2018年02月15日

怪談師、語りの三つのパターン!

中山市朗です。

先週の作劇塾、塾生からこんな質問が。
「先生、怪談師には三つのスタイルがあるそうですが、一つは、しゃべり型、レポート怪談、二つ目が語り怪談。三つめは何ですか?」
質問者は、当塾SF担当の東野君。
そういえば、彼は2月8日付けの自身のブログに「怪談師とは」として、下記のような記事を書いていたのでした。

http://blog.livedoor.jp/gamma_ray_burst/archives/2018-02-08.html

怪談語りには三つのスタイルがある、というのは私の説でありまして、

一つは、しゃべり型、レボート型怪談。

これは、自分の体験を「ちょっと聞いてよ、この前ね」と、しゃべる怪談。
学校の先生や友達が語る怪談って、案外怖いものですが、それは例えば、いつも真面目に授業をしている先生が、あるいは普段そんなことを言わないA子ちゃんが、「実は……」と体験談を、あるいは体験談と称したものを語りだす。あるいは「お前、知らなかったのか」と、親がとんでもないことを語りだした。
知っている人の体験談。
知っている人という主体があっての、怖い話が、この型になります。
KTVの『恐怖の百物語』の構成をしていた時は、無名の語り手たちでしたが、その語り方を意識するよう指導していました。稲川さんがそれを受けることによって、番組ではそれが成り立つと思ったからです。
詳しくは、以前書きました私のブログから。

http://blog.livedoor.jp/kaidanyawa/archives/2016-10-17.html

松原タニシさんの怪談がその典型ですね。
まず、松原タニシ、という芸人がいる。その芸人が事故物件に住んでいる。その日々の生活を語る。
いわば、松原タニシという主体があって語られるもの。レボート怪談とも言えますな。
だから、オーブが舞う動画などを見せたりもできる。
芸人が語る怪談のほとんどがこれですね。北野誠さんはこの型。
ですから彼らは話を仕入れるのに、霊スポットに潜入するわけです。そしてそこであったエピソードや感じたこと、見たことを語る。
でも、知っている人だから、芸人さんだから、という主体者が認知されなければ、下手すれば、頭のおかしい人の戯言にしか聞こえない。知らない人からいきなり怪談を聞かされても、引きますわなあ。
怪談は誰でも語れるけど、客を怖がらせるのは難しい、という原因は、まずはここです。


二つ目が、語り怪談。

こちらは、主体者を消す語り。
取材してきた話を、聞き手に疑似体験させるように語る。
私の語る怪談はこのタイプです。
体験談というのは、話としては強いのです。「見たんだから」「ほんとうなんだから」で通せる。でも、取材した話しは、ほんとうかどうかわからないし、創造や脚色、演出を計算しないと説得力は出ない。そして、中山市朗という主体者を消して、「八甲田山」の事件や、幽霊ストーカーとなった「ノブヒロさん」、ドライブを楽しむ家族や、あるオフィスや学校などで起きた怪異を語る。お盆に帰って来た、亡くなった他人のおばあちゃんのことを語る。そして、聴衆に、その他人事の怪異を、語りのみで疑似体験させる。
落語や講談に話法としては似ています。ですから、私の語りに動画や心霊写真は出てきません。語りの世界が壊れてしまうからです。そういうときは、コーナーを作って見せたりはします。
私はですから、霊スポットへ行くよりは、人の体験談を蒐集して、その話を練り込んでいく手法です。その体験者の日常の描写や怪異や登場人物たちとの距離感、それに対してどうリアクションがあって、何を考えたのか、などを想像で埋めるわけです。まあこれは、作家が日常にやっていることですけど。
その、作家としての視点、描写があるはずです。安曇潤平さんはまさにこのタイプの語りですな。
私の語る怪談が、そういうことに成功しているのかどうかはわかりませんが、少なくとも、そこを目指しています。
ただ、「山の牧場」とかになると、私が見聞きした体験に基づき、また、分析や状況説明から怪異が構成されるので、一のレポート式怪談となりますね。ですから、こちらは写真や動画を挟み込む構成にもなります。

語り怪談、詳しくはこちらから。

http://blog.livedoor.jp/kaidanyawa/archives/2016-10-20.html

で、そこまでは私は2016年10月にブログで書きながら、三つめを書いていなかったらしい。
書いたつもりだったんですが、確かに探してみたら、無い。
ということで、今さらですが、三つ目を提示。

劇的怪談。

一人芝居による怪談、です。
計算された演出、書き込まれた台本。語りに、動きや表情を加えて、芝居的な怪談とする。照明も背景もお芝居の時のように準備される。
白石加代子さんは、これですね。
あれは芝居の素養が無いとできない。それに、怪談は饒舌すぎると怖くなくなる、という特色があるのですが、それを演技力で完全に払拭させます。ある意味、白石ワールドでもある。眼力が凄い!

白石加代子























稲川淳二さんも、近年はこの型ですね。
最初の頃は、稲川淳二というタレントが語ることで成り立つ、一つ目のパターンでしたが、段々洗礼されて来たというか、練り込まれて来た、というか。
ですから、稲川怪談の映像収録されたものを観ると、ちゃんとカメラが話に応じて移動したり、切り替わったりしています。
どこでどう、映像的な演出をするのかが、コンテになっているわけですな。
そういえば稲川さん。
身内の人からは「座長」て呼ばれていました。
怪談社のお二人も、ここを目指しているのかな?

「三百物語」は、私の語る怪談を、映像収録する企画ものですが、そこまでの打ち合わせはしていません。
私はそこまでの演劇素養もないし、また、稲川、白石の両巨頭のやっていることに挑むつもりもありません。かなうはずもありませんし、同じことをやる意味もないですから。
私は、私なりの、フラのある、怪談語りを追求していきたいと思っております。

ちなみに私は、怪談師ではない。そう名乗ったことも無い。

怪異蒐集家であります。






kaidanyawa at 01:17│Comments(6)

この記事へのコメント

1. Posted by ひろみつ   2018年02月15日 02:16
5 中山先生ごきげんようです。

怪談師の3パターン僕も以前から少なくとも3つのタイプがあり、それぞれの面白さがあり、それぞれのタイプの代表者が出てきてほしいなと思っています。

またそれぞれのタイプの難しさがあると思います

1は確かに基本的には自分の体験談がメインですね。あるいは身近な人の体験談。
そんなことと無縁の人が「実は・・・」と語りだす怖さが魅力だと思います。

でも人前で話す話は少ないうらみがありますね。そんな不思議な体験なんて100も200もないですもんね

2は中山先生は確かにこれですね。
僕は決して意識していたわけじゃないんですが自分にいわゆる霊感なるもんが皆無なので結果としてこの2になっていると思います。

ただ取材して蒐集した話にリアリティと説得力を持たせるのが大変難しいと思います。というか、僕なぞ毎回頭を抱える課題です。

ありがとうぁみさんなんかは、1と2の両方の魅力があるなと愚考します。

3はなるほど白石加代子さんは、その筆頭ですね。
2. Posted by 中山市朗   2018年02月15日 11:54
ひろみつさん。

話にリアリティと説得力を持たせる、というのは、話芸としての素養が必要です。落語、講談。でもプロの噺家、講談師も一生かかって追及するテクニックです。まずは、その人の「人(にん)」から来る雰囲気が大事、ということでしょうか。
プロを目指すわけではないのなら、あまりテクニックを追うと、わざとい怪談になるかも知れません。人(にん)を磨きましょう。ひろみつさんは、そういう雰囲気、お持ちですよ。
3. Posted by ひろみつ   2018年02月15日 12:00
5 中山先生お褒めの言葉ありがとうございます。率直に嬉しいです。

落語、漫才などの演芸が昔から大好きでよかったなぁと怪談を収集し人さまの前で語らせていただくようになって本当に思います。

まだまだ未熟で人間ができてないけどもっといろんなことに興味を持ち人に会い、いろんなことを吸収して、それがどこかで怪談に活かせたらなぁと思ってます。

これは怪談に限らずなんにでも言えることで、人前でなにか表現する時にはすべてに言えることですね
4. Posted by ぺるそな   2018年02月15日 13:03
いつもありがとうございます。
仕事柄たまに理解の出来ない、判断の付かない事案に会う事が有ります。それを文章に纏めて書くのですが先生が書かれて居るように自己体験と言うのは表現がしにくく他の方に伝わりにくいように感じます。
それをどうクリアするかを裏方仕事をさせてもらいながら、今年は答えを出してみたいと思って居ります。
5. Posted by ばんばん   2018年02月15日 13:32
5 久しぶりにコメントさせていただきます。
昨年、何年かぶりに東京の稲川淳二さんの怪談ライブに行ってきました。
何年か前から、稲川さんの怪談は「語り」というよりは、
「一人芝居」に近くなってきたな…と、個人的に思っていました。
古希を迎えられて、どんな風になったのか興味津々でした。
歳を取られて、とつとつと語るスタイルになっていたりしたら、
味があっていいだろうな…と、期待しつつ。
…結論を言うと、僕個人的には「う〜ん」と言う感じでした。
演出が前にも増して凄くなり、照明が場面ごとに変わるのはもちろん、
機械で声まで変える…エコーをかける…。
あらゆる、擬音が大音量で入り後ろには稲光りが走る…。
これはもう、「怪談ライブ」と言う名前のホラーショーだな…と。
演出が凄すぎて、逆にお話の怖さが伝わってこないと言うか…。
これだと…来年は、もっと過剰な演出とエスカレートするばかりなのではと思いました。
僕は怪談に関しては、中山先生の「型」が一番好きなので、イマイチ楽しめませんでした。
落語も漫才も好きですから、やっぱり「話芸」としての怪談が良いです。
最近の怪談社のお二人も、こういう路線になりつつあり…ちょっと残念です。
6. Posted by 中山市朗   2018年02月15日 21:02
ぺるそなさん。

理解のできないことに出会ったら、まずは私に報告しましょう。私が表現します。あっはっは。
ぺるそなさんの、裏方仕事、怪談を盛り上げるのに必要不可欠なものです。期待していますよ。

ばんばんさん。

稲川怪談、そこまで行っちゃいましたか。
もう、怪談とは別物ですね。
しかし、いろんな怪談があって、選ぶのはお客さん。選択肢が多いというのはいいことだと思います。でも、基本は話芸です。
私なりの怪談語りを追求します。
 

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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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