2016年03月

2016年03月30日

二晩連続

中山市朗です。

え〜、4月1日の私の生誕祭および作劇塾開講記念パーティは、収容人数に達したようなので、これにて参加者を締め切らせていただきます。
ありがとうございます。

作劇塾では、引き続き受講者を募集しております。

えっ、プレゼント?
送ってください。



明日のイベントの後は打ち上げがあるやろし。
二晩続けて飲める!

kaidanyawa at 13:08|PermalinkComments(9)

2016年03月29日

アーカイブは無し

中山市朗です。

26日のネットラジオ「気まま酒家」、お聞きになりました。
なに?
聞くの忘れた?
正解。
ちょっと内容がヤバかったですから。

この回のアーカイブはあげませんので、あしからず。

気になる人は、4月発売の『ムー』の総力特集で。ちょっと触れています。

『ムー』しか、書かせてくれませんわ。

kaidanyawa at 05:57|PermalinkComments(6)

2016年03月24日

ジュンク堂千日前店

中山市朗です。

出版不況、てなことが言われています。
確かに、20年前から比べると、本を出版しても、初版が当時の1/3くらいに減っています。モノによりますが。
で、本の値段は変わらない。
ということは、作家、文筆を生業としている人たちは、よっぽどヒットしないと生活もままならない、という事態に陥るわけです。はぁ、大変ですわ。

そんな中、難波、千日前のジュンク堂さんが閉店いたしました。
ショックですわ。

私、ミナミに住んでいますので、本を探すとなればまずは、ジュンク堂さんへ行っていたんです。
ずいぶん、注文取り寄せもさせていただきました。

この書店は、実は私の本をよくおいてくれていたんです。

『なまなりさん』を出版したとき、ひょっこりジュンク堂さんに入ると、なんと「中山市朗フェア」をやっていたんです。
もう当時にして品切れ状態だった『捜聖記』もワゴンに入れてくれて、もちろん『なまなりさん』も平積み。
驚いて、すぐに礼状を出したんです。
そしたらお返事いただいて。
お店に、私のファンがいらしたらしく、その人の提案だったとか。

以来、『怪談狩り』シリーズも、必ず新刊コーナーで長いこと平積みしてくれていたんです。
いわば、私のお得意さん。
ジュンク堂内をうろついていると、読者の方からよく声をかけられたもんです。

それが、ねえ。

残念です。

みなさん、本は図書館で借りたり、古書店で買わずに、ちゃんと本屋さんでかいましょうね……?



kaidanyawa at 15:48|PermalinkComments(19)

2016年03月23日

ヤバヤバの対談本、出来上がりました!

中山市朗です。

さっき、『聖徳太子対談 飛鳥昭雄×中山市朗』の見本が、学研プラスより届きました。
いつものムー・ブックスみたいなのかなと思っていたら、ハードカバー版でした。


対談本














読んでいきますと、最初は編集部の意向に沿いまして、聖徳太子は本当にいたのか、本当の名前はなんだったのか、などという「聖徳太子」入門編になっておりますが、読み進めていくうちに、だんだん過激になっていきます。テーマは聖徳太子が書いたという『未来記』についての考察なのですが、飛鳥さんは聖徳太子をイエス・キリストにしたがるし、私にはフリーメーソンの正体について問いかけるし、私は私で、古代エジプトの秘儀、そしてイルミナティとモーツァルトの『魔笛』の関係と、話は広がっていきます。
ちょっとしゃべりすぎた?
 
でも、対談なので、いろいろ説明が欠けている感が無くもない。
『未来記』、フリーメーソン、イルミナティ、古代エジプトの秘儀、『魔笛』とつながるロジックは来月9日発売の『ムー』で総力特集に、私が執筆しておりますので、併せて読んでいただければ。

電子書籍『モーツァルトの血痕』が、どうもいろいろあって発売にこぎつけない事情がありますが、やっぱりヤバいのかな?

また、修正、加筆したい部分もいっぱい出てきておりますので、もう一度まとめなおし、年内には何らかの形で世に出したいと思っております。いや、思ったではいかん。出します!


対談本は、28日発売となっております。その、2、3日前から全国書店に並ぶかと。
また、今月31日のロフトプラスワン・ウエストは、その出版記念トークとなりまして、編集長の三上氏、飛鳥昭雄氏、私の三人がそろいます。物販が出るかと思いますので、そのときにお買い求めいただくのもよろしいかと。

ま、私が無事にいられたら、の話ですけど?



kaidanyawa at 10:21|PermalinkComments(7)

2016年03月19日

4月1日はエイプリル……じゃなくて、

中山市朗です。


先日、

作家養成のための作劇塾は、塾生を募集しております。
プロの作家を目指したい人、おもろいもん探しをしたい人、お気軽に。

と書きましたところ「おもろいもん探しに塾に入りたいのですが、別に作家を目指すわけやないです。それでも書かなあきませんか?」という質問を受けました。

作家を目指すわけでないのなら、書かなくてもいいのです。
塾という場所で、何かを見つけ、あるいは人とつながることで、何か新しい可能性なり、仕事につなげるなり、そこは利用していただければよろしいかと。

自分の中で、何かを見つけたり、新しい価値観が生まれるなりしているうちに、それを誰かに伝えたい、あるいは、形にしたいという欲求が出てくれば、それも新しい可能性、つまり作家になれるきっかになるかも知れません。
そのときは、書けばいいのです。
また、作家にもいろいろあります。作劇塾では、小説家のみならず、ノンフィクション作家、放送作家、脚本家を対象としております。書く、にもいろいろあります。興味さえもっていただければ、年齢制限のない世界ですから、可能性も0ではありません。媒体を自分で作っちゃう、という手もありますし。
私はその、媒体、に興味があります。アイディア、聞かせてください。

また、作家志望の人も、いろいろな人と接することも大事。人を描くのが作家の仕事です。
ずっと籠って書いている人がいるようですが、それじゃあ、ダメ。
きっと、どこかで読んだキャラクター、どこかで見たキャラクター、誰かに似た文体、ということになっちゃいますよ。また、そうなっている自分に気づかない。アブないアブない。
人との出会いやそこで生まれるエピソードが、自分の見識を広め、作品の元となるのです。

少人数制の塾ですから、そこは個々の個性、目的を尊重し、接していくつもりです。


4月から、教室が私の書斎に移ります。資料や映像環境は、現在の教室より充実しております。
講座日は、毎週金曜日(第5金曜は除く)、夜19:00より21:00まで。
以後は自主参加で、
21:30より、ネットラジオ「作劇ネトラジ」の収録。創作の観点から私と塾生たちで語り合う30分です。
何か一つのテーマに関して、意見を求められたら、即答で返す、という頭も、作家には必要です。何よりも人の意見を聞く、ということも、意見を引き出す、ということも作家の仕事。
その後は、どどっと朝まで飲み会!


で、作劇塾からのお知らせ。

4月1日が金曜日にあたりますので、本来第一回目の新作劇塾の講座日にあたりますが、毎年4月1日は、
私の生誕日と、作劇塾の開講記念を祝した、塾生たちによるパーティが行われております。
ですから、来る4月1日は、19:00より私の書斎でパーティとなり、4月8日から講座をはじめます。したがって振替講座を4月29日の第5金曜日に行います。

「そのパーティ、参加したいんだけど」という質問もありました。
その場合、必ず、メールかお電話で予約をしてください。

メール info@officeichirou.com
電話  06−6264−0981

入塾希望者も同じ連絡先となります。

あっ、ちなみに塾費は、月謝制で月一万円。別途として、入塾時に入塾費として一万円となります。
入塾しますと、自らの退塾の意志が無い限り、何年でも通えます。

作家修行に卒業は無し。





kaidanyawa at 13:59|PermalinkComments(8)

2016年03月17日

聖徳太子と『未来記』講座、無事終了。

中山市朗です。

昨日、大阪芸術学舎における「聖徳太子と『未来記』」をテーマとした最終講座、無事終えました。

聖徳太子が『未来記』という預言書を記し、それが四天王寺内に今も秘匿されている。そういう情報をいただいてから、もう二十数年、その真実を追いかけ、がために、オカルト研究家という看板まで掲げました。
「オカルト研究家ではいかにも怪しい。古代史研究家でいいのでは?」
という周りの声もありましたが、いえいえ、オカルト研究家であります。

聖徳太子は、古代史、というくくりだけでは解けないんですな。
これほど、神を作り、神と接した人は、おそらくいない。
『未来記』の解読には必要な知識は、おそらくその隠された神の知恵を暴く必要があるんです。

さて、この日の講義は……、ちょっと後半30分、ヤバすぎた?



受講されたみなさん、ちょっとは世界観が変わられたのでは?


講義の内容? ここでは書けません。

今度出る、飛鳥昭雄さんとの『聖徳太子・対談』で、そのあたりのこと、語っておりますのでそちらを参照していただければ。

講座が終わったら、何人かの受講生に飲みに誘われ、そのまま朝まで……。

みなさん、はまっちゃったみたいで。もっと詳しく、アブないトークが梅田の夜に繰り広げられました。
「先生、それ言っちゃ、ヤバいんじゃないですか」と何度も聞かれましたが大丈夫。
ちゃんと、線引いてますから。
その証拠に、ちゃんと無事に戻りましたから。

一次会は奢ってもらって、いや、感謝いたします。

また、みなさんとお会いできることを楽しみにしております。

えっ、今度のロフトプラスワン・ウエストの『ムー』トーク・イベントに来る?
こりゃまた、失礼いたしました。





kaidanyawa at 14:04|PermalinkComments(5)

2016年03月15日

イルミナティ、モーツァルト、『未来記』

中山市朗です。

明日は、大阪芸術学舎で「聖徳太子と未来記」についての最後の講義。

いよいよ、『魔笛』について。

『魔笛』と『未来記』の奇妙な関係。

そして、モーツァルトの人脈。

イグナーツ・フォン・ボルン、オットー・フォン・ゲミンゲン、トーマス・フォン・クロセット、ゴッドフリート・ヴァン・スヴーチン……。そして、このとき、オーストリアのフリーメーソンの置かれた状態。解散したバイエルンの啓明社、亡命したヴァイスハウプト。そして、ミラボー、ボーデ、ロベスピエール、フランス革命、ジャコバン・クラブ。


モーツァルトはフリーメーソンに殺されたのでは断じてない。
イルミナティに殺されたのだ!



にしても、ここになぜ、『未来記』が?


言うときますけど、あくまで作家としての推論ですよ。

kaidanyawa at 20:47|PermalinkComments(4)

2016年03月14日

表のフリーメーソン

中山市朗です。

12日のネットラジオ「気まま酒家」、聞いていただけましたか?

フリーメーソンとはなにか?
真名子も含め、6人のお客さんも参加。うち、二人は現在、大阪芸術学舎で行っている私の講義「聖徳太子と未来記」の受講者。だんだん私の世界にはまって行っている?
酒家の亭主、Cainさんは、「陰謀の世界を語る」などと言っていましたが、この日は、ごく当たり前に公表されているフリーメーソンの世界を語りました。

こんな感じで、お酒を飲みながら、みなさんと語っております。

気まま酒家











アメリカ人やヨーロッパ人たちが、あたりまえに接しているクラブとしてのフリーメーソン。
親睦クラブ、慈善事業、相互援助、友愛。同士を盟友と呼び、「徒弟」「職人」「親方」の三階級がある。
フリーメーソンの団員は、全世界に六百万人(東京ロッジの発表)いるとされる、ということくらいは、おそらく認知されるフリーメーソンの世界。

この日は、そういうフリーメーソンの姿とその起源について考察。そして、全ヨーロッパに広がっていく要因とヨーロッパの情勢、その規約と目的……。

私、ちょっと酔っぱらって「アンダーソン憲章」というべきところを「安藤さん憲章」と言ってしまったらしいですわ。

そして、石工ギルドとしての実務的メーソンと、思索的メーソン。入り込む神秘主義。
また、フリーメーソンの中で行われる入団のための儀式、親方昇進のための儀式、といったことを語ってみました。まあ、そういったことは、公刊物や研究書に書いてありますし、ネットにも出ています。
また、いろいろな人脈関係より、そっとフリーメーソンに関する生々しい話を聞かせてくれた人もいますし、フリーメーソンらしき人とも、お話させていただいたことに基づきました。

で、フリーメーソンは世界統一政府を作ろうと企み、それは一ドル札に現れている、というようなお話は、本当なのか、あるいは都市伝説なのか、という議題については次回、26日に放送します。


フリーメーソンは隠れ蓑?

録音は済ませましたが、おそらくアーカイブには上げません。


kaidanyawa at 03:38|PermalinkComments(4)

2016年03月12日

フリーメースンの正体とは!

中山市朗です。

本日、22時より、ネットラジオ『気まま酒家』を放送いたします。
しかも、生放送で、テーマはフリーメースン。

酒飲みながらの生で、こんなんええんかいな。
ノンスポンサーのネットラジオだからこそ、いや、しか聞けません。

フリーメースンとは、何か?
世界支配を企んでいるという噂はほんとうか?

表のフリーメースンと裏のフリーメーソン。
どちらも、お話いたしましょう。
ただし、お話しできるところまで。

おそらく、今日は表のフリーメースン。
次回の録音放送は、酔いにまかせて、裏のフリーメースン。

今月28日に学研プラスより発売される『聖徳太子・対談 飛鳥昭雄vs中山市朗』を読む前に、予備知識としてあれば、収録されている内容が、よりわかりやすくなります。

えっ、聖徳太子とフリーメースンが、どう関係してくるのかって?

ふっふっふ。


放送ur http://std1.ladionet:8030/aberu.n3u




kaidanyawa at 06:05|PermalinkComments(5)

2016年03月11日

新刊のお知らせ

中山市朗です。

今回はお知らせであります。

元教え子の作家、真代屋秀晃が新刊を出しました。
2013年、第20回電撃小説大賞の金賞受賞以来、真代屋秀晃名義では6冊目の小説。
『レベル1落第英雄の異世界攻略掘戞
今月10日発売となっておのますので、もう書店に並んでおります。

真代屋秀晃














ラノベ好き、ゲーム好きの人なら必ずハマる作品です。
まあ、買って読んでやってください。
デビューすることより、こうやって続ける、続けられるということが重要なのですよ。


私の新刊も書影が出来ておりますので、貼っておきます。
飛鳥昭雄さんとの対談本です。

対談本















こちらは今月末の発売を目指して、着々と作業は進んでおります。
ラノベの世界とは打って変わって、真実の暴露本?
出版記念イベントは31日(木)、ロフトプラスワン・ウエストにて19:30分スタート。
私、飛鳥昭雄氏、そして三上『ムー』編集長の怪しい三人のトーク。
真名子が司会進行の予定です。


ほな、どちらもよろしゅうに。

あ、作家養成のための作劇塾も、塾生を募集しております。
プロの作家を目指したい人、おもろいもん探しをしたい人、お気軽に。

info@officeichirou.com
あるいは、06−6264−0981
へ、お問い合わせください。

月謝制、1万円で受講できます。

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2016年03月10日

三柱鳥居の謎を追って・11

中山市朗です。

賀茂氏。
賀茂氏と鴨氏は、別系統である、という説が見受けられますが、ナンセンスなことです。
文字は後につけられたもの。
何か事情があって、文献上違う系統にされたのです。
カモ、であることに違いはありません。
これに、賀茂、鴨、加茂、賀毛、甘茂、迦茂、賀母等の文字をあてたのです。
同じ神様の名前でも『古事記』と『日本書紀』であてられた漢字が異なるのは、どちらが正しい、間違いではなく、どちらも正しいのです。
ただ、カモはくぁもぅ、と発音したかも知れない、とこれは下賀茂神社の神官の方からお聞きしたものです。

カモとは、カミ(神)の音便変化したものである、という井上光定説がありますが、くぁもぅだとすると、これは成り立たなくなります。

鴨氏について詳しく言及すると、終わらなくなるので、三柱鳥居の問題にしぼりましょう。

岐阜の山奥、その頂に、いつからそれがあったのか、ともかく三柱鳥居があったという事例。
岐阜は、美濃の国で、古代は賀茂県(あがた)でした。当時は東美濃から北三河にまたがる広いものだったらしいのですが、県(あがた)というのは、大和朝廷に律令制が導入される前にあった制度です。
それは、朝廷が地方を統治するにあたって、その地方を県とし、その統治者として県主(あがたぬし)を派遣したわけです。官職名ですな。この官職はもちろん行政を司り、住民から税を取り立てるわけですが、朝廷の祭祀を行うことも重要だったのです。
美濃の国の県主は鴨氏だったわけです。同時に八幡と名付けられた秦氏の土地があり、そこに賀茂神社があった。

つまり、土地を開墾し、田畑を作り、集落に住んだのが秦氏。
それを統治したのが鴨氏であったということなのです。

有名な三柱鳥居のある京都山背も、平安京が造営される前は、秦氏が開拓し、秦氏の集落がありました。
その山背の国の県主もまた、葛野県主であり、それは鴨氏でありました。

山背国と賀茂県、三柱鳥居があったこの二つの土地は、秦氏の国であり、それを鴨氏が朝廷の代替として支配していた、という共通項がみいだされたわけです。

支配する者と支配される者は、明確に違っていたのが当時の社会です。
鴨氏は支配する側。秦氏は支配される側。これは明確なものであったはずです。
ですから、秦氏は、支配者たちのための神の神殿を作っていった。神社ですね。
とすると、太秦という秦氏の土地に、物部守屋を祀る神社があったも不思議は無いのであり、鴨氏の神を祭祀する神社を作っても不思議は無いのです。

ところで秦氏は、どのような宗教を持っていたのでしょうか?

朝鮮半島を経由してやって来た秦氏は、始皇帝の末裔と称しました。この事実は多分に怪しいのですが、大陸にいた農民たちであることは間違いなく、彼らはおそらく、そのころの倭国の人々と同じ、自然崇拝であったと思われます。大陸において、儒教や道教はありましたが、これらは体系化された学問でもあり、権力者や学者たちのものでした。とても庶民に理解できるものではなかったでしょう。
彼らの信仰の元には、農作物の豊穣であり、荒ぶる自然の鎮魂であり、一族の平安であったと思われます。
ですから、日本列島に入り込んだ秦氏は、すぐにこの日本の自然崇拝を理解し、自分たちの神をその中につくることが容易にできたと思われます。渡来人とされる秦氏が、なぜ日本特有の神道の神社を作ったのか、という謎は、ここに簡単に氷解しましょう。
ただし、秦氏の族長、長が信仰したもののなかに、ヘブライ、あるいは中東の神がいたとしても、不思議ではないように思えます。それほど多くの価値観が、秦氏の中にあったということです。
ただね、秦氏はどうも宗像神や八幡神のような海神を信仰しているんですね。
それは海部の神を指すわけです。

海部氏と秦氏。

この関係がねえ。非常に、この……。


続く。





kaidanyawa at 00:53|PermalinkComments(3)

2016年03月09日

三柱鳥居の謎を追って・10

中山市朗です。

え〜、久しぶりに、三柱鳥居の謎についての記事を書きます。

なんでしたっけ。そうそう、秦氏は鴨氏である。鴨氏は物部であり、海部である……。

日本の古代史を研究していくと、ここに当たり、わからなくなります。

しかし、三柱鳥居のある京都太秦・木嶋坐天照御魂神社をみると、秦氏、賀茂氏、物部氏、海部氏が全部出てきたわけです。

秦氏の土地である太秦。ちゃんと秦という文字が入っています。
木嶋神社の拝殿にあった提灯の紋章が、賀茂氏の双葉葵であったことと、元糺の池の存在が、下賀茂神社との深い関係を示唆していること。
『物部家譜』によると、木嶋神社の祭神は物部守屋であること。
そして、天照御魂という祭神は、丹後の籠神社の祭神である、天照國照彦火明櫛玉饒早日命のことであり、これは、饒早日は物部の祖神、彦火明は海部の祖神のことであり、端的に言えば、木嶋神社の祭神は、海部氏の祖神であること。

その、海部氏と賀茂氏は、葵祭りと藤祭りが同日に執り行われることで、つながっている。
物部は海部氏から出た、いわば分家である。

つまり、四氏は、三柱鳥居のある木嶋神社で、このようにつながっているわけです。

う〜ん。



ということで、まず秦氏を見ていきましょう。

秦氏は、謎の渡来人とされ、ユダヤ人の末裔で景教徒ではなかったか、という研究もあることはご存じのことでしょう。

秦氏の渡来伝承は『古事記』『日本書紀』『姓氏録』によると、まず応神天皇の頃にあったと記されます。
考古学的な見地も含めて考えると、だいたい五世紀初頭に朝鮮半島の動乱と天災から逃れた人たちが、大量に日本列島に移住していたことが判明していて、これが秦氏の伝承の裏付けと考えられます。
問題はその数であります。
『姓氏録』によりますと、応神天皇14年、融通王が百二十七県(あがた)の百姓を連れて帰化、とあり、さらに何度かにわたって、朝鮮半島からわたってきた大勢の人たちがいたことを示しています。
思うに、4世紀後半に北九州、今の筑紫のあたり、続いて5世紀初頭に畿内に入ったようです。

現在の大阪府寝屋川市にも太秦という場所があり、現地の研究員や郷土史研究家の方の話を聞くと、京都山背の太秦はもともとこちらの太秦から発祥したもので、5世紀のものとみられる渡来人たちのものとみられる船や土器などが大量に出土していることからも証言できるということです。
寝屋川は、当時海沿いにありましたから、渡来人たちがここに居住地を作るには適していました。
ここを前進基地として、大和川の治水や墳墓の建造、田畑の開墾、大路などのインフラ工事、後には四天王寺の建造などにあたったのでしょう。
現に、応神、仁徳天皇の頃になると、秦氏の到来とともに『書紀』の記事に、治水や土地開発に関する事が多くなり、前方後円墳も巨大化します。
このことから、秦氏は大陸から人と技術が大量にやってきたことがわかり、秦氏は技術集団である、とされるわけです。

ある調査によりますと、縄文、弥生、そして奈良時代初期と、日本列島の人口は爆発的に増え続けたそうで、縄文末期の日本列島における人口は7万6000人ほどだったのが、奈良時代初期には450万〜600万人になったといい、これは出生率、出産数、平均寿命の延命だけでは不可能な数字で、少なくとも150万人もの渡来人がやってきたと考えるべきだ、というものがあります。

そうなるとこれ、今のEUが抱えている難民問題以上の問題が噴出したと考えてもよろしいのではないかと。
いきなり、言語、風習、宗教、文化の違う人たちが大量にやってきたのですから。
その全部が秦氏であったとは思えないのですが、かなり組織的に、あるいは一挙にやってきた集団が秦氏であったと考えられます。

彼らがなぜ秦氏と称したかは、いろいろ説もありますが、彼らの主張に従えば、紀元前2世紀には秦の始皇帝に仕えた秦国の遺民である、ということだそうです。
秦始皇帝の遺民。これは自分たちの出自を高めようとする詭弁だとしても、彼らは朝鮮半島というよりは、中国本土からの移民であったとは考えられます。

秦始皇帝の遺民。もしそうだとすると、このころはまだ国家の体すら成していない倭国ですから、彼らはその気になれば、朝廷に攻め入り、自分たちのための第二の秦国を建設しても不思議ではありませんが、そうはならなかった。彼らは倭国の朝廷に従属し、朝廷のためにその技術を使い、インフラ工事を行い、やがて巨大化する大和朝廷に大きく貢献するわけです。

そうなれば、秦氏の正体がわかります。
そう、彼らの大部分は人夫であり、農夫であり、職人であったわけです。その中には、養蚕をする者、寺院の建築に携わる者、酒造をするもの、製鉄に関わる者、芸能に関わる者などがいたわけです。つまりは大陸から流れてきた、いろいろな職や技術をもった労働者たち、一般人だったわけです。もちろん、秦氏の長(おさ)は朝廷の側近として従え、財政を取り仕切るようになりますし、自分たちの神を崇める司祭のような人もいました。その神は、後の日本の神道、神々に大きな影響を与えることになるのですが、しかし、秦氏の大部分は、一般の開拓民なのです。秦氏がみな同じ祖であるということでもなく、秦という民族がいたわけでもありません。流民たちの長が、自分たちを秦氏と名乗ったのでした。

朝廷を打倒して自分たちの国を作るより、朝廷に従属し、奉仕する道を選ぶことが、彼らの生きる道でした。
ただ、彼らは朝廷から発注された様々な用途に対し、それに応え、代わりに経済的見返りをもらっていたというわけです。

彼らは、奈良時代には今の京都となる山背の地を開墾し、治水をして人が住める集落をつくりましたが、平安京造営にあたって彼らはその土地を朝廷に寄進したとあります。
なんのことはない。これ、立ち退きを命じられた、ということだと思うのですよ。
もちろん、秦氏の長、幹部たちは平安京造営にあたり、大きな役職を与えられました。
そう、この秦氏は今でいう、大手建築会社、ゼネコンのような存在だと思っていいでしょう。
そんな中、彼らは朝廷や中臣氏たちと婚姻関係を結び、あるいは莫大な報酬をらったのです。
秦氏は地位が欲しい、貴族たちはその財力が欲しい、このことが婚姻のもとになったと思われます。
秦氏は、歴史の裏に隠れ、日本の歴史に裏で関わったと言われますが、中臣は、天神である神の降りる血統であり、秦氏の血統にはそれは望めなかったのです。古代の社会においてこの血統は絶対であり、秦氏は歴史の表には出られない事情があったのです。

大部分の秦氏は、一般の労働者、人夫、人足であったわけです。

しかし、そうであったとしても、彼らのアイデンティティは守ったはずです。
そのアイデンティティとは、宗教です。彼らの神です。

そこに、賀茂氏が登場します。




kaidanyawa at 00:30|PermalinkComments(3)

2016年03月07日

怪談会終了!

中山市朗です。

5日24時よりはじまりました怪談会、無事、終了いたしました。

今回は、なんだか不安になるくらいに参加希望者が少なかったのですが、前日、当日と連絡があり、8人の怪談マニアに集まっていただきました。
いやほんま、ありがとうございました。

怪談会3月











大勢いると、それだけ凄い怪談が聴ける、のかと思うと、そういうことでもなく、一人か二人、すごい話をもった人がいるとそれだけで盛り上がり、大勢いても、ぜんぜんつまらん怪談会、というのも過去ありました。
ですから、怪談会は数字ではないのですが、やっぱりオールナイトで盛り上がるには、少ないよう多い方が楽しいじゃないですか。

この日は、いつもの常連さんが少なく、初参加で東京からおひとり、福岡からおひとり。この会のためだけのために来ていただき、初参加の方がそれ以外にお二人ほど。

どうも、初参加の方にうかがうところ「入場料払ってお客として行くのは問題ないんですけど、やっぱりこういう場となると敷居が高く思ってしまって。中山先生も怖い人なんじゃないかと思ってしまいますし」と言っていました。
そんなことは、ございません。私は鬼でも邪でもない。
紳士でございます。酔いどれ紳士?

さて、始まる前からもう怪談が始まり、この日はなぜか神社に関する怪談や狐狸妖怪の不思議な話が集まりました。今日はじめてあった人どうしで、打ち合わせのしようも無いのですが、これが怪談というものなのでしょうね。
「あっ、神社つながりて思い出しました」「そのつながりで、こんなことがあったんですけどね」と、出るわ出るわ。

怪異な体験というのは、やっぱり記憶の底に封印されていて、怪談会という場でそれが解けるのですよ。
だから怪談会は面白い!

アメリカでの体験談も出て。これが「そんなことあるんかいな」という新しいパターン。まあ、頭で考えられる話ではない。体験談ならではの説得力を思った次第です。
そしてねえ、ある女性の体験談で、牛の首。
なんだこれ、ヤバいぞ。

わあわあと盛り上がって早朝5時40分。
始発電車の出るころ、いったん柏手を打って終了。

ウイスキーと清酒の差し入れがあり、ここから宴会に!

ほとんどの参加者がそのまま居残って、怪談会の続き。そこから政治、歴史、印象派だのロマン主義だの、そして、映画、文学についての話になだれこんでいきました。みなさん、知的会話というものに飢えているんですかねえ。
で、なぜか北方謙三、菊池秀行といった作家たちの話で盛り上がりました。やっぱり以前、作家をめざして書いていたことがある、というお客さんが毎回何人かはいてはるんですよ。
でも、こういうのは年齢は関係ありませんし、一般社会で得た経験や知識、ノウハウといったものは、かならず作品の役に立つと思いますよ。
また、挑戦してみてください。

お昼過ぎたあたりから、ぼちぼちみなさん、腰を上げだして。

ほんま、楽しいひと時をすごせました。また、次回の『怪談狩り』に使わせていただくであろう話もちゃんと確保。

次回は5月頃。

好評いただいた、夜・オールナイトの二部で行こうかな、と。

決まりましたらまた告知いたします。






kaidanyawa at 07:58|PermalinkComments(11)

2016年03月03日

怪談会はいよいよ土曜日の夜

中山市朗です。

え〜、いよいよ怪談会の5日が近付いてまいりました。

行きたいんだけどなあ〜、話が無いんだよな〜、という声が聞こえております。
そんなにない話だから、怪談なんですね。

実は、いつもは10人前後は必ず集まるのですが、今回はまだ数人、といったところで、キャンセルも入っております。やっぱり人数いた方が楽しいじゃないですか。

それに、みなさんのお話、あっての『怪談狩り』でございます。

ひとりでも多くの参加、お待ちしております。

まあ、気楽に行きましょ。


参加希望の方は、info@officeichirou.com
あるいは、06−6264−0981

作劇塾の入塾希望者も同じアドレスと電話番号になっております。



kaidanyawa at 00:30|PermalinkComments(7)

2016年03月02日

作家になるための、こころざし

中山市朗です。

秦氏と鴨氏のお話はちゃんと書きます。
ちょっと今回は、こころざし、についての続きを。

前回、こころざし、について書いたところ、ひろみつさんから貴重なコメントをいただきまして、改めてそうだよな、と思うことがありまして。

こころざし、とは覚悟である。


以前、もう塾に通わなくなった元塾生と話をしたことがありました。
彼は、塾に入って来たとき、初めて書いたという小説が、なかなか筋が良かったんです。小説になっている。
小説になっている、というのが実は稀でして、たいていの初心者は、自分は小説を書いているつもりなんだけど、全然その体を成していない、というのがほとんどなのです。
小説の体さえあれば、新人賞の一次審査くらいは通ります。
ところが、彼はそこから成長をしない。
自分は小説が書ける、ということに安住したのか、私の忠告も意見も聞かずにマイペースでやっていて、やがて塾を去っていきました。
その彼と話す機会があった。
彼は、今別段何をしているわけでもない。30歳も過ぎて、ただ、アルバイトをしながら小説家を目指すと言っている。
「今、何してる?」と、私。
「小説、書いています」
ほんとうは書いていないのは、知ってます。いや、本人は書いているつもりでも、投稿はしていない。これ、書いているとは言わない。
「投稿してる?」
間があって……「今年、2本ほど」
嘘やん、と言いたいところですが、もう少し様子見。
「これからどうする?」
「……」
「いや、今後の人生の指針というか、こころざしというか」
「……」
「5年後、10年後は、こうなっていたいとか」
「……小説家になっていたいです」
小説をなめるなよ!
と言いたいところでしたが、こういうのは覚悟が無い。後に彼にそう説教しました。
本人が小説家になりたい、ということを咎めるのではありません。なりたいなら、なるように努力すればいい。
でも、何を書きたい、何を伝えたい、というメッセージが無い。だから書けない。
つまるところ、「自分は小説家を目指している。いつかデビューするんだ」という夢を礎にするしかない。それがなくなれば、自分と言うアイテデンティティが失われる。
実は、作家志望者の、そういう人はたくさん見てきたんです。まぁ、私も含めて作家になろうなんていう人種は、まともに働くのがイヤ、人間関係を築くのが不得意、というのが多いですから。

ただ、作家になりたい、と言われれば、「まぁ、頑張ってね」としか言いようがない。
作家になりたい、というのは目標であって、こころざし、ではない。

こころざし、は生きざまです。その生きざまから、作品は生まれる。
いきざまには、いろいろな試みがあり、人とのかかわりがあり、社会に何らかの貢献をし、成功もするが、失敗も多い。そういう人生から得た経験や考え方が、人々を共感させる作品を生むわけです。
作家にもピンキリありますが、世に名を残す作家は、たいてい全集が出版されます。今はあんまりないか。
その全集を読むと、その作家の生きざまが読み取れます。そこから、強烈なメッセージが発信され、それがその作家の個性とされるわけです。
私は司馬遼太郎の全集をことあるごとに読み返していますが、「日本人は素晴らしい。だが、ある時期から愚かになった。それはなぜか」という、戦争体験に元ずく問いかけがある。日本人というものを考えるために歴史を考察する。そのために現地取材をし、大勢の人と関わって、やがて日本人の起こした大愚行モノンハン事件の真相を書こうとした。これは彼の死でもって成し遂げられませんでしたが……。
日本を憂う。これ、愛国精神でありまして、三島由紀夫も違った視点からの愛国を描きます。
これが司馬遼太郎と言う人の生き様であるのです。だからあれだけの作品を残せた。司馬さんに限らず、一流の作家にはそれがあります。だから、終世作家でいられた。
映画監督の黒澤明は、私もその現場に飛び込んだほどの、私の心の師でありますが、黒澤明のメッセージは、人間、どうして争い、傷つけあわねばならないのだろう、ということです。だから争いや犯罪がテーマとなる。そしてその中で主人公は強くなるか、非業の死を遂げる。
これも、黒澤明と言う人の生きざまの中から出た作品です。その問いかけが、こころざしでした。

「デビュー作がすべてだね」
ある編集さんから聞いた言葉です。
多作の売れっ子作家も、デビュー作にその人生観がすべて出ているというのです。言い換えれば、そういう人生観、こころざしがあるから、多作に対応でき、読者もつく。読者がつくから依頼もされる。そしてどの作品を読んでも、ジャンルは多様なれど、その作家ならではの揺るがない世界観がある。それがその作家の個性である。

ちょっとまあ、大上段に振りかぶったような話をしてしまいましたが、まあそこまで行かなくても、自分はどう生きようか、生きるべきかの、こころざし、があれば、作家としての資質が生まれると思うのです。
『生きる』という黒澤監督の映画がありました。
役場を無欠勤で勤続し続け、もうすぐ定年となる課長さんが主人公。ただただ書類に判を押している主人公をカメラがとらえ「今の彼について語るのは退屈だ。彼は時間をつぶしているたけ……、つまり彼は生きているとはいえない」とナレーションが入ります。その彼が胃がんを宣告され、はたと生きていなかった自分を自覚し、はじめて自分から行動を起こし、どぶ池を埋め立て子供たちのための公園を造ることに全力をふりしぼります。公園を作ることは目標です。その目的達成の裏には、本当に生きること、というこころざしがある、という物語です。

作家になる、というのは目標であって、こころざしはではない。
目標は達成できるかできないか、という評価ができるが、こころざしに達成は無いし、評価も無い。
でも、こころざしのある人には、亡くなっても何かが残る。

それが、我々の世界に生きる者であるなら、作品である。

今の出版界や映画関係は、エンタメ思考で、売れる作品を、ということでなかなか作者の意図どおりの作品作りは許されない時代ではありますが、だからこそ、こころざしが無ければ、押しつぶされ、業界から去らねばならないことになる。



瀬戸内寂聴さんは「作家に限らず、芸術は一に才能、二に才能、三に才能、努力は関係ない」とあるインタビューに答えていました。これ、前回に紹介したエジソンの言葉に共通しますね。

この、才能とは、こころざしだと思うのです。
こころざしのある人は、やることを知っている。そのための努力は努力と思わない。やるべくしてやっているわけですから。そういえば、私の周りにいる作家や映画監督、役者さんやタレントさんは、「努力した」なんて言っていません。「やりたいことをやっていたら、こうなった」と言っています。
まあ、こころざし、は秘めるものですから、こころざしがあったなんて言いませんが、みなさん、修羅場をくぐりぬけた人たちばかりでもあります。またその修羅場を修羅場だったとも思っていない。

テクニックよりもこころざしが大事。
こころざしがあれば、テクニックは必然、身についてくるものである。
それが、作劇塾からのメッセージであります。

えっ、私?

作家になろうと努力した覚えはまったくございません。
気楽な毎日ですわ。








kaidanyawa at 01:55|PermalinkComments(5)

2016年03月01日

こころざし

中山市朗です。

従来の教室から、その場を私の書斎に移しましての新たなる作劇塾がいよいよ、来月からはじまります。
とはいっても、革新的な改革があるわけではございません。
ただただ、作家になりたいという人の夢を実現させてあげたいがための、道案内をするだけのことです。

作家になるには、免状も資格も関係ありません。年齢制限もありません。
仕事を持ちながら、作家もやっているという人もたくさんいます。
ただ、本人が書いて、投稿を繰り返して、出版社に認められ、読者がつく。それだけのことです。
また、放送作家志望の人は、業界に潜り込む。これが最短の方法です。
でも、それが難しいようなんですね。
やっぱり、心に何か秘めたものがある人は、作家になっているし、ただただテクニックを追及している人は、なかなか作家になれず、途中からいなくなる。


要はこころざし、です。実のところ、テクニックは、こころざし、についてきます。

こころざし、とはなにか?

道元という人はこう言っています。
「こころざしとは、人間は必ず死ぬということを知っていることだ」

つまりですね、人間はいつか死ぬ。だから、その人生をどう生きるかを考える人のことだと言っているわけですよ。
どう生きようか、と悩み、考えているうちに、何かがひらめく。出会いがある。
運命とはこれです。
運命は、人との巡り合いで開けるものです。
でも、ぼーっとしとったんでは、その運命の人に気付かず、見逃してしまう。
そういう若者、たくさん見て来ましたよ、私。
そういう人が「つまらん、つまらん」言うてる。

考えていない人は、ひらめかないし、人と会っても、何も起こらない。自覚が無いですから。

ひらめき、はこころざしから生れると思います。
エジソンは「天才とは1%のひらめきと99%の努力だ」と言っています。
でもこれは、エジソンの言いたかったことと違うように伝えられたんです。本当は、
「1%のひらめきがあれば、99%の無駄をしなくていいのだよ」と言ったんです。
この、ひらめきは、こころざしから生れるものです。こころざしのある人が、才能を発揮できるのです。
で、こころざしの無い人はひらめかないし、そういう人は無駄な努力をしている、とも解釈できます。

技を持った職人さんとか、板前さんとかは、やっぱりこころざし、のある人だと思うんです。
こころざしが、真の技術を身に着け、人生の終わりまで、それをひたすら続ける。そして次世代へ遺産として残す。そういう生き方に、作品は反映する。

なんか、大それたことを書いていますが、やっぱり作家になる、というのが単なる目標であっては、なかなか作家になるのは難しい。作品を通じて、何を語るのか、何を読者に提供したいのか、それが無い人は、なかなかデビューできないし、たとえデビューしても後が続かない。作家になることを目標としていた場合、デビューした途端にそれは達成できてしまったのですから、何を書いていいのかわからない状態になって、書けなくなるわけです。

目標とこころざしは、かくも違うのです。

作家になるための養成教室や専門学校はたくさんありますし、そこで講師をやったこともあります。
そういうところは、作家デビューするためのカリキュラムがメインとなっています。デビューした卒業生が看板になって、また次が入ってくる、という仕組みです。
しかし、そういうところからすぐにデビューする人というのは、もともと才能というか、こころざしのある人なんですね。こころざしの無い人は成長も遅いし、途中で投げ出してしまう。
作家志望者の9割以上の人達が、実はこころざしではなく、作家になることを目標と掲げているのだと思います。

作劇塾では、まず、この、こころざし、から解決していこうと思っているのです。
こころざしは、各個人のものですから、私がどうのこうのと言う立場でも、言うべきでもないのですが、世の中、私たちの知らない世界というのが、実は広がっていて、私たちはそれを知らずにいるんです。
でも、そういう知らない世界を知ると、人生、そこに賭けてみよう、生きる意義をそこに見出そう、という、こころざしも生まれるかもしれません。

私にとって、怪談と古代史なんて、まさにそれでした。そしてそれは、人との出会いで育まれるのです。

こころざしは、教えられるものではありません。ですから、講義と作品合評を繰り返す教室では、主にテクニックとか考え方を実践しますが、講義が終わってのネトラジ収録や、その後の飲み会では、私や、同じ創作仲間たちと夢を語り、よもやま話をしながら、こころざし、を芽生えさせていただきたいな、と、かく思うのであります。

ですから、もちろん作劇塾はプロの作家養成塾ではあるのですが、なにか面白い世界を知りたい、こころざしの持てる環境に居たい、という人を歓迎するものでもあります。
そして、こころざし、のある人は、簡単に作家になれますって。


入塾希望の方は、info@officeichirou.com
あるいは、06−6264−0981

まで。
まあ、楽しく、夢を語り合いましょう。
私? 私にもやりたいこと、いっぱいありますから。



1万円の月謝で受けられます。





kaidanyawa at 02:34|PermalinkComments(4)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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