2020年01月04日

東儀家の掛軸、聖徳太子と四天王について。

中山市朗です。


雅楽演奏家の東儀秀樹さんがツイッターで興味深いことをおっしゃっていました。
ここに引用させていただきます

「我が家で代々引き継いでいる正月の習慣のひとつ。聖徳太子の掛け軸を掛けること。元旦にはその前で家族で雅楽を演奏。この掛け軸、そうとう古いもの。鎌倉時代のもの?かも。四天王も描かれていて当時の形式も見受けられる。秦河勝の血をひく東儀家としては聖徳太子は特別なのである」

聖徳太子と四天王


















聖徳太子と四天王2




















東儀家というのは、秦河勝の直系ということになっています。

聖徳太子といえば、皆さん法隆寺を思われるでしょうし、法隆寺の研究はいろいろなされています。

しかし、四天王寺と広隆寺こそが聖徳太子にとって、何より重要な寺であることは、拙書『聖徳太子の「未来記」とイルミナティ』やWEBマガジン『神秘の國、日本』でも連載記事で書いていることろです。

『日本書紀』には、聖徳太子と法隆寺の関係を示すことは書いてありませんが、四天王寺と蜂岡寺(広隆寺)については書かれてあります。
この四天王寺と広隆寺は、聖徳太子の信仰と秦河勝で繋がっているんです。

四天王寺が建立された時、スポンサーだったのが秦氏であり、太秦と名乗った秦氏が四天王寺で伎楽を演じ、演奏したのです。この伎楽が後に申楽へと発展し、南北朝時代に観阿弥、世阿弥親子が能の形にしたことが芸能史を紐解くと出てきます。
伎楽そのものはもう滅んでしまいましたが、四天王寺には伎楽を演じた楽人が置かれ、これを天王寺方の楽人というわけですが、東儀家はこの天王寺方の楽人から出ているわけです。
天王寺方の楽人は、太秦(うずまさ)、と名乗ったといいますから、これは秦河勝の直系ということを意味します。

そして、京都市右京区太秦にあります広隆寺は、聖徳太子が持っていた尊い御仏を安置するために秦河勝が建てた寺だとされています。その御仏というのが弥勒菩薩半跏像というわけです。
弥勒菩薩は、釈迦入滅後に衆生を救済するメシア観音であり、未来仏ともされています。


弥勒菩薩半跏思惟像
















また太秦とは、秦氏を統率する首領のことで、首領が住んだ土地であることから、太秦という名の町が京都市内に残っているということなのです。
※おそらく最初に太秦と名乗った秦酒公は河内に住んでいて、それが,寝屋川市にある太秦であると思われます。

この京都の太秦で、奇祭とされた牛祭が20年ほど前までは、執り行われていました。
この牛祭の主祭神は摩多羅神で、牛に乗って夜の広隆寺の境内に入り、火が燃え盛る中で謎の祭文を読む、というものでした。この時、摩多羅神は、四天王を守護神として登場するわけです。

四天王は仏教の護法神で、これは天王、つまり牛頭天王にかかってきます。
ですから、四天王と牛がここでセットになり、太秦で牛祭が執り行われていたと私は見ています。

白いお面を被った摩多羅神が牛に乗る、太秦の牛祭(CS京都『京都魔界案内』より)。

IMG_4151















そして、四天王寺には当然、四天王像が鎮座しているわけですが、四天王寺の四天王は、建立当時は守護する御仏を持たず、四天王そのものがご本尊だったようです。
この場合、守護神たる四天王は、何を守護しているのか、という謎が残るわけですが、私は四天王寺のあちこちから牛というキーワードが出てくることから、やはり牛頭天王を守護していたのではないかと思うわけです。

太秦・牛祭の謎に迫る‼ 第七章(2017年10月22日のブログ


http://blog.livedoor.jp/kaidanyawa/archives/54776259.html



ですから、古い掛軸に、聖徳太子と四天王が描かれ、それを秦河勝の後裔である東儀家が引き継いでいる、ということに、私は大いに興味を持ったというわけです。

聖徳太子の信仰は、仏教ではなく、牛頭天王であり、牛頭天王が弥勒とつながるという論説は、今話題の(?)、『聖徳太子の「未来記」とイルミナティ』をお読みください(笑)。





聖徳太子はいなかった、とは言わせんぞ。







kaidanyawa at 19:41│Comments(4)

この記事へのコメント

1. Posted by くっすん   2020年01月04日 20:07
5 ご無沙汰しております。
興味深い記事でしたので、思わずコメントを書かせて頂きました。
この摩多羅神という神様ですが、沖縄の八重山諸島に伝わるミルク様に似ています。顔が真っ白で耳が垂れてて。
何か関連性はあるのでしょうか。
恐らくありそうな気がします。

本年も、中山先生のご健康とご多幸をお祈りしております。
2. Posted by 中山市朗   2020年01月04日 20:16
くっすんさん。

八重島のミルク神は、観勒のことです。
12世紀の頃、布袋和尚を弥勒菩薩の化生とする信仰が中国大陸で生まれ、インドシナやベトナムに伝播しましたが、それが沖縄にも伝わったようです。
3. Posted by ひろみつ   2020年01月04日 21:56
中山先生

摩多羅神と広隆寺の牛祭についての考察は折に触れて先生はブログにも書かれていて興味深く拝見しています。

こんなサイトを見つけたのでリンクを貼っておきます。とても面白い内容でした

http://www.kingchin.jp/1_J.html

くっすんさんの八重山諸島のミルク神も興味を持ち知らなかったのでちょっと調べてみたら八重山諸島の黒島で行われる豊年祭にお出ましになるのがミルク神だそうす。

黒島は牧畜が盛んで人口200人に対し
て牛がその約10倍いるそうです。
偶然かもしれないけどここでも牛が出てきますね。なにかつながりがあるのかなぁといろいろ考えてしまいました。

ソースは以下です
https://colocal.jp/news/34495.html
4. Posted by くっすん   2020年01月05日 03:53
中山先生
お返事ありがとうございます。弥勒菩薩の弥勒が訛ってミルクになったようですね。

ひろみつさん
そうなんです!ミルク様といえば黒島の豊年祭です。(波照間島などでも行われていますが。)
牛祭り、黒島の沢山の牛、偶然とはいえよくできた話だと思います。くだんにも関係が…!?いやいや、まさか。

まだまだ勉強不足でお恥ずかしい限りですが、中山先生の独自の研究が、もっときちんとした形で広まって欲しいですね。その時は、「出典元は中山市朗」と明記して頂きたいです。

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
プロフィール
中山市朗(なかやまいちろう)


作家、怪異蒐集家、オカルト研究家。

兵庫県生まれ、大阪市在住。


著書に、

【怪 談】

■『新耳袋』シリーズ

■『怪談狩り』シリーズ

【オカルト・古代史】

■『聖徳太子・四天王寺の暗号』

■『聖徳太子の「未来記」とイルミナティ』などがある。

古代史、聖徳太子の調査から、オカルト研究家としても活動している。







作家の育成機関「中山市朗・作劇塾」を主宰。



Archives
ギャラリー
  • テレビ東京『やりすぎ都市伝説』、観ましたよ!
  • テレビ東京『やりすぎ都市伝説』、観ましたよ!
  • テレビ東京『やりすぎ都市伝説』、観ましたよ!
  • Dark Night 東京公演決定! ゲストは住倉カオスさん
  • 2020年、最初の怪談ライブのお知らせだい!
  • 2020年、最初の怪談ライブのお知らせだい!