2015年08月

2015年08月31日

対立する意見

中山市朗です。

29日夜、cainさんが仕切るネットラジオ「気まま酒家」に出演し、「安倍首相談話」にあったキーポイントから、日本が戦争に至った経緯の一端を語らせていただきました。
私は歴史学者でもありませんし、専門家でもありません。
だからといって、歴史を語ってはいけない、という道理はない。
まあ、ラジオのコンセプトそのものが、cainさんに言わせれば「中山さんが酒を飲みながらグダグダ雑談を語っているのが面白いから、それをラジオで流したい」ということですので、そこは気楽にやらせてもらっていますけど。
ネットラジオというプライベートな媒体、スポンサーも無いので気を使う必要もない。
責任問題、問題発言が出てもそれは自己責任、ということで成り立つ番組です。

ところで、cainさんと話していたのですが、ゲストがほしいな、と。
私は以前、放送作家をしていて、テレビやamラジオ番組の構成に携わったことがありましたが、こういった何かを主張するトーク番組を面白くするのは、対立する意見、です。バトル、といいましょうか。
また、それがあった方が、リスナーもどちらの意見も聞けて、発見もあるわけです。
出演者も熱を帯びてきますし、白熱してきますしね。
それに、私が酒を飲んでグダグダ言うのも、何人かの人がいて、その意見や話に反応してグダグダ言っているわけですから、そこも番組の趣旨としてちょっと違うことになっているのではないかと。
まあ、そんな自分を客観視したことはないですけどね。

先ほど言いましたように、私は専門家じゃないんで、間違った資料を読んで、そうだと信じきったり、引用しているかもしれない。重要なポイントをスルーしているかもしれない。誰か影響のある人の話を聞いて、その間違った主張をすっかり信用してしまっているのかもしれない。そうだとすると、私もそこを見直したり、修正するところは修正し、異論、反論も精査したうえで、より、真理、真実(らしきもの)に近づいていきたいわけです。それには、ちゃんと指摘してくれる人が必要です。
らしきもの、としたのは、真実は人によって、その立場によって違うということです。

たとえば、私は日本に生まれ、日本人の血を受け継ぎ、日本で教育を受け、日本語で思考し、日本語で表現します。ですから、日本人として、一つの事案を考えます。
しかし、韓国に生まれ、朝鮮民族の血を受け継ぎ、韓国で教育を受け、ハングルで思考し表現する韓国の人は、韓国人の立場から考えるでしょうから、彼らの真実が、私の思う真実と、完全一致するわけはありません。
そうなるのが理想かもしれませんが、こと歴史の問題になると一致はしない。
ただし、分かり合うことはできるはずです。誤解もあるでしょうし、教科書にはお互いに何が書かれているのか、なるほどこういった記述がそっちにはあるがこっちにはないとか、こんな史料やデータや出来事があったのか、知らなかった。なぜそうなったのだろう、なぜそれが知らされていなかったのか。そういうことを知る、学ぶ。そこからやっと専門的なことを知るのです。
また、歴史は民族や宗教、国などによって考え方も違う。あたりまえ。
その違いを理解したうえで、自分の考えを主張し、相手の意見も尊重する。
それが進歩することであり、お互いを理解する、ということのはずです。こういうことが真の勉強というものではないかと、思うわけでして。
そして、お互い理解したうえで、歴史を反省したり、今後に生かしたり。謝罪だのお詫びだのも、理解がないままやっちゃうから、溝が深まり、取り返しのつかないことになる。

ですから、立場の違う人、異論を唱える人といろいろ議論してみたいという欲求が、ずっと私にはあるわけです。私は、私の言っていること、考えていることが100%間違っていないなどという愚かなことは思っていません。そんなん、新興宗教の世界ですやん。
たまに、しゃべっていて、「あっ、これ違うな」と思うことだってありますしね。それでもつっぱねたりして。
ただただ、知りたいのです。
だから、このブログでも、あるいは「気まま酒家」の中でも、私はたまに挑発的な言動をするのですが、それは、そういう人が出てきてくれないかな、反応してくれないかなあ、という欲求がそうさせるのです。

幽霊を見たことがないけど、見たという人はいっぱいいる。幽霊はいるのか、どうなんだ、と知りたくて怪異蒐集をしているのも、そういう欲求であります。

ただし、「気まま酒家」の後半は、たいてい酔っぱらっていますので、そこは「アホや」と笑っていただければ、幸いなのですけど。


しかし、危惧もあります。これは大きな危惧です。

たとえば、2、3年前にこのブログで連載した「従軍慰安婦の問題」。
あれは、客観的証拠がない。証言はある。しかし、その証言も調べていくと曖昧で信用できるものではない。
それでも「あった」という主張がある。
あのブログを書くとき、実はずいぶん「あった」と主張する専門家の文献にあたって、あるいはネットでそういう主張をしている人の意見やマスコミでの討論なども拝聴したんですよ。
それでも「ある」と自信満々で言い切れる根拠はなんなのか。
知りたい。何か客観的証拠でも出てきたのか?
すると、印象として、かなりヒステリックな議論が目立ったわけです。討論を聞いていても、自分の意見に異を唱える人の意見を絶対に聞かない。さえぎる。がなりたてる。そういう人が、全部とは言いませんが多かった。
自分が絶対に正しい。相手は絶対に間違っている、というより、許せない。そういうスタンス。
歴史的事実より、現代の道徳や人権からその問題をはかっている。正義の問題。
そこにすり替わっているから、歴史的背景がすっ飛んでいるんです。
だから識者が歴史的な背景を説明しようとすると「そんな話はしていない」「話をすり替えるのは卑怯だ」と、わけのわからないことを言い張って、頑として聞かない。
そりゃ、都合のいい意見になるし、都合のいい意見しか頭に入りませんわ。

でもね、議論は、まず相手の主張する意見を聞いて、それに対して異を唱えたり、反論を行うことで成り立つわけでしょう。いろんな意見を聞く場所でもある。
ところが、そういう人は意見を言おうとすると「そんなことは言っていない」「話をはぐらかすな」「そんな話は聞きたくない」と、閉じちゃうけです。でも、自分の意見は人が話しているのを遮ってまで主張する。
感情論。正義の問題。
これはいけません。話し合いにならないどころか、これは決裂しかない。ますます溝は深くなる。
正義、平和と叫びながら、意見を異にする人を陥れ、罵倒する。
あれでは、しまいには喧嘩になって、つぶしあいになりますわ。

また、そういう人に限って「戦争なんて、ちゃんと国同士が話し合いをすればなくなるんだ」なんて言っている。で、なぜかそういう人は、日本を陥れ、賤しめることに夢中になり、悦に入っている。

以前、NHKで「共に語ろう、日韓の未来」という、若者や一般の人たち、有識者とかという人たちとの討論番組をやった時、ある若者が「日韓併合はあの時代、しかたなかったことだ」という趣旨の発言をしたところ、映画監督の崔洋一さんが「そういう考えは、基本的に歴史を語る資格はない」と大声を出して、スタジオを沈黙させちゃったことがありました。映画監督ともあろう人が、あんな大人げない態度をとって、言論封殺をやろうとした。韓国の学生もすぐに声を大きく張り上げ「歴史の真実を知れ」というばかりで。
歴史の真実ってなんだ? いろいろ疑念がわいて、知りたくなったのがそのときでした。
私はあれがきっかけで、日韓問題を調べだし、現近代史に本格的に興味を持ったわけですけど。


そういう人をゲストに呼んじゃうと、それこそ放送事故になりかねない。
私だって人間ですから、感情を押し付けられ、がなりたてられると、冷静さを失う、という自信はありますから。
酒を飲んでの収録ですしね。
あ、言うときますけど、ゲストに出たい、といっても、cainさんのプライベートな放送ですから、ギャラもなんにも出ませんから。
お酒は飲めます。酒家と言うコンセプトですから。

昨日の日曜日も、主婦や学生、一般の人たちが、中国や韓国のことばかり擁護している民主党や共産党の政治家の人たちと国会議事堂を取り囲んで、安倍総理をヒトラー扱いしていた団体もあったようですが、言論、思想の自由はありますからそれはいいんですけど、ちゃんとわかってんのかなあと、思ってニュースを見ていた、私でした。







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2015年08月29日

第二次大戦はかく起こりき〜気まま酒家 生放送!

中山市朗です。


平成27年8月14日、日本国総理大臣・安倍晋三氏が全世界に向けて発しました「戦後70年談話」。

素晴らしい内容でした。
そして、その「戦争」は、いったい何が原因で起こったのか?
そのことを、この談話は暗に示唆しております。
教科書には決して乗らない、第二次世界大戦勃発の真実。

今夜22:00より生放送「気まま酒家」で、私がそれを解説いたします。
日本が行った戦争は「侵略」だったのか「自主防衛」だったのか。
それが今夜、明らかになります。
そして、自虐史観は、そのことを隠すためのものであったことが、みなさんにもご理解いただけましょう。

安倍首相は、なんと全世界に向けて、そのことを発言したのです。
そこが、すごいと思うんです。

そして、戦争とは何かを、今一度考え、不戦の誓いをたてましょう。

「気まま酒家」
放送 std1.ladio.net:8030/aberu

2時間の生放送を予定しております。

kaidanyawa at 10:09|PermalinkComments(4)

2015年08月28日

日本人と戦争・白人至上主義との戦い2

中山市朗です。

さて、なぜ19〜20世紀前半において、アジアはことごとく白人の植民地になってしまったのか?
日本が起こした戦争を考えるのに、まず、この絶対に教科書にのらないこの事実について考えてみます。

私はあんまり、ヨーロッパのことは知りません。行ったことがないですから。
まあ、行ったのはイギリスとポルトガルくらいなものか。

もっともこれは返還前の香港とマカオ。わっはっは。

でも、行ったからわかる、というものでもない。
いろいろ調べてみました。アジアを植民地化していった白人たちの素性を。

白人たちは、有色人種を徹底差別し、彼らから略奪、強奪することは当然の権利だと思っていました。
100年前の話をしているんですよ。
で、まず、白人たちの故郷、ヨーロッパという場所を、地政学的に見てみることからいたしましょう。
ちょっとこれを見てもらいましょう。
地図です。まあ、妙なところに日本がありますけど。

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えーっ、ここで注目してもらいたいのは、緯度です。
日本列島は、ヨーロッパにおける同緯度上にあります。

地図を見て思うのは、ヨーロッパと言うのは、かなり高緯度に位置する、つまり、寒冷地帯なんだなあと。

以前、私があるテレビ番組に出演したとき、同じ楽屋にT出版の編集長(今は社長)の、N澤さんがおられまして。
この人、テレビで宇宙人やUFOの怪しげな情報を持ち出して、肯定する発言をされて、そのたびにO槻教授に「どおこが宇宙人なのよ」と突っ込まれていましたが、あれ、キャラかなと思ったら素だったんです。
いきなり「ねえ、中山さん」と、声かけられて。
「太陽は冷たいんです」と言ってきた。「はあ?」と応えるしかないですわな。
「太陽は熱いなんて騙されてます。その証拠に、太陽に近づけば近づくほど寒くなる。でしょ? 山に登ってみなさいよ。上に行くほど太陽に近づきますが、寒くなるじゃないですか。雪まで積もってて。太陽がほんとに熱いなら、熱くならなきゃおかしい。でしょ?」
マジか、このおっさん!
と、思いましたが初対面ですしな。これから共に本番にのぞむわけですし。
「はあ、そう言う考えにはいたりませんでした。へえー」なんて、私は言ってしまいました。
宇宙人とアメリカ合衆国はもう交易をしているという極秘情報も聞かせてくれました。極秘情報を楽屋でぺらぺらしゃべって、ええんですかね?
 
さて、北半球では北へ行くほど寒くなります。まあ、海流とか降雨量などで一概には比較できませんが、まあ、間違いではない。
気温は太陽放射による熱量と、赤外放射となって逃げる熱量によるのですが、地球は球体ですからな、北へいくほど角度が付いて単位面積中の地面に当たる太陽放射の量が減るわけですな。山の斜面も同じ理屈。
それに日の出日の入りの時間なども作用する。
南国は暑い、北国は寒い、というのはそういうこと。南半球は逆になりますけど。

となれば、ヨーロッパと言うのは全体的に寒冷地帯であるわけです。で、寒ければ寒いほど農作物は育たない。地図で見ると、なんだか暖かそうなイタリアのローマが青森とほぼ同緯度。フランスのマルセイユは札幌あたり。そういや、大阪は暑いなあと思っていたらアフリカのチェニジアと同緯度やないか!
ただ、日本は島国で暖流が流れていて温暖気候でありまして、北海道はシベリア寒気団が流れ込んだりするので冬は冷え込む。ですから同緯度だからといって単純比較は出来ません。大西洋にもメキシコ海流という暖流がながれていますし。でも、やっぱり大陸内部となると寒い。というか、温度差が大きい。
そして、これだとロンドンは樺太と同緯度?
そら、寒いわ。
ちなみに、ロンドンから来たという人が言っていました。
「大阪は、温暖やあらへん。熱帯やないか」
大阪にいるインド人は、夏になると、インドへ避暑に帰るそうです。

いやいや。
気温だけやない。ヨーロッパの土壌も問題。
ここは一万年ほど前までは氷河に覆われていたんですよ。これが少しずつ移動していって、土を運び去ったんですね。だからヨーロッパは、全体的に掘ればすぐ岩盤にあたる。つまり痩せた土地なんですね。で、乾燥している。水は硬質、こら、農業に向かない。
イタリア、ギリシャあたりはまだ温暖で海もありましたから、ローマ帝国が隆盛したりしましたが、その頃ドイツのあたりは蛮族の住む森林でした。北ヨーロッパに行くと、もう農作物は採れない。だからバイキングみたいな盗賊、海賊が跋扈していました。そら、食べ物が育たないんだから、あるところに行って強奪するしかない。
それが生き残る術だったわけです。
ヨーロッパは、昔、あけてもくれてもずっと戦争をしていたのはそれですね。食うためには戦争をして、百姓ごと土地を奪うしかない。17世紀という時代を切り取っても、日本では関が原の戦いから始まって、江戸時代が幕を開けた時代でした。江戸時代はほとんど戦争は無く、平安安泰を享受し、元禄文化を花開かせますが、ヨーロッパではこの100年で、戦争が無かったのは4年だけ、という状態でした。
この頃のヨーロッパは慢性的な飢餓が蔓延し、おまけに病気は流行る。戦争は年中やっている。
教会は、病気を流行らせる原因は水だとして風呂には入ることを奨励しなかった。だから風呂は無い。トイレも無いですしな。部屋におまるがあってそれにした。溜まると外へぽい。あとは猪みたいな豚がいっぱい町中にいたので、食べてくれた。あるいは雨が流してくれる。フォーク、ナイフを使ったテーブルマナーなんてものは、18世紀になってからのもので、それまでは、よく洗いもしない手での手づかみ。ベトベトになった手は、テーブルクロスで拭いた。そのテーブルクロスも洗わない。そら、一旦ペストでも流行ると、もう止まらない。今の文化的な洗礼されたヨーロッパからは程遠かったのが現状でした。

中世のヨーロッパ人なんて、なに食ってたんでしょうね。
農作物は、キャベツ、カブ、大根、ニンジン、たまねぎは確かあった。庶民はこれらを鍋にぶちこんで塩味で食べた、あるいは薄い牛乳で、という記録を何かで読んだことがあります。
小麦は比較的高いので貴重品。ライ麦や大麦は耐寒性に優れたので、ドイツやフランスの北部などで栽培され、ロシアの大地にも根付きました。大麦はヨーロッパでは主にビールになった。ビールは大事な栄養素だったんです。そしてパンはわりと貴重品だったんです。庶民は穀物を自分で轢いて硬いパンを焼いた。これ、食器代わりになったそうな。
食える食器。トウモロコシ粉のパンとか。
イタリアではわりと庶民でも白パンが食されたそうです。

肉を食べていたイメージはありますが、牛馬は労働に使役していたのでめったに食わない。食うとしたら、もう使役にならない痩せたのとか、老馬、老牛。硬うてまずかった。羊や牛はチーズ、牛乳を取った。彼らのカロリーはこれで補ったわけです。豚は雑食で飼育の手間がかからない。放し飼いにしておくと残飯処理、汚物処理をしてくれたので、あちこちにいたらしい。で、冬になると頭カチ割って、保存して食べた。でも春に近づくともう腐って食えたもんじゃなかったらしい。それでも食ったわけですが。
塩漬けの豚肉は、しかし庶民にはこれ以上ない、旨い食べ物だったようです。
鶏は卵のためにあった。鶏を飼っている数は裕福のバロメーターやったそうです。
王族や貴族はスポーツ感覚で狩猟にでかけました。キジ、鹿、ウサギが食されました。
ベーコンやソーセージは保存に効きますが、胡椒のような香辛料が必需ですのでなかなか庶民の手に届くものではなかった。胡椒は高温多湿なところが栽培に適したので、ヨーロッパの土壌では難しかったのです。
胡椒は金と同じもとかいわれて。ドイツのどこかでは役人の給料を胡椒で払ったという記録があります。

魚も食べた。クジラも食べた。カエルも食べた。ただあんまり印象に無い。魚は薄味ですから、調味に困ったのでしょうか。
オレンジは15世紀アジアから、現在のようなストロベリーは18世紀後半に、やはりアジアから入ってきました。
水は硬質で飲めない。それ以前に不衛生ですし。水で薄めたワインかビール。ビールったって、大麦だけの自家製ですから、ビールのようなもの。ワインも農民にはぜいたく品。ワイン用のブドウの絞り汁の残ったものに水を加えて、ビケットという飲み物にした。きっと、今の我々は飲めない。
お茶は貴重品。そのお茶を中国から奪おうとしてアヘン戦争が起こったんですから。

そんなんで、ヨーロッパというのは、まあ広いですから一概には言えませんが、たいていは不毛の乾燥した寒冷地帯。イギリス映画なんて見ていると、青々とした芝がずっと広がっている景色があったりして、こういう環境からゴルフやテニスが生まれたわけですが、日本人ならあれ全部田んぼにするんやろな、なんて子どもの頃思っていました。で、あの青々としたものは牧草なんですね。寒冷で日照時間も短いから、牧草しか生えない。さすがに牧草は人間は食べられない。だから牛や羊を放牧して牧草を食わせるんですね。そこから乳やチーズ、羊なら毛皮をとる。毛皮は売れたのでお金になった。
何でも有効利用です。
ともかく、洋の東西を問わず、人間は食べる、ということが重要課題でした。でも、土地が痩せているんだから、努力してもしょうがない。おまけに寒いし、水質もよくない。乾燥地だし。また、農民はほとんど貴族たちに従属していましたので、工夫したり品種改良なんて言う発想も無い。そうなると、食うためにはあるところから強奪するしかない、となる。しかし、ヨーロッパの土地同士でそれをやっても不毛なだけ。限界もある。
ローマ帝国の崩壊は、それがひとつの要因でしたからな。

だから、海へ出た。
まだ、地球が丸い、という認識の無い頃。その先は、巨大な瀧があって落ちて死ぬかもわからない。しかし、彼らはその恐れを克服し、アメリカ大陸を発見します。アジアを発見します
そしてもたらされたのが、ジャガイモ(ポテト)、サツマイモ(スゥイートポテト)、トウモロコシ、トマト、大豆、カボチャ、唐辛子、サトウキビ、カカオ……。ジャガイモが南米からもたらされるまで、ポテト類はヨーロッパには無かったそうです。それほど痩せた土地だったんですね。そのほかにも、金、銀、絹、陶磁器、香料、煙草などがもたらされた。
七面鳥もアメリカから来たんでっせ。アメリカ大陸で、飢え死に寸前だった清教徒たちに、インディアンたちが七面鳥を振舞ってくれて助かった。クリスマスに七面鳥という風習はここからきた、とも言われております。
その代わり、ヨーロッパの人はアメリカ大陸に天然痘などの病気を持ち込んで、大量のインディアンたちを殺した。余計、征服しやすくなった!

さあ、海の向こうは宝物だらけ。そして文明を持たない野蛮人もいる。鉄砲を持った我々に、あの野蛮人たちは太刀打ちできない。だから脅して、ヤツらを飼いならせれば安い労働力になるいい。抵抗すれば殺して、奴隷を連れて行けばええか。そんな感じですよ。

ここからです。ヨーロッパ人が植民地政策を画策し、奴隷商法に目をつけるのは。





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2015年08月26日

日本人と戦争 白人至上主義との戦い・1

中山市朗です。

今月21日付けの私のブログ「天皇のいる国・自衛と戦争8」を書きながら、私自身、う〜ん、と考えたことがありました。100年ほど前は、東南アジアのほとんどの国が、白人たちによって植民地化されていた、ということ。
これ、改めて、なんでこんなことになったん? と、思いませんでした?
いや、東南アジアばかりではない。世界中のほとんどが、あの時、白人たちの植民地であったという事実があるわけです。そして、奴隷の売り買いもなされていました。100年前ですよ!

なんでそんなことになってしまったんでしょうね?

その原因はなんだろう、白人至上主義とはなんだ、ということです。

G7というのがあります。Group of Seven が正式名称ですが、これはご存知のように、先進七ヶ国のことをさします。
米、英、仏、独に日本が加わったG5に、加、伊が加わって、現在のG7となったわけです。
加(カナダ)以外は、100年前は列強(great power)とされた国々であり、日本以外は全部白人の国です。
日本は、明治政府発足以来、ずっとこの欧米列強に追いつき、列強の仲間入りすることを目標とし、急速な近代化を進めたわけです。そのために近代兵装された軍隊を作り、戦争もやりました。今、G7に加入しているということは、70年前、日本は敗戦したとはいえ、当初の目標は完全に達成し、現在の我々がそれを継続し続けているということになります。

しかしですよ。白人と非白人に、どんな違いがあるのだろう、と考えたことはありませんか?

白人が優秀なのか?
そんなことはない。白人であろうと、黄色であろうと、黒人であろうと、同じ人間であることに違いは無い。そもそも古代において偉大なる文明を築いたのは、エジプト人や中東地域の民族、あるいは中国大陸にいた非白人たちであったわけです。

さて、この白人(White)と言う言葉。
コーカソイド全般をさす、とか、コーカソイドの中でもゲルマン系、スラブ系のみをさすのだとか、イタリア人は白人なのか、なんてヨーロッパの人たちが言っていたりとか、実は曖昧なものなのです。というか、白人とか、白人ではない、ということに生物学的、人類学的な根拠は無く、これはヨーロッパの人たちが、植民地支配をする中で、自分たちの優秀さを誇示するために使った言葉であり、これこそ差別用語といっていい。
ただ、このヨーロッパ人たちによって、アフリカやアジア、南アメリカといった国々、地域が植民地化され、そこにいた人たちが奴隷として売られ、また、家畜のように扱われ、虫けらのように殺された、という歴史的事実があるわけです。そして、いわゆる非白人の人たちは、抵抗はしながらも、白人たち近代化した武装、知識、論理、そして残虐性の前に、それを受け入れざるを得なかったわけですし、あるいは、植民地化され、従属することでそれはそれで得られるものもある、と、考えた者もいたことでしょう。

しかし、そんな植民地時代に、「それはおかしい。そもそも、人は、民族はみな平等ではないか」と疑問を呈し、実際に行動を起こしたのが、最初に国際社会にそれを言ったのは、わが日本人だったのです。1919年のことでした。そんなこと、日本人のほとんどが知らない。しかしここから、世界と、いや、白人至上主義の世界とあらゆる意味で戦っていく、というのが、明治以後の日本だったわけで、その部分が、バッサリと日本人の歴史認識から抜け落ちている、いや、戦後教育でタブーとされたわけなのです。

人種差別。
あらゆる「差別」というのは、本来あってはいけませんが、この言葉はある意味、偽善で使われるところが、なんだか卑怯だと思いますね。
歴史問題、人権問題などで、肝心なところに触れようとすると「差別的発言だ」という。そういわれると、何も言えなくなる。それでも根本的な問題解決には、そこを触れなければならない、と勇気を出して発言すると、たちまち「差別主義者」「差別擁護者」として非難され、やがて本人は消され、問題の根本は解決するどころか、ずっと存在し、利用され続けられる、ということが多々あります。また、多々あり続けることで、一部の人権団体などが、それを利権とし続けられる、という実態すらもあります。

歴史、とくに近代史と言うのは、本来この白人至上主義の本質をみるべきであろうところが、そうはさせてくれないわけです。日本人に植えつけられた自虐的史観というものは、まさにこの問題から目をそらせるための歴史概念です。
「日本はアジアの国々に悪いことをした。謝罪しなければならない」と、まあ、中国、韓国の人たちが声高に言っているのはわかるとしても、日本国内でわめいている日本の野党や人権団体、左翼的思想の人たち(右翼はいいとは言ってませんよ)はよく、仕込まれたもんだなあと、思います。
もちろん、日本がやったことが全部擁護されるものではありませんが、あんまり極端だと、これは問題をこじらせ、日本人が卑しめられ、まさに白人至上主義の実態を知らずに擁護してしまっている、という結果になってしまいます。これは公平ではなく、視野も非常に狭い見方であると断言しましょう。

だいたい、世界史という概念は、日本、中国、東南アジアくらいなもので、欧米には、歴史、という学問があるだけです。ここに、なにか、ありそうですね。

天皇陛下が今年の年始の挨拶で示唆されたように、日本が満州で起こした満州事変を発端とした大東亜戦争について書こうと思っていますが、その背景として、白人(欧米列強)たちによる経済活動、つまり植民地政策があったことを述べなければなりません。そうでないと、歴史的事実を並べても、なぜ? という疑問が氷解しないことになると思うのです。というより、まず私が知りたくなった。
頭の中にあるものをまとめるには、私にとっては、文書にする、ということでして。

まず、白人たちの故郷、ヨーロッパという地政学から見てみましょう。


つづく






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2015年08月24日

走る&絶叫の動画、公開!

中山市朗です。

7月23日付けの私のブログで、走る撮影をやりました、という報告をしました。
「本日、情報解禁、大いに拡散してください」という代理店の要望により、オフィス・イチロウのHPに貼り付けました。
走っている姿を捉えた映像はございませんが、走っている、というか、逃げ惑っているという、迫真の演技(?)はおわかりいただけると思います。
体に特殊装置つけて、そこにカメラを設置したんでっせ。
まあ、見て、笑ってやってください。
笑うがいい。
いや、笑え。
 
←こちら欄外のオフィスイチロウをクリック。すぐ見れます。

あるいは、officeichirou.com

このときのレポートやスチールは、近々真名子ブログにて報告があるかと思います。

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同じ動画に出演している元NMBで現在モデルの松田栞ちゃんとツウ・ショット!

NMBのメンバーたちはみな怪談大好きだとか!



さて、緊急事態です。
22日の怪談会に参加されていた方で、丸い金具に付いた鍵を間違ってお持ち帰られていないでしょうか。
以前、一度だけあったのですが、キッチン側の本棚に鍵をひっかけているのですが、大勢来られるときに、何かの拍子でこれがポトリと落ちて、下に置いてあるカバンかバッグの中に入ってしまう。知らずに持ち帰る、というケース。
鍵が見当たらなく、マンションの出入ができませ〜ん。

心当たりのある方は、ぜひ、お知らせくださいませ。


kaidanyawa at 12:09|PermalinkComments(6)

2015年08月23日

怪談会、無事終了!

中山市朗です。

我が書斎における怪談会、盛況にて終了いたしました。
今回ははじめて、夜の部も開催。
お酒と旨い料理を堪能しながらの怪談会。
15人定員でびったり15人参加。
いつもとは雰囲気も違って、また、初めて参加というお客様も何人か、これは成功ですな。
幅広い年齢層に様々な職業の方々から、実に千差万別、形にはまらないいろんな怪談が披露され、私も誘発され、思い出すたびに怪談を語り、和気あいあいとした楽しい怪談会となりました。

夜の部の様子(ちなみに休憩時間です)。

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22時30分にいったん終了。
そのまま深夜の部に参加するお客さんたちと雑談。
雑談ももちろん怪談。みんな好きねえ。
何人か帰られて、23時40分頃には、深夜の部参加のお客様が来られてスタンバイ。

あれあれ?

登録によると深夜の部参加は13人。
ところが……

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むむっ、もう一枚。

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とまあ、写真一枚で収まりきれないほどの人数に。
つまり、夜の部だけ参加の予定だったお客さんの大半が「楽しい!」と、そのまま居残ってしまって、えらいことに!

この怪談会のルールとして、まずはみなさんお一人ずつ順番に怪談を披露していただくことになっているのですが、この人数! なかなか一周しない。
休憩を入れながら、なんとか一周終えたのがもう3時過ぎ。
ここからは、語りたい人に手を挙げてもらって短編、長編、怖い話あり、不思議話あり、ちょっと笑える話あり、考えさせられる話あり、教訓めいた話もあり……。
怪談とは、つくづく人の人生の中にあるんだなあと。

幽霊はいるか、いないか、なぞという議論は、こういう怪談の世界では無意味ですわ。
いわゆるテレビ番組などに出てくる、霊感があるだの、見えるだの、霊能者だの、そういうこととは一切関係のない、普通の生活を営んでいる、いちいの人たちの語る怪談は、生々しくまた、日本の生活様式や文化の中に、ちゃんと根好き、どんなに世の中がデジタル化されようが、コンピュータ化されようが、昔と変わらないちょっとした闇が、ふっと顔を出すのであります。
また、怪談は幽霊を見た、と言う話ばかりじゃない。不思議な出会いやありえない現象、過去と現在の一致と言う不思議で妙な話もありますし、みなさん、怪談を通しての人間のつながりも体験なさったりしている。

霊は科学的に存在しない。だから怪談なんて無意味だ。非科学的な戯言だ、なんていう人がいたら、こういう場に来ていただきたいものです。怪談とは人です。人の営みは整然と、科学的にそってのみに流れているわけではない。やっぱり不思議で運命的なものなのですよ。その縮図が、ちょっとした怪談の中にある。非科学的現象、と割り切れるものじゃない。


こんな怪談の魅力を、なんとかメディアを使って、もっともっと広げなければなりませんな。
そういえば、この日も何人かのお客様から「NHK−BSの『怪談夜話』、やらないんですか」と聞かれました。あの番組、時間枠も拡張されて評判よかったんですがねえ。あのまま続いていれば怪談界ももっと盛り上がっていたんですがねえ。
私はNHKの者でもなく、制作でもない、いち出演者ですので、私には何の権限もございません。
どうか怪談好きの有志のみなさんで、署名運動でもやっていただければ、視聴者の声には、放送局は反応します。そうなれば、私の方もなんとか動けるかなあと。

深夜の部も、早朝6時40分頃終了。

その後も何人かのお客様は居残り。怪談のみならず、いろいろよもやま話。
普段聞けない質問なども飛び交い、ストレス発散させた方もおられたようです。
9時過ぎ散会。

いやあ、お疲れ様でした。


今回、お料理を準備してくださった、二人の女性にも感謝、であります。

次回の怪談会は11月末か12月。

参加してみたいなあ、と言う方、今から取材、しておいてください。











kaidanyawa at 13:11|PermalinkComments(9)

2015年08月22日

今宵はあなたに

中山市朗です。

本日19:00より、私の書斎で怪談会。
参加される皆様、よろしくお願いいたします。

夜の部は定員に達しましたので締め切らせていただきます。
深夜の部は、空席がございます。

今からでもお申込みいただいても、参加できます。

本日24:00より早朝まで。

参加費は無料ですが、怪談を一話は語っていただきます。

info@officeichirou.com
06−6264−0981

ところで書斎に、壊れて止まったままの時計がありまして、もう捨てようかと思っていたんです。
昨夜、塾から帰ってふと見ると、動いていた。
しかも、日付も時間もピッタリ!

え、誰が?

誰もおらんがな。

不思議でしゃない。

kaidanyawa at 11:03|PermalinkComments(4)

2015年08月21日

天皇のいる国・自衛と戦争8

中山市朗です。

えーっ、安倍談話が発表されて、日本は、自国のみならず、世界の平和と繁栄への貢献、「積極的平和主義」を構築し、継承せねばならない、と、改めて思うしだいであります。

もう一度、安倍談話から引用します(首相官邸ホームページより)。

「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力になったことは間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました……」

この文言は、私が14日付けのブログで書こうとしたことと趣旨は同じであります。

この談話は、米国は政府レベルは評価。これはまあ、了承済み。
西洋諸国は白人をさしますが、オバマ大統領は黒人系ですしね。いいタイミングだったのかもしれません。
でもヨーロッパではマスコミによっては辛辣なものもあったようですが、「西洋植民地のアジアへの波」に対する反論は直接はなかったようです。ほんとは言いたいんでしょうけど、ホントのことでしたから。
「第二次大戦への反省や謝罪が足りない、と中国が言っている」なんて遠回しな表現で、ちょっと笑ろた。

さて、14日の私のブログの続き。
ちょっとすみません。満州事変のことを書く流れでしたが、安倍談話を受けて、ちょっとこのことを、しっかりと把握しておくべきでしょう。それは、日本が行った戦争の背後にずっと存在していた事実ですから。
で、申し訳ない。話が明治維新にまた戻ってしまいますが……。

明治維新の産業革命は、アジアを植民地化した白人至上主義からの恐れから始まった。近代化しないと、日本は外のアジアの国々同様、西洋列強の植民地になるかもしれない……。

前回そういうことを私も書きました。

明治元年は1868年。十九世紀の半ば。安倍さんが言う十九世紀にアジアに押し寄せた、植民地の波とは、どのようなものだったでしょうか?

中国は当時清王朝。一応は独立国でしたが、英国が持ち込んだアヘンとそれが要因で起こったアヘン戦争によって、英国が勝利。英清両国で南京条約が締結されましたが、これは一方的な不平等条約でした。
上海など五港は開港すること。このことは実質、特に上海は西洋人の出入り自由居住商売勝手を意味しました。また、香港は英国に割譲されます。追加条約では、関税自主権喪失、治外法権。アメリカ、フランスなども清王朝が弱っているところを突いて、同様の条約を締結させます。もうこの時点で、二千年はつづいたアジアにおける中華覇権が崩壊したわけです。日本はここに衝撃を受けました。
続いて英国は、1848年、ミャンマーを植民地とします。

英国と対立していたのがフランスでした。アジアでの覇権争いで英国に後れをとったフランスはベトナムに目を付けました。ベトナムはもともと清王朝が宗主国でしたが、いろいろ口実を作って侵攻し、1862年サイゴン条約によって、ベトナムを実質フランス領としました。
カンボジアは1883年にフランスの保護国となり、ラオスはタイが宗主国でしたが、フランスが干渉してきて1888年にはフランスの保護国となりました。そして、この三国は、フランス領インドシナとなります。
日本では仏印と言っていました。

マゼランと言う名は、ご存じだと思いますが、この人がスペインの船団を率いて太平洋にやってきたのは1521年のことでした。マゼラン一行は今のフィリピンに上陸し、キリスト教への改宗とスペイン王国への忠義を現地の人や王に誓わせ、スペイン領としていきますが、イスラム教徒の反乱などもあり、一筋縄とはいきませんでしたが、1575年にはスペイン領となっていました。フィリピンという国号は、1543年にスペインの遠征軍がやってきたとき、当時のスペイン皇太子フェリペから名づけられました。その後ずっとフィリピンはスペイン領でしたが1898年に革命がおこり、フィリピンは独立しようとします。これを利用したのが米国。米西戦争(キューバをめぐる米国とスペインの戦争)に加担してくれれば独立させてやるともちかけ、米西戦争に勝つと、そのまま米国領になります。
大東亜戦争勃発のころは、フィリピンは米国領でした。
 
インドネシア諸島は、多くの島と民族が集まる地域でしたから、おそらく大航海時代に上陸した白人同士が権利、利権をめぐって勝手に相争ったことでしょうが、オランダ人がスペイン人やイギリス人を追い出し、インドネシア諸島をオランダ領としたのは16世紀のことでした。以後、1941年12月に日本がオランダ軍に勝利するまでの350年間、ずっとインドネシアはオランダの植民地でした。

19世紀になるとマレー半島は、英国領となります。1822年にシンガポールは英国のものとなり、イギリス・オランダ条約により、オランダはマレー地域は英国の勢力下であることを認めます。

とまあ、ほんとに、東南アジアは西欧列強、白人たちの植民になっていたんです。インドも英国領でしたし。

この現実に、開国した日本が危機感を持ったのは至極当然のことです。

ここで、日本人とすれば選択肢はあったと思うのです。

一つ、現状維持。

無理して近代化する必要は無い。無理に近代化して軍隊をもっても、戦争を呼び起こすだけだ。そんな危険を冒すより、今まで日本は日本でやってきた。以後もそれでいい。おそらく、心配するほどのことでもない、という考え。当時の朝鮮がその考えでした。植民地化されていたアジア諸国、中東やアフリカ諸国もそう思っていました。逆らったら負ける。それより、植民地化されても生きてはいけます。いや、植民地化されると、自分たちは何をしなくとも、近代的な工場が作られ、農場はプランテーション化され、よって職業にありつけるかもしれない。
その方が楽と言えば楽。ただし、自由はなく奴隷のような扱いをされ、不当に捕まり裁判もなしに処刑されるかもしれません。

そしてもう一つは、自主独立の精神。

こちらはいばらの道です。何もかも自分たちでやる。もちろんそのためには西洋人たちの力も借りなければなせない。それには、国民を一つにまとめて、強くなって信用を得なければならない。考え方も様式も新しいものを受け入れる度量も必要です。しかも、お金がない。明治の日本は貧乏でした。国民は血税を覚悟して、一致国を思って行動を共にする。そのためには教育も必要。文化の向上もしなければならない。
しかし、それをやりどけると、自由と独立がある。
自由と独立、というと、なんか北アフリカや、東南アジアというイメージがあり、日本は無縁のように思われますが、この自由と独立を手に入れるため、過去の日本人は血に染まり、流す戦争をした、ということであります。
その戦争に対する反省や謝罪を日本はずっとしてきたわけですが、一方、日本のこの安泰と平和は、我々の祖先である日本人が自ら大きな犠牲を払ってなし得た、結果だと、断言していい。
革命だの独立だのが、まったく他人事、と思ってしまうほど、日本の自由と平和は、完全に達成されている、ということなんです。それを我々は当たり前の権利だと思っています。
これを手放してはなりません。
これを維持するためにも、やはり頭を使い、世界の情勢を見て、政治を見極めなければなりません。
そして、自由、独立がなかなか民族紛争や宗教的軋轢、そして白人の利権争いにいまだに手に入れられない国もたくさんあるわけですよ。
そういう国々に、日本は何をしてあげられるか、ということです。

白人が非白人から搾取し、労働させながら自分たちは自由を謳歌していた時代に、有色人種の中で日本のみが、それに意義を唱えた。そのことを東南アジアや中東の人たちは覚えているんですよ。日本人が忘れているだけ、というか知らない。
だから、我々日本人は、歴史を振り返ってそのことを知らなければならない。もちろん戦争の悲惨さはもう十分に知っているから、この手段は使ってはならない。では、どうすればいいのか。
それを考えるには、やっぱり歴史を知らなきゃならないんです。



今の日本が、仮にまったく同じような状況に陥ったとしたら、我々日本人はどちらを選ぶのでしょうね。


20世紀初頭の東南アジア

日本(独立)
朝鮮(大韓帝国として日本が独立させた。1910年崩壊、日本に併合)
清(独立、ただし内部はボロボロ、列強が主要都市を占拠)
台湾(下関条約で、日清戦争の勝利国日本が清朝より割譲)
タイ(独立、その代りラオスやマレーを放棄)


ベトナム(フランス領)
フィリピン(アメリカ領)
マレーシア(イギリス領)
イントネシア(オランダ領)
シンガポール(イギリス領)
ブルネイ(イギリス・保護国)
ラオス(フランス領)
カンボジア(フランス領)
インド(イギリス領)
バングラデッシュ(イギリス領)
ミャンマー(イギリス領)
東ティモール(ポルトガル領)


みなさん、これ、どう思います?
日本が独立の道を歩まなかったら、アジアはどうなっていたでしょう?

「植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して、多大な損害と苦痛を与えました……。(略)、お詫びの気持ちを表明いたします」(村山談話)

「インドネシア、フィリピンをはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み……」(安倍談話)


つづく






kaidanyawa at 03:16|PermalinkComments(4)

2015年08月20日

妖怪・怪談語太郎

中山市朗です。

来月26日(土)の「Dark Night 16」の予約は、昨日の時点で90席を超えておりまして、現在どんどん埋まっている状況です。
参加ご希望の方は、なるべく早くご予約お願いいたします。
いったん締め切りますと、キャンセル分の当日券をお待ちいただくしかございません。
締め切った後で「なんとかならんか」という連絡がよくあるのですが、なんともなりません、と今のうち言っておきます。
すみません。

翻って明後日の「怪談会」は、夜、深夜とも数席ずつの席があいております。
怪談を一話は語る、という参加条件が、なかなか難しいというご意見をいただきますが、怪談会ですので。

参加費は無料。

今回は初めて二部に分けております。

夜の部 19:00〜22:30まで。プチ宴会形式のわあわあと楽しむ怪談会。
深夜の部 24:00〜始発電車が出るころまで。こちらはガチ怪談。

夜の部参加の方は、お料理は用意いたしますので、お酒などは持参していただきたく思います。好みもありますし。ただし食材費(1000円程度?)の徴収はさせていただきます。

深夜の部も、ちょっとした飲食物でしたら持ち込みOK。

参加ご希望の方は、
夜の部、深夜の部、両方、と三択のうちから選んで、お名前、人数をお願いします。
何の記入もなく、ただ「参加します」という方もおられます。情報が少ないです。

場所は、大阪南船場の私の書斎。最寄駅は地下鉄長堀橋駅。

参加希望者の方は、メールかお電話で。

メールは info@officeichirou.com
お電話は 06−6264−0981

受け付け終了いたしましたら、集合時間、場所をお伝えし、当日スタッフがお迎えに上がります。

怪談好きなら、たまには語らな、ね。

ちなみに怪談語太郎は、怪談を語る新しい妖怪で、かいだんかたったろう、と読みます。
しょうもない?
すみません。
寝てないのでハイテンションでの出来心です。

kaidanyawa at 16:08|PermalinkComments(0)

2015年08月19日

『TVタックル』、幽霊はいるか、いないか、を考える

中山市朗です。

録りだめしていたハードディスクをチェックしておりますと、『TVタックル〜真夏の超常現象SP』が録画されていましたので、作業をしながら観ていたのですが。

あいも変わらず「最新UFO映像」とか「心霊動画」を紹介しながら、幽霊は本当にいるの?いないの?なんてやっていました。
私のところにもこの夏、別のテレビ局ですが、「心霊動画をお持ちなら貸してくれませんか?」なんて電話が何本かありまして、お断りして「怪談を語らせろ」と言うと、いずれも無慈悲にも以後、連絡がございません。
怪談語らせろ!

さてさて、私がこの番組を見ていて、ちょっとカチンと来また場面がありました。
それは。

幽霊はいない、という立場の明治大学教授・石川幹人氏と、いる、という、サイエンス・エンターティナー、飛鳥昭雄氏とのやりとり。

石川「幽霊はですね、人間の心のなかにはいる。でも、物理的なこの世界にはいない」
飛鳥「過去、物理的に見えないから存在しないっていうんなら、電波はどうなるんだ(ちょっとマジ顔)。要は、無いと言い切る姿勢は、危険だと思う」
石川「それはね、無いと言い切っているのではなくて」
飛鳥「いま、そうおっしゃいました」
石川「あると主張するときに証拠がいるんですよ。これが科学的な手法ですね」
  ここまではいい。
飛鳥「じゃ、無いという証拠はあるんですね?」
石川「無いという証拠については証拠を出す必要は無いんです」
飛鳥「あっ、楽だね〜。否定はできないんだ」
石川「あるという主張をする人が、立証責任を持つんです」
飛鳥「これは楽だわ」
石川「科学の世界では、あるという主張をする人が」
飛鳥「こら、すごく楽だ。じゃこれは、自分の無罪を証明するための裁判みたいなもんだ。実に便利な詭弁ですね」
石川「便利な詭弁ではなくて、科学のやり方なんです」

まあ、いいんですけどね。
幽霊が存在しない、という証拠は、実は無いのであります。
「幽霊なんて、100%いないよ!」とするのは、無理がある。
目撃談は直接、間接、物証も含めて山ほどある。

ただですね、あると主張する人たちのその証言、証拠は、これも実のところ、怪しいのや思い込みが多くてほとんどは証拠となりえないのが事実なのですが、ただ、説明できないものはある。数%ですけどね。それでも1000件のうち、数十はある、という計算。でも最近、CGを使った映像とかも巧妙になって、そこを売り出すためのプロモーションとか、ネット上で商品としてだしているものもあるので、信ぴょう性のないものはすごく増えてはいますので、fパーセンテージはもっと減るか。
でもね、否定派は、この説明できないものに触れず、説明できるもののみ説明をして、残りもそうだよ、みたいな態度をとられることも往々にあります。つまり数%の事例はスルーする。そんなだったら、私にでも解説はできますわ。O槻教授なんてね、そうでしたね。まぁ、テレビ番組ですからな。

で、一方無いという証拠は出さなくていい、というのは、確かに楽ですわ。
私がカチンと来たのはここです。飛鳥さんとここは同意。
そんなもん、無い、というてりゃええ。そんなん学者じゃなくても言える。「楽やなあ」。
それに、こっちは学者やないんで、こっちの土俵で勝負つけよう、証明はお前がやれ、といわれてもねえ。

で、仮にあると証明しようとしても「じゃ、幽霊の定義は何ですか? とか、物体としてエネルギーとして観測できたのですか? 再現性はあるんですか」というふうに、どんどん科学としての定義にはめ込もうとする、と思われるのですが。けっきょく幽霊は、〈超常現象〉なので、再現性はほとんど期待できない。幽霊は実験室に飼っておけるもんじゃなし。でも再現性が確認できない限り、科学的には認められない。どうどうめぐり。
なんか、再現性が確認できる幽霊って、気持ち悪いですな。それは別のもの、というか。
「それは物理的な存在だから、幽霊ではない」なんて言われそう。
 
こうなったら、「幽霊は、そもそも科学的なものじゃなく、別のもの」と言ってはいけないのですかねえ。
科学の定義にあてはめようとすると、これ、未来永劫、存在しないということになる。でも、幽霊の目撃談は数多く報告される。いつまでたっても、この議論は続く。
「それは心のなかにある」なんて言われても、体験者としたらバカにされているみたいで。
でもね、幽霊は存在しない、という証拠は、あると証明するより難しいと思うのです。
たった、一例だけでも、ホンモノ(解析不能?)と認められるだけで、それは存在するということになるわけですから。いや、ほんま。
だからそこは、科学は沈黙するしかない。
UFOだって、オーパーツだって、膨大な確実性のある記録や物証は闇に葬られているのは明らかなことですから。説明できないものは、無い、とされるんですから。現に、ホントにヤバイと思われる心霊映像は、テレビはjまじで怖がって、放送しない。
て、ことは?

私としたら、あの廃墟となっているK観光ホテルで撮られた、あの瞬きする女の顔。撮った本人も連れて、プロのカメラマンとともに現場検証したのですが、まったくわからん、というか、あんなものが映り込むことは、無い。怖っ!

ところで、この石川幹人と言う人は、コンピューター科学者で心理学者で、工学博士。
『「超常現象」を本気で科学する」という単著を出されていて、真摯に超常現象を研究していらっしゃるんです。
で、この本から読み取れるのは、「そういうものがあるかないか、ということではなく、役立つのか」ということ。

これ、昨年の春、私が四国松山の真宗のお坊さんたちの前で、真宗ではほぼ問題にしないという心霊現象をどう考えるか、という講演をやったとき、けっきょく話はそれになったんですね。

つまり「幽霊が確実にいると分かったとして、そのことを檀家さんに言っていいのか迷う」ということ。
「いる、と言って檀家さんにいいことがあるのなら言ってあげたいが、ほんとにそれがいいことなのか、わからない。だったら、黙るしかない」と、あるお坊さんはおっしゃっていたわけです。
幽霊がいる、と証明されて、誰が幸せになるのか?
無い、と断定しても、やっぱり人間は、それを信じ続けるのです。
だったら、いるのか、いないのか、あやふやにしておいた方が、人間は幸せなのだと。
いや、まるくおさまる、というか。
なんかそう思います。別に人間は、科学ばっかり意識して生活しているわけでもない。科学的物証しか見えない、なんていうこともない。たとえば、目に見える、なんて実にあやふやなものなんですよ。みんなが同じものを見ている、という前提は、実はおかしいと私は思っています。
科学もあんまり信じすぎると、それも宗教になる、という意見もありますしね。

ですから、幽霊が存在する、と科学的な証明ができたとしても、それは公にしてはならないもの、という気がするんですね。宗教や死生観は、各々の民族や信者の中にあるものですから、科学はこうだからやめなさい、とは言えないし、言ってはいけない。

テレビ番組だって、本気でその真偽を探ろうなんて思っていないです。そこまでディレクターもプロデューサーも責任持てない。だから、絶対ツッコミどころのあるコーナーを作るか、怪しげなゲストを呼ぶわけです。「私は見えます」みたいな人。あれは私も信じないですから。

だから、怪談を楽しめばいいんですよ。
怪談は、あるとかないとかを考えるツールではない。
ただ、こんなこと、あるかもしれないよね、自分だったらどおしよう。なんか怖いよ、という非日常の疑似体験を話芸の中で体験してもらう娯楽ですから。
怪談を怪しげなオカルトにしちゃったのは、テレビの責任ですからな。


えっ、心霊に対する私の立場?
肯定しているようなこと言ったけど、実はそうでもない。だと言って否定もできない。
あるような、ないような。
わからない、知りたいから、体験談を蒐集しているんですよ。

だから、22日の怪談会、よろしく、、ね。







kaidanyawa at 02:47|PermalinkComments(29)

2015年08月17日

犬神の恐怖、再び! 西浦和が来る!

中山市朗です。

お知らせです。

北野誠が語った「犬神」の呪いの恐怖!
しかし、それはまだ序章に過ぎなかった!
本当の恐怖は、彼のみが知る!!!

のかもしれない?

ということで、怪談好きなら、『お前ら行くな』でおなじみ、怪談作家の西浦和也さんが、ついに『中山市朗・Dark Night』に登場!

その日程が決まりました。

9月26日(土)、24:00より早朝5:00頃まで。開場は23:30。

出演・中山市朗
    西浦和也(怪談作家)
進行・半田あかり(松竹芸能)

前売 3500円   当日4000円

場所はいつものホームグラウンド。道頓堀ZAZAHOUSE
大阪市中央区道頓堀1-7-21 中座くいだおれビルB1

入場は、完全予約制となっております。オフィスイチロウHPか、
sakugeki.com/top2.hetm
からどうぞ。
140人で締め切ります。

あとは、西浦氏が当日まで無事であることを、みなさんでお祈りしましょう。


『月刊ムーの世界不思議紀行4」も、日程が決まっています。

9月29日(火) 19:30開演(開場は18:30)

出演・三上丈晴(月刊ムー・編集長) 中山市朗、ロビ前田、尾崎テロル。

場所: ロフトプラスワン・ウエスト

テーマは、古代史(もちろんムー的な?)、秘密結社? UFO? 神秘世界? それとも怪異と心霊の世界?
ともかく、ほかでは聞けない、世の中の真実のニュースを皆さんにお届け。

前売 2000円  当日2500円(プラス、飲み食い代)

前売、問合せは、ロフトプラスワン・ウエスト店頭か電話で。

06-6211-5592(16:00〜24:00)


そして、今週土曜日、私の書斎(大阪市中央区南船場)で行われます「怪談会」。
まだ、席がございます。ご遠慮なくお申し込みください。

今回は夜の部、深夜の部の二部構成となっております。

夜の部は、19:00スタート。プチ宴会というかオフ会形式。でもテーマは怪談です。
旨いもん食べながら、怪談を語り、酒を飲んで怪談を聞く。

22:30には終了予定。お料理は用意いたしますので、お酒などは持参してください。
参加費は無料。ただしお料理の実費、1000円ほどの徴収がございまする。
夜中の第二部もありますので、お酒は控えめに。あっ、ワシのこと?

深夜の部は、膝付きあわせての本格的怪談会。始発電車が走り出す早朝まで、帰さないから

深夜の部も、参加費無料。飲食物の持ち込みは勝ってし放題。

ただし、参加するには、怪談を一話は披露すること。

テレビやネット、本や雑誌に掲載されたものはNG。あなたが体験、あるいは誰かから見聞きした怪談をお聞かせください。

参加希望者は、メール info@officeichirou.com
お電話  06-6264-0981(中山直通)

お名前と人数、連絡先、そして、
夜の部のみ
深夜の部のみ
両方。
どれかを指定してください。

お申し込みの際、集合時間と場所をお伝えします。


よろしく、ね。







kaidanyawa at 00:14|PermalinkComments(7)

2015年08月16日

これはあかん!

中山市朗です。


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さすがにこれはあかん。
こういうマスコミにだまされて、集団権自衛権反対とか、あれは戦争法だとか、憲法9条があるから平和なんだとか、徴兵制が敷かれて子供が戦争に行って死ぬ、とか言うようになる。

でも、さすがにこれは、みな、おかしいと思うやろな。
座っている二人のキャスターが、道化に見えるわ。



放送法第4条

放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。

一 公安及び善良な風俗を害さないこと。
二 政治的に公平であること。
三 報道は事実を曲げないですること。
四 意見が対立している問題については、なるべく多くの角度から論点を明らかにすること。






kaidanyawa at 07:04|PermalinkComments(9)

2015年08月15日

これを言うか、安倍談話!

中山市朗です。

昨日、安倍首相の「戦後70年談話」が発表されましたね。
その内容は、私が期待していたとおりのことで、まさにこれから私もブログで書いていこうとしていたこと、そのものでした。先の戦争の教訓です。

その内容は、新聞やネットで公開されていますので、読んでいただいていることと思います。
マスコミは、韓国、中国の反応を伝えていますが、無視してよろしい。
ここでまた、反省、お詫びの文言を並べたところで、これからも難癖つけられ、中韓、とくに韓国との関係は完全にいびつなものになるでしょう。それは健全なことではありません。村山談話は、謝罪だのお詫びだの、一見人道的発言を発しているようですが、これが後の日韓の関係をこじらせたことは、慰安婦問題も含めて、明白なことです。ここでこれを継承してはならない。韓国ももう、日本がどうの、過去がどうのと後ろ向きな外交は、辞めた方がいい。もう戦後70年。日本は日本でやっていくよ、というメッセージでいいんです。

中国共産党は、日本が詫びるなど必要ない(日本と戦ったのは中国国民軍でしたから)、と思いながらも、詫びるのだったら利用してやろう、と喜ぶだけのことです。

私が思うに、村山談話は、当時の中国、韓国に向けたメッセージ。
今回の安倍談話は、東南アジア諸国と世界に向けたメッセージ、と受け取れました。そして、決して戦争はしない、という固い決意のあわられでもあると思います。

マスコミもバカです。
安倍談話に対する反応を、中国、韓国の人たちに求めている。これはもう、戦前に国民を戦争へ戦争へと世論を動かした頃のマスコミと変わらないではないか。
インドネシアやベトナム、フィリピンの人たちの反応をなぜ伝えない!

そして、私がもっとも関心を持ったのは、米国をはじめとするヨーロッパ諸国の反応です。

いいですか。
先の大戦の謝罪をするとしたら(しなくていいんですけど)、筋で言うと、米国や英国、オランダにこそするべきでしょう?
なぜって、日本は中国共産党軍や韓国と戦ったわけではない。
戦ったのは米軍や英軍ですよ。彼らの植民地に入って行き、凄惨な戦場にして、互いに殺し合い、捕虜にし、虐待し虐待されたのはこれら欧米の国ですよ。相手は白人たちですよ。しかし、彼らは反省せよとか、詫びろなんて一言も言っていない。そんなこと、必要ないからですよ。
あれは第二次大戦、といわれるように世界のほとんどの国が戦争状態にあった。そして、戦後、戦火会い交えた両国は、互いに講和条約を締結し、あの戦争の責任は終わったことになった。あるいは別に条約を交わし賠償した。裁判もあった。国際的なルール上では、もう政府が詫びる必要は無いのです。

いや、それより、
安倍さんの勇気に、驚きました。

今回の談話、こういう文言があります。
「百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました……」

これ、言いたいけど言えなかった、というのが、今までの日本の政府の立場だったと思います。
アジアを植民地化し、侵略した日本軍。の前に、白人たちによる植民地支配がすでに行われていた。という、当たり前の事実。これが、禁句に近かった。
日本は、戦争に負けましたが、結果、アジア諸国の独立運動が起こり、大戦後、欧米は植民地を手放すことになります。特に英国、和蘭は多くの経済的権益を失いました。戦争が植民地を巡っての戦いであるのなら、実質的敗北は、欧米列強、つまりは白人たちではないか、という見方もあるくらいです。
しかし、そのことは、米国の戦争史観の教育を受け続けていた我々日本人は、見てはならない歴史観だったのです。あくまであの戦争は、ダーティ・ジャップの、真珠湾のだまし討ちからはじまったのだ!
だから日本人は先の大戦の反省を繰り返しているわけです。いや、そのことは、とても大切なことですし、不戦の誓いをたてることは、日本人としての道でしょう。原爆の洗礼を受けた日本人としての義務といってもいいかも知れない。でも、一国の政府が他国に向かって謝罪することではない。こんなん中国、韓国が喜ぶだけ。

ところが!!

もっと注目すべき文言がありました。安倍さんが、談話の中で二度言及した言葉。
「欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化……」「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を……」という「経済のブロック化」というキーワードです。

これ、言うか! 驚きました。
「経済のブロック化」とは、1929年、米国で経済恐慌が起こり、これがたちまち広がり、世界経済恐慌となったことがありました。日本もこのあおりをくって危機状況が訪れました。そこで、米国、英国などは輸入品に高関税を取ることによって貿易をブロック化したのです。これは、国内生産の保護、増大の効果があり、つまりは世界経済の影響を最小限に留めることができる、という政策です。
ここで、植民地を持つ国は有利、持たざる国は不利、という二つに分かれたわけです。
すなわち、持つ国が、米、英、仏、蘭、ソ。
持たざる国は、日、独、伊。
あっ!

これが、紛争の芽を育てた……。
安倍首相は、なんと、ここまで言及したのです。

これ、欧米がどう反応したか、ですよ。今まで、こんなことをいう総理は、日本にいなかった、というか、ここを言ったか! ですよ。

今のところ、米国政府からは正式なコメントは出ていませんが、おそらくそこは周到に安倍さんは、それをいえる環境づくりをやったんだと思われます。その裏には、確実に集団的自衛権の行使、つまり、米国と日本は対等である、という下地を作ったことにある、と私は思うのですが。

もう、戦後70年。いわばもう歴史ですよ。当時を知る人たちも高齢となって、その当時のことを政治的に持ち込むことは、もはや健全ではない。
70年前の機密資料は次々と開示され、ネットでも閲覧できるようになりました。
図書館へでも行かないと読めなかった、世界各国の取り交わした条約や条文も原文で読める時代です。
もはや、一方的な価値観でモノを見、教育する時代ではなくなった。それより、真の歴史を、人類の過ちを学び、今現在に、そして未来に活かし、世界的平和と秩序を創り上げるべきだ。
そう、欧米諸国も思っているのだと思うのです。
そして、安倍さんが、これを世界に向けて発信した、ということは、欧米はそれを認め、日本に、その大きな期待が賭けられたのだと思います。

「戦後レジームからの脱却」と誓った安倍首相。
確実に、有言実行されています。

安倍さんの政策の全てを支持、というわけではないですが、しかし、次の選挙とか人気だとか、政権支持率などというものにとらわれず、叩かれるを覚悟しての、まさに男一代、いや、総理一代。

みなさん、アホのマスコミの報道に惑わされることなく、日本という国をちゃんと見据えて、これから進むべき道を考えるべきです。そして、教科書にかかれない、現近代史を、もっと知るべきです。
日本という国の舵取りとなる海図は、まさに過去の歴史の反省と活かし、です。

活かし、が、無かったのが、今までの自虐史観です。
  

以上。








kaidanyawa at 12:35|PermalinkComments(5)

2015年08月14日

天皇のいる国・自衛と戦争7

中山市朗です。

「この機会に、満州事変に始まる歴史を十分に学び、今後の日本の在り方を考えていくことが、今、きわめて大切なことだと思っています」という、陛下のお言葉。

満州事変なんて、習いました?
私は記憶に無い。ただ学生の頃、馬賊の出てくる小説や戦記ものなんて読んで、満州に漠然とした憧れとイメージは持っていました。そのときは、その歴史背景は、ぼんやりとしか把握していませんでしたが。

満州が、日本の近代史を読み解くキーワード。なんでしょう? 満州って。

まずは、地図をみてもらいましょう。


Manchukuo_map_1939









オレンジ色の部分が満州。このすぐ北はロシア。
南に日本に向かって突起物のように伸びるのが朝鮮半島。
そう、ロシアと朝鮮半島の間に、存在した、満州族の住む国でした。この地政学としての位置を、まず頭の中にいれておいてください。

まず、満州事変とはこの、満州をめぐっての日本と中華民国の間で起こった武力衝突のことで、1931年(昭和6年)9月18日、南満州鉄道のある爆破事件に端を発します。
ただ、歴史と言うのは、そこを切り取っても何も見えない。歴史とは人生と同じ、時の流れです。大勢の人間たちの事跡より成り立ちます。我々も今、まさに流れるときの、歴史の中の一員であり、証言者でもあります。
その私たちも、父母がいて、祖父祖母がいて、自分がある。ご先祖様たちの思考、行ったこととは決して無縁ではなく、その血脈を引き、将来へ(子孫に)継ないでいく。
ぽつんと、あなたが何も背景の無いところに、生まれたわけではない。そして、あなたの人生にはさまざまな人が関わり、さまざまなことが起きる。その人生が正しいのか、そうでないのかは、結局わからない。
わからないが、悔いの無い人生は送りたい。
歴史もそう捉えるべきでしょう。

日本という国の人生が、日本の歴史なのです。
人生、正しい選択ばかりじゃない。愚かな行為も、自分かわいさに人を忌ましめることだって。
その正しい、というのも、何をしての正しい、なのか。
ここで問いたいのは、日本は、悔いのない歴史を歩んで来たのか、ということなのです。

というわけで、満州事変を考察するには、その因果というか、環境というか、生きていくために為すべきもの、ということを見るべきなのです。
このことを考えるには、まず、明治維新にまで遡る必要があります。すみません。何度もこのブログに書いた時代ですが、重要なことなのです。
 
明治とは、日本が自主的に選んだ近代化政策。いわば、産業革命を起こした時代でした。
それまでは、お侍さんが闊歩し、陸上の乗り物は、馬か駕籠でした。
機械化された工場も無く、世界に貿易するような産業も、これといってありませんでした。
だからといって、悪いわけじゃない。そのために天下泰平の約300年があったわけですから。
しかし、黒船の来航により、日本は欧米文化にひどく立ち遅れていることを知り、愕然としました……。

というのは、半分嘘で、幕府はけっこう情報を掴んでいました。けっこう南蛮貿易で、いろんなものが入ってきていましたしね。ただ、ここが日本人官僚のDNAというか、問題の引き伸ばし、引き伸ばしを繰り返していたのです。しかし、結局は日本人自らの手で倒幕して、日本人自らが尊皇を残したまま、西欧化する道を選んだのです。

西欧化するとは、白人主義の中に入っていくことを示します。
そんなことは、どう考えても無謀です。
だって白人主義とは、非白人、つまり有色人種の人々を人とみなさず、それは奴隷、家畜であるという認識の上にあったのです。
白人たちの経済を支えたのは、実にこの奴隷、家畜であった有色人種と、植民地化されたその人たちの住む国、土地であったわけです。それが、あたりまえの認識だった時代です。
黒船の最初の来航は、1853年。米国で黒人奴隷制を巡っての南北戦争が起こる8年前のことですよ。
その、白人世界の米国も、インディアンといわれた現地人の殺戮と略奪で得た土地でした。
インディアンとは契約しても、すぐ破棄すればいい。そんな感覚でした。
日本人は、そのインディアンと同じ、黄色人種です。

実は、幕府が衝撃を受けたのは、中国のことでした。当時は清帝国。
日本にとって巨大で、文化や学問のお手本としてきた中国が、英国の持ち込んだアヘンによって、もう無茶苦茶になっているということでした。
アヘンは危険物なので、英国では輸入が禁止されていました。しかし、金儲けのために、清の人たちに安価なアヘンを売り、アヘン中毒にしました。これに清政府が対抗すると、英国は怒って戦争を吹っかけ、圧倒的な軍隊でもって勝って南京条約を結びます。
香港が英国領になったのは、このときでした。
清も、ほぼ鎖国をしていて、やはり天下泰平をむさぼっていました。しかし、一旦白人が足を踏み入れ、商売をしだすと、彼らの価値観に支配され、秩序が崩れるわけです。その隙を見て、軍隊が入ってくる。で、いつの間にか植民地化されている。
まあ、こういう手口。で、清もこのときから、主要都市は西欧に干渉を受けるようになりました。旧態然とした政治体制は、あの中国でさえ、欧米の食い物にされる、日本のお偉方は、そう認識していたのです。結局清は鎖国体制を解き、欧米の船を受け入れざるを得なくなりました。それで外国船が多く中国へ渡るようになりました。今と同じで、中国は巨大マーケットですから。その流れで、日本にも黒船がやってきたのです。
正直、ビビッたでしょう。
それに、中国以外を見ても、アジアのほぼ全地域は、白人たちによって植民地化され、真の独立国たるや、日本とタイ、という有様です。清王朝は、弱体化して欧米に何か干渉されれば、都市を切り売りするという、これはもう、国民不在で近代国家ではない。朝鮮はその清帝国の属国でした。

近代化して、経済的発展を促し、近代化した軍隊を持ち、いわば、米英仏蘭独露などという列強の仲間入りをすることが、日本という国の生きる道だ、と明治政府は固い信念をもったのです。
そして、現に、それを実現していきます。これはもう、血の滲む行為でした。こんなことを考え、実行した非白人は日本人だけです。

いや、実はエジプトがそれをやろうとしていました。しかしスエズ運河の建設の問題で、英国の狡猾的手法により多大な借金をエジプト政府が被ってしまい、近代化は頓挫しました。
清帝国も、欧米列強の侵出に対抗するための洋務運動が起こり、近代化した軍隊を持ってはいました。日本海軍に見劣りのしない軍艦も持っていました。しかし、これも日清戦争で日本に負けて、失敗であったことを露呈しました。日本は西欧の技術だけでなく、その政治形態や思想、文化を取り入れたのに対して、清帝国は、軍隊を近代化させただけに終わった、という違いがあったようです。

ともかく、日本は、非白人の仲間に入ろうとして、それは政府のみならず、国民全体もそれを受け入れ、和洋折衷の明治という時代が花開くのです。

かの明治生まれの黒澤明監督は、こう言っていました。
「明治という時代は、なんか暗いイメージもたれちゃってるけど、そうじゃなかった。明治という字にあるように明るくて希望のある時代だったよ」

とはいえ、順風満帆とは行きません。日本がいくら努力しても、白人たちがそれを受け入れてくれないとそれは報われません。そして、日本は陸軍を作ったときから、大きく危惧するものがありました。

帝政ロシアです。

ロシアは、満州まで鉄道を引き、朝鮮半島の北部に位置する遼東半島を虎視眈々と狙っています。
まず、日本が西欧列強の手に落ち、植民地化されるとしたら、その先鋒はロシアだ。
そう思いました。

それでまず、朝鮮に声をかけ、同盟を結ぼうとします。
日本としては、ロシアは朝鮮半島を占領し、そこから南下してくる。地図を見ると、まったくそんな地形になっています。
「朝鮮も、我々のように開国して、近代化して、近代化した軍隊をもってくれよ。そして、同盟してロシアを追っ払おう」
明治政府の最初の意図はそういうところです。日朝修好条約。
反故されました。朝鮮は清帝国から独立する気がない。条約とは何か、という認識もなかった。まあ、食わせてもらうのは楽ですからな。しかしその宗主国、清帝国も、ボロボロです。このままでは、朝鮮はほんとにロシアのものになる。そしたら、日本は、無くなるかも知れない。

日本の懸念はあたります。



続く







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2015年08月13日

天皇のいる国・自衛と戦争6

中山市朗です。

今年の1月1日、天皇陛下は新年に当たって次のような文書を提示されました。
その後半部分にこうあります。
「本年は終戦から70年という節目の年にあたります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まる歴史を十分に学び、今後の日本の在り方を考えていくことが、今、きわめて大切なことだと思っております」(宮内庁公式サイトに掲載)

天皇陛下は、あの大戦を理解するには、満州事変から学びなさい、そう仰せられたわけです。
そしてこのことは、安倍首相の「戦後レジームからの脱却」と関係しているように思うのです。
私たちは、先の大戦といえば、太平洋戦争を思い出し、その発端は日本軍による真珠湾攻撃だということになります。
「リメンバー・パールハーバー!」
真珠湾を忘れるな!
突如宣戦布告も無く、いきなりハワイの軍港を奇襲攻撃したダーティ・ジャップ(汚い日本人)を叩きのめせ、というアメリカ国内に向けたスローガンに使われた言葉です。これを機に米国内では嫌戦ムードが一変し、一致団結、対日戦が発表されます。

しかし、もうここから、我々日本人はGHQによってはじめられた戦後教育(「戦後レジーム」)にはめられているわけです。
つまり、太平洋戦争という言葉は、戦後まもなく、GHQによって呼称された用語であり、そうなると真珠湾攻撃がその発端と言う図式に成ります。確かに日米間の戦争、太平洋海域での戦闘は、この時から始まりました。で、「リメンバー・パールハーバー」となって……。

しかし、物事はいきなり爆発しない。爆発するには積み重ねてきた要素、要因があり、積もり積もって最後に爆発するのです。「太平洋戦争」という表記は、その積み重ね、要因をすべて曖昧にするための、あるいは忘却させるための、GHQのプロパガンダであった、としたら、みなさんはどう思いますか、ということです。

天皇陛下は、それは(真珠湾ではなく)「満州事変」に遡ると、あえて発言された。これ、「戦後レジーム」からの脱却ですよ。
そういえば、陛下は太平洋戦争といわずに,いつも「先の大戦」と表現されていました。

「大東亜戦争」、戦時中の日本での呼称はこれでした。
調べてみますと、この言葉がはじめて使用されたのは、1940年7月26日、第二次近衛内閣発足時に『基本国策要網』の中で「日満支ノ強固ナル結合ヲ根幹トスル大東亜ノ新秩序ヲ建設スルコトニアリ」と記されました。満とは満州、支は支那、つまり中国です。
続いて松岡洋右外相が「大東亜共栄圏の確立」という言葉を使用し、それは「広く蘭印、仏印の南方諸国地域を包含し、日満支はその一環である」という声明を出しました。
そして内閣情報局が「大東亜新秩序建設を目的とする戦争なることを意味するものにして、戦争地域を限定するに非ず」という政府見解を示しました。
蘭印とは、オランダ領東インド、現在のほぼインドネシア全域、仏印とはフランス領東インド、現在のラオス、カンボジア、ベトナムのあたりを指します。

さて、この時点で、日本の軍部、あるいは海軍、陸軍の間で、混迷が起こったようです。
「この戦争は自衛のものではないのか」「自衛のための大東亜共栄圏の建設だ」「いや、大東亜共栄圏の建設こそが、戦争の目的である」
どれだ!
ということですね。このあやふやさが、敗因の大きな原因の一つだと思われます。
しかし、日本は海に囲まれた島国で、大陸からの脅威を考えれば、大陸に秩序をもたらせねばならない、というのは、ずっと日本政府が頭を抱えてき問題であったことには違いありません。大東亜の秩序、と言うことが、日本の自衛になる、と、これは地政学的な事実です。当時の中国大陸は日本軍がいなくても始終ドンパチやっていて、農民は飢え、混沌としていましたからねえ。
そして海軍内部では、中国大陸の戦争に軍艦を遣うわけにも行かず、もっぱら米国を仮想敵国としていましたから、そうなれば「太平洋戦争」となることは認識されていましたので、そういう呼称も使われたようですが、それは海軍用語のようなもので、一般化はしていません。その後、実際に太平洋全域で、主に日米間で壮絶な戦争が繰り広げられることになりました。それも「大東亜戦争」の一環だったわけです。
つまり、あの混迷を極めた戦争から、日満支での戦争を切り離し、「太平洋地域での戦争」「日米間での戦争」をクローズアップさせたのが、GHQだったというわけです。

大東亜戦争は、英語にすると、Great East Asia War となります。この言葉を抹殺したわけです。

終戦の約一ヵ月後、9月19日、GHQはプレスコード(新聞規約)を発して、日本国内で発行される全ての出版物の検閲を行うとしました。このとき、「大東亜戦争」「大東亜共栄圏」という言葉は使用不能になったのです。
そして、同年12月17日、真珠湾攻撃からちょぅど4年経ったこの日『朝日新聞』に「真珠湾事件の悔悟」という社説が掲載され、ここから「太平洋戦争」という呼称がなされるようになったのです。
ただし、社説では「それは支那事変及び満州事変が発端であった」という連続性が強調され、各新聞も「太平洋戦争」と表記した社説を掲載します。
しかし、「太平洋戦争」という表記では、真珠湾攻撃を発端とした太平洋戦争と中国戦線というイメージにとらわれることは事実でしょう。これは、日本から見た戦争観ではなく、米国から見た戦争観なのです。
そして今もって教科書では「太平洋戦争」という表記が一般的になっています。そして、米国から見た戦争観を我々日本人は、戦後70年たった今も、持ち続けているということなのです。
一方的に日本が悪い、とする自虐的史観に基づいた戦争観です。

その間、日本の歴史学者の間では、「大東亜戦争」「太平洋戦争」あるいは「十五年戦争」と、どう表記されるのかという論争、主張がありました。「大東亜戦争」は、日本のやった戦争を美化するものだ、という人もいます。
「十五年戦争」と言うのは、1931年の満州事変から、ポツダム宣言を受け敗戦となった1945年までの15年弱をさすもので、歴史的な俯瞰を意図とするなら、この呼称が正確なのでしょうが、なんか、インパクトに欠けますな、というのは、あくまで私の意見。

「戦後レジーム」からの脱却は、米国から見た戦争史観から脱却し、日本人が日本のやった行為として考察してみる、そこに、今後の日本が生き残り、世界に貢献できる強い国になるヒントがある。
そう、安倍首相が言っているのだと思います。その行為を左派の人は「戦争賛美」だとか「戦争の美化」ときっと言ってくるのでしょうが、そうではありません。
日本側から見た、戦争の歴史を一度俯瞰してみる、というのは、却って今、日本が置かれている立場、状況、地政学的意味などが理解することが出来て、「憲法9条」が戦争を防止しているという幻想から離れることができるのだと確信します。

なにより、天皇陛下がメッセージを託したのです。
「この機会に、満州事変に始まる歴史を十分に学び、今後の日本の在り方を考えていくことが、今、きわめて大切なことだと思っております」

その、満州事変について、考えてみましょう。



続く。




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2015年08月12日

天皇のいる国 自衛と戦争5

中山市朗です。

ちょっとここ数日、怪談会だの原稿だの打ち合わせだのとバタバタッとしていまして、ようやく落ち着いてブログが書ける余裕ができました。
私のブログは、お仕事として依頼される原稿より難しいことを書いております。ふぅ。

安倍首相が、今月15日の総理談話で「侵略戦争」を認めるのか、認めないのか、と注目されていますね。
みなさんは、どう思いますか?

日本が先の大戦で行った戦争は、侵略戦争だったのか。
それとも自衛の戦争だったのか。


……?


……!


……!?


確かに難しいですね。
「なんにも難しくない。現に日本は中国や韓国、東アジアの人たちに多大な迷惑をかけ、占領した。それを認め謝罪するのが、常識であり、世界の共通認識だ」という意見はあるでしょう。いや、よく聞く意見です。

でも、世界共通とは、どこの世界のことでしょう?

言っておきますが、韓国は当時日本であり、戦争はしていません。しかもその併合は、国際的手続き上承認されたもので、軍隊でもって占領した事実はありません。
仮にも、日本軍は侵略をしたから謝罪をしろと韓国の人にいわれたくないですね。
その日本軍には、朝鮮人の兵士がいっぱいいましたが、そのほとんどが志願兵です。一緒に戦ったんです。

中国も、日本が戦ったのは蒋介石の率いる中華民国の国民党軍でした。今の中国共産党軍ではない。今の中国とは違う国の軍と戦っていたんです。国民党軍は戦後、共産党軍に追いやられ、台湾に政府を置きました。日本軍と戦って国民党軍が消耗、疲弊するのを毛沢東は待っていたわけで、戦後になって独立したんです。1949年10月1日が中華人民共和国の独立日です。
1972年の日中国交正常化のおり、毛沢東主席は、対面した田中角栄当時首相に「中国共産党は日本に感謝申し上げる。もしその戦争が無かったら、中国共産党は天下を取ることはできなかった」と述べているほどです。これ、社交辞令かと思ったら、最近の中国の研究では「本気」だったようです。

ちょっとね、我々日本人が、ぼーっとしているうちに、歴史が妙なことになっちゃったんですよ。

まあ、そういうことがありながら、人のいい日本人はその、主に中国、韓国に配慮することが、なんだか仲良くすることの方法、人道的なことだと思ってしまったんですね。だから最初は「いやいや、あの節は迷惑おかけしました」という謝罪だったと思うんです。
それを繰り返しているうちに、金持ち日本から金がせびれることを知った。だから「そうだ。まだ謝罪が足りない。ほんとうに謝罪をするのなら国として態度を示せ」なんて言うことに、いつの間にやらなってしまった。当時は、中国も韓国も途上国でしたから。

村山談話などは、その認識に沿ったものでした。

しかし、安倍首相は、4月22日の参院予算委員会において、「安倍内閣として、村山談話をそのまま継承しているわけではない」としました。
そりゃそうだ。こんなこと、安倍さんが続けると、もう永遠にいわれの無い謝罪を繰り返さなければ成らない。
「戦後レジームからの脱却」とはこのことです。

ただし、国は違えど、中国大陸に日本の軍隊が進出していたことは確かなこと。大陸が戦場になったことは事実です。で、これが侵略であったかどうか、ということなのですが。

安倍首相は、同委員会において、「侵略の定義は学界的にも国際的にも定まっていない」ともしました。

この発言に対し、『「しんぶん赤旗』は、国際法では明確な「侵略の定義」はある、として、5月12日付け同紙でこう反論しました。

「1974年の国連総会で採択された総会決議3314で「侵略の定義」は決まっています……」

おいおい、国際連合が創立したのは1945年10月24日やぞ。終戦はその二ヶ月ほど前の、8月15日。
1974年にできた国連の定義を持ち出されても、当時の戦争にはあてはめられない。また、持ち出して何を言えというのでしょう。
ほんま、よおわからん反論や……。

だいたいその国連と言うのも第二次世界大戦、日独伊を主軸としての枢軸国に対して、連合軍をさす言葉、すなわち、United Nation、そのものでして。日本語に訳されるときに、状況によって、連合軍、国連の使い分けをしているだけで、国連とは戦争映画に出てくる国連軍のことなのです。
だから、常任理事国は、米英仏中ソ(現ロシア)の五大戦勝国なのでありまして、日本がいかに世界第二位の国連負担金の多い国であっても、けっして常任理事国になれないのは、敗戦国だからです。ちなみに当初、国連に入っていた中国とは、台湾にあった中華民国。今の中華人民共和国ではありませんでした。そりゃそうだ。ですから、中国共産党が反日というのは、本来筋違いなのです。まあ、共産党幹部は知ってて、計算でやっているんですよ。

で、ありますからには、まずもって、世界はいまだに、第二次世界大戦の戦勝国がイニシアティブを持っている、という事実を認識するべきでしょう。またこの五大常任理事国こそが、ほんとうの侵略国であったという事実も含めて、ね。

日本が戦争をやっていたころは、国際連盟(国連の母体ではありますが)という組織でして、以前このブログに書きましたように、「加盟国は、戦争に訴えるざるの義務を承諾し……」と、国際連盟規約の前文に記載されていました。これは、当時の世界では、国を運営し、経済活動を活発化させるには、戦争はひとつの国家事業として認められていたわけです。
当時の日本が行った戦争が侵略だったのか、という見解に対しては、当時においては、定まっていませんでした、というのが正しい。というか、侵略という定義は無かったわけです。ですから、今の法や規定に照らして当時の日本を云々評することは、本来筋違いというものです。
今後を話し合い、考えるための引用はあってしかるべきだと思います。

ただね、安倍首相の発言を擁護するなら「学界的にも国際的にもさだまっていない」というのは、事実です。
『しんぶん赤旗』が反論した「1974年の国連総会云々」において出された決議書には「侵略か否かは定理は決めるが、安保理が判断する」と書かれてあって、つまり安保理はそのつどの情勢や状況によって判断する、つまり流動的である、定まっていない、とするのが正しい解釈でしょう。と、いうか、戦争好きな米国や、未だに侵略を虎視眈々と狙っている中国やロシアが常任理事国であることを考えると、流動的にするという解釈が生まれるようにするのが、本来の意図でしょうし、利害の違う五大国の認識が、侵略という点で同じになることはありえないでしょう。つまりもって、安保理でも決められない、というのが事実でしょう。決められないから、今もって中国もロシアも、好き勝手にやっているわけです。

さて、日本が過去に行った戦争の是非を問うのは難しいところです。
一つの事実があったとしても、その事実に関わった人たちは、その立場や関わり方、あるいは受けてきた教育、思想、民族的アイデンテティなどによって異なるものです。そして、人は、自分に元ずく判断をして「真実」だと思うわけです。
一つの事実から、数え切れない「真実」が生まれます。でも、人は、自分の立場、見方から考えて一つの真実を作り出します。その真実が唯一のものだと思い込みます。だから歴史を語るのは難しい。
戦争で勝った側、負けた側でもう見解は変わり、戦争を遂行したもの、金儲けしたもの、死ぬような地獄の戦場を見たもの、死んだ者、負傷したもの、その家族、家や財産を失った者、裁判にかけられたもの、開放された者、勇気を知った者、もうさまざまな見方があるわけです。

しかし戦争は、国家が行うものです。そうなるには、当然、外交交渉が何度も何度も行われます。日本もロシアとの戦い(日露戦争)や、米国との戦争の前に、何度も交渉をしているのです。日本はどちらも勝てる戦争とは思っていませんでしたから。しかし、戦争となった。そこには、やむにやまれぬ原因があるんです。
「戦争は絶対に行ってはならない」という単純なものではありません。
国家が、日本の国が生きるには、という現実があったわけです。
その要因、原因は、我々は知っておく義務があります。


菅原文太さんが、生前こんな名言を言っていました。「政治の役割は二つある。ひとつは、国民を飢えさせないこと。もうひとつは、これがもっとも大事。絶対に戦争をしないこと」

ほんとうにそうだと思います。
しかし、日本という国は、太平洋に浮く、四方を海に囲まれた島国です。ここに1億2000万人が住んでいます。
自給では完全にまかなえません。

実は、日本の問題はここにありました。

「国民を飢えさせるわけにはいかない」
だから、戦争になるという事実が間違いなくありました。

日本は、明治になって急速な近代化がはじまり、人口も急激に増えました。
江戸時代は人口が3000万人ほどでずっと推移していましたから、これくらいだと自給でまかなえるんです。だから鎖国をしても、普通にやっていけました。「こんな国は他に無い。これぞ理想的国家だ」と、元禄時代に日本へやってきていたドイツ人の医者ケンペルは自著「日本誌」に書いています。
しかし、明治の近代化とともに、人口はあっという間に増え始め、太平洋戦争前夜は7000万人になっていました。
これでは、外国との貿易無しには、日本人は食べていけません。

さて、みなさん。これ、大事なことです。
今の我々は、飽食をむさぼっていて、本当の空腹を知りません。しかし、あえて考えてみましょう。

食料が無い。自給ではとても足りない。石油もガスもない。どの国も、何も売ってくれない、買ってくれない。
それが現実となってくる。

それが、あきらかに、我々が白人ではなく、黄色い有色人種である、ということが原因だったなら、どうします?

それでも無抵抗に、じっと耐え忍び、最終的に彼らのいうことを聞くのか。
それとも、自主自立、独立のために、行動を起こすのか。

当時の日本はそういう状況に置かれていました。




続く。





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2015年08月07日

怪談会のお知らせ

中山市朗です。

いろいろお知らせです。

本日は、ロフトプラスワンウエストで、岩井志麻子プレゼンツ「怪談ウォッチ志麻さんのもんげー恐い怪談ナイト」にゲスト出演します。

もちろん怪談を語ります、予定です。このあたり、霊スポットやからなあ。
でも志麻子さんが相手で、まともな怪談になるのかな〜?
猥談にはついていけんぞ〜。シャイやからなあ。はっははは。

当日券は18:00〜18:30までに店頭にて整理券を配布。予定枚数を超えれば抽選になるようです。
お値段3000円で、要オーダー500円以上、だそうです。

8日(土)の22時からは、ネットラジオ「気まま酒場」の生放送。

すみませ〜ん。
前回の放送、完全に酔っぱらっていて、何を言ったのか覚えてませ〜ん。
2本目の収録は、いつも出来上がったころに録っておりますので、ここでもう、わけがわからなくなっております。
ものすごく、過激なことをのたまったようですが、まあ、意図としては私が酔っぱらってぐだぐだ言っているのが面白い、というCainさんの意図でして。
ですが、不快な思いをされた方もおられたようで、ここに謝罪いたします。
あれは本気ではありません。多分……。

で、今回と次回は、生放送ですので、お見苦しいところはお見せしないと思います。
テーマは、「天皇と戦争」ということだそうですが、おそらく日本がなぜあのような戦争をやったのか、それは侵略戦争だったのか、天皇の責任はあるのか、といった議題についてお話をすると思います。
教科書で習った戦争とはまた違う角度から、日露戦争から大東亜戦争までを分析し、みなさまに提示いたしたく思います。ただし、私は歴史学者ではございません。
あくまで、物の見方によると、こういうものも見えてくるんだ、ということがわかっていただければ、よろしいかなと。
生放送ですので、どんどん、質問、ご意見など、お寄せいただければ、わかる範囲でお答えします。

日本はほんまに侵略戦争やったん?
日本国民は洗脳されとったん?
真珠湾攻撃した意図はなに?

今回は、襟をただして。

jbbs.shitaraba.net/radio/27627/

9日(日)
守口市゜ラネタリウム・ムーブ21にて「満員怨霊怪談ナイト」

今回のお相手は、ピン芸人として活躍中の石野桜子さん、わがオフィスの秘書・真名子。
なんか最近、この二人が飲みながら、今回のイベントのことを話していると、いろいろと女性ならではの疑問が出てきたらしく、それを聞くと「幽霊より女が怖いやん」みたいなことが!!
しかし、男にはわからんその女の闇部が、日本の怪談を生んだのだろうなと。
ちょっとそんな話が展開しそうです。
ドロドロ〜。

お問い合わせ 06−6905−3921(ムーブ21)
午後4時30分開場  5時開演。
前売 2000円 当日2500円

10日 
煎りたてハマ珈琲、ナイト・イベント「ひんやりナイト」

こちらは15人ほどのお客さんの前で、たっぷり2時間の怪談を。
席はあります。
どうなんでしょ、地元の人が多いのか、怪談好きがやってくるのか。
子供さんが多ければ、妖怪の話もいっぱいあるし、やっぱり怖めの怪談?
お客さんの顔ぶれを見て、話を決めます!

進行は真名子。

場所は城東区今福西2−16−12
開場18:30 開演19:00
入場料 1800円(冷やし珈琲一杯付)

予約は、オフィスイチロウのイベント出演情報の
「煎りたてハマ珈琲 オンラインショップ(予約注文形式)より、お入りください。
お問い合わせは、06−6967−9080

とまあ、とりあえず、そんなとこで。
おっ、連日、打ち上げという名の酒が飲めるぞ!


あっ、22日の「中山市朗・プライベート怪談会」も、参加者募集しています。
まだまだまっだまだ、余裕あります。

今回は夜の部19:00より(プチ宴会・実費1000円ほど)
オールナイト 24:00より  参加費無料

ただし、一話は怪談を語ることが条件(ネットやテレビ、雑誌などで掲載されたものはNG)。

メール info@officeichirou.com
電話  06−6264−0981(中山直通)

よろしく、ね。






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2015年08月04日

天皇のいる国・自衛と戦争4

中山市朗です。

昨日の夕方のニュース・バラエティ番組で、社民党の福島瑞穂参院議員に「参議院で安保法案にどう対抗する?」というインタビューをやっていました。

瑞穂さんの答えは、このようなものでした。

「えっと、とても大事なのは、安倍内閣が集団的自衛権の行使をはじめて合憲とした内閣なんですよね。自民党の人たちだって、憲法違反だ、って言ってきたわけですから、憲法を憲法と思わない総理大臣には、総理大臣をやってもらったら、アッブないよね〜、ていうことで、やっぱりこれ、支持率を下げ、みんなが支持しない、退陣に追い込むってことに、かけていきたいと思います」

Q、国民は野党は力がないとか、ダメじゃんと。このまま参議院もかと。たとえば野党が、対案も無い」

「というかですね。これは昨日の民主党の代表質問で、対案でなく、廃案だと。その通りだと思います。憲法違反の法案は煮ても焼いても食えません。憲法を無視するのは変よっていうのが広がって支持率が下がれば、私はやっぱり退陣すべきだと思っているし、そういうじょぅきょぅになれば、法案は成立できないと、思います。

Q、最後に意気込みを!

「予言者、福島瑞穂が予言します。95日の会期の延長の中で、国民の怒りを買って、憲法違反の法律を成立させようとする安倍内閣は、退陣します(キッパリ)」


どう思います。みなさん。



私はね、瑞穂さんに、質問したい。

「もっと大事なのは、そこまでして集団的自衛権を行使しようとする内閣に対して、なぜ対案を出さない、と平気な顔でいられるのか? 日本の国防を、世界の信任を、なぜまた、支持率がどうのという問題にすり替えるのか」
「そもそもその、70年前にGHQの草案により作られた憲法に違和感を感じませんか?」


支持率云々、ということを優先とするなら、安倍さんもそんなことはしない。だまって国民からの支持をもらえそうな政策をやっていればいいんです。極端な言い方ですがね。
しかし、もはや支持率がどうのではない。
日本はもう、変わらなければ米国さえ、信用してくれなくなるぞ、という安倍さんの叫びです。

なのに、

憲法9条がある。
これが私たちを戦争から守っている。

そう甘えて、対案も出さない、というのは、野党は日本が今、置かれている立場を理解しようともせず、楽をしようとしている。それだけだと思います。
憲法を守り、集団的自衛権を戦争法案だとしてつぶせば、次の選挙で有利になると絶対に思っています。
対案を出すと、戦争法案に加担するのか、というとになることもわかりますもんね。
だから、そんなことはしない、ということで、野党は一致。

馬鹿野郎!

対案が出されてこその議論。
だから、国民にわかりにくいんだよ。
国会をなめとんのか。


ちょっとこの地図をみてください。

日本列島覆う












これが、わが日本列島の地図です。
いつも見ているものと違いますね。
この地図は、東側が上を向いているもので、日本海を航海している人たちは、日本列島は感覚としてこう存在していると思います。
千島列島から台湾まで、すっぽりと太平洋を被い、中国大陸からの太平洋の侵出を防いでいる地勢にあるのがわかります。こう見たらすごいでしょ、日本列島。だからここを日本海というわけです。日本列島がなければ、太平洋ですから。
で、中国にとって、これは明らかに邪魔ですよね。
中国は、この一角をどうしても崩したいのです。台湾をとりいって言うことを聞かすか、沖縄を獲って、航路を開くか。
そういうことを中国が考えている意図が、この地図で誰にでもわかると思います。
尖閣の問題も、本質はここにありますし、ベトナムが主張する南沙諸島の問題もここにあるのです。
そして、米国に「太平洋を不分割して、二国で分けよう」と言った意図もそうです。
米国に「察してくれよ」と言ったのです。
米軍は沖縄に基地を持ち、台湾と軍事同盟を結んでいますからね。

さて、みなさん、この地図を見て中国首脳部になったつもりで考えてみましょう。

この南北になが〜い日本列島の一角をどうしても破りたい。太平洋に侵出したい。空母もそのために造った。
太平洋の利権は、アジアに君臨すべく、わが中国のものだ。米国と拮抗するパワーを持つために、この海洋を抑え、制空権も手中に収めなければならない。
そのとき、
日米の強力な安全保障の効いている日米軍と、
安保が破棄されて、日本だけの自衛隊がいる日本。

どっちなら挑発しやすいですか。いや、端的に言って、戦争をやって勝てそうなのはどっち?


……、でしょう?
簡単なことじゃないですか。
それが集団的自衛権なのです。連携しているだけで抑止が効くんです。

「中国とは仲良くするための話し合いをするべきでしょう」
という、瑞穂さんが言ってきそうですが、13億もの人口を抱える中国が、常に国民の鬱積が渦巻いている、共産党の国が、中華思想にある、支配欲にまみれた、かつての栄光をとりもどそうとする国が、何をして「じゃ、あきらめるわ」と話し合いで引き下がるというのでしょう。
性善説が通用するのは、何度も言います、日本だけです。

米国は当然、この地政学の重要性を知っています。だから強力な日米安保があった。

もし、集団的自衛権を拒んで、仮に日米安保が壊れたら、この地政学にある日本を、日本の自衛隊のみで守ることになるのです。それこそが自衛隊員に多大な負担と危険を負わすことになりませんか?
もちろん、防衛費も上げざるを得なくなるでしょう。中国は年間、日本の4倍の軍事費をつぎ込んでいますよ。

どこかの国は、こういうことも理解できずに、能天気に日本海は「東海」と呼ぶべきだ、と世界各国に呼びかけています。上の地図を彼らは見たことがないのだろうか。だとしたら、モノの見方があまりに短絡的です。そんなだから、米国との安全保障を反故にしてでも中国に取り入ろうなんて、日和見なことをやっちゃうんです。
つまり、この現状把握もできない、地理も読めないこの国の存在も、場合によると、こと国土防衛という観点のみから言えば、潜在的に危険と思うべきでしょう。そういう意図が向こうに無いにしろ。そしてまた、その北にはミサイルを持った19世紀から進歩していない北朝鮮がある。

で、そんな状況で、なんと野党は国土防衛の対案を出さないと決定した。
そして言っている。
「安倍政権は、国を滅ぼそうとしている!」

街頭でママさんや若い学生たちも、そう叫んでいます。実はそう叫ぶ矛先が、間違っとるんやけどなあ。

ということで、


国の安全保障に関わる議論に、野党は対案を出さない、と言っている。
アッブないよね〜。
これがほんとうに、子供たちの安全を保障すると思っている国民がいる。
ますます、アッブないよね〜。

国民は、ちゃんと目を開いて、こういう国益を考えないで、支持率が、支持率が、と言っている野党にこそ、ほんまに怒らなあかん!!

kaidanyawa at 04:12|PermalinkComments(18)

2015年08月03日

天皇のいる国・自衛と戦争3

中山市朗です。

いやあ、長い!
なにがって、前回の私のブログ。
まあ、全体的に私のブログは長いんですけど、さすがに読み直して「ながっ!」と驚きました。
ブログは短く端的に、がいいということは重々承知しておりますが、やっぱり重いテーマとなるとね、わかっていただくために、あれやこれやと書いてしまうのは、まあ、物書きの私のサガでしょう。

にしても、そんな長いブログをたくさんの方が読んでいただいて、また、コメントをいただいて。そのコメントがまた、長くて熱い。ありがたく思いました。

ただ、あのブログには、一点仕掛け(というほどのものでもないか)がありまして、わざと、集団権自衛権を認めると米軍の言いなりにならざるを得ない。沖縄の問題、TPPの問題同様、日本はアメリカに何も言えず、従属している、だから今回の集団的自衛権も米国のいいなりになって戦争へ行くことが、あり得る、米国の国益のために自衛隊員が犠牲になるから、戦争法案だ、という人もいますよね。そこを書かなかった。
そしたらそういうコメントが来る、と思っていたのですが。

「集団的自衛権の行使を、日本が外国から武力攻撃を受けたときの自衛の話だと思ったら大間違いです。日本が攻撃もされていないのに、同盟国アメリカが戦争を仕掛けたら、アメリカの指示で自衛隊を派兵し、自衛隊が米軍と一緒に戦争をせざるをえなくなるものです。いやおうなしに、日本を戦争にかりだす集団的自衛権の行使を、武力行使を禁止した憲法が許すはずはありません」
と、反対論の人の主張はまあ、こういうものでしょう。
ちなみに「」内の文言は、「しんぶん赤旗」から引用しました。はははっ。

しかし、その憲法がアメリカの指示、押し付けやん、という議論は?

それはおいといて、つまり、集団的自衛権が自衛隊を戦闘区域に送り出し、犠牲者が出たらどうすんねん、という反論が来るように、わざとその問題をスルーしたのですが、みなさん、ちゃんとそこはお分かりだったんですね。

なぜ、日本が米国の言いなりにならざるを得ないか。
集団的自衛権が行使できないから、であります。
基地の提供、思いやり予算、そういうもので日米安全保障条約は構築されている。日本はそうとう米軍の駐留経費を負担しているから、米軍が日本を守っても当然だし、それが約束できないなら日米安保は一旦白紙ね、と言うのが筋じゃないか、と、これは経済評論家の森永卓郎さんが言っていた。

しかし、米軍は日本を守るために死ぬのは当然、日本は金出してやってんだからね、というこの関係では、とてもではないが、米国に頭は上がらない。これじゃあ、日本は米国の51個目の州と揶揄されても反論できない。おまけに、日本国憲法は米国が押し付けたものですしね。

安倍さんは、はっきり「戦後レジームからの脱却」ということを、当初から打ち出しています。これは、「ヤルタ・ポツダム体制」からの脱却なのです。それってなに?
つまり、ですね。戦時中にチャーチル、ルーズベルト、スターリンの英米ソの首脳三人がヤルタ(当時ウクライナのクリミア半島)に集まり、勝手に戦後処理について話し合われたのです。主にドイツの占領策についての会談でしたが、日本に対しても言及され、秘密協定が協議されたというものです。そしてそれが、今だに維持、継続されているというわけであります。

まず、日本国憲法がそうですね。
戦後教育、自虐的史観やマスコミの左翼化などもそれですな。そして、日本から軍事力を奪ったのも、戦勝国です。「ポツダム宣言」には日本の軍隊の武装解除、再軍備禁止項が規定してあります。GHQ(連合軍最高司令官総司令部)は、憲法9条で、これをはっきり明記したわけです。これにより、日本は米国にいろいろ守ってもらうことになり、従属せざるをえなくなった。つまりこのことは、主権国家ではない、と言う事実を、われわれは認識するべきで時期が来た、ということなのでしょう。例えば、田中角栄と言う人は、米国の従属を受けない、独自の外交政策をやって米国の逆鱗に触れました。結果は……、ご存知のことでしょう。あれからもう、日本の政治家や官僚は、米国に従属するしか仕方がなくなったんです。

ただしこれは、昭和と言う時代には、巧く行ったのかも知れません。
日本人は、戦争を極端に嫌い、不戦の誓いを立てて、米国に守られて、ひたすら経済活動をしてきた。日本人の勤勉さとまじめさは、世界第二位の経済大国にまで日本を押し上げた。米国などはたいてい最新技術は軍部に行くが、日本はそのまま民間で生かされましたしね。オタク文化なんて、平和だからこそ出てきた。それに、戦争による経済の混乱の危険性も極めて少ないので、安定市場が補償され、だから円は強いわけです。そういう背景があっての、田中角栄の「日本列島改造論」も可能になった。

しかし、今はもう、そういう時代ではない。
これだけ、経済も政治も情報も文化もグローバル化してきて、日本がただ一国、守ってもらう、平和を自分だけ享受する、わが道を行く、ということはもうできない。それは孤立を意味する。それより、これからは世界秩序、あるいはアジアの平和、繁栄を願い、国同士同盟関係を結んで、友好国や途上国に対して支援し、貢献し、その責任を果たさなければならない。それが、経済大国となった日本の責任であり、責務であると思うのです。
中国にまかせてはあかんのです。ただ、中国はアジアのリーダーになりたがっている。というか、そうなるべき国だと自負しています。AIIBの創設なんて、まさにそれですな。

でも、中国、韓国、北朝鮮を除くアジアの国々は、そのリーダーとして日本を頼りにしています。アジアの平和の機軸は、日米の同盟による軍事力です。だから、アジア各国は、日本の集団的自衛権の行使に賛成しているんです。また、米国の関心はアジアにはない。前回のブログに書いたように、NATOであり、中東である。
それにもう、米国にはかつての力はない。「世界の警察」は続けていくモチベーションに無い。
だからこそ、日本がアジアの平和維持のために、経済的援助や人為的援助、技術支援をやらなければなりません。日本はやっていますよ。中国にも韓国にも。でも、集団的自衛権が行使できないのでは、軍事的支援や人命救助活動、テロ対策ができない。これをちゃんとやれる法整備をやろうと、主権を持った普通の国になるために、安倍さんは奮闘しているのだと思います。
「戦後レジーム空の脱却」とはそういう、70年前に戦勝国によって勝手に決められた価値観、枠組み、しがらみから抜け出そうというものなのです。

そのためには、米国に対してNOといえる日本でなければならない。
対米従属から脱却して、真の主権国家になるには、集団的自衛権が行使できる国になる。
安倍さんはそう思っています。そう簡単ではないでしょぅけど、その一歩になる。
正直、軍事力が憲法に縛られてまともに機能しないというのは、独立国とはいえない。そして、縛りを解いても、その軍事力を世界貢献と平和維持のために行使するのか、戦争をするために使うのかは、その国の国民の意思であり、覚悟だと思います。
何度も言います。世界中の国が軍隊を持ち、集団的自衛権を行使できることになっていますが、戦争をしている国はごくごく一部です。ほとんどは、戦争抑止として機能しているんです。

集団的自衛権が当たり前に行使できる国になってこそ、米国と対等になるのであって、そうなってはじめて、沖縄基地について意義も唱えられる。米国の要求にNOともいえる。もちろん日米安保は解消してはなりませんよ。米国は日本にとってもっとも頼りになる親分にはちがいないのですから。だからこそ「意見具申」をいえる関係になるわけです。
しかしね、米国も日本の自衛隊に死ね、なんて望んでいません。何の得もない。
またここで避難されたら米国も致命傷になる。
また、そうならないよう、国会の審議があるわけでして。野党は仕事を放棄するつもりなのか?
それに、日米が組んだ軍事連携に攻撃してくるバカはいません。これはものすごい抑止力になるともいます。
そして、そうなったら日本人の平和ボケも、少しは修正できるかな、と。

しかし反対派の人の中には、これで戦争が起こる、戦争になる、戦争のできる国になった、なんて言う人がいますが、一体そんなことをむどこの誰が望んでいるというのでしょう。
もう、戦争で利権を得たり、植民地を作ったりと言う時代ではない。
ただ、何をやらかすか、理解不能な中国や北朝鮮には、備える必要がある、ということです。で、これは米国の問題と言うより、日本が対処すべき問題でしょうが。

言いますやん。
「備えあれば憂いなし」



kaidanyawa at 02:18|PermalinkComments(10)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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