2006年09月29日

言語が文化を作る

 中山市朗です。

 標準語の選定は、おそらく国家の大事業だったのではないでしょうか?
 何かを参考にして、新しい言葉を作らんとあきません。
 ”東京山手の教養層の言語”というのは、江戸時代でいえば、旗本あたりの言葉?
 そして、新しくできた教育制度の中で、子供たちは教科書を大声を発しながら読み、標準語とやらを覚えさせられたわけです。
 しかし肝心の先生は、きっと標準語なんかしゃべれなかったでしょうな。もちろんテレビもラジオも録音機も無い時代ですからね。発音やイントネーションに、お手本なんてなかったはずです。
 私らが中学時代、発音ムチャクチャの英語の先生がいましたが、それをを思い出します。

 標準語というのは、一応どの国にもあるのかと思ったら、そうでもないんですな。
 中国なんて北と南じゃ、全然言葉が違います。ポール・ボネというフランスの貿易商人が『不思議の国ニッポン』という著書の中で、日本の若い人が理想の国は? と尋ねられてスイスという答えが多かったのに驚いて、こう書いています。
 「スイスにはスイス語というもの自体、存在してません。つまり独自の文化を持っていないんです。だから非武装になってヨーロッパの緩衛地帯になるしかなかったんです。なんで、独自の言語を有し、独自の文化を誇る、平和な日本が、スイスを理想の国とするのか、わからない・・・」

 アメリカの西部劇なんて、ジョン・ウェインやクリント・イーストウッドが流暢な英語をスピーチしてますな。そら、アメリカやし。当たり前や。一見、そう思います。
 ところが、マカロニ・ウェスタンというのが、60年代から70年前半にかけて盛んに作られました。いわゆるイタリア制西部劇。イタリア人がアメリカを舞台にした西部劇を撮ったんですから、ちょっとした違和感があるわけです。
 一番の違和感は言葉。イタリー訛りのクセのある英語。それがフランコ・ネロとか、ジャン・マリア・ボロンテ扮する髭づらの薄汚れたキャラクターに妙にマッチしとるわけです。
 ところが、本当の西部開拓時代はマカロニ・ウェスタンの世界やったんです。考えてみればそうですな。あのアメリカ大陸をどんどん開拓していった人たちは、みんなイタリー、アイリッシュ、ブリテッシュ、スパニッシュ、チャイニーズといった移民の人たちやった。そこにアフリカから黒人が奴隷として来る・・・。メキシカンもいる。
 一応、英国領ではあったんですが、流暢な英語をしゃべれる人なんて、まあ、思ったほどいなかったかもしれません。字も読まれへんかったやろうし。

 そしたら、面と向かってもコミュニケーションをとられへんわけです。
 片方はイタリア語でしゃべる。もう一人はスペイン語をベラベラ・・・。
 ワケわからん。で・・・えーい、バキューン!
 「おい、保安官を呼べ!」
 「保安官はダッヂシティだ。ここから50マイルも先だ・・・」
 ・・・で、アメリカ合衆国は、銃の国になったんです。

 ところが、最近BS放送なんかで西部劇観てますと、字幕にインディアンと出るところに、原住民と出ます。
 あれ、何です? 当時の白人たちがインディアンは原住民だという意識持ってたら、インディアンをやたら殺したり、迫害したり、追い出したりしますかいな。あれは歴史の隠匿でっせ。言葉狩りもここまで来たか、と暗澹たる気分になります。

 なんや話がどんどん逸れてますな。
 いや、言語というのはそれほど大事や、ということを言いたいわけです。言語が文化を作るんです。
 アメリカの文化いうたら、ジャズとハリウッドくらいしかないでしょ?

kaidanyawa at 20:25│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by moro   2006年09月29日 23:29
標準語ではなく共通語ではないでしょうか

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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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