2012年02月

2012年02月24日

SAWシャルネットワーク

 中山市朗です。

 本日夜8時より、大阪ソーシャルネットワーク配給、オフィス・イチロウより生放送で『我ら、魔界探偵団・フォークロ庵』をお送りいたします。

 本日は怖いホラー映画を撮る秘訣を考えます。
 そもそも恐怖をエンターテイメントにするって、どういうこと?

 高橋洋(『リング』シリーズ脚本家)
「恐怖の演出は、どこにカメラを置くかで決まります」

 アナ・シグラー(ロンドン王立大学数学博士)
「キューブリックの『シャイニング』は数学式公式によって導かれる最高のホラー映画である」

 黒澤明(映画監督)
「キューブリックの『シャイニング』見た? あれ、カメラ位置間違っているよ」

 ご視聴はこちら

 また、取り上げてほしいテーマなどがありましたら、私のこのブログのコメントか、オフィス・イチロウのメール、OSN『魔界探偵団』の放映中にリアルタイムで書き込めるツイッター機能、または私に直におっしゃってください。

 オフィス・イチロウのメール
 info☆officeichirou.com (☆を@に変えてお送りください)
 

『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 12:00|PermalinkComments(10)

2012年02月23日

2/22の小説技法

 中山市朗です。

 2月22日(水)の小説技法の報告です。
 
 入塾間もないKさん。
 投稿用の小説とあわせて2本の作品を提出。まあ今回は大目に見て2作品とも取り上げますが、原則は1本です。これ、縛りを設けないと、えらいことになっちゃいます。
 
 1本目は『ストーカーの行方』という後半ちょっと怪談チックになる変質者の話。
 前回提出され、いろいろアカが入ったところが修正されました。
 基本的に一人称で語られる文体ですが、最初は独白、前半は会話、後半は友人の語りが一人称となる、やや難のある書き方で、少々混乱が生じています。また、これは小説なのでリアルな会話にする必要はありませんが、登場人物が一介のサラリーマンであるにしては、話が饒舌すぎる印象があります。
 どうしてもこの文体でいきたいというのなら、キャラ設定を代えるというのもありでしょう。別にこの人物がサラリーマンである必要はないようですから。

 もう1本は『肉食のウサギ』という、これもストーカーもの。こんなん好きなんかな?
 1本は怪談チックなものを書いたので、これはユーモアテイストで書いてみましたと言いますが?
 いや、この手のストーカーっていますから、ちょっとシャレになっていないですよね。よって、これは怖い小説です。技法としては前半が加害者の一人称、後半が被害者の一人称で書かれるので、手法としては有りなんですが、その切り替えどころが難しいようで、そこに違和感を持ったという人もいました。前半の加害者の男の変質ぶりがだんだん顕著になっていく過程は読ませますが、後半の被害者の女性の性格ぶりや、セリフ回しの違和感はギャグと言われて納得。でも、誰もこれを読んで笑いません。世界観の選択を間違ったようです。
 でも全体的に筆力はあるので、この調子でどんどん書いていくことをすすめます。

 T野くんのSFホラー。
 前回、今までの彼の味であったSF的な要素がやや希薄になっているとダメだししましたが、今回はカフェテリアでのウェイトレス・ロボットとのユーモラスなやりとりを冒頭にもってきたり、バーチャルな記者会見シーンを増やしたりして、その問題はクリアしています。また、全体的な描写を丁寧にした分、いろいろ細かいデティールが見えてきました。やっぱりSFなので、こういう作業は特に大事なことです。大きな問題はなくなりましたが、ただ1点。
 後半、施設内が停電したことによってパニックが起こっているのですが、なんで停電ごときでそんなにみんなが慌てているのかがわかりません。なんかあるのでしょうが、それが伝わらないとあれば、説明不足です。

 Yくんのアクションもの。
 なんだか敵キャラである中国人(?)女性に妙な魅力が加わりました。今まで彼の書く作品には、どうも女性の艶っぽさというか、作品自体にもエロスがなかったんです。別にそんなものが無い小説もあるんでしょうが、やっぱり彼の書いているエンターテイメント系の小説には、エロスは必要です。
 今まで敵味方として戦っていた男女が、ひとつの部屋にいて、しかも女性の誘うような所作、ツンデレのセリフ。ちょっと彼の新境地が現われ始めたかな?
「この後、ストーリーに必要な説明の描写が入るんですけど」とYくん。
 いらん! この二人の同行でストーリーは引っ張れます。読者は説明を読みたいのではない。あくまでキャラクターの行動に感情移入するのです。

 N子さんの短編怪談。
 1本は、何回かこの合評に出して、そのたびにアカが入ったものですが、だいぶ短くなりました。しかし短くしすぎたようです。また、説明不足の部分が出てきました。そんなに難しいかな?
 また、エピソードを加えたのはいいのですが、元の話との間が実は根本でつながっていない、という問題も出てきました。

 もう1本は、文化祭での吹奏楽の練習中に起こった怪異。実話だと言いますが。
 まず、夜遅い時間に女の子一人が居残り練習しているところに違和感があります。実際はもっといた? また、ひとつの怪異を複数人数で見るという状況にしたほうが、怪談としての説得力も出るんです。技法の問題ですけど。また、練習している部屋のだだっ広さとか、反響する音、といった描写を入れると、物語の舞台に空間の認識が入って、怪異が起こったときの状況にリアリティが出ます。
 このあたりも、一考の余地があります。



『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 19:22|PermalinkComments(0)

2012年02月22日

言いきる

 中山市朗です。

 正式発表です。
 
 大阪市随一の霊スポット・なんば千日前。
 昔は東洋一のキャバレーがあったという味園ビル。幽霊出ます!?
 その2階、スナック街にあります秘密倶楽部アニマアニムスで、怪談会を行ないます。
 いや、会談怪、と名づけます。
 その名の通り、怪談好き同士、会って怪異を語り聞く、怪談好きの社交場になればと思います。以後、月一度の定期開催の予定です。
 怪談を聞きたい人、語りたい人、どんどん参加してください。
 もちろん私も語ります。
 お店は19時からオープンしておりますが、会談怪は20時より開始します。
 終了は22時30分ごろ。
 おそらく終了後も、飲みながら怪談は終わらないかな。

 開催日 3月10日
 場所 大阪市中央区千日前味園ビル・秘密倶楽部アニマアニムス
 入場料は2000円(ワンドリンク付き)。

 アニマアニムス・HPはこちら

 そして私のプライベートな怪談会を3月17日(土)に開催します。
 場所はオフィス・イチロウ(私の書斎です)。
 こちらは0時開始、早朝6時までのオールナイト。
 入場料は無料。ただし最低1話は自らの体験談、あるいは親族、友人、職場の人から聞いた怪談を語っていただきます。ネットやテレビ番組で拾った話はNGです。
 私の怪談蒐集の場です。ご協力ください。
 もちろん私も語ります。

 場所、集合時間のお問い合わせは、

 オフィス・イチロウ:メールアドレス
 info☆officeichirou.com (☆を@に変えてお送りください)

 オフィス・イチロウ:電話
 06-6264-0981

 そして、明後日24日(金)。
 ソーシャルネットワーク大阪が、USTREAMで配信します『我ら、魔界探偵団〜フォークロ庵』。
 いつも通り、20時から90分間、オフィス・イチロウより生放送いたします。

 視聴者の皆さんから、取り上げて欲しいテーマを募っていますが、映画や黒澤明監督について話してくれというリクエストがすごく多いんです。しかし当番組は『魔界』ですし・・・

 いや、やってみましょう。
 『魔界』ですから、ホラー映画。そして黒澤明。
 黒澤さんて、ホラー撮ってたっけ?

 この際、誰も言わなかった、誰も書いていない、黒澤明版『シャイニング』の演出技法を初公開!?

 番組はこちらから。




『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 19:47|PermalinkComments(0)

2012年02月16日

2/15の作劇ゼミ

 中山市朗です。

 15日(水)の作劇ゼミの報告です。
 の、前に。

 民主党が、国民一人ひとりに番号を付ける「マイナンバー制度」を導入するための「個人識別番号法案」を、ついに決議決定しましたねえ。
 その意図は、国民の所得を正確に把握し、社会保険の負担と給付を明確にするためのものだと政府は言います。で、マイナンバーというのは国民にナンバーが付けられて1枚のカードを持たされるわけです。これ1枚で年金手帳、健康保険証、介護保険賞の3つとして使えます。またいくら払ったかを一括で確認できます。

 で、塾生たちに、この制度についてどう思うか、と聞いてみました。
 ・・・ん? 知らない?
 政府は2015年1月から運用開始とか言ってるぞ。ちなみに開始されると、カードを持たないという選択はできません。全国民の問題。例外は無い。これ、今後の我々にとって、重要なことやぞ。あっ、ひとり手が挙がった。
「賛成です。便利になりますし、役所での手間もかかりません。問題となっている年金の問題も不正受給も防止できて、公平な社会保障の制度を実現するようなので」
 政府の言い分は確かにそういうことです。

 しかし、所得を正確に把握するとは、どういうことでしょう?
 また、一度導入されればどういうことが起こるのでしょう?
 いや、それより、何事にも優柔不断で何も決められない民主党が、なぜいきなりこれを閣議決定したのでしょうか?

 私、これTPP参加にあたって、裏から米国の強い要望があったのではないかと思うわけです。

 米国には「マイナンバー制度」の代わりに、ソーシャルセキュリティ・ナンバー(SSN)という制度があります。これは全国民に与えられています。
 このことは、国民の公的補助、福利厚生の目的により、米国連邦法界第42編7章社会保険法(SSN)に規定されています。
 もともとこれは、プライバシーという言葉も無い、1936年に設けられたものでした。
 時はスタインベックの『怒りの葡萄』にあるような、大恐慌時代。不景気で仕事にあぶれた失業者が全土に溢れたので、そのセーフティネットとして発動されたんです。
 で、戦争による景気回復となると、高齢者や貧困層への失業保険、医療補助、退職者への年金を支給する制度となっていきました。そして1961年に法改正されて、納税番号としても利用されることになったわけです。これが現在の米国のSSNなのです。
 しかし当初は弱者救済、社会保険の一元化、と言っていたものが、実は今はえらいことになっているのです。
 米国民がSSNカードを持っていないとどうなるのか?

○運転免許が取得できない
○車の輸入ができない
○クレジットカードが作れない
○アパートが借りられない
○米国内で働けない
○銀行口座が開けない
○公的機関の利用ができない
○ショッピングなどの会員カードが作成できない

 これ、人間の生活ができないことを意味します。従ってこれは事実上のNational IDであると言ってもいいわけです。
 米国のクレジットカード会社は成人人口のほぼ100パーセント近くのSSN情報を保持していて、作成されたクレジットデータの消費情報は、消費者に無断で売買され、個人情報もダダ漏れという実態はよく指摘されるところです。ネットでの不正アクセス、盗難の危機にもさらされています。ただ、もうSSN無しの米国の社会は考えられないほど、深く浸透し、システム上に組み込まれてしまったわけです。いまさら廃止とは、米国民も言えないわけです。もちろん個人でこの記録を消去することはできません。したら何もできなくなるので、そんなことをする人もいないでしょうけど。
 そして、おそらく不正問題が発覚すると、政府はこう見解するわけです。
「情報の漏洩、不正をしているのはSSNではない。SSNには問題ない」と。

 2003年8月。日本では住民基本台帳カードが発行されました。しかしこれ、ほとんど普及していません。所有することによるメリットが実感できないからです。またメリットが無いということは、盗む価値も無いということで大した事件も起こりませんでした。しかし、「マイナンバー制度」は、どうやら米国のSSに近いものになるような気がします。
 つまりTPPに参加するなら、日本人も米国人と同じようなIDカードを持てよ、ということです。
 野田総理がTPP参加を言い出して、そのことで米国に行った直後のこの決定は、おそらくそうでしょう。
 米国の社会と経済のシステムがSSNというIDカードを基本に成り立っているわけですから、経済の連携をするのなら、米国側の立場から見ると、この制度は導入してもらわないと困るわけです。そしてまず外資系のクレジット会社が、マイナンバーの情報の取り込みをするはずです。

 マイナンバーカードでのご利用は10パーセントオフ。
 マイナンバーカードでないと購入できません。
 ネットでのご購入は、マイナンバーカードのIDをご記入ください。

 なりますな。なんせ日本国民の全員がマイナンバーを持っているわけですから。
 お得だと思えば、日本人はどんどん自分のマイナンバーを書き込んでいきます。
 行政機関はセキュリティは万全だ、と言っていますが、国民自らが外資系企業に個人情報を教えるわけです。セキュリティも何もあったものではない。
 今、ネット社会となり、グーグルだのツイッターだのフェイスブックだのを我々は無料で使っているわけです。でも、無料っておかしいと思いませんか?
 実はこれらのサイトは課金しなくても、ユーザーたちが自発的に書き込む個人情報をマーケティング会社や広告代理店などに売ることで成り立つわけです。
 情報こそが、企業にとって大きな利益を生む素材であり、また、このような個人情報の集積は、行政機関が企業にやらせておくほうがコストも人件費もかからない、ということになります。そしてイザというときは行政は「我々のせいではない」ということも言えるわけです。原発推進をしていた政府が、原発事故のすべての責任を東電に押しつける構図と同じです。
 そこに、マイナンバー!

 ここからは、まあ私の想像だと思っていただいて結構ですが。

 マイナンバーカードにはまず社会保険、健康保険のデータが入ります。この中には医療履歴も入ります。親、兄弟、親戚の病歴、血液型、DNA情報も組み込まれます。将来かかるであろう病名も察知できます。もちろん医療費もマイナンバーで払います。おそらくその人の寿命、わかります。本人には知らされないでしょうが。この情報はどこへ行くと思います?
 また当然、金融機関の預金通帳と納税者番号も組み込まれています。
 すると、クレジットカードとしても使えます。
 もちろん納税にも使います。
 これ、便利です。もっと便利にしようとなります。人間、便利という言葉に弱い。
 運転免許証、パスポートも、これ1枚に入れよう、ということにきっとなります。ICチップスを埋め込めば簡単です。
 社会保険、年金にプラスして、医療、預金、納税、買い物、公的機関の利用、運転免許、身分証明・・・これ1枚でオーケーです。
 そうなると、マイナンバーカード無しでの生活は考えられなくなるでしょう。
 何をするにもカードナンバーを尋ねられ、記載することになります。
 いやあ、便利やわ。
 でも人間、忘れることもあります。もし所持していなくて、マイナンバーも覚えていなかったら、何もできません。いっぺんに不便になる。
 ということで、だったら人間の体内に埋め込もう、ということになります。
 スーパーやコンビニのレジを通るだけで、自動清算となります。駅の改札も通るだけ。パスポート表示も必要なし。劇場や公共施設などもゲートを通るだけでOKです。チケットの購入記録が体にありますから。どこへ行っても、身ひとつで用が足りるわけです。
 おそらくそのマイナンバーは、額か右の手に刻印されるはずです。

 すると神の予言は成就します。
 ヨハネの黙示録13章18節にこうあります。
「また、小さき者にも、大いなる者にも、冨める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右手あるいは額に刻印を押させ、
 この刻印の無いものは、物を買うことも売ることもできないようにした。
 この刻印は、その獣の名、またはその名の数字のことである。
 ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。
 その数字とは、人間を指すものである。そしてその数字は666である」

 オカルト?

 違う。
 預言は予言では無いわけです。予言と違って預言は外れません。なぜなら神から預けられた言葉が預言だからです。だから人間がその言葉を成就しなければならないわけです。
 米国は、新しい大統領は聖書に手を置いて宣誓する国です。
 つまり聖書の神に、その忠誠を誓うわけです。書かれたことを実現するとも言えましょう。 
 オバマ大統領も例外ではありませんでした。そしてそれに対して異議を唱える人もいません。
 その米国でSSNは確立しました。
 これがどういう意味なのかというと・・・

 長くなるのでやめます。
 まあ、弱者救済、便利という言葉に騙されるな、ということです。
 思慮を持て、ということです。
 あっ、作劇ゼミの本題ですよね。

 ライター(文筆業のことです)になるには、ということを講義しました。
 その営業の具体的なやり方も。
 
 こちらは次回(3月)の作劇ゼミでも続けて考察しますので、そのときにまとめて。



『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 21:45|PermalinkComments(11)

2012年02月15日

天子にラブコールを

 中山市朗です。

 もう過ぎちゃいましたけど、2月11日は日本の建国記念日でした。
 2010年2月11日付けのこのブログで、祝!日本建国2627年、と題して書いていますので、なぜこの日が日本国の建国記念日なのかは、こちらで。

 さてそのブログで、神武天皇が実在した証拠はない、なんて書きましたが、この機会に実際に天皇はいつから存在するか、なんてめんどくさいことを考えてみようと思います。

 神話の中では神武天皇が最初の天皇とされて、『記紀』などの文献にも記されていますが、神話は歴史ではありません。歴史学上では天武天皇が最初だという見解になっています。
 7世紀後半に造営された飛鳥池古墳から出土した木簡に「天皇」という文字が記されていて、これは天武天皇のことだと推測されています。最初の天皇の記載だと言います。
 大化の改新後、天武天皇は中央集権的な律令国家を作ろうとし、『日本書紀』の編纂も始まりました。つまり権力を増大し、国家の概念をもった大王が天皇と名乗ったというわけです。
 この頃、倭国から日本と国号が改められたようです。
 もちろん天武天皇の系譜は過去まで逆上ります。それらは大王(おおきみ)と呼ばれていたので、天武の即位でもって天皇と呼称したということになります。
 それで過去に逆上った大王たちに天皇という称号を付けて『日本書紀』に記載した、というわけです。
 天皇と書いてスメラミコトと読みました。統べる、つまり統治する、そして神の御言であるミコトが合わさってスメラミコトと読んだ、という説もあります。ヨゼフ・アイデルバーグはスメラミコトとはサマリア(古代の北イスラエル王国の首都)の皇帝というヘブライ語だとしていますが?

 ちなみに、埼玉県行田市の稲荷山古墳から「獲加多支歯大王」と文字が刻まれた鉄剣が見つかっていて、これは「ワカタケル」と読めるので幼武尊(ワカタケルノミコト)という幼名を持った雄略天皇のことだとされています。また剣には欺鬼宮とも刻まれていて、雄略天皇が居住していた磯城とも符号していて、古墳が5世紀後半のものであることから確定される最古の天皇は雄略ということになります。いや、雄略大王?

 で、ですよ。
 私は天皇号を最初に使用したのは天武にあらず、5世紀後半、聖徳太子によるものではないか思っています。

 『古代史探偵団』の動画で私が示していますが、聖徳太子が建てた四天王寺は、その伽藍配置が北辰信仰を示していて、この北極星を神格したものを中国では天皇大帝(てんのうだいてい)と呼んでいました。宇宙の最高神です。天皇の称号の起源として有力なものであると、歴史学でも認める学者もいます。
 天王寺(てんのうじ)とは、その天皇から名づけられた、と私は思うのです。
 現に『上宮聖徳法王帝説』や『法隆寺伽藍縁起』などには四天王寺を四天皇寺と表記しているものもあるわけです。
 この場合、天皇はスメラミコトではなく、字をそのままテンノウと読みます。

 『隋書倭国伝』によると聖徳太子は隋の国(当時の中国)に国書を渡したとあります。
 このときの文面が、
「日出る処の天子、日没する天子に致す、つつがなきや云々」
 隋の煬帝を怒らせたあの文面です。
 天子とは、古代中国における君主の称号です。天命によって天下を治める、天にいる神と君主の関係を示すための言葉でもあります。ただ、秦の始皇帝によって皇帝という名に代えられますが、儒教にはこの言葉は残ったんです。
 聖徳太子はそのことを知っていて、国書に大王という言葉を使わずに天子という言葉をあえて使ったんです。自らも太陽の輝く天の命を受けた君主であると。煬帝に宣言したわけです。今の腰抜け外交と違って、対等な関係を持とうという強気の外交戦略です。
 また、日出る処、というのは日本の基になる言葉です。

 そして2年後、太子は再び遣隋使を派遣します。このとき、煬帝に宛てた国書にはこう書かれたと『日本書紀』にあります。
「東の天皇、敬いて、西の皇帝に白す」
 東の天皇! 使ってるやん!
 これは中国皇帝に対して倭の統治者は天皇であるとの宣言です。
 東の大王、西の皇帝に、では格が違うので、お話にならないわけです。聖徳太子はここを計算したのではないかと思うわけです。

 この文言を信用すると、すでに聖徳太子が倭国の大王を天皇と称しているわけです。
 いやそれは『日本書紀』が、天武帝が万世一系の天皇の血族であると言いたいがために、あえて古来から天皇という呼称があったと、あえて嘘を書かせたのだ、という意見も出そうですが、私はそれはないと思います、

 『書紀』は誰のために書かれたものかというと、まずは天皇自らのため、ではありますが、対中国、それに朝鮮半島の新羅といった外国に向けた書物でした。日本も文明国であるという主張でもありましたた。当然、過去に取り交わした外交文書はどちらにも残っていると思わねばなりません。ここでもし、中国側の学者が読んで「そんな事実はねぇよ」とでも言われたら『書紀』の信憑性どころか、日本国の君主の見解も疑われます。
 ですから、おそらく聖徳太子は「東の天皇」という言葉を本当に国書に記したと思うわけです。

 聖徳太子は『天皇記』を蘇我馬子とともに編纂していたといいます。後に焼かれて存在していませんけど。
 これ、見逃しならない文言です。
 天皇という称号が無いのに『天皇記』を聖徳太子が編纂したとはいかなることでしょう? それともそれは『大王記』だったのでしょうか?
 隋の皇帝には「東の天皇」と言っているわけです。今更『大王記』を編纂する意味があるでしょうか? 天皇と言ったからには天皇の系譜を作らねばなりません。
 『天皇記』を編纂する理由がここにあります。
 聖徳太子は同時に『国書』を編纂していたと『書紀』に書かれています。
 『国書』と『天皇記』の編纂。これこそ聖徳太子が中央集権的な政治を意識し、その統治を天の命によって天皇が治める、という図式を考え、推古、敏達、欽明という系譜と神の系譜を結びつけ、それを天皇とする意図から『天皇記』が編纂されたと思うのが妥当だと思うのです。ちなみに『隋書』によると聖徳太子は大王と呼ばれていたようです。

 まだあります。
 推古朝時代の刺繍工芸品である「天寿国刺帳(てんじゅこくしゅちょう)」。
 縦88.8センチ、横82.7センチの帳(とばり)です。
 これは太子が死去して2年後、推古天皇22年(622)に太子の妃のひとり、橘大郎女(たちばなのいらつめ)が、太子の寵愛を受け、太子が亡くなった翌日に後を追うように亡くなったもうひとりの妃、膳部妃(かしわでのひ)への嫉妬、哀愁の念から、天寿の国ではきっと太子の愛を私が受ける、と天寿国のありさまを刺繍に込めた作品です。

 ここに天皇という文字が記されているのです。
 太子は我が大王であり、欽明、敏達にあたる人物は天皇であると記載されます。 
 ところが「天寿国刺帳」は後代に作られた偽者であるという学者もいます。確かに鎌倉時代に、あまりも傷ついた刺帳の模本を作成して繋ぎ合わせた事実はありますが。あくまで修復です。無かった文言をわざわざ作って繋ぐことは考えられません。
 刺帳に記される間人皇后の崩日の干支がずれているので、持統天皇の時代に製作されたものではないかという説もあります。干支のずれは説明できます。しかしここで説明すると長くなりますのでやめておきます。

 しかしですよ、橘大郎女という女性が個人で自分の亭主に対する愛情の証を織ったという帳を、誰が何の意図をもって偽作するというのでしょうか?

 まだあります。法隆寺金堂薬師如来像は、推古天皇と聖徳太子が用明天皇の病気治癒のために作ったもので、推古天皇15年のものだとされています。その光背銘にも「天皇」という文字が刻まれています。

 しかし、学問上はこれらは疑問視され、因縁がつけられ、あるいは黙殺され、あくまで天皇号は天武からだとしています。
 『日本書紀』にある(東の天皇)も『天皇記』も、嘘、あるいは誤記だというのでしょうか。だとしたら『書記』を基としている日本の古代史そのものに疑問を呈することになりますよ。

 しかし、そうまで強固に言い張る歴史学の意図はなんでしょう?

 実は中国の『旧唐書』にこう記されているんです。
「唐の高宋の時代(674年)、皇帝を天皇と称した」と。
 674年。
 ここが重要です。
 天武天皇の在位は673年から686年です。
 聖徳太子は622年に亡くなっています。
 中国の皇帝が天皇を名乗って後に、日本の大王が天皇と称するのが妥当。
 中国に無いものが、日本にあるわけがない。
 この固定概念。
 だから聖徳太子の時代の天皇号の使用は、あるわけがない、という先入観で否定されてしまうのです。とは言っても、天武天皇の即位のほうが1年早くねぇか? それとも高宋が天皇と名乗ったから真似した? なんかおかしいですよね。しかも高宋天皇は、あきらかに天皇大帝から付けられています。
 聖徳太子のほうが早いし!

 どうも日本の古代史学には、たいていのものは朝鮮半島からもたらされた、同じことで中国に無いものは日本にあるわけがない、こういう不思議な先入観が古代史の学問には立ちふさがっているように思います。自虐的なのは近代史だけではないのです。
 だいたい天皇は太陽神ですが、中国にも朝鮮にもそのような概念はありません。これはまた別のものです。

 だから、天皇という称号を最初に使ったのは聖徳太子。この呼称が正式に朝廷で使われたのが天武天皇のとき。そういうことだと思います。

 で、こういう話をしていると必ず言われることがあります。
「聖徳太子はいなかったという説がありますね」
 んなわけ、ねーよ。



『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 19:26|PermalinkComments(5)

2012年02月09日

2/8の小説技法

 中山市朗です。

 WOWOWで『静かなる男』がオンエアされるというので、指折り待っていたんです。
 
 1952年に制作されたジョン・フォード監督の映画。
 ジョン・ウェイン扮するアイルランド系アメリカ人の男が、わが故郷であるアイルランドのイニスフリーに戻ってきて母の住んだ家を買い取り、素朴で大らかな地元の人たちの中に生活します、そんななか出会った村の娘、メアリー・ケイトにひとめぼれ。もういきなり結婚を申し込みます。メアリー・ケイトに扮するはモーリン・オハラ。
 メアリー・ケイトの兄、ダナハーはこのアメリカ人が気に入らず対立。結局は結婚の伝統である「持参金と嫁入り道具」という通過儀礼が元で、アメリカ男とダナハーは殴り合いの大喧嘩となるわけですが。
 これが酒とケンカと賭け事好きの地元の人たちによって、もうお祭り騒ぎになるわけです。喧嘩も殴り合いながら山を越え、谷を越え、川越えて。休憩が入ったりして。
 ストーリーを言ってもこの映画の魅力は伝わらんでしょうなあ。
 恋あり、友情あり、音楽あり、歌あり、大らかな人あり、美しい風景あり。
 ヴィクター・ヤングの音楽も素晴らしいです。

 ラストの大喧嘩のシーンは『天空の城ラピュタ』の炭坑村の人たちと海賊ドーラ一族が繰り広げるドタバタの大喧嘩に流用され、スピルバーグは『1941』の喧嘩のシーンでもリスペクトしています。『E.T』では、ジョン・ウェインとモーリン・オハラが出会ってすぐキスするシーンは、エリオット少年が同級生の女の子がキスをする場面に転用されております。

 アイルランドでロケをしたという田舎の牧歌的な映像は、なんとも言えない美しさ。特に緑色が、最高に映えているんです。そこにメアリー・ケイトの真っ赤なスカート、白いエプロンが眩しいこと。
 撮影がウィントン・c・ホッチ。フォードの作品では『黄色いリボン』『捜索者』なども担当していますが、ほんと絵画のような美しさなんです。で、『静かなる男』ではアカデミー賞をフォードの監督賞とともにカラー部門の撮影賞を取っています。

 何が言いたいのかというと、この美しい映像がハイビジョンで見られるのかと思って楽しみにしていたのですが、ハイビジョン違うやん! しかも画質は最悪。おそらくVHS並み、いやもっと粗い?
 日本映画専門チャンネルなどは、ハイビジョン放送でない作品は、HPでアップコン放送とか知らせてあるんですが、WOWOWは何も表示せず、がっかり。
 ほんま、がっかり。
 パブリックというメジャーじゃない映画会社が制作しているので、もしかしたらマスターフィルム残ってないんかなあ。

 さて、8日の小説技法の報告です。

 まずはMくん。彼が作品を提出するのは久しぶりのこと。投稿用の原稿だと言いますが・・・ある学校が台風による土砂崩れで孤立し、そこへ脱走してきた殺人犯が忍び寄るというプロローグ。おそらくは孤立した教室、凶悪犯、脱出劇になる?
 さっそく意見が飛び交います。「こういうテーマ、たくさんあるで。読んでる?」
 『学園ソドム』『悪の教典』『そして粛清の扉を』『漂流教室』・・・
 そういう作品に勝つ要素がないんです。それに孤立する学校の立地場所や、犯人が侵入するというルートを辿れば逃げられる、とか、携帯電話使えよ、レスキュー隊来るやろ、とかロジックの破綻が指摘されます。また、犯人がなぜ輸送車から脱出して、なぜ学校へ向かうのかの説明も動機も不明。また犯人ひとりが学校へ忍び込んでも、大勢の血気盛んな学生たちに囲まれたら、ひとたまりもないでしょう。で、主人公は誰?
 作品提出を怠っているからレベルがこうなるわけです。ちゃんと修正して、アカに対する考え方も訓練すること。

 入塾2ヶ月目のKさんのストーカーをテーマにした小説。「怪談を意識したわけじゃないのに怪談ぽくなった」と彼女は言いますが、もう少しひねれば怪談作品として通用するかもしれません。筆力はあると思いますが、前半が説明文になってしまっています。作品そのものは一人称で語られているわけですから、語りで説明ができると思います。その会話がだんだん破綻し、狂っていく状況が恐ろしい、という構成にすれば、狂気さが演出できるかなと。でも、不気味な感じは文面から伝わってきています。

 T野くんのSFホラー小説。1ヶ月ぶりの復帰。ちょっと筆が荒くなってきている印象があります。当初の頃は、読み手にわかってほしい、という心情で丁寧に書き込んでいて、そこがちょっと無機質な月面基地の描写とマッチしていたのが味だったのですが、もうわかってるやろ、という油断があるのかもしれません。特にモブシーンがあるのですが、もっと動きがあって、見せ所があって、そRぞれの立場のキャラクターを描き分けられるところが、説明で終わったりしています。いい発想はところどころあります。丁寧を心がけて。

 Yくんのアクション小説。なんか主人公の影が薄くなってきた? いい意味で解釈するとサブキャラや敵キャラが個性をもってきたということです。まあまだラストの盛り上がりがあるので主人公の見せ所があるのかな? ただ、今回は提出枚数が少なかったので、話が展開せず、もう少し先を読みたいという欲求は出てきます。そこは計算?
「恋愛要素を入れてみました」
 とYくんは言うけど、どのへん?

 さて、明日は「我ら、魔界探偵団」の生収録日。
 半身女、半身牛、という西宮市周辺に伝わる「件」について調べんと。
 参考文献に購入しようとした『古語拾遺』が、どこの本屋をまわっても在庫無し。
 わちゃちゃ、amazonで注文しときゃよかった。



『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 21:24|PermalinkComments(0)

2012年02月08日

クレージーの怪談ジバコ

 中山市朗です。

 昨日、久しぶりに天満天神繁昌亭に落語を聞きに行ってまいりました。
 
 塾生高田豪が書いた創作落語を、森乃福郎師匠が演じるというので。
 高田は、上方新作落語制作集団「もぎた亭」と、田中啓文、北野勇作、牧野修、田中哲弥、我孫子武丸といった小説家たちが立ち上げた、これも創作落語の制作集団「ハナシをノベル」などに所属しており、また吉本の若手芸人たちとなにやらコラボしたり、ネットラジオの制作をしたり、インタビュー記事を書いたりしています。
 今回はその「もぎた亭」の公演。「ハナシをノベル」はいつも仕事のスケジュールとバッティングして、なかなか行けないんですけど。
 そういえば3年前、私が右足粉砕骨折したのは「ハナシをノベル」の打ち上げが終わった帰りだったっけ。

 さて、この日の演目と演者は、

 開口一番 …森乃石松
「名前(神崎京一・作)」 …露の団四郎
「沈黙の居酒屋」 …桂文福
 中入り
「ホームメイド正子(高田豪・作)」 …森乃福郎
「任侠グループホーム(脇本忍・作)」 …林家そめすけ

 名前という概念にとらわれている常識を逆手にとった「名前」は、よくひねった爆笑編でした。
 S・セガールの門下生が十三で居酒屋をやっている、という「沈黙の居酒屋」。
 ヤクザの兄さんが老人の介護をしたら? という「任侠ホームグループ」。
 そして高田の作品は、メイド喫茶にハマッている男が、家に帰ると50歳を過ぎた嫁はんに辟易しているが、ある日帰ると、嫁がメイドの格好をしてサービスしてくれる・・・というちょっと古典落語の「青菜」や「遊山船」を思わせる構成。
 福郎師匠はメイド喫茶に一度も行ったことがないそうで、「それ、メイド違う。バニーガールや!」とツッコミたくなる描写も。
「いっぺん師匠をメイド喫茶に連れて行ったげや」と高田に言っておきました。
 福郎師匠、今年64歳。メイド喫茶初体験? ハマったりして。

 打ち上げの席にご一緒させていただくと、福郎師匠が「この噺、気に入ったんで今度またやらせていただきます」と言っておられたので、福郎師匠の持ちネタになるかも?
 文福さん、団四郎さんともお久しぶりでした。お二人とも以前、共演させていただいて。また面白い企画がありましたら是非。団四郎さんは師匠の五郎兵衛亡き後、円朝直系の怪談噺を伝える東西唯一の噺家さんでもあります。

 さて、私も告知を。

 まず決定事項から。

 3月31日(土)
「不安奇異夜話 大阪堀江乃怪 春乃陣」
 出演はファンキー中村。
 ゲストとして、雲谷斎、あみ(吉本興業)、そして私。
 22時30分開場、23時開演。夜を徹しての怪談語りであります。
 場所は、大阪市西区南堀江「Minami Horie ZERO
 料金は3500円(ワンドリンク付き)となっております。


 続いて、もうすぐ決定事項?
 2月より月に一度、皆様と怪談を聞き語る会を催します。
 私も語りますが、お客様にも語っていただきたい。怪談好きの交流の場になれば、と思います。
 題して「会談怪」。
 みんなで会って話をすれば怪に至る、という願いをこめております。
 えっ、語る怪談がない?
 大丈夫です。私と話をしていると思い出すもんです。そこがワクワクするんです。

 場所は、大阪市中央区千日前、味園ビル2F「秘密倶楽部アニマアニムス」
 第一回「会談怪」は、3月10日(土)、開演20時頃の予定。
 料金はワンドリンク込みの2000円。これも予定。

 そうここは『幽16号』の「上方怪談・街あるき」で私が紹介した、幽霊が出るといわれる大阪の九龍城なのです。しかも場所が千日前とくりゃあ!
 秘密倶楽部の店長は、去年の夏に私の怪談とインディーズ音楽のコラボを試みた、ストロベリーソングオーケストラの座長、宮悪戦車氏であります。
 
 アニマアニムスのホームページはこちら
 どんどん問い合わせてください。

 そして3月の17日か24日のいずれかの土曜日、私の書斎でまた怪談会を催します。
 私のネタ集めの場なので、ご協力お願いします。
 こちらは私的な場ですので、料金などは無し。ただ実話系怪談を必ず1話は語っていただくことが条件です。17日か24日、いずれかに決定次第、このブログ、及びオフィスイチロウのホームページにて告知いたします。
 オールナイトですからお覚悟を!

 オフィスイチロウのホームページ、今、何かと作業中でお見苦しいところではありますが、もうしばらくのお待ちを。

 そしてオフィスイチロウが提供いたします、ソーシャルネットワーク大阪配信USTREAM生番組。
「我ら、魔界探偵団」
 先週の再放送の視聴者総数が4000件越えになっていました。
 いやいや、まだまだこんなものでは!
 次回は10日の金曜日、夜20時からの放送となります。

 今回のテーマは、謎の化け物? 妖怪? 神? 都市伝説?
 なぜか兵庫県西宮市周辺で語り継がれてきた「件」にスポットを当てて、あれやこれやと語り、推測します。実は真名子の実家が西宮市で、件の話はよく知っているのだそうです。そこで、件の伝説のある場所について調査させております。何が出てくるのでしょう?
 それより真名子の取材力は大丈夫なのか? 

「我ら、魔界探偵団」のご視聴はこちら




『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 19:25|PermalinkComments(6)

2012年02月03日

2/1の作劇ゼミ その2

 中山市朗です。

 昨日の続きです。

「努力してますか?」という言葉を聞きます。
 私は努力をしたことが無いです。
 好きなことは一心不乱に打ち込んだことがあります。好きなことですから、努力ではない。好きでやっていただけ。あるいはそれしかできなかっただけ。
 ただ、どうやって企画を通そうか、どういう切り口で行こうかと悩むことはあります。

「創作するために努力しなきゃ」と力んでいた教え子は、大抵消えています。
 つまり好きではなかったんだ、と思うわけです。
 好きじゃなかったから、無理して努力しようとしていたわけですね。
 作家やマンガ家という肩書きに憧れたわけです。

 でも、ストーリー作るのが好き、キャラクターを描くのが好き、クリエイティブな仕事をしたい、というのなら、それに対応するメディアはいっぱいあります。
 クリエイティブな業界(?)って、どんあのがあるのかというと、

 放送業界
 広告業界
 出版業界
 映画業界

 私が大学を卒業した頃は、おおむね4つの業界がありました。
 映画の世界に行くなら映画の業界。作家になりたいなら出版業界に売り込む。当時流行っていたコピーライターになりたいなら広告業界。
 それぞれ分かれていました。で、コネが大切って、大学は教えてくれなんだ!

 で、今は上記に加えて、

 Web業界
 モバイル業界
 ゲーム業界
 アミューズメント業界

 なんてあります。私の大学時代には無かった業界です。CG製作、3D製作なんていう分野もありませんでした。
 つまりクリエイターとしての門戸は、私の頃より遥かに開かれているわけです。
 で、たとえばゲーム業界ならWebやモバイルから購入したりその特性を活かした遊びを考えなければなりませんし、ゲームのノベライズを出版社と、アニメを映画業界、あるいは放送と、もう一つの分野では収まらないわけですね。また収まったのなら次なる展開も望めません。出版にしてもアニメや映画化はヒットさせるために仕掛けることもあるわけですし、たいていの出版社はメディアミックスするための部署があったりします。
 昔レコードメーカーだった会社が映画を製作して、アイドルとコラボさせたり。
 『怪談新耳袋』を製作しているキングレコードがそうですね。そしてTBSと提携してテレビ放送もして、DVDで売る。洋画の買い付けもしてますしね。

 映画と出版による相乗効果のメディアミックスを最初にやったのは、角川春樹さんでした。あれで停滞していた邦画界を活性化させて、同時発売の文庫本の売上げを伸ばしたわけです。あれは出版界、映画界、どちらにも激震が走りました。正直、映画の内容は誉められたもんじゃなかったんですけど。仕掛け、戦略での勝利です。

 私は塾生たちにもっとメディアの勉強をしてもらいたいと思うんです。
 何度も言います。書いている人はいいんです。
 書かない人。このままでは先無いですもん。でも映像の現場は面白いかもしれない。シナリオなら書けるかもしれない。ゲームの企画を考えたら案外いけるかもしれない。放送台本を書くのに合っているかもしれない。ケータイサイトで面白い遊びの提案が浮かぶかもしれない。
 塾生たち、ケータイタブレットで遊んでいます。うちに帰ってきっとゲーム三昧の奴いてます。私なんかより詳しいはずです。何が流行していて、どんなことができて、何ができないのか。

 今、塾の総務をしているスガノくんも私の教え子時代は、マンガ家志望でした。でも描かないんですよね。描いても苦しんでいるのがわかる。で、文章書いてみんかと書かせたら、マンガよりマシだった。で、私の仕事を手伝わせて、そこから物書きになったわけです。
 あそこでスガノくんが「僕はマンガ家になるんです」と文章書くことを拒否していたら・・・。「恐ろしい」とは彼の弁です。
 だから、書けない、努力しなきゃ、と思うのなら色々試してみたらいいんです。
「あっ、これ!」というのが見つかったら、後は無我夢中でやればいい。
 みんな大して守るものが無いくせに、守りに入ろうとするんですね。
 失敗しても大丈夫。むしろ失敗しろ!
 失敗したことない奴なんて信用できませんわ。

 ともかく、何かを表現するための媒体は、もうジャンルが多様化して顧客も分散しています。昔は電車に乗ったら新聞や雑師を読んでいる人をよく見かけましたが、今はそういうのほとんど見ない。みんなケータイとにらめっこ。
 そうなると出版社が現実できる機能は、相対的に低下していると思うんです。

 しかし、出版と編集が無くなることは絶対ありません。読み物を企画し、それを執筆するライター、作家も絶対に無くなりません。実はその需要は増えていると思うんです。
 なのに、昨日のブログに書いたように仕事が無くて廃業するライターもいるんです。
 きっと旧体然とした今までのやり方にしがみついていると、そうなっちゃうんです。
 塾の忘年会で、参加してくれたゲーム会社の社長さん。ライターとイラストレーターがいくらでも欲しい、言うてましたやん。小説を依頼されるわけではないですけど、仕事にするチャンスですやん。
 誰もそのゲーム会社に営業かけてないでしょ?

 私思うんですけど、きっと電子書籍の世界に敏腕の編集さんが引き抜かれたり転職したりというの、起こると思います。大手出版社同士の合併、あるいはゲーム会社との提携、合併という業界再編もありえるかなと。

 こういうときに戦力となるクリエイターが重宝がられると思います。

 ともかく、守りに入るな、挑戦しろ!
 で、はよ自分の作ったモノ、お金にしよ。
 そしたらモノ作り、楽しくなるわ。




『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 21:21|PermalinkComments(0)

2012年02月02日

2/1の作劇ゼミ その1

 中山市朗です。

 もう2月なんですね。
 早い!

 ということで、1日の作劇ゼミの報告です。
 塾生たちはプロの作家を目指しています。
 小説にしろマンガにしろ、出版社に持ち込み投稿をしている人もいれば、まだそんな経験は無い、という人もいます。プロになるということは、いずれ出版社と取引することになります。

 ところで先日、私の古い知り合いから連絡がありまして、ライターを廃業しましたと言うんです。一時は事務所をもって編プロみたいな作業もしつつ、アルバイトを2人雇っていたこともあったんですが・・・。
 連載をもっていた雑誌2誌が廃刊、新たな仕事も入ってこない、たまに入っても単価が安い、取材費が出ない、など色々あって、もう生活できなくなったと言います。
 彼は家族もあるので、実家に帰ると言います。
 その前は、知り合いのデザイナーが廃業して、今タクシーの運転手をしているのがいます。彼も一時は大手広告代理店から発注を受けて、景気がいいときもあったのですが。

 こんな話、大阪ではわりと聞きます。東京はどうなのでしょうか?
 いやいや、クリエイターにとって厳しい時代のようです。
 作家同士集まって飲んでいても、発行部数が減ったとか、増刷が出ないなんてボヤキもよく聞きます。

 さて、出版業界の不況の原因とはなんでしょう?

1・インターネット、携帯電話の拡大
2・読者の情報収集手段の多様化
3・図書館、新古書店の利用拡大
4・時間やお金の使い方の多様化
5・書籍タイトルの増加

 まあそんなところでしょうか。
 1と2は読者が本以外のツールを使い出したということ。
 3と4は世の中の不景気、失業率の上昇、所得の減少も関係していると思われます。
 5のタイトルの増加というのは、新刊点数が多くなったということ。それだけ新人にチャンスがあると一見思われるようですが、その分ひとつのタイトルの平均販売数が減少し、寿命も短くなるという現象です。それに自費出版、共同出版という形で書店に並んでいるというのも多いようです。
 ある知り合いが本を何冊か出しているのでプロとしてやっているのかなと思ったら「中山さん、本を出すお金の工面、どうしているんですか?」と聞かれたことがあります。

 さて、出版不況と言われていますが、ならば売れなくなった本というモノは一体どういうものなのか? 私たち人間社会にどんな付加価値なり影響をもたらせているのか、ということを塾生たちに質問してみました。
 感嘆にいうと、本てなに? です。
 ここから将来の展望なり、自分がやりたいことなりが見えてくるかもしれません。

 知識を記録したもの、という意見が。そうですね。
 文字で表現するもの、それも間違っていません。
 情報を伝達するもの、それもそうです。

 しかしそれだけなら、活版印刷が発明される前からそういう媒体はありました。
 壁などに描かれた落書きや碑文、木簡、竹簡がそうです。

 肝心なことは、それが大量に人々にいきわたり、持ち運びができるようにコンパクト化した、それが本なわけです。
 
 それは、1445年グーテンベルグが聖書を印刷したときに生まれたと言います。
 その印刷技術が活版だったわけですね。
 それまで聖書は教会にしかありませんでした。写本です。ですから神の福音に触れ、神の言葉を聞くには教会へ行くしかありませんでした。しかし活版印刷のおかげで聖書が大量印刷されて、個人が所有できるようになりました。
 このことはキリストの教えがあくまで全宇宙の真理であるとするヨーロッパの人々いとっては衝撃のことだったと思われます。そして活版印刷がルネサンスをヨーロッパ全土に広げる役目を果たしたと言われています。

 ただ印刷技術そのものは、11世紀の北宋時代の中国で生み出されたものだとされていて、高麗朝末期に印刷された書物が現存しています。ただ漢字の量の多さと縦書きのくずし字が、その発達を妨げ、イスラム経由で伝わった中国の技術を、グーテンベルグが集約させ本格的に実用化した、というのが本当のところでしょうか。
 ちなみに日本にはイエズス会の宣教師によって伝わったといいます。日本語をローマ文字で表す工夫がなされ、その後は漢字、ひらがな、カタカナの活字もすぐできたようです。ところで、印刷年代がはっきりわかる世界最古の印刷物は、実は日本にあるのだそうです。奈良時代、約15センチほどの百万塔陀羅尼という小塔が、鎮護国家を祈願して100万基作られ、10万基ずつ四天王寺や法隆寺など十大寺に奉納されたんですが、この塔の中から「陀羅尼」というお経を印刷した紙が発見されているんです。
 天平八年(764)の印刷物!
 北宋より古いやん!

 いずれにせよ、この活版印刷技術の発達から、今の我々が手にして読んでいる本があるわけです。で、知識や情報、文化をコンパクトに持ち運びできる本というものが、我々人類社会において重要なものとなったわけです。そして本にはエンターテイメントを楽しむ要素もあります。
 20世紀が終わるまでは。

 つまり単に、知識や情報をより多くの人に知らせる、という意味においてはインターネットの時代になっている、ということですよね。しかも安いわけです。かさばらないし。
 スピード、つまり新しい情報という点でもネットは印刷物に遥かに勝ります。
 それだけ紙の出版物の価値の低下が起こっているわけです。
 しかも、前回議題とした出版業界の再販売制度を含むシステムを介さず、著者から読者へ直接伝えることもできるわけです。

 ただ、編集のアカを入れずに商業用の出版物が読者に通用するはずも無く、そんなに甘いものではありません。それに出版方針や計画、戦略も出版社がやっていましたが、これを作家個人がやらなければならなくなるわけです。シリーズ化や売るための戦略は、やはり編集に委ねて締め切りを厳守する形でないと読者からの信用も得られません。
 それに基本無料のウェブとは同電子化したテキストでもこれは異なるものというのが出版社の思いでしょう。
 ただ、紙の本への思い入れ、所有しておきたいという読者の思いは、紙の印刷物を選択させることでしょう。紙の本は無くなりません。

 とはいえ、こういうことを論じているのは大抵本好きか、業界関係の人。
 本なんて読めればいい、というユーザーが実は圧倒的なのではないでしょうか?
 本好きのわがままが、ひょっとしたら電子書籍の芽を摘んでいるのかもしれません。

 とまあ電子書籍に関する考察は、私の『モーツァルトの血痕』が出たときに。
「いつ出るねん!」
 それは私が聞きたい。
 今、プログラマーが容量と格闘しているようですが・・・。

 で、私が塾生たちに言いたかったことは、「キミのやりたいことは本当に従来の出版物でいいのか」ということです。
「そうです」なら否定しません。
 同じ塾生でもどんどん書いて投稿して、賞の二次、三次くらいまでは残るようになったのもいれば、全然そんな気配の無い人もいます。
 塾にいて、3年、4年経っているのに持ち込みも投稿もしていない、というのは、ちょっと問題だと思います。本気じゃないともいえます。
 だったら他のことを試してみたら? と思うんです。

 続く



『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 19:21|PermalinkComments(2)

2012年02月01日

コタツタカス

 中山市朗です。

 今年の冬は寒いですな。
 我が家ではいつもは冷暖房を使用していないんですが、今年はたまに使っています。
 まあグツグツ煮えた鍋料理と熱燗があれば、それでわたしゃ満足ですけど。

 ところで昨日の朝、辛坊治郎さんの出てる情報番組を見ていたら、緊迫するイラン情勢の話から、古代においてイランと日本は親密な関係だったという話をしていました。
 イラン、かつてのペルシャ帝国ですね。
 このペルシャの時代から、この国にはコタツに入って暖をとりながらザクロ(日本でミカンになった?)を食べる、物は風呂敷みたいなものに包む、玄関で靴を脱ぐ、寝るときにだけ布団を敷く、といった日本に共通した習慣がある、てなことを在日イラン人がテレビで言っていました。付け加えますと、年末に大掃除をしてお正月にはお年玉をあげる、義理人情の社会、という風習もあります。だからあの日本のテレビドラマ「おしん」はイラン人たちに共感されて大ヒットしたんですね。
 そういや、京都の祇園祭の山鉾の側面は、基本ペルシャ絨毯で被われています。
 山鉾の中を見せていただいたことがありますが、黒人やペルシャ人みたいな人形が乗っていました。

 実はイランにコタツがあるのは本当でして、コルシというらしいんですね。
 見た目はまったく日本のコタツでありまして、古代よりペルシャの人たちはコルシに足を突っ込んで、一家団らんをしていたそうで、今もイラン人と昔ペルシャ領だったアフガニスタンの一部の人たちは、コルシで暖まっているそうです。
 日本のコタツは室町時代、禅宗の僧が中国からもたらせたもの、とされていますが、中国にはコタツのようなものは無いんですよね。中国に畳みは無いですから。
 だから、コタツは畳文化の賜物だと思っていたら、ペルシャにもあったんですね。
 ペルシャも部屋に入るのに靴を脱ぐ、というのは絨毯が敷いてあるからなんでしょう。
 しかし昔の庶民はペルシャも日本もほとんど裸足で生活していました。今も中東では裸足で暮らしている子供たちもいるようです。日本の子供も明治の頃までは裸足でしたし。

 風呂敷は、今の日本人はあまり使わなくなりましたが、私の祖母はよく使っていました。あれ、便利なんですよ。どんなものでも風呂敷の上に置いて、その四隅を互いにギュッと結ぶと包める。昔の小柄な日本人はこれを首にかけて、ちょこまかと商売のために全国を移動しました。物を包まないときは着物の懐へ入れられて、携帯にも便利です。
 ああいう形式のモノも確かに日本以外では見かけません。韓国にもあるようですが、あれは19世紀に日本から伝わったものです。
 日本には奈良時代に今の風呂敷と同じものがありました。奈良の正倉院に舞楽の衣装を包んだものが残っています。そして平安時代にはもう庶民は使っていたらしい。
 「平裏」「平包」と呼ばれていました。
 これが風呂敷と呼ばれるようになったのは室町時代なんです。
 この頃の風呂は、蒸し風呂なんですね。
 その蒸し風呂に入るとき、平包をお尻の下に敷いたらしいんですね。だから風呂敷と呼ばれるようになった。で、おそらくこのとき、着替えも包んでいたと考えられるわけです。
 江戸時代になって銭湯ができます。庶民は入浴用の道具や着替えを包んで銭湯に通ったんですね。でもそのルーツはペルシャなんでしょうか?

 奈良の正倉院はシルクロードの東の終着点とも言われて、確かにペルシャの陶磁器や美術工芸品もたくさん残っていて、舞楽も中東の仮面劇から伝わったものですので、風呂敷もペルシャから伝わったものなのかもしれません。その風呂敷、泥棒が背負っているイメージがありますが、もう一つ、唐草模様というイメージもあります。唐草模様を英語に訳すとアラベスクとなります。アラビア風というわけです。
 このアラベスクも源流は古代エジプトにあると言われて、日本には5世紀末の古墳から、馬具や鏡に唐草模様が使われているのが発掘されています。

 そういえば、聖徳太子の叔父にあたる穴穂部皇子と宅部皇子が被葬者かと報道された藤ノ木古墳の棺内にエジプト原産のベニバナが敷き詰められた、という報道がなされたことがありました。

 そう考えると、やっぱり古代の日本の姿に興味がいきます。

 靴といえば幕末に坂本竜馬が履いたブーツが有名ですね。最初に様式の靴を履いた日本人だとされていますが、確かに江戸時代の日本人は靴を履いていません。下駄、雪駄、草履・・・草履が一般に履かれていたようです。しかし、聖徳太子の時代の皇族、貴族たちは靴を履いていたんです。中大兄皇子は蹴鞠をしていて革の靴を飛ばしてしまって、中臣鎌足に拾ってもらったという話もあります。靴ではなく沓と書きました。
 家屋に入るときには沓を脱ぐという習慣は、平安時代になって出来たものと思われます。聖徳太子の時代の身分の高い人は、外出時には靴を履く。部屋にはテーブルと椅子もあって、牛乳で煮込んだ鍋を食べ、蘇というチーズも食していました。
 となると、聖徳太子もペルシャ絨毯の敷かれた部屋に裸足で入って、コタツのようなものに入って暖をとったのかもしれません。それともなんにもない板敷きの家屋に、寒々として天皇や貴族が住んでいたのでしょうか?

 とまあ、古代の日本は我々が江戸時代や室町にイメージする日本とはまったく違うものだということなんです。神道も仏教も、今のものとは随分違います。
 ペルシャも今のイラクとは違います。イラクはイスラム教の国ですが、ペルシャはゾロアスター教でした。また、景教もペルシャで発展したんです。
 景教=ネストリウス派のキリスト教が、聖徳太子の頃に日本に入っていたという説は、その関係を思うと、もっともらしく思えてきます。
 景教の寺院は唐代の中国では波斯寺(ペルシャ寺)と呼ばれました。

 今のイラクと日本を見ると、遠い国という感じがしますが、昔はそうではなかったのかもしれません。
 そういえば、聖徳太子の母親はペルシャ人だった、という本を読んだことがありますが、それを語りだすとまた長くなりそうなので、今回は終わります!



『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 19:36|PermalinkComments(3)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


Archives