2014年11月

2014年11月30日

浅草で遭いましょう

中山市朗です。

「Dark Night 13」無事、終了し、打ち上げ! 今帰ってきたところです。
盛況に終わりました。ご来場くださった皆々様方、ありがとうございました。
いろいろ書きたいところですが、寝るまもなく、今からすぐ東京へいかねばなりません。
「牛抱せん夏怪談〜風の章〜千秋楽」に出演します。
浅草花やしき 花やしき座にて。
本日、17:00 開場 17:30  開演
お問い合わせは、山口敏太郎事務所へ。
tel 050-1074-8983。

明日は東京で営業活動。
大阪へ帰るのは、火曜日の夜ごろかな。

でわでわ。


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2014年11月28日

イスラエルの井戸

中山市朗です。

ある女性タレントさんが古代史探索の本を書くので、「そういう場所を案内してくださいな」と知り合いの編集さんに頼まれまして、その編集さんや出版社の方、カメラマンさんたちと、昨日、一昨日と一泊二日の小旅行をしてきました。
すでに、ムーの編集長とともに東北の探索はやってきたというので、あっ、そっち系ね、と察しまして、今回は大阪、京都を私が担当。そっち系ね、と言っても、なにもトンデモとかぶっとびではなく、ちゃんと私が調査し、何度も足を運んだ場所で、客観的な事象を案内しながらの説明です。
でも、見方をちょっと変えれば、常識なんてふっとびます。
しかし、あれですな。四天王寺は韓国、中国からの参拝者が多い。この日も、大勢の参拝者の口々からは日本語以外の言葉が交わされていました。1400年前の建物様式なんて、いくら中国とはいえあんまり残っていないでしょうし、韓国にいたっては皆無ですからな。日帝のせいにされていますが、あれは仏教を廃絶しようとした儒教一辺倒の両班たちのせいです。日帝はそれらを再興したんです。それがまた朝鮮戦争で壊されたわけです。でも韓国人ガイドは日本人のツァー客に「古いものが残っていないのは日帝のせいです」と言っています。ちょっと前までは何も知らない人のいい日本人たちも「ふんふん」と納得して詫びておりました。無知は怖い。しかし、四天王寺式伽藍というのはもともと新羅の様式ですからな。これはほんと。
それでですよ、私から見ると、みなさん四天王寺鳥居の下をなんの疑問も持たんと普通に通ってはりますが、なんであそこに鳥居があるんや、と考え出したらいろいろな謎や考え方が出てくる。鳥居のある位置、方角、伽藍との関係、拝む対象との関係……。謎だらけですよ。
目に見えるモノしか信用せん、という人をここに立たせて、質問したいくらいですわ。
オカルトなんて無い、という人、いっぺんこの寺を回って、オカルトとはこういうものだ、と言ってあげたい。
目に見えるモンなんて、ほんの少し。世の中、そんなカンタンなものやない。また、昔の人は、そこの感覚が今の我々より何百倍も鋭敏だったと思います。また、そうしないと生きていけない。
また、歴史を今の我々の考え、秩序、世界観でもって語る人がいますが、それだから謎が解けない。
古代の歴史、神々を信じていて、自分たちとの祖先はその神々であると思っている皇族、貴族たちの話をしているわけですから、またそこに権力闘争も巻き起こっている時代の話ですから、そこに今の我々のちっちゃな常識や倫理観をもって考察することが間違っています。もちろんそれを今の科学的な考察をもった上で、説明しなければならないのは事実のことですけど。
ということで、大阪は、安倍王子神社、安倍晴明神社、四天王寺及び四天王寺七宮近辺、元四天王寺の森之宮神社、玉造稲荷神社。二日目は京都、御蔭神社、下鴨神社、それに太秦周辺。
日本という国の成り立ち、日本とは何か、というテーマで、ということで、まず天皇について考えるための四天王寺探索、その天皇を裏から支えた謎の豪族たち、物部氏、安倍氏、秦氏、賀茂氏についてガイドをし、いろいろ見てもらったというわけです。
ほんとうは、大阪は寝屋川市の太秦、京都は空海と秦氏の関係をさぐるために東寺、伏見稲荷を探索するつもりが、ついついディープな話を現地でしてしまって、日没のためかなわず。
まあそれほど、盛り上がったというか、女性タレントさんも理解してくれたというか、楽しんでいただいたというか、とっぷりとディープな世界に浸ったというか。
しかし、京都は紅葉のいちばんいい季節。まあ、息を呑む美しさ。また紅葉に京都の神社や日本家屋が映えるんですな。で、この日の拾物は、太秦にある「いさらいの井戸」を訪れていたときのこと。
これ、昔からイスラエルの井戸だ、と古代史の好事家たちの間では有名でして、蚕の社の三本鳥居、ダビデ神社こと大酒神社などとともに、太秦に残る原始キリスト教の痕跡、つまり日ユ同祖説の遺物である、と、景教研究科の佐伯好郎博士が唱えた説が、いまもって、『ムー』の読者などに支持されたりしております。
しかし、ほんまにこれは、イスラエルの井戸なのか?
自転車に乗ったおばちゃんが我々の後ろを通りかかって「あっ、井戸見に来てはるんか」と声をかけてきて。
実はこの井戸の持ち主の家のおばあちゃん。ここに嫁入りして五十数年、ここに住んでいるとの事。そんでもって、この井戸の管理、維持はこのおばあちゃんがしているとのこと。私も何度もこの井戸を訪れていますが、これははじめてのこと。
「この井戸、なんでいさら井というんですか?」とさっそく聞いたところ、驚きの証言が!
というわけで、その証言はこの女性タレントさんがお書きになる本に掲載されるかと。
えっ、それ誰やて?
ある事件もあって誰でも知っている方ですが、
まだ企画段階ですので、今は情報漏えいは禁物。
いずれ本になるときに、このタレントさんにも「Dark Night」にゲスト出演してもらおうかと思っています。

その「Dark Night 13」はいよいよ明日の深夜となりました。
山口敏太郎事務所から、資料として怪しげなUFO動画も送られてきております。
空席はあと10席ほど。ぜひぜひこの貴重なトークイベントを聞き逃しなさるな!

そして本日はTBSらじこん「幽怪案内」の配信日です。
#199
第140話「突風」 141話「死臭」の2話。
そして配信200本目!
第142話「二階のトイレ」 第143話「雪女」の2話。

「雪女」はなんかすかした感のある話ですが、あれは見たことは言ってはいけない話ですから。

TBS −らじこん− 『幽怪案内』


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2014年11月25日

怪談殿下

中山市朗です。

今年の春から夏、さらに秋にかけて、いろいろな怪談を蒐集できました。
ご協力いただいた皆々様のおかげであります。
来年以降に著述予定の『怪談狩り』シリーズに掲載できるものも多々あります。
しかし、使える話が10話に一つ、という確率(最近はハードルが上がって一割あれば御の字)では、百物語を年一度発表するには年間で1500話は蒐集する必要があるわけですわ。
これ、えらい数ですよ。
10話にひとつ、ということは9話はムダなのかと言うと、そういうわけではありません。
私に腕が無いだけで、改良して肝ができれば、たとえ文字にして3行の話でも、怪談として成立するものもあるわけです。『新耳袋』時代に没にしていた話も、いくつかは改良して『怪談狩り』で使っていますし、第32話の「カゴメ唄」から36話「新入生」までの女子高の演劇部の話も、『新耳袋』のころには取材できていた話で、話は凄いんだけれども、文字にすると思春期の女の子たちの集団ヒステリーか精神的作用の伝播のように思えて、没にした話なのでした。それが今回、どんと、突き放して、起こったことだけを淡々と描写するという今回の手法で蘇ったと、これは十年近蔵入りしていたから出来たことかもしれません。と、まあ、怪談は難しいのであります。
もっとも、編集部からは「別に『怪談狩り』シリーズは今後百物語に固執する必要は無いですよ」と言われておりまして、京極夏彦さんからも「もう百物語だから百話というのはもういいよ」なんて言われています。
『新耳袋』の時代ならいざしらず、もうこれだけ巷に百物語本があふれると、確かにもういいや、という気もしますな。下手な怪談を含めてむりやり百という数合わせをするより、質で勝負しろ、ということかも知れません。

さて、私の場合、『新耳袋』のときからそうでしたが、怪談を文章化する前に、必ず語るという作業をしています。この場合もちろん相手がいるわけで、聞き手の反応とか、語ってみたときの感触、違和感などを参考にして修正したり、改良したり、あるいは一旦蔵入りさせたりしているわけです。
当時は木原相手に語り、修正してライブにかけ、原稿化するという手順でしたが、それは今もかわりません。木原はいませんが、お客さんの前で語ることが、私の怪談を作品にするにあたっての重要な作業なのであります。

今、有料配信しております『幽怪案内』もその一環です。ともかく、取材して、イケそうだと思った話は語りにしてみる、ということ。語りで成功した怪談は文芸になります。語りではうまくいかない文芸はありますが、語りになって文芸にならない、という話は無い。ですから、今後『幽怪案内』でお送りします怪談は、今後の『怪談狩り』に向けての初稿といってもいいかも知れません。
もっとも、ストックや配信のタイミングなどで『怪談狩り』などで発表した怪談を配信することもありますが、そこはご了承を。だいぶ以前に収録して未配信、という話もかなり残っておりますので。
そんな、『幽怪案内』のための動画収録を昨日いたしました。
半日かけて、25話収録。一部、すでに文芸化して何かで発表した話もありますが、ほとんどは未原稿の話ばかり。いろいろチェックしながらの作業。
今週から配信いたします。
また、ライブなどで直に皆さんにお披露目できれば、と願っております。

明日からちょっと知り合いの編集さんと、あるタレントさんと古代史探索の旅に出ます。
といっても近場ですけど。
その予習も大変ですわ。
何か面白い大発見がありましたら、29日の「Dark Night 13」にて。

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2014年11月21日

道頓堀川の日は暮れて

中山市朗です。

そろそろ「忘年会、いつしょ」という季節になりましたなあ。
そんな秋の終わり、師走が間近な11月29日の『Dark Night 13』まで、あと10日もありません。
まだまだ席はあります。
ゲストは東京から、山口敏太郎さんをお招きします。
作家でオカルト研究家で漫画原作者で妖怪研究家でプロデューサーであの「呪い面」の持ち主でもあるという山口氏と、作家でオカルト研究家で怪異蒐集家で「法華経のあわびの貝」の持ち主である私とで、いかなるトークが展開するのか。予測不能であります。
確実なのは、放送には絶対に流せない濃い怪奇トークが展開する模様、ではありますが。未公開怪談ももちろん用意しております。
世紀の怪異、メン・イン・ブラックの正体も、この日明らかに……?
で、せっかくのこういう機会ですので、山口さん及び私に対して、何か聞きたいこと、質問等ありましたら(あるとおもいます)、オフィスイチロウまでメールをいただきたく思います。今のところ、ひとつも質問は届いてません(苦笑)。
私は山口さんに聞きたいこと、山ほどありますけど。
ということで、質問等は、info@offieichirou.comまで。

『Dark Night 13」は、11月29日(土)。
場所は、道頓堀ZAZAHOUSE(道頓堀くいだおれビルB1)
開場 23:30 開演 24:00 早朝までのオールナイト。
予約3500円 当日4000円。
予約の方はオフィスイチロウのHPより特設サイトへお入りください。

オフィスイチロウHP

深夜の道頓堀の地下で、異界の扉が開く!

さて、本日はTBSらじこん「幽怪案内」の配信日であります。
未公開の蔵出し怪談が4話。
『怖い亡き母」という話。
身内の霊って、怖くない、という話をよく聞きます。でも、この体験者は「でも僕は、母の霊を見たとき怖くて怖くて仕方なかった」といいます。いったい、なにがあったのでしょう?
第236話「覗く」
第237話「母の約束」
が一本目に配信。
第238話「兄の婚約者」
第239話「四十八日」
が二本目に収録。

よろしくお願いしまあす!

TBS−らじこん− 『幽怪案内』

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2014年11月20日

歴史は今作られる

中山市朗です。

今まで飲んでいて、今帰ってきたところなんですけど。
だから、ちょっと酔ってます。
一軒目、知り合いがやっているバーで飲み始めていると、
「えっ、藤山寛美やで。知らんの? 藤山寛美やで。なあんで? 大阪の人間やろ。知らんわけないやん。藤山寛美やで」というバーのマスターの声。
見たら、後姿でよおわかりませんが、カウンター席にいる若い兄ちゃんが責められていました。
周囲にいるお客さんも、なんで藤山寛美知らんねん、みたいな空気。
「娘さんは知ってるやろ。藤山直美。知ってるやろ?」
どうも知らんようで。
まあ、私もその兄ちゃんが、どこの何している誰か知りませんが、そこまで言われているということは、知らんとあかん立場ないし世界にいる人やねんなあと。でも、藤山寛美の名前も知らんなんて、と、心の中で思っていたら、マスターが私を見て「中山先生、こんな時代になりました。どおしたらええんでしょう」と振られました。
「まあ、今はネット社会で欲しい情報だけピンポイントで検索するだけで、それ以外の知識は知ろうともしないという時代やからやないですか。それと、大人と飲まないというものある」
私がそういうと、「そうですよ。こういう僕ら大人や業界の人と飲まないんですよ。今の若い人は。自分と同じレベルの人たちとネットでつながっているので、成長しない。先生、こんな時代になっちゃいました。どおしたらええんでしょう」と、マスター、えらい嘆いてはる。
実はこのマスター、ミュージシャンで劇団の団長でもある。
団員にもいるんですよ、といいたそうなオーラが。
すると、若い女性が「でもね。今自分の周りで何が流行っているか、話題になっているか、みたいなものに興味が行って昔のものなんて、興味行かないですもんね」

待った待った待ったあ!
「その流行を作った人は、なぜそれを考案したのか、その人は誰をリスペクトし、何に影響を受けたのか、師匠に当たる人は誰なのか。そういうところに興味行かへん?」と、思わず反論。別にそういう世界の人でなくとも、ビジネスをしたりものづくりをしている人なら、そこに意識が行かないでは、たいした発想もビジネスもできない。

今の若いモンは、というと、なんか年寄りみたいですが、たとえば「私はAについて知りたい」という若者がいたとする。「だったらBは見とけよ」と業界人や先輩がアドバイスする。そしたら「Aについて知りたいのになんでBやねん。Bなんて古し。頭古いねん」といって知ろうとしない、という傾向がある。またそういっている自分がカッコいいとか、オリジナリティはそこにあるなんて思っている。あほ。過去のスタンダードもセオリーも知らんでなにがオリジナリティや。
AとB。まったく違う分野、モノのように思えても、先輩や業界の人が「知っとけ」「見とけ」といっているからにはおそらくどこかでそれはつながっている。Aという対象物がBとつながっていたと発見したとき、Aの本質がそこで見えてくる。これがプロの見方、知識。そこからですよ、オリジナリティのあるものがひらめくのは。
いや、私だって知らないことはたくさんあるし、関心の持てないモノもあります。
でも、知らないことは恥である、と思うんです。だから知らないことを教えてくれる人がいるとか、知る環境にあるとか、まさにその人が目の前にいるとか、となると私の脳内にドーパミンが降りてきます。
「わあ、知らんかった。そんなん、あったんや」となるのが、楽しいし、ありがたい。
かつてあの赤塚不二雄さんも言っていました。
「バカでいよう。私はバカでございますと言ってごらん。だったら教えてやるよ、と人が何かを教えてくれるんだ。かしこぶっても何も生まれないよ」
私だって物書きのはしくれ。知識や経験の引き出しはいっぱい持っていたほうが、なにかと心丈夫だし、アイディアやテーマもその引き出しの中から出てくる。我々作家のようなフリーランスの者が知識を得ることは、商売人が商品を仕入れるのと同じことなんですよ。
仕入れをしなかったら、店に並べるものが無いし、商売は成り立たない。つまり商売人ではないということになる。我々クリエーターも同じ。好奇心や探究心をなくすことは、クリエーター廃業を意味する。

マスターの言いたいことは、だからわかるんですよ。
「なんで知らんで、平気な顔しとるの? 昔のことやから知らんて、なんで平気でいられるの?」
わりと、平気なんですね。若い子は。無知を恥ずかしいとは思わない。
興味のあることだけ知ってりゃええやん、て顔しとる。
それ、ほんまに興味あるとは思えん。
ほんまに興味があるなら、その対象物の成り立ちや歴史、流れやキーとなる人物たちについてストーリーを語れるくらいにならなくっちゃ。
まあ、説教されてた兄ちゃん、これを機にビデオでいいから藤山寛美の松竹新喜劇を見ることでしょう。
見て損はしない。いや、今の吉本新喜劇しか知らない人は、ある意味ショックを受けるかも知れません。笑かして泣かせて、泣かせて、笑う。本来これが喜劇というもの。

だいぶ前、うちの塾生がブログで、ワールドカップでにわかサッカーファンが増えることに対し、「この人ら、サッカーの歴史を知っているのだろうか」みたいなことを書いたら、反論のコメントが付いたことがありました。「歴史を知らなくてもサッカーは楽しめる。歴史を知る必要などない」と。塾生はこれに対して何も返せなかった。
でもね。歴史を知っているほうが楽しいに決まってますよ。
私、野球が好きですけど、そら、今、目の前に行われているゲームは、そのゲームの進行に一喜一憂して、ほかの事は考えなくても楽しめるでしょう。でも、放送で解説者の薀蓄が聞けるともっと楽しいじゃないですか。今の状況ではこうすることがセオリーだ。確率としてこういうことが起きるかも知れない。ピッチャーはおそらくこう投げ、バッターは何を狙っている。両者の心理はおそらくこうだ。そういえば、何年前のこういう試合で同じような状況があって、こんなことが起こった。これは、過去のデータや解説者自身の体験や取材に基づくものでしょう。つまり歴史ですよ。今、スタジアムに展開しているゲームは、その過去のデータや記録の分析があって、監督、コーチ、選手が動いている。野球は特に確率のスポーツですからな。その確率も過去の実績、データから出るわけです。またその試合は、何かの雪辱戦かも知れない。プロはそこを見るわけです。で、プロにそこを指摘されると、なるほど。あのプレーはそういう意味があったんだ、と納得する。奥が深いなあと、思う。野球がもっと面白くなり、好きになる。
伝統の巨人・阪神戦、ていうじゃないですか。歴史が積み重なっているという意味ですよね。過去に名勝負や名試合、因縁や雪辱の戦いがあった。だから伝統の一戦として注目をあびるわけでしょ?
また、いろんな過去の歴史やデータ、選手についてのエピソードや記録についての知識を知っておくと、野球を見ていても流れが読めたり、あっ、セオリーをあえて無視したな、とか、これ、ベンチのサインの読み間違いやな、などとわかる。またまた面白くなる。
これですよ。
歴史や薀蓄など知らなくていい、というのは、ほんとうにこの世に起きているさまざまな現象に対して興味が無いということだと思うんですよ。興味が無いけど、話題になっているから、流行っているから真似してみよう、知ったかぶりしてみようなんて、ペラペラですやん。逆に興味の持てたものの歴史や薀蓄を知ると、そこからいろいろと起こっている事件や現象、物事などの本質が見えてくることがあります。それはいろいろなものにつながっているし、方程式と言うかきっとこれにも当てはまる、というものが発見できる。そしたらニュースが読める、というか。そうなるといろんなものに興味を持てる。自信もつく。話題も豊富になり、話もうまくなる。そしたら人生豊かになりますよ。流行なんて追わなくてもいい。そしてもっといろんなものに興味が持てますよ。歴史が面白くなる。歴史って歴史の教科書にあるものじゃない。あんなもんクズですわ(百田尚樹調で)。
歴史は自分が今いる場所の確認作業だと思います。私たちが今いる環境、社会、国は、情勢は、世情は、過去の人々が営々と積み重ねてきたものの上にのっているわけですからな。それを思うと先祖や先輩諸氏たちに対する尊敬の念や感謝の気持ちも出てくる。そしたら未来についても考えるようになる。生き方に哲学が生まれ、思慮するようになり、人がもっと好きになれる。そしてそういう気持ちや知識、リサーチ能力はきっと仕事にも応用したり役立てられますよ。で、流行を作り出す人は、そういうことをちゃんと研究し、分析していますから。

そういえば、思い出した。
これ、専門学校で教えていた頃のこと。
ゲーム科のグラフィックを専攻している学生たちに、アイディアについて講義していました。
ピカソの絵の見方について講義をしました。そこから印象派やロマン主義、音楽の話になって、ベートーヴェンやマーラーの話になった。そしたら明らかに聞いていない学生がおる。数人の女の子でした。
「なんで聞かんのや」というと「私ら、別にピカソやベートーヴェン知らなくても困りません」と言うた。
私言いましたよ。
「そら、君らが学校卒業して、そのまま結婚して主婦になるんやったら確かに困らんわな。でもな、プロのグラフィッカーになりたいんやろ。ピカソやベートーヴェン知らんグラフィッカーって、誰が信用してくれる? プロをなめんなよ!」

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2014年11月17日

人を呪わば……

中山市朗です。

リキヒトさんという方から、「本日、呪いに関して番組があるようです」というコメントが付きましたので、見ました。
16日夜19時58分からのフジテレビ系『ニュースな晩餐会』。
「呪い代行業者が存在している。ネットで検索すると37万件がヒットする。番組はその呪い代行業者に接触した」というもの。
代行業者はスタジオにも来て、パネラーたちと丁々発止しておりました。
代行業者の一人は、業界歴26年の神職者・如月純一郎氏(52)と、4年前にサイト開設をしたという仏に仕える聖鳴氏(36)。
パネラーの一人、『リング』の作者・鈴木光司さんは「呪いなんかあるわけない。貞子はファンタジーだからいいけど、呪いは信じたくないし、呪いを商売にしちゃダメです」と、もっともな意見。
でも8人いたパネラーも、信じるか信じないかは半々。女性は肯定してたなあ。
ちなみに、依頼者の8〜9割は女性。そのほとんどが恋愛絡みだとか。
つまり呪われる対象は男。ゾ〜ッ。

ところで呪った人数一万人以上という、如月純一郎さん。以前、お仕事一緒だった人じゃないかな?
中川翔子さんの『溜池ナウ』という番組に出たとき、呪いの実演をこの目で見た。確か、この人だったような。
あれ、ほんまに「あかん」と思いました。効く効かんやない。ああいう行為を見た時点で、もう体のどこかが悪くなるような感じがする。如月(やったと思う)氏が行った呪術は丑の刻参りとほぼ同じ形式。確か呪うべき男の写真を使っていました。あの写真が自分だったら、その時点で、気の弱い男性諸君は失神するかも。

さて、このような呪いは、あるのでしょうか?
古来からの日本の文化の中に、呪いは根強く残っています。ただし、呪いというパワーが実際にあるのか、そういうものが効くのか、ということになると、これも鈴木光司さんがいうように「因果関係がわからない」ので、なんともいえませんわな。でも、因果関係がわからないから、呪いなんであって。
しかし私が7年前に上梓した『なまなりさん』にしろ、例の「生首村」にしろ、「犬神」にしろ、無い、といって深入りするのははばかります。危険です。ほんま近づくとヤバいですよ。ほんま、近づいて死にそうになったという人、何人か知ってますもん。もちろんその「因果」はわかりませんし、証明できない。しかし、かなりの確率で近づいた人たちは、エラいめにおうてます。信じたくなくても、あるのかな、とは思ってしまう。人間の念とか家系とか土地だとか、そういう複合的なものが呪いを発動するということは、私はあるように思うのです。単純に霊の存在にはやっぱり疑問を持つ私ですが、呪いは、なんか否定できない。矛盾しているようですけど。

呪いの最初は古代のエジプトのような気がします。フーという、日本神道でいう言霊のような考えがありまして、呪いは言葉から発動すると思われていました。神道も根源はそうですね。言霊が神道の奥義を司っています。古代の物部神道は蘇りの術を行ったとされますが、これが言霊によるものでして。つまりは呪文という言語的なものが呪いを発生させるわけです。言葉と言うものは実は怖いんですね。
この物部神道は、朝廷においては藤原氏に乗っ取られ、秦氏の管理下に置かれますが、真の奥義は聖徳太子の時代、蘇我氏に破れた物部が、東北地方に逃亡した折に東北にもって行って隠蔽したようです。安倍晴明という稀代の大陰陽師を出す安倍氏は、この東北の豪族。晴明も東北の出身です。つまり安倍晴明の陰陽道には、道教プラス隠蔽された物部神道の奥義があった。それまで朝廷に仕える陰陽師は賀茂氏が代々世襲していました。これを晴明が一代でひっくり返したのは、よっぽど何かがあったんですよ。そのよっぽど、が、東北の呪術であったと、私の仮説。
仏教にも取り込まれた。空海は物部神道の奥義を仏教の中に取り込んで、呪いを真言といった。真言密教ですね。
もちろん空海の教えは、人を幸福にすることであるわけですから、人を呪うという行為を肯定するものではない。
『人を呪わば穴二つ」という考え。
しかし、空海は物部神道の修行場であった桃尾の滝や石上神社(石上神宮ではない)にて呪詛のメカニズムを研究し、あるいは実践もしたと伝えられます。だからこそ封印したと思われます。護摩祈祷も、もともと人を呪殺するためのものであったといいます。なんかあったんでしょうな。
こんなふうに、平安時代には呪いの文化はあった。朝廷が特に、呪いを恐れたわけですね。丑の刻参りもこの頃に行われるようになったようです。もっとも人形に呪術をかけるという行為は、聖徳太子の時代にはあったと『日本書紀』に記されます。そこから連綿と、呪詛は日本の宗教、文化の根底に流れています。
そういう意味では、日本人の中には呪いは存在している、といえましょう。呪いの存在を認識しているということが、暗示や思い込み、心理的不安を呼び起こし、かかったかと思う。それでも効いたことになりますからな。

まあ、あんまりそういう世界には近寄らんことです。
保障しまへんで。










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2014年11月16日

侍ジャイアンツ

中山市朗です。

来たあぁぁぁぁー!
見ました?
MBL相手に侍ジャパン、4投手のリレーでノーヒット・ノーラン。
私はねえ。感慨無量なのですよ。

思えば私の小学生の頃、最初の記憶は71年、ボルティモア・オリオールズの来日。
日本のプロ野球はONを擁する巨人軍を中心の編成。4勝12敗2分。このときはバッド・ドブソン投手が3四死球のノーヒット・ノーラン。
74年、トム・シーバーやジョン・トーリーを擁するニューヨーク・メッツが来日。2勝9敗7分。このとき、ハンク・アーロンが来日し、王選手とホームラン競争をやりました。
78年にはシンシナティ・レッズが来日。おかっぱ頭のピート・ローズが来た。1勝14敗2分。
いやいや、1勝するのが精一杯。
メジャーリーガー(当時は大リーガーいうてた)は、投球も打球も走塁も物凄いスピード。日本人選手はヒットを打ってもポテンヒット、というイメージ。唯一王選手だけが警戒されていた。
オリオールズの監督は「巨人はいいチーム。3Aなら常時優勝を狙える」なんて言ってたっけ。
でもこのとき巨人軍は、V6達成。日本のプロ野球界では最高最強のチームでおました。
当時南海ホークスの野村克也。「巨人には勝つ気がせなんだ」。
それが、メジャーリーグにまったく歯がたたない。
大リーガーの選手たちは、日本に物見遊山に来ていて本気じゃない、なんていわれて。
その後もいろいろな形でMLBが来日するも、やはり勝てない。
で、野茂の成功を機に、日本のプロ野球で成功した選手は、どんどんメジャー・リーグへ行くようになった。

でも、私はね、日本のプロ野球にいて、打倒メジャーリーグを目指して欲しかった。
思えば、日本のプロ野球のはじまりは34年、読売新聞が全米選抜を招聘したときに始まるわけですよ。
ルー・ゲーリック、ベーブ・ルースらが来日。日本側は東京野球倶楽部をプロ・チームとして編成。これが東京巨人軍となるわけです。16戦やって、東京野球倶楽部は全敗。ただ、あの沢村投手の1失点9奪三振の記録が生まれたのもこのとき。当時の写真を見ていると、ベーブ・ルースは雨の中、傘さして守っとる。
そういう記録を見て、小学生だった私は、いつか日本のプロ野球がメジャーリーグを相手に五分に戦えるときが来ることを夢見ていたんです。
で、90年頃から、日本の選手もパワーをつけてきて、ひょこひょこと、来日したMLBに勝つようになってきた。
とはいえ、まだまだレベルが違う。でもねえ、正直私は、松井秀樹選手には、巨人の4番、いや、全日本の4番として引っ張ってもらって、MLB相手にすげええ、一発を何本もかっ飛ばしてもらいたかった。巨人在籍時には松井自身もそういうこと、言っていたんですけどねえ。
そりゃあ、契約金、年棒、待遇、注目度は、実績のある選手には日本球界とは違う好条件、というのもあったでしょうし、野球界の頂点で、自分がどれだけやれるか、あるいはより厳しい中での野球人生を、という気持ちもわかります。しかし、今は何ですか。
まるで、日本球界がメジャーリーガーの育成リーグみたいになってしもうたやないですか。
気に入らんですなあ。
長いプロ野球の歴史。やっぱり原点となる34年の日米野球を見つめなおして欲しいわ。打倒、MLB!
とまあ、私の勝手な妄想。
そしたらあーた、昨日のゲームで、全米選抜チームを相手に日本の4投手の継投でノーヒットノーラン。しかもここまで3戦3勝。
こういう日が来たね。こうなったら5戦5勝を達成してもらいたい。
「えっ、メジャーに移籍? かわいそうに。戦力外になったん?」
という時代になりやがれ!


ということで、今夜は祝杯。
カンパーイ!



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2014年11月14日

漫画の宅配便

中山市朗です。

たった今、竹書房さんから宅配便が届きました。
なんやろなと見てみたら、
「本当にあった愉快な話・芸能ズキュン」という月刊誌でした。
最後に掲載しておりますのが山口敏太郎原作による『芸能人が体験した怖い話』という漫画。今回はなぜか芸能人ではない私が主人公となっております。あっ、怪談語りは芸能か……。
『怪談狩り』にも書きました「六甲山の展望台」が漫画になっております。
以前、山口敏太郎さんからインタビューを受けまして、それが元になっております。もちろん私もゲラチェックをしております。
漫画は山田せいこさん。
今日か明日あたりコンビニに並びますので、見て、気が向いたら買うなり、立ち読みするなり……。

以前、その「六甲山の展望台」の話を現地ロケで紹介したのが、TBSらじこん「幽怪案内」。
今日も有料動画を2本。

第234話「新居祝い」
第235話「防犯幽霊」

あのう、怪談を蒐集していてちょっと気になることがあるんです。
幽霊は、なぜ職場にユニフォームの格好で現われるのか。
幽霊になっても、もくもくと職場で働いているとか、いてるという話がありますねえ。
中には名刺渡したサラリーマンの幽霊もいたとか。
死んでまでも働く幽霊たち。さすが経済大国ですなあ。なんか哀愁を感じます。
今回の「新居祝い」は職場ではないが、夫の介護をしている奥さんの霊(?)と、職場に現われる責任感の強い幽霊。まあ、しんどいときの状態が霊になって繰り返している。
ご苦労さま、としか言いようが無い。
でも中にはお笑い好きで、寄席や劇場に通っているとか、映画好きの幽霊がツタヤにおるとか、阪神の熱烈ファンが幽霊となって甲子園に通い続けているとん、あってもよさそうなんですが、あんまり聞きませんなあ。
地下アイドルのファンで、幽霊になっても極太ペンライト振ってるオタクの幽霊とか……、なんかこれはいそう?

TBS −らじこん− 『幽怪案内』


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2014年11月13日

タクシー・ドライバー アゲイン

中山市朗です。
 
タクシーに乗る機会があったんですが、そのたびに運転手さんに「怪談ないですか?」と聞いております。
私の周りは怪談好きの人も多く、やっぱり運転手さんに聞くらしいんですが、「めったに幽霊を乗せたという話は聞きません。あれは都市伝説ですかねえ」という人もいます。
まあ、めったにないから怪異なのであって、しょっちょうあったら怪異ではなくなります。
秘訣があります。
怪談を語ること。
私なんかずっとタクシーにのっている間、運転手さん相手に怪談を語っていますもん。
そしたら、たまあに、ですけど「そんなん無いですねえ」と言っていた運転手さんも「それで思い出したんですけどねえ……」と語りだす人もいます。

先日なども「実は、私もなんだか半信半疑で、話せなかったんですけどね」とこんな話が。

某大学病院前の道路で、お客を拾った。パジャマ姿。
入院患者が逃げ出してきたのかなと思ったそうですが、乗ってきて、あるバス停の名を言って、「そこで停めてくれ」と言ったらしい。それでそのバス停へ行った。すると「ここ、わしの家やねん。今、この格好で財布持ってないから取ってくるわ」と言ってその正面にある家の中に入っていった。
で、なかなか出てこない。
「だまされたかな」と怪訝に思って、その家を訪ねて見ると、奥さんが出てきて。
「たった今、〇〇病院でパジャマ姿の中年の男性を乗せて……」と訳を話した。そしたら奥さんが「それは確かですか」と言い、詳しい人相や何を言っていたかを聞いてきた。正直に答えると「それ、うちの亭主です。お代は私がお支払いします。ありがとうございました」と礼をいう。「はあ」と返事をしてお金を受け取ろうとして、ふと、奥の間を見ると、仏壇があって、さっきの男の慰霊写真が……。
「あのう、あの写真は……」
「はあ、うちの亭主です。一週間前、〇〇病院で亡くなりました。胃がんでした」という。

「これ、きっとだまされてんのや。そんなん、おもろいか?」と思った。
幽霊なんているわけない、とこの運転手、思っていたそうで。
で、タクシーに乗り込むと確かめようと思った。確か、あの男を乗せたとき、病院前に清掃をしていた男がいたのを思い出した。で、戻るとその男、まだ病院の前を掃除していたそうです。
「ちょっとあんた。尋ねたいことがありますねんけど」と、タクシーを止めて男に話しかけた。
「わし、ここでパジャマ姿の男を乗せたんやが、あんた見てたやろ。2、30分ほど前のことや」
すると男は「あっ、あんたやったか。いや、確かに見てたけど、誰もおらんとこで停まってドア開けて、誰も乗せんと走っていったから、何しとんやろなと思ったんや」

「このおっさんも、わしをだましてるな。こいつらグルやな」
そう思っていたそうです。「けど、今考えると、そんなことする意味もないし、あれはやっぱり幽霊なんやろかと、よおわからん話ですやろ?」と、その運転手さん。
客乗せたら、消えてたとか、家の中に入って行ったら「死にました」と聞かされて、みたいな怪談は、怪談フリークの皆さんには聞きなれたテンプレート怪談ですが、乗せたところを見ていた人がいて、確認するというのはありそうでない。『新耳袋』に書いた千日前のタクシーに似てますけど。
実はこの話、まったく同じ話を誰かから聴いたことがあるのです。
とすると、その話はこのタクシーの運転手の話だったのかと。偶然、なのでしょうけど。
それとも〇〇病院の前には今もパジャマ姿の男が立っていて、たまにタクシーを拾っているのかも。
いろいろ想像してしまいます。
まあ、タクシーの運転手なんて、いろんなお客を乗せている職業ですから、本人の体験でなくとも、思い出して語ってくれることもあります。ちょっと忍耐いりますけど。

ところで、以前横浜でタクシーに乗ったら、運転手の名前が「山本五十六」とあった。
「運転手さん、この名前、親御さんが山本海軍大将を意識してつけられたんですか?」と聞きますわな。
そしたら「よく言われますが違うんです。私、五十六は確かに本名ですが姓は違いまして。ただ、山本家の婿養子になって、山本五十六になりました」やて。
こんな確率もめったにない。

kaidanyawa at 01:39|PermalinkComments(3)

2014年11月12日

私は報告する

中山市朗です。

遅まきながら、京都町家での「怪談の間」、盛況に終わりました。
参加くださった皆様方、どうもありがとうございました!

正直いいますと、昼の部は、お客さん、ちょっと控えめで、怪談を語る方が少なく、ちょっと間が持てずという場面もありました。二時間半、持つかなあとも思ったりして。
なにか怪談が出ると、それに関連して怪談を思い出すという流れが怪談会の冥利なんですが、それがないと、何を話していいのかわからないわけです。ゲストもいないわけですからちょっと焦りました。
しかし、夜の部は、以前京都の某怪談会でいろいろ体験談を話してくださったTさんの参加もあり、それに刺激されてか他のお客さんからの怪談語りもいろいろあって、あっという間の二時間半。
アインシュタインが、動いている人と止まっている人は時間の進み方が違う、といっていますが、それは本当だと体感? 意味が違うか。
とはいうものの、昼夜どちらの怪談会も私としては楽しみました。
やっぱり怪談は語るも聞くのもええもんですな。

また同じような怪談会を、今度は大阪でやってみようかと思います。
ええ場所、見つけましたんや。
囲炉裏のある大部屋。来年の春くらいかな。

さて、今度は「Dark Night 13」です。
こちらは山口敏太郎さんをゲストに迎えていますから、違う意味でどうなるのか予測不能。
ただ、他では絶対に聞けない濃いトークが展開することは確実かと。



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2014年11月09日

古都京都で、逢いましょう

中山市朗です。

おはようございます。
秋、深まってまいりました。そろそろ京都は紅葉の季節ですかねえ。
今日はその京都で「怪談の間」の復活会です。
朝早うから、その準備と、披露する怪談選びをしております(会場やお客さんの雰囲気、空気、会の進行状態等々で、用意した怪談がしゃべれず、全然違う怪談ばかりしゃべった、ということも何回もるのですが)。
まだ出版では未発表の怪談もごっそり仕込んでいます。また『怪談狩り』に書いた話の後日譚なども。

人数的にはまだまだ余裕があります。
予約してない人も、ふらっと行けば入れます。

場所は京都市中京区令泉65
(室町通二条上る東側)
京町屋 さいりん館

14時からと18時からの二公演。
それぞれ2000円の参加費となっております。

それじゃ、京都で会おうぜ!(キラリン)←爽やかな笑顔の白い歯が光ったという擬態語

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2014年11月07日

第三種怪談遭遇

中山市朗です。

『Dark Night 13』がいよいよ近づいております。
『新耳袋』第四夜にて公開したような、UFOに関する不気味な怪談が披露できるかと思います。
とってもヤバいお話です。
電話はあいかわらず雑音がしています。
もし、当日私が口をつぐんだら、何かあったと思ってください……。
これを山口敏太郎さんがどう思うか、が、今回の聞きどころ?
ちょっと他ではできない内容。本にも書かないでしょう。
私が語ればUFO現象も怪談になる?

あと、ある事件に関する怪談なども。
報道された事件と、報道では書けない、怪異がそこに横たわる……。オカルト+怪談!

その他いろいろ準備しております。
ゲストは山口敏太郎さん。
29日(土)深夜よりのオールナイト。
予約は、オフィスイチロウのホームページ、特設ページから。⇒『Dark Night vol:13特設ページ』

その翌日、30日(日)には、東京に参ります。
『浅草せん夏怪談〜風の章〜千秋楽』
開場 17:00 開演 17:30
牛抱セン夏さんの怪談ライブで、私はゲスト出演をいたします。
その他に、パシンペロンはやぶさ(スピリチュアル芸人)、神山兄弟(三味線兄弟デュオ)の出演。

そして、あさっては京都町屋での「怪談の間」の復活。
キャンセルなども出まして、まだまだ空席あります。
みんなで輪になっての怪談会。
怪談がある方は、披露してください。聞くだけでもOKです。
昼の部、夜の部あります。

詳しくは、オフィスイチロウのホームページより、お入りください。⇒『怪談の間 特設ページ』
予約はinfo@officeichirou.com

で、本日は『幽怪案内』の配信日。
有料配信が2本。
第232話「コレクター」
人形コレクターが、なんと人形に愛されて、壊れていく……。
第233話「隣のガレージ」
引越ししたら隣にあるガレージ。お隣さんのものかと思っていたら、そこは誰の所有物でもなかった。ところが夜な夜な奇妙なことが……。いったい、あれはなんなんだ!

TBS「らじこん」からどうぞ。⇒TBS −らじこん− 『幽怪案内』





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2014年11月05日

1970年代お笑い界への旅

中山市朗です。
 
恐怖のベクトルがあります。
笑いのベクトルがあります。
これ、究極は交わるんですね。
目の前で、ヘンなことが起こったとします。
ヘンなことに遭遇すると、人間の心は動きます。
反応として、思わず笑うか、恐怖におののいてひくか。

笑いとは緊張と緩和である、とは桂枝雀さんの持論。これは、うまい分析です。
怪談もまったく同じで、緩和がないと緊張という恐怖は生まれません。怖い怖いで押しても、怖くならないのです。
で、私の話す怪談も、書く怪談も、おそらくは落語好きであったことから、そのテクニックが無意識のうちに生かされていると思うのです。

最近、このお笑いの世界を舞台にした小説に挑んで見たくなりました。
ただ、今のお笑いには、さほど興味はない。なぜなんだろうと思うわけです。
ネタ、話芸としてのテクニック、それに見せ方といったものは、絶対に今の方が完成度は高い。でも、昔の芸人を超越したとは思えない。なんか、こじんまりしているというか、まとまっているというか。タレント化しているというか。

昔の芸人さんは、ほんま、芸人のにおいがしていました。
漫才で言うと、ダイマル・ラケット、鳳啓介・京唄子、いとし・こいし、かしまし娘、宮川左近ショー、若井はんじ・けんじ、海原お浜・小浜、人生幸朗、生恵幸子、平和ラッパ・日佐丸、やすし・きよし……。
えらい古い? この頃の漫才が好きなんですよ。私の中学生の頃。
まあ、ノスタルジーというのもあるのでしょうが、それでもビデオやCDなどで観直したりすると、やっぱり今のものとは違う。昔の芸人は、とことんサイテーなことを堂々とやっている。それがええ年こいた、おっさん、おばさんがやっているギャップが一つにはあるんですな。
今の人は若い。栄養とか衛生とか、環境、メイク、ファッションなど、今の人は相対的に若く見えます。それはそれでいいことなんでしょうが、笑いには不利。若い人がバカやっても、さほどおもろないんですな。若いから無知、未熟、礼儀知らず、勘違い……、説得力が無い。同世代にはウけるでしょうが、お茶の間ではウけない。だから、若手から中堅どころになるとき、苦しむようになる。なんでしょう。いい年の取り方をしていないというか。普通、というか。だから、今もって、ダイ・ラケ、やす・きよを凌駕する芸人が出ない。
それと、なんでしょう。昔は、ウけたら、どーん、と劇場の天井が落ちるかというほどの、ほんまの爆笑が巻き起こった。きっと、その芸人の生き様が、そこに出たんでしょうね。きっとそれが、狂気にもにたものを客が感じ取って、テンションが上がったんでしょう。そこをテクニックで、とぉんと落とす。客席がとーんとゆれる。
たけしさん、鶴瓶さんなんて、そういう昔かたぎの雰囲気があります。テクニックもあるが、生き様がそこに出ているから、誰もかなわない。
なんか、普通じゃないでしょ、あの人ら。
芸人に限らず、俳優や政治家も、昔の人たちはたいてい無茶してました、とんでもない逸話がたくさんあります。それはもう、一般人にはとてもまねのできない、ある意味キケン、アブないものがある。
だから、それが、もう、出てきただけで、ヘンなんですな。そしたら客は、そこでもう笑うか、ひくか。あるいは圧倒されるか。
こうなると、究極、芸をする必要がない。古今亭志ん生さんが、その域に達してたといいますな。
酔っ払って高座に出て、そのまま寝てしまった。普通、客は「ふざけるな」と怒るところ、「まぁまぁ、寝かせてやれや」と寝ている志ん生を、客はだまって見ていたという。

そんな時代の芸人とは、どんな生き様をしていたのか。どんな世界だったのか。それを許した時代とは、どんなだったか。それを知りたくて、当時のお笑いの世界を知る人に、ここんとこ、いろいろお話を伺っています。
狂気のエピソードがどんどん出ます。そら、そんなんが芸人やってんねんもん、おもろいわ。
きっと当時は、作家も漫画家も、やっぱりそんな個性が強烈な人がなっていたんでしょう。

怖いもんばっかり書いてんと、そういうのも書いて見たくなったんです。人生一度きりですから、やりたくなったらやってみる。まだ、構想入ったところですけど。
昔の芸人さんの生き様、おもろいですわ。参考になりますわ。

あ、もちろん、怪談も。
怪談蒐集、ご協力お願いします。まずは11日に京都で。





kaidanyawa at 19:04|PermalinkComments(5)

2014年11月03日

巨人の干し

中山市朗です。

話題としては、今更、といわれてもしゃあないんですけど。

数日前、私の御母上から留守番電話が入ってまして「日本シリーズ、いつやんねん。待ってるけど全然やらへんやないか。それとも私がボケたんか?」というメッセージが。
母は、巨人ファンなのです。
ははあ、クライマックスシリーズのこと、知らんな、教えたらな、思うてますとまた電話が。
「友達から聞いたわ。阪神が日本シリーズ出て、負けたんやて。アホやがな」
この、アホやがなは、いったい何にかかっているのでしょうか。

二日前の夜、今はお笑い作家をやっている塾生のTくんと飲んでまして、阪神ファンのTは、私の前でしてやったり、という顔をしていうわけです。
「日本シリーズ。阪神でしたねぇ」
で、私はいいました。
「それ、嬉しい? 優勝してないのに日本シリーズ出て、敗退。しかも、走塁妨害でゲームセット。ほんでソフトバンク優勝て」

私、見てませんけど現場、おもろかったでしょうな。
「走塁妨害」と言われて激しく審判に抗議する和田選手。何が起こったのかわからん。エラーで2点入ったんと違うんかい、と騒ぐ阪神ファン。それを尻目に胴上げするソフトバンク・ナイン。
わやや。
Tくんも言いました。
「まあ、正直、心底喜んでる阪神ファン、おらんと思います」

まあ、CS4連敗した巨人も巨人やけど。ペナントレースは、2位阪神に7ゲーム差をつけてのリーグ優勝。
それが、CSで、阪神に敗退。
2位阪神が、パ・リーグ覇者のソフトバンクとの日本シリーズに。
勝ったほうが、日本一、えっ?
でまあ、ソフトバンクが勝ったから、ほんまの日本一でええんですけど。
しかし、ソフトバンクの秋山監督は、これを最後に勇退。
本心は、セ・リーグ覇者の巨人に勝って、胴上げをしたかったことでしょう。
阪神は、けっきょくぬか喜びをしただけで、今シーズン、優勝というものはしていない。しかも最後の負け方が……。
巨人は、満身創痍ながらも長期を戦ってリーグ優勝。CSで4連敗。

これ、だ〜れも特してへん。
だ〜れも、喜んでへん。
おまけに、うちのかあちゃんみたいに、CSがあること知らん、というお年よりもおることでしょう。

Tくんが言いよった。
「ダイエーで今、阪神、感動をありがとうセールやってますわ」
そら、優勝してへんねんもん。

アホやがな。

kaidanyawa at 14:29|PermalinkComments(18)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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