2013年07月

2013年07月31日

苦労/公娼伝説

 中山市朗です。

 最近また、驚くべき記事が朝鮮中央通信から発せられました。
 「日帝は当時、子供を含む敵国の女は殺すべきだと言い散らして他国の女性たちを残忍に虐殺し、自分らの性的欲求を満たす動物的な存在としてのみ取り扱った。
 特に、20万人に及ぶ朝鮮の女性を日本軍の性奴隷に連行し、彼女らの貞操をむやみに踏みにじり、虐殺したような事実は世界のどこの国の歴史にも見られないことである。
 日帝野獣は既婚婦人はもちろん、十代の少女たちまで日本軍に連れて行って性奴隷を強要した。彼女らが伝染病にかかれば焼き殺し、屍は川や山の中に捨て、敗走する時には彼女らを一列に立たせて、一人ひとり首を切り殺した」
 もう、どうしちゃったんでしょうね。おそらくこれは、韓国政府へ北朝鮮が援護射撃に出た、ということで、韓国がもし賠償を受け取ったなら、うちも、という魂胆が見え見えなんですけど。
 しかし韓国は、強制連行して性奴隷にした、と言っていたのが、今度は強制連行して性奴隷にした上に虐殺した、というトンデモナイことになっちゃってます。
 ここまで言われて、まだ「しかし日本軍による関与は……」なんて言っている日本の人権派がいるなら、証拠も無しに「拉致、誘拐して、強姦し、惨殺した」と言われている祖国日本のために、命をかけて戦ってきた、祖父たちの人権は、汚名は、どうなる のでしょう?
 だいたい、敵国の女性たちを、と書いていますが、何度も言います、朝鮮は日本の敵ではありませんでした。ともに戦いました。主語からして間違っとるがな。そんなヤツらに、歴史の真実を知れ、と言われたくない。


 しかし、日本人も日教組による教育で、日本は戦争で悪いことをした、と刷り込まれていますから、議論したり、言われないことだと反論する前に、たいていの日本人は、関わりたくないと、思ってしまいます。すると、ここに関わってヒューマニズムの押し売りをやって悦に入る人権擁護派とか、ビジネスにしようとする人達が、自由気ままに、勝手に歴史を作り、事実の捏造をし、思い込みを正当化しちゃったり、ということになりはしないかと、心配になったりします。で、こういう人達が、日本は謝罪すべきだ、侵略戦争の責任を負うべきだ、なんて一見、ヒューマニズムを振りかざされ、「そうかなぁ」となんとなく、うしろめたさをもって、この問題を考えちゃう。で、つい、謝ったり、基金を作ったり、修学旅行で韓国に行って、子供たちに土下座させたり。そしたら、韓国、中国はますます増長する。なんだかこの繰り返しのように思います。そしてとうとう世界のどこにも例を見ない虐殺者に仕立て上げられてしまいました。いいんですか、これで?
 私達のご先祖様ですよ。その虐殺者の血をひいていると言われているのですよ。
 もういい加減にして、というのが、日本国民の偽らざる気持ちでしょうか。

 昨今の民主党の壊滅、自民党の大躍進の陰に、こういった問題をなんとかしてという国民の期待もあったのではないでしょうか。


 『慰安婦問題とはなんだったのか』を書かれた大沼保昭氏は、江川昭子氏のインタビューにこう答えています。


 「(日本国民は)100%満足いくものではないかもしれないけど、真摯に謝り、精一杯の誠意を示した。なのにゼロ回答か……」という失望感が広まりました。そこから「中韓に謝ってもいいことなんかない。かえって居丈高な態度をとられるだけじゃないか。欧米もなんだ、自分達だって植民地支配をしていたし、性の問題で後ろめたいことがあるのに、善人ぶってお説教か」という怒りが出てきた。
 この怒りは、正当なものだと思います。日本の有力なメディアも、政治家も、私達専門家も、そういう国民の思いを、韓国や中国や欧米に伝えることを怠ってきました。特に政府の責任は大きいと思います(略)。むしろ「国家賠償を行わず、法的手段を取らなかったのは不十分」という論調でした。
 そうしているうちに、国民の怒りを、極端で目を背けたくなるような形で語り、行動する人々が代弁するようになりました。本来は正当な怒りが薄汚い、偏見に満ち満ちた言葉で発信されてしまうようになりました。


 まぁ大沼氏のインタビューを引用したのは、私も同意見だからです。
 氏はもっと本質的なことを言っています。


 若い兵士の性欲処理は確かに本音でしょう。でも本音というのは一つだけではありません。慰安婦となり厳しい生活を生きなければならなかった人がいれば、自分が直接悪いことをしていなくても、「申し訳ない」という気持ちが湧いてくる。この気持ちだって本音です。なのに、前者だけが本音で、後はきれい事のように描くのはおかしい。
 慰安婦だった人達も人間です。よりよく暮らすにはお金が必要だし、病気になれば病院に行く必要もある。それを言うと「そういう言い方は、被害者の人間としての尊厳を侵す。第二次レイプに等しい」という批判が、被害者を支援するNGOあたりから飛んでくる。そういう建前ばかりが語られているからこそ、本音の発言が人々に受け、それを批判しなければならないという、不毛なことになってしまう。
 と。


 兵士の性処理は、人間の本質として考えねばならないことでしょう。
 この問題は専門家やそうでない人含めて、いろいろな人がブログやホームページで意見を述べていますが、こんな意見もあります。
 「私は性風俗に行かないので、慰安所が軍に必要とは思わない。男性への屈辱だ」というものです。
 これどう思います。
 同感、という人、ことの問題性が分かっていませんよ。


 これ、一見もっともな、良識のある話のようですが、妻かあるいは恋人が常にそばにいて、あるいは適当な性的刺激があって、他に娯楽もいっぱいあってという満たされた現在に生きる我々と、妻や恋人と何年も引き離され、常に腹が減っていて、男ばかりの生活の中で、今日死ぬか、明日死ぬか、生きて国に帰れるのか、という過酷な、ある意味常軌を逸した状況に生きる兵士たちと同じに考えてはなりません。また、生命の危機においやられているからこそ、自分の遺伝子を伝えたい、という人間の本能も発動するでしょう。
 かくいう私も死の恐怖にかられたことはないのですからよく分からないですが、ヨーロッパ戦線における連合軍のレイプの実態や、満洲や北朝鮮における日本人女性への暴行、強姦(特にソ連兵はひどかったらしい)などの地獄の惨状を見ると、戦争の異様さや、敗戦国に対する優越感、復讐心などもあいまって、人間は極限によっては、いかようにも残忍な集団になりえることも認識すべきかもしれません。その欲求、ストレスの発散の場所として慰安所が作られたのです。ただし、それによる効果のほどは、私にはわかりませんが。


 でも、若い男達を徴兵し、組織の中に組み込み、死んでこい、という軍の上層部にしたら、兵士たちの性の問題には関知せず、
とは言えないでしょう。だから日本軍には慰安所という売春宿が設けられた。これは事実。
 橋下さんの、例の発言に、米軍司令部は憮然とし、また、日本のこの問題に対し、諸外国は我々はそのようなこととは無縁だ、みたいな顔をしてますが、そんなん嘘八百に決まってます。
 第二次大戦における米英の連合軍は、植民地制のうえでの交娼制を導入していました。これは政府としては関知していないが、現地にその肩代わりをさせていた、というのが実態でした。戦後間もなくの、日本におけるパンパンガールの発祥より、それは見て取れると思います。ベトナム戦争時には、韓国政府からの慰安婦利用の積極的な要請がなされていました。
 まだ、ノルマンディ上陸作戦でフランスに上陸した米軍兵士に対し、『ライフ』誌は『フランスは巨大な売春宿だ』と米兵を鼓舞させる記事を発表し、『星条旗新聞』は、フランス女性を口説くためのフランス語フレーズを連載したといいます。映画『史上最大の作戦』で、落下傘での降下前に、レット・バトンズが口にしているフランス語の意味がわかりました。


 ちなみにソ連は、軍は慰安所を設置しませんでした。
 スターリンは敗戦国の女性をレイプすることは兵にとっての当然の権利、戦利品であるとの考えから、むしろ奨励していました。ソ連兵の行うレイプの数々はほんとうに悲惨で残虐なものだったんですよ。


kaidanyawa at 00:23|PermalinkComments(8)

2013年07月29日

例ダーセ/失われた《証拠》

 中山市朗です。

 私にはどうしても納得できない、日韓併合時のいわゆる従軍慰安婦問題。それに関わる、韓国側が言ってきている、歴史観の問題。
 この一連の「歴史観」の根となった一つは、村山富市元首相の発言でした。首相時代に植民地支配を認め、元慰安婦の人達に贖罪し、「アジア女性基金」を発足させたことにあります。
 私は、この「アジア基金」というのは日本人としての謝罪のつもり、誠意のつもりだったと思うのですが、そういう心は世界に通じない。「結局悪いことやったと認めたから基金を作ったんだろ」と解釈され、韓国は「だったら国として保障しなさい」ということになっちゃったんです。


 『慰安婦問題とは何だったのか』(大沼保昭・著)によると、「アジア女性基金」には日本国民からの寄付金が約6億円に達し、当時把握できていた元慰安婦の半数の人に対して首相の直筆の謝罪の手紙とともに償い金が支払われた、と書いています。ところがこれは韓国ではほとんど評価されず、国家補償をしろ、みたいなことを言いだした。あるいは日本も韓国の世論を変えるという努力もしなかった、また日本のメディアも日韓の対立に焦点を置き、煽り、失敗を強調した、とあります。


 最近のインタビューで当の村山富市氏はこう言っています。
 「多くの国民は談話(侵略したことへの贖罪)は正しかったと考えている」
 「河野談話(慰安婦は強制であったと認めた)を否定しようとしている人達は『家に入ってきていきなり強制的に連れて行き慰安婦にしたとの記録が無い』と主張する。だがそのような証拠は証言の他にはない。そうしたものを記録に残すだろうか」
 村山氏のこの談話、ちっとも論理的ではない。


 「家に入って強制的に連れて行った」、それを韓国政府は、日本軍が組織的にやった、と言っていますが、村山氏は、記録に残っていないことを主張されて、なぜ、納得したのかがわからないわけです、私には。普通、「その根拠は?」と聞くでしょう。
 でもこんな大掛かりなことが行われたというのなら、これは記録に残らない方がおかしいでしょう。30万人ですよ。これは軍令部なりの命令がないと、そんな行動はとれません。軍隊は命令で動くものですから。
 確かに大戦中に命令書無しに戦い、玉砕した部隊もたくさんありましたが、それは命令の送付、通信不能な激戦地や孤島だった、ということもある。通信は敵に傍受されてますし、無線封鎖しなければならないときもあった。それでもガダルカナルやインパールでも、前線から司令部へ具体的な命令を出すよう、求めています。でないと動けないと。
 でもね、現地の、それも敵国ではない、日本として併合している町や村の女性の拉致、連行となると話は違います。戦争遂行の命令じゃないですから。「これは誰の命令か」と、疑う司令部の部隊長だっているでしょうし、皇軍としてのプライドはありましたから、韓国の人達が言うほど日本の軍隊も単純じゃない。
 仮に軍の命令無しに勝手にやったというのなら、これは命令違反、命令の不在ということになります。軍法会議モノですこれは。当然、これも書類が残ります。もっとも、独断横行という戦闘行為を起こしてから、事後報告するということや、戦闘中に部隊が勝手に暴走して虐殺、強姦に至ったという解釈もできないわけではないですが、中国でそれがあった、というのなら、まぁわかります。戦争をしていましたから。敵国でしたから。
 で、何度も言います。韓国と日本は戦争をしていません。当時の韓国は日本国でしたから。敵地ではない。朝鮮半島に派遣されていた軍隊は、朝鮮を守るためにあったわけです。当たり前の論理。そしてその軍隊には朝鮮人も多数いたわけです。その上で、軍の命令無しに、2、30万人の強制連行があったというなら、それこそ、その話は破たんしています。妄想と言わざるを得ない。


 欧米では、「慰安婦の強制連行があったのなら、ナチスによるホロコーストと同じである」と言っているようですが、ホロコーストに関しては、ナチスに5千万件の文書が残っていて、連合国が全部押収しています。とにかく、韓国の言うような、日本軍が組織立って強制連行したというのなら、それを裏付ける客観的証拠が無い、というのはおかしい。もしあれば東京裁判で問題視されていたはずです。そして「日韓基本条約」が締結されるときにも、問題になっていたはずです。
 東京裁判でも、日韓基本条約でも、問題にならなかった重大な事案があったというなら、この裁判と条約は、ザルであった、という告発になります。これはゆゆしき問題です。だからこそ、問題があったと新たに提示するからには、ちゃんとそういう文書、記録、証拠を提示するべきでしょうが。
 韓国政府は「あった」というだけで、何の具体的証拠も出してません。


 そして、そういう証拠が無いことは、村山氏も認めているわけです。
 そして、そのような資料が無いと認めざるをえないから、「またそのような証拠は証言のほかにない」という村山富市氏の発言となったわけです。この発言も、普通に考えておかしいわけです。
 前々回、このブログで私が書きましたように、そんなことがあったらまず住民が抵抗しただろうし、警察が動いただろうし、裁判制度もある。その要職には朝鮮人が大勢含まれていたわけです。また、村を蹂躙されたら、その被害報告書なり村長や住民の軍への嘆願行動、ないしは暴動、奪還が行われたはずであり、警察や憲兵の出動があったはずです。また捜査があってしかるべきでしょう。そうなるとマスコミも黙っていないでしょう。つまり朝鮮人側の記録なり、警察やマスコミからの記録なりなんなりの存在もなければおかしい。それも無い。第三者の証言が無い、とされるのは、ここの証言が出てこないのがおかしいでしょ、というわけです。


 河野談話作成に携わった元官房副長官の石原信雄氏は、韓国政府の要望を受け、当時二年間にわたって資料を調査し、アメリカの公文書図書館などを含め、戦時中、関わりのありそうな所に行って資料を集めたと言います。「八方手を尽くしたが、そんなものは無い。日本政府が韓国の女性、韓国以外も含めて、強制的に集めて慰安婦にするようなことは当然なく、そういうことを裏付ける裏付けるデータも出てこなかった」と、以前産経新聞の取材で言っています。ただし、戦争が厳しくなってから、軍の方からぜひ何人そろえてくれ、という要請は業者に対してあった。ノルマを達成するために、現地判断で無理をしたのが想定された、とは言っています。戦場です。個々には何かあったのかもしれませんが、これ関してはまた後に触れることになります。


 ともかく、強制連行を軍が組織立ってやったというのなら、それは各部隊が実行したはずですから、部隊への命令の通達はあったはずです。
 文書や命令書は「きっと燃やしたのだ」という研究家がいます。それを言ってしまったら、全ては仮定でしかなくなります。仮に「燃やした」とするのなら、「強制売春は戦後問題となるから、関係資料は全部隠滅、焼却するように」という通達が、軍上層部から一斉に全軍及び警察、各町村になされ、それが一糸乱れずアジアの全域で実行されたということになります。でもね、そんな統率力、組織力が残っているのなら、もちょっとマシな戦争を日本軍はしたでしょう。でもその通達書はどこに?


 ともかく、韓国の女性の中に、連行されて性奴隷とされた、という証言があるんだから、それをもって日本国民は謝罪し、国家補償をしなければならない、ということになれば、日本という国は自らの立場を陥れ、法治国家であることも否定することになります。以後、裁判は証言、自白のみで裁いてよい、ということになります。私はそんな恐ろしい国にしたくありません。


 最近、「日本の刑事司法制度は自白に頼りすぎており、中世のようだ」と国連の対日審査で指摘され、「シャラップ」と上田人権人道担当大臣が大声を張り上げて、場内から嘲笑されたというニュースが世界に配信されましたが……?


                                     つづく

kaidanyawa at 22:51|PermalinkComments(8)

2013年07月28日

配信アリ

 中山市朗です。


 本日28日は、『幽怪案内』の配信日です。
 TBS側の都合により、配信日が今日に変更になったので、改めて……。

 「15日に行きます」という怪談をお送りいたします。
 これは、一昨年のNHK−BS2『最恐!怪談夜話』で語って、えらい話題になった怪談です。オンエアされた次の日、中山市朗でググったら、「中山市朗 15日に行きます」というカテゴリーがトップに来てたのは驚きましたわ。
 YouTubeにもいろいろ上がって話題になっていましたが、番組そのものはNHKに著作権があるので、当然、今は見れないはずです。で、どこかで見れないかとか、ライブで話して、とかいろいろリクエストを頂いていた話でもあります。

 今は奈良で造園師をしているFさんの専門学生だったころの体験。
 当時、大阪での一人暮らしをしていたのですが、夜9時になると、Fさん以外、誰もいない部屋で「15日に行きます」と女の声がする。これが毎夜、続くんですね。あんまり毎夜なので、そのうち慣れちゃったんですが、あることを境に、ある15日の日に、Fさんの部屋に何者かが来るのだ、ということに気がつくわけです。
 で、その何者かって、なに? ですけど。
 まぁ、恐ろしいというか、この話をすると説明を求められるんですが、そんなんわかるはずがない。説明不能だから、なんか気色悪いわけです。


 無料動画は、導入部
 一本目は、前半部。
 二本目は、後半部。
 ちょいと長い話なので、こういう構成になってしまいました。

 この動画は、先日、竹内義和さんをゲストに招いた『Dark Night 8』のライブで語ったものです。ライブで語ったの、二回目だったかな?

TBS -らじこん- からどうぞ

kaidanyawa at 16:11|PermalinkComments(0)

2013年07月27日

『幽怪案内』からのお知らせ

『幽怪案内』からのお知らせです。

前回の記事で、「15日に行きます」が金曜日に配信、となっていましたが、TBSの都合により、明日の28日に配信日が変更になりました。

配信開始はお昼過ぎになる予定です。

もう少しだけ、お待ちください。

kaidanyawa at 13:26|PermalinkComments(0)

2013年07月26日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日26日は、『幽怪案内』の配信日です。

 「15日に行きます」という怪談をお送りいたします。
 これは、一昨年のNHK−BS2『最恐!怪談夜話』で語って、えらい話題になった怪談です。オンエアされた次の日、中山市朗でググったら、「中山市朗 15日に行きます」というカテゴリーがトップに来てたのは驚きましたわ。
 YouTubeにもいろいろ上がって話題になっていましたが、番組そのものはNHKに著作権があるので、当然、今は見れないはずです。で、どこかで見れないかとか、ライブで話して、とかいろいろリクエストを頂いていた話でもあります。

 今は奈良で造園師をしているFさんの専門学生だったころの体験。
 当時、大阪での一人暮らしをしていたのですが、夜9時になると、Fさん以外、誰もいない部屋で「15日に行きます」と女の声がする。これが毎夜、続くんですね。あんまり毎夜なので、そのうち慣れちゃったんですが、あることを境に、ある15日の日に、Fさんの部屋に何者かが来るのだ、ということに気がつくわけです。
 で、その何者かって、なに? ですけど。
 まぁ、恐ろしいというか、この話をすると説明を求められるんですが、そんなんわかるはずがない。説明不能だから、なんか気色悪いわけです。


 無料動画は、導入部
 一本目は、前半部。
 二本目は、後半部。
 ちょいと長い話なので、こういう構成になってしまいました。

 この動画は、先日、竹内義和さんをゲストに招いた『Dark Night 8』のライブで語ったものです。ライブで語ったの、二回目だったかな?

TBS -らじこん- からどうぞ

kaidanyawa at 05:21|PermalinkComments(2)

2013年07月23日

大いなる幻想

 中山市朗です。

 久々に、塾のことを書きます。
 毎週木曜日にちゃんと講義と合評、やっていますよ。

 塾をはじめてもう10年になりますが、最近悩んでいることがあります。
 それは、何度かこのブログにも書きましたが、どうも塾生たちに夢がないというか、塾長の私として、彼らをどう導き、何をしてやればいいのかわからない、というか。
 別にほっときゃいいんでしょうけど、ほっとけないから塾を作ったわけです。
 作家になりたい、マンガ家になりたい、シナリオ作家になりたい、そういって目指しているだけで夢があるじゃないか、という人もいるでしょうけど。
 でも、もう塾生たちは子供じゃない。二十代もいれば三十代もいる。四十近いのも。

 最近、塾生を叱る、ということもあんまりなくなったような気がします。
 年取って丸くなった? いえいえそんなんじゃありません。
 叱ると、辞めていくんじゃないかという恐怖です。別に塾を辞める、辞めないという小さなことじゃなく、目指している夢自体を諦めちゃうというか。
 すぐ辞める、というのは、本気じゃないということ。本気じゃない人を叱っても互いにしんどいだけ。ホントにプロになるんだ、という人は叱ったら、次にはそれが改まって、次のステップへ行く。私の若い頃はプロの人に叱ってほしかったですもん。自分の力が及ばないから、考えがそこに至らないからプロになれないわけですから、そこを指摘し、叱ってくれる人の存在は必要なわけです。弟子に対する師匠ですね。
 ところが今の人は、親にも先生にも叱られていないので、叱られたらショックを受けて辞めるわけです。お前の力が及ばないから、そんなんでいいと思っているから、そんなんでなんとかなるなんて甘い考えているから、叱るわけですが、叱ると自分を棚上げして叱った人間を恨んだり、ウザいと思ったり。みんながそうじゃありませんが、そういう若者が多くなったのは事実。
 前回の授業では、そのあたり、個々の塾生が何を思い、何を目指し、そのために何を今しているのか、そんなことを語ってもらい、私なりの意見、アドバイスをしました。
 ただ、書くのが好きで、そのことに対して真摯な態度である、という塾生はいるようなので、それはそのまま持続してもらいたいなあと思う次第です。

 気になったのは、何人かの塾生から、テンションが上がらない、本気になれないという意見があがったこと。正直それは、それこそ「辞めたら」と思います。それは好きじゃないから本気になれないわけで、だったらプロになるのは無理です。絶対に。仮にプロになっても苦しむだけです、それは。
 で、勘違いしている塾生が何人かいたので、ちょっとここで。

 これは、過去にもいましたが、本人が何もやらないから、あるいは仕事というものを覚えてもらいたくて「あれをやってみたら」とか「だったらこの仕事手伝ってよ」と言うんですが、「それはやりたいことじゃないんで」というのが多い。「じゃあ、やりたいことってなんだ?」と聞くと「探しています」とか「うーん」とか言うわけです。こういうタイプの人は、もうおそらく好きなことは一生見つからない。断言しましょう。
 確かに、私なんて好きなことを稼業にしています。私の周りにも「俺は嫌いなことをしたことがない」と言っている作家さんも多くいます。それがまた、作家という稼業の魅力でもあります。
 で、好きなことを稼業にするって、憧れるなあ、ということで、まあ作家になりたいとか、役者や芸人になりたいと、フリーの道を選択するわけです。そこまではわかる。
 でも、大半の人が辞めていく。辞める原因はいくつかあるでしょう。
 いつまでたっても食っていけない、才能がないと諦める、家庭の事情がある。
 食っていけないのと家庭の事情は言い訳でしょう。だってそういう世界だと覚悟して飛び込んできたんでしょうから。今さら、ねえ。家庭の事情がありながら、飛び出していったのなら、意地でも成功しなきゃ。まあ、途中で事情が変わったという辛い立場に置かれた人もいるでしょうから、そこはなんとも言えませんけど。
 才能がない。これはどうなのでしょう。私の見たところ、才能がそうなくてもこの世界でやっていっている人はたくさんいます。逆に才能あるのに辞めるのか、という人もいます。私なりの法則を見つけました。
 才能がないっていうのは、真剣になれない、ということじゃないかと。まあ人によって真剣の度合いも違いましょうが、プロという線引きをすると、真剣には写らない人がいます。本人は精一杯なんですけど。
 これね、好きの勘違いです。
 確かに、我々の稼業にいる人は「好きなこと」をして生活をしています。ただし、そうなるためにいろいろなイヤなこともやってきたわけです。そのイヤなことの克服の積み重ねの上に、あ、これでやっていこう、という、いわゆる好きなことができるということがあるわけです。私の怪談も古代史もこれです。大学時代、怪談でメシを食うなんて、思いもしませんでしたから。
 好きなことってなに? ということですよ。
 最初からそういうものがある人は別として「うーん」という塾生がいるわけですが、そういう人はいずれ、「好きなこと」が天から降ってくると思っているのでしょうか。
 降ってきませんよ。
 こういう人の共通点は、何を言っても「それは好きなことじゃない」「今やることじゃない」と逃げちゃう人。つまり与えられたチャンスかもしれないものに、真剣に向き合おうとしないわけです。真剣にやらない。そりゃ、テンション上がらんわ。
 テンションが上がる、というのは真剣に物事に取り組んでいるから起こるわけです。
 ツーリングを真剣にやったことない人が、ツーリングを好きになるはずがない。登山を真剣にしたことのない人が、登山を好きになるはずがない。
 それもイヤイヤやるとイヤな思い出しか残らない。でも、しんどいけどプランを作ったり、仕切ったり、アイデアを出した人が、「しんどかったけど、楽しかった」となると思うんですね。おそらくやりきった、という感覚や、人が楽しんでくれたという実感が自信となり、充実を生むんです。テンションが上がるわけです。それが好きになるということ。
 何をしても冷めている人、楽しもうとしない人は、そら楽しくない。好きにならない。そういうことです。妙なプライドをもった人に多いですね、これ。この妙なプライドというのも、大した実績も自信もない自分をなんとか保つための自己保身からくるもののような気がします。
「やりたいことじゃないから」「好きなことじゃないから」という人に限って、自分からは何もやっていない。何をさせてもまず、言い訳から入ります。その言い訳が「やりたいことじゃない」「好きなことじゃない」「仕方なく、やれと言われたからやっている」。これまず、社会人としてアカンでしょう。
 それに、そういうことを言う心理の裏には、おそらく自信がないということもあるんでしょうね。やれと言われても完遂する自信がない、最後までやり遂げる自信がない。だから「やりたいことじゃない」という気持ちを発動させ、失敗したときの伏線とする。でもね、そんなこと言ってたのでは、いつまでも重要なポストに就けない、仕事の完遂はできない、最後までやれない、いつまでたっても自信がない、実績のないまま。気がつけば30代半ば。そりゃ、辞やめますわ。でもそんな人間、辞めたところで、拾ってくれるところなんてない。そんな人生悲惨です。
 だから、与えられた仕事はありたがく受ける、一生懸命になる、それが好きなものを見つける第一歩。また、プロになるための志。私の二十代はそうしましたけどね。またど素人の私に「これ、やってくれへんか」とプロの人が何かを振ってくれるだけでもありがたい。チャンスだと思って、できる自分をアピールする。振られたものに対して真剣に、全力を出し切って対応する。もちろん最初はノーギャラか、あっても安い。で、「中山くん、やるなあ。じゃあ、これも頼もうか」と、だんだんギャラがもらえる仕事をくださる。それが、好きなことで食う、第一歩。
 なんか塾生の中には「できない」アピールをして「なんでや」と聞くと「だって、やりたくないって言ってたでしょ」みたいなのが多い。あるいは最初から「それはできません」と言い切っちゃう。こっちとしては、本当にできないものをやれ、とは言っていない。できなきゃ今後困るだろうし、必要な考えやスキルだったりするわけです。もう、「できません」「私には無理です」なんて言ってたんじゃあ、これ、私じゃなかったらとっくに出入り禁止。もう誰も何も振ってくれない。その辛さを知らない。
 できない、からプロじゃないんでしょ。
 できないことをできるようにする、のがプロになることでしょ。
 
 そして、好きなことで食っている人なんて、おそらく数パーセントもいない。それは選ばれた人です。さっきも言ったように、苦しく辛い下積み修行を経たか、徹底的に好きなことにこだわって、自分で道を切り拓いたか、どちらかの人です。
 この道理がわからない。わからない人には叱られない。叱らなかったら、いつまでもそのまま。年だけ食う。叱られない、というのは、どーでもいいということ。そろそろ思い知ろうよ。
 そしたらこんな声が聞こえそうです。
「だって、できません、というのは僕には必要ないことですから」
 お前な!




『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 02:18|PermalinkComments(8)

2013年07月19日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日19日は「幽怪案内」配信日です。
 まず無料動画は、ファンキー中村さんとの「怪談談義パート6」。
 私が『新耳袋』のある話を書いているときにあった、これはマジで怖かった体験談を話します。夜中のチャイムにはご用心。
 有料動画は、今週は3話。
 1話目は、ガソリンスタンドで働いていたという女性の話。トンネル怪談というのはよく聞きますが、これを第三者の立場から見たら、どうなるのか? この女性はそこには行ってないし、怪異にも遭遇していない、だけに・・・。
 2話目は、ある廃墟の屋上に幽霊が出る、ということで肝試しに出かける若者たち。そしてきっちり怪異に遭遇するわけですが、ここに意外なラストが!
 3話目は、人形怪談を専門に集めているSさんに協力いただいて蒐集した人形怪談です。ちょっと長いですけど、聞きごたえは十分あると思います。
 人形は、やっぱりヤバいですねえ。
 なんなんでしょうねえ、あれは。

 さて、次回はおまちかね「15日に行きます」を収録いたしましたので、さっそく配信いたします。
 涼しい夜をどうぞ・・・
 らじこんはこちら


『モーツァルトの血痕』CM動画配信中!

中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 13:00|PermalinkComments(0)

2013年07月18日

禁じられた学び

 中山市朗です。

 7月15日付けのネット上での産経ニュースで、こういう記事がありました。
「今から十数年前。東京都武蔵村山市の教育長、持田浩志(62)は、中学生だつた長女の社会科の成績が悪いことに悩んでいた。特に歴史分野が弱かった。持田さんは中学、高校の社会科教員免許をもつ小学校教師だっただけに、忸怩たる思いで長女に尋ねると、ひと言『日本史は嫌い』と返ってきた。『なぜ嫌いなのか』と尋ねると、こう答えた。『教科書には日本の悪口ばかり書いてあるし、先生も悪口ばかり言う。小学校からずっとそうだよ』

省略

 確かに歴史的事実には過ちもあるが、今では想像できないような過去の状況や事実を現在の価値観で断罪し、『日本が悪い』と教えても、将来を担う子供たちの豊かな発想を育むことにはならない。先達を敬う心も芽生えない』

 何をいまさら、ですが、本当に日本の歴史教育には腹が立ちます。
 私の中学、高校の社会科の先生はバリバリの日教組でしたから、ほんまに社会の勉強が嫌いでした。いや、歴史が嫌いというわけじゃなかったんです。歴史小説や戦記物を読むのは好き、そういう映画やドラマを見るのも好き、でも教科書の勉強となると途端に嫌悪感すら抱く。これはほんとに、日本の特に近代史をやると萎えるわけです。
 年号ばっかり覚えさせられた挙句、日本は侵略をした、残虐行為をした、戦争は悪い、隣国に迷惑をかけた、と。
 そんな授業を受けさせられて、萎えないわけがない。そして、何?その責任をボクらに押し付けるわけ? と子供は思うわけです。となると、日本という国を好きにはなれませんわなあ。先人を敬い、過去から学ぶ、ということをしなくなりますわなあ。もちろん、将来の日本をこうしよう、ああしよう、なんて心も芽生えませんわなあ。そんな人間が政治に興味をもつわけありませんわなあ。
 俺は勝手にやるよ、大人は信用できない、まあこれは若者が一度は通る通過儀礼みたいなものですが、このままでは着地点がない。
 でも、やはり日本は自分たちが生まれ育った国。愛着はあるわけです。アホな教育を受けても知識や情報は入ってきます。案外日本の国はいいんじゃないとか、平和でいいよね、とか、海外へ留学した若者なんかもそこで日本という国を見つめなおして、大いなる発見をする。おまけにお隣の国では「歴史認識」だの「正しい歴史だの」と、もうウザい。
 テレビ番組なんかで、「クールジャパン」とか、外国人タレントをひな壇に座らせ「日本のどこが好き?」なんてやっているのも、自虐史観の教育で育ってきた日本人の、そうじゃないだろ、というはけ口だったりするのかもしれません。
 一方、歴史小説なんかには明治維新に関わったすごい人たち、日露戦争における名将、政治家、大東亜戦争へ突入せざるをえない状況、戦後アジア諸国に与えた日本の影響などは、教科書にはないポジティブなものも多数含まれ、こちらは楽しいというか、そこに日本人がいる、という誇りを感じたりしていたんです。その人間を通して、歴史の過ちも知り、いち人間の力ではどうにもならない世界の情勢があることを知り、正義を知り、大義を知るわけです。そこに歴史の面白さがある。歴史は人生ですからな。物語ですからな。Historyですからな。
 中高生のときの私のようなクソバカでも、人間は過ちはある、ただ大義としてどう生きるか、なんて考えはもっていました。歴史は人間のドラマの積み重ねですから、主観的史実と客観的史実もある。どうも教科書というか、先生方の歴史的解釈が、客観的ではなかったように思います。で、挙句には自衛隊は違憲だ、なんて言い出す。
 今から思うと、この日本国を叩く、歴史を否定するという行為が、先生方が、教育者としての立場を確立しているという幻想にとらわれていたと思うのですよ。しかも自分たちより立場が下の子供たちに対して。これは卑怯ですな。
 もちろん、あの戦争の悲劇は二度とあってはいかん。
 この子たちが戦場に行くことがあってはならない。
 とする考えは正しいわけです。そのために戦争を否定するのも問題はないわけです。
 けれども、戦争否定がイコール日本という国の否定という、奇妙なものになってしまったんですね。でも、これではなんにもならない。戦争にも、日本という国にも、子供は関心をもてなくなる。関心がないのに反省しろったって、それは無理な話です。
 先日、テレビのバラエティ番組で、常任理事国の覚え方、とかいって、あちゅいふろ、つまりアメリカ、中国、イギリス、フランス、ロシアのことだと言っていました。まあ、バラエティですから、イはイタリアと間違えないか、なんてツッコミも入っていましたが、要はこれらは戦勝国。負けた日独伊、日本、ドイツ、イタリアは常任理事国ではないと覚えればいいわけです。
 常任理事国イコール第二次世界大戦の戦勝国。
 これが現実です。
 日本は何度も常任理事国入りの運動をしましたが、永遠に入れるわけがない。

 それより、あの戦争の悲劇は二度とあってはならん、という教育理念が、けっきょく常任理事国の仕組みさえわかっていない子供(大人)たちをつくっていること事態、まったくその理念は意味をもっていない、実っていない、といえるのではないでしょうか。
 日独伊三国同盟の説明なしに、あの戦争を語ることはできないでしょうに。
 それと、なんでも朝鮮半島起源とする古代史の歴史学者も、もういい加減に、教科書から排除してもらいたいものです。
 本当に日本人から健全な精神や哲学を奪った中学、高校で歴史を教えている日教組の先生方、猛省していただきたいものです。
 そしてそんな先生方に私は言いたい。
「あんたら、それで何をしたいん?」



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2013年07月17日

ワンス・アパン・ア・タイム・イン・ジャパン その6

 中山市朗です。

 いわゆる従軍慰安婦問題について考えています。
 まず、韓国は先の大戦で日韓は敵同士であったかのように主張していますが、歴史上それは完全に誤りであることを提示いたしました。
 日韓併合によって、朝鮮は日本になっていたわけです。
 日韓併合は、無理やりなされたのだ、という意見もありましょう。その問題については、またいずれ言及いたします。
 今回は、いわゆる従軍慰安婦問題は解決済みである、とする日本政府の主張の根拠を提示いたします。
 
 韓国政府は、慰安婦問題を大きく取り上げ反日キャンペーンの核としている感がありますが、先の大戦がもたらしたものは、空襲、虐殺、破壊、占領、飢餓、貧困、略奪、強姦、屈辱、思想の統制と、韓国人だけではない、世界中の人たちがその悲劇に見舞われたわけです。
 世界大戦、ですから。
 先の大戦ではユダヤ人のホロコーストという問題もあった。日本は無差別爆撃もあったし、原爆も落ちた。戦後も不当なシベリア抑留もあった。これはソ連による日本人の強制連行で、これこそ推定人数107万人ですよ。このとき、凶暴化したソ連兵による満州や北朝鮮での日本女性へのすさまじい暴行やレイプもあり、シベリア抑留では34万人が死んだんです。
 しかし戦後は、敗戦国になったということもあったでしょうが、言いたいことや恨みつらみは、日本のみならず各国も自ら封印したわけです。今後の関係を構築するなら、言ってはならない、掘り起こしてはならない過去というものがある。また、戦争は終わったのですから、ちゃんと線引きしなければならない。
 戦争という殺し合いをしたあとというのは、お互い言いたいことを言い出せばキリがありません。だから、戦後は戦争裁判が行なわれるわけです。
 戦争裁判は敗戦国が責任を取らされ、最高責任者たちは処刑されます。東京裁判では千人以上の日本人戦犯が処刑され、また各国で戦犯裁判が別に行なわれていて、その裁判でも大勢の日本人が戦犯として処刑されています。
 そして、お互い争った国同士が条約を結んで、責任問題や補償問題を取り決めます。
 これが成熟した国家間の対応、法治国家として互いに信頼する指針となるわけです。

 日本と連合軍諸国との間には、1952年4月28日、サンフランシスコ講和条約が交わされており、第二次世界大戦はこれにより終結したとみなされました。またこの条約により、日本は原爆や無差別爆撃などに対する賠償請求を棄却しています。未だに原爆後遺症などで苦しんでいる人たちはいるのですが。

 日本と韓国の間には、1965年6月22日に、日本の佐藤栄作総理と大韓民国朴正煕大統領の全権委任者の間で、「日韓基本条約」が調印され、当時の韓国の国家予算の2倍にもあたる8億ドルの経済援助を日本がしています。今の8億ドルではない、当時の韓国の輸出総額の目標が1億ドルだったときの金額です。漢江の軌跡が韓国に短期間での経済成長を促した、とされますが、これは「日韓基本条約」に基づく日本の経済援助によるものであり、その後も日本の企業が技術提供とともに投資も続けたのですが、この事実は韓国国民にほとんど知らされていないとも聞きます。また、インドが英国から独立したとき、英国人がインド領内にもっていた個人資産は個人に返却されましたが、日本はこれらをそのまま朝鮮半島に残しました。軍事資産を除き、53億ドルと換算されたといいますから、これも賠償資産として日本は供出したわけです。
 この「日韓基本条約」はネットにて全文が公開されていて、読むことができます。
 その第二条には、こう記されています。

 両締結国は、両締結国及びその国民(法人を含む)の財産、権利及び利益並びに両締結国の間の請求権に関する問題が(略)、完全かつ最終的に解決されることとなることを確認する。

 つまりこの協定は、個人補償も含んでいるわけで、日韓両国の間では最終解決した、となっているからには、仮に韓国の元慰安婦が賠償を求めるなら、韓国政府に求めるのが本来の筋であるわけです。また、「日韓基本条約」には慰安婦問題についての事項が除外されているから、これは別だ、という専門家もいます。でも除外されたのではありません。
 慰安婦問題など、そのときは存在していなかったのです。そして日本政府が「解決済み」と言っているのは、この条約のことを言っているのです。
 「日韓基本条約」は国際法にのっとっています。だから、ここに解釈の違いがあるとか、新たな賠償ということになっても、「日韓基本条約」を動かすことはできないわけです。
 サンフランシスコ講和条約を動かせないのと同じです。
 どうしても、というのなら、国際司法裁判所に提訴するしかないわけです。
 じゃあ提訴しなさいよ、と思うんですけど。
 念を押してもう一度言いますが、日韓の間は敵ではなかった。戦争もしていない。共に共通の敵と戦ったんです。

 ところが今度は、朴現大統領は被害者と加害者の立場は「1000年の歴史が流れても変わらない」と言い出し、日本に対して歴史問題を直視し、従軍慰安婦問題に対して責任ある態度をとるように要求してきました。2月22日の朝日新聞によると、元大統領対外戦略企画官を務めた金秦孝氏は、これは安倍首相の謝罪と国家賠償を意味するものである、と言っているようです。
 つまりは「日韓基本条約」のこれは追加請求ということになるわけです。
 私はこれ、さっきも述べたように、完全な国際条約上のルール違反じゃないかと思うのです。
 たとえば、交通事故で示談が成立するとします。ある程度の賠償を求めますが、それ以上は求めないというものです。後になってお互い何も言いません、という加害者、被害者の間での公的な約束です。でも、あとになって、「ここが新たに痛くなってきたから、治療費出せ」「後で考えたら示談したとき、言い忘れたことがある。その分は示談の他になるので、その分の謝罪は当然ながら、賠償金で払ってもらうわ」と言い出したとしたら、これはどうなのでしょう。世間一般では、そういうのを「ヤカラ」と言います。
 そうなったら示談は事実上の破棄となります。それを許しちゃうと、法とはなんだ、という法治国家としてのありかたを根本から考え直さねばならなくなります。

 しかし、なぜか慰安婦問題に関しては、欧米諸国は韓国側の要求を支持するようなコメントを出したりしています。これはどうしたことでしょう。
 橋下さんは「いやいや、欧米の軍隊だって、売春を利用したでしょう」なんて正論を言いましたが、言われた欧米は「そんな事実はない」とキッパリ否定し、余計日本だけが責められることになっちゃいました。

 なんでこんなことになっちゃったのか。また、なんで戦争による被害は多面にわたっていて、またその賠償保証のための条約も取り決めながら、「慰安婦問題」だけが、それが日韓だけの問題としてあるのか。ちょっと考えてみます。


 つづく





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2013年07月12日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日12日は「幽怪案内」の配信日です。
 怪異蒐集をしていて、妖怪の話などがあると、ちょっと嬉しくなってしまいます。
 この時代に妖怪がおったんや、というちょうとした郷愁感というか、感動というか。
 
 現代の妖怪とは、真夜中のコンビニの前にたむろする若者たちだ、なんていう人もいますが、そんな解釈つまらん、なんて私は思ってしまいます。あくまで私が関心をもつのは実話怪談における、妖怪談。
 これは随分と昔のことですが、ある妖怪研究をしている民俗学の先生とお話しさせていただいたおり、その先生は昔の文献に現れた妖怪のお話をされるので、「そうなんです。ところがその妖怪、今もいるという話がありましてね」と、現代の妖怪談を私がすると、まあ言葉にこそしなかったですが、その目が「アホちゃうか、こいつ」
と言っていたのを思い出します。
 阿部正路という文学博士が「日本の妖怪たち」という本を書かれていて、巻末に妖怪出現年表、があるんです。最初に、神代、草木がものを言った。からはじまり、1868年・慶応四年、八月二十六日、明治天皇は讃岐の白峯山中の大魔王を鎮めた。で終わっているのです。つまり、明治以降、妖怪は恐竜たちのごとく、滅んだと。
 んなわけあるか、というのが、まあ私が怪異蒐集をはじめたきっかけの一つでもありましょうか。

 というわけで、今回は妖怪、とりわけ河童(のようなもの?)に遭遇したというお話を特集してみました。
 無料動画では、昭和三十年代に紀ノ川に河童が現れたという話と、「新耳袋」の元本となった江戸時代の奇書「耳袋」に書かれた河童のこと、として書かれたお話との共通点から、河童って何? という謎を呈しています。
 有料動画も河童話。
 1本目の1話目は、ある落語家さんが幼い頃に見たという河童の話。一緒に見ていたというおじさんの反応が面白いです。2話目はある学校の先生が家を建てたところ、日曜日になると何者かが玄関戸を叩き、訪問してくるわけですが、その正体が・・・。
 2本目の1話目、2話目は河童を写真に撮った、という話。ところがこれが・・・あのですね、河童を写真に撮るのはヤバいようです。気をつけてくださいね。

 「幽怪案内」が聞けるTBSラジオ「らじこん」はこちらから。





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2013年07月11日

ライブ・イズ・ビューティフル

 中山市朗です。

 夏の怪談イベントが決まってきております。
 まず、8月3日、ファンキー中村さん主催の「不安奇異夜話」。
 メンバーは、ファンキー中村さん、雲谷斎さん、ぁみさん、私のお馴染みメンバー。
 
 場所 minami house ZERO
 時間 23:30開場、24:00開演〜早朝まで。
 料金 3500円
 ご予約はこちら

 8月11日(日)  京セラドームで怪談語ります。はぁ?
 この日は13:00よりオリックス・バファローズ対埼玉西武ライオンズの試合があるのですが、その興奮冷めやらぬ試合直後、私が怪談ライブをやる、というものです。
 プロ野球観戦プラス納涼怪談、というわけです。時間にして20分ほど?
 野球場で怪談語り、というのは初めてです。
 なお、ドームの大型ビジョンでの放映用ということで、私の語る怪談を収録しますので、11日以外のドームでの試合前後(おそらく9、11日)に、大型ビジョンに私の怪談が流れる予定です。
 詳細は今の時点では私もちょっと。
 オリックス・バファローズ・オフィシャル・サイト Bs夏の陣

 8月25日(日)は「怪談ナイト」
 ゲストに雲谷斎さん。

 場所 ムーブ21プラネタリウムドーム(守口文化センター)
 時間 16:30開場、17:00開演
 料金 前売2000円、当日2500円
 主催は大滝エージェンシー
 お問い合わせ 06-6905-3921
 
「Dark Night 9」
 日程が決まりました。
 9月7日(土)の深夜より。
 場所は、道頓堀ZAZA House
 ゲストにはガリガリガリクソンさん、ほかを予定。
 近日中に、予約用HPを設置します。

 また、10月頃には「プライベート怪談」を予定しておりますが、今回は趣向を変えようと思います。
 10年ほど前、私は教え子たちと某キャンプ場へ行って、怪談会を行なったのですが、そこにあるロッジに「出る」という内部情報があったわけです。そして確かにいくつかの怪異が起こったのです。
 そのキャンプ場で、そのロッジでオールナイト怪談会を行なおうかと。

 詳細はまた、決まり次第報告いたします。


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2013年07月09日

ワンス・アパン・ア・タイム・イン・ジャパン その5

 中山市朗です。

 お待たせしました。
 いわゆる従軍慰安婦問題についての考察。久しぶりに書きます。
 なんか、いろんなところから、期待しています、ぜひ怯まずに書いてください、というエールをもらっています。なんかみなさん、この問題についてはいろいろ思うところがあるようです。

 さて、問題は、これが日本軍の強制の上にあったものなのか、そうでないのか、という点につきるわけです。慰安婦もいないし、慰安所もなかった、という人はいないはずです。これはあった。これは素直に認めなければなりません。
 ところが韓国政府は、それが日本軍による強制によるもので、30万人の女性を誘拐して売春婦にしたてあげたのだ、と、ニューヨークタイムズに広告を載せました。日本は韓国国民に謝罪せよ、というわけです。そして日本は国家賠償を求められています。
 また、米国内に慰安婦記念碑を設置し、ホロコースト記念館に慰安婦特別展示間を作るとも言っています。そして朴クネ現韓国大統領は「日本は歴史認識をもつべきだ」とオバマ大統領に述べ、日本の対応に不満を述べた、と報道されています。そして最近は何かあると、しきりに日本側に「正しい歴史認識をもて」と言ってきています。

 おいおい。待て待てい、と言いたい。
 百歩、いや、一万五千歩譲りましょう。10キロいける。

 その誘拐、強制連行があったとします。
 まず、その日本軍には朝鮮人もいました。このときは日韓併合していて、朝鮮は日本であったわけです。
 朝鮮人の男子は日本兵に志願することができました。彼らも大東亜戦争末期になると日本と一体になって戦うことを誓い、志願兵募集に対して48倍が志願し、検査に落ちた若者たちから血書による嘆願書が日本軍に対して出されたといいます。ちなみに最初の朝鮮人志願制度の嘆願書を提出したのは、朴春琴という政治家でした。志願制度は朝鮮の若者たちからの嘆願だったわけです。そして志願制がとられたわけです。
 ところが終戦間際になると、日本は総力戦を余儀なくされます。兵役法により猶予されていた学生たちも徴兵されることになり、合わせて昭和19年の秋、とうとう日本政府は朝鮮人や台湾人青年たちに対して、徴兵制を敢行することになります。
 朝鮮人は日帝時代、学ぶ権利を奪われた、なんて言っていますが、それは日本の青少年たちも同じだったんです。
 ただ、日本人兵は南方や大陸の奥深くに派遣されましたが、朝鮮系の日本兵は主に内地勤務であり、前線に送られることはなかったといいます。それでも結局24万人の朝鮮青年が日本兵として戦い、2万人余が戦死しました。自ら特攻していった朝鮮人もいました。今の韓国大統領、朴クネ氏の父、朴正煕元大統領は日本の士官学校を出ていました。
「日本人は最前線に送られるけど、朝鮮人は同じ兵隊でも内地勤務。それだけ軍は朝鮮の人たちを気遣ってたんや。けど、わしらは祖国を離れて何百里。飢えと戦こうとる。これはえらい差別やないかと思った」と、父の兄、陸軍伍長は言っておりました。

 補足しますが、朝鮮総督府は、警察や補助憲兵として多くの朝鮮人を教育し、雇いました。やはり現地の言葉がわかり、住民との新密度などの考慮もあり、警官は朝鮮人の方が多く、村長クラスはほぼ朝鮮人で占められたんです。国会議員になった朝鮮人もいました。また、選挙による民主的政治というのも初めて実現し、現地の知事も議会員もほとんどが朝鮮人だったのが事実だったようなのです。
 慰安婦は日本軍によっての強制連行、と言うのなら、その日本軍には同胞の朝鮮人も多くいた、取り締まるべき警察に朝鮮人がいた、知事も議員も村長も朝鮮人であった。それで誘拐犯は当然懲罰刑、裁判所の判事、検事にも朝鮮人はいました。彼らは、その村の住民も含めてその強制連行をただ黙って見ていただけなのでしょうか。抵抗運動や奪還作戦はまったくされなかったのでしょうか? そして報告は、訴状は、暴動はなされなかったのでしょうか? それを示す記録、資料がないわけですよ。
 30万人が強制連行されたと言っているんですよ。何もないというのはおかしい。
 これはいったい、どうしたことでしょう?

 陸軍の内部資料によれば、戦争末期に朝鮮半島に動員されていた一個旅団の総員1万5000人。うち約5000人が朝鮮人の日本兵であったとあります。ということは、韓国政府のいうとおり日本軍が悪逆非道の軍隊だったというのなら、そこに多くの朝鮮人も加担していたということになります。そんなことをいって、日本兵として死んでいった2万余の朝鮮青年の慰霊は、名誉は、一体どうなるというのでしょうか? 日本軍が侵略を行なったというのなら、彼らもまた、侵略に加担したということなのでしょうか。

 また、仮に日本軍による30万人もの女性たちの強制連行があったとして、自分たちの家族や村の女性たちが日本軍に強制連行されながら、それでもなお、その日本軍に志願し、忠節を誓い、共に戦おうという朝鮮人の青年たちが何十万人といたということは、どういうことなのでしょう? 話が全然合いませんがな。

 余談ですが、ニューギニアにて陸軍二十師団の切り込み隊長として突撃を敢行、三度の出撃で体に8発の弾丸を受け、瀕死の重傷を負いながらも生還した朝鮮系日本兵がいました。崔慶禄という人で、彼は戦中に英雄となりまして、戦後駐日大使やメキシコ大使などを務めました。ところが彼は戦後、親日家だとして国内で激しく攻撃され、「私は韓国を愛するがゆえに親日である」という言葉を残して、日本との連絡を絶ち政界を引退しています。
 彼はこんなことを言っています。
「戦前の日本人には、信頼できる立派な人が多かった。それに対して現在の日本の政治家は周囲に気兼ねしてか、正直に本当のことをいう人が皆無に近い。私がもし、日本の首相だったら、一日でよい。洗いざらい本当のことを発言したい。それで辞めさせられたら本望だし、それによって国民の目は覚め、日本は本来の姿にたちかえるに違いない」
 意味深な言葉です。

 なんにしても、当時の朝鮮の人たちの中には、日本人であるという意識をもち、そこに誇りを感じながら戦い、戦死した人もたくさんいたわけです。その人たちも今の韓国人の祖先のはずです。そこを戦後になって、命をかけて戦った軍人、兵士たちを「親日」だったという後の価値観にあてはめて憎悪の対象として糾弾することは、絶対にあってはならないことです。
 これは人として下の下です。

 つづく
 

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2013年07月05日

配信アリ

 中山市朗です。

 本日は「幽怪案内」の配信日です。
 今回は「道頓堀の怪談」特集となっております。

 道頓堀劇場というストリップ劇場が、札幌すすきのと、東京の澁谷にあるそうですが、それらとは関係ありません。とにかくドギツイショウというのは関西、とうことでこの名前つけられたのかと思って、ウィキペディアで検索してみたら、道玄坂劇場とする予定が、看板業者が道頓堀劇場という看板を完成させてしまったので、そのまま「道頓堀劇場」となったとか。ほんまかいな。

 さて、道頓堀というのは大阪ミナミの繁華街の一区で、東西に流れる道頓堀川に沿った道頓堀筋にあります。
 もともと安井道頓という河内出身の豪商が、秀吉から賜った大阪城の城南を私財でもって水路掘削をはじめたのが発端で、道頓は大坂夏の陣で戦死。その後を継いだ道頓の従兄弟の安井道トなどによって完成された人工水路のことで、徳川幕府から命を受けて新しく大坂城城主となった松平忠明によって、その業績を認められ「道頓堀」と名づけられたという歴史があります。
 もっとも忠明は大坂城の裏鬼門(南西)の場所に難波墓所を置き、道頓堀の近くだったこともあって、この道頓堀に沿った地域を人寄場所にしようと、芝居小屋を誘致し、以後、道頓堀といえば、芝居の街として栄えたわけです。
 何度かそのことはこのブログに書いておりますが、道頓堀五座といって、道頓堀筋には五つの劇場が並び、歌舞伎や文楽が上演され、昭和になると、映画館や大型寄席となった劇場もありました。当然、そこにはお茶屋や飲食店なども立ち並び、「くいだおれ」でも有名となりました。まさに日本のブロードウェイ、でもあった時期もあったのです。
 ところが現在は、その五座とも閉鎖。ただの飲食店街になってしまったのは残念です。

 さて、今回の「幽怪案内」は、その演劇、お笑い、で賑やかだった頃の道頓堀の怪談をお送りいたします。ちょっと行ったところにある千日前の怪談は、何かと噂されますが、道頓堀怪談を一つのテーマとして発表するのは、今回の試みが初めてではないでしょうか。

 まず、無料動画は「芝居門狸」のお話をお送りします。この話は、江戸時代初期から伝わる一匹の化け狸に関わるものですが、この狸は芝居の街・道頓堀の守り神となって、中座という道頓堀を代表する芝居小屋の奈落に350年間、お祀りしてあったんです。そして中座が閉鎖されるにあたって、「芝居門狸」は祟りをなした、とされています。
 そのお話を道頓堀の紹介とともにしております。
 この話をお聞きになった後で、現在の道頓堀怪談を聞いていただくと、またその意味合いも違ってくるのかなあと思う次第です。

 有料動画ももちろん、道頓堀に関する怪談。
 一本目は、大阪を代表する喜劇役者、藤山寛美さんに関する怪談を2話。こういう話は、おそらく本邦初公開じゃないでしょうか。特に2話目は、ちょっと涙するええ噺かもしれません。
 二本目は、当時まだ養成所に通っていた松竹の若手芸人の体験で、これはあるベテラン芸人の死と関わりのある話。もう一話は「道頓堀」で撮影した映画の現場であったお話。
 そういや4話とも、ショウビジネスに関連した怪談ですね。
 その光と影が、怪談たらしめている、とも言えはしませんか。

 しかし夜の繁華街を背景に語る怪談というのも、なんか独特で、よろしいんじゃないですか?

 「幽怪案内」はTBSらじこんからどうぞ

 
 


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2013年07月04日

ダークナイト アフター

 中山市朗です。

 先日、竹内義和さんと久しぶりにお仕事をしたことをお知らせしましたが、久しぶりに楽屋でいろいろ竹内さんと思い出話や、今後の夢の話などをしたわけです。
 竹内さん、昔と変わっていません。
 このとき、私が作劇塾をもつにいたった根本的な動機を改めて見出したんですよ。

 人間、何かを覚悟してやる、というにあたっての動機というものがありまして、おそらくそれは、一つではなくいくつかの経験や思い、環境などから生まれるものだと思うわけです。そこに決定的な出会いとか、出来事があってそれを決断させる。
 私の場合は、9年間講師を務めていた専門学校と、あることで袂を分かち、そのことを知った教え子たちの多くが私の元に集まった、ということから塾を作る必要性にかられたわけです。専門学校を辞めてまで私の元に来た、ともなると、前途あるこの若者たちに対しての責任は重大です。
 でも私は「専門学校へ帰れ」とは言えませんでした。あんなところに戻っても、高い授業料を払わされるだけ。意味がないとは言いませんが、少なくとも私の元についてきたということは、専門学校のやり方に私同様の疑問をもった若者たちであることは確かなのです。そもそもマンガ家や作家は免許制でも資格を取るでもありません。専門学校というのは、その免許だの資格を与える学校であることからすると、作家やマンガ家になるために専門学校に行く必要もないわけです。もちろん専門学校からデビューする人もいますが、これ、もともと優秀な人です。では、専門学校に行く意味はどこにあるのか。
 大学もそうですが、要は教授や講師との出会いです。
 高校出たての若者たちのなかには、この先生たちを学校の先生の延長、みたいに思っているのもいるんですが、全然違う。
 教壇に立っている人は、ある分野のスペシャリストか現役のプロ、であるはずです。
 この先生方と、まずどうコネクションを作るかということ。業界とのパイプを作ること。特にクリエイターになるというのなら、専門学校へ行くメリットはそこにだけある、と言ってもいい。技術的なノウハウを習得したいのなら、ほんま専門書やネットを見てもいろいろわかりますし、学べます。

 私が専門学校と袂を分かった原因は、プロ、アマの交流の場が用意されていないところにありました。そこに、プロとなるチャンスがあるわけですが、まずその芽を摘んじゃっています。それと高い授業料を払ってくださる保護者に気を遣って、「平等教育をやってください」やて。こんなに競争の激しいクリエイターの世界を目指す学生たちに対して平等教育というのは、ありえない!
 だから私が彼らに与えてやらなければならないのは、夢を見る若者たちの出会いの場を作らねばならない、ということだったわけです。その場をチャンスと思うのか、わずらわしいと思うのかは、本人次第。利用する人、しない人。そこからして平等は崩れる。

 そのモデルが、今から30年ほどまえ、竹内義和さんの事務所にあったのです。

 当時、私は大学を卒業したてで、今で言うニートでした。もっともどこかに就職するなどという考えは一切なく、とにかく頭の中にある面白いモノを映像化するなり出版するなりして、それで糧を得るんだ、ということしか考えていませんでした。
 第一志望は映画監督。そのためには脚本も書けなきゃだめ、議論もできなきゃ、エッセイやコラムも書けなきゃ、と思っていました。まあ、教養がないでは映画監督になれないと思っていましたから。
 ところが大学を卒業したわけですから、そこを指導し、道案内してくれる人などいません。その上、映画監督になるということは、崇高なる芸術家を目指すことではなく、業界に入り込むことなんだ、ということに気付いたのも、大学を卒業して、ポツンと一人、世間という荒波に放り出されたときだったわけです。
 一人では、この世界を乗り切るのはとてもしんどいことですし、目標を目指すにしても知らずに遠回りすることになるわけです。その間に、同じ夢をもった友人、仲間たちはどんどん夢破れて、田舎に帰ったり、就職したり、人間廃業に近いのもおりました。 
 そんななか、私が30歳にして作家デビューするまでの間、気持ちが萎えずにいられたのは、同じクリエイターを目指す同世代、あるいは少し上の世代の人たちと、あるいは現役のプロの人たちと、夢を語り合う機会があったからなんです。
 その場所が、まさに竹内義和さんの事務所だったり、その周りにあった制作集団だったというわけです。
 直接、あるいは間接的にも関係のあった人たちの中には、まだ若き一瀬隆重、庵野秀明、岡田斗司夫、開田裕治、キッチュ、そして木原浩勝といった人たちがいました。まだまだ今第一線で作家やマンガ家をやっている人たちもいて、当時はみんな無名。あるいは名が出始めた頃。なんだかみんな、ギラギラしていました。サブカルでメシを食おうなんていう人たちもこういう中から育っていきました。当時、そんな人いませんでしたから。
『大特撮・日本特撮映画史』なんて、コロッサスという特撮好き青年集団が作り上げた日本最初の特撮映画史でして、そのメンバーの人たちもいました。

 もちろん私も学生の時代からことあるごとに、そういう人たちが集う竹内さんの事務所に遊びにいき、すでにプロとして活躍している諸先輩方と語らったり、アドバイスをもらったり、自分をプレゼンし、仕事の現場を見せてもらったりしたものです。
 みんな若いながらもその世界のトップの人たちに臆せず企画を持ち込み、対談を申し込み、自分たちのメディアを作ろうとしていました。そんな人たちと夢を語らうことが、私の滋養であり栄養であり、励みだったわけです。
 そしてライターとしての最初の仕事をいただいたのが竹内さんの事務所。映画『魔女卵』の助監督も竹内さんの紹介で、現場に入ったわけです。また、語っていた夢を実現化して、どんどん諸先輩方は、クリエイターとして巣立っていったわけです。私が23、4歳頃のことです。

 夢を語る。
 このブログでその大切さを随分と書きました。
 小説もマンガもドラマも映画も芝居もイラストも・・・それは読者なり観客に夢を与えるものです。だから作家自身が夢をもって、それを語る。ということは非常に大切なことなんです。やっぱり思ったことをビジョンにするためには、それを理解してくれる人に向かって語る、共感してくれる人を作る、ということが必要なんです。それを学び、実践できたのが、竹内さんの周囲にあった環境だったわけです。

 作劇塾もそういう場にしたいという、私の思いから創りました。
 専門学校は(私が講師をしていた学校はですよ。ほかは知りません)教室でただ基本のテクニックを学ばせ、作品を創らせるという教育方針でしたが、それも必要ですが、業界で食っていくノウハウはまた別のものだったりします。
 黒澤明監督は「映画は教室では学べない。現場で学ぶものだ」といって現場に研修生を入れましたし、撮影が終わると、スタッフや役者さんたちと飲み会をやって、大いに夢を語っていらっしゃったのを覚えています。

 夢を語り合う、それが必要。その場にプロの業界人がいる、そういう場が必要。
 「トキワ荘」がそうだったんですね。
 あれは、手塚治虫に憧れたマンガ少年たちが、夢を語り合った場所なんです。マンガのテクニックだけを学ぶのなら、別に仲間といる必要はない。家でシコシコと描いていればいいわけです。でも絵が上手いからマンガ家になれるのか、というとそれは違うわけですね。                               で、夢を語ることが精神衛生上いいわけですし、ライバル意識もできる。すごい奴の才能を認めたり、自分の怠惰を恥じたりもできる。トキワ荘の場合は、そこにプロの編集さんが出入りしていましたから、プロの求めるレベルとか方向性が拾える。だからあんな偉大なマンガ家たちが輩出したわけです。               
 我が塾は、だから授業後は必ず飲み会を開き、何年か前までは映画監督やアニメ作家、編集さん、ゲームクリエイター、マンガ家さんなどにも参加していただいていました。みなさん、その必要性に共感していただいたわけです。           しかし私の計算外がここに生まれました。                   みんな、夢を語り合って、実現したいんだと思っていました。でも違いました。  今の人は、その夢を語らない。こんなことを仕掛けたいとか、こんな夢があって、だから今、こういうことをやっています、こういう人と交流しています、というのが無い。                                    飲み会をやっても、アニメやゲームの話、あるいは世間話に終始する。クリエイターとしての頭がどうも無い。夢があるから作家やクリエイターを目指しているのと違うんかい、と思うのですが、そうはならないわけです。              プロの人が同席してくれても「私はそんなレベルじゃないんで」とか言って遠慮して、黙ってて、結局、何も話さずに終わる。                   そうなると、プロの人との交流は気が重い、そんな飲み会はつまらない、行く必要もない、参加者は減る、で今にいたっているわけです。              自分よりレベルが上の人と話したり、交流するのは確かに気も遣うし、アホと思われてるのと違うやろか、なんて変な心配をしたりします。けれどもプロになれば、そういう人たちと同じステージに立つことになるわけです。そのために、テクニックだけではく、自分自身の考え方や立ち振る舞いのレベルアップをしなければなりません。それに作品を持ち込む相手は、そのプロの人たち。原稿にダメ出しをしたり、仕事を依頼してくるのもそのプロの人たち。競作やマルチメディアにしていくのも、プロの人たちと共にする。                            となれば、そういう人たちとの丁々発止できないで、どうやってその世界に身をおこうというのでしょう。                            だからそういうプロの人たちとの交流は大切なわけですし、第一、刺激的で楽しいと思えないんじゃ、もうクリエイター目指すのやめたら、とほんまに思います。                
 そしてですよ、夢を語れない者が、どうやって何をもって、読者や観客に、夢を提示するというのでしょうか。夢を提示しないというのなら、何を作品で提示するというのでしょう。そんなんやから、いつまでたってもデビューできんのや。
 
 我が塾生で、延々こもってマンガ描いているのが何人かいるんですが、そんなのに限ってほんま何年経ってもデビューできないわけです。その原因は私が見ると明らかなのですが、本人はそこに気付いていない。
 ほんま、しまいには病んでいきまっせ。

 まあ竹内義和さんと久しぶりに会って、2人で話したのがやっぱり、この年にして「こんなことがやりたいねん」「今僕は、こういうことをやって、こう仕込みたいと思っています」という夢だったわけです。「中山さん、こうやってれば、なんとかなりますって。だから僕もやってるし、中山さんもやってますやん。これ、お互いに大きくするためには、協力できるところは協力しあって、夢もってやっていきましょうよ」
 そう竹内さんは、言っておりました。そして30年前を思い出したわけですよ。

 だから、私の指針は間違っていなかった、と思ったわけです。
 作劇塾は夢を語り、それを成就する場である、という基本に、もう一度立ち返りたいな、と思っております。まあコレ、塾生次第ですけどね。

 最後に誤解なきように言っておきますが、ちゃんと夢を語って、ちゃくちゃくと階段を上ってクリエイターとなって羽ばたいた塾生も相当数いることも付け加えておきます。

 というわけで、作劇塾は夢をもったクリエイター志望者、募集中です。
 ホームページはこちら



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興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 21:26|PermalinkComments(10)

2013年07月03日

ZAZA会場の決斗

 中山市朗です。

 すみません、遅まきながら報告です。
 6月30日深夜からのオールナイト怪談ライブ「Dark Night Vol.8」
 盛況のなか、終了いたしました。
 なんか当日券目当てに夕方から並んでいらしたお客さんがいたとか。
 いや、申し訳ないのと、感謝の気持ちでいっぱいでございます。

 ゲストにお迎えした竹内義和さん。竹内さんとは私が学生の頃からお世話になっておりまして、いろいろエピソードがあるわけですが、ライブは初めてだったんです。
 と、思ったら随分前にあべのアポロビルにて「大怪獣トーク」というのをやっていました。私が司会で、竹内義和さん、北野誠さんがゲスト。
 でもガチでやるのは、実質はじめてであることは、間違いありません。

 さて、前回、北野誠さんをゲストにお迎えしての「Dark Night Vol.7」の終盤、誠さんと司会の半田さんが、ステージ上でちょっとしたパニックになったんです。
 舞台の下からトントンと叩く者がいて、しかもそれが移動した、というのです。
 あの舞台はいわゆる奈落というものが無くて、箱を組んだものなので、あの下に人がいるとか、移動することはありえないわけですが、前列のお客さんも確かに聞いたと、ちょっと会場が騒然としたんです。手首を見た、というお客さんもいて。
 誠さんは「下に誰かおる」とパニクって、半田さんも半泣きになって。
 これが、霊現象なのでは? という疑惑は私は何も聞こえず、感じずであったということでして。ほんまに、「えっ、なにかあったの?」というくらい、そのときはひとりぼっち状態でした。
 ところがね、そのとき、うちのスタッフが写真を撮っていたんです。
 下手(しもて)、つまり客席から向かって左手に楽屋とPA(音響)があるんですが、このときは楽屋には誰もおらず、音響さんがひとり、映像担当がひとり、私のマネージャーをしているSくんの3人がいて、映像担当のAくんがデジカメでそのときの舞台の様子をパチリと何枚か撮って。そのうちの1枚だけに、写っていたんですよ。謎の人物が。
 男らしき下半身、ちゃんと両足がステージに乗っていて、ところが上半身がちょっとあやふやなんですね。無い、というか。いや、その前に、そこに人はいなかったんです。
 音響さんは定位置にいて、Sくんは別の場所にいて、残りのAくんが写真撮っているわけですから。それも、カーテン越しギリギリのところに立っているので、そこ、客席から見えるで、その前に我々出演者たちが「わっ」とびっくりするやろう、という場所。で、床には顔らしきものがある・・・
 と、ステージでは説明して竹内さんも「なんだか嫌な写真やねえ」と言っていたのですが、後日あれは下半身ではなくて、右腕と胴体ではないかというご意見が。
 つまり、ステージの袖に両膝がついて上がって、私や誠さんを見ている人物が写りこんだのではないかというわけで。そういわれれば、そう見えてきました。
 なのであれは、上半身が無い人物ではなくて、四つん這いになってステージの様子を見ている人物が写りこんだ・・・いや、だから、あのときは3人以外に人はいなかったんですって。あれに該当する人物はいない!
 ともかく、いろいろ疑惑の残る写真でして。

 えっ、見たい?
 では手元にデータがないので、魔界見聞録にて近日公開します。
 
 まあ、そんな写真を竹内さんに見てもらうところから、今回のライブは始まりました。

 ライブは三部構成となっておりまして、第一部はほとんど打ち合わせ無しのガチ怪談。私が意図するところの、前回もこのブログに書きました、相乗する怪談。相手の語った怪談のキーワードから、思い出した怪談をこちらも語る。それに相乗して相手も語る。これですと、一つ一つの怪談に奇妙なリアリティが付随し、また、ライブとしても流れをつくるわけです。私は今回、「山小屋」「伊勢道路」それに、いくつかの怪異が連続して起きる某イベント会社の経営者から聞いた話など、これ全部初公開怪談です。竹内さんも快調でした。竹内さんも私同様、あんまり霊を見たり感じたりするタイプではなく、どこかそういう現象を疑っているところがあるんです。だから日常が非日常に切り替わる瞬間を割りと観察していて、そこが怪談の肝となりうるわけなんです。

 第二部は、こちらは打ち合わせをしておりまして、竹内義和といえば「サイキック青年団」。「サイキック」といえば芸能界のゴシップ、封印された話の暴露。
 ということで、今回は封印された(?)芸能界の怪談を。
 そして、竹内義和の怪談といえば、あれです。
「かぐや姫」の解散コンサートの音源。今回、竹内さんにそのマスターテープを持参してもらって、そのいきさつを詳しく語っていただきました。また、私が以前、ラジオ大阪で番組をもっていたときに、音声さんに特別に作っていただいて、逆回転バージョンというのをもっていまして。それもあわせてお客さんに聞いていただきました。
 ゾゾゾゾ〜。
 わたしゃ、あの音源だけは、いまだ一人では聞けません。

 で、私は奇妙な写真を持参。何枚もの写真に写った嘉門達夫さんの顔が、まがまがしく歪んでいる写真。この写真が撮られたのは軽井沢の某ホテルの一室。ジョン・レノンが日本に来るとよく宿泊していたという部屋で、松任谷由美さんたち、大勢のミュージシャンがここで奇妙な体験をしているというんです。一度「幽」の取材で私と北野誠さんでここに泊まったことがあるんですが、明らかにホテルの人は何かを隠していた・・・?
 嘉門達夫さんにこの件について取材もしておりましたので、そのエピソードを紹介しつつ。

 第三部は、お互いとっておきの怪談を。
 
 いや、やっている我々は、あっという間に終わったという感じでした。ご来場くださった皆々様、ほんとうにありがとうございました。
 次回は八月末か、九月初旬に、と考えております。
  
 あっ、それと、今回から新グッズといたしまして「怪異歓迎」の手ぬぐい、というのを用意しております。某霊能者の念(?)が入っておりますので、玄関なり部屋の鬼門の方向にお飾りください。あなたの部屋に、きっと異界からの来訪者がやってくることでしょう。
 








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興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。



kaidanyawa at 20:16|PermalinkComments(4)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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