2014年05月

2014年05月30日

原点回帰大作戦

中山市朗です。

『怪談狩り 市朗百物語』、重版が決まりました。
『なまなりさん』以来、怪談の単著は七年ぶり。普通、七年の沈黙をすると忘れ去られる運命にあるのですが、待っていました、という反響が思ったより大きく、本屋さんも在庫切れが続出しているようです。
ありがたいことです。
実は、『なまなりさん』を書いて以来、悩んでいました。
『なまなりさん』は『新耳袋』とは対極にある長編怪談。技法がまったく違う。だから書いていて面白かったんです。挑戦のしがいもあった。わりとスラスラと書けたのですけど。
そして、きっと反響は賛否両論、真っ二つに分かれるだろうな、とも予想しました。
次ですよ。
その頃はもう『新耳袋』スタイルの短編、実話、百物語という怪談本はけっこう出ていて、木原なども『九十九怪談』などで『新耳袋』の世界を継承している。私のやることは、じゃあなんだ、ということ。
私はどうも、みんなのやっていることを真似たり、追ったりということが出来ない、というか、やりたくない。自分がやらなくてもやっている人がいるわけですから。
『なまなりさん』みたいなの、また書いてよ、と言われたこともありますが、あんな話そうそうは無い。
一応、実話を元にしたのが私の怪談のスタイルですし、読者のみなさんはそこを期待しているでしょうし。
とは言いながら、怪談蒐集はしていたわけです。そしてそれをライブなどで語る、ということはしていました。そして、語るたびに話を練りこんでいく。それを原稿にしてストックしていたわけです。言うたら、語りの台本です。
その間、編集さんや仲間の作家さん、あるいは『新耳』ファンの方々から、「次はいつ出しましょう」「そろそろ出してよ」というラブコールはずっといただいていたんです。
うーん、でもな。『新耳』をやっても今更意味ないし。他の切り口は無いもんかと。
作品は、切り口が重要なんです。
素材は、切り口しだいでいかようにも変化します。
そしてTBSラジオのコンテンツということで『幽怪案内』を始めた。これは私にとっては大きな転機でした。
こういうコンテンツは他にもあるのかどうか知りませんが、ともかくこれで千話めざそう。語りの動画で千話、これは他には絶対無いでしょう。すると、また取材に熱が入る。ストックが増えました。
そんなおり「本家であるあなたがやらないで、どうするの?」と京極さんに言われたわけです。
「粗製乱造気味の怪談の出版に、興味は無い。当分は語りでいく」というようなことを私は言ったんです。粗製乱造とはいささか乱暴な表現かもしれません。中にはとても魅力的な怪談もあります。ユニークな怪談作家も出てきました。でも、質の悪いものも多く出てきた。怪談ならカンタンに書ける。怪談を書けば作家になれる。
なんかそんな風潮は無いか。

そういうときだからこそ、私がやるべきは原点回帰なのかなあと。なんかそう思えてきた。
で、『幽怪案内』のために書き起こした台本を出版用に修正して、メディアファクトリーの編集さんに渡した。
それが『怪談狩り』です。
私の原点である、大学時代に蒐集した怪談メモから始まった扶桑社版『新・耳・袋』。
メディアファクトリーの『新耳袋』は、巻を重ねることに、ワザ、に移行していったように思います。
ワザは本人は実験であったり、修練の結果であったり。でも、読者に伝わらなければ意味は無い。ワザに移行しながらも「新・耳・袋」への回帰は、当時から木原と目標にはしていたんです。
なぜかあれが、超えられない。
そこをもう一度、意識したのが本作です。
それが成功したか、失敗したか、は皆様の判断。

ほんとうは、『怪談蒐り』としたかったんです。『かいだんがり』と読みます。しかし、蒐り、を、かり、とは読めないだろう、ということで出版社の意向で『怪談狩り』というタイトルになりました。
『怪談狩り』は今年もう一冊、百話百物語で準備していますが、来年以降も最低一冊は出すつもりです。ただ、一冊百話にはこだわりません。すでに百話の規格外の話もストックにありますし(東京殴り込み公演で披露した『ユウコ』と言う話がそうです)。ですから『怪談狩り』シリーズでは、いろいろな怪談を皆さんにお届けできればな、と切に思うしだいです。

ということで、私の怪談蒐集の場のひとつである「怪談会」を明日、31日深夜より行います。
まさに膝をつきあわせての怪談の聞き語り。
入場料は無し。ただ、怪談を一話は語ることが参加条件。友達や職場の仲間、家族などから聞いた話でけっこう。まだ参加人数、十人満たず。ぜひぜひ、参加していただきたく思います。

参加お問い合わせ info@officeichirou.com
お電話 06-6264-0981

『怪談狩り』を続けるためには、みなさんの協力なしにありえません!

そして、『怪談狩り』の源となったTBSラジオ・らじこん『幽怪案内』も、本日配信日です。
今日は第五週ですので、レギュラー配信はお休み。
無料で真名子のコーナーをお送りします。
「こっくりさん」と「筆仙」に挑戦したそうです。うーん。今回もユルユルか?
ただ「筆仙」は私も始めてみました。韓国で映画になったようですが、これは中国版「こっくりさん」。そのやり方等は動画内で真名子が説明していますが、これは日本の「こっくりさん」を中国版として輸入したものでしょう。
いろいろツッこみどころ満載です。
まあ、タダやということで。

TBS −らじこん−『幽怪案内』


怪談狩り 市朗百物語 (幽ブックス)
中山市朗
KADOKAWA/メディアファクトリー
2014-05-08




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2014年05月27日

真宗の夜明け パート3  

中山市朗です。

真宗の夜明け、パート3であります。

そんなわけで、私のスタンスをまず、お坊さんたちに理解していただいたわけです。
で、まずは日本人の宗教観について話してくれ、ということだったのですが、事前にお電話などでお話させていただいたところ、浄土真宗の僧侶は浄土真宗の教理は理解しているけれども、宗教とはなんぞや、と問われると、わからない、と言わざるを得ない。他の宗教のことを勉強していない、ということが、根底にある。
そうお聞きしていたので、日本人の宗教観について語る前に、人間にとって宗教とは何ぞや、というお話をまずさせていただきました。

なにをして、ヒトなのか。
ヒトはサルから分かれたそうですが、サルとヒトとの違いはなんなのか、ということを考えるわけです。
二本足で立つ、火を使う、道具を使う、複雑な言語体系を持つ、いろいろありますが、私はヒトと他の動物の明確な違いは、神を持っているかどうか、だと思うわけです。
神は、概念です。その概念はどこから来るのか。
おそらく、自分は死ぬ。死ぬのが怖い。
「人間は考える葦である」というパスカルの言葉です。
人間は、死を知っているから、考えるのだ。
それです。
私は常々、人は喜怒哀楽の四感情よりなる、という説は間違っていて、ここに恐怖の怖を加えるべきだと主張しています。
喜怒哀楽怖、ですな。中国は喜怒哀楽怨、だそうです。

ヒトの行動原理には必ず恐れがあるはずです。別に怪異に遭遇するおそれだけではありません。何かを失う怖さ、失墜する怖さ、孤独の怖さ……、いろいろあります。畏怖する、ということもある。
でも、一番怖いのは死ぬこと。自分が死ぬこと。死の恐怖。あるいは愛する人が死ぬこと。失うこと。死んだヒトは怖いですわな。
どんな美人でも死ねば肉体は腐る。蛆が湧き、悪臭を放つ。白骨化する。他の動物は、死骸には無関心ですが、ヒトは違う。埋葬をする。おそらくこれが、最初の宗教儀式。ネアンディタール人はやっていたそうです。
埋葬は、おそらく、死の世界というものを意識することだと思います。あの世、死後の世界。これは別の空間概念を持つことを意味します。あるいは恐ろしい死体を見て、そこに悪霊のようなものを想像したのかも知れない。このまま蘇ることを怖れたかもしれない。
蘇り。別の時間概念を持つことを意味します。
蘇りがあるのなら、自分は死んでも蘇りたい。そう考える者もでてきましょう。
そんな考えを持つのは、おそらく財産や地位、名誉をもった権力者だったことでしょう。彼らは、蘇るための方法を模索することでしょう。そのために、それを知っている神を創造した。
神は全宇宙を造った存在であり、生命と死の秘密を知るものである。
しかし、神は見えない。
だからその見えないものを象徴化し、体系化せねばならない。
学問はここから始まったのではないでしょうか。
神を象徴するための偶像崇拝がはじまります。芸術はここから始まったのではないでしょうか。

そんなことを、語りました。
つまり、神がいるからヒトである。
神という概念をもつことによって、文明が生まれ、文化ができた。
神の創造の根源には、死と言うものがある。死への恐れが、人間を思考させるわけです。
ここから哲学が生まれます。人はなぜ生まれ、死ぬのか。
すると、死後の世界があるのかどうかを思索する。あるいは間違った生き方をすると、罰があたるとか、呪われれたりするのではないのか、という概念にとらわれる人もいる。死んだ者が霊となってさまよっているのではないか、そのことに恐怖を抱くわけです。、それがヒトです。また、そういう人たちは救いを求めます。

真宗のお坊さんたちは、檀家の人たち霊やたたりの存在について尋ねられ、困ることがあるといいます。
真宗の教えでは、霊を語ってはならない。霊は存在しない、と言うことになっています。
その教えについて、私は何も言う権利はありません。否定も肯定もできません。そこは第三者ですから。
しかし、一般の人たちの中には、そういうことを知りたがる人もいる。私もそうです。みなさんもそうでしょう?  問題は、そういうことを語ってくれる人が周りにいないということでしょう。だから、まずは檀家のお坊さんに聞くしかない。そこに救いを求めるしかない。しかし、聞かれたお坊さんはわからない、としか言いようが無い。
実際、わからないのですけど。
あるいは教理にしたがって「無い」と言っても、納得してもらえない。
どうすればいいのだと。

私が今回提言したのは、お坊さんはもっと死後の世界とか、霊について語ってもいいのではないか、ということでした。特に戦後の僧侶は、霊を語らない。神国日本が敗けた、ということもあったでしょう。高度成長、経済至上主義、非科学的なものの排除、そういうこともあったでしょう。
霊や怪を語る者は怪しいヤツ、世迷言、エセ者。そういう空気は実はありました。
私が『新・耳・袋』を扶桑社で出した20数年前。「怪談を書くヤツはアホ」扱い。
こんなことを信じるとは「無知蒙昧」の極み、ともある書評に書かれました。
そんなときに現れたのがオウムをはじめとした、新興宗教。あれがどうしてあの時期に急激に台頭したかといえば、一つに、彼ら教祖と称する者は死の世界や霊について積極的に語ったんです。そして生きている意味を示唆したんです。もちろんそれはエセですよ。でもそのエセにインテリの若者がどんどんはまっていった。
大人が、そういうことを語ってくれなかったからです。
しかも、世にいる真の仏教僧は、ここでよけいに沈黙しました。語った人がいたのかも知れないが、ほとんど伝わらなかった。何がホンモノでなにがエセなのかの、判断材料が無い。大人はそれを与えてくれなかった。ここが、問題ではなかったか。
妙な霊能者、霊媒師みたいなのをはびこらせたのも、霊感商法を許しちゃったのも、おそらくそれです。もちろん、マスコミの責任もあるのでしょう。
これも、ちょっと前までは怪談を書いたり語る者のせい、そう言われたんですよ。えっ、ワシのせい?
僧侶が黙すれば黙するほど、そういうものがはびこるのです。そして宗教というものが、ますます卑しめられる。
学校でも宗教のことは教えない。歴史の上での単語では出てきますよ。仏教伝来ゴサンパイ、だの、空海だの親鸞だの日蓮だの、何年になんとか寺建立だの。でもその価値や教義についてはまったく教えない。教えないクセに、修学旅行で神社仏閣へ連れて行く。まあお坊さんがわからん言うてるわけですから、ガッコのセンセに分かるわけ無いですわな。
そんなんで、子供たちは神社仏閣に興味は持てない。爺くさい、婆くさい。そう思って余計、宗教から離れたがる。子供のころの私がそうでしたもん。
まあ、あえてですけど、私は真宗のお坊さんたちにそんなことを言ったわけです。
今のほとんどの人は、既成の根のある宗教と新興宗教の違いがわからない。だから、宗教イコール危険、という考えの人たちが多くいる。神はいない、信仰する宗教など無い、そう言えば普通の人に思えます。逆に「私、神を信じています」というと「アヤしい宗教やってるな」と、友達が減ったりします。
でも、日本人は正月の初詣から始まってお盆の帰省やお守りだ、お札だ、お祓いだ、お清めだ、地鎮祭だ、法事だ、神前結婚だ、夏祭だ、秋祭りだ。家には仏壇、神棚。戎さんからもらってきた笹、吉日、仏滅と書かれたカレンダー、風水を意識した間取り、おまけにクリスマス、バレンタイン・デー、最近はハロウィン。神様漬けです。
おまけに日本じゅう、どんな寒村に行っても必ず神社があります。そして伊勢遷宮だの熊野古道だの、京都や奈良の社寺めぐりだの。 
つまり、ヒトは宗教無しには生きられないんです。だからヒトである。日本人もそう。なのにそれを、なにかキケンなもの、エセっぽいもの、アヤしいもの、というものにしちゃたのは、ちゃんとした僧侶がそれを語ってくれなかったから。そう私は思っていたわけです。
そんな私の話を、みんな静かに、うんうんと聴いてくださっていました。

日本人は、なぜ、呪いや祟りを信じるのか。これに答えていただきたい、というテーマもあります。
祟りという言葉は、仏教には無いんですね。ですから教義によれば、そんなものはない。
しかし、神道にはあるんですね。仏様は祟らない。悟りを開いた人ですから。しかし、神は祟る。荒ぶる神というものがいる。鬼神もいる。
明治の廃仏毀釈が行われるまで、実は寺も神社も一緒だったんですね。神宮寺なんていう寺もあった。寺を神官が管理したり、逆もあった。ですから、おそらく、ですが、その頃の僧侶たちは仏教僧でありながら、神官でもあった。また、今のような近代科学もなく、迷信がはびこった時代でしょうから、仏僧はおそらく、霊や呪い、たたりを積極的に語ったのではないか。そう思うわけです。それがまた、求められた時代だった。
悪霊があるから、正しく生きよ、たたりがあるから清く生きよ。昔のおじいちゃん、おばあちゃんは、よくそんな話をしていましたなあ。また、そういった仏僧の語りの形式が、今の落語となった。これはホントの話です。

もともと日本人は、飛鳥時代に仏教が入ってくるまでは、自然崇拝、神を恐れ、共存した。鬼やモノノケはここから生まれました。呪いやたたりはある、と思われてきた。天皇家は特にこれを怖れました。古墳は皇族の蘇りを願って造られたものですし。
おそらくそういう恐れを排除するために、霊や祟りは無い、とする仏教一派が現れた。これは理解できることです。
でも、今はいろいろなものが体系化され、資料も開示され、出版物も出ています。
浄土真宗のお坊さんも、別の宗派の勉強もできるわけですし、『聖書』くらいは読んでおいてほしい。
教義は大切なものです。真宗のお坊さんが、浄土真宗の教えを無視してはなりません。その時点で真宗を離れて、新興宗教になる恐れがあります。
しかし、それを守りつつ、私見を述べる、あるいはこういう宗派では、別の宗教では、こうも言っている。そういうことを檀家の方や一般の方に言うことはあっていいのではないか。私はそう思うわけです。
その上で、うちの教義ではこうなっております。なぜなら……、という方が、その教義も理解しやすくなります。
まあ、そんでもって、怪談を語りましょうよ。そういうことでもあります。
というような話の約2時間。まだまだお話したのですが。怪談もはさみました。質問コーナーもありました。「墓石を動かすときはどうすればいいのか」なんて質問もありました。が、皆さん、趣旨は納得していただいたようです。


打ち上げの席で私を呼んでくださった真宗の理事の方や参加くださった僧侶の方たちは、「やっぱり今の僧侶は明らかに勉強不足」と嘆いていらっしゃいました。
最初に書いた、例の私のまん前にお座りになった、いかにも老師といった風体の方。
実は主催した方々がびっくりされていたわけです。
「あの人は、めったにこういう会合には顔を出さない。それがいらした。そして、今回は各々お寺でイベントやら行事やらが重なって、実は十人来るか来ないかと算段していた。ところが40人近くが参加した。よっぽど今回のテーマは、実は真宗の僧侶にとって、関心が高かったんですよ」
そう、言っていただきました。
そう、この打ち上げの席で、こんな話が僧侶の間でやりとりされました。
「もし、あんたが霊を見たとして、これは実在するもんや、と確信したとして、真宗の教義をそれでも守るか?」
面白い質問です。聞かれた僧侶は「もちろん教義を守る。それでも霊は存在しないというわ。しかし、霊が存在することをその人に言うて、その人のためになる、というのなら考える。けど、ためになると、それでその人が救われる、というふうには思えん。メリットがわからんのや」と言っていました。
だから、お釈迦様は、そこを明確にされなかったのでしょう。

その後、はしごして、後半は何を話したか覚えていません。
でも、高松の僧侶の方々には大変に親切にしていただきました。感謝に堪えません。
僧侶の方とめったにここまで本音で語ったこともありません。それを受けて、意見を言ってくださる僧侶の方々の器の広さにも、感激いたしました。
この場を借りて、深く感謝の意を述べさせていただきます。
ありがとうございました。

で、ある約束を理事の方といたしました。
いずれ、真宗の寺で、怪談会をやろう。
真宗の僧侶にも語ってもらおう。

「真宗の夜明け」

終わり。

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2014年05月26日

真宗の夜明け パート2

中山市朗です。

霊の存在を否定する浄土真宗僧侶VS怪異収集家・中山市朗!
とまあ、映画の宣伝みたいに煽ってしまいましたが、そのパート2です。

まず、僧侶たちの前で私のスタンスを理解していただく必要があるので、自己紹介をしながら、怪異蒐集家とは何か、というお話を。
「怪異蒐集家」という肩書きは、実は京極夏彦さんに名刺をデザインしてもらった際に京極さんが考案たものです。
怪異のコレクターというわけですな。怪異とは怪異談ですな、主に。そういうのを取材して周ったり、そういう会を開いて語ってもらったり。
あっ、31日のプライベート怪談会もその一環です。まだ、今回は参加者少ないです。どんどんお申し込みを。

ジャズのレコード・コレクターが必ずしもプロのジャズ・ミュージシャンというわけでもなく、切手を収集している人が必ずしも郵政省の人間で無いように、アニメ・オタクの大部分がアニメーターではない、というように、怪異を蒐集しているから、霊が見えるとか、霊を肯定するとか、そういうことではない。
怪談は好きだが、霊の存在はあるのかと聞かれると、それはわからない、としか言えない。いや、わからない、知りたいから怪異の蒐集をしているのだと。
だからまず、目の前にいるお坊さんたちに言ったことは、私は霊の肯定者でもないし否定する立場でもない、ということ。ただし、怪異談は一万数千話を取材しているので、そこはしていない人よりは、いろいろ語れることはある。
UFOとか超常現象の研究家によれば、100の報告、目撃談などがあったとして、その8割から9割は、勘違いや捏造として除外されるが、一割強は、わかならい、とするモノが必ず残るんだそうで。
怪異談も同じ。100話を取材して、使えると思えるのはせいぜい10話。しかし、一万数千話を取材しているので、千数百話という膨大な怪異談が残るわけです。それを原稿にしたり、語ったり。
必ずしも、ここに残ったから、この話は事実であるということではないし、そういう意図で選択しているわけではないが、あえて言うなら、霊は存在しない、と頭から全否定してしまうと、私が取材させていただいた人たち、一人残らずが、嘘つき、あるいは、おかしい、ということになってしまう。
霊の否定ありきで、それでもこれらを全否定できるものなのか。
だいたいが、その中のただの一例だけでも事実であるなら、それで霊は存在する、ということになる。
そういう意味において、霊は存在するか、しないか、という選択を迫られるのであるなら、する、という立場をとらざるを得ない。ただし、怪異収集家はそれを実証するものでも論証するものでもない、ということ。
これがまず、怪異収集家としてのスタンスである。

で、私にはもう一つ、オカルト研究家という肩書きもございまして。
昔、もうこの人、芸人辞めはったんですが、上〇〇太郎という人にあるラジオで「中山というヤツはアホや。オカルトなんて世の中に無いんや。無いもんを研究するとは、アホの極みや」と、言っていたと、ある人が教えてくれたんですが、何人かにそう言われたことはありました。
「オカルト研究なんてやっているって、言わん方がええですよ」とか。
で、そう言う人たちに聞くわけです。
「では、オカルトって、なんですか?」
たいてい、沈黙しはりますわ。

で、私、目の前にいる四十人ほどの僧侶に聞きました。
「この中で、オカルトって何か、説明できる人、いらっしゃいますか?」
しーん。
「いませんか?」
しーん。
一人、手が挙がった。
「超常現象、という意味では?」
うーん。はずれてはいないが、本質ではない。

このブログをずっと読んでいらっしゃる方はもうお分かりでしょうが、まず、怪談はオカルトではない。
怪談は芸です。話芸。文に起こせば文芸。

ヨーロッパやアメリカの人と接していると、一部の人なのかも知れませんが「オカルト」は深遠なものを探る学問だというんですね。ある大学の教授をやっているアメリカ人と論争をしたことがあります。
その人は「『聖書』を読まない日本人にオカルトがわかるわけはない」と言うわけです。それも血相変えて。私は「いや、日本にもオカルトはあります」と対抗したわけです。
『聖書』にある善悪、つまり神と悪魔、これを研究するのがオカルトの本質だと。私じゃない。そのアメリカ人の教授が言うたんですよ。神とはなんだ。それを知ろうとしてもいろいろなことが隠されている。古代から、その神の御技を、神の知恵を、なんとか知ろうとして、それで今で言う科学、学問が発達したという面はある。
これ、詳しく説明すると本が一冊書けちゃいます。
ともかく、隠された神の知恵を解こうとする学問、これがラテン語のオカルタ=隠されたもの、ベールに包まれたもの、と言う言葉から派生して、オカルトとなった、と。

なぜ、私がオカルト研究をやりだしたのかというと、『捜聖記』や『四天王寺の暗号』で示唆したように、四天王寺の某重要関係者から聞いた、聖徳太子の預言書の存在の示唆と、四天王寺はもともと仏教寺ではない、ということを聞かされてからのこと。この後、聖徳太子の研究をせざるをえなくなって、調べていくと、仏教のみならず、物部神道、古神道、天皇の秘儀、道教思想、陰陽道と、その奥義を紐解かねばならなくなる。古代のわが国において、それを最初に体系化しようとしたのが聖徳太子であったわけです。仏教も空海を調べるととんでもないものが出てくる。空海の真言密教というものは、その聖徳太子の意志を継ごうとしたもの、といってもいい……。
ともかく、これらは、隠された、あえて隠された、神の奥義であり、つまりは日本のオカルトであるわけです。
また、四天王寺関係者からは「聖徳太子は聖書の原理を知っていたと思われるから、聖書も読んでください」と言われ、2冊、読み潰した。そうしたら、ようやく見えてくるものがあって。ですから、オカルトを探る、ということは宗教を探るということになる。となると、これは怪談とはまったく別のモノ、というのが私の中にあるわけです。
怪談とオカルトを一緒ごたにしちゃったのは、おそらく中岡俊哉さんとか、テレビの「木曜スペシャル」とかでしょう。あれで幽霊だのスプーン曲げだの、UFOだのがオカルトだと視聴者にインプットされた。つまり、怪しげな、嘘っぽいものがオカルトなんだ、と。幽霊を語ることがオカルトなんだと。あと『エクソシスト』や『オーメン』がオカルト映画として宣伝されたこともあって。確かに『聖書』を読まないと、あれがオカルト映画だとされる本質が理解されず、怖い映画がオカルトなんだと、思われちゃった。
で、オウム真理教のあの事件で、オカルトは恐ろしく、まがまがしく、エセである、というレッテルがペタリと貼られたんです。
いろんな人から「オカルト研究なんて辞めとけ」と言われたのは、ちょうどその時期でした。
まあ、今のたいていの日本人にとっては、それがオカルト。
本来は、そんなものではない。
ただ、怪談はどちらかというと、民俗学に近い。でも、民俗学も禁断に触れて、そこに深入りすると、オカルトに手をつけることになる。ただしそれは、人間が見えない神と交信しようとしたり、触れようとしたりするために試行錯誤して編み出したものでして、だから神は臨在するのか、それは何か、ということになると、それはオカルトをいくら研究してもわからないんです。きっと、ですけど。
とまあ、難しい御託を言いましたが、おそらくそういうことを、たまにこのブログに書いたり、本にしたり、講演したりしていることから、今、真宗の僧侶の皆さんの前で、霊や祟り、あるいは日本人の宗教観について語ってくれ、という要請があったわけです、ということを申し上げたんです。

ふぅ、しんど。

パート3に、続きますなあ、これ。



kaidanyawa at 00:57|PermalinkComments(5)

2014年05月23日

隠し砦の三告知

中山市朗です。

「霊は存在しない!』浄土真宗僧侶たちVS怪異収集家・中山市朗。
その対決はいかに!

という「真宗の夜明け」パート2をお送りしたいところですが、今日は例の告知日だ!

まずは京都造形芸術大学と東北芸術工芸大学が主催する大阪芸術学舎からのお知らせ。
ここのところ、夏の恒例となりつつあります私の夏期講座が行われます。
もう募集が始まっておりますので、ぜひぜひ、怪談好き、妖怪好きの方はご参加くださりませ。
全五回の講座で、受講費は15000円です。

7/16(水) 日本の話芸と怪談
7/30(水) 増殖する妖怪
8/20(水) くだんのルーツ
9/3(水)  都市伝説と実話系怪談
9/17(水) 西洋のホラーと日本の怪談

2年前に行ったテーマをもう一度やります。ただ、内容はいろいろ変わると思います。
怪談を学術的に、というのが本来の意図でしょうが、まあ気楽に楽しくやりましょう。
くだんのルーツは、古代史と怪談がリンクする……。

場所は、JR大阪駅から徒歩3分、フコク生命ビル5F・大阪サテライトキャンパス。
お問い合わせは、0120-530-920(10:00~17:00 日祝木は除く)
メール office@gukcsha.jp
定員は40名ほどだそうです。

大阪芸術学舎

そして、今月31日のプライベート怪談会、まだ参加希望者は数人のままです。
ぜひぜひぜひぜひ、来ていただきたい、のであります。
「怪談狩り」のシリーズ化がかかっている、といっても過言ではない?
お問い合わせは メール info@officeichirou.com
電話 06-6264-0981

お待ちしています。

そして、本日は『幽怪案内』配信日です。
有料動画を2本。

「みさおちゃん・パート1」
「みさおちゃん・パート2」

みさおちゃんという幽霊とお友達になってしまった女の子のお話です。みさおちゃんは怖くないようですが、周りの大人たちは、それに翻弄されていきます。そしてその正体が明らかになっていきます。
奇妙で不気味な、もちろん実話にもとずく怪異談です。

TBSらじこん「幽怪案内」

kaidanyawa at 17:04|PermalinkComments(9)

2014年05月22日

真宗の夜明け パート1

中山市朗です。

高松市から戻ってまいりました。
何をしに行っていたのかって?
実は浄土真宗のお坊さんたちを相手に講演をやってきたのです。
議題は「日本人の宗教観、なぜ日本人は霊や祟りを気にするのか?」

浄土真宗という仏教の宗派は、霊を認めない、呪いも祟りも無い、というスタンスにあります。
そんなお坊さんたちが、私に霊や祟りについて語ってくれ、と依頼してきたわけです。
これ、どないなりまんねやろ。

高松市到着は昨日のお昼頃。
4~5人のお坊さんと子供を抱えた一人の若奥様に出迎えられて、まずは讃岐うどんでお昼を食べながら、いろいろとお話を。
どうも私を呼んでくださった理事の方とその奥さん、私の大ファンのようで、私の全著作のみならず、このブログをかなり前から読んでいて、たまに宗教だの神だの、日本人は、など、そういうことを書いているんですが、そこに共感するものがあるので、そのスタンスで語ってくれと。
特に奥様は、私のブログで怪談のみならず古代史やらフリーメーソンやら韓国の問題やらと、興味をすごくもたれたようで、讃岐うどんをすすりながら、「黄金の夜明け」だのアイレスタ・クローリーだの、イルミナティだの、さっそく怪しい話に?

ところで話は全然変わりますが、讃岐うどんの本場、高松にはラーメン屋は無い、なんて聞いたことがありましたが、あれは都市伝説?
ぎょうさん、ラーメン屋の看板、ありまんがな。
そう言ったら「ここ数年なんですよ。ラーメン屋が増えたのは」と、地元のお坊さん、言うてはりました。
どーでもいい話? でもうどん屋よりラーメン屋の看板の方が多かったようなので。
駅前周辺だけか?

さて、会場に到着。開演は1時30分より。
控え室に案内され、しばし休息していると、浄土真宗のお坊さんが「うちは、祟りや呪いは無い、という教義でして」とキッパリと言われ、「ところで先生、これにサインください」と差し出されたのが呪い祟りバリバリの話「なまなりさん」の単行本。「すごく怖かったです」やて。

23、4年ほど前、扶桑社から「新・耳・袋」を出してデビューした頃はこんなことなかった。
誰も怪談をまともに書こうとしていなかった頃。
怪談を書くヤツは霊の肯定者、オカルト信望者という目で見られてましたもん。
「けしからん!」と、言われたこともありました。マジでっせ。
やっとここ数年、怪談は話芸、文芸。霊の肯定とはまた別、ということが理解されてきた模様。
浄土真宗のお坊さんたちに私が呼ばれる、というのも、そういう背景があってのことでしょうか。

さてさて、講演の内容ですが、だいたいこのような依頼でした。

「我々真宗は、霊の存在は無いとしている。呪いも祟りも無い、という立場である。しかし、日本人は呪いやたたりを信じている人が多く、霊はある、という人もいる。真宗の僧侶はそういうことを語らないが、正直、そういうことを知ろうとしていない、わからない、ということでもある。ぜひとも、そういった日本人の信仰心や、霊について、我々僧侶の前で語っていただき、教えを請いたい」
とまあ、そのようなことです。

語りました。40人ほどの真宗の坊さんたちに。
ちょっと遅れてきたある僧侶の方は、私のまん前にどん、とお座りに成り、ぎろっと私を見られたんですが、雰囲気はバリバリの老師、というような人。
「お手並み拝見」てなもんでしょうか。
「霊は無い」という教えとともにあるお坊さんが目の前にずらり。みんな僧服に袈裟かけてはります。
みんな、プロの宗教家ですがな。
そんな場所で霊について語る私。祟り、おまっせー! とばかり怪談も語っちゃいました。

その結果、どんなことになったのか。
私は無事にいられたのか!
それは次回の、このブログで!!!

kaidanyawa at 18:09|PermalinkComments(7)

2014年05月18日

舞台恐怖生

中山市朗です。

「Dark NIGHT 11」が終了いたしました。
東京公演同様、私の怪談独演怪。
東京では夜の部3時間、オールナイト4時間の長丁場でしたが、今回はオールナイトのみ。
ただし、5時間語るという趣向。
私は喉からの発声ではなく、腹から出しますので、たとえば塾や専門学校での講義は9時間やったこともありまして、全然大丈夫なんです。
ただ、100人近いお客さんの前で、入場料を取っての怪談独演怪となると、さすが力が入ったのか、少々喉に来ました。すごく体力も消耗した感が。
考えてみると、東京のお客さんの前では、気負わずに、自然な感じでやれる雰囲気。
それで十分伝わったんです。
大阪は、「よっしゃ、今度はどんな話をどう聞かせてくれるんや」みたいな雰囲気で、それに答えようと、あえて力んだところもあります。だからちょっと声も張り気味で、今思うとテンポも早かったかも。
妙な話、江戸落語と上方落語の演じ方の違いを体感したような……?

この日も三部構成。

ところで開演前に、客席に流れていた不気味なBGM。実は勝手に鳴ってたらしい。
音響さんは慣れないいミキサーの前で、「怪奇現象でしょうか?」と青い顔。設定もしていないのに曲が終わると勝手にリピートを繰り返して……。

さて、第一部は、大阪ミナミの怪談と学校怪談を。
二月に出た『怪談コロシアム・群雄割拠の上方篇』で、私は大阪最大の霊場・千日前に流布する怪談とその歴史を書き下ろしましたが、この日は同じミナミでも、宗衛門町の怪談を披露。
宗衛門町は道頓堀川の北側の筋にあたる場所で、昔はお茶屋や芸者の置屋などのある高級歓楽街でした。
ですから、千日前に噂される怪談とはまた質が違う。その面白さを伝えたかったわけですが。
司会の半田あかりさんも、宗衛門町でアルバイトをやっていて、奇妙な話を聞いたとか?
学校怪談も、なるべく東京公演とは重ならない話をチョィスしたつもりです。

第二部は、妖怪怪談みだれ語り。
ともかく、狩り集めた妖怪の話がどっさり。笑える話からなんやそれ、シャレにならん、という話まで。
河童の写真を撮ったらヤバイ。

第三部は、時間の限り初公開怪談を。こちらも東京公演とは違う構成。
私、テンションがあがってまして、喉を休めるための休憩のはずが、楽屋でずっとしゃべっとった。そら喉も痛なるわ。
なので、半田さんにも怪談を披露したもらいました。結構もってるやん。
こちらのテーマは、東京に引っ越したらヤバイ……?

休憩は合計30分。ですから実質4時間半は、ずっとステージでしゃべってたことになりますわ。
いや、休憩中もずっとしゃべとったから、やっぱり5時間!?
尋常の沙汰やおまへんな。
でも、たいへん楽しくやれました。
5時間が、あっちゅうま。
ただ、ビギナーが約一割ほどで、あとはほぼ常連さんのようでした。
これ、あかんなあ。ビギナーを増やさんと。
オールナイト公演というのがあかんのでしょうか。若い人の姿をあまり見かけませんもんね。

こんなところで、こんな形でやってみたら?
みたいなアドバイスやご意見、リクエストなどありましたら、どんどんおっしゃってください。

次回の「Dark Night」は未定ですが、7月中旬には『怪談狩り』の第二弾を出版することになっていますので、下旬から8月初旬頃にはやりたいなあと。
このブログなり、オフィスイチロウのツイッターなどでの情報をお見逃し無く。

そして5月31日の土曜の深夜0時より、オフィスイチロウで、囲炉裏を囲んでのプライベート怪談会。
今後の私の活動の根源をなす、怪談蒐集のための怪談会です。
よろしゅうにお願いいたしまするー。
なので入場料などは無し。ただし、一話は怪談を語ること。これが条件。
怪談の楽しみは、自分も語り、聞くこと。そして怪談仲間を作ること。

「プライベート怪談会」。
参加ご希望の方は、オフィスイチロウのメール、もしくはお電話でお問い合わせください。

メール info@officeichirou.com
お電話 06−6264−0981

また、怪談語りや公演の依頼も、同様に受け付けております。





kaidanyawa at 20:31|PermalinkComments(8)

2014年05月17日

五時間怪談!

中山市朗です。

本日24時より、「Dark Night 11」の開演となります。
私の怪談独り語りです。
現在発売中の「怪談狩り」に収録のお話はもちろん、現在準備中の「怪談狩り」第二弾に収録予定のお話も披露しちゃいます。
もちろん、まだどこにも未公開の話、過去語って反応のあった話、あれやこれやと怪談づくしの約五時間。

予約は定員を満たしておりませんので、珍しく当日券が出ます。
よってらっしゃい、聴いてらっしゃい!
ゾッとしながら、楽しんでください。

新・怪談グッズも出ます!

終演は、始発電車が動く頃。

場所・道頓堀 中座くいだおれビル 地下一階
ZAZA HOUSE

ご予約は専用ページからどうぞ。⇒『Dark Night』予約ページ

kaidanyawa at 16:03|PermalinkComments(3)

2014年05月16日

怪談重ねが節

中山市朗です。

作劇塾の塾生のみなさん、および見学希望の方へ。

来週、22日(木)の塾は、休講。
前日に、高松での講演がありまして、私、四国におります。ちょっとこの日、何時に戻れるのかわかりません。
なので。
怪談ではありません。講演です。
ちょっと難しいテーマです。
きっとなにか変わったお土産話ができると思います。またこのブログで。

塾ですが、今月の木曜日は第五週がありますので、その日29日に代替講義をいたします。
時間はいつもと同じ。授業後の飲み会もいつもどおり。
見学の方も、お気軽に!
塾へのお問い合わせは、sakugeki@sakugeki.com

そして31日(土)は、膝を突き合わせて怪談を語り聞く、怪談交流会ともいえる「プライベート怪談会」です。
「四天王寺の謎」だの「東京殴り込み公演」だの「怪談狩り」だの「Dark Night11」だのと続いたせいか、こちらはまだ参加予約は数人程度。ですからどんどんと参加してくださりませ。
私の怪談蒐集のための会ですので、入場料などはありません。
ただ、最低一話は語っていただくことが条件です。ネットや雑誌、テレビ等で聞いたものはNGですよ。
ご自身の体験、あるいは周りの方から聞かれた、いわゆる実話と思われる怪談であること。
このハードルが高い、とおっしゃる方が多いのですが、怪談好きなら、一度は取材してみて語ってみることもやってみましょう。怪談の魅力は、怪異の空気をみんなで共有するところにある、と思うんですけど。
当日は、もちろん私も語ります。
当日24時より、始発の出る早朝までのオールナイト。怪談仲間が増えるチャンスかも。

詳細はオフィスイチロウのメールサイトから。
オフィスイチロウお問い合わせページ
 

そして明日、17日の0時からは、道頓堀ZAZAで「Dark Night 11」がオールナイトで開催されます。
広いZAZA HOUSEでの開催ですので、席にまだ余裕があります。
私の独り怪談語りですので、怪談乱れ語りがあるかも!
なんやそれ。

「Dark NIght 11」の予約


そして本日は「幽怪案内」の配信日でございます。
2本、2話を有料配信。

1本目「酔いどれホスト」。
これ、なんとも不可解なお話です。いや、人間が消失するというのは……。

2本目「ゆうべも出た」
『新耳袋』に似たような話が出てきますが、これはまた別の話。
なにか共通性があるのでしょうか?

TBSらじこん「幽怪案内」


kaidanyawa at 14:15|PermalinkComments(0)

2014年05月14日

文化果てることなく

中山市朗です。

東京でのライブで感じた、関西人と関東人の違い。

ライブが終わって、物販となりました。
私の新刊や、怪談グッズなどを売るわけです。私はサインをするために物販用のテーブルの前に座ります。
大阪でのイベントは、出入りするロビーでやることが多く、今回はロビーにそんなスペースも無く、終演後にステージにテーブルを置いて物販をした、という条件のちがいはあるんでしょうけど。

関西人は、このテーブルをお客さんがずらりと囲む。
関東人は、一列に並んで、順番を待つ。

このことは、東京と大阪の専門学校で教えていたある先生に言われていたことです。関西の学生は教卓を囲んで好き好きに質問を浴びせる。東京の学生は、一列に並んで、自分が質問する順番を待つ。
ほんまやなと。
東京の人は礼儀を重んじるのでしょうか。粛々とされています。
大阪の人は、いわば共感性を求めるのでしょう。
ある質問に「そやそや、覚えあるわ」とか「わしは違うけどなあ」というコミュニケーションを求めたがるのかも。囲んでいたら他人の話している内容がわかりますから。

関西人は、あらゆるものにサインを求める。
関東人は、新刊のみにサインを求める。

人にもよりますよ。でも今までは、本にもTシャツにも手ぬぐいにも、ともかく買ったもの全部にサインを求められることが多かったんです。まあそれがあたりまえだと思っていました。
東京の人は、全員、新刊にはサインを求められましたが、他のグッズにサインを求められたことがあまりなかった。
関西人は、もらえるものはもらっとけ。
関東の人は、遠慮するという気品をお持ちなのかも。

関西人は、サインが済んでもずっとそばに立っていて、話しかけたいオーラを出す人が必ず何人かいる。
関東人は、サインが終わるとサッと帰る。

大阪でのイベントは、ですから妙な体験談を話してくれたり、場合によっては返答に困るような相談や、心霊写真の解釈を求められたりします。「先生、なんでしょうこれ。ヘンなん写ったんですけど」
「レンズの汚れ違う?」とも言えず?
これ、楽しいこともあるし、迷惑なこともある。何度かは、終わっても延々とつかまってしまって、周囲の人間がシハラハラして、スタッフに止められたこともありました。けど、そういうコミュニケーションを私は持ちたいわけです。
これも私にとっては取材です。
東京の人は、わりとあっさりしているというか。親しい方や、知っている方からはお言葉もらったり、楽屋に訪ねていらしたんですが、そういうノリが無い。
でも、ちゃんと線引きされているのでしょうね。
人に迷惑をかけない、わきまえる、という精神がおありなのでしょう。

関西人は、オールナイトの怪談会は必ず寝る人がいる。
関東人は、オールナイト怪談会で寝ている人はいなかった。

これはまあ、イベントの内容によるのでしょうけど。でも、夜の部とオールナイトの部、通しのお客さんが半数以上おられたので、お疲れのはずなんです。正直7時間も一人の語り手の怪談を聞くというのは、正気の沙汰ではない? やる方もか。なのに、寝ているお客さんが、私が見る限りいなかったんです。
大阪では、たまにいびきかいてる人がいたりして。
まあ、イベントがおもろくなかったら仕方が無いんですけど。
ある東京の芸人さんが、「大阪でやるのは勇気がいる」と言っていたのは、そういうことなのでしょうか。
反応は、東京の人の方がビンビン来ました。
ただ、大阪は常連さんが多くなったので、慣れもあるんでしょうけど。

狭い日本と言われ、新幹線で2時間30分ほどの距離ですが、やっぱり、商人文化の上方は本音の文化、侍文化の江戸は、たてまえと礼儀の文化。
それを身に感じた、東京でのライブでした。

どちらがいい、悪いではなく、違いがあるのがやっぱり面白いし、お互いの伝統が残っているということで、ちょっと嬉しかったわけです。

でも、今後は、東京の人も遠慮は禁物。なんでも言って下さい。

kaidanyawa at 18:11|PermalinkComments(7)

2014年05月12日

東京怪談物語

中山市朗です。

たった今、東京から戻ってまいりました。

「dark night 東京公演」は無事終了。
初の独り語りは、いや、楽しかったです。
ゲストに気を使わなくていい、自分の思い通りに進行できる、というのはストレスがなくていい。
ただ、体力的にはすごくしんどい。
体力いりまんねんで、不特定多数の前でしゃべりどおし、というのは。
しかも休憩はあるものの、合計7時間。
楽屋で「こんな怪談イベント、おそらく人類始まって初ですわ」と私が言ったら、楽屋見舞いに来てくださったアニメ監督の角堂さんは「その通りです」とうなづきはって。
ということは、通しのお客さんも、人類史上初の聞き手?

ただ、こういう機会だからこそ、長編怪談が披露できる。
オールナイトの部で語ったあの怪談。
90分。ゲストがいるのにこれを話したら、ゲストの人、その間ほったらかしですもん。

あの長編怪談は、「なまなりさん」のように呪いたたりが発動するでもなく、誰が死ぬわけでもないのですが、
日常の中でいつでも起こりえるような不気味さが味かなあ、と。
夜中にあの長編怪談を披露するのは、芸としては、ちょっと勇気のいるものでしたが、寝る人が一人もなく(微妙な人がひとりおったかな?)、
すごくリアクションが返ってきたので、まあ、成功なのかなと。
アンケートを読む限りは、皆さんあの話には、興味をもってくださったようで。
妙な怖さのある、得も知れないお話でした。

実はお客さんの中に、その長編怪談を音声ファイルで私のところへ投稿してくださった方もおられたんです。
ありがとうございました。あの話、まだ報告していないことがあるとか?

また、夜の部には京極夏彦さん、NHKの「怪談夜話」のスタッフさんなどもいらしてました。
「怪談夜話」復活があればいいんですけど。
みなさん、これを機に、NHK渋谷局にどんどんリクエストしてみてください。

東京公演に来てくださったすべての皆様に感謝いたします。ほんまに感謝しています。
非常に、やりやすく、疲労感もどこかさわやかなものでした。

唯一つ、申し上げにくいのですが苦言。
ドタキャンがすごく多かったのに驚きました。
大阪でもこれはあるんですが、今回はその倍くらい。
いやらしい話ですが、今回はオフィスイチロウの自主公演。私もスタッフたちもみな大阪から来ているわけでして、その予算は予約状況から算出して、収支を出し、スタッフの経費などを出しますから、ドタキャンされるとその分予算が入ってこないわけです。といって、来られるのか来られないのか分からない場合は、万一のために席はそのまま確保しなければなりません。
ですから席は空いているのに、新たに人を入れるわけには行かないわけでして。
きっと他のライブやお芝居の人たちなんかも、同じような苦労をされているんでしょうか。
予約したわけですから、せめて行けなくなった、という連絡はしてほしい……。
みんな、大人なんだから。
 
次回、もし東京公演があるとすれば、ちょっと予約の取り方を考える必要がありそうです。

生意気な苦言、申し訳ありませんでした。
ありがたいことに、「次回、楽しみにしています」「ぜひ、続けてください」というお客さんも多く、
私自身も、これは続けたい、という気持ちからでたもの、と、ご了承ください。


11日は、担当編集さんと本屋めぐり。いうたら「怪談狩り」の営業です。
作家さんと編集さんで本屋さんをめぐる、というのはよくあるんだそうですが、私は始めて。
渋谷の山下書店さん、神保町の書泉ブックマートさん、書泉グランデさんに私の直筆のポップ、神保町の両店には私のサイン本が大量にありますので、どうぞよろしく。
書泉グランデさんは、去年私が出版した「四天王寺の暗号」にあわせて、「聖徳太子を読み解くフェア」をやっていただいたお店です。ありがとうございます。

そして今日は、某映画のプロデューサーの方とお会いして、ちょっと今後の企画の話を。
日中合作の大作などを手がけられた方で、昔お世話になったんです。
久々にお会いして、意気投合。
映画製作裏話も聞かせてもらって、おもろかった。
私が提案した今後の企画というのは……。
企業秘密?
オフィスイチロウといたしましても、怪談のみならず、映像や映画にも関わって行きたいな、と。

さて、17日は「Dark Night 11」
大阪での初の私の一人怪談語り。
まだ予約いけます。

どんな話を披露しようか……。









kaidanyawa at 21:29|PermalinkComments(8)

2014年05月09日

獣人雪山賛歌

中山市朗です。

いよいよ明日は「Dark night 東京殴り込み公演」です。
私の初の怪談独演怪。
ということで、こういう機会でないと披露できない怪談を用意しております。
未公開の長編怪談!
さっき試し語りを通しでやってみたのですが、すっげえ体力を消耗する。
米朝師匠の大作「地獄八景」が60分。これを上回る長編です。
これやるの、最初で最後、かも?

「オールナイトの部」で披露する予定です。
もちろん、他にもとりどりみどり、いろいろな怪談を用意しています。
演じる私も、聞くお客さんも、こうなったら持久戦?

まだ、席はあります。怪談好きなら、この機を逃すな!

予約 「Dark Night 東京殴り込み公演」

と、その前に、本日の夜は梅田にて「四天王寺の謎」についての講演。
予約無しで気軽に入れます。怪談を語らない、オカルト研究家としての私もどお?

「大阪芸術学舎・金星夜会」

オカルトと怪談は、別物ですからね。



さて、本日は「幽回案内」配信日。
ここで語った怪談、あるいは語るために狩り集めた怪談が「怪談狩り」の元となっております。
本日は3話。

1本目「雨宿り」「野球部のファン」

「野球部のファン」は以前ある楽屋にて、猫ひろしさんから、「僕の友人の話です」と聞いたものです。
猫ひろしの体験ではない。

2本目「雪山賛歌」

怪談というと、よく「霊感があるので」とか「無いから」なんていう話になりがちですが、私がいつも言っている
ように、
「そんなの関係ねえ」。
日常が崩れる瞬間に、怪異が入り込むわけです。
この話は、だいぶんまえに「私は霊を信じないし、あるわけが無いと思っています。ただ、若い頃、こんなことが
あったんですよ……」
と、ぽつりぽつりと話してくれたのが、この話。
えてして、そういう話がすごかったりするわけです。

この話を聞いて、「雪山賛歌」のフレーズが、頭の中に繰り返されると、あなたはもう……。
「ゆーきーよ、いーわーよ、われらーが、やどりー……」





ひえーっ



TBSらじこん「幽怪案内」

kaidanyawa at 15:13|PermalinkComments(3)

2014年05月06日

座頭市朗一人物語り

中山市朗です。

私の新刊、『怪談狩り・市朗百物語』(KADOKAWAメディアファクトリー)は、9日発売と書籍の奥付には記載してありますが、もう書店にでているかも知れない、とのことです。
『新耳袋』は99話でしたが、こちらは百話あります。
一気に読むと、アブないです。
あとは読み手の責任です。
怪談狩り 市朗百物語 (幽ブックス)
中山市朗
KADOKAWA/メディアファクトリー
2014-05-08




この出版にあわせて、「Dark Night 東京殴り込み公演」を企画しました。
5月10日に、新宿バティォスにて。
夜の部(19:00~22:00)、オールナイトの部(0:30~4:30)と、私が、怪談をしゃべりまくる、というものです。
『新耳袋』以来、取材していた怪談の、一挙蔵出しです!


開演まで、あと数日。

予約状況ですが、キャンセルなども出ているようで、夜の部、オールナイトの部、どちらもまだ行けるようです。
どうか、怪談好きの方はお越しくださいませませ。
一人の人間が、ゲスト無しでこれだけ怪談を語る催しは、あんまり無い、と言うか、ほとんど無いと思いますが。

17日(土)の道頓堀ZAZAでの「Dark Night 11」も、まだまだ余裕があります。
こちらもゲスト無しの、一人語り。

予約、お問い合わせは、
「Dark Night 東京殴り込み公演」
「Dark Night 11」

そして31日の私の怪談蒐集のためのプライベート怪談会。
こちらも、ぜひぜひ、参加していただきたく思います。
こちらは入場料無料、ただ、一話は怪談を語っていただくだけ。
私の書斎で、囲炉裏を囲んでの怪談親睦会、のようなものです。
深夜24時開始。これもオールナイト。
『怪談狩り』は、ぜひシリーズ化したいと思っております。
皆様のご協力、ぜひ、賜りたく思います。

「よっしゃ、あの話、中山に話してやろう」
「この話、本に書いてもらえません?」
「こんな体験したけど、なんやったんやろ」
「こんな話、聞いて、ちょっと怖かったんだけど」

そんな人、寄っといで。
こんな、しょうもない話しかないんやけど、なんて思っている人も、大歓迎。
けっこう、そんな話が面白かったりするんです。

お問い合わせは、オフィスイチロウのメールで。⇒オフィスイチロウお問い合わせページ

kaidanyawa at 13:21|PermalinkComments(15)

2014年05月05日

大阪の見える場所

中山市朗です。

先日、『幽』で連載している「上方怪談・街歩き」の取材として、大阪ミナミ周辺を散策しました。
今回のゲストは、作家の牧野修さん。
詳しいことは、来月発売の『幽』で読んでいただくことにして。

大阪随一の心霊スポット、千日前。
ここに関する怪談は、今年二月に出た『怪談コロシアム・群雄割拠の上方篇」に、「千日前怪談縁起」として私がいろいろ書いたところですが、いやあ、まだまだあるんですな。当然でしょうけど。
牧野さんは、生まれも育ちも、そして今住んでいるところも、大阪のミナミ近辺。
私は、大学に通うために兵庫県の田舎から移り住んで、今日に至るわけで、根っからの大阪人というわけやないんです。でも牧野さんは根っからの大阪人。
ですから、昭和三十年代からの大阪ミナミの姿が移り変わる推移を見ている。すると、やっぱりそこに、今とは違う原大阪の風景と生活があって、それが牧野さんのお話の中に鮮明に蘇るんです。
そこが面白い。
たとえば今、黒門市場は繁華な場所になっていますが、昭和40年頃までは、夜になるとコウモリが出るような場所だったらしい。闇がまだあちこちに残り、長屋もあった。そら、出ても不思議ちゃうよな、みたいな場所。
千日デパートの火事も、牧野さんは見なかったそうですが、お父さんが見に行っていて、生々しい話も聞かされたんですって。そういう体験を持っている人の話は、やっぱりすごくリアルで、何より歴史が積み重なり、変移していく様子が、あの周辺に噂される怪異のありように、また真実味を感じさせてくれます。

「千日前怪談縁起」も、このまま次々と加筆していく必要がありそうです。

さて、そんな大阪の1400年前の姿について、語るイベントがあります。
平安京、平城京より古い、古代の貿易都市・難波。四神相応の概念は、すでに聖徳太子の頃にはあって、というより彼が道教思想を、自然崇拝であり、太陽主神である朝廷の宗教概念(いわゆる神道ですな)の中に持ち込んで、体系化しようとしたわけです。
そのことは、まさに四天王寺の伽藍配置から見て取れるわけです。
ですから、神道、というのは、神の摂理を道教で説く、ことだと私は思うわけです。

聖徳太子、仏教にあらず。
日本最初のオカルティストだった。

そんな話をするつもりです。
ただ、短時間ですので、どこまで提示できるか、ちょっと不安。
でも、古代史の概念があなたの中で変わること、請け合いです。
そういうこと、あんまり知らなくても、興味をもっていただけるでしょう。
ホストは京都造形芸術大学教授の関本徹生氏。


大阪芸術学舎「金星夜会」
5月9日(金)。
18:30~20:00
場所:大阪サテライトキャンパス(大阪梅田・富国生命ビル5F)。曽根崎警察、道はさんだお向かいのビルです。
参加費は1000円。フリードリンク付き。
予約無しで、気軽にフラリと来ていただいて、結構です。
 
お問い合わせは、075-791-9124(京都芸術造形大学・10時~16時)

いや、大阪は、いろいろおもろいですな。

あっ、そうそう。
聖徳太子、仏教にあらず。四天王寺は牛頭天王を祀る社であり、天皇の語源はここにある。
それを実証しようと、聖徳太子の血統を検証するために、京都府の丹後半島にまで行き、天皇神道のルーツにも迫った、拙書『聖徳太子・四天王寺の暗号』(ハート出版)も、発売ちゅうでっせ。

kaidanyawa at 04:35|PermalinkComments(9)

2014年05月02日

暗くなるまでまって!

中山市朗です。

私の新作『怪談狩り・市朗百物語』の発売日は今月9日でっせ。
もうネットなどでは予約受け付けていますので、どうかよろしく。

怪談狩り 市朗百物語 (幽ブックス)
中山市朗
KADOKAWA/メディアファクトリー
2014-05-08

「怪談狩り・市朗百物語』amazon

その翌日が『Dark Night東京殴り込み公演』!
なんか、私自身、どきどきしています。
満席になったという報告は受けていませんので、まだお席はあると思います。
こちらの方のご予約もよろしく。

東京殴り込み公演・ご予約

17日が、『Dark Night Vol.11』
道頓堀ZAZA ご予約

いずれも私のオールナイト怪談語り独演怪。初の試みです。

そして、本日は『幽怪案内』配信日。
『怪談狩り』の怪談を一足先に私の語りで堪能できます。

1本目、「ニュース映像」と「周るノック音」。
映像の編集会社に勤めるようになったYさん。その編集室でニュース映像の編集をしていると、急に室内の電気が消えて真っ暗になるが、モニターのひとつだけが点いていて、そこに……。「ニュース映像」。
そのYさんがプロデューサーのMさんとCMをしていたが、終電も無くなって、Mさんはホテルに泊まりに行った。しかし、翌日聞くと、Mさんはホテルに泊らず、タクシーで帰ったという。わけを聞くと、実はそのホテルで……。

2本目は「ベッドのヘリ」と「だれだっけ?」
ある風俗女の体験談と、ある美容師さんの体験談。

『幽怪案内』はTBSらじこんから。

TBS −らじこん− 『幽怪案内』


kaidanyawa at 14:36|PermalinkComments(5)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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