瀬戸内ど真ん中!笠岡諸島

瀬戸内海の中心から島の魅力をお届けします。

かさおかみなとマルシェのまとめ

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 2018年2月25日(日)かさおかシーサイドモールで「かさおかみなとマルシェ」なるイベントを開催しました。今回初めてのイベントでしたが皆様のご協力により成功裏に終えることが出来ましたお礼申し上げます。

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 このタイミングで「マルシェ」なのか?私も島の直接担当を外れて約2年半、今は農政水産課で農業の仕事をしています。1年目は農家民泊の立ち上げなど、島にいるときにやりたかった仕事ですが、移動してその仕事が出来るとは・・。2年目は、以前から尾野寛明さんとやっていた「いかさ田舎カレッジ」地域プレイヤー養成講座。これを、「食と農」をテーマに今の仕事に関連付けて継続したり・・。3年目も中山間地の「食と農村」の交流促進事業があるということで、島と陸との連携で今出来つつあるゲストハウス等で地元の食材が提供できる仕組みや島の人が容易に魚を食べることができる仕組みづくりが出来ればと手を挙げています。今回のマルシェはこの事業の一環でもあります。

 まず、この「食と農村」交流促進事業について簡単に説明します。地方創生関係の県の補助事業で、地域の農家民宿や直売所等が出来てもその連携が不十分でなかなか中山間地域に人が来ない状況にある現状を、地域で協議会を作り、連携して事業展開を図ろうというものです。

 笠岡の場合の中山間地は笠岡諸島と神島、井原市や矢掛町に隣接する地域です。今回は笠岡諸島を中心に陸や広域連携により地域の活性化を図ろうというものです。

 10月に笠岡諸島「食と農村」交流促進協議会なるものを立ち上げ、振興策を協議する中で、初年度は.咼献腑鵑鼎りと島外の応援者をつくる仕組みづくりを行っています。
特に△砲弔い討蓮△海譴泙念羈濤域で開催していた地域プレイヤー養成をこの応援者づくりの仕組みにあてはめて「いかさ田舎カレッジ2017」として実施しました。

「いかさ田舎カレッジ2017」11月からスタート!
 何か地域のためにやりたい若者を募集し、11月から月1回3回の講座の中で、自分のやりたいことを見出し、将来的に笠岡諸島を活性化するプランをブラシュアップ、最終2月に発表するものです。実はこのプラン発表会とマルシェを25日に一緒に開催したんです。今回は6名の塾生が学び、最終報告は5名の方がプランやブレゼンの方法を練習し当日に臨んでいます。この若い人たちのプランや心意気もマルシェに参加する島の方々に聞いてほしいという意図もあったんです。

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2月25日のスケジュール
10:00 いかさ田舎カレッジ2017 最終プレゼン発表
    OB発表 山脇節史さん(第1期生)「地域と関わるお菓子作り」

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    第5期生発表
    1.薮田 勇さん  「島への恩返し、歴史を紐解く島おこし」
      高島出身、高校卒業以来福山居住。両親を島に残し、数年前に亡くなった。
      身内以上世話をしていただき、今度は自分が島おこしで恩返しをする番。
      島の方々の人情と古い神武神話などの歴史が高島の強み!これを島おこしの起爆剤に!

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    2.武藤愼哉さん  「島のおうちカフェ」
      笠岡の島で親切にしてもらった経験と静岡でのえんがわカフェの取り組みを参考に
      気軽にお茶やお菓子などのお接待をし、島の方のおうちで気軽に話をする取り組み
      利用するお客さん、迎える島の方々両方に負担をかけないしくみ。

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    3.三宅千歳さん  「六島に住み続ける!」
      島に嫁ぎ、島で子育てをしながら、今は日中「給食の調理」の仕事をしている。
      島の人口が減る中で、自分自身が島に住み続けることが島の活性化に繋がる。
      武藤さんのおうちカフェの取り組みも参考にし、「子育て世代のお母さんとのおしゃ
      べり」子育てカフェを実践する。 

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    4.一口洋明さん  「俺は!笠岡syotouヘルパーになる!」
      地域のために何かやりたいという気持ちがいっぱいの一口さんが、実際に島を回って
      必要とされることを積極的にやる。実践あるのみ。当面は白石島で立ち上げ予定の
      「カフェ」の取り組みをサポートする。   

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    5.源内勇人さん  「笠岡諸島の活性化〜今の私が出来ること〜」
      サンテク勤務の仕事がら「人のサポート」が得意。あまり島の現状を知らない自分が
      プランをたてるよりは、仲間がやるプランをサポートすることをプランとしたい。

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・プレゼン会場の様子
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・プレゼン終了後に塾長から修了証の授与
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    終了証授与式

11:30 かさおかみなとマルシェオープン
    島の特産品販売

1.高 島・・巻きずし・豆餅・牡蠣のオイル漬・切干大根・牡蠣飯

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・牡蠣のオイル漬
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2.白石島・・もぶり・けんちゃん・肉まん・餃子

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・もぶり(ちらし寿司の酢のないバージョン的なもの)
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・けんちゃん(けんちん汁に似たもので、生のピーナツをすりおろしたものを汁に入れて煮込む)
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3.北木島・・おつる・よもぎもち

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・おつる(野菜・なが天・牡蠣などをそば粉の汁で煮込む)
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4.真鍋島・・タコ飯

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・たこめし
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5.飛 島・・潮騒弁当・桜寿司・よもぎもち

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・「しまべん」復活! 飛島の「潮騒弁当」青のりと椿油を練りこんだ2種のうどんに具をのせた「チラシうどん」
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6.六 島・・鯛飯・よもぎもち・カメの手味噌汁

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・カメの手の味噌汁(食べ方指導は六島小3年三宅ゆうかさん)
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7.北木島「灰干し」・・製法サンプル

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8.飛島「椿油」・・椿油

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9.白石島「桑の葉・実」・・桑茶・桑の実

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・生の桑の実の試食
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10.大島まちづくり協議会・・「大島バーガー」

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11.笠岡中央病院・・介護食サンプル配布

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12.箱島ふれあい市場・・もち米・水菜・いちじくジャム

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13.新山まんまる屋・・米粉シホンケーキ

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14.パシオン・・地域の食材を活かしたケーキ

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15.バンヨリ・・コーヒー

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・飛島のお姉さん方、販売終了ほっと一息
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・六島カメの手の味噌汁
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島のプレゼン対抗戦
1.白石島 天野 正さん  白石桑物語 

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2.真鍋島 近藤真一郎さん 移住10年目の起業!

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3.北木島 吉川寿人さん  北木島企画「自作映像」披露

4.飛島  山河菊野さん  椿油の宣伝娘

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5.六島  井関竜平さん  六島のPR

15:00 マルシェ終了

 マルシェの方は11:30スタートといいながら、準備の整ったところから11:00ごろには販売開始。
 客足も次第に増えて、約1時間程度でほとんどの商品が売り切れ。
 今回の販売については、資源調査も兼て地域おこし協力隊の井関さん、いかさ田舎カレッジ塾生の有志、コーディネーターの藤井さんと1月30日、2月6日の時点で各島へ伺って、お願いしたものです。
 今回のテーマは「しまべん復活」といきたいところでしたが、「島食のお裾分け」としました。
 協議会のメンバーでもある井関さんが今回参加する方々の紹介パンフレットを製作。そのいきさつについてはパンフレット参照してください。

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かさおかみなとマルシェのまとめ
1か月足らずの準備期間で島の食を意識してそれぞれの島で協議していただき出来る範囲での販売品を作っていただいた。

どうしても外せないと思ったのが、島の賄い料理と言われているもの。
北木島・・おつる、白石島・・もぶり・けんちゃん、六島・・カメの手の味噌汁
「しまべん」も飛島の「潮騒弁当」、六島の「鯛飯」を復活製造出来た。

その他は、無理のない範囲でいろいろと考えていただき当日持って来ていただいた。
会場がシーサイドモールの中だけに、事前に島で煮炊きしていただき、ごはんものは出来たものを販売する形態。汁についてはあらかじめ作っておいて当日会場で温めることとした。

どのくらい人が来るかどうかわからない現状で参加者も半信半疑で数をかなり少なめに考えていたこともあり、予想を上回る集客で早くに完売することができた様子。

あらためてこのマルシェの目的は?
・島の特産品を陸地部に一堂に会して集めて販売する事により。島をアピール
・島と陸の出店者が交流し、お互いに切磋琢磨する。
・生産者が自らが、販売することにより、双方向の会話が弾み、販売につなげる。

日ごろ販売していないものがほとんどで、販売が目的でマルシェはやっていない。
特産品も原料や製品が売れることにより、島の仕事につながる。
今島にあるものをこの機に陸の人に紹介する仕組みづくりと、それを通じて、島へ来ていただく仕組み、そして究極は移住により「担い手を増やすこと」必ずここが到着点となる。

食と農村交流促進とは、このようなイベントを通じて島の情報を直接消費者につなげたり、島や笠岡諸島全体としての情報発信の手法自体が今後の島づくりの活動の中では重要となってくる。

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JA新規就農実践農場その2

 前回の投稿から2か月もたってしまいました。駐車場状態だった体験農場がそれらしくなっています。
干拓でいちじくを作られている山本優輝師匠のもと現在6名のメンバーが野菜作りに励んでいます。
といても、皆んな半農半X。会社勤めの方や学校の先生、定年して農業を始めた方などなど、年齢も20代から60代と幅広いです。

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月に1回ぐらい定期的に各人の作付け状況を見てアドバイスをいただいています。
堅苦しい感じではなく、ゆるい感じでやっています。

どんな物を作っているかといえば・・・。

ど真ん中で山本師匠が4畝。キャベツ・ブロッコリー・オクラを栽培。
y君(4畝)すいか、カボチャ、大根、オクラなど
Oさん オクラ、サツマイモなど
Fさん オクラ、ネギ、青梗菜など
Sさん えだまめ、いんげん、カブ、サツマイモなど
H君(4畝)オクラ、キャベツなど
山さん えだまめ、キャベツ、オクラなど
おまけで私は、青梗菜、小松菜を植えています。

使用前は
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現在は


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今日はカメラを持って行って写真たくさん撮ろうと構えた瞬間。NO CARD。SDカード入れるのを忘れている。iPhoneの電源も少なかったので取り急ぎ写したものです。

真ん中の師匠の圃場を中心に撮ると何となく農園。
師匠が言っていた言葉・・。

まず、手間をかけずにもうけることが必要。
夏までは土づくりも兼ねて何が出来るか試験的に栽培をする。

今のところ生育のいい野菜は「オクラ」のようです。

私はといえば・・・。
連休前に青梗菜と小松菜を定植し、すぐに不織布をかけて虫が入らないように・・・。

ここで師匠の名言「自分で食べるなら無農薬、市に出すなら農薬を使って商品価値を上げる」

私の場合は前者。1か月余りでかなり大きくなったのですが、食べる時期を逸したために大きくなりすぎて、それと、いっぺんに植えてしまってできるのもいっぺんに出来てしまって・・・・。

毎日農園を見てくれている師匠から・・。ちょと葉っぱが黄色くなっているので、硫安を少し追肥したほうがいいとか・・・。もっと短いスパンで水をやりなさい・・。とか伝言や電話が・・。ありがたい限りです。

おかげで初作はなんとか自分で食べることもでき、4日間の青梗菜三昧。少々飽きましたが・・。
次は同じ失敗を繰り返さないように、少量づつ作りたいと思います。

小松菜、キャベツ、青梗菜、インゲンなどを第2弾で作ります。

栽培記録を師匠はこまめにつけていらしゃるようです。
農薬もなるべく安いものを使って効果的に駆除できるものを日々試されている。

随時、仲間を募集中です。
作り方を知っている人がそばにいて教えてくれる環境はいいですよ。
研修生の中には、師匠のハウスで育苗をお願いしていたりとか。
和気あいあいとゆるいかんじでやってます。

体験圃場の場所は笠岡市平成町のJA倉敷かさやの直売所の南の駐車場の隅です。



新しく農業志す人集まれー!集まった強者6名の「農業塾」顛末記。横娃隠掲4月8日

久しぶりの投稿です。
すっかり、島とはご無沙汰で、カッパの皿がからからになりそうです。

約1ヶ月前から農業塾を始めました。
農業をしたことがない人が事務局で農業塾を始めるのだから最初から波瀾万丈です。

でも、6人の塾生が毎回集まってベテラン農家の方とざっくばらんに話ができる農業を始める方には本当に頼りになる勉強会です。今回で3回目。

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JAの直売所近くに整備した研修農場で野菜作りを始めます。
第3回目の4月8日(土)は栽培品目を決定して、種から育苗し、苗作りを始めます。
研修農場には耕耘機や肥料を入れる物置も設置されて、本格的にスタートです。

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打ち合わせの合間に器具庫の見学。

現在塾生は6名、それぞれが3人1組でグループを組んで肥料などを共同購入。
配分は今のところこんな感じです。

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 この体験農場の特徴は、中央に師匠が自ら模範的に野菜作りを行うことです。
そして、JA直売所に近いので師匠が直売に産品を出す朝、引き取る昼にはかならずこの前を通ります。塾生は派手なジャンバーを着て作業し、師匠が気づけば寄って指導してくれるというシステムです。

 塾生は29歳から65歳までの6名。動機も多種多様で、耕耘機も1台しかないので各グループでスケジュール調整します。

 この日は早速、土づくりの肥料調達、育苗の種やポットの調達に資材センターへ。直売所の横に資材センターや農機具センターがあるのですごく便利です。

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早速個人ごとに調達。Fさんはオクラの種と育苗ポット128穴、スーパーミックス購入。
私たちのチームも土づくりのために師匠のアドバイスで下記の品目を購入。

こうぼ堆肥 15k 6袋 6900円
畑のカルシウム 20k 2袋 2760円
野菜いちばん 20k 2袋 5140円
スーパーミックス 1袋 1950円
アズミン 20k 2袋 5560円
合計          22310円 (4a分)・・・これを3人でシェアします。

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早速、資材センターから2チーム分が納品され倉庫の中へ。

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今週は、各自、育苗のために自宅管理で苗作りをおこない、来週は本日購入した肥料を均等に配布し、土づくりを本格的に行う予定です。

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私はちんげんさいと小松菜を植えようと、早速午後から育苗ポットに播種を行いました。
どうなることやら・・・。

次回は、グループごとに日程を決めて土づくり、管理機による畝づくりの作業へと進みます。

夕方、師匠から緊急連絡。オクラを植える予定の塾生にオクラの種は一日ほど、種を水にひたしてふやかさないと芽が出にくいというアドバイスをいただきました。
師匠、ありがとうございます。

もう一つこぼれ話・・。
この研修農場の土は山の真砂土に牛糞を混ぜたもの。
第1回目の研修会では普及センターの先生に土づくりの話をしてもらい、土を見てもらうとpHが高すぎる。土に養分がないので2,3年しないと作物は作れないとのストレートな指摘をいただきました。
その時は・・・。一同「唖然と」。

かなりモチベーションが下がりましたが、野菜作りをしたいという塾生同士の繋がりとベテラン師匠とのつながりがなによりも必要で、助かるもの。師匠も何が出来るか試す意味でいろいろと作付けしようという呼びかけで、モチベーションを取り戻し本日に至る。

どうなることやら・・・。 農業塾もシリーズでお伝えします。




何もしないのにブログのアクセスが通常30が1500!

先日、久々にブログを見ているとアクセスカウンターが1,500超え!

ななな何!

何も投稿していないのに・・・。

アクセス分析を見てみると・・。

ページビュー

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検索キーワード「獄門島」「ロケ地」『映画」・・・。

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検索エンジン別 ヒットしたわがブログのタイトルは「獄門島ロケ地めぐり」

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それで。こちらがその記事・・・。
この記事を見るために検索しているわけではないけど・・・。

http://blog.livedoor.jp/kaientai1/archives/52224765.html

改めて見るとそれなりに丁寧に書いている・・・。

ネットで原因を調べると何と!
BSで「獄門島」のドラマが11月19日にやっていた!その後からのアクセス急増!

http://ドラマ・映画・テレビ.com/drama-gokumon-island/

獄門島ロケ地で検索するとこのブログが1番に出てくる。

何が当たるかわからない!
それほど当たったわけでもないけど・・・。

やっとブログアクセス急増の謎が解けた!金田一君!
 

金政哲夫という人生

金政哲夫という人生
 

真鍋島で最初の移住者だった金政さんが昨日、市民病院で息を引き取った。元々笠岡の入田の出身だったが倉敷の市営住宅に住み笠岡の島への移住を希望されたのが今から15年まえだった。当時金政さんは70歳。若い人を入れたいという島の希望もあったが、働き場所や教育環境からも取りあえずは年金でやっていける人という選択肢もあった。


愛犬マックスと島暮らしをエンジョイしていたと思う。年は取っていても受け入れてくれた地域への感謝の気持ちは人一倍あった人で、積極的に草刈り等も自ら取り組んでくれた。何回か愚痴を漏らしていたことがあった。「金政さんあんたが自主的にいろいろと動いてくれるのはありがたいが、あんたが動くとわしらも何もしないわけにはいかなくなる。移住者なんだからじっとしとけ」と言われたことがあったようだ。しかし、それでも暇を見つけては草刈り等をしてくれていたようだった。
 

そうしたことが認められてか、5年後ぐらいには真鍋島の老人会長の役をしてくれないかとの話も寄せられ、数年老人会長として島のために頑張っていただいた。また、金政さんは昔は大工をされていたので手先が器用でいろいろなものづりでも島に貢献いただいた。竹細工は島の工芸品として干拓の道の駅でも販売さえていたことがある。外からの移住者の視点は観光ガイドには最もあう。観光客が聞きたそうなこと、自分が島に来てかわっているなあと思うことを、親しみをもって話す口調は観光客にも大好評であった。


この数年は、愛犬のマックスの死、自分も病気を患うなど、精神的にも健康面ではなかなかすぐれなかったようだ。


先日、1週間前ガイドのお願いをしてたのを断ったようで、その時の様子を見ておかしいと、病院に連れていき、そのまま陸地部の病院へ入院となった。わずか1週間で帰らぬ人となった。


昨日、葬儀場に亡骸に線香を上げに行かせていただいた。子供や孫たちが集まって明日のことを打ち合わせされていた。最後の別れをさせていただいた。

息子さんたちには今後の島との付き合いはできないということで香料も受け付けず、家族だけでお別れ会をしめやかにおこなうようだった。

島からも数人最後のお別れに駆けつけ、「本当に島のために頑張ったお父さんでしたよ」と、皆さん口々に言ってくれたと娘さんがおっしゃっていた。


笠岡の空き家対策から約15年。最後の見送りをするときに本当に人ひとりの「人生」を考えさせられる。人が生かされる人生。最後に「あの人にはお世話になった」と周りの人から言葉の出る人生って本当に大切なことだと思った。


行政人として空き家対策で人口増が目的では決してないと思う。その人の特性が活かされる環境を選んであげて、特性が発揮できる環境を地域で創っていく必要もある。これって行政だけでは決してできない。地域に地域を良くしたいと思う人がいて、そして行動する人がいないと無理。今、直接関わりことは難しくなったが、この空き家対策への想いを伝ええることが私の使命であり、金政哲夫という人生を真鍋島で終えたことに対しての区切りとしてブログに記したいと思います。
 

最後に、いつか産業観光の赤澤さんがおっしゃっていたことがあります。島暮らしは「リライフ」である。ある人にとってはこれまでの人生をリセットして、人生の再スタート。単なる人口増に一喜一憂することなく、住みたい地域を考え、必要な人材を選びながら、お互いの価値観が一致する人を選びたい。選べれる地域は選ばれるような努力をしている。真鍋島はそんな島です。金政さん本当にありがとう。来世で多分、愛犬マックスと会ってあの笑顔で散歩されていることでしょう。

 

熊本地震災害支援活動へ

笠岡市で東北の復興支援活動をおこなっている「明日への架け橋Kasaoka」は宮城県南三陸町支援を中心に活動を展開しています。
4月14日・16日の熊本地震災害の復興支援についても会で話し合いを持ちながら「出きる支援」を考え実行しています。
4月17日の倉敷三斎市での募金活動、4月21日・22日の道の駅笠岡ベイファームでの募金活動などを中心に初動を開始しました。
この度、4名のメンバーで「災害支援ボランティア」として熊本市の社会福祉協議会のボランティアセンターでの活動を計画し、5月2日〜5月5日の予定で支援活動を実施したものです。

準備段階
何処へ行ってどんなボランティアを行うか?個人か?団体か?
公式なホームページを見る限り熊本市のボラセン以外に県外・九州地域以外からのボランティアを受け入れているところがない。(ホームページ情報)
・熊本市社協のボラセンのホームページで確認。
まず、経費削減の意味もあり、高速道路等の無料化の制度は活用する。
〇高速道路無料の申請
〃本市災害ボランティアセンターHPで災害派遣等従事車両証明書発行に係るボランティア活動を行う予定である証明願いを作成し、熊本ボラセンへFAXする。
∪泙衒屬掘同じ内容で日付が記入されてFAXが返信されます。
災害派遣等従事車両証明の申請書を記入し、△琶嵜された受け入れ予定のFAXを添付して最寄の市町村の危機管理担当課に提出。すぐに証明書がもらえます。(注:今回の場合は笠岡→益城熊本空港で1枚・益城熊本空港→笠岡で1枚 計2枚)
〇宿泊について
場所が確保できればテント持参でテント内、ダメだったら車中泊。周辺にもホテルも確保できそう。
〇車両について
南三陸の時と同じ方法でレンタカーを借りる。(ゴールデンウィーク中だったのでワゴンがなく、普通車Sクラスで荷物だけで、4人で身動きとれなかった)

活動メンバー 福井敬司(笠岡商店街)・守屋元揮(笠岡市役所)・亜希子・守屋基範(笠岡市役所)

熊本日程地図

行程について
5月2日   23時45分笠岡市役所発
        電話で熊本で活動中の大妻女子大の干川教授にアドバイス
        熊本で受け入れてもらえないときは宇城市のボラセンへとの連絡
5月3日 午前5時45分熊本北パーキング到着 時間調整
         7時15分熊本市災害ボランティアセンター到着 200名限定で打ち切り(到着時すでに打ち切り)
         益城の状況をみながら、宇城市ボラセンへと移動。
         高速走路(益城熊本空港IC〜嘉島JAC間は毎日約3kmの渋滞上下とも)
        9時30分宇城市ボラセン到着。干川教授と合流。宇城市のボラセンの責任者野田さんをご紹介
        いただく。(5月3日は雨と強風の為に全ボランティア中止)        
        10時30分干川教授に五ヶ瀬で活動中の杉田さんのところへご案内いただく。
      午後2時南阿蘇村の拠点で落ち合いメンバーとの意見交換をおこなう。
        杉田さんは民間のRQ九州五ヶ瀬ドームボランティアセンターの現地代表。日ごろから五ヶ瀬を拠    
        点に阿蘇地域でグリーンツーリズム系の活動をされている方で被災していない五ヶ瀬から南阿蘇
        町へ後方支援を行っている。民間の活動なので支援したい個人で繋がる活動で、農業と観光によ
        る復興支援を目指している。南阿蘇のリーダーは、物や金より「人材」が欲しいとおっしゃっていた。
         3時30分干川教授と分かれて宇城市のボラセンへ引換えす。
         6時宇城市ボラセンで寝床となるテント設営。夕食
         テントを設営してると住民の方に声をかけていただく。毎日夕方に公園を歩くとのことで、震災以
         降、18日間毎日車で寝ているとのことで、こんなテントにゆっくり寝たいと。家は震災でさほど被害
         はないが、夜の地震が怖くて家の中では寝ることができないとのこと。2張りあるので1張り使って
         くださいと勧めるが遠慮して来れれなかった。朝来ると言われていたのですが会うことが出来な
         かった。夕方の話でテントを忘れて帰るから使って欲しいとも話をしたこともあり・・・。しかし、勝手
         なことを言ってはいけないとボラセンの野田事務局長に質問すると「ここは住民の避難所として指
         定されていないので住民は避難することが出来ない」とのこと。あくまでも特別措置としてボラン
         ティアのみテント設置、宿泊可能ということらしい。私たちのテントがその方の役に立てば嬉しい
         か、行政としては平等性の立場からタブーであることに質問しながら気づき、忘れて帰ってもゴミ
         になるだけだと思い直し翌日撤収し車に積み込む。

5月4日 午前6時起床
      午前7時30分宇城市ボラセン受付開始
      8時から登録・オリエンテーション・マッチング・グループミーティング・資材貸与
      9時30分ボランティア先へ出発
      10時〜午後1時30分 ボランティア先での作業
      八代市の母娘2人と笠岡4名の6名で倒れたブロックの片付け、周辺に落ちた屋根瓦の片付け作業
      高齢者世帯で娘さんがボランティアとのやり取りをしていただいた。
      ボラセンがリースしている軽トラックの数に限りがあるので即積めばその日に片付くものの、トラック
      が確保できないので取りあえずその場に固めておいてくださいとなる。
      (このお宅から瓦礫の収集場所まで約500m。そこに持って行く手段もない高齢者は大変だ。)
      依頼者と集積場を確認する。(いろいろといい感じで集積所を片付けていた業者の方と話が出来て
      集めた瓦礫はダンプで全て片付けることが出来た。)
      午後2時 依頼者宅の業務終了し、ボラセンに完了報告。本日のボランティア業務終了
      近くに銭湯があると紹介していただき向かう。
      午後3時30分 益城町の広安小学校にAMDAの大政さんを訪ねる。
      午後5時 益城熊本空港ICより笠岡へ
5月5日 途中渋滞もあり午前1時笠岡へ到着。

経費
     レンタカー料金      17,160円
     ガソリン代          8,816円
     高速料金            1,140円(笠岡ー熊本 21,400円は災害派遣で無料)
     ボランティア保険      1,720円
     合計             28,836円

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ここでボランティアセンターの駐車場が開く7時まで時間調整、朝飯タイムです。


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2階のレストランは地震の為に閉鎖されていましたが、1階に売店があり飲食も十分揃っていました。
ここで体制を整えて被災地入りを・・。

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現地入り早々に震度3です。これまでに経験したことのない揺れというか下から突き上げる感じです。
横揺れではなく下から車に突っ込まれる「ドン」と一瞬です。
2日間で震度3が3回です。(現地の方々は震度3ぐらいだとわからないともおっしっていました。変な慣れです)

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高速道路を出る時は市町村より発行された証明書を係りの方に渡して内容を確認していただきます。

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熊本のボランティアセンターの駐車場は熊本城の二の丸内でした。
石垣がところどころで無残に崩れています。

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天守閣も見ること出来ました。

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7時30分の段階で今日予定していた200名(雨のために屋内作業のみ)のボランティアは受付打ち切りでした。多分その時点で200名以上が並んでいたのでしょう。予定変更です。

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益城町の野口健さんのテントプロジェクトを道から見ることができました。
これから次の目的地宇城市のボランティアセンターに向かいます。

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こちらが宇城市のボランティアセンター。広い公園の中にある一角を受付テントが10基ぐらい建てられています。こちらも午前7時30分時点で強風と雨の為に2次災害の危険性もあり全ての受け入れ中止と発表されました。

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軽トラは全てリース。手書きの合言葉が素敵でした。

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 しかし、仕事内容からも軽トラックは6台程度では足らないのが現状です。軽トラックなどでのボランティア参加はかなり喜ばれると思います。
 それと、大工さんが一番必要のようです。応急の屋根のブルーシート張りなどや、屋根の上にある瓦礫の撤去などは一般のボランティアにはできないので・・・。

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全てのボランティアが中止ということで、干川先生案内でおじゃましたRQ九州の杉田さんグループのミーティング風景。

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南阿蘇から宇城市のボランティアセンターに帰ってきて、テント設営です。

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5月4日は快晴となりました。
続々と九州地域のボランティアさんが集結しています。

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宇城市は熊本市から30分程度のところです。
日本建築で比較的立派な屋根がことごとく尾根の部分が崩れています。

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午前7時30分ボランティア受付に並んでいます。

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10基のテントに受付・オリエンテーション・マッチングなどの旗で区分けされて、1日20名程度の職員とボランティアで運営されています。駐車場も地元の高齢者がご活躍でした。

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毎日300名程度の方々が来られるということですが、スムースにマッチングされ現場へ送り出されていました。

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新規の場合は受付票を記入。インターネットで事前に登録する仕組みがあるみたいで、その人は新規でも名前のみでOKとのことでした。

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車を持っている人には車出します的な書き物がありそれをマッチングの時に提示します。

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登録が終わるとこのネームを書いて利き腕でないほうの方に貼ります。
この後、初めての方は約15分のオリエンテーリングを受けます。

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その後、マッチング。個々の依頼の内容を読み上げて手上げ方式で選んでいきます。
選ばれた人は席をたってグランドでグループミーティング。
そこで、リーダー、サブリーダー運転手を決めて名簿を作成します。

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そして、依頼者の住所や内容を確認して、ボランティアの為の必要資材を受け取って現地へ
あわせて、この横で水・軍手・マスク・タオルなどを渡してくれました。

宇城市内でボランティアを行い、終了後に報告をおこないます。

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被災地では記念撮影を避けるようにということなんですが、
一緒に汗を流した同士。車の陰に隠れて記念撮影。
といいながら、ボラセンのスタッフに写してもらいました。
その後に、近くに銭湯があるから汗を流して疲れを取ってくださいとおっしゃっていただきました。

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ここでは余り触れていないのですが、場所によってかなりの被災の差があります。
益城町を見た時には言葉を失いました。
ボランティアがどうのといった状況ではありません。

帰りにAMDAの大政さんを訪ねたのですが、益城町は悲壮感が漂っていました。
大勢の避難者がいらっしゃるのですが、小学校が5月9日から再開との方針が出されて教室から体育館へ移動する人、他の場所を確保する人など大変な状態。益城町はメディアを完全シャットアウトしているので被災状況は報道されていないのですが大変な状態でした。AMDAは事務局の方がこちらの出身で実家も全壊ということで早くから拠点を構えて医療支援を中心に支えていらっしゃるようです。東日本大震災と違うのは家はなくても働き場は残っていること。昼間は運動場には100人ぐらいの避難者が300人程度になるようです。支援物資も外から無償で入れずになるべく熊本県内などの地域で確保し、商売が継続できるようにしたいとか。こちらが考えているように本当に単純ではないことばかりです。それぞれの考え方、それぞれの方針を理解しての支援活動が求められます。

最後に、私たちにでもできることはあると思いました。
特に被害の激しい所は国や県などの行政の力がかなり需要だと思います。
今回活動した宇城市などは比較的経度の瓦やブロックの片付け作業が多いために一般ボランティアでも手軽に活動することができます。
他のボランティアセンターは見ていませんが、宇城市は社協の中で対応を考えて独自にやている感じです。表向き九州地域以外からは受け入れないとの広報を表向きしていますが、熊本市であふれた方を積極的に受け入れているようです。(九州以外からも受け入れたらドンと押し寄せたら困るという判断のようです。)

「明日への架け橋Kasaoka」でも早急に報告会を開いてメンバーで共有し、次の行動を起こしたいと思います。
単に、熊本へ災害ボランティアに行くだけではなく、地元で宇城市のような体制作りができるか?スタッフの意識、人材、場所等の備えを日ごとから考えるきっかけにもなればと思います。
九州の方々もたぶん「九州ではないだろう」と思っていたと思います。


















     




      
      











農力向上プランコンテストその後・・。

久々の投稿です。
先週2月20日(土)新山公民館で第1回農力向上プランコンテストを実施しました。
応募総数100点のうち5点を一次審査通過とし、5名の方にプレゼンをしていただき大賞を決定しました。

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5人の中に高校生2名、何とその高校生が大賞を取りました。

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大賞受賞の矢掛高校2年の北川さんのプレゼン「地元・博覧会」

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20日の表彰の様子です。
この高校生の快挙。実は昨年実施した「いかさ観光プランコンテスト」も大賞は矢掛高校の2年生でした。
今回のイベントの中でその実施報告をしてくれました。

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この二人です。今年は3年生ということで受験も控えプラン実施も難しいという現実の中で、下級生も巻き込みながら見事にプラン実施し、その報告をしていただきました。

大人たちは高校生に圧倒されて・・・。

間髪入れずに、奥山営農組合主催で次のツアーが急遽挙行されました。
「農力向上プラン実践〜大人たちの事始〜」というものです。

訪れたところは・・・。

.皀妊觚Φ罅ΑΑλ明鄰篭茲琉ど一郎氏
「80歳でたった1人で3haの米作りをこなす」
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努力賞研究・・・吉浜地区の北村卓士氏
「無人直売所でハワイへ行こう」
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準大賞・・・小平井地区の広藤祐太氏
「人との繋がりによる耕作放棄地再生プラン」
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ねソ┥沺ΑΑ新山地区の森晶氏
「大規模農業と小規模農業の両立が生む魅力ある農業の復活」
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まずは大人たちがお互いの取り組みを理解し、現場を見て、連携できるところは連携し、情報共有することから事を始めることが必要です。
机上ではなく、プランンを実践する行動力こそ今一番必要なこと。
そして、若者を呼び込む事と、自分から高齢者と言い訳けしながら逃げないこと・・。
北川の阿部一郎さんの試行錯誤しながら常に改善したり、新しい事に取り組む姿は大いに勇気付けられました。
また、広藤君や森君たちの若い人たちの取り組みは、今の農業に何か新しい光を感じるものでした。

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阿部さんのコンクリート苗場

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80歳で今年新しく桃20aの作付けをスタート。

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阿部さんのアイデア倉庫前にて

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月に2度有人市になる北村さんたちの直売所
焼き芋、豆餅のお接待をいただきました。焚き火を囲む暖かいコミュニティを感じました。

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ここにも、キーマンがいらっしゃいました。 吉浜の直売所にて。

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広藤祐太君の拠点は小高い丘の上にありました。

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ハウス一棟がすでに再生されていました。 ここにも、元気な師匠がいらっしゃいました。

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奥山営農組合での振り返り。
若者が農業に取り組む現場を見学した奥山営農組合のメンバーも「初心に帰る」という心境で前向きな感想が飛び交っていました。

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産業観光の赤澤さんに総括をしていただきました。
お互いの実践を農業者のにならず、大勢の方々に見てもらう機会を作ることが大切。ここ奥山営農組合には3年がかりで見るも無残な耕作放棄地を再生した熱い想いを持った「人」がいる。そして活動ある。
「人こそ宝」笠岡市初の集落営農組織として益々地域の先導者として頑張って欲しいと想います。


 

六島アートブリッジ作品先取り!

笠岡諸島アートブリッジ事業の作品発表まであとわずか・・・。
六島でも住中さん、三友さんの2人のアーティストが六島で制作活動をおこなっています。
現在実施中の六島インターン生山本君の激励も兼ねて六島へ

最初に三友さんの作品

使ったのは、島にある浮き玉と蛸壺

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MUSHIMAX製 品番V−01 

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MUSHIMAX製 品番TACO300

いずれも、一方に穴を空けて、レンズを組み込み、カメラの原理で焦点の合うところにスクリーンのように写るように工夫。

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こんな感じで穴が開いてあってそこにレンズが組み込まれています。
それを、反対からみると・・・。

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丁度レンジを通してカメラの原理でスクリーンに反対に被写体が写りこみます。

浮き玉の方も、半分をくりぬいてスクリーンを装着している為にこんな感じで写りこみます。
これだけ並べると爽快ですね。

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蛸壺と浮き玉とは写り方が違うので面白いです。

そして、圧巻は!

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MUSHIMAX KYOIN6

秘密製造工場 MUSHIMAXのKYOIN6は、六島の教員住宅の一室をカメラにして、そこから見える風景をスクリーンに映し出そうというもの。

KYOIN6は教員と6人の子どもたちということのようです。

六島っ子は先ほどの浮き玉や蛸壺の写真機で現像用紙に写しこみ、この秘密基地で現像体験もするという計画です。

さて、そのKYOIN6の内部はこちらです。

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暗室にした6畳間の海側の窓ガラスの一部を丸く切り取り、そこに同じようにレンズを仕込みます。
そして、焦点が合うようにスクリーンを下げると・・・。港の様子が映し出されるではありませんか。
レンズを通しての外の風景ですから逆さまに映し出されます。

この映し出される風景は写真ではありませんので、大きな船が通ればもちろん動いて映し出される。カメラの中にいるような感覚で六島の風景を違った感覚で感じることが出来ます。

もうひとりのアーティストは住中さん。

昨年の暮れと、3月にも六島の島小屋のリノベーションでもご活躍いただいているアーティスト。

その、島小屋の一室をこのように光で演出していただきました。

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時間がたつと光が変化します。

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ふすまには六島がデッサンされています。

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雨戸からもれる光も幻想的です。

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一部ステンドグラスも浮き上がります。

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中央に置かれる机の中央部にはこのデジタルフォトフレームが置かれ、六島の懐かしい写真がスライドショーされます。

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島小屋のところどころに住中デザインが・・・。

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箪笥の引き出しを活用した棚。

そして、子どもたちとのワークショップでは・・。

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ろうそくは灯台をイメージしています。
そしてグラスの中は子どもたち一人ひとりの島への想いが詰められています。

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秀逸です。何と小学校1年生の作品です。

このほかに、音のアートとして六島のシンボル「灯台」付近でのアートも現在製作中です。

途中経過ですが、これからまだまだ進化していくと思います。

是非、六島のアートブリッジをご見学においでください。
9月19日〜27日までです。









晴れの国おかやま就農セミナー&説明会

久々の投稿です。
17日は 標記のセミナー&相談会へ笠岡市から3人で参加しました。

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岡山の駅前のサンピーチです。
セミナーも就農希望者向けのものですが、新参者にとっては勉強のいいチャンスでもあります。
県の方々、普及所の方々、担い手育成財団の方々、農業会議の方々ともお話できるチャンス。といっても何を聞いたらいいかも正直わからない。

とりあえず、状況を見守るしかない新参者であります。

移住定住の相談会は何度か経験しているのですが、笠岡市の農業の受け入れの現状をあまり把握していないのでおとなしく控えて聞いていました。

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 サポートのグッズも充実しています。
何と!約20年年間に県内の新規就農者は205人ということです。
多いのか少ないのかもよくわかりませんが・・。

聞くところによると、平成5年から岡山県独自で新規就農研修制度というものがあって、受け入れ地域が1か月の体験研修を行って、受け入れ地域との合意ができると2年間有給で受け入れ地域で実務研修がおこなわれ、2年後に就農という具合です。

県内をはじめ関東方面からも20名ぐらいの就農希望者が相談を受けていました。

残念ながら笠岡を目指して相談に来られた方はいませんでしたが・・。
県の方が空いている方を笠岡へ誘導していただき、4名の方々とお話をさせていただきました。

姫路、大阪、鎌倉、岡山ですべて男性。30代から40代。
いろいろと迷っている方々のようで、何を作りたいという強い意志も持たれていない感じでした。
相談者の一番の関心事は、何を作りたいかというよりも初期投資が少なく、短期で収穫出来て、収入をあげることのできる品目は何か?ということでした。

正直、4名とも田舎ぐらし志向で農業はこれから色々と考えるという感じで、一般的な話に終始しました。
農業知識でアドバイスするというよりも、移住するにあたっての心構えや農業に対しての本気度を確認する感じで、これまでの移住相談の感じで、まず下見をして現場でいろいろな方々にあって話をしないと待っていては道は開けないなどと人生相談になっていました。

それでも、4名の方々は7月7日に開催予定の井笠の下見オリエンテーションに参加くださるようで、来たかいがありました。

井原市や矢掛町の職員の方々とも連携し、県内での取り合いになることなく、相談者の方の肌に合う地域を選んでいただければそれでいい。他の市町村の新規就農の補助項目も調べて、笠岡でも取り組めるものは積極的に制度化したいものです。

個人的には、研修を受け入れられるのは干拓の比較的大規模な農家であるが、干拓の場合新規で就農する時に土地を購入すること、下限面積が50aとかなり大規模な農業をする必要があり、機械などの初期投資も必要なのでハードルが高い。内陸部の集落営農組織などとのマッチングも必要ではないかと感じた。集落営農の法人化も進められているが、高齢化によって事務を担う人材不足も深刻で、そんな集落営農へ若手の担い手が加入すればある意味活性化すると考えられる。

それと、地域で稼ぐという意味でも「農業」の役割は大きい。集落営農とまちづくり協議会等の地域組織との連携を図り、地域づくりを目標をに「耕作放棄地対策」「中山間直接支払事業」などに取組み、国の補助等を有効に活用し、補助金目当てではなく、地域の経済・福祉の今後の展開をどれくらい考え行動することが必要。
そのためにも、笠岡市の農業政策の議論が必要です。

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笠岡の農業者訪問シリーズ

今日は農業委員会が午前中にあり、午後から現場廻りを行いました。

いかさ田舎カレッジ1期生でもある森晶・沙綾夫妻。
干拓と山口の2か所をご案内いただきました。
森さんは有機農業にこだわりながらの農業を展開されています。
干拓地に3反、山口に4反の畑を耕作しています。

今栽培されているのはごぼう、ニンニク、玉ねぎ、菜花などです。
ごぼうも、大浦太ごぼうという千葉県でよく作られている品種を栽培されています。
有機農法なので、農薬も肥料も使っていないそうです。
草も取りません。

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こんな感じです。

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一本、収穫してくれました。
こちらで作られるごぼうとは違った、こんな感じのものです。

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こちらは菜花です。
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今一番力を入れているのがタンポポです。
岡山のお茶屋さんから引き合いがあるようで、有機農法のたんぽぽも希少価値で高く販売されるとのことです。

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1年で収穫するのではなく、2年ぐらい太らしてから収穫するとのことです。

いつも仲の良い2人です。
干拓で1時間ほど話をお聞きして、山口の奥山営農組合へ・・。

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こちらが新山の耕作地です。

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なんだか耕作放棄地と変わらないような雑草の中にえんどうが植えてありました。
森さんいわく、イネ科の草から、2年がかりで柔らかい草に変わってきたとのこと....。

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この画像を見てください。丁度斜めに溝がありますが、溝の右側が手を入れていないところ、左側が森さんの耕作地。確かに右にはイネ科の草がびっしり生えていますが、左にはほとんどイネ科の草は見えません。
説明されないとわからないところですが・・・・。

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この二人の面倒を見てくれている方々。
平成22年ぐらいから耕作放棄地の解消を目指していろいろと活動されている農業集団です。

主に作っているのは米です。

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農業法人を立ち上げられて会員30名、作業者12名で活動をされているようです。
米価が低いのでなかなか運営は厳しいようです。
国の補助を活用しながら運営されています。

実は森さんはここ奥山営農組合でも畑を借りて耕作をされています。

今日も、組合の方々が森夫妻の農業のアドバイザーとしていろいろと話をされていました。
耕作放棄地を米に特化して栽培している奥山営農組合の若手の後継者として応援している。
しかし、組合として年間を通じての仕事がないのが現実でもある。

代表の佐内さん。定年後、荒れ果てた郷土を見るのが忍びないとの気持ちで始めた耕作放棄地解消事業、国の補助でいろいろな整備は出来たがそれに似合う収入確保が大きな課題。森夫妻の手がけている「たんぽぽ」も新しい作目として試験的に栽培が始まっている。

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奥山営農組合が活動を行っている地域。
秋になると黄金色の景色に代わる。一番きれいな風景ですよ!と紗綾さん。


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