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海外の反応をまとめました。



・いまだに見るたびに笑ってしまう。
スコットランド対ナイジェリア。



・↑何?
俺は本当に起こっている。
もしこの試合を自分が見に行っていたら、サッカーのことが信じられなくなるね。


・↑あのゴールは認められなかった。


・↑理由は?


・↑キーパーに対するファウルだろうな。


・↑審判は、審判らしく振舞った。


・↑審判に賄賂を払うのを忘れていたんだよ。


・↑面白いのは、試合の数日前から八百長の噂があったことだ。
そして、あんなことが起きた。


・我々アルジェリアが、ドイツ人とオーストリア人に弄ばれた日だ。
1982 FIFAワールドカップ 西ドイツ対オーストリア戦
各チーム2試合を終えた段階で、オーストリアが2勝、西ドイツ・アルジェリアが1勝1敗、チリが 2敗という展開であった。第3試合目はまずアルジェリア対チリが行われ、アルジェリアが3-2で勝利を収めたが、オーストリアと西ドイツはアルジェリアと チリよりも後に試合を行うという日程だったため、西ドイツは勝てば2次リーグに進むことができ、オーストリアも勝利・引き分けは勿論敗戦でも2点差以内な ら2次リーグに進むことができた。それをいいことに、両チームの最終戦は西ドイツが前半7分に先制すると、残り83分間両チームは攻める気配を見せず、そ のままタイムアップした。結果、西ドイツとオーストリアが2次リーグに進出し、アルジェリアは1次リーグで敗退した。試合後、アルジェリアはFIFAに提訴したが訴えは却下された。だが、後の大会から1次リーグの同一組の最終戦は同時刻に開催することが決定した。(ウィキペディア)

・↑我々ですら誇りに思っていない。
ドイツの解説者は、何が起きているのか気付いた時に、あまりに恥ずかしくなってコメントするのを止めてしまった。


・↑どうしてオーストリアを助けたんだ?


・↑お互いの国のことが好きだし、1-0のスコアは両者に恩恵があったからだよ。


・グループステージの最終戦は、同時にキックオフするようになった理由の一つだよ。





・八百長ではないかもしれないが、2002年の韓国は大きな影響を受けていた。


・↑俺たちは2002年の韓国については語らない。(スペイン人)


・↑何が起きたんだ?


・↑俺たちは2002年の韓国については語らない。(スペイン人)


・↑それには触れるな。(イタリア人)


・↑真面目な話、教えてよ。
当時はまだ10歳だったんだ。
2002年の日韓ワールドカップで何が起きたの?


・↑韓国は、ポルトガル・スペイン・イタリアとの試合で、賄賂を受けた審判の恩恵を受けた。


・1試合で149のオウンゴール。
この項では、2002年10月31日に行われたマダガスカル・サッカーリーグのASアデマSOレミルヌの試合について述べる。この試合はASアデマが149-0で勝利し、ギネス世界記録によってサッカーにおける最大得点差の試合と認められた。それまでの記録は1885年のスコティッシュ・カップでアルボロースFC(Arbroath FC)がボン・アコードFC(Bon Accord FC)を36-0で下した際の記録であるが、イングランドサッカー協会(FA)のデヴィッド・バーバーによれば、第二次世界大戦前にはノッティンガムの市内リーグで50-2というスコアの試合が、オーストリアの地域リーグで43-0というスコアの試合が存在したとされる。(ウィキペディア)
それと終了間際の10分間でオウンゴールが5つ記録されたしあいだな。
(インドネシア)1試合でオウンゴールが5つ・・・両クラブを処分(海外の反応)


・↑1つ目の試合は、八百長じゃない。
確か選手たちが、サッカー協会に怒っていたのが理由だ。


・↑自分のゴールを149回揺らすほど怒っていたのか?


・スペインは予選突破の為に、少なくとも11得点必要だった。
ハーフタイムの時点で3-1だった。
そして後半に9点奪った。
1983年12月21日に行われた、UEFA欧州選手権1984予選グループ7 第8節のスペイン対マルタの試合は、スペインが12-1という歴史的なスコアでマルタに勝利した。この試合の4日前、オランダはマルタを5-0で下し、スペインより一足早く予選全試合を終了した。
勝ち点13、得失点差+16であった。スペインとオランダが直接対決した試合は2試合合計2-2であったため、スペインが本大会出場を決めるには、マルタ戦勝利が必須であり、さらに得失点差で上回る必要があっ た。マルタ戦前のスペインの得失点差は+5であったため、マルタ戦では少なくとも11得点が必要であった。スペインは予選7試合で12得点であり、マルタ のキーパーのJohn Bonelloは、「スペインは少年チーム相手にも11得点を決めることはできない」と発言した。(ウィキペディア)

・1978年W杯のアルゼンチン対ペルーだな。
グループBでは、いんちきが行われそうな雰囲気があった。それぞれ1勝を挙げて迎えた第2戦、アルゼンチンとブラジルは、ファウルが横行するひどいスコア レスドローを演じた。南米の大国は、これで勝ち点で並んだわけで、最終戦が大きくものをいうことになった。だがなぜか、FIFAは2試合が同時に行われる よう強く要請することはなかった。ブラジルが最初に試合をすることになり、ポーランドに3-1と勝利。こうなると、次にアルゼンチンがすべきことは明白に なっていた。きっちり4点以上の差をつけてペルーを破り、“ホーム”での決勝行きを決めた。
アルゼンチンとの最終戦で、ペルーは調子良 くスタートしたかに見えたが、急に失速した。疑惑の中心にいたのは、アルゼンチン生まれのペルー代表GKキローガだった。アルゼンチンの軍事政権が相手に 何かを働きかけたのではないか、脅迫したのではないかという主張があった。反対に、ブラジル代表はペルーに頑張ってもらうために金を渡したのではないかと いう声もあった。もしそうだったなら、無駄金になったことになるが。(goal.com)

・↑78年大会そのものが、うわべだけの大会だったよ。(オランダ人)


http://goo.gl/eqJxi4
どうなる日本代表?アギーレら42名がリーガの八百長で告発される(海外の反応)

このキーパー、八百長していると思う?(海外の反応)

(海外の反応) こんな八百長臭いサッカーの試合見たことない

ナイジェリアの国内リーグ表ワロタ(海外の反応)

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