2011年09月

2011年09月29日

9/28の小説技法

 中山市朗です。

 28日(水)の小説技法の報告です。
 ありゃりゃ、欠席者が多いぞ!
 風邪がはやっているみたいです。
 クリエイターという自由業は体が資本です。
 風邪ひいたから、と言っても相手は締め切りを伸ばしてはくれません。サラリーマンの有給休暇なんていうものもありません。風邪をひこうが親が死にかけていようが、締め切りは締め切りです。大御所なら別ですけど、新人はここで原稿落としたらアウト! です。
 
 お芝居の世界では「親の死に目には会えない」なんていうことを言ったりしますが、主役が舞台を休むともうその公演が成り立ちません。会場代、チケットの払い戻し、他のスタッフや出演者への保証、信用問題などに関わってきます。
 作家も同じことが言えるかもしれません。
 最終締め切りは印刷所との関係で設定されていたりしますので、原稿が遅れたらその間、ずっと印刷所を止めていたりすることがあるんです。これ、1時間1時間、遅れるほどに損害が発生することを意味します。ましてや遅れている原因が「風邪ひいたから」では済みません。とんでもないことです!

 私の知り合いのマンガ家さんの話ですが、新人の頃、原稿締切日の前日に風邪ひいちゃったんですって。マジで熱が出てる。頭痛がする。咳き込む。力が出ない。
 で、担当さんに電話しました。
「すみません。風邪ひいたので明日の原稿、無理みたいです。ゴホゴホ」
 そしたら編集さんの返事。
「ああ、そう。だったらいらないよ」
 その一言で電話が切れた・・・。
 あっ、俺の仕事なくなる!
 そう思った途端、熱も頭痛も咳きも、吹っ飛んだそうです。
 即効電話。
「あの、ちゃんと原稿仕上げます」
「・・・当たり前や」
 もちろん原稿は徹夜で描いて約束通り送りました。そしてこれは後にその編集さんから聞いた言葉なのですが、
「あのとき、原稿落としていたら本当に切るところだった」
 作者が風邪を引いたって、読者には関係のないことですしね。

 だから体調管理には気をつけて。
 この世界の体調管理というのは、ジョギングしてフィットネスに通って・・・ではなく、徹夜に耐え、酒に強くなって、不摂生に慣れ・・・それは私のことでした。

 さて、この日は小説の合評です。

 T田くんのヤンキー小説。特に何も言うことはありません。大変面白く読めます。この先を進めましょう。

 K師匠の作品。彼は小説家志望ではなくお笑い作家として活躍中なんですが、ともかく小説を1本書き上げるということを課題として取り組んでいるわけです。大分、小説の体になってはきていますが、なんだか主人公の正体が掴みきれません。そして周囲のキャラクターとの距離感もよくわかりません。キャラクターをもっと明朗化して、ひとつひとつの描写をキッチリ描くことを心がけましょう。

 Yくんのアクション小説。描写が長い、という指摘がありましたが、これはそういう作風ですから。ただ、最終的にこの作品は何枚に収まるのかを念頭に置くことが大切です。文庫本1冊分は、400字詰め換算で300から400枚。あんまり長くなるようだとそこは考えねばなりません。そのとき、長い描写を削らなきゃならないことにも。まあ、いずれにしても1冊分描き終えることが今は先決。

 T野くんのSFホラー。前回、月面基地で起こる恐怖の描写を、エイリアンで行くのか貞子で行くのかを指摘されましたが、貞子、というより伽椰子が好きだそうですが・・・?
 でもそこが明確になった分、恐怖も伝わるようになったし、音などの使い方も効果が出ています。ただ、月面基地にあるモノの大きさがわからないので、そこから現れるソイツがどのくらいの大きさであるのかが、今ひとつわかりません。作者の頭にあることを読者に伝えるこの難しさを、なんとかクリアしてもらいたいのですが。

 N子さんの短編怪談2編。やっぱり2編とも登場人物が怖がっていないので、肝がどこなのかが伝わりません。人物の配置にも工夫がいります。もっと怪談を研究する必要があります。

 K田くんの作品。題名が『一ツ目小僧になった日』?
 あくまでこれはホラーではなくコメディだと言います。にしては笑うところがない。登場人物とその友人が自販機で買ったジュースを飲む描写が2度もありますが、正直こんな日常、いりません。それより冒頭で何かを起こさなきゃ。
 新人の場合、勝負は最初の3ページ、せいぜい5ページ。ここで何も起こらない原稿はボツです。それとメリハリのある文章を書くこと。
 でもコメディを書く人が好きなコメディアン、喜劇人、と聞かれてラーメンズとジム・キャリーの二人で終わるというのは問題。お笑い好きの中学生レベルじゃん。



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2011年09月28日

国営放送局

 中山市朗です。

terebi_01 『大!天才てれびくん』観てくれはりました?
 26日の放送では、私がシルエットで浮かび上がったところで、この続きは明日? とばかりに観るのをやめたり、チャンネルを替えちゃった人がいっぱいいたみたいですねえ。
 ちゃんと後半出て、お手本となる怪談を語りましたよ。
 27日も、3つのコーナーに分かれていましたけど・・・?

 私が登場したとき、子供たちが「わあー!」と驚いたのはガチでして、私が来ることも、私が誰であるのかということも、子供たちには知らせていなかったんです。
 いきなり和服姿のヒゲのおっさんが出てきて、子供たちはなんと思ったことでしょう?

 子供に怪談語りを学ばせる、というのはいい企画ですねえ。
 怪談語りって、相手がキャッとでも怖がってくれたらもう楽しくなっちゃいます。
 語ることが楽しくなると、話術が向上します。そしたらますます語ることが楽しくなります。コミュニケーション力ができて、プレゼン能力も上がります。会社に入ったら営業とかできるようになります。何より、想像力や表現力が豊かになります。
 子供のうちからやっておくのは、大変にいいことです。
 学校教育でも取り上げてみたら?

 私は30歳過ぎてからでしたからな、怪談語るようになったのは。

 ちなみに、怖い話ができると女の子にモテるというのは都市伝説です。
 怪談を聞いているときは、真剣なまなざしで、時には目に涙を浮かべながら聞いていた女の子たちは、怪談会が終わると同時にもうサバサバとした表情で、即効帰っちゃいます。

 うーん、こんなはずでは???




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2011年09月26日

マ丹後3

 中山市朗です。

 先週行った古代史探偵団による丹後半島調査の模様、オフィス・イチロウのブログ「魔界見聞録」に掲載しておりますので、どうぞ。
 注目度急上昇中の真名子のブログも併せてどうぞ。

 魔界見聞録はこちら
 真名子のブログはこちら

 丹後半島へ赴いたことはすでにこのブログでも報告いたしましたが、このとき痛切に思ったことがありました。いや、以前から思っていたことではありますが・・・。

 それは、歴史学とはなんぞや? ということ。

 私は歴史学者ではありません。歴史についての専門教育を受けたこともありません。
 つまりは素人なわけです。ただ、素人は歴史を探求してはならない、ということもありません。素人だからこそ許される歴史のアプローチもあると思うのです。
 私はビデオクルーとともにフィールド・ワークをすることによる古代史探索を始めました。これが『古代史探偵団』なわけです。
 以前、CS京都の『京都魔界案内』および『京都魔界巡礼団』という番組を手がけ、貴重な証言や祭りなどの映像が手元に残りました。特に今は行なわれていない京都太秦の牛祭りのドキュメントは貴重なものです。番組内での管主さんや宮司さん、町の総代さん、郷土史研究家の方の証言も貴重なものです。そのうちの何人かは亡くなられたようです。もう二度と彼らの証言は聞けないわけです。
 ちなみに郷土史の研究家が亡くなると、最近は若い人がこれを継がない、という問題が起こっているようです。郷土史の研究は辛いものです。歴史学者には絶対に相手にされませんしね・・・。
 で、これらの素材を元に書籍にするという方法もありますが、それは幾度となく色々な人の説が書店に並び、または研究書として出版されています。いずれこのことは出版するつもりではありますが、まずフィールド・ワークの足跡を、みなさんに見ていただき、考えてもらいたいと思っている次第です。映像とネットの時代ですから、ちょっとした実験でもあります。

 で、このフィールド・ワークという行為ですが、これがいささか「歴史学」の範疇ではないようなのです。
 「歴史学」とは端的に言うと「文献」を検証し、そこから歴史的事実を追及する学問なわけです。ここに「考古学」が合わさって、歴史的事実が明らかになるわけですね。
 ところが日本の古代、とりわけ飛鳥時代以前について記した文献は、国内においては『古事記』『日本書紀』が第一級史料とあるだけなのです。
 だから中国の文献が貴重なものとなって邪馬台国を記した『魏志倭人伝』や聖徳太子の時代のことを記した『随書倭国伝』などを参考とするわけです。
 邪馬台国のことは日本の文献には出てこないわけです。だから論争が起こるわけです。
あれは魏の国の人が書いたのだから、まず中国の学者に読み解いてもらうべきでしょう。

 では文献に残らないことはどうして調べるのでしょう?
 銭や木簡、遺跡や古墳、仏像や工芸品に刻まれた文字、落書き、呪符、亀卜の文字、日記、そして寺院の資材帳などを見るわけです。
 ただ私が調べている聖徳太子の頃はまだ銭は無く、文書木簡もまだ現れていません。
 それに文字を読み書きできる人というのも、特権階級の、それもごく一部の人たちだけのものだったことでしょう。従って当時の日記なども存在しません。
 よほどのことが無い限り、文字という記録には残らなかった時代です。
 『国記』『天皇記』が聖徳太子と蘇我馬子の共同で編纂されたと『書紀』にありますが、残っていません。『天皇記』は蘇我蝦夷の邸宅が燃やされたとき、同時に燃やされたとあります。
 神代文字というものもありますが、歴史学ではこれを否定しています。
 となれば、文献から検証する古代史というのは、日本ではとても不十分なのではないか、と思うわけです。しかも『記紀』は朝廷から見た大和朝廷の歴史であり、当然そこには朝廷に都合の悪い事象は記されておらず、消された、あるいは改ざんされた事象もあるわけです。
 いや、その意図もあって『記紀』は編纂されたと言ってもいいでしょう。
 それに天皇陵は公開されないし・・・。

 実は私は、丹後の隣、兵庫県の但馬の生まれでして、祖父が郷土史の研究をしていたのです。但馬にも多数の古墳群が存在していながら、まったく『記紀』に記載されていないために、誰が埋葬されたものなのかがまったくわからず(祖父は「秦氏のものや」と言っておりましたが)という状態であったわけです。「但馬に神はいない」と言った学者もいました。祖父はその言葉に怒っていましたけど。
 多分、古代の但馬一帯は大きな湖があったということから、丹後と同じ海部の領地だったと私は思うのですが・・・。
 ともあれ、記録に残らない歴史的事実はいっぱいあったと思われるわけです。

 地方には、古代の記録は無くても伝承、伝説というものがあります。
 丹後に伝わる羽衣伝説、浦島伝説、徐福伝説などがそうです。しかしこれらはフィクションであり、歴史的事実かどうかは疑わしいということになります。そのなかの一つに聖徳太子の母、間人皇后が丹後の間人村に一時身を寄せたという伝承があるわけです。
 私の中ではその可能性は十分ありえると推測しています。
 もちろんこのことは『記紀』には記されていないので歴史学では、無かった、という解釈になるわけです。それに一時移り住んだ、ということで古墳などがあるわけでもありません。何か当時に書かれたものが発見されれば、そこで初めて研究対象となるわけですから、今はその対象ですらないわけです。
 間人が丹後に走ったのは『丹後旧事記』によると(この文献は明治になって地元の研究家が東京の図書館、地元の神社、寺の縁起、由緒、風土記などありとあらゆる丹後に関する歴史的記述を集めて編纂されたものなのですが)、弟の穴穂部皇子を馬子により殺された危機感からだと記します。つまり蘇我の手から逃れたというわけです。
 物部からではない、ところがミソです。
 確かに当時の間人皇后の周囲にある情勢は、弟の穴穂部皇子を馬子によって殺され不穏な状況下にあります。しかももう一人の弟、崇峻天皇も後にまたもや馬子によって殺されます。穴穂部皇子を天皇へと推挙したのは馬子と対立する物部守屋でした。となると、間人自身も命を狙われる危険性はあったと考えるべきでしょう。そして後、物部・蘇我の戦争が勃発。間人の生まれ故郷は守屋邸の近く(八尾市穴太神社あたり)にあります。そこに蘇我の軍勢が押し寄せている・・・。蘇我の女でありながら蘇我にその命を狙われるというこの恐怖。陰謀が渦巻く不穏な都に、安穏といられる状態ではないはずです。そして聖徳太子は、きっとそんな母に安全な場所に移るよう進言したと想像されます。

 そうです、想像です。しかし、そうも考えられる。
 想像。これは「歴史学」ではやっちゃいかんことなのですよ。
 しかし、ですよ。
 その可能性は否定できない。そして間人が丹後に逃亡したことはおそらく朝廷の記録には残らない。なぜならこれを記すと間人の血は物部であると言うことに等しいわけです。
 そして間人皇后に関するなんらかの伝承が残る地は、実はここにしかないのです。
 となると候補地はここしかない。
 しかも注目すべきが、ここは物部の祖となる海部氏の領地。海部氏は丹後の大県主であり、竹野神社で修行させた若い巫女たちを、朝廷の妃として送り出していた・・・。

 もし、間人が丹後に来ていないというのなら、兄弟が馬子によって殺されている恐ろしい都に留まっていたままだったということになります。
 歴史学上には存在しない事象も、間人を人間として見ると、動機が見出される可能性が出てくる。

 こんな周到なフィクションを誰が作ったのでしょう?
 これは研究してみる価値はあります。聖徳太子の正体を根底からひっくり返す事象がここに隠れているんです。聖徳太子は海部の皇子だと。
 でも地元丹後でこのことを調べている人はどうやら誰もいないようなんですね。
 もったいない!

 もう一度言います。これは歴史学ではないのです。また史料を紐解くことだけが歴史学であるならば、このことは永遠に研究対象にされないことになるでしょう。
 
 地元に取材しわかったことは、地元の人たちは町興しをしたいわけです。
 町を活性化させたい。観光客を誘致したい。そう思うのは当たり前です。
 日本海の遥か彼方を見つめる聖徳太子母子像はその象徴です。
 しかし、そんな伝説がこの丹後の地にあることは、地元民以外はほとんど知りません。つまり広報活動がうまくいっていないわけです。しかも日本の古代史を見るのに重要な古墳が群がり、神話と物語がこれだけ残って、元伊勢や天橋立もある丹後半島。海の幸も旨い土地です。
 うまく仕掛ければ町興しを仕掛けるだけのモノはある。そしてそれは日本の国の成り立ちを考え、ロマンに夢馳せることにもなります。

 でも「歴史学」がそれをさせないんですな。
 歴史と物語は違うものだと。
 何人かの専門家の方と話していてそう思ったんです。
 間人皇后の伝承は歴史学に値しない、ただの噂である、と。
 歴史と物語をごっちゃにしてはいけないことは分かります。
 ただ、今のままでは歴史は専門家だけのモノになってしまうような気がします。
 なんかもったいないな、と。
 妙なことに地元の人たちは温かく迎えてくれ、情報もいただいたんですが、専門家の方々は、こんな私たちを奇異な目で見て、必ずしも最初は歓迎ムードではなかったこと。なんか私ら、丹後に悪いことをしに行ったような・・・。
 
 ですから、もっと人々が歴史のロマンを楽しめるような戦略が専門家から提案されてもいいんじゃないかと痛感したわけです。日本人はこんなユニークな歴史をもつ日本のことを知らなさすぎますもん。これは歴史の年代暗記のクソ面白くない学校の歴史教育にも問題ありますわな。私もあの授業もテストも大嫌いでした。今、こんなことやってるのが不思議なほど。あんな教科書、クソ食らえ、ですわ。

 ちなみに丹後で一泊お世話になった塾生のKくんは、生まれ育った丹後の歴史のことはまるで知らなかったようですが、今回我々が丹後の地を訪れた理由を言うと、「えっ、ここはそんなところだったんですか!」と目を輝かせて。

 それと、オカルティズムが隠される構図は今も存在しています。
 天皇とその神に関することは、探究してはならない、と・・・。

 ともあれ、丹後は実に面白いところです。
 丹後の歴史について専門家や文化人が共に語り、考えるシンポジウムやディスカッションをやり、ツアーも行ない、それらをメディア戦略のなかに落とし込む。
 そしたら丹後の歴史はもっと全国に広がり、古代へのロマンが見られるんじゃないでしょうか?
 歴史学者の立場からの発言と、推測から歴史を語る作家やフィールドワークをしている民俗学者たちのバトルトーク、面白いとは思いませんか? 観光客やイベントに参加した人たちは何に興味をもち、面白がるかです。そこから歴史学に踏み入るのもいいじゃないですか。
 ただし、古墳が多い、遺跡が多い、だけでは町興しにはならないんです。
 ここにヒーロー、ヒロインがいなきゃ。
 幕末や戦国時代に歴史好きの人たちが魅了されるのは、ヒーロー、ヒロインがいるからです。
 丹後にはそれがあります。

 聖徳太子の母、穴穂部間人。

 そうやなあ、まずは間人の門後辺りを人気マンガ家に描いてもらって・・・。
 原作?
 私が書きますやん。




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2011年09月23日

9/21の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 昨日の続きの前にお知らせです。
 26(月)、27(火)のNHK教育『大!天才てれびくん』に出演いたします。
 子供たちに怖い怪談を語る秘訣を教える師範役です。
 子供たち、かわいかったなあ。一人、私のファンという子もいましたよ。

 さて、昨日の続き。

 飲み会で起こった問題。
 プロのクリエイターの交流会が土曜日にあって、塾にもその案内が来ているんです。
 で、総務のスガノくんは私と出席すると予約してしまったらしいのですが、その日は私、どうしても行けない。じゃ代わりに誰か行く? ということになって。
「じゃあ僕行きます!」とならないんですね。
 うーん、うーんとみな考えちゃって。
 参加費の5000円が負担なのか? もっと重要な用事でもあるのか?
 5000円が負担というなら、もうアウト!
 5000円でプロの人の考えややり方を吸収できて、将来の人脈作りにもなって、と考えると安いもんです。5000円は自分への投資だと考えなきゃ。
 お金持ちの人って、投資しているからお金持ちなんですよね。投資した分をどうやって取り返して利益を生むか、そのために投資先をリサーチしたり、先を読んで戦略を考え、情勢を読み、政治を見て、経済の仕組みも知ろうとするわけです。
 これは、投資をしているから真剣になるわけですよね。
 投資をしていない人は、そこまで考えません。自分に損得無いわけですから。でもそういう人はいつまで経っても金持ちにはなれませんわ。クリエイター稼業もまったく同じです。
 人脈を作るために人に会う、これはクリエイターとしての投資です。
 家にずっと篭っていて、仕事の依頼なんて来ますか?
 うーん、うーんと考えているけど、じゃあ周りに仕事の依頼をしてくれたり、アドバイスしてくれたりするプロの人間がいてるのか?
 いない?
 ほな、どーすんねん、ですわ。

 で、用事があるって、なんの用事やねん、ですわな。
 よくこれは専門学校や大学で教えている作家や映画監督たちと話していて出る話なんですが、教え子たちに「今度こういう人が来るから来ない?」と誘うと「バイトがあるんで」とバイト優先するヤツ。
「アウトですね」
 みんな言います。
 お前はクリエイターになりたいのと違うのか。だったらこういう場に顔出しておくべきだよと、プロの人間が言っているのにバイトを優先されたら、もうそいつには仕事は与えられないし、紹介もできない。そうなるとチャンスはどんどん逃げていくわけです。人間そうはチャンスは無い。そこを逃すともうホントにバイトが稼業という残念なことになってしまいます。30、40歳になってコンビニでバイトやってて、悔やむなよ。恨むなよ。で、コンビニがこの先ずっとあるとも思うなよ。

 私がわざわざ赤字を出しながらも塾を続けている理由は、プロとの交流の場を教え子たちに与えたい、という一心なんです。
 作家になりたいから小説を書く、マンガ家になりたいからマンガを描く、映画監督になりたいから映画を撮る、そんなことは一人でもできます。そりゃあプロの指導を受けるに越したことはありません。でもプロになるっていうことは、それで食っていくってわけですから、取引先は多いほうがいいに決まっています。そのためにはプロの人と交流が必要不可欠なわけです。素人の友達100人いてもプロにはなれませんが、1人の編集者を知っているだけで、プロになれる確率はぐんと上昇します。
でも、そこでのトラブルを嫌う専門学校にそこを禁止されたから塾を作ったんです。
 ただ、実績の無いうちは、なかなかプロの人は会ってくれません。ましてや共に飲んで歓談するなんてことは。

 私は映画監督になりたくて芸大で、同級の誰よりも映画を撮って見て、勉強しましたがプロにはなれませんでした。それはプロの人とも交流をしていなかったからです。才能だけでなんとかなると思っていたんです。
 アホです。
 その才能を誰が見てくれるんや? 結局、プロの人の目に触れないとダメなわけです。
 だから大学を出て、営業をしたわけです。東京に何度も足を運んで。
 メーカーや映画会社、出版社、テレビ制作会社・・・。
 投資です。いつか東京行きで使ったお金をプロになって取り返すんやと、真剣です。
 そんなんチーフプロデューサーや編集長クラスの人はド素人なんかには会ってくれません。ただ、一人の紹介があれば話は変わってくるわけです。じゃあ、誰が紹介してくれるの?

 だから人脈は必要なんです。
 プロになるつもりだったらプロの中に入っていかなきゃ。
 その門戸を塾に開いてくれている人たちがいるわけです。今回の交流会もそうです。
 20代の私がもっとも欲しかったものです。私はデビューするまで8年かかりましたが、こんなチャンスがあったならきっと数年、短縮できていたとマジで思います。
 
 一人の塾生はこう言いました。
「一度行ったんですがメリットが無いように思ったので」
 はあ?
 じゃあお前さんは相手にメリットを与えられるのか?
 またメリットを与えようとしたのか?
 ちゃんとアンテナ張ってんのか?
 メリットを与えられない自分に気付くのも勉強。だったらどうやって相手にメリットを与えられるのか、プロとしての立ち振る舞いとはどういうものなのかを、こういう人たちとの交流からまた学ぶわけです。

「僕はマンガを描いていて、この雑誌と決めているんです」
 それはやればいいじゃん。でもデビューしてないんでしょ?
 デビューできたとしても、マンガ家で食っていけるのかはまた別の話です。
 マンガ家は芸術家じゃないわけです。職人に近いと思います。仕事がもらえなきゃ職人は食っていけないですよね。

 二十歳そこそこの若者ならまだしも、もうキミも20代後半・・・。

 ちなみに私もその場にいたけど、私はメリットあったよ。
 というわけで、ホンマにしんどいわ。

 あ、言うときますけど、どんどんプロの人と会って、どんどん仕事をやっている塾生もちゃんといますので・・・。

 

 



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2011年09月22日

9/21の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 まずはお知らせから。
 ソーシャルネットワーク大阪主催のUstream配信番組『地下鉄探偵団』のリニューアル番組『われら魔界探偵団!』が明日(23日)夜8時よりオンエアと相成りました。

 オフィスイチロウから、怪談、妖怪、古代史、UFOなど、地上波のテレビ番組では絶対ありえない、怪しくて濃いトークをメンバーとともにお送りいたします。
 また番組内で、心霊スポットコーナーも準備中です。

 ソーシャルネットワーク大阪はこちら

 ご意見、ご要望なども番組内か、オフィスイチロウまでお寄せください。

 オフィスイチロウはこちら

 さて、21日の作劇ゼミの報告です。
 前回のカマタ映画祭に続いて、今回も映画鑑賞です。私の専門学校時代の教え子たちが撮った幻の名画(?)『最後の無線大戦』です。9年前かあ・・・。
 この作品は当時の中山ゼミを取っていた40人ほどの学生たちが全員参加で作り上げた熱い映画です。学生時代の総務スガノくんも出ています。あっ、私も出てる。役どころは浪人三十浪、もうそろそろ四十浪・・・。

 ストーリーは、地獄のように厳しい受験予備校「羅生門予備校」の教室内で繰り広げられる大カンニング作戦。その方法はモールス信号!
 机をペン先で叩いてモールスの交信で回答を得ようとするものの、だんだん大混乱をきたして、結局巻き込まれた全学生が大失敗に終わるという10分ほどの作品。
 これをただ何の工夫も無く撮っちゃうと退屈な映画になるので、まず登場人物たちのヘア、メイク、衣装、小道具を徹底的にこだわり、撮影アングルや照明もかなり凝ったことをやっています。モールス信号が教室中に響き渡るとミュージカルみたいなことにもなっていきます。それをゼミを取っている全員が仕事の分担をして責任をもって完することを目指していたわけです。
 ゲーム科や映画学科の学生もいましたが、そのほとんどが漫画科の学生たち。
 マンガは個人作業なので、課題や持ち込み用の原稿を遅らせたり落としたりしても、自己責任です。だから学生の8割は3年間で1本のマンガも完成させずに卒業していくという異常事態が毎年行なわれていました。
 卒業さすなや! ですけど専門学校はそんなんで卒業できたわけです。
 ニート製造校です。今は知りませんけど。
 だいたい料理や医者の専門学校は免許がもらえますが、マンガ家や作家なんて免許いりません。したがってそんな専門学校を出ても何の資格も無いわけですから、デビューできなきゃ、ニートですわな。
 だから卒業させる前に1本、真剣に創作に取り組むことを課せたわけです。
 やっぱり1本でも作品を完成させると、それが自信になるわけです。勇気や希望もそこから湧いてきます。
 で、この作品には本編より長い30分ほどのメイキングビデオがついていまして、これを見せたかったんです。
 みんなすごく楽しそうです。そして思考錯誤しながら、例えば、メイクの子はどんなイマジネーションでどういうキャラ設定でそれをするのか、監督のイメージとどうすり合わせたのか、監督はどういう指示をどんな方法で示したのか、そのメイクを最大限に引き出すように照明はどうセッティングされたのか・・・などがドキュメントされています。漫画学科の学生らしく、現実にそんなヤツいないだろ、みたいなキャラばかりが教室に居並んでいますが、そのくらいのほうが映画として映えるんですよ。
 つまり、あるものを撮るのではなくて、撮りたいものを作るというやり方。
 それが映画なんだ、ということが見ていて伝わってきます。
 ありゃりゃ、スガノくんが働いている姿が無いぞ。ずっとチョケてます。こういうことが残ってしまう映像は、ある意味残酷です。

 続いてもう1本。私が20年ほど前に撮った10分程度の映画『夢ころがし』。これは落語家の露の団六さんが師匠から譲ってもらった『夢八』という落語のネタ下ろしをした落語会で流した作品なんです。だから夢がテーマなんですけど、落語会用ですからギャグものです。しかもサイレント映画。セリフはフリップで出ます。

 眠たい団六が事務所でタバコに火をつけたまま寝てしまって、事務所が燃え、仕方ないので公園のベンチで寝ようとしたら大勢の裸一丁のひょっとこに襲われ、電車に乗って寝ようとしたらまた大勢のひょっとこに襲われ、雑木林に布団を敷いて寝ているとイチャイチャしたカップルにその布団を奪われ、家に帰って寝るのが一番やとやっと眠れたと思ったら、朝起きたら家中にひょっとこが住んでいた・・・アホな映画ですけど。
 見所は電車に大勢現れるひょっとこ。一般の乗客が奇異な目で見ています。

 この作品をなぜ見せたのかというと、これ、パソコンも無い時代(ありましたけど、そんなに普及していなかった)、家庭にあるベータとVHSをピンコードでつないで、ポーズボタンを操りながらダビング編集をしたんです。つまり、作品を撮るのに機材がどうの、データが消えたの、ソフトがどうの、そんな言い訳ばっかりするヤツがいるんですけど、そうじゃないよと。つまり撮りたいなら撮ればいいじゃん。ていうこと。家にビデオなりDVDがあるんなら、それでも十分作品は出来るよと。
 まあ自分で言うのもなんですが、ポーズボタンで編集したとは思えないでしょう?
 それと撮影はロケ1日、事務所で2時間。編集は一晩。
 みんなかかりすぎです。1本仕上げるの。

 で、
 今回の上映会は教室ではなく、私の書斎で行なったので、そのままの流れで飲み会に。

 ちょっと今回は問題が持ち上がりました。
 そのことはまた明日。



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2011年09月21日

マ丹後2

 中山市朗です。

 古代史探偵団のメンバーで、京都府北端丹後半島へ、古代の謎を追ってきました。
 17日の深夜に出発、早朝には丹後半島のまた北端に位置する間人町へ。
 間人と書くと、聖徳太子の母・穴穂部間人【あなほべのはしひと】の名を連想させますが、これはハシヒトではなく、タイザと読みます。
 間人(タイザ)ガニが有名ですね。
 で、この日本海を望む浜に、間人皇后と聖徳太子の親子像が立っているんです。
 どうもこの地には、間人皇后の伝承が残っているようなんです。

 実は蘇我と物部が、天皇が拝するのは仏教か神道かで大阪府八尾のあたりで争ったとき、その乱を逃れて、太子の母・間人皇后がこの丹後の地に逃れ、2年間住んだという伝承が間人村にあるのです。
 乱が終わって、太子は母に都へ帰るようにと使いをやります。
 間人は世話になった村の人々へ感謝の印として、自らの名を村に授けます。しかし村人たちは畏れ多いと間人という字だけを当て、皇后がこの地から退かれたことから、退座、タイザと読んだ、というわけです。
 ただ、地元の伝承にあるだけで『記紀』にはもちろん、他のあらゆる文献にも残っていません。ですからこの伝承の真偽は非常に疑われているわけです。

 でもねえ、私は、
 聖徳太子がなぜ天皇になれなかったのか。
 なぜその一族が同族であるはずの蘇我によって殺され、滅ぼされたのか。
 なぜ四天王寺の伽藍構造は物部の祖山である生駒山を意識して建てられているのか。
 なぜ同時に七宮という神社が四天王寺建立時に太子によって建てられたのか。
 なぜ四天王寺に物部守屋と牛頭天王が祀られているのか。
 なぜ元四天王寺とされる玉造稲荷は寺ではなく神社なのか。
 なぜ『随書倭国伝』にアメノタリシヒコという名が記されたのか。

 そういった謎を解き明かす鍵が、この丹後の伝説の中に隠されていると思えてならないわけです。
 10年前に上梓した『捜聖記』に、このことを書いてはおりますが、もう一度この足と目で確かめ、ビデオにもその証言や痕跡を残そうと、古代史探偵団を発動させたわけです。
 
 いや、朝一の聖徳太子親子像の前での撮影は困難を極め・・・。
 突風と雨、そして大波がこちらに寄せてきます。持っていたビニール傘2本は、あっという間に破壊されました。隠された神を探る我らの行動への神の怒りなのでしょうか?
 台風来てたっけ?
 続いて間人皇后が住まわれたという御所ノ坪という場所へ。
 傘を売っているコンビニも無く、雨に打たれながら進みます。
 岡崎公園にそれはあって、でも、なんにも残っていません。ただ石碑があるのですが、地元人に聞き込みをすると、どうもここ偽者のようなんですね。『捜聖記』に書いちゃってますけど。あのふるさと創生事業とかで1億円がバラ撒かれたとき、親子像ともども、どうもここが作られたらしい。この辺がええんちゃうか、言うて。

 ただし、御所ノ坪と間人皇后の伝承は確かにあって、地元の人たちが別の候補地を教えてくれて・・・このあたりのことは『古代史探偵団』に動画としてアップさせていきます。おそらく初公開です。捜すのに苦労しましたわ。
 また、丹後の謎を解くもう一つの鍵が、三柱神社。
 三柱神社があるととりあえず入ってみるというのが、私の指令。
 全国にある三柱神社の大部分が、この丹後と隣の兵庫県但馬地方に集中してあるんです。しかし宮司がいない。祭神もわからない・・・。
 そしてたまたま立ち寄ったスーパーのおじさんが「ええ人紹介したるわ」と言って電話してくれて、急遽某役場の教育委員会の考古学をやっていらっしゃる方へ取材と相成り、貴重な会見が終わると急いで宮津へと走って籠神社へ。
 ここは海部(アマベ)氏が上古代より代々祝部(はふりべ)をしている、元伊勢と言われる丹後一宮。確かに今、三重県に鎮座する伊勢神宮よりは古い由緒が残っています。日本最古の海部氏系図が当社に残っています。これは平安初期に書かれた国宝であります。
 昔はここの宮司さんから衝撃の史実をお聞きしていたのですが、現在は沈黙。
「ありきたりのことしか言えません」
 ということで、境内の撮影のみ許可をいただいて。
 ただ、ある本をいただきました。丹後王国に関するもの。
 この著者に会え、ということなのか?
 観光客はあまり来ないようだけど、重要なのは奥院・真名井神社。
 社伝によれば、ここは豊受大神が降臨した地だそうです。
 全国にある稲荷神社の御祭神は、この豊受が源神です。重要な神様です。

 籠神社の参道は、実は天の橋立ということになっています。
 日本三景の一つで、天の橋立と籠神社の関係は?
 ケーブルカーで橋立が見渡せる笠松公園へ。
 見ると、わあ、モーゼが割った海のようです。 
 ん・・・モーゼ?
 そういえば、真名井神社の裏家紋は六芒星!
 でも、古代において渡来人がこの若狭湾に上陸したのは確実なことです。
 海部は海(アマ)であり天(アマ)である水平線の彼方からやってきた海洋民族のことですしね。
 では一体、その海洋民族とは誰や、ってことですけどね。
 それは近日発売(って、いつまで待たすねん!)の電子書籍『モーツァルトの血痕』に示唆しております。

 塾生のモコピーくんの家が丹後の大宮にあるというので、モコピー宅で一泊。
 ほんまお世話になりました。
 みんな夜中に出て一日中悪天候の中ロケやってたので、メシ食ったらバタンキュウ。私、久しぶりです。10時間も寝たん!

 翌日は、まず奈具遺跡へ。
 まだ雨、降っています。
 私、兵庫県の但馬の出身なんですけど、雨、多いですわ。
 ここにも豊受大神が天女として降り立ったという天女伝説が残っています。で、遺跡は約2000年前の大規模な水晶製の玉作工房が発掘されたというもの。発見当時は凄いニュースになったんでっせ。丹後王国の実証か、言うて。
 今はビニールハウスの並ぶ畑になっていました。ん?
 聞くところによると、「この周辺は遺跡だらけで、そんなん気にしてたら、なんにも出来んわ」ですって。
 ただ、この玉作りの職人たちと、大阪の玉造はなんら関係あるんやないかと思っています。玉作をする部族たちは玉作部といって、彼らは天皇祭祀に欠かせない勾玉を作っていたんです。彼らが住んだ土地が大阪の玉造。そこに元四天王寺と言われる玉造稲荷と、聖徳太子の父・用明天皇と母・間人皇后が祀ってある森宮神社があるわけでして。
 丹後の玉作職人は、間人皇后の頃、難波の宮に呼ばれたんやなかろうかって。
 
 そして、間人町に戻って、御所ノ坪を再調査。
 昼からは丹後古代の里資料館の館長さんと会見。この日は休館日なのですが、我々のために館長さん、来てくださいました。
 何を話したのかは、まだ秘密。
 そして、近くにある竹野神社へ。
 聖徳太子の祖母、小姉君はここの巫女だったと私はにらんでいるのですが。
 竹野神社の宮司さんはおられなかったのですが、奥様? 娘さん? が対応してくださって、今までは考古学、歴史文献の根拠から示唆していたのが、女性としての考えがここで聞けました。間人皇后がここに逃げたとあらば、きっとそこが故郷ないし、親戚があったに違いない、と。
 そしてプレートが入っている右足を引きずりながら、竹野神社の隣、神明山古墳へちょっとした登山。息切れたわ。
 そしたら寺井くん。
 彼の地元に神明神社があって、どうもそこは牛を犠牲とする神事が行なわれていたようだとか。
 
 牛。
 
 それもこの丹後半島に関係してきます。
 あの“くだん”も、元を追えばこの丹後半島に来るんです。

 いやあ、一つの謎が氷解したと思ったら、二つの謎が出来る。二つ氷解すると、三つ、四つと・・・。

 しかし丹後の古代の謎を追って、これだけビデオ収録したのは、我が『古代史探偵団』が初めてのことだと思います。
 いずれアップいたしますので、古代のロマンを楽しんでいただけると思います。


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2011年09月15日

9/14の小説技法

 中山市朗です。

 秋だというのにクソ暑い毎日が続いております。
 塾生たちは熱い創作活動をしているのでしょうか?

 14日(水)の小説技法の報告です。
 技法といっても講義をしたり、何かを教えるという授業ではありません。
 書き方は人それぞれ。その書き方はまず書くことから。書くためには本を莫大に読む。
 作家になるためにはまずそれです。
 ということで、家で書いてきた作品を皆で合評しあって、スキルを上げるのが一番いい方法なんです。
 プロの作家でも必ず編集さんにアカを入れられます。
 そのアカを修正することも作家の仕事です。
 合評ではそのアカをみんなで入れ、修正する、の繰り返しをやっています。

 今、お笑い作家としてボツボツ頭角を表しつつあるK師匠が久々に作品を提出してきました。師匠といっても私の師匠ではありません。彼のペンネームです。
 正直、彼が入塾してきた頃は、日本語が書けませんでした。イメージするものが文章にならないんですな。その文章も勢いで書いていたわけですが、最近色々考えるようになってきました。文章を書きながらアイデアを練りこんだり、バランスを考えたり。こういうことができるようになったんです。いや、これは大きな前進です。きっとお笑い芸人と交流しているうちに色々な考え方ややり方が体の中に入ってきているんだと思います。従って技術的にはまだまだ稚拙ではありますが、妙な味が出てきました。彼の個性が出始めたんだと思います。

 映画監督志望のKくんも最近は小説を落とさず書いてくるようになりました。彼の故郷姫路を舞台にしたホラーコメディだそうですが・・・。
 前回、高梨と秋山という二人の男の子が出てきて、どっちが主人公かわからない、という指摘を受けて、秋山を冒頭で殺してしまいました。なんで!?
 この作品を書くにあたって、どいう作品にしたいのか、どういう方向性にいこうとしているのかが、どうも定まっていないんですね。彼はなんとか本を読んで、映画を観て、ということをしようとしているのですが、作家性で読む、観る、ということがまだできていないんです。はやくリスペクトする作家を作るべきなんですが・・・黒沢清?

 T野くんのSFホラー。純然たるホラーではないと言っていた彼ですが、さすがに月面基地の狭い空間で奇妙なモノに遭遇する、という状況を書くにはホラー的要素が必要なんだなと気付いてきたようです。で、その奇妙なモノをどう出現させて、登場人物たちをいかに動かすのかという問題になるわけですが。
 その奇妙なモノをエイリアンにするのか貞子的なモノにするのか?
 彼の場合、まだそのどちらかが定まっていません。宇宙貞子って興味ありますけど。

 Yくんのアクション小説。彼は頭にイメージした状況や場面を正確に文章に落とし込める才能があります。だから読んでいて頭の中に映像が浮かんでくるんです。ただ、細かく描写しすぎるキライがあって、地の文がよもすれば長くなりがちなんです。全体がそうなので、ここ、という場面に効かないわけです。もっと読者に勝手にイメージさせる書き方を心がければ、文章にシャープさが出ると思うんですが。

 Kさんの作品が初登場。彼女はマンガコースにも作品を出しているようですが、目標とするところは自分の小説が出版されたとき、イラストも自分で書くことだと言います。彼女は元OLなんですが、会社の組織やその中にあった自分の立場を、古代ギリシアの世界で表現してみたいと言います。なぜ古代ギリシア?
 それは戦争で競っていた世界にオリンピックを立ち上げ、夢を見始めた人たちに興味があるそうで、その構想を聞いているとなんだか面白そうです。そしたらさっそくSFのT野くんから「プラトンは読んだ?」と鋭い指摘が。当時の生活習慣、言い回し、単位などが出てきます。確かにファンタジーとは言え、これは押さえておくべきです。
 まずは「プロローグをどうしましょうか」という彼女の質問がありましたが、これだったら別にプロローグはいりません。そのまま、まず書きたいストーリーをがんがん書き進めることです。

 Kくん(Kが多いなあ。Sくんにします)、もといSくんの大河内伝次郎に捧げる小説。彼はマンガ家志望で、小説は習作として書いているわけですが、文章のスキルは確実にあがってきています。問題はサイレント時代の時代劇の解説がどうしても入ってくるわけですが、これをストーリーを妨げないで書くにはどうするべきか、という壁に当たっています。うまく会話劇のなかに入れ込むのか、司馬遼太郎のようにガッツリ濃い解説をやっちゃうのか? 会話の中で展開させる方策は色々あります。主人公は成長してきているので周囲の人や人脈も変わってきているし、その立場も変わってきているし。その成長ぶりを書くわけです。するともっと濃い会話劇が望めるはずです。

 N子さんの短編怪談。うーん、まだ肝がわかっていない。「面影」では登場人物の誰もがそこに起こった怪異に恐怖していないんですね。幽霊が出ました、と書いても何も怖くないわけです。幽霊を見た人の心理や行動を書くから恐怖が生まれるわけです。「地響き」も同じ。それと怪談は視覚的な描写、動きのある描写を的確にやらないとダメなんです。その語彙の選択を慎重に。

 T田くんのヤンキー小説。ノッてきました。ちょっとノリ過ぎて調子に乗っちゃったところもありますが、そこを含めて笑えるコメディになってきました。このまま書き続けてください。




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2011年09月14日

マ丹後

 中山市朗です。

 9月に入って、バッタリと怪談のお仕事がなくなりました。
 怪談は夏のもの、というイメージはなかんか払拭しませんなあ。
 秋の夜長の怪談もええと思うんですけど。

 さて、来週あたりには『古代史探偵団』を久々に発動させ、京都府北端、丹後半島へ取材ロケに行く予定です。
 日本の古代史を探る場合、第1級史料として『日本書紀』があるわけですが、当然ここに書いていない事実、事件もあったわけです。そこを探り、異説を唱えるのが『古代史探偵団』であるわけです。
 いや、異説ではない、真実の歴史?
 しかも私は、基本的には『日本書紀』に記述される事項は否定しないというスタンスにあることが重要だと思っています。
 『日本書紀』は中国や朝鮮半島の国々に向けて編纂されたものであり、当然、互いの外交記録や情報を意識して書いてあるわけです。嘘は書いていないはずです。嘘を書けば我が国の恥、となるわけですから。
 ただし、事象や事件は記述されても、その真相や朝廷にある裏の思想、戦略事項、真犯人は書いていないわけです。そこは今の報道と同じです。
 そこで歴史にもいろいろな解釈、分析が起きるわけです。とんでもない仕掛けが『書紀』に隠してあるかもしれません。いや、あります。
 そして当然ながら、そこには朝廷に刃向かった者たちの歴史、都合の悪い歴史も書かれていません。隠された神、入れ替わった神もあります。
 古代を探るということは、神を探ることなんです。
 そこを探るのが面白くて、しかし困難な作業であるわけなんです。

 私は、日本の古代の謎を追うには、九州方面(特に国東半島)と丹後を見るべきだと思っています。
 『日本書紀』にはこの二つの地方に関する記述はほとんどありません。
 しかしここは、日本にさまざまな文化と宗教をもってきた渡来人たちがまず上陸した地域です。大和地方より遥かに古い渡来人の痕跡が残っています。特に丹後地方は実にユニークなのですが、その全てが朝廷の歴史から見事に消されているんです。ここまで消される、ということは、そこには朝廷にとって実に、よほど都合の悪い何かがあるということなんですが・・・。

 丹後を取材するにあたって、まず取材先にアポイントをとって、撮影許可ももらうわけですが、いやあ、どこも口が堅いんです。言いたがらない。あるいは知らない(本当おに知らないのか、知らないと言わねばならないのか)と言い張る。
 どうも消された歴史を語ることはタブーとなっているようなんです。
 そのタブーとは、天皇とその神を探ること。『書紀』に書かれた以外の氏族の関係、その事跡を探ること。大和以外の歴史を語ること。おそらくこれらは天皇の謎にかかってきます。以前よりそのガードが堅くなったなあ・・・。

 以前、関西テレビ系の『京都魔界案内』をやっていたときも、同じ壁にぶち当たり、ねばり強く交渉したわけですが、今回の壁はもっと厚い。
 つまりはタブーを強いる何かが今の日本に存在しているということ。

 故意に隠された神の知識、御技、つまりはオカルティズムの知恵と情報は、今もこういうふうに隠されたままです。そしてそれを探ってはならないようです。
 もちろん個人で取材して、推理、推測したり、出版することはできますが、どうもそれを実証し、証明し、公な認知をもらうことは困難な状況のようです。
 郷土史の研究家の方もどんどん亡くなられ、若い人が引き継いでいないという問題もあるようですし。
 
 だ、だからこそ、『古代史探偵団』が立ち上がらねばならないのだ!

 などと思っているこの頃です。
 丹後を探るにあたっての課題。
 
 海部、物部、忌部、秦氏、冠島、沓島、浦島伝説、羽衣伝説、若狭湾、間人村、ニギハヤヒ、火明命、元伊勢、竹野神社、竹野姫、勾玉工房、弥栄、古墳群、王家の谷、真名井、与射、高天原、丹後旧事紀、三柱神社、東漢直駒、豊受大神、天橋立、磯砂山、イザナギ伝説、古代神道、聖牛、牛島、海部氏系図、太秦との関係、四天王寺との関係、裏家紋、十種の神宝、先代旧事本紀、谷源蔵、竹取物語、徐福伝説・・・

 うーむ!




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2011年09月12日

中山愚連隊西へ

 中山市朗です。

 オフィスイチロウ(中山市朗事務所)のホームページをリンクしました。
 以下のような業務をいたします。


○怪談蒐集、怪談語り、怪談執筆
 怪異に関する相談、調査、ヤバイ写真やビデオ、物品などの預かり、処分などもいたします。

○古代史探偵団による古代史、オカルト部門
 日本の古代史、オカルトに関わる調査などを行なう個人事務所です。

  
 怪談会の開催、怪談会やフォーラムのゲスト出演、メディア出演、講演などのご依頼にも応えます。
 
 動画配信の『古代史探偵団』(無料)と、メルマガ動画『幽怪案内』(有料)もどんどん制作、配信していきます。

 オフィスイチロウの怪談とオカルトに対するスタンスは、ホームページ「中山市朗事務所概要」をお読みください。

 みなさまにリアルな怪異の世界と、日本の歴史のミステリアスな魅力をお届けできることを主旨とし、活動していく所存です。

 今後ともよろしくお願い申し上げます。




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2011年09月08日

9/7の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 9月7日(水)の作劇ゼミの報告です。

 「カマタ映画祭」です。
 映画監督志望のカマタくんが過去撮った映画を全て上映して、その映画について感想、批評をするというのが今回のゼミです。
 彼は何度もこのブログで書いたように、おそらく世界で一番映画を観ていない映画監督志望者です。塾に入ってからも全然映画を撮るという行動にも出ない。
 まあ、何にしても世界一は凄いことです。

 ネオリアリズム、ヌーヴェルバーグ、ニューシネマ、という、中学生の頃の私でさえ知っていた言葉すらも入塾したときに知らなかったので、「ちゃんと観とけ」と言い続けていますが、未だに観ていないし、説明もできません。
 私は舐められているのでしょうか?
 それとも映画監督を舐めているのでしょうか?
 でも塾には休まず来ています。どうも彼の心理がわかりません。
 今のままでは映画監督なんて100パーセント無理なんですけど。
 
 そんな彼が新作を撮ったというので、それを記念して彼の全作品の上映会としたわけです。全部上映しても30分に満たないんですけど。

 1作目、大学の映画サークルに所属していた彼が撮った最初の作品「うつるもの」。
 男女のカップルがビデオカメラ持参で霊スポットに行って、結果幽霊を撮っちゃった、というホラーもの。最初に撮ったということで技術的な甘さは目をつぶりましょう。でも照明を焚くということをしていないので、霊が出るという廃墟の病院より、彼らが住んでいるアパートの方が暗くて怖いです。

 2作目、これも大学時代の作品「ユメノマタユメ」。男子学生が女子学生に恋の告白をするも、それがことごとくデジャビュとなって、そのたびに告白する内容が上達する(?)というストーリーです。

 3作目、塾に入って最初に撮った3分ほどの作品「ストーカー」。これはホラーなの? ギャグなの? それに彼は映画を観ていないのでイマジナリーラインという知識がありません。人物の位置も距離感もさっぱりわからず、カットも繋がっていません。 2009年6月5日付けの私のブログで「イマジナリーライン」について書いたのも、そんなカマタくんのためだったんですけど。

 4作目は映画監督の山田誠二さんからいただいたシナリオを元に、塾生たちが映像作品を撮ってみるという課題で撮ったもの。こちらは2009年9月17日の私のブログをお読みください。
 これはホラーになるはずの山田さんのシナリオが、見事爆笑を呼んだギャグ映画になっちゃいました。それは肝である「肩を叩かれるが誰もいない」というシーンに手を堂々と出しちゃった上に、妙な効果音をつけちゃったこともあるんですが、基本的な演出の意味がわかっていないんですね。だから肝も生まれない。見ていて妙なので思わず笑えてしまうんです。彼は大真面目に撮っているつもりなのでしょうが、それだけに。

 5作目が彼の新作「袋もの」という5分ほどのホラー作品。どうやら『新耳袋』に原作があるようですが、肝のつかみどころを間違えています。原作では、映画の手伝いに友人宅に行ってみたら、友人の部屋に泣いている女の子がいて、窓という窓に新聞紙が貼りつけられていて、何事かと聞いてみたら、車で女の子を迎えに行って部屋に戻る途中の道で浮遊する生首を見た・・・というもの。その生首が追ってきて窓から覗かれるのが怖いから、新聞紙をベタベタ貼りつけたんです。
 カマダくんは浮遊する生首が技術的に不可能だからゴミ袋が追いかけてきて、中に生首が入っていた、というストーリーに変えたと言いますが・・・。

 これら作品を観てみんなでわいわい意見交換したわけですが、結果「もっと映画観ろ」となっちゃいました。当たり前のことなんですけど、なんで観ない?
 映画が嫌いなら映画監督志望なんて辞めちゃえばいいんです。
 彼は飲み会で映画の話になっても入ってこないんですよ。映画を熱く語ることがないんです。芝居を観て役者の人と親しくなって演劇論を交わすようになれ、言うてもそれもしない。
 で、彼からなんとか映画の話を聞きだそうと「リスペクトしている映画監督って誰?」と聞くと「黒澤清」と言うんですね。「だったら黒澤清について語ってみろ」と言っても「うーん、うーん」と頭を抱えちゃって言葉が出ない。
「何回も言ってるけど、そんなんで映画監督なんて無理やで」
 そう言うんですけど、いつものことです。口では「ハイ」と言うんです。
 やっぱり私はバカにされているんでしょうか?

 と、授業が終わったら映画監督の西尾孔志さんが来られて、そのまま塾生たちと交流会。
「西尾さん、彼、全然映画観ていないのに映画監督志望なんです。あんとか言ってやってください」と言うと、やさしい西尾監督はカマタくんに語りかけます。
「黒沢清? 俺知ってるよ。何をどれだけ観た? どれだけ語れる? フライシャーを語れる? えっ、知らない? ヒッチコック観てる? 『バルカン超特急』? それだけ? 黒沢清をリスペクトしてるなら、黒沢作品は全部観とくべきだし、彼がリスペクトしている映画や監督をちゃんと押さえとくべきだよ」と、普段私が言っていることとまったく同じ言葉が吐き出されます。
「え、ヌーヴェルバーグを知らない? キミ残念やなあ。それ、無理だよ」
 カマタくん、泣きそうな顔をしています。
 隣では時代劇通で、太秦の撮影所に阪妻や大河内伝次郎と仕事をしたという人たちにインタビューを録りに行っているマンガ家志望の小島くんが、ホントに残念そうな顔をしています。
 同じ塾内で、映画監督志望がマンガ家志望に映画の知識でまったく負けている、という状況を彼はヤバいと思わない神経が私には信じられません。
 でも結局、プロの人が膝突きあわせてそんなことを言ってくれるという環境を、カマタくんがありがたいと思うか思わないかです。
 恵まれている環境が、彼の中では当たり前になっているのかな?

 カマタくんのことをこうしてブログにまで書いて叱咤しているのは、彼が嫌いとか、いじめてやろうとかいうんじゃないんです。映画監督になりたくてなれなかった私の、彼へのメッセージです。
 もう一度言うけどカマタくん。今のままでは映画監督どころか、一人で生きていくことすら無理です。なんとかしたいというのなら、もう私の言うことに無条件で従うことです。きっとそれは、プロの人なら誰でも言うことでしょうから。

 あっ、ところで西尾さんが来られたのは実は仕事の件でしたのに、朝まで塾生の相手をしてくれて。
 『地下鉄探偵団』は今回のオンエアで終わります。で、次回からは内容も変えて、第2、第4の金曜日の夜8時から、私の書斎からお送りすることになります。
 内容は未定です。

 『地下鉄探偵団』のご視聴、ありがとうございました。

  

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2011年09月07日

企画に体を張れ

 中山市朗です。

 明日夜8時はUstream生放送番組『地下鉄探偵団』の配信日です。
 テーマは、そうですねえ。
 大阪生まれの大陰陽師、安倍晴明のお話でもしましょうか。
 私が思う安倍晴明は、みなsなんお思う晴明像とはまったく別のものかもしれません。
 またそれには出生の秘密と、安倍家のルーツがかかってくる?

 さて、昨夜は(というか、も?)飲み明かしでした。
 メンバーはストロベリーソング・オーケストラの座長・宮悪戦車さん、ステージでは艶やかな女性に変身するサーシャ・カンパネルラさん、某FMラジオの番組制作をやっておられる方、某ライブハウスの支配人さんに加え、私のマネージメントをやっているSくん、オフィスイチロウのカメラマンAくん。
 場所は私の書斎。宮悪さんはここがお気に入りのようです。

 集まった理由は・・・。
 秘密会合なので発表しません。フフフ。
 
 でも言いたがりなので、ちょこっとだけ言います。
 秋から来年にかけて、みんなで面白いこと仕掛けまひょ、ということです。
 つまりは7月27日に中津で開催された『中津牢開闢 ストロベリー・ソングオーケストラ 〜月触夜会〜』の評判が大変によかったということです。
 ほとんどのお客さんが怪談ビギナーだったんですが、怪談おもろいやん、今度いつやんの? という反響が凄かったそうで。
 で、このビギナーを増やしたいわけです。
 名づけて怪談啓蒙作戦。
 果たしてどうなるのでしょうか?

 それとオフィスイチロウでは、例の人形の写真、処分に困っている心霊写真(と思われるもの)などを受け付けます。写真の供養が必要という方はお申しでください。無料で承ります。

 オフィスイチロウのアドレス
 info@officeichirou.com


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2011年09月01日

ホールでチャイルド

 中山市朗です。
 
 8月31日は第5水曜日にあたりましたので、塾はお休みでした。
 なので報告はありません。

 27日の「Dark Night」に関するコメント、たくさんいただき、ほんとにありがたく思います。反省すべきは反省し、今後もっと皆様に楽しんでいただけるものにしていく所存です。
 
 人形・・・。
 やっぱり違和感が残りましたねえ。
 目が動いた、表情が違った、光が飛んでいた、楽屋の鉄扉が勝手に開いた、人形が増えつつある・・・。
 なんなんでしょう、これ。

 それでですねえ・・・。
 まだホームページが未完でみなさんに公表はしていませんが、私の個人事務所、オフィス・イチロウ(中山市朗事務所)を立ち上げました。『古代史探偵団』と動画メルマガ『幽怪案内』の制作、管理に加えて、霊的なこと、歴史の謎、オカルト現象の検証、記録、怪異の蒐集などを行ない、放送媒体やネット、出版物などで発表することを行なうオフィスです。
 コメント欄にも寄せられた、人形怪談の時系列の記録、写真、動画なども『幽怪案内』と連動させていく予定です。ホームページの公表ともども、まだ少し時間をください。

 また、オフィシュ・イチロウでは、怪異に関する情報提供、タレ込み、相談、捜査、調査、なんでも受け付けます。
 怪しげな霊感商法はやりませんので、ご安心を(笑)

 電話・FAXでのお問い合わせ
 06-6264-0981

 E-mail
 info☆officeichirou.com
 (☆を@に変えてお送りください)

 へどうぞ。

 ところで、あそこ出るんですって。アムホール。
 特にステージの左側。
 色々聞くんです。
 で、「なにが出るんですか?」と、そんなことを言う何人かから話を聞きだそうとしたんですが、「なんか出るらしいです」「気配がするんですって」「見た人がいるみたいです」というあやふやな情報ばっかりで。
 まあ普通は、「あそこ、出るんですって」「えー、こわ」で終わっちゃいますよね。
 でもそこから「何が、いつ、どんな状態で、誰が見て、どうなったの」なんて詳しく聞く人はいませんもんね。
 私はいつもそんなことをやっているわけですけど。

 劇場とかホールって、よく出るという噂があるんですね。
 噂が無いというのを捜す方が難しいくらいです。

 座敷わらしが出るというのが多かったんです。
 今は無くなりましたが、大阪梅田にあったホールの楽屋は、役者の人たちがメイクをしていると足元からヌッと子供が出てくる、とか廊下を走っているというのを見た人も多いんですね。で、そういう日は座席が満杯なんですって。
 谷九にあったホールもそんな話を聞きましたし、他にも。
 天王寺近くにあるホールでは、私もちょっとした怪事件に遭遇しましたし。
 道頓堀の劇場は座敷わらしではなくて、芝右衛門狸が中座の奈落に、江戸時代初期からずっと人気の神様としてお祀りしてありましたしね。
 ※芝右衛門狸と千日前怪談を聞きたい方は↓
 USTREAM『地下鉄探偵団 Vol.7』でどうぞ。

 そんなホールや劇場が大阪からたくさん無くなってしまいました。ということは、座敷わらしや人気の神様もいなくなっているってことですよね。
 大阪経済の地盤沈下の要因は、ひょっとしたら、大阪の街から座敷わらしがいなくなったから?


 


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kaidanyawa at 20:30|PermalinkComments(15)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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