2016年04月

2016年04月30日

聖徳太子は実在したか? あったりまえやん!

中山市朗です。

たった今、ラジオ番組のインタビューが終わったところです。
10分くらいじゃあ、何も言えなかったのも同然ですわ。

ということで、「聖徳太子いなかった説」について考えてみましょう。

4月18日のこのブログに書きましたように、私が調べた限り、教科書において、聖徳太子はいなかった、とする説は無く、聖徳太子という名前は、死後つけられたもので、当時、聖徳太子と呼ばれる人物はいなかった、でも『日本書紀』にある厩戸皇子、厩戸王は実在した。という説が大勢を占めているようです。 
こりゃあ詭弁です。

教科書は、聖徳太子はあまりに神格化した名前なので、NGと言いたいらしい。
でもね、
『書紀』の用明天皇の条には、「更の名、豊耳聡、聖徳、或は豊聡耳法大王と名づ゛く」とあり、聖徳という名も出てきます。皇太子、という尊称も記載されております。太子とは皇太子という意味であるから、とすると、聖徳太子、でええやん、ということになります。
まあ、学者も論文書かなあきませんから、いろいろ切り口を探すんでしょうけど、ほんま、詭弁ですわ。
厩戸の名が、本名なのかを疑う学者もいます。中宮寺に天寿国刺帳という飛鳥時代の刺繍品がありまして、これは国宝に認定されていますが、ここには、「等与刀弥々大王」、つまりトヨトミミという名があります。
ですから、当時、聖徳太子は豊聡耳と呼ばれた可能性は大きい。
また、法隆寺の薬師像後背銘には、聖王、とあります。と、いうことはですよ、太子は生前から、聖徳、聖王であったわけです。
もう、生前か、少なくとも死後すぐに、神格化されていたのですよ。

それより、聖徳太子の存在が希薄となっているのは、古代史のスーパースター的存在だったのが、教科書では、「国際緊張のもとで、蘇我馬子や推古天皇、甥の厩戸王が協力して国家組織の形成を進めた」(山川出版)。
「『書紀』の記す、憲法十七条、冠位十二階、遣隋使の派遣についても厩戸王の事績とは判定できず、後代の偽作説もある」(清水書院)というものが、問題。

憲法十七条、冠位十二階、遣隋使の派遣については確かに『書紀』に出てくるものですが、これを後代の偽作とすると、『書紀』が偽作、ということになり、そうなると他の事績も、偽作に基づく事績とということなって、全部ひっくり返ってしまいます。

歴史学は文献学ですから、学者がそれを言っては実も蓋も無い。『書紀』は偽作とするのなら、日本の古代史は、何をしてはかるのかを提示しなければなりません。それが学者の責任です。


冠位十二階、これは『隋書・倭国伝」に、らしき記述が出てきますので、これはあったと判定できます。つまりこれ、当時の外交記録に載った、ということですからね。
しかも、冠位十二階は、当時、絶対的であった姓(かばね)をある意味否定した制度でした。
姓、これは朝廷から賜る絶対的な制度で、世襲制でもありました。今のような職業選択の自由はなかったんです。そして卑しき身分の者は、高い身分になることも絶対になかった。生まれながらの尊卑で、その人の地位がはかられた時代です。自由も平等も、おそらくそんな言葉すら無い時代です。
ところが、冠位十二階は、個人の資質、貢献度などで位次を示す、というものでして、自由、平等のフリーメーソンと同じ思想によるものなんです。これ、どう考えても、朝廷から出た制度ではない。
自由、博愛、平等のフリーメーソンの信条は18世紀の啓蒙思想が流行ったヨーロッパにできたものですから、1400年前にこのような思想がわが国にあったということは、実に実に驚異です。フリーメーソンのルーツはここにあるんですよ。
で、この位次を服装の色彩で分けた、というのですが、これが道教から来ている。この道教思想と当時世界に類のない、自由、平等の精神を、誰がもっていたのか、ですよね。絶対に馬子ではない。おのれが政権の中心になろうとしたゆえに、崇峻天皇を殺す、ついでに「仲のいい宅部皇子も殺してまえ」ということまでやった男ですよ。

遣隋使の派遣は確実にあった。隋にもその記録は日付とともに残った。
『隋書』に記載される日付と『書紀』に載る日付は、ピタリ合いますからね。
その倭国の外交手腕は、秀逸なものでした。
「日出処の天子、書を日没処の天子に致す」という強固な外交。
これは、『隋書』に載っているわけですからね。
おそらくこのことも、当時の外交文書、外交記録に記されているはずです。公式文書ですよ。
で、強固に、対等、平等を主張したこの思想。
まさに、冠位十二階の、自由、平等に顕れた思想そのものじゃないですか。
この知恵は、聖徳太子でないとすれば、推古天皇か蘇我馬子あたりから出たと解釈するしかない。
もう一度言います。馬子はそれどころではない。朝廷内でどう権力を誇示しようかという真っ最中。
朝廷も、百済との外交は考えていたが、いきなり隋、という思いもなかった。

なおも「隋書」では、隋の使者は、倭国の都で、アメノタリシヒコ、という大王に拝謁した、と書いています。
こんな名前、『書紀』にはおろか、日本側の史料にまったく出てこないんです。
で、ですね、阿毎多思比孤(アメノタリシヒコ)とフルネームで記載された倭国人は、実は彼が初めてなんです。その百年ほど前、倭の五王といって、倭国の王の名が、中国の書に記載されたのですが、それが、讃、珍、済、興、武という一文字表記だったわけで、フルネーム記載と言うことは、すごいことだったんです。というか、フルネーム表記させるための工作が、倭側からあったとと思われます。

で、このアメノタリシヒコこそが、聖徳太子であった、蘇我馬子であった、推古天皇であった、いやいやアメノタリシヒコはどう解釈しても男性だから、用明天皇のことではないかと、いろんな説が出るわけです。
九州王朝説もあります。これは無い。
『書紀』は、隋の使いを歓待し、どういうルートで都に入ったと示唆しながらも、実は、天皇に拝謁したとは書いていない。うま〜く、ごまかしているんですね。

隋の使者は、倭国の役人ないしは通訳の言った言葉を、そのまま文字表記していますので、アメノタリシヒコというのが正確な発音を記したのもなのかはわからないのですが、アメノ、は、アマノであり、これは海 (アメ、アマ)という名を示すものです。またこれは、天(アマ)、のことでもある。
倭国の国書には、天子という称号を使っています。当時、天子は中国皇帝(当時は隋)のみが呼称できるものでした。道教思想に倣った称号です。でも、わが国(倭国)にも、天子がいる、と言明した。
えらいこってす。あろうことか、天下にたった一人しかいないはずの天子が、もう一人いるなんて!
我が倭国の天子が、天皇である、というわけです。
皇帝=天皇。対等だ、ということです。
もう、ケンカ売ってますな。これ。
隋の皇帝、煬帝は怒った、と隋書にあります。でも、倭国側が、ちゃんと時世を見ての外交です。詳しくは書くスペースもないので省きますけど。今の日本の政治家に、その爪の垢でも飲ませてやりたい。
で、当然、天子ですから、天の神の啓示を受ける、天孫でなければならない。いくら蘇我馬子でも、そんなことは言えない。そういう天皇の系図を、聖徳太子は作ろうとしたのです。天津神から一世万系で続く、天津神からの系図を。『書紀』にある『天皇記』『国記』の編纂がそれです。
当時、天皇という名称は無かったので『天皇記』は『大王記』だったという説を言う者もおりますが……。
バカモノ!
大王(おおきみ)では、中国の属国になってしまうのだ!
そうならないための『天皇記』だ!
考察が甘いわ!

天皇。この言葉も、道教の用語です。道教の最高神は北辰信仰によって、北極星とされ、これを「天皇大帝」と言ったわけです。
大阪にあります、四天王寺は、聖徳太子の発願によって建てられた、わが国最初の官寺とされますが、これが、南大門を正面玄関として、五重塔、金堂、講堂が、北へ向かって一直線に並ぶ伽藍配置、つまりは北辰信仰を顕わしていて、その名が本来は天皇寺。ちゃんと、鬼門遁甲、四神相応にもかなった地勢に建っているんです。

そして、西の鳥居は、四天王寺の背後に見える生駒山から昇る、お彼岸の太陽(鳥居の真ん中から昇る)を拝むためのもの。これ、古くからある日本の太陽信仰にならったもので、しかも生駒山は物部氏の祖山。
鳥居は神道の社たる神社の前に建てられますが、おそらくこの四天王寺の鳥居が、わが国で最初に建てられた鳥居と思われます。

そして、仏教の教えを説き、学習するための施設としての伽藍施設。
五重塔はまた、地勢的観点から見ても、時間を測るためのオベリスクのようなものであったとも、私は思っています。暦の作成に関連します。外交文書には、日付が必要ですから。

このように、道教、神道、仏教の見事な調和が、四天王寺に見られるわけです。あのね、実はキリスト教を示唆するものもある。えっ、トンデモ?!
ちゃんと四天王寺を見て言ってます? 
何なら私、案内しますよ。 
そして、それだけの神と民を統べるのが、天皇であると。
天皇とは、スメラミコトと本来読みます。統べる御言。物部の言霊思想ですよ、これ。

こんな発想、誰にできます?

これ、道教思想に精通し、冠位十二階を設定した、同じ人物によるもの、と言えましょう。
さて、もう一度言います。
当時は世襲制社会です。

神道の奥義を知るには、物部の巫(かんなぎ)の血を引く人物でしかありえません。
たとえば、後の空海と言う人は、それを知っていた。でも、母方の血は物部に行く。父の血は、穴穂に行きます。穴穂は、聖徳太子の母方の名です。
真言密教の奥義は物部神道です。
でもね、蘇我氏にはそういう血はないのです。蘇我の血では、神は降りて来ないのです。これは、見落としてはならない重大な要素。
今の我々の価値観で、古代史を語ってはならんのです。

そして、理論体系というものが神道にはない。これに気付いた人物が、神道の理論体系を、道教の理で説明しようとします。それが四天王寺という形です。この思想が、後に陰陽道を生み出すことになります。
神道の道は、道教の、道です。
そして、蘇我が導入しようとした仏教。これは、書物や仏像が輸入され、大陸から文化が入ってくることを意味します。仏像を入れるための建物、いや、大伽藍も造る必要も出てきた。学者や職人も知識や技術を持って大挙やってきます。大宗教施設ができると、そこに人が集まり、市が立ち、町が都市化していきます。そうなって初めて、経済的な発展が起こります。大和朝廷が、大きな勢力をもった背景にはこれがあります。そうなってはじめて、倭国がいよいよ国際文化に目覚め、国家を意識しはじめわけです。

これらをうまくまとめ、利用した人物が、確実にいるのです。
四天王寺を建てた人物です。これ、馬子ですか? 推古天皇ですか?
馬子は、同時期、法興寺(のちの飛鳥寺)を建てていますが、四天王寺とは違い、仏教一辺倒の寺です。
聖徳太子ですよ。建てたの。
すなわち、彼がアメノタリシヒコです。馬子では絶対に無い。
アメノ、は天津神の血を引く者、という意味です。タラシヒコは、テラスヒコ、と言ったのかもしれない。憶測です。
でも、天照日子と名乗ったのなら、もう海部の血を引く者に他ならない。
聖徳太子は天皇にはならなかったが、天皇というものの概念を作り、それは物部の秘儀で成立する。今の天皇もそのような秘儀、大嘗祭を執り行っています。
これも、蘇我には出来ないけです。

それをやったのが、アメノタリシコという人物。それが、隋の外交文書にその名が記された、これは事実。

馬子がアメノと名乗ることは絶対に無い。
推古は女帝であるから、推古天皇でもない。
聖徳太子以外に、誰なんですか?
聖徳太子がああまで『書紀』に祭り上げられた原因は、やはり、神と対話ができる人物であったからでしょう。

もう一度言います。アメ、アマと名乗るのは天孫族の末裔であると宣言したもの。
聖徳太子の母方は、確実に物部であり、その血は、物部の祖、海部(あまべ)に行きます。伊勢の斎姫はこの海部から出ました。古代天皇も、海部の巫女のしばし妃として迎え入れています。
さきほど空海の名をだしましたが、空海と言う名も、海であり天である海部を示唆します。

合点が行かないという人は、拙書『捜聖記』(角川書店・ただし在庫切れ、涙)、ないしは『聖徳太子・四天王寺の暗号』(ハート出版)をお読みください(宣伝か!)。

でね、もっと歴史的に重要なことがあって、そのことを言いたいのですが、

長くなりそうなので、また今度。

kaidanyawa at 11:50|PermalinkComments(3)

2016年04月29日

中部地方の人たちに告知

中山市朗です。

本日は作劇塾の合評日。

で、明日(30日)の朝、北野誠さんのラジオに出演いたします。
といっても、電話での出演ですけど。
出演というか、電話で誠さんからインタビューを受ける、というのが正しいのでしょうか。

飛鳥昭雄さんとの『聖徳太子・対談』(学研プラス)が非常に面白かったと早々に連絡をくれた、北野さんの計らいだと思います。
「聖徳太子はいたのか?」がテーマになると、前もってディレクターさんから連絡がありました。
「もちろん、おったわ」という答えをいたします。

いない、という人と討論したいくらいです。
どう、いなかったのか?
いた、というよりその証明は難しいんじゃないかと。

なんでこんな風潮になっちゃったんでしょうね〜。

あっ、ラジオですが関西や関東の方は聞けません。私も聞けません。

CBCラジオ『北野誠のズバリ・サタデー』という朝9:00〜11:40の生番組。
愛知、岐阜、三重県の全域と、静岡、長野、滋賀県の一部でしか聞けないそうです。

私の出番は10:15分頃から8〜10分間。
『聖徳太子・対談』の宣伝をしてください、ということです。
10分くらいじゃあ、語りきれん!

またこの話、ブログでも展開させます。

誠さんも、古代史にはまりつつあることだし。何かできんかな〜。

kaidanyawa at 00:30|PermalinkComments(10)

2016年04月28日

ロジカル思考を養う

中山市朗です。

昨日は、インプットの話をしました。

水も溜まればあふれ出ます。
インプットも、どんどんしていくと、アウトプットしたくなります。

アウトプットとは、作品作りです。
作劇塾は、べつにそれが小説でなくともかまいません。映像のシナリオ、ゲームの企画、放送番組の企画、お笑いの台本、なんでもいいのです。シナリオを書かなくてもカメラを持って外に出て、何かを撮る。それをテーマに従って編集する、でも、作品はできます。ただ、いずれもテーマが必要です。
テーマとは、そうですね。
小説やドラマでいえば、主人公の行動原理でしょうか。

以前、ある映画祭で、アマチュア映画が上映され、上映後、審査委員長の黒澤清監督が、その監督たちとステージで語り合う、ということがあって、私、客席から見ていたんですけど。
監督は、やっぱり「テーマはなんだったの?」と聞いたわけです。
そしたら、みんなダラダラとさっき上映された作品の解説をはじめたのですが、お客はそんなつたない話など聞きたくない。監督も「違うよ。テーマって一言で言えるんだよ。拳銃と女とか、とことんエッチだとか」

テーマは、物語がぶれない全体の筋のようなものです。それは世界観を作ります。拳銃と女、なら、なんとはなくハードボイルドな展開、内容になるでしょう。そしたらその世界観にあった主人公の造詣、物語の展開、せりふ回しなどが必要となります。すると、それを描写するテクニックが必要となります。テーマがなければ書けない、とはそういう意味でしょうか?

私の場合、『怪談狩り』の最初の一冊を出すときのテーマは、『新耳袋』への原点回帰。
『聖徳太子・四天王寺の暗号』は、四天王寺に隠されたキーワードから、聖徳太子の正体を探る冒険譚、でした。うまく行ったかどうかはわかりません。読者のみなさんの判断ですが、担当の編集さんも同じ思いだったはずです。そしたら、赤入れもぶれない。

テーマが決まったら、書き始めます。
ここで、テクニックが問われます。
私はハードボイルド小説を書いたことがないのですが、きっと怪談とは別のテクニックが必要です。同じ怪談でも、私の場合『新耳袋』は、削いで削いでシンプルな文章にするテクニックが必要でしたが『なまなりさん』は、長編怪談ですので、プラスしていく手法をとりました。テクニックとしては逆なんですね。
で、古代史ものはまた全然違うテクニック。ですから、求められるテクニックは作品によって違う。だから、これが正解ということを教えることはできません。「私の場合、こう考えて、こうやった」というサンプルを提示するしかない。

しかし、物語には基本があります。話の展開、盛り上げ方、せりふ回しなどは、小説やシナリオを書く場合の基礎です。
それはどうやって学ぶのかと言うと、本を読むしかありません。映画を観るしかありません。小説家志望でしたら、いろいろなジャンルの本を読んで読んで、分析するしかない。そのうち、いい文章というのが、脳内に入り込んで、何かの時にアウトプットされます。それも無意識のうちに。

読みながら考えます。いい作品だと思ったのなら、どこがよかったのか。
どこに感動し、どこで感情移入して、どこで泣き、笑ったか。あるいはゾッとしたか。
きっと、そうさせたテクニックがそこに潜んでいるはずです。
その手法を知ること。そしてそれを真似てみる。それには書くしかない。

作劇塾では、隔週でインプットの講義と、アウトプットの合評を行っています。
合評は、家で書いてきた作品を、塾生たちで読みあって論評するわけです。
ここで「君の作品はつまらん。全然面白くない」と言ってしまうと、ケンカにならないまでも、険悪な空気になります。そうではなくて、つまらない、と思ったら、どこがどうつまらないのか。その原因は何か? ではどうすればよくなるのか? それを指摘するわけです。「面白くない」は感情論になりますが、ロジックで説明すると「なるほど」と納得する。これは、他人の作品を批評する力とともに、自分の作品を客観視するという力も養えます。
また、2週間に一度の締め切り日だと思えば、必ず書く、という習慣もつく。
まっ、ここは塾生の自覚の問題。

ともかく、小説もシナリオも、ロジックの塊なんですよ。
物事をロジカルに考え、説明できる、ということは、別に我々の創作活動に限らず、どの世界でも必要とされることではないかと思います。
これからは、コンピュータやロボットが人間から仕事を奪っていく、と言われていますが、人間としての感情をもったロジカル思考の人は、職種は、仕事を奪われないと思います。

この4月に入ってきた二人の塾生は、小説やシナリオを書きたいわけじゃなく、ともかくインプットをしたいと言っておりますが、合評にも参加するようにと言っています。

いずれ、インプットしたものをアウトプットするときのために、ロジカルな思考を養うことは必要です。また、小説や映画を分析して、解析して具体的に、失敗、成功の要因を探る、なんてことは、あまり他ではやっていないのではないでしょうか?

ロジカル思考は、企画の立案、問題の処理能力やプレゼンテーションにも役立ちます。しかし、ロジカルな思考が必ずしも、共感を得るとは限りません。で、テーマです。
人間をどう描くのかというテーマ。主人公の行動原理。
人間の行動なんて、ロジカルとはいえません。感情的なこともあるし、矛盾の塊だったりする。でも、それを読者に伝えるための、ロジカルな手法。これが必要なわけでして。
で、やっぱり人間を描くわけですから、人間観察は必要。人が好きでなければ、小説は書けない。
だから、何度もしつこいですが、籠っていてはいかんのです。

合評は、直接意見がもらえますし、具体的な修正を私が指示したりしますから、気づくのは早いし、早め早めに修正に応じられる。
何度もこのブログに書きましたように、どんなプロであっても、編集さんから赤修正は入れられるわけです。新人の人はショックを受ける人もいるそうですが、よりよい作品作りをするための、プロとしては当たり前の作業です。このときの対応にも、この合評は役立ちます。

あとは、どれだけ続けられるのか、ですね。いくらなんでも、一夕一朝にプロにはなれません。

そして、こころざし。
これが一番重要ですかな。


とまあ、こんな作劇塾に興味のある人は、

info@officeichirou.com

06-6264-0981

に連絡くださいませ。塾頭の私が対応いたします。








kaidanyawa at 03:55|PermalinkComments(5)

2016年04月27日

勉強は嫌いだけど……。

中山市朗です。

昔のことです。
専門学校の講師をしていたころ、ウェイブ・デザイン科の学生たちに講義をしていたとき、どうも話を聞いていない学生たち(女子)がいた。注意したら「別にわたしたち、ピカソや印象派の画家のこと、知らなくても生きていけます」てなこと言うたわけです。
ちょうど、ピカソの絵についての講義をしていたんです。
「そら、お前たちが普通の主婦になるというのなら、そんな知識無くてもええやろけど、お前たち、プロのデザイナーになりたいといって、高い授業料払ってるんやないか。それは、プロを目指す人間が言うことやないぞ」と、教室を追い出したことがありました。

またある学生は、ミュージック・ビデオを作ることにあこがれて、専門学校に入ってきたというんです。
話をしていると、アステアもジーン・ケリーも知らない。いや、映画を観ていない。
「ミュージカル映画を観ろ」と言うと、「先生、ミュージックビデオとミュージカルは違うんです」と意味不明なことを言って、とうとう観ようとしなかった。マイケル・ジャクソンの映画狂、アステア信奉ぶりを知らんらしい。

ゲーム業界にあこがれ、ゲームのサウンドトラックを作曲したいとう学生がいました。ゲームの話ばっかりしているので「ゲームのサントラとはいえ、音楽には違いないんやから、クラシック音楽の歴史くらい勉強しとけよ」と忠告したら、「先生、クラシックなんてゲームに関係ないですよ」と、スルー。ところが、のち、彼から、ある会社の試験を受けたら「バロック音楽から現代音楽までについての筆記試験があった」とか。
手も足もでなかったそうです。
「ほら、いわんこっちゃない」

なんかね、こういう学生たちを見ると、楽を選択しているんです。
ためになる、ならないよりという選択より、楽をする、やらなくていいという選択をする。
「そんなん、やるだけムダやで」と言った先輩か友達でもいたのでしょうね。そっちの言葉を信用しちゃった。
プロから見たら「アホか」なんですけど、言っても聞かない。

そら、プロだからってなんでも知っているわけじゃない。
あるCMディレクターは、クライアントとの打ち合わせの時「小津調の画面で……」という話になったらしい。小津安二郎ですな。ところがこのディレクター、小津映画を観ていなかった。で、打ち合わせの時は「あれはいいよね」とか「あれは、苦労して撮ったらしいですよ」なんて適当に話を合わせて、終わると慌てて小津映画のビデオを取り寄せて、観た、と言います。そのとき、小津映画のビデオを貸したのは私でした。

とまあ、「プロのデザイナーです」と言いながら、ピカソや印象派について語れない。「プロの映像ディレクター」が、アステアのミュージカルや小津映画を一本も観ていない。まあ、そういう人もいるでしょうが、それをクライアントやお客に見透かされると、たちまちその信用度はなくなってしまいます。
クライアントや一般の人たちから見て、その人が豊富な知識と精錬された技術とその作品歴が圧倒的に違うから、その人たちに仕事をまかせ、対価を払うわけです。自分より、明らかに知識のない人は、とても怖くて、まかされませんわな。だいたい発注しない。

ですから、プロは、知らんとは言えないのです。
知らない場合は、知ったかぶりして、うんうんとうなづいているんです。で、慌てて勉強するんです。

勉強というと、私なんて、高校のころまでは大嫌いな言葉でして。今もって嫌い、という人、いるでしょう。

この言葉は、孔子の孫、子思の作とされる『中庸』という書に初出しまして、字のごとく、強いて勉める、という意味であります。江戸時代は、「勉強しまっせ」「勉強してや」は、商人が、がんばって値引きする、という意味で使われていて、勉学、学習に勉強という言葉があてられたのは、明治以降のことなんだそうです。
まあ、大阪の黒門市場では、今もって「勉強してえや」「ほな、勉強しまっさ」という商人とお客のやり取りをしているのをよく見かけます。

強いられる、強制されるとは、まったく嫌な言葉ではありますが、確かに強制してまで覚えさせ、身に着けさせる必要が、子供たちにはあります。
で、大人になっても、この勉強がつきまとうわけです。忙しい仕事の合間に、昇進試験や資格を得るための勉強。あるいは、スキルを上げるため、見聞を広めるため。いろいろあるでしょう。

わが塾では、これをインプットと言います。
勉強という強制ではない。ともかく、どんな知識でも蘊蓄でも、頭の中に入れる。好奇心さえあれば、これは苦しいことではありません。いや、知らないことを知ることは楽しいことなんです。本来は。
で、どんどんインプットする。忘れてもいい。ともかくインプットする。
インプットばかりしていると、そのうち、それが体系化され、アウトプットしたくなります。
インプットしたものを、どう自分の脳内フィルターを通してアウトプットするのか。そのアウトプットされたものが、企画であり、作品です。
このとき、どうアウトプットし、他人に伝えるか。その手法がテクニックでありまして。
クリエーターになりたいという若者たちは、まずテクニックを教えてくれ、というんですが、それは違うんです。
何を伝えたいか、どういうものを表現したいのかで、必要なテクニックは異なります。
だから、インプットがろくにされていない人間からは、ろくでもないものしか出ない、ということになります。
それでは、プロになれません。

これも昔のことですが、ある映画監督が塾生たちと飲んでくれたことがありました。このとき、監督は塾生たちに「テーマは何?」と聞いたわけです。
「テーマ……?」
ここで沈黙した塾生がいた。
「テーマがなくて、何を書くつもりなの?」
と、監督。

膨大なインプットがあるから、テーマが出る。そして、厳選された中でのアウトプットが起きる。

で、その、アウトプットされたものが、テクニックを伴って作品となり、世間に受け入れられ、対価をもたらせたとき、その人はプロのクリエーターとなるわけです。
インプットされた知識が、食える知識となります。
すると、インプットすることがもっと楽しくなる。その次元も高く、より専門的なものとなる。

今まで作劇塾は、プロの作家養成塾として、作家になりたいという若者を対象にしていたのですが、どうも、書かない。書けない、という人が多かったんです。積極的にインプットをしようともしない。
飲み会にも来ない。で、帰って作品を作っているかと言えば、そうでもない。
飲みに来ない原因もわかる。飲み会が面白くない。なぜか?
インプットをしていないから話題がない。話についていけない。そんな飲み会、おもろないですわな。スマホばっかりいじっとる。で、帰る。
でも、インプットをしていないから帰っても書けない。書いてもおもしろいものにならない。
この繰り返し。
そら、しまいには萎えますな。で、姿を消す。
なんなんだこれは!

どうも、インプットを勉強のスタンスで捉えていて、だからインプットが苦痛らしい。だから、それを避けようとする。そんなこと知らなくったって、自分の作品は書ける、という世の中を舐めたスタンスになる。だから、激動する世の中と乖離していく。つまり「籠る」という状態になる。
そうなった人間の作り出すものを、世の中が認めるほど甘くはないですわな。

ですから、作家志望という動機は二の次にして、とにかく、好奇心旺盛な、かつ、社会を知る社会人、サラリーマンの方々に、おもしろいもの探しに来ていただくように、塾の方針を変えたというわけです。
ともかく、インプットをする。知らない世界を知る。知識の体系化をはかる。
それが、まずクリエーターとしての基本。
漫画家とかは、子供のうちから描いていないと、なかなか大人になってからというのは難しいですが、文字を書いて何かを表現する、というのは、何歳になろうができます。学校の先生を退職して小説家になった人もいますし、会社員をやりながら書いている人も大勢いますから。

私も、あれだけ苦痛だった勉強も、今は楽しくてしょうがないですもん。
勉強は、本来楽しいものなんだと、子供たちに啓蒙する大人が必要ですかな。
その前に、勉強という言葉を、改めたほうがいいのでは?









kaidanyawa at 12:47|PermalinkComments(10)

2016年04月26日

続・夢を語る場所

中山市朗です。

当たり前の話ですが、親は「ミュージシャンになりたい」とか「小説家になりたい」と子供が言って来たら「なれるわけないやろ」と一蹴します。それが親としての正当な対処です。
本気でやる覚悟があるのか?
と、言いたいわけです。
安定も保証もない世界に、という心配も当然あるでしょうが、今は会社に勤めても、それは言えるんじゃないかと、私は思いますけど。それより何かのスキルを身に着けることは、今後を生きるのに必要でしょう。

ともかく、親としては、一度は諭すのが筋っていうもんでしょう。
それでも、やるかやらないか。
一蹴されて、あきらめるようでは、それだけのものだったんです。
で、やるからには覚悟を決める。
それを成すためには、成すための行動、行為が何よりも最優先事項となる。
ただ、私が見てきたところ、食わなきゃならないと言って、バイトをはじめる人がたくさんいたわけですが、バイトのシフトが優先順位になる。こうなったら終わりです。
プロでない人が、プロになるために作品を書き続ける、作り続けるというのは、金銭的対価がありません。でも、バイトは時給がつく。するとどうしても、時給を取るようになる。優先順位がまずバイト。
これ、あきません。
それと、バイトは仕事の指示を待ってその通りにする。
クリエーターは、自分で仕事を作る。
この違いが大きいので、あんまりバイトにどっぷりになっちゃうと、クリエーターの仕事に対応できなくなる危険性があります。
私の知り合いの映画監督で、大学で教えている人がいるんですけど、彼も言っていました。
「映画監督や脚本家を目指している学生がいたとして、東京からその業界の人が来る。今晩飲む、というときに、これはチャンスだからとその学生に連絡します。バイトがあるので、と言われると、もう無い。そっちが優先な人に大事な業界人を紹介できない。彼には二度と声をかけない」と。
その通りです。

覚悟があると、そうはならないはずなんですけど。

そして、これは私の教え子たちの経験ですが、出版社に原稿の持ち込みをすると、たいていボロクソに言われる。編集さんに聞くと「ボロクソ言って、萎えるようじゃだめ。クソッと思って次も持ってくるかどうか。そこを見ています」と言っている人もいました。「ボロクソ言われるのはまだいい。ボロクソ言っても無駄だな、という人には、適当なことを言って帰ってもらう」という編集さんもいました。

そういう経験をした人たちは、これから持ち込みをする後輩たちにアドバイスができます。夢を語り合う場所は、そういう場でもあります。

先日、私の教え子で、今は小説家として活躍しているのが、夜ひょっこりやってきて、「東京に行こうかと考えるようになりました」と、言うんですね。ちょっと前まで、ともに大阪を盛り上げよう、と言っていたんですが。
「なぜ?」と聞くと、打ち合わせなどで東京に行くと、夢を語り合う場所がある、というんですね。
場末の飲み屋なんかで、作家や編集さんが飲みながら、夢を語って、それが成就していくのを見る。とんでもなく楽しく、うらやましい世界だ、と言うけです。
わかります。私も東京へ行くと、そういう人たちと夢を語るのが楽しい。また、そんな人たちがいっぱいいる。

でも、大阪に作家やクリエーターがいないのかというと、そんなこともない。
だいたい、東京で作家さんや映画監督、テレビ番組のディレクターなんかと話していると、大阪弁が飛び交っている。「出身は?」と聞くと、「富田林」とか「摂津」とか「寝屋川」なんて出てくる。
大阪にはメディアがない。出版社も少ない、というのは確かなんですけどね。でも、人材はある。
メディアも作ればいい。作れますよ、志のある人が集まれば。

だから、そういう人たちと、夢を語り合う場所があればいいと、ずっと思ってはいるんですけど。
そんなんで、プロのクリエーターたちは、存分に夢を語り合っているわけです。



ちょっとネットで検索してみましたら、夢を語れ、という人と、語るなという人の言い分がずいぶん出てきました。

やっぱり、口ばっかりの人は信用おけないし、うざい、という声が多いようですな。

あるカウンセラーのブログに、こういうりました。

夢を語ってはいけない三つの理由。

 “紳个気譴襪海箸鯣鬚韻襦
  
「無理だ」「できるわけがない」と、足を引っ張る人の関係を極力避けるため。

◆〔瓦義務になってしまう。

人に語った手前、実現しなければならなくなる。ワクワクした気持ちが叶わなかったらどうしようという、恐れになる。

 夢を語るだけで満足する。

語るだけで「すごい」「きっとできるよ」と賞賛を得られると、満足してしまい、モチベーションが下がる。


まあこれ、普通の環境ならそうでしょうね。


でも、我々の場合は、反対するものはまずいません。足も引っ張りません。それぞれが夢を持っているわけですから。ただし、「そんなやり方では無理だ」「そんなことでは、絶対にできない」という意見は出るかもしれません。
夢を具現化した人がその場にいれば、そういう場であるなら、より具体的な対策を持っていることが必然であると気が付くはずです。まあ、飲み屋でグダグダと夢を語るのとは違うわけです。

また、夢を語って、それが義務になって、それが恐れになる、というのなら、この世界は諦めたほうがいい。
夢に向かって歩んでいる人、そして成就した人たちは、みんな嬉々として行動しています。

そしてまた、「すごい」「できるよ」なんて言うことも言いません。成就して初めて「すごい。やったね」と声をかけ、祝杯を挙げます。

要は環境でしょうし、語り方でもある。

自分の夢なんて、正直、他人は預かり知らない。興味もない。でも、そうした人たちに自分の夢を語って理解を得させる、というのは、創作の手順であり、構成力、表現力、演出力、語彙力で、相手を魅了するのと、ほぼ同じのように思います。
語りと文章力はその手法は違うのですが、作家の人たちは口数の少ない人でも、語れば、理路整然としていて説得力があるのは、他人に理解してもらう手法、話術というのを身に着けているからだと思われます。その能力が万人受けするエンターティメントを作り出すのでしょう。

アニメの制作会社ProuctionI.G社社長、石川光久氏が、ブログでこんなことを書かれていました。
「うちみたいに、集団作業で映画を作っているところは、どれだけ夢をもった個人が集まっているかなんです。普通の会社に入ると歯車になってしまって自分のたいことが、どんどん縮小して、夢をなくしてしまう。それじゃ、ダメだね」

作劇塾も、夢をもった個人の集まりにしたい、と、これはこころざしであります。








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2016年04月25日

夢を語る場所

中山市朗です。

先日、作劇塾のことを書きました。
籠っていては、作品はできない。ロクなもんが書けない、と。

ただし、これは今までの塾生に言いたかったこと。
実は、籠っているヤツって書いていないことが多い。籠っているということは、時間がある、ということですから、書く時間を確保したところで、半分書いた気になっている。
しかし、これはプロの作家がそうなんですが、忙しい人、つまり売れっ子ほど作品を書いているわけです。当然、発注があるわけですから、それに対応するとそうなるわけですが、とにかくこういう人たちは、すっごく忙しいはずなんです。おそらく想像を絶する激務でしょう。
でも、そういう人ほど、趣味も充実させ、人に会っていろんなものを吸収している。取材もきっちりやっている。
だからまた、書けるわけです。

みんな同じ24時間。それをどう使うかは、ほんとうに本人の志しだい。
とまあ、そういう私自身は、有効に時間を使っているのかという、戒めも含めて、作家やクリエーターを目指す人たちには気を付けていただきたいと思います。
塾を出て、業界で活躍している塾生たちを見ると、やっぱり人に会って、うまく人脈を使って、仕事を請け負い、成長していっています。籠って成功したヤツはいない。必ず消えます。

で、ここ半年で、塾生が4人入ってきたのですが、うち3人は社会人でして、昼間はちゃんとサラリーマンとして働き、残業だの営業だのという忙しいはざまに、小説なり作品を書く、作らなきゃならない、という環境にいるわけです。
また、旧塾生も、やっぱりサラリーマン(OL)がいますので、籠って世間知らずになることはまあ無い。だからそういう心配は、今の塾生に関しては、いらないと思うわけです。

ただ、彼らの話を聞いていると「会社で夢が語れない」という歯がゆさを持っているようです。「だから、夢が語り合える場所を求めて、塾に入った」と言います。

私はよく塾生にも、このブログでも「夢を語れ」と言っています。
クリエーターにとって、夢を語ることは絶対に必要なんです。
でも、サラリーマンの世界では(業種や会社によるとは思いますが)、「夢を語ってどうなる。そんなことより仕事しろ」ということになるわけです。
わかります。
「夢なんか叶えられるわけがない」と、言われるようです。
ほとんどの人は、受験、就職、日々の仕事で、自分の限界を知る。
「自分は凡人なんだ。こんなものなんだ」と思う。だから、自分と同じ環境、職場にいる仲間たちもそうなんだと思うのでしょう。
「この会社に入ってきたんだから、覚悟を決めて、会社に貢献することだけを考えろ」という、職場の同僚や上司の意見も至極まっとうな話であります。
ええ年こいて、「俺はビッグになるんだ」とか「いつか会社を辞めて、作家になって直木賞を獲るんだ」なんて言っているヤツも、なんだか信用おけない、というのもわかります。

でも、自分の人生。たった一回の人生。
夢が捨てられきれず、チャンスがあったら挑戦してみたい、という気持ち、行動は、否定できないと思います。本人がひそかにやることをやっているなら、ですよ。
ですから、、「世の中、こんなもんじゃないはずだ。もっと別の世界、別の環境があるはずだ」というのも、正解。

それこそ、今の会社に満足していない、私は生きていない、と感じているのなら、別の環境を求めて行動を起こすのもよし、だと思います。

実は、私の書斎で年四回、怪談会を開き、今はネトラジの収録などもしているのですが、終わっても、ゲストの方が全然帰らない。ずっと話しているんです。最長記録は15時間、食事を獲るのも忘れて、ずっと語り合ったこともありました。
「退屈している」と言うんですね。「映画や文学、あるいは時世や政治、歴史のことも知りたい、語りたい。でもそういう場所も、人も周りにいない」というんです。で、私がとっ捕まっているわけですが(笑)。
でも、私もそういうニーズに応えたいですし、私はサラリーマン経験がないので、逆に仕事内容や仕組み、その業界のエピソード、営業の大変さやなどを聞いたり、疑問を呈したり。また、人の意見は面白い。一つの真実などない。真実は人の数だけあるともわかる。
そういうことが、また、私にはとてつもなく刺激的であり、作家としての仕入れ、ともなっているわけです。
で、こうやって、ええ年こいたおっさん同士、たまに美しい(?)女性がいたりもしますが、思いのたけを語ることは楽しいし、ストレス発散にもなるのです。
そして、語っているうちに、たまにですが、「それ、やってみません? 協力しますよ」ということにもなるわけです。そこから派生した仕事も確かにありました。

私はフリーの身で、いろんな業界、いろんな人を見てきています。
私自身もいろいろやってきましたしね。
デパートやアパレル業界などのイベント企画、PV制作、CM制作、黒澤映画のメイキング、放送作家、脚本、演出、DJ、役者もやった。著述作家、ライター、漫画原作、ゲーム制作、ドラマの原作、怪談語り、古代史研究、オカルト研究、専門学校の講師、大学の講義、講演、私塾を立ち上げての塾頭。今はオフィスイチロウの運営。素人ながら落語もやります。それからえっと……。
事務所の運営や学校での講義は別として、あとの、映像制作や監督、作家になることは、みんな、私が物心ついたころからあこがれたものばかりです。
ただ、私は大学のころ、映画造りはしていましたが、そのほかのことはほとんどやっていませんでした。現場に放り込まれりゃ、必死になってやれるもんです。

で、ほとんどは、30歳過ぎてからの実績です。
あっちで夢を語り、こっちで夢を語り、の20代があったからこそ、理解してくれる人ができ、協力してくれる人もでき、また、協力もし、という中で、じょじょに夢は叶ったのです。
つまり、人です。人とのつながりが、いろいろとつながり、成就していったのです。もちろん、『新耳袋』の著者という実績も大きかったわけですが、それだけでは、これだけいろいろはできない。

つまり、夢は語ったほうがいい。いや、語るべきだ、という私の気持ちはそういうことがあっての実感なのであります。ところが、その夢を語る場所がない。特に世知辛い大阪から、そういう場所がどんどんなくなっていっている。そら、クリエーターたちが東京に流れるわけです。

だからこそ、作劇塾という場を維持せねばならない。
そう思っているのです。
 
夢を語る必要性、次回に続きます。






kaidanyawa at 06:16|PermalinkComments(6)

2016年04月23日

作劇塾 インプットの日

中山市朗です。

昨夜は、作劇塾の講義の日でした。
講義はインプットの日。
とにかくいろんな世界、情報、知識を知ってもらおうと、私の体験、取材などをもとにして、塾生たちに問いかけます。それを各々塾生がどう考え、判断し、生かすか、ということです。
何度も警告しておりますように、作家志望というのは、ついつい籠ってしまいがちです。確かに書くという作業はひとりで行います。籠って書くわけです。

しかし、籠っていては、世間が見えなくなる。
それではいかんわけです。

世の中という、経済資本主義社会というものの構造を知る必要があります。
なぜなら、出版という業界が、経済資本主義社会の中にあって、ニーズを読みながら企画や作品を出していくわけです。出版社の編集さんは、サラリーマンですから、そういうニーズをかぎ分け、企画の修正や赤入れをしてくるわけでして、作家の書きたいことをまるまるやらせてもらえるわけではないのです。
えっ、私?
私は好きに書かせてもらっています。はい。
でも、今の作家志望にはラノベ作家になりたいというのが多い。
ラノベは作家性3:商業性7、と言われています。まずは企画ありき。
その企画が、書きたいものでいいわけですが、それでは出版社はOKを出してくれない。まあ、企画というものは、出版に限らず、マーケットの動向、売り上げ予想無しには、ありえないんですけど。
社会経験のほとんど無い若い作家志望者は、そこがわかっていない。だから編集からいろいろ注文が出され、ダメ出しされるわけでが、それに対する方策が立たない。そこでもう、書く気が失せる人も多数出てくる、と、これは編集さんから直によく聞かされる話です。マジで。
ビジネスの世界では、ダメ出しを食らったら、頭をウニってでも次なる方策を立てるのは常識なんですけどね。
で、まあ、最終的には、出版社に利益をもたらせなければ、その出版物は失敗、ということになります。
下手すれば、失敗こいちゃったその作家は、干されることになりかねません。
いったん干されてしまうと、再デビューはデビューよりはるかな困難を伴います。
新人文学賞はあっても、再デビュー、復活賞なんて無いですから。
ですから、プロの作家は、作家性と商業性の両面を持ち合わせる必要があるわけです。
そうでなくとも、出版不況、本が売れない時代ですからね。

昔の文豪は、頭をかきむしりながら、籠って小説を書いていたというイメージがありますが、あれはテレビもパソコンもスマホもアニメもゲームもカラオケも無い時代の話。娯楽といえば、映画を観に行くか、小説を読むかという時代。
世間から距離をとって、籠って悩んだ作家たちの世界を、読者たちは受け取ったわけです。ともに悩み、憂うことが娯楽でもありました。でも、いま、そんな小説は売れません。
映画も、斜陽が叫ばれてからずいぶん経ちますしね。
「食ってかれへんわ」と嘆いている知り合いの作家、映画監督は、実際に周りにたくさんいます。
今は娯楽となるものがいっぱいあり、またタダで遊べたり見たり読んだり、ができるわけですから、そうなると常識として、売るための、売れるための対策を持たねばならない道理となるわけで、まったくの無策で、書きたいものをただ書く、なんていうのは、プロとしてはやっていけないというわけです。

そうなると、この世界、自分の作品を読んでくれる人たちをより理解する必要がある。
いわゆるマーケットを読む、というわけですな。
で、そういう人たち、つまり読者となる人たちは、おそらく例外なく、経済資本主義社会の中、競争社会に取り込まれ、その社会で生きているわけです。そういう人たちが何を欲しているのか、なにを考え、なにを知りたがっているのかを、作家はかぎ取る必要がある。となると、その社会の構造を知っておく必要があるわけです。
そしてまた、作家という存在も、その構造の中で消費されるわけです。
 
とは言っても、作家は広告代理店の人間でも商売人でもないわけですから、あんまりマーケットを意識しすぎたり、媚びを売ってたんでは、これもいい作品が書けないという道理となります。

書きたいものを書きながら、ニーズに合わせていく、という思考性が大切なのであります。
そのためには、社会の構造を知ろう、その中にはとてもショッキングなもの、信じられないもの、が潜んでおりまして、それがまた、作品を生むヒントにもなるだろうと。

また、作家の生み出す作品は想像力の賜物であるわけですが、おそらくその想像以上の奇奇怪怪、驚きが世の中に山ほどある。また、一般の人たちもスマホやネットで、そういうものが存在していることを感覚的に知っている。そういう人たちを、満足させられる、金を出させて消費させる、それだけのものを籠って書いていて書けるのか、と、それを言いたいわけです。


まあね、作家になりたいとウチに来る人間は、社会人としてどこか不適合、人にとやかく言われるのは嫌、だから小説家になる、というタイプが多いわけですし、それは私も同じなのでありまして。
むしろそういう人のほうが、作家になれるはずなんです。
しかし、作家とは好奇心の塊です。

その好奇心さえあれば、世の中の人間のありようを見て分析し、作品を書く動機を生み、自分の想像力だけでは補えなかったブラアルファを生かし、結果、読者を驚かせ、満足させ、自分も出版社も利益を出す、つまり真のプロの作家たりえる存在になれるはずだ、と。

で、籠って書いていてはいかん、という結論になるわけです。

とまあ、そういうことを言いたいわけなのであります。

でね、そういう目で見ると、世の中ほんまに、おもろいですから。
退屈している暇がない!

kaidanyawa at 10:45|PermalinkComments(3)

2016年04月20日

怪談会のお知らせ

中山市朗です。

すでにツィッターでおしらせいたしましたが、私が怪談蒐集する場としての、プライベート怪談会の日取りが決まりました。
5月28日(土)。

で、この回は、以前大変に好評いただきました、二部制となります。

夜の部、19:00〜22:30頃まで。
オールナイトの部 24:00〜5:30頃まで。

夜の部は、食事が付きます。まあ、オフ会のようなノリでの怪談会となりますかな?
ですので、夜の部参加の方は、食材費(1,500〜2000円程度)の徴収をさせていただきます。
オールナイトの部もありますので、お酒などの持ち込み等は自由ですが、ほどほどにいたしましょう。

オールナイトの部は、いつものように参加費は無料。

どちらの参加にも、一話は語っていただく怪談が必要です。

参加希望の方は、

info@officeihirou.com

06-6264-0981

まで、ご連絡ください。

夜のみ、オールナイトのみ、両方参加のどれかをお申し付けくだされば、集合時間、場所などをお知らせいたします。

こぞっての参加をお待ちしています。

kaidanyawa at 15:42|PermalinkComments(11)

2016年04月18日

日本史に怒る

中山市朗です。

飛鳥昭雄さんとの対談本『聖徳太子対談』と『ムー』の総力特集に執筆して、いろいろ反響をいただいております。
意見はいろいろあっていいのですが、やっぱりよく言われるのが、「聖徳太子は実在したのですか?」という愚問。
愚問です。
いたのに決まっとるわ。

聞くと、教科書から聖徳太子の事績が消えていっている、ということらしい。
う〜ん、最近の教科書は、聖徳太子についてなにをどう書いているのか。
調べてみました。

と、こういう記述を見つけました。

「国際的緊張のもとで、蘇我馬子や推古天皇、甥の厩戸王らが協力して国家組織の形成を進めた」(山川出版)
「『書記』の記す、憲法十七条、冠位十二階、遣隋使の派遣についても厩戸王の事績とは判定できず、後代の偽作説もある」(清水書院)

厩戸王が聖徳太子に該当する人物ですから、存在しなかったとは書いていない。
どういうこっちゃ?

つまり、これは大山誠一という、現在中部大学の名誉教授が1997年に提唱した説がもとにありまして、厩戸王は存在したが、生きていた時代に聖徳太子とは呼ばれていなかった、というものが、元になっているようです。

屁理屈じゃ!

それをいうと、昭和天皇というのは、死後つけられた諡名ですから、その説でいうと昭和天皇はいなかった、となる。

んなバカな!


そんなことを言い出すと、教科書にでてくるほとんどの人物が存在しなかった、となるぞ!
だいいち、『日本書紀』にも、聖徳太子という表記は無い。
だから、『書紀』にある厩戸皇子は聖徳太子でよろしい。そう、厩戸王という表記もない。
豊聰耳法大王、あるいは法主王といいう表記はありますが、たいていは厩戸皇子か皇太子となっています。
文献にいちゃもんをつけるなら、教科書もきちんと表記しましょう。
生前彼は、何とよばれていたかというと、おそらく、
皇太子(ひつぎのみこ)とか皇子(みこ)とよばれていたことでしょう。
となると、彼は聖徳太子とは呼ばれなかったから、聖徳太子はいないというのは、ほんま、屁理屈やと思うでしょ?

で、またこういう説も出るわけです。
聖徳太子の時代に摂政という言葉も官位もなかった。
よって、聖徳太子は摂政ではなかった。

屁理屈じゃ!

たとえば、『書記』巻二十二、推古天皇の条ではこうあります。
「(推古元年)四月十日、厩戸豊聰耳皇子を立てて、皇太子(ひつぎのみこ)とされ、国政をすべて任せられた」
原文は、難しい漢字なのですが、まつりごとふさねつかさどらしらしむ、とあります。
別に摂政となったとは書いていない。
で、それは今でいう摂政、いうんやろが!
言葉や名称はあとから付くもんですわ。
で、またまた屁理屈となって、この厩戸豊聰耳皇子は、当時は聖徳太子とは呼ばれていなかった。
つまり、聖徳太子はいなかった、となるわけでして。
しかしですね、その厩戸豊聰耳皇子が、仏教の祖として信仰の対象となって、のち、聖徳太子と呼ばれたことは、百も千も承知でありまして、今更なにを言うとるんや、という話。

『書記』には聖徳太子に該当する厩戸豊聰耳皇子、という人物が表記してあるわけですから、仮にその人物も否定するとなると、相当の根拠ある反証が必要なわけです。ともすれば『日本書紀』そのものの否定もなる。
そしたらもう、古代史のなにもかもが混沌、カオスとなります。
『日本書紀』は、いいですか。
その記述を疑う人もいますが、
当時の中国、あるいは朝鮮の国々の外交文書に照らし合わせて整合性のあるように編纂されており、そもそもの『書記』編纂の意図は、そこにあるわけです。ちゃんと日付も記されていますからね。
そんな書物に、いなかった人物のこと、書けますか?

で、またまた、こういう屁理屈をいう学者が出るわけです。

聖徳太子というのは、信仰上の名前なので、歴史上人物とは認められない。厩戸王ならば、実在していただろう。

んなこと言うてたら、ナザレのイエスはいたけど、イエス・キリストは存在しなかった、となるぞ!!

しかしね、そうなると、高校の『日本史』はいったい、何を子供たちに教えようとしているのか、その意味、意義がわからない。
高校の歴史の先生に、これは尋ねてみたい。

どんな説にも異説はあるし、常識を疑え、ということもわからないでもないですが、「聖徳太子はいなかった」という風潮がこれだけ広がっているということは、教える方に問題があると思われます。

聖徳太子は、日本という国体の礎を作った人ですぞ。
そういうことを教えるべきです。

根拠?

だから『日本書紀』を読め!

kaidanyawa at 00:31|PermalinkComments(5)

2016年04月16日

新生作劇塾

中山市朗です。

さてさて、教室を我が書斎に移しての、新生作劇塾。4月8日よりスタートいたしました。

これからは、ちょくちょく塾の様子も報告していきたいと思っております。

新生作劇塾。塾生は以下のごとく。

K田さん。

某銀行に務めるOL。というより尼崎のおばちゃん、というイメージがふさわしい。実際そうなんですけど。
塾生となって、えっと……。何年?
4年? 5年? なんせ、彼女が一番の古株です。
ホラー小説家を目指しております。
塾のムードメーカーとして、飲み会も仕切っております。飲み会に妙な新作お菓子をコンビニで買ってきて、我々を実験台にしようとする不埒さも併せ持つ。

T野くん。

会社員。ほんとうはK田さんより古株。ただし訳あって長期休塾中。
というのも、京都府の地方に飛ばされておりまして、時間的に、塾に通えないのであります。
ただし、塾が終わってのネトラジ収録、飲み会にはほぼ参加。わざわざ僻地からやってきているのです。
塾生の鏡!
SF担当の理論派。もちろんSFを書いております。

Oくん。

昨年11月に入塾。今はプロの作家を目指していろいろな課題を克服中。
ただ、入塾当初は、そんなに真剣に作家になりたいわけでもなかったらしい。塾という環境が、どうも彼を変えたようです。ファンタジー小説に挑戦中ですが、えらく難しいテーマに挑戦していて、なんせ、調べること、知らねばならないことが山積み。半年で、彼の文章能力とそのスタンスが、私が驚くほど成長しています。
飲み会でのK田さん、Oくんの年齢差を考慮しない丁々発止が実にお互い遠慮がなく、すがすがしい!

Bさん。

今年3月に入塾。一旦退職し、また新会社にOLとして採用されたところのようで、研修だのなんだので、先週、昨日と授業は受けられず。来月も東京で研修ですと。大変やね。ネトラジ収録と飲み会には参加してくれていますが、正直未知数。
ホラー作家を目指しているようです。まだ原稿も未読。

Y子さん。

4月より入塾。OLです。
もともと私の主催する怪談会に出席していて、その後の飲み会がえらく楽しかったらしく、「この環境を求めていた」と入塾したといいます。
作家を目指すというよりは、面白いこと探し、意識改革が彼女の中のテーマのようです。
ユーモアを解する明るさとノリが実にいい。新ムードメーカー?
夜中、飲みの帰りに、知らないおじさんに声をかけられても断りましょう。

Mさん。

先週見学に来て、昨日入塾。履歴書をまだもらっていない。
彼も、作家になりたいというより、自分を変える環境がほしいと入塾。
彼についても、まだデータ不足。
いろいろ好奇心はあるようなので、どんどん刺激を与えてみたいと思います。


現在は以上のごとく。ただ、旧塾から継続するはずのKくんが、アルバイトのシフト都合で、4月から6月まで塾に通えないとのこと。

ユニークな怪談を私に提供してくださっているM田さんも、入塾希望という意思はいただいているのですが、現在仕事の都合でまだ入塾できないとのこと。彼は作家志望者です。

今のところ、こういったメンバー。仕事の関係、家庭の関係で塾に通えていないが、そこがクリアされたら再び通いたいという人も若干名いるようですが、現時点では、あと、二、三人は受け入れられるかなあと思っています。

このくらいのメンバーですと、教室というより、囲炉裏を囲って、膝を突き合わせて親身となって各自の問題を解決していく、というやりかたがふさわしいと、我が書斎に塾を移したわけです。何年も通っている者もいれば、入塾したて、という人もいますから、その意識もスキルもえらい差があります。
ですから、まずは個々の塾生と私との関係を作ることが大切。そのために毎回、朝までの飲み会をやっているわけです。
でも、作家になりたいのなら、まずは書くこと。
意識改革をしたいのであれば、受け身でなく、積極的に動く。人の中に入る。それは各自でやっていただきたい。
ただ漠然と塾に通うだけでは100年通っても何も起こりません。
何かに挑戦するにあたって、大いに作劇塾を利用していただければと思います。

人を成長させるのは、やっぱり人との出会いです。運命も、人との出会いです。
私がこうやって塾を継続していっているのも、私がこれまで出会った人たちから刺激をもらい、支えていただいたから、作家・中山市朗が存在するわけでして、その恩返しなのです。
仕事も、そういう人脈からいただくわけです。何度も言います。
籠ってたんじゃ、いいものは書けないし、仕事も来ません。刺激も起こらない。
人は人によって磨かれるのです。


で、
彼らに加えて、実は作劇塾の発端時に塾生となったK島くん。現在は漫画家修行中。イラストで食っている模様。
同じく作劇塾出身のお笑い作家Gくん。この二人が「作劇ネトラジ」の収録に毎回参加。たまに飲み会にも参加してくれて、先輩としての貴重なアドバイスを現塾生たちにしています。
 
さて、今後、作劇塾にはどんなドラマが待ち受けるのか?

ということで、作劇塾、入塾希望者、まだ募っております。

info@officeichirou.com
06-6264-0981

まで、お問合せください。









kaidanyawa at 10:29|PermalinkComments(4)

2016年04月10日

総力特集と裏の事情

中山市朗です。

昨夜放送した『気まま酒家』、「表の陰陽道」、お聞きになられましたでしょうか。
まあ、本を読むと書いてあるような、普通に流布している陰陽道について語りました。
で、次回です。
表があれば裏がある。それが陰陽のことわり。
ということで、単なる天文博士、暦博士などではない、陰陽師、特に安倍晴明について語ります。
陰陽寮のトップをつかさどっていた賀茂氏から、なぜ安倍家がそれを奪ったのか?
いうときますけど、当時は世襲がすべてでした。しかも、賀茂氏ですよ!
なのに、そうはいかなかった。
何かが起こったのです。一体何が?

23日の『気まま酒家』にて、明かします。
で、この回もおそらくアーカイブは無い!!

そして、『ムー』最新5月号が発売されました。

ムー




















総力特集は、私の執筆による「イルミナティの秘儀は聖徳太子の『未来記』だった!!」
ええっー!

ムー 2
















て、この題名にしたのは編集部ですから。
私はもうちょっと抑えた題名にしていたのですが。

『ムー』で執筆するというのは、やっぱり最初は躊躇したんです。
三上編集長の強引さもあって、書くことにしたのですよ。というより、書くことになっていた?
でもね、こういうことは他ではおそらく書かせてくれない。
三上編集長が以前私に「『ムー』は日本で唯一真実を提供する雑誌だ」と言っていたのですが、その意味が分かった。危ない真実もちゃんと掲載してくれる。カマキリ型異星人や天体の生命体ニョロ(なんと執筆は西浦和也さん!)などと一緒に載っているので、まあ、全部をマジとは思わない、という、ひとつのリーク方法に似ていますんですな。
ということで、私としては文字通り、総力を挙げて執筆いたしました。

ただ、雑誌なので、原稿枚数の制限があり、割愛した部分もだいぶ、だいぶ〜んにあるので、そこは説明不足、説得力の不足もあるかと思います。
ちゃんと一冊の本にいたしますので、詳細はその時に!

飛鳥昭雄さんとの対談本、『聖徳太子・対談』(学研プラス)もあわせてどうぞ。




kaidanyawa at 11:08|PermalinkComments(7)

2016年04月09日

表と裏

中山市朗です。

本日22時より放送、「気まま酒家」。

テーマは陰陽道。

陰陽とは、表と裏のことなり。

今回は「表の陰陽道」

次回23日放送は「裏の陰陽道」







kaidanyawa at 21:24|PermalinkComments(0)

2016年04月08日

本日と明日

中山市朗です。

本日からは、教室を我が書斎に移しての、新しい作劇塾がはじまります。
まあ、やることはそない変わらないんですけど、気分がねえ。
塾の見学希望者も来るみたいだし。

うちの塾は、仕事をしながら通う人のためのものですので、年齢に制限を持ちません。
月謝制というのも、仕事のかきいれどき、長期出張の月などは休めるようにという配慮です。
続けてもらうことが、ほんとうは大事なんですけど。
仕事をしながらでも、作品は書けます。ほとんどの人はそうやっています。
塾は、隔週で作品合評を行いますので、書かない言い訳を作らない、ということで利用していただければと思います。毎回合評に作品を持ってくる人と、持ってこない人は、一年たてば、歴然とその差が出ることだけは請け合います。ただ、プロになることはやさしいことではない。


まあ、一人一人の適材適所を見て、それぞれのゴールへ道案内するまでです。



そして明日、土曜日はネットラジオ「気まま酒家」の生放送と、収録。

今回のテーマは「陰陽道」。

日本のオカルティズムの奥義に迫ります!
まず、生放送の明日は、誰にでもわかる陰陽道。初心者編。
そして23日放送分の録音録りでは、そんな陰陽師の概念をひっくりかえします?

まずは、9日夜22時頃、「陰陽道パート1」を放送いたします。

前回はヤバすぎたので、ちょっと今回はセーブします?






kaidanyawa at 02:36|PermalinkComments(10)

2016年04月07日

サイクロン!

中山市朗です。

ぼーっとテレビショッピングを観ていて、気づいたら、ついついいらんもん買っていたなんてこと無いですか?

私はないんです。だいたいテレビ・ショッピングなんて観ない。チャンネル変えますわ。
ところが、一昨日ですか、早朝、珍しく(きっとチャンネルを変える気力もなかった)ぼーっとテレビショッピングを何とはなしに観ていたら、今、新品の掃除機が目の前にありますねん。思わず、テレビ観ながら、注文してしまったんです。
ジャパネットTを利用したの、生まれて初めてですわ。

掃除がおっくうでね。男やもめに蛆がわく、てなことを言いますが(今は言わんか)、ほんま、おっくう。
しかし、明日から我が書斎を作劇塾の教室として使うわけですし、来客も多い。
で、テレビ観てて、衝動買いをしたわけです。
大幅値引きの上、今ある掃除機を2万円で下取りするというし。2万円て、おそらく買った値段がそのくらいやった。もちょっとしたか。でもまあ、もう、5、6年使てるし。


実際、使ってみたら、すごいんだこれが!

今まで使っていた掃除機というのが、まあ、たいていそうなんでしょうが、紙パック式クリーナー。
ところが本機は、それがない。サイクロン式というやつで、直接吸引するタイプ。
まあ、吸引するする。で、ゴミや塵がダストカップの中に渦を巻きながらたまっていくのも見える。
おお、こんだけゴミを吸い取ったか、とわかる。
目に見えない埃が、こうやって目に見えてくる。
なんか、絨毯にからみついていた小さい塵とか毛玉みたいなもんも、どんどんなくなっていく。

気が付いた。
掃除がおっくうだったのは、安もんの掃除機原因か。
掃除をしても、なんかきれいになった感じがしない。どれだけゴミを吸ったのかの成果も見えない。
今まで私が使っていた掃除機は、掃除機の形をしたゴミやったんです。

いや、掃除がこれだけ楽しいものだったとは!
とはいえ、おそらく三日で飽きると思うけど。

しかし、今後はこまめに掃除をして、塾生を、来客を迎えようと、新たなる気持ちとなりました。
新学期やね!

ということで、作劇塾は新塾生、募集してます。

info@officeichirou.com
あるいは、
06-6264-0981
にて、受付中。

kaidanyawa at 12:25|PermalinkComments(11)

2016年04月06日

会議

中山市朗です。

先日、オフィスイチロウの会議がありまして、この夏に催すイベントや企画について話し合いをしました。
決まったものもあり、決めなければならないものもあり。
決まったものは、順次このブログないしは、ツィッターなどで告知いたします。

東京でぜひ、という声もよく聞きますし、私もやりたいところですが、まず、100〜200人くらいのキャパの劇場が少なく、空きがなかなか無い。若手のお笑いライブで使われていますわ。
それと、2年前の『Dark Night』東京出張公演は、予約状況は順調でほぼ満杯だったのですが、あまりに当日、ドタキャンするお客さんが多くて、120人入る予定がふたを開けると80、90人はいないくらい。あれれ?
この40人が来てくれるか来ないかは大きい。2回公演の2回ともでしたので、7〜80人は来なかったということになります。上りは劇場代、経費、スタッフの交通費などでほぼ消えて、みんなほぼギャラなし。私も7時間の舞台を一人語って、ギャラが取れませんでした。
大阪でも一割のドタキャンは想定していますが、ちょっとこれは無い。
なので、ちょっと次を東京で自主公演する勇気が出ません。

やるとすれば、チケットの販売方法も考えねば、といったところです。

会議の最中に北野誠氏から電話がありまして、「聖徳太子対談、途中まで読んだとこやけど、おもろいなあ」と質問責めにあい、これを「『Dark Night』でこのテーマ、やりたい」と誠氏。
大阪では「ムー・トーク」をやっているし、大阪のお客さんは、北野誠といったらやっぱり怪談をやってほしいのでは? と、それより東京でやりたいとのむねを伝えたところ、誠氏も「ぜひ」とのこと。
「まこっちゃん。場所探しといてよ」と言ったところ、「よっしゃ」てなこと言っておりましたが、はたして?





kaidanyawa at 08:26|PermalinkComments(6)

2016年04月02日

迎え酒

中山市朗です。

昨日の4月1日は、エイプリルフールでしたが、同時に私の生誕祭であり、塾開講11周年となり、三船敏郎さんの生誕日でもありました。

よって、我が書斎で焼肉パーティが行われました。

誕生日










来てくださった皆々様、あるいはブログのコメントやメールでのご挨拶くださった人たち、ほんとにありがとうございます。
入れ替わり立ち代わりで、結局何人来てくれたのかよくわかりませんが、塾生、元塾生、スタッフ、元私のマネージャーだった芸能プロの社長、そして私のファンだという人たちも含め、30人くらいは顔をみせてくれたのではないでしょうか?
せっかく久しぶりに顔を見せてくれたのに、あまり話もできなかった元塾生諸君には申し訳なく思っております。また、気軽に相談、あるいは遊びに来ていただいても結構ですから。

普段からの、私のウィスキー、特にバーボン好きを公言していた甲斐があって、ぎょうさんバーボンをいただきました。だいぶ飲んだのですが、だいぶ残りました。当分、飲めますわ。

まあね、私も誕生日を祝って喜ぶような年でもないのですが、飲める大儀というのはありがたい。
あっ、そういえば今度は花見という大義が。
とにかくまあ、飲みましたがな。食べましたがな。

今月から塾に入りたいというお客さんと、元塾のスタッフ、そして塾生OBがなぜか白熱した議論をしておりました。その熱さに、ちょっと塾に興味を持っていたもう一人のお客さんは「ちょっと熱すぎて、ついていけません」とタジタジとなっておりましたが、酒の席ですしね。
それに、モノ作りに携わるなら、熱い思いはあったほうがいい。
で、やっぱり昼までえんえん飲んでしもうた。
最後はやっぱり怪談会になって締め。
そうなるか。

この春からも、作劇塾も、オフィスイチロウも、そして中山市朗も、熱く躍動的なことが続けて行ければなあと、思っております。

ひとえに皆々様のお力、ご協力なくては、それもかえられません。
どうぞ、今まで以上に、よろしくお願いいたします。

ということで、二日酔いを治すために、迎え酒をやりますわ。

kaidanyawa at 22:46|PermalinkComments(8)

2016年04月01日

前夜祭

中山市朗です。

今起きました!

前夜は『聖徳太子・対談』の出版記念イベントが、ロフトプラスワン・ウエストにて行われ、対談した飛鳥昭雄さんと、学研の三上編集長と、聖徳太子についてのトーク。
まあ、とっちらかった内容になってしまいましたが、飛鳥さんが参加したイベントとしては、わりと、まじめにやったのかな……、という、あくまで私の感想。
でも、ええ年こいたおっさんの馬鹿なトークも、一興かな?

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前回から、うちの秘書、真名子が司会進行をしているのですが、三上、飛鳥両氏は彼女のことが気に入ったみたいで、休憩中は三上、真名子は楽屋に帰らずそのまま二人だけで、ステージに残ってトークを展開。
こんな感じ。


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飛鳥さんも、近いうち、真名子を漫画で紹介するとか。

飛鳥さん、孫が9人いるおじいちゃんですからな。そのわりには若く、バイタリティがある。
やっぱり人前に出る、創作活動をする、というのがその秘訣なのでしょう。
周りの作家さんや芸人さん、役者さん、みな若いですもん。
ただ飛鳥さん、9人の孫の名前が覚えられないと言っていました。

肝心な物販ですが、うちが主催のイベントではないので、当然学研から物販本が送られてくるものと思っていまして、お客さんも物販で買ってサインをもらうことを期待している人も多いかと。
ところが、三上さん、三冊しか本を持ってこなかった。
「この3冊は、中山先生への贈呈分です」
て、なんでやねん。
「物販は?」
「あっ、用意してないですね」
だから、なんでやねん。
で、こんなこともあろうかと、私が著者贈呈でいただいていた11冊をスタッフに持って来させていたんですよ。
急きょ、その11冊と三上さんが持ってきていた3冊を供出して、物販に。
即完売ましたが、私の手元に今、本がございませ〜ん。


しゃないなあ、もう。学研から10冊、8xで買いますわ。

さて、イベントが終わって打ち上げ!
お客さんは、飲み食いしながらの鑑賞ですが、私ら食事もとらずにずっとしゃべり続けているわけですから、もう腹減って腹減って。
二次会も某居酒屋へ突入。お酒を飲まない飛鳥さん、ビール党の三上さん、そしてもう顔見知りになったお客さんたち、ロフトのスタッフ、うちのスタッフで朝までわあわあと。

実は、怪談の客さんと、こういう古代史、オカルト系のお客さんは、顔ぶれが違うんですよ。どっちにも興味を持った、というお客さんも、ちょっとずつ増えてはいるようですけど。
古代史で私を知ったあるお客さんは、一度怪談も聞いてみようと、DARK NIGHTに行ったらしいんですけど、もう怖すぎて、二度と行かない、と言っておりました。あのときは犬神、祟り系の話が出たときでしたからな。
DARK NIGHTも常連さんが多くなってきていますが、この人たち、私も含めてもう恐怖の感覚が麻痺しているのかも?

でも、それだけ私のライブを聞いてくださるお客さんが増えていく、というのは嬉しいことです。
ほんまは、東京でもやりたいんですけどねえ。

ところで、本日1日は私の生誕祭でありますが、みなさんで前夜祭を祝ってくれました。
感謝!
でまあ、飲んだ飲んだ……。
で、帰ったのが朝6時ころ、で、今起きた、という状態。

起きたというより、起こされたんですけどね。
今日のパーティは焼肉大会なのですが、塾生が大量の肉を通販でとりよせていたらしく、それが届いた。
受け取ったはいいけど、こんなんうちの冷蔵庫に入らへんし、どうしょうかなと思いつつ、また寝よと思っていると、宅配屋が戻ってきて「すみません。夕方指定になっているのに今もってきてしまいました」と詫びにきて、持って帰ってもらった。
「夜8時になるかもしれません」というので「7時にないと困る」と、まあそんなやりとりして、寝られへん。
で、寝たら電話がかかってきて、と、今起きたわりには、なんか寝た気がしない。
これから、原稿チェックせなあかんし。



ということで、本日もオールナイト!


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ロバート・出・似ろ?

kaidanyawa at 13:17|PermalinkComments(7)
プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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