2011年12月

2011年12月28日

ユー・ガット・電話

 中山市朗です。

 最近、このブログでちょっと塾生たちに対する愚痴みたいなものを書くことが多いのですが、まあ愛情からの憂いです。
 私のような者がやっている作劇塾に、月謝を払ってきてくれているなら、なんとか好きな道で好きな仕事ができる人材になってほしい。そのためなら、出来ることからやってあげたい。売れなかった若い頃の私は、苦しかったですから。
 それだけです。
 どうやら彼らは、サラリーマンにはなれない連中ですし、そんな気持ちもさらさら持ち合わせていないようですしね。なのに必死でバイトを探す意味がわからん。
 また、塾生たちを叱咤するのは、私自身の自戒の意味もあります。

 話は変わりますが、
 私は携帯電話というものを持たない主義でして。
「携帯電話を持ちましょう」や「持ってください」と、仕事仲間や編集さんから言われますが、「家に電話あるし、留守番機能ついてるし、FAXだってあるし、事務所にはメールも届くし」と、持つ意味がもうひとつピンときません。
「すぐに連絡がつくじゃないですか」と言われても、そんなに急ぐ用が頻繁にあるのか、なら、めんどくせえ、と思うわけです。いや、携帯電話を持っている人に連絡しても繋がらないとか、場合によっては着信拒否したりしてるやないか、とも、訝しがってしまいます。
 だいたい携帯電話はないけど、ちゃんと発注はあるし、原稿落としたことないし、打ち合わせに遅れたこともありませんもん。

 また、メールというのが信用できません。
 以前、重要なことをメールでやりとりしていて、えらいことになった経験があるんです。ヘタクソな文字の羅列からは、感情やニュアンスが読み取れない。耳にする言葉ですと、わかるんですけど。だから電話して来い! と。
 何があったかは書けませんが、ホンマあれは・・・。

 あと、仮にAさんという人と会うとしましょう。
 何日も前から連絡して、お互い時間のやりくりをして、待ち合わせ場所まで足を運んで、遅刻しないように早めに来て、そして大切な打ち合わせ。
 そのときAさんの携帯に電話が。
 Aさん、携帯電話を取り出して話し始めて「あっ、ちょっと失礼します」と別室に消えて、なかなか戻ってこない、なんてよくありますが。
「おい! 事前に約束して、時間作って、ここまで来てる俺より、そつちが優先かい!」
 なんて思いません?
「今おらん、言うといて」が携帯電話じゃできないのですね。ほな、出んかったええんですが、出るまで鳴り続けてもうるさいし、途中で切ったら「あっ、切りよった」と思われるし。あ、今はうるさくないんか?

 作家の塩野七生さんがあるエッセイで、イタリアの大統領だかに会見を申し込んだら30分だけ会ってくれた。このとき、他からの連絡は緊急以外、一切取り次がないように秘書に言って、30分を自分だけのモノにしてくれたことを、さすがだ、と感銘したというようなことを書いていたんですが、時間とは、人と人とは、そうあるべきだと思うわけです。

 携帯電話で思い出しましたが、私の書斎に携帯電話を忘れて帰った塾生がいました。これが全然取りに来ないんですね。なぜか。次の授業がある一週間後に見つけて、
「あっ、先生んとこに忘れてたんや」
 やて。
 その間、朝になるとアラームがピピピピッと、まあうるさい。ところが一回も電話がかかってこなかった。
 なんか、そいつが哀れに思えて・・・。

 とまあ、携帯電話を持たない言い訳を捜しているわけですが・・・。
「携帯電話持ってないなんて珍しいですね」とよく言われますが、その言葉の意図がなんであれ、珍しいというのは私には誉め言葉なんです。
 誰もやっていないことに興味がありますし、みんながやっていることにはどうも気が乗らない性格なので・・・。

 しかしこれが、私には考えどころなんですよ。
 若い子が「携帯電話が無かったら生きていけな〜い」なんて言っているのを見ると、一体その理由はなんだろう、一体何がそこにあるんだろう、と興味津々になって、色々調べてみるわけです。
 そうですね、下戸な噺家さんが、酔っ払っている仲間の噺家さんを冷静に観察していて、高座に上がると酔っ払いの様子がうまい、みたいな?

 最近はもう携帯電話というより、タブレット型の超小型コンピュータですね。
 これで何ができるのか見てみると、ゲームはもちろん、電子書籍、新聞や雑誌も読めるし、ショッピング、情報、映像、音楽、キャラを作ったり、録音、動画、写真の撮影、簡単なCGグラフィック、もちろんネットによるソーシャルネットワークを使いこなして友達を作って、なんてことになると、あらゆるメディアがここに集中し、新たなコンテンツの需要が求められることは、間違いないわけです。
 タブレットで読める新聞は一部、有料化されましたし、先日の日経新聞では、スマートTVなるものが今後の大きなトレンドになるとも記事を載せていました。きっと来年中にはパソコンや携帯タブレットでもって、多種多様な動画の視聴が小口課金という仕組みで見られることになるのでしょう。アイデア次第で発信する側も、視聴する側にも今までに無かった、あるいは常識を逆手に取った、面白いコンテンツを共有できそうです。そしてそれがビジネスになっていくようです。

 問題は、そんな携帯タブレットをいつも大切そうに持っていて、器用に使いこなすクリエイター志望の塾生たちが、ここにビジネスチャンスがあると思わないことなんです。
 言っているんですけど、もうひとつ食いつかない。
 私は大いにあると思って、色んなアイデアがぐるぐる頭の中を周っています。
 ただ、私はコンピュータの世界はまったくの素人で、もちろんプログラマーではないし、技術も知識もないわけですし、開発費用も持ち合わせていないので、どこかと組んでやるか、企画を買ってもらうしかないわけですが、ここに文章を書く人材、イラストやマンガが描ける人材は必ず必要なわけですし、映像やゲームの演出や仕掛けができる人材、総合プロデュースする人材は、まだまだ求められるように思うわけです。
 実際、プログラミングをするのはプログラマーですが、元となる企画やストーリー、キャラクター造形、構成などを提供するのは、本来マンガ家、作家たちの領分です。
 今までは理数系の人たちで構成されていたITの世界に、文系の人たちがこれからどんどん入っていくことになるのではないかと私は思います。

 伸び伸びになっている電子書籍『モーツァルトの血痕』(もうすぐです!)も、私がiPadを見たときに閃いた要素を取り込む形で、某ゲーム会社に制作してもらっていまして(出版社ではこれは無理!)、これが完成するとそのシステム、ノウハウを使って別の企画に応用できることになっています。私はそれを利用しようと思っているんです。
 オフィス・イチロウを立ち上げたのは、実はそこに対応するためのものなのですが。
 塾生たちにそんな話をして、そこのゲーム会社の人たちが私の書斎に出入りしていながら、塾生たちから自主的な企画の一つも上がってこないのが、なんでやろ、と思うわけなんですよ。

 もちろん企画を出されても採用されることはまず無いかもしれません。しかし、何かを求められてうちにオファーがあることも確かですし、知らないところに営業するのとは違うわけです。塾の人脈でもあるわけですから。だからこれはチャンスではあるわけです。
 企画は通らなくても、仕事がもらえる可能性はあります。
 そしたらバイトなんてしなくてもいいし、ここで培った経験は必ず本業の創作に活きることになります。だいたいコンビニのバイトを10年やっても何の実績にもなりませんが、こういうところに作品が出ると、これは実績となります。
 いや、塾生諸君のほとんどは純粋にマンガ家になりたい、作家になりたい、と思ってきていることは承知しています。『少年ジャンプ』でデビューしたいとか。
 でも、いつデビューすんねや?
 30歳過ぎたら、ちょっと、いや、だいぶ、少年誌は難しい・・・。

 今、クリエイターが求められるメディアの域は確実に拡大しているんです。私の周りにもそういう世界で楽しげに創作活動しているクリエイターたち、います。彼らは既成のものにとらわれずに、色々なものに挑戦しています。
 一方、夢だった『少年ジャンプ』でデビューした専門学校時代の教え子がいましたが、1作で消えました。
 そら、人によって価値観も違うし、やりたいことも違うんでしょうけど、ここは考えどころです。
 デビューすることと、食っていくことは違うんです。

 だから自分の創作したものをお金にすることを考えて、色々挑戦するべきです。
 そんな段階になって、初めてプロとして求められる資質やセンスがわかるんです。それが成長する一番の近道と、私が塾を作った理念ですが。

 ドイツの業界紙によると、世界の出版社が直面している最大の課題は、電子書籍を含む新しいコンテンツ開発だとしています。
「印刷からデジタルの過渡期にあって、出版社が直面している最大の課題は、新しいビジネスモデルとマルチメディア製品の開発、効果的なマーケティング戦略の策定である・・・」
 これは2年前、フランクフルトBOOK Fairが世界の出版社の840社から回答のあったアンケートの調査結果で、72%が、デジタル・コンテンツへの開発を課題としている、と。2年前の数字ですから、これ。で、2018年までに印刷本とデジタル本の売上比率は同等になるだろう、とも。

 私らの時代は、本といえば印刷された紙でしたが、今の塾生たちは今後、10年、20年、いや40年も先のデジタル中心の世界に展開するメディアの中で創作活動をしていることになるわけですから、私のような携帯電話を持たないおっさんのレベル以下の発想、考えでは、クリエイターは無理なんじゃないかと危惧するわけです。
 既存の出版社で作品を出したいという気持ちはわかりますし、今はそこにステイタスが求められるのは理解します。しかし一方で柔軟で、若い発想力を業界は期待したいわけです。今のままではあかん、と正直、出版社の人も思っています。
 口にできないだけで・・・。

 柔軟な頭でいこう。
 今は21世紀ですぜ。

 2011年、そんなこんなで押し迫っています。
 あっ、年賀状書かな・・・。





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2011年12月26日

人材よ帰れ 我が胸に

 中山市朗です。

 忘年会が続いております。
 作劇塾の忘年会も終わりまして、塾生たちのほかに出版社の編集さんや、来年からオフィスイチロウの作品の制作や配信をしていく上でのパートナーとなるゲーム会社の社長さん、元教え子のゲームデザイナーNくん、ライターのTくん、『幽』でお世話になっているカメラマンさんなども参加くださいました。
 ありがとうございました。

 まだまだ忘年会は続きます。

 さて、先週水曜日の作劇ゼミの報告がまだでした。

 2011年最後のゼミ(小説技法は28日に、シナリオ講座は30日にまだあります)でした。
 仕事、ということを考えてみました。

 私が作劇塾を作ったのには、この仕事ができる人材を育てたいという意図があります。
 マンガが描ける人材、文章が書ける人材、演出ができる人材、企画力のある人材・・・。
 この人材がなかなかいません。
 たんに、マンガが描ける人、文章が書ける人、というのはいくらでもいます。
 ある有名な小説家さんが私にこんなことを言っていました。
「文章を書くだけなら、うちのお婆ちゃんでも書けます。要は書いたものがお金になるかならないかです」
 元・吉本興業常務の木村政雄さんも何かに書いていました。
「人はいるけど、人材がいない」

 人材とは、主に組織内で適材適所で能力を発揮させ、利益をもたらす、という意味で使われます。一見、一匹狼的な存在のクリエイターたちとは別の世界のように思えますが? クリエイターこそ、上質な作品を作り出す人材でなければなりません。
 そこに気付かないで、挫折したり消えたりした教え子がほとんどでした。
 マンガ家を例に出すと、出版社からの依頼があって、原作の作家がいて、担当さんがいて、アシスタントもいて、という組織のなかでマンガができます。
 依頼されて、制作して、納品して、売って、という過程の中で求められるのは、好きなものが描ける人より、注文に答えて仕事をこなして締切日を守る人ということになります。
 よっぽど才能があれば好きなことをやらせてもらえますが。
 しかしみんな、この、よっぽどの才能があると思っているのでしょうか?
 なかなか人材になろうとしません。
 嫌なことはやらない、というのは分かります。私がそうですもん。
 しかし、好きなことをするには、少々苦手なことでも、やらなければならないこと、クリアせねばならないことがあるんです。それは好きなことの延長にあるもののはずなんですが。

 例えば、何かの仕事をもらって、塾生たちにやってもらうとします。
 いちいち命令しないと動かないんですね。
 待ちの状態にいる。
 作品のクオリティをあげるにはどうしたらいいのか。優先すべきは何か。
 読者や視聴者は何を求めているのか。それらに対応するにはどうするべきか。
 そういう考えがないんです。
 これをいついつまでにしておけ、と言うと、言われた範囲ではやるんですけど。
 
 つまり想像力が欠如している、そんな風に思えるんです。
 
 困ったことに、待ちの状態にいて、指示があって仕事をやるということが続くと、やらされている感覚に陥って「なんでこんなことをやらされているんだ」という気持ちになっちゃうんです。そうなると気持ちが離れるんです。そして消える。
 そんなくり返し・・・
 
 失敗が怖いというんです。失敗して叱られたり、責任を取ったりすることが。
 なんか無難な道を行きたいというか・・・
 だったらクリエイターになるなんて考え、止めたら、と思います。

 もう一つ、クリエイターになりたいなら、アルバイトなんて辞めろと言いたい。
 そんなこと言うと食っていけないとか、塾に行けなくなる、なんて言われそうですが。
 しかしアルバイトでなまじ食えると、アルバイトが優先になります。
 アルバイト優先の奴に、仕事はやれないし、人も紹介できません。
 打ち合わせしようにも、人と会わせようにも「バイトがあるんですよ」と言われると、もう無いですもん。
 また、アルバイトをやっていると、これは指示を受けて動くのが当たり前ですから、それが仕事だと勘違いしちゃうんですね。
 アルバイトなんてしなくても、実はクリエイターとしての仕事、頭さえ使えばあるはずなんですけど。

 今の塾生なんかと話をしていると、例えば月に20万円もらっている人がいたら「ええ、そんなにもらってるの?」なんて羨ましがるんですけど、私は、えっ、そんなんでええのかって思うわけです。
 私の20代の頃は、やっぱりプロの作家さんのところに遊びに行ったり、仕事をもらったりしながら、みんなは「こういう仕事は年1000万円は稼がないと意味がない」なんて言っていました。また、そうするように営業したり人に会いにいったりしたもんです。
 私もそれを見習って、何度も東京へ行ったもんです。

 時代が違う?
 時代の問題なんかなあ?

 そんなような話を塾生たちとしました。

 今、メディアに変革が起こっています。
 誰でも作品を作って、ネットなどで配信して、不特定多数の人たちに見てもらうことはできます。映像も手軽に撮れて編集ができます。CGも使えます。映像なんてプロしか手が出せないものでした。
 プロとアマチュアの差がなくなってきているわけです。
 ネットに転がっている作品はタダだと思われている中で、自分の作品をお金にしなきゃならないのがプロです。
 そうなれば、やはりビジネスとなるチームなり組織の中で、上質な作品を作る人材となるか、一匹狼として生きていくなら、作品を商品にするための考えや方法は自ら持つしかないわけです。

 待ちではイカン。
 自分で仕掛けなきゃ。
 言われているようではイカン。
 自分で考えなきゃ。

 成功することより、失敗しないという考え、これではバイトはできてもクリエイターとして生きていけない・・・そんな教育を受けてきているんですねえ。
 
 でも、そこが分かると、クリエイターという商売はものすごく面白くなるし、成果も出ると思います。私は、自分のやっていること、面白いですもん。満足は全然していませんけども。
「あっ!」と思う何かを生み出すことを、教え子たちに期待しています。
 忘年会にゲストとしてきてくださった人たちも、そこを期待して来てくれているんだけどなあ。ゲーム会社の社長さんも言っていました。
 そうなれば、クリエイターとしての仕事は「いっぱいある」って。



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2011年12月21日

12/21の作劇ゼミ・・・の前に

 中山市朗です。

 今日は作劇塾の授業。その後は恒例の飲み会です。
 塾生たちと膝を突き合わせてしんみりしたり、わいわいとやったり。
 早朝まで飲んだ後、午後からはロケに行きます。
 ロケは夕方から深夜、翌朝(23日)まで続きますので、明日のブログは休載とさせていただきます。
 
 なんのロケかって?
 『幽怪案内』です。
 今回は京都のあちこちを巡りながら、ご当地であった怪談を語り、それをビデオ収録いたします。10ヶ所くらい周る予定ですので、おそらくヘロヘロになって帰ってくることでしょう。

 廃墟ホテル、鞍馬山、東山、京都市内、某駅、トンネル・・・。
 どこにも発表していない話もいくつかあります。
 基本的には『幽怪案内』では『新耳袋』未収録の話ばかりを収録しています。

 そして、23日金曜日の夜8時からは、大阪ソーシャルネットワーク提供のUSTREAM生番組『我ら、魔界探偵団』を、オフィス・イチロウからお送りします。
 
 前回に引き続き秘密結社がテーマですが、日本とフリーメーソンの関係は? という質問をいくつか(坂本竜馬はホントにフリーメーソン? とか)いただいていますので、そのあたりの話をじっくりと。そこから、できればイルミナティの話へと進行させたいなと思っています、が。
 どこまで話せるかな、イルミナティ。

 まっ、トンデモ本になるべく頼らず、私が思う秘密結社の姿を発露してみたいな、と。
 実は私の知り合いにいましてね、フリーメーソンの人。
 フリーメーソンリーの語るフリーメーソンとは?

 また京都の心霊スポットを周ったエピソードなどがありましたら、即刻お話いたします。
 そして、真名子の心霊スポットのコーナーは、最近ちょっとユルいので、日本指折りの最恐スポットに潜入させます。
 今度こそ、絶叫が聞けるかも?
 いや、無事に帰れるかな・・・。

『我ら、魔界探偵団』
 ご視聴はこちら

 23日夜8時からです。
 
 それと、実は大阪ソーシャルネットワークの全番組が、今年で一旦見直しという契約です。だから『我ら、魔界探偵団』は今回で最終回かも?
 一応、続けたいというお話はもらっていますが、まだ未定です。

 皆様あっての番組です。よろしくご視聴のほど、お願い申し上げます。


 


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2011年12月20日

ウィーンに死す その5

 中山市朗です。

 モーツァルトはフリーメーソンに参入していました。
 1784年、29歳のとき、ウィーンの「恩恵」という小さなロッジに入会します。その2ヵ月後、モーツァルトの薦めもあって父のレーオポルドと親友のハイドンが「真の融和」というロッジに入会します。「恩恵」と「真の融和」は同じ場所で入会儀式を行なっていて、「真の融和」の代表がイグナーツ・フォン・ボルンという人でした。
 このイグナーツ・フォン・ボルンという人物は、後に述べるモーツァルトの謎に大きく関わってきますので、覚えておいてください。

 なぜ、モーツァルトがフリーメーソンに入会したのでしょうか?
 いや、そもそもフリーメーソンとは何か、という問題に触れなければなりません。
 それを書くと、本1冊分にもなってしまいそうです。ただ、フリーメーソンに関する著書は山ほど出ているのに、やっぱりよくわからないという部分もあるようですしね。
 秘密結社ですから。

 ただ、世界中にロッジが存在している今のフリーメーソンに関して言えば、その始まりは1717年6月24日聖ヨハネの日のことだとはっきりしています。6年後には創立300年記念の儀式や宴会なんて行なわれるのでしょうか?
 このフリーメーソン創立は、実は4つの居酒屋のクラブみないなのがロンドン郊外の「グース・アンド・グリドリアン」という酒場に集まり、大宴会を開き、4つのロッジが統合し、大親方(グランマスター)を選出したわけです。つまり酔っぱらいのイギリス紳士たちによる社交クラブだったわけです。なーんや!
 そしてフリーメーソンの規約を細かく設定した「アンダーソン憲章」が1723年に公布されました。この時点で今のフリーメーソンの基盤ができあがったんです。

 さて、このフリーメーソン。「アンダーソン憲章」で定義された啓蒙主義、民主主義、道徳などの思想が、当時の議論好きなヨーロッパのインテリ,エリートたちに支持され、瞬く間にヨーロッパ大陸にてその勢力を拡大しました。自由・平等・博愛はフリーメーソンの目標です。そして「真実で善良なる人間」になることが求められ、修行も行なわれました。モーツァルトの時代のオーストリア皇帝は女帝マリア・テレジアでしたが、彼女の夫で神聖ローマ帝国皇帝のフランツ1世はフリーメーソンで、ウィーンに最初のロッジを作ったのは彼でした。プロイセンの大王、フリードリッヒ2世は啓蒙主義を掲げる君主とされていましたが、彼もフリーメーソンに入り、自らもベルリンに「3つの地球」というロッジを創設しています。

 モーツァルトがフリーメーソンに憧れたのが、この啓蒙思想や理念でした。特に出自に基づく身分や特権に関係なく、フリーメーソンにおける献身度、信頼性、人間性によって、フリーメーソン内の上の階級に進めるという制度のあり方には、大きく傾倒したようです。
 当時のヨーロッパは、僧侶、貴族、市民の3つの階級によりなっていましたが、モーツァルトのような芸術家は、貴族の召使いとして生きていくしかありませんでした。ハイドンはエステルハージ一家の召使いでした。彼らの作った音楽は主人のためにあったわけです。
 モーツァルトの父、レーオポルドも宮廷音楽家の地位を得るために、貴族たちに媚びへつらったんです。子供だったモーツァルトを神童として売り出したのも、食べていくためだったんです。モーツァルトはこれに嫌悪の念をもちました。また、モーツァルト自身はザルツブルグやパリでの就職活動に失敗していて、自分の才能を見抜けない貴族たちを恨んでいたところもあったようです。
 生まれつき富と地位のある者は、なにもせずにふんぞりかえっている。自分は音楽的天賦があるのに人間扱いされていない。そのことへの憤りが、フリーメーソンの掲げる啓蒙主義の理念に向かわせたようなんですね。

 モーツァルトはフリーメーソンのために10の楽曲を書いています。フリーメーソンの儀式に使われたものや、盟友(メーソン内の仲間をそう呼びました)の葬式のための曲、尊敬する偉大なイグナーツ・フォン・ボルンのために書いた曲もあります。
 彼はフリーメーソン活動には非常に熱心だったようです。

 このように1717年に居酒屋で発足したフリーメーソンに入ることが、1784年の時点で、もうヨーロッパの王族、貴族、エリートたちにとって無くてはならないステイタス、マナー、流行になっていたんです。

 では、これほどまでにフリーメーソンが支持される原因となった、啓蒙主義とはなんなのでしょう?
 18世紀ヨーロッパはまさに啓蒙思想の時代でした。
 それまでヨーロッパは聖書中心の文化でした。聖書を否定することはタブーです。そもそも福音とは神の言葉ですから、疑うなんて頭から考えなかったわけです。
 全宇宙はキリストの福音のみが真実と疑わなかったのが中世のヨーロッパでした。
 宇宙の創世も聖書にある天地創造が真実であり、4世紀にアウグスティヌスが提唱した歴史観、地球創世はイエスの生誕5349年前、というのが18世紀前半においてもまだ定説だったわけです。
 しかし、大航海時代に発見したエジプト、中国の存在は聖書に収まらない長い歴史を思わせ、同時に教会の旧態然としたその権威にも疑問が向けられました。聖書から離れて人間と自然との関係を再考する必要にも迫られました。そこで従来の権威から離れて、物事を理性と知性でもってその真実を見極めようという運動が起こったんです。これが啓蒙主義でした。対して君主制は保守的、迷信的であり、聖書の内容にも疑問をもつ者たちも出てきました。いわゆる科学時代へと移行する時期だったんです。
 フリーメーソンの啓蒙思想が、まさに18世紀という時代に合ったんですね。
 ヨーロッパ中にフリーメーソンのロッジが置かれ、貴族やエリートたちは、ときに司祭や王族までもが、こぞってフリーメーソンに入ったんです。

 もちろんフリーメーソンには神秘の部分も取り込まれました。フリーメーソンとは石工組合という意味です。西洋の城や教会、町を守る城壁などの工事を請け負ったのがこの石工たちでした。特に教会の建築や修繕に関わるということは、神の奥儀に触れる、あるいは知るということを意味します。もちろんそれらは秘密事項です。ですから口にしてはいけない、他人に知られてはまずい、ということで組合員のみが知りうる暗号や手振り、握手などが考案され、伝承されたわけです。そのために、神の奥儀がその参入や階位昇進の儀式、儀礼に取り入れられました。それは古代エジプトの密儀で、イシス・オシリスが最高神であると団員は宣言させられました。再生、リーインカーネーションの信念の現われで、その儀式は古代エジプトのファラオが執り行なっていた、と信じられていました。そしてフリーメーソンの言う親方の象徴とは、古代のイスラエル人たちの王となったソロモン王が、神殿を造るために集められた職人たちの棟梁、ヒラム・アビフの伝説に基づいています。
 ちなみにソロモンの神殿は、契約の箱を収めるための神の神殿です。契約の箱とは、あのインディ・ジョーンズが探したアークのことです。モーゼの十戒石が収められる神との契約を示す箱です。紀元前586年にバビロンによって破壊され、その後契約の箱は行方不明・・・失われたアークとはそういう意味です。

 ただ、私見ですが、どうもこのフリーメーソンは実際には古代の石工だの密儀だのは、後付けされたものらしい、ということです。もう一度言いますが、これはロンドン郊外の居酒屋で作られた酔っぱらいたちのお遊びから始まったんです。
 実際に石工たちの為の秘密保持のための組合はあったかもしれませんが、こちらは実務的(オペラティブ)フリーメーソンと呼ぶべきものであり、私が取り上げようとするのは思索的(スペキュラティブ)フリーメーソンであるのです。

 さて、モーツァルトにフリーメーソン入団を勧めたのは、フォン・ゲミンゲン男爵でした。しかし実際のところ、どうもモーツァルトはフリーメーソンより、より高次な理想と理念を掲げた啓明結社、つまりはイルミナティに入団したかった、というのが本当のようです。啓明とはなにか?
 それは啓蒙主義の原義に基づきます。
 中世的暗黒に照らされる「光」のことです。イルミナティとクリスマスに光るイルミネーションと語源は同じです。
 そしてその頃、フリーメーソンの排斥運動が起こった原因は、実はこのイルミナティの中に潜んでいたのです。
 では、イルミナティの驚くべき悪魔の正体とは?

 それは23日のUSTREAM番組『我ら、魔界探偵団』にて、お話しましょう。
 長い番宣やな。

 つづく
 

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2011年12月19日

ウィーンに死す その4

 中山市朗です。

 巧妙に隠されたモーツァルトの死因。
 それとも、ただそんな偶然が重なっただけでしょうか?

 どうも私はきな臭いものを感じます。
 モーツァルトは、毒殺された、ということに真実味があるように思えます。

 では誰に?
 サリエリ?
 確かに彼はモーツァルトの才能に嫉妬していました。随分とモーツァルトに嫌がらせをしていたようです。モーツァルトのオペラにブーイングするよう仕込んだり、宮廷楽団をモーツァルトが指揮する場合は、楽団員に無視するようにと指示したり。しかしそれはもう新聞で報道されたりして周知の事実だったようです。従って、モーツァルトが変死した場合、自分に疑いの目が向けられることを彼は知っていました。また、嫉妬はしても殺す理由はありません。サリエリはヨーゼフ2世によって宮廷作曲家に選ばれていて、宮廷楽長でもありました。当時のオーストリアの音楽家が望む最高位の地位にあったんです。
 もし、モーツァルトがサリエリを押しのけて宮廷楽長の地位を脅かした、ということでもあれば、殺す動機も起こるかもしれませんが、そうはなりませんでした。
 モーツァルトが死んだとき、毒殺説は早くも噂されていまして、サリエリは「モーツァルトを殺したのか」と直に質問されることも多々あったようで、そのたびに泣きながら無実を誓ったと言います。そして晩年はモーツァルトを殺したのは自分だ、と思い始めたようですが、錯乱していたらしいのです。
 ただ、サリエリが犯人だとしても、どうやってモーツァルトに毒を盛る機会を作ったのか説明できません。

 フランツ・ホーフデメールという説があります。ホーフデメールの妻マグナレーナは非常な美貌をもつ女性で、モーツァルトにピアノのレッスンを受けていました。フランツは2人の仲を疑って、モーツァルトに毒を盛ったという説です。ホーフデメールは最高裁判所書記官です。モーツァルトが死んだ日、ホーフデメールはいきなり妻を剃刀で切りつけるという事件を起こしました。そして剃刀で喉をかき切って自殺します。マグナレーナは息を吹き返したんですが・・・。浮気相手が死んだのに? ちなみに彼女、このとき妊娠5ヵ月でした。
 ん? モーツァルトの子?
 にしても、ホーフデメールにもモーツァルトに接近して、毒を徐々に盛るということは、だいぶ難しいように思われます。

 コンスタンツェにも容疑はかかります。
 彼女は浮気をしていたようです。しかも弟子のジュースマイヤーと。
 モーツァルトに徐々に毒を飲ませるとしたら、彼女に一番に疑いもかかります。
 そしてモーツァルトの死後、財産を隠したという疑惑もあります。モーツァルトは多額の借金をしていました。借金の言い訳をする手紙なんかも残っています。肝心なのは、その借金をモーツァルトは返していないんです。だから相当な財産があったと思われます。金持ちだったんです。モーツァルト。
 財産目当ての毒殺?
 今なら多額の保険金もかけられそうですが。
 しかし、モーツァルトにお金を貸していたブフベルクやゴルドハーンは、コンスタンツェに借金の返済を迫ったと思われます。
 いずれにしても浮気隠し、財産目当て、動機はあります。
 また、コンスタンツェは翌々日マルクス墓地を訪ねて以来、まったく夫の墓参りに行きませんでした。夫が死んでせいせいした、とでも言うのでしょうか?
 しかし、コンスタンツェが夫を毒殺したとして、スヴィーチン男爵やクロセット博士が共謀するでしょうか? という疑問も残ります。
 また、葬儀参列をしないという、明らかに怪しい行動をとるでしょうか?
 そして周囲は疑っていないというのもまた妙です。周囲の人間たちは何事もなかったかのように振る舞っています。殺人が行なわれたというのに。

 怪しいのは、私に言わせれば、何事もなかったかのように振る舞った、スヴィーチン男爵やクロセット医師だと思います。
 いや、モーツァルトの毒殺に関わったのは、この2人、いや、この2人が利益を共通する何かが、裏にあったと思えてなりません。

 ゴットフリート・ベルンハルト・ヴァン・スヴィーチン。
 トーマス・フランツ・クロセット。
 この2人は一体?

 実はフランツ・ホーフデメールはフリーメーソンだったのですが、それはスヴィーチンに勧められてのものだったようです。しかもモーツァルトの死ぬ1年前のこと。すでにフリーメーソンは力を失ってからのことです。そして未亡人と彼女の息子の生活保証をしたのもスヴィーチンでした。しかも自殺する直前、彼はスヴィーチンとともにモーツァルトの葬儀にも参列していました。スヴィーチンが、彼に何かを囁いた・・・そう考えられませんか? このスヴィーチンとクロセットは、どう考えてもつながっています。
 それにモーツァルトに毒を盛れる人物は、コンスタンツェの次に彼らに疑惑がかかります。だってクロセットはモーツァルトの主治医です。モーツァルトが飲む薬は、彼が用意したわけですから。そうなれば、モーツァルトの死にあたっての、とどめを刺す、というところに意味が出てきます。
 クロセットがとどめを刺した後、葬儀委員長を勤めるスヴィーチンは、いつ、モーツァルトのアパートに来たのでしょう? それもアルレヒツベルガーにその伝達が行く前に・・・。どうやらスヴィーチンはクロセットからモーツァルトの死を聞かされ、すぐに行動を取ったと思われます。
 そして取った行動が、葬儀のすべてを摂り仕切る、葬儀委員長。
 
 実のところ、スヴィーチンもクロセットも、2人に共通するのは、もう察しがお付きでしょう。フリーメーソンのメンバーということです。いや、それを言うならヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトもフリーメーソンです。フリーメーソンリーの姿で葬儀されたために、カトリック信者としては死ねなかったんです。
 モーツァルトが3等級の葬儀になったのは、フリーメーソンとしての葬儀だったからかもしれません。そうしたのはスヴィーチンです。

 フリーメーソンが、どうやらカギとは思えませんか?
 そう思える要因は他にもあるのです。

 ではフリーメーソンとは何か?
 これについて示唆したいと思います。

 
 つづく



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2011年12月18日

ウィーンに死す その3

 中山市朗です。

 モーツァルトの葬儀を執り行なったのは葬儀委員長は、ゴッドフリート・ヴァン・スヴィーチンという男爵でした。元プロイセンの外交官、宮廷図書館長官、文部省長官、検閲長官などを歴任。ハイドンのオラトリオ「天地創造」「四季」などの作詞もしています。音楽愛好家でモーツァルトのパトロンをしていました。ちなみにベートーヴェンの交響曲第1番は彼に献呈されました。モーツァルトは何かがあると、このスヴィーチンに相談しました。つまりスヴィーチンはモーツァルトの悩みや私生活の全容も全部知る立場にいた人です。この人こそモーツァルトの葬儀委員長にはもってこいです。

 しかしこれ、妙なんです。

 実はモーツァルトは死ぬ前、自分が死んだらアルブレヒツベルガーに葬儀を頼んでいたとゾフィーは書いています。いわばこれは遺言です。アルブレヒツベルガーはモーツァルトより20歳も年上のウィーン宮廷次席のオルガニストでした。モーツァルトが信頼を寄せていた男です。ところが、スヴィーチンはこの遺言を無視して、自ら葬儀委員長になったんです。

 またその、葬式の日程が怪しい。
 ウィーンの規定によると遺体は48時間以内に埋葬してはならない、とあります。
 しかしモーツァルトの場合は1日繰り上がって死の翌日、12月6日に行なわれました。
 遺体の痛みがあまりひどく悪臭を放つので、ということがその原因だとされています。
 しかし、規定違反であることは確かです。
 遺体をそんなに早く処分する必要でもあったのでしょうか?

 葬式の参列に、妻コンスタンツェと2人の息子、それに実の妹ナンネルの姿がありません。コンスタンツェの妹や母は参列していますが、これはおかしいですね。親友のシカネーダーも参列している気配がありません。
 エマニュエル・シカネーダー。イタリア語で歌われるオペラをなんとかドイツ式のものにしたいという共通した理念があり、『魔笛』の上演時には劇場支配人、プロデューサーであり、『魔笛』の作詞家であり、演出家であり、パパゲーノというキャラクターを演じた役者であり、歌手でもあったモーツァルトの大親友です。

 私が準備をしている電子書籍『モーツァルトの血痕』は、このシカネーダーがモーツァルトの疑惑の真相を語るという体なのですが、まあ、それは置いといて。

 モーツァルトの恩人ブフベルクや親友シュタッドラーも参列していません。
 仕事仲間の姿もほとんどありません。
 
 参加が確認できるのは、
 親族はコンスタンツェの3妹ゾフィー、アロイージアと夫ランゲ、ヨーゼファと夫ホーファ。義母ツェツィーリア。
 友人として、ヴァン・スヴィーチン男爵、サリエリ、弟子のジュースマイヤー、アルブレヒツベルガー、シュテファン大聖堂の楽長ローザー、オルスラー、フライシュテットラー、その弟子のハートヴィヒ、フルーティストのショル、モーツァルトが贔屓にしていた料亭銀蛇亭の亭主ヨーゼフ・ダイナー、シカネーダー一座からゲルル、シャルク、アイブラー。そして疑惑の医師クロセット、同じく医者のザラーパ。
 これはモーツァルトの研究家ベーア博士が特定したメンバーです。
 ただ、これがどこまで信用できるものなのかは分かりませんが、なんだか私には不自然な参列の顔ぶれに、返って作為的なものを感じないんです。
 しかしこれ、モーツァルトの人脈からして、あまりに少ない参列者です。

 棺桶の中のモーツァルトは黒のフリーメーソンの衣装と仮面を着せられていました。つまりフリーメーソンリーとして埋葬されたのです。葬式費用が8グルデン56クロイツァー、馬車代3グルデン、とシュテファン大聖堂の過去帳に記されています。
 高いのか安いのかわかりませんね。
 当時ウィーンには3種類の葬儀が規定されていました。
 その3種のうちモーツァルトは一番安い3等葬儀で埋葬されたんです。
 音楽家の扱いなんて、そんなものだったのでしょうか?
 でも、マリア・テレジアの後に皇帝となったヨーゼフの勅令にはこうあります。
「葬儀の等級選択は地位の上下に関わらず自由」

 つまりモーツァルトは、おそらくは葬儀委員長スヴィーチンの判断に置いて、一番安い葬儀になったということでしょう。葬送における演奏も無かったんです。
 ちなみに、モーツァルトの友人ハイドンはエステルハージ一家の召使いでしたが、葬式は1等葬儀。モーツァルトが死ぬ4年前のオペラ作家クリストフ・グルッフにいたっては、国葬だったんです。モーツァルトもウィーンでは売れっ子音楽家でした。モーツァルトが病床にあった頃に公演されていたオペラ『魔笛』は大ヒットしていたんです。どう考えてもこれは不当な扱いです。

 さて、シュテファン大聖堂での葬儀は教会内では行なわれず、地下納骨堂に通じる狭い教壇で行なわれました。なんだかみずぼらしいお葬式です。モーツァルトは敬虔なるカトリック教徒でしたが、何かの理由があってか、教会はモーツァルトを異端扱いのような態度です。実はフリーメーソンの姿で棺桶に入っているというということは、カトリック教会に逆らうことを意味しました。というのもこの頃、カトリックでも国でも、フリーメーソンの排斥運動が起きていたのです。フリーメーソンを擁護していたヨーゼフ2世が亡くなると、その排斥はますます執拗になっていたんです。フリーメーソンは反キリスト教の悪魔の巣窟である。そういう考えは当時にもう生まれていたんです。
 実のところ、フリーメーソンは無実であったのですが、このことはまた後に述べることにします。
 さて、モーツァルトの遺体です。葬儀の後は、一旦教会外部の北東にある通称「死者のための礼拝堂」に安置され、その後霊柩馬車に乗せられ、徒歩1時間はかかるウィーン市郊外のマルクス基地へと運ばれたようです。で、ここでも奇怪なことが起こりました。
 
 親族たちが馬車に同行していないんです。
 友人代表のみが、これがまた主にフリーメーソンのメンバーたちでしたが、基地まで同行したとされています。ところが、遺体がそのまま行方不明になってしまったんです。スヴィーチンやサリエリらは墓地まで行きながら、遺体の埋葬の確認をしていないんです。これには理由が付けられました。
 当日12月6日は、雨、嵐ののため、やむをえず途中で立ち帰り、遺体の埋葬は確認できなかった、と。

 しかしウィーン市の気象台帳によると、6日は気温は低いが太陽も出て穏やか、風は無し、とあるんです。そして翌7日の夕方には嵐が来たんです。日付が間違った?
 いえいえ、モーツァルトの葬儀は確かに6日とのことです。つまり言い訳は、後に作られたんです。おそらくウィーン規定通りの48時間後に葬儀に出されたと思い込んで。

 ちなみにコンスタンツェは、葬儀の2日後、墓穴で祈るためマルクス墓地へ行き、墓堀職人にモーツァルトの埋められた穴はどれかと聞くと、その全員が「その日は非番だったので知らない」と答えたと言います。
 これ、おかしいんです。いくらなんでも、どの死者をどこに埋葬したという墓堀人による記録を元にした墓地台帳というものがあるはずなんです。これがモーツァルトに限ってその記録が無いんです。

 なんなんでしょう、これは?
 普通の病死とすれば、なぜこんなことになったのでしょう?

 やはり暗殺があって、それが隠された?
 モーツァルトは生前言っていたそうです。
「僕は、僕を嫉妬する敵に毒を盛られた。アクア・トファーナを盛られた」
 と。


 つづく


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2011年12月16日

ウィーンに死す その2

 中山市朗です。

 モーツァルトが死ぬときの様子は実は、モーツァルトの妻コンスタンツェの妹ゾフィー・ウェーバーが、コンスタンツェの第二の夫になったフォン・ニッセンへ送った手紙に詳細に書かれていて、しばしモーツァルト研究に引用されています。そしてニッセンは最初のモーツァルトの伝記を記した人として知られます。
 ゾフィーの手紙は、白水社から日本語訳(労作!)も出ている『モーツァルト書簡全集此戮砲眩簡犬掲載されていて、読むこともできます。これによるとモーツァルトは死の直前、舌をゾフィーに見せて「舌の上に死人の味がする」と言っています。どうやら舌が変色し、腫れていたようです。
 ゾフィーはモーツァルトの異変を感じて主治医のクロセット博士のところへ行きますが、クロセットは劇場にいると聞いて今度は劇場に走ります。やっと見つけたら、芝居が終わるまで待つように言われ、その後、夜遅くにモーツァルトのアパートへやってきます。

 まず、死に至ろうとする患者より観劇を優先した。これはどういうことでしょう。しかも彼は主治医ですよ。そしてやってきたのはモーツァルトが死ぬ直前、つまり夜中の0時を過ぎてからなんです。当時の劇場は6時半ないし7時に開演でしたから、10時には終演しているはずです。当時のウィーンは半径800メートルほど。そこから2時間、何をしていたんでしょう? しかもモーツァルトのアパートへやってきたときは酔っていたらしいんですよ。この遅刻はどうもわざととしか思えませんよね。
 ゾフィーの手紙によると、クロセットは燃えるようなモーツァルトの頭を冷やすように言い、家族がそれをしてはならないと先生はおっしゃったのでは? という疑問に答えず、冷罨保(れいあんぼう)を処方し、それが大きなショックを与え、モーツァルトは息を引き取った、とあります。クロセット医師の処置で、モーツァルトはとどめを刺された、とも思えます。
 このとき部屋にいたのは、クロセットと妻のコンスタンツェ、そしてゾフィーの3人だけだったようです。しかも、クロセットが観劇していた時間はモーツァルトの意識はしっかりしていて、弟子のジュースマイヤーに作曲途中だった「レクイエム」の完成を促す指示をしていたようですから、クロセットがすぐ駆けつけたら、少なくとももう少し命は長らえたと思われます。

 とすれば、クロセット医師の言動に疑問がわきます。
 私は、クロセットが遅刻したのは、どうせモーツァルトは助からない。かといって自分の手で殺したくはない。つまり放置して死ぬのを待ったのではないかと思われます。と同時に良心の呵責が起こり、酔うために酒を飲んだ。そしてもう死んでいる頃だろうと重い腰を上げて行ってみたら、まだ生きていた。それで殺さねばならなくなった、と推測しますが、どうでしょう。
 現にクロセットは、モーツァルトを介抱した形跡がまったく無いのです。やはり殺したと見るべきでしょう。

 殺す理由?
 まあ慌てないで。それを順を追って推測しているのです。

 さて、モーツァルトが死ぬとクロセットは一旦帰って、すぐに舞い戻ってきて、このとき連れてきたグルデナーという医者に検死をさせます。そしてすぐに葬式の準備にかかります。その手際のよさったらありません。死ぬまではチンタラしていて、死ぬと素早い行動・・・。

 さて、クロセットとはどういう人物でしょう。
 ウィーンにおける臨床医として世界的権威だったようです。
 検死をしたグルデナーはクロセット同様に内科医ですが、これはおかしいわけです。当時のウィーンの検視官はその土地の外科医、もしくは軍医がするという規定になっていて、2人とも内科医というのは、正確には検死ではなかったと見るべきかもしれません。
 しかも、グルデナーは生前のモーツァルトを一度も診ていませんでした。つまりモーツァルトの病状をまったく知らないんです。となれば、クロセットの指示通りの検死調書を書いた可能性も否定できません。

 となると、この検死記録を元にしたリューマチ熱説も、ひょっとしたら客観的証拠に不十分、となりはしないでしょうか? いや、グルデナーが検死について書いたという書簡も、モーツァルトの死後33年も経って書かれたものなのです。
 いや、そもそも粟粒疹熱などという、とうに絶滅している病名を死亡届に出したのは、クロセットに違いありません。なんとも奇妙ですよね。

 そして翌6日の午後、モーツァルトの葬儀が行なわれました。
 この葬儀が、またまた疑惑を投げかけるんです。


 つづく
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2011年12月15日

12/14の小説技法

 中山市朗です。

 今回はモーツァルトとフリーメーソンのお話はお休みです。

 もう忘年会の季節になってまいりまして、お酒が好きな私としましては実にこれは結構なことでございまして。会社やグループごとにお店に繰り出すわけですな。
 これに合わさってクリスマスというのもありますので、夜の街は酔っ払いであふれるわけです。
 一方、飲むのが嫌い、大勢いるところが苦手という人もおられます。気の毒とは思いますが、これも日本人としての儀礼と思って・・・?
 『看聞日記』という15世紀前半に書かれた文献に「としわすれ」という飲んで乱舞する行事があったと書かれてあるので、やっぱり伝統行事のようです。
 
 そういえば外国には忘年会などというものがあるのかな?
 調べてみたら、韓国に「送年会」、台湾に「尾牙」という年末の飲み行事があるそうですが、おそらくこれは、日帝の統治下にあったときにもたらされものだと思われます。
 ヨーロッパやアメリカにはこのような風習はなく、ただ、イギリスは11月頃からパーティ、パーティとパーティずくめになるようで、忘年会に近いものなのかもしれません。

 なんで日本にだけ、こんな忘年会というものがあるのでしょう。
 考えてみました。

 まず、日本人は四季に敏感で、四季ごとに行事を行なうのが好きな民族です。
 初詣、年始、戎詣り、ひなまつり、花見、端午の節句、七夕、お盆、運動会、秋祭り、月見、クリスマス・・・。で、忘年会もそのひとつで、「年末や!」という季節を味わいたいんですな、日本人は。

 日本人と酒、という風習もあります。お酒はもともと神事につきもので、酒を酌み交わすことは神との宴を楽しむことでもありました。これはおそらく米が豊に実って、はじめておいしいお酒ができるので、おいしいお酒が飲めることは豊穣を祝うことで、で豊穣をもたらせた神様にお礼をしたいわけですね。
 お酒での失敗を、日本人はわりと寛大に思うのは、お酒の席はありがたいものだから、という考えがあるように思えます。

 無礼講という考えも日本人特有のものです。特に忘年会でのお酒の席は、上下関係なく楽しもう、というもの。調子にのってセクハラしちゃうオヤジさんたちもたまにいますが。
 この無礼講の最初は、後醍醐天皇の頃なんだそうです。天皇が鎌倉幕府を倒すための密会をするときに、カモフラージュとして臣下の者に酒を飲ませ、堅苦しい礼儀や身分に関係なく騒がせ、美女をはべらせた宴会を行なったんです。
 油断させるための計略だったわけです。

 そういう日本の文化、風習をふまえて、今の忘年会となるわけです。
 日本人というのは働き蜂などと言われて、働き働き、それで高度成長を生みました。安い賃金でボロボロに働かされていた労働者や社員の労をねぎらうという意味で行なわれた、というのがホントのところでしょう。高度成長の頃の社員は会社に絶対忠誠を誓い、雇う力は家族同様に扱いました。終身雇用はその現われですな。上司と部下が杯を手にして日ごろのうっぷんを!

 コミュニケーションの苦手な日本人の考えそうなことです。

 忘年会についての考察を試みたのは他でもありません。
 14日の水曜日の小説技法の報告をしたいところですが、受講者4人!
 塾始まって以来の危機です。
 これではブログに報告することがあまりに少なく、むなしい。

 会社の仕事、忘年会、風邪引き、といろいろな原因があるようですし、塾生の中にはそろそろひとり立ち、というのも出てきています。
 にしても、4人!
 
 ですからこの日の合評対象者は3人。作品自体はもっと提出があったのですが。
 
 Yくんのアクション小説。この前指摘した説明的な部分を、なるだけ会話と動きで表現してみたとYくん。でもまだ説明くさい。このくだりは、それまでのテンポのいい展開にブレーキをかけています。後半はまだテンポもあって、どんどん展開していって読ませるのですが・・・。そもそもこのくだり、いらんのと違う?

 N嬢の短編怪談2編。
 1本は合格、2本目の「路上の少女」が、描写の順番に問題があります。
 ぞくっ、と体に寒気が走るのを感じた。
 という一行は、その対象となる少女の、意味不明の状態を描写してから加えるべきものです。読者にいかに想像させるのかが怪談の勝負のしどころです。その対象物の少女の見かけや距離感にやや曖昧なものも残っています。ここは整理すること。

 T田くんのヤンキー小説。
 笑えて楽しんでサクサク読めます。ヤンキーというのはつるむと強そうでイキっていますが、一人になるとわりとナイーブという描写に、人間味が出ています。ただちょつとオチがわかっちゃう部分もあるので、ここは構成を考えてみよう。

 以上、20分で合評終わり。
 まあ日本は軍隊を持つべきか、からクワガタの爆笑話まで、盛り上がりましたけど?


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2011年12月14日

ウィーンに死す その1

 中山市朗です。

 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
 誰でもその名前は知っています。天才音楽家です。
 交響曲第1番はモーツァルトが8歳のときに作曲されました。そしてモーツァルトが作曲した作品には、時系列順にケッヘル番号というのが付けられていますが、交響曲第1番がk16、遺作となった「レクイエム」にはk626が表記されるので、35年と10ヶ月でそれだけの音楽を生み出したわけです。オペラや交響曲のような大作も含めて、です。
 しかし発見されていない楽譜なども多々あるらしいので、800曲から1000曲近くは書いたのでは、とも言われています。
 彼が天才であるのは曲数ばかりではありません。あのベートーヴェンでさえ、一度五線譜に書いたあと、何度も書き直しをするのですが、モーツァルトは五線譜に書いた瞬間、もう完璧な音楽になっていたといいます。しかもモーツァルト自身「作曲することなんて小便をするのと同じだ」なんてことも言っています。もちろん父親のレーオポルドに英才教育を受けていたこともありますが、まさに神が生んだ音楽の申し子だったんです。

 さて、先週の『我ら、魔界探偵団』では、モーツァルトの死因の謎について示唆しました。ちょっと整理してみましょう。
 
 モーツァルトは1791年12月5日、月曜日の深夜0時55分、ウィーンの自宅アパートで亡くなりました。35歳と10ヶ月。
 あまりに早い死です。

 さて、この死因には疑問が投げかけられています。

 一応、正式な記録があります。
 モーツァルトの葬式は、ウィーン市のシュテファン大聖堂で行なわれました。ですから同寺院の死亡者名簿に、モーツァルトの名が載っています。そこには、

 死亡種類 急性粟粒疹熱

 と書かれています。

 これは恐ろしい流行病です。15世紀後半、ヘンリー7世の時代に最初の兆候がありました。ロンドン市内で数千人が死んだそうです。その後、何度かヨーロッパにこの病気が襲ったんですが、1551年にイングランドで発生して以来、この病気は確認されていないんです。あれれ? モーツァルトが死んだのは1791年・・・。
 ここでこの記録は早くも怪しい、となるわけです。

 リューマチ性炎症熱だったというのが、長い間の通説でした。 
 発熱、関節痛、関節腫脹、筋肉痛、腹痛、皮膚の発疹などなど。
 モーツァルトも高熱、頭痛、発疹、体の腫れ、それに嘔吐に苦しみました。
 このリューマチ熱説の根拠は、モーツァルトの検死をしたというグルデナー医師からの手紙と意見交換より推測されたもので、ほぼ疑いのないものとされています。
 
 しかし、最近では咽頭熱ではなかっか、という説も浮上しています。モーツァルトは体の腫れがひどく寝返りができなかったようですが、これは咽頭炎とそれに伴う急性腎炎の症状に合致するんだそうです。

 モーツァルトは夜通し起きて作曲していて、昼は寝ていたらしいので太陽にあたっていないことが考えられ、そのことからビタミンD欠乏症になり、彼の体を病弱にしたという説もあります。これはNASA航空宇宙局のウィリアム・クラント博士が唱えた説です。

 ポークカツカレーにあたった、という説もあります。
 豚肉に含まれていた寄生虫症、旋毛虫症が原因で高熱、発疹、むくみ、関節炎などはまさにその症状であり旋毛虫症は、当時の医学では診察不可能だった、と。
 確かにモーツァルトは、うまいポークカツレツを食べたと、妻に手紙を出しています。
 死ぬ44日前のことです。

 多分、それは複合的なものだったのでしょう。
 当時のウィーンは不潔極まりない街でした。女性の履くハイヒールは17世紀に、パリの街にあふれる汚物を踏む面積を少なくするという機能性から発明されたものです。トイレが無かったですから。アパートの窓からウンコが捨てられたりしていました。なので日傘を女性がさしているというのもウンコ避けだったんです。道路が石畳なのは、雨が降ったらそれらが流れるようにという理由でした。ちなみにこの頃のアパートの物置には、行水用の桶と便器用の桶が一緒に置いてありました。トイレつきユニット・バスという発想は、この名残なんです。田舎者の私は、最初風呂とトイレが一緒なのを見たとき、驚きましたもん。
「ウンコするところで、体洗うんかえ」って。

 ともかく当時のヨーロッパの街は不潔でした。そのせいでしょう。モーツァルトとコンスタンツェの間には6人の子供が産まれましたが、モーツァルトが死んだときには2人しか生存していませんでした。
 またモーツァルトは幼少の頃から父レーオポルドに連れられ、ヨーロッパ中を旅していました。道路事情は悪く、馬車に長いことガタゴト揺られて、この頃から体を悪くしたことも考えられます。
 それにモーツァルトが亡くなった年は雨が多く、大量の汚物がウィーンの街に流れていたようです。それに激務で寝不足だったこともありましょう。

 リューマチ性炎症熱。
 ほとんどのモーツァルト研究者が指示している死因です。
 しかし、本当に普通の病死なら、謎は出てこないはずですが、謎は残ったんです。
 それも一つや二つではない。
 だから今もってモーツァルトの死因の新説が出てくるわけです。

 そこで暗殺説が出てきます。
 映画『アマデウス』ではモーツァルトの才能に嫉妬したサリエリによるもの、となっていました。フリーメーソンによる暗殺説もあります。後日述べますが、モーツァルトはフリーメーソンの団員でした。しかしこの暗殺説を真面目に取り上げることは、研究家から嘲笑の目で見られることになります。でも私は無謀にもこの説を補強します(笑)。

つづく


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2011年12月13日

王になろうとした男たち その2

 中山市朗です。

 『坂の上の雲』にも描かれた、ヤコブ・シフによる日本公債の買い付け。
 その額500万ポンドだったと言います。今のお金に換算すると5000億円。日露戦争で日本が使った戦費の半分です。
 ドラマではシフが日本にそんな額を貸し付ける理由は「ロシアは不当にユダヤ人を迫害しているからだ」と言っています。しかし史実では是清はこのとき、なぜシフが協力してくれたのか分からなかったと言っています。
 実際、当時のロシアにはたくさんのユダヤ人たちが住んでいました。『屋根の上のバイオリン弾き』は、まさにロシア系ユダヤ人の話です。彼らはボグロム、つまりロシアの地において虐殺のターゲットにされてしまいました。このことは、ドストエフスキーが「ユダヤ人は革命を起こすだろう。ユダヤ人はロシアの中に入った毒であり、悪魔である」と書いているほどです。
 国家をもたないユダヤ人たちが裏からロシア転覆を画策する理由がここにできているわけです。

 日露戦争は日本海海戦によって、日本海軍が勝利しました。
 この奇跡の勝利も分析してみると、別の見方ができるんです。
 対馬沖で壊滅したロシアのバルチック艦隊はスエズ運河を渡らず、アフリカの希望峰を経由してインド洋、そこから朝鮮半島に向かったんです。遠回りをしたロシアの軍艦の船底にはカキなどがいっぱい張り付きスピードは落ち、長い航海で士官も兵士も疲れきっていました。東郷長官率いる連合艦隊は、バルチック艦隊は絶対近道を来ると対馬沖に日本の全艦隊を置き、待ち伏せし、やってきたバルチック艦隊を撃滅し、これによって日露戦争を日本が勝利することができました。
 ではなぜ、バルチック艦隊はスエズ運河を通れなかったのか?
 スエズ運河を統治していたのはイギリスでした。日本とイギリスは当時、日英同盟を結んでいたからだとも言えますが、イギリスとロシアは戦争をしていません。なのでスエズ運河を通るバルチック艦隊を、イギリスは軍事力でもって阻止することはできません。ですからバルチック艦隊の司令官ロジェント・ヴェンスキーが英国に遠慮をしたという説も出てきます。
 しかし、実のところ、当初フランス人が持っていたスエズ運河の利権を400万ポンドの即金で買収し、イギリス政府に与えたのは当時のイギリス首相、ユダヤ人のベンジャミン・ディズーリの決断と、彼に答えて資金調達したのはユダヤ財閥のロスチャイルドだったのです。
 つまり深読みすると、これは戦費調達したクーン・ローブ、ブナイ・ブリスのロシア革命運動、イギリスへの利権をもったロスチャイルドという各ユダヤ組織との連動があったと見られることです。現に帝政ロシアは日露戦争以降弱体化し、崩壊します。
 日露戦争が終結した1905年、サンクトベテルブルクでデモをしていた労働者に向かって軍隊が発砲するという「血の日曜日」事件が発生します。エイゼシュタイン監督の『戦艦ポチョムキン』は、この頃の事件を映画化したものでした。実はこのとき、革命運動にスイッチが入ったわけです。ロシア革命の始まりです。
 日露戦争の終結の年、というのは偶然なのでしょうか?
 そして1917年11月16日に「10月革命」が起こり、ロマノフ王朝が崩壊します。新政権が樹立し、5年後に世界初の社会主義国ソビエト連邦が建国されます。
 ところがこの10月革命にはほとんどのロシア人は参加せず、新政権樹立のメンバーの99パーセントがユダヤ人だったというのが事実なんですね。そういえば、ソビエトの国旗には赤い五芒星が配されていました。この赤い五芒星は、レーニン主義の共産党のシンボルとして使われていて、中国共産党もこの赤い星を使っています。これは五大陸と五つの社会主義を表わす星だとされてはいますが・・・。
 ついでにソ連新政府の最高議長のレーニン、赤軍政治委員のトロツキー、民族政治委員のスターリン、内務政治委員のジノビエフなど、19人の閣僚中、17人がユダヤ人でした。ところが奇妙なことに公にはレーニンはロシア人、スターリンはグルジア人となっています。このことはソ連内部でも禁句でした。
 つまりロシア革命はロシア人が行なったという大儀がいるということなんです。ユダヤと言ったのでは都合が悪いんです。
 
 さてさて、これらの流れをユダヤの陰謀というトンデモと言われそうですが、戦略だつたと見るとどうでしょう? そして次々と起こったこれらの事件は偶然の産物なのでしょうか?

 ところで、ソビエトと共に大国であったアメリカ合衆国も、その歴史の裏を調べればこの戦略、陰謀が出てきます。これはフランス革命においても同じです。
 正直言って、フランス革命はきな臭くもあります。

 私はあの天才作曲家、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトという人からこの問題を見るところから秘密結社の研究が始まりました。
 モーツァルトは実はフリーメーソンの団員であったことは周知のことですが、実はこのことはモーツァルトの時代と作風を考えるにあたって、非常に重要なことなのです。そこからフリーメーソンや薔薇十字団、イエズス会、そしてイルミナティの正体が見え隠れするのです。
 そしてモーツァルトの生きた時代にアメリカが独立宣言をし、フランス革命が始まるのです。もちろんここに、秘密結社が見え隠れするのです。

 そこのところを、これから何回かに分けて、このブログで示唆していこうと思います。
 おそらく不定期長期連載になります。



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2011年12月12日

王になろうとした男たち その1

 中山市朗です。

 9日のUSTREAM番組『我ら、魔界探偵団』、ご覧いただきましたでしょうか?
 ちょっと難しかったかな、とか、整理されていなかったかな、と自己反省しております。
 ただ、今私がテーマとして追いかけています。

 なんか世の中おかしいぞ。

 ということに関連づいたことですので、ぜひこの問題には耳を傾けて欲しいと思います。とは言え、ほんまかそれ、ぐらいな気持ちで結構ですので。

 今回からのテーマが「秘密結社」。
 秘密結社が世の中をおかしくした、と言えばトンデモになっちゃいますね。
 でも、秘密結社ってなんだろう、と思う人もいるでしょう。
 これ、読み解くと深いです。人間とは何かが伺え、我々庶民の想像を絶する理念、哲学が存在することを感じます。人間というものを徹底的に分析すれば、そこを利用して、実は巧妙に操ることができると言います。私は恐ろしいです。

 そもそも秘密結社なんて、あるのかですって?

 ありまんがな。
 まず挙げられるのがフリーメーソン。これは有名ですね。
 日本にも東京タワーの下に東京ロッジがありますし、外国人基地にたまにコンパスとGの文字の入ったフリーメーソンであったと分かる外国人の墓石があったりします。
 イルミナティは『天使と悪魔』にも登場した秘密結社。フリーメーソンの上部団体という噂もあります。
 ユダヤ人によるブナイ・ブリス。公な慈善活動をしたりしていますので、秘密結社ではないとする意見もありますが、それはフリーメーソンも同じ。
 イタリアンマフィアとの関係が示唆されるコーザ・ノストラ。
 黒い貴族が結びついているとされるローマクラブ。
 アメリカ大統領となったブッシュ親子がメンバーであったというスカル&ボーン。ケネディ大統領の暗殺はこの組織が企てたという説もあります。
 西洋魔術儀式による秘密結社、黄金の夜明け団。この奥義を勝手に公開したのがイスラエル・リガルディー著による『黄金の夜明け魔術全書』で、今も入手できます。
 アメリカのクー・クラックス・クラン。KKKと称される白人至上主義団体です。
 薔薇十字団。私の知り合いのところにパンフレットがなぜか送られてきました。みんなで入会してスパイしてこい(?)と言って勧めたんですけど。
 あと、東方聖堂騎士団、シオン修道会、ゲルマン騎士団なんていう、コミックのネタになりそうな名前の結社が存在しています。
 青幇、赤幇は上海の黒社会と言われる結社。紅卍会のある長老の方、私の知り合いにいます。
 これらの中には自ら秘密結社ではないとする団体もありますが、「うちは秘密結社」なんて自己申告はしませんわな。中には秘密を売りにしている団体もありますけど。おそらくそんな団体はたいしたことない。
 日本にもあります。
 黒龍会、玄洋社、八咫烏・・・。八咫烏は現存する世界最古の秘密結社でしょう。

 まだまだありますが、興味おありなら調べてみてください。
 しかしまあ、なんで人は秘密結社を作りたがるのか?
 色々考えられると思います。

 人は気の合った者同士で群れたがるんですね。
 ロータリークラブやライオンズクラブは、別に秘密主義でもありませんが、こういう社交の場というのは、特にヨーロッパでは好まれたんです。
 そして利益を得たり守ったり、投資したりするにはお互いの規定や規約が必要です。だからなんとか協会、なんとか組合なんて作られるわけです。
 フリーメーソンは17世紀の啓蒙主義の流行とともに、大陸に猛威をふるって会員数を一気に増やしました。そこは人間としての向上を目指す修行の場でもあったようです。その一方で、フリーメーソンには神秘的な儀式や、イシス・オシリスの密儀やソロモン神殿の奥義が示されていました。その知識はメンバーでないと得ることはできない、とすると秘密の部分が出てきます。
 神や宗教の本質を知るための神秘的な集まりもあります。カルトというやつ。秘密結社という存在の奥義には、共通してこのカルトがあるようです。秘められた神の秘密は案外エリートたちの好奇心をくすぐるんです。
 あと、反政治的な思想や行動が認められない場合、国家転覆などを狙った組織が地下にもぐり、秘密結社化することもあります。
 秘密結社とは、この公にしてはならない団体に当たるわけです。
 人間誰しも他人に知られたくない秘密はあります。
 その人間が組織に入って何かしら利益(金銭だけでなく、精神や知識の享受、政治的思想なども含めて)を得ようとするなら、自ずとその秘密が大きく深くなり、共有することになります。
 こうなると秘密厳守の責任を負い、その情報が欲しいという反組織も出てきます。
 迫害や陰謀、リークなどがここに出てきます。
 いや、国家を運営し、守ることを考えると、そこには公にできない戦略や情報が自ずとあるわけで、その組織を運営することは、やっぱり秘密と化すわけです。ただ国家機関は秘密が当たり前で体制の側にあるので、秘密結社とは言いません。

 このように考えると、秘密化された組織や組合は世の中に当たり前に存在するわけです。
 問題は、このような秘密結社が果たして世界を動かしたり、陰謀の計画を発動させて、世界支配するなんてことがあるのか、ということです。

 ユダヤの陰謀、なんて聞いたことがあると思います。これがフリーメーソンとごっちゃになって語られ、なんだか怪しげな話になっていくわけですが。
 これもどうなんでしょう?
 陰謀はあると言うとトンデモ扱いされちゃいそうだし、無いと言うと良識派のように思われるでしょうが、人の集まるところ秘密はあるし、戦略の無いエリート集団なんていうのも考えられません。
 陰謀は隠されるから陰謀なのです。

 ところで昨日、NHKドラマ『坂の上の雲』を見ていたら、日露戦争にかかる莫大な費用を工面するために、西田敏行が扮する日銀副総裁・高橋是清が、ユダヤ商人ヤコブ・シフから資金援助を取り付けるというシーンがありました。もちろんこれは原作にもあることで、日本はユダヤ財閥の財力と戦略の肩を借りて日露戦争に勝ったという事実をちゃんと語っているわけです。
 実際のところ、開国し近代化を始めて30年の日本に対し、相手はロシアです。ナポレオン軍を打ち破った大国です。誰がどう見ても日本に勝てる見込みはなく、どこの国もどの銀行も日本の公債など買ってくれません。しかし、資金が無くては戦争もできません。特に日本は最強の海軍を作る必要がありました。最新鋭の軍艦がいるんです。もちろん日本国民は重税を課せられ、懸命に働きましたが、なんせ資源も無いし、世界を相手に商売できる産業もまだありません。日本は貧乏な国でした。高橋是清は焦ります。
 この場を救ったのが、ヤコブ・シフでした。シフの要請で資金調達したのはユダヤ系クーン・ローブ商会だったのです。実のところヤコブ・シフはユダヤ結社ブナイ・ブリスのメンバーで、結社内でのロシア革命運動委員会の議長に任命されていました。つまり日本は知らずにして、ユダヤの目的とする革命の加担をしたわけですね。

つづく・・・

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kaidanyawa at 19:48|PermalinkComments(0)

2011年12月08日

ロンメル軍団を議論で叩け

 中山市朗です。

 12月8日です!
 
 ニイタカヤマノボレ 一二○八

 そう、70年前のこの日、帝国海軍による真珠湾攻撃が行なわれました。

 トラトラトラ!

 これによってアメリカ、イギリスなど連合国との戦争状態に入り、この4日後東条内閣の決議により、「大東亜戦争」と名づけられました。
 なぜこのとき、日本は世界を相手に戦争をせねばならなかったのか。その戦争はどのようなものだったのか。このときの世界の情勢はどんなものだったのか。これを知らずに日本人と言うたらアカンと思います。
 中学や高校の歴史はもう縄文や弥生時代ではなく、近代史から学ぶべきです。
 年号の暗記より、人間が行なう歴史を学ぶべきです。
 そして今、このような状態にある日本が今後何をするべきなのか、何を選択するべきなのか、そのヒントが幕末から日清、日露の戦争、大東亜戦争、そして高度成長期からバブル崩壊までの日本の歴史の中にあるはずです。

 とりあえずNHKで始まったスペシャルドラマ『坂の上の雲・第3部』と12月23日公開の『連合艦隊司令長官・山本五十六』は、心して観よう!

 さて、明日9日(金)夜8時より大阪ソーシャルネットワークがお送りするUSTREAM配信の生番組『我ら、魔界探偵団』のオンエアがあります。
 テーマは秘密結社って予告しましたっけ?
 難しいな、こりゃ。
 地上波では不可能なこのテーマに、怪異蒐集家ではなくオカルト研究家としての中山市朗が、独自の切り口(?)で挑みます。
 まあ肩肘張らないで、私の説をお聞きください。
 トンデモなんて言わないで?

 ご視聴はこちら

 今度は7日の作劇ゼミの報告。
 小松左京さんの若者に向けたエッセイ『未来からのウィンク』を教本に、読書について考えてみました。
「どうすれば小説のスキルが上がりますか?」
 そう質問されたら、とにかく書いて読めとしか言えません。
 スキルは本から盗むしかありませんから。
 アメリカの作家、ディーン・R・クーンツは著書『ベストセラー小説の書き方』で、「作家はよい読書家でなければならない」と説いていますが、小松左京さんも読書のススメを説いています。
 今回取り上げたページだけでも、次のような作品が並びます。

『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー
『死霊』埴谷雄高
『黒死館殺人事件』小栗虫太郎
『暗い絵』野間寛
『深夜の饗宴』椎名麟三
『異形の者』武田秦淳
『すばらしき新世界』オルダス・ハクスリィ
『人我を大工と呼ぶ』アプトン・シンクレア
『山椒魚戦争』チャペック
『悲の器』高橋和巳

 さて、どれだけ知っていますか?
 『死霊』を読んだことがあるという塾生はいましたが、あとは全滅。
 もっともこの中の日本人作家の作品は、小松左京さんの青春とリアルタイムであった小説群。今の若い人たちは知らないでしょうな。
 戦後の価値観がころりと転落した時代に、小栗、野間、椎名、高橋といった人たちは左翼的思想に翻ったようですが、彼らは今の日本を見て何と思うでしょう?
 『黒死館殺人事件』は必読。探偵・法水麟太郎(なんとなく京極堂を思い浮かべてしまう)ものの1編で、探偵小説においての「日本三大奇書」の1冊とされています。思えば、私はこの小説と荒俣宏さんの『帝都物語』でオカルトに目覚めたのかも。そう、オカルト好きにもオススメです。

 さて、小松さんは学生時代の読書量を書庫にある書棚の幅で競い合ったと言います。
「俺はあの書棚の2メートル半読んだ」
「なあに、俺は3メートルだ」

 私も映画なら、レンタルショップの棚で何メートルと自慢できる自信はありますけど。
 もっとも私はレンタルを利用しません。全部私のコレクションです。

 さて、読書はインプットの作業です。インプットしたらアウトプットもしましょう。
 アウトプットとは作品作りのことですが、巧いアウトプットの仕方を学ぶには議論をすることだと思います。よく私は塾生たちに議論を吹っかけるんですがねえ。

 小松さんも読書のススメと同時に議論もススメています。
「読書のキッカケはこの議論から生まれるとも言います。議論のなかで読んでいない本があると勝負にならないから、読んでまた復讐戦に挑む。また論理の武装をするにしても本を読まなければ話になりません」と。
 私の大学生活は映画と議論にあったと言って過言ではありません。まあ映像計画学科の学生でしたから。もちろん文学や哲学書、宗教書なども読み漁りました。
「神はいるのか」
「いるわけない」
「じゃあお前は聖書を読んだのか」
「当たり前や」
「読んだ上で無神論だと言うのか」
「だってあれは矛盾している」
 とまあ、こんな議論を「ものみの塔」の勧誘に来た人の前でおっぱじめたりして。
 勧誘してきた信者がどんな顔をして聞くのか、どんな反論をするのか、それが知りたかったです。ドSです。まあ若かったですから。
 こんな議論に備えるために中央公論社の「世界の名著」シリーズを片っ端から読んだ覚えがあります。『大乗仏教』『諸子百家』『孔子・孟子』『モンテスキュー』『マキャベリ』・・・正直、ようわからんかったです。いや、マキャベリの『君主論』は興味津々で読みました。でも『コーラン』なんて頭に入ってこない。それでも読んだ上の「わからん」と読まずに「わからん」では、説得力が違うわけです。
 そんなんで安酒を飲みながら一晩議論したことは何度も何度もあって、実は今の私の中に残っているんです。

 今、塾生や大学生たちと飲んだりする機会が多いのですが、議論をしませんな。
 すぐカラオケに行きよる。
 あれじゃあ議論どころか、何も生まれない。
 ものわかりのいい、おとなしい、平和主義者、とか言うとよく思えますが、頭の活性にならないし、知恵が偏ってしまう。議論というものが煩わしいんでしょうか。
 でも議論のできない、事なかれ主義的な日本人が、今の日本の外交力や国力を失わせたことを考えると・・・

 カラオケなんてくたばってしめえ!
 二葉亭四迷!

 さて、今回はネトラジに私の元教え子、堤谷孝人くんがゲスト出演。今彼は専門学校の講師とライターをやっていますが、彼は育児、教育の専門家でもあります。男で育児の専門家。これ、ちょっといない。どうやってライターとして生きていくのか、そのヒントを彼は塾生たちに教えてくれるでしょう。
 もちろん授業後の飲み会にも堤谷くんは参加。
 彼のもと、この夜議論は生まれたのでしょうか?





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2011年12月07日

怪談会で朝食を

 中山市朗です。

 怪談蒐集の秘訣とは?
 怪談会を開くこと。
 というわけで、3日の深夜から4日の朝にかけての私的な怪談会を催しました。
 その報告です。

 怪談を1話は必ず語ることが条件の語り聞く会。
 これが本当の怪談の醍醐味です。
 16名の方が参加。塾とオフィス・イチロウからも7人、私を含めて24人で始まりました。今回は埼玉県から来られた兄弟もおられました。
 印象に残った話ですか?
 夜中の高速道路の警備中の怪異、深夜のお店やデパートで起こった話、焼死した子供に関するちょっとしんみりする話、蛇に延々祟られ家系が絶えていく話、壁から手が生えている話、遠野のお寺での話、バルサンで霊が退散(?)してしまった話、妖怪に追いかけられる話、幽霊の手を掴んでしまった話、ラブホテルに現われた殺人現場の残像の話、テレビに映った怪異、関わった人(聞いても?)は全員無事では済まない祟り系の話(皆さん、ご無事でしょうか?)・・・あっ、奇妙なUFO目撃談(ちゃんとした怪談になってました)もあって、今回は大豊作でした!
 私も話を聞いて思い出した話や、類似怪談をいくつか披露しましたが、
 やっぱり怪談は、相乗する話芸なんですな。
 次から次へと出てまいります。
 残念ながら怪異は起こらなかった、と思いますが、いつも後日になって「実は・・・」なんて話が出るんです。あっ、怪談会との因果かどうかわかりませんが、あの日以来、二つある部屋の電気の片方がまったく点かなくなっています。
 電灯は四つ付いているので、四つとも一気に切れることは考えられません。
 故障?
 にしては妙なんです。
 明日にでも新しいの、買わなあきません。

 さて、
 一応怪談会は早朝6時に終了。
 ところが!
 そこからでした。
 皆さんお帰りにならない!
 興奮覚めやらぬ、というのでしょうか。
 今回披露されたUFO話からUFO談義に。そこから秘密結社やフリーメーソン、そして古代史、はては日韓問題、歴史問題、教育論、文学論から映画論。男と女はどう違うのか、なんて話も。
 これはもう熱い議論です。
 おそらく皆さん、こんなに熱くなったのは学生の頃以来?
 私も色んな職種の人から、また別の視点からのお話が聞けて、いや勉強になりました。気が付いたら午後の3時半! この時点で7人の猛者が居残っていました。

 みなさん、お疲れ様でした。

 なお、今回お聞かせいただいたお話の何本かは、私の語り怪談に仕立てまして『幽怪案内』にて配信、あるいは何かの折に原稿にさせていただきます。
 正直、最近目新しい怪談はなかなか集まらないということで苦悩しておりましたが、今回の怪談会は大当たり。
 まだまだ色んなパターン、シチュエーションでの怪談、あるんですねえ。




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kaidanyawa at 19:41|PermalinkComments(14)

2011年12月01日

ふるえて眠るな

 中山市朗です。

 昨日、30日は第五水曜日でしたので塾はお休みでした。
 というより、教室は開いてるわけですから、塾生たちに何かアイデアがあったり、特別講師を呼びたいということなら、開放いたします。
 で、動かないんだな、これが。
 一時、ある作家さんを呼ぼうという話が、塾生たちの間でもちあがっていたようですが、言い出しっぺが今塾に来ていない・・・。
 ま、私は何もないほうがラクですけど。

 さて、12月3日の怪談会が近づいてきました。
 オフィスイチロウ(私の書斎ですけど)にて、深夜12時よりオールナイト。膝を突き合わせての怪談会です。人数に若干の余裕があります。参加したいという方、オフィスイチロウに直接お電話ください。参加できるかできないかの返事がすぐにできると思います。
 メールで申し込みをした方には、集合時間、場所をメールでお報せしておりますが、もし何かの事情で届いていない場合も考えられます。そういう方々もオフィスイチロウのほうへ確認の電話をください。

 06-6264-0981(オフィスイチロウ)

 参加費は無料。
 ただ、怪談は一話語って頂きます。聞き語りの怪談会ですから。
 

 


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kaidanyawa at 13:46|PermalinkComments(15)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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