2012年01月

2012年01月27日

また私は告知する

 中山市朗です。

 最近オソロシイ寒さですな。
 そんな寒さを吹き飛ばすのが、心温まる妖怪の話。
 本日も夜20時から大阪ソーシャルネットワーク・USTREAM配信生番組『我ら、魔界探偵団』をお送りいたします。今回は前回に引き続き、妖怪談義パート2!!!
 ちょっと不気味な妖怪の話や、笑える妖怪の話など、盛りだくさん。
 お手すきの方は是非ともご視聴くださいませ。

 ご視聴はこちら

 また、皆様からのリクエスト、こういうテーマを取り上げてもらいたい、など、ご意見、ご要望もお聞かせください。
 また、皆様の体験談や情報もお待ちしています。

 オフィスイチロウ:メ−ル
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(☆を@に変えてお送りください)

 オフィスイチロウ:ツイッター
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中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



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2012年01月26日

1/25の小説技法・・・?

 中山市朗です。

 昨日も東京から、プロのクリエイター集団が我が書斎にやってきて、塾生たちの前でその仕事を公開しました。詳しいことはまだ言えないので、情報解禁になれば。

 授業終わりにいつも塾生たちと朝まで飲み会をやっていることは、もうこのブログの読者ならご存知かと思いますが、まあ私は必要だと思ってやっているわけです。
 授業終わったら、私の部屋を朝まで開放するわけです。
 ホントはどこかへ飲みにいきたいわけですけど、塾生たち、プアなので、スーパー玉出で食材を購入、アルコールの買出しはヤマヤですると、一人500〜700円で朝まで結構飲めるわけです。
 スーパー玉出とは大阪府と兵庫県にある激安スーパーで、店舗は一見パチンコ屋かな、と思うほど派手な電光看板が光っていて、我々は慣れてしまっていますけど、他府県から来た人はきっと「なんじゃこれ」と違和感をもたれることでしょう。たまにTVの万引きGメンでよく行く玉出の映像を見ます。

 この玉出の食材をいかにうまく料理するかが、歴代塾生シェフの腕の見せ所です。
 過去、「お前、居酒屋できるで」と言えるほど腕を上げた教え子もいます。

 この飲み会には、たまにプロの人も参加してくれます。
 今までに小説家、ライター、マンガ家、映画監督、アニメの演出家、テレビ番組のディレクター、カメラマン、チーフプロデューサー、出版社の編集長、芸人、落語家、役者、映画の美術、脚本家、放送作家、大学教授など、色んな人が塾生と膝を突き合わせて、いろいろ話を聞き、アドバイスをくださり、実際に仕事をくださった方もいました。

 まずこの重要さを認識しない塾生はアウトです。
 普通の生活の中では、こういう人たちとは接する機会はまずないわけです。
 特に編集長さんやチーフ・プロデューサーなんて、こっちから営業かけに行って、で、会ってくれるかくれないか、という人たち。
 それが向こうから来てくれているわけです。

 何度も言います。私が塾を作った意図がまさにこれ。
 20代の私が、こういう人たちから仕事をもらうためにどれだけ東京に行って、会おうとしたか。門前払い、当たり前にありましたよ。
「ふーん、大阪から来たの? へえ〜」なんて奇異な目で見られたり。

 でもこういう業界の人と繋がらないと、仕事はもらえないし、リアルな情報も入ってこないじゃないですか。我々はサラリーマンじゃないわけですから、営業も自分が担当しなきゃならないんです。
 それが苦手、というのはわかります。本来私も苦手ですから。
 苦手だからクリエイターやっているわけですしね。
 でも苦手と言っている限りは食っていけないですもんね。
 趣味でやるなら、別ですけど。

 となると理想は、業界の人が来てくれる場所を作る。
 これが作劇塾です。
 おかげさまで、割りとブログやホームページをもっている塾生のこと、知ってくれている業界人、多いんですよ。これ、営業をかけているのと同じです。
 これはチャンスなのです。
 なのですが、何年経ってもアピールできないブサイクな塾生が多いのに謎が起こります。
 私からしたら、エース級の投手がど真ん中に打ちごろの直球を投げてくれているのに、バットを持っていなかった、みたいなことが起こっているわけです。
「まだ実績も無いので自信が無い」
 という声も聞きますが、誰でも実績の無いところからの一歩です。
 また、来てくれている人も、ここは塾で、塾生たちに実績が無いことは百も承知できてくださっているわけですから、そこはどんと自分の考えややりたいことをアピールすればいいわけです。
 もし、その考えがプロで通用しないんだったら、そう言ってくれます。でもその後でヒントとなる一言や「じゃあこんなのできないの?」という提案をくださります。
 それがプロとなる一歩だと思うわけです。

 ある映画のプロデューサーが、あまりに話さない塾生たちに向かって、
「キミたち、もっと僕と話そうよ!」
 と大声出したの、今も覚えています。

「お酒も嫌いで、人付き合いも苦手だから」
 と全然こういう会に顔を出さない塾生もいますが、そういう人は当然ながらコミュニケーションが苦手なので自分で人脈作りが築けない。で、年取るばっかりでなんともならずに消えていく、というパターン。ゲロが出るほど見てきました。
 こういう人はなまじ、作品を作るにあたっての技術に自信をもっている人が多い。
「まあ、これだけのものが自分にはあるんやから、いつかなんとかなるやろ」
 なんともなりまへん!
 それくらいの技術持っている人、プロの世界に山ほどいます。
 しかしながら新人をどの業界も求めているのは確かなこと。
 もう情熱です。
 あと「こいつ、おもろいなあ」と思わせること。そんな若い人に、業界人は関心をもちます。

 で、その予行演習が授業後の飲み会なわけです。
 塾生たちも私となら、そんなにストレスも無く遠慮なしに夢を語ったり、アピールしたりできるだろうな・・・。

 これが無い。
「僕、これだけやる気ありますよ」「こんなこと考えています」「これなら任せておいてください」「この仕事の速さ、どうです」
 みたいなの、無い。
 私にアピールしても無駄だと思っているのでしょうか?
 自信過剰なのはどうかと思いますが、とりあえずアピールしてくれないことには、なんにも分からないじゃないですか。
 私の隣にいてずっと黙っている奴なんて、かえってマイナスのイメージになるだけ。
 だったら無理して飲み会に参加することない。
 ただ、そうなると、こいつに仕事を任せよう、とか、こういう人に会わせてあげよう、なんていう気には絶対ならないですけどね。
 私がそう思うくらいなので、こういうのは、もう絶対プロの世界では津用しないでしょうな。
 それでもクリエイターになりたいと口では言っているんです。

 もう辞めたら、と思います。
 ただし、好きなことも完遂できずに、他の仕事ができるのかという疑問も大いにありますが。
 そういえば、自分の営業をすることができずにとうとう夢を諦めて、就職して営業部に配属された教え子がいました。意味わからん。
 1週間もたなかったようですけど。

 とは言うものの、塾生全員がそうだというわけではありません。
 積極的に業界の人と交流をして、そこから自分の創作フィールドを広げて、プロとして活動している塾生たちも何人もいます。
 
 イラストレーターBOMもそんな中の一人。女性です。
 妙な名前ですが、彼女の親友だという青谷圭が「あの子はいつもおっとりしてるけど、いざ切れたらBOMBERになる」のだそうで。
 私は彼女がそんな状態になったところは見たことがありませんけど。

 そんなBOMが「こんなの出しましたので先生のブログで紹介してください」と、一冊の本を手渡してくれました。

pzl_01
『かくし絵パズルみーつけた 2月号』(株式会社英和出版)
今月14日発売。








ds_wii_3_02
また、『ファミ通DS+Wii』(株式会社エンターブレイン)にもFF4コママンガを定期的に掲載しています。もちろん今月号にも。






「お仕事ほしいです」
 と本人も言っておりましたので、イラストや4コママンガなどのお仕事がありましたら。

 BOMについてのイラストや履歴はこちら

 えっ?
 25日の小説技法の報告は? ですって?

 いやもう、参加者4人、プラス見学者ひとり。
 作品提出者3人。
 というのはねえ、今月は本当に少ないんです。

 なんかもう拍子抜け。
 授業後の飲み会は7〜8人いたんですが・・・あれ?

 来月からは復帰する塾生も増えるみたいですが。








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2012年01月25日

遊星からの物体コミックス

 中山市朗です。

 今日はコミックの紹介をします。

future 

『フューチャー・イズ・ワールド』
人類が消えた後、2億年後に現われるであろう未来生物たちの物語。







sinkyoryu

『新恐竜』
もし恐竜が絶滅しなかったら、どんな世界になっていたか!







 どちらも双葉社から出ています。
 原作は、どちらもドゥーガル・ディクソン。
 スコットランド生まれのサイエンス・ライター。あの『アフターマン』の作者。
 マンガが小川隆章くん。
 アフタヌーン四季賞で遅咲きデビュー。
 実は、大学時代の私の友人です。
 私のブログに掲載すれば仕事が来るというジンクスがあるので、「載せといて」と頼まれました。

 彼は40歳前後でデビュー。もともと緻密な絵を描く男でした。
 努力すれば年齢は関係ない、という見本です。

 さて、もう1冊。
 雑誌です。

honkyo_01『激ヤバ恐怖スペシャル』
 
 11月24日のこのブログにて報告しましたように、北野誠氏らと竹書房、某CS局、そして『幽怪案内』のメンバーで山の牧場へ潜入し、一晩明かしました。
 このときの体験を、同行していたマンガ家、ひぐらしカンナさんがコミックにしました。
 それが掲載されています。
 私もマンガに登場!
 なんとマンガの出演料というものももらいました。

 おなじみ伊藤三巳華さんのマンガも掲載されています。

 なお、山の牧場は、3月の『幽怪案内』でも取り上げる予定です。
 新たな私の『山の牧場』怪談と、現場のVTRとの構成でお届けしようと考えています。

 乞うご期待!




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2012年01月23日

1/18の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 18日のゼミの報告の続きです。
 ちょっと説明が必要ですので長くなっちゃいました。

 ニュースなどを見ていてたまに独占禁止法の違反、などという言葉を聞きます。
 同時にカルテルとか談合、贈収賄なんて言葉も飛び交います。
 
「野伏りと談合する気か!」
 という言葉が『七人の侍』に出てきますし、台湾では「団子」という言葉が談合にあたるそうです。これは日本の統治時代に「だんごう」という言葉を使っていたのが「団子」と間違われたのだと言われています。
 日本の伝統、お家芸のようですね、談合というのは。

 談合はゼネコンが起訴されたりして、今はもう建築業界では無くなったと言いますが、今は自由競争という名のもとに建築業界ではダンピングが起こり、下請け業者と職人の人たちにそのしわ寄せがいっているとも聞きます。もしそうだとすると、ある意味、談合は日本人古来の知恵だったのかもしれません。和を以って尊びをなす、とは話し合いで決めよう、ということ。この場合、義理人情というのが優先されたりでしょう。
 しかし近年は一部の業者がこの制度を悪用したり、天下りとセットになって癒着のイメージをもたれたりして、悪いイメージが伴うようになりました。

 資本主義経済において、生産者や供給者が小売業者に対して商品の販売価格を指定して、これを守らせることを禁止した法律があります。それが独占禁止法です。談合やカルテルによって価格を決めることは法律で禁じられているわけです。
 商売とは競争ですから、そこに基本的なルールを作っておいて、その中で日々変化する経済活動に即して規定をする、というもので、公正取引委員会が各種ガイドラインを公表しています。
 独占禁止法があるから、スーパーの値引き、バーゲンセール、特価セール、激安販売なんてできるわけです。

 ところが、この独占禁止法から除外されている特殊な業界があります。
 つまり小売店にて値引きセールが決してできないという商品があるわけです。
 そうです。
 書籍、雑誌、新聞、レコード、音楽用テープ、音楽用CDの6種目がそれ。本屋で値引きやバーゲンなんてありませんもんね。なぜこの業界が独占禁止法から除外されているのかというと、「著作物」だからなんですね。これは法律上に適用されていて、いわば言論の自由、文化等を担う書籍新聞等を全国で一定の価格で販売することが目的、というわけです。
 これを再販制度(再販売価格維持制度)と言います。出版業界はこの再販制度というシステムの中にあるわけです。
 1953年に制定されたこの再販制度ですが、誰もこの制度に疑問をもたず、なんとなく本や雑誌、新聞、レコード(今はCD)は割引しないんだ、と思っていたわけですね。
 で、日本のCDは高いから、輸入盤を買ったりしますよね?
 日本語版のライナーノートがあるかないかだけで、中身一緒だし。

 ところがこの出版不況です。音楽業界も同じです。
 出版不況となった要因は色々ありますが、このままではどうやら不況からの脱出は難しいように思えます。出版界の不況は、作家やマンガ家、執筆を生業としている人たちにとっての死活問題ではあります。
 となると、出版業界そのものの見直しが図られてもいいのではないか、と思うわけです。電子書籍への対応はそのひとつでしょう。この問題はまたいずれ詳しくやります。
 業界のシステムの見直し。つまり再販制度でいいのか、という問題です。

 実は再販制度は著作権の保護の意味があるといいましたが、DVDやゲームソフト、映画などには再販制度は適応していないんです。映画のブルーレイが定価の半額とか2枚で2980円、ていうのは実は独占禁止法が作用しているわけです。
 PCソフトやゲームソフトにも再販制度は適応していません。
 ということは、著作権保護というこの制度は、すでに崩壊していると思うんです。
 さっき言ったようにCDなんて逆輸入させると再販制度は適応されないらしく、同じアーティストのCDも安く買えるわけです。
 輸入盤は私の中学、高校の頃は貴重盤でしたし、円も安かったですし。
 映画をDVDで買うとそこは自由価格。でもその映画のサントラCDを買うと再販制度で値引きなしという不可思議なことも。
 それに今はインターネットの時代です。ネット販売やデータ販売となるとすでに再販制度はあやふやな制度になります。私もamazonで購入することが多くなりましたが、書籍の値引きは無くとも配送代無料、てことはその分割引しているってことになりますよね。大型家電量販店にも本屋があると、クーポン券があれば値引き・・・。
 さらに、データのみの販売となると卸業者を介さず、直接メーカーなり出版社が販売するわけですから、ここも独占禁止法は関係なくなることになります。

 ということは、再販制度というのは今の時代、適応しにくい制度だといえましょう。
 では無くしたらどうか、という意見も出そうですが、業界の大半はそれに反対ということらしく、なかなかそうはならないようです。システムの崩壊は、既得権益を失う可能性があるわけですから。

 さて、再販制度とは出版業界においてどういうものかというと・・・

 出版社が本を大量に作ります。そして取次ぎ業者に送ります。取次ぎ業者は書店に送ります。ここから店長判断となります。売れそうもない本、売れ残った本は取次ぎに返せるわけです。これを返本といいます。
 本屋は本を委託販売している、という形なんです。買取ではない。
 だから売れない本は返せるわけです。
 ホントにここは店長判断。以前、ある作家さんや編集の人たちがいる席で、私が連れてきた塾生が本屋に勤務しているとわかるやいなや、その作家さんたちの態度が一変したなんてことがありました。

 聞けば、本はある一定期間書店に置かれたとしても、その後返本される本は40パーセント以上なのだそうです。
 年間5億冊が返本され、その損失は820億円というデータを見たことがあります。

 作家にもピンキリありますが、まあプロの場合、最低でも5000冊は刷るとして、2000冊は返ってくるとなると、これは商売になりません。
 大手出版は一部のメガヒットによって成り立ち、一部中小出版は共同出版という著者に出版費用を出させることにより、生き残りをしている状態です。
 そこまでしても安売りはしないという出版業界。
 その割りに、古本屋へ行けば、今ヒットしている本が半額で販売していたりするわけですけども・・・。
 そういう再販制度についてどう思うのかを、塾生たちに考えてもらいました。
 同時に、自分たちが作家やマンガ家デビューした場合、どういうシステムで自分たちの作品が売られていくのかを知ってもらうためでもあり、当たり前に世の中にあるシステムを考え直す、という知恵もつけてもらいたいと私は思ったからです。

 問題もあります。
 再販制度が無くなったら、本屋は買い取りになるので、売れそうな本しか仕入れない。
 CDもランキング上位に入っているものしか置かない、というような危惧もあります。 
 しかし一方、みんな品揃えが同じようなもの、ばかりでは販売店の特色もなくなります。そこはやっぱり自由競争の原理が働くのではないでしょうか?
 再販制度がないと遠隔地では価格が高くなる、ということも言われそうですが、これも今やインターネットの時代。そんな心配も無さそうです。
 再販制度が無いと小さい本屋は潰れる、という理由もあったようですが、すでに潰れていますしね。それに市場経済の理から言ってもそれは当然のことといえましょう。
 ただ、作家の収入は本の定価の10パーセント(目安ですが)にあたる印税です。これは売れた売れないに限らず、刷った冊数の分からもらえます。それが自由価格となるとその印税制度が維持できるのかという危惧もあります。しかし、約半分が返本、古本屋で買われても印税は発生しないわけですし。

 フランスでは時限再販制度だそうです。一定期間は決められた価格で売るが、1年、2年経つと書店の判断で値引き販売ができるというものなのですが・・・。

 面白いことに、わが塾生たちの印象は、必ずしも出版社というイメージはポジティブではないということ。持ち込みしたりして、かなり辛辣なことを言われたりしているのでしょうか?
 でもあんまり塾生たち、再販制度について知らなかったので、考えるというよりは私が疑問を投げかけて、どう? という形式になっちゃいましたが。

 でも再販制度を考えることによって、経済の仕組みを考えることになり、また本を売る、ヒットを出す難しさとそのメカニズム、電子書籍が注目される理由などがわかってきたのではないかと思います。
 ということで、
 出版業界を考える、次回のゼミでも続きをやります。






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2012年01月20日

1/18の作劇ゼミ その1

 中山市朗です。

 お待たせしました。
 1月18日(水)の作劇ゼミの報告をいたします。

 2012年最初のゼミでしたので、今後の日本の社会、そんななかで我々の生きるクリエイターの業界はどうなるのか、ということを考えてみました。

 先日、久しぶりに大学時代の友人たちと会ってきました。
 マンガ家、CMの製作会社、フリーの映像ディレクターとそれぞれクリエイターの道で食っているようですが、彼らを取り巻く環境はなかなか苛酷なようです。
 彼らと話していて思ったのは、やはりこれからのメディアを知っておくこと。戦略をたてること。やりたいことを見定める、ということが無いと淘汰されるよな、ということ。
 私たちが大学で学んだ約30年前とは、メディアの様子も媒体も随分変わっています。その頃と同じやり方では、今はもう通用しない・・・。
 マンガ家の奴も、コミックが出ても初版はこれだけしか、なんてボヤいていました。聞けば悪い数字じゃないけど、それでも15年、20年前のコミック市場のことを考えると、落ち込んだなあと思うわけです。

 今の社会、二極化、格差社会、と言われています。
 米国などでは90年代から格差問題が起こっていましたが、日本はまだ自分たちのことを信じていました。戦後の日本は特に富の分配、再分配は比較的公平な社会でした。国民全体が中流意識をもった時代です。
 いい大学に入る、一流企業に入る、結婚し子供をつくる、マイホームを持つ、定年後は退職金と年金で孫のいる悠々自適な老後・・・。
 でもそのケインズ型分配社会は、今や崩壊しました。
 日本は今やハイエク型傾斜分配社会に移行しています。
 ハイエク型とは、資本主義の論理に基づく弱肉強食の市場原理を理想とする社会です。新自由主義、あるいはアメリカ流新自由主義とも言います。

 そうなったのは今から10年前、小泉構造内閣からのようですね。
 バブルが崩壊し、なかなか立ち上がれないでいる日本経済を何とか立て直そうと、竹中平蔵大臣は「市場の自由競争に参入すべし」と規制緩和、自由競争を推し進めました。

 その根底には、こんな理論があったように思われます。
 まず自由競争の中で冨める者をつくり、今度は冨める者が貧者を救う。だから小泉首相は「改革には痛みが伴う」と言ったわけです。
 ところが、その後10年で冨める者はますます裕福になり、貧者はますます貧者になり、脱出できない、という社会になってしまいました。アメリカが抱えた問題を日本も同様に抱えることになりました。

 ちなみに竹中氏は『日本経済余命3年』(PHP研究所)に、経済立て直しは2012〜13年が最後のチャンスで、1100兆円を上回る国債発行がなされると、日本は財政破綻へ向かう、としています。

 今考えると、あの公共事業というのはケインズ型分配社会に必要なものだったんですね。あれは地方への再分配でもあった。それを無駄遣いだと断罪した当時の野党やマスコミによって悪とされ、公共事業が止まった途端、どうにもならなくなったんです。しかし一方、国内需要から世界の市場に目を移し、国力を上げようとするとそれだけでは限界となる。だから公共事業を縮小させたというのもあるのでしょう。
 まあ私、そのあたりの専門家ではありませんので、笑われそうですが、そうは間違っていないと思うんです。
 問題は政治家の名誉と票取りのための公共事業が行なわれてしまったこと。私の田舎の近くに空港があるようですが、誰も使っていません。

 例えばバブル崩壊後、日本はやるべき公共事業がありました。あのとき、全国隅々にわたって光ファイバーのインフラをやっておくべきでした。そしたら今は世界一のインターネット大国になって、経済効果も相当あったと思われます。今はエネルギー、環境問題、こういったことは個々に解決できるものではありません。関連事業に補助金を出し、推進させ日本のノウハウにして国外にも売り出すべきでしょう。それを怠ると日本の企業はトップシェアから落ちていくことになりましょう。オーランチオキトリウムはどうなってるのかな?

 ともかく、今のままでは格差社会はどんどん広がっていき、歯止めが利きません。
 私の身近にいる若者たちを見ると、非正規雇用が拡大し、経済だけでなく人的資源をも劣化させているように思えます。彼らは未来への希望を見れず、今身近で起こっている現実に対処することに追われています。

 そうなるとこんな不安がよぎります。
 この状態はこれからも拡大する一方なのか?
 一度落ちたら、二度と這い上がれない格差社会なのか、それとも努力すればその分が報われる格差社会なのか?
「それはキミらの意識次第だよ」と塾生たちに言いました。

 さて、私や周りの仲間たち、教え子たちはどこの会社に所属するでもなく、一人で作品をつくって出版なり配信なり、あるいは放送でライブでパフォーマンスを見せる、聞かせる、読ませる稼業です。
 プロスポーツ選手や音楽家、芸術家、役者、演出家、技術者といった人たちもそう。
 つまり才能と努力があれば報われる世界なのです。

 とはいえ、我々の世界も業界でなりたっています。
 この業界は特殊な世界でございまして、労働基準法なんて無きに等しい。ゲームの下請け会社でシナリオやキャラクター製作をしている若者なんて、月に2万円ももらえない、なんて聞いたことがあります。雇うほうの言い分は、能率給、成功報酬だというんですね。いや、誰もが通るのが最初は無給という仕事。しかしこれはチャンスをもらえることであり、実績を積み重ねることなので、なんとか食らいつくわけです。
 そんななかで、ほとんどのクリエイター志望者は使い捨てられ、結果100人に一人も残らない、という過酷な業界でもあるわけです。「そんななかでも、この世界でやっていく根性あんのかよ」と試されるわけですね。
 昔、吉本興業の会長の林正之助氏(1991年に92歳で死去)は若手芸人に向かって「お前らにやる金があったらドブに捨てるほうがマシ」と言ったとか。

 それを思うと、クリエイターの世界はサイショから格差社会の原理が働いているといっていいのかもしれません。作家やマンガ、芸能界でもヒットを飛ばす一部の人と、全然売れない大多数の人によって構成されていますから。

 ただ私が日本の格差社会の話を塾生たちの前に持ち出したのは、作品を作るのは個々であっても、作品を商品とするにはこの業界が今どうなっているのか、前途はあるのか、新しいインフラが整備されているのか、危ない業者はどこなのかを見据えて、選択することが必要だと思ったからです。
 作品をつくるのはクリエイター個々の仕事ですが、これを商品として流通させるには、出版社、メーカー、製作会社、代理店、放送局、興行界のシステムが必要なわけです。個人がネットや同人誌などで発表したり売ったりできる時代になっていますが、ちょっとこの問題は後日考察することにします。

 さて、まず出版界ですが、もう皆さんご存知のように、不況知らずの業界神話はとうに崩れ、1990年代をピークに後退しています。特に出版社の屋台骨を支えていた週刊誌やコミック雑誌といった雑誌が売れなくなったんですね。今生き残っている雑誌も広告収入も減って、赤字を抱えているのが多いようです。

 一方、今の出版界は、世相を反映してか、極端な二極化となっています。
 つまり、特定の書籍は爆発的に売れてミリオンセラーズとなるが、その他はまったく売れないという二極化です。
 これを「メガヒット現象」と呼びます。

 なぜ、このような現象が起きるのでしょう。
 そしてもう一つ、出版業界そのものに問題はないのでしょうか?
 それを考えるには、出版業界がどのようなシステムで成り立っているのかを、知っておく必要もありましょう。
 
 ところで塾生たちは、このあたりのことをどこまで知っているのでしょう?
 例えば、出版界には再版制度というシステムが働いています。
 このシステム自体に問題がありそうです。
 では再版制度とはどのようなものでしょう?

 あれれ、知っているのは一人だけ?

 うーん。
 じゃあその説明からいきますか。
 でもまた字数食っちゃったので、次回に。
 
 

『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

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2012年01月19日

ミッドウェイズ 三丁目の夕陽

 中山市朗です。

 今日は昨日の作劇ゼミの報告をする日ですが、それは明日にさせていただきます。
 今日は『聯合艦隊司令長官・山本五十六』のレビューの続きです。

 の前に、この写真をご覧ください。

21 これは昨日の授業後に行なわれた恒例の飲み会です。酔っ払った塾生や総務のスガノくんたちが手に持っているのは、焼酎ハイボール。宝酒造から発売されております。
 えっ、宣伝みたいやって?
 そう、宣伝です。実は塾生の高田豪が作劇塾講師の中島宏幸先生と新しい実験的ネトラジを製作、配信していまして、その中継を京橋の居酒屋でやったらしいのですが、このとき、宝酒造のお偉いさんに気に入られて、焼酎ハイボール2ケース、48本いただいたのだそうです。
 宣伝する、と約束したらしいので。

 宝酒造のお偉様、ありがとうございました。
 高田が「うちの番組のスポンサーになってくれへんかなあ」などと申していたことも、付け加えておきます。
 
 さて、『聯合艦隊司令長官・山本五十六』のレビューの続きです。

 ミッドウェイ海戦は、日本海軍が始めてかぶった本格的な敗戦でした。これはミッドウェイ島を攻略し、そこを拠点に打ち漏らした米空母を誘い出し、一挙に殲滅することにあったんですが、様々な要因が重なり結局、南雲機動部隊は作戦に参加した4隻の空母の全部を撃沈される、という被害をかぶります。しかもこのとき、山本は、機動部隊の後方540キロの戦艦大和に乗り込んでいました。本来ならば大和は機動部隊の直衛にあたるべきところで、もし直衛していれば大和が受信していた敵空母の位置を機動部隊が知ることができ(空母の低い位置にある受信機は受信能力が低かった)、すぐ敵空母に備えることできた、とまあ、後の戦史家の意見です。
 私も、なぜ山本が機動部隊が直接護衛をせず、後方540キロにいたのか理解に苦しみます。このミッドウェイの敗戦。山本は愚将ではないかと評価に一転させたのは、これです。山本の犯した最大のミステイクでしょう。
 そしてミッドウェイの敗戦以後、日本海軍は局地的な戦術勝利を収めることはあっても、反撃に出ることはできず、まさに山本が予見した通り、開戦から1年半ともなると、増強された米艦隊との戦力の差が圧倒的に開き、3年も経つと石油が無くて行動不能となった日本の艦船が、米空母から飛来する米軍機によって次々に壊滅させられる、という負け方をしていきます。
 日本海軍は、日本海海戦ではバルチック艦隊を壊滅させるという世界戦史に稀なパーフェクト勝利を記録しながら、太平洋戦争では、その戦争期間中に海軍が全滅するという、これも稀なパーフェクトな負け方をするという世界に稀有の例を作ったわけです。

 面白いことに、映画を見ていると、こういう流れのなか、山本は敗戦の報告を聞きながら将棋をさしているシーンが印象的なんですかね。
 博打的と揶揄されがちな山本の作戦ですが、山本の博打の強さは尋常じゃなかったらしい。モナコのカジノ協会からは、あまり勝ちすぎる山本を出入り禁止にしていたらしく、フランスの新聞では、山本提督がカジノで勝つと日本海軍が増強されると報じたほどで山本自身も「1、2年ほどヨーロッパで遊べば戦艦の1、2隻は造れる」と言った有名な話なんです。
 私はパチンコも麻雀も一切やらないんですけど、勝負師のことはわかります。
 博打には流れがある・・・おそらくですが。
 真珠湾作戦は軍令部に「博打だ」と言われて反対されたのを強固に押し切ったんです。
 博打は、丁と出るか、半と出るか。
 勝負師山本は、真珠湾で目が出るという確信を持っていた。それは当たったんですが、空母がいなかったという予想外が発生した。そこから山本の博打の勝負が微妙に狂いだしたんですね。
 阿川弘之の『山本五十六』を読んでいると、どうも勝負師としての山本の抜群だつた運気が、太平洋戦争が始まった頃から下降しだしたらしいんですね。山本もそれを自覚していた。
 これを修正するのが、山本の側近にいる参謀や作戦を執行する提督たちの役目のはずなんですが、有能な参謀がいなかったという悲劇がここにあったんです。

 日本海海戦で勝利を収めた東郷長官には、秋山真之を始めとした参謀たちが東郷の意図を汲み、支えたわけです。しかし山本にはそういう側近、人材がいなかったという悲劇ですね。監督は有能でも、それに答えられる選手がいない野球チームみたいな。いや選手はいたけど、コーチがいなかった。
 コーチ不在で選手が存分な能力を発揮できぬまま、敗戦を続けるチームを苦々しく思いながら、それを表情に出さずに将棋をさす山本。将棋は勝負師としての勘を持続させるためのものもあるわけです。
 実際のところ、ミッドウェイの敗戦が電報で次々に送られてくるのを、山本は渡辺参謀を相手に将棋を指していて、その手を止めずに「ほーう、またやられたか」と一言いっただけだと指令部従兵長・近江兵次郎は手記に書いています。
 一見、のんびりとしているようでも、心は針の筵だったと思えます。居並ぶ部下たちの前で、失望や苦渋の表情は見せられない。そんな心境が見て取れます。

 そしてミッドウェイにおける山口多聞の殉死。映画では阿部寛が演じていましたが、山口多聞は山本同様、米国留学の経験のある知米派であり、おそらく山本の後釜になるのは彼だったんでしょうが、空母飛龍が自沈するにあたって、そのまま艦に残って艦と共にしたわけです。そして作戦を指揮していた南雲は帰ってきた。
 山本は謝罪に来た南雲を責めずに、茶漬けを共に食べるシーンがありました。
 これも将棋と同じで、南雲を責めたい気持ちをグッと押さえ、ただ無言。
 武士道の奥義を見るような感覚だが、南雲は泣きたい気持ちだったろう。しかし山本はこの頃から、死というものを考え始めたのではないかと思うんです。
 もう日本が勝てる見込みはない。
 そして自分が立てた戦略的見地が、どこかで狂いだしている。
 賭博師として、ツキが離れた、そう山本は思ったに違いないと。

 映画の最後にはソロモン諸島にいる兵士たちを慰問するために前線視察に赴き、ブーゲンビル上空で米戦闘機16機に襲撃され、戦死したことが描かれているが、これはおめおめと生きてはいられない山本の心情から、死に赴いた末の結果であるように思えました。
 これは武士道でいう切腹に似た行動だと思われますが、もしそうだとすれば、これは卑怯な行動でしょう。よく日本では何かあると責任を取って辞任することが美徳のようにされますが、責任を取って収束させてから辞めるという発想がなぜないのでしょう。
 日本海軍は、負けた提督や指揮官が艦と運命と共にする、という結果を求められました。切腹の発想です。しかしこれでは負けた経験をした者が、その経験と共に死んでいくわけです。となれば、負けたことを分析することができない。
 太平洋戦争の敗因はたくさんありますが、いい人材から死なせたという事実はあります。名誉ある自決感の思想。侍の世界には通用したのでしょうが。今もこの思想は残っています。やたら総理や大臣をすぐ辞任に追い込む日本人の感性がそれです。しかし、総理が何人変わろうと何も変わらない・・・。

 ともかく山本が戦死して以来、日本海軍はただ一度の勝利を得ることなく、壊滅していきます。
 また米軍は、日本側の電文を解読していて、山本の慰問の場所、日時も把握して、山本を殺すかどうか審問にかけたと言います。山本がいなくなって、代わりに連合艦隊の司令官をやる人物に、山本に匹敵する人物がいるのかどうか。
 結果は、山本以上の能力を持った軍人は日本にいない・・・。
 日本の人材不足は、もうここに始まっていたわけですね。

 あれれ・・・映画の批評に書いているつもりが山本五十六の評価になってしまっていますねえ。いやしかし、私が思うに山本五十六は突出した人物が上に、周囲に理解者も無く、手足となって動く者も無く、ただ戦争に突き進んだ日本の軍上層部に翻弄された悲劇の人、という感想を改めてもちました。
 しかし本当のところは、アジア覇権における黄色い人種を排除せんとするアメリカ合衆国の巧妙な罠が、あの戦争にあったことは間違いありません。山本はその情報戦にも敗れたといえましょう。

 1945年8月14日、つまり終戦となった日(日本時間15日)、ニューヨークタイムズに「太平洋の派遣を我が手に」という大きな見出しが掲載されました。
 そしてこう書かれたと言います。


「我々はペリー提督以来の願望を果たした。もはや太平洋に邪魔者はいない。これでアジアのマーケットは我々のものとなった」 



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2012年01月18日

太平洋紅に染まるとき

 中山市朗です。

 現在公開中の『聯合艦隊司令長官・山本五十六』について書いております。
 
 米国と戦っても勝てない。やるなら真珠湾を奇襲し、太平洋艦隊を一気に叩く、空母を主体とした機動部隊の編成、あくまで空母を叩く、そして早期講和・・・。
 山元五十六はそれを考えた人です。
 真珠湾作戦の2日後、マレー沖にてサイゴンに司令部のある海軍第22航空戦隊が、サイゴンなどの陸上基地より発進した九六式陸上攻撃機26機と一式陸攻撃25機が合同で、英国東洋艦隊の主力、不沈艦といわれた最新戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスの撃沈に成功しました。真珠湾の場合は停泊中の艦船の雷撃、爆撃という作戦でしたが、洋上を作戦行動中の最新戦艦を航空機からの雷撃、爆撃で撃沈したのは、世界の戦史において初めてのことだったんです。
 このマレー沖で発生した事件は、イギリスがアジアにおいて植民地主義が、はじめて破局した重要な事件で、英軍はたちまちパニックに陥り、2ヵ月後にはシンガポールが陥落します。
 このことはアジア諸国に大きな志気をもたらし、戦後のアジア諸国の独立運動やベトナム戦争にも大きな影響をもたらしました。
 山本が、そこまで考えたのかわかりませんが、戦争の戦力を戦艦から航空機中心と考えた山本の発想は、その後の戦争のあり方を変えたといえましょう。

 山本五十六の名将たるは、世界の情勢を知り分析する能力があったこと。そして海軍の攻撃力を戦艦から航空機中心としたこと。そして明確な作戦の提示があったことがあげられます。また映画でもそのように描かれていました。

 一方、山本五十六は愚将だったという説もあります。

 まず、山本をはじめ、海軍一致で反対した三国同盟も、陸軍と世論に押され、不本意ながらも三国同盟の調印に至ったこと。これを締結させると対米戦は避けられない。そう海軍は考えましたわけです。対米となると日本は窒息します。なぜなら日本は石油や鋼鉄類の70パーセントを米国に頼っていました。その相手と戦争すればこれらの産業必需物資は日本に入ってこなくなるわけです。そうなれば軍艦も動かない。海軍はそれを知っていましたが、進撃を続けるナチス・ドイツに目がくらんだ陸軍は世論も巻き込んで、三国同盟締結を推し進め、山本たちはこれを認めざるを得ない状況に追い込まれます。
 これがまずひとつのミステイク。

 そして山本の草案による真珠湾攻撃。
 奇襲には成功し、湾内の戦艦5隻を沈没、2隻を中破させました。これは戦術的勝利を治めましたが、戦略的に見るとこの作戦はミステイクに終わりました。
 これは真珠湾での第二次攻撃の要あり、という現場の意見を退け、作戦中止を決断した南雲忠一中将の責任とも言われます。これにより空母を打ち漏らし、石油タンクや海軍工廠の施設の破壊がならず、結果、米海軍の反攻作戦を早期に許してしまったんですね。
 真珠湾の頃、米海軍は7隻の空母を持っていきました。
 このうち、エンタープライズとレキシントンが太平洋に配置され、ハワイにいるはずでした。山本はこの2隻を狙ったんです。
 ヨークタウンは太平洋に配置されていまいたが、対潜水艦に備えて大西洋に回され、ワスプ、レインジャー、ホーネットは大西洋艦隊に編入していました。一方日本海軍は、南雲機動部隊にあった正規空母6隻に加え、鳳翔、りゅうじょう(漢字出ず)、瑞鳳の小型空母が就没していて、計9隻、その全部が太平洋での作戦が可能でした。山本が近衛首相に「半年、1年は・・・」と言ったのは、米軍の圧倒的な生産力(当時日本のGNPの24倍)から、米国が空母の増産をする前に終わらせないと、とても勝ち目はない、と考えたことした。

 だから戦力の有利な開戦勢力に米空母を叩き、早期講和をするしか見込みはないと考えたのは、思えば当然のことでしょう。しかし南雲は現場でこれをやらずに帰ってきました。このとき、真珠湾の石油タンクや修理工場を爆撃していれば「艦隊は数ヶ月に渡って真珠湾から作戦行動をすることは不可能だっただろう」とニミッツ提督は言っています。

 結局、米太平洋艦隊の戦艦群が真珠湾に沈んでしまった米海軍は、この後空母主力への転換を否応無く進める結果になってしまいました。大西洋からヨークタウンが戻され、ワスプ、ホーネットも太平洋艦隊に編入されます。
 そして湾内に沈んだ戦艦群は引き上げられ、戦線に復帰していきました。
 山本の発想を、実際に運用したのがアメリカ海軍だったわけです。
 日本の海軍の上層部は、真珠湾の例がありながらも、日露戦争でバルチック艦隊に完勝した栄光が忘れられず、日本近海まで米艦隊をおびきよせ、戦艦大和、武蔵を主力とする戦艦部隊で殲滅させる、という大艦巨砲主義がまだはびこっていました。
 日露戦争といえば、当時の連合艦隊司令長官だった東郷長官は、日本海海戦において戦艦三笠艦上にて直接指揮をとっていました。山本も海軍大臣及川あてに書簡を出し、そこには「司令官職を降格して第1航空戦隊の直接指揮(つまり南雲の役職)をさせてほしい」と書いてあったらしいんですね。
 もし山本が第一航空戦隊を率いていたなら、彼が思い浮かべながた通りの作戦遂行をやっていたでしょう。待って空母を叩いたでしょうね。このとき空母を叩いておけば、ミッドウェイの敗戦もおそらく無かったでしょうし・・・。
 しかしおそらくは、上層部にそれは許可されなかった。司令官を最前線に出してもしものことがあったら、ということなのでしょう。山本はミニッツ提督のように艦隊の直接指揮を望んだと言いますが、上層部にことごとく説得させられ、自重するように求められたようです。

 真珠湾からミッドウェイ海戦までの半年の間、当時世界最強の機動部隊をインド洋まで派遣させながら、このときは劣勢であった米艦隊と交戦することが無かった。山本によれば「油だ」ということだったようです。石油確保のための行動だったというわけです。しかしこの間、米国は空母ホーネットより陸軍の爆撃機B25が発艦、ドゥリトル中佐率いる16機が東京や横須賀、名古屋、神戸などを空襲したわけです。
 山本長官の、いつか本土は空襲される、の危惧が現実となり、真珠湾で打ち漏らした空母が早くも出てきたわけです。
 山本は、誰もが本土が空襲されるということを考えても見なかった頃、米国とやるなら本土はいずれ空襲されると恐れていたといいます。だから空母を叩くことを優先したわけです。どうやら周囲がそのことを理解し得なかったようなのですね。

 まだまだ続くので、次回へ。




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2012年01月17日

私はハイになりたい

 中山市朗です。

isoroku

このチラシでは、燃えないんだよな。









『聯合艦隊司令長官・山本五十六』。
 サブタイトルに、太平洋戦争70年の真実、とあります。
 
 この真実というのは、おそらく真珠湾攻撃の立案をした聯合艦隊司令長官・山本五十六大将が、実は対米戦に反対していた、ということらしいのですが、そんなことはもう三船敏郎が山本五十六を演じた1968年の映画『連合艦隊司令長官・山本五十六』や山村聡が演じた日米合作の『トラ!トラ!トラ!』なんかにに示唆されていて、別に新しい視点ではありません。
 本作にはありませんが、山本は時の首相、近衛文麿に「日米戦争になった場合、見込みはどうか」と尋ねられ「それは是非やれと言われれば始めの半年や1年の間は存分に暴れてご覧にいれる。しかしながら2年3年となればまったく確信はもてません。三国条約ができてしまったのは致し方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避するよう、極力ご努力願いたい」と言っています。三船敏郎も山本聡もこのセリフ、映画のなかで言っています。

 では、なにが70年目の真実なのか・・・。
 それは!

 ・・・・。

 ・・・・。

 なんやろ?
 わからん。
 私にはこの映画、山本五十六という人物像を調べ上げて、半藤一利の監修のもと、2時間20分に無難に手堅くまとめた映画、という印象でした。
 ただ、その切り口をナレーションではなくて、玉木宏演じる記者が「日本戦史」を紐解きながら、山本に取材しながら語り部となるという構成を取ったことが新しいところでしょうか。その新聞記者が終戦の日、山本の言った通りに日本は敗け、空襲によって焦土と化した東京にひとりたたずむ、というラストも含めて、脚本には丁寧に山本の生涯を追いながら、歴史の真実を客観的視点として見せようとする工夫が盛り込まれていたように思います。やたら食べるシーンが多いのも、山本五十六をひとりの人間として描こうとする演出のようでしたしね。
 役所広司の演技も、三船のように気負ったものではなく、喜怒哀楽をもった人間山本五十六を好演していたとは思いますが、これも知られざる山本五十六かと言われれば、新しい五十六像にはなっていなかったように思います。ストーリー自体は三船の『連合艦隊司令長官・山本五十六』に沿ったものでしたし。まあこれは、山本の生涯を順を追って描く以上、そうならざるを得ないのでしょう。
 いや、三船版では、冒頭で山本五十六が船頭と賭けをして、船の舳先で逆立ちをするなんて奇抜なシーンから始まって、ドラマとして山本五十六を描こうとしていたのに対し、本作は全体的に淡白な高揚のない映画、という印象をもちました。山本五十六は軍人らしくない、いい人だったんだ、みたいな。

 一人の軍人が戦争という狂気のなか、狂気でもって乗り込んでいく『パットン大戦車軍団』という1970年の映画がありました。ジョージ・C・スコットがパットン将軍を演じ、『パットン大戦車軍団』は、その変人ぶり、かたくなな戦争好きという面を描き、なんの遠慮もなく、人間的には愚かだが、戦争屋としてのパットンの天才ぶりを描いた強烈な映画でした。しかしあれは戦争好きな戦勝国、アメリカだからこそできる映画なんでしょうな。ちなみにこの年のアカデミー脚本賞をとったのが『パットン大戦車軍団』のフランシス・コッポラとエドマンド・H・ノース。ちなみにコッポラ31歳!

『パットン』と比べるのは『パットン』に失礼かもしれませんし、そもそも山本はあそこまでクレイジーな人ではなかったのかもしれませんが、山本は対米宣戦に危惧をもちながらも、プロの軍人としては戦ってみたかった、という意識はあったのでは、と思われます。

 さっき、近衛首相との会見のことを書きましたが、井上成美(山本らと共に三国同盟と対米戦争を強固反対した海軍大将)は、「あそこで山本は、日本海軍は対米戦争をやれば負けます、それなら長官の資格はない、と言われたら、辞めます、と言うべきだった」と言っています。あの言葉では優柔不断な近衛は「あ、やれるんだ」と思わせてしまう、と。そして真珠湾作戦については、絶対やる、という強固な姿勢を崩しませんでした。
 やっぱり軍人です。

 そんな軍人山本としての変人ぶりなエピソードはたくさんあります。
 私の好きなエピソードは、
 山本が大尉の頃、盲腸炎になって手術を受けることになった。すると山本は医者に麻酔をかけないようにと頼んだといいます。どうしてかというと、「切腹したとき、どのくらい痛いのかを試してみたかった」んだそうです。
 男や!
 こんなん映画にはないですけどね。

 私、実のところこの映画を見ようと思ったのは、TVスポットでこんなナレーションを耳にしたからです。
「太平洋戦争の真実を描く、壮絶な戦争スペクタクル!」
 戦争スペクタクル!
 わあ、懐かしい響き。そしてワクワクするこの言葉。
 おそらくは70年代半ばに製作された『ミッドウェイ』や『遠すぎた橋』あたりが最後の戦争スペクタクル、と呼ばれた映画だと思います。
 邦画にもここんとこ戦争映画は製作されましたが『俺は、君のためにこそ死んでいく』『君を忘れない』『真夏のオリオン』なんて女々しい題名の戦争映画からは、女性客を取り込もうとしたからか、スペクタクルをウリにするなんて意図が全然見えなかったもんで。このコピーは、久々に「おっ!」と思ったわけです。
 やっぱ、戦争映画とはスペクタクルとアクションの魅力でしょう!

 スペクタクルというのは、壮大な見せ物、大群衆や大掛かりな仕掛けといったものをウリにした、元はラテン語のspectrum、目を見張る、目が飛び出る、といった意味で、かのオーストリア女大公マリア・テレジアは「政治にはスペクタクルが必要」なんて言っていました。
 ところが『聯合艦隊司令長官・山本五十六』は、そのコピーと裏腹に、そのスペクタクルの要素が希薄なんですね。
「戦争シーンを見せたいわけじゃない」というのが監督の意図なら、あのコピーはなんだったんだ?

 確かにこの映画は人間山本五十六を描くもので、戦争映画を意図としたものではない、というのは見ればわかります。しかし、山本五十六を掘り下げると自ずと日本のやった戦争とは何かを描く必要があるわけで、真珠湾の奇襲攻撃からマレー沖海戦、ドゥリトルの東京空襲、珊瑚海海戦、ミッドウェイ海戦、そしてソロモン沖における数度の海戦などを、つまり日本が歩んだ戦争の歴史をどう映像として表現するのかは、山本五十六を映画にする監督の責務でもあるわけです。
 CGによる連合艦隊の威容、空母赤城から発艦する艦戦機、そして真珠湾攻撃、ミッドウェイ海戦などはその再現性には確かに私も目を見張りましたが、そのほとんどがロングショットのもので、迫力とか凄惨さはない。
 つまり、これもまた淡白な画面作りになっているんですね。
 そしてそれらの戦闘シーンは、ドラマになっていないんです。
 『トラ!トラ!トラ!』の空母赤城から1機1機発艦するのを見つめる南雲中将、『太平洋の嵐』で、ミッドウェイにて空母飛竜の整備兵や搭乗員たちが必死になって艦載機の爆装から雷装に変更する場面、そこに米軍の急降下爆撃隊が舞い降りてくる瞬間の構成、『太平洋奇跡の作戦キスカ』における水雷船隊が一列となって濃霧のキスカ島を進むシーンなどは、ドラマと戦争シーンがまさに一体となっていました。
 今回の『聯合艦隊司令長官・山本五十六』は、そこを期待すると外れちゃうんですね。
 そのことを指摘するレビューなどもネットでは氾濫しているようですが・・・。

 ただ、考えてみるとその淡白なロングショットは、戦場にいない山本五十六の視点ということではないかと思うわけです。
 『太平洋の嵐』は空母艦隊のパイロット、『キスカ』はキスカ島撤退作戦を陣頭指揮した大村少佐を主人公としていたので、その視点から見ると、凄惨な戦場を描かねばならないわけですね。娯楽としての戦争映画は、往々にして一兵士の物語や、コマンドものが面白いのは、戦場に主人公がいる、ということなんです。
 東宝が三船主演で撮った『連合艦隊司令長官・山本五十六』も、グレゴリー・ペックの『マッカーサー』も、やっぱり戦闘シーンは淡白だったのは、それが原因でしょう。
 一方『日本海大海戦』における連合艦隊とバルチック艦隊の迫力ある戦闘シーン(円谷英二、最後の仕事)があるのは、東郷長官がその海戦の場にいたからなんですね。

 だからでしょうか。演技人の比較的淡白な演技と淡白な戦闘シーンもあいまって、全体的に淡白な映画という印象になっちゃった。やっぱり軍人が主人公で、日本としても最大な戦争をした時代なのだから、もっと力強い画面作りが意図できなかったものかと、私は個人的に思うわけです。戦争とは狂気ですから、その狂気と向かい合う山本五十六も、ほんとは狂気でもって向かい合った、と思うのですが、その狂気さのさじ加減で、この映画はもっとユニークなものになっていたと思うのは、私の勝手でしょうか?
 この作りでは、若い人は見ないでしょうね。
 現にほぼ満員の劇場は、年配の方ばっかりでした。

 さて、まあそのあたりは「壮絶な戦争スペクタクル」というコピーに騙された私個人の無いものねだり。
 考えさせる映画であったことは認めます。

 そのあたりは次回に。


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2012年01月15日

映画館に愛を込めて 日本の夜

 中山市朗です。

 今回は久しぶりに映画のレビューです。
 今公開中の『聯合艦隊司令長官・山本五十六』。
 TVスポットのナレーションがいい。
「壮絶なる戦争スペクタクル!」
 この言葉で、映画館行こう、と思い立ちました。
 戦争映画、好きですもん。

 の前に、ちょっと以前から思っていたことがあります。まあ聞いてください。

 映画の前売り券を買いに、劇場へ行ったときのことです。
 あるショッピングモールへ行きます。その最上階が映画館。シネコンです。
 ワクワクしないんですよね。
 映画館へ向かっている、という高揚感がない。
 なぜかというと、映画の看板もないしポスターも無い。ただ劇場名だけがエレベーター近くの表示盤にあるだけ。このエレベーター、最初はどこにあるのか捜しましたよ。
 フロアで降りてもやっぱり看板もポスターも無い。
 さあこれから、戦争映画見るぞ、という心のスイッチが入らないんですよ。

 最近、街から映画の看板やポスターが消えましたねえ。
 いろいろ原因はありましょう。
 ひとつは映画館そのものが無くなった。道頓堀に映画館がひとつも無いなんて考えられません。
 看板を描ける職人さんがいなくなった。おそらくですけど。
 それにネットで見たい映画を検索する時代だから、というのもあるのでしょう。
 もうひとつ考えられるのが、映画がエログロの要素が増え、半裸や乳房をあらわにした女優の姿を子供たちに見せられない、ということもあったのでしょう。

 以前、東京の渋谷の映画館で、あるホラー映画が上映されたとき、上映前に脚本家の方とトークをしてくれと頼まれたことがありまして。その映画館はじめて行くわけです。でね、向かったんですが、わからないんですよ。どこに映画館があるのか。ウロウロしていたら、たまたまスタッフの人とばったり会って。
「こっちです」って案内されたけど、やっぱり看板もポスターも無い。案内されなきゃわからなかったでしょうね。ほんで、こんなんでよおお客さん来れるなあって。そこはシネコンではなくて、普通のミニシアターでしたけど。
 
 映画の魅力のひとつに、猥雑さってありません?
 モンスター、怪獣、半裸の美女、狂気の学者、宇宙人、ピストル、硝煙、荒れる海、インディアンの襲撃、戦車、戦闘機、空飛ぶ円盤、ヒーロー、忍者、剣豪、疾走する車、青い海、美女と野獣、スターたちの顔・・・。
 いわゆるサブカル的な魅力というんですか。
 そういう猥雑なモノが抜群の配置、配色で集約されていたのが、昔の映画のポスターだったんです。映画のタイトル文字もかっこよかったしね!
 私の学生の頃は、大阪のキタにもミナミにも特に新世界なんて、そんなのがいっぱいあって、その猥雑なポスターから出る強力な引力に引かれるように、フラフラッと劇場の中へ入ったものでした。
 当時は名画座や二番館なんていう映画館があちこちにありました。

『空軍大戦略』『ワイルドアパッチ』『アバランチ・エクスプレス』『特攻大作戦』『カーツーム』『史上最大の作戦』『夕陽のガンマン』『ダーティハリー』『眠狂四郎・勝負』『眠狂四郎・円月斬り』『シンドバット・七回目の冒険』『シンドバット・黄金の航海』『荒野の七人』『スティング』『ソドムの市』『バルジ大作戦』『ベニスに死す』『斬る(三隅研二)』『ワイルド・エンジェル』『白昼の幻想』『デアボリカ』『大魔神・3部作』『フェリーニのローマ』『サテリコン』『座頭市物語』『サンダ対ガイラ』『宇宙大怪獣ドコラ』『ガス人間第1号』『わらの犬』『小早川家の秋』『魔鬼雨』『ヤング・フランケンシュタイン』『網走番外地』『爆走トラック76』・・・。
 学生時代の私の映画メモを見ますと、こんなような映画を数百本、ロードショウ以外の劇場で見ておりました。小津やヴィスコンティも入ってますけど、なんか猥雑でしょ?

 昔の映画館はひょいと気軽に入れて、入れ替えも無く1日中映画が見れたものです。
『スター・ウォーズ』はロードショウで見ましたけど、1日中劇場にいて4回見ましたもん。席も空いてましたし。
 そんなことができる映画館も無くなって、今は映画館に入るのに時間を合わせて、入替制で、なんかちょっとした覚悟がいるような気がするんです。私は。
 今は大阪もそんなシネコンが中心となって、確かに劇場は綺麗だし、席の取り合いをする必要もないし、ゆったりできるし。それはそれでいいんです。カップルで行くならこれでいいんですが、ひとりで入るのはな〜んか少々仰々しいんですよ。また、ひとりであのクソ高いポップコーンやコーラを買うのもアホらしい。カップルとか家族だとそれもひとつのイベントになるんでしょうけど。
 映画は一方でサブカル的な猥雑さもあるわけで、少々汚くて、席取りするために早くから並んで、鞄の中から持ってきたパンやお菓子を食べながら、というのも映画館にいる風情のひとつですよね。ひとりで行くならそれでもいいんですよ。

 昔、京都市左京区一乗寺に、そう一乗寺とはあの宮本武蔵が吉岡一門と決闘した、あの下り松のある場所ですが、その商店街にショッピングセンターの入ったビルがあって、確かその2階の階段を登ったところに、京一会館という映画館がありました。これがまた、なんとなくサブカルというかアングラ的雰囲気を漂わせる男の世界があったんです。
 ピンク映画みたいなのをやっていたからかもしれませんが、それだけやない。古今東西の名画、ATGのようなシアター系の映画、大映の時代劇や文芸もの、日活の無国籍アクション、実験映画みたいなのも上映していました。3本立てです。
 学生だった私は、大阪からよくこの劇場に通ったものです。
 あるとき、映画館に入ったらもう上映していたので、途中から観るのをはばかって、入替制でもないので後で最初から見ようとロビーのソファーに座っていたんです。そしたら、売店のおばちゃんが「兄ちゃん、今やってる映画なんで見いひんの。見とかなあかんで。ものすごくええ映画やねんから」としきりに言うてくるわけですよ。「いや、途中から入るのあかんから、次の上映時間から見ようと思って」と私が言うと、おばちゃん、私の肩をポンと叩いて「兄ちゃん、わかってるやん」と言うと、「これあげるわ」とポスターをくれた。見ると、大河内伝次郎の丹下左膳の姿が! 京一会館のオリジナルポスターでした。で、上映中の映画が山中貞雄監督『丹下左膳・百万両の壷』!
 こんなんスクリーンで見れたんですな。
 そういや、この映画館で藤原釜足さんをお見かけしたことがありました。『七人の侍』の志乃のお父さんや、あのC3POのモデルになった『隠し砦の三悪人』の又七などを演じた黒澤明作品の常連の役者さんです。まあ、当時私はウブでしたので、話しかけることができなくて、今思うと残念でした。

 映画館へ足を運ぶ楽しみは、そんなところにもありました。
 映画好きのための空間というか。
 映画と映画館はともに一体だった、というか。
 一日中映画館にいれた幸福感が、味わえなくなった、というか。
 でもそんな京一会館のような映画館もどんどん閉鎖されて。もうそんな時代じゃなくなったんですかね。

 ともかく私にとっては、シネコンはオペラ劇場、名画座や老舗映画館はジャズやインディーズが聞けるライブハウス、みたいな感じで、どっちもあっていいけど、個人的な趣味でいうと、シネコンは少々苦手なんです。映画の敷居をちょっと高くしたみたいな。
 でもまあ、いい映画であれば、入れ物は関係ないか?

 えっと、何を書いていたんだっけ?
 そうそう、『聯合艦隊山本五十六』のレビューでしたね。
 字数くっちゃったので、レビューは明日のこのブログで。
  
  



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2012年01月13日

私は告知する

 中山市朗です。

 本日は13日の金曜日。
 大阪ソーシャルネットワーク・USTREAM配信生番組『我ら、魔界探偵団』を20時よりお送りいたします。
 オフィス・イチロウとしては初仕事であります。

 現代の妖怪について、あれこれと語ります。

 ご視聴はこちら

 また、皆様からのリクエスト、こういうテーマを取り上げてもらいたい、など、ご意見、ご要望もお聞かせください。
 また、皆様の体験談や情報もお待ちしています。

 オフィスイチロウ:メ−ル
 info☆officeichirou.com
(☆を@に変えてお送りください)

 オフィスイチロウ:ツイッター
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2012年01月12日

1/11の小説技法

 中山市朗です。

 1月11日、ピンゾロの水曜日。今年最初の作劇塾の講義となりました。
 あれれれ?
 やっぱり受講者が少ない。
 塾が月々の月謝で運営されていることを考えると、完全に危機な状態です。
 しかし一方、受講生が少なくなってきたのはある程度、塾としての成果も出てきたということでもあります。

 青谷がゲームシナリオライターとして活動を始めたことは前回のこのブログに書きましたが、かなた師匠や高田豪たちは、今芸人さんや作家さんと交流をもって、プロの構成作家として歩みだしています。最近塾で見なくなったと思ったら、すぎやまは、先日心斎橋大丸百貨店にて自らのアート作品の展示販売会に参加していたようです。なんか結婚するのもいるみたいだし。これは創作と関係ないか。
 一方で、お正月に田舎帰ってて、最初の授業に出られなかったので、その分月謝がもったいないので、来月から来ますという本末転倒なのも。
 ここはソロバン塾と違うぞ!

 で、まあ正直に書くわけですが、塾に休まず来る塾生とよく休む塾生が最近極端に分かれてきました。
 休まずに来る人は、塾を有効利用している人たちです。この人たちは毎回の合評の課題は落としません。塾にある行事や交流会にも積極的に顔を出しています。創作の苦しみも楽しみも仲間たちと分かち合っています。
 うちは月謝制(ちょっと珍しいですが)ですので「来れるときだけ月謝を払って来てくれたらいいです」という言い方をしています。
 サラリーマン、OLが多かったので、出張や忙しい時期には無理をしてこなくてもいいよ、というわけですね。
 とはいえ、やっぱり来たり来なかったりを繰り返している人は、当然作品の提出があったり無かったりとなるので、作品を書き上げる、という努力、気力がどうも持続しない。だからそのうち来なくなっちゃうんですね。
 やっぱり創作活動というのは精神的に切れちゃうと、なかなかその先続けるのが難しくなっちゃいます。それに仕事が忙しい、というのは実は作品が書けない逃げ口上になることが多いわけです。これが癖になっちゃう。もうプロにはなれない・・・。

 私が専門学校の講師だった頃は、今の塾より悲惨でした。私の授業はそんなことありませんでしたが、他の先生方の授業なんて、2年生の夏が近づいてくると、30人いるクラスで出ている学生が、2、3人。ゼロなんてこともあったようです。
 休んでどこに行っていたのかリサーチしてみると、家でゲーム三昧、日本橋のゲーセンで集まってゲーム・・・。これ、ホンマです。あかんわ、これ。

 しかしながら、我が塾は少人数制で、ひとりひとりと膝突き合わせて相談にのったり、飯を食ったり、お酒を飲んだり、場合によっては共に仕事をするという関係ですので、ひとり来なくなると心配したりするわけですよ。まあ、ツイッターだのミクシィだので何をしているのか、大抵わかりますけど。

 で、最近新しい人が入ってこない。入ってもすぐ辞めちゃうんですね。
 原因はわかっています。
 まず、合評において原稿に赤が入るのが我慢できない。
 でもこれはしょうがない。プロの原稿には必ず赤が入るものです。赤が入らないプロは無いといってもいい。赤をどう修正し、編集さんの何をどう汲み取るのかが作家の作業であるわけです。100点のものを120点にできないか、を模索するのがプロなわけです。
 プロを目指すというなら、ここから逃げてはダメです。

 塾の常連には年長組もいるので、ちょっとそういう人たちとの壁を感じるという人もいるでしょう。やっぱり考え方や作品のレベルは違います。
 それとやっぱり人付き合いが苦手、という人が来るわけです。大抵そういう人が作家やマンガ家になりたいとなるわけですから。となると、膝突き合わせて、という関係が苦手というか、そこまで干渉してもらいたくない、というか。
 これに関しては、強制はしていませんし、授業が終わってサッと帰る人がいても別に止めません。ただ、それで編集さんやクライアントの人と、打ち合わせなり話ができるのか。自分のやりたいことをしっかり固めて、営業をかけられるのか、という心配もあるわけです。いまどき小説やマンガを描くだけなら、誰でも書けます。デジタル時代ですから、ある程度のスキルさえあれば、プロと遜色ないほどのものが表現できます。
 要はその作品をお金に替えられるのか、ということ。
 ここは、人付き合いが苦手、では難しくなります。それに今はリサーチ能力や戦略も個人で持たなきゃならない。
 まあ、その意識が、我が塾で出てきてくれれば、と思うわけです。
 それに膝突き合わせて話すのは、一体その子が何をしたくて何を考えているのか、私が知らずして指導もアドバイスもできませんもん。
 そこは塾長としての責務だと思っています。

 とはいうものの、新しい人にどんどん塾に来てもらいたいと思います。
 そのほうが活気も出るし、新しい考え方も出てきます。

 この日の授業ではそういうことも踏まえて、今年、塾はどうあるべきかを、遠慮なしに話し合いました。
 問題点、課題点も出ました。一方、ここは替えて欲しくない、ここを一般の人たちにアピールしたら塾生が増えるのでは、という意見も出ました。

 今年の4月で塾創設9年になります。

 私としてはもっと人材を塾から出せたはずなのに、とちょっと悩んでいるところ。
 以前、京極夏彦さんにその相談をしたら、一言。
「結局は本人次第ですよ」
 
 本人次第、その通りです。
 その本人によっぽどの才能があれば別ですけど、うちに駆け込んでくる志願者は、何かを求めてくるわけです。それはそれなりの制約、環境が必要だと思うんです。
 作劇塾は、そこで必要なものを用意しているつもりなんですけどねえ。

 一人でも夢を掴んでくれれば、塾長冥利なわけなんですけど。
 やっぱり本人次第?




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2012年01月11日

アパートの鍵と化します

 中山市朗です。

kogureso
 去年の年末から元旦にかけて、教え子たちと過ごしたことは5日のブログに書きましたが、このとき、元教え子の山崎堂々が「コミック出ました」と1冊進呈してくれていたので掲載します。
 昨年4月6日のこのブログにて、山崎堂々の『恋するサバンナ』を紹介したら、途端に仕事が増えたと本人が喜んでいましたので。
 原作は直木賞作家の三浦しをんさんの小説です。
 しかしこの作品に描かれるような木造アパートがあったら、ロケしてみたいですな。捜しているんですが、案外無いんですよ。

kogureso_sign



山崎堂々のサインです。







 そして青谷圭も、ゲームのシナリオライターとして本格始動をはじめたようです。ただし彼女の目標はあくまで小説家。忙殺される日々となるでしょうが、がんばってもらいたいものです。

 さて、継続が危ぶまれていました大阪ソーシャルネットワーク提供のUSTREAM配信の生放送番組『我ら、魔界探偵団 フォークロ庵』は、第2第4金曜日夜8時からの放送が、そのまま3月いっぱいまで続くことが決定しました。
 ということで、13日の金曜日という番組の趣向にピッタリの日に、またオフィス・イチロウからお送りいたします。 
 秘密結社のお話はまた後日のこととして、妖怪談義をやってみようかと思います。

 妖怪目撃談、もしあれば、お聞かせくださいませ!
 オフィス・イチロウのメールは以下

 info☆officeichirou.com
(☆を@に変えてお送りください)



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2012年01月09日

風邪と共に去りぬ

 中山市朗です。

 1月5日(木)のマンガ講座より、作劇塾の授業が始まりました。
 ホントは4日(水)からやってもよかったんですが、おそらくお正月気分が抜けきれないだろうと・・・私がですけど。だから今年は11日より開講します。
 でも中島宏幸先生が熱心な先生なので、マンガ講座は5日から開講。

 ところがこの日、作劇塾始まって以来の事件が起こったのです!
 あらら? 受講者ゼロ。
 あ、やっぱり。
 中島先生は30分待機してもらったあと、お帰りになりました。
 もともとマンガの受講者は少ないんですが、こんなことは初めて。
 風邪を引いた者が数人。
 それに田舎へ帰ったままの者も。
 う〜ん。

 問題はですね、みんな簡単に風邪をひきすぎることです。
「しゃあないやん。風邪ひいちゃうんやもん」
 そんな声が聞こえてきそうですが。
 でも中島先生はお元気なわけです。総務のスガノくんも元気(肺はタバコで真っ黒のようですけど?)。かく言う私も元気です。
 そういえば大晦日からお正月にかけての新年会も、何人かから「風邪で辞退します」という連絡があったし、お正月には何人か風邪で倒れたらしい。
 4日のネトラジ収録にきた塾生たちも、声が出ないの、マスクをしたの、腸炎かもしれない言うの、もうほとんどが体調を崩していて、もうここは病院か! と言いたくなるありさまです。

 この軟弱モノが!
 喝!

 かく言う私、ここ年々も風邪などひいたことありません。
 えっ、バカは風邪をひかない?
 バカでも元気なほうがいいじゃないですか。
 でも一度だけ、ひどい風邪をロケ先でうつされて、1週間寝込んだことがありました。
 こういう稼業をはじめて唯一ひいた風邪です。
 やっぱりバカだから?

 うるさい軟弱モノ!
 喝!
 
「軟弱モノが!」と言ったのは、何度も言いますように我々の仕事は代替の利かない仕事であるから、風邪はアウトなわけです。いや、風邪をひいても仕事はちゃんと締め切りに納品しなきゃならんわけです。
 だからプロはめったに風邪などひかんのです。ひいたとしても平気な顔で通常業務をやっているのがプロ。
 その証拠に、オリンピックやチャンピオンを決める試合なんかで、風邪で休んだ選手っています?
 イチロー選手や石川遼選手が風邪ひいて出場しなかった、て、聞いたことあります?
 私の少年の頃は、王選手、長嶋選手に憧れたもんですが、彼らのプロたるところは、怪我で数日休むことがあっても、風邪や病気で休んだことがなかったところです。だから試合にずっと出られて、通算記録を作っているわけです。まあ全国の少年たちは、アンチ巨人も含めて、王、長嶋を球場やテレビで見ることが日課であったんです。風邪で休むなんざ、少年やファンへの裏切り行為と言えましょう。
 スポーツは出場不出場が見て分かるわけですが、おそらくプロの作家、マンガ家、演出家なども同じでしょう。彼らにもファンはいます。プロですから。それに仮に週刊連載をもっている人が1週間風邪で寝込んだらアウトですもん。
 私の知り合いにイベント会社をやっている人がいるんですが、心配なのは、宣伝してチケット売った後の講演会などの風邪によるドタキャンだと言います。これをやられると大損します。チケット払い戻し、会場のキャンセル料も発生し、以後の信用問題にもなります。

 でも、絶対無いそうです。講演する先生が病気してキャンセルなんてこと。
 ただ、体調を崩されていて、講演は普通にこなされて、終わって楽屋で倒れる、ということはあったそうですが「プロや」言うてました。
 私も以前、放送作家をやっていましたが、会議や収録を風邪で休んだスタッフなんていませんでした。いたとしたら、ペーペーのADさん。
「奴はまだプロ意識無いなあ」
 と言うてました。

 そうそう、80年代中頃、私は黒澤明監督の『乱』の撮影現場にメイキング班でずっと密着取材していたのですが、当時御年75歳の黒澤監督が物凄くお元気で、超ハードな撮影が真夏の九州で連日行なわれていても、体調ひとつ崩さず、しかも夜遅くまでウィスキー1本を空にしながら撮影コンテを書いていたらしいんです。そして現場では大声で陣頭指揮。
 20代の我々や助手連中がもうしんどいわけですよ。
 でも監督を見てたら若い奴らが「風邪ひきました」って休めないわけです。
 で、不思議とみんなも風邪をひかない。体調も崩さない。
 責任感、使命感、緊張感、そういうことが風邪を寄せ付けないんでしょうな。

 だから、やっぱりプロは風邪をひかんのです。

 ホントのプロとはオンリーワンなわけです。
 熱が出ようが咳が出ようが、休めないのがオンリーワン。
 もし、熱が出て休んだら、別の人が代役を、ということならば、そのプロはたいしたプロじゃない。またその代役が自分よりいいパフォーマンスを見せたら、その仕事は以後その人に行くかもしれない。
 そう思ったら、風邪などひけないわけです。
 これは体が弱いとか強いの問題ではありません。

 もっと言えば、役者の人なんて「親の死に目にあえない」なんて言いますが、親が危篤であろうが、主役を張る役者は舞台を演じなければならない、それがプロの覚悟です。お客はその人を見るためにチケットを買って、足を運んでくれているわけですから。
 自分の体は自分のものであるが、自分だけのものではない。
 そう思ったとき、プロの自覚が芽生えるんでしょうね。

 素人はその点、その覚悟が無いから簡単に風邪をひくんです。風邪ひかれて困る人はいないし、誰にも損はかけていないわけですから。ホントは自分が損しているんですけど。
 また風邪はいろんなことから逃げられるし、言い訳にもなる。 
「風邪ひいて寝てましたので」
 というのはいい言い訳になりますから。
 そう思うと、そんな人はプロとは逆に風邪をひきやすくなるんだと思いますよ。
 言い訳できますもん。でも気付こう。ここはもう学校じゃない。
 風邪ひきました、は通用しません。この世界は。
 プロは知っています。すぐ風邪ひく奴には仕事は振りません。
 風邪ひかれてドタキャンされたらどうしよう、いや、風邪ひいたからと言い訳するかもしれん。そうクライアントや編集さんに思わせたらアウトです。

 ということで塾生諸君。
 今年は風邪をひかないように。

 すぐ風邪をひくのは、プロにほと遠いド素人だと思うべし。 



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kaidanyawa at 20:41|PermalinkComments(4)

2012年01月05日

おでんの味

 中山市朗です。

 お正月も終わりました。
 今年の大阪の初日の出は、パッとした晴れの中に太陽が、とはいかず、なんだか曇ったなかにお日様がありました。
 お正月といえば、私のイメージのなかでは、いつも晴れやかだったんですが。
 今年を象徴しているのでしょうか?
 それとも曇った空を払いのける年であれ、という暗示なのでしょうか?

 モーツァルトの『魔笛』にはそういう暗示、象徴が随所に出てきます。

 暗雲を早く払いのけよ!
 真の太陽が輝くのはいつだ!

 と。

 その資格を持つのが太陽神の子、王子たるタミーノである、とも。
 そしてタミーノは、日本の狩衣を着ている・・・。

 ところで、私はいつも通りのお正月を迎えました。
 前日の大晦日の夜から、元教え子や塾生たちがやってきて、ともに新年を祝う。
 まあ、ずっと呑んでいるわけですけど。
 塾生のひとりが韓流アイドルにはまっていまして、「KARA」が見たいと言って勝手に私の50インチのテレビを点けたおかげで、十数年ぶりに紅白を見ました。
 昔は一曲を熱唱していたように思うんですが、今はメドレーなんですね。
 なんか、歌謡曲というのが懐かしく思いました。で、あれだけ嫌いだった演歌にじぃんとくる。
 もう年なんかなあ。

 毎年、年末年始になると教え子たちが来るんですが、何人来るのかさっぱりわからないので、とりあえず「食い意地が張った」ヤツらの胃袋を満たしてやろうと、私はその前日から数十人分のおでんをぐつぐつと煮込んだんですよ。
 こんにゃく、大根、厚揚げ、がんもどき、ちくわ、餅の入った巾着、はんぺん、ジャガイモ、焼き豆腐、スジ肉、ゆで卵・・・あと何入れたっけ?
 昔は冬になると、よく教え子たちと闇鍋をやったんですが、そのとき使う炊き出しに使えるようなデカい鍋がありますんで、その中にみなぶち込んで。
 で、一晩と二晩煮込んだおでん、これを練りガラシでいくわけですよ。
 となれば、日本酒!
 いやもう、みんな食う食う。
 朝、みんなが帰ると炊き出し用鍋の中はすっかりKARA・・・。
 
 しかしこの「おでん」、大阪人としましては「関東煮」と呼ぶのがホントのとkろでして。
 おでんは本来、田楽のことを言ったそうでして、大阪では煮込みのものを「関東煮(かんとだき)」と言ったんです。関西では「う」を省略するんですね。
 田楽言うのは焼き豆腐に味噌をつけて焼いた、アレです。
 これ、串刺しにして焼いたわけですが、これが田植えの前に歌と踊りで豊作を祈る田楽という田遊びで、棒に上って軽業のような芸が演じられたんですが、串の上に乗っている豆腐が、その形を思わせることからそう名づけられたらしいんです。この田楽という芸能は平安時代初期からあったものらしくて、これを当時の貴族たちが面白がって、京では宮中に呼んで演じさせたりしたのですが、やがてプロが出てきまして、「狂言」へと発達したといいます。で、芸能の田楽は滅んだんですが、食べ物の「田楽」はそのまま継承されたんですね。
 食べることに飽くなき挑戦を挑む庶民たちは、豆腐だけでなく、こんにゃくやら大根、里芋も使われるようになって、煮込む「田楽」も現われるわけです。
 上方では、煮込みには昆布だしで煮て、白味噌をつけて食べたようですが、醤油の醸造が盛んになった江戸では、濃い醤油のダシで甘辛く煮て、これが「おでん」になったんですね。御田楽、おでん、です。
 ただ、おでんが一般に広まったのは実は、江戸時代の末期、今のようなおでんとなったのは、明治になって。庶民の食べ物として特に東京で好まれたようなんです。おでんとは割と新しい料理なんですね。田楽という食べ物は古いわけですけど。

 で、これを大阪では本来「関東煮」というわけです。「おでん」ではない。
 ちょっとこれ、ややこしいんです。
 上方落語に「田楽喰い」という演目があって、これを演じる桂米朝師匠はこう言っています。

「おでんと言いますと、今では関東煮のことになってしもたんですけど、昔はそやなかったんですな。味噌田楽、豆腐に味噌塗って、こんがり焼いたやつ。あれがおでんでしてな。南禅寺あたりへ行くと有名なお店がぎょうさんあつたそうですけども。関西でもちょっと前まではおでんと関東煮は使い分けてました。屋台の提灯なんて『関東煮』が多かったように思いますが、今はもう『おでん』が幅を利かせて『関東煮』が無(の)ぉなってしもた。どこ行ったんかいなと思うてたら、この前東京で不思議なもん見ました。提灯に『関西風関東煮』・・・」

 つまり大阪では、田楽のことをすでにおでんとも言っていたんですな。
 大阪人はなんでも略す民族ですから。
 そこに関東風の醤油で煮た「おでん」がやってきて、区別して「関東煮」としたわけです。だから米朝師匠の説をとれば、大阪のコンビニは、あれは「おでん」ではなく、「関東煮」とのれんや看板に書かなあかん、というわけです。大阪で「おでん」と言えば味噌つけて焼いたヤツ、もしくは煮たヤツ、ということになるわけです。
 ただ、関西風関東煮には、理由がありまして。

 関東大震災があったとき、関西の人たちが被災地にやってきて炊き出しをやったんです。
 このとき、いわゆる「おでん」が振る舞われたんですが、これが当然関西味。
 関西味なんですけど、関西の人たちは「関東煮」を振る舞ったんです。
 「関西風関東煮」の始まりです。
 で、以後、関東では関西風の関東煮が「おでん」として広がって、今のおでんになつた・・・ややこしい?
 関東煮は、中国から来た広東煮語源という説もあるようですが、こういう流れを見るとやっぱり広東煮ではなく関東煮でしょうな。

 ところで今、コンビニの世界進出によって、定番のおでんも台湾を足がかりにアジアを席巻しつつあるようです。台湾にはもともと日本の統治時代に伝わった黒輪(OLEN)という台湾風関東煮みたいなのはあるそうですが、広東に進出して広東煮になるのでしょうか?

 元祖広東味関西風関東煮・・・。




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kaidanyawa at 19:47|PermalinkComments(6)

2012年01月01日

2012

 あけましておめでとうございます。

 今年も、

 中山市朗、
 オフィス・イチロウ(中山市朗事務所)
 作劇塾、

 をよろしくお願いします。

 2012年は、良き方向に動くように思います。
 皆様もよき年を!

 中山市朗


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kaidanyawa at 16:18|PermalinkComments(3)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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