2015年07月

2015年07月30日

天皇のいる国・自衛と戦争2

中山市朗です。

集団的自衛権について。

「これは国民の生死に関わる問題である」と反対派の人が言っておりました。
それはその通り。ただし、「集団的自衛権」の行使ができないから、国民が死ぬ、ということも将来はありうるかも知れない。えっ、よおわからんて?

みなさんはもうご存知でしょうが、今一度、集団的自衛権とは何かについて、考えてみましょう。
その前に、「集団安全保障」というものがあるのをご存知でしょうか?

実はですね、大日本帝国が太平洋や中国大陸で戦争をやっていた頃は、戦争行為は国際法的には合法なものだったのです。だから、当時は世界中の国々が戦争をやっていました。イギリスやフランスなんて、しょっちゅうやってました。
当時、国際連盟の規約の前文に、こう記してあったのです。
「加盟国は、戦争に訴えるざるの義務を承諾し……」
まあ日本は加盟していませんでしたが。はははっ。
ところが、第二次世界大戦は、あまりにも凄惨で、一般の民間人も巻き込み、ドイツやソ連、日本などの大都市は焦土化しました。ですから、戦後は国連で、戦争の違法化を明言しました。
「我らの一生のうちに二度までの言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の被害から、将来の世代を救い……」と国連憲章の条文ははじまります。
その2条4項にこうあります。
「全ての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇または武力の行使を、いかなる国の領土または政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも、慎まなければならない」とあります。武力不行使原則です。ただし、例外があります。
他国に侵略されたときの反撃です。憲章51条にこうあります。
「武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、加盟国は個別的、集団的自衛権を行使できる。加盟国がとった措置は安全保障理事会に報告しなければならない」。
それ以外の軍事行動は違法なのです。
ただし、国連の安全保障の調停は、加盟国の利害が違うので、なかなか行使できない状態です。
ですから、まず、国と国が同盟を結ぶ。そのことで、より軍事力を強大化し、国同士の連携を強くすれば、歯向かう国もおのずと減少します。国同士が軍事的同盟を結び、互いに協力し合って自国を守る。
高い防衛力が、平和を維持する。
これが集団的自衛権でありまして、戦争を防止するための法です。けっして戦争をするための法ではありません。

米国は、カナダとヨーロッパ諸国によるNATO(北大西洋条約機構)という軍事同盟を結んでいますし、東南アジア条約機構という軍事同盟も結び、個別には日本以外にも、フィリピン、韓国、台湾とも同盟を結んでいます。そんなこんなで、世界中の国同士は同盟を結んで、国連で補償されている当然の権利を行使できる状態にあるのです。日本とスイスを除いては!
もし、この、集団的自衛権が戦争をするための法であるとしたら、今世界中が、戦争をしているはずです。
そうはなっていないわけです。

スイスは自ら永世中立国となったわけで、それだけにスイスは平和は勝ち取るものだ、という気構えがあるわけです。国民全員が武器を持ち、シェルターの作成と維持が義務付けられている国です。日本だけが「平和、平和」と理想を言っているだけで、ではその平和は誰によって保たれていて、その平和をどう維持していくかという思考になりません。そういう人たちは「9条があるから」と言うのでしょうが、日本国憲法9条があるために、集団的自衛権が行使できない、ということは、実は世界的に妙なことなんですよ。そして、日本人の頭をちょっとおかしくしてしまった。世界で当たり前のことを、まるで悪魔の法であるかのように騒ぎ立てる。

日本は、確かにこれまでは、戦後70年、いかなる戦争にも加担しなかったし、防衛戦もなかった。
これは、誇ることだと私も思います。おそらく日本だけでしょう。この間、戦争をまったくしなかった国は。
それは、9条がそれを阻んだという点は確かにあります。自衛隊の海外派遣に歯止めがかかったことがあったのも事実です。
しかし、実質的には、まずは先の大戦でえらい目にあった日本人が不戦の誓いを守ったことと、加えて大きいのが米国の軍事的庇護下にあったから平和を享受してきたわけです。その米国が日本に「集団的自衛権行使を認めるようにしてくれ」と言ってきた。アジアの問題は、日本が主導してくれ、ということです。
米国はかつての力はありません。そして、マジで中国を脅威に思うようになってきた。でも、米国の関心ははアジア、太平洋より、NATO大西洋と、石油の利権がある中東にあるのですよ。
こんなときに、日本が主導を握って、リーダー・シップを発揮しないでどうするんですか?
東南アジアの国々は、日本が集団的自衛権を行使できる国になることを歓迎しています。
集団的自衛権がほんとうに戦争を起こすというのなら、なぜ、東南アジアの国々が歓迎するのでしょうか。戦争がしたいから?
違います!
日本の防衛力が東南アジアの強固な防衛、戦争の抑止につながることを期待しているんです。
グローバルってそういうことですよ。
金儲けだけがグローバルではない。
米ソ冷戦で、1950〜60年代の世界平和は保たれた、といいます。そのソ連が1991年に崩壊すると、この時点で東アジアの脅威は確かに軽減されました。いや、実質米国が世界覇権を握ったといっていい。
同時に米国は世界最大の経済大国、軍事大国であり、日本は米国に次ぐ経済大国でした。ソ連が崩壊したら、この日米両国に楯突ける国などありませんでした。だから、日本にとっては、平和上の脅威はこれといってなかった。
しかし、昨今は違う。

中国が台頭してきた。

中国は、大昔から世界の中心にあるという中華思想のある国。たまたま清帝国が滅び、中国共産党が今の中国を建国した期間、ここ百数十年の間だけ、珍しく低迷していただけで、過去は侵略、派兵を繰り返した超大国です。これがまた、毛沢東の政権下では、自国民の粛清までやった。その数、6500万人ともいわれています。6500万人ですよ。第二次大戦の連合軍、枢軸国を合わせた犠牲者より多いんですぞ! 無茶苦茶や。
中国をあなどってはいけない。南モンゴル、チベット、ウイグル、フィリピン、ベトナム、ラオス、ブータン、ネパール……。みな国境線で問題が起こり、侵略された国もあもります。そして、殺戮、虐殺が行われています。
みな、第二次大戦後、のことですよ。 
そんな恐ろしい国が、いまや日本を抜いて経済大国2位となり、軍事費をどんどん増加させている。尖閣諸島周辺で怪しげな行動をとり、勝手に海底資源の掘削をやっている。沖縄にとりいって、防空識別圏を勝手に引いて、海自護衛艦に照射したりした上に、米国に「太平洋を二分割にして両国で分けよう」なんて言っている。こんなん、日米のどこかに綻びがあると見るや、きっと何かを仕掛けてきます。いや、もう仕掛けてますよ。
韓国に反日を炊きつけたのは中国。これが日米韓の関係を壊すという戦略的意図によるものでした。今は、日本の集団的自衛権の機運をさげるために、尖閣にも来ないし珊瑚を採りも来ない(?)。
つまり、今回の集団的自衛権の行使は、明らかに対中国に対しての牽制であるわけですわ。安倍総理は最近、そこをしっかりと言うようになりました。もう、配慮している場合や無い。中国はまたそのことはわかっているのです。ちょっとやりすぎた、と中国は思って、今はおとなしいですもんね。あと、北朝鮮と言うやっかいな19世紀から発育していない国もある。ロシアも不敵ですしね。
北方領土の問題なんて、あきらかに日本に軍事力がないから、足元見られて取られちゃったようなものですし。
つまり「憲法9条」のような憲法があって、それがほんとうに戦争の抑止になるというのなら、日本以外にこういう憲法を持つ国があるはずなんです。しかし「日本を見習って我々の国も戦争放棄の憲法を作ろう」なんて、ならないわけでしょ? みな、そんなこと、解かっているわけです。
つまり、うちは戦争はしません、といったところで「そんなん知らんわ」と攻めてこられたら終わりです。

集団的自衛権に反対することは、別に私はかまわないんです。
それが戦争を起こす要因と考えられるなら、徹底的に廃案を訴えるべきでしょう。
その場合、対中国や北朝鮮に対する有効的な軍事的事案、対策が提案されなければなりません。
しかし、反対意見にはそれがない。「人を殺したくない。殺されたくない」と叫ぶだけのママさんは特にそうですな。
中には、「人を殺したくない。だから殺されても仕方が無い」なんて極論を言っている人もいますが、これはとんでもないこと。戦時には虐殺というのがある。戦前には日本人の女性も子どもも中国大陸で犯され暴行され殺戮され、その死体は切断され、鉄線で貫かれ、陰部に箒を突っ込まれ、と目も当てられない悲惨な事件もありました。通州事件なんてそうでした。尼港事件や戦後の満州、北朝鮮におけるソ連兵の日本人に対する蛮行も、ちょっと日本人には考えられない凄まじさです。あれは鬼です。人間のすることではない。そこに復讐心に燃える中国人も加わった。報告書や当時の報道を読めば、地獄です。
またソ連兵は、東ヨーロッパやベルリン解放時にも女と見るや強姦を働き、男は殺しました。
戦う意思の無い、武器も持たない女子どもですよ。それを容赦なく犯し、虐殺した。
わが子が目の前で殺され、自分も殺される前に暴行を受ける。そんなとき、あまんじて殺されても殺さない、なんて言ってられない。もしそうなら、もう親でも人でもない。こんなことを言っている人は、戦争を学んでいない。頭の中に「平和」というお花畑があるだけ。

つまり、起こってしまうと「私たちには、憲法9条がある」と叫んだところで、通用せんのです。それが戦争です。
ママさん方が恐れる戦争です。

だから、戦争は起こさせない。それはその通り。断じて、起こしてはならない。
では、そのためには何が必要なのか。

それには「9条がある」は、もう一度言います。相手国には通用しません。
平和は、自然に存在するものではないのです。
平和という状態は、人類の歴史上、きわめて稀な状態です。それは人が作っているのです。
戦争は「憲法」が起こすのではなく、欲をもった人間が、利権を主張する国家が仕掛けてくるのです。それを日本は防がねばならない。日本の平和は日本人が作って、維持するしかないのです。
となると、平和を維持するための行動とは、米国との同盟を強固にするか、集団的自衛権を拒むのであれば、個別的自衛権の行使。つまり日本が米国の軍事協力がなくとも戦える軍事力を持つしかないわけで、そうなると、いざというときには徴兵もありえるかも知れません。防衛費も莫大なことになりますし。

だから、絵空事ではなく、集団的自衛権の行使に反対なら、どうやって中国、あるいは北朝鮮などの軍事的脅威に対して何をするのかを論議し、対案を出すべきです。
「そうはならないだろう」て?

じゃあ、なぜ、日本が集団的自衛権を行使することに全世界の国々が賛成しているのに、中国、韓国だけが反対しているのか。中国にとって、日米同盟の軍事力が明らかに邪魔だからですよ。虎視眈々と沖縄を狙っているし、海底資源も喉から手が出るほど欲しい。つまり、集団的自衛権は、中国にとって都合が悪いわけです。韓国? あそこはもう、わけわからん。
もちろん、集団的自衛権の行使に際しては、いままでとは違って多少のリスクは生じるでしょう。安全、平和にタダは無い、というのが、ほんとうなんです。
平和ボケしている日本人も、そろそろそこに気づいて、考えるべきときです。

戦争は、相手に勝てる、と思ったときに発動します。発動してしまえば、ほんとうに殺し、殺されが起こります。
だから、勝てると思わせない、強固な防衛、米国との連携、同盟が不可欠なのです。
集団的自衛権を嫌がって、米国との同盟を仮に解消することになったら、翌日、沖縄は中国のものになるでしょう。沖縄で血が流れます。自衛隊は米軍の援護なく、単独で行動せねばなりません。当然、中国軍は米軍の後ろ盾の無い自衛隊には発砲してきます。そう、自衛隊員へのリスクは、実は増えるのです、ということも想定内に入れとく必要があります。それが軍事的な備え、軍備なのです。
また、集団的自衛権は、行使できるが、行使しないという選択肢もあるわけですしね。
天下の宝刀を抜くぞ、とポーズをとるだけで、敵は逃げるか、戦いを挑まないことを選択するわけです。
「わし、手ぶら」じゃ、襲ってきますよ。性善説が通用するのは日本だけ。そろそろ解かろう。
ただし、不戦の思いを強く思う日本国民が、これを今後どう運用するかですよ。
ここからが、本当の日本人の気質、国民性を世界の人たちに見せるときなのです。

ところで、集団的自衛権については、中国、韓国に配慮すべきだ、ということを言った政治家がおりましたが、一体何を考えているんでしょうね。








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2015年07月28日

天皇のいる国・自衛と戦争1

中山市朗です。

最近、街へ出ると、「集団的自衛権行使反対」と、街頭演説している人をよく見かけるようになりました。
特に、女性が多い。
「わたしたちは、自分の子どもを戦争に行かせたくない」「誰の子も殺し、殺させたくない」。
まあこれくらいだと、言わんとすることがわからんでもないですが、きいていて驚いたのが、「皆さんは、目の前にいる縁もゆかりの無い人を殺せますか。集団的自衛権は、それをやれという法案です」という、訳のわからんことを言っていたおばちゃん(何かの運動家?)がいた。

それを聞いていて思った。
 
いやあ、日本は平和ですな。
よく、私はそう思います。
そしてこうも思った。
歴史は勉強せなあかんな。

日本人は、ある意味、恵まれていますな。

ほぼ、何も考えないで、ぼーっと日長に暮らしていても、別に困らない。
給料が上がらん、生活が苦しい、とは言うものの、食うに困っているわけでもない。
戦争の脅威もない。日本は自然災害の多い国なので、そのあたりの覚悟は多少あったとしても、それ以外で命を落とす、財産を無くす、という状況も想定していない。
思想、言論の自由も、補償されている。何をどこで言っても、一般人であるなら逮捕、束縛されることもない。

そういえば、あれだけ知識人、文化人が発言の自由を侵害する、不当逮捕、束縛される。自由に映画も作れなくなる、といってヒステリックに反対していたい特定機密保護法は、とっくに施行されていますが、誰か捕まったり、何かをつくる上に置いて障害が起こっているのでしょうか。
特定機密法案が通ると、007みたいな映画が撮れなくなる、なんて言っていた映画監督がいましたが、007を作っている英国、米国は特定機密法、ありますけど。


私は、日本という国は法治国家であり、民主主義国家であるから、誰が何を言おうと自由であり、それがまた日本のいいところやと思います。ただ厳密に言えば、当然タブーというのはございますけど。
しかし、人の前でモノ申すからには、おのずと責任というものがございます。

う〜ん、なんでしょ。
私は反対派の運動を否定しているわけではありませんよ。
あって健全。無ければこれ、独裁国か共産党の国ですわ。気持ち悪いですわ。
ただ、な〜んか、最近の「集団的自衛権」に対する日本国民の意見というのがね、特に反対派の意見が、結論ありきの、一時の「共産党支持」の左派のにおいがしてたまらんのです。ロジックが破綻しているというか。
きっと、反対派の市民団体の裏側に、何らかの組織が入り込んでいるのでしょう。

「集団的自衛権」を安倍さんが、どうしてああまでして進めたいのかは、普段はぼーっとしていて、あるいは生活に終われ、目先のことしか見えない我々と違って、日本国を背負っているリーダーとしての危機感なのだと思うのです。
「安倍総理は戦争をしたいのだ」なんていう極論もございますが、そんなわけがない。
戦争をして、得なんて何もないですよ。
ヘタすりゃ自民党は今後、国民にソッポ向かれるかもしれない。安倍さんも自分の政治生命も絶たれるかもしれない。
なのに、あの執念。私は、生意気のようですが、わかりますよ。安倍さんの心情。あれは、安倍さん意外には出来ない。世界の首脳に会い、政府機関の情報を得ての行動です。世界がそれを日本に求めているのです。だから安倍さんは、日本を変えようとしているんです。
確かに、説明不足ではありますし、9条の問題があるんですけど。でもこれ、ちゃんと国際社会の流れと歴史を認識しないと、説明されてもわからんのですよ。きっと。
理想を唱えるのが、野党と国民。でも理想では政治は動かないと民主党政権が証明して見せたではないですか。安倍さんは、現実に沿ってなんとか理想を形にしたいとしているわけですよ。
我々愚民にはわからない問題が、この複雑な国際社会にはいっぱいあるわけですから。

第一、今はねえ、軍隊を派兵して、どこかの国を植民地化して利益を得る、なんていう時代でもない。
徴兵制度も、時代遅れ、というのは世界の常識。今の戦争は兵隊の数ではない。
「自分たちの子供が徴兵に取られて人殺しをする法案」という短絡的な思考がいったいどこから来るのか、私にはよくわかりませんわ。

集団的自衛権を行使していない国は、国連加盟国では、日本以外に永世中立国のスイス、ラオス、トルクメニスタン、あとは軍隊を持たない小さな国が20くらいあるだけ。
スイスは、「どこも助けない」「助けもいらない」「国防は国民全員で行う」というのが方針。
つまり、集団的自衛権と言うのは、どこの国にも当たり前にある権利。
日本は「どこも助けない」「でも助けてはもらう」「国防は、死ぬかもしれないからやらない」
えっ、ですわ。
これ、情けないと思いませんか?
つまり、あたりまえの、国連が認めている権利をそろそろ日本も認めようということなのです。
でね、集団的自衛権が、そのまま戦争を行う法であるというのなら、今、世界中で戦争が起きているはずです。

そうじゃないんですよ。
集団的自衛権が、戦争を食い止めているんです。
要は、運用の仕方。
侍は、みな、腰に人斬り包丁をさしていましたが、これを人を斬るために抜いた侍なんて、江戸時代はほぼいなかった。しかし、日々の鍛錬は欠かさなかった。侍は、時代劇に出てくる人殺しではない。当時の記録を読めば人情味のあるお奉行さんとかいました。商人に金を借りてペコペコしている侍とかね。
水戸のご老公なんて、水戸藩からほぼ出たことも無かったくらいですから。助さん、角さんは、日本史の編纂をしていました。て、話が逸れたわ。

日本は、19世紀から20世紀半ばにかけて、唯一、白人至上主義の帝国主義に加わろうとした有色人種の国。
そして現に近代化し、清、露の大国と戦争をして勝ったという、とんでもない国。
白人たちは、恐れたんですよ。こんな日本人を。
で、アメリカと日本は、凄惨な戦争をやった。アメリカはその日本の再軍備を恐れて、戦後、軍隊をなくしたのが、現憲法。これは大勢の人が指摘している通り。
ただ、この流れは、教科書に書いてある現近代史を読んでもからない。

いや、それはそれでいい。
その代わり、日本はアメリカの庇護のもと、世界の動乱に軍事的介入をすることもなく、平和に暮らしてきました。経済大国にもなった。ありがたいことです。
しかしそれはある意味、アメリカと言う国が巨大であり、強かったから通用したわけで、今は中国が強大化してきて、そろそろアメリカは「もう、日本も自分で自分のことは守れよ」と言い出してきている。

そんな時、日本はなにをするべきか?
「そんなこと言わんと、今まで通り助けてよ」とアメリカ大明神様に願いを乞うべきか。
アメリカべったり、と中傷する人ほど、「集団的自衛権行使」に反対しているようですが、アメリカから距離を置いて、どうしますの?
中国に守ってもらう?
そうなったら、日本は共産党の国になって、天皇は無くなる。でも、今われわれが持っている自由な権利は無くなるよ。日本と言う国体も、おそらく……。
中国もアメリカもいらない。じゃ、集団的自衛権を行使するしかないやん。

お母さん方はどう思っているのでしょうかね。
もちろん、わが子が戦争にとられる(そんなことはないですけどね。自衛隊に志願するなら別ですが)ことは、許されない蛮行なのでしょうが、一方、その子が生きる将来の日本の姿とは、どのようなものなのか。

今のまま、というわけには行かない。
国際情勢も変り、また、中国と言うわけのわんらない大国が勢力を伸ばしてきている。
韓国も、あなどれない。ロシアも。
虎視眈々と、日本の周りの国は自国の利益を考えて、侵攻して来る。外交をやる。歴史を修正する。
そんなとき、日本の若者は、家でゲームをやっている?

ええのん、これ?

殺すのも殺されるのも嫌。それはそう。私もそうです。
ならば、どう生きるのか。ここの問題が語られない。というか無い。
これからを生きるための日本と言う国のありかた。世界への貢献度、信用度。これを築くのにはどうすればいいのか。
もちろん、憲法9条が、それを築いてきた。その意見も正しい。以後も、このまま平和は続く。
そうであるならいいのですが。
それ、いまや日本人だけの論理ですよ。

冒頭に挙げた、ある「集団的自衛権」行使反対派のおばさまが言っていた「目の前にいる縁もゆかりもない人を殺せますか」という言葉。
もう、その状態、あかんやん。占領されとる。
「集団的自衛権」が、そうならないようにするわけです。

ええっ、わからん?








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2015年07月25日

暑い、ので怪談会のお知らせ

中山市朗です。

無事、走り終えました。
足、もつれて、倒れそうでした。
腰に撮影用の機材をくくりつけるということで、着物はNGになり、いつもの黒ずくめで走りました。
「なんせ暑い、しんどい、呆然」がその感想。

えっ、なんの撮影って?
情報公開まで一ヶ月ほどお待ちください。見たらきっと笑える。

さて、私の怪談蒐集のための怪談会「プライベート怪談会」を8月に行います。
私の書斎で囲炉裏を囲み(夏なので火は入れません)、膝を突き合わせて語り聞く、怪談会の原点ともいうべきものです。
『怪談狩り』の第三弾のために、ぜひ、皆様の体験談、あるいは身近で聞いた怪異談をお聞かせ願いたいと思います。私も語ります。

いつもはオールナイトで行っておりますが、今回はちょっと趣向を変えて、二部構成とします。

8月22日(土曜日)

場所:大阪市中央区南船場(最寄駅:地下鉄長堀橋駅、徒歩5分)
中山市朗の書斎

夜の部(19:00〜22:30頃)
深夜の部(24:00〜早朝)

夜の部をはじめて開催してみようかと。
オールナイトはどうしても参加できない、という主婦やお仕事の方、あるいは学生の方々にもぜひ参加していただきたく思って、試しに行ってみようかな、と。

で、夜の部は、怪談好きな人たちのオフ会のようなものにもしたいなと、いうことで、お酒、料理を楽しみながらの怪談雑会とします。ただし、深夜の部もありますので、お酒はほどほどに。あっ、私のことか。
料理はある方が協力して出してくださるので、お酒類は、各自持参していただきます。好みもありますしね。
なので、夜の部参加の人のみ、実費(1000円程度)だけ徴収させていただきます。

わあわあと怪談や怪しげなことについて語り、旨い酒を飲む。よろしいな。

そして、深夜の部は、いつものように始発電車が走り出す朝までの、本格的な怪談会となります。

二部とも参加費は無料です。ただし、夜、深夜の部ともに、なにかご自身の体験談なり、友人や家族、職場などで聞いたお話を一話は語っていただくことが、参加条件となります。

夜の部のみ参加(実費1000円ほど) 
深夜の部のみ参加(参加費無料)
両方参加(実費1000円ほど)

いずれかを言っていただいて、オフィスイチロウまで、お電話かメールをください。

info@officeichirou.com
06-6264-0981

参加意思を確認いたしましたら、集合時間、場所をお伝えします。
夜、深夜とも15名ほどがマックス。この時点で締め切ります。

もう一つ、小さな怪談会を、今福の喫茶店で行います。

8月10日(月)
「ひんやりナイト)

場所: 煎りたてハマ珈琲
    大阪市城東区今福西2-16-12(最寄り駅:地下鉄蒲生4丁目)
時間: 18:30開場
    19:00開演(21:00まで)
料金 1800円(冷やしコーヒー一杯付き)

出演・中山市朗  司会・真名子

こちらも15人ほどで締め切ります。

完全予約制となっております。
オフィスイチロウのHP、イベント・出演情報の項からどうぞ。

kaidanyawa at 23:42|PermalinkComments(3)

2015年07月23日

走る! ことの考察

中山市朗です。

明日、ある撮影がありまして、走らんとあかんらしいんですよ。しかも着物で。
走れるかな?
というのは、数年前に右足を粉砕骨折して以来、走ったことがない。
まあ、おっさんになると、走るということ事態、のうなりますな。
走る必要性が無い、というか。そない急がんでもええやろ、と思ってしまう。
みなさんはどうですか?
えっ、借金取りに追われている?
それは走らな!

日本人と言う民族は、基本、あんまり走ることがなかったそうです。農耕民族ですからねえ。
狩猟民族は走る。走って獲物を捕まえる。あるいは走らないと、逆に捕まって食われる。
農耕は、まあ、そんな必要は無い。
まあ、それだけ平和やったということです。
江戸時代までの日本人は、今、われわれがやっている所作とは随分といろいろ違っていたんです。
私、着物を着る機会が多いんですが、たしかに今の所作だと、着崩れするんですよ。
となると、なるべく腰をひねったり、大きなアクションを起こしたり出来ない。独特な所作があったんです。
その所作を習得できると、着物姿も映えるんでしょうね。
やっぱり武術や日本舞踊、お茶の所作などは、着物を着こなすには必要なことなんだと痛感します。
で、まず、着物を着た江戸時代の人は歩き方が違う。
今のわれわれは右足を出すと、左手が出る。左足を出すと右手が出る。
この繰り返し。これが、全世界共通の人類の歩き方。
人間は、交差神経というのがありまして、右足が出ると左手が、左足が出ると右手が出る、というのがあたりまえ、というか、そうなるように出来ているそうなんです。

ところが、日本人は違った、らしい。

日本人の歩き方は、基本、手を振らない。
特に武士は、左腰に刀をさしています。で、左手でその刀を押さえるか、手を添えるのです。
右手は、腰にあてる。こうすると、下半身でスススッと移動する。上半身が揺れない。
安定した体勢となりますので、いざ、というとき、サッと刀が抜け、サッと刀をよけられるわけです。
また、居合いで抜刀するには、左足を引いて刀の柄に右手をかける。このとき、右手と右足は前に出る。
つまり、右手が出ると右足が出る。左手が出ると左足が出る。
これが、古来、日本人の所作の基本。

仲代達矢さんが、俳優になりたてのころ、黒澤明監督の『七人の侍』に歩く武士、というただ歩くだけのワンシーンのために、何度も何度もダメだしされ、朝に始まった撮影が、夕方近くになっていた、というエピソードをよく話されていますが、つまり、現代人の歩き方では、上半身がひょこひょこ揺れる。侍らしくない、という黒澤監督の意図だったんです。『用心棒』『椿三十郎』の三船さんは、ちゃんと上半身がブレない歩き方をしています。
お屋敷の中では、膝の上に同じ側の手をのせ、膝と肘をぴんと張って、歩いたり走ったり、という場を時代劇で見られたこともあるかと思われます。あれもそうです。
でも、最近の時代劇は、平気でぶんぶん手を振ってひょこひょこと現代歩きや走りをする侍が出てくるので、どうも侍に見えない。
で、当時のお百姓さんは、というと、あんまり手ぶらで手を振って歩く、ということが無かったと思われます。
刀の代わりに鍬や鋤を肩にかけて、もう片方の手は、何かもっているか、膝にあてるか。
考えたら、神社の急な階段とか上っているうちに、両手が両膝にかかっていません? 実はあれこそ、日本人であることのDNAが……、えっ、それは違うやろって? そーかなあ。

そんでもって、お百姓さんは、走るということは、めったにない。第一、足元危ないですからな、今と違って。
走れるような道も無い。
走る用事も無い。のんびりしたもんだべ。
町人はというと、武士の真似をしていましたしね。別に町人もお百姓も、丁髷に月代なんてしなくていいのに、みんな侍の真似をしていたんですね、あれは。
で、どうしても走るとしたら、町人は、まずは着物の裾をしりまで巻くって、尻からげ。
その裾の端を帯に挟んで、走った。下は股引。褌一丁てなこともあったでしょうか。でもこのとき、おそらく両手はやっぱりその裾のあたりを持っていたでしょうから、腕を振って走ることも無かったことでしょう。下駄では走れん。草履かはだし。
草鞋は、はだしの感覚に近くて、履き心地のわりといいものですよ。
「あ、どっこいさの、さ」

右足が出ると右手が出る。左足が出ると左足が出る。
これを「ナンバ歩き」と言った。難波ではない。難場と書きます。
そんなん、歩きにくいし、逆に安定せえへんやん、という声が聞こえてきそうですが。でもそれは、われわれが今の歩き方に慣れてしまっているからだと思います。
私、遥か昔、紅顔の美少年やったころ、剣道部でしたからわかりますけど、剣道の型は、右足と右手、左足と左手の「ナンバ」の型です。そしてすり足で移動する。1年生のころはすり足の稽古ばっかりやらされた。
相撲がそうでしょ?
「どすこい、どすこい」と右手を出すと右足が出る。左手を出すと……。
空手の順突きがそうですな。
能狂言、歌舞伎の見得の張り方から盆踊り、阿波踊りの動き、みんな基本はそうです。あっ、ヤクザのおニィさんがそうですな。
両手をポケットに入れたまま、両肩で風切って歩く。あれが日本人古来の歩き方……?

実はこの「ナンバ」。お百姓の田植え、稲刈りの動作なんです。私、実家は元商家で、田んぼが無く、田植えとかしたことないんですが、ちょっと調べてみると、右手で作業するときは、右足が出ている。稲を植えて、左足を後方に下げると左手も後方に下がる。
稲を刈るときは、左手で稲を掴んで右手で鎌を引く。このとき、左足が前に出ていたら、アブないですわな。だから、日本人は自然とそういう所作、動作をするようになったのではないかと思います。

で、走る、となると、さっきも言ったように、これは一大事、という場であるわけです。侍はめったなことで走らんのです。走る、とその場の空気が落ち着かない。それを見た下々の者が、勘違いをしていらんパニックを引き起こす可能性もある。
学校で「廊下を走るな」というのは、その時代の名残り? それは嘘です。あれは危ない。

しかし、侍だって走ることはある。いや、侍だからこそ、走らねばならない時がある。そんなときは、やはり、左手で左腰の刀を握り、右手は腰にしたまま、あるいは膝に添えてススススッと走ったのです。
そない、早くなかったでしょうね。
「ナンバ走り」と言います。
でも、戦国時代はどうだったのでしょう?
「戦とは走ることだ。走れなくなった時は、死ぬときだ」なんて、『七人の侍』で加東大介さんが、百姓を訓練しながら言っていましたが……。戦国時代のお百姓は、また江戸時代のお百姓とは違いましたからな。

で、ほんとにわからない、とされるのが、江戸時代の浮世絵などの絵画を見ると、大火だとか戦乱が描かれると、両手を挙げて、あるいは前に出した形で走るお百姓たちの姿が描かれることです。
「こりゃ、どうしたことだ?」「写実的なものではないから無視したら?」なんて、専門家が言うとりました。
「あれじゃ、なんぼなんでも走りにくいやろ」。

あれはですね、今まで走ったことの無いお百姓が、命からがら走るハメになった。でも走り方がわからない。
なので体を少しでも前に移動しょう、移動しょう、という意識のあまり、あたふたと、両手を前に出した、ということなのです。
つまり、われわれは歩く、走る、と言うのは、子どものころ、そういう風に教わったから、走れる。
水泳と同じ。水泳もまったく習わない状態で水の中に放り込まれると、泳ぎ方もわからず、ただ、自ら顔をもたげようと水面をバチャバチャと叩く。走ることを知らない人が、走る際に両手を前や上げているのは、それと同じなんです。
やっぱり泳ぎを習っていると、水に放り込まれても、平泳ぎかクロールができる。そういうことですな。
歩く、というのは日常的なことですが、走る、というのは、当時は特殊技能やったんです。

山田洋次監督の『隠し剣 鬼の爪』という映画で、東北の小藩に西洋式の歩き方、走り方を軍事教練の教官が教える、という場面がありましたが、日本が近代化し、近代化された軍隊を持つからには、西洋式の教練を持ち込んだわけです。おそらく、尋常小学校においても子どもたちに、右手を出すと左足を出す、という今日われわれがやっている走り方を教えていって、つまりは、繰り返された軍事教練によって、ナンバ走りは絶滅した、ということなのでしょうか。
ちなみに、地方の農村では明治になっても「ナンバ歩き、走り」は残っていたそうです。

飛脚は、とんでもなく早かったらしい。京都〜江戸、約400キロを二日と8時間ほどで駆け抜けた。
走りのプロです。
ただし、彼らがナンバ走りをしたのか、ということについては、いろいろ説があるらしい。
やっぱり現代人からすると、短距離はともかく、長距離に「ナンバ走り」は適さないらしい。特殊な走り方をしていたのでしょうか?

よっしゃ、明日、ナンバ走りやったろか。

えっ、また慣れんことしたら、足の骨折るって?

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2015年07月20日

天皇のいる国 15 「律令」国家

中山市朗です。

久しぶりに天皇と日本について考察します。

日本という国は、天皇とともにある。天皇がいなくなると、日本も無くなる、ということを書きつづけております。
とはいっても、日本列島が海に沈むわけではないですよ。もし天皇が廃止されたら、日本人としてのアイデンティティが失われます。実質的には日本国という国号も改め、憲法も、現在の日本国憲法は一旦破棄し、新しい憲法を制定し、発布しなければなりません。
国歌、国旗も改める。これって、左派のいう理想です。ということは、もし天皇が廃止されるようなことがあると、日本は荒れます。日本国民の意見は真っ二つに別れ、不穏な空気が流れ、秩序が保てなくなります。あちこちで暴動が起こります。世界的信用も急落し、それは経済を直撃します。ほんま、えらいことになる。
と言うようなことを書いてきました。

天皇廃止論を唱えている人の大部分は、多分、そこまで考えていないんでしょう。

さて、日本の歴史を見てみますと、日本は三度の大きな転換期がありました。
ひとつは、聖徳太子の時代。
ふたつは、明治となって近代国家を目指した時代。
みっつは、昭和二十年の敗戦。

いずれもここに、天皇と憲法というものが関わってきます。

「十七条憲法」
「大日本帝国憲法」
「日本国憲法」
ですね。

聖徳太子の時代に、わが国初の「憲法」が発布されました。「十七条憲法」ですね。ただし、近代憲法の原点は1215年にイギリスで制定された「マグナ・カルタ」である、とされることから、現代の憲法とは違うもので、役人、官僚が守るべき道徳的規範が書かれていますが、これは大倭国としての国としての指針を著したものであり、その中心には、国家元首たる天皇の存在があるが故のこと、だと私は解釈しております。
しかしこの、国家としての指針が、まずは当時の隋、唐の皇帝と並ぶ天子たる天皇を元首として抱くこと。一人の絶対的な元首を長にすることで、国はまとまり、秩序が保たれ、価値観が統一され、国書を持った外交がはじまり、国家としての大事業が行われることになったわけです。
これらは全部、聖徳太子の時代から、はじまったわけです。
実は、前方後円墳というものがピタリと造られなくなるのが、この時期なんですね。
前方後円墳は、今は天皇陵ということになっていますが、おそらくはそのとき、そのときの権力を持った首長たちがその大きさを誇示する墓標であったことは間違いなく、それが、推古朝の頃になって、その必要が無くなった。首長乱立の時代は終焉を向かえた、ということがいえるのでしょう。
これが、実質的な天皇のはじまりだと思うんです。
そして、それまでの大王たちの宗教観も、もがり、という古代のエジプトに近かった死生観が、仏教の浄土観を受け入れることによって、埋葬の方法も違ってきた、ということもあります。でもその仏教を朝廷が正式に受け入れ、最初の官寺(四天王寺)を建てたのも、この時代。

前回、朝廷による海上と水上の交通網のインフラについて書きましたが、国家元首の力が大きくなると経済的な余裕も出来て、国家的大事業がはじめて行われることになるわけです。国家的インフラ事業は、ますます経済活動を大きくし、人口を増加させ、都市を大きくします。
聖徳太子の時代は、ほんとうにいろいろなことが起こって、それが日本という国の成り立ちを促進するわけですが、遣隋使が隋の皇帝に拝謁していた頃、隋は文帝、煬帝の時代でしたが、このころ大陸ではとんでもない大インフラ事業が進められていたんですね。それを遣隋使たちは見ていた。
首都大興城より延びる道幅がアホほど広く、駅伝制の整備された官道が、大陸に張り巡らされ、何より目を見張ったのは、大抗大運河の建設。政治の中心地華北と商業の中心地江南を結ぶ大運河で、今の北京と上海を結んだもの。その全長2500キロ!
国を支配するとは、そういうことか、と、報告を聞いた推古天皇も蘇我馬子も聖徳太子も思ったに違いないのです。水路の交通網だけでなく、陸の大道を整備させた原因はそれでしょう。
推古21年(613)「また難波より京に至る大道を置く」と『書紀』にあります。これは、四天王寺の南大門から堺市に向かってまっすぐに敷かれた幅17メートルの官道。四天王寺の南側に今も大道、という町名が残るのはそこに実際、大道が通っていたわけです。そして堺のあたりからは、竹内街道が東に伸び、これはほぼ大和川に沿った大道であったようです。これが、あのサヌカイトの採掘場、二上山の脇を通って奈良盆地へ入る。すると今度は、盆地を東西に横切る横大路に出る。
日本国の基礎がここに出来上がってくる時代です。
 
それまでの公共事業は、大王の墓造りという個人的モノから、国家を運営し、民の生活を向上させ、経済発展を促すための公共事業へと変わって行ったわけです。この大道はこの後、あくまで直線道路を意図として全国に張り巡らせられ、朝廷の威信を誇示するとともに、税の取立て、通信、商業の流通、道行く人の管理、そして軍隊の移動もより大きくします。駅伝制も敷かれます。大道の両サイドには溝が造られ、田畑も広げられて整備されます。寺院も造られ、町の中核を成して行きます。大寺院はそのまま学校であり、図書館でもありました。
天皇、という一つの元首が生まれることによって、そもそも小さな島国で本来経済的にも脆弱なこの国が、まがりなりにでも、統一国家として大陸に恥じない、天子の治める国にふさわしい理想を掲げ、実現に向けて改革がもたらされたわけです。

隋はまた、法を整備し、刑罰を定めた律令国家でした。大倭国もこれに倣い、701年に「大宝律令」を定めることによって、政治、経済の統制を行うことになります。このときには、確実に、わが国の国号は「日本」となっていました。ただし、読みは「やまと」であったようです。
この「律令」は、実は明治になって「大日本帝国憲法」が定められるまで、ずっと定められたまんまでした。ですから、徳川幕府も、政治の権力は持ち、「禁中並公家諸法度」や「武家諸法度」「徳川禁令考」など法令、条例を発令しながらも、天皇に定められた政治的組織である、ということには揺るぎませんでした。
ずっとこれ、千数百年、変らなかったんですね。
他の国なら、どこかで天皇が暴走して幕府から政治の実権を奪うとか、私利私欲を肥やすとか、あるいは幕府によって朝廷が廃止されるとか、天皇が処刑されるとか、ありそうなものですが、それが無かった。
これが奇跡といわないで、なんと言う!

例えば、イギリスではあった。

17世紀、ジェームズ1世、チャールズ1世は「マグナ・カルタ」を無視した専制政治を行い、議会側から「権利請願」が出されたもののこれも無視。これが「清教徒革命」を誘発し、チャールズ1世は処刑されました。
まあ、世界の王朝を見回すと、怒った民衆により、処刑された王、皇帝がどれだけいたか。
私腹を肥やすだけ肥やして、民衆が革命を起こしたとたんに、国外逃亡をした王や皇帝がどれほどいたか。

このように、「律令制」における幕府の位置、権限が巧く作用した。また、血縁、血統主義を重きにおく日本民族の不思議な考え方も、これで培われたのかもしれません。
平安時代の末期には、天皇は権限を失い、鎌倉時代、戦国時代の皇室は貧困にあえぎ、天皇即位の儀式さえ予算が無くて行われなかったという事例があったりします。私腹を肥やすどころの騒ぎや無い。
戦国時代に日本へやって来たイエスズ会の宣教師は、天皇の質素というか、あまりの貧困ぶりに驚いているくらいです。西欧の王室では考えられない。それでも、幕府の将軍は、天皇に伺いをたて、天皇に刃向かうとはしなかった。財政援助をすることになって却って、自らの立場を強固にした信長のようなのもいました。ちなみに信長は天皇の地位を狙っていた、という説もありますが、信長もアホとは違う。あり得ない。

あっ、ところで大インフラを促進し、律令国家だった隋は、高句麗出征などもあって、財政的に無理が祟ってすぐに滅び、煬帝は中国皇帝の中でもっとも暴君、悪帝、亡国の君主とされました。
大運河は、その後の中国大陸の経済的発展に大きく寄与するんですけどね。

まあ、こういうこともあって、わが国では、天皇に全権限は与えない、という知恵の工夫が「律令制」の中でなされたのです。









kaidanyawa at 07:29|PermalinkComments(5)

2015年07月18日

作劇塾からのお知らせ

中山市朗です。

私信に使います。すみません。

塾生のみなさん。
毎週金曜日(第五週は除く)19時より行っております作劇塾。
来週24日(金)は、WEB用のCM撮影が入りましたので休講。
代替講義を31日(金)の19時に行います。
24日は教室には入れません。
また、31日、授業終了後に「作劇ネトラジ」の収録がありますが、7日の分もあわせて2本録りとなります。

8月の最初の授業となります7日(金)は、ロフトプラスワン・ウエストにて、岩井志麻子さんの怪談イベントにゲスト出演が決まっております。したがって、イベント視聴をもって受講といたします。
もう入場券を買ってしまった塾生もいるようなので、窓口で「作劇塾の塾生」と名乗ってください。なんらかの特典サービスがあります。
14日からは通常授業となります。
作品は必ず提出すること。

以上。

作劇塾は、作家、放送作家、シナリオライターの養成塾です。
個人のスキルにあった細かな指導をしております。
詳細は、オフィスイチロウのHPから作劇塾をクリックてしください。
月謝制で10000円。最初の月のみ、入塾費として10000円。
お楽しみは、授業の後の飲み会だ!

問合せ sakugeki@sakugeki.com

kaidanyawa at 23:11|PermalinkComments(0)

2015年07月17日

musicals!

中山市朗です。

まったく話が違いますが、映画が好きなのでBS、CSの映画専門チャンネルと契約して、録画したり鑑賞したりしていますが(録画が溜まってしゃあない)、なんか、こう、どこのチャンネルも似たり寄ったりの作品ばっかりで、おもろくないんですよね~。
BS、CSで映画が観られるようになって、地上波の映画劇場が無くなり、特に深夜に映画を放送していたのが、いまや絶滅。時間枠に収めるための大幅カット、安易な吹き替え、でたらめBGMなど問題がありましたが、今となっては懐かしい。
B級の西部劇、戦争もの、特にマカロニ・ウエスタンとか、マカロニ・コンバットのような作品、意外と掘り出し物が出たミステリーやサスペンス、笑っちゃうSFやホラーもの、それにミュージカル。ゲーリー・クーパーやクラーク・ゲーブル、スペンサー・トレーシー、ケーリー・クラント、イングリット・バーグマンなんていう大物のハリウッド・スターの代表作や珍品、それにもちろん邦画のメロドラマや時代劇、NHK教育では、デュリアン・デュビビエだ、ルネ・クレールだ、ジャック・フェーデルだとヨーロッパ映画の戦前の名作を、字幕で放送していた。とにかくチャンネルをひねると、古今東西の名作、傑作、掘り出し物がどんどん観れて、今思うと、それらの作品が私の頭の中を形成しているといっていい。

今、こんなに映画専門のチャンネルがあるのに、トレーシーもゲーブルもめったに出ない。デュビビエもフェーデルもなかなかやらない。マカロニ・コンバットも、ミュージカルも、あんまり、ねえ。
そうですな、ハイビジョン放送になってからツマラン。同じ映画ばっかり、各放送局持ち回りで何回放送しとんねん。こっちは期待して有料放送入ってんねんぞ。NHKのプレミアム・シネマも、やる気の無いラインアップやし。HD素材に限界があるのか?
あと、字幕が大きい、醜い。昔の焼付けのああいうソフトな感じの字幕になぜしない?
ハイビジヨン素材が台無し。
しかしねえ、邦画専門チャンネルでは、かなり古い映画もHD放送していて、邦画に関しては、ほとんどがHD素材でコレクションできました。ということは、おそらく、HD素材はアメリカに行けば、かなりあるんだと思う。要は局の買い付け担当ののセンスが悪いのか知識不足なのか、それとも古い映画はどうせ誰も観ないと、みくびっているのか。わしに買い付けやらせろ! 中高年の映画マニアが涙するラインアップにしたるわ!

我々の子どものころは、チャンネルをひねると、そういう古い映画を、なんかわけわからんうちに観て、そんなことを繰り返しているうちに、映画の歴史も俯瞰できていた。私らと同年輩、あるいは年上の人なんか、みなさんやたら映画に詳しいのは、それもある。今の若い人は、映画の世界に行きたい、といいながら、昔の映画を観ていないのは、そういう機会が無いから、でしょうか。
レンタルビデオとか、映画専門チャンネルとなると、自ら選択するという行為があって、好きなもの、知っているものしか観ない。私ら、どんな映画でも観ましたもん。
わーっ、古い映画を観たい!

ということで、要求不満が溜まっていたので、先日、輸入DVD、ブルーレイを爆買いしてしまいました。
そのタイトル、次のごとく。

ブルーレイ
『永遠の海原/レイテ沖海空戦』『鷲は舞い降りた』『スィング・ホテル』『セカンド・コーラス』『華麗なる激情』(日本語字幕付き)、『禁断の惑星』『ザッツ・エンタティンメント/ザッツ・エンターティメントpart2/ザッツ・エンターティンメントpart3』、『恐怖の岬』(日本語字幕付き)。

『スゥイング・ホテル』はビング・クロスビーとアステア共演のミュージカル。本来モノクロなんですが、HDでカラーライズ版も選択できる! 『ザッツ・エンターティンメント』3部作ボックスは、ハリウッド玉手箱みたいな作品で、私をミュージカル映画の魅力を知らせてくれた作品。何年も前NHKハイビジョンでオンエアしたおり、録画したのがDVHSという代物。いつか観れなくなるだろうと、キープのため購入。

DVDは、おそらく当分ブルーレイは日本では当然、米国でもなかなかならないだろうと、今回はMGMミュージカルを大量に。
『いつも上天気』『ジーグフェルド・フォーリーズ』『雲流るるはてに』『土曜は貴方に』『サマー・ストック』『踊る海賊』『ワーズ&ミュージック』『恋愛準決勝戦』『ザ・ベル・オブ・ニューヨーク』『その真夜中のキス』『ニューオリンズの美女』『踊るアメリカ艦隊』『踊るブロードウェイ』『踊る不夜城』『レディ・ビー・グッド』『我が心に君深く』『艦隊は踊る』『踊るニュウ・ヨーク』『ロザリィ』『踊るホノルル』『キス・ミー・ケイト』『グッドニュース』

日本では、まったくオンエアもパッケージ化もされたことの無い作品も。
何枚かはLDや輸入ビデオテープで持っていたものもありましたが、もう処分やな。字幕は無いですが、ミュージカルなのでいらないわ。画質は最高。どこかのワンコインDVDとはえらい違い。
おっとっと。『グッドニュース』(日本未公開ながらも楽しさバツグンのハイスクール・ミュージカル)は、LDではステレオ音声なのに、DVDはモノラル?
ミュージカル違いますが、ジョン・ウェインの戦争ものも。
『コレヒドール戦記』『太平洋航空作戦』。

『コレヒドール戦記』は、ジョン・フォード監督の名作。あんまり評価する人いないけど、魚雷艇に群がる日本航空隊や、「最上」級巡洋艦撃沈のシーンなどは、画面構成が最高です。ワンコインのDVD持っていますが、画質はボケボケ。しかし、米国のメジャースタジオ製のDVDは、ほんまキレイです。

というわけで、アメリカ映画は30年、40年代がいちばん光り輝いておりました。

こんなん観たら、そら、日本も戦争に負けるわ……。


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2015年07月14日

物部氏、賀茂氏、犬神

中山市朗です。

さて、「Dark Night」も終わりまして、犬神についての問合せなども来ております。
そのたびに、同じことを言っているので、ここに書きます。

私は、犬神は古代中国から日本にもたらされた蠱という呪術を改良したもので、多分、朝廷から追い出された物部の巫(かんなぎ)たちが民間で発展させたものではないか、と先日のブログで書きました。
これについては、明確な史料があるわけでもなく、推測でしかありません。しかし、古代において、神を降ろしたり、呪いをかけたり、鬼を退散させたりできる巫は、その血統にある者で無ければなれませんでした。と、なればそれは物部でしかありえないのでした。しかし、物部は587年に起こった乱により、蘇我によって朝廷を追われ、東北地方や、四国、中国地方の山奥へと逃れ、鬼となったのです。モノノケは、モノノベなのであります。
神道は、のち、賀茂氏、秦氏に受け継がれます……。

追われた物部は、朝廷のための神祇の必要がなくなると、その呪術や祈祷を民間信仰として伝承し発展させていったのです。その一つが四国で発展した犬神であろうと、思われるのです。
これはもう個人的な、あるいは家系を護るために利用され、血統主義だった物部の呪詛も、弟子に伝えたり、あるいは犬神に祟られた人やその家系が、また、呪詛返しをしたりしているうちに、混沌とし、西日本を中心に日本中に広がったと思われます。あれは消えない。しかるべき処置を施さないと増える一方です。
犬神は、祟って一家を滅ぼしても、一人だけ残し、その恐ろしさの証言をさせます。すると、その力を利用しようとする者が出てきます。そうやって広まることを望んでいます。恐ろしいです。
 
犬神と陰陽道との関連を指摘する人もいます。これも前回のブログに書きましたように、陰陽師が操る「式神」は、犬神の「式方」は元は同じものであり、他にも共通点はあります。
では、陰陽師は物部なのか?

陰陽師の元はやはり、聖徳太子の時代にはじまります。なんでも聖徳太子やなあ、ですけど、そ〜なんだから仕方が無い(丹波哲郎調で)。だから私も、いろいろ知りたくて調べているんですよ。

その時代、百済から来た観勒という僧侶が陰陽道の元となる暦本や陰陽五行の思想などの本を朝廷に伝え、それを選ばれた34人の弟子たちに教えたと『書紀』にあります。陽胡玉陳という人は渡来人と思われますが、暦道の祖、大友高聡は天文道の祖、山背日立は遁甲を学び、これが忍術となります。大友細人が聖徳太子に志能備(しのび)として使わされたのが忍者の最初と言う説もありますが、『書紀』にはその名は見当たりません。しかし、忍法、忍術は陰陽道と同じ道教というルーツから発生したということです。
こういった人たちが陰陽道の基礎となる道教の奥義を学び、実践ができるようになると、この力を朝廷のために発揮させるために、養老2年(718)に陰陽寮が出来ます。
陰陽道は、この時代においては最新の科学であり、テクノロジーなのでした。それはまず、朝廷のために役立てなくてはならない。それで陰陽寮が設営されたわけです。
陰陽寮は今で言う政府機関のひとつです。占いと暦作り、時を管理するのがその仕事でした。ところが、平安時代になって、天皇が鬼を極端に恐れだします。だから陰陽師は実際に鬼を見て、退治する能力を必要とされました。で、賀茂氏が台頭するわけです。
賀茂忠行、保憲、光栄。
賀茂氏は、ヤタガラスを祖とする氏族で、霊力は物部と同様あるわけですが、専門家の意見では、物部ではないということになっています。

実は、賀茂氏こそは海部(あまべ)なのです。このブログに何度も登場する海人、物部の祖です。
天皇は、天子であるから、天津神の系統でありながら、神の宣託を口寄せする神威ある巫女が必要である。その神威ある巫女は、そもそも海部の血統から出たのであります。海部と賀茂の同根を示唆するものは、太古における海部の本拠地、丹波久美浜周辺にあります。そして、海部は太陽信仰の海人。ヤタカラスは太陽信仰の象徴……。

仲哀天皇の后である神功皇后は、お腹に皇子(後の応神天皇)を孕ましながら三韓征伐の指揮をとったという女傑ですが、自ら斎宮に入って神託したといいます。彼女は巫女ということです。
皇后は、息長帯比売(おきながたらしひめのみこと)と言います。息長、つまり水中を潜る海女と言う意味です。
海部の巫女の血統なわけです。このように日本の神祇、呪詛には巫の血統がなくてはならないのです。

賀茂氏には、物部に代わる神の血統があるわけです。というより、海部を祖としているならば、賀茂氏と物部氏、これは同族ということになる。

そして稀代の陰陽師、といえば安倍晴明。晴明の代になって、いきなり賀茂家に代わって陰陽寮の中で安倍家が勢力を伸ばし、やがては土御門家を名乗ります。
安倍晴明という人は、よっぽど、鬼を見る能力があったと思われます。そうでないと、賀茂家から安倍家への交代はありえない。

安倍晴明は東北は常陸の出身。常陸の国は広いですけど、茨城県の筑波山のあたりなんです。東北と言うより関東に近いですけど。しかし東北安倍の出身には違いない。東北安倍は陸奥の国から出た一族です。東北は呪術的に強い土地ですが、ここは朝廷を追われた呪術的な氏族が集結した場所です。物部神道の奥義も東北へ移されました。ですから、安倍氏は、そういう呪術的な血統の濃い氏族であったと想像されます。
つまりは、安倍氏の陰陽師としての血統は、物部が入っているということ。また、蛇神、つまりはアラハバキという原始神道も、紀元前後あたりに中央を追われて、ずっと以前に東北の地に来ている。
だから、原倭人の宗教、呪術と、物部がもたらせた正当派の神祇と道教的な神道という新しい呪術などが、おそらくこの東北に集まり、結束し、より強力なものになったと思われます。
日本では、北東の方角を鬼門として恐れる風習が、特に京都にありますが、こういう風習は鬼門発祥の中国には無いのです。中国の鬼門は、風水によって変るのです。つまりこれは朝廷が鬼として追いやったかつての呪術師たちの血脈と、その強烈な怨霊を恐れたからなのです。それが北東の方向、つまり東北地方なのです。
その血統から安倍晴明が出てきた。
朝廷はこのことを知っていたと思いますよ。
でも彼は、怨霊封じができたのです。同時に蠱を使って式神も操った。だから有名になった。恐れられもした。
天皇を裏で操れる人物。これぞ、陰陽師。
人間でありえない能力を持つ者は、人間の子であるはずがない。よって、晴清は狐の子とされたのです。蠱と関係あるのかも知れませんね。
そう言う特殊な能力は、日本では血統に伝承されると考えられたのですよ。

一方神道はというと、物部が滅んで、蘇我が一旦天皇家へ入り込み勢力を増しましたが、大化の改新で物部を滅ぼした蘇我が、藤原氏によって滅ぼされます。この歴史的事件に、西浦和也さんの先祖が関わるわけですですが……。
藤原氏はこの後、天皇家に入り込んで歴史の裏を形成します。このとき、物部神道の復興はなされましたが、排除された物部の復帰はなされず、賀茂氏と秦氏に神道をまかせます。これはつまり、藤原の血統では、神は降りてこない。巫にはなれない、と言うことを意味しているわけです。
秦氏というのは、ほんま謎ですね。ただし、京都の下賀茂神社と木嶋神社(蚕の社)の関係を見ると、賀茂氏は秦であり、秦氏は賀茂である……。そして木嶋神社の祭神は、海部の祖神。今は隠されていますけど。

このように、日本の神や鬼やあやしは、それを降ろし、祓う、巫の血統との対決であり、同時に管理されるものであったわけです。そして陰陽道などは、一般の人が知ってはならない、また知らないわけです。
ですが、犬神のような民間呪術は、はじめたのは物部のプロの巫でありながら、血統者で無い者に、いわば素人に開放してしまったというところが、怖い、と思うわけです。コントロール不能です、これは。そして、ほんとうの怖さもわからない。気がついたときにはもう……。

日本の民間には、犬神のみならず、他にもいろいろな呪術の跡が見られ、封印されています。
私がガリガリガリクソンくんと追っていた、コトリバコ、もその一つでしょう。
あれも、近づかない方がいい。

村が一つ、まるまる廃村になるにあたって、呪いが発動した、という話も聞きます。

それらのフタを、知らずのうちに、いつ、われわれが開けてしまうかわかりません。
ですが、そういうモノは、やはり神道や陰陽道、あるいは密教の奥義やその歴史、成り立ちを知っておくと、思わぬものが存在し、それを解決するヒントもあったりします。
また、知っていると、フタを開けることはまずしない。知らないから開けてしまう。
いや〜、怖い。
そうなったら、ホントウの解決には、プロの祈祷師とか宮司さんの力を借りねば成りませんけど。その見極めがまた、ねえ……。

怪談は、オカルトでは無い。と私は常々言っておりますが、呪い、祟りを扱うと、これはオカルトになる。
オカルトは宗教学です。だから、まずは日本の歴史は、基本としておさえておく必要があります。

次回からまた「天皇」シリーズを掲載しますが、まあ、読んでおいて損は無い。
正当な歴史を知ってこそ、裏の歴史が理解できる。世の中は表裏一体、裏の無いものはこの世に無い。
そして、天皇そのものが、神秘なベールに隠された、今尚あるオカルトである、と断言しておきましょう。
  


kaidanyawa at 03:55|PermalinkComments(31)

2015年07月12日

「Dark Night 15」報告、テーマは犬神!

中山市朗です。

「Dark night 15」、大盛況にて終了いたしました。
皆々様方、ありがとうございました。
 
今回は、当日券を求めて15人ほどの方が会場前で待っていらしたとか。
もちろん、全員に入場していただきたい、という気持ちはあります。
で、ドタキャンが15人ほど。数字は合ったのですが、やはり開演前の状態で、連絡が無いと来られるのか、来られないのかわからないわけでして、もし、15人分の当日券を早々と発行して、予約の15人の方が後で来られると、15人の立ち見が出ることになります。これはなるべく避けたいわけです。ここはオーナーに無理して、ある条件下の元に借りていますので、もし何かあれば、借りられなくなります。そうなると、オールナイトのこういうイベントは、大阪市内ではできなくなります。
ですが、事前に連絡いただければ、スムースに対応が出来ます。開演も遅れることはありません。
急なお仕事、用事、体調不良など事情はお察しいたしますが、「予約は入れたけど行けない」と思った時点でご一報いただくと、大勢の人たちが助かります。
みなさまがあっての、中山市朗であり、イベントです。感謝しつつも、いや、だからこそ、ご協力いただきたく思うのです。
どうか今後とも、よろしくお願い申し上げ奉ります。


さて、今回もいつものように三部構成。

最近、すっかり事故物件芸人としてブレイク中のタニシくん。
楽屋に姿をみせたとき、なんか最初にお会いしたときより血色もよくなって、顔も穏やかになり、心なしか太ってきた?
「こいつ今、稲川淳二なみに、あちこちの怪談会に呼ばれてるみたいや」と北野誠さん。
「今はどんな事故物件に住んでるの?」と聞くと、「それが、なんかかわいいギャルたちがたくさんいるような場所なんですよ」とタニシくん。
どうやら、運気は確実に上昇しているようです。
だが、これが後に、思いもしない複線に?

第一部は、そのタニシくんにスポットをあて、ここ一年の報告を。
で、タニシくんの体験談や誠さんの証言によれば、タニシくんには、事故物件に住み始めて女の霊が後ろに取り憑いて、いろいろ嫉妬していたのが、いろいろなものを呼び寄せて、今は「獣化」していっているらしい。
それは、誠さんがことあるごとに相談しているA神社の宮司さんもタニシくんを見て、即座に指摘したというんですね。
「四つ足が憑いてる」。

「獣化」している霊は「四足」と言うんです。
タニシくんは、『お前ら行くな』のロケで、デジカメに撮るとき、顔認識がされず、背後かひざあたりに顔認識が行くらしくて、そのあたりのことは『お前ら行くな』のDVDにも収録されていましたね。あの『阿闍梨の森』!
顔認識がひざに行くのは、ひざあたりに「顔」があるから。「四つ足」です。

それを聞いていて、なんか、ピンと来た。それでタニシくんに言った。
それらが、ホントウのこと、だと仮定すると、ですよ。
「それ、犬神やで」
第二部でやるつもりだった犬神が、第一部から発動した!


さてこうなると、犬神とはなんぞや、ということです。

イベントでは語らなかったことも含めて、まじめに言いましょう。

これは簡潔に言うと、古代の中国から来た呪術の一つです。
蠱(こ)、と言います。動物霊を使役して、対象者を呪うのです。
蠱を祀る、作る方法は、誠さんが舞台で語られたとおりです。ただし、日本では、ですが。
もともとこれは、紀元前何百年も前、春秋時代の中国で、すでに使われていたものでして。これがいつしか、日本へ来ていたのです。蠱は、たくさんの虫が皿に乗っている、という状態を示しておりまして、虫を自由に操る術という意味でした。これがいつしか、小動物で行うようになったわけです。
誠さんが示唆した方法は、犬蠱(けんこ)という方法です。
これは、「式方」という呪術の方法で、本来は道教の呪禁の知識が必要なのです。
日本で独自発展した陰陽道は、中国の道教が元になっています。その陰陽師が「式神」を使役する、ということは皆さんご存知のことですが、あれも元は、「式方」、つまり蠱なのです。
犬神は、四国が本場とされますが、おそらく、もともと天皇の元で、祭祀者であり呪術者であった物部が発動させたものです。聖徳太子の時代、丁末の乱で蘇我に破れて東北、あるいは中国地方、四国に物部は逃れました。その物部の呪術の血統者の中で発達したものが、四国で犬神となったわけです。
陰陽師の安倍家は東北の出身です。平安時代の京の町に派遣された安倍家の陰陽師たちは、東北から派遣されておりました。彼らの使う「式神」は、四国の犬神とは、同じ蠱を元としながらも別の発展をしたものでしょう。

四国には、民俗学者、小松和彦氏が指摘し、以前NHKのカメラが潜入しておりましたが、もと物部村という場所が高知県の東部にあります。ここに「いざなぎ流」という独特の信仰が残っております。
小松和彦氏は「これがどこでどのように生まれたのかはよくわかっていない」としていますが、おそらく古代の朝廷に仕えていた正当的な物部の祭祀ではないと思われます。
物部の「式神」は、おそらくですが、多分に、呪術的な能力を持つ物部の巫の家系が、個人的な恨みや願いを成就させめために、動物霊を使役するに至ったものでしょう。物部は神道ですが、すでに聖徳太子の時代以前から道教の奥義は入ってきていて、そういうものも取り込んで朝廷は神道を体系化しようとしたのですが、巫の家系にある者が、その負の部分も取り込んだ。
その発展系のひとつが、「犬神」です。

さて、「いざなぎ流」の祭文には『生霊犬神四足の祭文』とあるように、それはある意味生霊であり、また、四足なのです。四国で発展したので「犬」が使われましたが、本来これは、虫であり、狐や鼬、猫、猿でもいいわけです。で、この呪術を信仰を持つ家系が、犬神持ち、犬神憑き、とされるわけです。
ところがこれが、呪術者のコントロール下に発動すればいいのですが、そうはならない。犬神は主人の心を読み取って、勝手に出て行き、対象者に憑く。あるいは、主人の家の者に食いつく。
だから、恐ろしい。
そして、取り憑かれたが最後、その人が死ねば子に、子が死ねば孫に、あるいはその家族にと、血統のあらん限りには永遠に取り憑くわけです。
で、動物霊ですから、わけのわからない霊や念を、どんどん周りから集めてきてしまう。こうなったら「なまなり」になります。

ここまで書いて、なんか手がしびれてきた。このへんで止めましょう。

私、別に動物霊を信じているとか、そういうものではない。ただ、呪いというものは、ある。
それは、人間の闇の心であり、欲望である。そして、信仰は、人を動かす。そう思うわけです。

で、タニシさんの話を聞いていると、どこかで犬神を拾ってしまっているように思ったわけです。まあ、私のカンですから、実に頼りないものです。多分、間違っています。
ただし、私の膨大な取材の中で、言えることは、犬神に憑かれると、一時運気が上がり、一気に全てを奪われる……。
「なまなりさん」だあ。
誠さんが、「タニシ。今度一緒に改めてA神社行こう」と誘っていたので、行かれたらいいと思います。
怪異蒐集家の私としたら、このままほっといたらどうなるかを見極めたい……?

第二部は、いよいよ、誠さんが、怪談作家・西浦和也さんと共に体験し、エライめに遭ったという犬神に、さわってしまった話。ほんとにエライめに遭ったのは、西浦さんですが。

おもしろいことに、西浦さんの家系は、犬神を作った物部とは敵対した、蘇我の、しかもある壮絶な歴史的事件に関係する人の末裔になるわけですね。1300年の時へ経て、それが発動した。ほんま、こんなことがあるんや、という。実際にこの世で起きることは、因縁や輪廻なのかもしれない。知れば、それがわかる。それは本人も自覚しているようです。

誠さんは、断片的なことは、あちこちのライブで話していたようですが、まとめて時系列に話したのは今回がはじめてだそうです。命に関わるから、と言っていたので、ここにはその内容は書けません。

第三部は、怪談の部。

でもやっぱり、呪い、祟りを引っ張ってしまいました。
私は最後に、民俗学を研究していたBさん失跡の事件の初語りをしたのですが、これが怖いと。現在進行形の話ですからねえ。
「Bさん、遭おたら、怖いなあ。遭いとないわあ」と、楽屋でしきりに誠さんは言っておりました。
Bさんの顔、知らんから、そんなことはないと思いますけど。

この日は、清めの塩が、大量に売れました!
今回ばかりは、お客さんも、お持ち帰りは、嫌だった?

さて、次回の「Dark Night 16」ですが、「犬神」を引っ張ります。

ゲストに、そのエライめに遭ったという、怪談作家の西浦和也さんを予定しております。
出演交渉はもう済んでおりまして、あとは、ZAZAの空き状態との調整。

できましたら、9月末か、10月ちゅうには、開催したいと思っております。

では、犬神に少しでもさわってしまった、このブログをお読みのみなさん。
く・れ・ぐ・れ・も・お・気・を・つ・け・て……。
















kaidanyawa at 21:15|PermalinkComments(16)

2015年07月10日

さわり

中山市朗です。

明日の深夜はいよいよ、「Dark Night 15」。
ゲストに北野誠さん、松原タニシさんをお迎えいたします。

いよいよ、誠氏が封印していたという「犬〇の祟り」の全貌が明らかに……、なるはずですが、こればっかりは、何か邪魔が入ってきたり、トラブルがあったりと、さわり、が無いとも限りません。
本人の体調とか、そんなんもありそうですしね。
犬〇は、なめちゃ、いかんです。マジで。私もその距離感がわかりません。

そして、さすがの私も明日ばっかりは聞き手役?

いやいや、最新怪談も用意しています。
タニシくんの幽霊物件最新情報も?

しかし、あれですな。
な〜んにもなかったら、な〜んや、とちょっとガッカリするし、かといって、恐ろしいめに遭うと、後悔するし。
えっ、人が恐ろしいめに遭って、自分は無事がベスト?
あとで来ても、知りませんよ。

まあ、みなさん、いろんな意味で、無事であることをお祈りしましょう。



kaidanyawa at 09:25|PermalinkComments(7)

2015年07月07日

お知らせです

中山市朗です。

告知が遅れました。
『幽』23号が発売されております。

特集「幽霊画大全」。

私はこの号から、新連載を開始。
『怪談狩り』の書き下ろしであります。そして第三弾となります単行本も、準備はしております。

yuureiimg03













そして、イベントのお知らせ。

8月9日(日) 「満員怨霊怪談ナイト」

恒例、夏のプラネタリウム怪談です!

出演、中山市朗、石野桜子、真名子

場所・ムーブ21・4Fプラネタリウムドーム
 (地下鉄谷町線、モノレール、大日駅下車、地下道3号出口より徒歩3分)

開場 16:30 開演 17:00

入場料 前売2000円  当日2500円

お問合せ ムーブ21   06-6905-3921

チケット発売 
   ムーブ21
守口市文化センター 06-6992-1276
   ローソン・チケット 

よろしくネ。
 





kaidanyawa at 00:45|PermalinkComments(3)

2015年07月04日

気まま酒家オンエア、参考画像

中山市朗です。

画面を張り付けました。

河内湖です。

聖徳太子の時代よりちょい前のです。

今の地形、風景、常識で古代を見てはいかんのです。
そして、上町台地の北の端っこが、ワタナベさんのルーツ、渡り部がいたところです。

河内湖
















さて、本日22時よりネットラジオ「気まま酒家」生放送。

天皇について語ります。

jbbs.shitaraba.net/radio/2727


「中山さん、では、天皇はどこから来たのですか?」
「古代エジプトですわ」
「ええっ!!!!!!!!!!!!!!??????」
「!と?が多いわ。飛鳥昭雄か」
「あんまり、ぶっとんでたんで」
「ぶっとんでる?」
「まじめに行きましょうよ。中山さん、天皇は、ど、こ、か、ら」
「古代エジプト!」
「熱、はかります?」
「なんで?」
「いやいや、なんでて。んなアホな」
「ばかもの! これを見んか!」

な、なんだこれは!


ファラオの紋章


   

ファラオの紋章ですわ。

 
またまた、な、なんだこれは!



ファラオの器










ファラオの器やて。


ま、まさか!
ね、熱、出てきました!

わし、熱いやつ、好きやで。







kaidanyawa at 07:30|PermalinkComments(11)

2015年07月02日

続・日本人と怪談、受講者受付中

中山市朗です。

いよいよ、7月。
8日(水)から、大阪芸術学舎の講義がはじまります。
受講者は、前日まで受付しております。
テーマは「続・日本人と怪談」

私は怪談を書いたり語ったりが本業みたいなもので(他にもいろいろやっているんですけど、これがいちばんニーズがある?)、同時に、日本の文化や歴史にも興味があります。
毎年、夏になると、京都造形芸術大学から、怪談から日本人を探れませんか?
ということで、恒例になりました。今年がその4回目ということになります。

怪談は、落語や講談、漫才、浪曲などと同じ話芸です。いずれも日本にしかない芸でして、もちろん外国にも「恐い話」や「幽霊話」などは存在していますが、芸には至っておりません。いや、こういった話芸が、日本独特なものである、というか。

では、なぜ、こういった話芸は日本にしか無いのか、といったことを考察していけば、日本人とは何か、日本文化とはなにか、ということが、少しは解かるのではないかと思います。

日本語の構成や語彙、特徴、宗教観、土俗的な風習や風俗、気候、そして歴史や死相観、いろいろな要素が話芸を、そして怪談を生み出したわけでして、そういうお話などもしながら、講義では怪談ライブでは語らない古今の怪談なども披露するつもりです。また、西洋のオカルティズムや呪い、祟りについての考察もございます。

怪談好きな方、日本文化を知りたい方、日本人とはなにかを考えている方、あるいは芸事に興味のある方、ぜひ、お気軽に受講くださいませ。
京都造形芸術大学の学生は、単位の対象となりますので、レポート提出などがありますが、一般の方は、受講されるだけで、特別課題などはありません。

楽しく、ちょっと恐く、知ってなるほど、う〜んそうか、という講義にしたいと思います。
質問にもどんどん答えます。フランクにいきましょ。

あ、続、となっておりますが、昨年の講義を受けていなくとも何の支障もございませんので。
一回、一回の講義が独立しておりますので。

日程(いずれも水曜日、19:00〜21:00)

全5回

7/8  「怪談と日本の話芸」
7/22 「古典文学の中の怪談」
8/5 「オカルティズムと怪談」
8/6 「呪い祟りの世界」
9/9 「怪談の描写について」

受講料 18000円

場所  大阪サテライト・キャンパス
   大阪市北区小松原町2-4 大阪国富生命ビル5F
(地下鉄御堂筋線、阪神梅田駅、徒歩3分。谷町線東大阪駅、徒歩3分 
   JR大阪駅、阪急梅田駅、徒歩5分)

受付 電話 0120-530-920
https://gakusha.jp/

受付時間 10:00〜17:00(日、木は除く)

よろしく、ネ!




kaidanyawa at 00:35|PermalinkComments(2)

2015年07月01日

天皇のいる国 14 大和朝廷のGDP

中山市朗です。

天皇がいる、大和朝廷がどのようにして、日本という国を創っていったのかについて、書いております。

よく、ニュースなどで、GDPと言う言葉を聞きます。
国民総生産、もっと詳しく言えば、一定期間に国内で産み出された付加価値の総額、とウィキペディアを見たら書いてありました。GDPの数値は、その国力を経済的な面から測ることができます。
現在は、米国、中国についで、日本が三番目ということですが、19世紀の初めの頃までは、中国(清帝国)、インド(ムガル帝国)が圧倒的でした。この二国で世界のGDPの1/3を占めていました。
このころまでは、産業というと農業がほとんどだったので、広大な土地と農民の人口が圧倒的に多い、中国、インドが大きな生産を生んでいたのです。19世紀半ばになると、工業力のある国が台頭し、あっという間に欧米の国々がこの数字を伸ばすわけです。アメリカ式大量生産!

さて、倭が日本となる時代、5〜6世紀の頃はといいますと、やはり同じ状況でした。中国とインド。
この二国で、当時の世界のGDPの8割近くは占めていたと考えていいでしょう。
ローマ帝国は、このころはもう、東西に分かれていましたが、もともとGDPはそうは高くない国でした。
ローマ帝国は、軍隊の力で大きくなり、インフラ事業で発達した国です。「全ての道はローマに通ず」なんていう言葉がありましたが、それだけ道路や水路がヨーロッパから中東、アフリカまで及んでいたということでしょう。ですから、ローマが支配する周辺国がGDPを稼ぎ出し、それをローマが収奪したわけです。
ローマへ通ずる道は、収奪したモノがローマに運ばれ、軍隊が出て行くのでした。
なかなかやりますなあ。
だからローマの元老院たちは、たいして働かなくても、贅沢できたわけです。で、滅びましたけど。

ただし、中国、インドのGDPが高いといっても人口が圧倒的に多いのが原因でして、一人あたりのGDPとなると、どの国もさほど差はなかったようです。
紀元1世紀の各国のGDPの数値があります。これによると、倭人の一人当たりのGDPは400ドル。同じ時期、中国が450ドル。ローマが550ドル。とまあ、これは英国の経済学者アンガス・マディソン博士が算出した数値。
う〜ん、これは何を根拠に、なにから算出したんでしょう?
ローマが高いのは、よくわかりませんが、奴隷制度にもあったでしょうか?
ローマの奴隷は超安価な労働力でり、所有財産。その数は被征服者の捕虜も含め膨大で、奴隷商人は大儲けし、奴隷制による大土地所有も発展していました。ちょっと他の国と規模と制度も違う。分裂後はかなり弱まりましたけど。

ちょっとここいらで好奇心がわきました。2000年前の倭人のGDPがひとり400ドルとすると……、
昨年の中央アフリカが378ドルで187ケ国中185位。
ガンビアには負けた。428ドル。

な〜るほど、て、なんか参考になったような、ならんような。

でも、紀元1世紀のGDP数値は、その後1000年間、ほとんど世界規模で変わることが無かったそうで。ヨーロッパは特に低下して沈滞したらしい。キリスト教がいろんなことを縛っちゃったみたいですなあ。

さて、古代の日本。
大和朝廷が、単なる一豪族から天下を治める天子となるには、経済成長が必要であり、それは、二上山から採掘されるサヌカイトという火成岩の運搬路から始まった、と前回書きました。
その運搬路が、治水された大和川であり、これが湿地帯を田畑に変えることができたのだと。

人が自分が食っていく分だけ食料を生産していたのでは、国は大きくなりません。原始共同体は食っていけて、冬に備えた蓄積が倉庫にあればよかったんですが、それでは経済は生まれない。もちろん、食うこと自体が大変困難な時代ではありましたが、余剰生産が必要なんです。
余剰生産が、いわゆる付加価値の総額、つまりは利益、ということになります。
利益を出すためには、良質な土地と労働力、知識や技術、道具も必要。進歩と意識も必要。何より、大型化というのが鍵を握る。そうやって生まれた余剰分が国庫に収まる。国が大事業を行える。人が雇える。市場を形成する。特産物や珍品が出回る。分配が出来る。投資ができる、と、倭から日本へ移り変わる過程で、そういう経済が出来ていったんです。だから、都が大きくなり、天皇の権力も大きくなり、豪族たちの立場も上がり、軍隊が強くなって、国力が生まれる。経済的な余裕があって、そこから、教育とか専門知識とか、救済という概念も生まれる。そうなってはじめて、天子の治める国です。そりゃぁ貧富も生んだでしょうけど。

ただ、教科書では大和朝廷が大きくなった理由として、水田稲作と鉄製の農耕具の発達が、農業を飛躍的に発達させたとありますが、それだけなら、大和という地勢に大きな朝廷が出来たことは、解説しません。
調べてみますと、鉄製の鍬や鋤は一般の農民にはそれほど普及せず、まだまだ木製の農耕具が主流だったんです。ですから、国としての政策が経済活性に必要だったのです。
二上山という、まさに河内と飛鳥を結ぶ場所にあった、日本最大のサヌカイトの採掘山。
その大量のサヌカイトの運搬の必要性から、運搬水路を作るためのインフラという公共工事が、おそらくわが国最初の国家的インフラ工事です。そしてそれがまた、強い物部の軍隊と、巨大な古墳を作ったのです。
大和川という運河の建設が、河内平野と奈良盆地を水田稲作可能な土地に変えた。つまり、産業の大型化です。大和川の流れは、氾濫したり、位置を変えたり、たまに逆流する自然の川と違い、おだやかだったといいます。安定した交通網として使えるわけです。こういうことは、国が主導しないと出来ません。これが、大和朝廷のGDPを稼ぎ出したわけです。
アンガス博士の試算では、この時期、あんまりGDPは変らん、ということですが、そんなことはない。倭人が日本人になるとき、国としても、個人としてもGDPはどっと大きくなったはずです。

さて、ご存知のように、聖徳太子の時代から、遣隋使の派遣がたびたび行われるようになりました。隋が滅んで唐になっても遣唐使として、菅原道真が「もうあの国から学ぶものはないから」と言って廃止されるまでの約300年間、続けられました。まあ、道真公の言葉は表向きで、このころはわざわざ朝廷が派遣しなくても、商売や取引、あるいは僧侶たちを乗せた船が行き来していたんです。

この最初の遣隋使は、難波津から出港しました。大阪湾です。大阪市中央区の玉造稲荷神社にその碑があります。玉造の岸から船がでたのです。このことも、大和朝廷の経済と大きく関わってくるのです。

40年ほど前、「表日本」「裏日本」という言葉がありました。地理の授業で習いました。
表日本は太平洋ベルト地帯といって工業が発展した都市が多く、裏日本は、日本海側の農業が主体の人口過疎地。
差別用語ということで、この言葉は使われなくなりましたが、4世紀後半あたりまでは、日本海側が表日本、太平洋側が裏日本であったのです。当時は、海人である倭人が活躍していましたが、その勢力はは北九州、対馬、済州島、朝鮮半島西南部と、日本海、東シナ海に及んでいましたが、海部の本拠地は、京都府の最北部にあたる丹後半島の久美浜だったようです。ここに海士(あま)という場所があり、海部の古い信仰の跡が残っています。古代の謎を解く上で、もっと重要視されるべき場所です。
中国大陸や朝鮮半島と交易した船は、久美浜で荷を降ろし、陸路で今の奈良県、つまり朝廷のある都へ運ばれたのです。途中、由良川が交通路として使用されたと思われます。渡来人の遺跡がたくさんあります。
道が無いところは、川を行く。これが古代の輸送路。

この頃、丹後王国という古代の国があったという説もあり、古墳の状況などから見て、4〜5世紀に最盛期を迎えたようです。ところが、5世紀後半になると、パタリと古墳も作られなくなり、丹後の豪族たちも急速にその力を落としていきます。
と、同時に、大和朝廷は、難波津につながる大和川の造営を完成させ、難波に都市を造ったんです。難波の都のモニュメントが、四天王寺の五重塔でした。
外国から来た船が、都へ入る入り口で、あの四天王寺伽藍と鳥居を見る。四天王寺は今より遥かに敷地も大きく、その中には四箇院といって、福祉センターや薬剤施設、病院などもありました。他にもいろいろ、迎賓館や宿泊施設、市場も並んでいたことでしょう。大阪城の近くには5世紀後半に建てられた16棟もの掘柱建築の大型倉庫群の遺跡も発見されています。
住吉大社まで海が来ていたので、巨大な仁徳天皇稜などの古墳群も、今とは違う神秘な建築物として、海から見えたはずです。それはもう壮観だったでしょうね。あんなクレージーなもの、他のどの国にも、大中華帝国にだって無かった。
このように、わが国初の国際都市は、平安京や平城京ではなく、この大阪に建造されたのです。
つまり、難波に整備された港を作り、あるいは河内湖へ直接船で渡る水路を確保し、大和川に入って、斑鳩、飛鳥へと直接船荷を運ぶ、というルートを確保したわけです。
遣隋使の船は、そのルートを使ったわけです。
丹後の勢力が落ちたのも、この時期でした。

大阪は浪速、難波(なにわ)の都というとおり、現在の市街地のほとんどは古代は海でした。
四天王寺の近くに夕陽丘という町名が残り、大江神社があります。古代は大江神社の西に、海に沈む夕陽が見えたんです。今は眼下に、松屋町通りの寺町と、その向こうにオタクの殿堂、日本橋のビル街が見えておりますけど。
上町台地が当時は陸。四天王寺の西の鳥居から、西側は道路がいきなり下り坂になりますが、あのへんは海だったわけです。南北に12キロあり、北は天満橋、南は住吉大社まで至ります。
大阪城も上町台地にあり、大阪の歴史はこの上町台地から始まるわけです。
天満宮の先が海であったことを物語るのは、あのあたりに、船で人や荷を渡す職業集団がいたことからわかります。ワタベ(渡部)という部民(大和朝廷による王権に従属、奉仕する職業分担制度)がそうです。これ、全国に五番目に多い渡辺さんのルーツです。
天満宮の先の海は、太古においては、淡水湖の河内湖へとつながっていました。今の大東市、東大阪市あたりは湖だったんです。で、この淡水は、大和川など、河内平野の河川がはきだす水です。

余談ですが、東南海大地震が来ると、大阪の市街は津波が押し寄せ、愛悪の場合全滅します。そして守口、寝屋川あたりまで津波は突進しますが、その津波の範囲は古代、海であった地域とピッタリ合い、上町台地は残るようです。
「えっ、じゃ、上町に引っ越すって? でも、あそこは上町断層があって、あそこが震源地の地震が起こるかも……」
 
話を戻しまして、この瀬戸内海航路の整備、発展は、日本海に港の拠点があったときとは、段違いの経済効果をもたらしました。まず、大陸や朝鮮半島と直接結び、大陸文化との交流がより活発化し、九州の太宰府と難波も直接つながりました。そら、陸路より運搬量は違う、コストが違う、遥かに早い。船による公租や荘園年貢も船で運ばれます。当然、海賊も出没します。おもろなってきた!
大和川という人工河川が、これだけのもの呼び込んだ、ともいえましょう。

つづく。











kaidanyawa at 02:28|PermalinkComments(4)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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