2016年01月

2016年01月31日

もしゃもしゃ

中山市朗です。

いやあ、私が妙なおばちゃんの幽霊、かも知れないものを見た、と書いたら、いろいろ反響がありましたけど。
幽霊はいるのか、いないのか、このあたりのこと、このブログをお読みの方は関心が大いにあるのでしょうね。

さて、私の見たおばちゃんは、一見、普通の小太りした大阪のおばちゃん、という風体だった、というのがね。幽霊らしくない。それが、目の前で忽然と消えた、というのが、もうね、意味わからん。
それを、世間では幽霊、というのでしょうね。
だとすれば、私は幽霊を見た、ということになって、幽霊は存在する、ということになる。

でもね、私としてはそれは、錯覚だったのかもしれない。脳内で何かが起こって、そういうものを見たような現象を起こしたのかもしれない、という疑念はあるわけです。
ただ、そうだとしたら、普段見たり聞いたりしていることが、非常にあやふやで、無かったことをあったと認識していることもあるのかも知れないと、そう考えると、その方が怖かったりします。

実は、金曜日の塾が終わった後、塾生たちと私の部屋で飲んでいると、私の左耳に、なんかもしゃもしゃという人の声のようなものが聞こえたんです。そしたら、私の正面にいた塾生が「先生、今、女の声が聞こえました』なんて言う。「どこから?」と聞くと、指差した方が、私から見て右側。
反対方向なんですね。
ただ、タイミングが怖いですな。
もしゃもしゃ、という私が聞いた声は、女かどうかもわかりませんでした。ただ、耳元で人の声のようなものがした、というだけで。塾生の指摘がなかったら、単なる空耳で済ませていたんですけど。

やっぱりあれですかね。
私の背後霊(?)である、高貴なるお坊さんの力が、衰えてきたんですかねえ?

誰かこういう時に、私を強烈な霊スポットに連れて行ってくれませんかね。



kaidanyawa at 20:07|PermalinkComments(9)

2016年01月29日

見えるって?

中山市朗です。

私は「午前0時のさわやかウィンドウ」と呼ばれ、幽霊も見なきゃ、感じもしないという体質でして。
ですから、怪談を蒐集しながらも、そういう現象には疑惑を持っているわけですが……。

さっきですよ。1時間ほど前ですよ。

ちょっとコンビニに行こうと思いまして、愛車チャリンコ号に乗りまして、「どうせなら、タバコを売っている店に行こう」と、マンション前の通りに出て、堺筋に向かった。
1分もかからない。で、行く先を見ていると、あれがいたんです。
堺筋の交差点の横断歩道の脇に。
太り気味のおばちゃん。それがボサボサの髪の毛を前にたらしたまま、その顔はうつむいて、地面を見ている。
もちろん、じっと立ったままです。

そう、10月12日のこのブログで、私は何を見たのでしょう、と報告した、あのおばちゃんです。
間違いない。あの時とまったく同じ場所にいる。なんか、ゾッとする違和感が漂ってきました。


こっちはチャリンコ号に乗っているので、だんだん近づいて行きます。
あのときはちょっと目を離した瞬間、おばちゃんは忽然と消えていて、私はひょっとして幽霊を見たのか? という観念にとらわれましたが、今回はじっと観察します。

服装は、赤茶のようなセーターに白いショールを掛けていて、違和感というのは、女は全然動かない、じっと地面を見ているということと、やっぱりボサボサの髪の毛。で、やっぱり周りに人がいない。
近づく近づく。

あれ?

いないんです。
目は離さず、見極めてやろうとしていてたのですが、じょじょに透けたとか、そんなんではなく、近づけばいなかった、という感じでしょうか?

幻覚?
いやいや。しっかりと見えていた。影のあるべきところに影もあったので、物体として存在しているな、とは認識したのですが……。

なんなんです?
幽霊?
いやいやまだ疑惑は持っていますよ。
脳内で何かが起きて、奇妙なものを見てしまったのかも知れない。
でも、そう解釈すると、見ているもののすべてが信なるものとは思えなくなります。
見えるって、なに?

う〜ん。

kaidanyawa at 10:45|PermalinkComments(16)

2016年01月27日

お忘れ物

中山市朗です。

いまさらながらですが、16日の『気まま酒家』新年会は、思ったより大勢の方が参加してくださり、大変盛り上がり、かつ、楽しうございました。
やっぱり、気の合った人たちと飲む酒は、ええもんですわ。

ということで、次回『気まま酒家』は、2月13日の収録。
特撮映画について語ろう、ということになっています。
参加したい、という方、募集しますが、特撮にもいろいろありまして、私は変身ヒーローものとかはほとんど見ていません。したがって、映画、とくに東宝特撮について語ろう、ということになっております。
ここ、理解していただくように。

で、これが今回の主題。

16日の新年会で、お忘れ物がありました。
帽子です。
心当たりのある人は、連絡ください。



忘れ物



2忘れ物












心当たりはありますけど

kaidanyawa at 01:24|PermalinkComments(3)

2016年01月22日

聖徳太子と『未来記』の謎・第一回講座

中山市朗です。

20日に、京都造形芸術大学主催の「大阪芸術学舎」での私の講義、「聖徳太子と『未来記』の謎」の第一回目がありました。

怪談ではない私のもう一つの顔、オカルトから読み解く古代史、ということで、受講者の数が心配だったのですが、受講者は20人以上。
みなさん、だいたい40代から50代。70代の人も。そうとう勉強されている人もおられたようです。
おやおや、若いのがいると思ったら、どこかで見た顔。
私と『ムー』の三上編集長とのトークイベントの常連さんが何人か。
アスカリアンだそうです。

さて、この日は私の立場を説明いたしました。
私は古代史研究家ではないし、学派に所属している歴史の専門家でもない。
オカルト研究家として、そして作家として、聖徳太子を研究しているということ。
ただ、聖徳太子の謎、特に『未来記』などという常識的には眉唾なことを研究しようとするなら、このオカルト的見地から見ないと何もわからないと思われるのです。
「オカルト研究家では怪しまれるから古代史研究家という肩書にした方がいいのでは」と、何人かの人に言われたことがありますが、私にはちょっとそれには違和感がある。
やっぱりオカルト研究家で通す。ただ、オカルトと言う言葉の誤解を解きたい。

オカルトという言葉は、何度もこのブログで述べたように、日本では大きく誤解されています。
お化けや幽霊の怪異談や都市伝説の類までがオカルトとして語られ、ネットの掲示板にも書き込みされています。しかし、怪談はオカルトではない。
オカルトは、宗教、神の本質を理解しないとわからない。本来は宗教学の一分野なのです。
欧米では『聖書』がオカルトの根源となるわけです。
欧米人とは、端的に言うとキリスト教徒です。今のヨーロッパの文化、芸術はキリスト教と密接な関係があります。その歴史も価値概念も思想も教会とキリスト教徒が作ってきたといっていい。
しかし、その権力者たる者たちは(この権力者たちは必ずしも表に現れるものではない)、神の力を借り、神託によって人民を支配しようとした、あるいは神に近づこうとしたわけで、そのための『聖書』の読み解き、彼らにしかわからない啓示を欲したわけです。ゲマトリアなんてそのための手法として編み出されたものですね。
神官や占術師、錬金術を操る学者たちが、そのための叡智を探りました。それが当時の科学でした。
その叡智が科学が、いわば森羅万象を読み解く叡智、つまり、オカルト=隠されたもの(隠された神の叡智)であるわけなのです。
ただそれは、一般市民には享受されず、「そんなものは無い」と隠されわけです。
まあ、昔のヨーロッパ人は識字率も低く、『聖書』が読める人も少なかったんで、そういう叡智を求めることができるのは、自然と特権階級の人たちということになるんですけど。

ちなみに、18世紀頃のフリーメーソンの奥義に、それは取り込まれ、それを知りたくてフリーメーソンリーになった人も多かったようです。

以前、ある大学の宗教学者のアメリカ人と、オカルト論争をやったことは書きましたが、彼は「『聖書』を理解しない日本人にオカルトの研究は無理だ。日本にオカルトなどない」と言い、私は「『聖書』がなくてもオカルトはある」と反論したわけです。
『オカルト』という著作をコリン・ウィルソンが発表しています。一般的にオカルトという言葉が認知されるきっかけはこの一冊にあったわけですが、そこには東洋の神々について触れられていない。
実は東洋にこそ、オカルトはあふれているんです。中国やインドはオカルトの宝庫。『聖書』がなくても神々はたくさんいますから。神のあるところにオカルトはある!

わが日本だってそうです。

まず天皇という存在。天皇はなぜ現人神だったのか。
それは、系図上、上古の神代より続くという系譜もありますが、たとえば大嘗祭なんて、いったいなんなのか、わからない。また秘儀中の秘儀。しかし天皇たる聖霊はこの大嘗祭で憑依し、それによって天皇が永劫に継承されていくわけで、この聖霊を天皇霊と名付けたのは折口信夫でしたが、これぞ「隠された神の秘儀」であるわけです。またこの大嘗祭は、おそらく世界最古級の儀式であろうとも思われます。
となれば、古代の日本の宗教、儀式、神々を読み解くうえでもこれは重要なものであります。

天皇は天子でもあるので、道教にも関わってきますしね。

物部や賀茂氏の古神道や陰陽道などは、この天皇と密接に関係し、日本列島のあちこちに点在する古代遺跡や社寺などは、ち密な曼陀羅を形成していて、霊的バリアを張っている。
でも、こういうものは目では見えない。ある法則を読み解いて、古代の神々の本質を知り、それを地図上で見ることによって、その曼陀羅が見えてくる。

とまあ、「私は目に見えるものしか信じない」という人には、つまりオカルトは絶対に見えないわけですな。
目に見えるものには偽りが多く、見えないもの、隠されたものにこそ真実があるかも知れないのに……。

この、天皇という聖性を創造したのは、論理的体系の無かった神道を、道教の論理で体系を試みた聖徳太子であろうと思っています。いや、彼のほかに誰がいようか、ということ。
その証拠というか謎は、四天王寺に隠されていて、四天王寺も実際に行ってみれば、五重塔や金堂があり、金堂の中には本尊の救世観音像や四天王の像などがあり、それらを見る限りは、まぎれもない仏教寺ではありますが、感を働かせ、常識を疑う目で見ると、仏教寺とはいえないものも見えてきて、それが四天王寺の本質であることに気付くわけです。

聖徳太子という人物を読み解くには、そういうオカルト的視点が絶対に必要なのでして、これは歴史学の範疇ではないわけです。歴史学は、あくまで文献学ですから、太子死後約百年して成立した『日本書紀』を最重要史料にするしかない。そうなると、聖徳太子の実在が怪しい、という見解にもなるわけです。

しかし、聖徳太子の時代より少し前に仏教が伝来し、道教ももたらされた。今の神道とは違う原始神道があった。そして聖徳太子は新羅の弥勒仙花を信仰する花郎と結んだ。弥勒の救世信仰はここからもたらされたわけです。また秦氏の信仰もある。そして、聖徳太子を追うと、物部神道の根源となる海部の神道へと行く。これらが見事に聖徳太子の時代に体系化され、天皇の聖性の元となったわけで、それが四天王寺の伽藍形式の中に、ちゃんと隠されているわけです。
空海は、このことを真言密教に封じ込めています。

民俗学的見地から見ても、聖徳太子は出てきます。
特に、畜産とか、牛馬の歴史を研究すると……。これ、つきつめると部落差別の問題が関わるので、あまり学者は触りたがらないし、論文にもしにくい。本来、学術にタブーがあってはならんのですけど。

つまり、聖徳太子の研究は、そういった、歴史学とは違う視点で観ていくと、タブーすれすれのところで、その存在が生き生きとよみがえってくる。その中には『未来記』は、矛盾なく存在するわけです。

とまあ、私がオカルト研究家という肩書を「怪しい」と言われながらも持っているのは、そういうわけでして。

トンデモなんて言われるのは、ホント、歴史学とは違うアプローチですから。
そういうことを理解していただかないと、今後の講座は、ずっとトンデモが展開することになる。

受講生のみなさん、納得されたようでした。

最後に質問を求めたら「太秦の三本鳥居についてどうお考えですか」という質問が来た。
ちょうどパソコンに写真が取り込んであったので、それを見せながら、佐伯好郎説による秦氏=ユダヤ説を説明。アスカリアンを除くみなさんは、知らなかったようです。
三本鳥居は、京都太秦の蚕の社(正式には木嶋坐天御魂神社)の元糺の池に立っておりまして、原始キリスト教(景教)の跡ではないかと、これは神社の由緒書きにも書いてある。
でも、私の見解は言わなかった。謎を提示したので、興味を持ったらみなさんに調べていただきたい。

そのうえで、私の見解を言いましょう、ということで、太秦の謎を提起したところで終了しました。








写真は木嶋坐天照御魂神社の由緒書き。

最後の条項、三柱鳥居として、全国唯一の鳥居であり、一説には景教(キリスト教の一派ネストル教千三百年前に伝わる)の遺物ではないかと伝わる、と記されている。
拡大可。

木嶋神社・由緒書き














と、これからも楽しく、新たな発見がありそうな講座となりそうです。





kaidanyawa at 02:25|PermalinkComments(6)

2016年01月19日

作劇塾からのお知らせ

中山市朗です。

さて、ご存じのように私は作劇塾という、作家養成塾を運営しております。

作家といいましても、いろいろありまして、小説家はもちろん、ノンフィクション作家、コラムニスト、シナリオ作家、漫画原作、漫画家、絵本作家、放送作家、舞台作家、映像作家、造形作家、ゲーム作家、CG作家などなどありますが、主に小説、ノンフィクション、コラムニストという著述作家と、シナリオ、放送作家を対象としております。あ、純粋に怪談を学びたい、という人も歓迎しますよ。

ネットで検索して、真っ先に表示される「作劇塾」のホームページが2年半ほど前から停止しており、塾は閉鎖されたのではないか、と言う人もいるようですが、塾は運営しております。
現在の塾に関する情報は、オフィスイチロウのホームページ、上の段の作劇塾からお入りください。塾生たちのブログなども読めますよ。

この作劇塾は、現在、もともと私の放送作家としてのマネージメントをしておりました大滝エージェンシーが、管理、運営をしておりますが、4月より私の書斎に教室を移し、仕切りなおしてオフィスイチロウが管理、運営することになりました。
資料等は、こちらの方が充実しております。

少人数制と現場主義という方針はそのまま、特にシナリオ、放送作家志望の方々とは、あるいは怪談で何か活動をしてみたいという塾生とも、後々にはオフィスイチロウのメディア展開とのリンクもやれればなあ、と思っております。そのうち、ホラー映画なんかも作ってみたいですしね。
4月からのことですが、今、いろいろ考えている方には、ちょっとそのことも含めて考慮していただければ。

専門学校などは高校から入ってくる学生がほとんどですが、我が塾はサラリーマンやOLなど、仕事を持っている人たちが中心です。年齢制限もありません。作家には資格もなにも必要なし。大学を出ていなくてもOK。
本人しだいです。
おもろければええんです。
また、プロの作家を目指すのではないが、いろいろな考え方や世界を知ってみたい、という方も歓迎します。もちろん初心者OKです。

4月8日(金)より、毎週金曜日の19:00より約2時間、そのあとは自主参加による「作劇ネトラジ」の収録、そして朝まで飲み会、という流れとなります。
授業は週替わりでインプット(講義)とアウトプット(作品合評)の繰り返し。
一つのアウトプット(創作)には100のインプットが必要。
それがプロの作品を作ります。

そしてネットラジオでは、創作の観点から、テーマをもって仲間同士語り合ってほしいと思います。
一つのテーマについて考え、意見を述べる、そして他人の意見を聞き、取り入れるなり、ロジックでもって反論をする。あるいは、話を回していく。
そういう語り合いは、創作の基本です。
語りは作品に出ます。やっぱり面白い語り口は、面白い文章を生むのです。
もちろん、作家は独り籠って書くのが仕事ですが、それだけでは作品は世に出ないわけでして。プロならば、作品を商業、ビジネスにしなければならない。つまり、編集者やクライアント、プロデューサーの人たちと丁々発止やりあって、作品を売り込んだり、作品の方向性を決めたり、修正したりするわけです。また、発展させるわけです。作品を売るための広報、宣伝も作家がやる時代です。
売れなきゃ、次の依頼は来ませんから。

言いたいことを瞬時に頭の中で整理し、口に出す、ということは創作脳を活発化させる訓練と刺激なのです。もちろん、ネトラジと飲み会は強制ではありません。個々の事情を優先してください。
参加したい塾生が居残ってくれればよろしいかと。
ただし、作家になるためには何を最優先すべきか、という志が大事。それもじょじょに学んでいただきたい。
なんでもそうですが、プロへの道はそうは甘くない。志が無いと無理でしょう。技術は志についてきます。

そんなこんなで、我々フリーの人間は、飲むことも仕事のうちですので、飲みながら熱く語ることは積極的にやっていただきたいし、創作仲間がいることは、創作活動において何より心丈夫なものです。プロとして活躍している元塾生の参加などもありますので、身の丈に合ったアドバイスをもらうこともできましょう。また、私もそういう語りの場があって、塾生各々の適正、考えが把握でき、より適格なアドバイスが授けられるのです。私自身の刺激にもなりますしね。
未成年者がわが塾に入ってくることは滅多にないのですが、もし入塾してくれば、未成年者はもちろん飲み会NGです。ご安心ください。

受講料は、入った時に入塾料として1万円。
あとは月々1万円、という月謝制となります。出張やいったん籠って書く、というときに適応できる仕組みです。
10人で締め切ります。

入塾希望の方は、
info@officeichirou.com

06−6264−0981(中山直通)からどうぞ。

少人数制の塾ならではのきめの細かい指導、サポートを全力で行う覚悟です。



作劇塾からのお知らせでした。

なお、過去、お笑い芸人を多数輩出し、テレビ番組制作にも関わっていた有限会社大滝エージェンシーはここ数年、芸能プロダクションとしての活動を停止しておりましたが、今年より再び芸能活動のマネージメント、および営業活動、タレントの養成、発掘などを行うことになりました。
オフィスイチロウとしても業務提携という形で、ともに歩んでいく次第です。







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2016年01月16日

気まま酒家・新年会

中山市朗です。

本日22:00より、ネットラジオ『気まま酒家』が放送されます。
私のライブのお客さんや読者のみなさん、何人かの方たちとの新年会のようすを生放送。
そんなもの放送して、はたして大丈夫なのか?
もともとの番組コンセプトが、飲みながらグダグダ語るというものですから、テーマ通りでいいのか。
まあ、わけわからんようになっても、ノンスポンサーのネットラジオならでは、ということで。

放送UR Std1.ladio.net:8030/aberu.m3u

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2016年01月15日

三代目桂春団治追悼

え、ようこそのお運び、厚く御礼申し上げます。
相変わりません、ばかばかしいお笑いを一席、聞いていただきまして、失礼をば、させていただきます。
やもめ、店賃ほど家にいず、
屁をこいて、おもしろうもなき、一人住み……。

中山市朗です。

SMAP解散で芸能記事が一色の中、その端っこに載った記事に私は「あっ」と声をあげてしまいました。

三代目桂春団治師匠が、お亡くなりになったという記事。
85歳。うちのおやじと同じ年齢ですがな。亡くなったの。
桂春団治という名は、上方落語における大看板の名前です。

これで、戦後、滅びたと言われた上方落語の復興者であり牽引者であった、上方落語四天王、六代目笑福亭松鶴、桂米朝、桂小文枝(五代目桂文枝)、そして三代目桂春団治と、四人ともが鬼籍に入られてしもうた、ということになります。
特に、昨年の米朝師匠に続いて、今年の春団治師匠ですからな。ちょっとショックです。
この四人のお師匠さんがいたから、私は上方落語の愛聴者になったんです。

四天王の四人ともが、とにかく当時の東西の落語界で突出した存在でした。そして、まったく別の個性と芸を持っておられて、誰が好きとかはなんとも言い難く、それぞれに魅力があったのですが、あえておひとり、となると私は春団治ファンでありました。
私の生まれた年に、福団治から春団治を襲名されていますので、春団治歴が私の年と同じ。
「こう見えても、古ぅおまんねんで、わたいは」

「芸のためなら、女房も泣かす」という歌は、初代春団治を歌ったもの。その破天荒な初代の生き方、芸風とは三代目はまったく正反対の芸風でしたが、この初代のイメージが浪速の春団治という固有名詞を生んで、この浪速の春団治が引退したという記事がスポーツ新聞に載ったことがありました。
「浪速の春団治・引退!」
そう、代打一筋18年、阪神タイガース川藤幸三。現役18年で積み重ねてきた安打数211本。
イチローはオリックス入団3年目で、年間210安打。えっ、比べたらあかんて?
その川藤の引退記事。なぜかこの人、浪速の春団治と言われてました。
しかし、春団治と言う名は、上方、つまり大阪にしか存在していませんからな。つまり、一人しかいない。当然ですけど。その春団治の引退記事。
そら、当代春団治師匠は叫びますわな。
「わしゃ、まだ、引退しとらんぞ!」
ちなみに、春団治師匠は南海ホークスのファンだったとか。ほんまの浪速人や。
また、手塚治虫が絵をかいて、ギャラをもらった最初が二代目桂春団治の独演会のポスターを描いたときだと、何かで聞いたことがあります。二代目は、三代目の実父。しゅっとした三代目と違い、腹がぽってりと出たほていさんのような人だったようです。

さてさて、私が最初に師匠の芸に触れたのは、昭和48年、サンテレビで1時間枠の『上方落語大全集』という粋(すい)な演芸番組がありまして、明確に覚えてます。林家染三「ふぐ鍋」、桂春団治「寄合酒」が放送されました。
染三さんの高座というのが今思うとすごい貴重やったんですが、続いて現れた春団治師匠。すげえ、小声で「え、ようこそのお運び厚く御礼申し上げます……」と。なんや地味な落語家さんが登場したな、と思っていたら、ネタに入ると、どんどんはっちゃけて、大爆笑。テンポがいい、間がいい、所作が美しく、声がいい。上品で、はんなりしていて、色気がある。でも発している言葉は下ネタ。
「なんだこれは!」
以後、春団治ファン。
なんなんでしょうな。当時、四天王は松鶴が50代、米朝、小文枝、春団治は40代。
この四人が上方落語の最高年齢でした。落語なんて60代、70代で名人になるような芸です。
なのに四人ともこの年でもう、大真打の実力、貫録、存在感がありました。
上方落語を伝える、という使命感がその裏にあったのでしょうか。今の40代の噺家なんて、まだまだ若手に見えますもんね。
で、春団治師匠、踊りは山村流の名手やそうで。だから、しぐさがしゅっとしているんです。
あ、しゅっというのは大阪弁で、かっこええ、見栄えがええ、整った、おしゃれ、そういう言葉を全部兼用しているような、褒め言葉。
「あんた今日なんや、しゅっとして、どこへお出かけ?」
そんな話はどうでもええ。
春団治師匠、羽織を脱ぐしぐさが天下一品、というか、羽織をスッと脱いだときに、拍手が起こったの東西通じてこの人だけ。このころ中学生だった私は、春団治のLPレコードを見つけては買っていました。で、聞いていると心地いい。そのうちその落語もすっかり覚えてしまって、、「俺は将来、落語家になる。そのときは春団治の弟子になる」なんて思っていたときもありました。そのころはまさか、将来、怪談を語っているとは思っていなかった……。

高校生になって、絵画の特訓をすべく(画家をめざしたことがあるんです、お恥ずかしい)、中之島美術学園に通うべく、春と夏休みは大阪で寮生活。で、学校へ行かず(ここでもう画家にはなれん)よく通ったのが新世界・新花月という松竹系の演芸場。ここ、わりと安かったので、隣の三本立ての映画館、シネマ温泉劇場とともに、入り浸っておりました。春やすこ・けいこ、サムライ・トリオ、暁伸・ミスハワイ、ハナ寛太、寛大、レツゴー三匹、フラワーショーなんていう、どがちゃがな芸人に混じって、松鶴、春団治のどちらかが高座に出ていて。
松鶴師匠は、たまたまそうだったのか、いつ行っても「相撲場風景」をやっていたんですが、春団治師匠は「寄合酒」「代書屋」『子ほめ」「祝いのし」など、マクラも振らずにいきなり噺に入って、「漫才せえ」「落語は嫌いやねん」とやじっている酔っぱらいの客を、その芸で黙らせて、今度はどっと笑わしていたのが、すっごく印象的でした。
あるとき、「野崎詣り」を厚生年金ホールと新大阪のメルパルクホールやったか、連日で生で聞いたとき、一方は情景重視の演出、一方は爆笑編に仕上がっていたんです。あんまり、間もテンポもセリフも変わっていないようだったんですが、やっぱり、間とテンポなんでしょうな。そういう巧さ、という点では東西髄一のお師匠さんでした。その代り、ネタ数が少ない。
晩年は「寄合酒」「野崎詣り」「代書屋」「親子茶屋」「祝いのし」「高尾」「皿屋敷」「子ほめ」「お玉牛」「鋳掛屋」「月並丁稚」くらい。そのネタに工夫を凝らし、練りこんで練りこんで、納得しないと高座にかけない。「宇治の柴舟」「有馬小便」は、気に入らんといって演じなくなった。「有馬小便」なんて題からして下ネタで、NHKの収録で聞いたことがありました。オンエアされたのかは不明。でも、高座は上品かつエレガント。
これ、戦後間もなくが舞台で、有馬の旅館の二階に便所が無いから、「小便させ屋」みたいな商売をする男の話。竹の筒にナニを差し入れて、下に桶を置いて、二階からそこへ流す、というもの。
男はええんですけど、若い女中が「ちょっと、おしっこやさん」と二階から呼び止める。で、どうなるか。
「ちょっと、上見んと、下向いてくれなはれや」
「へえ、下向いときますさかい、はよ、しとくなはれや」
「おかあちゃん、なんや、これ、しにくいわぁ。こんなんでしたことないわ」
「そんなこと言わんと、はよ、しなはれや」
「そやかておかあちゃん」
「こんなん、しにくいわ。(ジョジョジョ)」
「あの、こぼさんように……」
なんちうやりとりを、春団治師匠、これを上品に、で艶っぽくやらはるわけです。
「お玉牛」なんて、アババの茂平とかいう男が、お玉ちゃんという村で一番の娘に夜這いをかける話。
ところが布団には博労してきた牛が寝かせてある。電気も無い時代。闇の中、手探りでお玉ちゃんだと思って牛の体をまさぐる。
「お玉ちゃん。布団めくったから言うて、キャッてなこと言いなや。あれ、お玉ちゃん、えらい毛深いな。ははあ、毛布てなん、かぶせてあんねんな。大事にしてもろてんな。玉ちゃん、頭どこや」
この、手の動き。
下手な人がやるとゲスな話が、春団治師匠にかかると、その所作が、華麗な舞踊を見せる芸術になる。
これは、人間国宝、米朝師匠にもできない業。
「宇治の柴舟」もね、すごく色気のある話なんですけどね。この色気を出せる噺家は、もう、出ない。
「高尾」や「皿屋敷」の幽霊も、なんか、色気がある。

そんなんがもう、観れんのやなあ。

この他、「寿限無」「平林」、CDで「豆屋」を聞いたくらい。数をやるというより、持ちネタを徹底的に練り上げ、完璧なものに仕上げるという人でした。東京で言うと、桂文楽のような芸人だったのかな。
松鶴は、志ん生。米朝は圓生?
その東京落語の魅力の一つは「べらんめえ」。つまり「てやんでぇ。べらぼうめ。てめえ、なにやってやがんだ、この唐変木、おとといきやがれってんだ」なんていうあの口調。江戸っ子が相手のののしるときに使う言葉。
亡き志ん朝師匠が、これ、巧かったんですが、これ、ぽんぽんぽーんと勢いよく、かつ、よどみなく、流れるようにやらなければ芸になりません。今の東京の噺家さんで、これがちゃんと芸になるという人がどれだけいるか?
一方、上方落語は、もっちゃり、というか、「おまはん、なにやってんねんな、無茶しよんな。アホなことしないな。もうええわ」なんていうことになる。ところが春団治師匠の「野崎詣り」や「祝いのし」なんて、言葉は昔の大阪弁、もっちゃりしているんですけど、そのテンポ、勢い、流れは「べらんめえ」なんですよ。
こういうことができる名人中の名人でした。

春団治師匠。高座以外でお見かけしたのは、現桂春蝶さんの結婚披露宴。
もちろん春団治一門がずらりと顔を見せていたわけですが、このとき、ビデオメッセージで、オセロの松島さんが語った内容が、会場を凍らせた。
「春蝶さん、おめでとうございます。師匠の春団治さんて、私知らないんですけど……」
同じ松竹芸能やろ。こら、しくじった?
ふと、席を見たら、春団治師匠、もう、いなかった。早寝やそうな。

その、春団治師匠の席の近くを通った時、師匠と目があったんです。そしたら師匠、席を立ちあがって、私に丁寧な一礼しはった。もちろん私も一礼したわけですが。
きっと、師匠、誰かと間違えてはったんやと思います。

まさか、沖縄で私に会ったとか?
(わかる人にしかわからんオチで、えらいすんません)


上方落語四天王

春団治三大奇   

春団治桂

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2016年01月14日

『気まま酒家』新年会!

中山市朗です。c

さて、新年会を行います。
16日(土)、Cainさんが主催するネットラジオ『気まま酒家』は、リスナーの人たちと朝まで飲みながら、ぐだぐだ、いや違う、今年の予想とか、やってみたいこと、夢、最近あったおもろいこと、刺激的なこと、アホな体験、歴史、芸術、映画、サブカル、もちろん怪談やオカルトなどなど、話題はどこへ行くかわかりませんが、そんな酒を飲みながら語り合う、という新年会をやります。飲みながら語り合ったことが生放送されるという、こんなん、ええんでしょうか?

生放送は22:00〜0:00頃まで。
そのまま、飲み続けて、2本目撮り。みんなできあがっている頃かな?
こちらは録音となって、30日(土)の22:00より放送します。

収録場所は、大阪市長堀橋にあります、私、中山市朗の書斎。

20:45〜21:00頃、地下鉄長堀橋集合となっております。
参加希望の方は、Cainのブログ、で検索すれば、Cainのアメーバ・ブログというのが出てきますので、そちらで詳細をお読みください。お酒、おつまみは持参です。
囲炉裏の火を焚いてお待ちしています。
人数に限界がありますので、お断りする場合もあるかも知れません。

なお、いったん放送されました『気まま酒家』についての著作権は、オフィスイチロウに所属いたします。
ご了承ください。
ただし、その音源をお金にするとか、商売にすることはございません。
データの管理と不正使用、アップなどを防ぐための権利ですので、ご安心ください。






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2016年01月10日

Dark Night 17 報告の巻

中山市朗です。

『Dark Night 17』、無事終了いたしました。
ご来場くださったみなみなさまに、厚く御礼申し上げます。

来られなかった方々のために、ちょっとどんな内容だったか、報告いたします。

ゲストは『怪談グランプリ2015』優勝者、竹内義和さん。
まずは、第一部。
『怪談グランプリ』の裏話。
「あの番組の収録は、実はですね……」と、怪談ではないが、なかなか興味ある事実が!
まあ、私もかつて怪談番組の構成をやっていた立場からすると、ちょっとその収録方法は問題あるよね、とまあ、これは語り手から見た問題。収録する側からすれば、致し方が無いのかも知れませんが、地上波のテレビ番組の限界がここに!
制作者側として無難な番組作りをするということは、肝心の「怪談」の怖さの要素を犠牲にする結果を招く。
まあ、他の出演者からも同様な声を聞いていましたけど。なるほどねえ。

しかし、KTV『怪談グランプリ』は、怪談マニア、ファンにとって今や必須の番組ですから、これからも続けてもらいたいものです。私も蔭ながら応援します。

と、そんな裏話から、楽屋で展開したある怪談の話。ある映画の製作現場で起こった奇妙な光景。これがある有名な事件につながり、その場にいた人たちに何らかの関係があったという、奇談から、今回の怪談トークがはじまりました。
続いて、竹内さんがなぜ『怪談グランプリ』で、あの話「ジバスベリ」を語ったのかの裏話。そこには、そこには竹内さんのお母さんが語った奇妙な話が発端となっていた、という話に。竹内さんの実家は和歌山県。あそこは妖怪、バケモノの話が実にたくさんあるんです。そういう環境と竹内家は、そうとう密着していたらしい。
まだまだ出そうなので、それは第二部で語ってもらうこととして。

私は、その母というキーワードで思い出したおはなしを。
未発表、未公開の、ちょっと長い怪談です。
若くして母親を亡くした兄弟をめぐって、亡くなる前に母が約束したあることと、亡くなってから実際に起こった数々の奇妙なこと。母親の息子たちへの愛、とはいえ、周りの人間は恐怖……。

さてさて、休憩をはさんで第二部。

妖怪談義となりました。
狐狸妖怪といいますから、どうもそりゃ、狐か狸が化けたんやで、と昔から言うわけですが、ほんまにそんなことってあるん?
いやいや、どうもあるようなんです。
そんな和歌山に現代も棲くむ妖怪たち。それは、なんだか悪戯っぽい狐狸たちの行動、と言いたいところですが、この日、語られた狐狸たちは、悲しくも恐ろしい。
私も最近取材できた、あるキャンプ場での出来事と、四国の漁村であった、ある不可解なお話を。
幽霊が出たわけじゃないんですけど、じゃあ、さっき起こったことはなに?
竹内さんの話と、私が語った話からすると、どうやら狐狸たちは、しきりに名前を呼ぶ。
そして所作や言動のどこかに、不可解な、ケモノを思わせるものが……。

やっぱりこういった、あやふやな、しかし、否定しようのない現象は、狐狸妖怪の仕業なのか?
『怪談グランプリ』ではカットされていた「ジバスベリ」も、司会者、半田あかりさんのリクエストもあって、完全ノーカットで!
なるほど、テレビの編集では、肝心のキモ、がカットされている!
これでは意図とした恐怖が伝わらない!
続いて、竹内さんの口から、狐狸につづいて、蛇、らしき、これは妖怪なのか、異形のものなのか、というお話が。
それと、竹内さんと話していてわかったことは、紀ノ川に河童がいる!
竹内さんは、父親が遭遇したという河童の話、完全に忘れていたようですが、私が明確に覚えていて、私が語りました。竹内さんも「あっ、そうだそうだ、そんなことあった」と、聞きながら思い出していたようで。あの話、実は後日談があるんですけどねえ。

でも、こういうことを私が言うのもおこがましいですが、今回の竹内さんは、『怪談グランプリ』を制した自信からか、いつに増して饒舌、というか、運びが巧い。

こりゃ、負けてられん。

コーナーのラストは、私から、明治時代に起こったあるお話を。
これは信じられないお話ですが、設立間もない東京大学医学部にその報告書が残るという、奇妙なお話。
哀しい要素も垣間見える、私の好きなお話です。

第三部は、もう残り1時間。
はえ〜。準備してきた9本の怪談が、まだ5本残っている!
ということで、竹内さんが披露したとっておき怪談の後、私もこれまた、未発表、未公開の、実に嫌〜な後味を残す、あるアパートの部屋の話。
気を付けないと、深入りすると、命をとられる。
だが、深入りしたことを、たいていの人間は自覚しないでいる。
死ぬぞ。


とまあ、ほんと、あっという間の5時間。
語りたい話はいっぱいあったのですが、また別の機会に。

物販に用意いたしました新作『怪談狩り・四季異聞録』も売り上げ好調でした。
改めて御礼もうしあげます。

で、打ち上げ!

ダークナイト17

kaidanyawa at 14:22|PermalinkComments(10)

2016年01月08日

Dark Night 迫る!

中山市朗です。

「Dark Night17」、いよいよ明日(9日)深夜となりました。
年末に竹内さんと、ザッとした打ち合わせ、一昨日には司会の半田さん、スタッフとの打ち合わせも終わらせて、あとは本番を望むのみです。
お客さんの中には、きっとライブに向けて緻密な打ち合わせをしているんだろう、と思っている人もいるかもしれませんが、我々は台本通りに演じる役者でもないし、打ち合わせをしてもその通りに行ったことがない。

これは、私のライブじゃないんですが、ある大学のパネルディスカッションに参加したとき、私を含めた6人の教授、作家たちの割り振りや、時間も決めて、ちゃんと打ち合わせしたのですが、本番になると一人の教授が延々持論を30分語り、次の教授も30分……、結局それぞれが順番に持論を述べて、時間切れでディスカッションできずに終わった、ということもありました。まあ、大学の先生は観客の人にサービスしようなんて思っていないですから。ちょっとあれはヒドかったですけどね。私もエライもんに出たなと反省しきり。
昔の話ですけど。

テレビ番組も、関西の局はほんとうに、進行とコーナーが台本に書き込んでいるだけで、基本的には出演者にまかせてある、というのが現状。セリフを書き込んでも、芸人はそれを読まないしね。
ただ、テーマと、これだけは押さえておかないと、というものは、ちゃんと打ち合わせをして、ちゃんと提示しなければなりません。ここは、プロならわかっているので、そう心配はいらない。


ライブの面白さは、お客さんとの関係、あるいは場内の雰囲気、空気から生まれるもので、そういう空気を読むセンスが必要とされていると思います。
そこは大学の先生方とは違い、我々はエンターティメントを生業にしておりますから。
ただ、難しいのは、怪談トークは照明を暗くするために、お客さんからはステージ上の我々は当然見えているわけですけど、会場や照明の具合によってこちらから客席が暗くて見えない、ということもありまして。こういう場合はほんとに空気を読みながら進行するわけです。話も流れ上、用意してきたものは捨てて、忘れかけた話を思い出しながら語る、ということもしばしば。
ゲストの方との関係、やりとり、間もありますしね。
それと、お笑いなら場内の笑いではかれるわけですが、怪談は息をひそめるわけですから、直接的な反応はうかがえない。ここはほんとうに難しいわけです。
でも、私はそこが楽しいんですけどね。
毎回5時間、あっという間に終わっている感覚です。

竹内さんは関西テレビ『怪談グランプリ2015』優勝で、満を持しての語りをステージで繰り広げてくださると思います。「もし、今年も『怪談グランプリ』に出させていただくなら、これを語ろうとしいう話があるので、それを今回語らせてもらいます」と、打ち合わせ時に竹内さん。
私もまだ最新作の『怪談狩り』にも書いていない話を用意しております。流れ上、それがご披露できるかどうかはわかれませんが?

予約状況が、いま、予約が入ったかと思うと、その分のキャンセルが入る、増えたり減ったりがいつもよりあるようです。
年始明けの、しかも2連休前日、などということがあって、みなさんのスケジュールに突然何か入ったり、やらなければならないことが入ったり、家族サービスもあったりするのでしょう。

ということで、今のところ、席に若干余裕があります。
当日、ふらりと来られても当日券が出ている状況になるかもしれませんが、まあ、保証できませんので、できましたら予約を入れられるのが賢明かと。

物販コーナーでも『怪談狩り・四季異聞録』を置いてありますので、ぜひぜひお求めください。

怪談は夏だけではない!
我々から、そういうメッセージを発信していこうではありませんか。


kaidanyawa at 00:30|PermalinkComments(8)

2016年01月06日

RKOラジオ映画、次々とブルーレイ化!

中山市朗です。

今年、最初に観た映画は、ジョン・フォード監督の『駅馬車』。1939年公開。これでジョン・ウェインがスターになった! 米国製の字幕なしのブルーレイ。
続いて、ブルーレイで買ったはいいけど、ずっと棚に置いたままだった『シン・レッド・ライン』。続けて何度も観た『戦場にかける橋』。こちらは2作品とも字幕ありの日本製ブルーレイ。
学生の頃は、映画はスクリーンで観るもんだ、というポリシーがあって、テレビで観た映画はカウントしていなかったんですけどね。ブルーレイという解像度と140インチのスクリーンがあると、製作者たちの意図した色彩や照明、構図がきめ細かく再現されますので、考えは改めにゃならん。まあ、今はレンタルビデオだの安売りDVDだののおかげで、名画座やミニシアターもどんどんと閉鎖されてますしね。
映画好きの塾生が「先生、今、ハリウッドの昔の映画なんて安い値段で、ネット配信していますよ」と勧められたんですけど、映画をタブレットやパソコンの画面で観るなんて、ピカソの「ゲルニカ」を絵はがきで観るようなもん。観たうちに入りませんわ。
『アラビアのロレンス』『ベン・ハー』『2001年宇宙の旅』なんて、そんなんで観て、観た気になるなって。まったく違うもんになっているから。

もっとも最近の映画は、そうやってみられることも意図とした画面構成、演出がしてあるので、昨今の映画なら絵はがきサイズで観てもかまわんか。

昔の映画を若い人に観てもらいたいと思います。いいものはいい。
若い人たちは、昔の映画は、なんとなく敷居が高い、とか、難しそう、なんて言うんですけど、そんなことはない。映画は誕生したときから、娯楽、エンターティメント。魅力のあるスターたちもいる。
教え子相手に古い映画の上映会をしたこともあるんですけど、やっぱり、いいものはちゃんと評価して、どんどんはまっていく。いい映画は時代を超えるんです。

それから今の、例えば、ジョニー・デップだの、トム・クルーズだの、ハリウッドのスターたちって、年とらないでしょ。女優さんもそう。
昔のゲーリー・クーパーやクラーク・ゲーブルなんて、若いときは美男、これが年をとるごとに渋くなって、貫禄も出てくる。それ相応の役をやる。ジョン・ウェインなんて60代になった頃には、もう腹も出てるんだけど、そこがよかったんですけどね。
で、ネットで昔の映画がブルーレイ化されないかとよく検索するんですが、なかなかメーカーは出してくれませんねえ。1930年、40年、50年代くらいのハリウッド映画。日本映画もそうですけど、この時代の映画が素晴らしいんですよ。ロマンチックというか、ムードがあるというか、夢があって、活気があって、人間味がある。下手なCGがそういうものを映画から奪ったような気がします。
CS、BSの洋画専門チャンネルも、この時代の作品はあまりオンエアしてくれない。
あるチャンネルにいろいろリクエストしたら「モノクロのものはねえ」なんて言われた。大馬鹿野郎!

ネットのレビューなんて見ていると、昔の映画はDVDでじゅうぶん、なんていう人が多いようですが、わかっていない。昔のあの、スタジオや監督たちがこだわったフィルムの色、質感は、フルハイビジョンのブルーレイだからこそ再現できるわけです。特にモノクロームのフィルムは、やっぱりブルーレイだと映える。
モノクロームは、私、学生のころ、卒業制作で撮影したんですけど、難しいですよ。光がすべてといってもいい。
それがビデオにするとつぶれちゃうんです。DVDもしょせんビデオ。
ブルーレイは、フィルムの解像度に近い。

ずっと昔、モノクロの古い映画をビデオで観ていたら、なんだか暗いところはよくわからない、明るいところはとんじゃったり。まあ、観れたもんじゃない。のちにハイビジョンで観たら「こんなに美しい映画だったっけ」と驚いたり。
きっと大勢の人は、このとき、モノクロ映画を見るのを拒否しだしたのかも知れませんね。

ところで、今回は何を書きたいのかというと、やっと、というか、こんな時代が来た、というこの歓喜!

アイ・ヴィー・シーという日本のビデオソフト・メーカーがあるんです。
チャップリンやキートン、英国時代のヒッチコック作品、ヨーロッパ映画やソ連映画のDVDを出しているメーカーで、ちょっと画質に問題のあるメーカー。オリジナルのプリントによるのでしょうけど。
でも、ここがブルーレイを出すと、これは素晴らしい画質を提供してくれます。

で、この1月末にブルーレイで、あのオーソン・ウェルズの傑作『市民ケーン』と『偉大なるアンバーソン』がついに出る! わけですよ。この2作品は、1950年代になって倒産したRKOラジオ・ピクチャーズというハリウッドの映画スタジオで制作されたもので、このスタジオの作品の権利が米国ではワーナーが持っているらしくて、日本では全然ブルーレイ化される兆しもなく、もちろんCS、BSでもオンエアしてくれない、珠玉の名画がいっぱいあるんです。それが、『市民ケーン』『偉大なるアンバーソン』を第一弾として、RKO作品を次々にブルーレイ化してくれるという!
なんという感激、なんという幸せ。
2月にはヒッチコックの傑作『断崖』、クラッシック・ホラーともいうべき『私はゾンビと歩いた』『キャット・ピープル』『遊星よりの物体X』が登場。ジョン・カーペンターがリメイクしたのは『遊星からの物体X』でした。
3月は、ジョン・フォード。『アパッチ砦』『黄色いリボン』『逃亡者』『幌馬車』。あれれ、『男の敵』がないぞ。
『黄色いリボン』は、DVDの画質がロクなものではなく、CSでたまにやっても、同じようなボケボケ画質。
オリジナルは、名キャメラマン、ウィントン・C・ホッチによるそら美しい色彩。なんでもレミントンの絵を参考にしたそうな。
『黄色いリボン』はアメリカでもブルーレイは出ていないので、もう、今から楽しみですわ。

RKOはこのほかに、ヒッチコックの『汚名』が残っているし、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの名コンビによる9本のミュージカルや、ハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』、これに『若草物語』『勝利の朝』『男装』をくわえると、若きキャサリーン・ヘップバーンが観れる。サミュエル・ゴールドウィンとの共作『我らの生涯の最良の年』『打撃王』『偽りの花園』、それに『シマロン』『月下の銃声』『太平洋航空作戦』、そして『キング・コング』もあります。
どんどん出してほしい。私は全部買う!

いや〜、え〜時代になったわい。



kaidanyawa at 17:03|PermalinkComments(10)

2016年01月04日

今年も怪しい年になる?

中山市朗です。

えーっ、みなさんは、いかにお正月をお過ごしでしょうか。
私はさすがに、飲み疲れました。
もー、酒はやらん、とかいいながら、次の日も飲んじゃうんですけどね。

初詣とかは行かれたのでしょうか?

私はここ何年も行っていません。
なぜなら、神を尊び神に頼らず!
というほどのことではありませんが、私にとって神社、仏閣は取材したり調査するところ。
ここの祭神はなんや?
あ、ここの祭神、明治になって変えられてるな。
ここに、この神様って、おかしいやろ。
なんてことを言いながら、神様に手を合わす、というのもねえ。
いやいや、神様は尊んでいますよ。
特に神社の祭神は、古代の日本の姿を知る鍵ですから。けっこうおもしろいですよ。

京都の古い神社なんて、地図で見てみると、ものすごくち密な曼陀羅が描かれる配置がされていて、『古事記』の世界を現しています。これは現地にいても気づかないし、見えるものでもない。地図で見ても、ある法則を知らないと、曼陀羅も見えてこない。こういうのが、真の意味でのオカルトなんですな。

ということで、今年も怪談の蒐集をやりながらも、オカルト(裏の宗教、歴史というか)の解読も、精力的にやっていこうかと思います。

で、新年早々のお知らせ。
もう告知済みではありますが、お正月ボケした皆様の頭の中に改めてインプット!
『ムー』の三上編集長とのトークライブ、第五弾が決まっています。
2月6日(土)、道頓堀文化祭2016冬の一環として「月刊ムーの世界不思議紀行5」。
『ムー』四月号で組まれる、聖徳太子『未来記』とモーツァルトに関する、大特集の前夜祭、みたいな感じになると思いますが、酔いどれ編集長のことですから、どんな展開になるやら。

そして、1月20(水)からは、京都造形芸術大学主催による講座で、聖徳太子と『未来記』の謎、について全5回の講座を受け持ちます。
教科書にある聖徳太子像とはまったく違う聖徳太子像を、私の蒐集した資料、取材先の様子などをお見せしながら、お話いたします。
これ、天皇ってなに?
という問題にもかかってきますよ。
そして、キリスト教との関係?
これだけ言っておきましょう。

京都太秦の蚕の社にある、謎の三本鳥居。
確信しました。

蚕の社(木嶋坐天照御霊神社)の由緒書きには、三本鳥居は千二百年前に渡来したキリスト教、ネストル派(景教)の痕跡ではないか、と書かれていて、またその説は、景教の世界的権威・佐伯好郎教授が提唱したものでありますが、そうではありません。
あれは、景教の遺物ではなく、確実に……、おっと、ここからは講座で聞いていただきたい。

講座の詳しいスケジュールや受講料などは、オフィスイチロウのHPからどうぞ。

仮にも大学の講座ですから、ガクジツ的な考察をしますよ。

あっ、それから『恐ろし屋」に、『怪談狩り・四季異聞録)より私の語る「冬」怪談がアップされています。
無料です。

『Dark Night』も近づいてきましたし。




蚕の社の三本鳥居

これはほんとに鳥居、なのか?

市腹三柱鳥居・蚕の社

kaidanyawa at 01:01|PermalinkComments(11)

2016年01月01日

今年もよろしく

中山市朗です。

あけましておめでとうございます。

旧年中は、いろいろお世話になりました。

今年も、いろいろと怪しいお話、いぶかしいお話、信じがたいお話、奇妙なお話、恐ろしいお話、で、ちょっとはためになるお話などを、皆様にお届けいたします。

中山市朗と、オフィスイチロウを、今年もなにとぞ、ご贔屓いただきますよう、よろしくお願い、つかまつりますう〜。

2016年元旦




kaidanyawa at 00:30|PermalinkComments(15)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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