2011年08月

2011年08月29日

人形たちの沈黙

 中山市朗です。

『中山市朗 Dark Night Vol.5』が無事終了いたしました。
 約150席、満席でした。
 ありがとうございました。

 深夜0時に始まり、始発の出る朝5時までの長丁場イベントです。
 私のライフワークである怪談をはじめとした怪しげな話は、深夜から朝に向けて秘密めいた会合でやる、というのが面白いように思います。なのでこういうイベントを始めたわけですが、いかがだったでしょうか?
 秘密めいた、にしては150人は多かった?

 今回のゲストは、第1回にお招きした怪談師の雲谷斎さん、ホラー作家の田辺青蛙さんの2人、そして市松人形ちゃん1体。いや実は2体になっちゃいましたが・・・。
 
 怪談好きだけど行かなかった、行けなかった、あるいは人形がちょっと、という人たちのために、どんな様子だったのか紹介いたしましょう。

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開場前のリハーサル時。
ステージ上のスクリーンに映ってるのは、Dark Nightのオープニングムービー。ちなみにワシの目です。









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客席からステージをチェック。
ワシも目を光らせて、スクリーンに映っているワシの目を見つめます。










 今回は3部構成とさせていただきました。
 第1部は怪談。
 私は8月8日に毎日放送でオンエアされた『茶屋町怪談倶楽部』の収録中に起こった怪異を紹介。そのときの様子をビデオに撮っていたので、その動画も公開しました。
 ちょっとこの動画の面白いところは、よくあるのが怪異が映っているのにそこにいる人が感づいていないというものですが、このビデオは全員が怪異を認知して、それぞれのリアクションが映っていたこと。ただし原因不明の携帯電話の音は、ビデオでは確認できなかったので残念。でもいい年こいた放送関係者が怖がったり悲鳴あげたりする動画は、私は見ていてなんか楽しいんですけど。
 今回は市松人形の再登場ということで後半は雲谷斎さん、私とで人形に関する怪談を。
 私は長崎のアンティークドールの話と、ひとり隠れんぼの、おそらく原型になったと思われる心霊ゲームをやっていた二人の女の子に起こった怪異を初披露。
 やっぱり人形って怖いですな〜。
 田辺青蛙さんは、ネットで拾ってきた西洋人形の怪の写真と動画を後方スクリーンに映し出して解説。見るからに嫌〜なのがありましたな。

dark_5_03 休憩を挟んで第2部。
 そうです、第1回『Dark Night』で妙な声を出した市松人形ちゃんの登場です。
 まずは田辺さんから。この人形が田辺さんの元に送られてきた経緯と、その後起こった事象、事件について語ってもらいました。霊能者たちが金を儲けようと群がってきたり、雑誌社の人が写真を撮りにきて、カメラマンがヘンになっちゃったり、現実主義者のご主人が妙に人形をかわいがるきっかけがあったり、人形の首が取れて床にコロコロ転がった事件があったり・・・。色々あったようです。
 それにしても笑えたのが、霊能者たちの見解が全部違うということ。
 私も何人かの霊能者、知ってますけど・・・。
 でもこれだけは言えます。多額の金額を要求してくる霊能者はインチキです。
 話を戻して。
 雲谷斎さんは人形が声を出したあの日以降、メールなどで色々な話が寄せられたそうで、なかには「気のせいやろ」とか「考え過ぎです」と言ってあげたい事象もありましたが、ステージに赤い玉のようなものが浮いていた、という話は私のところにも寄せられていました。

 そして、この日だけの特別上映も!

 あの時のイベントは2台のビデオカメラで記録用として撮影していたんです。当然、人形が声を出したときもそのまま録画してあるわけです。
 それを後日、私とカメラマンで検証してみたんですね。
 Aカメラの音は、私たち出演者のマイクからの音源から直接きています。だから声を発した人形に近い位置にあって、その声をクリアに拾うはずなんです。
 これが入っていないんですね、人形の声が。
 ただ、その瞬間、はっと引いている田辺さん、私、司会者が写っています。
 なにかが起こった、ということは見て分かります、
 この時の音をミキサーに通してみると、音が録音されなかったわけではないようです。その声は、耳には聞こえない高周波となって記録されているんです。
 とは言っても聞こえないのなら、これは会場で流してもみなさんをがっかりさせるだけだろうと、私は公開を躊躇したのですが、会場の一番後ろから、これはビデオの内臓マイクで撮っていたBカメラには、小さくですが録音されていたのです。
 ビデオでは「ふわあ」と聞こえました、私は。
 ただ、司会の女性の「きゃっ!」という声ですぐにかき消されてしまいますが・・・。

 人形の近くのマイクでは高周波となって記録され、遠くの内臓マイクには音として入っている。
 やっぱりこれは奇妙です。
 ということで、人形が声を発したときのビデオ、客席のお客さんに見てもらいました。
 聞こえました?

 そして再び箱の開封となりました。
 あれれ、人形がもう一体?
 実はあの後、市松人形ちゃんは色々な人の手に渡ったそうで、その時ある人が、この子にはオトモダチが必要だからと、お入れになったそうです。写真に撮る許可は出なかったので、画像はお見せできません。
 実は3体目があったんです。
 数日前、作劇塾に届いた小包。宛名は田辺さんになっています。
 実は田辺さんに「似たお人形があるから送りたい」という連絡があったそうで、困った田辺さんは作劇塾に送るように言ったら、ほんまに送られてきた、というわけです。
 ただし田辺さんが「イベントで見せていいですか?」と確認したら「それは困ります」という返事だったので、楽屋に待機してもらっていました。
 なんか人形が増えてきとるけど、どうしよ?

 さて、出てきた市松人形ちゃん。表情が前回より穏やかに思われます。
 今回は声出してくれませんでしたが、まああれだけの人が期待しちゃうとねえ。
 でも箱から出すとき、目がくるくる動いたという人がいっぱいいらっしゃいました。
 マジっすか?

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ここでまた休憩して、人形撮影タイム。
いい写真、撮れましたか?



 第3部は終了まで怪談タイム。
 私は「幽怪案内」のスタッフと共に、去る15日、つまりお盆の夜中、吉野へ出向き、霊査を行ないました。そこで何が起こったのかの怪談と後日談を紹介した後、数年前に撮った写真と先日撮った動画を公開したわけですが。
 話そのものは、お盆の夜、ここに建つ家が霊道になるというものなんですが、確かに夜中12時近くになったら、妙なものがビデオカメラに映ったんです。
 漆黒の闇からわずかな光ですが、家の玄関に向かって走り、続いて玄関の引き違い戸のガラスに妙な光が現れて、移動しているものが映っています。
 霊とは言い切れませんが、発光の原因となるものがまったく無いのです。
 最後は3人でラストの怪談。
 雲谷斎さんは渾身の人形怪談。
 私は放送ではできない、有名な事件にからんだ怪談。
 そして終了したのが朝5時。

 私は、えらい短かったような気がしましたけど。えっ、終わり? みたいな。
 ちなみにスタッフのテライくんは、第3部で我々が怪談を語っている最中、あるものを取りに楽屋に入ったそうなんですが、その楽屋は無人で、3体の人形が置いてあります。
 妙な階段を上がったら、正面に楽屋の鉄の扉があるんですが。
 テライくんが階段を登ろうとしたら、鉄扉がギギィと音を立てて勝手に開いて目の前に真っ暗な部屋が現れたそうな・・・。
  
 雲谷斎さん、田辺さん、司会の半田あかりさん、お疲れさまでした。

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お客さんも含めて、出演者やスタッフたちと打ち上げ。
ゲストの市松人形ちゃんはお酒が飲めないそうです。


 あのう・・・アンケートの返りが悪かったんです。アンケートは次回、次々回と続けるに当たっての貴重な資料となります。そしていい反応があったら勇気をもって次へ進める。皆様の意見ですので当ブログのコメント欄にてお聞かせください。

 次回は10月後半か11月頃、と思っています。
 テーマは「フリーメーソンの正体を暴く!」としたいところですが、発売が伸びております電子書籍『モーツァルトの血痕』との連動をしないと意味がありませんので、色々調整したいと思います。「山の牧場」を含むUFOなんかもいつかやる予定です。

 ぜひ、ご意見お聞かせください。

 なお、まぐまぐメルマガ配信の『幽怪案内』では、イベント中に撮った市松人形の姿やお客さんの感想、私の語る「市松人形」怪談、そして吉野の霊道怪談と動画なども近日順次配信する予定です。







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2011年08月25日

8/24の小説技法

 中山市朗です。

 24日(水)の小説技法の報告です。

 受講者の人数がなんだか減ってきています。
 うちは月謝制ですので「来れる月だけ来てもらっていいです」とは言っていますが、受講者の顔ぶれが固定化されてきました。
 つまりちゃんと書いている塾生たちです。同時に作劇ネトラジの進行、出演、桐の一門の落語会、あるいは私の仕事の現場を手伝ったり、飲み会や業界人の集まりに参加したりという人たちです。インプットとアウトプットを積極的にやっている、あるいはやろうとしている人たちなので、やっぱり生き生きしていて反応がいい。
 だから目的なり楽しみなりを創作に見出している人たちと言えましょう。
 来なくなる人は、書かない、他のことはやりたがらない、といったタイプの人が多いようです。インプットをやらず、したがってアウトプットもできない。
 もちろんその月の都合や金銭の問題、あるいは今それを実践に活かそうと現場に出ている人もいます。その辺りのことは承知しています。
 ただ、プロになりたいというのなら、何を優先し、今何をすべきかの見極めが大事だと思うわけです。20代の半ばから30代半ばという年齢の人は、特に考えなければ!
 プロで食っていく、というのはそんなに生易しいものではありません。なんでも積極的に取り入れて、創作を楽しむ、という姿勢がないと無理でしょう。
 そのためには、私はプロのいる人たちのいる場所へ積極的に行ってみる、参加するといったことをどんどん塾生たちにはやってほしいと思います。やっぱり一流の人と一緒にいるとテンションも上がるし、考えていることも違う。忙しそうにしていない。なんだか余裕があります。そういう人たちを見て、考えてほしいわけです。

 プロの人たちとの交流。
 プロになるために必要不可欠なことです。伝説の「トキワ荘」も手塚治虫というマンガの神様みたいな人と編集さんが出入りしていたからありえたわけです。
 何も知らない素人が100人集まっても、「トキワ荘」にはならないんです。
 
 そしたら、忙しいので、という人がいます。
 きっとその人の思う忙しいと、プロの一線にいる人や編集さんの忙しいとはレベルが違うと思います。恐ろしいことに、世界中どんな人も一日24時間しかないのです。

 ただ無理だと思ったら、さっさと辞めることも大事。無理だと思っているのに未練たらたらと塾に通うというのも時間の無駄です。

 とはいっても、作劇塾はきっと普通の生活をしていると絶対経験できないことや、見れないものを見るという場を与える場所ですので、おもしろいものを捜し、やりたいことを捜し、あるいは環境を変えたい、自分試しをしたい、という人にも何かを与えられると思います。いろいろなタイプがいてこそ、切磋琢磨できると思いますしね。
 要はその人次第です。

 ということで合評です。

 T野くんのSFホラー。本人はホラーではないと言い張りますが、ホラー的要素が読者を惹きつける要素となっているのは否定の仕様がない。問題はそのホラーの要因たる何者かが現れるシーンにあります。
 T野くんの作品を読んでいると、どうも自分自身が見たこともない世界、というのを描き切れていないんですね。SFにはここが重要となってくるわけですが。それと読者をゾゾッとさせるための構成もひとひねり必要です。

 Kくんの書す悦はコメディホラーだそうですが・・・。
 どこがコメディなのかわかりません。主人公が誰なのかわかりません。これが主人公と思って読み進めていると、途中で視点が変わったりするんです。あれれ?
「主人公の心情を書くためには、別視点からのものが必要かな、と思って」
 とはKくんの弁ですが、それ心情違う。説明!
 キミ、もっと小説読もうよ。

 N子嬢の短編怪談。
 「面影」は恐怖の肝の作り方が間違っています。部室にある人形に不可解なことが起きるちょっとした恐怖なんですが、姿を消した人形に対して、人物たちはそこをスルーしちゃっているんです。その後にうごめいているとか、がたがたと背後で、みたいなことを書いても効きません。肝についてもっと考えてみることに。
 「地響き」も、まず語彙の選択を考えてみること。
 ついていった、を、後に続いた。
 森が見え、さらに奥へと歩いた、を、森を抜け・・・。
 びっしり残っていた、を、付いていた。
 など、ちょっとした語彙の使い方でイメージは変わります。それと、ラスト。
 あまりやりすぎると実話系ではなくなるので。

 Yくんのアクション小説。
 異人と呼ばれる敵キャラに弱点を与えたことで、ちょっとその存在が生々しくなってきました。ただ、全体的にシャープさが無い。動きの説明があまりにも詳しいので、そういう印象が残るのでしょうか。

 T田くんの青春コメディ小説。
 雰囲気もできて、登場するキャラがみんな立って、なかなか面白く読ませます。
 ただ中学生の主人公が飲酒するシーンがあるんですが、これは辞めた方がいい。
 キャラが違うし、また未成年の飲酒の描写は何かと問題を起こす、ときっと編集さんは言ってきます。考慮すること。



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2011年08月24日

新耳袋殴り込み!劇場版・作劇編

 中山市朗です。

 明日25日(木)は20時よりUstream配信の『地下鉄探偵団』の生放送日です。地下鉄難波駅から千日前怪談などをお送りする予定です。しかし、地下鉄の駅にスポットを当てて90分喋るということは容易ではありません。
 大阪の奇談、怪談、不思議話、タレ込み、どんどんお聞かせください。
 しょうもないものでも歓迎です。
 お話の送り先はこちらの「お問い合わせ」からメールをお送りください。

 そして遅まきながら、キングレコードより『怪談新耳袋殴り込み!劇場版・関東編』『同・沖縄編』が発売されています。
 両方とも私も少しですが出演しています。


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 5月9日のブログにあるように、この日は私の書斎でロケが行なわれたわけですが、驚いたのは、来られた人数が3人、機材は小さなハンディカム2台、照明無し、ということ。
 ギンティ小林さんが聞き手ですので、実質スタッフは2人です。
 ドラマのような作り込みは無用とは言っても、劇場公開版でっせ!
 フィルムで撮っていた時代には考えられないことです。
 デジタル技術は確実にアウトプットを容易にしています。映像を作る手間隙も、かかる費用もフィルムで撮っていた我々の時代より、遥かにコンパクトです。
 そのことを考えると、我が塾にも映像関係の志望者がいるんですが、みな動かなすぎです。動いて、どんどん撮って、作品を発表させることが唯一の道なのに。
 ロケの見学にも来ないしね。ほんまバカです。大バカです。

 ただ、ロケが終わったらいつもは塾生と飲み会、というのが恒例だったのですが、当日は、撮影が終わったらスケジュールの都合ですぐ帰られたので、「なんで塾生たちと飲まなかったの?」と副音声で山口プロデューサーに言われちゃってます。

 さて、『Dark Night Vol.5』が近づいています。
 アムホールは200人は入ると聞いていたんですが、「お笑いライブを行なったところ、150人以上入ると実質後ろの人は見えないし、椅子もギチギチになって特に4時間いるのは窮屈になるでしょう」とうちのスタッフが言っていますので、となれば席は残り実質10席もないという状態です。キャンセルも出るかも知れませんので、迷っている人はお早めに!

 先日、田辺青蛙さんと打ち合わせをしました。お約束していた通り、あの人形を再び会場へ持ってきてもらいます。不可解な後日談や、寄せられたお客さんの反応などが色々あるようですので、披露できるかと思います。
 ちょっと着物も脱がしてみようかな・・・と。
 実は某雑誌社がその人形の着物を脱がし、体内もバラして写真を撮って掲載しましたよねえ。ところがそのカメラマン、気がヘンになられたそうで・・・。
 
 また、イベント当日には田辺さんへのインタビューと、人形をじっくりと撮影した動画、ライブの様子の一部をメルマガ動画「幽怪案内」にて後日臨時配信いたします。
 また同動画では、この人形に関する時系列を田辺さん公認の怪談として私が語り、こちらは正規配信いたします。『幽怪案内』のみの試みですので、当会場へ来られなかった方々、あるいは実物を見る勇気が無かった方々、是非ご覧いただいて、一緒に呪われることを期待いたします。

 京極夏彦「呪いなんかないんです。その人がそう思っているだけ」
 稲川淳二「あるんですよね、そういうこと・・・私もね、人形の呪い、知ってます」

 どっち?


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2011年08月22日

太閤の城ラピュタ

 中山市朗です。

 去る8月20日、サンケイ新聞主催による「大阪城天守閣復興80周年記念フォーラム『真夏の夜の怖い話〜大阪城の怪談〜』」が開催されました。
 今の大阪城の天守閣は3代目なんです。
 その3代目の天守閣が建てられて、今年が80年。その記念イベントがここのところ続いているようです。
 今回のイベントもその一環です。

 初代天守閣が豊臣秀吉が築城したものですね。
 織田信長と10年も戦った石山本願寺跡に築城が始められ、秀吉の死後も息子・秀頼によって延々と作られました。
 その大きさは今の大阪城の7倍の敷地面積をもち、中央区にある空堀商店街あたりは、大坂夏の陣で埋め立てられるまでは大坂城の南側の堀でした。
 その大坂夏の陣で、家康の軍に攻め立てられて遂に大坂城は落城します。そして豊臣家は滅び、ここからいわゆる江戸時代となるわけです。
 そして、瓦礫と化した大坂城は、徳川によって再建されます。これが2代目。
 と、大坂城は太閤秀吉の城・・・。
 あれれ? ならば江戸時代、大坂城は誰のものだったのでしょう?
 太閤秀吉の城跡は埋め立てられ、その上に天守閣が徳川によって建ちました。
 大坂城主は徳川将軍だったんです。
 でも徳川の将軍が大坂城に来ることは滅多になかったそうで、大坂城は日本で珍しいお殿様不在のお城だったわけですね。言うたらお城自体が大きな開かずの間。
 そこに、徳川から管理、警備する侍たちが譜代大名の中から選ばれ、たくさんの旗本、侍たちが赴任してきました。で、この侍たちが、大きな勘違いをするわけです。
 あまり大きな大坂城を見て、「さすが太閤のお城」と感心し、同時に豊臣家を滅ぼした自分たちの業を恐れるわけです。赴任してきた旗本や侍たちは、徳川の命を受けた者たちですから。
 で、お殿様のいない、ガランとした城内で、彼らは幽霊、化け物を見るわけです。そしてそれらが豊臣家の亡霊だと解釈されたのです。
 案外、江戸時代のお侍さんは、迷信を信じた臆病者だったようです。
 これが大坂城怪談の根底にあるわけで、大坂城の歴史を紐解くのに、これらの怪談を知ることはいい勉強になったりします。
 ところが2代目天守閣は、寛文5年に落雷によって焼失し、以後天守閣は作られませんでした。財政がひっ迫していたんでしょうか?

 そして3代目は、当時の関大阪市長の呼びかけにより、昭和5年に再建が始まります。その普請にかかる費用は全額大阪府民による寄付によりました。その額150万円。今のおよそ700億円に相当する額です!
 150万円のうち住友吉左衛門が25万円、三菱財閥は5万円を出したと言います。
 ケチとか始末しいとか言われる大阪人なんですが、

 やるときゃやるんですよ!
 
 それが今の天守閣です。空襲は免れたんですね。
 ちなみに当時の大阪城は陸軍が使っていましたので、150万円のうち、立退き料だの、それに伴う第四師団庁舎の新設だのと80万円を陸軍が使っちゃったらしいです。
 
 というわけで、その80周年を記念して、怪談好きの大阪城研究主幹の北川央先生、ミステリー作家の有栖川有栖さん、そして私の3人が、そんないわれのある大坂城に伝わる怪談を、参加されたお客さんに紹介するという催しだったわけです。
 80人限定のところ、あまりに参加希望者が殺到したため、130人が集合。まだまだ参加希望者がいたのを泣く泣く断ったと、サンケイ新聞の方はおっしゃっていました。
 いつもはサンケイ新聞のこのような催しはファンクラブの方々が参加され、年齢層は上ということだそうですが、今回は一般からの参加が多く、お年寄りから子供さんまで、幅広い客層でした。
 運営サイトもいつもとはケタ違いのアクセス数だったとか。
 やっぱり皆さん、怪談好きなんですねえ〜。

 午後5時から始まったこの催しは、天守閣近くにあります錦秀というお食事処で始まりました。雨がちょうどいい降りをしていて、しとしとと幽霊日和です。
 あんまり大勢になったので、椅子がビッシリ並んで隙間もなく、私の目の前にはすぐにお客さんがいます。前の席でずっと寝ているお客さんがいました・・・ん?
 まずは北川先生の解説と予備知識の話、続いて私の、大阪城とは全然関係のない、恐ろしい現代の怪談。その後、有栖川さんに参加してもらっての鼎談。
 おもしろいことに怪談好きのお二人は、幽霊なんぞ信じない、あるわけない、という立場なんです。でも怪談は大好き。
 私は、あるのかないのか分からないという立場でして。あって欲しいんですけど確証が無い。絶対出るというところに行っても絶対見ないですしね。
 そんな3人が、大阪にまつわる怪談を披露します。千日前、七墓、七坂。
 北川先生も、そんなんいない、と言いながらも自身の身に起きた不思議体験の話も。有栖川さんも「僕は信じていませんが、じゃあ中山さんが一緒に霊スポット行きましょうと誘ってきたら、そんな怖いところ、よう行きませんと絶対断ります」ですって。
 鼎談の後はお食事。
 みんなで蒼い顔になって蒼面〜、ということで素麺定食。
 北川先生の発案です。
 そしてその後は、みなさんをゾロゾロ引き連れて怪談の舞台となった場所へご案内〜。
 たいてい霊スポットへ行くときは、あんまり大手を振ってなんてことが無く、時には不法侵入することがあったり(?)して許可取るのが大変ですが、今回は堂々と霊スポット巡り。とは言うものの、江戸時代と今の大阪城はもう雰囲気も違いますわ。
 ボロボロの屋敷も、厠も無い。
 でもわざと暗い場所を歩いたりして、雰囲気はバッチリです。

 開かずの間、暗闇の間、禿雪隠(トイレのことです)、ジジイ雪隠、ババア畳、西大番屋敷跡(ここに秀頼の幽霊が・・・?)、土橋の火の魂、化けモノ屋敷跡など、1時間ほどかけて歩き、場所に来ると北川先生の解説と、私の怪談。
 こんな体験、みなさんはじめてでしょう。
 北川先生も、こういうことをやりたくてやりたくて、いろいろなところへ企画を出していたようですが、今回サンケイ新聞さんにより実現。
 北川先生も楽しそうでした。

 10時前頃に全てが終了、散会。
 この後、北川先生、有栖川さん、私と運営スタッフの方たちで打ち上げ。
 ここからでした本番は!
 皆さん、怪談を語る語る。
 旧サンケイ新聞社内であった怪異、私も振られて怪談を語り、北川さんも「無い」と言いながらも「実は私、大阪城内でこんな不思議な体験をしました」と語るとみんながゾッとして。
 いいおっさんが語る怪談て、なんか説得力がありますな。
 北川さんのお話、また27日の「Dark Night」で紹介しましょう。人形に関するお話です。
 ということで、来年またあればいいですね。






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2011年08月18日

8/17の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 今朝、WOWOWでヒッチコック監督の『めまい』がオンエアされていましたが、いやあ、ハイビジョンで再現されたテクニカラーの息を飲む美しさ!
 色彩が艶っぽくて、構図も素晴らしく、ジェームズ・スチュワートとキム・ノヴァクがその画面に映えるんです。スタアです!
 ストーリーは、あれれっ、みたいな映画のトリックとまやかしで構成されていて、それをあれよあれよと観せてしまうヒッチコックの演出のテクニックは最高です。
 1958年の作品ですが、こういう名作を若い人たちにどんどん観てもらいたいものですな。
 昨日オンエアされた『裏窓』も、私の好きなヒッチコック映画の1本ですが、画質がイマイチでしたなあ。

 ところで最近のWOWOWの映画の字幕、ギラギラのゴシック体のモノから明朝体の字幕に変わって、やや改良されています。
 どうやら私の抗議が効いたらしいですわ(6月30日のブログ参照)。
 なんでも言うてみるもんです。

 さて、17日(水)の作劇ゼミの報告です。
 怖い怪談の書き方を考察しています。

 よく人間の感情は喜怒哀楽であると言われています。
 小説やシナリオを書く場合には、この喜怒哀楽を表せ、なんて言いますが。
 私は従来より恐怖の怖をプラスし、喜怒哀楽怖の五大感情とするべきではないかと主張しているんです。中国では五情といって喜怒哀楽怨と「怨(うらみ)」がプラスされていますけど。なんかそれは怖い・・・。
 恐怖の心情は人間が生命体である限り存在し、人間に知能があるから畏怖の念も存在し、想像力があるから恐怖をエンターテイメントにするわけです。
 だから作家を目指しているというのなら、恐怖の感情、恐怖が起こる状況をちゃんと描くスキルは絶対必要だと思うんです。

 この夏、私は怪談系のイベントや収録で、色々な人と仕事をしました。
 作家、タレント、芸人、ミュージシャン、局アナ、ライター、編集さん・・・
 この人たちに共通してあるものは、サービス精神の旺盛さです。つまり人をいかに楽しませるかが身についていて、それがまた本人たちの快感でもあるのです。また人を楽しませるのがこの人たちの商売ですしね。
 だからこういう人たちと一緒にいると、こっちもテンションが上がるわけです。
 高いテンションでいると、いいモノが出てきます。相乗効果というヤツ。
 
 一方、若いクリエイター志望はどうも余裕がないのか、人を楽しませようとする精神に欠けているように思います。何事も自分、自分。
 自分の都合が最優先。こういう人はプロのクリエイターに向かないと思います。
 こういうのと一緒にいると、テンションが下がります。こんな環境ではいいモノは出ないし作れない。
 読者あっての作家、マンガ家。
 観客や視聴者があつての放送作家、タレント、芸人、ミュージシャンです。
 それがわかっているからプロなんです。私が仕事をご一緒させていただいた人たちは、一人残らず人を楽しませることに長けた人たちでした。
 ここを見習うように、気付かせるために、私は塾生たちを現場に連れて行っているのです。わかっているのかな、塾生諸君。
 
 さて、怪談です。
 怪談は最低一箇所、ゾッとさせる場面を書く必要があります。
 怖い、という感覚はごまかしが効きません。だから読者の心理を揺さぶるスキルを磨くには、この恐怖という感覚を書いてみることがいい勉強になると思います。

 先月はスガノくんの語った怪談を、塾生たちに文芸に仕立ててもらいましたが、そのほとんどは、聞いたことを書いた、というレベルでしかありませんでした。
 聞いたことを書く、というのはメモ、報告、記録であり、文芸にはなりえません。
 読者をゾッとさせるんだ、というサービス精神の欠如です。

 また怪談に限らず、一つの話を元にいかに面白く質の高い文芸に仕上げるかに、作家としての資質が問われるところでしょう。
 京極夏彦さんは、怪談についてこう述べています。

 怪談を書く、語る場合に必要なのは、ネタが事実かどうかではなくて、出力する際のテクニックなのである。インターネットで拾った凡庸なネタでも、過去の文献に典拠が求められる古典的なネタでも、怖い怪談に仕上げられるハズである。

 では、何をどうやって出力するのかを、今回は具体的に提示してみました。
 テキストは今月号の『小説新潮』に私が掲載している『屍女』です。
 あれれ、塾生のほとんどが買ってない。
 あかんわ、こりゃ。

 『屍女』は私が書いた私の体験談。なぜこの題材を選んでこの文体にし、描写したのかを塾生の質問に答える形で解説しました。
 編集さんは、どこにアカを入れて、何を要求し、私はそれにどう対応したのかの貴重なエピソードも披露しました。
 実は新潮社の編集さんとのやりとりで、私が怪談を書く上ですごく勉強になったことがあったんです。相手は『小説新潮』です。担当の方は小説の原稿をずっと見てきてアカを入れてきた人です。しかし私が依頼されたのは『なまなりさん』のような口調を生かした実話系怪談ということでした。
 小説と実話系怪談って、決定的に違う要素があったんです。
 編集さんは、欠けている情報を書くように指示してくるわけです。「ここはどうなったんですか?」「ここの説明が無いのはなぜですか?」「彼はここでナニを見たのですか?」と。

 つまり欠けた情報を埋めて、キチンと書いてくれ、というわけです。
 で、私は言ったわけです。
「そこを書いちゃうと怪談ではなく、ホラー小説になっちゃいますよ」
 そうなんです。欠けている情報を読者に想像させるから、怖い、という心理を生み出せるわけです。編集さんも「なるほど」と納得されました。

 具体的にはどこだったのかって?
 それを書き出すと長くなるので、まあ塾生だけの特権ということで。


 PS
 今、ブログを書き上げたら、妙なことに。

 留守電の表示ランプが点いている。
 うん? さっきまで点いてなかったけど・・・?
 で、再生してみたら新潮社の担当の人の声。

「すみませ〜ん。ファックスで原稿がどうしても送れないのですが・・・」

 あれれ? これ、2ヶ月前のやりとりじゃん。
 しかもこのとき、『屍女』の原稿が、宅配便で送ったら行方不明になる、ファックスで送るとファックスが異常な状態になる、と奇妙なことが連続して起きていたんです。
 担当さんも「まさか、私が怪奇現象に遭うとは!」
 と、ビビッていたほどの異常事態。
 その真っ最中のやりとりだったんです、その声。
 とっくにこの記録、消去して、しかも今日は一日中書斎にいて留守電の表示は1件もなかったのに・・・。


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2011年08月17日

僕の国は戦場だった

 中山市朗です。

 8月15日は終戦記念日でありました。
 敬礼!
 正確に言うと、天皇陛下の終戦の詔がNHKラジオで朗読放送され、国民に降伏が公表されたのが1945年8月15日だったわけです。
 日本政府が米戦艦ミズーリ号上にて降伏文書に調印したのは9月2日。
 8月15日から9月2日までの間は、暗黙の休戦状態だったわけです。
 ですから国際的には9月2日が終戦と認知されています。
 さらに1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約の発効により、国際法上に戦争状態に終止符が打たれます。
 だから8月15日は終戦日ではない、とする論説もありますが、私はこの日が終戦記念日でいいと思います。戦場で銃砲火は停止し、当日特攻を命じられていた若者の出撃命令は取り消されました。千島列島や中国東北部など一部の地域を除いて、日本と連合国側の軍隊が戦闘行為を停止したのです。国民はこの日以来、灯火管制も解かれ、死なずに済んだと安堵したわけです。まだ500万人の兵力があるとし、1億総玉砕、なんてことを言うてまでも戦争を継続する気だった日本軍が、天皇の詔でピタリと戦闘停止したことは、連合軍も脅威に思ったことでしょう。
 だから正確に言えば敗戦ですね。
 英国では8月15日が、Victory Over Japan Day となっています。
 だからこの日を「敗戦記念日」にしたらどうだ、という意見もあるようです。
 でも敗戦では、まだ戦争が続きそうです。
 戦争は勝ちもあれば負けもある。連敗連勝は戦の常ですから。
 戦争に負けたことのない国なんて、おそらく無いでしょうが、終戦日を作った国は日本だけでしょう。終戦は、戦争の終わりです。
 でも、戦争に負けた日を記念日とするのは世界でも日本くらい?

 そして8月15日はお盆。
 お盆の語源はサンスクリット語のウラバンナ。これが盂蘭盆会となったそうですが、ウラバンナとは逆さ吊りという意味なんですって。
 逆さ吊りのような苦しみをもつ人を供養によって救う、という意味となったんです。

 ちなみにお盆は盂蘭盆会、お正月は修正会と言い、放生会、成道会など仏教の記念行事は「会(え)」と言い、神道の行事を「祭」と言います。
 夏は全国でお祭り。七夕祭、祇園祭、ねぶた祭、天神祭、しゃんしゃん祭などは神道の神様のお祭りです。よさこい祭のように新しいお祭りはわかりませんが。
 PLの花火大会というのが関西では有名ですが、あれも神道の宗教行事です。
「人生は芸術である」という真理から、「教祖祭PL花火芸術」が正式な行事名のようです。私、行ったことありませんけど。
 無神論者で宗教をもたない、といわれる日本人ですが、宗教行事には参加するわけですな。意味もようわからんと。
 お盆の話でしたな。
 日本における最初のお盆の行事が行なわれたのは不明ですが、少なくとも推古天皇14年(606)には朝廷によって行なわれたと『日本書紀』にはあります。
 やっぱり聖徳太子が絡んでくるのでしょうか?
 一般的には亡くなった先祖の霊が戻ってくると信じられ、お墓参りという口実で全国民が故郷へと帰省するわけですが。

 そんな8月15日、私は「幽怪案内」のメンバーとともに奈良県某所に取材を敢行いたしました。
 7年前にFさんという60代の男性から聞いた怪異談が、その奈良県某所の古家に住んでいたところ、15日の深夜、仲間ともども部屋を横断する大量の霊たちを見たという話。
 つまり霊道を塞ぐようにその家は建てられていたようなんです。
 霊道のことを西日本では縄筋、ナメラスジとも呼びますけど。
 その男性のみならず、その霊道を塞ごうとすれば、ことごとく病院行き。不思議な話なんですよ。
 それは7年前の当時、さらに12年ほど前の話だということで聞かせてくれたのですが、その7年前、体験者のFさんとともに、その場所に訪れたんです。
 そしたら、その古家はまだ残っていて、Fさんの話を裏書きする奇妙な霊道を示す光景と証言が・・・。
 ただそのときは8月15日ではなかったので、「幽怪案内」を始めたこともあってこの日を狙って行ってみたわけです。
 まだありました。その古家。
 あのときのまんま。
 深夜12時を待って、ビデオカメラ3台でその場所を撮影。
 その結果は・・・?
 7年前に撮った写真とともに、その怪異談の詳細は「幽怪案内」にて配信いたします。
 また、きたる「Dark Night Vol.5」でも報告いたしますので、ご期待ください。
 そしてその後に立ち寄った、旧生駒トンネルでも・・・!

「Dark Night」、まだまだ席があります。
 amHallは広いですから。

  


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2011年08月11日

難波の55日

 中山市朗です。

 10日(水)『なんばグランド花月〜身の毛もよだつコワ〜イ噺』に出演。
 NGK初の怪談ライブで、スタッフによると大きな実験なのだそうです。

 なんという大胆なことを!
 なんばグランド花月、すなわちNGKは、難波区千日前11-6に所在しています。
 千日前!
 そう、ここは大阪市随一の霊スポットであります。
 その歴史は大坂夏の陣にまでさかのぼり、落城した大坂城と灰燼と化した大坂の町を復興させるために、徳川より派遣された松平忠明が、大坂城の裏鬼門を見て、戦により累々と積み重なった兵士たちの遺体を弔い、また周囲の墓所を一箇所に集め、難波村墓所としたのが千日前の始まりです。無縁仏や売られた女、捨て子といった死体が次々に運び込まれ、法善寺からは千日間、供養の念仏が途切れることなく聞こえたといいます。その法善寺はやがて千日寺とも呼ばれるようになった、その前の通り。
 これが千日前。
 で、NGKの所在地が、罪人の首切り場でした。斬り落とした首は極門台にさらされましたが、その首は、道頓堀角座の楽屋から見えたといいます。
 見せしめの磔台、火葬場、そこで出た灰を積む灰置場もありました。
 灰置場のあったところは今、某アイドルグループの本拠地になっているなあ・・・。
 明治になって墓所は阿部野に移され明治政府によって開発が進められますが、買い手はなかなかつかなかったといいます。ようやく横井座という劇場ができますが、墓石を礎石にしたからなのか、場主は殺され、劇場は火災で全焼します。
 明治の後半の頃よりようやく繁華街となっていきます。
 ところが明治45年にミナミの大火によって全域消失。その後ようやく大正時代になって、松竹芸能と南海鉄道により一大娯楽地となりました。そして戦争中の空襲。GHQによる接収もありました。
 そしたら昭和47年の千日デパートの火災。118人が亡くなりました。土曜日の夜10時40分のこと。
 この話をすると「なんでデパートがそんな時間までやってるんだ?」と聞かれますが、千日デパートとは名前がそうであるだけで、今で言うショッピングモールのようなものでした。7階にあったアルサロ(今でいうキャバクラのようなもの?)「プレイタウン」の女性従業員と男性客が主にその犠牲となったわけです。
 出火は3階の衣料品売り場だったので、可燃物の有毒ガスが7階を覆い、それから逃れようと窓から人が降りました・・・。今、大型家電店のあるところ。
 あの前のアーケードには人がぶら下がり、あたりはまさに血の海だった、とか。

 そんな場所でっせ!

 ちなみに昔、大々的なお祓いをしようと千日前の人たちの要請で高野山の大僧侶をお呼びしたことがあるそうです。そしたら「あっ、無理」と言って帰られたそうです。

 そんな話を共演者たちに言ったら、めっちゃ嫌がられると同時に、「そういえばここ、出るんです」などと、NGKの怪異談がポロポロと芸人さんたちから出ます。
 そういうところなんです。
 だから、やってはいけないんです。

 ちなみに、ここで処刑された人数と千日デパートの死者の数が同じ、という都市伝説がありますが、なんの根拠もありません。処刑された人数はもっと多かったはずです。
 とは言いながら、歴史は歴史。だからと言って霊が集まるとか、いる、ということにはならんだろうと、見えない感じない私は思っていますので全然平気です。

 最後は客席も出演者も絶叫した仕掛けがあったんですが、これは私とスタッフしか知りませんでした。まあここはお笑いの殿堂なので、こんなのがあってもいいかなとスタッフと決めたわけですが・・・。

 で、私、感心しました。
 みんな芸人さんだけあって、話が巧いんです。やっぱり笑いを取る技術と、怖がらせる技術は表裏一体である、というのはホントです。
 特に私が脅威に思ったのはBBゴローさんでした。
 前半は、稲川淳二さんのモノマネで、雰囲気だけ怖い話、というのをやっていたんですが、後半のガチ怪談では「予知夢」という物凄い話を熱演されて、これが哀しくも怖いんです。
 
 いやいや、まいっちゃったもんなあ。
 うまいんだ、コレが。
 聞いていて、ぞわぞわーって、鳥肌くる感覚でね。
 わあーっ!
 思わず叫びそうになった。
 心臓が、どき、どき、どき・・・脈打ってるんだ。
 やばいんだ。
 ほんとやばいんだ。
 なんでかなあ、考えるとね。
 間なんだよ。
 間がいいんだ。
 怪談ってねえ、これが大事なんだ。

 すみません、稲川口調で書いてみようとしたんですが、やめます。
 でもBBゴローさんは、稲川さんの真似をしているうちに、その間の持ちかた、擬音の使い方、表情のつけかた、そして緊張と緩和の舵取り、声の張り、その構成や手の動きなんかが、身についちゃったんでしょうね。
 司会のなるみさんが言っていました。
「滑舌のいい稲川さん」って。
 それって怪談の最終兵器!

 熱演後、マネージャーさんとともに楽屋に挨拶に来られたので「なんか一緒にやりましょうよ」と約束。実現すればいいんですけど。
 
 ガリガリガリクソンくんは昔から知っていたんですが、今回はこんな情報をくれました。
 兵庫県の某市に、幽霊が確実にいて、そこに入居した人が次々に出ていって、近所の人も「出る」と認知している部屋があるんですって。もう借り手がないからその部屋、パーティ会場として貸し出しているらしい。
「ということは、金出したら入れるわけ?」
「そうです」
「おもろそうやん。行こうや、一緒に」
「とんでもないです。怖いじゃないですか!」
 ということで、腰抜けガリクソンくんに場所聞いて、『幽怪案内』のスタッフといつか泊り込みしてみたいと思います。

『幽怪案内』といえば15日の夜、この日に幽霊が出るという吉野の某神社とある家に行って、夜中じゅう張り込んで、ビデオドキュメントを撮ってみたいと思います。すごい怪談があるんです、そこ。

 何か異常がありましたら、号外を流します。
 
 あっ、今MBSから、例の番組収録したCDが送られてきました。
 今から聞こ!
 聞こえるかな・・・。 



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2011年08月10日

そしてワシがいなくなった

 中山市朗です。

 今日(10日水曜日)の小説技法は、塾生たちだけで合評です。
 私はその時間に「なんば怪談花月〜身の毛もよだつコワ〜い噺〜」に出演中です。
 今は無くなってしまいましたが、「うめだ花月」には何度か出たことがありますが、NGKは初めてです。またNGKで怪談を特集するのも初めてだそうです。

 ガリガリガリクソンさん、島田修平さんたち、久しぶりに会う芸人さんたちも多いので楽しみであり、ちゃんと怪談を語れるコーナーがあるのかなと不安でもあります。
 一応打ち合わせでは私、トリの怪談を担当することになっています。
 BBゴローさんは初めてですが、稲川淳二さんのモノマネやったら私も自信あんで。

 さて、先週はお休みしちゃいましたが、大阪ソーシャルネットワークUSTREAM『地下鉄探偵団・フォークロ庵』。明日11日(木)20時より生放送予定です。
 告知していました通り、我が塾生と京都造形大学の学生さんたちとの怪談対決! もちろん私も語ります。というか、うかうかしとったら全部ワシがもっていっちゃうよ。

 ところで13日、14日と十三のセブンシアターで夜に対談予定の浅尾典彦さんも、生意気(?)にも大阪ソーシャルネットワークの番組をもつと聞きました。
 13日の午後に第一回目の番組収録?
 この日は十三でのトークまで暇やなあ。
 乱入したろ。



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2011年08月09日

ふるさとに進路を取れ

 中山市朗です。

 今回は6日に行なわれた「ふるさと怪談in京田辺」の模様をお知らせしましょう。

PIC_0016
京極夏彦さんとワシ。
お馴染みのポーズでおま。



  
 京田辺、初めてでして。
 JR京橋から学研都市線で1時間かかるかなと思っていたら、快速で25分。
 「1時に来ていただければ」と聞いていたのに、12時15分に到着。
 ふらふらとひとりで駅出たら、さまよえるオランダ人、いや違う、塾生とバッタリ。
 高田くん、寺井くん、大箱嬢。
「何してんねん?」
「先生、整理券取れませんでした! どうしたらいいんでしょう?」
 開場3時間前に配布された整理券は10分で配布完了。電車で来た高田くんは彼のブログによると二度寝をして遅刻。9時に有村くんの車で大阪を出た寺井、大箱は、わずかに遅れて京田辺に着いたらもう整理券はなかったとか。甘いわ。で、有村は?
 会場で撒くチラシの印刷に行っています?
 「わし、知〜らんで」と、彼らを無視して歩き出したら、塾生たちは勝手にゾロゾロと私の後ろをついてきます。そしてそのまま会場へ。
 「整理券お持ちですか?」と入場を制止せんとするスタッフに「出演の中山です」と告げると、「失礼しました、さあどうぞどうぞ」と塾生もろとも中へ案内されて、そのまま楽屋へと直行。
 
 もう京極夏彦さん、宮部みゆきさん、楽屋にいらっしゃいます。
「あれ、髭はどうしたの?」と京極さんの第一声。皆さん気付いてはりました?
 私、半年ほど前、口ひげ剃ったんです。剃ってからは京極氏とは初対面。
「えっ、偽者? 弟さん? そもそもあんた誰? 勝新?」と、さんざんツッこんできます。
 宮部さんは「あら、お髭の無い中山さんだ」と言って、こんなサインをくださいました。
kaidanehon_ura











PIC_0017
「中山さんにヒゲがなーい」
と言って自分の鼻の下にヒゲを作る宮部みゆきさん。



PIC_0019
同じく「ヒゲがなーい」と言ってワシの鼻の下にヒゲを作る宮部みゆきさん。




 田辺青蛙さんともご挨拶。田辺さんの故郷が実はこの京田辺。今回の「ふるさと怪談」の仕掛け人です。あの呪いの市松人形の持ち主です。東雅夫さんはしきりに「あれ(呪いの人形)は本当なの?」と、疑ってきます。
 なので順を追って説明したら、
「あっ、そういう仕掛けのある人形ね」
 違うってば!

 京極さんは、本番のステージで「霊魂なんて無いの」と言い切ってますしね。
 なのにこの人たちは無類の怪談好き。
 文芸、話芸としての怪談を愛してるんですよ、この人たち。
 怪談とオカルトをごっちゃにしている放送関係の人たちに、彼らの爪の垢でも飲ませてやりたいですわ。爪の垢で思い出した、塾生たちは?
 あれ? さっきまでチケット無い、言うて半泣きになって京田辺の街中をさまよっていたのに、今はもうそうそうたる作家さんたちが控えている楽屋にいて、田辺さんにお茶勧められとる。
 ここのところ、私の密着ドキュメントを撮っているテライくんは、スタッフの方に許可をもらうと楽屋の様子を撮りだしました。せっかくなので私がお二人におねだりして、京極さんと宮部さんに、塾生へのメッセージをいただきました。
 京極さんからは作家になるための厳しい、宮部さんからはやさしいお言葉をいただきました。
 そこに、マシンガンお嬢・青谷圭が姿を現しました。
「私はちゃんと早く並んでチケット取りましたよ。常識ですよ」
 とちょっとドヤ顔。
 宮部さんもそんな塾生たちに「お座りになったら?」と気を遣ってくれています。

 人の出入りが活発な楽屋です。出版社の人や作家さんが次々にやってきます。
 『幽』の担当Rくん。短パンのラフな格好で来たもんだから、京極氏をはじめとした楽屋メンバーから、バッシングの嵐となりました。
 デビュー直前に、作劇塾に見学にいらした三輪チサさんも。怪談ライブ一緒にやりましょうよとお声かけているんですが・・・。
 09年日本ホラー小説大賞短編賞受賞の朱雀門出(すざくもんいづる)さん。彼も整理券が取れなかったチケット難民だそうで。でね、なんと朱雀門さん、作劇ネトラジの熱心なリスナーなんだとか。塾生たちに話しかけて「ラジオと同じ声だ!」と感動していたそうな。そして第33回泉鏡花賞受賞者で童話、絵本作家で小説家でもある寮美千子さんともいろいろお話させていただきました。
 マンガ家の茶谷明茂さんからもご挨拶が。今回の「ふるさと怪談at京田辺」のポスターのイラストを担当されています。
 怪談社の紗那氏、紙舞くんと宇津呂鹿太郎さんも。宇津呂さん、名前は存じていましたが、見たらよくうちのライブに来てたお客さんやん。そろそろウチの怪談ライブからプロが育ってきたのか?

 やっと東さんの呼びかけで、トークライブの打ち合わせが始まりました。と思ったら30秒ほどで終了。ちょっとした段取りを決めただけです。つまり全員、台本無し。

 さて、この日のライブの構成は、まず東雅夫氏の司会で、京田辺に縁のある田辺青蛙さんと遠藤徹さんの京田辺怪談談義。遠藤さんは同志社大学の英文学の教授でありながら、『姉飼』で2003年日本ホラー大賞の短編賞受賞の作家でもあられます。
 遠藤さんと田辺さんは、京田辺の古代からの歴史を紐解きながら、鬼の伝承や怪異談をお話されました。
 考えたら、この辺りって、日本の古代史と神話に重要な土地なんですね。JRで来るとき、河内太秦のある東寝屋川、星田妙見のある星田、ニギハヤヒの伝承がある河内磐船といった駅を通りましたので、これは秦氏が山代へと移動した痕跡なりあるはずなんですよね。秦河勝の伝承も京田辺にあると、田辺さんから聞きましたし。
 今後の研究課題とします。

 私、出番が一番後なので(開始2時間半後!)2階席に案内されてステージを見ていたのですが、満席なので床にペタリと座って見ていたんです。休憩になって明かりが点いたら、さまよっていた塾生たちが関係者席にズラリと座っとるやないか。スタッフの方に、ここにと案内されたとか。
 ほんますみません。スタッフの方たち。

 続いて京極夏彦氏と宮部みゆきさんの怪談朗読。その後は東雅夫さんも交えて鼎談。
 京極さんは「昔話と伝説と怪談と個人の体験」を見事理論で分けていきます。あんまり詳細にやられると、そこまで考えていない私はやりにくいです。
 
 お二人がハケると最後のステージ。私の出番。
 持ち時間は30分。時計見たら5分押し。東さんに紹介していただいて、もう時間一杯一人で怪談尻取りを。収録と言えば、山と言えば、怪しい家と言えば、開くと言えば・・・で、気持ちよく3分オーバーで終了。客席から悲鳴があがったときは「してやったり」の心境です。

 濃い濃い内容の「ふるさと怪談トークライブat京田辺」でした。
 終了後は、やや遅れて私も物販席へ。あやや『新耳袋』が売れ残ってる!
 そしたら京極さんが叩き売りの口上で『新耳袋』の販売に協力してくださって、お客さんが「どれがお勧めなんですか?」「どれもお勧め、十巻まとめてどうだ」「私は1冊だけ持ってないのがあるんですが、どれだろう・・・」「きっと八夜だ、さあ買った」
 思わず「京極さん、あんたええかげんやなあ」と言うと、そこから京極ボケと中山ツッコミの漫才即売会に。いや、楽しかったです。
 あっ、以前塾に遊びに来てくださったアニメ監督の角銅博之さんもいらっしゃっていました。

 楽屋に戻ると、遠藤徹さんが「いやあ怪談おもしろかったです。また聞きたいです」とニコニコ顔で話しかけてくださり、またまた盛り上がり。
 と、いつの間にやら青谷圭が京極さんと何か話している。どうも作家になるための極意を聞いていたようです。贅沢なヤツです。

 ということで本日のイベントは終了。
 塾生はみなハイテンション。特に青谷は体の動きがヘンです。くるくるまわったり、妙な揺れ方をしたり。でも塾生たちにとっては夢のような一日だったのでは?
 これ、作劇塾マジックです。

kyogoku_sign

京極さんは、そんな作劇塾宛てに、こんな色紙を書いてくださいました。

 












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2011年08月08日

何がラジオに起こったか?

 中山市朗です。

 『茶屋町怪談倶楽部』のオンエア終了しました。
 バイブの音、ほとんど聞こえませんでしたねえ?
 東北の座敷童子の話をしている時、わずかに聞こえたような。
 
 聞こえないってことありません。
 現場にいた全員がはっきり聞いていて、ベテランのミキサーの人も「絶対入っている」って言ってましたから。

 『幽怪案内』にもし現場の様子の動画が張りつけられたら、スタッフの狼狽ぶりが見て取れるんですけど。

 PS:
 MBSから許可がおりましたので、『幽怪案内』で番組終了後のスタッフの狼狽ぶりが見れます。

 そんなステキな『幽怪案内』はこちら

 

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臨時ニュースを申し上げます

 中山市朗です。

 緊急告知です。が、その前に、
 昨日、関西テレビの『怪談グランプリ2011』を観ていたら、あれれ?
 再現ドラマだと? それ怪談ちゃうやん!
『恐怖の百物語』から始まって、関西のテレビ局で唯一怪談に理解ある局だと思っていたのに、これはイカン。監修の山口敏太郎さん、どうした?
 怪談とは話芸です。
 話芸としての題材、構成力、演出力、表現力を競うのがこの番組のミソだったはずです。そこを毎年楽しみにして、私の教材にもしていたのに。
 制作側からすると、より映像的なものをという気持ちはわかりますが、語り手から恐怖のイマジネーションをどう引き出すのか、という映像演出を考えて欲しいものです。
 結局、怪談という話芸を安易なオカルト仕立てにしちゃって、怪談とオカルトをごっちゃにしているのはテレビ局です。そのクセ「怪談」の企画持ち込んだら「うちはオカルトをやらないんで」と言うのも怪談をわかっていないテレビ局なんですよ。
 『怪談グランプリ2012』は、熱い話芸の競演に戻してもらいたいものです。

 というわけで話芸としての怪談のお知らせ。
 本日20時より毎日放送ラジオで『茶屋町怪談倶楽部』が放送されます。
 私のお相手は以前『明石家電視台』に出られていた武川智美アナ。
 めっちゃ怖がりな人で、放送中「きゃー!」「ひゃあ!」という悲鳴が何度か上がって聞き取れないところもあるかと思いますが、あしからず。
 そんなリアクションされると、余計話がノリノリになります。

 収録は4日の金曜日に収録済みなんですが・・・。
 本番中、ケシからんことが起こりました。
 私が気持ち良く怪談を語っていると、ブー、ブーというケータイのバイブの音が鳴り出して、それがかなり大きいんです。
 ブースの中は私と武川さんだけ。となれば、これは武川さんのケータイ音です。ちなみに私はケータイなど持たない主義ですから(キッパリ)。
 なんかマイクの乗っている机の下、つまり足元から聞こえます。
(あれ、武川さん、あかんやん。長年アナウンサーをやっている人が・・・)
 話の腰を折られたような気がして、少しムッとしました。でも本番中なのでそのまま話を続けます。十数回鳴ってやっと止まった。
 そしたらしばらくして、また鳴り出した。
(ほんま無いわ、武川さん・・・)
 二度目は数回鳴って、すぐに止まったんです。
 で、本番終了。そしたらブースの中にIさん、ミキサーの方、その他見学していた人たちがどやどやと入ってきました。
 Iさん「ケータイの音、してませんでした?」
 私「しました。このあたりで(と、収録テーブルの下あたりを指す)」
 そしたら武川さん。
「私、オフにしています」と、私を見ます。
 えっ、オレ?
「あの、僕は携帯電話を持たない主義でして。持っていません」
 武川さん「ええっ! 絶対、中山さんだと思ってた」
 すると音のプロ、ミキサーの方が言うんです。
「ヘンな音というのは、方向性がわからんのよね」
 実は、ブースの外にいたディレクターやミキサーさんたちは、ケータイの音が近くで鳴ったのでそれぞれが自分のケータイを思わず確かめたんだそうです。そしたら違う。
「(ブースの)中や」
 なんか音が出ている方向と距離感がわからなかったらしい。でも確かにケータイの音はみんな聞いていて。あとは武川さんのケータイ音しか考えられない。
 Iさん「みんな確認しましたから、(武川さんも)確認してください」
 で、みんなに促されて武川さん、おそるおそるバッグの中の携帯電話を確認しだして・・・あれ、バッグ、隅の棚に置いてある。あそこから聞こえたわけじゃないんだけど。
 と、武川さん「やっぱりオフです」
 Iさん「着歴ないですか?」
 武川さん「ないです」
 この模様、実は最近私の密着ドキュメントを撮っているテライくんがビデオに撮っていて・・・見てみると、あれれ?

 音がしたのは、はじまって40分ほどした、京都のお寺の座敷童子の話の終わりに近い部分あたりから。その音、オンエアの音には入っているのでしょうか?
 しかも同じ頃、ブースの外でも別の怪奇現象が起こったらしい。

 この詳細は号外として、本日のラジオ・オンエア前に、まぐまぐメルマガ『幽怪案内』にて、何が起こったのかの私の語りとその証言を号外動画に張りつけます。またスタジオ内での騒然としたドキュメントも、MBSの許可が取れ次第、動画配信いたします。取れるかな?
 こっちは再現じゃない。マジです。

 さて、明日は『ふるさと怪談トークライブat京田辺』の報告です。 



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2011年08月04日

8/3の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 まずはお知らせです。
 本日生放送予定だったUSTREAM「地下鉄探偵団」の怪談特集は、都合により来週放送となりました。11日(木)の20時より生放送です。

 さて、
 日本がGNP世界第2位の国となったのは大阪万博の2年前、1968年のことでした。戦後貧困にあえいでいた日本が、「東洋の奇跡」といわれる高度経済成長を遂げたのは、1954年から73年までの19年間だったといいます。
 日本人が希望をもった、輝かしい時代です。
 1973年はオイルショックによる円切り上げがあった年でした。
 戦後初のマイナス成長となりますが、翌年からは安定成長時代となります。
 そして空前の好景気、バブル経済の時代。1986年からバブル崩壊の1991年の2月までの間、日本は浮かれます。
 この経済成長を支えた日本人たちはこう思ったことでしょう。
「もう我々の子供や孫が貧困にあえぐことはないだろう」
 勤勉で個よりも和を重んじる日本人のやり方に間違いはなかったのだ、と。
 ところがその後の失われた20年。
 しかし日本人は起死回生が起こると信じていました。

 今・・・。
 若い人たちを見るとかわいそうです。
 それとも私の周りに、そういう若者が集まるのでしょうか?
 就職できない。できても契約社員。ボーナス無し。
 年収250万円の時代が今、確実にやってきています。
 ニートというのも増えました。親に食わせてもらっています。
 今後20年、税金や年金を払う国民はもっと減少し、外資系企業も日本を出て行くことでしょう。そして、東北大震災、原発問題。これも第2、第3が来ないとも限りません。

 私は何が言いたいのかというと、日本人が今までやってきたこと、あるいは方法論、そのシステムはもう捨てるべきじゃないかと思うんです。
 まさか高度成長やバブルを知っている、働きバチだった大人たちは、自分たちが懸命に働いてきた結果、自分の子供や孫たちが貧乏しているなんて考えもしなかったでしょう。日本という国がこんなに希望の見えない国になってしまうとは、思いもしなかったでしょう。日本の経済はずっと右肩上がりになっているはずだったんです。

 当然のことですが、今までと同じ考え方、今まであるシステムに依存しようとする限りは、ずっとこのまま貧困にあえぐしかないと思うのです。なぜならそのシステムは崩壊しているわけですから。

 にしても私が思うに、
 塾生たちを見ていると、そんな状況にありながら危機感がないんです。
 作家やマンガ家になりたい、映像の世界へ行きたい、そう言いながらその方法論が、私の学生だった80年代前半と大して変わらないわけです。
 作家になりたいから作品を書く。投稿してデビューする。これは間違っていません。
 ただ、本が売れない、出版不況、という時代、おそらくこれから作家で食っていこうと思うなら深刻な状況が待っています。本を読まなくても情報は入る。無料で娯楽はたくさんある。過激な映像がいつでも見られる、お小遣いのほとんどが携帯電話代、という昨今の状況を見れば、ITも携帯電話もCGも衛星放送もなかった80年代前半と同じ方法論が通用するはずも無いと思います。
 映像の世界も、カメラもコンパクトになり、ハイビジョン。パソコンで編集。
 発表したくば、ニコニコ動画やYouTubeにアップすれば、世界に配信される。
 フィルムで撮っていた私の学生時代とはまったく違う環境にあります。
 ただ、これをお金にするには自分で戦略を練ることが必要となります。
 組織を介さないということは、それを自分がやらなきゃならないわけですから。
 また、気軽に作れるということは、ライバルがそれだけ存在しているということ。
 そんななかで、フリーの映像作家が作品を創って食っていくということが、容易でない時代となってしまったんです。

 という状況にありながら、新しいメディアを積極的に学ぼうとせず、相変わらず仲間うちで交流して、何かに挑戦するということをしない塾生たちは一体何を考えているんだろう、と不思議に思うわけです。私は。
 もちろん新しいメディアに注目して挑戦して、さっさと塾を卒業した者も何人もいますが、だからこそ、その成功の方法論を学ぼうとしない心根が、わからんわけです。

 ということで、3日の作劇ゼミでは「そこんとこ、どう考えているの?」と、塾生たちと意見交換しました。

 プロの人ともっと交流をすべきだという塾生は何人かいました。
 現にプロの芸人さん、作家さんと交流をもって、そこから仕事が生まれているという実情は塾生のなかでもあるようです。
 ホンモノのプロの人といると、やっぱりモチベーションが違います。プロの意識の高さがわかります。そしてホンモノは、サービス精神が旺盛です。人を楽しませることがエンターテイメントの基本ですから、そのことがわかります。
 先日の関西ウォーカーTVの打ち上げに参加した塾生たちはみんなテンションが上がっていました。北野誠さんや編集長、デスクの人たちとワイワイ交流する。やっぱりモチベーションが上がるわけです。みな、サービス精神旺盛です。誠さんも塾生のことを気遣ってくれていますし。
 素人は、自分のことしか考えていません。サービス精神の欠如した人が、はたして人を楽しませる作品を創ることができるのでしょうか?

 アルバイト。
 これは難しい問題です。
 私が専門学校の講師をしていた頃は、「バイト禁止令」を出していました。バイトなんかするから仕事をナメる。作品を書かない言い訳にする。危機感が希薄になる。なんとかキリキリ食っていけるという状態は、非常に危険です。
 バイトするくらいなら、作品書いて作って営業しろ、と言っていました。実行した教え子は、今なんとかこの世界にいます。バイト優先した者は、あれから10年ほど経ちましたが、行方不明になったか、今もバイトか派遣。もう30でっせ!

 ただ、うちは塾なので「塾費が出せないから」なんて言われるとバイト禁止とは言えない大人の事情があるわけですが・・・?

 何度も言いますが作劇塾は、教室で講義を受けて、作品を提出するというだけの場所ではありません。プロの人たちと交流し、人のつながりをもつ場です。
 無名時代の私が、一番欲しかったものです。
 何の実績もない若造を、どこの世界の誰が相手にしてくれますか。
 そんな相手をしてくれるプロの人を作るために作品を持って営業、営業・・・。
 プロの誰とも交流していないのに、ある日突然仕事の依頼の電話がくる、なんていうことは、ほぼ無いわけですから。

 プロの人はあがいています。テレビも映画も出版も、今までとは違う状況にある。でもそこで生きていかなきゃならない。ではどうするのか。
 そんな話が行き交っています。プロの人間がそんなことを考えているのに、これからプロになろうとしている若者が、ぼおっと旧態然とした考えている・・・。
 これ、おかしいわけです。

 でもまあ、塾生たちと話してちゃんとそれなりに考えていることはわかりました。
 あとは実行です。

 思い立ったが吉日と言います。
 思ってからグズグズと考えているうちに、誰かに先を越された、なんてことはよくあります。また考えているうちにマイナス思考になっちゃうんです。思ったら即実行。その第一歩を踏み出せば、あとは前進するための具体案を考えるしかないわけです。これ、モチベーションが高くなります。

 なんかグズグズしてますなあ。
 成功の喜びよりも失敗のリスクを恐れています。成功したことないからでしょうが、何もしないより失敗したほうが経験にもなるし、人生のエピソードにもなるんですが。
 
 いや、授業だけでは足らん!
 この後の飲み会でこの続きを!
 飲み会には久々復帰のK坂さんが初参加だ!



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kaidanyawa at 22:23|PermalinkComments(0)

2011年08月03日

生ラヂオの時間

 中山市朗です。

 情報解禁です。
 来週8日月曜日、20時から21時までの1時間。
 MBS毎日放送ラジオで『茶屋町怪談クラブ(仮)』がオンエアされます。
 特番です。
 出演は私、お相手はMBSアナウンサーの武川智美さんです。

 昨日の午後、その打ち合わせのためMBSのディレクターIさんが私の書斎に来られました。実は先日、私がゲスト出演した『タネ蒔きジャーナル』の担当がIさん。
 このときから1時間の怪談番組をやりたいと相談は受けていましたので、「Iさんはよっぽど怪談がお好きなんですね?」とお尋ねしたら「実は僕、すごい怖がりなんです」
 なんて言うものだから、打ち合わせがてら怪談を何本か熱演したら、「ちょっと後悔してます」と顔色変えて、ほんまに鳥肌たててお帰りになりました。
 
 番組としては、大阪という土地と怪談文化、なんていう文化的アプローチでというちょっとおカタいてテーマをお願いされましたが、まあ私が怪談を語るのがメインの番組ですので、おもしろ怖〜い番組になると思います。

 よく「中山さんの怪談は笑いもあって、怖い怖いだけじゃないんですね」
 と言われますが、この“おもしろ怖い”というのが肝心なんですね。
 桂枝雀さんの「笑いは緊張と緩和から生まれる」のと同じで「恐怖も緊張と緩和から生まれる」んです。150キロの豪速球投手が直球ばかり投げているとそのうち慣れて打たれるのと同じ。変化球を使うことによって速球が生きるのと同じです。
 『新耳袋』も妖怪があったり不可思議があったり化かされるものがあったり。
 だからウケたんです。

 私とまったく同じアプローチで怪談をやっているのが北野誠さんです。
 彼と仕事をしていると、ほんまラクです。

 そんな北野誠さんと関西ウォーカーTV『最恐!怪談対談in大阪』が、昨晩20時よりUSTREAM及びニコ生で生放送されました。
 なんとニコ生だけで5万人を越える視聴者数!
 テンション上がりますわ。

 関西ウォーカーさんが今月号の怪奇スポット特集で「山の牧場」に突入しているということで、誠さんが見たもの、私が見たものを生トーク。
 実は二人でこの話を公の場でやるのは初めてのことなんです。

 ネット上では「山の牧場」を探し当てて写真を撮ってアップしている人もおられますが、あそこは今行っても私が30年前に見た不可解さはわからないと思います。
 特に「山の牧場」の不可解さは、それ以降の時系列が説明不能で不可解なわけです。
 私の見たもの、誠さんが見たもの、ミリオン出版の取材班が見たもの、なんか微妙に違って妙なんですな。誠さんがしきりに言う40個並んでいたという小便器は私、一度も見たことがないし、ミリオン出版はドア付きトイレがズラッと並ぶ写真を撮っていたし。
 一度台風で完全に土砂崩れで遮断された廃墟の「山の牧場」へしか行かない一本道を復興工事したのは誰? とか・・・。
 もちろん登記簿と地図記載の時系列も、ミリオン出版取材班は徹底調査しておりまして・・・そしたら余計、ありえないことになる・・・。
 まあこれは、またいずれ誠氏と共同で再調査することになりそうです。
 
 その後も京都の幽霊マンションなど1時間30分(最初の30分はダイエットの話)楽しくやらせていただきましたが、いかがだったでしょうか?

 ところで私、約5万人のリスナーの方たちに申し訳ないことをしました。
 誠氏もそのとき、ドン引きしていました。

 もう二度と言いません。
































 ミサオさん、という名は!

 



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kaidanyawa at 19:52|PermalinkComments(10)

2011年08月01日

雨の朝大阪に死す

 中山市朗です。

 わあ! 日本SF界の巨人・小松左京さんが亡くなられましたねえ。
 いや、ショックです。

 大阪の巨人とは私のなかでは(私と同じ時代に生きた人ということで)松下幸之助(和歌山県出身、大阪福島区に松下電器創業)、司馬遼太郎(浪速区出身)、朝比奈隆(東京出身だが大阪フィルを昭和22年創立以来54年に渡り音楽監督)、開高健(天王寺区出身)、手塚治虫(豊中出身で宝塚に育つ)、小松左京(西区出身で神戸に育つ)、桂米朝(満州生まれで姫路市に育つ。上方落語復興の祖)といった人たち。
 もう米朝師匠しか残ってませんな。
 ちなみに私は兵庫県朝来市の出身です。今は完全に大阪人だと思っています。

 小松さんとはお会いしたことは無いんですが(お見かけしたことは何度かある)、日本の文壇界にこの人がいるというだけで、なんだか重みが違うような気もしていました。
 そして現代大阪の文化という面でも、無くてはならない人でした。
 また低く見られていたSFそのものの地位向上に著しく貢献され、SFを通じて日本人に、その生き方や未来に、大いなる提言をされていました。
 小松さんが、若者たちに対してメッセージを送ったエッセイ『未来からのウィンク』は私が塾において教科書のように使っております。

 実は私、小松左京さんに一度、コンタクトを取ろうとしたことがあったんです。
 もう25年も前のことでしょうか。映画監督を目指していた私は、キッチュさん(現在は松尾貴史)と共同で、めちゃくちゃとんがったギャグ映画の脚本を書いていたんです。
 ショートショートのギャグが30くらいあるという構成で。その中で「小松沈没」というギャグがあって。

 プールに仰向けになった小松左京先生が浮いている。
 ところが小松先生の巨体がブクブク沈んでいく。
「わしゃあ沈まんぞ! 沈まんぞ!」
 と言いながら、水中に没する。

 罰当たりなギャグですが、小松左京氏がブクブク沈む様を思い浮かべるともう笑けてきて、どうしても撮りたいという衝動にかられて。
 で、小松さんのオフィスに出演交渉の電話をかけたんです。
 出たのは秘書らしき女性の方。
「あの、小松左京先生に、出演可能かどうかの相談なんですが」
「はあ? テレビか何かですか?」
「私の自主映画のようなものですが」
「どのような内容でしょう?」
 さっきの話をしました。そしたら、
「小松先生はシャレのわかる人ですので、多分それ、出演承諾されると思いますよ」
 さすが大物は違う。

 ただその直後、黒澤明監督の『乱』のメイキング企画が通って、1年間黒澤組に密着しているうちに、このギャグ映画も立ち消えに・・・。

 後に小松左京の小説『くだんの母』から「くだん」という半人半牛の化け物の存在を知って、それがヒントとなって『新耳袋』の「くだんに関する四つの話」となるわけです。

 小松左京の作品で印象深いものは、いろいろあります。
 『日本沈没』がやっぱり小松作品との出会い。映画からでしたけど。
 『果てしなき流れの果てに』『継ぐのは誰か?』『エスパイ』『日本アパッチ族』『結晶星団』『復活の日』『日本売ります』『首都消失』・・・うーん、私のなかで一番印象に残るのは『模型の時代』ですかな。

 この短編小説を高校の頃に読んで、作家というものに初めて興味をもったんです。
 当時私はプラモ少年で、タイガー戦車や帝国海軍の軍艦のプラモデル作りに勤しんでいました。もちろん勉強なんてそっちのけで。
 そんなとき『模型の時代』を読んだんです。ちょっとうろ覚えですが、確か原寸大のタイガー戦車のプラモに対抗して、ええ大人が原寸大の戦艦大和のプラモを作ってしまうという熱い話。そしたら原寸大の富士山、原寸大の日本列島、しまいに原寸大の月のプラモを作って「ほなら原寸大の宇宙のプラモ作るわ」と、ロケットに乗り込むという話でした。
 高校生の私は「こんなアホな話を真剣に小説に書くって、どんなおっさんやねん」と思って、このとき小松左京という作家に興味をもった、というわけです。

 今思えばこれ、落語の発想ですな。
 『あたま山』が構想の根にあるんじゃないかと思いますが。

 そういや小松左京先生も、文楽や歌舞伎、そして上方落語をこよなく愛した人でした。桂米朝師匠とよくラジオやテレビで丁々発止やってはったん覚えてますし、『狐と宇宙人』という狂言も書いてはって、見に行った覚えがあります。
 狐が人を化かそうとしているところに宇宙人がやってきます。宇宙人はこの狐が人間やと思っている。狐は宇宙人を人間やと思っている、みたいな化かし合いの話。
 SF狂言ですな。

 小松左京さんのそんな大らかなユーモアがとてつもなく好きでした。

 ご冥福お祈りいたします。




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kaidanyawa at 22:45|PermalinkComments(2)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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