2018年05月16日

日本という国の成り立ちを考えてみよう!

中山市朗です。

日本という国の礎は、聖徳太子が作った。
私はそう確信しています。
隋の煬帝に、「日出る処の天子」という親書を倭の遣いが渡したと、『隋書倭国伝」にある。
これを見た煬帝は激怒した、と書かれています。
天子とは中国皇帝しか名乗ってはいけない称号。
つまり、天皇という概念があったということ。大王(おおきみ)では無くて、ですよ。
大王では中国皇帝に従属することになります。
ここからですよ。日本は歴史上、中国と付かず離れずの絶妙なポジションにあった。今もそうですよ。

もちろん、聖徳太子の頃は日本でなく、倭国でした。
670年、倭国は国号を日本国とします。
また、天皇号を正式に採用したのは、天智、天武、持統天皇の頃だとされています。
しかし、その礎は聖徳太子が作った、と。何の準備も用意も無くて、「じゃ、天皇と名乗るからね」とはならないでしょう。大嘗祭という大祭もあることですし。

大阪の四天王寺(由緒によれば聖徳太子の発願により建てられた、日本最初の官寺)の天王がそれを示しています。本来これは天皇寺であると思います。

日本国は、天皇とともにあった。天皇がいない日本は歴史の上に無い。
そして、天皇がこの国からいなくなった時、日本という国は滅ぶ。
そう預言したのが「未来記」。

詳しくは、私の著作で。






これらの著作を元にした講座が、下記の居皆亭の動画であります。
反論、異論はもちろんあると思います。
でも、それらも含めて、日本という国は誰がいつ創ったのか。
ならば日本という国は、今後、どうあるべきか。
そういうことを考えることは、重要かつ責務だと思います。

日本は地政学的にこういう位置にあります。
これが何を意味するのか。
そういうことを理解したうえでの、聖徳太子の外交だったのだと。


古代人が見た日本












というわけで、
改めて、居皆亭で開催した『ムー』の三上編集長、進行は政清三枝さん。
全編ここにアップしますので、ご覧になりながら、いろいろ考えましょう。

 















日本と言う国に生まれ、育ったから、私は「怪談」という独特な文芸。語り芸の世界にいるわけです。
だったら、日本語とは何か、いつ、どのような出来たのか、日本の文化、日本の歴史、日本人のアイデンテティについて考えざるを得ないじゃないですか。




kaidanyawa at 07:01│Comments(1)

この記事へのコメント

1. Posted by ひろみつ   2018年05月16日 12:02
5 中山先生ごきげんようです

「隋の煬帝に、「日出る処の天子」という親書を倭の遣いが渡したと、『隋書倭国伝」にある。
これを見た煬帝は激怒した、と書かれています。天子とは中国皇帝しか名乗ってはいけない称号」

>この話は有名ですね。
「あんた帝?うち天皇です。おたくとタメですから、そこんとこヨロシク」て矢沢永吉みたいにカマしたんですね。聖徳太子やりますねぇ・・・ロックンロールですねぇ

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プロフィール
中山市朗 【なかやまいちろう】


作家、怪異蒐集家

兵庫県生まれ。


主な著書に「新耳袋」など。

作家、漫画家の育成機関「作劇塾」を主宰。


作劇塾

オフィスイチロウ


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