2014年06月

2014年06月27日

私は告知する

中山市朗です。

お知らせです。

『怪談狩り 赤い顔』の出版記念イベント「Dark Night 12」。
情報解禁です。
8月2日(土)、24時より早朝5時頃まで。テーマはもちろん怪談です。
ゲストは、2度目(お忍びを含めると3度目)となる、北野誠さんです。
実は先日、誠さんと「お前ら行くな」のロケで、ある場所へ行ったんですよ。
ちょっと奇妙なことが……。
そのお話もでるかな?
『中山市朗DarkNight 12 予約ページ』

8月10日(日)は、夏恒例となりました、守口市のムーブ21プラネタリウムドームでの『中山市朗 怪談ナイト』が開催されます。
16:30 開場
17:00開演
司会は、真名子。
ゲストは無し。私の怪談独演怪です。
「Dark Night 東京殴り込み公演」「Dark Night 11」の、独り語りが好評だったためのオファー。聞き逃した方、ぜひ、よっといで。
これがラストチャンス……かも?

チケットは前売り2000円、当日2500円。
チケットの発売 ローソンチケット 0570-084-005(Lコード:52757)
          ムーブ21 窓口 TEL 06-6905-3921
エナジーホール窓口 TEL 06-6992-1274
お問い合わせ: 守口市生涯学習情報センター TEL 06-6905-3921
アクセス等は、ムーブ21 で検索してください。
『ムーブ21 中山市朗怪談ナイト』

さて、本日はTBSらじこん「幽怪案内」の配信日です。
「リニュアルオープン」というお話。長いので2本に分けて配信します。
ある主婦の人が、スーパーでパートをすることになったんですが、系列店を周っているエリア・マネージャーから「あることで困っている」という話を聞きます。ある系列店で、とんでもないことが起こっていて、本社からは、これはヤバいから、店は閉めるように要請している。しかし、オーナーは、投資もし、従業員を雇ってはじめた店、なんとしても続けるという。とんでもないこと。そう、それは……。

TBSらじこん「幽怪案内」

kaidanyawa at 17:50|PermalinkComments(7)

2014年06月26日

続・白いワンピースの恐怖

中山市朗です。

昨日の続きです。
なぜ、白いワンピース姿の幽霊が多いのか?

もう、昨日のブログに気の早い常連様からついたコメントにあるように、まずは、白は死装束の色なんですね。
長い黒髪にザンバラ、というのは、昔の人は男女共に髪を結っていたことを示しているわけです。男はちょんまげというやつ。女性は未婚、誰かの嫁はん、後家さんなど、その髪結いの形でわかるようになっていた(浮気は確信犯?)。おまけに、嫁入りすると、お歯黒になった。眉も沿って、女性の顔から表情を無くしたんですね。いきているうちは、虐げられ、自己主張できなかった女たちが、死んでその恨みや思いを果たす、というのが江戸時代の幽霊でした。もっともこれは武家の女たち。だから江戸では怪談噺が多く作られましたが、町人文化中心の上方はそうでもない、という原因が、ここに辿れるわけです。

長い髪、足の無い白装束の幽霊、というのは円山応挙が描いた幽霊画からなった、という説がありますが、これは通説。やはり歌舞伎における幽霊の表現から、ポピュラーになっていったと思われます。
まずは長い黒髪。当時の日常社会において、髷を解くということは、よほど悪いことをしたとか、懺悔のために髪を下ろして出家をしたとかを意味しました。つまりザンバラ髪というのは、日常の姿ではない、という信号になる。
そして、死ぬと納棺する場合に髷を解くわけですから、ザンバラの長い髪はそのまま死人をイメージさせたわけです。もちろんこのとき、白装束を着させられるわけです。
あっ、頭につける三角巾、ぬかえぼし、とも天冠ともいいますが、あれは閻魔大王の前における正装とも、悪魔除けの儀式から来たものとも、三角は冥界を支配する蛇の鱗だとも、いろいろ説はありますが、今は、あれを額につけた幽霊って、あんまり聞かないですね。
あと、幽霊は口元に血をたらす描写がありますが、歌舞伎においては、血は女を現し、異型を現すものでした。歌舞伎は男が女を演じていましたから、そういう決まりごとがあったんです。血みどろの幽霊、というのはおそらく歌舞伎から来たイメージでしょう。
このように、幽霊のテンプレートがあったわけです。
ザンバラ頭の長い髪、白装束。誰が見ても「幽霊」とわかる形がこれです。あと、手の甲を胸元あたりであわせているのも、陰である、というシグナル。いろいろ歌舞伎界の人たちは考えたものです。

これが、今にも継承され、白装束がワンピースに変わった、ということなのかも知れません。
ただし、これは女の幽霊。
歌舞伎には、あまり男の幽霊は出てきません。『蔦紅葉宇都谷峠』に文弥と言う按摩の幽霊がでてきます。「恨み晴らさでおくべきか」は、魔太郎でなく文弥の台詞。『四谷怪談』には宅悦、明治になって三遊亭円朝の『累ケ淵』の宗悦、これも按摩の幽霊。あと、小幡小平次。彼は江戸時代に実在した役者がモデルといわれています。まあ私が知るのはそれくらい。他にあったら私の勉強不足。ごめんなさい。で、化けて出るのはたいてい女性。ですから、幽霊のテンプレートは、長い黒髪にワンピースという女の幽霊に受け継がれたのです。
おそらくですけど……。

そして現代。いろいろな人の体験談を聞き集めると、これまた男の幽霊も非常に多い。彼らはまた、面白いテンプートを持っています。男の幽霊は、なぜか制服で出てくることが多いんですよ。
日本兵、自衛隊、警察官、医者、運転手、作業員、警備員、ホテルのボーイ、スーツ姿のサラリーマン。私は、こういうものだ、という明らかな主張をしています。また、死んでもなお、仕事をしています。悲哀……。
私は死んだら、機嫌よく酒のんでる幽霊になりたい?
でも、なんだか日本橋あたりでチャリ漕いでる私が目撃されそうですけど。

心霊写真にも面白い特色があります。
まあ、こういうものもどこまで信用できるのか、は、とりあえず置いといて。
写真には、長い黒髪に白いワンピース、といういかにも、という幽霊はあんまり見かけません。無いことはないですが、こちらはまわりに同化しながら、ちょっと違うアピールをしています。
「あれ、ここにいる人おかしい」とか「こんなとこになんで人がいるの?」みたいなところにいる。あと、体のパーツがおかしかったり。何かが多かったり。で、なぜかレンズを意識しています。なんか、こっち見ていますよね、心霊写真の幽霊って。あれ、あえて意識して出てきています。
動画となると、瞬間に移動したり、突然現れたり、消えたり。これも意識してますね。

ですから、幽霊と言うのは、何かを言いたくて出てきているんです。幽霊だと気づいて、と言っているんです。つまり、心霊写真は焼いたり処分してはいけない。消去してもいけない。幽霊、気を悪くします。お寺に持っていって供養させるのならいいでしょう。
彼らはけっして、祟ったりはしません。彼らが祟るのなら、怪異蒐集家の私なんか、とっくに祟られています。
ともかく、幽霊の世界には、なんとなく決まりごとがありそうですな。
現実に出る場合と、写真に出る場合と、あきらかに区別してますもん。
それとも、人間が勝手に脳内でわかりやすいイメージに変換しているのかも知れません。

幽霊、おもしろいですな。

あと、太った女の幽霊がなぜないのか。厚着の幽霊はいるのか。幼女の幽霊はなぜ、おかっぱ頭が多いのか。いろいろ研究すべき課題がありますな。
でも、なんせ、私は見ないもので。

kaidanyawa at 00:44|PermalinkComments(4)

2014年06月25日

白いワンピースの恐怖

中山市朗です。

いろいろ参考のため、「怪談狩り」を読んで、その感想をツィッターでつぶやいている方たちを、オフィスイチロウがリツイートさせていただいています。
すると、こんな感想がありました。

「なんとなくワンピース姿の幽霊が多い気がした」
もう一つ。
「幽霊の服装の系統とかまとめた論文とか誰か書いていませんかね。今回『怪談狩り』読んでたら、ワンピースが目立つなあと思って。そもそも森ガールとか、パンキッシュな格好した幽霊とかって、あんまり聞かないなあ、と」

もし、森ガールの格好をした女の子の幽霊を見たら、おそらく「森ガール」という言葉を知らない人は、それを白いワンピースだったと認識すると思います。パンキッシュな格好をして死んだ女の子っていうのも、そんなにいない気がしますが、そんな格好の幽霊、いることはいます。一つだけ、取材できています。

さてさて、ワンピース姿の幽霊が多いのは事実なのでしょうか。
事実です。取材して聞き集めしていると、そういう証言は確かに多い。
私は幽霊と言うものを見たことが無い(けっこう見ているよ、と言われますが実感がない)、ので、いったい幽霊とはどんな風に見えるのか、どんな格好、どんな状態、色は、距離は、などと体験者に質問することが多々あるんです。興味もありますしね。たいてい一般の人の語る怪談は、話の中で、「女の霊を見た」とか「女の霊が立っていた」という話になって、なんとなくそれがその場の雰囲気で、そのまま話が進行してしまうわけですね。
でも、女の霊といっても、若いのか年とっているのか、どんな容姿でどんな様子だったか、そもそもなぜそれが霊であると認識したのか、そこをスルーしたのでは商売用の怪談にならないわけでして。
ですから、私が待った、をかけて、「その女とはどんな格好でした?」と、聞くわけです。
そうなると、「はっきりとは覚えていない」ということになるわけです。「そこを思い出してください」と粘る。すると、「白いワンピースだったようだ」と返って来ることが多い。おそらくこれ、脳内で補正しているんじゃないかと思うんですね。
たとえば、暗闇に女が立っていた、という話があったとします。
「どうして、暗闇に女がみえたのですか?」と、私は聞きます。
「うーん、白く光っていたように思います」
「白く光っていた? 全身が光っていたんですか?」
「いえ、おそらく着ていたものが……」
「何を着ていたのですか?」
「白い、ワンピースだったような」
というパターン。まあ、誘導尋問みたいですけど、私としては少しでも詳しい情報が欲しいわけです。
ただ、こういう話はどうしてもありがちな話になってしまって、あるいは真実味の無い話しになってしまったりして、結局使わないことが多いわけです。
あと、あんまりファッションについて詳しくないおじさんですと、さっきの森ガールじゃないですけど、女の子のファッションにうといと、白いワンピースとしか言いようが無いというのもあるでしょう。ここは、ファッションデザイナーとか、コーディネーターが語る怪談を聞いてみたいと思いますね。
幽霊って、そんなおっしゃれなもん、着てたんや、なんて発見があったりして?

脳内補正、というと、幽霊は目で見ているのではないという話もあるんです。
これは昔、稲川淳二さんから聞いたんですが「幽霊はね、目で見ているんじゃない。盆の窪ってあるでしょ。ここで見ているんですよ」と言うわけです。盆の窪、つまり後頭部の真ん中のへこんでいる部分。あそこで見ていると。うん?
思うに、普通は目で見たものを脳が処理して、見た、ということになるのを、いきなり脳に入ってくる、という感覚でしょうか。そういう話、実は他の人からも聞いたことがあるんです。
ということは……。
この、脳に直接入った情報が、目立つ、白い、何か違う、幽霊、女、ワンピース、というふうに処理されるのかも知れません。私が思うに、霊というやつは、あえて、出てきています。何かを言いたいようです。存在に気づいて欲しいようです。ですから、私は霊です、と、見ている人に認知させないことには意味が無い。ですから、幽霊である、と誰もが認識するシグナルを送る。
それが、黒髪の白いワンピース(服)、ということになるのかも知れません。

面白いことに、夜の誰もいないはずの場所で、長い黒髪、白いワンピースという姿を見ると、一瞬凍りつく感覚に陥るのは日本人だけでなく、世界共通なんだそうです。まさか、貞子の影響もあるのかな? 
そういえば、キューブリックの『シャイニング』の双子の女の子が出現するシーン。私のイメージでは確かあの双子は白いワンピースだったんですが、あれも怖かったですよね。でも今、ブルーレイで見直すと、双子は薄いブルーがかったワンピースでした。


白いワンピース、というのは、どうやらイメージとして認識しやすく、脳裏に残る、とういう作用もあるのかと。

実は、さきほども書きましたように、ワンピースの幽霊、というのはどうしても安易なイメージですので、怪談としてボツにすることが多いわけです。おそらく読者の皆さんに、またかよ、とツッこまれることは予想できますしね。ですが、今回の指摘。あれれ、『怪談狩り』にそんなに使ったっけ、と調べてみたんです。そしたら第八十話から八十四話にわたるMさんのスナックに現れた女の霊。これが典型的に黒髪に白いワンピース。ただしこれは、もともとワンピース姿で客を接待するお店の話なので、これは活かしたわけです。
あと、第九十五、六話の「駅前の少女」と言う話。ここに出てくる小一か二年の女の子が赤いワンピース。
実はそれだけなんですね。
もしかしたら第九十二話の「ついさっき」の白いカーテンと思ったら女の衣装、というのがイメージ的に白いワンピースを想像させたのかも知れません。
で、ワンピース姿の幽霊話が多いというイメージを持たれた。

つまり、ワンピース姿の女性は、想像しやすく、印象に残る、というわけです。脳内で見る霊というのは、そういう印象、イメージで残った映像、なのかも知れません。

ちょっとこのテーマ、面白そうなので、続きますね。





kaidanyawa at 00:13|PermalinkComments(4)

2014年06月23日

赤い朝日の渡り鷺

中山市朗です。

「河野談話」検証、について。

朝日新聞はこのように報道しています。

最初は略します。
「もう、談話に疑義をはさむのはやめるべきだ。報告書は、河野談話やその後の『アジア女性基金』について、韓国政府から一定の評価をしていたことも明らかにした。
韓国からすれば、日本側から秘密にしようともちかけられていたことである。それなのに、了承もなし、一方的に公表されるのは信義に反することである。
慰安婦問題が日韓の大きな懸案に浮上し、四半世紀がたとうとしている。
この間、両政府関係者やNGOなど多くの人々が関わってきた。だがもっと大切なのは、慰安婦たちの救済であることは論をまたない。元慰安婦の生存者が54人になったことだ。日韓両政府が互いになじりあう余裕はない」


さて、この記事、みなさんはどう読まれますか?

これが、日本を代表する大新聞の記事か、と、私は憤りを感じます。
ここに書かれたことは、記者の心情であって、ジャーナリズムでもなんでもない。
だいたい朝日新聞のこの記事は、いったいどこの誰に向けて報道をしているのか、さっぱりわかりません。
この54人の元慰安婦が、軍の強制によるものであったという確証がなく、最初から結論ありきのものであり、その証言も信頼できるものでもなく、客観的裏づけも無かった、と報告しているわけだから、救済も何も無い。いや、救済は『アジア女性基金』で行った、としているわけですな。しかし、韓国はこれでは満足できない。国でやれ、と言って認めようとしなかったわけです。そのためには、軍による指示があった、強制があった、という文言をどうしても談話の中にいれたかった。つまり、日本国としての責任問題としたかったわけです。日本も人がいいですから、粛々と言われたとおりに証拠探しをやった。ところが、強制があったとする証拠が見つからない。それでさすがの日本側も、歴史的事実にないものは認められないとつっぱねた。
つまりこのことは、韓国側が、その真実性より国民の心情、憤りを抑えることを優先したということですよね。自分たちで国民の憤りを治められないから、日本に泣き付いてきたわけでしょ。
だってそうですよ。「日韓基本条約」で、その金銭的保証も含む、とあるわけですから。韓国政府はそのお金を使い込んでしまっていたわけですから。そのうち、国民の怒りは政府に来る。そのとき、日本に責任を押し付けるための、これは工作ですわな。歴史的事実より、都合のいい歴史を作る。これが韓国。

そして、そしてその口で言うわけです。
「日本人は歴史の真実を知らない」「日本は歴史を歪曲している」。
確かに韓流ブームの頃までの日本人は、近代史も教育されず、日韓の歴史は知らなかった。
でも、今はネットで調べられるし、資料も出てくる。いいかげんな情報もあるが、ちゃんと出典を調べ、読むべき本もわかる。日本国民もいつまでもバカではない。私も疑問を持って調べだしたその一人ですから。

それでもなお、朝日は、「河野談話」を疑わずに、元慰安婦たちを救済することが最優先だ、とする意味はなんなのか。人権的立場である、というのなら、誰に対してのそれはなんの人権なのか。
朝日の読者は、まだネットもやらない、新聞報道を鵜呑みにする人たちだと思っているのだろうか。
そもそも慰安婦問題を捏造し、吉田何がしの書いたフィクションと、これを売らんとする出版社のパフォーマンス(慰安婦探しのキャンペーンをやった)を裏取りもせず、真実だと報道し、いらぬ日韓の懸案を作ったのは朝日新聞である。   
朝日新聞も、日本の報道をリードする大新聞であるという自負があるなら、もうそろそろ勇気を持って、あのときの記事は誤りであった。人道的な立場から報道したつもりが、事実でなかったことが後に判明した、と謝罪するべきであろう。その上で社内調査で、今、これだけのことがわかっている。しかし、この点は揺るがない。朝日新聞の立場として、それでもなお、こうこうこういう理由と事実から、元慰安婦への救済は従来の通り、求めるべきであるとする、というような記事であるならば、議論の余地は出てくると思いますが、この記事は、もう開き直りとしか思えない。
資料も裏付けも新たなる証拠も出さずに、人道的立場というスタンスで綺麗ごとを言っても、もう通用しない世の中だ、と思うわけです。 人道的という言葉に、日本人はだまされ、韓国を支援し援助し友達になろうとして、それで、今の状態ですから。

どんな人にもミスや勘違いがあるように、メディアにも誤報はあるでしょう。
そこは責めませんよ。
でも、でもですよ、朝日を含むマスメディアは、政治家や一タレントの暴言やうっかり発言を取り上げ、時には完膚なきに叩き、その政治生命ややタレント生命を奪うことをやってきたはずです。それがジャーナリズムである、とばかりに。
そして、政治家の党内や派閥、あるいは官庁、警察、教育界、はては相撲界にまでも、その身内に甘い体質を発露し、断罪を求めたのではないのか。
その、朝日新聞が、今やネットなどで重要な資料や記録、議事録などが一般の人たちでも閲覧できるようになった今でも、かたくなにミスを認めず、謝罪どころかいまだに開き直りをするとは、ちょっと私には信じられないわけです。朝日の中で、勇気を持って、内部告発をするような記者は一人もいないのか!
日韓がなじりあっている元凶を作ったのも、朝日新聞。これは朝日自身がわかっていること、なはずです。
このままだと、大新聞朝日としての説得力がなくなってしまいます。
それでいいのか、日本の大新聞!!
朝日新聞には、社内体質の改善と、真のジャーナリズムに立ち返ることを真に望みます。

と、生意気なことを言ってしまいましたが、そう思いませんか。

それと、ここ、2、3日、「河野談話」の報告について、新聞やテレビのワイドショーなどで誰が何を言うのか、いろいろ注目していたんですが。

もうね。人権主義だかなんだか知らないですけれども。
「河野談話」がどうあろうと、慰安婦の人たちは劣悪な環境において自由を奪われていた、ということを言う人がいるんです。そこは謝罪するべきだろうと。

待て待て、と言いたい。
まずひとつは、「河野談話」というのは、調査報告書にあったように、韓国側は、あくまで軍による強制があったことを認めさせることが重要であった。それがなければ意味は無い。そういった。と、書いてありますやん。しかし、強制を裏付ける資料や証言は無かった。だから、要請があった(かも知れない)、という文言にした。つまり韓国側が要求してきたことは、歴史的事実には無かった。つまり軍による強制は無かった。無かったことに対して謝罪するバカはいない。あたりまえのこと。
それと、これは常識ですけど、当時は、世界が戦争をしていたわけです。劣悪な環境にあって自由を奪われていたのは慰安婦の人たちばかりではない。おそらく世界中の人たちが、自由どころか、生命の危機と隣りあわせで生きていた。食料も無かった。大勢が死に、家を焼かれ、財産を失い、裸一貫になった。そんな時代だったわけです。なのに彼らの声を聞いていると、慰安婦に徴用されなかったら、彼女らも自由な世界で青春を謳歌していたのにねえ、と聞こえてしまうわけです。んな、あほな!
で、軍の関与はあった!
と、勝ち誇ったように言うわけです。そら、あったやろ。戦時や!
軍が戦時における慰安婦たちを管理し守ろうとした、という発想になぜならん。
軍が一切関与しなくて、強姦されたり殺されても知らん、それでいいというのか! そうしてほしかったのか!

すっごい違和感があります。
言うときますわ。あの動乱の時代、朝鮮半島に生まれ、まだキーセンの風習が残る国で、貧乏で教育も受けられず、字も読めなかった女性たちが、売春をしないで、ほかでどうして食っていけると?

なぜ、誰もそこを論破しない?











kaidanyawa at 15:47|PermalinkComments(5)

2014年06月22日

クレイジーの日本一のホラ吹き談話

中山市朗です。

ついに、政府が河野談話に対する検証結果を報告し、この談話は当時の韓国政府とのすりあわせがあった、つまり談話でなく、談合であったことを示唆しました。
河野談合!!!
 
韓国のメディアは当然のごとく猛反発。
「どこまでが事実かわからぬものを、勝手に公表する国を信頼できるだろうか」
「談話を無力化し、歴史を覆すのは、国際社会の怒りを募らせる」

しかし、これは韓国政府が自ら掘った墓穴に落ちた、としか言いようが無い。
反日教育、天皇謝罪発言、李大統領の竹島上陸、仏像返還問題、旭日旗をナチスだといったり、朴大統領の告げ口外交があり、アメリカにおける慰安婦像設置の問題……。これだけのことをやらかして、このおとなしく、配慮ばっかりしている、ことなかれ主義の日本人をとうとう怒らせてしまった。
日本人怒らせたら、怖いねんぞ。

そんでもって韓国人が、ことあれば日本人に対して浴びせる「歴史の真実を見ろ!」という言葉の空虚感。

そこで今回の河野談話の検証結果の発表です。

こういう文書が発表されました。
「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯〜河野談話作成からアジア基金〜 平成26年6月20日」
河野談話の検証を行った但木敬一氏を座長とした5人による検証結果が記されています。

流れはこんなです。

1991年8月14日に、韓国で元慰安婦3人が東京地裁に提訴。この頃韓国内で慰安婦問題が問題視される。
韓国政府は、談話というような形で何らかの立場表明することも一案として、韓国内の世論を治めるための提案を日本政府に提案する。
これに対して、日本政府が調査をはじめる。
この調査に関して、韓国側は、政府や国民が納得できる水準を要望。調査結果は事務レベルで非公式の事前協議を行うよう申し入れ。
加藤官房長官は、まだ未調査の段階で「軍の関与は否定できない」と定例の記者会見で述べる。
韓国側は、重要なのは真相究明であり、慰安婦は軍による強制であったと認めること、と主張。
しかし、調査すればするほど、強制があった証拠がみつからず、解明は困難と日本政府。しかし、一部あったかも知れない、という文言にしようとしたことに対し、韓国側は「一部強制があった」では通らない、と主張。
日本としては「歴史的事実を曲げた結論は出せない」と回答。
また、調査担当をしていた石原官房副長官は「強制があったとは、絶対にいえない」と発言。
ならば、と韓国側の提案により、聞き取り調査となる。
この聞き取り調査の対象となった、元慰安婦たちが、実にいいかげんなものであった。これは「儀式」に過ぎない。にも関わらず、河野談話が出た。

また、こういう報告もなされています。
韓国側が重要視したのは次の3点。
 ^岼遜蠅寮瀉屬亡悗垢觀海隆慷拭
◆^岼舵慂臀犬虜櫃侶海隆慷拭
 慰安婦募集に際しての強制性。

,亡悗靴討蓮韓国は軍の指示があったという文言を求める。しかし、指示があったことは確認できず、要望があった、とした。そして、韓国側は、軍の指示を受けた業者がこれ(募集)にあたったとしたい。が、調査しても指示は認められず、日本側としては認められない。そこで、軍の要請を受けた業者、とした。

なんやこれ。「歴史の真実を知れ」とは、どの口が言うとるのや!

これで、河野談話が談話でなく、談合であったことがよく分かります。韓国側では談話の内容はあらかじめ決まっていて、それを日本側に要望し、日本政府も、それで今後、イチャモンを一切言わないというのなら、なるべくその内容に即した談話にしようとしたが、証拠となるものが無く、嘘は盛り込めないが、文言による妥協はする、とまあ、なんやこれ。ともかくそれで、河野談話が出た。そして河野談話は、韓国側からすれば、あくまで日本側が自主的に行ったものであるとして、扱われるべきもの、と位置づけています。

つまり韓国メディア(「朝鮮日報」)が報じた「どこまで真実かわからぬものを、勝手に公表する国」というのは、どこまで真実かわからぬ結論ありき、の談話を求めたのは韓国政府であり、勝手に公表したことにしてくれ、と言ってきたのも韓国政府であったねというわけです。

とまあ、ざっくりとですが、これが河野談話。これが元となって、現朴大統領の告げ口外交が行われているわけです。しかも、ここには二十万人の強制とか、性奴隷などという言葉が加わっているわけです。そう書かれたプレートがある慰安婦像がアメリカの何箇所かに設置されてもおります。そして、韓国は、談話を出してくれれば、金銭的な保証や政治問題にはしない、という約束をした。
ところが今、この河野談話を縦に、ガンガン政治利用。そういうことに利用しない、という約束やったのに。

そらもう、日本政府としても日本国民、としても「堪忍袋の緒が切れる」ですわな。

ついでに言いますと、1991年の元慰安婦による東京地裁への提訴、は、高木健一、福島瑞穂といった弁護士が関わっておりまして、韓国に渡って無理やり慰安婦を作り上げたのはこの人たちでした。朝日新聞は吉田清という作家が書いたフィクションを元に慰安婦を捏造したわけですが、これに乗ったのが、高木、福島といった人たち。金学順という女性を日本に連れてきて、慰安婦に仕立て上げた。いや、本人は最初「親に売られてキーセンになった」と言っていたのが、それでは裁判にならないと「軍に連行された」と言わせたけです。
これが、河野談話のもともとの原因ということになると、いやはや……。

この裁判は当選敗訴しましたが、福島瑞穂は人権派弁護士としてメディアに取り上げられ、後に、福島瑞穂さんは国会議員となります。
いや、韓国がほんと、普通にしていれば、日本人も怒ることなく、いや、気づくことも無く、未だに日本人は戦時に朝鮮の人に悪いことをした、と言う気持ちのままでいたのに。ひょっとしたらまだ韓流タレントがまだテレビに出てたのかも知れんのに。チョーシに乗ってあんまりがなりたて、叫ぶものだから、「なんだかおかしいぞ」と日本人も気づいたわけですな。

ところで、今朝のニュース番組を見ていると、解説者だかご意見番だかのセンセイが「なぜ、今、河野談話の検証なのか。談話を否定しないのだったら意味が無いし、今、韓国との関係から見て、こんな時期にやることではない」と言っていました。

ほんま、こんなことをマスコミが言い続けて、こうなったわけやし。ほんでまだ言うか。
日韓関係が冷え込んだ今だからこそ、「河野談話」の検証をして、世に問うわけでしょう。
「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯〜」という文書。
これ、英語など何カ国語かに訳して、政府のホームページなどで閲覧可能にし、世界に向けて広報すべし。


ほんで今度は、朝日新聞がなぜ慰安婦問題を捏造したのかを検証するチームを作るべきですな。










kaidanyawa at 10:33|PermalinkComments(0)

2014年06月20日

陰陽師の今

中山市朗です。

KADOKAWA メディアファクトリー 『怪談狩り・赤い顔 市朗百物語』の発売日が7月18日と決まりました。
18日は奥付日ですので、大型書店などでは15、6日頃より出回るかと思います。
その出版イベント「Dark Night 12」も開催予定ですが、情報解禁までもうしばらくお待ちください。

さて、本日はTBSらじこん『幽怪案内』の配信日です。
先週は、こちら側の事情により配信できない事態に陥りました。二度とこのようなことがないようにいたします。
いつも利用いただいているリスナーの皆様にはご迷惑おかけいたした。
お詫び申し上げます。

さて、本日は有料動画を3話。

1本目 第187話「陰陽師」
2本目 第188話「狛犬」 第189話「バルサンはダメ」

これ、来月には二百物語達成! ですよ!!

「陰陽師」というお話については、後に。

「狛犬」。神様はやっぱり祟るというお話。くれぐれも神社の狛犬には触れないように。
「バルサンはダメ」は、初夏らしい話。バルサンはゴキブリだけでなく、あるモノにも効くようですよ。

さて、「陰陽師」といお話。もちろん平安時代とかではなく、現代のお話です。陰陽師は現代もいるようですね。

ちょっと陰陽師について。
陰陽師というのは朝廷に仕える公務員でした。陰陽寮という役所にいて、方位学や天文学などの占術を行い、吉凶を察知し、対抗する呪術、儀式を修得していました。江戸時代までは実際に存在していて、明治になって陰陽寮は廃止されました。
福井県に「天社土御門神道本庁」があります。陰陽道の祭祀が行われる祭場と道場が今も残り、その奥義を今に伝承する藤田さんという方がおられます。私はCS京都『京都魔界探偵団』でここを訪れ、藤田さんにいろいろお話を伺ったことがありますが、彼によれば、陰陽師は現代の日本にはいない、といいます。
陰陽師は公務員ですから、鑑札がないと名乗れないのです。その鑑札を発行し与えるのが、土御門家であり、明治に陰陽寮が廃止されて以来、その鑑札は一枚も発行していない、というわけです。
ですから、現在の日本に陰陽師はいない、というのが正式なところ、といえましょう。
しかしこれは、陰陽寮が廃止されたのであって、陰陽道そのものが廃止されたわけではありません。
すでに江戸時代には鑑札を持った陰陽師は全国に存在し、社寺の建設や鉱山の掘削にも携わり、祈祷をあげたり呪符を書いたりし、あるいは実業家と化したような陰陽師もたくさんいたのです。
そういう人たちが、血脈でつながり奥義を今も伝えている、ということは実際にあるのです。

と、まあ、今回のお話に出てくる陰陽師は、どうやらそういう人、のようです。


TBS −らじこん− 『幽怪案内』

kaidanyawa at 14:08|PermalinkComments(1)

2014年06月17日

怪談討ち 召喚法始末

中山市朗です。

昨日、何冊かまとめ買いした本。
今読んでいる『拝み屋郷内怪談始末』(ダ・ヴィンチ、MF文庫)が面白い。著者は郷内心瞳。彼は「拝み屋」を本職としているらしく、そこで遭遇した怪異を淡々と描写しているところが好感。始末してへんやん、みたいな話もいい。私はこの人を追跡取材してみたくなった。すると、同じ怪異でも、また違ったモノがでてくるのではないか、と。
怪談の始末屋と見えない蒐集家の凸凹コンビ?
えっ、迷惑? すいません。
そして、我らが真代屋秀晃くんが2冊目を上梓。
『韻が織り成す召喚法2』(電撃文庫)。『拝み屋郷内怪談始末』を読み終えたら読む予定。
楽しみだ!

ところで、本屋さんからの帰り、途中のドラッグストアに入ったら、けっこうな数いてたお客さんで、日本語しゃべってるのが一人もいなかった。衝撃だった。

kaidanyawa at 22:05|PermalinkComments(6)

2014年06月15日

メル・ブックスの大逆転

中山市朗です。

本日午後、やっとamazonの「怪談狩り」に在庫あり、と表示されました。
バンザイ!
重版が決まってはや3週間。
なのになかなか補充されず、amazonでは、ここ一週間、前半は絶版扱い、後半は注文から2、4週間以内に発送、という表示でしたから。
2、4週間という、この間はなんやねん。また、そないかかるんやったら、他探すわ、いうことになりますわな。
楽天BOOKSも、ようやく、メーカーに在庫確認、という表示。

しかし、これだけネットや通販で翌日お届け、というこのご時勢に、本の流通だけなんか動脈硬化起こしてませんか?
それでなくとも本が売れない、いうてるのにね。
まあ、よおわかりませんわ。

ひえっ、今確認したらまたamazon、2、4週間以内に発送、という表示に戻ってましたわ。

kaidanyawa at 23:51|PermalinkComments(9)

2014年06月13日

お詫びのし

中山市朗です。

本日はTBSらじこん「幽怪案内」配信日となっておりますが、こちら側の都合により遅れております。
しばらくお待ちください。

また、『怪談狩り 赤い顔』の七月中旬の発売を記念しての「Dark Night 12」も開催することになりました。
日時やゲスト、詳細に関しましては、近日このブログ、ないしはオフィスイチロウのツィツターなどで報告いたします。

よろしくお願い、つかまつりまするー!

kaidanyawa at 20:37|PermalinkComments(2)

2014年06月10日

カラスの仮面

中山市朗です。

先日の作劇塾の講義でのこと。
人の感性、というような話になったんですが、ある塾生が言いました。
「でも私は、もし先生がカラスは白だと言ったら、その感性を疑うと思います」

さて、みなさんはどうお思いですか。
サラリーマンの方も悩みどころでしょう。
もし、上司が「カラスは白やで」と言った場合、どんなリアクションをとりますか?
言っておきますが、「カラスは白」というのは一つのたとえ、ですよ。
 
 屮ラスは黒に決まっています」と一般常識で反論する。 
◆屬泙◆特別変異とかあるでしょうし」と、そんなこともありえることを示唆して、なんとなく流す。
「その通りでございますう」と、意見に合わす。

さあ、みなさんはどれ?
カチ、カチ、カチ、カチ……。
 
どうやらが、出世するそうですけど。けど、カラスは黒ですわなあ。

で、我々の世界ですけど、ここはサラリーマンの世界ではない。まあ、思ったことを具現化し、作品にする世界。
その世界観が、世の人たちに受け入れられるかどうか。ここが肝心なわけです。

何度もこのブログに書きましたように、我々の世界は専門学校などというものが出来るまでは、師弟関係からなったわけでして。
作家と書生、漫画家とアシスタント、映画監督と助監督、俳優の世界も封建的な上下関係はあります。
これを古いとみなすか、ありとみなすか。
私はねえ、それを古いとして専門学校みたいなものを作っちゃったから、勘違いした若者を大勢作ったんじゃないかと思うんです。学ぶは、真似ることだ、と言います。プロを模倣することです。
でも、時として学生たちは先生のやり方、考え方が自分たちの感性に合わない(当たり前です。プロとアマですもん)、古いものだと勝手に解釈して、自分のレベルにあわせたスキルを得ようとする。アマチュアがアマチュアである自分のやり方にあわせるって? はあ?

ここに、尊敬すべき作家先生がおられる、とします。その先生の作風、世界観に大いに共感して弟子入りします。
あるとき先生がいいます。
「カラスの色はね、白いんだよ」

「先生、お言葉ですが、カラスは黒ですよ」と言いたいところですが、待てよ、と思いません?
カラスが黒いのはあたりまえ。疑問の余地は無い。しかし、そんなあたりまえのものの見方をしていて、人々があっと驚く作品が書けるのか。話題作が書けるのか?
この先生の世間に受けている作風、世界観は、カラスは白という感性から来ている。そう思うべきでしょう。
そして、なんであの先生はカラスは白だと言い切るのか。そこを探る。それが弟子というものです。
弟子にとって師匠は絶対的なものですから。ですから「僕にはカラスは黒に見えますけど」なんて口が裂けても言ってはならない。
そういう絶対的な師匠がそう言うのだから、では、なぜそうなる、という原因を探るのが弟子の務めです。あくまで師匠を肯定する態度で臨むわけですね。もちろん受け入れがたい価値観や時に無慈悲なことに直面することでしょう。それでも師匠の言うことが絶対。
すると、カラスが白という論理も分かってくるような気がする。いや、白に見えてくる。
それが、作家としての世界観を広げることになると思うのですが。

専門学校なんかですと、学生がお客さん扱いで、先生も師匠というほど尊敬されていないので、「聞いた? あの先生、カラスは白やて。あほやん」という常識派がまかり通ってしまう。常識は悪いことでもないけど、常識を疑う感性が我々クリエーターには必要なわけなんですよ、実のところ。また、妙な常識に縛られているから、常識を疑わないから、学生たちもなかなかプロになれない。
そうでしょ?
「あのカラス、黒いよね」と誰かに言ったところで、「当たり前のこと言うな」という顔をされるだけで、その後の話題にはならない。つまり、いくら技術を磨いても、そんな話題、テーマじゃ作品にならない。
「あのカラス、白いよね」と言うと「あんたバカ? 目医者行きな」と言われても「いやいや白でしょ」と言葉で相手に白と思わせる、あるいは、白と見た方が世の中面白い、と思わせるだけの論理思考と、それを伝え説得させるだけの話術(技法)が我々には必要なのだと思うのです。技術はここで活きるんです。

そして、カラスは白という師匠の考えを継承するんです。学者の研究の世界も、伝統のある職人の世界もまったく同じですよ。ともかく師匠の思考、それを具現化させるために師匠やそのまた師匠が編み出した技法を徹底的に真似て、学ぶ。しかしそれは師匠の世界観です。オリジナルではない。ここから一本立ちして、自分の世界観を編み出さなくなくてはならない。
ここで、カラスは白である、と見ようとした努力、一途さがここでオリジナルを作る基礎になるんです。

米朝落語を基礎としながら枝雀落語が構築されたように。

「世の中のカラス、きれーいなピンク色しとんなあ」
それがちゃんと作品として収まると、成功です。いわば枝雀落語です。

「カラスって、黒色しとるなあ」
そんなあたりまえの話、話題にすらならないし、別に聞きたくないですもんね。白だ、ピンクだ、と言うから話題になるわけです。これは、よっぽどそういう才能のある人か、師弟関係で養われた教育から出るものだと思います。

私の教え子たちで、消えていった人たちのことをつらつら考えるのに、
黒いカラスを何の疑いも無く、黒として描こうとして、そのテクニックのみを学ぼうとした。またそれが、技術であると勘違いした。そこに消えた要因があるように思います。
黒いカラスを作品に黒く書いても話題にならない。写実的な芸術ならば別でしょうけど。
でも、小説も漫画も映画も、その魅力は嘘、虚構の世界ですから。そこが面白いわけでしょ?
その、虚構の意味がわからなかったんですよ。ある意味、まじめなんでしょう。

とまあ、そんな話をすると、くだんの塾生、「先生、どうかカラスは白と言ってください」……。

そういえば、絵画の世界も印象派以来、独自な色彩感を表現する画家が名匠とされています。
「シャガールはね、きっとああいう風に見えていたんだよ」とは、黒澤明監督の言葉。その黒澤監督も独自の世界観でいろいろなものを見ていました。そのモノノ見方が、黒澤映画の魅力なんです。

ただ、そのシャガールやゴッホ、ビカソなどは、色彩異常の疾患だったという説も?

ちなみに、白いカラス、インドで発見されているようです。



kaidanyawa at 09:14|PermalinkComments(9)

2014年06月09日

絶版の嵐

中山市朗です。

「『怪談狩り』が近くの本屋に無いんですが……」といって、私のところに問い合わせが来ました。私は本屋さんではないのでわかりません。
「だったらネットショップでお買いになれば?」といったら、「そこでも買えない」と。
んな、バカな!
そう思って調べてみたら、amazonは、出品者からお買い求めになれます。という、まるで絶版扱い。
楽天ブックスは、お求めになれない商品、とこちらも絶版扱い。
9日午後12時50分時点。

うーん、いかん。
なにしてんねやろ。
重版したから行き渡っているハズなんやけどなあ。

わりとこんなん気になりますねん。著者としては。

でも、うちに問い合わせはやめてくださいね。

専門学校で教えていたときなどは「先生、本出したんなら一冊くらいください」なんて教え子にねだられたことがあります。
「なんでやねん」と言ったら「ケチ」やて。わかっとらんなあ。

自分の著作をいっぱい抱えていて、お客さんに売ったりする飲み屋のママや占い師、研究家の方などがいますが、それはたいてい自主出版か、自分で買っている人です。通常出版の場合、著者は十冊もらえるだけです。それは販売用ではありませんから。
ところで驚いたのは、amazonで、「怪談狩り」が3114円で出品されていたこと。新品より高いやん!
もうプレミア? というよりやっぱり絶版?


いやいや、amazonも楽天も、今日じゅうに入荷してくれるはずです。と、かたく信じましょう。
きっと出版社は在庫の山?

kaidanyawa at 13:17|PermalinkComments(4)

2014年06月06日

夏の大怪談・ラドン

中山市朗です。

『怪談狩り』第二弾は『怪談狩り・赤い顔 市朗百物語』に決定!
ただいま、ゲラの修正中。
「なんだ、やっぱり二冊目は残りカスのネタを集めたな」と言われないよう、取って置きの話はむしろこっちに回しています。なので、こっちがより怖い、と思います。
ただ私、ここんところ恐怖の感覚が麻痺しておりますことも、お断りしておきます。
これって職業病?

発売は七月中旬の予定。
ネット販売のサイトでは、もう予約受付しているところも?
しかし、早くも来年に向けての怪談狩りもやらなきゃ。

そして、毎夏の恒例行事となるか!
京都造形芸術大学と東北芸術工科大学が主催する「大阪芸術学舎」の受講生も受け付けています。
私が受け持つ講座は「日本人と怪談」。
怪談を学術的観点から論じよう、という試みですが、難しいことは言いません。
怪談とはこんなに楽しく、また怖いもんだよ、と感じていただき、多少の薀蓄を仕入れていただければ。

場所は、大阪梅田のフコク生命ビル5階、大阪サテライト・キャンパス。
時間は19時より21時までの2時間。

日程と高座内容は、下記のごとく。

7/16(木) 第一回「日本の話芸と怪談」
      ちょっと落語も演じます。

7/30(木) 第二回「増殖する妖怪」
      現代に巣くう妖怪の話をいっぱいします。

8/20(木) 第三回「くだんのルーツ」
      古代史と怪談の融合!

9/3(木)  第四回「都市伝説と実話系怪談」
      『新耳袋』誕生秘話が語られる?

9/17(木) 第五回「西洋のホラーと日本の怪談」
      この二つには、決定的な違いがある。それは?

以上5講座。

受講料は15,000円。
定員は40名だそうです。

お問い合わせ、受付申し込みは、
TEL 0120-530-920 (木日祝は除く、10時より17時。土は16時まで)
FAX 03-412-6110
http://gakusha.jp/

さて、本日は『幽怪案内』配信日です。
今回は3本、1話。長い話なので三分割しております。
ある人がネトラジで語っていたのが、実に怪談らしい怪談でしたので、本人に連絡を取って使用許可いただいたものです。

「居抜きの店・発端」(無料配信)
「居抜きの店・黒い髪の女」
「居抜きの店・リクエスト」


TBSラジオ ‐らじこん‐ 『幽怪案内』からどうぞ。



怪談狩り 市朗百物語 (幽ブックス)
中山市朗
KADOKAWA/メディアファクトリー
2014-05-08






kaidanyawa at 20:48|PermalinkComments(0)

2014年06月01日

狩は舞い降りた

中山市朗です。

ただいま、怪談会終了。
参加者の面々は、ツイッターにて写真公開!
ぎょうさん、怪談狩れました。
楽しかった!

次回は八月の下旬の頃?

kaidanyawa at 06:34|PermalinkComments(3)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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