しています。
 実はこれ、作家デビューする前の私が、構成・演出したものでした。
 あまりの出来に、ちょいと赤面です。
 でもそうなるには、いろいろな過程やリサーチ、CM独特の製作秘話もあった。そういうことを言いたいがために、塾生たちに見てもらったわけです。

 クリエイターが仕事をするには、色々なパターンがありますし、職種によっても違いますが、要はクライアント(出版社、編プロ、放送局、メーカー、製作会社、代理店など)から仕事の発注がきて、注文に即した作品を仕上げて、締切日には納品する、という過程があるわけです。
 デビューしていない人たちは、作品とは自分の作りたいものを作るもの、と思っているでしょうが、それができるクリエイターはほんの一部。大抵は「こういうものを作ってくれ」という注文に応えるわけです。特に放送コンテンツや映像となると自分のやりたいことなんて何パーセントできるのか。マンガの世界もメジャー誌となると編集部の意に沿った分担作業となります。小説は割りと作家が好きなことを書ける世界。でも色々聞くと、「好きなことなんて書かせてくれない」とぼやいている作家もいるようです。

 しかし、その発注の意図を汲んで、それを自分の世界観、やり方、テクニックでもって作品にするというのも、プロのクリエイターならそこに本来の価値を見出すはずですし、醍醐味でもあります。

 CMというのは、発注者の意図を徹底的に理解し、リサーチし、プレゼンを繰り返しながら戦略を考え、プランに沿って製作し、媒体に載せて、即その成果が問われるので、ある意味、発注者とクリエイターの関係の縮図を見るような気がします。
 それに今までのクリエイターは、作品を製作していればよかったのですが、今後は発信するメディアによっては、その作品を売る方法も自ら考えねばならなくなりましょう。
 そういうことで、CMとはどう作られるのかを知っておく必要があると思うわけです。

 ということで、CMはどういうふうに広告主から発注され、依頼される広告代理店とはどういう職務をしている会社なのかを、塾生たちに説明しました。
 それは、ここには書き切れませんので止めます。

 なので、こういう話をしましょう。
 CMって、だいたいどれくらいの製作費だと思いますか?

 80年代のバブル期には、エディ・マーフィ(トヨタ)やハリソン・フォード(サントリー)、ケビン・コスナー(サントリー)、ジーン・ハックマン(アサヒビール)、シルベスター・スタローン(伊藤ハム、キリンビール)、ウディ・アレン(西武)、マイケル・J・フォックス(ホンダ)、メル・ギブソン(サッポロビール)、マルチェロ・マストロヤンニ(カネボウ)、アラン・ドロン(ダーバン)、シガニー・ウィーバー(新日鉄)、カーク・ダグラス(マキシム)、シルビア・クリステル(AGF)、ポール・ニューマン(日産、富士カード)、ピーター・オトゥル(ハウステンボス)、ショーン・コネリー(サントリー)から、アヒルちゃ〜んのデニス・ホッパー、「スピーク・ラーク」のジェームズ・コバーン、「焼酎!」のグレゴリー・ハインズ、ラックスのブルック・シールズ、ステレオコンポのジェニファー・コネリー、それにフランク・シナトラ、フランシス・コッポラやスパイクス・リー、パナソニックのジョージ・ルーカスなど、まだまだ世界中のスターや監督が出演(クロード・ルルーシュやゴダール演出なんてのもあった)していましたな。この後でしたが、メグ・ライアンと桂春団治師匠が共演したお茶のCMなんてのありましたな。こんなのCMならでは。スピルバーグはたった一度だけサントリーのCMに出て、若者へのメッセージみたいな商品は出ないものでした。コッポラと黒澤明監督の共演もあったっけ。
 さてさて、これが日本映画となると、こんな豪華メンバーは無理。
 すなわち、製作費が潤沢にあったわけです。
 まあ、バブル期でもあったわけですけど。

 この頃はだいたい電通とか博報堂、旭通なんて広告代理店は、CM製作に最低でも2500万、まあ1億くらいはかけていたらしい。15秒、30秒の映像でっせ。
 ただし、これはタレント費は別。
 2500万円の製作費でも、1億のタレント(今は木村拓哉、吉永小百合クラス)を使うと1億2500万になっちゃう。もっともこれはバランスが取れないことになっちゃって、ヘタな広告代理店がこれを受けちゃうと、タレントに一流のスタイリストやヘアメイクなんかがついてきて、製作費3000万円を越えちゃった、なんてことにもなりかねない。
 この頃、ある広告主が電通にCMを依頼しようとして、電通の人間を呼んだら3人が来て2時間ほど打ち合わせをした。そしたら後で50万円の請求書がきたとか。
 そんな広告で支えられてきたのが、民放の放送局。
 特に東京キー局なんて、大きな自社ビル建てて(大阪も同じでした)、テレビは永遠に不滅、みたいな感じでしたが、今は様相が変わってきました。

 この不況です。
 当然ですけど、広告費カット。
 不滅の神話の象徴だったテレビ局と世界一の巨大広告代理店・電通は、今や赤字をくらって厳しい状況に陥っているんです。
 今まで10億円単位のクライアントにしか見向きもしなかった電通は、ここんとこ小中企業にも飛び込み、100万円単位の営業をしているらしい。
 でも今まで10億の仕事をしていたところが100万円の仕事?
 きっとそのノウハウはない。

 でも、広告がなくなるわけはない。
 企業やメーカーは、製品を作って売るわけですから、売るための仕組みは欲しい。
 
 ここに、なんかクリエイターたちにとってのチャンスがあるように思うのです。
 まあ、ここで詳しくは書けませんが。

 ところで、2016年東京オリンピック誘致のためのプレゼンが、10月にコペンハーゲンであったことはご存知だと思いますが(誘致は失敗でした)、このとき石原都知事は電通に10分間のCM映像を依頼しました。とういことは、都民の税金ですわこれ。
 さて、電通はいくらの製作費を東京都に請求してきたと思います?

 正解は5億円。

 内訳は下記のごとく。

 海外ロケを含む撮影、編集 2億7200万円
 CG製作 8000万円
 企画、人件費 5400万円
 エキストラ出演 2500万円
 音楽、ナレーション 1700万円
 (キックバック) ?

 これは妥当なのでしょうか? 高いのでしょうか? 10分でっせ。
 
 ちなみに映像のほかにプレゼン全体にかけた金額は7億5000万円。
 で、外国人のコンサルティングには、日給にして30万円から60万円、払っていたそうな・・・。

 これが高いのかどうかの目安を。

 フジテレビの『踊る大捜査線 THE MOOVE』とTV特番『踊る大捜査線/秋の犯罪撲滅スペシャル』の2本で製作費10億円。
 5億というと、『クレヨンしんちゃん』や『ドラえもん』の劇場版アニメが、3〜5億というところ。『ゴジラ』級で10億〜15億です。宣伝費等も含めて。

 さてさて。

 ちなみに私の『ディックファイナンス』のCMは、実のところ500万円くらいでした。
 どう使っていいのかわかりませんでした。



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2011年02月16日

ショーほど素敵な勉強はない

 中山市朗です。

 なにやら塾生たちが、劇団を旗揚げしたようです。
 劇団プラスチック犬
 座長は言いだしっぺのイラストレーター、アデミツル。それにマンガ家志望の小島雪、作家志望の山本マチが団員となった模様。
 過去、出版企画、映画製作、CM製作、イベント製作、落語会と、色々なことが塾内で行なわれ、メディア発信したものもありましたが、ついに劇団が旗揚げとは!
「時代劇やんのやったら、ワシ、剣豪役で出たるわ。三十郎剣法を見舞ってやるぜ」
 と、上目線で言ったら、どうやら時代劇ではなさそうな。
 しかし、こういう動きは大歓迎。
 プロのクリエイターを目指すなら、モノ作りに違いはありません。

 私が専門学校で教えていた頃、教務課に意見具申をしたことがありました。
 それは、たとえばマンガ家を目指すコースならマンガだけを描かせる、小説家コースは小説だけを書かせる。これは当たり前のことなんですが、もっと学科同士を交流させて、いろいろなモノ作りをさせてやれ、と。でないと大抵の学生たちは出口がなくなって、フリーターになっちゃう。
 マンガ家なんて100人にひとりデビューさせたら、それで専門学校としたら成功なわけです。そのひとりが看板となって新たな入学者を募る。
 じゃあ、あとの99人はどうするんだ!
 そう言ったら、
「そういうことは大学のやることで、専門学校はそうしない」
 と言われました。
「じゃあ専門学校ってナニ? 大学のええとこは取り入れて何の損もありませんやん。責任もってやるのは私やし」
 そんなことを言いつつ、ねばっこく交渉して、実現させたのがゼミでした。
 マンガ、小説、映画、ゲーム、CG、マスコミ科から選択してきた学生たちに、集団で何かを作らせる。そしてみんなで映画を作ったわけです。映画にはシナリオやら演出やら美術やら衣装やら、いろんなクリエイターの仕事があります。そのパートを責任をもってやり遂げ、みんなで上映会を催す。
 成果がよくわかるんです、映画は。怠ける奴がいると絶対に誰かが迷惑して、誰かが穴埋めをしています。それが画面に出る。仕事に対する責任感が学べるわけです。
 2日のこのブログに書いた『最後の無線大戦』も、そのゼミ内で製作したものだったんです。

 なぜ、そんなことをしたのかというと。
 例えば、マンガ家志望の子が入学してきます。マンガ家になりたいと思った動機は、たいがい「マンガが好きだから」と言います。まあ、当然の話。
 子供の頃からマンガを読んでいて、好きになって、いつしかマンガ家になりたいと思った。それでマンガコースのある専門学校に入ってきた。
 ところが授業を受けているうちに、プロのマンガ家になるには、到底レベルが違うということを思い知らされるわけなんです。まあ気付かないのもたくさんいましたけど。
 で、思い知ったら、そこで「くそっ」と思って、何より優先して、何かを犠牲にしてまで描く子は、まあなんとかなる。こういうのはほっときゃいい。いらんこと言えば、潰す可能性もありますしね。
 でも大抵は、諦めるか、気付かずにいるわけですね。若い頃にはありがちな勘違いをしているのもいます。
 でもねえ、この手の専門学校って、年間100万円(私が講師をしていた学校は150万円!)以上の授業料を取って、3年間在籍させるわけですよ。しかもマンガだの、小説だの、シナリオライターだのって、何かの資格や免許があるわけでもないので、卒業したらなんにもなし、になっちゃう危険性が極めて高いんです。はよ言うたらフリーター製造学校。
「マンガ、3年間描いて、プロになっていません」
 と言って、採ってくれる会社なんてないし。
 専門士という名誉(?)がもらえるらしいですけど、これ、資格ではないので何の役にも立ちませんわ。
 だから、ちょっとでもクリエイターとして自立していける道を探すチャンスを作ってやらなきゃならない。やっぱりクリエイターって楽しいし、好きなことで食っていくなんて幸せなことです。
 だから、99人のうちから何人かのクリエイターを育てたいわけです。

 学生たちはそんなこと思っていません。自分はいつか夢を掴めると思っています。
 でも、マンガ家志望で入ってきた子は、マンガ以外のことは何も知らないわけです。まあ、知らなくてもいいと思っている。
 でも、ほんとは自分は何に向いているのかは、やってみなきゃわかりません。

 マンガを描いているとします。大抵は、どうしても作品が上がらないという壁にぶち当たります。で、ここで考えるのがいる。描くのを止めるのもいる。学校に来なくなったり。それでもマンガ家になるんだという夢は捨てられない。いや、自分には描けないと自覚するのが怖くなるんですね。しかし専門学校にいられるのは、2年か3年・・・。
 で、実際90パーセント以上が消えました。

 だから、壁に当たったら色々やってみること。これが重要なんです。
 マンガが描けない。
 じゃあ、その原因は何か、ということです。

 絵が描けないのか?
 キャラクター造形がダメなのか?
 ストーリーがダメなのか?
 構成が悪いのか?
 実は描いているけど持ち込み、投稿をしていない。

 じゃあ、マンガで何がしたいのかを考えさせるんです。

 絵が描きたいのか?
 憧れの雑誌に掲載させたいのか?
 理想のキャラクターを、理想の世界で暴れさせたいのか?
 面白いストーリーを書きたいのか?
 頭の中にある妄想を形にしたいのか?

 絵が描きたいというのなら、それはマンガでないとダメなのか?
 理想のキャラクターを理想の世界で暴れさせたい、というのならゲームやアニメ、映画ではダメなのか?
 面白いストーリーというのなら、小説やシナリオではダメなのか?
 それに今はCGなんてものもあるし。そうなると映像理論を知っておくと良い。
 今、メディアは多様化しています。

 ここを考えるべきです。

 小説を書いてみたら案外イケるかもしれない。シナリオを書いてみたらそこに才能があるかもしれない。映画の演出が向いているかもしれない。役者向きかもしれない。みんな難しい世界ではありますが、やってみなきゃ、わかんないですよね。
 一つの選択肢で人生を決めるより、たくさんの選択肢から選ぶ人生のほうが、色んな可能性があるじゃないですか。
 で、色々やってみたけど、やっぱりマンガが合っていると思ったなら、自信をもって原点に戻って、マンガを描き続ければいいと思うんです。
 ただし、そういう子は映画を撮っていても、小説を書いてみても、マンガはずっと描き続けているはずです。そうでないなら、マンガ家になるのは無理でしょう。
 あの秋元康が言っています。
「たくさんの選択肢から選んでやってみる。それが成功の秘密。ダメだったら原点に戻る。原点に戻れる勇気が必要」
 昨日のBS番組で言っていました。

 今、私の塾生で小説やシナリオコースに在籍している何人かは、かつての専門学校時代の教え子でもあり、もともとはマンガ家志望だったのが何人かいますが、きっとあのままマンガ家を目指していたら、とっくに消えていると本人たちも申しています。今は物書きをしている総務のスガノくんも、かつてはマンガ家志望で、ヘタクソなマンガを描いていたっけ・・・。

 これは私も同様でして。
 私は映画監督志望として大阪芸大の映像科に入ったわけですが、映画監督の夢は果たせませんでした。しかし、映画をやっていたことによって、物作りの理論がわかって、落語好きだったことが怪談創作の元になったんです。
 それに、私は物書きになるための勉強など、まったくやっておりません。
 好きなことをフラフラとやっていただけ。
 ただし、色んなことをやりました。

 だから、何にでも挑戦してみること。やってみること。
 それがクリエイターとして生きる道なんです。
 狭い視野は、いずれ自分の首を絞めることになります。ほんまに。
 
 劇団活動は、きっと、アデ、小島、山本の創作精神を持続させ、その経験は血となり肉となる・・・と、信じています。
 


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2011年02月10日

2/9の小説技法

 中山市朗です。

 きたる2月18日(金)23時より私の書斎にて、怪談会を行ないます。
 と、告知しておりますが、みなさん遠慮なさっているのか、参加希望者がまだまだ少ないようです。
 みんなで膝突き合わせて、怪談を語り聞きましょう。
 入場料などももちろんありません。
 条件は、怪談をひとつは披露すること。
 参加希望の方は、

 info@sakugeki.com(作劇塾のメールアドレス。返信は水曜、木曜になります)
 06-6264-2257(作劇塾の電話。水曜、木曜の18時から22時まで)

 までご連絡ください。
 ひょっとしたら、何かサプライズが・・・?

 さて、9日(水)の小説技法の報告です。
 なんだか今年に入って受講者が少ないのですが、どうしたわけでしょう?
 この日も9人。
 作品提出者は5人。
 ちょっとみんなどうした?
 今年やらなかったら、どえらいことになるよ、と何度言っても来てない人には聞こえんか。

 あっ、それとシナリオを受講したいという見学者の女性が東京からひとり。
 でも映画やドラマの現場は大阪に少ないし、メーカーもないのでわざわざ大阪に? とは思うのですが。
 しかしこの塾は熱い、と彼女も実感したようです。
 熱くないヤツは去りなさい、です。

 さて、合評です。

 Yくんのアクション小説『異血の者ども』。
 ハードボイルドな作風と、キャラクターたちの動き。いつもながら巧いです。
 こういう作品は、大勢出てくるキャラクターたちの立ち位置や、その距離感の描写方がなかなか難しいのですが、彼の作品はそこに違和感なく、劇画か映画を見ているようにイメージが湧きます。彼の芝居好きがここに生きています。
 ただ惜しいのは、大勢いる登場人物たちに埋まってしまって、主人公にまだこれといった魅力なり、特徴がないこと。
 しかしまだ序盤。これから主人公は暴れだすのでしょう・・・?

 最近奈良県から大阪に引っ越した、T野くんのSFホラー小説。
 SF好きのオーラが存分に出ている作品です。
 ただ彼は、枚数をこなせないのが残念なところ。サラリーマン生活をしながらの執筆は大変なことはわかりますが、1週間で5、6枚(400字換算で)はいくらなんでも少ないですわ。彼の課題は、枚数をどれだけこなせるようになるか、ということですかね。
 現在この作品も170枚だそうです。でも何枚で完成させるのかの計算がないようなので、とにかくその感覚を養うためにも、1本完成させること。
 400枚が一応の目安としましょう。

 N子さんのホラー小説。
 セリフがなんだか段取りみたいになっています。きっと性格なキャッチボールをしすぎなのでは? という指摘もありましたが、もっと心の中にあるものと、実際口にするものの使い分けを巧く操れるようになると、ホラー的要素がもっと出せるような気がします。
 それと回想シーン。この使い方は難しい。
 できればその回想を、もっとドラマの中に組み込む工夫が必要なのかな。読者はまだこの時点では、ストーリーを追っている最中ですし。

 Kくんの大河内伝次郎に捧ぐ小説。
 マンガ家志望の彼も、さすがに落とさずに書いているうちに、文章能力が上がってきています。そして大河内伝次郎の魅力、日本のサイレント映画の素晴らしさを、どう小説という体のなかで表現していくのかの試行錯誤が、だんだん固まってきました。この調子で彼も枚数を重ねて欲しいものです。ただ、主人公に「やっぱり大河内伝次郎はすごい」と言わせるのはいただけない。そう読者に思わせるのが、この小説のテーマなのだから。

 T田くんのヤンキー小説。
 笑いのセンスがだんだん光ってきました。彼も小説を書き出した頃は、その構成や表現方法に四苦八苦していましたが、今は余裕すら思わせます。
 落語をやったり、書いたりしていることも役立ってきたようです。
 読んでいるうちに、時代遅れのリーゼントで、だいぶ頭の足らない登場人物たちが、ほほえましくもあります。また読者のツッコミどころでちゃんとツッコむ作風もなかなか楽しく読ませます。これは漫才のツッコミの技術です。つまり、つまらんギャグでもちゃんとツッコむと笑いになる、という理論。
 漫才はボケがおもろいんではなく、ツッコんでおもしろい。だから2人いるんですね。

 さて、N子さんはここ1ヶ月、呪い、もといノロウイルスにかかったりしてちょっと作品が出てなかったのですが、あとの4人は落とさずに提出しています。するとやっぱり積み重ねの功が効いてくるんです。きっと1年前に書いていたものと読み比べると雲泥の差を実感するはずです。ということは、ここ1年あまり書かない、提出もたまに、という人たちはまだ泥の中にいると自覚するべきです。

 でも別府の泥温泉は気持ちよかったですけど・・・?



 




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2011年02月09日

シコふんじゃった・・・か?

 中山市朗です。

 昭和48年10月20日、中日球場。
 巨人に0.5ゲーム差で首位をいく阪神タイガース。ここで勝てば巨人のV9を阻んで優勝。負ければ甲子園での巨人との最終決戦にもつれ込み、勝者が優勝。
 いや、阪神は引き分けでも優勝。
 ここでマウンドは中日のエース、当時27歳の星野仙一。
「内心、阪神に勝たせたかった。なのに、ど真ん中のタマをガチガチに緊張した阪神の打者たちが空振りしよる」
 星野は憎き巨人の連覇を阻む夢を、阪神に託したのである。
 が、結果は2対4で阪神は星を落とし、結局阪神は甲子園での直接対決も落とし、巨人は9年連続連覇を果たすのである・・・。
 って、これ、中日が勝ったからいいものの、負けていたら八百長じゃないの?
 と言う人、いませんでしたよねえ、当時。
 かえって、そこまでして強すぎた巨人の連覇を阻もうとする星野仙一の執念を表すエピソードだったような。

 さて、今、相撲界が八百長問題でエラいことになっています。

 相撲は建御雷神(タケミカヅチ)と建御名方神(タケミナカタ)の国譲り神話から始まって神事となり、江戸時代には歌舞伎とともに江戸の華になりました。で、力士はその華となる演技者だったわけですな。相撲は興行ものだったんです。
 興行は各地方を巡業するわけですが、どうしても土地の有力者(これが昔は親分だったわけですな)がタニマチとしている以上、ご機嫌取りをして演技をしなきゃならないわけで。落語の「花筏」にそういうの出てきますな。それに「佐野山」なんていう落語には人情相撲で負ける美談も語られます。そういや相撲噺には人情ものが多い。
 芸能界も当然興行ものなので、やはり義理と人情のカタギでないお人たちとの関係も、無しにはありえない世界でした。今はもうそんなことはないですが。
 でも石原慎太郎都知事なんて、「八百長なんて昔から当たり前のことだ」と言ったのは、きっとそういう時代を知っていたからなんでしょう。

 しかし後に西洋のスポーツたらもんが入ってきて、相撲もスポーツと同様に見られることになったんですけど。ちょっとそこに無理があったのかな。
 つまり相撲とは、日本の伝統文化であって、それは人情とともにあったんです。
 大きな、いかにも強そうな力士が、地元の素人力士に負けてやる。見ている観客も「ありゃあ、わざとだ」と知っていて拍手を送る。そういう世界だったんです、相撲は。
 そこに勝負のシロクロは二の次なんです。
 ただ今回問題になったのは、番付維持のための八百長。
 これもねえ、制度が今に合わないんですよ。
「番付、一番違えば家来同然、一番違えば虫けら同然」
 それが残って、次のことができにくくなった。
「ムリヘンにゲンコツと書いて兄弟子という」
 理論無用の封建社会。それが相撲。歌舞伎や落語の世界も、これがあっての世界。
 師匠、兄弟子は絶対的な存在。そこにファミリー意識もあるんですが。
 そこに人情相撲も必要悪だったわけですな。
 まあ、八百長という言葉自体が相撲用語からきてますもんね。

 しかしスポーツは違う。
 ルールがあって、そのもとでの真剣勝負。勝者が偉大、勝者が尊敬を受ける。
 人情かけた奴は裏切り者。アスリート失格。

 で、相撲ってどっちなの? ですわな。
 もしスポーツとしての相撲を望むなら、万一、オリンピック競技となってルールや作法が変えられてしまっても文句は言えないのでは? 廻しがパンツになって、髷もしなくていい、塩巻きは意味ないから禁止。シコ踏む必要も競技と関係ないからなし。行司はレフェリーと言う、なんて・・・?
 しかし、国技としての相撲も、この先存続しえるのか・・・?

 ただ、私が惜しいと思うのは、相撲界に品位がなくなったこと。
 相撲は古来から朝廷と関わりがあり、天覧試合も行なわれていますしね。
 そこはプロレスとは違う。

 それとも、日本全体から品位とか人情なんてものが失われつつあるこのご時世だから、相撲というものが立場をなくしてウロウロしてんのかな?



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2011年02月03日

2/2の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 このブログをお読みの皆様へ、お知らせがあります。
 きたる2月18日(金)23時より翌早朝まで、私の書斎にて怪談会を開催いたします。
 夏の「Dark Night」に向けての新怪談蒐集のための私的な怪談会です。
 定員は25名。
 皆様の参加をお待ちします。
 条件は、怪談をひとつは披露すること。
 先着順にて受付いたしますので、
 作劇塾のホームアドレス
 info☆sakugeki.com(☆を@に変えてお送りください)

 か、お電話
 06-6264-2257(水曜、木曜18時~22時で受付)

 までご連絡ください。

 さて、2日(水)の作劇ゼミの報告です。

 インターネットによる映像配信、インフラされつつある電子書籍。
 映画や放送、ゲーム、そして出版界の仕組みやビジネスの形態が、今年中にガラッと変革されるであろうことは、何度かこのブログにて触れました。
 絶対権威であった東京キー局を中心とした放送ネットワーク、大型広告代理店、大手出版社の時代から、よりパーソナルな時代に移行します。
 もちろんテレビ放送や出版社がなくなるわけではありませんが、そういう媒体、組織を介さなくても、放送、出版で自分の作品を発表したり、それをビジネス展開させることができるわけです。要はアイデアと戦略の問題。
 これからこの世界にデビューしようかという若い諸君が、そこに対応するか、旧態然とした考えしかもてないかは、今後の創作活動に大きな差を生じることになりそうです。
 おそらく、ここを今開拓しておかないと、2年後にはまた放送業界、大手出版社が牛耳ることになるのではないか、そうなるともうチャンスは2度とない、とも思っています。
 だから2011年は勝負の年、と声高に言っているわけですが。

 パーソナルな作品創りと発表の形態。
 ということは、その作品を売る、つまり宣伝、広告も自らやらなければならないということでもあります。つまり作家は、今まではただ書いて、あとは出版社におまかせ、というものだったのですが、その出版社のやっていたことも自らやらねばならない、ということなんですね。
 というわけで、今回からこの授業では、広告・宣伝とは何か、を考えていこうというものです。かく言う私も、宣伝・広告について学ばねば、自分の将来はないと思っています。

 宣伝と言えばCMです。
 明石家さんまの師匠、笑福亭松之助は昔「CMと書いてセンチメートルや思うてましたわ」とギャグを飛ばしてはりましたが、これはもちろん、コマーシャル・メッセージです。
 CMは主として放送される企業広告を指しますが、テレビ放送されるCMは、業界では特にCFとも言います。コマーシャル・フィルムのことです。
 今はそのほとんどの作品はハイビジョン収録されているはずですが、昔は16ミリの映画用フィルムで撮られていたので、そう言うわけです。
 
 ということで、今回はTV-CFの歴史を見てみようということで、私の秘蔵ビデオ「昭和CF100選」の鑑賞をしました。
 古いCFから順に、
 テレビCF第一号「精工舎の時計」から始まって、カステラの文明堂、くしゃみ3回ルル3錠の歌、「おめぇヘソねえじゃないか」のコルゲンコーワ、植木等「なんである、アイデアル」、王貞治の「ファイトでいこう!」リポビタンD、小川ローザの「oh モーレツ」、レナウンの「ワンサカ娘」「イェ、イェ!」、森永の「チョコベエー」、オーソン・ウェルズ「ニッカ・ウィスキー」、サミー・デイビス・jr「サントリー・ホワイト」、チャールズ・ブロンソン「うーん、マンダム!」、大橋巨泉「ハッパフミフミ」、坊屋三郎「クィントリックス」、高見山親方がタップを踏んで「トランザム!」、アラン・ドロン「ダーバン」、宮崎美子「今の君はピカピカに光って」ミノルタ、大原麗子「少し愛して長く愛して」サントリー・リザーブ、「私はこれで会社を辞めました」禁煙パイポ・・・いやいや、書ききれません。なんせ100本。CMだけで90分。
 平成生まれの塾生にすれば、見るもの初めての映像ばかり。
 30代の塾生からすれば、後半はなんか懐かしい映像。

 しかしこうやって見てみると、昭和の時代が見えてきます。
 まず商品。その形。モノクロ映像からカラーへ。東京オリンピック、高度経済成長、反体制、バブル、ファッションの移り変わり、色彩、音楽、出てくる人の顔、スター、空気感、テンポ、その風景・・・。そしてCMとしてのアプローチ。
 懐かしくも興味ある映像の数々です。

 実は私、膨大なCFコレクターでもあるのです。
 知らんかったでしょ。
 CFって、私も作ったことがあるんですが、映画が小説なら、CFは短歌や俳句なんです。構成力や演出力より、センス第一。ひらめきが重要。
 で、それが時代にマッチしないといけないんですね。
 芸術作品なら半歩か一歩、前に進んでいるのが評価されたりしますが、CFは宣伝広告なので、そんなこと言ってらんない。
 また、広告業界は色んな面白いエピソードを残していまして・・・それは次回。
 
 とういことで、今回はざっとCFの歴史をビデオで見てもらいましたが、次回はCFはどう作られるのかを勉強いたします。


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kaidanyawa at 20:51|PermalinkComments(5)

2011年02月02日

素晴らしいのかな、人生?

 中山市朗です。

 先日、隠れた名作といわれる『最後の無線大戦』(2002)を久しぶりに鑑賞。
 この作品は、原版を持っていると思われる、宣伝とメイキング担当のM氏と連絡をとらない限り、見られるとは思われなかった幻の映画。それをこの映画に参加していた塾生の寺井くんがどこからか見つけて、私のところへ持ってきたというわけでして。
 その内容は、

 刑務所のごとき過酷な受験予備校「羅生門予備校」の中で繰り広げられる、壮絶なカンニング行為。その方法はモールス信号!
 シャーペンで机を叩いてモールスを送るわけなのですが、教室全体がモールスに反応し、肝心な答えがなかなか得られないという、その描写をミュージカル調でやろう、という大胆不敵な11分の映画。
 私も受験生三十浪。もうそろそろ四十浪の役で出ています。

 えっ、そんな映画知らん?
 失礼しました。
 これ、私が専門学校の講師をしていたとき、私のゼミを取っていた40人ほどの学生が、全員参加して1本の映画を作るという課題のもとに制作したものだったのです。
 マンガ科、小説科、デジタル科、ゲーム科の混成チームです。
 出演はもちろん、プロデューサー、制作進行、監督、脚本から撮影、照明、美術、小道具、衣装、メイクから宣伝、広報まで、ちゃんとひとつのパートを受け持って、最後まで責任を果たす、ということが目的でした。
 学生たちは、個々に作品は作っても、集団で作る楽しさを知らない。
 また、個々に作品を作った場合、最後まで完成させられない困った学生が、実は多かった(それでも卒業できちゃうこの手の専門学校ってなに?)ということもあり、これを機会に作品を完成させる喜びも知ってもらおうという意味もあったんです。

 それと、私が大学生だった頃から、学生の作る映画は自慰行為に近いのが多かったわけでして、そんなの見ていて面白くない。いや、鑑賞者に失礼ですわ。
「おもんない」「意味分からん」と正直に感想を言うと、「分かる人だけ分かればいい」とか「わからなくて結構」なんて、それは卑怯。
 このとき思ったのは、一番難しいのは客を楽しませる作品を作ること。これ、言い訳ができないですから。
 だから、まず見ている人に楽しんでもらうことを意識したエンターテイメントとすることを、学生たちに課した作品でしたが、なかなか面白くできています。
 
 ただ、この幻の作品を鑑賞しながら、私は涙を禁じえなかったのです。
 みんな楽しそうなんです。
 懐かしいあの顔、この顔・・・。
 中にはちゃんと目標通りにマンガ家になったり、ゲームの業界へ行った学生もいますが、実はそのほとんどが消えている。みんなどこ行った?
 まだみんな、諦める年やないねんけど・・・。

 あっ、今総務をやっているスガノくんの姿もあります。
 スガノくんと寺井くん、かなりチャラくて、なんかイキッています。

 あの作品を作っているときのような笑顔を、今、みんなはしているのでしょうか?




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kaidanyawa at 20:43|PermalinkComments(2)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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