2011年04月
2011年04月28日
4/28の小説技法
中山市朗です。
明日からゴールデンウィークですが、作劇塾にはそんなもの無用です。
明日29日、シナリオ講座があります。
ブログにはめったに上げていませんが、第1、第3金曜日に行なっています。今回は第1金曜日が塾創立&私の誕生日パーティで、講座が開けなかった代替講座。
いつもはシナリオ合評をやっていますが、今回は映像の演出についての考察をします。今月来ている塾生はすべて受講できますので、いつもは来ていない人もぜひ。
さて、あの伝説の特撮TV映画『ウルトラQ』のプレミアムブルーレイBOXが、もうすぐ発売されます。
DVDは全巻持っているんだけど、ブルーレイ!
当時フィルムで撮影していましたから、ハイビジョン化が可能やったんですな。しかも総天然色カラーバージョンも!
で、値段、全部買ったら7万3000円。
うーん。
なんて悩んでいたら、やってくれますWOWOW。
6月21日より『ウルトラQ』ハイビジョン・リマスターで一挙放送!
そして、1930年代のジョン・フォード作品と、阪妻生誕110年記念の5作品もハイビジョンで!
最近のハリウッドのアホ映画なんて、興味ないっすから。
6月が楽しみやなあ。
その頃は今度こそ『モーツァルトの血痕』も、出てることやろうし。
さて、昨日27日の小説技法の報告です。
いつもの合評です。
なんか欠席者が多いです。
今日からO田くん改めK師匠の、青春ギャグ小説。
彼は落語作家として活躍していますが、小説にも挑んでいます。
ちゃんと順々に動きやセリフを重ねると、読みやすくなる、という発見(?)をしたといいます。そらそうやん。
そして、登場人物全員がボケキャラや、という指摘を受けて、いろいろツッコミ役、というかマトモな人の配置に悩んでいます。『めぞん一刻』みたいな、アパート集団劇になっていますので、その設定やキャラ配置を参考に。
あと世界観は枝雀落語か、仁鶴落語かのアドバイスを。
どちらも上方落語の爆笑王でしたが、二人の落語の世界観はまるで違うんです。
参考になったかな?
マンガ家志望のKくんの大河内伝次郎に捧げる一篇。
主人公と女性キャラの、ちょっとした恋慕の描写もできていて、小説としての体も整ってきています。
でも進行のスピードが遅いので、次のエピソード、次のエピソードと、書き進めることが大事。
T野くんのSFホラー小説。
彼も書くことに慣れてきて、頭の中にあるイメージを、ちゃんと文章として表現するという、これ当たり前のようですが、なかなかできないことができてきました。
特にSFとかファンタジーなんて、見たこともない世界を文字で表現して、読者の頭の中でビジュアルとして再構築されなきゃならないもので、このテクニックは必要なものです。これは書くことによってのみ磨かれるものです。
でも、T野くんは書くペースが遅い。
お仕事忙しいのはわかりますが、これ克服せんと、プロにはなれない。
N子さんのショート怪談2本。
今まで長編ホラーに挑んでいたのですが、どうも今の彼女には難しいと判断して、今回の課題を与えたんですが。
1本目の人形の話は、まず怪談? と疑問のつく内容。
よくあるパターンで、最後のオチも効いていません。
まあ怪談にオチはいらんけど。
実話怪談らしいので、元の話を聞いてみると、そっちのほうが怖いやん。
ちょっと頭で考え過ぎたようです。
もう1本の怪談は、話としてはいいんですが、余計な描写が多いようです。
せめて3分の2の分量にしてみると、もっと締まったものになると思います。
Yくんのアクション小説。
序盤のアクションシーンもひと段落して、病院のシーン。
シークエンスとして、緊張と緩和の緩和の場面です。
主人公の病室に訪れてきた警視庁の男。この男の天然なところが味になっています。
ハードなアクションに、ちょっとしたユーモア。いいですねえ。
この調子で、ともかく先々と書き進めること。
常連のT田くんは、今回はプロの作家の人たちとコラボ落語の打ち合わせで欠席。
K下くんはせっかく作品を提出したものの、締め切り内の提出ではなかったので、合評の対象外としました。
締め切りは作家の命。
肝に命ぜよ。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
明日からゴールデンウィークですが、作劇塾にはそんなもの無用です。
明日29日、シナリオ講座があります。
ブログにはめったに上げていませんが、第1、第3金曜日に行なっています。今回は第1金曜日が塾創立&私の誕生日パーティで、講座が開けなかった代替講座。
いつもはシナリオ合評をやっていますが、今回は映像の演出についての考察をします。今月来ている塾生はすべて受講できますので、いつもは来ていない人もぜひ。
さて、あの伝説の特撮TV映画『ウルトラQ』のプレミアムブルーレイBOXが、もうすぐ発売されます。
DVDは全巻持っているんだけど、ブルーレイ!
当時フィルムで撮影していましたから、ハイビジョン化が可能やったんですな。しかも総天然色カラーバージョンも!
で、値段、全部買ったら7万3000円。
うーん。
なんて悩んでいたら、やってくれますWOWOW。
6月21日より『ウルトラQ』ハイビジョン・リマスターで一挙放送!
そして、1930年代のジョン・フォード作品と、阪妻生誕110年記念の5作品もハイビジョンで!
最近のハリウッドのアホ映画なんて、興味ないっすから。
6月が楽しみやなあ。
その頃は今度こそ『モーツァルトの血痕』も、出てることやろうし。
さて、昨日27日の小説技法の報告です。
いつもの合評です。
なんか欠席者が多いです。
今日からO田くん改めK師匠の、青春ギャグ小説。
彼は落語作家として活躍していますが、小説にも挑んでいます。
ちゃんと順々に動きやセリフを重ねると、読みやすくなる、という発見(?)をしたといいます。そらそうやん。
そして、登場人物全員がボケキャラや、という指摘を受けて、いろいろツッコミ役、というかマトモな人の配置に悩んでいます。『めぞん一刻』みたいな、アパート集団劇になっていますので、その設定やキャラ配置を参考に。
あと世界観は枝雀落語か、仁鶴落語かのアドバイスを。
どちらも上方落語の爆笑王でしたが、二人の落語の世界観はまるで違うんです。
参考になったかな?
マンガ家志望のKくんの大河内伝次郎に捧げる一篇。
主人公と女性キャラの、ちょっとした恋慕の描写もできていて、小説としての体も整ってきています。
でも進行のスピードが遅いので、次のエピソード、次のエピソードと、書き進めることが大事。
T野くんのSFホラー小説。
彼も書くことに慣れてきて、頭の中にあるイメージを、ちゃんと文章として表現するという、これ当たり前のようですが、なかなかできないことができてきました。
特にSFとかファンタジーなんて、見たこともない世界を文字で表現して、読者の頭の中でビジュアルとして再構築されなきゃならないもので、このテクニックは必要なものです。これは書くことによってのみ磨かれるものです。
でも、T野くんは書くペースが遅い。
お仕事忙しいのはわかりますが、これ克服せんと、プロにはなれない。
N子さんのショート怪談2本。
今まで長編ホラーに挑んでいたのですが、どうも今の彼女には難しいと判断して、今回の課題を与えたんですが。
1本目の人形の話は、まず怪談? と疑問のつく内容。
よくあるパターンで、最後のオチも効いていません。
まあ怪談にオチはいらんけど。
実話怪談らしいので、元の話を聞いてみると、そっちのほうが怖いやん。
ちょっと頭で考え過ぎたようです。
もう1本の怪談は、話としてはいいんですが、余計な描写が多いようです。
せめて3分の2の分量にしてみると、もっと締まったものになると思います。
Yくんのアクション小説。
序盤のアクションシーンもひと段落して、病院のシーン。
シークエンスとして、緊張と緩和の緩和の場面です。
主人公の病室に訪れてきた警視庁の男。この男の天然なところが味になっています。
ハードなアクションに、ちょっとしたユーモア。いいですねえ。
この調子で、ともかく先々と書き進めること。
常連のT田くんは、今回はプロの作家の人たちとコラボ落語の打ち合わせで欠席。
K下くんはせっかく作品を提出したものの、締め切り内の提出ではなかったので、合評の対象外としました。
締め切りは作家の命。
肝に命ぜよ。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
kaidanyawa at 20:07|Permalink│Comments(0)│
2011年04月27日
ワルの惑星
中山市朗です。
本日は哲学の日でありますので、映画史上の悪役について哲学します(?)
アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100というのが、2003年にアメリカ映画協会より発表されております。ここにその100人書いたらえらいことになりますので、そのベスト10がどんな悪役だったかを書き並べますと、
悪役(映画名)【演者】
1、ハンニバルレクター(羊たちの沈黙)【アンソニー・ホプキンス】
2、ノーマン・ベイツ(サイコ)【アンソニー・パーキンス】
3、ダース・ベイダー(スターウォーズ/帝国の逆襲)【デビット・ブラウズ&J・R・ジョーンズ(声)】
4、西の魔女(オズの魔法使)【マーガレット・ハミルトン】
5、ラチェット看護婦(カッコーの巣の上で)【ルイーズ・フレッチャー】
6、ホッター氏(素晴らしき哉、人生!)【ライオネル・バリモア】
7、アレックス・フォレスト(危険な情事)【グレン・クローズ】
8、フィリス・ディアトリクソン(深夜の告白)【バーバラ・スタンウィック】
9、リーガン・マクーニル(エクソシスト)【リンダ・ブレア】
10、王妃(白雪姫)【ルシル・ラ・ヴァーン(声)】
なんかちゃう!
ちなみ『ゴッドファーザーpart2』のマイケル・コルリオーネが11位。『時計じかけのオレンジ』のアレックスが12位、次いで『2001年宇宙の旅』のHALL9000、『エイリアン』のエイリアンと続き、18位に『ジョーズ』のサメ、20位が『バンビ』の人間、になっております。
西の魔女ってそんなに悪かったっけ? リーガンは被害者やし。
悪役はまず自らの存在感を主張しながらヒーローを、もっとヒーローたるものにすべく、存在でなければなりません。悪役が主人公というのは、私にはないわけです。
そして、自分が悪であるという自覚が必要。自覚をした上でヒーローやこの世の中に復讐し、悪を重ねるのが悪役だと思うわけです。もちろんこれはヒーローと同じ価値観、倫理、ルール(法律とか)の中で同じ人として生きているのが条件だと思うんです。
とすれば、エイリアンとサメ、『宇宙戦争』の宇宙人なんて、あかんでしょう。あと悪魔とか化け物とか、怪物とか。
それ入れるんやったら平成ガメラのギャオスは悪いヤツですけど。あと『激突!』の大型トレーラー。ほんまは悪いのは運転手ですが、まったく姿を現さない。これが後の『ジョーズ』のサメに発展します。演出がうまい、これは。
それと、悪役というのは、演じる役者の魅力というのもあるでしょうな。
映画の魅力は役者の比重が、やっぱり大きいですしね。
だから私は、やっぱり悪役は人間でないと、と思うわけです。
そう考えると、今の映画は悪役が生まれにくいと思いません?
だってヒーローがもう、むちゃくちゃしてますから。
人間離れした能力を平気でもってますし。CGの罪もあるからなあ。
人間離れしたヤツ同士の戦いは、こら別モンです。
それはそれで好きですけど。
というわけで、アメリカ映画協会にケチつけるわけやないですけど、私の映画ベスト10を発表します。私日本人ですので、日本映画も入れます。
まったくの独断!
順不同です。
ウィルソン(シェーン)【ジャック・バランス】
幕屋大休(十兵衛暗殺剣)【大友柳太朗】
スコーピオ(ダーティ・ハリー)【アンディ・ロビンソン】
ハンス(ダイ・ハード)【アラン・リックマン】
マッケンジー大佐(カサンドラクロス)【バート・ランカスター】
赤塚(座頭市血煙り街道)【近衛十四郎】
ロングヘア(11人のカウボーイ)【ブルース・ダーン】
クリスチャン・ゼル(マラソンマン)【ローレンス・オリビエ】
ミスター・ゴールドフィンガー(007/ゴールドフィンガー)【ゲルト・フレーベ】
東映時代劇の悪役(東映時代劇いろいろ)【進藤英太郎、薄田研二、阿部九州男、原健作、加賀邦夫、上田吉二郎】
ウィルソンは、シェーンを殺すために雇われた殺し屋。で、シェーンにケンカを吹っかけるために、からんできた農民を挑発して、一撃で撃ち殺す。で、顔色ひとつ変えずに、サロンに入ってブラックを飲む。ウィスキーじゃないのがイイ!
幕屋大休は、近衛十四郎主演の『柳生十兵衛』シリーズの最終作に登場。あのスターの格付けが厳しく、スターが格下の役者に斬られることはない、という常識をぶち破って、近衛より格上の大友柳太朗が敵役。「あれ、これ、近衛が主役のシリーズだよな」と、このキャスティングからして違う。で、強い強い。柳生門下の侍たちを、短刀の二刀流でバッサバッサ斬っていく。で、短刀で相手の刀を折るんですな。十兵衛も刀を折られて、一度は命からがら逃げる・・・。
その近衛十四郎が座頭市の仇役となった『血煙り街道』も最後の決闘が絶品。
悪代官に監禁され、無理やりとはいえ、禁制(要するにエロ画)の絵皿を描かされた庄吉という若い陶芸家。その口をふさぐため、関係者全員を殺していよいよ庄吉を・・・。その庄吉はやっと自由になって妻子に会っているところに、近衛扮する公儀隠密、赤塚が現れる。
その親子を守るため、座頭市は赤塚と真剣勝負になる。
で、近衛の刀筋はちゃんと幕府の侍なので正統派。対する座頭市はメクラ剣法。
本気の殺陣がスゲエ!
悪いヤツといえば『カサンドラクロス』のハンス大佐。なんせ国際保険機構で密かに培養していた細菌を浴びたゲリラが、逃亡するために乗った大陸横断鉄道を、スキャンダル発覚を防止するため、乗客ごと列車を抹殺しようとするわけです。そのため列車は知らず知らず、廃線となって老朽化したカサンドラクロス鉄橋へと・・・。
政治レベルでの隠ぺい工作って、ほんま恐いですな。
で、この『カサンドラクロス』という映画自体がどうも政治利用されているようなんです。というのは、これ、その後のAIDS問題に絡んできて・・・、別の話。
007シリーズには、色々悪役は必要不可欠ですけど、ゲルト・フレ−ベのゴールドフィンガーは、なんかトボけた悪役というのがええですな。ジェームズ・ボンドの大事なところをレーザー光線で焼こうとしたり、ボンドと接触した女性の裸体に金を塗りたくってしたり・・・あれで、皮膚呼吸できんかったら死ぬんやと、みんな騙された。
で、ゴールドフィンガーの部下、口が聞けない不死身のオッド・ジョブを演じたハロルド坂田も印象的ですなあ。何に考えているのかワカランけど、ゴールドフィンガーへの忠義心だけはある、という、ちなみにハロルド坂田は、力士だった力道山をプロレスにスカウトした人です。
あと、あのジョン・ウェインを後ろから撃ち殺すブルース・ダーンも強烈でした。
それと誰言うわけやないですけど、1940から50年代の戦争映画に出てくる日本兵は、みな悪い顔しています。なぜか日本語たどたどしいですけど。
最後の東映時代劇の悪役を演じた6人の俳優は、ほんまうまい。悪代官、悪老中職、悪旗本、宿場の親分、なんでもありの名悪役ですわ。それに山村聡も、たまに悪い役で出てインテリ顔なだけに、恐ろしかったですな。
あっ、悪い殿様演じたらこの人、菅貫太郎、『十三人の刺客』(工藤栄一監督の方)、『十一人の侍』のバカ大名は絶品。『十三人の刺客』(工藤栄一監督の方)といえば、そのバカ殿の側近、鬼頭半兵衛を演じた内田良平も印象的でした。主君はバカでも大儀としてお救いせねばならぬ、という武士の矛盾。
ちなみに進藤英太郎はあまりの悪役ぶりに、「娘の縁談が決まらん」とボヤいていたそうな。
あっ、忘れとった!
『蜘蛛巣城』のマクベス婦人、山田五十鈴。結局この奥方の欲が血で血を争う戦になって、鷲津家は国ごと滅ぶ。同じ黒澤監督の『乱』の楓の方も同系統の悪女ですが、能面のように表情がない山田五十鈴さんに軍配。
あと『ブラック・レイン』の松田優作、『黄金』のハンフリー・ボガード、『白熱』の『民衆の敵』ジェームズ・キャグニィ、『悪い奴ほどよく眠る』の岩淵総裁、『大江戸五人男』の市川右太衛門、『ベン・ハー』のメッセラ、『何がジェーンに起こったか?』のベティ・ディビスの役、『ロシアより愛をこめて』のロバート・ショウ、『レベッカ』のダンバース夫人、『北国の帝王』の鬼車掌、『荒野の決闘』でウォルター・ブレナン演じる、アイク・クラントン、『ウエスタン』のヘンリー・フォンダ、『ガンヒルの決闘』のアンソニー・クィン、それに『ヴェラクルス』のバート・ランカスター。あれ、これは主役か?
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
本日は哲学の日でありますので、映画史上の悪役について哲学します(?)
アメリカ映画100年のヒーローと悪役ベスト100というのが、2003年にアメリカ映画協会より発表されております。ここにその100人書いたらえらいことになりますので、そのベスト10がどんな悪役だったかを書き並べますと、
悪役(映画名)【演者】
1、ハンニバルレクター(羊たちの沈黙)【アンソニー・ホプキンス】
2、ノーマン・ベイツ(サイコ)【アンソニー・パーキンス】
3、ダース・ベイダー(スターウォーズ/帝国の逆襲)【デビット・ブラウズ&J・R・ジョーンズ(声)】
4、西の魔女(オズの魔法使)【マーガレット・ハミルトン】
5、ラチェット看護婦(カッコーの巣の上で)【ルイーズ・フレッチャー】
6、ホッター氏(素晴らしき哉、人生!)【ライオネル・バリモア】
7、アレックス・フォレスト(危険な情事)【グレン・クローズ】
8、フィリス・ディアトリクソン(深夜の告白)【バーバラ・スタンウィック】
9、リーガン・マクーニル(エクソシスト)【リンダ・ブレア】
10、王妃(白雪姫)【ルシル・ラ・ヴァーン(声)】
なんかちゃう!
ちなみ『ゴッドファーザーpart2』のマイケル・コルリオーネが11位。『時計じかけのオレンジ』のアレックスが12位、次いで『2001年宇宙の旅』のHALL9000、『エイリアン』のエイリアンと続き、18位に『ジョーズ』のサメ、20位が『バンビ』の人間、になっております。
西の魔女ってそんなに悪かったっけ? リーガンは被害者やし。
悪役はまず自らの存在感を主張しながらヒーローを、もっとヒーローたるものにすべく、存在でなければなりません。悪役が主人公というのは、私にはないわけです。
そして、自分が悪であるという自覚が必要。自覚をした上でヒーローやこの世の中に復讐し、悪を重ねるのが悪役だと思うわけです。もちろんこれはヒーローと同じ価値観、倫理、ルール(法律とか)の中で同じ人として生きているのが条件だと思うんです。
とすれば、エイリアンとサメ、『宇宙戦争』の宇宙人なんて、あかんでしょう。あと悪魔とか化け物とか、怪物とか。
それ入れるんやったら平成ガメラのギャオスは悪いヤツですけど。あと『激突!』の大型トレーラー。ほんまは悪いのは運転手ですが、まったく姿を現さない。これが後の『ジョーズ』のサメに発展します。演出がうまい、これは。
それと、悪役というのは、演じる役者の魅力というのもあるでしょうな。
映画の魅力は役者の比重が、やっぱり大きいですしね。
だから私は、やっぱり悪役は人間でないと、と思うわけです。
そう考えると、今の映画は悪役が生まれにくいと思いません?
だってヒーローがもう、むちゃくちゃしてますから。
人間離れした能力を平気でもってますし。CGの罪もあるからなあ。
人間離れしたヤツ同士の戦いは、こら別モンです。
それはそれで好きですけど。
というわけで、アメリカ映画協会にケチつけるわけやないですけど、私の映画ベスト10を発表します。私日本人ですので、日本映画も入れます。
まったくの独断!
順不同です。
ウィルソン(シェーン)【ジャック・バランス】
幕屋大休(十兵衛暗殺剣)【大友柳太朗】
スコーピオ(ダーティ・ハリー)【アンディ・ロビンソン】
ハンス(ダイ・ハード)【アラン・リックマン】
マッケンジー大佐(カサンドラクロス)【バート・ランカスター】
赤塚(座頭市血煙り街道)【近衛十四郎】
ロングヘア(11人のカウボーイ)【ブルース・ダーン】
クリスチャン・ゼル(マラソンマン)【ローレンス・オリビエ】
ミスター・ゴールドフィンガー(007/ゴールドフィンガー)【ゲルト・フレーベ】
東映時代劇の悪役(東映時代劇いろいろ)【進藤英太郎、薄田研二、阿部九州男、原健作、加賀邦夫、上田吉二郎】
ウィルソンは、シェーンを殺すために雇われた殺し屋。で、シェーンにケンカを吹っかけるために、からんできた農民を挑発して、一撃で撃ち殺す。で、顔色ひとつ変えずに、サロンに入ってブラックを飲む。ウィスキーじゃないのがイイ!
幕屋大休は、近衛十四郎主演の『柳生十兵衛』シリーズの最終作に登場。あのスターの格付けが厳しく、スターが格下の役者に斬られることはない、という常識をぶち破って、近衛より格上の大友柳太朗が敵役。「あれ、これ、近衛が主役のシリーズだよな」と、このキャスティングからして違う。で、強い強い。柳生門下の侍たちを、短刀の二刀流でバッサバッサ斬っていく。で、短刀で相手の刀を折るんですな。十兵衛も刀を折られて、一度は命からがら逃げる・・・。
その近衛十四郎が座頭市の仇役となった『血煙り街道』も最後の決闘が絶品。
悪代官に監禁され、無理やりとはいえ、禁制(要するにエロ画)の絵皿を描かされた庄吉という若い陶芸家。その口をふさぐため、関係者全員を殺していよいよ庄吉を・・・。その庄吉はやっと自由になって妻子に会っているところに、近衛扮する公儀隠密、赤塚が現れる。
その親子を守るため、座頭市は赤塚と真剣勝負になる。
で、近衛の刀筋はちゃんと幕府の侍なので正統派。対する座頭市はメクラ剣法。
本気の殺陣がスゲエ!
悪いヤツといえば『カサンドラクロス』のハンス大佐。なんせ国際保険機構で密かに培養していた細菌を浴びたゲリラが、逃亡するために乗った大陸横断鉄道を、スキャンダル発覚を防止するため、乗客ごと列車を抹殺しようとするわけです。そのため列車は知らず知らず、廃線となって老朽化したカサンドラクロス鉄橋へと・・・。
政治レベルでの隠ぺい工作って、ほんま恐いですな。
で、この『カサンドラクロス』という映画自体がどうも政治利用されているようなんです。というのは、これ、その後のAIDS問題に絡んできて・・・、別の話。
007シリーズには、色々悪役は必要不可欠ですけど、ゲルト・フレ−ベのゴールドフィンガーは、なんかトボけた悪役というのがええですな。ジェームズ・ボンドの大事なところをレーザー光線で焼こうとしたり、ボンドと接触した女性の裸体に金を塗りたくってしたり・・・あれで、皮膚呼吸できんかったら死ぬんやと、みんな騙された。
で、ゴールドフィンガーの部下、口が聞けない不死身のオッド・ジョブを演じたハロルド坂田も印象的ですなあ。何に考えているのかワカランけど、ゴールドフィンガーへの忠義心だけはある、という、ちなみにハロルド坂田は、力士だった力道山をプロレスにスカウトした人です。
あと、あのジョン・ウェインを後ろから撃ち殺すブルース・ダーンも強烈でした。
それと誰言うわけやないですけど、1940から50年代の戦争映画に出てくる日本兵は、みな悪い顔しています。なぜか日本語たどたどしいですけど。
最後の東映時代劇の悪役を演じた6人の俳優は、ほんまうまい。悪代官、悪老中職、悪旗本、宿場の親分、なんでもありの名悪役ですわ。それに山村聡も、たまに悪い役で出てインテリ顔なだけに、恐ろしかったですな。
あっ、悪い殿様演じたらこの人、菅貫太郎、『十三人の刺客』(工藤栄一監督の方)、『十一人の侍』のバカ大名は絶品。『十三人の刺客』(工藤栄一監督の方)といえば、そのバカ殿の側近、鬼頭半兵衛を演じた内田良平も印象的でした。主君はバカでも大儀としてお救いせねばならぬ、という武士の矛盾。
ちなみに進藤英太郎はあまりの悪役ぶりに、「娘の縁談が決まらん」とボヤいていたそうな。
あっ、忘れとった!
『蜘蛛巣城』のマクベス婦人、山田五十鈴。結局この奥方の欲が血で血を争う戦になって、鷲津家は国ごと滅ぶ。同じ黒澤監督の『乱』の楓の方も同系統の悪女ですが、能面のように表情がない山田五十鈴さんに軍配。
あと『ブラック・レイン』の松田優作、『黄金』のハンフリー・ボガード、『白熱』の『民衆の敵』ジェームズ・キャグニィ、『悪い奴ほどよく眠る』の岩淵総裁、『大江戸五人男』の市川右太衛門、『ベン・ハー』のメッセラ、『何がジェーンに起こったか?』のベティ・ディビスの役、『ロシアより愛をこめて』のロバート・ショウ、『レベッカ』のダンバース夫人、『北国の帝王』の鬼車掌、『荒野の決闘』でウォルター・ブレナン演じる、アイク・クラントン、『ウエスタン』のヘンリー・フォンダ、『ガンヒルの決闘』のアンソニー・クィン、それに『ヴェラクルス』のバート・ランカスター。あれ、これは主役か?
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
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興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
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2011年04月25日
中山市朗VS北野誠
中山市朗です。
23日のソフィア堺・プラネタリウムでの、
「北野誠・心霊・怪談・都市伝説ライブ」
終了いたしました。
満席だったようです。
ありがとうございます。

当日の楽屋にて打ち合わせ中の北野誠氏とワシ。
誠氏との怪談ライブは、5年ぶりくらいでしょうか?
いつものごとく、私はな〜んにも感じなくて、「ああ、また無事に終わってしまったなあ」と思っていたのですが・・・。
客席はあったそうなんですね。
ほんまかどうか、私は知りませんけど。
まず、客席の後ろから、クスクスッという女性の笑い声がしたというんです。
これ、見にきていたうちの塾生たちも聞いていたみたいです。笑うところでもないのにと、あんまり気になるんで後ろを振り返ったら、そんな女性はいない・・・。
やっぱり聞こえた?
と見知らぬお客さん同士、誠氏のサイン会で盛り上がっていたそうです。
で、塾生がツイッターで、妙な体験をした人、と呼びかけたら、結構あったんです。
まず客席にひそひそという声が、していたとか。
誠さんのマイクから「そうね」とか「うん」というやっぱり女性の声がしていたとか。
金属音が響いていたという人。
いや、重いダンボール箱を床に叩きつけるような音がしたという人。
後でスタッフにそのことを言ったら、「反響音です」と言われたとか。
プラネタリウムに、反響音? なんの?
でも、当のスタッフも、実はいろいろあって怖かったそうです。
光が浮遊しているのを見た、という人もいましたね。
まあ怪談ライブですから、ちょっとしたことがそう聞こえたり、思えたり、見えたりと、そんなもんです。
てなことを思っていると、打ち上げのとき、劇場の支配人。
「変なことがありました。開場する前、図書館の電気を全部消して、ドアを閉めてカギをかけたんですわ。そしたら、ライブ終わったら電気が全部ついてますねん。確認してまんねんで、ちゃんと。で、カギかけてますから、電機つけようにもつけられん。こんなこと初めてで・・・怪奇現象です、絶対!」
てなこと言うてはりました。
さて、誠氏との怪談ライブ。
今後も定期的にやっていきたいなと、二人の希望が一致。
なので、来年はまたやる方向でいます。
そして私の『捜聖記』を読んで、えらい古代史にも興味をもったという誠氏。
そのうち古代史探偵団と、なんらかのコラボ、あるかも?
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
23日のソフィア堺・プラネタリウムでの、
「北野誠・心霊・怪談・都市伝説ライブ」
終了いたしました。
満席だったようです。
ありがとうございます。

当日の楽屋にて打ち合わせ中の北野誠氏とワシ。
誠氏との怪談ライブは、5年ぶりくらいでしょうか?
いつものごとく、私はな〜んにも感じなくて、「ああ、また無事に終わってしまったなあ」と思っていたのですが・・・。
客席はあったそうなんですね。
ほんまかどうか、私は知りませんけど。
まず、客席の後ろから、クスクスッという女性の笑い声がしたというんです。
これ、見にきていたうちの塾生たちも聞いていたみたいです。笑うところでもないのにと、あんまり気になるんで後ろを振り返ったら、そんな女性はいない・・・。
やっぱり聞こえた?
と見知らぬお客さん同士、誠氏のサイン会で盛り上がっていたそうです。
で、塾生がツイッターで、妙な体験をした人、と呼びかけたら、結構あったんです。
まず客席にひそひそという声が、していたとか。
誠さんのマイクから「そうね」とか「うん」というやっぱり女性の声がしていたとか。
金属音が響いていたという人。
いや、重いダンボール箱を床に叩きつけるような音がしたという人。
後でスタッフにそのことを言ったら、「反響音です」と言われたとか。
プラネタリウムに、反響音? なんの?
でも、当のスタッフも、実はいろいろあって怖かったそうです。
光が浮遊しているのを見た、という人もいましたね。
まあ怪談ライブですから、ちょっとしたことがそう聞こえたり、思えたり、見えたりと、そんなもんです。
てなことを思っていると、打ち上げのとき、劇場の支配人。
「変なことがありました。開場する前、図書館の電気を全部消して、ドアを閉めてカギをかけたんですわ。そしたら、ライブ終わったら電気が全部ついてますねん。確認してまんねんで、ちゃんと。で、カギかけてますから、電機つけようにもつけられん。こんなこと初めてで・・・怪奇現象です、絶対!」
てなこと言うてはりました。
さて、誠氏との怪談ライブ。
今後も定期的にやっていきたいなと、二人の希望が一致。
なので、来年はまたやる方向でいます。
そして私の『捜聖記』を読んで、えらい古代史にも興味をもったという誠氏。
そのうち古代史探偵団と、なんらかのコラボ、あるかも?
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
kaidanyawa at 19:26|Permalink│Comments(6)│
2011年04月21日
4/20の作劇ゼミ
中山市朗です。
塾を作ってはや8年。
それ以前に専門学校での講師を9年。
17年も若いクリエイターの卵たちと一緒にいるんですねえ。
そんなにやっていると、目標の世界へ飛び込んでなんとかやっていける者と、絶対これはアカンな、というタイプというのがわかってきます。
やっぱりそれが好きで、アグレッシブな人というのは、いつの間にかその世界で生きています。
マンガ家になりたいのなら、何よりマンガが好き、描くのが好きというのが第一条件。
当たり前のことですけど、これが当たり前じゃないんです。
読むのがすきなだけで、描いていないのに、マンガ家になれると思い込んでいる勘違い野郎がたくさん専門学校にもいました。勘違い野郎はウチの塾にも何人かいますけど。
で、描いているだけじゃ、あかんのですね。
持ち込み、投稿、これをやらないとどうにもなりません。
その上で、それを楽しんでいる人。
でも苦しんでいる教え子の方が圧倒的に多かった。
創作の上での苦しみはあって当たり前だけど、描くこと自体を苦しんでいる。
その前に全然持ち込み、投稿をせずに、ただ専門学校やうちに通っているだけの教え子が、これまた圧倒的に多かったわけですが。
これ、当然ながらプロになれません。
もし、デビュー対策を練って、うまくデビューしたとしても、その後が続きません。
何度も言います。デビューはできる。ちゃんとやれば。
でもそれで何十年食っていくのが大変なんです。
当たり前のことを書いているようですけど、うちの塾生たちを見ていると、やっぱり日々何をしてるんやろ、と思ってしまうわけです。
なんか、恵まれているというか。
ガッツかない、というか。
野球で言うたら、ど真ん中に球がきているのに、バットを持っていない、というか。
20日(水)の作劇ゼミは、この辺りのことを塾生たちと話しあったんです。
まず、課題が出ないのはなぜ?
合評は10人ほどが出席して、出るのは5〜6作品。
で、毎回提出している人は、ほぼ落とさない。
ということは、まったく書いていない人が塾に通っているわけです。
忙しい、という人がいます。まあ普通に仕事もっている人がいます。でも、それはみんな一緒です。なかには会社の営業をずっとやっていて、思考回路がなかなか創作にならない、という人もいました。
でもデビューする前にサラリーマンやっていたという作家が、ほとんどです。
私、映像作家を目指していた20代の頃、ある人に言われました。
何かの作品の締め切りが、ちょっと遅れたんです。
「なんで遅れた?」
「ちょっと忙しくて」
「ふーん、何時間寝た?」
「3時間です(ホンマは5時間!)」
「じゃあ2時間にしなさい」
まあ私には無理ですけど、だったらちゃんと要領よくせんと、次に仕事がこない。
「忙しい」は言い訳にもならんのです。
でもねえ、ホントはかえって時間が有り余っているフリーターとか、ニートというのが書かないんです。
いつでも書けるわ、と思っているんでしょうね。
忙しいくらいのほうが、時間を大切にするので書けるようです。
書かなくても、プロの作ったゲームや映画、映像を観て、満足してしまっているのではないか? という意見も。
確かに安いですからな、映像。
どっかの大型ビデオレンタル店で、オール100円のセールやってるし。
『ベン・ハー』や『アラビアのロレンス』、100円でっせ!
映画の冒涜や、こんなん。
でもこういうもの観たり読んだりして、こんなおもろいもんを創ってみたいなあ、と思ったから、うちに来てんと違うの?
作家になりたいが、ファッションになっているのでは、という意見も。
フリーターやニートはキツい、そこで「作家を目指している」というと、カッコええ、みたいな。カッコようないわ!
100点目指そうとしすぎて、かえって提出できないという意見も。
その100点は、何を基準にした100点やねん。
合評に出す作品は習作ですから、別に最初はヘタでもええわけです。そんなん当たり前です。それを修正したり書き直したりして、スキルを上げるのが合評の場ですから。
それとプロでもアカは入るんです。ごちゃごちゃと。
鬼の編集が入れてくるわけです。
ここもっとこうしたら、とか、ここ要りません、とか。誤字ありまっせ、とか、こことここ、逆にしませんか、とか。出展明記しましょう、とか、ここホントですか、とか。
真っ赤な原稿を見て、涙が出そうなときもあります。
今度は赤い原稿用紙に書いてみようか、と思います。それは冗談ですけど。
この、アカが入るんだということが、作家志望者にはわかっていない。
実はその修正が苦手というプロ作家はいます(キレる人もいるらしい)けど、その修正をするのも作家の仕事ですので、合評はアカに対してどう修正するか、ということも学べるわけです。
つまり合評の場があるということは、恵まれているわけですよ。
そこを利用しないのは、どうも作家になれる芽がないんじゃないかと思うわけです。
合評に作品を落としたことがない高田くんが、こう言いました。
「落とすことは死を意味する」
いや、ほんま。プロの作家にとって原稿を落とす(締め切り期限内に書けなかった、という意味です)ことは、ほんまに死を意味することもありますから。
会社でも納品が遅れると、次から発注もらえないでしょ?
それと同じ。
合評に投稿作を持ってくる人もたまにいますが、基本的にこれはテーマをもった課題ですから、投稿、持ち込み用の作品も同時に書くことは必要です。
これも、書いているのかなあ、と。
で、思うんですけど、書けなかったら別の創作をやってもええと思うんです。
書けないということは、おそらく書きたいものが無いということなので、じゃあそれは、作家に憧れているだけじゃん、と思うわけです。
だったら、表現手段は色々あるので、それをやっているうちにやりたいものが出てくるかもしれません。
映像を撮ってみるとか、ゲームの企画を考えるとか、放送台本を書いてみるとか、プロデューサーを目指してみるとか。
過去、作劇塾で『京都魔界巡礼団』(KTV)、『怪談夜話』(奈良TV)などの番組を制作しましたし、携帯コンテンツの制作もやりましたし。テレビCMを作って、実際テレビに流したこともあります。
ちゃんとそういうライン、塾にはありますから。
色んな人がいると、幅広いメディアに対応できて、面白くなるんですよね。
それに今の大阪には、このプロデューサーがほしいです。
こういうこと、やってみないと自分に何があっているか実はわかんないと思うんです。
総務のスガノくんも、専門学校の教え子時代は、マンガ家を目指していてヘタクソなもん描いてました。これあかん、と思って文章書かせてみた。で、今ライターやってますやん。
あのとき、彼が文章書くことを拒否していたら、きっとスガノは今ニートです。
だから作家やマンガ家になりたいというのは、思い込みかもしれない。少なくとも合評に全然出していない人は、思い込みだと断言します。
私は文筆もやっていますが、本業はと言われると、実は色々やりたいわけです。
映像制作も面白いですし、何かを仕掛けることもやってみたい。
『古代史探偵団』もそのひとつです。
これが成功するかどうかはさっぱりわかりませんが、少なくとも誰もやっていないことをやるのが楽しいわけです、私は。
『新耳袋』を最初出したときは、誰も怪談を書いてなかったですし、「怪談?」と怪訝な顔をされたことは山ほどありましたもん。
話がわからなくなった。
そうそう。
だから作家を目指すというなら、ちゃんと書いて落とさないこと。
どうも書けないなあ、という人は、それでもクリエイターとしてやっていきたいというのなら、アグレッシブに色々やってみよう、ということ。
あっ、これ楽しい、と思ったらきっとそれで食っていける。
面白いことなら、私も参加したいですしね。
そのための塾ですやん。
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マンガ家になりたいのなら、何よりマンガが好き、描くのが好きというのが第一条件。
当たり前のことですけど、これが当たり前じゃないんです。
読むのがすきなだけで、描いていないのに、マンガ家になれると思い込んでいる勘違い野郎がたくさん専門学校にもいました。勘違い野郎はウチの塾にも何人かいますけど。
で、描いているだけじゃ、あかんのですね。
持ち込み、投稿、これをやらないとどうにもなりません。
その上で、それを楽しんでいる人。
でも苦しんでいる教え子の方が圧倒的に多かった。
創作の上での苦しみはあって当たり前だけど、描くこと自体を苦しんでいる。
その前に全然持ち込み、投稿をせずに、ただ専門学校やうちに通っているだけの教え子が、これまた圧倒的に多かったわけですが。
これ、当然ながらプロになれません。
もし、デビュー対策を練って、うまくデビューしたとしても、その後が続きません。
何度も言います。デビューはできる。ちゃんとやれば。
でもそれで何十年食っていくのが大変なんです。
当たり前のことを書いているようですけど、うちの塾生たちを見ていると、やっぱり日々何をしてるんやろ、と思ってしまうわけです。
なんか、恵まれているというか。
ガッツかない、というか。
野球で言うたら、ど真ん中に球がきているのに、バットを持っていない、というか。
20日(水)の作劇ゼミは、この辺りのことを塾生たちと話しあったんです。
まず、課題が出ないのはなぜ?
合評は10人ほどが出席して、出るのは5〜6作品。
で、毎回提出している人は、ほぼ落とさない。
ということは、まったく書いていない人が塾に通っているわけです。
忙しい、という人がいます。まあ普通に仕事もっている人がいます。でも、それはみんな一緒です。なかには会社の営業をずっとやっていて、思考回路がなかなか創作にならない、という人もいました。
でもデビューする前にサラリーマンやっていたという作家が、ほとんどです。
私、映像作家を目指していた20代の頃、ある人に言われました。
何かの作品の締め切りが、ちょっと遅れたんです。
「なんで遅れた?」
「ちょっと忙しくて」
「ふーん、何時間寝た?」
「3時間です(ホンマは5時間!)」
「じゃあ2時間にしなさい」
まあ私には無理ですけど、だったらちゃんと要領よくせんと、次に仕事がこない。
「忙しい」は言い訳にもならんのです。
でもねえ、ホントはかえって時間が有り余っているフリーターとか、ニートというのが書かないんです。
いつでも書けるわ、と思っているんでしょうね。
忙しいくらいのほうが、時間を大切にするので書けるようです。
書かなくても、プロの作ったゲームや映画、映像を観て、満足してしまっているのではないか? という意見も。
確かに安いですからな、映像。
どっかの大型ビデオレンタル店で、オール100円のセールやってるし。
『ベン・ハー』や『アラビアのロレンス』、100円でっせ!
映画の冒涜や、こんなん。
でもこういうもの観たり読んだりして、こんなおもろいもんを創ってみたいなあ、と思ったから、うちに来てんと違うの?
作家になりたいが、ファッションになっているのでは、という意見も。
フリーターやニートはキツい、そこで「作家を目指している」というと、カッコええ、みたいな。カッコようないわ!
100点目指そうとしすぎて、かえって提出できないという意見も。
その100点は、何を基準にした100点やねん。
合評に出す作品は習作ですから、別に最初はヘタでもええわけです。そんなん当たり前です。それを修正したり書き直したりして、スキルを上げるのが合評の場ですから。
それとプロでもアカは入るんです。ごちゃごちゃと。
鬼の編集が入れてくるわけです。
ここもっとこうしたら、とか、ここ要りません、とか。誤字ありまっせ、とか、こことここ、逆にしませんか、とか。出展明記しましょう、とか、ここホントですか、とか。
真っ赤な原稿を見て、涙が出そうなときもあります。
今度は赤い原稿用紙に書いてみようか、と思います。それは冗談ですけど。
この、アカが入るんだということが、作家志望者にはわかっていない。
実はその修正が苦手というプロ作家はいます(キレる人もいるらしい)けど、その修正をするのも作家の仕事ですので、合評はアカに対してどう修正するか、ということも学べるわけです。
つまり合評の場があるということは、恵まれているわけですよ。
そこを利用しないのは、どうも作家になれる芽がないんじゃないかと思うわけです。
合評に作品を落としたことがない高田くんが、こう言いました。
「落とすことは死を意味する」
いや、ほんま。プロの作家にとって原稿を落とす(締め切り期限内に書けなかった、という意味です)ことは、ほんまに死を意味することもありますから。
会社でも納品が遅れると、次から発注もらえないでしょ?
それと同じ。
合評に投稿作を持ってくる人もたまにいますが、基本的にこれはテーマをもった課題ですから、投稿、持ち込み用の作品も同時に書くことは必要です。
これも、書いているのかなあ、と。
で、思うんですけど、書けなかったら別の創作をやってもええと思うんです。
書けないということは、おそらく書きたいものが無いということなので、じゃあそれは、作家に憧れているだけじゃん、と思うわけです。
だったら、表現手段は色々あるので、それをやっているうちにやりたいものが出てくるかもしれません。
映像を撮ってみるとか、ゲームの企画を考えるとか、放送台本を書いてみるとか、プロデューサーを目指してみるとか。
過去、作劇塾で『京都魔界巡礼団』(KTV)、『怪談夜話』(奈良TV)などの番組を制作しましたし、携帯コンテンツの制作もやりましたし。テレビCMを作って、実際テレビに流したこともあります。
ちゃんとそういうライン、塾にはありますから。
色んな人がいると、幅広いメディアに対応できて、面白くなるんですよね。
それに今の大阪には、このプロデューサーがほしいです。
こういうこと、やってみないと自分に何があっているか実はわかんないと思うんです。
総務のスガノくんも、専門学校の教え子時代は、マンガ家を目指していてヘタクソなもん描いてました。これあかん、と思って文章書かせてみた。で、今ライターやってますやん。
あのとき、彼が文章書くことを拒否していたら、きっとスガノは今ニートです。
だから作家やマンガ家になりたいというのは、思い込みかもしれない。少なくとも合評に全然出していない人は、思い込みだと断言します。
私は文筆もやっていますが、本業はと言われると、実は色々やりたいわけです。
映像制作も面白いですし、何かを仕掛けることもやってみたい。
『古代史探偵団』もそのひとつです。
これが成功するかどうかはさっぱりわかりませんが、少なくとも誰もやっていないことをやるのが楽しいわけです、私は。
『新耳袋』を最初出したときは、誰も怪談を書いてなかったですし、「怪談?」と怪訝な顔をされたことは山ほどありましたもん。
話がわからなくなった。
そうそう。
だから作家を目指すというなら、ちゃんと書いて落とさないこと。
どうも書けないなあ、という人は、それでもクリエイターとしてやっていきたいというのなら、アグレッシブに色々やってみよう、ということ。
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そのための塾ですやん。
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2011年04月20日
踊る血痕式
中山市朗です。
古代史探偵団の新しい動画(四天王寺コード編8〜15)をアップいたしました。
○四天王寺の鳥居にはどういう意味があるのか?
○大阪は古来、四神相応の地だった、という私の説。
○なぜ聖徳太子は敵将だった物部守屋の祠が、四天王寺の境内にあるのか?
○四天王寺の鬼門にある牛王尊の祠の謎
について説明します。
牛王尊の祠については『捜聖記』に聖徳太子の信仰が、牛を聖なる神としたものかもしれないとした、重要なポイントとなります。
蘇我氏の血をひく仏教聖者・聖徳太子に、次々と疑問が打たれます。
動画はこちらから→古代史探偵団
実は撮影そのものはかなり進行しておりまして、聖徳太子の謎を追って、物部の本拠地石神神宮でのロケも終えております。
教科書にある聖徳太子なんて、ブッ飛びますから。
そして、新作電子書籍『モーツァルトの血痕』予告動画はこちら。
→CM『モーツァルトの血痕』
せっかく作ったんで、まあ見てやってつかあさい。
特にオカルト好きの人はぜひ。
さて、先日私が率いますアマチュア落語集団「桐の一門」の集会がありました。
集合、言うても言い方を変えれば、飲み会、ですけど。
「怪談噺特集」
ということで、笑えるけどちょっと怖い落語でお楽しみいただけます。
とはいうもののこれ、演者にとっては、とっても難問。
しかしみな、エンターテイメントでメシ食っていこうという我が塾生たち。
こういう試練が、キミたちを鍛えるのです。
というほど、オーバーなものではなく、いつもみんなは客をほったらかして、演じることを楽しんでいます。
今回も大阪芸術大学落語研究寄席の会より、演者を迎えてのコラボです。
詳しくはこちら→へたなら寄席のHP
私?
まだ右足にプレート入ってて、正座できません。
いつ取れるのやろ?
それに7月の日曜日は、お仕事が入る可能性大でもありますので。
でもいつかのために、私も怪談噺、仕込んでおきます。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
古代史探偵団の新しい動画(四天王寺コード編8〜15)をアップいたしました。
○四天王寺の鳥居にはどういう意味があるのか?
○大阪は古来、四神相応の地だった、という私の説。
○なぜ聖徳太子は敵将だった物部守屋の祠が、四天王寺の境内にあるのか?
○四天王寺の鬼門にある牛王尊の祠の謎
について説明します。
牛王尊の祠については『捜聖記』に聖徳太子の信仰が、牛を聖なる神としたものかもしれないとした、重要なポイントとなります。
蘇我氏の血をひく仏教聖者・聖徳太子に、次々と疑問が打たれます。
動画はこちらから→古代史探偵団
実は撮影そのものはかなり進行しておりまして、聖徳太子の謎を追って、物部の本拠地石神神宮でのロケも終えております。
教科書にある聖徳太子なんて、ブッ飛びますから。
そして、新作電子書籍『モーツァルトの血痕』予告動画はこちら。
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せっかく作ったんで、まあ見てやってつかあさい。
特にオカルト好きの人はぜひ。
さて、先日私が率いますアマチュア落語集団「桐の一門」の集会がありました。
集合、言うても言い方を変えれば、飲み会、ですけど。
「怪談噺特集」
ということで、笑えるけどちょっと怖い落語でお楽しみいただけます。
とはいうもののこれ、演者にとっては、とっても難問。
しかしみな、エンターテイメントでメシ食っていこうという我が塾生たち。
こういう試練が、キミたちを鍛えるのです。
というほど、オーバーなものではなく、いつもみんなは客をほったらかして、演じることを楽しんでいます。
今回も大阪芸術大学落語研究寄席の会より、演者を迎えてのコラボです。
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私?
まだ右足にプレート入ってて、正座できません。
いつ取れるのやろ?
それに7月の日曜日は、お仕事が入る可能性大でもありますので。
でもいつかのために、私も怪談噺、仕込んでおきます。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
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kaidanyawa at 19:44|Permalink│Comments(4)│
2011年04月14日
4/12の小説技法
中山市朗です。
13日(水)の小説技法の報告です。
今回は作品提出しているものの、遅刻者が多かったので、しばし合評が中断。
遅刻は仕方ない。
仕事をもっている塾生が多いので。
その間、いろんな議題を塾生たちに吹っかけて、考えてもらいました。
例えば、昨日のこのブログにも書いた陛下の前であぐらに帽子の件。
これはさすがに塾生たちは「ないわ」と驚いていましたが、そもそも陛下が被災者にお見舞いされたことを知らなかった、という塾生が大半。
まず、マスコミが不敬罪ですわ。
宮内庁はHP上で写真のひとりは日本で勉学中のネパール人と聞いています、と「週刊新潮」の記事について、あぐらうぃかいていた人たちを擁護していました。
ネット上では、あぐらは平安、奈良では正式の作法とか、禅宗に謝れ、とか、武士道の伝統だとか、そういうことを言うのは右だとか、妙な屁理屈のオンパレードでしたが、要は相手が正座なら、こちらも正座で、というのが当たり前の礼儀でしょ、ということ。
我々も外国へ行くと、その国の風習、習慣はわからなくても、向こうの王室に対する礼儀というものは、わかると思うんです。それは、周りがそうしているから空気や雰囲気を察して、それに合わせるだろうと思うんです。
それだけの話です。
人として当たり前の態度、姿勢の話。
そこに理屈はない。
ということは、うがった見方をしてしまいますが、あそこはあぐらをかいても違和感を感じない雰囲気だったのではないかと、思うんです。
で、こういう話をすると、すぐ右とか左とかいう話になる。
ホント、くだらん日教組のイデオロギーを植えつけられたもんだ。私を含めた今の日本人。
天皇には陛下という敬称をつける、という教育もしていませんから、学校教育。
陛下というのは国王の敬称です。天皇、では呼び捨てになります。
皇帝陛下、と言いますやろ。
皇太子、王子は殿下と言います。
ウメ星デンカは、ウメ星王国の王子です。
すみません、合評です。
T田くんのヤンキー小説。
前回の指摘が修正され、テンポが出て読みやすくなりました。
この続きをどんどん書いていこう。
Yくんのアクション小説。
前々回、アクションの描写について、Yくん自身が狙いと違うというので、いろいろアドバイスしたんですが、あまり印象が変わらない。これはYくんの味です。それは悪いものではないので、それを長所として伸ばすのがいいと思います。
擬音を入れることによって安っぽくならないか、という心配もなし。
ちゃんと効果的に使えばいいんです。
Kくんの大河内伝次郎に捧げる小説。
細かいところを修正しすぎて、なかなか先へ進みません。
もういいから先へ進もう。
落語作家志望のOくん。久々の作品提出です。塾に来るのも久しぶりですが。
長編ギャグ小説なんですが、それって成り立ちにくいんです。
だから果敢に挑戦する、というチャレンジ精神は買いますが。
本人は、ギャグはあるがこれは成長の話、青春の話だと言います。
うーん、それはこの作品からは感じない。
Oくんは「なぜ伝わらないんですか」と聞いてくるんですが、
妙な比較ですが、
藤山寛美の泣き笑いの芝居をやりたいと言いながら、その世界は吉本新喜劇、みたいなことになっている。この二つ、全然違いますから。
要は、出てくる人物全員がギャグをやっていて、またそのインパクトが強いので、ドラマにならないんです。それに前半と後半の書き方も違う。どちらがやりたいのかの方向性もわからない。
休んでいた分、取り返すのに時間がかかるか。
Dくんも久々に提出。
時代劇小説です。
「最初から修正してみました。狙いはこうです、ああです」という割りには、あんまり印象が変わらない。
これ、一から書き直す勇気が必要です。
おそらくパソコンに入っている文章の上からなぞったり、削ったり、足したりしているのでしょうが、それではなかなか進歩しない。
昔、紙の原稿用紙の頃は、ダメだと丸めてクシャクシャにしてゴミ箱へポイ。
頭をかきむしって、またまっさらな原稿用紙に向かう。
みたいな書き方だったんですが、パソコン時代の今はその白紙に戻すということをしない。だから自分では変えたつもりが、ホントは根本的なことが解決していない、ということになりがちのような気がします。
一旦白紙にして最初から書くこと。
そうしたら、書きたいことがもっと明白になるはずです。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
13日(水)の小説技法の報告です。
今回は作品提出しているものの、遅刻者が多かったので、しばし合評が中断。
遅刻は仕方ない。
仕事をもっている塾生が多いので。
その間、いろんな議題を塾生たちに吹っかけて、考えてもらいました。
例えば、昨日のこのブログにも書いた陛下の前であぐらに帽子の件。
これはさすがに塾生たちは「ないわ」と驚いていましたが、そもそも陛下が被災者にお見舞いされたことを知らなかった、という塾生が大半。
まず、マスコミが不敬罪ですわ。
宮内庁はHP上で写真のひとりは日本で勉学中のネパール人と聞いています、と「週刊新潮」の記事について、あぐらうぃかいていた人たちを擁護していました。
ネット上では、あぐらは平安、奈良では正式の作法とか、禅宗に謝れ、とか、武士道の伝統だとか、そういうことを言うのは右だとか、妙な屁理屈のオンパレードでしたが、要は相手が正座なら、こちらも正座で、というのが当たり前の礼儀でしょ、ということ。
我々も外国へ行くと、その国の風習、習慣はわからなくても、向こうの王室に対する礼儀というものは、わかると思うんです。それは、周りがそうしているから空気や雰囲気を察して、それに合わせるだろうと思うんです。
それだけの話です。
人として当たり前の態度、姿勢の話。
そこに理屈はない。
ということは、うがった見方をしてしまいますが、あそこはあぐらをかいても違和感を感じない雰囲気だったのではないかと、思うんです。
で、こういう話をすると、すぐ右とか左とかいう話になる。
ホント、くだらん日教組のイデオロギーを植えつけられたもんだ。私を含めた今の日本人。
天皇には陛下という敬称をつける、という教育もしていませんから、学校教育。
陛下というのは国王の敬称です。天皇、では呼び捨てになります。
皇帝陛下、と言いますやろ。
皇太子、王子は殿下と言います。
ウメ星デンカは、ウメ星王国の王子です。
すみません、合評です。
T田くんのヤンキー小説。
前回の指摘が修正され、テンポが出て読みやすくなりました。
この続きをどんどん書いていこう。
Yくんのアクション小説。
前々回、アクションの描写について、Yくん自身が狙いと違うというので、いろいろアドバイスしたんですが、あまり印象が変わらない。これはYくんの味です。それは悪いものではないので、それを長所として伸ばすのがいいと思います。
擬音を入れることによって安っぽくならないか、という心配もなし。
ちゃんと効果的に使えばいいんです。
Kくんの大河内伝次郎に捧げる小説。
細かいところを修正しすぎて、なかなか先へ進みません。
もういいから先へ進もう。
落語作家志望のOくん。久々の作品提出です。塾に来るのも久しぶりですが。
長編ギャグ小説なんですが、それって成り立ちにくいんです。
だから果敢に挑戦する、というチャレンジ精神は買いますが。
本人は、ギャグはあるがこれは成長の話、青春の話だと言います。
うーん、それはこの作品からは感じない。
Oくんは「なぜ伝わらないんですか」と聞いてくるんですが、
妙な比較ですが、
藤山寛美の泣き笑いの芝居をやりたいと言いながら、その世界は吉本新喜劇、みたいなことになっている。この二つ、全然違いますから。
要は、出てくる人物全員がギャグをやっていて、またそのインパクトが強いので、ドラマにならないんです。それに前半と後半の書き方も違う。どちらがやりたいのかの方向性もわからない。
休んでいた分、取り返すのに時間がかかるか。
Dくんも久々に提出。
時代劇小説です。
「最初から修正してみました。狙いはこうです、ああです」という割りには、あんまり印象が変わらない。
これ、一から書き直す勇気が必要です。
おそらくパソコンに入っている文章の上からなぞったり、削ったり、足したりしているのでしょうが、それではなかなか進歩しない。
昔、紙の原稿用紙の頃は、ダメだと丸めてクシャクシャにしてゴミ箱へポイ。
頭をかきむしって、またまっさらな原稿用紙に向かう。
みたいな書き方だったんですが、パソコン時代の今はその白紙に戻すということをしない。だから自分では変えたつもりが、ホントは根本的なことが解決していない、ということになりがちのような気がします。
一旦白紙にして最初から書くこと。
そうしたら、書きたいことがもっと明白になるはずです。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
kaidanyawa at 20:36|Permalink│Comments(0)│
2011年04月13日
怒りの指導
中山市朗です。
驚いています。
日本大丈夫か? という驚きです。
東北関東大震災にあたり、3月16日に天皇陛下がビデオでお言葉を述べられました。
このこと、知らない人、多いんじゃないですか?
これは私、後にネットの動画で見たわけですが。
まず、このことがあまりにマスコミの扱いが小さかったこと。
これ、ニュース性が低いと判断されたということですね。
現にテレビで陛下のお言葉をノーカットで放送したのはNHKだけ、らしい。
民放は大幅カット版か、お言葉を述べられた、というテロップだけのところも。
朝日新聞なんて、もうほとんど無視したような報道。
つまり「原発はたいしたことじゃない」と言う、御用学者のコメントや、当時飽きるほど流していた津波の映像のほうが、陛下のお言葉より重要だったということか。どこも同じ映像、流していましたけど。
家族や友人を失い、家や財産を失い、暗澹たる精神状態にある被災者に向けて、おそらく陛下が初めてビデオで励ましのメッセージを送られた。
被災者を思われての行動です。
まさに平成の玉音放送ではないか。
陛下は「非常事態が発生した場合は、発言のビデオを途中で中断してください」というお言葉を添えられたとか。まさかそれが、ダイジェストでテレビ放送されるとは、陛下も想像だにされなかったと思います。
で、驚いたというのはそのことではありません。
先日、あるテレビ番組で、三宅久之氏が「週刊新潮」の記事を読みながら「30日に都内足立区の東京武道館に、両陛下が被災者のお見舞いに参られた。両陛下は正座されてお話された。一方聞いている方は、あぐらをかいたり、帽子をかぶったままだった・・・」
これです、驚いたのは。
正座されている陛下の前で、帽子もとらず、あぐらをかいて?
まさかと思って調べてみたら、「週刊新潮」4月14日号に載っていました。
若い男性が2人、膝をついている両陛下のまん前であぐらをかいている。
もうこれ、信じられない光景です。
でも陛下はお怒りにならなかった。
陛下は体の不自由な人、何らかの事情により正座のしづらい人には決して無理をさせないようにと、おっしゃられていたとか。
これは天皇制反対、肯定の話じゃない。
礼節、礼儀の問題です。
中国の古語にこうあります。
「倉廩実りて即ち礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」
生活に余裕ができて初めて礼節や態度をわきまえるようになる、という意味です。
春秋時代の宰相、管仲の言葉です。
江戸時代から昭和にかけての日本は、まさにこれでした。
だから日本は、明治以降の奇跡的発展をなしえたわけです。
そして日本という国は、世界に信頼される国にもなった。
でも今の日本は「衣食住が過ぎて礼節を忘れる」です。
これ、国の崩壊を意味しません?
ソドムとゴモラです。
なんでこんなことになった?
これは今回の震災で経済だけでなく、日本人の人としてのあり方が危うくなっていると思うわけです。いや、こんな若者だけじゃない、ちゃんと礼節をわきまえた若者がいることは知っていますが、これは。
教育の問題だと思うんです。
私の中学の頃、忘れません。社会の先生。
「自衛隊は憲法違反ですぐ解散すべき。天皇制も税金の無駄遣い」と常日頃言っていました。「天皇制は戦争の象徴」とワケのわからんことを言うてた先生もいました。
その思想は自由なのですが、中学生の生徒に言う言葉ではない。
まあそれで授業をボイコットした生徒も何人もいて(エライ!)、あとで呼び出されて叱られたのは生徒のほうやったんですけど。
前もブログに書きましたが、国歌斉唱、国旗掲揚に起立しない若者もいる。これを外国でやっちゃうと、常識とか人間性を疑われる。
大リーグの球場でこれをやった日本の若者が、問題になったこともありました。
きっとこれ、学校でそれを教えなかったんでしょう。
日の丸、君が代は戦争に繋がると反対していた先生、確かにいました。
なんかそういうイデオロギーみたいなものが、子供の教育にも影響しているように思うわけです。今は知りませんけど。
私の実家は読売新聞の販売店だったんですけど、そんな生徒の前で「新聞は朝日しか信用できん」言うてた先生もおった。
やっぱり、日教組は日本人と日本を、ダメにしてしまいました。
だからそんな教育を受けてきたマスコミ界にいる人たちも、天皇のお言葉とはどういうものか、ということがわからなかったんです。
誰にも叱られたことがない、という若者がいます。
先生は生徒を叱れないから、先生が叱っているのを見たことがない、という塾生もいます。親も叱らないそうで。
叱られない教育って、どんなんか教えてください。
私には無理です。
私に叱られたのが初めて、という教え子も何人もいました。でも叱られるということをみんな感謝してくれています。叱るのは本気の証拠ですから。
きっと、陛下の前であぐらをかいていた若者は、叱られたことがないのでしょう。
そういう若者は、大人をナメます。恐くないですから、大人が。
そうなると、敬うという気持ちも、気遣うという気持ちも起こりようがない。
礼儀、礼節も教えてもらっていないから知らない。
知らないから、陛下の前で平気であぐらをかけるわけです。
陛下の側近の人は、あの若者をあとで叱るべきでしょう。
そうしないと、きっと気付かない。
叱られて初めて、あっ、そうか、とわかるんですから。
『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
驚いています。
日本大丈夫か? という驚きです。
東北関東大震災にあたり、3月16日に天皇陛下がビデオでお言葉を述べられました。
このこと、知らない人、多いんじゃないですか?
これは私、後にネットの動画で見たわけですが。
まず、このことがあまりにマスコミの扱いが小さかったこと。
これ、ニュース性が低いと判断されたということですね。
現にテレビで陛下のお言葉をノーカットで放送したのはNHKだけ、らしい。
民放は大幅カット版か、お言葉を述べられた、というテロップだけのところも。
朝日新聞なんて、もうほとんど無視したような報道。
つまり「原発はたいしたことじゃない」と言う、御用学者のコメントや、当時飽きるほど流していた津波の映像のほうが、陛下のお言葉より重要だったということか。どこも同じ映像、流していましたけど。
家族や友人を失い、家や財産を失い、暗澹たる精神状態にある被災者に向けて、おそらく陛下が初めてビデオで励ましのメッセージを送られた。
被災者を思われての行動です。
まさに平成の玉音放送ではないか。
陛下は「非常事態が発生した場合は、発言のビデオを途中で中断してください」というお言葉を添えられたとか。まさかそれが、ダイジェストでテレビ放送されるとは、陛下も想像だにされなかったと思います。
で、驚いたというのはそのことではありません。
先日、あるテレビ番組で、三宅久之氏が「週刊新潮」の記事を読みながら「30日に都内足立区の東京武道館に、両陛下が被災者のお見舞いに参られた。両陛下は正座されてお話された。一方聞いている方は、あぐらをかいたり、帽子をかぶったままだった・・・」
これです、驚いたのは。
正座されている陛下の前で、帽子もとらず、あぐらをかいて?
まさかと思って調べてみたら、「週刊新潮」4月14日号に載っていました。
若い男性が2人、膝をついている両陛下のまん前であぐらをかいている。
もうこれ、信じられない光景です。
でも陛下はお怒りにならなかった。
陛下は体の不自由な人、何らかの事情により正座のしづらい人には決して無理をさせないようにと、おっしゃられていたとか。
これは天皇制反対、肯定の話じゃない。
礼節、礼儀の問題です。
中国の古語にこうあります。
「倉廩実りて即ち礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る」
生活に余裕ができて初めて礼節や態度をわきまえるようになる、という意味です。
春秋時代の宰相、管仲の言葉です。
江戸時代から昭和にかけての日本は、まさにこれでした。
だから日本は、明治以降の奇跡的発展をなしえたわけです。
そして日本という国は、世界に信頼される国にもなった。
でも今の日本は「衣食住が過ぎて礼節を忘れる」です。
これ、国の崩壊を意味しません?
ソドムとゴモラです。
なんでこんなことになった?
これは今回の震災で経済だけでなく、日本人の人としてのあり方が危うくなっていると思うわけです。いや、こんな若者だけじゃない、ちゃんと礼節をわきまえた若者がいることは知っていますが、これは。
教育の問題だと思うんです。
私の中学の頃、忘れません。社会の先生。
「自衛隊は憲法違反ですぐ解散すべき。天皇制も税金の無駄遣い」と常日頃言っていました。「天皇制は戦争の象徴」とワケのわからんことを言うてた先生もいました。
その思想は自由なのですが、中学生の生徒に言う言葉ではない。
まあそれで授業をボイコットした生徒も何人もいて(エライ!)、あとで呼び出されて叱られたのは生徒のほうやったんですけど。
前もブログに書きましたが、国歌斉唱、国旗掲揚に起立しない若者もいる。これを外国でやっちゃうと、常識とか人間性を疑われる。
大リーグの球場でこれをやった日本の若者が、問題になったこともありました。
きっとこれ、学校でそれを教えなかったんでしょう。
日の丸、君が代は戦争に繋がると反対していた先生、確かにいました。
なんかそういうイデオロギーみたいなものが、子供の教育にも影響しているように思うわけです。今は知りませんけど。
私の実家は読売新聞の販売店だったんですけど、そんな生徒の前で「新聞は朝日しか信用できん」言うてた先生もおった。
やっぱり、日教組は日本人と日本を、ダメにしてしまいました。
だからそんな教育を受けてきたマスコミ界にいる人たちも、天皇のお言葉とはどういうものか、ということがわからなかったんです。
誰にも叱られたことがない、という若者がいます。
先生は生徒を叱れないから、先生が叱っているのを見たことがない、という塾生もいます。親も叱らないそうで。
叱られない教育って、どんなんか教えてください。
私には無理です。
私に叱られたのが初めて、という教え子も何人もいました。でも叱られるということをみんな感謝してくれています。叱るのは本気の証拠ですから。
きっと、陛下の前であぐらをかいていた若者は、叱られたことがないのでしょう。
そういう若者は、大人をナメます。恐くないですから、大人が。
そうなると、敬うという気持ちも、気遣うという気持ちも起こりようがない。
礼儀、礼節も教えてもらっていないから知らない。
知らないから、陛下の前で平気であぐらをかけるわけです。
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そうしないと、きっと気付かない。
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kaidanyawa at 19:33|Permalink│Comments(4)│
2011年04月11日
「第3回 Dark Night」終了
中山市朗です。
まずは私の新作、執筆に2年半、配信準備にもうそろそろ10ヶ月はかかろうかという大作『モーツァルトの血痕』の予告動画ができました。
電子出版とはいえ、単行本のCM動画って珍しいと思います。
予告動画はこちらをクリック
まずはiPadとiphoneで。
1巻800円の予定です。
全巻買うと2000円の予定です。
紙の出版ですと、もっと高いオールカラー豪華本になっちゃいます。
『第3回 Dark Night(日ユ同祖論検証)』
無事、終了いたしました。
ご来場くださった皆様方、本当にありがとうございました。
5時間! 皆さん忍耐強い!
私もよお喋るわ。
ほんとは『モーツァルトの血痕』と連動したイベントにするつもりだったのですが、配信が遅れているので・・・。
さて、
聖徳太子の母方の血筋は、蘇我にあらず!
それは物部の本家である海部氏であると、4時間かけて話したのが前回。
そして今回は、海部氏とは何者なのか? そして聖徳太子と深い関係のあった秦氏について考察しました。関係者によると海部氏と秦氏は同じ氏族か、あるいは深い関係にあるらしいのですが、まったく証明されていません。
丹後一ノ宮、籠神社の宮司・海部(あまべ)氏によれば、海部とは天(あま)であり、海(あま)である間、つまり水平線からやってきた海洋民族だそうです。
となると、聖徳太子の祖先は海洋渡来民族?
ま、はるか紀元前のことですが。
そういえば、丹後の間人村(聖徳太子のお母さんが丁末の乱を避けて疎開した地)の聖徳太子像は、日本海の彼方を見ています。
また、秦氏も4世紀頃、日本に来た渡来人で、いろいろ謎を残している氏族です。
土木と建築技術をもった集団、養蚕を独占し、芸能の神であり、伊賀忍者も秦氏から出たのです。服部氏も秦氏なんです。機織から来ているんです。そして、欽明天皇の頃は、財務長官を出しましたが、先祖に融通王という名があるので、金融の発祥でもあったのかもしれません。
日本の最古の貨幣は8世紀初頭の和同開珎とされていましたが、平成11年に飛鳥池遺跡から富本という銭が出てきました。7世紀後半のものです。でも流通はしていなかったと見る学説もあります。
聖徳太子の頃の経済はどうなっていたのかも調べる必要がありそうです。財務長官という役職もあったしねえ。
そして秦氏は、平安京遷都には財政面で暗躍し、さっさと藤原氏に同化しました。
不思議な氏族です。
歴史学界では、秦(ハタ)は朝鮮語のpataが海を意味することから、朝鮮半島から来ているのであろう、という意見もあるようですが、朝鮮半島は近いですから、海の人とはならんやろ。
それに渡来人はみんな、海から来ているわけですしね。
「あなた、どこから来ました?」
「海の向こうです。だから私を海と呼んでください」
「わかりました、海さん」
そんなことあるんでしょうか?
で、海さんはなぜ、秦という字を当てたのかも説明されません。
それに秦という字は、向こうではシンと読むはずですし。
秦は、朝鮮半島の新羅からやってきたのは間違いないようですが、中国の『魏志韓伝』によりますと、馬韓(当時朝鮮にあった国)にやってきた、言語、風習、習慣の違う秦人、と書いてあるので、もともと大陸からきたようです。
でも中国じゃない。同じ中国人なら、秦人とは書かないでしょう。
じゃあ、どこから来たのか?
秦氏は遠い遠い過去において、『聖書』の民、イスラエル民族たちが大陸を経由してやってきた末裔であるという説を、今回取り上げたわけです。
間違ってはいけません。
日ユ同祖論なので、来たのはユダヤ人と思われがちですが、聖書に出てくるイスラエル人と、今のユダヤ教を信仰するユダヤ人はちょっと違うんです。聖書の時代の人たちは、後からできた今の『タルムード』を経典とするユダヤ教をまったく知りません。
ここがわからないと、的外れな議論になっちゃう。
「日ユ同祖論」を否定する説を読むと、この的外れをやっている場合が多いですね。
イサラ井はイスラエル、大闢神社の大闢はダビデ(中国人によると、これはホントにダビデの意味だそうです)である。三本鳥居は異端としてローマを追われたキリスト教の一派で、主、子、聖霊が三位一体であることを否定した三体分離の表れである、などの説を歴史学会は偽言語比較論(合理的、あるいは科学的方法によらない言語形態でもって論ずること)として完全否定していますが、秦をpataとしたように、結構学会も偽言語比較論でもって説明しているんですけどね。否定のためとか否定のためとか。
三本鳥居は糸巻きの形だ、と言ったユダヤ説否定論者がいました。は?
神社に神の概念を表すのと、糸巻きのオブジェを作るのと、どっちが説得力あると思います?
イサラ井はイスラエルではなく、日本語で「いささある井戸」、つまり小さい、少し、という意味だとする学説がまかり通っているんです。
どうしてもイサラ井を日本語で説明したいわけです。
でも、太秦に住んでいる友人に聞くと、その人の祖父が郷土研究をしていて「昔、太秦には12の井戸があって、水も豊富やった」と言っていたことから、この学説も怪しい。
それに京都は北高西南低なので、一帯は湿地帯やったはずですしね。
で、12の井戸?
さて、この日は約束した「太秦の牛祭り」の様子と、関係者に話を伺ったビデオなどを観てもらいながら、いろいろなお客さんにも考えていただきました。
前もって東の禊川で禊が行なわれる。
夜の祭。それも闇の中で行なわれる。
東の門から入る。
五穀豊穣の祭である。
牛に乗った謎の摩多羅神。
お寺で神事が行なわれる。
摩多羅神が摩多羅神を勧請する祭文を読む。
途中で牛がいなくなる。
などなど。
10年前に『捜聖記』にも書きましたが、これはやっぱりミトラの祭礼です。
で、その痕跡は四天王寺にも、寝屋川太秦にもある。
先日のトークで、言い忘れていたことを少し。
これはもともと牛、馬を神に捧げる信仰形態があった秦氏の祭礼に、聖徳太子の救世主信仰のミトラ教があわさって、それが天皇の儀礼になったのではないかと。
つまり大嘗祭。
ミトラは太陽神で救世神でもあります。
で、牛を屠ります。
この牛を屠る神事が仏教によって廃止された。それが牛祭りだろうと。
そうなれば牛祭りなのに、途中から牛がいなくなる理由も説明できます。
大嘗祭に牛が不可欠だったのかどうかはわかりません。
藤原氏の時代に太一信仰などが入り込んで、いろいろ変わったようです。
秦が5〜6世紀には牛祭りと称する祭りをやっていた形跡が、先月31日のこのブログで紹介した寝屋川太秦に残っています。寝屋川太秦の方が、京都の太秦より古いことが考古学的にも実証されています。
だからもともと、これは秦氏の信仰形態だった。
で、京都太秦の牛祭りの形態と、大嘗祭は本格的なところで似ているんですね。
ということは。
天皇即位式や鎮魂祭をする祭祀場として、四天王寺を聖徳太子は建てたのではなかろうか、と私の推論ですが。
天皇は大嘗祭において、背に北斗七星が描かれた着物を着るようですが、太一は中国の北極星のことなんですね。
これ、北極星に向けて北へ一直線に並ぶ四天王寺伽藍と、聖徳太子七星剣に北斗七星が彫られていること、そして天王寺は昔、天皇寺とも表記されていたことからも、示唆されるように思います。
でまた、太陽崇拝の寺でもありますしね。
物部氏も本拠地にしていた石上神宮の周りには、馬を神の犠牲にしたという伝承もありますので、物部も動物犠牲の祭礼をやっていたようです。また忌部氏という氏族がいて、どうもこれは秦氏ではないかという説もあって、そうなれば忌部氏の歴史を記した『古語拾遺』には殺牛の祭祀が見られるので、昔の神道は今のものとはまったく違う面もあったと思われます。
とすれば、聖徳太子の宗教概念は教科書にあるものと、まったく違うものなのかも。
その四天王寺も牛との関係の痕跡が隠されています。
境内北東、つまり鬼門に位置する牛王尊の祠。四天王寺七宮に祀られるスサノオ。スサノオは牛頭天王、つまり牛の神なのです。そして日本の牛市の最初は四天王寺で行なわれていたことを示す『石橋家文書』や大正時代に出版された『日本牛史』の記述。
牛市とは、全国から牛が集められるわけですよねえ。
とすると・・・四天王寺は、全国一の牛を選んで・・・?
これは歴史学には出てきません。
民俗学ですわ。
まあイベントでは調子に乗って、古代エジプトと天皇の関係にまで言及してしまいました。
えっ、日ユ同祖論からぶっ飛んだ?
いえいえ、古代のイスラエル人たちは、エジプトから来たのです。
彼らにはエジプトの多神教が身についてしまっていたのです。
だから、出エジプトの際、モーゼは一神教を彼らに強要したんです。
ヨーロッパの神秘家や歴史学者の中では、モーゼという言葉をエジプトの秘教の意味から理解すると「知恵の秘密を知るもの」であり、または太陽を表すエジプトの古語である、という説もあります。
まあモーゼの、こういった伝説や秘密教義が元になって、ユダヤの神秘学「カバラ」が生まれ、体系化されていったわけですが。
ということは、もし古代イスラエルの人々が、日本に来ていたというのなら、その根底にはモーゼの宗教、またその根底にはエジプトの秘儀が隠されているのは事実でしょう。
なぜならエジプトのファラオは、太陽神ラーの現人神。
天皇は、太陽神・天照大神の現人神。
この2つはおそらく同族であるという証拠物件を、イベントではお見せしましたが?
さて、そういった西洋オカルティズムから(西洋オカルティズムの根底はヘブライの秘儀に隠されたエジプトの知恵なんです)、日本の古代と天皇を考察する電子書籍が『モーツァルトの血痕』です。
また、寝屋川太秦や、牛祭りと大嘗祭との類似点は『捜聖記』に詳しく書いています。
という、長い宣伝でした。
あ、「Dark Nightパート3」のレポートが、メイキング・オブ・ダークナイトにアップされています。そちらもどうぞ。
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まずは私の新作、執筆に2年半、配信準備にもうそろそろ10ヶ月はかかろうかという大作『モーツァルトの血痕』の予告動画ができました。
電子出版とはいえ、単行本のCM動画って珍しいと思います。
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まずはiPadとiphoneで。
1巻800円の予定です。
全巻買うと2000円の予定です。
紙の出版ですと、もっと高いオールカラー豪華本になっちゃいます。
『第3回 Dark Night(日ユ同祖論検証)』
無事、終了いたしました。
ご来場くださった皆様方、本当にありがとうございました。
5時間! 皆さん忍耐強い!
私もよお喋るわ。
ほんとは『モーツァルトの血痕』と連動したイベントにするつもりだったのですが、配信が遅れているので・・・。
さて、
聖徳太子の母方の血筋は、蘇我にあらず!
それは物部の本家である海部氏であると、4時間かけて話したのが前回。
そして今回は、海部氏とは何者なのか? そして聖徳太子と深い関係のあった秦氏について考察しました。関係者によると海部氏と秦氏は同じ氏族か、あるいは深い関係にあるらしいのですが、まったく証明されていません。
丹後一ノ宮、籠神社の宮司・海部(あまべ)氏によれば、海部とは天(あま)であり、海(あま)である間、つまり水平線からやってきた海洋民族だそうです。
となると、聖徳太子の祖先は海洋渡来民族?
ま、はるか紀元前のことですが。
そういえば、丹後の間人村(聖徳太子のお母さんが丁末の乱を避けて疎開した地)の聖徳太子像は、日本海の彼方を見ています。
また、秦氏も4世紀頃、日本に来た渡来人で、いろいろ謎を残している氏族です。
土木と建築技術をもった集団、養蚕を独占し、芸能の神であり、伊賀忍者も秦氏から出たのです。服部氏も秦氏なんです。機織から来ているんです。そして、欽明天皇の頃は、財務長官を出しましたが、先祖に融通王という名があるので、金融の発祥でもあったのかもしれません。
日本の最古の貨幣は8世紀初頭の和同開珎とされていましたが、平成11年に飛鳥池遺跡から富本という銭が出てきました。7世紀後半のものです。でも流通はしていなかったと見る学説もあります。
聖徳太子の頃の経済はどうなっていたのかも調べる必要がありそうです。財務長官という役職もあったしねえ。
そして秦氏は、平安京遷都には財政面で暗躍し、さっさと藤原氏に同化しました。
不思議な氏族です。
歴史学界では、秦(ハタ)は朝鮮語のpataが海を意味することから、朝鮮半島から来ているのであろう、という意見もあるようですが、朝鮮半島は近いですから、海の人とはならんやろ。
それに渡来人はみんな、海から来ているわけですしね。
「あなた、どこから来ました?」
「海の向こうです。だから私を海と呼んでください」
「わかりました、海さん」
そんなことあるんでしょうか?
で、海さんはなぜ、秦という字を当てたのかも説明されません。
それに秦という字は、向こうではシンと読むはずですし。
秦は、朝鮮半島の新羅からやってきたのは間違いないようですが、中国の『魏志韓伝』によりますと、馬韓(当時朝鮮にあった国)にやってきた、言語、風習、習慣の違う秦人、と書いてあるので、もともと大陸からきたようです。
でも中国じゃない。同じ中国人なら、秦人とは書かないでしょう。
じゃあ、どこから来たのか?
秦氏は遠い遠い過去において、『聖書』の民、イスラエル民族たちが大陸を経由してやってきた末裔であるという説を、今回取り上げたわけです。
間違ってはいけません。
日ユ同祖論なので、来たのはユダヤ人と思われがちですが、聖書に出てくるイスラエル人と、今のユダヤ教を信仰するユダヤ人はちょっと違うんです。聖書の時代の人たちは、後からできた今の『タルムード』を経典とするユダヤ教をまったく知りません。
ここがわからないと、的外れな議論になっちゃう。
「日ユ同祖論」を否定する説を読むと、この的外れをやっている場合が多いですね。
イサラ井はイスラエル、大闢神社の大闢はダビデ(中国人によると、これはホントにダビデの意味だそうです)である。三本鳥居は異端としてローマを追われたキリスト教の一派で、主、子、聖霊が三位一体であることを否定した三体分離の表れである、などの説を歴史学会は偽言語比較論(合理的、あるいは科学的方法によらない言語形態でもって論ずること)として完全否定していますが、秦をpataとしたように、結構学会も偽言語比較論でもって説明しているんですけどね。否定のためとか否定のためとか。
三本鳥居は糸巻きの形だ、と言ったユダヤ説否定論者がいました。は?
神社に神の概念を表すのと、糸巻きのオブジェを作るのと、どっちが説得力あると思います?
イサラ井はイスラエルではなく、日本語で「いささある井戸」、つまり小さい、少し、という意味だとする学説がまかり通っているんです。
どうしてもイサラ井を日本語で説明したいわけです。
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で、12の井戸?
さて、この日は約束した「太秦の牛祭り」の様子と、関係者に話を伺ったビデオなどを観てもらいながら、いろいろなお客さんにも考えていただきました。
前もって東の禊川で禊が行なわれる。
夜の祭。それも闇の中で行なわれる。
東の門から入る。
五穀豊穣の祭である。
牛に乗った謎の摩多羅神。
お寺で神事が行なわれる。
摩多羅神が摩多羅神を勧請する祭文を読む。
途中で牛がいなくなる。
などなど。
10年前に『捜聖記』にも書きましたが、これはやっぱりミトラの祭礼です。
で、その痕跡は四天王寺にも、寝屋川太秦にもある。
先日のトークで、言い忘れていたことを少し。
これはもともと牛、馬を神に捧げる信仰形態があった秦氏の祭礼に、聖徳太子の救世主信仰のミトラ教があわさって、それが天皇の儀礼になったのではないかと。
つまり大嘗祭。
ミトラは太陽神で救世神でもあります。
で、牛を屠ります。
この牛を屠る神事が仏教によって廃止された。それが牛祭りだろうと。
そうなれば牛祭りなのに、途中から牛がいなくなる理由も説明できます。
大嘗祭に牛が不可欠だったのかどうかはわかりません。
藤原氏の時代に太一信仰などが入り込んで、いろいろ変わったようです。
秦が5〜6世紀には牛祭りと称する祭りをやっていた形跡が、先月31日のこのブログで紹介した寝屋川太秦に残っています。寝屋川太秦の方が、京都の太秦より古いことが考古学的にも実証されています。
だからもともと、これは秦氏の信仰形態だった。
で、京都太秦の牛祭りの形態と、大嘗祭は本格的なところで似ているんですね。
ということは。
天皇即位式や鎮魂祭をする祭祀場として、四天王寺を聖徳太子は建てたのではなかろうか、と私の推論ですが。
天皇は大嘗祭において、背に北斗七星が描かれた着物を着るようですが、太一は中国の北極星のことなんですね。
これ、北極星に向けて北へ一直線に並ぶ四天王寺伽藍と、聖徳太子七星剣に北斗七星が彫られていること、そして天王寺は昔、天皇寺とも表記されていたことからも、示唆されるように思います。
でまた、太陽崇拝の寺でもありますしね。
物部氏も本拠地にしていた石上神宮の周りには、馬を神の犠牲にしたという伝承もありますので、物部も動物犠牲の祭礼をやっていたようです。また忌部氏という氏族がいて、どうもこれは秦氏ではないかという説もあって、そうなれば忌部氏の歴史を記した『古語拾遺』には殺牛の祭祀が見られるので、昔の神道は今のものとはまったく違う面もあったと思われます。
とすれば、聖徳太子の宗教概念は教科書にあるものと、まったく違うものなのかも。
その四天王寺も牛との関係の痕跡が隠されています。
境内北東、つまり鬼門に位置する牛王尊の祠。四天王寺七宮に祀られるスサノオ。スサノオは牛頭天王、つまり牛の神なのです。そして日本の牛市の最初は四天王寺で行なわれていたことを示す『石橋家文書』や大正時代に出版された『日本牛史』の記述。
牛市とは、全国から牛が集められるわけですよねえ。
とすると・・・四天王寺は、全国一の牛を選んで・・・?
これは歴史学には出てきません。
民俗学ですわ。
まあイベントでは調子に乗って、古代エジプトと天皇の関係にまで言及してしまいました。
えっ、日ユ同祖論からぶっ飛んだ?
いえいえ、古代のイスラエル人たちは、エジプトから来たのです。
彼らにはエジプトの多神教が身についてしまっていたのです。
だから、出エジプトの際、モーゼは一神教を彼らに強要したんです。
ヨーロッパの神秘家や歴史学者の中では、モーゼという言葉をエジプトの秘教の意味から理解すると「知恵の秘密を知るもの」であり、または太陽を表すエジプトの古語である、という説もあります。
まあモーゼの、こういった伝説や秘密教義が元になって、ユダヤの神秘学「カバラ」が生まれ、体系化されていったわけですが。
ということは、もし古代イスラエルの人々が、日本に来ていたというのなら、その根底にはモーゼの宗教、またその根底にはエジプトの秘儀が隠されているのは事実でしょう。
なぜならエジプトのファラオは、太陽神ラーの現人神。
天皇は、太陽神・天照大神の現人神。
この2つはおそらく同族であるという証拠物件を、イベントではお見せしましたが?
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また、寝屋川太秦や、牛祭りと大嘗祭との類似点は『捜聖記』に詳しく書いています。
という、長い宣伝でした。
あ、「Dark Nightパート3」のレポートが、メイキング・オブ・ダークナイトにアップされています。そちらもどうぞ。
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kaidanyawa at 20:15|Permalink│Comments(5)│
2011年04月07日
4/6の作劇ゼミ
中山市朗です。
“マダラ神というのはいったい何の神か。その祭文のモトの言葉は秦語か、古代朝鮮語か、それともイスラエル語なのか、まったくわからず、土地の古老に聞いても、
「さあ、神の言葉どっしゃろか」
と、とりとめのない。この祭りは起源もわからぬほどに古いのだが、たれかこれを大まじめに研究する者はいないものだろうか。アジアの他の古俗と対比すればなにか出てきそうに思われるのだが、どうだろう・・・”
司馬遼太郎さんが、昭和49年6月特別号の『文芸春秋』に載せたエッセイです。
京都太秦の牛祭りのことです。
歴史読本
特集「ユダヤ・フリーメーソン 謎の国際機関」'91/9
牛祭りの様子

同じく歴史読本より
蚕ノ社の三本鳥居
いろいろと研究している人はいるようなんですが、あまりに不思議で、神道にも仏教にもないということで、どうしても異説を唱えるしかなくなるんです。それで学者はあまり研究対象にしないのでしょう。とにかくこの問題を扱うと、オカルトと言われちゃうんですが・・・。ちゃんと研究しています。中山市朗が。
失われた原始のキリスト教徒「秦氏」の謎
飛鳥昭雄、三神たける・著
いよいよ9日「Dark Night パート3 〜検証日ユ同祖論〜」が、近づいてきました。司馬遼太郎も首をひねる太秦の牛祭りの謎を徹底分析します。
そのために、今まで撮ってきたVTRを編集中。
牛祭りの本番を追った貴重な映像に加え、ちゃんと広隆寺の管主さん、三本鳥居のある蚕ノ社の宮司さんにも、お話を伺った映像もお見せします。
また、太秦に行った事がない人にも、太秦を紹介する動画をお見せします。
予備知識のない人にも楽しめるトークイベントにいたしますので、お気軽に。
さて、6日(水)、塾も8年目に突入して最初の授業です。
当然、塾を創設した頃と塾生の顔ぶれも随分変わりました。マンガやイラスト、作家として活躍する元塾生も何人かいるのは確かです。また、業界に入り込んで、創作活動をしている塾生も在籍しているんですが、私としては、まだまだ満足には程遠い状況なんですね。
ちゃんとやれば、この世界でメシを食っていくだけの環境はあるんです。
でも、なかなか行動が起きていない。
ちょっと仕事をさせると、勘違いして塾を辞めたり。
たとえば、マンガ家志望の塾生で絵はプロ級、という者はいてるんです。でもプロになっていない。どこに問題があるのでしょう。
文章のテクニック、ということであれば、私より巧い塾生も何人かいます。
でもまだそれでお金を稼げているわけではない。
なぜでしょう?
そこを今回は、ザックリと塾生たちと話し合ってみました。
私が思うに、何度もこのブログに書いたように、この世界は夢を語り合うことは必要なんです。この世界はデビューすればなんとかなる、というものではない。
どう仕事をもらって、書き続けるかなんです。
書くのはひとりですが、業界としては人の繋がりで成り立っているんです。
みんなデビューすることしか考えていないので、そこが見えていない。
そんなんでデビューしても、後が続きません。
私も20代の頃、夢を語り合う仲間がいました。木原もそうでしたし、今塾がお世話になっている大滝社長、竹内義和さん、キッチュ(松尾貴志さん)、某出版社の編集さん、映像メーカーのプロデューサー。なんの後ろ盾もなく、いきなり飛び込んでお酒を飲みながら語り合った人もいます。
で、夢を語り合ったから仲間になり、仕事をもらったということになるんです。
自分が編集の立場だったとして、ですよ。
2人の作家志望者が原稿を持ってきた。出来はどちらも、まあドングリの背比べ。
Aくんは、ただ原稿を見てもらって黙っている。人付き合いも得意じゃない。
Bくんは、自分がどれだけこういう作家が好きで、自分は何が得意で、こんなことをやってみたいと、アピールします。人付き合いも好きなので、この後一緒に飲みに行くことになりました。お酒を飲みながら夢を話し合います。
さて、後日、ひとつの新人枠が空きました。
Aくん、Bくん、どっちに仕事を回しますか?
私は改良Bくんタイプでした。
学生の頃までは、どっちかというとAくんタイプでした。オタクやったし。
でもそれでは食っていけないから、Bくんタイプになったんです。
で、塾を見てみても確かにBくんタイプはなんとかなっているんですね。
でもAくんタイプがやっぱり多い。で、授業後の飲み会の席でも、夢を語る塾生がいない。
だからただの飲み会になってしまう。
「なんでなん?」
「多分、塾に通っているだけで安心している人もいると思う」
という意見が。
来ているだけでは100年うちに通ってもなんともならんで、とは常時言っているんですけど。
「創作に集中したいので」という意見もありました。
どういうこと?
つまり書くのが精一杯で、夢を語っている暇がない、ということらしい。
って、キミ、彼女とデートしたりしてるやん。
「忙しい」「暇がない」とは言わないこと。
そういうヤツに限って成果が出ないし、何かあっても仕事を振ろうとは思いません。「忙しい」を言い訳に、納品日に作品があがらないんじゃないか、と心配します。世の中、もっと忙しい人は、いっぱいいます。
作品で理想のものができないのに、夢を語るなんておこがましい、という意見も。
最初から理想のものなんて出来ません。また、この意見を言ったMくんは、一度も授業後の飲み会に来たことがないので、彼が何を描きたいのか、何に関心、興味があるのか、さっぱり私は知りません。となると、アドバイスのしようがない。
それに彼のことです。絵はプロ級な塾生。
でもデビューする気配がない。
正直、その夢がおぼろげで、語るに語れない、という意見も。
そんなん、語っているうちに形になってくるわ。
私、思うんですけど、自分の頭の中にある興味あるもの、面白そうなもの、それを他人に知ってほしい、という要求が、面白い作品を生むんだと思うんです。
またそういう動機が、作品を書き続ける基になるんです。
頭の中になんにもないのに、作家になりたいから、そのためにとりあえず書く、というのを続けると、しんどくなります。読者にも伝わらないし。きっとデビューできても、そこで終わります。
語って、論破されて、また語り合う。
実はこの繰り返しが、クリエイターには必要です。
論破されて、フニャフニャと潰れるようなものでは、たいしたことじゃない。
ただ最初は論破されて、論破されて。
だから悔しい。だから理論を考える。論破される。もっと考える。
だから他人を説得できる力ができるんです。
若者特有の勘違いも、そこで客観的な論理になる。
ここからやっとです。作家の卵となるのは。
だから夢を語り合い、互いに実現に向けて突っ走る場所として塾を作ったつもりだったんですが。
ただ通って、作品を書いているだけでは・・・
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
“マダラ神というのはいったい何の神か。その祭文のモトの言葉は秦語か、古代朝鮮語か、それともイスラエル語なのか、まったくわからず、土地の古老に聞いても、
「さあ、神の言葉どっしゃろか」
と、とりとめのない。この祭りは起源もわからぬほどに古いのだが、たれかこれを大まじめに研究する者はいないものだろうか。アジアの他の古俗と対比すればなにか出てきそうに思われるのだが、どうだろう・・・”
司馬遼太郎さんが、昭和49年6月特別号の『文芸春秋』に載せたエッセイです。
京都太秦の牛祭りのことです。
歴史読本特集「ユダヤ・フリーメーソン 謎の国際機関」'91/9
牛祭りの様子

同じく歴史読本より
蚕ノ社の三本鳥居
いろいろと研究している人はいるようなんですが、あまりに不思議で、神道にも仏教にもないということで、どうしても異説を唱えるしかなくなるんです。それで学者はあまり研究対象にしないのでしょう。とにかくこの問題を扱うと、オカルトと言われちゃうんですが・・・。ちゃんと研究しています。中山市朗が。
失われた原始のキリスト教徒「秦氏」の謎
飛鳥昭雄、三神たける・著
いよいよ9日「Dark Night パート3 〜検証日ユ同祖論〜」が、近づいてきました。司馬遼太郎も首をひねる太秦の牛祭りの謎を徹底分析します。
そのために、今まで撮ってきたVTRを編集中。
牛祭りの本番を追った貴重な映像に加え、ちゃんと広隆寺の管主さん、三本鳥居のある蚕ノ社の宮司さんにも、お話を伺った映像もお見せします。
また、太秦に行った事がない人にも、太秦を紹介する動画をお見せします。
予備知識のない人にも楽しめるトークイベントにいたしますので、お気軽に。
さて、6日(水)、塾も8年目に突入して最初の授業です。
当然、塾を創設した頃と塾生の顔ぶれも随分変わりました。マンガやイラスト、作家として活躍する元塾生も何人かいるのは確かです。また、業界に入り込んで、創作活動をしている塾生も在籍しているんですが、私としては、まだまだ満足には程遠い状況なんですね。
ちゃんとやれば、この世界でメシを食っていくだけの環境はあるんです。
でも、なかなか行動が起きていない。
ちょっと仕事をさせると、勘違いして塾を辞めたり。
たとえば、マンガ家志望の塾生で絵はプロ級、という者はいてるんです。でもプロになっていない。どこに問題があるのでしょう。
文章のテクニック、ということであれば、私より巧い塾生も何人かいます。
でもまだそれでお金を稼げているわけではない。
なぜでしょう?
そこを今回は、ザックリと塾生たちと話し合ってみました。
私が思うに、何度もこのブログに書いたように、この世界は夢を語り合うことは必要なんです。この世界はデビューすればなんとかなる、というものではない。
どう仕事をもらって、書き続けるかなんです。
書くのはひとりですが、業界としては人の繋がりで成り立っているんです。
みんなデビューすることしか考えていないので、そこが見えていない。
そんなんでデビューしても、後が続きません。
私も20代の頃、夢を語り合う仲間がいました。木原もそうでしたし、今塾がお世話になっている大滝社長、竹内義和さん、キッチュ(松尾貴志さん)、某出版社の編集さん、映像メーカーのプロデューサー。なんの後ろ盾もなく、いきなり飛び込んでお酒を飲みながら語り合った人もいます。
で、夢を語り合ったから仲間になり、仕事をもらったということになるんです。
自分が編集の立場だったとして、ですよ。
2人の作家志望者が原稿を持ってきた。出来はどちらも、まあドングリの背比べ。
Aくんは、ただ原稿を見てもらって黙っている。人付き合いも得意じゃない。
Bくんは、自分がどれだけこういう作家が好きで、自分は何が得意で、こんなことをやってみたいと、アピールします。人付き合いも好きなので、この後一緒に飲みに行くことになりました。お酒を飲みながら夢を話し合います。
さて、後日、ひとつの新人枠が空きました。
Aくん、Bくん、どっちに仕事を回しますか?
私は改良Bくんタイプでした。
学生の頃までは、どっちかというとAくんタイプでした。オタクやったし。
でもそれでは食っていけないから、Bくんタイプになったんです。
で、塾を見てみても確かにBくんタイプはなんとかなっているんですね。
でもAくんタイプがやっぱり多い。で、授業後の飲み会の席でも、夢を語る塾生がいない。
だからただの飲み会になってしまう。
「なんでなん?」
「多分、塾に通っているだけで安心している人もいると思う」
という意見が。
来ているだけでは100年うちに通ってもなんともならんで、とは常時言っているんですけど。
「創作に集中したいので」という意見もありました。
どういうこと?
つまり書くのが精一杯で、夢を語っている暇がない、ということらしい。
って、キミ、彼女とデートしたりしてるやん。
「忙しい」「暇がない」とは言わないこと。
そういうヤツに限って成果が出ないし、何かあっても仕事を振ろうとは思いません。「忙しい」を言い訳に、納品日に作品があがらないんじゃないか、と心配します。世の中、もっと忙しい人は、いっぱいいます。
作品で理想のものができないのに、夢を語るなんておこがましい、という意見も。
最初から理想のものなんて出来ません。また、この意見を言ったMくんは、一度も授業後の飲み会に来たことがないので、彼が何を描きたいのか、何に関心、興味があるのか、さっぱり私は知りません。となると、アドバイスのしようがない。
それに彼のことです。絵はプロ級な塾生。
でもデビューする気配がない。
正直、その夢がおぼろげで、語るに語れない、という意見も。
そんなん、語っているうちに形になってくるわ。
私、思うんですけど、自分の頭の中にある興味あるもの、面白そうなもの、それを他人に知ってほしい、という要求が、面白い作品を生むんだと思うんです。
またそういう動機が、作品を書き続ける基になるんです。
頭の中になんにもないのに、作家になりたいから、そのためにとりあえず書く、というのを続けると、しんどくなります。読者にも伝わらないし。きっとデビューできても、そこで終わります。
語って、論破されて、また語り合う。
実はこの繰り返しが、クリエイターには必要です。
論破されて、フニャフニャと潰れるようなものでは、たいしたことじゃない。
ただ最初は論破されて、論破されて。
だから悔しい。だから理論を考える。論破される。もっと考える。
だから他人を説得できる力ができるんです。
若者特有の勘違いも、そこで客観的な論理になる。
ここからやっとです。作家の卵となるのは。
だから夢を語り合い、互いに実現に向けて突っ走る場所として塾を作ったつもりだったんですが。
ただ通って、作品を書いているだけでは・・・
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
kaidanyawa at 22:02|Permalink│Comments(1)│
2011年04月06日
ワシは舞い降りた
中山市朗です。
遅まきながら、4月1日のエイプリルフールに、私の数十何回目の誕生日と、塾創設8年目のパーティが開催されました。
これはエイプリルフールではありません。
塾、もう7年もやってまんねんな。
創設以来、一度として黒字になったことがないのに、よお続いていると自分でも思います。正直「辞めんとえらいことになりまっせ!」と何度も言われたこともありますが、塾生が一人でもいる限り、これは続けていきます。
なんといっても今の塾の形態は、デビューする前の霞食って生きているような貧乏で、何の支えもなかったの頃の私が欲しかったものが全部ありますもん。協力してくれている人もいるし。
ただ、今の塾生たちは恵まれているのでしょうか?
どうもガッツかないんですねえ。
言ってそのときは聞くんですが、すぐに・・・。
この環境で、いつまでも埋もれているなんて、なんでやねん。
パーティの話でした。
塾関係者や塾生、元教え子たち、30人以上でのお祝い。
みんな、ほんまにありがとう。
色々お祝いもいただきました。
好物のバーボン。いつも私、バーボン飲んでるんですけど、みんななかなか持ってきてくれないんです。なんでと聞いたら「自分が飲まないもんで」やて。
ワシが飲むんやがな。
で、今年は2本ももらった。どちらも高級モンです。
それにジン、ウォッカ、焼酎、日本酒、お酒が多かったですなあ。手作りドーナツ、韓流アイドルの本、DVD、ポスター、あんまり興味ないんだけど、まあこれを機に。おもちゃのライフル銃。めっちゃ遊んでしまいました。おっしゃれな湯呑みセット。湯呑み違う、酒飲みセット? 割ったらあかんで。それに近く立派なチェアも届くそうで。そしてなぜか歯ブラシに歯磨き粉。
でも、こういうのが一番嬉しい。

元教え子の山崎童々の出したマンガの単行本。
『恋するサバンナ』
なかなか人気みたいです。
みんなも早くこういう作品を持ってきてくれたらいいんだけど。
そういえば青谷圭も、ある賞に作品を送って選考に残っているみたいで。さて、どうなるか。
ちなみに山崎童々は『フィールヤング』にて、「木暮荘物語」の連載を始めたようです。東京に行くという噂が立っては消え、また東京にという噂が立って、結局大阪にいて、どうなってるんやろ?

さて、8年目に突入した作劇塾。
今年度はどんな年になるのでしょう。
「今年は末広がりですね」と誰かに言われたけど。
そういや名古屋市の市章はなんで八なんでしょう?
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
遅まきながら、4月1日のエイプリルフールに、私の数十何回目の誕生日と、塾創設8年目のパーティが開催されました。
これはエイプリルフールではありません。
塾、もう7年もやってまんねんな。
創設以来、一度として黒字になったことがないのに、よお続いていると自分でも思います。正直「辞めんとえらいことになりまっせ!」と何度も言われたこともありますが、塾生が一人でもいる限り、これは続けていきます。
なんといっても今の塾の形態は、デビューする前の霞食って生きているような貧乏で、何の支えもなかったの頃の私が欲しかったものが全部ありますもん。協力してくれている人もいるし。
ただ、今の塾生たちは恵まれているのでしょうか?
どうもガッツかないんですねえ。
言ってそのときは聞くんですが、すぐに・・・。
この環境で、いつまでも埋もれているなんて、なんでやねん。
パーティの話でした。
塾関係者や塾生、元教え子たち、30人以上でのお祝い。
みんな、ほんまにありがとう。
色々お祝いもいただきました。
好物のバーボン。いつも私、バーボン飲んでるんですけど、みんななかなか持ってきてくれないんです。なんでと聞いたら「自分が飲まないもんで」やて。
ワシが飲むんやがな。
で、今年は2本ももらった。どちらも高級モンです。
それにジン、ウォッカ、焼酎、日本酒、お酒が多かったですなあ。手作りドーナツ、韓流アイドルの本、DVD、ポスター、あんまり興味ないんだけど、まあこれを機に。おもちゃのライフル銃。めっちゃ遊んでしまいました。おっしゃれな湯呑みセット。湯呑み違う、酒飲みセット? 割ったらあかんで。それに近く立派なチェアも届くそうで。そしてなぜか歯ブラシに歯磨き粉。
でも、こういうのが一番嬉しい。

元教え子の山崎童々の出したマンガの単行本。
『恋するサバンナ』
なかなか人気みたいです。
みんなも早くこういう作品を持ってきてくれたらいいんだけど。
そういえば青谷圭も、ある賞に作品を送って選考に残っているみたいで。さて、どうなるか。
ちなみに山崎童々は『フィールヤング』にて、「木暮荘物語」の連載を始めたようです。東京に行くという噂が立っては消え、また東京にという噂が立って、結局大阪にいて、どうなってるんやろ?

さて、8年目に突入した作劇塾。
今年度はどんな年になるのでしょう。
「今年は末広がりですね」と誰かに言われたけど。
そういや名古屋市の市章はなんで八なんでしょう?
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
kaidanyawa at 19:33|Permalink│Comments(0)│




