2010年07月01日
クリエイター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望
中山市朗です。
本日は水曜日なれど、第五週にあたるため塾はありません。
水曜の夜に何もなしというのは、本当に久しぶりであります。
久しぶり、というと専門学校を退職して8年になるのですが、未だに当時の教え子たちからいろいろと連絡があり、その成長ぶりに喜んだり、挫折したという話を聞いて「やっぱり・・・」と落胆したり。
8年前、ということは彼らはもう来年あたり、30歳になるわけですな。専門学校には9年いましたから、初期メンバーは40歳になろうかという教え子もいるはず。
わあ、なんか、年月とは恐ろしい。
先週は、マンガ科OBのDくん、ゲーム科OBのNくん、Tくんが我が書斎に訪ねてきてくれて。
ゲーム科! ゲームなんてまったくやらない私が、ゲーム業界に入りたいというゲーム馬鹿ばかりいるクラスで教鞭をとってたんです。笑えるでしょ?
もっともそれは教務課の方針で、基本的にマンガ科の学生はマンガしか読んでないし、ゲーム科の学生はゲームしかやっていないので、それ以外の世界を教えてやってほしい、という要請だったわけです。しごくもっとも。
ところが。
そら当時の学生にはなめられてました。
「ゲームをやらない先生に、何がわかるんですか」って。
で、言うてやった。
「ゲームばっかりやってるバカに何が作れるんや」
まあそう返すと、また反感を買うわけですが、学生と戦わんとお互い本気になれないんです。基本的に若い子たちは大人をなめてますから。その鼻っ柱を折ってやらんと。
その気持ちは伝わっていたのか、なぜかそんな私の授業の出席率は高かったんです。
私がゲーム科の学生に教えたのは、まず映画の基本的な文法。
そして企画力。
この2つは抑えとけ、と。
学生たちはゲームはプログラマーが作っていると思っているんですが、それは違う。
確かにゲーム業界の98パーセントはプログラマーの人たち。
みんなゲーム会社に入るためにプログラマーになろうとするわけですが、目的意識があって手段としてのプログラマーならいいけど、そこが終着点だと思うと、これはもうつらいだけ。
2、3年ともたない。
あれは過酷なサラリーマン。思い浮かべているクリエイター像とは違う。
そう言うてもわからんのですな。
実はそういうゲーム業界の実態を知らせてくれていたのは、当時カプコンと取引していた制作会社の社長さんや、コナミのプランナー、ソニー・コンピュータ・エンターテイメントのプロデューサーたち。彼らは純粋なクリエイターをほしがっていたんです。「プログラマーなんて掃いて捨てるほどいる。そんなのに興味はありません。けど、おもろい発想をしたり、企画力のある人材なら、たった今からでもほしい」と。
で、企画力にはリサーチ能力や分析力がいる。それは広告業界のことを勉強するのがいい。それで電通に知り合いがいたので、随時情報をもらっていたのです。
映画の技法は映画を観せて分析しました。『2001年宇宙の旅』『七人の侍』。ヒッチコックの『裏窓』か『レベッカ』。それに『眼下の敵』『太平洋奇跡の作戦キスカ』とか。『ベン・ハー』や『フレンチコネクション』、あるいは平成『ガメラ』などのあるシーンを、こと細かくカットごとに解説して。
こういうことって、学生たちがやりたがっていたRPGやシミュレーション、アドベンチャーゲームなんかに大いに応用できるわけです。ストーリーの構成、シナリオ作成、キャラクター造形、キャスティング、背景、美術、衣装、小道具、演出、カメラワーク、アクション構成、音楽、効果・・・映画ですがな。
そのゲーム会社の社長が言うてました。
「未だ具現化していない映像や世界観のイメージを伝えるには、あの映画のあのシーンだってそういう話になるんですが、見ていないプログラマーにはそれが伝わらない。それに演出の意味も知らないんじゃあ・・・それはクビにするしかおまへんわ」
また当時『鬼武者』に関わったというカプコンに入社した教え子が言っていた。
「あれは元々『七人の侍』をやろうという企画で、キャラクターは『隠し砦の三悪人』から一部引っ張ってきて、演出や鎧兜のデザインは『蜘蛛巣城』ですわ」
つまり、ゲームをやっているからゲームクリエイターになれるということではない。
映画や芝居のことを知っておく必要はあるし、いろいろな音楽や美術にも接しておくこと、ということを口すっぱくして言っていた記憶があります。
こんな教え子がいました。
ゲーム音楽の作曲家になりたい、というゲームが好きでゲームのサントラCDばっかり聴いている男子。「だったらバロックからロマン派、印象派といったクラシック音楽を聴いて、その知識がないとなられへんで」と言ったんですが、「ゲーム音楽とクラシックは全然関係ありません」とホザくわけです。
で、あるゲーム会社の作曲家の募集試験を受けたらしい。
そしたら出題されたのが、「バロック音楽から現代音楽までの流れを書け」
さて、先日会った教え子たちは、「クリエイターとしての人生をまっとうするためにいろいろ考えて、今こんなことやってます」と近況を知らせにきてくれたんです。
Dくんは同期でマンガ家になった友人のアシスタントをやっていると言いますが、「それ悔しくないんか!」と言ってやった。アシスタントをやってる奴って、なかなかそこから抜けきれない。そうして30歳・・・。塾にもいるなあ。
Tくんは一時塾にもいたんだけど、今は映像で食ってるらしい。ただ、彼のやっている映像は、映画とは完全に別の世界。映画やりたかったんじゃないの?
おっ、コイツは成長してるなと思ったのは、5年ぶりのNくん。専門学校卒業後、プログラマーとして大手ゲーム会社に入社したものの、「これはクリエイターじゃない」とやっぱり思って、知り合いを通じて今は小さなゲーム会社にいるらしい。小さな会社だから、いろいろなことをやれるチャンスができて、今は真のクリエイターとしてのスタンスをもてたといいます。今は楽しい、と。そして、
「うちの会社はゲーム会社なんですが、ゲーム会社と言われたくない。デジタルコンテンツ会社として大きくしたいし、そんな仕事をしてみたい」
そういうことを言うので、「だったらこんなのできない?」と、ある提案をしたら、さっそく会社の社長さんと会うことになって・・・。
「いつか教え子と大きな仕事をしたい」
そうなることをずっと思い描いていたのですが、ひょっとしたらいつか近いうちにそれが実現するかも、という予感がしてきました。これは教えた側からすれば、こんな嬉しいことはないんです。
一緒に仕事ができるかな、と思った原因は、Nくんの動きの早いこと。
飲みながら私が出すアイデアを、その場で携帯メールで会社に送信しているんです。
そして翌日「あの件、会社で検討してみました・・・」
で、もう数日後には社長さんと会って、同じ会社に勤めているHくんという、これも8年ぶりの教え子とも会えた。彼も「おかげさまでゲームバカにならず、多角的な視野をもてたからこそ、この世界で生き延びていられます」と言うわけです。
そして私の提案した企画。もうさっそく「これ、秋とか言うてたら遅いです。この夏、突貫でやらないと意味がない」とHくん。
なんや熱いです。
その企画が本当に動き出せるのかは資金だの、技術的なことだの問題もあるので、なんとも私には言えませんが、やる方向ですぐ対策を練るという対応力に感心したんです。
少しでも躊躇したり、油断していると、デジタルコンテンツの世界はあっという間に取り残され、チャンスを失う。それを身にしみて知っているようです。だから彼らとは仕事をしても安心だと思ったわけです。早い、というのはモノ作りの大切な要素のひとつです。早いのはプロのワザでもあります。
Nくん、Hくん、プロの面構えになってるやん、と。
ところで彼らは塾に興味をもってくれていて、いろいろ協力したいと言ってくれたんです。
「うちは映像を撮るという仕事が発生することが多くなると思うんですけど、塾生さんで、これ! って人がいたらぜひ紹介してほしいんです。やっぱり先生の言われるとおり、現場実践はやるべきです。お手伝いしますよ」と。
うーん、気持ちは嬉しいけど。
映像を専攻してる塾生はいるんだけども・・・
Aくんは、塾のプロモーションビデオを作ると言って、もう何ヶ月?
Tくんは、あるイベントの企画書をあげるように依頼して、何週間?
Kくんは、そういう話が出る場にことごとくいないし・・・
紹介できるレベルじゃない。
彼らからは「やる気はあります!」という言葉は聞くんだけども、やる気を見せてもらったことがない。技術や経験は圧倒的にプロに負けてるんやから、勝負は“やる気、熱意”でしか挑めないハズなんですが。
本当はAくん、Tくん、Kくん、アルバイト禁止令を出して一人住まいをさせて、なんとしてでも映像で食っていくために工夫して働け、言いたいところだけど・・・。
そんなこと言うと、「塾費が払えません」てな軟弱なことを言うんやろうな。
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
本日は水曜日なれど、第五週にあたるため塾はありません。
水曜の夜に何もなしというのは、本当に久しぶりであります。
久しぶり、というと専門学校を退職して8年になるのですが、未だに当時の教え子たちからいろいろと連絡があり、その成長ぶりに喜んだり、挫折したという話を聞いて「やっぱり・・・」と落胆したり。
8年前、ということは彼らはもう来年あたり、30歳になるわけですな。専門学校には9年いましたから、初期メンバーは40歳になろうかという教え子もいるはず。
わあ、なんか、年月とは恐ろしい。
先週は、マンガ科OBのDくん、ゲーム科OBのNくん、Tくんが我が書斎に訪ねてきてくれて。
ゲーム科! ゲームなんてまったくやらない私が、ゲーム業界に入りたいというゲーム馬鹿ばかりいるクラスで教鞭をとってたんです。笑えるでしょ?
もっともそれは教務課の方針で、基本的にマンガ科の学生はマンガしか読んでないし、ゲーム科の学生はゲームしかやっていないので、それ以外の世界を教えてやってほしい、という要請だったわけです。しごくもっとも。
ところが。
そら当時の学生にはなめられてました。
「ゲームをやらない先生に、何がわかるんですか」って。
で、言うてやった。
「ゲームばっかりやってるバカに何が作れるんや」
まあそう返すと、また反感を買うわけですが、学生と戦わんとお互い本気になれないんです。基本的に若い子たちは大人をなめてますから。その鼻っ柱を折ってやらんと。
その気持ちは伝わっていたのか、なぜかそんな私の授業の出席率は高かったんです。
私がゲーム科の学生に教えたのは、まず映画の基本的な文法。
そして企画力。
この2つは抑えとけ、と。
学生たちはゲームはプログラマーが作っていると思っているんですが、それは違う。
確かにゲーム業界の98パーセントはプログラマーの人たち。
みんなゲーム会社に入るためにプログラマーになろうとするわけですが、目的意識があって手段としてのプログラマーならいいけど、そこが終着点だと思うと、これはもうつらいだけ。
2、3年ともたない。
あれは過酷なサラリーマン。思い浮かべているクリエイター像とは違う。
そう言うてもわからんのですな。
実はそういうゲーム業界の実態を知らせてくれていたのは、当時カプコンと取引していた制作会社の社長さんや、コナミのプランナー、ソニー・コンピュータ・エンターテイメントのプロデューサーたち。彼らは純粋なクリエイターをほしがっていたんです。「プログラマーなんて掃いて捨てるほどいる。そんなのに興味はありません。けど、おもろい発想をしたり、企画力のある人材なら、たった今からでもほしい」と。
で、企画力にはリサーチ能力や分析力がいる。それは広告業界のことを勉強するのがいい。それで電通に知り合いがいたので、随時情報をもらっていたのです。
映画の技法は映画を観せて分析しました。『2001年宇宙の旅』『七人の侍』。ヒッチコックの『裏窓』か『レベッカ』。それに『眼下の敵』『太平洋奇跡の作戦キスカ』とか。『ベン・ハー』や『フレンチコネクション』、あるいは平成『ガメラ』などのあるシーンを、こと細かくカットごとに解説して。
こういうことって、学生たちがやりたがっていたRPGやシミュレーション、アドベンチャーゲームなんかに大いに応用できるわけです。ストーリーの構成、シナリオ作成、キャラクター造形、キャスティング、背景、美術、衣装、小道具、演出、カメラワーク、アクション構成、音楽、効果・・・映画ですがな。
そのゲーム会社の社長が言うてました。
「未だ具現化していない映像や世界観のイメージを伝えるには、あの映画のあのシーンだってそういう話になるんですが、見ていないプログラマーにはそれが伝わらない。それに演出の意味も知らないんじゃあ・・・それはクビにするしかおまへんわ」
また当時『鬼武者』に関わったというカプコンに入社した教え子が言っていた。
「あれは元々『七人の侍』をやろうという企画で、キャラクターは『隠し砦の三悪人』から一部引っ張ってきて、演出や鎧兜のデザインは『蜘蛛巣城』ですわ」
つまり、ゲームをやっているからゲームクリエイターになれるということではない。
映画や芝居のことを知っておく必要はあるし、いろいろな音楽や美術にも接しておくこと、ということを口すっぱくして言っていた記憶があります。
こんな教え子がいました。
ゲーム音楽の作曲家になりたい、というゲームが好きでゲームのサントラCDばっかり聴いている男子。「だったらバロックからロマン派、印象派といったクラシック音楽を聴いて、その知識がないとなられへんで」と言ったんですが、「ゲーム音楽とクラシックは全然関係ありません」とホザくわけです。
で、あるゲーム会社の作曲家の募集試験を受けたらしい。
そしたら出題されたのが、「バロック音楽から現代音楽までの流れを書け」
さて、先日会った教え子たちは、「クリエイターとしての人生をまっとうするためにいろいろ考えて、今こんなことやってます」と近況を知らせにきてくれたんです。
Dくんは同期でマンガ家になった友人のアシスタントをやっていると言いますが、「それ悔しくないんか!」と言ってやった。アシスタントをやってる奴って、なかなかそこから抜けきれない。そうして30歳・・・。塾にもいるなあ。
Tくんは一時塾にもいたんだけど、今は映像で食ってるらしい。ただ、彼のやっている映像は、映画とは完全に別の世界。映画やりたかったんじゃないの?
おっ、コイツは成長してるなと思ったのは、5年ぶりのNくん。専門学校卒業後、プログラマーとして大手ゲーム会社に入社したものの、「これはクリエイターじゃない」とやっぱり思って、知り合いを通じて今は小さなゲーム会社にいるらしい。小さな会社だから、いろいろなことをやれるチャンスができて、今は真のクリエイターとしてのスタンスをもてたといいます。今は楽しい、と。そして、
「うちの会社はゲーム会社なんですが、ゲーム会社と言われたくない。デジタルコンテンツ会社として大きくしたいし、そんな仕事をしてみたい」
そういうことを言うので、「だったらこんなのできない?」と、ある提案をしたら、さっそく会社の社長さんと会うことになって・・・。
「いつか教え子と大きな仕事をしたい」
そうなることをずっと思い描いていたのですが、ひょっとしたらいつか近いうちにそれが実現するかも、という予感がしてきました。これは教えた側からすれば、こんな嬉しいことはないんです。
一緒に仕事ができるかな、と思った原因は、Nくんの動きの早いこと。
飲みながら私が出すアイデアを、その場で携帯メールで会社に送信しているんです。
そして翌日「あの件、会社で検討してみました・・・」
で、もう数日後には社長さんと会って、同じ会社に勤めているHくんという、これも8年ぶりの教え子とも会えた。彼も「おかげさまでゲームバカにならず、多角的な視野をもてたからこそ、この世界で生き延びていられます」と言うわけです。
そして私の提案した企画。もうさっそく「これ、秋とか言うてたら遅いです。この夏、突貫でやらないと意味がない」とHくん。
なんや熱いです。
その企画が本当に動き出せるのかは資金だの、技術的なことだの問題もあるので、なんとも私には言えませんが、やる方向ですぐ対策を練るという対応力に感心したんです。
少しでも躊躇したり、油断していると、デジタルコンテンツの世界はあっという間に取り残され、チャンスを失う。それを身にしみて知っているようです。だから彼らとは仕事をしても安心だと思ったわけです。早い、というのはモノ作りの大切な要素のひとつです。早いのはプロのワザでもあります。
Nくん、Hくん、プロの面構えになってるやん、と。
ところで彼らは塾に興味をもってくれていて、いろいろ協力したいと言ってくれたんです。
「うちは映像を撮るという仕事が発生することが多くなると思うんですけど、塾生さんで、これ! って人がいたらぜひ紹介してほしいんです。やっぱり先生の言われるとおり、現場実践はやるべきです。お手伝いしますよ」と。
うーん、気持ちは嬉しいけど。
映像を専攻してる塾生はいるんだけども・・・
Aくんは、塾のプロモーションビデオを作ると言って、もう何ヶ月?
Tくんは、あるイベントの企画書をあげるように依頼して、何週間?
Kくんは、そういう話が出る場にことごとくいないし・・・
紹介できるレベルじゃない。
彼らからは「やる気はあります!」という言葉は聞くんだけども、やる気を見せてもらったことがない。技術や経験は圧倒的にプロに負けてるんやから、勝負は“やる気、熱意”でしか挑めないハズなんですが。
本当はAくん、Tくん、Kくん、アルバイト禁止令を出して一人住まいをさせて、なんとしてでも映像で食っていくために工夫して働け、言いたいところだけど・・・。
そんなこと言うと、「塾費が払えません」てな軟弱なことを言うんやろうな。
中山市朗作劇塾は新規塾生を募集中です。
興味がおありの方は、作劇塾ホームページをご参照ください。
kaidanyawa at 19:44│Comments(1)│
この記事へのコメント
1. Posted by SHIN 2010年07月02日 16:09
NHKBSのHPにも番組情報が出ていました。
8月7日土曜日の夜11時から夜中の1時まで。
中山さんがおっしゃるとおり、2時間番組のようです。
出演者情報は出ていませんでしたが、今から楽しみです。
8月7日土曜日の夜11時から夜中の1時まで。
中山さんがおっしゃるとおり、2時間番組のようです。
出演者情報は出ていませんでしたが、今から楽しみです。