2014年09月

2014年09月28日

呪詛との遭遇

中山市朗です。

昨夜から早朝にかけての怪談会が終了いたしました。
参加人数はちょうど十人。
怪談とは面白いもので、大勢参加したからといって質のいい怪談が聞けるとも限らない。大勢いるとそれだけ質のいい話が出そうなものですけど、二、三十人集まって収穫ゼロなんていう怪談会も。
魚釣りもそんな感じなんかなあ。

今回は、「小ネタしかないので……」と皆さんは言いながら、短い怪談を順番に披露。「あんまり怖くないですが」とか「録音するほどの話ではありません」とか遠慮がちの人もいますが、「怖く」仕上げるのはこちらの仕事。どんどんと素朴で、しかし、日常が少し崩れる、あるいは怪異がちょっと顔を出すという話を聞かせてください。そういう話はなかなかリアルで、なんとも「新耳的」であります。いや、「怪談狩り」の世界にピッタリです。
北海道から九州まで、日本各地の怪談が披露されます。その地方色も怪談を彩っていいですな。
と、Rカちゃん人形の話でゾゾゾッと来て。
すると「これは他言無用で」と北野誠さんも追っていた、あの、呪い系の話が出た。
これが、体験談で、壮絶。書けない。また書かないという約束。
うーん。しかしいつか誠さんとこの話もオブラートに包みながら披露して、呪い談義をやってみたいなあ、と思う気持ちと、いやいや自ら取材してこの謎を追跡したい、という気持ちも。
命に関わる、これはそう思います。生首村同様、日本の呪いの世界は、どこまで接近していいものやら。
でも「なまなりさん」は覚悟して書いたけど、どうもなかった。ただ私以外の関係者は、結局死ぬか、行方不明になるか、気が狂ったかしましたから……。
と思ったら、UFOに関する凄い話も!
これ、凄い。わくわくするスケールと後に来る恐怖。なんやこの話!

ともかく後半になるほど濃くなるのでした。

UFOネタを披露してくれたSさん。
例の約束、お願いしますよ。最優先してスケジュール空けときますので。

あ〜、おもろかった。

あっ、11月に京都で参加型の怪談会を開催します。
また、「Dark Night 13」の日程とゲストも決定しております。
近日このブログ、オフィスイチロウのツィッターで告知いたします。
小まめにチェックしておいてください。





kaidanyawa at 21:06|PermalinkComments(10)

2014年09月26日

テスト・パイロット(番組)

中山市朗です。

いよいよ、明日がオフィス・イチロウ主催の怪談会です。
深夜0時より開始。始発電車の出る頃までのオールナイト。
輪になって怪談を語り聞く、という本来の怪談会にあった形式で行います。
参加料は無料ですが、一つは怪談を語っていただくことが参加条件となっております。
15人ほどがベストかなと思っておりますが、ただいま九、ないしは十人といったところ。
まだ余裕があります。
ぜひぜひ、怪談好きの方に参加していただきたいなと、告知しております。

info@officeichirou.com

あるいは、06-6264-0981

へご連絡くだされば、集合時間と場所をお知らせいたします。

そして、今回はTBSらじこん「幽怪案内」の配信日です。
さて、今回から3週にわたって、あることについて語っております。それは、今からもう24年も前の話になりますのやな。私が構成として入っていたKTV『恐怖の百物語』についての怪談です。
稲川淳二さんがレギュラーゲストとして出られた、本格的な怪談番組。それだけにいろいろな怪異が関係者の目の前に現われ、そのままテレビにオンエアされたものもありました。
それらのエピソードのいくつかは『新耳袋・第二夜』に「百物語に関する三つの話」として紹介しましたが、まだまだ書ききれないことがあるんです。そんなエピソードを一挙蔵出しいたします。
1本目は「パイロット番組・その1」。
パイロット番組とは、番組企画を通すために作る番組。そうです。決してオンエアされない『恐怖の百物語』が制作されたのです。本番さながらに。そして、早くもここから怪異は始まったのです。当時から、そういうものに鈍感だった私にも、ある現象が……。

2本目は「パイロット番組・その2」と「映ったモノ」。
そして、番組にゴーサインが出て、オンエア2回目、早くも視聴者から「幽霊が映った」との問い合わせがテレビ局に殺到します。スポーツ新聞の芸能欄にはその場面が写真付きで報じられました。
いったい、なにが?

TBS −らじこん− 『幽怪案内』

kaidanyawa at 14:13|PermalinkComments(1)

2014年09月25日

続・六甲山の展望台に何が起こったか?

中山市朗です。

昨日このブログに書きました『怪談狩り』に書き、北野誠の『お前ら行くな』でロケを行った、悪天候の夜に六甲山の展望台に現われる複数の若者たち。これは霊なのか、人なのか。

新情報が、オフィス・イチロウのメールに送られてきました。
なんと、20年ほど前に、これを目撃した人がいたそうです。台風ではないものの、霧でほとんど視界のない夜。
車の中で女性といちゃついていたら、若者たちにぐるりと取り巻かれ、覗かれていたというシチュエーション。その後、若者たちが移動して階段を降りていったというから我々が見たものとは、反対方向です。その他は、我々の見たものと恐ろしく一致しております。詳しいお話は、また『DARK NIGHT」などでお話することもあるかと思います。
面白いのは、体験者がはっきりとその若者たちの衣服を記憶していたこと。

黄色いTシャツにジーンズ。
紺のTシャツにグレーのパンツ  
赤かピンクのシャツ。
白Aラインのワンピース、裾にレース、髪は背中までの女性。
女性はもう二人。
一人はポロシャツ風、膝丈のキュロット、松田聖子か中森明菜風のセミロング。

そうそう!

黄色いTシャツにジーンズ、赤かピンクのシャツ、白いワンピースで背中までの髪、キュロットスカートという四人は私の記憶に甦ってきました。松田聖子か中森明菜風のセミロングというのは、真名子が覚えていて、なんだか時代が違うと思ったのはまさにそのヘアスタイル。それに茶髪の若者が一人もいなかったというのも私たちが共通した認識。
しかし、20年前!?
こうなると、人じゃ、ないよな……。うーん。

な、なんなんやろ。
今、風も出て、雨も降ってきましたが、六甲山では今……。それとも私が霊スポット・バスターをやっちゃって、もう現われないのだろうか。

という、怪談情報がもたらされ、語られる怪談会が、いよいよ27日(土)の夜と近づいてまいりました。
まだまだ人数に余裕があります。なんだか常連さんの参加が少ないなあ、と思っていたら、4日に怪談キャンプがあるのでした。みんなそこで怪談を披露するために温存作戦に出たな!
というわけで、27日から翌日にかけて、オールナイトで行われる怪談を語り聞く会。これが江戸時代から行われている本当の怪談会の形式です。
入場料は無料。ただし、一話は怪談を語ること。
参加者、まだまだ募集しております。

ご希望の方は、info@officeichirou.com  
あるいは、06−6264−0981 オフィス・イチロウまで、ご一報ください。
集合場所、時間などをお知らせいたします。

よろしくお願いしまーす。









kaidanyawa at 01:42|PermalinkComments(4)

2014年09月24日

六甲の展望台に、何が起こったか?

中山市朗です。

前回とは話題もテーマもコロッと変わりますが。

七月の中ごろでしたか、北野誠さんから電話がありました。
「『怪談狩り』読みました。凄い気になるというか興味を持った話があんねんけど、その場所、まだある?」
誠さんが興味を持ったというのは、第十一話から十三話にわたる六甲山の展望台についての話。

『怪談狩り』を読んでいないという不埒なお方のために、ちょっと解説しますと。

二十数年前がその発端。ABCだったと思います。夕方のテレビ番組でトミーズが司会をしていたバラエティがありまして。これが噂のスポットを巡るというもの。で、夏ということで「霊スポット」を巡ろうという企画がたちあがりまして。それで私と、当時、テレビ局が売れ出そうとしていた、中学生の霊感少女ミキちゃん、というコンビであちこち回ったんです。
そのひとつが、六甲山の展望台。実は当時、その近くに朽ち果てた歩道橋があって、そこから人が飛び降りる、という噂があったんですね。それで行ってみた。それまで快晴だったのが、現地へ行くと大雨、そして濃霧。そして歩道橋発見!
そこでロケをやったら、まあ、いろいろあったわけです。詳しくは『怪談狩り』を読め!

で、そのいろいろあったことを、再び現地で語ろうと、『幽怪案内』のロケに行ったのが、二年前の夏。
台風が接近しておりまして。まぁ、中心は逸れたということなので、ロケを強行しました。夜。風が吹き、雨も降っていました。現場に到着。その展望台で、私とスタッフは、ぞろぞろと列をなして休息所へ向かう7、8人の若者を見たんです。
カメラマンのAくんが、それを見て「あの人たちに、このあたり、幽霊話がないか聞いてきます」と後を追って、私もAくんの後を追った。そしたら、若者たちは忽然と姿を消していたんです。
な、あほな。なんですが、休息所は真っ暗で鍵がかかっている。トイレは一つしかない。彼らはどこへ行ったのか?
考えたらここは六甲山の展望台。ここへは車が無いと来れない。その車は、我々以外一台しかない。でもその車にはカップルがいて、いちゃいちゃしてた。ほなら、あの若者たちは、どこから来たのか。いや、幻ちゃうよな、7、8人の若者、おったよな。これは真名子も見ていた。
「黄色いTシャツにジーンズの人とか、ドレス姿の人もいましたよね。みんな楽しそうにしていて。えっ、消えた?」
思い出すと確かに妙なんですね。雨が降っているのに誰も傘をさしていない。でも、濡れているという印象がない。街灯がなく、真っ暗なのになぜ表情や服の色まで見えたのか。そこにスタッフを立たせてみたんですが、シルエットにしか見えない。アシスタントをしていたYくんに聞いてみると、姿はみていないが、声は聞いたという。声? 風吹いて、距離もそこそこあった。で、連中の車は?
ただ、Yくんは、ここに来たとき、そのカップルの車を取り巻いていた数人の影はいた、というんですね。
ともかく、消えた。いない。
とはいえ、私も幽霊を見たと言う実感が無い。明らかに人でしたもん。
で、真名子が言うわけです。「そういえばあの人たち、ヘンです。茶髪の人が一人もいなかった。服もちょっと今どきじゃない。今の人じゃないような……」
で、ここまでなら、怪談として微妙だと思っていたんです。でも、エピソードとしては面白い。で、その後の「DARK N
IGHT」のイベントでそのことを話した。そしたら、終了後物販をしているとき、あるお客さんが「僕もそれ、見ました」と言ってきたんですね。詳しく聞くと、まったく私が見たものと同じ。しかも台風の日。彼は彼女と来ていて車の中からその若者たちを見たと。でも、そのときは不思議に思わなかったらしい。
で、イベントで同じ話を聞いて「あっ、そういえば車が無かった、街灯もなく真っ暗だった、しかも台風。確かに妙だ」と、はじめて不思議に思ったらしいんですね。しかし、彼の中の衝撃は、それを見たのは十年以上前のこと。だから、今になってゾッとした、と。
ほならあの若者たち、ずっとあそこに、台風になるとでてたのか。
肝ができた! 怪談になった。で、『怪談狩り』に書いたわけです。

誠さんとしては、それを読んで、その三つの話に時系列があることに興味を持ったらしいんですね。「それはなんかあるぞ」と。
で、「『お前ら行くな』で行きたいねんけど、出てくれる?」
言うたんですよ。「きっと台風とか、大雨とか、そういう天候じゃないと出ないと思うよ」と。
「かまへん。俺、行きたいねん」

で、7月の下旬のころでしたかねえ。私と、追体験者としての真名子が、そのロケに出たわけです。私がナビゲーター。悪い予感がします。天気、めっちゃ晴れてる。
ロケ先へ行く車の中で、詳しい話を語る私。真名子も証言します。
そして現場に着いた。晴天のまま。展望台、夏休みということもあって大勢の人で賑わってます。展望台からは神戸の夜景どころか、紀伊半島の明かりまで見える。まあ、こんな綺麗な夜景、はじめて。
人が寄ってきます。誠さん、タニシくん、オーケイの岡山くんがいて、テレビカメラがあればそら、寄ってきますわ。で、みんなに取りまかれた中で、綺麗な夜景を見ながら怪談を語った。
これ、霊スポットを回る番組として、あかんパターンや。全然怖ない。
で、二年前と雰囲気も違う。なんか明るいんです。ジュースの自動販売機がずらりと並んでいて、その明かりがあるんです。しかも、二年前の休憩所がなくなって、新しくカレー屋さんになっている。このお店の明かりもある。街灯も設置されていて。
やってまいました。午前0時のさわやかウィンドゥ。
私が一度訪れた霊スポットは、明るく変貌するか、閉鎖されるか。ここは、明るくなりました。雰囲気も無い。
が、新たな恐怖を発見。
ここに来て、一時間ほどたっていて、展望台にはこれだけ人がいるのに、カレー屋さんに、一人も客が入っていない。心配になりました。私と誠さんで入ってみました。
誠さんがお店の人に言います。「ちょっとお聞きしますが、ここ、幽霊が出るそうやねんけど」
お店の人、「ちょっとお、やめてくださいよ。怖いじゃないですか」
私「ここ、前、木造の休憩所でしたよねえ」
お店の人「さあ。ここに店出したの最近なので、前のことは知りません。でも、その休息所、やってなかったようですが」
私が二年前に見たときは、もう経営してなかったらしい。だから暗かったんや。
私「僕ね、二年前、ここで幽霊見たんですよ」
お店の人「ええっ、マジですか。ややなあ。やめてください、そういう話。今日、僕一人なんですから」

お店の人の立場だと、やっとお客が入ってきた。二人。一人は、おっ、北野誠や。商売になるかな。で、幽霊がここに出る、と聞かされて、二人は何も買わずに出て行きました……。再び、がらーんとしたお店。一人。

とはいえ、これ、番組になるん?

で、今月、オンエアされました。
十分ほどのコーナー。なんにも起こらなかったので、車の中でしゃべった20分の怪談は、あっさり数分に編集され、ほとんどは字幕処理。真名子の証言もあっさり字幕処理。現地もあっさりと、何もありませんでした、という構成。まあ、何もなかったんですけど。
おそるべし、午前0時のさわやかウィンドゥ。
でも、もう一度言っておきます。
「台風とか来んと、何も出えへんで」と、私ちゃんと誠さんに言っていましたからね。

kaidanyawa at 05:28|PermalinkComments(4)

2014年09月22日

反日開拓史

中山市朗です。

昨日読売テレビで放送された『そこまで言って委員会』。観はりました?
「朝日新聞 大検証・大激論スペシャル」

朝日新聞が例の「誤報でした」記事を掲載以来、テレビの報道番組やワイドショウでは、きちんとした検証をやってこなかったことへの不満がずっとありました。
朝日新聞があの記事を掲載した日、私はいろいろテレビ局の報道番組をチェックしたのですが、いち早く取り上げたのは読売テレビ『スマタン』の辛坊さんだけ。おそらくチェック漏れがあったとは思いますが、他の番組はスルー。後になってテレ朝『報道ステーション』がこれを取り上げましたが、「しかし人権や尊厳が踏みにじられた女性がいたことは確かなこと」「日本は20万人の慰安婦を管理し殺戮したことをしっかりと受け止め、韓国と仲良くしよう」なんていうことになっていました。なんやそれ。
その20万人が嘘や、言うとるやん。しっかり受け止めよ。

昨日の『そこまで言って委員会』は、朝日新聞側の論客がいない(番組側は何度も朝日新聞木村社長に出演要請しつづけているが、未だ実現に至っていないとのこと)中で、いろいろ朝日新聞に対する辛らつな意見が発言されました。まあ、これが真の朝日新聞の検証なのかは、置いといて。
でも、よくやってくれました。

ところで、
私が不思議で不気味なのは、なぜ、朝日新聞をはじめとした日本のマスコミ、学者、政治家、教育者(全部とは言いませんよ、もちろん)たちはあえて日本国を貶め、辱めるという、いわば自分の首をしめるようなことをやり続けたのか、ということです。
朝日新聞の「従軍慰安婦」記事は、当初から疑問はなげかけられていたとはいえ、そういう意見は主流ではなかった。政府も一旦出た河野談話は見直さないとしている。そうしているうちに「従軍慰安婦」問題は世界中に広がり、国連で問題となり、韓国との外交問題に発展し、アメリカに慰安婦像を設置させてしまったという経緯がある。教科書にも載った。
数年前までは「従軍慰安婦は無かった」と言おうものなら、女性蔑視、歴史の反省をしない、戦争肯定者という烙印が押されるような勢いでした。
塾生たちに「慰安婦問題」の提起をして、いっぺん自分なりに考えてみろ、と言ったところ、周りの人たちは韓国人とか歴史というと口をつぐむ。タブーとした。3、4年前はそうだったんですよ。

※参考・2010年10月23日付けのこのブログを読んでみてください。

おかげで、日本の若者は日本はダメな国、戦争犯罪の国、反省しない国ということを、良心的大人たちに叩き込まれ、日本人としての誇りを持つことができず、自信を失った。そして個人主義が自由だといって、いいことのように奨励された。教育現場ではクソ日教組が幅を利かせ、悪い日本、歴史を反省しない日本の、国旗掲揚と国歌斉唱を拒否するように生徒に促したということもあった。いったいこの意図はなんだ?
しかし、あまりの韓国の言い草にカチンときた日本人は、自分たちで調べだした。ネットに情報はたくさんあった。
今、日本人の若者はウヨク化しているとか、ネトウヨなんて言葉もありますが、ウヨク化なんてとんでもない。みんな正常化しただけです。ああよかった。

※当ブログ、2012年3月14、15日付けのものをお読みください。私と日教組先生のやりとりがあります(直接のやりとりは15日)。

さて、よく、マスコミは在日が牛耳っていて、日教組はGHQの落とし子だからだ、ということがネットなどでもっともらしく言われている。しかし、はたしてそれは本当だろうか?

私もマスコミの端っこにいますが、在日の人たちが牛耳っているという感覚はありません。ただ、バッシングされたり何か言われることを恐れているのは確かです。放送局の人もサラリーマン。いらんことしたら、出世や給料に響きます。ということは、言うてくるヤツらがいるということですな。もちろん韓国系企業のご機嫌も損ないたくないでしょうし。私は随分と、異常なくらいスポンサーに配慮した現場を見ています。ほんま、やりすぎなくらい。おそらくそこまでは言わないだろうけど、万が一を考える。その異常な現場が、在日疑惑をもたらせている。テレビ番組をつまらなくしている。これが実態でしょう。
そういえば先日、ゲーム会社に出向しているうちのスタッフが「国をキャラクター化したゲームがあるんですが、韓国だけ檄高して文句を言って来た。それ以来韓国というキーワードだけは封印です」と言うとった。

日教組は確かにGHQの指令を元に結成されました。これは旧文部省も同じです。しかし、日教組と文部省は米ソ冷戦の代理戦のように対立しました。GHQだから共産党? マッカーサーは、朝鮮戦争勃発時に日教組を「反共の砦」としようとしたくらいです。
では、なんとしたことでしょう。

『そこまで言って委員会』で、次のような元東大教授・酒井信彦氏の言葉を引用していました。
「他を賤しめることで自分を美化し、道徳的優越感を享受したいのであれば、それは偽善である」
これですよ。
どうも、日本のインテリ層(エセインテリ?)といわれる人たちにはこれがある。
現実を認めない。物事を概念としてみる。よって現実を辛らつに批判し過激化する。自分を正当化する。それが気持ちいいのでしょう。自分はエラい。そう勘違いしているのでしょう。

日本の戦後のマスコミと教育は、間違いなく戦後の反省から出発しました。
マスコミは、戦時中、大本営発表をそのまま報じた。朝日新聞も、戦時は戦意高揚記事を書いた。しかし、戦争が終わると価値観ががらりと変わった。「これからの報道は、われわれが正しいと思ったことを、国民の側にたって報じよう」と言ったかどうか知りませんが、そういう反省はなされたことでしょう。それが、国家への疑問、反感、反発となって左翼化していった。道理としてはわかりますわ。
戦争をおっぱじめるのは一般の国民ではない。国ですからな。体制ですからな。
ただ、当時はマスコミの扇動によって、国民の意識が戦争へとなびいたのも事実。

教育も同じ。天皇陛下は神であり、日本は神国である。そのお国のために死ぬことが尊いことだ、と教えていたのが、惨めな敗戦によって天皇は人間宣言したし、神国でもなかった。戦後直後の学校での勉強は、焼け野原となった学校の野外教室で、教科書の黒塗りからはじまった、とはよく父親の世代から聞かされた話です。やはりこれも、体制というものを疑い、二度と戦争は起こしてはならない。そのための教育をせねばならない。
きっと、戦後の焼け跡を見た先生たちはそう思ったことでしょう。
「教え子を戦場に送るな、青年よ再び銃を取るな」と言うのが、1950年代に日教組が掲げたスローガンでした。これも理念は理解できます。その通りですもん。

しかし、日本は憲法で軍隊を持つことを辞め、平和な道を歩みだし、経済大国へと変貌していきます。そうなると、マスコミは何と戦うのか。教育は何をして平和と言うのか。スローガンをどうするのか。そこを探し出します。
自衛隊は憲法違反と、そう考えるのはわかります。しかし「自衛隊の子は人殺しの子」と言ってまで自衛隊を賤しめたのが実際にあった教育の現場。東日本大震災で自衛隊のけなげな人道的活動を見て、日本の人たちはやっと自衛隊について、自由な意見が言えるようになった。マスコミでも正当な評価をすることができるようになったんです。それまでテレビやマスコミは自衛隊はまるで腫れ物扱いだったわけです。
そして、新たに持ち上がった慰安婦の問題は、まさにマスコミと日教組の戦う標的となったのでしょう。
日本と言う国はやっぱり嘘つきで反省をしない国だ。銃を持った兵隊は、こんな非道で残虐なことをやったんだ。そして女性の人権問題が湧き上がると、それを取り込んだ。女性の人権を日本は侵害した。国際的に恥ずべき卑劣な国だ。日本は世界に対して土下座せねばならない。
こんなことを言い出すと、これはもうビジネスになっていきます。
まず、人権団体を作る。代表を決め(自らなり)、金を集める。団体を知らしめるためにマスコミを利用し、広報活動をする。代表者は名誉と利権を得る。これを拡大するために国や国連に訴える。反感、反論には人権と正義の名の元に過激に辱め、陥れる。名前も売れる、お金にもなる。社会に貢献し、正義を行っていると勘違いを起こす。だから余計、それに対する反発は許せない。日本にクジラを捕るな、というてるある団体もそう。自分の正義のためなら、相手が困ろうと怪我しようとかまわない。それは正義に逆らった天罰だ。
いささかひどい書き方かもしれませんが、私にはこういう人権団体には常にそういう胡散臭さを持っていました。
吉田清治、千田夏光、戸塚悦朗、高木健一、福島瑞穂、土屋公憲……、胡散臭いですよ。
ここに弁護士が多いのも、日本と言う国に国家賠償させることに成功させると、弁護士としての立場、権威はぐっと上がり、国際的信任を得ることが出来ます。ミズポンは、これを足がかりに国会議員におなりになった。
国を売って、自分の名を売る。これを売国奴といいます。しかし、本人は国を売ることが正義だと思っている。国は恥ずべき不正の温床だから。自分がそうしたんですけどね。
これ、ロジックとしては朝日新聞と同じじゃないですか。
その朝日新聞も、戦争を起こそうとしている日本の政治と国家の虚偽を暴く正義の新聞として地位を築き、日教組の先生方の必須となった。吉田、千田は従軍慰安婦を使ったフィクションを出版して、念願の作家になった。朝日の後ろ盾もあって、よく売れた。吉田清治なんて、作家になりたくて小説を投稿してたんですよ。さっぱり相手にされんかったところ、あの本ですわ。

そして、平和主義者とは反日をさす意味となった。
真の平和主義者は、今起こっている世界中の戦争、紛争、人権問題、女性の売春問題を提起し、考えるべきでしょうが、彼らの頭にそれはない。あくまで過去の歴史を反省しない日本を陥れる。だったら先生方はちゃんとした近代史を勉強し、生徒たちに教えるべきだが、それは無い。矛盾してますわな。

正義とは、日本を貶めること。日本が困り、卑しめられればられるほど、正義感としての満足度が得られる。地位や名誉も担保でき、金になる。
それは自由ですよ。嘘を書くのが作家であり、間違ったことでも、弁護をするのが弁護士である。しかし、虚偽、捏造をして、これが正義といわれると、それは違う。作家は嘘を書いていることを自覚していますからな。しかもこのことが、日本と言う国を、日本人全体を賤しめていることになると、国際的に糾弾されているとなると、これは国家と我々日本国民が、断固として嘘つき野郎に対して異を唱えねばならない。
いったい、それは誰のための正義なのだ?
国連も、「クマラスワミ報告書」とか「マクドゥーガル報告書」とか。あんなもんを信用して採択する時点で彼らにリサーチ能力、検証能力無し。もっとも戸塚とか土屋とか、日本人からの問題提起、朝日新聞の報道、吉田証言の引用じゃ、信じちゃうか。しかし、そこは検証すべきではないのか。
朝鮮半島で20万人の女性が連行されたて、なんで抵抗運動が無かったん? 証拠の物件はあるの? 思うでしょ。歴史の検証すれば、併合する前の李氏朝鮮こそが、奴隷制度をもった劣悪な国だったとすぐにわかるでしょ。経済破綻した国を日本が救うために併合した。金に困り、生活に困った女性たちが売春という商売をやった。キーセンも娼館もあった時代。わかるでしょ。まあ、利権が絡んだんでしょうね。国連の威信として、新事実がでたからといって撤回できないでしょうね。
正義とは、なんぞや。国連とはなんぞや。

韓国も被害者ですわ。この間違った報道、捏造を鵜呑みにして、それを反日のスローガンに掲げちゃった。世界中に日本の悪口を言ってまわった朴大統領は「被害者と加害者と言う関係は千年たっても変わらない」と発言しました。
日本人はこの言葉で、韓国の人と仲良くするのはもう無理だ、とさすがに思った。
韓国は、お隣に日本というお人よしの国が、世界で二番目のお金持ちがいたから、今がある。物凄い経済と技術の援助をしていますから。日本人も韓国人も知らないだけ。いや、韓国の近代化は日本併合から始まったんだ。併合が無かったら今頃は、リトアニアのようなロシア自治国になっていた。で、独立して北朝鮮みたいになっている。
※2013年9月1日のこのブログ参照。日韓併合がなかったら、こういうことになっていた!

ともかく、そこまで貢献し、なお、気遣いをしている日本に対して、千年許さない、といった。

そういわせたのが、「慰安婦問題」を利用した日本人。恥はないのか。
罪は深い。万死に値する!

しかし問題は、今でこそ、捏造、虚偽と敵の首討ち取ったような朝日以外のマスコミは、なぜ長年にわたり、それを放置し、問題としなかったのか。産経新聞のスクープは評価するが、なぜこんなに時間がかかったのか。
政府は、外務省は、なぜこの流れを止められなかったのか。
結果、韓国を勘違いさせ、増長させ、結果、修復不可能としてしまった罪も重い。
おそらく日本の政府がどういう見解を示そうと、日本国民は、韓国との仲はもういい。関わらないのが得策と思っています。もう援助もしなくていい。ほっとけ、と。
福澤諭吉も、本田宗一郎も、そういえばそう言っていましたな。韓国とは関わるな、と。

米国の地方議員も、票欲しさにうかっと韓国人団体のいうことを信じ、「20万人の性奴隷を〜」という文言を彫った慰安婦像を設置させてしまった。そのうちいい笑いものになる。どうすんのや、あれ。
韓国は朝日新聞を擁護しようとしているが、事態はまったく逆であろう。嘘を信じ込ませた朝日新聞を訴えるべきである、と思います。
 
ほんで、子供たちに、歴史を反省しない国、土下座をして謝らなければならない国、と教えた先生たちは、朝日新聞を鵜呑みにしていた自分を反省して、教え子たちに謝る……、という気はあるんでしょうか。















kaidanyawa at 07:40|PermalinkComments(5)

2014年09月19日

中山市朗〜お前ら来いよ

中山市朗です。

今日は告知の日です。
今月、CSエンタメ〜テレビでオンエア中の「北野誠〜お前ら行くな 名古屋発!心霊ドラゴンロードへ行く」の最終回の最後の10分ほどに、私と秘書の真名子が出ております。
「怪談狩り」のあるエピソードに興味を持った北野誠さんが、ぜひ行きたい、と行ってきて、強行ロケをやったのですが……。見事私は、午前0時のさわやかウィンドウぶりを発揮して、えらいことになっています。
もう、オンエア終わった?

詳細レポート、近日中にこのブログで報告します。笑ってまうわ。

今月27日(土)の深夜は、我が書斎にて「怪談会」を行います。
15人ほどの限定ですが、まだまだ余裕があります。
参加費は無料ですが、一話は怪談を語っていただくことが参加の条件となります。
テレビやネット、雑誌や本で読んだり聞いたりしたのもはNG。
ご自身の体験に限らず、お友達、家族、仕事仲間、同僚の体験、あるいはこんな話をある人から聞いたという怪談があれば、ぜひ、お聞かせください。
みんなでそういう怪談を持ち寄って、膝突き合わせて聴き語る、本来の怪談会を楽しもうというものです。

参加ご希望の方は、オフィス・イチロウまでメールかお電話ください。
info@officeichirou.com

06-6264-0981

そして、毎週金曜日はTBSらじこん「幽怪案内」の配信日です。
今回の1本目は第217話「美女の脚」
ある学校の先生が、通勤途中の駅で、女性の飛び込み自殺を目撃してしまうのですが、後々これが、えらいことになります。ほんまにえらいことに……。
2本目は、第218話「タクシーの女」「あ、死んだ」
「タクシーの女」は、職場からの帰りに遭遇した、ちょっとした怪異、「あ、死んだ」は、職場にいながら垣間見た怪異。こういう、日常にいきなり現われる怪異というのが、なんとも避けがたく、興味のあるところです。
怪異との遭遇に、霊感など関係ない。
怪異は、あなたのほら、後ろにいるんですよ。

TBS −らじこん− 『幽怪案内』


kaidanyawa at 13:08|PermalinkComments(3)

2014年09月18日

シナリオライターになる! 

中山市朗です。

新生作劇塾が10月3日スタートです。
ということで、シナリオライターのなり方についてアドバイスします。

シナリオライターにもいろいろあります。
映画、ドラマ、アニメ、ゲーム、芝居、漫画原作など。

まず、芝居の脚本家、つまり劇作家になるには、というアドバイス。

うちに来るのは時間の無駄です。自分で劇団を旗揚げするか、劇団に入って座付きの作家になるか。  
そういえば、何年か前、塾生たちが「プラスチック犬」という劇団を立ち上げて、二回、公演したっけ。
三回目の公演、あるんやろか?
いずれも劇作家になろうとか、芝居の世界に行くというつもりではなく、各々の創作活動に活かせれば、ということでしたが、みんな楽しそうに生き生きしていたのが、今も思い出します。
創作するって、表現するって、人に観てもらえるって、いいよなあ。

このように、お芝居の脚本は上演されてはじめて成り立つものです。
本気でプロの劇作家になりたいと思うなら、ホント、劇団の旗揚げをすること。
うちの塾生でもやったんだから。
または、大抵の劇団は団員を募集していますので、自分の作品を持って座長に面接してもらうのも一考。
某劇団の座長がこんなことを言っていました。
「うち、脚本や裏方も含めて随時団員募集をしているんです。でも誰も来ません。で、たまにワークショップをやるんです。そしたらわっと来る。こっちは授業料取るんですよ。おそらく団員募集と言うと、ただ働き゛下積みが続いて、なんていうイメージがあるんでしょう。一方ワークショップというと、お客さん感覚なんでしょう。お金出してるから教えてもらえる。そう思ってるんです。でもね、やってもらうことは一緒ですから」
下積みは嫌で、教えてはもらう、と言うのは、芝居をやる資格無し。


続いて、漫画原作。

これ、といった書き方は実はありません。映画のシナリオのように書く人もいれば、メモ書きみたいなものを漫画家さんに渡す人もいます。私も漫画原作として名が載り、原作料をいただいていますが、私の原作本を各漫画家さんが自由に解釈して漫画にしています。私はほとんど何もしていません。ネームチェックや編集さん、漫画家さんとの打ち合わせははやったことがあります。

実はオリジナルの漫画の原作をやらないか、と某コミックの編集長じきじきにお電話いただき、熱心に誘っていただいたことはあるんですが、別の企画でそれどころではなく、お断りしたことがあります。
この編集長のデスクを見た事があるんですが、デスクのうえには積み重なった封筒が山のようにあったんです。それ、全部、投稿された漫画原作の原稿! 封が開いていない。これは奇妙だ。なぜ封を切らない!
「素人が送ってきたようなもの、読みません」だって。
「漫画の原作者になりたい人は、漫画が好きだけど絵が描けない、という人が多い。だからその世界観は、どこかの漫画のバクリ、亜流、斬新なものは無い。読むだけ時間の無駄。いずれあれはゴミ箱行き」とその編集長は言っていました。シビアですなあ。
「だったら現役の作家さんに依頼する」と。
奇妙というのがここ。漫画原作者になりたいという人の原稿は見ない。で、そうではない作家さんに書いてもらう。
漫画を描くのは漫画家さんですから、その漫画家さんからは出ない発想やキャラクター、展開、世界観が無いとダメということなんでしょう。プロデビューしていない、漫画しか知らない(編集長の偏見?)人にそれを求めるのは大変です。だから、漫画家さんとタッグを組ませたい、あるジャンルについてのプロの作家を探す。その流れで、私に話が来たようです。
それに本を何冊か出してヒットしているということは、信頼性がある、ブランドもある。それが編集部としては欲しいわけですね。
ですから、ほんとうに漫画原作者になりたいというのなら、小説家になって、それをコミック化させる。というのがお勧めです。えっ、小説を書く自信が無い?
だからダメだって言われるんですよ。漫画原作が書けるなら、アイディアがあるなら、書けますって。
ラノベなんて、シナリオが書けるのなら、絶対に書ける!

今度はゲームシナリオ・ライター。

ストーリー性の無いゲームソフトというものがほとんど無い、ということは、そこにはシナリオに該当するモノは存在していて、それを書く人がいる、ということになります。ただ、ゲームデザイナーと呼ばれる、つまりプランナー、プログラマーを兼用した職人が、シナリオも書くというパターンもあるようです。

私は十数年前、クリエーター系専門学校でシナリオ講座を持っていて、ゲーム科でも教えていました。
みんなゲーム好きで、学校を卒業したらカプコンのようなゲーム会社に就職して、ゲームデザイナーとして、ゲームの世界に携わりたい、と夢見ています。そして三年になって入社試験受けたら、ほとんど玉砕。絵がめっぽう上手い、という人はカプコンに入りましたけど、それは漫画科コースの学生の方が合格率は高かった。それでもう、下請けの下請けみたいな会社を受けるんですが、それでも落ちる。ゲーム会社にいわせると「ゲームのことなんて知らなくていい」というんですね。他の知識、技術、ノウハウが欲しい。こんな下請けの下請けでも、漫画科コースの子が入る確率の方が多かった、というのが当時の実感。
まあ、ゲーム好き、難関を突破した、数千時間、ゲーム・プレイに費やした、ゲームに詳しい、というのは、お客さん、ユーザーのスタンスです。ここ、勘違いしたらあかん。

ところが今現在、我が塾生で四人が、ゲームのシナリオを書いてメシ食ってます。しかも四人とも、ゲームの業界に入るつもりは無い。どういうこと?
一人は小説家志望のAさん。ゲームのシナリオを書くきっかけとなったのは、名刺の交換でした。
私は塾生を連れて業界人の集まるパーティに行くことがあります。本来、学生や塾生はダメなんですけど、そこは私の顔(!?)。「業界の人と名刺交換して話を聞かせていただいて、できたらその人の仕事場をみせてもらえ。仕事はそういうところから来る」というのが、塾生たちへのメッセージ。
Aさんは名刺交換し、お互い連絡を取るようになって、やがて「小説書いてるんだったら、ゲームのシナリオやってみない?」と言われた。アルバイト感覚ではじめたら、手がけたゲームがヒットし、やがてメイン・ライターに、という流れ。
あとの三人は、オフィス・イチロウからの出向。私もいずれ怪談や、古代史アドベンチャーといったゲームを作ってみたいと思っていまして、あるゲーム会社の社長が乗ってくれた。「だったら先生の教え子で、シナリオ書ける人、紹介してくださいよ」というのが最初。ゲーム会社のノウハウ、流れ、システム、というのを私は知りたかったので、半ばスパイとして潜り込ませたつもりなんですが……。
つまりこれ、やっぱり、業界とのパイプ、関係者とのコネがすべてという、サンプルがここにありまして。
ほんまに四人、ゲームの世界に入りたいとは思っていない。仕事としてやっているだけです。一人は「萌えというのがどうもわからん!」と悩んでいます。それでも通用するもんなんですねえ。ゲームのシナリオを書きたいと懸命に模索している人には悪いですけど。
要は環境です。その環境にいる、というのも才能。環境を活かすのも才能。
何度も口すっぱく言いますが、篭っててはダメ、というのは、こういうことです。

でも、そろそろ四人も本業の小説などが書けていないようなので、またあんまり永くいてられても困りますので、そろそろ辞めてもらおうかとは思っています。
あっ、言うときます。四人とも塾でシナリオの講座を2、3年受けて、シナリオは一通り書けるだけのスキルがあったから、いきなり現場に放り込まれて、対応できた、ということなので、そこはお忘れなく。

つづく。


作劇塾 お問い合わせ  sakugeki@sakugeki.com

あるいは、オフィス・イチロウ info@officeichirou.com
電話 06-6264-0981
お電話では、おそらく私が直に対応いたします。





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2014年09月17日

きぼうの城

中山市朗です。

10月から新生作劇塾、受講生募集。

ということで、今日はシナリオ・ライターになるには、ということについて書きましょう。

その前に、作劇塾は、なぜ作劇なのか。ここには何がこめられているのか。
ちょっとそのお話を。

みなさんは、小説を読んだり、映画やドラマを観たり、お芝居を観たりしていて、何に心を奪われますか?
どこに、お金を出してまで楽しむ価値をみいだしますか?
それは人それぞれでしょうが、私はこう思うんです。

ハッ、とする衝動。
ドキッとする瞬間。
「それだ!」という共感性。
奮い立つ動機の提示。
逆転する価値観。
仰圧からの開放感!

こういう劇的なものに接すると、わくわくします。心が動きます。いわゆる感動が起こります。
その感動を創造するのが作家です。
作劇とは、そういう劇的なものを作ることを指し、その創作方法を作劇法といいます。もともと歌舞伎にあった言葉なんですけどね。
この作劇法の根本が理解できると、あとは応用できるわけです。
その作劇法とはなにか、を、原点に立ち返って10月からの授業に臨みます。
作劇法をマスターすれば、いろいろ活用できるんです。漫画なのか小説なのか、映画なのかドラマなのか、ゲームではどうだ、というふうに。それぞれテクニックは別ですが、その作劇法には、全エンターティメントに共通する骨格があるんです。人間の顔や体つきは千差万別いろいろあれど、骨格はみな同じように。
そういう、マルチで柔軟な頭を持った人に出てきてほしいなあ、これからはそんなマルチな才能をもった作家が、必要とされるんだろうなと、これは私の実感です。小説とかシナリオとか、そういう枠は取っ払ってほしい。
そういう意味で、元来、作劇塾としたのです。

ですから、塾では、小説、シナリオとごっちゃに教えます。
作品の書き方は、塾生各々にまかせます。もちろん小説家志望の人は、小説を根気強く書いていただきたい。でも、何年も書いていてなかなかデビューできない人は、どこか問題がある。あるいはその問題が、どこにあるのか気づかないでいる。
そこを悟るべきです。問題無く何年もやってりゃ、デビューしているはずですよ。
ところが、何年もやって来た自分の方法を、間違っていたと認めたくない、という心理は、人間誰しも持つものです。まだ頭の柔らかい十代とか、二十代そこそこなら素直に間違いに向き合って、考え方を変えるのでしょうが、30歳も超えると、なかなかね。考え方を改めるということが出来ない。それは自己否定だと思っちゃうんですね。
そうじゃないんですけど。

こんなとき、小説に詰まったら、書けなくなったら、シナリオを書いてみる、あるいはシナリオ志望の人が小説を書いてみる、というのも、自分の書きたいものの見直し、あるいは、スキルの向上、スランプの脱出に役立つと思うのです。

*ちょっとスランプということについて。
よく、書けない素人さんは、「今、スランプで」なんて言い訳する人がいます。
国語辞典には「スランプとは、心身の調子が一時的に不振になっている状態。実力が発揮できず、成績などが一時的に落ち込んでいる状態」とあります。つまり、スランプの人は、心身の状態が良いと、実力が発揮できて成績が上がる、ということになります。でも、「スランプだ」という人が、実力を発揮できたのを見た事がないのは私だけでしょうか。これはスランプじゃない。実力が無いだけ。そう思ってください。プロは、心身の状態がよくなくても、原稿は落とせないのです。
三冠王三回の落合博満はこういっています。
「スランプって言っていいのは、王さん、長嶋さんだけ」

話を戻します。

これは、現塾生のお話。Kさん。
彼女は小説家志望。だから合評に小説を出してくる。これが、今だから言いますが小説になっていない。こりゃ、説明文だ。駄文だ。小説になっていない。だから赤を入れて修正を促すんですが、放棄しちゃうんですね。つまり、赤修正しても、基本がなっていないんだから、根本的なことは修正できない。おそらく本人がそれをわかっているんですね。それを繰り返しているうちに、時間もたつ。泣きたい気持ちもあったでしょう。
ところが彼女、あるときシナリオを書いてきた。短編シナリオなので、これ、映像にしたとき、どうなるんだ、これムダだろう、とどんどんセリフを削ったり、シーンを無くしたり、テンポをよくしたり。それで5分くらいのホラー映像のシナリオを、なんとか完成させた。この、完成させた、というのが大きい。自信にもなる。
で、また小説に戻った。
ちゃんと小説になっているんですよ。格段に違う。
つまりこれ、シナリオのテクニックを小説に応用できたんです。シナリオに説明はいらない。セリフのやりとりが中心となってストーリーを運ぶ。じつはこれ、ラノベの書き方に近いんです。だから、ムダがなくなって、簡潔で、ちゃんとストーリーが運べている。こういうやり方もありだな、と。
初心者の小説家志望って、どうも難しい語彙を使ったり、心理描写や状況描写がくどかったり、読めない漢字を使ったりする人が多いのですが、修正を促してもプライドがあるのか、そのやり方に自信があるのかなかなか直らない。で、まったく別のモノを書いたら修正に応じられた。こちらは本来目指しているものではないので、守るモノもなく、素直に修正に応じるわけです。で、本業に戻ったら、「ああそういうことか」と気がついた。今度は素直に修正に応じられる。
まあ、そういうことです。それに今の小説は、シナリオに近いものがどんどん出ています。
さっきいった、ラノベがそう。ラノベ書いている人で、もともとシナリオをやっていたという人大勢、いますしね。

そういえば、『村上水軍の娘』の作者、和田竜さんは、もともとシナリオライター志望だったらしい。城戸賞というシナリオ作家の登竜門で受賞したものの、時代劇は予算がかかるというので映画化は頓挫。それでシナリオを小説に書き直したのが『のぼうの城』だったという話なんですね。『村上水軍の娘』も、合戦シーンなどはシナリオにして、それを小説として書き直したらしい。だから読みやすい、わかりやすい、簡潔で、映像が頭に浮かぶ(この映像が頭に浮かぶ、というテクニックは今の小説には物凄く重要な要素です)、だから、売れた、という構図になるんですね。
『永遠の0』の百田尚樹さんも、放送作家ですしね。
逆もある。あの黒澤明監督は『野良犬』は小説で書いた。それをシナリオにするとき、改めてシナリオの構成法が理解できた、といっていました。プロはいろいろやっているんですよ。

書くべき作品、投稿作は家でお書きになっているでしょう。だから、それは続けて欲しい。ただ、塾では、いろいろな方法を試していただきたい。自分のやり方ったって、あなた素人なんだから、ここではプロである私の言うことも試してみなさいと。私はそれに対応しますので。とにかく楽しく、わあわあと、創作できる空間を作りたいなあ、と。
それが作劇塾である、と。

さて、シナリオライターなり方ですが……。

あれれ、もうだいぶ長くなったなあ。ということで、また次回。
























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2014年09月16日

放送作家のなり方

中山市朗です。

10月から新生作劇塾、受講生募集!
ということで、今回はシナリオライターと放送作家について書きます。

シナリオライターは、映画、テレビドラマ、アニメ、ゲームなどのシナリオ、台本を書く職種です。脚本家ともいいます。
同じテレビ番組でも、バラエティや報道、その他の番組の台本を書くのが放送作家といいます。ラジオ番組を作ることもあります。漫才やコメディの台本を書く構成作家というのもあります。大阪では兼用している人がたくさんいます。芸人さんが「作家さん」と呼ぶのは、この人たちです。
脱サラしてなった人も多いようです。
私はシナリオも放送作家もどちらも経験しております。わりとうちの塾生は、放送、構成作家に進む者が多いようです。

以前、放送作家志望の大学生から、「放送作家になるには何を勉強したらいいでしょうか?」と聞かれて、「コネを作れ」とアドバイスしました。学生は「は?」てな顔していました。

ちょっと今回は、放送作家のなり方について書きましょう。

小説と違うのは、こちらは集団作業をするための設計図を描くに近いわけです。ですから、放送作家になるには、台本の書き方がどうのこうのなんてことより、その集団がいる業界に入るという意識が必要でしょう。それには、現場とのパイプ、関係者とのコネを得ることが必要です。
シナリオの場合は、公募のシナリオ・コンクールなどがあり、そこで賞を獲ってデビューという道も当然ありますが、その後、シナリオライターとして生きていくには、業界に知り合いがいて、仕事をくれたり、あるいは自分の作品をアピールする境遇にあるか、という環境が大きな比重をしめます。
放送作家の場合は、特にそこが顕著で、どれだけ芸人さんや局の関係者と知りあって、信頼を得るか、ということが肝心です。かといって、芸人さんやプロデューサーと知り合って飲む、なんていうことは一般ではありえません。
よくある方法は、アシスタント・ディレクターになること。これは、制作会社などで募集しています。いわゆるADさんですね。ADとして現場に入り、仕事をこなし、ディレクターと親しくなったところで、放送作家になりたいとアピールする。「ほな、企画もってこいや」と言われるのが第一歩。企画は大抵通りませんが、そう言うことを繰り返すうちに、ディレクターから相談があったり、手伝いを頼まれるようになる。その延長上に放送作家がある。
でも、ADというのはキツい。キビしい。大抵は辞めていくようです。
それに、ADは若い人にしか勧められない。30歳以上になると、ひょっとしたら年下のディレクターに怒鳴られ、こき使われ……、まあ、採用しませんけどね。
昔は深夜ラジオのハガキ職人から、放送作家になったという人もいました。つまり、番組でパーソナリティをしていた芸人さんに、名前を覚えてもらうことが出発点。芸人さんも「おもろい人」ウォッチングをしていますから、おめがねにかなえばいいわけです。

私の場合、ある企画の持込で某芸能プロダクションの社長と意気投合して、飲み仲間になった。そして『新耳袋』の発売を知った社長から「うち、机一つ空いてますわ。もったいないんで使ってくれますか」と言われたわけです。作家デビューしたとたんに、扱いが変わった。現金なもんです。ちょうど、関西テレビで『恐怖の百物語』の企画が動き出した頃、というのと、そのプロダクションが主催していた若手芸人のライブが、テレビ番組になるタイミングでした。同じく関西テレビの『爆笑GONG SHOW』です。
で、いきなり放送作家として現場に入った。
放送台本なんて、書いたことが無い。放送作家になるなんて、思いもしなかった。やってみれば、非常に楽しい。映画のシナリオは書いていましたので、まあテクニックは同じです。それより曖昧でしたな(?)。正直、映画の脚本を書くほどの労力はいらなかった。最初は書きすぎて怒られたくらいです。まあ、現場では先輩たちがいろいろ教えてくれますし。また、その若手のライブは私も無料でお手伝いをしていたので、だいたいの進行や、趣旨はわかっていますし。要はそういう環境に身をおくことです。それが総て。

そして、飲み会は必須。
せっかく業界の人と知り合っても、飲み会に出ないでは、かわいがられない。かわいがられないと仕事はくれません。飲み会はコミュニケーションの場ですから。
飲むと本性が出る人がいる。妙なクセが出る人がいる。ネタがそこにある。ノリも違ってきますしね。そういうことを芸人さんたちは観察しています。作家志望者がそこにおらんでどないする。

私が、塾で飲み会を奨励しているのは、ここでどういうコミュニケーションが取れるのかということを知りたいわけです。自分のやりたい企画やアイディアについてまず、プロの人にアピールする必要が発生します。それがないといつまでも自分の作品は世に出ない。あたりまえですが。まず、一人でいいから、実績のある業界の先輩に賛同していただく。おもしろがってくれる。これが大事。
その最初のチャンスが、打ち上げとか、飲み会でしょう。
自分の頭の中にあるものを、目の前にいる業界人に伝えるということをするわけです。
ところがうまく伝わらない。うまく話せない。これが露呈する。ここで逃げちゃいかん。頭の中にあることを伝えるのが作家の仕事ですから。こういう場で鍛えるわけです。相手は必ずしも聴こう、という体勢にないわけですから、ここはいい道場になる。
そうなると、どう相手に興味を持たせるか、おもしろく語れるか、言いたいことを簡潔に伝えるか、を学ぶことになる。これ、相手を視聴者とみれば、クリアすべき問題でしょう。
そうなれば、知識が必要、応用力もいる、知恵もいる、流行も知っている、とにかく話題を多く持つこと。そのための勉強は当然必要と気づくわけですが、まあ、素人のうちはわからんでしょうな。
放送作家は、打ち合わせがほぼ現場での仕事といっていい。その打ち合わせ能力を、飲み会で鍛えるわけです。こればっかりは教えられるものではありません。
もう一つ、熱くなれるか!
熱い、というのは重要です。
業界は熱いですから。
企画なんてまず通らない。でも、食い下がる。諦めない。そういう人は、裏切らない。
スキルがいくら高い人でも、人間性に問題のある人は、やっぱり集団からはねられます。
この世界は信用の積み重ねです。
だから、いろいろなところに顔を出して覚えてもらう。そして、あの人になら頼めるかな、と思わせる。
そして実際に成果を出す。まあ、この繰り返しが、放送作家の仕事です。
もちろん、素養として放送作家には「企画力」「発想力」「アイディア」を生み出す能力が必要ですが、これも、飲み会だの打ち合わせだのを経験するうちに身につくものだと思うのです。周りにヒントはたくさんある世界だし、アドバイスもくれる。サンプルも転がっている。要はそれに気づくアンテナがあるのか?
よく、業界の一線にいる人たちはいいます。
「家で寝てて、なんかおもろいこと、起こるん?」

だから飲み会は大事。こんなこと、専門学校では教えない。私、専門学校の講師時代、このことを学生に教えたら、教務から厳しくとがめられましたもん。「何でや。あんたら、プロの養成学校として金取ってるやん。机上の勉強だけじゃ、プロは出えへんわ」と反論、いや、正論を言いましたが、「ここは学校なので」といわれた。

だから、塾では飲み会奨励。
ただし、タフであることが重要。
朝まで飲んで、翌日ダウンじゃ、お話にならない。
これも飲み会をこなすうちに鍛えられてくるし、お酒を飲むペースもわかってくる。

随分前ですが、私『笑っていいとも』のプロデューサーと飲んだことがありまして。この人が古代史が好きなんです。で、私は「こんな企画がある」といきまいて語ったら、気に入ってくれた。
「明日、企画書もらえるかな」と言われた。冗談でしょ。もう朝やし。酔ってるし。ノリで「いいとも!」と言いましたけど。
で、ホテルに帰ったのが朝8時。寝ましたわ。
午後からフジテレビ入り。夕方、くだんのプロデューサーと廊下で会った。
「企画書」と手を出された。
しまった! 書いてないがな。
「じゃ、お話無しね」と、いわれました。まあ、試したんだと思いますけど。

そういう世界です。刺激的で何かがある世界ですしね。

で、ここだけの話。
オフィスイチロウも、そんな人、探しているんですけど。


中山市朗・作劇塾

10月3日(金)よりスタート。毎週金曜日・夜七時より、九時まで。後オフィスイチロウで飲み会(強制ではない)。
入塾費 10000円
受講料 月10000円(月謝制)
教室  大阪市西区北堀江1-1-27 イマイビル3F。
     地下鉄四つ橋線3番出口から南へ徒歩1分未満。

問合せ info@sakugeki.com

あるいは、info@officeichirou.com
電話 06-6264-0981
でも、お問合せにお答えします。








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2014年09月15日

作家になろうよ

中山市朗です。

以前このブログで告知しました通り、10月からの作劇塾が授業料も含め、リニュアルします。
作家(小説家、ライター、シナリオライター、放送作家)志望の方を募集します。

これは社交辞令でしょうが、よく、「もう少し若ければ塾に行っているんですが……」というありがたいお言葉をいただきますが、作家に年齢制限はありません。資格も免許もいりません。商売をするには資金も必要ですが、作家はそんなものいりません。
気楽なもんですわ。通勤せんでええし、仕事が無けりゃ、日曜日は何日も続くし。あれ?
ともかく、書くのが好き、であれば、なれるはずなんですよ。作家なんて。

では、書くことが好き、というのはどのくらいのことをいうのか。
よく、ゲームを何百、何千時間やった、なんて自慢する人がいます。以前塾生にも2000時間やった、なんてヤツがいた。彼のことをポンコツと呼んでいましたが、やっぱり消えた。
これ、明らかに書くよりゲームをすることが優先してますな。それは、書くことよりゲームが好き、ということになる。それではプロにはなれませんわ。
好きなことはいろいろあってしかるべきですが、第一優先が書くこと、創作すること、であるならば、作家になれるはずです。その2000時間、書きましょうよ。2000時間書く持久力。これがあれば、大丈夫。

「作家になるには才能が必要」
瀬戸内寂聴さんの言葉ですが、何事よりも書くことが優先できる、ということが才能というやつではないかと思います。

ところが、世の中例外があるというか、書くことは好きだけど、それより優先するものがいろいろある、のにプロになったという人がいます。書くこと以上に映画が好き、落語が好き、酒が好き、一晩中語るのが好き、オカルトが好き。
そして、そんなに書かないのに、知らん間にプロになったそうです。
それは、私です。はっはっは。

私は、人のつながりでプロになったんです。今やっていることのすべては、その原点を考えると人との出会いにありました。運命というやつかも知れません。
運命、というのは、哲学的にはいろいろ意味づけがされるわけですが、要は人と出会うことで起こるものです。家でじっとしてたのでは、運命は来ない。無い。

人には謙虚であるべき。謙虚であると、いろいろ周りが教えてくれます。本で読んでも知り得ない知識や情報、考え方が、いや生き様がそこにある。これ、作品を書くにあたって重要なんです。で、その人が自分より能力がある、知識がある、地位がある、この世界の先輩であるのなら、またその生き様に共感を持ったのなら、その人のいうことは聞くべきです。やれ、といわれたことはやるべきです。それが私のやってきたこと。もちろん「あ、これは違う」と思ったなら聞かなくてもいいのかも知れませんが、しかしそれも方法論として持っておく。あるいは別の方法を模索する。そうやって、自分の出来ない事をやっていく。
「出来ません」は言ってはならない。やらないはもっとダメ。
やるしかない。そして答えをだすこと。それができないなら、プロなんてなろうなんておこがましい。
考えたらこれ、会社勤めの人はやってることですよねえ。

私は会社務めなんてまっぴらごめん、でしたが、それだけにそういうことは心がけた。それが、私にライターの仕事をもたらし、映画の現場を体験させ、著作作家となり、放送作家になれたというわけです。映画の現場や放送作家なんて、紹介してくれる人がいないとなれない仕事ですしね。 
作家って作業は一人ですが、仕事としてはいろいろな人の支え、協力、利害関係から成り立っているわけですから、そこは普通の仕事と同じ。    

そういう仕事の中で、いろんな人と遭う。これが楽しみ。そして大切。
憧れの有名人と共に仕事ができる、なんていうのも、この世界のおもろいところ。
作家さんや芸人さんと飲んでても、本で読んだ、とか、テレビでいってた、なんて話はまずしない。実体験エピソードが語られます。こんなおもろいヤツ見た、こんなこと言ってるヤツが、こんなことになった、こんな場所に行ったら、こんなめにあった……。作り話もあるでしょうが、これがまた、ドラマにしたいくらい面白い。
そしてそういう話が豊富なんです。けっきょく作家という生きものは、おもろい人、変わった人、というのをウォッチングして、それをキャラクターやエピソードに生かして作品に入れ込んでいるんですよ。アニメや映画から拝借するのもアリ、なんですが、やっぱり生きた人間が面白い。
だから、根本的には人が好き、でなければ、いいものは書けない。共感も生まれない。

「作家になりたい」人たちのスレッドを一通り読んだことがあるんです。こういう人たちの悩みって、どういうものなんだろうと。そしたら、これだけ書いている、とか、書くために仕事を辞めた、とか、これだけ本気だ、とか、技術がどうの、という書き込みが続いている。中にはプロらしき人がアドバイスを書き込んだりしている。
けどね、だからデビューできんのや、と。
みんながそうやとは言わんけど、スレに書き込んでいる人は、たいてい篭ってひたすら書いているようなんです。なんか、書くことを苦しんでいる。だんだん悲観的になっている。
アホか。外に出ろ。人に遭え。プロの人とコネクション作れ、と。
それがいちばん、ためになる。あるいは近道がある。
そんなところに書き込む暇があったら、プロの編集者か作家にアドバイスもらえ。
は、そんな人がいない?
篭ってるからや!
と、こうなる。
これね、篭っていると、仮に投稿作が入選でもして、デビューしても、後が続かない。
プロの作家は、職人です。
作家は好きなことを書いている、と大抵の人は思っているでしょうが、実はそうでもない。けっこう辛らつなやりとりが待っている。そらそうです。

出版社や編プロ、あるいは放送局やメーカーは取引先になります。大抵はそこから発注を受けるわけです。その取引先が何を要求し、どのレベルを欲しがっているのか、なんていうことは、またそういう世界の厳しさは、シビアなやりとりは、やっぱりデビュー前から知っておくべきなんです。知らないから実は二作目で潰れる人も多い。
だから昔は、小説家は書生、漫画家はアシスタント、映画は助手、放送局はアシスタント、という形で使われ、業界を知ったわけですし、師匠、先輩たちの仕事ぶりを理解した。レベルもわかる。芸人の世界には、まだこの世界残っていますね。でも今は書生はいない、アシスタントは職業になっちゃっている。平気で先生や先輩のいうことに意義を唱える。そんなヤツほど使えないんですけど。
専門学校は、業界を見せないし。

これは、ある知り合いの作家さんが言ってた言葉なんですが「作家志望なんて、おそらく日本中に何千、何万といる。みんな必死で書いている。でもここで、知り合いの編集者やアドバイスをくれる作家がいるだけで、ごぼう抜きできる」
そうだと思います。私が口すっぱく言っても未だそういうラインを作らない塾生がいるくらいですから、その重要性はプロにならないとわからないのかも知れませんが。

作劇塾は、もちろん書くことが基本で、書いてもらわねばアドバイスのしようもないのですが、同時に、おもしろいものをどう探すか、ということ。そんな話をしていきます。そして、あるレベルまで行けば、私が主催するオフィスイチロウとも連携して、人とのつながりを作っていきます。
特に、シナリオ、放送作家はやはり、人とのつながり無くてはなかなかその現場は用意されません。
あとは、本人の考え方、スタンス。
チャンスを平気でスルーしちゃう人、案外多いのは、スタンスが本気じゃないから。あるいは、まあ、そのうちなんとかなるだろう、という思いがあるから。

なんともならんわ。

新生作劇塾。
10月3日(金) 夜七時から、約二時間。この後飲み会アリ(強制ではない)。
以後、毎週金曜日、同時刻。

入塾費 10000円
月謝制 10000円

教室の場所

大阪市西区北堀江1-1-27 イマイビル3F

お問合せ sakugki@sakugeki.com

なお、塾のホームページの表記が、改まっていません。実は、お恥ずかしい話ですが、塾のパソコンがおシャカになりまして、新しいパソコンにしますとデータが更新されない状況にあるようです。
業者に修理を頼むか、データを組みなおすのかは管理をしている大滝エージェンシーの判断を待つしかありません。
メールは返信できますが、問い合わせ事項で不明なこと、詳しく聞きたいという人は、お手数ですが、今回に限りオフィスイチロウでも対応いたします。

メール info@officeichirou.com
電話  06-6264-0981

私、中山が直に対応いたします。
































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2014年09月13日

アベノコミックス

中山市朗です。

あの地獄のような民主党政権から、ガラリと変わった今の安倍政権。
その外交政策は大いに評価。集団的自衛権も支持。景気対策はもう少し様子を見る必要アリ。現政権はなかなか先見の目があり、戦略的な政策を仕掛けています。
しかし、これは違う!

13日、都内のシンポジウムで、安倍首相は、女性が経営する企業の事業拡大などを支援する補助金制度を創設する意向を明らかにした。「女性の企業家が伸びないのは根本的に問題があり、ここを変えていく。女性企業家への補助金について法的な裏づけを含め、検討していきたい」と語った。(時事通信)

これ、なに?
これが施行されたら、うちはオフィス・マナコにしたらええわけ?


kaidanyawa at 18:53|PermalinkComments(5)

2014年09月12日

大怪談ガッパ

中山市朗です。

七月九日付けのこのブログで、仲間内の怪談会をやるのなら誘ってください、と書きましたら、京都から奈良からといろいろお誘いいただいております。おかげさまで、怪談蒐集が順調にいっております。来年の初夏には、予定通り『怪談狩り』の第三弾をお披露目できそうです。

その、怪談蒐集の一環としての怪談会を、今月27日の土曜日のオールナイトで行います。
こちらはオフィス・イチロウ主催です。
参加料は無料。ただし一話は怪談を語っていただくことが条件となります。
まだまだ参加人数に余裕があります。遠慮なさらずに、どんどん参加くださいませ。
ちょっとした夜食などの持込も可。まあ、気楽に怪談好きが集まる怪談会です。
私も語ります。

参加ご希望の方は、メールにて連絡ください。
集合場所、時間などをこちらから返信いたします。

info@officeichirou.com

お電話でも受付いたします。質問等もこちらからどうぞ。

06-6264-0981

よろしくお願いいたします。

さて、本日は『幽怪案内』配信日です。
河童目撃談についての二話を配信しております。

TBSらじこん『幽怪案内』

PS
今回の『幽怪案内』、手違いがありました。
『呑み河童』と『温泉河童』の一話を一本とするところ、二本別別に配信されています。
明日にでも修正し、もう一本『婿探し』という、因縁のある家系の話を配信します。
TBS側の都合で若干遅れるかもしれません。
申し訳ありませんでした。





kaidanyawa at 13:08|PermalinkComments(3)

2014年09月11日

友情なき説得

中山市朗です。

朝日新聞の「従軍慰安婦の誤報だった報道」を受けて、ネットなどでいろいろな意見が飛び交っています。この、ネット社会、一般の人たちが意見を言い合う。これはある意味、危険であり、ある意味健全である、と私は複雑な気持ちでいます。
危険であり、健全である、とは?
と、ツッコミ入れられることは承知のうえで、今回はスルーします。また長くなりそうなので。

さて、ネットに書かれた意見や批判を見ますと、中国や韓国の人たちの書き込んだものも翻訳されていて読むことができるサイトもあったりします。印象としては、今の日本人は、その伝統文化とマナー、技術は尊敬すべきものがある。アニメやコミックも好きだ。しかし、歴史を反省しないところは、どうしても気に入らない、許せない、ということでしょうか。
朝日新聞も、従軍慰安婦報道の根拠となった「吉田証言や、女子挺身隊と慰安婦の混同」などは過ちだったとしましたが、しかしなお、虐げられた慰安婦たちはいた、それに関しては間違っていない、としました。
日本人の歴史認識の甘さが、また露呈した、という感じでしょうが、韓国、中国と違い、日本ではさまざまな資料、文献がネットにも図書館にも本屋さんにもそろっていますから、気がついて本気になって、勉強しだす日本人ほど恐ろしいものはいないぞと、思うわけです。
欧米はというと、朝日新聞が認めた誤報問題は、おそらく研究者や人権運動家、あるいは東洋や日中問題に関心のある政治家などは読んで知っているはずですが、大きな反応はありません。日本側のこれからの外交、折衝による説明が必要なのでしょうが、正直、欧米は日韓の問題などそんなに関心はないでしょう。もはやもう、ああいう問題は、利権の問題になっていますから、一旦振り上げた拳は引っ込められないわけです。国連なんてまあ、権力と利権の巣窟ですわ。
大人の社会って、嫌ですねえ。

でもね、だいたい、いまだに60年前の戦争について、謝罪しろだの、歴史認識だのといっているのは、日中韓、いや、中国と韓国だけだと思うわけです。日本人も最近までほとんどの人が近代の自国の歴史なんて知らなかった、というか、関心がなかったというのが実情でしょう。学校でも習わないし。ただ、先の韓国大統領の天皇謝罪しろ問題、竹島上陸問題、国書の郵送での返還、仏像問題、現朴大統領の日本悪口外交、1000年の恨み発言、慰安婦像設置といった動きや態度に、日本人が「あれ? 確か何度も謝って、声明も出してたよな」と思って自分たちで調べだした、というのが現状なんでしょうね。そういう流れで、間違いや誤用、一部の運動家による捏造、利権、勉強不足が露呈した。人権活動家は歴史の勉強、していないですから。そういう中で、朝日新聞はああいう記事を出して、現段階の立場を説明する必要に迫まれたのでしょう。

私も二、三年ほど前から、日朝の歴史問題や慰安婦はいたけど、日本軍に強制連行された従軍慰安婦など、どう考えても存在しえない、と言うことをこのブログに書いてきました。そのときはまだ、産経新聞の例の報道もなされる前で、バッシングを受けるんやないかと覚悟の上で、書きました。おかげさまで、そんなことはなかったんですけど。

それでも、自由を奪われ、日本軍の慰安婦に無理やりならされた女性たちがいて、その証言はある。その女性たちには謝罪し、賠償する責任が日本人にはある、という論調が相変わらず、中韓のみならず、日本国内にもある。中韓の人たちは、誤報、捏造が一部あったとしても、日本はやはり、歴史的な大罪を犯した罪に向き合い、反省すべきだといっている。

なにが正しいのでしょう。

日中韓、それぞれに立脚した歴史観があります。そこで何もかもが共有、一致、なんてことは絶対ありえません。それぞれに言い分はある。一方が正しいことは、一方には悪、権利の侵害。逆もまたアリ。ただし、当時は強い国が有利になる。今もそうですが、これが人間社会の鉄則です。
今、日本の子供たちに聞かせる「昔ばなし」は、弱者は強い人に助けられる、みんなで平和、みたいなことになっているらしいですが、そんなことは決してない。理想はそうですけど。
運動会もみんな手をつないでゴールやなんて。子供たちに「現実世界で死ね」といっているようなもん。そういうこと、世界の情勢を見ると、わかりそうなもんです、先生方。
だから、そもそも歴史問題について、今のお互いの国の事情、力関係をもってしての、謝罪しろだの賠償しろだのは本来いってはいけないわけです。それこそ、歴史認識のねじ曲げが起こる。ですから、そのために問題が起こると条約や協定を国同士が結び、調印するわけで、特に日本は、先の大戦においては東京裁判をあまんじて受け、サンフランシスコ条約に調印したわけです。ただしここには中国は含まれませんでした。韓国はなんと、このときの講和会議の連合国側の署名国として参加を表明しましたが、韓国は当時日本であり、交戦していないことから、参加は拒否されました。後になって、1965年に「日韓基本条約」が締結されます。
中国(中華人民共和国)とは、1972年に日本政府と中華人民共和国政府共同声明による「日中国交正常化」で、一応、手打ち、ということになっていました。
韓国などは、「日韓基本条約」も、いや、あの日韓併合時も、韓国には異を唱える立場にいなかった、だから強制されたのだ、という論調もあるようですが、だったらなぜ、当時強くなろうとしなかったのか。近代化をしなかったのか、という罪を自ら問う考えもあってしかるべきでしょう、と、ネットで日本の歴史観を攻め立てる人たちにいいたい。
そこで強くならねばならない、欧米列強の中に入らねばわが国は立ち遅れる、と日本は急速な近代化を促進しました。国を挙げてのインフラに取り組み、教育を施し、富国強兵をした。数十年前までは髷を結った侍が闊歩して鎖国状態にあった日本が、開国した途端に、あっという間に世界第三位の海軍を持った。これはもう、奇跡です。研究熱心で働くことに文句を言わない日本人だからこそできた。強い軍隊は、当時は絶対に必要不可欠なものでした。結果日本は戦争の道を歩むわけですけど。その戦争の是非は、日本人自身が、確かに検証し、反省すべきことはある。でもねえ、日本人は理想を掲げて懸命に働き、国民は高い税金を払った。それが自分たちの使命だと思った。そして実際にアジアで唯一の近代国となったのです。犠牲も払った。大勢の若者が戦場で死んでいった。これは尊い行為だったのか、無意味な殺人行為にすぎなかったのだろうか……。
一方、長いこと中国の属国としてあった朝鮮。だから、清国崩壊にあたっても、危機感がない。近代化の意味も分からない。産業もなく国も成り立っていない。汚職と利権まみれの李氏朝鮮。奴隷制度も残っていました。結果、欧米列強の承認もあって日本に併合された。そしてやっと近代化した。しかし日本として大戦を迎え、結果敗戦国となったときに、われわれは日本に無理やり併合され、何もかも奪われたんだ、という韓国。で、連合国側の著名国になろうとした。
そら、歴史観、むちゃくちゃになりますわな。
慰安婦はいたし、慰安所はあった。韓国人のみならず、日本人慰安婦もいました。しかしそれは、ひとつには、女性たちが生きるためには、身を売るしかなかった。そういう時代だった。もし、今のエセ人権家が当時に行くことが出来て「それは女性の人権を無視しているから辞めなさい」と彼女らを解放しようとしたなら、たちまち彼女たちに吊るし上げをくうことでしょう。
「じゃあ、私たちはどうやって食ってくんだよ。なにをもって実家に仕送りをするんだよ」
「まっとうに働け」
「働いてるじゃん」
としかならないですよ。きっと。
橋下さんのいうことは、その点において正しい。「軍隊のあるところはどの国もやっていた」。
その通り。
昔、ゲーリー・クーパー主演の『モロッコ』という映画がありました。名画です。最後のシーンで、外人部隊が砂漠を移動しだすと、荷物を担げた女たちがその後を付いて行くというシーンで終わります。あれ、そういうことです。
だから、人権家が真にやらねばならないことは、日本への謝罪や賠償ではなく、戦争そのものについて考えるべきです。戦争を憎むべきなのです。ベトナム戦争も。今行われている戦争も。そんな話しませんわな。あくまで、日本だけが悪い。それは、日本政府に国家賠償させる、という福島瑞穂のようなエセ人権派がいたからです。あれからこの問題が大きくなったのです。偽慰安婦を作ってまで、日本に賠償させようとした。そして人権派弁護士といわれるようになり、選挙に出て、議員になった。それが今も活動している。本当に、はらわた煮えくりかえります。
韓国もそこに乗っかった。そして暗黒の歴史に言い訳を作ることができた。
日本が悪いということにして、ファンタジーな歴史観を作らなしゃあないですわな。その、ファンタジーな歴史観も、日韓両国の教科書にも載っていなかった真の歴史の状況が、ネットによって知られることとなった。ネットにあることがほんとうのことなのか。結構、引用文献や、参考とすべ書籍の名も明記してある。大学や一部の専門家しか知らなかった文献も読めたり、見つけたり出来る。あとは各人の真贋力。で、気がついた。もうそんなファンタジーに、日本は付き合う必要はない。
私の心情を申しますと、強くありたい、賢くなりたい、できれば、アジアと言う近隣の人々にも強くあってほしい。と、立ち上がった日本。ただ、何かをすれば、何かが起こる。迷惑がる物も必然出てくる。
これが日本の近代史の抱える問題。
一方、何もしない。なににも感知しない。ひきこもり。ひきこもりでは困るからお前も働けといわれても、働かない。借金地獄でもある。だから隣人の日本が手を貸した。ただし、お前も日本姓を名乗れ、といわれた。いや、日本姓になることを実は朝鮮が望んだんですけどね。
ともかく、何もしなかった朝鮮。
「戦争をしたのはお前たちだ。併合されて悪の支配を受けた」と、何もしなかった国がいっている。
私は、ここが納得できないんです。
何もしない、という罪もあるんです。
それは平和主義でも、理想でもない。ただ、なにもしなかった。なにもできなかった。
そんな国に、今になって歴史を反省しろ、といわれてもねえ。

中国も、日本の過去について反省を求めています。
でもこちらは確信犯。利権の問題で利用しているだけ。
だいたい中国共産党の初代主席、毛沢東は、日本軍国主義が中国に利益をもたらし、我々に権力をもたらせたと、日本の軍国主義に対して感謝の弁を述べています。これは1964年に訪中した日本社会党の代表団との会談でのことで、「もうああいうことは言わないでおきましょう」とも言っております。
まあ別に、毛沢東は、積極的に日本軍を肯定したというより、日本軍と中国革命軍とが戦って、疲弊していた革命軍を破った、という事実を述べていると思われます。だから、日本軍を礼賛しているわけではない。しかし一方、日本軍の中国侵攻がなかったならば、中国共産党は中国を統一できず、ひょっとしたら今は分裂した国になっている可能性がる。そのことは、今の中国共産党の幹部たちは知っているはずです。
しかし、歴史問題を言い出すと、日本はおとなしくなり、反省の弁を口にし、譲歩してくる。これに味をしめているわけですもうそろそろ、子供の頃から植えつけられた、日本人の自虐史観から 、解き放たれましょう。それが、今や、日本の国益のみならず、アジア全体の秩序を保つ道だと思います。でなければ、中国が、アジアの覇権を握ることになりましょう。それを望まない東南アジアは、だから日本と組もうとしているわけです。韓国と違い、太平洋戦争の戦場になったはずの東南アジアの人たちの多くが親日であるのはなぜか。
ここも考えてみるべきでしょうね。
こんなことをいうと、ちょっと前までは、「また戦争をする気か!」とバッシングされたものですけどね。



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2014年09月08日

一人の怒れる日本人

中山市朗です。

先ほど私のブログのコメントに、「例の誤報というか捏造というか、あれに関して某紙の取材に何であれ、コメントしたのは、今のところ田嶋陽子ただ一人とか。日本の左派だとか反○○の論客って、この程度のものしか育たなかったでしょうか?」と質問が来ました。
ずっといろいろ言いたいこと溜め込んでいたんですが、やっぱり言わずにいられません。

この夏、政治活動費に約300万円の不正があったとして、兵庫県議の野々村議員がつるし上げになっていました。キャラがおもろかったんで、より注目された、という面もあります。でまあ、号泣して辞めはりました。
300万円。
そりゃあ、税金ですから、不正はいかん。金額の問題や無い。

でもね、だったらなぜ、福島瑞穂は何も追及されていないんだ?
彼女が「従軍慰安婦問題」に加担し、結果、野々村議員の300万円など遥か比較にならない大損失を日本の国にもたらせた人物のひとりですよ。

福島氏は、朝日新聞の「女子挺身隊として強制連行された」という報道に乗っかって、韓国から金学順という女性を連れてきて、「彼女が日本軍に強制連行された慰安婦だ」と紹介した。ただ、金学順さんは最初「14歳のとき、キーセンに売られた」という証言をしていたのを、「強制連行された」と言い換えさせ、テレビにも出演させた。ここから、福島氏は人権弁護士として注目され、後に議員となるわけである。
ところが、朝日新聞は先月、「女子挺身隊は、慰安婦とは関係なかった」と認めたわけだから、福島氏は今、朝日新聞に梯子をはずされてしまった状態にある。
で、何らかの声明もない。どころか今も議員活動をしています。ツィッターなどで、今日も保守派を叩いています。
なぜ、マスコミは、福島瑞穂の責任に対して沈黙している?
福島瑞穂は、鈴木宗男議員の汚職事件に対して「疑惑にこたえることなく、国民を欺きつづけてきた責任は重大である」と言っていたんですよ!

でもねえ、女子挺身隊というのは戦中、日本の14歳から25歳までの女性により構成されていた勤労奉仕団体のことで、最初は市町村の婦人団から発祥したもので、法的な根拠は無かった。しかし、戦況の悪化で、労働力も足らなくなった。そこで昭和19年8月23日から「挺身隊勤労令」が発布され、法的な強制徴用がなされるようになったわけです。強制といっても雇用されるわけで、奴隷ではない。ちゃんと賃金は払われて、保険も適応されたんです。そうやって、国民総動員体制により、強制的に軍需工場などに動員されたわけです。私の母もそうでした。
それはでも、国難にあたっての、国民の義務とみんな思ったでしょう。そういう時代です。
しかしそれは、けっして慰安婦ではない。当時を知っている人たちはそれを知っていたはず。なのになぜ、誰も、あれは違うと言わなかったのでしょう。それに、女子挺身隊が強制徴用されたのは終戦の一年前から、ということになるから、韓国では一年の間に、20万人の女子が日本兵に連れ去られたという理屈になる。
で、朝鮮半島には、朝鮮人の日本兵や警察官がたくさんいたから、それは同じ朝鮮人に連れ去られたということにもなる。
こんなこともわからずに、平気で「日本兵に強制された」言っている左派も左派だが、なんで「こんなことありえない」と日本の知識人たちはいわなかったんですかね。言ってた人もいるんだろうけど、左派のいうことにみんな納得していて、「従軍慰安婦」は教科書にまで載ったんですよ。
おそらく、「そんなことあるわけない」と言うと、女性の人権を踏みにじむのか、とか、反省しない悪い日本人と叩かれる風潮があったんだと思います。それに、正論を言ったところで、「しかしその戦争を始めたのは日本じゃないか」と、銃弾を浴びせられる。じゃ、黙っておこう。
そうなったんでしょうね。

教科書といえば、慰安所で「英語の勉強ができると聞いていたのに、それはかなわなかった」
ある慰安婦の証言です。それを取り上げてある人権派の人間が「彼女たちはこんな境遇に」なんて言っていた。
あほか! ほんまアホか!
うちの父も母も、それどころやない! 言うてました。
学校へ行きたいけど、行けなかった。これが当時の日本人の現状。
それに英語? きっとそれ、ベトナム戦争の話。
戦争をなめるな! 人権蹂躙されたのは、韓国の慰安婦だけなのか? 将来の日本の幹部候補生となるはずのエリートの大学生さえも、学徒動員で出兵し、大勢が死んだんだ!
よく、人権派のバカどもは「慰安婦は自由を奪われ、強制されたのですよ」と言うが、それは日本の国民の大半がそうだったのだ、ということがわかっていない。韓国人は当時日本人だったのだ。同じなんだ。女だけじゃない。男もそうだ。まだ十代の少年に、赤紙が来るんですよ。「御国のために死んでくれ」と……。

ちなみに黒澤明監督がデビュー間もない昭和19年に制作した『一番美しく』という映画は、軍需工場で働く女子挺身隊の話でした。慰安婦の話ではないぞ! 

女子挺身隊というと、韓国に「韓国挺身隊問題対策協議会」というのがあります。例のソウルの日本大使館前に慰安婦像を設置した団体です。産経新聞はしばしこの団体が、日韓の慰安婦問題の解決に際して、妨害をしていると報道していました。
ここが率先して2012年5月に「戦争と女性のための人権博物館」というのをソウル市内に開館させました。私は行ったことありませんが、統治時代の資料や写真が展示してあるようです。なにが展示してあるんやろ?

この「戦争と女性のための人権博物館」には、建設目的と言うのが掲げられ、ホームページで日本人にも建設のための寄付を募る運動をしていました。
建設目的、というのは、
 ‘本軍慰安婦被害者の人権回復。
◆〔ね茲寮ぢ紊里燭瓩凌邑◆∧刃臓⇔鮖剖軌蕁
 現在の戦争で起きている女性に対する人権蹂躙、犯罪の告発、類似犯罪の再発防止。

日本国内だけで一億円の寄付を目指していました。仕掛け人は中央大学教授の吉見義明氏。

で、寄付をした日本の個人名、団体はホームページで閲覧できます。
大阪市労組、自治労東京本部、NTT労組大阪支部、JR東労組、JR北海道労組青年部、全日本鉄道労組、ピースボートなどなどが、寄付をしています。
労働者が給料から出す組合費の一部が、ここに寄付されていたわけですが、これも「挺身隊は慰安婦というのは誤報でした」という朝日新聞の報道で、福島氏同様、この施設も梯子をはずされたといっていいでしょう。
結局、建設目的というものが、誤報でこれまた卑しめられたわけでしょう。

,瞭本軍慰安婦被害者は、捏造でした。
△量ね茲寮ぢ紊里燭瓩凌邑◆∧刃臓⇔鮖剖軌蕁△覆鵑討いΔ里蓮∧屬辰縄佑靴瓩蕕譴拭
となる。

大使館前の慰安婦像なんてそうですよ。
韓国は、「日本人はもっと観光に来てくれ」とアピールしていますが、韓国内でなにかあったら日本人が助けを求めて駆け込むのが大使館。そのまん前に慰安婦像が建っている。そんな国、行きたいと思います?
これが、未来のための平和なのか。韓国の人のこの感覚が、わからんのですよ。
自分たちがそれをやられたら、どんな気分がする?

で、そういうことの根幹である、強制徴用、女子挺身隊、というのが慰安婦とは関係がなかった。誤報だったと朝日新聞自身が公に認めた。これ、えらいことですわ。

こんなん、今となっては「金返せ!」運動してもええんちゃうの?
で、こういうことを「人権」とか「平和」とか「反省」「真実」なんていうきれいごとの文言をならべたて、善良な市民たちに訴え、寄付を募ってきた 左派団体、左派の有識者たちは、今、なぜ沈黙する。
マスコミも、なぜ、同じく沈黙する?

韓国人も、いわば朝日新聞の報道に、ずっとだまされていた、といっていい。口実をもらった、と言ってもいいか。
現状はそうでしょう。
我々も何か書くとき、朝日新聞の記事を何の疑いもなく(?)引用したりしますもん。ほんとうは、自ら調べるという態度が必要なんですけどね。
やっぱり梯子を下ろされて、困っているはずです。
ともかく、慰安婦像に表記してある、20万人の強制された性奴隷、というのは、女子挺身隊の数だったわけですから。慰安婦像には嘘が表記してある、ということになった。
しかも、そんなものを、アメリカのあちこちに建てちゃった。
これは、韓国系市民たちの票欲しさに認知した、アメリカの議員をもアホにしたことになります。
まあこれは、認知したアメリカの自治体もアホやけど。

だから本来、韓国の人たちは朝日新聞に責任追及すべきところが、なんか擁護にまわった。
「朝日は悪ない、慰安婦はいたんだから」と。
そら、慰安婦はおりましたがな。それは誰も否定しない。
問題は朴クネ大統領も言った「20万人の性奴隷」ということでしょう。ここ、左派の人たち、問題のすりかえをやっていますけど。


で、そういうその流れをつくった一人は明らかに福島瑞穂。
大勢の人たちの善意、寄付金、これを踏みにじった。そしてそのために使われたいろいろな費用、300万円ではすみまへん。3000億でもすまんでしょう。

私は皆さんに聞きたい。
マスコミから国民から一斉にバッシングされて、議員を辞めた、300万円の不正をやった野々村議員と、「そんなの知らないですぅ」と今も無視をきめこんでいる日本を売った社民党党首、罪が大きいのはどっち?
 
えっ、河野洋平?

それはまた別の機会に。




kaidanyawa at 04:31|PermalinkComments(6)

2014年09月06日

イチロウの思春期

中山市朗です。

皆さんは、14歳のとき、なにをしていましたか?
何に目覚め、何に興味を持ちましたか?
それは、今のあなたにとって、どれほど意味を持っていますか?

最近、あまり地上波のテレビ番組を見ない私ですが、ここのところ、NHKーEテレで毎週金曜日の午後23時からオンエアされている『ニッポン戦後サブカルチャー史』という番組を録画までしてた観ているのです。
これは、1956年生まれの演出家・宮沢章夫さんが、独自の視点で日本のサブカルについて講義をするというものでして、60年代後半からの新宿カルチャー、劇画・漫画、深夜ラジオ、音楽、雑誌、ファッションなどが生まれる経緯や伝播していく過程、そこにいて時代を先取りし、発明した人たちにスポットを当てて、サブカルを体系化していく番組、といっていいのでしょうか。懐かしいわ。
私自身の思春期から大学時代がそのまま被るわけでして、ああ、あれはそういう思想、時代性から生まれたのか、それを仕掛けた人はこういう人だったんだ、そういう流れがあったんだ、と説明してもらうと納得したり懐かしかったり。で、番組はどうでもいいんですよ。
録画していたのをまとめて観ていたんですけど、前々回の番組ですかね、第四回「深夜ラジオと音楽革命 70年代 廚如宮沢さんはこう言ったんです。
「われわれはなぜ深夜放送を聞いたか。つまり深夜と言う時間をいつ獲得するのか? 子供はそうは起きてられないし、親から怒られる。でもあるとき、深夜を獲得する。それは個人的時間と、自我に目覚めるとき。それが14歳なんだ。親からの距離、どれだけ離れられるか。いわゆる中二病。洋楽聴くのがそう。親から与えられた何かではないものを自分で獲得するのが、このときなんです」

私ねえ、以前から、人生の出発点は14歳って思っていたんです。何人かの作家さんや芸人さん、俳優や演出家、いや、起業して成功している人と話していると、どうも、14歳と言うのがキーワードとして出てくるんですよね。
このとき、何に目覚め、親からはなれ、自我を意識するのか。
宮沢さんの話を聞いていて、いろいろ氷解したんですよ。
私自身でいうと、14歳なんですよ、やっぱり。
おそらくですね。深夜起きていても叱られない年頃になる。その大義名分が、テストのための勉強なんですね。
勉強する、という子供に対して親は反対しない。いや、深夜に勉強してこそいい子になる。
親はそう思う。
だから堂々と、深夜と言う自由な時間を獲得できる。
当然(?)、勉強などするはずもなく、好きなものを探し出し、その中にどっぷり漬かろうとするわけです。エロい妄想もこの頃しだしますな。列車通学やったんで、よお『平凡パンチ』てな雑誌を網棚から取ってきて、隠れて見ていたもんですよ。深夜のテレビ番組『11PM』も懐かしい。

私の中学、高校の頃は、特に深夜ラジオ全盛の1970年代だったわけです。朝日放送の「ヤングリクエスト」、東京の電波で聞いた「オールナイトニッポン」。
「お〜るないと、にっぽーん。つるこうでおま。寝たらあかん!」
洋楽をポップス、いうてました。日本の曲は歌謡曲。フォークソングも全盛で、クラスに独りはギター片手に、女の子の前で拓郎とか陽水とか歌ってたヤツおった。
大きなラジカセが、憧れでした。
最初に買ったレコードはなに? という時代。
そうですね。親から買ってもらったり、与えてもらったりしたものからの離反、アンチ。大人のいうことは認めたくないが、しかし、子供からの脱皮はしたい。初恋もこのころですかあ。

で、このときに何に目覚め、何を獲得するために知恵をめぐらせるか。
自分が自由にできるお金をどう作るのか。
このときに形成された自己、つまり、アイデンティティが、大人になったとき、何をしているかに大きな影響を及ぼしている、と思うのです。
私は、小学生までは漫画ばっかり読んでいる漫画少年でした。しかし、何を思ったのか、13歳の中学生になったとき、その漫画と決別したわけです。漫画に飽きたとか、面白くなくなった、というわけではない。ただ、13歳というのは私にとっては、大人になる第一歩。大人になりたかったんですね。
そのときの私の中では、大人は漫画なぞ読まないものだ、という思い込みがあったんですね。怪獣映画も卒業した。
必死になって集めた怪獣に関する雑誌や新聞のスクラップ、おもちゃなどいろいろあったのを、近所の子供にくれてやった。今となっては後悔しきり。貴重なもん、あったのに……。
そして、自然と純粋な映画に興味が移行していったんです。で、考えてみると、フェリーニやトリフォー、ヒッチコック、溝口健二、小津安二郎といった監督を知ったのが中二の14歳。フェリーには「アマルコルド」、トリュフォーは『アメリカの夜」が公開された時期だったのかな。溝口や小津は、確かNHK教育テレビでノーカットで『雨月物語』『東京物語』、それに黒澤の『羅生門』を放送したんだと思う。チャップリンも「ビバ! チャップリン」とって、『モダンタイムス』『サーカス』『街の灯』『黄金狂時代』などがリバイバル上映され、『タワーリング・インフェルノ』などのパニック映画で、一時期ニューシネマの台頭で元気の無かったハリウッド映画が、復興してきた頃。そういうタイミングもあったのでしょうね。いっぺんに映画の虜になってしまいました。
そして、深夜ラジオ。ギター持ったヤツがモててるもんだから、色気好いた思春期のガキは、フォークソングを覚えようと、深夜ラジオを聞いていると、フォークにはまらず、落語にはまってもた。
朝日放送の「ヤングリクエスト」という人気番組が、深夜1時を過ぎた頃、「ヤンリク・ミッドナイト寄席」というコーナーを設けて、15分ほどの、漫才や落語のライブを放送していたんです。
中二の夏。忘れもしませんわ。
桂文我(先代)の「青菜」と、翌日放送された、笑福亭松鶴「遊山船」。なんてんでしょ。兵庫県の北部、ど田舎のクソ暑い部屋にいて、明治時代の大阪の夏の生活の様子が、頭の中に見事に想像できた。これ、凄い芸やん!たちまち「青菜」は覚えて、二学期になると落語研究会を作った。これ、今の怪談語り、いや、怪談を構成する元になるわけです。直後に枝雀を知り、春団治のファンになる。
映画と落語。この二つのうちの一つでも欠けていたら、というか、このとき夢中にならなかったら、私も「新耳袋」も無かったかもしれません。
ちなみに、最初に買ったレコードは「戦場にかける橋」のシングルレコード。A面が「クワイ河マーチ」、B面が「序曲」でした。今ある膨大なサントラ・コレクションの最初の一枚。ちなみに最初に買ったLPレコードは、2枚組!「桂米朝・上方落語大全集・第六集」でした。変わってる?
漫画を描き出して、将来、漫画家になるんやと思い始めたのもこの頃。サラリーマンにはならない、となぜか堅い決意も持っていました。暇な授業を楽しめるゲームも考案して、クラスで流行ったこともあります。
もう5年、遅く生まれたなら、私はきっとゲームの世界へ行ったのではないかと思ったりします。
私が大学を卒業した頃は、ゲームの業界って、おそらくなかった。
ともかく、14歳の私は多忙でした。生涯で一番濃かった? 自ら刊行した漫画雑誌「少年パーフェクト」の漫画家兼編集長、剣道部にも在籍していたし、新聞少年でもあったし。プラモデルで連合艦隊のジオラマも作ってた。
14歳。高校生になって、アホになったかな。

そういえば「エヴァンゲリオン」に乗れるのは14歳。宮崎アニメの主人公の少女たちは……、もうちょっと下か。

皆さんは14歳の頃、何に夢中でしたか?
それ、あなたの人生のきっと基盤を作っていると思いますよ。
そして今の14歳は。ネットとケータイゲームか……。

TBS ‐らじこん‐ 『幽怪案内』

kaidanyawa at 07:03|PermalinkComments(6)

2014年09月05日

朝日ケ丘の総理大臣

中山市朗です。

昨日、スポニチ読んどったら、安倍新内閣のことを「ももクロ内閣」と見出しつけてました。
おっさんが読むスポーツ紙で、おっさん、意味わかるのかなあと思ったら、そう名づけたのは放送作家の山田美保子さんだそうで。
思えば、民主党政権下の日本は、まあ、日本は中国や韓国のいい食い物にされる、頼りない国のように思いました。そんなこと、今まで思っても見なかった。ほんま、日本はいつの間に、こんなダメな国に成り下がってしまったのだろうと、意気消沈してませんでした?
若い人たちも、なんだかシュンとしていましたしね。
当然、隣国の中国、韓国は「ここぞ」とばかり、日本に対して拳を振り上げたものの、ふっと見たら、安倍政権に代わってた。
振り上げた拳は今更このまま下げられない。そのまま強固に出たら、見事安倍さんにかわされた、というのが今の状況じゃないでしょうか。
かわされても、拳を握って戦う姿勢を示せば、相手も「よっしゃ」となるのでしょうが、安倍さんは、無視した。
これで特に韓国は大きな空振りをしてしまい、その空振りをした言い訳と、その恨みで、朴大統領の告げ口外交がはじまったわけです。
安倍総理の靖国参拝も、本音を言うと、日本は韓国を経済的に救うべきだ、とするアメリカの考え方に「もう懲りたわ」と意思表示をしたわけで、だからアメリカ政府は「失望した」という声明を出したわけなんですけども。
民主党政権の愚策で落ち込んだ日本の威信を、安倍さんはよく取り戻したと私は評価していますが、ネットの意見を読むと、アベノミクス失敗、TPP参加反対、原発再稼動の問題、消費税増税反対、そして集団的自衛権は戦争への道、と辛らつな意見も飛び交って、こんな内閣いらない、支持率上昇は捏造に決まっている、みたいな論調もありますが、まあ、人の思惑はいろいろあるでしょう。
しかし、あのまま民主党政権が続いていたら、と思うとゾッとします。

それと、集団的自衛権は戦争への道だ、とする論調は、どうも私には承服しかねますな。それもどうも、インテリとされる文化人たちにそういう人が多いのも、理解に苦しむところです。
ただ、内閣の説明不足、半ば強行的な採決には、確かに疑問は残りますが。

それと、最近笑ったのは、朝日新聞の黒塗り広告。
昨日の朝日新聞に掲載された週刊新潮の広告面。
〔「吉田調書」●●で、朝日はもはや生き残れない〕
〔朝日新聞が●●する、「純粋な球児」〕
〔●●ご注進〕
など、実際伏字というか、黒塗りをした広告を載せていました。
普段、なにかあると「戦前に戻る気か」とか「軍靴の音が」なんていっていた朝日新聞が、いまどき伏字、黒塗りて!

1億5000万歩譲ったとして、ですよ。
朝日新聞が、今まで、慰安婦強制連行の問題も含めて、左派の報道を続けていたのは、戦前、戦中に率先して国民を戦争に駆り立て、煽った反省からだったと思うのですよ。その方が売れたわけですけど。戦争末期になると大本営発表のご用達新聞に成り下がり、報道機関としてなりたたなかった。
そして戦争に負けた途端、今までの価値観がころっと変わって、教科書も文学も黒塗り。
そんな日本に二度としてはならない、新聞は、真の報道を伝えなければならない。
それが戦後の朝日新聞が掲げた精神、だったと思うわけです。
その朝日が、この時代に黒塗りをやった!
時代錯誤もはなはだしい、というか、血迷ったというか。
朝日が戦前に戻ってしまった!

まあ、昔の黒塗りは、どれもこれも黒塗りでしたから、何が伏せられたのかは容易には分かりませんでしたが、今は違う。
何が消され、伏せられたのかは、別の新聞の同じ広告を見ればわかるわけです。
で、それぞれ、誤報、捏造、売国、だったとすぐにわかるわけです。そしたら余計注目されちゃいますわな。
黒塗り無しでそのまま広告を掲載したら、朝日新聞も少しは度量があると見直されこそすれ、そんなに騒がれなかったと思うんですが、黒塗りで、またまたニュースやワイドショウにさらされ、朝日叩きの新たなターゲットを作ってしまった。そうなるの、わかるはずなんですがね。
それを、東大入試にもしばしば論説が引用される、日教組の先生方の必読の、日本一のクオリティペーパーであった朝日新聞がやっちゃった、というのがね。

さてさて、話は変わりますが、秋ですな。
もう夏休みも終わって、子供たちも学校へ通います。
その学校……。
恐ろしい怪談が、まだまだあちこちに潜んでいます。無邪気に子供たちは、そんな怪異とお友達になっているかも知れません。
本日配信のTBSらじこん「幽怪案内」は、そんなある中学校で起こった怪事件のお話を。
事件です、これは。ですから職員会議が開かれ、高野山で千日修行したという大阿闍梨を呼ぶのですが……。
後日談がまた恐ろしい。
「阿闍梨」をj前編、後編で有料配信しています。
そして、この話のもともとの提供者は、『リング』シリーズの脚本家、高橋洋さんです。高橋さんも、この後日談聞くと、びびるやろうなあ。

TBSらじこん「幽怪案内」

kaidanyawa at 16:05|PermalinkComments(4)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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