2013年06月

2013年06月28日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日は「幽怪案内」配信日です。
 もうすでに300話を越す「新耳」未収録の怪談を動画にて収録しておりまして、来月も兵庫県での撮影の予定をしております。やるからには、数とか内容で、誰もできないものをと思っております。
 怪談はやっぱり、語り、聞く、これが原点です。数年前までは怪談を書く作家がそれほどいなかったのに、今はもう、誰でも怪談を書いて出版する状況となりました。でも、語るは、まだまだ開拓されていないように思っております。
 やっぱり一般認知としては稲川淳二さん。二番手がいまだにいない、という状況。
 稲川怪談はもう完成しているモノで、まあとても及びません。しかし、私としてはまったく違う方向の怪談をということを意識しております。でも怪談はやっぱり難しいですね。怪談はうますぎると怖くない、ヘタだと聞くに堪えない・・・。

 ということで、「幽怪案内」ならではの怪談を配信しております。

 本日はその第13週目の配信となります。
 今回は、無料でも私の怪談をお楽しみいただけます。
「ルームシェア」という奇妙なお話。男子大学生3人がマンションにルームシェアするわけですが、一人が部屋にこもったきりでどうも出てこない。生きてはいるみたいなんだけど、と心配になった2人のルームメイトは彼の部屋に入ってみる。彼は坐禅を組んでいて、何をするにも拒むわけなんです。そして動こうとしない。完璧な引きこもり。
 彼をなんとか助けようとするわけですが・・・戦慄するラストが待っています。
 これは昨年の7月28日に開催しました「Dark Night 6」のライブ映像です。私の好きな怪談ですので、ちょいちょいライブにかけようと思っています。

 有料配信も、私の語る怪談をお届けします。

 まず1話。「踏切の少年」。
 フィットネスに通う小4の少年。いつも帰りの道、鉄道が通っている踏切がある。ここでいつも、なぜか見知らぬランドセルを背負った少年に出会うわけです。と、ある日その少年が信じられない行動を・・・。
 なんとも奇妙な話です。
 こちらも昨年、8月5日「プラネタリウム・ムーブ21」での「怪談ナイト」で収録したライブ映像からお楽しみいただきます。ちなみに私の左隣に座っているのは、この日ゲスト出演していただいた、京都の怪談師・雲谷斎さんです。彼は語りません、念のため。

 第2話は「お寺の妖怪」。
 このお話は、今は某寺の立派なご住職におなりになったKさんが、仏教大学に通っていた頃の体験談です。話の流れで「狐狸妖怪なんていうものが、ほんまにいるんかいな」と友達と激論していると「うち、おるで」と、ある友人が言う。「えっ、ほんまにおるの? 妖怪」ということで、Kさんはその友人の家に泊まりに行ったというんです。その家は、京都のお寺で、ある部屋に寝ると、絶対に妖怪に遭遇するらしい。Kさん、寝たんです、その部屋に。すると本当に・・・。

 京極夏彦さんは「妖怪は怪談の墓場である」という名言を残しています。怪談も、その正体が妖怪だとわかったら怖くなくなる、と。
 でも、やっぱり妖怪に出会っても、怖いもんは怖い、ですわな。

 らじこんはこちら



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2013年06月27日

私は告知する

 中山市朗です。

 もう6月も終わりますねえ。
 そろそろ、季節労働者の私としましては、いろいろなお話をいただく時期になってきておりまして、妙な場所での怪談語りの依頼などもきておりますが、各々情報解禁のタイミングがありますので、じょじょに公開いたします。
 
 まず29日の「Dark Night 8」は、予約は満席。当日券が若干出るかもしれません。どうしても行きたいという方は、当日はやめにキャンセルが出た場合のみ、オフィスイチロウのブログ、ツイッター等でお知らせいたします。
 濃い、怪談トークになりそうです。

 7月10日(水)から隔週で、大阪芸術学舎での講座が始まります。
 題して「続・日本人と怪談」。
 こちらは学術的なお話を、ということですので、怪談をその歴史や、日本の文化などに照らしながら、その技法などにも踏み込みます。もちろん、ちょいちょいと怪談も語ります。まだ受講者募集やってんのかな?
 場所は大阪の梅田です。
 お問い合わせはこちら

 8月3日は「不安奇異夜話 大阪堀江乃怪2013 夏乃陣」にゲスト出演いたします。
 ファンキー中村さん、雲谷斎さん、そして、ぁみさんという、もうお馴染みメンバー。

 ご予約等はファンキー中村さんのHPからどうぞ。
 
 そして「Dark Night 9」も8月末ないし9月上旬に同じ会場、同じ時刻で開催いたします。
 詳細ゲストは未定ですが、またまたユニークなゲストに交渉中です。

 秋には、夏だけの季節労働者脱皮のために「Dark Night」のスペシャル版として、東京での公演を考えています。
 これはひとえに皆様の応援があるかないか、だけにかかっております。
 よろしくお願い申し上げます。

 
 


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2013年06月26日

プライベート・カイダン

 中山市朗です。

 遅まきながら、報告です。

 22日深夜、プライベート怪談、無事終了いたしました。
 この日は16人の怪談マニアが参加。
 最近、常連さんの顔を見なくなったんですが(もうネタがない、と言われた)、常連さんになりつつある人たちと、それに初参加という人たちが半々くらい。
 現役の学生さんから、前回の引き続いての元自衛官の方、映像制作に長く携わっている方、千日前でずっと警備員をやっていたという方も来られて。
 あと、ネトラジで怪談番組を配信しているという方も、何人か。
 みんな好きなんですなあ、怪談。それにみなさん、話もうまい。

 今日もいろいろな話が出ました。
 印象に残ったのは短いのですが、航空自衛官の見たモノとか、無人島に出る妖怪(おそらく、ですが)、ニュース映像の編集中にずっと映っていた奇妙な映像の話、いつも渋滞が起こる場所があって、その原因はある怪奇現象だったとか、工事現場にいつもいる作業員が実は・・・とか。キューピーという話も奇妙で、場所もわかったので行ってみたいと思います。どんな話って?
 いずれ『幽怪案内』に収録します。これは文章より語って怖い話だと思いますので。
 あと、ある有名な都市伝説が「あれ、おそらく僕が先輩から聞いた体験談をあちこちで話したのがオリジナルだと思うんです」と、そのオリジナルの話から、雑誌に都市伝説として掲載されるまでの経緯や変化していく過程などを、その方もマスコミにいた方なので、ちゃんと観察しているんで興味深く聞きました。ちょっとその話も貴重で面白かったなあ、と。
 それと千日前。
 いろいろ裏話が聞けました。
 この方は単なる警備員というより、管理する立場にいた人で、また過去から千日前の警備や建築に関わる業者さんとの取引もあって、かなりいろいろな話を聞いているらしくて・・・あ、なるほど、と思った話もありました。
 この話を聞いてから、千日前ロケをするべきやったかな?

 次回は9月末ごろにと思っています。


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2013年06月23日

ワンス・アパン・ア・タイム・イン・ジャパン その4

 中山市朗です。

 いわゆる従軍慰安婦問題について考えてみようと思ったのですが、せっかくの機会ですので、私の両親の戦時体験の話を。

 私は、中学生の頃、プラモデル作りにはまりまして、帝国海軍の軍艦やドイツのタイガー戦車なんかを作って、棚に飾っておりました。真珠湾攻撃の隊形とか、ミッドウェイ海戦の陣形とか。ジオラマですな。
 かっくいい、と思っていました。
 しかし、同封されている解説書を読むと、ほとんどの日本の艦船が連合軍によって沈められていることを知るわけです。太平洋戦争で日本が負けたことも、空襲があったことも、本土決戦の準備をしていたことも知ってはいましたが、こうも片っ端から沈められているとなると、これは、どんな戦いを日本はしたんだ? という疑問が湧いたわけです。
 で、戦記ものや太平洋戦争を解説した戦史などを読むわけですが、やはり戦争に生き残った人の話が壮絶で、考えさせられたものです。
 親父は、前回書きましたように徴兵はされていませんが、舞鶴で働かされていたそうです。中学生ですよ。「本当は勉強したかったのに、やらせてもらわれへんかった。わしは戦争と天皇を憎む」と親父は言っていました。でも戦争映画は好きで、一緒によく見ていましたけど。
 当時の親父はちょっと病弱気味だったらしく、学友たちは工廠で働いていたんですが、親父だけは事務職ということで、別の建物に机を置いて事務見習い、みたいなことをやっていたそうです。工廠、舞鶴は日本海唯一の帝国海軍の港があって、軍直属の軍需工場があったんです。それが工廠です。
 で、一度だけ親父は風邪をひいて、兵庫県の実家に一晩だけ帰ったことがあったらしい。するとその田舎の空に物凄い飛行機の爆音がして、見てみると飛行機の大編隊だったそうです。
 夜、軍港に帰ると、港が焼け野原。事務所も吹っ飛んでいたそうです。「風邪ひかんかったら、死んでた」そう思ったそうです。そして学友が大勢死んだ・・・。多くは徴兵工や学生、女子挺身隊だったそうです。「田舎で観た飛行機の大群は、B29の編隊やったんや」とも気付いたわけです。
 と、翌日もB29の編隊が。このときは仕事場がなく、配置換えの号令を待っていたら、空襲警報が。慌てて防空壕に入ったが、高射砲がB29の編隊に向かってパンパン撃っているのが見える。その真下で爆発し「撃墜した!」と思って硝煙がなくなると、敵はゆうゆうと飛んでいる。日本の高射砲じゃ届かなかったんですな。
 結局、空襲が終わって外に出てみると、調整修理が完了し、明日にでも出港するはずだった駆逐艦のマストだけが海上からヌッと出ていたそうで、駆逐艦を沈められた悔しさより、駆逐艦に乗せた食料がもったいないというか、「あれ、乗せんと食べたらよかったなあ」と、それを思ってますます腹が減り、なんともしれない虚しさがこみ上げてきたといいます。とにかく食べたい、そればっかり思っていたとか。
 父の兄は中国大陸での陸軍伍長。朝鮮にも一時いたそうです。生きて帰ってきました。詳しい絵日記をつけておりまして、これがなかなか貴重な資料です。この日記も今回書きます「慰安婦問題」の隠れた資料ともなっております。
 母は当時、小学生。竹やりでB29を落とす、という軍事訓練を実際にやっていたそうで、子供ながらに「あほくさ」と思っていたそうです。母は『新耳袋』で書いたようにお寺の娘で、檀家の人たちのお布施などもあって、けっこう饅頭やお菓子が口に入ったと言います。父がさかんに「寺はええな。お母ちゃんはほんまの空腹を知らんやろ」と恨み節を言っておりました。
 母の兄が海軍中尉。特攻で散ったと聞かされましたが、母はあまりそういうことを話さなかったように思います。
 そういう戦争体験者がまだまだいっぱいいました。私は興味津々にその体験談を聞いて回りましたが、今考えると、怪異蒐集の下地がここにあったのかもしれませんねえ。
 戦艦大和の沖縄特攻の生き残りというおじさんがいました。本人は何も語らず亡くなりましたが、英語、仏語、独語、中国語などができる東大出のインテリだったそうです。
 大和の乗員はこのとき2740名が死亡。生き残ったのは約1割の276名といいますから、貴重な生き残りですが、よほどの地獄を見たようで「あの体験は墓場にそのままもっていく」と言って家族にさえ何も語らず、本当に墓場へもっていってしまいました。
 中学のときの化学の先生は、ガダルカナルの生き残りだったそうです。劣悪な環境の元、敵と交戦して戦死するというよりは、飢えとマラリアと赤痢で死ぬ兵隊がほとんどだったとか。もう死ぬ、という兵隊には最後ににぎりめしが一つ与えられたらしい。米のメシなんて手に入らないから、それがうらやましかったと言います。ただ、そのにぎりめしを口に運ぶ力もなく、ただただ、黒いにぎりめしを手に持ってじっと動かない兵隊。黒い。そう、最初ノリが巻いてあるのかと思ったそうですが、よく観ると、ハエが真っ黒にたかっていた・・・。
 この先生、戦場で火の玉の大群を見たそうです。さんざん地獄を見てきたので、それが恐ろしいもの、とは思わなかったそうですが、霊魂はあるんやと思ったと。すると別の兵隊から「あれは骨の中のリンが燃えてるんや」と聞かされて納得したものの、故郷に生還した途端にあの火の玉のことが忘れられなくなって。それで調べたら、リンは燃えてもあんな火の玉にはならないことがわかって、じゃあなんだ、という疑問が、先生を化学の道に導いた、と。

 これは母の体験。
 終戦間際、買出しに行こうと駅で汽車を待っていたら、ほぼ定時に到着した。
 ところが、ぷうんと嫌な匂いが。乗降口を開けると・・・中は修羅場だったといいます。乗客は血まみれで大勢が死んでいて、それが女学生や子供や、乳飲み子を抱きかかえたままの女の人らしきものもいた。らしき、というのは破裂して原型が残っていないような人たちがいた、というんです。思わず嘔吐したそうです。列車走行中、米軍の戦闘機が飛来してきて、機銃掃射をやったらしいのです。
 スピルバーグの『宇宙戦争』で、踏み切りを火の海となった列車が通過する場面があったじゃないですか。あのイメージを思い出すのですが・・・。
 戦後母は、東京に奉公に出て、そこで生きることに必死のパンパンの女性や、どさくさで大もうけする朝鮮や中国の人たちを見た、といいます。
 豪邸に住む人と、バラックから抜け出せない人、その差はあまりに激しいものだったそうですが、物凄く稼ぐパンパンガールもまた事実いて、えらい儲かるんやなあ、おいしいもの食べてるみたいやなあ、正直うらやましいな、とも思ったと言います。

つづく





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2013年06月21日

配信アリ

 中山市朗です。

 先日、「ダークナイト8」の打ち合わせのため、竹内義和さんの事務所へお伺いしました。
 ザックリとしたテーマ出しと、だいたいの流れを確認。
 以前、プロなのにザックリとした流れでいいのですか、なんて疑問を持たれた方もおられましたが、セリフが決まっている芝居ではないので、たいていザックリとした、ことになります。
 また、ライブの1週間前に想定したことと、当日のお客さんの雰囲気だとか、空気だとか、そういうものが違う場合があるわけです。
 常連さんが多い、とか、今回あ初めてのお客さんが多い、とか、女性が多い、年齢層がどうとか、リクエストがある場合もあるし、質といっては失礼ですが、怖がりの空気のときと、そうではない空気のときとか、いろいろあるわけです。そういう空気を読み取りながら、ライブ全体の舵取りをしますので、打ち合わせ時に用意しておいた話を全然使わなかったというライブもあったりするわけです。
 まあ、うまく舵取りできない場合もあります。そのときはもう、すいませんです。

 例の「サイキック青年団」に限らず、ラジオ番組もほとんど打ち合わせなし。ただし、テーマとかコーナーの時間の調節といった指示はありますけど。
 東京のライブや放送番組は、えらく細かく打ち合わせしますけど、こと怪談に関しては「そこまで決めなくていい」とよく私は、ディレクターの人に苦言を申しております。
 私の意図するものは、相乗する怪談、です。
 ゲストを迎えての怪談ライブの魅力はそこだと思います。 
 
 まあ、なるべく「サイキック青年団」のノリを踏襲した怪談会にするつもりですので、当日は、まあ私もどうなるのか楽しみ半分、不安半分ではありますが、きっと面白い怖い怪談特集になると思います。

 さて、本日は「幽怪案内」配信日であります。
 
 まずは無料配信。ファンキー中村さんと怪談談義はまだ続いています。
 今回も、私の体験談を話しています。話せば止まらない。でも私は何を見たのでしょう?

 有料は今回は4話。
 まず「風の吹く部屋」と「安い部屋」。奇妙な間取りと、あんまり安い家賃の部屋は、ご用心。次は「なつかしいラーメン屋」と「噂の女」。
 「噂の女」はその女の幽霊が出たという、大阪府犬鳴峠のトンネル内で、真夜中ロケを敢行したものです。このトンネルですよ、いつぞやの「新耳袋・殴り込み」でメンバー一同が自転車でこの中を突っ切ったという無茶をやったのは。そして、車の車体に手の跡がベットリついて、田野部編集長が「ついに撮った」と男泣きしたとういう・・・。

 「幽怪案内」はTBSらじこんからどうぞ





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2013年06月20日

ワンス・アパン・ア・タイム・イン・ジャパン その3

 中山市朗です。

 戦後、パンパンガールに身を落としていった日本の女性たち。
 ルーズベルト夫人のように、これを頭からケシカランと言うのは簡単です。今の我々がそれを嘆かわしいと思うのも当然です。しかし、ではなぜ、15万人ものパンパンガールがいたのでしょう。彼女たちはけっして強制されたわけではありませんでした。自主的にそれを望んだわけです。あるいは選択せざるを得なかったのです。
 当時を考えてみましょう。

 戦争が終わったら、夫や身内が亡くなっていた。家も焼かれた。財産もない。行くところがない。食うものがない。でも、戦争は終わって平和にはなった。生きていかなきゃならない。
 さあ、女性のみなさん。あなたならどうします? バイトを探す? コンビニも外食産業もありませんよ。いや、あたり焼け野原。バラックの家がぽつぽつとあるだけ。それどころか当時のことです。女性が社会に出て食べていけるという基盤がない。で、配偶者もいない。国は負けたわけですから国には期待できない。経済もどん底。食料はない。でも、生きなきゃならない。女性たちのなかには、夫は死んだが幼子は残った、という人たちも大勢いたでしょう。婚約者や許婚を亡くした人も。
 とにかくそんな焦土化した日本で、食わないといけない。食うためには金がいる。そしたらお金をもっていそうなのは米兵でしょう。
 ここにきれいごとはない。あった人もいたでしょうけど、それは多分余裕のある人。
 まあ、当時の敗戦でなにもかも失って薄汚れ、飢えて、自信喪失してしまった日本人からすれば、血色のいい米兵はたのもしく、たくましく、まるでアイドルのようなものだったでしょう。
 昨日まで「鬼畜米英」なんて言っていたのが、もう今日には進駐軍のジープを追いかけて「ギブ・ミー・チョコレート」ですから。
 女性たちもしたたかに生きていくには、そういう米兵相手にセックスを売る、ということが自分たちにできる唯一の生きるための方法だったと思うのです。そして法外な金銭を手にした女性たちがいたことも事実です。そこを今の感覚のまま、飢えたことすらない我々がタイムマシンに乗って当時へ行き、女性の人権や道徳をその女性たちに説いたところで、「あたいらの生活に口出しするんじゃないよ」と石でもって追い返されるだけでしょう。
 まあ、我々の前にいきなり100年後から来た人物というのが現れて「キミのしていることは、100年後のボクたちの世界からすれば、倫理に反する行為だからやめたまえ」なんて言われても「はあ? お前正気か。ほっとけや」って言うでしょうからね。
 おそらく、ですが、パンパンとなった彼女らの心の中には、葛藤や屈辱もあったでしょうが、「金がほしい」「もっと贅沢したい」「カッコイイ外国人の彼氏がほしい」という欲望も大きかったと思うんです。今も「外国人のほうがカッコイイ」なんて言って日本人の外国人コンプレックスは昔からありますもん。とにかく、人間とは欲望に対して貪欲に生きるモノなのです。そこがまた人間らしいのです。

 しかしね、問題はもっと根深い。
 以前、YTVの『そこまで言って委員会』で慰安婦問題がテーマになったとき、「男のセックスを考えると」という問題になって、小渕愛子という弁護士が「自分で処理することもできるでしょ」発言をしたわけです。これ、私も何人かの女性から直に同じ発言を聞いたことがあります。
 おいおい、と私は思うわけです。
 確かに女性が男の欲望の餌食になる、つまりレイプなどはあってはなりません。しかし、一方男は、16か17歳で徴兵されて、お国のために死んでくれ、と言われるわけです。中には特攻で死んでいく者もいるわけです。
 まだ、高校生ですよ。
 あるいは、特攻隊のパイロットのナビゲーターとして中学生も志願制で召集されたとも聞いています。当然、この子も助かりません。
 だからといって、その少年たちに「女を買え」とは言うつもりはありませんし、色気より食い気の年頃でしょうが、その食い物も満足に食べさせてもらっていない。そんな「お母ちゃーん」と叫んで死んでいく少年たちに、もし男として生まれたのだから、せめて一度だけ女性というものを知ってから死にたい、と言われて「あんたの言ってること、人権侵害だからね。自分で処理しなさいよ」というのも残酷ではありませんか。でね、死んでいく少年たちは正直、国や天皇陛下のために死んでいくというよりは、故郷の母や、あるいは恋人、つまり日本の女性たちのために死ぬ、という大義で課して自ら納得して死んでいったわけです。
 つまり、戦争という異常な状況を考えねばならないわけです。女性の人権もなかったけど、男たちの人権もなかった。突然赤紙がきて、その途端、日常が消えるんです。そして、死を覚悟するわけです。母や妻や婚約者たちも、その子供たちもひょっとしたら、もうこの人は帰ってこないかも、と覚悟するわけです。慰安婦問題となると、女性の人権の話にのみ特化しがちですけど、「戦争とはすべてを失うものなんだ、むごいモノなんだ」と誰も言わないのはなぜなんだ、と私は思ったわけです。この場合、責められるのはパンパンや慰安婦となった女性たちではなく、慰安婦に通う兵士たちでもなく、そんなものを作り出した戦争というやつです。
 先日亡くなった私の父は、終戦時、中学生でした。あと1年か2年早く生まれていれば、徴兵されていたでしょう。となると戦死していたかもしれません。いや、一度舞鶴で空襲にあって死にかけたらしいです。そしたら私は存在していません。また、私の友人の父は、特攻を命じられ明日出撃という前日に、終戦になったといいます。つまり戦争があと1日続いていれば、私の友人は確実にいなかったということになります。特攻は志願制でしたが、好き好んで死ぬ若者なんていません。
 女性の人権どころか、国家をあげて殺し合いをしているのが戦争です。人の命が軽い時代です。生きるのに精一杯、それが戦争です。
 それこそ自分で処理しろなんて、まったくことの本質を見ない意見です。失礼です。

 だから今、21世紀の政治家や評論家、マスコミの言っていることは、今の我々の価値観でしかなく、当時にはまったくもって通用しないと思うわけです。ただし、将来そうはならないように議論する。これは必要なことです。
 歴史を学ぶことの意義の一つはそれでしょう。
 この場合は、今の倫理観、価値観、国際上のルールでもって過去を見て、再びその悲劇が起こらないような社会を実現化する。もちろん、女性の人権を守ることは再びパンパンガールのような女性たちを、戦場に再び慰安所を作らないためにも必要不可欠な課題であることは明白なことであります。
 橋下さんの発言は、外国人からすればパンパンのようなものを肯定しちゃったように思われたんですな。そら責められるわ。

 さて、いわゆる従軍慰安婦の問題について考えます。

 つづく


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2013年06月19日

ワンス・アパン・ア・タイム・イン・ジャパン その2

 中山市朗です。

 戦後まもなくに、日本の街角に現れた米兵相手の娼婦、パンパンガールと呼ばれた日本の女たち。
 もともとパンパン、あるいはパンパンガールというのは、終戦直後、日本政府が日本の婦女子を占領軍兵士から守るという意図のもとに「特殊慰安施設協会(RAA)」を設置したことから発祥したといいます。恐ろしいことに、第二次大戦末期、ベルリンがソ連軍に占領された際、10万人がレイプされ、1万人が自殺したとあり、全体で200万人のドイツ人女性が連合軍によってレイプされたとの推定数もあります。ですから日本政府はそんなことが我が国土で起こることを恐れたわけです。
 RAAは連合国総司令部の認可に基づき、各都府県に発令されたものですが、連合国総司令部からの要請であったという説もあります。ところが性病が蔓延したことと、ルーズベルト前大統領夫人の強固な反対運動があって、1年もたたずにRAAは閉鎖します。ちなみに閉鎖された途端に米兵による日本婦女子への暴行、強姦事件は10倍以上に増えたという数字もあります。
 さて、政府からの求人で召集されながらいきなり職場を失った女性たちは、何の保証も受けられず、ある者は街角に立ち、ある者は愛人関係を結んで私娼化しました。そして朝鮮戦争の需要もあってのことでしょう、一時、パンパンガールは15万人にもなった、というわけです。米映画の『トコリの橋』の淡路恵子とか『サヨナラ』のナンシー梅木の役柄は、そういやオンリーですわな、あれ。欧米人は芸者といえば娼婦だと思っている人が多いようですが、おそらくパンパンガールと混同しているのだと思います。
 ともかく、ルーズベルト夫人の反対運動は公には認められ、日本政府も占領軍もその関与から手を引いたわけですが、人間の欲望は抑えるわけにはいかなかった、却ってそれらは規制や管理から解き放たれ、拡散していったということになります。

 さて、我々は今21世紀に生きています。
 今、我々は21世紀の倫理観、価値観、そして21世紀から見た歴史観で物を言い、議論しています。そして当時は仕方なかったんだ、どこの軍隊でもあったんだ、という橋下さんのような発言をすると、たちまち世界中からバッシングされます。今になって当時をきれいごとで語る、あの女性の人権無視は許せないなんて、世のジャーナリストや政治家はもっともらしく言います。そら、言うだけなら簡単に言えますよ。で、私は女性の人権を無視した慰安婦はけしからんと思う、とか、ああいうことは認めてはならない、なんて、ジャーナリストや政治家や評論家といった人たちは、みなマスコミで言うわけです。そしてまた言います。「橋下発言は問題がある」と。
 先日、テレビ大阪の「たかじんNOマネー」という番組で、8人のパネラー全員が橋下発言に問題あり、としたものの、視聴者による電話アンケートでは8割が問題なしという結果が出てしまいました。大阪という特異性もあったとはいえ、もう、韓国人ええかげんにせえよ、という本音が出たと思うんです。在日の多い大阪ですよ。一方、私は何者ですと顔と名前をさらしている著名人であるパネラーは、うかつなことは言えない。ちょっとした失言で足をすくわれて、バッシングにでも遭うかもしれない、非常識な奴と思われるのはイヤだ、そう思うと無難な意見になっちゃうかもしれません。で、名前も顔も出ない電話アンケートとなると、本音が出た、ということではないんでしょうかね。私もこういうこと、たまにブログに書いていますが、勇気がいるんですよ、ホントのところ。
 でも、タテマエ論では仰せごもっともな議論ばっかりで、何の実りもありませんよ。

 さて、今の議論だと、とりあえずいわゆる従軍慰安婦問題は、日本が謝罪するとなんとか収まる、なんかそんな感じです。過去、何度も日本人は謝罪してきました。総理大臣から韓国へ修学旅行に行く高校生まで。
 でも、それは絶対にしてはいけない。何も考えずに謝罪してしまうと、もう日本人としての誇りを失うことになります。日本人はそんなに悪い民族だと、みなさんは思いますか? そして、すぐに謝罪をすればいいなんていう考えは、歴史認識というものをおざなりにすることになると思います。
 歴史認識。
 韓国の言っているファンタジーの歴史認識とは違います。我々日本人がしっかりと持たねばならぬ歴史認識です。
 
 さっき述べた戦後日本におけるパンパンガール。あの人たち、日本政府やアメリカ軍に翻弄されながらも謝罪を求めたことはありませんよね。飲み屋でおばあちゃんが言ったように「えらい儲けた」ということもあったのかもしれません。しかし当時を生きた人の話を聞くと、どうやら今の我々の物差しでは測れないものがあるようなんです。

 で、ちょっと当時置かれた女性たち、いや、男たちの境遇をも考えてみたいと思います。
 そこにきっと、今の我々がぜひとも考えねばならない問題がありますから。

 つづく


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2013年06月15日

私は告知する

 中山市朗です。

 お知らせです。
 竹内義和さんをゲストに招いての「Dark Night パート8」は、残りわずかとなっております。お早めにお申し込みください。

 メールからどうぞ。
 ダークナイト専用ページはこちら

 一方、「プライベート怪談」はまだまだ余裕があります。怪談を語る、というのが大きな枷になっているのかなあ。でも、そういう会ですから。霊感なんてなくていいですから。そんなにスゴイ話でなくてもいいんですけど。夜を徹して、和気藹々、怪談を聞き語るというのは、いいものですよ。また、そういう場にいると、いろいろ思い出してくるものですよ。

 メールからどうぞ。
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2013年06月14日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日14日金曜日は、「幽怪案内」配信日です。

 まず無料配信はファンキー中村さんとの「怪談談義・パート4」。前回の続きとして、「幽怪案内」の撮影時に起きた怪異を私が披露。すると今度ファンキー中村さんが応酬。以前生まれ故郷のスナックで聞いたという奇妙な話。私の話もそうなんですが、幽霊なのかなんなのか、ああいうものはどうも見たときは、不思議といえば不思議なんですが、確信がもてないというか、ただヘンな奴と解釈しちゃうか、なんですが、後でそれが霊ではなかったかという確信めいた情報なり、追体験なりがあったとき、怪談が完成するわけです。その、怪談になる瞬間、というのが私にはたまらない感動のようなものがあるんです。ちょっとそのへんの話が面白かったかなぁと。

 有料動画は私の語る怪談を3話。

 一本目は2話収録。関西テレビ系の心霊番組の構成とナビゲーターをしていたときの話「1枚の写真」。番組あてに一枚の写真が送られてきて、その検証である霊スポットに行ったときの話です。このとき、ちょっと恐ろしい目にあったんですが、その話を現地で。もう一話の「9号館」という話は、私の出身大学での話。この9号館は今も年一度の飛び降り自殺があるようですが、私の後輩も何かに憑かれたようになって飛び降りかけたことがあったそうです。一体そのとき、彼の身になにがあったのか。
 もう一本は、朝日放送のバラエティの1コーナーとして、心霊スポットをロケしていたときの話。私の体験談です。場所は六甲山の展望台近く。昔、そのあたりに朽ちた歩道橋があって、そこに幽霊が出るという話をやたら聞いていたので、行ってみたんです。そしたらその歩道橋が本当にあって、しかも本当にその歩道橋を渡るモノがいて・・・。
 こちらも現地で語っております。で、この撮影時に私やスタッフは奇妙なモノを目撃したのですが、前回の「怪談夜話」で語った展望台での話がそれであります。

 さて、六甲山で思い出した話があります。だいぶ前の話ですけど。
 ある女性芸人さんから「これ、私の話なんですけど」とお聞きした話です。その人、髪が背中まである長髪で、細身で、なんか雰囲気ある。ある日、彼氏と夜の六甲山へドライブに行ったらしい。そしたら何かのきっかけで車の中でケンカになって、真っ暗な道に置いてけぼりをくったらしい。
 泣きそうになりながら、ともかく車がきたら停めて乗せてもらうしかない。
 で、車のヘッドライトがきた。手を挙げてその車に向かって振ってみた。すると車は停まってくれたらしいんですが、彼女、助かったとばかり、笑みを浮かべて乗せてもらおうとしたら、そのとき運転手の顔がみるみるひきつると「出たあ!」と言って急発進。そんなことがその夜、何回か続いたらしい。彼女、白いワンピースを着ていたので、おそらく・・・。
 しばらくして、六甲山のドライブウェイに白いワンピース姿の女の幽霊が出る、との噂がネットにも。確かに、真夜中の六甲のドライブウェイに、そんな格好の女がひとりポツンと立っていて、こっちに向かって手を挙げていたら・・・。


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2013年06月13日

ワンス・アパン・ア・タイム・イン・ジャパン その1

 中山市朗です。

 ちょっと嫌な話を書くかもしれません。今、韓国、中国、そしてアメリカまでなんのかんのと言い出した、日本のアジアにおける歴史認識、とりわけ、いわゆる従軍慰安婦問題について、どうしても考えていただきたいことがありますので。ですから、そんな話題に興味がない、という人は読まないでいただきたいと、最初にお断りしておきます。また、日韓両国のことを思うとちょっと不快な思いをされる方もおられると思います。しかし、それでもなお書かざるを得ない衝動があることも察していただきたく思います。まあ私もモノ書きのハシクレとして、思ったらその真意を問いたいという性分でもありますので、お許しを。ちょっとまた、長期連載になりそうですが、間にちょこちょこ別の話題やお知らせが入りますので、そこのところもどうかよろしく。

 私は昔の映画が好きで、最近は衛星放送などで戦前戦後の邦画をよく観るのですが、驚くのは空襲で壊滅したはずの東京や大阪の街が、数年で復興している姿がフィルムに写っていることです。
 戦後すぐのスチール写真なんて見ると、大阪はホントに焼け野原。ただ、大阪城と高島屋など大きなビルは残っていたようですが、大阪城は500キロ爆弾が直撃したものの不発、本丸の石垣に爆弾の痕跡が残っています。また、大きなビルは焼夷弾では燃えなかったんですかね。四天王寺伽藍がメラメラと燃え盛っている写真も見たことがあります。もう、むなしいですわ。

 成瀬巳喜男監督の『めし』は戦後6年経った昭和26年公開の映画ですが、もう大阪の街は復興していて、観光バスで中之島公園や北浜の証券取引所のあるビジネス街、御堂筋の街並みを見て回るシーンがあります。初代ゴジラは、品川から上陸し、新橋、数寄屋橋、銀座を破壊しつくしますが、まだ戦後8〜9年の東京です。
 あの、日本人の尽力というか、底力というか、あるいは裸一貫となった大部分の人たちが、どうやってあんな短期間であれだけのことをやってのけたのか、私は古い映画を観るたびに不思議でなりませんでした。そら、日本の労働者の勤勉さ、日本政府の政策、権限の大きさにもあった。立派な政治家いましたもんねえ、当時は。教育水準ももともと高かったし、もちろんアメリカからの援助もあったことも認めます。東西冷戦における日本の位置とか朝鮮戦争とか・・・。
 そんな話をある飲み屋でしていたら、戦中戦後を生きたというある女性が「女の力も大きかったんやで。なんせパンパンといった人らは、物凄い稼いでいたからな。あれが復興の一つの原動力やったんやで。正直、私らも憧れやったで」と言ってきたのです。
 パンパン。
 知ってます?
 戦後まもなく、日本の街角に現れた街娼のことです。相手は占領軍兵士。特に愛人契約をしていた場合「オンリー」とか言っていたらしい。もちろん日本の一般女性たちが娼婦となったわけです。
 ちょっと調べてみますと、終戦の翌年には全国で7〜8万人ものパンパンがいて、劣悪な境遇にあった女性たちも大勢いたのでしょうが、それでも彼女たちは当時国家予算の35分の1を稼ぎ出したといいます。たしかにこれはすごい!
 さて、このパンパンになった女性たちの背景にあったものとは、どのようなものだったのでしょうか。

 つづく




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2013年06月12日

千と刑場の神隠し その2

 中山市朗です。

 さて、前回の続きです。
 明治4年、明治政府は刑場、焼き場などを廃止。墓地も阿倍野へ移転して、歓楽街にしようとします。実はこういう墓場、寺のあるところは栄えるんですよ。
 神仏の信心は止める者に罰があたる、とかいって「ちょっとお参りに行ってきます」というと誰も咎めなかったんですね。で、千日供養や、という名目で毎日お寺に通う、ふりをして、近くの色町へ通う。というのが道楽者の風習でして、だから寺や墓地に隣接して歓楽街はできたんです。道頓堀なんてそうでした。千日の墓所の近くを歓楽街として賑やかにするというのが当初からの幕府の政策でもあったわけです。ですから案外、千日前という名も、色町の女性目当ての人たちによって名づけられたのかもしれませんねえ。
 明治政府がとった政策もそれですな。寺、墓所の跡に歓楽街を造る。東京の浅草、京都の新京極もそういう歴史を辿りました。
 浅草には小塚原刑場と吉原遊郭が奥州街道沿いにありましたし、その先の荒川というのは結界を意味していました。鈴ヶ森刑場は品川遊郭と東海道沿いにあり、多摩川が結界でした。
 京都は化野と粟田口に刑場や墓地がありました。粟田口へ向かう道はやはり東海道、つまり今の国道1号線に沿っていまして、磔台や獄門台が並んでいました。東海道から京に入る旅人は、磔や生首を見て、「あ、もう京都に着いたな」と思った・・・のでしょうか?
 新京極はその粟田口へと向かう出発点でした。市中引き回しの罪人はここで最後の念仏を捧げられました。京極というのは、京の端という意味です。
 だから、墓地と繁華街というのは、表裏一体なわけなんです。梅田もそう。江戸時代の古地図を見ると、なんにもないところに、梅田墓地、とあります。近松の「曽根崎心中」の主人公たちの心中する舞台は今の露天神のあたり、今は賑やかなところですが、おそらく葦の生えるようなさみしい場所だったんでしょうな。葦の生えるような、と言いますと、天神橋商店街のある天神橋六丁目あたりも、葦が生える荒地だったようで、葦原墓地というのが昔ありまして、これは今から1300年前、行基によって作られたわが国最古の整地された墓地であったといいます。今は沖向地蔵が残っているだけですけど。
 京橋もそう。蒲生墓地は今もその一部が京橋駅の近くに残っています。やはり近松の「心中天の網島」の舞台となります。飛田も今や・・・。
 もうひとつ言うと、江戸時代も賭博はご法度でした。で、賭博場は社寺の境内にたったんです。なぜかというと、町奉行は社寺の中で起こることは手出しできなかったんです。管轄外というやつ。だから寺社奉行という役職があった。で、寺は境内を賭博に貸す代わりに、儲けの一部を寺銭としてもらっていたのです。博打を取り締まるのは町奉行の管轄なので、社寺境内で行なわれる賭博は、寺社奉行管轄で行なわれたというわけです。
 墓場や寺のある場所に遊郭ができ、賭博場がある。そら、人が集まる場所になりますわな。

 えっと、千日前のお話でした。明治政府がここを開発しようとして・・・。
 ただ、最初は千日前の土地は書いてがなかなかつきませんでした。そらそやわな、人骨の灰の山とか、獄門台とか、罪人や無縁仏の墓石のあった土地、いりますか? まあ、そこで新政府は「灰処理代」として、一坪50銭出す、ということで、怪しげな見世物小屋ができだしたんです。明治36年、南海鉄道の難波、和歌山間が開通したころから、本格的に開発が進むようになり、そしたら明治45年のミナミの大火。
 これ、いわゆる今のミナミとされる町並みのほとんどが焼失するというもので、このとき、ミナミの遊郭街が飛田に移転したんです。しかしこのとき、南海鉄道がここを歓楽街にするために出資し、ドーム型のハイカラなレジャーセンター「楽天地」を完成させ、ここから千日前の歓楽街の歴史が本格的になるんです。
 「楽天地」は大阪最初の本格的映画館もあり、少女歌劇あり、演芸場あり、水族館あり、地下にはローラースケート場、メリーゴーランドもあるという、まあ大人気でしたやろうね。あっ、この少女歌劇から田中絹代さんが出たんですよ。ただ、この楽天地も御堂筋にデパートができだしたりすると経営が苦しくなり、昭和5年に閉鎖。続いて松竹が「大阪歌舞伎座」をその跡に建てます。6階にはアイススケートリンクもありました。
 これが戦災で残ってGHQに接収され、占領軍のための慰安婦施設として、もう一度言います、占領軍の慰安婦施設として、使われ、その後、デパートとなるわけです。
 そうです。それが千日デパートです。占領軍の慰安婦施設は「ドリームランド」と言いましたが、これはそのまま「ユメノクニ」という今でいうキャバクラ、当時はアルサロ、つまりアルバイトサロンに引き継がれました。これがデパートになってもアルサロ「プレイタウン」として営業していて、千日デパート火災の犠牲者のほとんどが、ここのお客さんと従業員だったんです。ですから亡くなったホステスたちは、学生とか主婦とか、アルバイトの女性たちが多かったと思われます。

 私の知人で、千日前にて代々老舗を経営している人がいまして、はっきり千日界隈には「霊は出てる」と言っていました。客商売なので表に出てないだけ。そして、霊が出る、イコール、悪い場所というわけでもないと。霊が出る、だから繁盛する、という場所もあるんだとか。もちろん「あそこはあかんなあ」という陰気な場所、人が寄り付かない場所、というのもあるらしい。

 まあ、そんなことで、怪談から歴史を知るのもいいのではないかと思います。私も随分いろんなことを知りましたもん。
 そんなこんなで自然と集まってきた千日前怪談を収録いたしました。配信は未定。秋、以降かな、私の体験も語ります。あるんですよ、一つは『新耳袋』に書きましたけど。

 ところで「幽怪案内」では近々、道頓堀怪談を配信する予定です。
 藤山寛美さんも、道頓堀中座で・・・。そして深作欣ニ監督の「道頓堀川」の撮影時にも・・・?



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2013年06月11日

千と刑場の神隠し その1

 中山市朗です。

 先々週、オフィスイチロウのツイッターで、真名子が書き込んでいましたが、そうです、「幽怪案内」のロケを行なっておりました。
 行き先は、なんと近場の千日前。まだ行ってなかった!?
 大阪随一の心霊スポット。
 相変わらずいろいろな怪異な噂を聞きますねえ、ここは。

 午前3時をすぎたあたりでのNGK前でのロケは、なんかヤバかったですわ。ピンマイクで私と真名子の音声をカメラに送っているのですが、どうしてもバリバリバリッとノイズが入って収録できない。カメラマンは『ひどい電波障害が起きている』と言っていましたが、原因はわからない。今までいろんなところでいろんなクルーとロケをやってきましたが、こんなことは初めて。ヨシモトの芸人さんはみな「あそこはヤバい」と口をそろえて言っていますが、やっぱり霊障?

 ご存知のこととは思いますが、千日前周辺で語られる怪異の噂の根源は、一つには昭和47年の千日デパートの火災による惨劇の記憶。でも不思議なことにそういうことをまったく知らない若い人や地方からきた人からも「なんだかここはダメ」という声は聞かれます。「なんかひどく何かが焦げた匂いがする」と言った人もいました。
 私はまったく平気ですけど。
 千日前が霊スポットと噂されるもうひとつの要因は、明治の初期まであそこは千日墓所という墓場であったことにもあります。
 大阪には七墓所というのがありまして、町の中に墓所や寺があるのは穢れる、ということで、墓所と寺は町の周縁に創られました。梅田、蒲生、天神橋、飛田などがそうでして、これらは江戸時代は町のはずれにある寂しいところだったんです。
 なかでも千日前は、大阪の街の南の端にありまして、その先に町並みはなかった。だからあのあたりをミナミというわけですな。今はミナミの南にアベノなんてありますからな。大阪の市街地が拡張したわけです。そして千日の墓所は明治に移転してしまったわけですが、その先が今の阿倍野斎場
 
 さて、みなさんが今後、千日前に行かれたとき、いろいろ興味をもってもらえるようにちょっと現在の千日前から、江戸時代の千日墓所の痕跡を紹介しましょう。

 まず、千日墓所、当初は難波村墓所と言われていましたが、これは大坂城から見て、裏鬼門の方向に作られました。風水ですな。
 千日墓所は西を向いていました。正面入り口は堺筋の黒門でした。そう、今は黒門市場という名で残っていますが、黒門が斎場の受付やったんです。「らくだ」という落語も、らくだの死骸を棺おけに入れて、千日の火屋(火葬場)へ運ぶ描写がありますが、あれも堺筋から黒門を経由しております。さて、黒門から中へ入ると、左手にすぐ獄門台があったようです。さらし首が並んでいて・・・まあ、みせしめ、という意味なんでしょうね。右手は休足所でした。ゆっくり腰掛けて、さらし首を見たんでしょうか。そこから先は左右に墓地が広がっていました。売られた女や身寄りのない人、捨て子、乞食、罪人といった無縁仏もたくさん葬られていたようです。さらに歩くと迎仏があり、そこに川とも溝ともいえない水の流れの上に無常橋というのがありました。ここを渡ると死者の世界です。迎仏は今、阿倍野墓地にあるようです。
 その先にちょっとした広場がありました。六坊と呼ばれる場所で、お地蔵さんが並んでいます。その奥に榎の大木があったようで、そこに榎神社がありました。榎神社は今、オリエンタルホテルの北側の筋に榎地蔵尊という祠があり、それが痕跡のようです。「竜王尊」という幟がたっていますが、これにはいわれがあるようでして、由緒書きには「明治初期に区画整理で榎神社の境内の大きな榎を切り倒そうとすると、そのたたりが職人にふりかかり、白蛇を祀ったら祓われた」というようなことが書いてあります。
 さて六坊の南側に斎場という焼き場がありました。そして灰山もありました。
 時代によってこれらは動いていたようですが、だいたいオリエンタルホテル、NGK、ジュンク堂書店のあたりが斎場と焼き場と灰山。灰山とは焼け残った人骨と灰がうずたかく詰まれたボタ山です。今みたいに綺麗に焼けませんでしたから。
 で、首切り場、いわば仕置き場はアムザ1000のあたりにありました。ただ、首切り場も地面に血がしみるとよくない、ということで、よくあちこち移動していたようです。仕置き場は大阪七墓の中で、阿倍野と千日にだけあったようです。
 仕置き場のすぐ北側には自安寺という日蓮宗の寺があり、おそらく仕置き場は自安寺の敷地だったのでしょう。自安寺は今は同じ道頓堀筋でも堺筋を越えた、旧ニツ井戸という場所に移転していて、ビル内にあります。そして、自安寺跡は現在三津寺墓地となっております。
 アムザ1000でサウナに入って、ちょっと涼もか、とベランダに出て、外の景色を見る。「えー気分やなあ」とふと下を見ると、墓場!
 それが三津寺ですわ。やっぱり無縁仏の墓石がぎょうさんあります。道頓堀を私財を投げ打って掘削したという安井道頓さんの墓もここにありまっせ。
 ちなみに、千日デパートの火災で亡くなった方は118人、仕置き場で処刑された人は118人。なんと同じ数だったという噂がネットに流れているようですが、何の根拠もないことです。
 200年以上の歴史のある仕置き場ですよ。たった118人ってことはない。江戸の小伝馬の刑場では年間に少なくとも100人は処刑されたといいますから、それを考えると118人なんて、一年も経たずに、そんな数字越しちゃったんじゃないですか? 処刑される人数はひとつの処刑所でだいたい一日一人計算、とある書物に書いてありました。
 ちなみに当時のことです。4割は冤罪だったとか・・・ええっ!
 
 さて、墓所の北側には竹林寺と法善寺が、道頓堀から南墓所へと向かう道の南北に並んでいました。今の金龍ラーメンのあるところから南へ行く曲がり道です。
 あの筋に「水掛け不動」という札が上がっていますが、それが法善寺。
 竹林寺は数年前までありました。千日通りから二重の塔が見えてました。そこが竹林寺やったんですが、今、あそこラウンドワンになっちゃいましたねえ。法善寺は水掛け不動さんとその近くにあります金毘羅さんがそうですが、当時は当然ながら、もっと大きな立派な寺院でしたが、本堂は戦災で焼けてしまいました。以来再建されていません。今の法善寺横町は法善寺の境内だったんです。
 江戸時代、難波村墓地には、さっきも書きましたように無縁仏がどんどん運ばれてきて、弔いが絶えなかったんです。で、その回向が千日間絶えなかった。それで法善寺、竹林寺の両寺を千日寺と呼び、その千日寺の前の筋、ということで千日前、となったわけです。
 ただ別の説もありまして、一度の参拝が千日にあたるというありがたい千日念仏というのが行なわれ、それが人気を博したというものです。

つづく



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2013年06月07日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日7日(金)は「幽怪案内」配信日です。
 まず無料配信の紹介から。盛り上がってきましたファンキー中村さんとの「怪談談義」のパート3を配信。霊は見ないし感じない、という私が、ひょっとしたらあれは霊ではなかったのか、と思った過去の体験を話しています。なんか、思い出すとたくさんあります。霊をよく見て感じるというファンキー中村さんは、その話を聞いてどう答えるのでしょう。
 そして有料配信は私の語る怪談を三話。
 まずは「母の姿」という話。電車事故で亡くなった息子の首を抱いたまま動かない母親。どうもその母が後日、その場所に出るという話。でもね、このお母さん、死んでいるわけではない。ではなんで? という奇妙な話。続いてそのお母さんの姿を恐れた町内の人がとった行動の一部始終「母の姿・後日談」。

 もう一本は「タカシの引っ越し」という話。
 ある女性の体験なんですが、婚約者のタカシくんの引っ越しを手伝う日、なぜか彼と連絡が取れなくなる。あれ、なんでと思っていると、その夜から実に怪異なことが。後日タカシくんからの元カノが自殺したことを知らされるが、どうもそれが原因らしい。でもなんで私のところに? そこがもう怖いわけでして。
 恐ろしい女の執念というか、怨念というか・・・そういう話。

 「幽怪案内」ご視聴はTBSらじこんよりどうぞ

 



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2013年06月06日

父として男として

 中山市朗です。

 父が永眠いたしました。85歳。なんや難しい病名を告げられましたが、老衰といっていいでしょう。同じ年の生まれには、映画監督のロジェ・ヴァイディム、スタンリー・キューブリック、作家の田辺聖子、映画音楽家の佐藤勝、エンニオ・モリコーネ、マンガ家の手塚治虫、小島剛夕、俳優のジェームズ・コバーン、政治家の浜田幸一といった人たちがいます。こう並べると親父がすごく見えますが、高校の事務職員でした。
 真面目、実直、裏表のない、優しく、穏やかな人で地味な人生を送りました。祖父は画家で好きに生きた人でしたから、私は隔世遺伝でしょうか。
 まあ、親父のことをここに書いても誰も興味はないでしょうが、こんなエピソードがありました。

 私が中学生の頃、列車通学をしていましたが、同じ駅に高校がありまして、これがまあ、ちょうどそのころ流行っていました『愛と誠』の舞台となった悪の花園実業のような学校。
 リーゼントで眉を剃り、ペッタンコのカバンを持ったおニイさんたちが、7、8人でいつも通勤通学客で満員となる先頭車両を占拠しておりました。私と悪友たちはそんなん平気で車両に乗り込んでいたら「おまえら、勇気あんなあ」と言いながら、おニイさんたちはよからなぬ写真を見せてくれ、よからぬ遊びのノウハウを教えてくれました。ン?
 さて、そんな悪の花園実業のような学校に、私の父が事務長として就任したんです。とにかくイキったおニイさん、おネエさん(歩いた後は床が綺麗になっているのではと思うほど長ぁいスカートをお召しになっておられました)ばかりの学校ですから、窓ガラスはすぐ割られる、壁には穴を開ける。それで先生方はその修理を要請するわけですが、親父は首を縦に振らんかったそうです。事務長ですから、親父のハンコがないと予算は下りません。「このままだと授業にも支障が」と言われて親父は言ったそうです。
「そんなん壊した学生が悪いわけやろ。授業に支障があろうが、寒かろうが、そいつらの責任や。なんで修理せなあかんねん。予算のムダムダ」
 で、やがて冬がきまして、教室に冷たい風がどんどん吹き込んで、ストーブなんて全然利かない。するとやがて学生自らが壁を直し、ガラスについては親父のところに「なんとかしてください」と頭を下げに来たらしい。
「今度割ったらほんまに知らんで」と言ってようやくハンコを押して。
 それから親父の就任中に学校の器物が破損することは、ほとんど無くなったといいます。
 イキッてはいてもかわいらしいおニイさん、おネエさんだったんです。
 だから私は、おニイさんたちが占拠している車両に平気で行けたわけなんです。まあ、それがハンコを押さなかった事務長の子やとは知らんかったでしょうけど。

 ところで、父より3歳下のお袋は「ここが痛い、あそこが弱った、もうボケた」と言いながら、まだまだ元気でした。
 あと10年は生きれるで、お母ちゃん。



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2013年06月03日

ご連絡

作劇塾総務のスガノです。

 ただ今、塾長の中山市朗は、父上が倒れられたということで、ご両親の住む神奈川県に行っておりまして、ブログ更新どころではないようです。

 そのまま葬儀、ということが考えられるため、大阪へいつ戻れるのか分からない、ということです。なのでピンチヒッターとして、私が告知などをお知らせいたします。

 中山市朗が講師を務めます、大阪芸術学舎の『続・日本人と怪談』
 受付が始まっています。7月10日(水)を第1回として、全5回の講義となっております。店員は40名。詳細と受付は、こちらから⇒大阪芸術学舎


 また、中山市朗の怪談蒐集の場としてのプライベート怪談会は、今月22日、深夜0時からオールナイトで開催いたします。入場料金などはありませんが、1話は怪談(書籍、ネット、マスコミで発表されているものはNG。友人、家族、職場の人といったニュースソースがわかる話に限定いたします)を語っていただきます。申し込みは、オフィスイチロウのメールでお願いいたします。⇒オフィスイチロウHP


 そして竹内義和さんをゲストに招いての『Dark Night vol:8』は29日の深夜から。これまたオールナイトで開催いたします。
 お申し込みは専用HPからどうぞ。⇒ダークナイト専用HP



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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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