2011年10月

2011年10月27日

10/26の小説技法

 中山市朗です。

 お知らせです。
 来たる12月3日(土)の深夜12時より、オフィスイチロウ(私の書斎ですが)で、夜を明かしての怪談会を催します。
 私の怪談蒐集も兼ねたプライベートな怪談会です。入場料などは要りません。
 自分の分も含めたちょっとした飲食類と、語れる怪談がひとつでもあれば、どなたでも参加していただけます。
 朝、5時30分頃の終了予定としています。
 膝をつき合わせて、お互い怪談を語り聞きましょう。

 参加ご希望の方は、
 メール
 info☆officeichirou.com
 (☆を@に変えてお送りください) 

 電話
 06-6264-0981
 
 いずれかでどうぞ。
 25人ほどが限界(前回は30人!)ですので、期日ギリギリでのご予約は、お断りさせていただく場合もあります。ご理解くださいませ。

 そして明日28日(金)夜8時より、そのオフィスイチロウより『我ら、魔界探偵団』の生放送番組がUSTREAM(ソーシャルネットワーク大阪)より配信されます。

 ご視聴はこちら 

 ハロウィンにちなんで西洋のホラーと、日本の怪談の違いなどについての考察をする予定です。
 映画『リング』や『呪怨』の裏話も?

 さて、26日(水)の小説技法の報告です。
 いつもの合評です。
 見学者の方が一人。私の怪談会などを見にきてくださっている女性です。
 小説家志望だとか。彼女には作劇塾の合評、どう見えたのでしょうか?

 T野くんのSFホラー小説は、章が変わって、ここからはXファイルとタワーリングインフェルノをやりたい、とは本人の弁。
 ただ、前章では得たいの知れないモンスター(?)が登場して、そのシチュエーションでもっていた世界観、各々のキャラクターの違いなどが場所を変え、3年後が舞台ということになって、仕切りなおしに困惑(書き手も読み手も)しているという状態です。ホラーの要素でここまで引っ張ってきたのだから、そこは外さないように。

 Yくんのアクションもの。地の文が説明的で長い、という指摘を受けて短くしたり、あるシーンをカットしてきました。それで印象がそう変わらないということは、やっぱりあれは要らなかったということです。しかし、あるシーンをカットしたら、その前後のシーンの意味や必要性も変わってきます。そこの整理は必要です。全体の構成を考えて。

 Kくんの妖怪もの? これはギャグをやりたいそうですが。
 なんだか描写が不的確で、意味がわからないものが多すぎます。
 夜中の公園内で、1つ目の怪物が主人公たちを含めた人たちを襲うシーンがあるんですが。明らかに人は死んでいるだろうという状況で、主人公たちは危機感をもっていなさすぎるんです。「コメディものにしたいので」とKくんは言いますが、読み手と登場人物たちにはそれが伝わりません。本人たちは決してボケたりバカやっているわけでなく、真剣だからこそのおかしみ、というものがあります。藤山寛美さんの喜劇やチャップリン、キートンなどの映画を見てみましょう。
 それに、なんか彼は考えずに文章を書いているようです。だからツッコミが入るとその場その場の言い訳に終始して、墓穴を自ら掘る状態を作ってしまっています。まず、確固たるテーマとイメージをもち、作品全体の構成を考えて望むべきです。

 N子嬢の短編怪談2編。
 1編は合格。次へいきましょう。
 もう1本が進みません。人形が出てくる怪談なのですが、その人形は誰の怨念なり思いをもっているのか。その誰はどういう人物で、今は何をしているのか、命日というキーポイントが何を意味するのかの説明ができなければ、話しそのものが動きません。そして肝を生むポイントは、おそらくそこにあるはずです。

 K島くんの大河内伝次郎に捧ぐ1本。K島くん自身が、主人公のキャラ付けに迷っているところがあるようです。主人公をどう成長させ、どういう人生を歩ませたいのかは、親である作家の仕事。小手先の技術より作品全体の構造、構成を練りこむことこそ重要なことです。

 ヤンキー小説を書いているT田くんは、この日は作家の田中啓文さんや牧野修さんたちの主催する「ハナシをノベル」という創作落語の会に参加するためお休み。
 この会、いつも水曜日に開催なんだよな。だから見に行けないんです。もっとも私が2年前に粉砕骨折したのはこの会の2次会後のことだったので、二度と私がこの会へ行けなくする田中、牧野両氏の陰謀、いや配慮なのだという噂も? 
 





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2011年10月26日

スター・ウォーズ エピソード6/ジェダイの怪談

 中山市朗です。

 お知らせです。

 11月4日(金)、大阪最恐の心霊スポット、千日前の、これまた霊が出ると噂される(?)レジャーセンター味園の2F、なんば紅鶴において、

「怪談師オールスターライブ」が開催されます。

 主催は山口敏太郎氏。
 実は彼がスーパーバイザーをしていた関西テレビ『怪談グランプリ』が、今夏は『投稿グランプリ』になってしまい、怪談を語る番組が再現ドラマとなってしまったことへの、敏太郎氏の雪辱戦であるそうです。
 私も当ブログで「なぜ怪談をやらないんだ」みたいな書き込みをしたところ(8月8日の当ブログ参照)、敏太郎氏から直接連絡があり、諸事情の説明を受けました。怪談はあくまで語りでやるべきである、と敏太郎氏との意見は一致。どうやら彼の関知できないところから企画変更があったのだとか。

 ということで「怪談師オールスターライブ」は当日の夜20時開場、21時開演で、なんと早朝5時まで行なわれます。

 出演者は次の如く。

 あーりん
 牛抱せん夏
 雲谷斎
 シンデレラエキスプレス/渡辺裕薫
 ダークサイト中沢建
 川上三白眼
 山口敏太郎

 その他いろいろ。

 そして敏太郎氏のホームページにこうあります。
 あの新耳袋の中山市朗氏が参戦! 大阪で山口敏太郎と遭遇!!
 もはや行くしかない?!

 ということで、私も急遽参戦することになりました。
「やっぱり怪談は語りでっせ」と敏太郎氏にさんざん言ったからには、私も怪談の披露をするべきだと思いまして、出演の承諾をいたしました。
 当日の夜は塾のシナリオ講座がありますので、私の参戦は夜12時以降になると思います。

 前売 2000円
 当日 2500円
 飲食料金別途

 確実に入るには前売をお求めください。
 前売予約アドレスは以下。

 tokushima5566☆yahoo.co.jp
(☆を@に変えてお送りください) 


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2011年10月20日

10/19の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 19日(水)の作劇ゼミの報告の続きです。

 塾生たちの自己アピールを聞いていて気になったのは、どうも知的好奇心に欠ける人が何人もいたこと。知的好奇心が無いという人というのは、作家になれないと思いますよ。

 京極夏彦さんが言っていた言葉ですが「書くという作業は知的作業の積み重ねなのです」と。そういえば私が会った作家さんはみんな博学というか、知的好奇心旺盛な人ばかりです。

 知的好奇心、これ、無くても生きていけるもんなんです。
 以前、私が専門学校の講師をしていたとき、CG科の学生の前で講義していたんです。
 絵画の話になった。写実主義から印象派、そしてピカソへという絵画の手法の話。そしたら後ろの女史たちが話を聞いていないんですね。うるさいわけです。
 そら、叱りましたよ。そしたらその子たちは言うわけです。
「ウチら、ピカソなんて知らんでも、別に困らへんもん」
 あほ! そらキミらが普通に結婚して子供産んで主婦になる、というのなら、別にピカソについて知らんでも平気でしょう。キミら、CGプログラマーになるんと違うんかい!
 ピカソの分析ができてその手法を応用できるプログラマーと、ピカソを知らないプログラマー、どっちがプロのスタンスやねん。使う方はどっちを使うと思っとんねん!

 こんなんプロになる気が無いんですな。というか、プロってなに、ということがわかっていない。
 
 ですから知的好奇心は必要なんです。というか、作家目指しているなら、当たり前にある欲求なんですけど。
 でも何に興味を持っていいかわからない。深くいかない、知らなくてもいいか、と思う。そんな教え子、いるんですけどね。

 知的好奇心というのは、世の中に疑問を思い、その答えを求めることなんですね。
 ピカソなんかも、なんであんなに顔の崩れたわけわからん絵が名画とされるのやろう。それは疑問なわけですね。それにはピカソという人を知らなきゃならないし、生きた時代、場所、環境も知らなきゃならない。絵画の歴史も知らなきゃならない。歴史を調べると、戦争や宗教の問題が出てくる。芸術はそういうものと共にありますから。それにイデオロギー抜きにピカソは語れない。ピカソのイデオロギーって?
 また、印象派があってのピカソのスタイルを考えると、印象派の音楽もある。音楽の歴史も知る。印象派に与えた日本の浮世絵。江戸の文化。浄瑠璃、歌舞伎、相撲。町人文化。武家社会・・・。ピカソからどんどん広がり深くなるわけです。
 そこに、小説やマンガの題材がいくらでもあります。
 クリエイターは失業保険も退職金もありません。生涯現役。とすれば今25歳の塾生はあと50年、作品を書き続けないと生きていけないわけです。
 そんなん、一つのテーマ、狭い知識で、何十年も書き続けられますか?

 知的好奇心というのは、本来人間が持っているハズの欲求なんですが、これが希薄という原因はなんでしょう。
 ちょっと私なりに考えてみました。

 やっぱり、そんなん無くても生きていけるからですよ。金銭的にも家庭的にも不満が無いのでしょう。ちょっとした知識を求めたきゃ、ネットで検索すれば出てきますし。
 やっぱりネット、ゲーム、80円のDVDレンタル、携帯電話、カラオケ。
 そんなんで満足。知らなくても、同じ価値観を持った人たちとのコミュニティがあればいい。ミクシィだかなんだか知らんけど。

 もちろんアグレッシブな若者がいるのは知っています。そんな人、若者には凄く期待しています。ウチの塾生の話です。

 とは言え、K島くんなどは時代劇に魅せられ、阪妻や大河内伝次郎を知っているという撮影所スタッフ、殺陣師、役者、監督さんに会いに行って取材をしているようです。今度、99歳の現役監督、新藤兼人氏と会うんだとか。
 これをフィールドワークと言います。
 あることについて、現地調査をする。取材をする。史料、資料の採取をする。『古代史探偵団』のやっていることが、まさにこのフィールドワークです。
 つまり、これは知的好奇心とリンクするわけですね。

 図書館に行って本を借りたり、古本屋で貴重な本を見つけたり。これは楽しい作業です。塾生たちにもどんどん本や資料にあたってほしい。
 でも、本に書いてあることは、他人を知ることが出来る知識、情報です。自分だけが知る知識、情報、これが作家には必要なわけです。それはまさに、フィールドワークしかありません。民俗学がフィールドワークの学問と言われていますけど。

 こうして得た知識、情報、人の繋がりは、作品にも生きるわけですし、自分しか知らないものがあると、それを世に知らしめたい欲求になります。
 そしてそれが何より、自信になります。
 自信があれば、編集長だろうがプロデューサーだろうが、政治家であろうが学者であろうが、対等に話せるし、主張もできます。
 そうなってはじめて、プロのクリエイターだと思いませんか?

 ということで、人生目標を持ちましょう。
 そして格言。

 うるさい、しつこいも、粘ればこれは熱心となる。



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10/19の作劇ゼミ その1

 中山市朗です。

 19日(水)の作劇ゼミの報告です。

 前回(5日)に、塾生たち一人ひとりに自分をプレゼンしてもらって、各項目ごとに採点してもらいました。
 この1年、私は目標を達するべくこういうことをしました。というもの。
 クリエイター志望にとっての1年というのは、大きな大きな意味をもちます。

 項目は以下のごとく。

 執筆、制作量
 持ち込み、投稿、営業
 知的好奇心
 フィールドワーク
 人脈
 自己管理能力
 プロとしての実績
 総合力

 1項目5点満点で8項目。40点満点です。

 さて、その採点結果の発表です。
 まあ、この採点は曖昧なところもあり、何をしての1点、5点なのかは各々の判断ですし、また各々の思う基準は違いましょうから、あくまで仲間がそう思っている、仲間が採点したということで解釈してもらうものです。プレゼン力や人間的な魅力、普段の交流関係などもここに左右されましょう。
 採点結果は、8項目での合計点を、採点した塾生の人数でプラスする総合得点で見ます。また総合得点を人数分に割ると、40点満点中の平均点が出ます。
 自己採点しろ、と言っているのに、自己採点しなかった人が何人かいたので、自己採点は今回は含まず。また遅刻などで途中参加した人の分も含みませんでした。
 40点満点というのは、プロでも難しそうです。
 私としては、せめて塾生諸君には半分の20点はクリアしてもらいたいところですが。

 最高得点は、40点満点中、28.1点を獲得したT野くん。
 2位が、25点のT田くん。
 20点を越えたのが、この二人だけ。
 3位がMくん、19.6点。
 最下位は5.4点というKくんでした。

 この採点結果、甘いのか厳しいのか。
 私も独自に採点しましたが、これ、甘いほうです。
 1位のT野くんはちょっと意外。制作の面ではまだプロを目指すというレベルではないのですが、彼は一般サラリーマンとしての常識、マナーがあり、真面目な印象と、SFや科学についての博識な知識への尊敬の念からの得点なのでしょうか?
 2位のTくんは小説を書きながら、田中啓文さん、牧野修さん、我孫子武丸さんといったプロの作家さんとの交流から仕事を生み出したり、吉本の若手芸人のライブの楽屋などにも出入りしています。中島らもみたいな位置に行ってくれればと、期待はしていますが?
 
 今月お休みのA嬢、K師匠がいたら、二人はどの位置にいたでしょう。
 小説を書いている量が一番多いA嬢は、いろいろ人脈作りをしているようです。K師匠は、芸人や落語家さんの中に入って創作落語やコント台本などを書いています。未だ正確な日本語が使えないという難点がありますけど・・・?

 さて、なぜこんなことをやってみたのかというと、どうも塾生たちがアグレッシブではない。長いこと塾に通っている人もいるんですが、成長が見えない。なんだか現状に満足している、そのうちなんとかなるだろう、という甘えがある・・・。
 だからそんな自分を客観視するとともに、他人の採点をすることで我が身も振り返り、考えてみる、という作用が生まれるわけです。
 まあ、単純になんで動かへんのや、という私のジレンマもありますので、反省を促すということでもあります。

 作家、マンガ家、映画監督、落語作家、イラストレーターと色んなクリエイター志望の塾生が塾にいます。
 彼らが目標達成をするには、まず書く、描くしかないわけです。ここは自主性に任せるしかありません。書け、といっても家でゲーム三昧、エロサイト徘徊などで時間を潰していても、私には何もできませんしね。勝手にしとけや、ですわ。

 作家やマンガ家、あるいは映像関係のクリエイターになりたいって若者は、全国におそらく何百万人といると思うんです。もちろんデビューできる人はほんの一握りで、プロとして生きていく人はまたその一握りという厳しい世界であります。
 なかには才能豊かな人がいきなり賞をとってベストセラー、みたいなことも起こりますが、まあそんな天才はウチには来ませんもん。
 みんな普通の若者です。
 でも、プロのクリエイターになりたい、好きなことをしてメシを食いたいと思うなら、この何百万人の中から、どう抜け出るのかが、考えどころなわけです。
 物凄い量の原稿を書いていても、誰の目にも触れないというのはまず芽は出ません。
 書いたものを見てもらう、つまり投稿、持ち込み、あるいは企画の持ち込み、営業はやらないといかんわけです。おそらく何百万人のうちの大多数が、これのやり方がわからなかったり、やらなかったりしていると思われるわけです。ここは塾の強み。

 小説は、賞に送るというのが順当なやり方で、編集の人もそう言います。ただ、持ち込みでデビューする人もいるわけで(私がそう)、やっぱり編集さんとやりとりをするという経験は、やっておいたほうがいい。それには紹介してくれる人脈がいるわけです。
 マンガは持ち込みと投稿、どちらもOK。ただ、親しい編集さんを作っておくことがデビューへの近道です。適切なアドバイスももらえますし。
 映画や映像の世界は、脚本、企画などはやはり制作会社や映像メーカーに持ち込み、営業することがデビューへの道。この世界は人脈が見事にモノを言います。
 イラストレーターならば、クライアントや編プロ、出版社の人たちという仕事の口をどれだけ持っておくかが必要です。見積もりなどビジネスの話もできなきゃ。

 Yくんが近くU編集長に会うそうです。私が親しくしている人で、塾にも何度か足を運んでくださっていて、何人かの塾生は仕事をもらっているようです。
 Yくん、そういう人が来ても今までスルーしていたんですが、さすがに貯金も尽きてバイトも決まらず、尻に火がついたようです。やっとUさんに会う機会を求めてきました。
 ちょっとしたコラムやエッセイ、ともかく物書きとしての仕事が欲しい、と。

 さてU編集長に会って、Yくんは何かアピールできることはあるのかな?
 やっぱり手土産に作品は必要。私はこんなことができる、詳しい、専門知識がある、みたいな自己アピールがないと会っても意味がありません。
「中山さん、ちゃんと指導してます?」って、私が怒られちゃう。
 だから私、言いました。
「U編集長をいっぺんでもええから、笑わしてみ。『Yくん、バカだね』と言わせてみ」
 と。つまりU編集長の印象に残ることを考えるんです。それに笑わせるというのは、サービス精神でもある。作家やマンガ家なんて、読者を喜ばせるサービス業ですから。

 ともかく、書くだけでもいけませんし、人に会うだけでもダメ。両方必要なんですよ。
 塾のラインを使ってどんどん仕事をしている元塾生たちは、このバランスがうまくできている人たちです。

 ちなみにUさんはブルトーザーみたいな人で、どんな仕事も猛烈に突き進める人。
 私も扶桑社から『新・耳・袋』が出版されたデビュー当時、1冊本が出ただけでは食っていけないということで、私が営業をかけて、しばらくは宝島社や秋田書店を紹介してもらって、そこでコラムなどを書かせてもらっていました。あ、『妖怪現わる〜現代妖怪談義』もU編集長が当時いた出版社から出たのでした。

 この項、続きます。



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2011年10月19日

真昼の暗黒収録

 中山市朗です。

 遅まきながらの報告です。
 先週の金曜日、告知しておりましたオフィス・イチロウからお送りする、USTEAM番組『我ら、魔界探偵団』、ご覧いただけましたでしょうか?
 一応あの番組は、大阪市と関西ウォーカーなど行政と民間が組んで、ソーシャルメディアをいろいろ図っていこう、という日本初の試みである、と、大阪ソーシャルネットワークの ホームページに記載してあります。
 他の番組を見ると、大阪の文化、サブカル、地域活性などというテーマがあるようですが、ウチはまるで無視して、怪しげなトークをお送りしております。
 ただ、いかんせん、ご覧の通りの低予算、USTREAM配信という甘えもあるようで、御見苦しい場面は多々あると断言します。
 ま私もいろいろ、技術的な注文はしているんですけど。

 その一方で、地上波やBSなど既成の放送局ではお送りできないようなテーマ、濃い内容、あるいはマニアックな情報などが皆様にお届けできるという強みもあります。
 皆様で、こんなテーマを取り上げて欲しい、こんな話を聞きたい、これを知りたい、というリクエストや希望がございましたら、当ブログのコメント欄でもよろしいですから、どんどんお聞かせください。
 また、怪しい動画や忌まわしい写真などもございましたら、ぜひ、オフィス・イチロウまでお送りください。怨霊、祟りも引き受けます(?)。

 今回の番組では六甲山に噂されるメリーさんの館の真相を語っています。
 実はあの話しが六甲山が舞台となった要因の一端は私にもあるのです。そして稲川淳ニさんとの間に何があったのか、と稲川さんと私で体験した貴重な怪異談も語っています。

 『我ら、魔界探偵団』の収録後は、メンバーが全員揃っているのを幸いに、メルマガで動画配信しています『幽怪案内』の収録をいたしました。
 例の市松人形怪談を、私なりの怪談仕立てといたしまして、それを語ったわけです。
 40分以上になった怪談を、5部構成としました。
 あの一連の事件を、怪談(報告ではなく)として語るのは初めてとなります。
 
 私の書斎の100インチプロジェクターに、人形の写真やイベント当日の動画などを映して、その前で私が語るという斬新な映像となっております。
 配信するにあたっての編集作業、関係者の許可を得る必要もありますので、今しばらくお待ちください。

 で、このとき、改めて昨年撮られた写真と、9ヶ月経って撮られた写真、そして動画をじっくり見ましたが、顔、変わっています。
 光の加減、角度、思い込みを除外したとしても・・・うーん。

 そしてまた来月あたり、私の書斎(オフィスイチロウ)で、久しぶりの怪談会を催したいと考えています。いつにしましょ?




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2011年10月13日

10/13の小説技法

 中山市朗です。

 明日、14日(金)の夜8時より、オフィス・イチロウから生放送「大阪ソーシャル・ネットワーク 我ら魔界巡礼団」を放送いたします。今回は怪談をテーマにお送りすることとなります。是非、ご視聴ください。

 視聴はこちらから

 人間という生き物は、常日頃よりいろいろな問題や悩みを抱えて生きています。
 そして、自分可愛さのあまりに保身に走り、他人に責任を押しつけることをしたりします。明らかな嘘を平気で言い、その嘘が人を傷つけたり誤解を与えたり不和を生じさせたりします。そして人の関係を潰します。希望や夢をぶち壊すことだってあります。不穏な空気が漂います。
 やっかいなことは、その保身に走っている人が、その嘘に気付いていない場合があるんですね。当人にとって、その嘘は嘘ではなく真実なのだと思い込んでいます。だから譲らない。
 しかし周囲からすると、それが虚言であることは明白である。

 こういうこと、往々にしてありません?
 例えば、ある仲違いや恋愛関係の破綻、離婚の問題が持ち上がったとします。
 当事者の二人、あるいはもう片方に親しい人間が、その相談を受けることになります。
 話を聞くと、Aは「その原因は、Bにある」と言います。
 その過程、こんなことがあった、あんなことがあった。その隅々を語り、それらの要因はBに端を発していて、私はまったく悪くないのだと訴えます。
 Aはかわいそうな人、Bはひどいヤツだ。そう相談者は受け取ります。
 そこで相談者は、親切にもAの語ったことをBに話し、反省を促し、仲を取り持とうとします。
 すると、BはAの主張とまったく異なる事情を話して、「Aにこそ、その原因がある」と主張します。Aこそがひどいヤツだと。
 あれれ、なんだか話が違うぞ。
 そこで、A、B、どちらも呼んで話し合いをさせます。しかし双方の言い分が食い違い、お互いが譲らず平行線となり、ますますその関係はこじれ、修復できなくなる。
 ありませんか? そんなこと。

 これ、A、B、どちらも自分は正しい、と思っているんですね。
 この状態のことを「羅生門」と呼びます。
 デーブ・スペクターさんもある番組で、アメリカでもこんな状態のことを「Rashomonと言います」と言っていたけど、ホンマかな?
 黒澤明監督の名作『羅生門』は、芥川龍之介の『藪の中』に原作を借りて製作されました。
 ここに出てくる人物たち、それは真砂という女が強姦された上に、その夫は殺された、という事件に何かの形で関わっています。彼らは検非違使の官人の前で、事件の真相を問われ、真相を語ります。
 そして真砂本人を含む5人がその事件を語り、5通りの供述が語られます。
 それは5人ともそれが真実であると思い込み、正当化しているわけです。
 自分は間違っている、とは微塵も思っていません。
 事件は「藪の中」に入り込みます。
「こんなに恐ろしい話しは聞いたことがない」と、話を聞いていた旅法師は耳を塞ぎます。

 コレ、真実とは、それを受け入れる人間たちによって違う、ということです。
 芥川龍之介は、こんな言葉を残しています。
「私は不幸にも知っている。時には嘘によるほかは語られぬ真実もあるということを」

 最近、親に叱られたことが無い、という若者が増えていますが、彼らに共通するものがあります。それは、自分の意にそぐわないことがあると、それは他人、あるいは周りの責任だと嘆くこと。甘やかされて、欲しいものは親に与えられてきたことから、自分の意は自分だけではなく周囲の者が与えてくれる、と思っています。だから意にそぐわない結果になったら、それは他人、世間のせい。自分に責任があるとは微塵も思っていないわけです。
 困ったことに、そんな自分勝手な言い訳や泣き言、他人の悪口をツイッターなどというもので世の中にばら撒き、何も知らない第三者の同情を買って、励ましや賛同のコメントをもらって喜び、またまた自分を正当化し、悲劇のヒーロー、ヒロインを演じる。
 なんなんでしょうねえ、これ。

 いや、昨晩、そんな修羅場を見てしまったんです。まあ、慣れてますけど。
 私はそれを責めはしませんでした。そんな経験は若いときにしておくのがいい。
 そして、そこから人間というものをもっと知ってほしいわけです。
 誰でも大バカなことはしちゃうもんです。自己保身は本能としてあるものです。

「人間のやることじゃない!」
「お前はそれでも人間か!」
 なんて言葉、映画やドラマでよく聞きますが、人間、知恵があって思考があり、権力や地位、財産、野望、そして責任というものがある限り、実はその保身のためには残虐になれるんだと思います。虐殺なんて人間の世界にのみ存在するものですしね。

 なんだか話しが大事になってきたな。
 
 しかし黒澤明監督は『羅生門』のラストで、でも人間は慈悲深く自己犠牲もいとわぬものなのだ、とも描いています。
 そんなこともひっくるめて、人間、人間社会なんですね。

 塾生たちは作家になりたいと言っているのだから、人との関係をちゃんと持ってほしいし、観察もしてほしい。人間がこの世の中で一番面白い存在ですから。

 あっ、昨日12日(水)の小説の合評ですね。
 サクサクッと。

 T田くんの昭和の匂いが感じられるヤンキーたちのアホな生態を描くコメディ小説。
 ノリとテンポもよくて、笑えます。京都が舞台なのですが、京都ローカルなギャグも独特の世界観をもたらせています。このまま続きを。
 
 Yくんのアクション小説。非常に説明が細かく丁寧なので読みやすく、映像として頭にイメージできます。しかし、その分展開が遅く、ストーリーが進展しないんですね。もう240〜50枚分進んだというのにまだ、プロローグを読んでいる気分です。全体の構成力が問われています。きっとこのままじゃ、想定内で終わらない。

 N子さんの怪談2本。
 まだセリフが説明的です。そして主人公がゾッとするシーンの表現力も、もう少し磨きましょう。古井戸の底を子供たちが見るシーンは、「懐中電灯で中を照らし、息を飲んだ」というものに、覗き込む、という動作を入れたほうが、子供たちの状態も表現できて、続く動作につながります。蓋の裏に手の後がビッシリ・・・という場面も、蓋を見るタイミングがうまくいっていません。となると、肝を逃すことになっちゃいます。

 T野くんのSF小説。この小説も、説明するところをもっと登場人物たちの動きやセリフで展開させる工夫が必要です。ただし、これ以上ここに留まっていることも考えもの。次の章へと進みましょう。

 Sくんの大河内伝次郎に捧げる小説。映画好きならではの描写があって、同じ映画好きな私も思わず読んでいてニヤニヤしてしまいます。ただ、新たなキャラクターの登場シーンはその距離感、だんだん見えてくる風貌、それに反するような言動と、ちょっと整理して描く必要があります。
 それと「南無妙法蓮華経(丹下左膳の着流しの背中に描かれています)」を知らない塾生がいたことにぶっ飛び。「南無阿弥陀仏」なら知っているそうな・・・。


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2011年10月12日

もう松葉杖はつかない

 中山市朗です。

 本日は10月12日です。
 今日の深夜11時30分頃、ちょうど2周年記念となります。
 なんのって?
 私が右足を粉砕骨折したのが2年前のその時間だったのですよ!
 それから約1ヶ月の入院を強いられまして、そのときの様子は2009年10月14日以降の私のブログをお読みください。読み返すと入院中は頭が変だったのでしょう、下ネタが多いです。

 病院、私の一番嫌いな場所です。
 あそこにいるだけで、なんか病気になりそうな気がします。
 私は非常に健康でありまして、痛いところもかゆいところも現在のところ、さほどありません。不眠症も治ったし、真夏のクソ暑い日も食欲はまったく落ちません。風邪もひかない。薬も飲みません。飲まないからウチに薬は一粒もありません。無いから困ったということもありません。
 あれ、風邪かな、と思ったときは(めったに思わないですけど)、ウィスキーを半瓶ほど一気に飲んでバタリと寝ると、翌朝にはもうなんでもありません。
 風邪で寝込む、という概念がありません。
 えっ、二日酔い? なんですかそれ?
 しかし医者から「あなた、癌です」なんてことを言われると、きっとその日から寝込むと思います。病は気から、と言いますしね。知らぬが仏とも言います。
 でも知らずにお陀仏、とはなりたくありません。

 癌と言えば先日、NHKのBSで癌を克服して、指揮台に立つ小澤征爾さんのドキュメント番組をやっていましたが、やっぱり凄いですな、小澤さんの音楽にかける情熱と執念。78歳やそうですが。
 小澤征爾と言えば、ネットを検索したら、小澤征爾と小沢政治の違いという掲示板がありまして、こんな書き込みがありました。あくまでネタですけどね。

 癌を克服したのが小澤征爾。癌そのものが小沢政治。

 天才なのが小澤征爾。天災なのが小沢政治。

 世界の中で礼をしたのが小澤征爾。世界の中の中国で礼をしたのが小沢政治。

 幸せという字が入っているのが小澤。幸せという字が入っていないのが小沢。

 前で指揮を執るのが小澤征爾。裏で指揮を執るのが小沢政治。

 ラデツキー行進曲を作るのが小澤征爾。焦げ付き後進国を作るのが小沢政治。

 日本の誇りなのが小澤征爾。日本の埃なのが小沢政治。

 まだまだありましたけど、みんなウマいわ!
 そういえば、一昨年の12月9日、まだ私が松葉杖をしていた頃、小澤征爾さんがホントに小沢政治に苦言を呈したことがありました。当時の幹事長だった小沢一郎氏に会って、「文化芸術部門の予算節減を見直してほしい」と直談判。
 まさかの小澤征爾と小沢一郎のツーショット写真も報道されて。
 まあ、事業仕分けで芸術文化の補助金は軒並み削減されちゃいましたけどね。
 

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kaidanyawa at 19:38|PermalinkComments(3)

2011年10月06日

10/5の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 今の若い人たちは満たされているのでしょうか? 満たされていないのでしょうか?
 ずっと考えていることです。
 ある意味、満たされています。
 まあ餓死する奴はいない。お金がない、時間がないと言いながらゲームやったり、ネット見たり。カラオケ行ったり。DVDで好きな映画やアーティストを観たり。
 ところがそれで満足しちゃっているのか、そこから抜け出そうとしない。
 ゲームやネット、DVDなんてそんなにお金のかかるものじゃないので、まあ、バイトでもしてりゃ、その生活が維持できます。カツカツですけどね。

 ある塾生にちょっと高級なブランデーをすすめたら、「これで米五合買えるのに」となんとも夢の無いことを言うので「バーとか料亭に行きたくないのか」と聞くと「そんなん行ったことないし、無駄でしょう」と言う。
「おいおい、風情とか風流とか、オトナの嗜みとか、知るべきやろ」
 スガノが参戦。
「バーとか、女の子が隣座ってくれんねんで」
「それ高いんでしょ」
「いやいや、お金取らへんところもあるよ」
「そんなん、ペッ(手で払う仕草)ですわ」
「えっ、なんで?」
「うーん、必要性を感じないというか」
 今度は私。
「ああいうところの女性を観察するのもいい勉強やで。例えば(と、何例か提示)」
「うーん、どうでもいいですわ」
「ちょっとなあ、京都や奈良に行って、その風情を楽しむとか、無いの?」
「うーん、ないですねえ」
「えっ、そんなん知らんで小説書ける? その前に、女にモテへんぞ」
 贅沢を知らないんですね。彼もう20代後半ですけど。
 で、なんか好奇心が欠如しています。これは彼に限ったことではないようです。
 なんか、若い人が底辺の生活に慣れちゃっているというか、こんなもんやと思っている。
 これは大人も悪い。

 私の20代の頃は、まあ景気もあったんでしょうけど、メーカーや出版社、芸能関係のおじさんたちに料亭や高級なバーに連れていってもらって、テンション上げて、げろ吐きまくった覚えがあります。自家用セスナやリムジンに乗ったり、業界の人たちのパーティにも参加させてもらったり。こんな世界があるんや、と憧れもしました。
 黒澤明監督の大ファンでしたので、『乱』の製作現場のメイキング撮らせてくれと押しかけて、実際、黒澤組に入れてもらってビデオまわしたり、ちょっとした自慢ですが、これが日本映画の「メイキングビデオ」の第一号です。
 落語、漫才が好きなので「てなもんや」や「花王名人劇場」のプロデューサーでマンザイブームの仕掛け人、澤田隆治さんに会いにいって「お笑いのアーカイプ映像の権利を私にください」てな無謀なことを言ったり。東宝映画のプロデューサーと飲んだり。CM業界のドンみたいな人や講談社の文芸部長に企画を持ち込んだり。角川春樹さんにビジネスの話を持ち込みかけたり。OKもらったんです、コレが。
 まだデビューする前の無名の頃ですよ。
 これ、好奇心から出た行動です。
 でまた、そんなことが面白かったんです。そして憧れの人や有名人に会うとテンション上がるじゃないですか。ましてや一緒に飲むなんて。
 で、フリーで生きていくっていうことは、そういうことだと思っていたんです。
 メジャーな人たちと仕事をする、人脈をつくっておく。それがこの世に出るということなんだと。

 専門学校では、そういう人との繋がりだの人脈だのは一切教えられず(学校以外の業界人との交際を禁じていました)、技術さえあれば大丈夫、なんていう幻想を学生たちに与えていました。罪なことです。
 技術は確かに必要です。でもそれだけではプロになるのは難しい。結構腕も無いのにこの世界にいる人だっていますもん。その人の人柄、人脈、営業力の賜物でしょう。
 だからデビューが目的ではなく、好きな世界で食っていけるスキルを知ってもらうための作劇塾を作ったわけです。
 私はプロの人たちと接するごとに自信がついたし、自信がさらに先に進む原動力になったわけです。そして現にそんな私の意図を察したプロの人たちが塾にやってきては、授業の見学をしたり、飲み会に参加してくれたり、一緒に怪談会やったりしてくれたわけです。
「作劇塾のようなところは東京にもない。素晴らしいやり方ですよ」と、そういう人たちは言ってくれて、塾生たちと接してくれるんですけど。
 でも、なんかそういうことが生きていないんですね。
 塾生がそれを生かそうとしていないんです。もちろん生かして目的達成した塾のOBたちはいますし、生かしてプロの人たちと仕事をしている塾生も何人かはいますよ。
 ただ、そういうことが、どういうことなのかに気付かないのがどうも多いんです。
 なぜ?
 危機感が無いんですね。口では危機や、ヤバい、言ってますけど。
 でも結局バイトやって、3食くえて、ゲームやって・・・で、どこか満足しちゃって、そこから踏み出すという勇気が無い。
 どこかの経済学者が言うてましたなあ。年収200万円の時代がくるって。
 それを若い人たちが受け入れちゃってるんです。
 まあ政治や景気がこんなになっちゃって、大人が若者に夢を与えられなくなった大人の責任もあると思いますよ。

 でもクリエイターになりたいと言うて、塾に入ってきたのなら、そんなことで満足しててどうすんの、と思うわけです。もう30歳を越えた塾生もいますし。
 私は怠け者で仕事大嫌いで不器用な男ですが、そんな私の若い頃より遥かに彼らは動いていないわけです。家に篭ってて。
 だから贅沢を知らない。大人になりきれない。人脈が無く、フィールドワークが狭い。
 そんな人の書いた小説やマンガが読みたいですか? そんな人が、映画撮れます?

 というわけで今回の作劇ゼミは、各々プレゼンをしてもらいました。この1年、私は何をしました、という報告です。
 1年。大きいですよ。この数字の持つ意味は。
 そしてみんなの手元には採点表が。
 そのプレゼンを聞いて、各項目ごとにみんなに5点満点で採点してもらいます。

 項目は以下のごとく。

1、執筆、製作量
2、持ち込み、投稿、営業
3、知的好奇心
4、フィールドワーク
5、人脈
6、自己管理能力
7、プロとしての実績
8、総合力

 40点満点です。さあ、みんな合計何点取れたのか。
 その発表は次回の作劇ゼミで。
 ありゃりゃ、40点満点で0点の奴がいるぞ・・・。
 



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kaidanyawa at 21:05|PermalinkComments(4)

2011年10月05日

勝手にしやがるな

 中山市朗です。

 WOWOWのホームページに「WOWOWトーク何でも相談室」というコーナーがあります。10月1日より3チャンネルがハイビジョン化されて、全チャンネルについて語り合う場所だそうです。気になる番組、オススメの番組などについて投稿してください、とありますが。
 ここが今、えらいことになっています。寄せられている書き込みのほとんどが、最悪のロゴマークについての苦情と解約を促すユーザーたちの動き。
 で、多数寄せられている苦情に対して、ここはトークの場ですと言っていたWOWOW側から何のリアクションも説明もない。
 視聴者、置き去り。

 実は、私もクレームを入れました。電話で2回。

 映画好きなので、BS放送のWOWOWは、もう十数年観続けています。
 画質、音質がいい。映画の編成がいい。ロゴマークが目立たない。
 難点は、もうちょっと字幕小さくならんか、昔の映画をもっとやってほしい、ということ。
 今月1日よりWOWOWが3チャンネル・ハイビジョンに編成され、昔の映画ももっとやってくれるのかなと期待していたんです。
 で、もうWOWOWを観ている人はご存知でしょう。

 なんや、あの画面右上に出るカラーのロゴは!
 初っ端に放送されたモノクロの『ローマの休日』の右上にハッキリ、クッキリと緑の四角の中に白抜きのWOWOWシネマのロゴが浮かんでいて、なんでこんなロゴを堂々と画面に? と不愉快になって3分で視聴をやめ、スターチャンネルで改めて観ることに。
 今までWOWOWは、番組が始まって30分したとき、WOWOWという文字が5秒間ほど右上に浮かんで、スッと消えるというスタイルだったんです。
 いや、映画を鑑賞するユーザーのこと、知ってるやん、とずっと感心していました。これが私がWOWOWを愛した所以です。
 それがなんでこんなことに?
 こんなん告知してたっけ、とWOWOWのホームページ見たら、あった。

 10月1日午前10時より、「WOWOWプライム」「WOWOWライブ」「WOWOWシネマ」各チャンネルの画面右横にチャンネルロゴを表示いたします。
 これは、放送番組の著作権保護の目的から実施するもので、新たに24チャンネルに増えるBSデジタル放送の中で、3つのチャンネルになるWOWOWを認知していただく目的も併せ持っています。お客様のご理解を申し上げます。

 理解できん。しかもこれ、事前告知していなかった。
 事後承諾。これはユーザーをあまりに軽視した態度です。
 
 しかもあんな目障りなもの今月から表示され、しかも常時表示だと!
 もう観る気せん!

 WOWOWを視聴していない人のために説明しますと、映画の右上端に緑や赤のシールをペタリと貼られたような感じ。
 映画館で映画を観ていて、暗い館内のスクリーンのすぐ右上に「非常口」の緑のランプがずっとテカテカと点いている感じ。
 そんな映画館、窓口にクレームを入れて、2度と行きませんわな。それとまったく同じ。
 いかん、これは。
 『ローマの休日』を諦めた後、即クレームの電話。
 ありゃりゃ、なかなか繋がらない。早くもクレーム電話殺到か?
 やっと10分ほどして繋がって。
 そしたら何を言っても「ご意見として賜っておきます」の1点張り。あかんわこりゃ。
 
 その夜中に、ブレッソンの『抵抗 死刑囚の手記』は仕方なくWOWOWで視聴したのですが、モノクロームの映画に目がいかず、緑のロゴにいってしまって集中できん。最後まで観たかったけど10分ほどで断念。
 なんか、WOWOWのプロモ番組を観ているみたいですわ。なんで金払ってプロモ版を観せられるの?

 ハイビジョンの特性は、解像度が映画のフィルムとほぼ同じということ。それを大画面で観ることにより、映画館にいるのと同じような臨場感が味わえます、みたいな宣伝をしておいて、完全デジタル化して、ユーザーに大画面のテレビ買わせて、これから、と思ったらカラーの大きなロゴが画面端に!
 これ、大画面で観るほどに目立ちまっせ。
 WOWOW関係者は自宅で大画面でテレビ観てないのんか?
 これは瞞された感があります。WOWOWアホです。

 で、昨日2度目の電話。
 というのは、4日経っておそらくカスタマーセンターにはクレーム殺到、解約者殺到しているから、なんらかの返事がもらえるかなと思ったわけです。ネット上ではWOWOWの明確な回答が無いようですし。
「あのう、右上にあるロゴの件なんですが」
「はい、それがどうかいたしましたか?」
 はあ? すっとぼけてんな。
「あの緑とか赤とか、あれ邪魔ですわ。映画観てても集中できん」
「そうでしょうか」
 そ、そうでしょうかあ? どこまでトボけるねん!
 で、ちゃんとクレーム内容を伝えました。そしたら、
「先月まで当局ではロゴは30分して数秒表示していましたが、そもそもあれは、表示できない不完全な仕組みの中にありましたので、今回からやっとロゴ表示ができるようになった、ということでございまして」
 あんた何言うた? あんなロゴ出すことなんて技術的になんでも無いこと。それにそんなこと初耳です。以前のロゴ出しはWOWOWのセンスかと思っていたら、それも拒否しよった。
 あんまりクレームがきたので、トチ狂った?
 それともそう言えという上からの命令でも?
 言ってやりました。
「ホームページを見ると、今回のロゴ表示は著作権保護と海賊版防止のためだとありますが、光と影の芸術というのが映画です。監督やカメラマンたちの色へのこだわり、設計、調子などをいかに表現するかの作業が映画というものです。そんなにして作られた映画の上に勝手に緑や赤の自社ロゴを付けるとは、それこそ著作物の保護に反していませんか? モノクロの世界に勝手に色を入れる、これが著作を保護しているということなんですか? 私が監督やったら絶対嫌ですわ。ライブコンサートも照明は演出の一部です。その照明の設計を、局が勝手に損なうロゴを入れることが、WOWOWさんの言う著作の保護なんですか?」
「しかし、著作法にロゴは必要なものでして」
「じゃあ、百歩譲って、ロゴにあんな色が必要なんですか?」
「それは、色によって3つのチャンネルの特性を皆様にお伝えしようという・・・」
「子供か視聴者は! あのロゴに決まるまでに会議が何度も開かれたでしょう。誰もこれはマズいと言わなかったんですか!」
「・・・」
 まあ、オペレーターはそんなこと知らんか。でも窓口として出てるわけだし。
 あっ、知らん人に何のことか言うときますと、
(青)プライム (赤)ライブ (緑)シネマ
 と、WOWOWさん、3局を識別するため色分けしたわけです。
 これはリモコンで選別できます。画面でずっと局の識別をユーザーに見せる必要が、どこにあります?
「それと海賊版防止? BSカード(天下りの別会社が管理)、スクランブル放送、コピーワンスという仕組みはじゃあ何だったんですか? 随分と視聴者を泥棒扱いにしますね」
「申し訳ありません。そういうご意見があったこと、お伝えいたします」
「そんな言葉聞きたくて電話したんと違う。同様のクレームはこの3、4日で山ほどきてるんでしょ。おたくのホームページ(WOWOWトーク何でも相談室)も私はチェックしています。ロゴに対するクレームが凄いじゃないですか。あれはお金払って見ている視聴者の素直な意見だと思います。WOWOWさんは、これらのクレームに対して早急になんらの回答をするべきです。それを私は聞きたいわけです。即、対応するとか、今月いっぱいは辛抱してくれとか、変える気は一切無いとか。一切無いというのなら解約します。ともかく、今後継続していいのかどうか考える上でも、ちゃんと回答するべきです。早急に!」
「はあ・・・と言われましても、上に報告するよりは他に・・・」
 これ、状況的に「店長呼んでこい!」ですわ。
 にしても、オペレーターは役人みたいな答弁。そこにもガッカリ。以前、字幕に対してクレームをしたときは親切丁寧に「私もそ思っていました」とjか言いながら、対応してくれたのに。
 思うんですけど、WOWOWは視聴者のマーケティング・リサーチをしているのでしょうか? そしてユーザー対応をちゃんとやっているのでしょうか?
 WOWOWのユーザーはおそらくマニアックな人たち。マニアックな人たちっていうのは、細かい仕様やデザインにまでこだわる人たちです。そして録画してコレクションしておく、あるいはいつでも好きなときにゆっくり観られるようにと契約しているわけです。
 そしたら目がチカチカする色付きロゴやて。ゆっくり観てられないし、コレクションする気も起こらん。つまり、WOWOWは自らの価値を理解していなかった、というわけですわ。
 しかもでっせ。さっき『尼僧物語』をチラッと観たら、ロングショットのオードリー・ヘップバーンの顔にロゴが重なって、ヘップバーンの顔にモザイクかけたみたいになってるやん! これが著作物の保護?
 こんなに愚かなことをやっておいて、ユーザーが何も言わずおとなしく契約の継続をすると思っていたのか? 顧客であるユーザーを怒らせるとどんなことになるのか、それがわからないというのなら、WOWOWは終わり。営業部と広報部、何しとった?
 開局以来ずっと観ていた素晴らしかったWOWOW(洋画の字幕はもちっと小さくしてほしいけど)が、なぜこんなダサダサの感性になっちゃったのか。
 これ、社内の役員が変わった、としか思えないんですけど。

 それと著作権保護、なんて言うとユーザーが納得したとでも思ったのでしょうか?
 WOWOWが持っているのは著作隣接法なんですね。
 これは著作物を公に伝え広めるために放送事業者に与えられた権利なのです。自社製作番組は別として、映画などに関しての著作権は制作者や監督、映画会社などにあるわけです。その著作物に密接に関係する活動にあるのが隣接権というものなんです。つまり端的に言うと、放送する映画に関しては放送局には何の権利も無いわけです。しかしそれでは資本回収ができない。だから放送事業にも産業的側面を鑑みて、作られたのが隣接法という権利なのです。著作物を公的に公開するわけですから、これを機に海賊版や不当コピーなどが出回らないように算段することは、放送事業者がやらねばなりませんけど。
 その算段が著作物を汚すこと、というのはあまりに頭が足りない。
 ピカソの絵を画商が客に渡す際、画商のロゴマーク貼ってみなはれ。
 絵の価値下げた、と訴えられます。WOWOWがやってるの、同じことちゃいます?
 あのロゴは実のところ著作権の保護というより、WOWOWの隣接権の主張なんですね。3局の色を表して認知していただく、ってそういうことなんですよ。でも隣接法の主張です、と言っちゃうとユーザーから袋叩きにあうのは分かっているから、著作保護なんていう体のいい言葉を使っているに過ぎないわけです。

 ちなみに『ローマの休日』『緑の館』、著作権切れています。パブリック・ドメイン。一体WOWOWは、何の著作権を保護しようとしたのでしょう?

 ただし隣接権といっても色々あって、音楽に関して言うと作曲の著作権は作曲家にあって、演奏する側には著作権は無く、隣接権があるわけです。だからこれらを一緒にして論じることはちょっと困難であるわけですが・・・。

 ここのところ、テレビがデジタル化して地上波も含め各局のロゴが画面に入るようになりました。WOWOWほど目立たないですけど。あれ、本当に著作権保護と海賊版防止になるんでしょうか?
 別に目立たないロゴはあってもいいんですが、さっき言ったようにあれは、放送した側の隣接権の主張であって、著作保護になるとは思いません。
 現にWOWOWの開局ライブ映像、すでにロゴ付きでネットに上がっています。あれはロゴ変わったWOWOWをもうオレ、アップしたで、という自慢です。
 ということは海賊版防止には役立たない・・・。
 オークションで販売する目的の連中は、まずコピーワンスの制御を解除しているところからロゴなんぞすぐ消せる技術もあるでしょうし。しかし一部の盗人のためにユーザー全員に不快な思いをさせるのは、コンテンツ会社としてのセンスを疑います。
 海賊版の取り締まりは、また別問題でありましょう。

 まあこれもWOWOWを長らく視聴していたファンであるから言えること。
 私は解約せずにもうしばらく様子を見てみます。
 来月も変わってなければ、解約しかないですけどね。

 

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kaidanyawa at 19:58|PermalinkComments(4)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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