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ラルフ・ローレンス・カー(Ralph Lawrence Carr、 1887年12月11日 - 1950年9月22日)は、アメリカ合衆国の弁護士であり、政治家(共和党)。1938年から1942年までコロラド州知事を務めた。

第二次世界大戦中に公然と日系アメリカ人擁護を主張した数少ないアメリカ人政治家の一人であり、日系人の強制収容に も一貫して反対していたことで知られる。評伝としてカーの再評価に最も大きな影響力のあった Adam Schrager, The Princiopled Politician-Governor Ralph Carr and the Fight against Japanese American Internment, Fulcrum Publishing,2008 が、2013年7月に移民学者の池田年穂の翻訳で「日系人を救った政治家ラルフ・カーー信念のコロラド州知事」として水声社から出版された。前駐米大使の藤崎一郎が序文を寄せているが、藤崎は新聞のコラムなどでもカーの功績を絶賛している。(ウィキペディア)


海外の反応をまとめました。




1941年12月に真珠湾攻撃が起こり、日本人のみならず、アメリカ国民である日系アメリカ人に対する恐れや嫌悪も広まった。他州から日本人(その多くは米国市民権を拒否され続けている永住者であった)や日系人がコロラド州に移転したが、州知事であったカーは彼らを受け入れた。ルーズベルト大統領が1942年2月19日に外国人隔離を容認する大統領令9066号を発令、 日系人の強制退去を正式決定した。3月18日には大統領令9102号によって戦時転住局英語版が設置された。西海岸からコロラドなどの内陸の州に日系アメリカ人および永住日本人達が大量に流入した。真珠湾攻撃の3ヶ月後にカーはラジオ演説で次のように語っている。

コロラド州民のみなさん、冷静に賢明な市民として振るまおうではありませんか。 アメリカが人種の坩堝であるという事を思い出してくださ い。アメリカに対する忠誠心を、その人の祖父が生まれた場所で計る事は出来ません。もとをたどれば、我々全てのアメリカ人は国境の向こう側からやってきた のではありませんか。

コロラド州アマチ収容所開 設の約2ヶ月前にあたる6月頃に、カーは多数の日本人・日系人転入に対してコロラドの住宅・雇用・住民の保護に連邦政府の早急な対応が必要であること、一 方で日系アメリカ人や合法でアメリカに入国した日本人もコロラドに住む権利を持ち安全を保障されるべきであることを述べた書簡を法務省のコロラド代表検察 官宛てに送っている

カーは戦時転住局が西海岸に住む日本人と日系アメリカ人を1942年8月よりコロラド州プロワーズ郡グラナダに近いアマチに強制移住させることになった時も、「西海岸における第五列防止案」として支持した。しかし当時のコロラドの経済、市民リーダーはおろか連邦裁判長も賛成していた「日系人の強制収容所案」には強く反対した。世間の反日運動という風潮に逆らって、日本人と日系アメリカ人達を歓迎するようコロラド州民に呼びかけた。(ウィキペディア)



・少なくとも、彼はデンバーのサクラ・スクウェアで像を立てられて栄誉を称えられている。

1976年、カーの日系人に対する活動を記念して、デンバーのダウンタウン19番通りとローレンス通りにあるたった1ブロック四方だが歴史の古い日本人町、サクラ・スクウェアにカーの胸像が立てられた。胸像には以下の言葉が記されている。

第二次世界大戦中の集団ヒステリー状態で、アメリカを他国とは違う国に成らしめている気高き道義を他の権力者達が忘れてしまった中で、コロ ラドの州知事ラルフ・L・カーは賢明さと勇敢さを持って迫害されていた少数民族の日系アメリカ人を強く弁護した。カーは言った、「彼らは忠誠なアメリカ人 である」「敵と同じなのは人種という点だけである」と。自分の政治生命の終わりとなるやもしれない行動であるのに、戦争に対する州の努力に参加させるべく 日系人をコロラドに歓迎した。敵意に満ちた西海岸から何千人もが保護を求めてコロラドに移り、留まってコロラドの市民生活、文化、経済に多く貢献した。 カー知事の博愛の恩恵を受けた者達が、彼の断固としたアメリカ精神に感謝の意を表して、また彼が支持した大切な民主的理想は偏見や無知から永遠に守られる べきだということを永遠に忘れないためにこのモニュメントを建てる。1976年8月21日
(ウィキペディア)


・↑レイクウッドには、彼の名前が付いた通りがあるよ。


・私は過去数年、日系人の強制収容について知らないティーンエイジャーと話したが、その数を憂慮している。
どんな時代、どんな場所、アメリカでさえも権利が無視されうるという、苦々しい体験の光が輝いている。


・↑それは恐ろしいな。
すべてのカナダ人は、日系カナダ人の強制収容について教わる。
カナダには、ヨーロッパ系よりも長い歴史を持つ多くの日系人がいる。
この国の恥の一部だ。


・↑すべてのカナダ人が教わるわけではない。
ケベックでは、違った歴史を教えている。


・↑俺はアリゾナに住んでいるが、公立学校でこのことを学んだよ。
でも先生は必修だからではなく、重要なことだと思ったから教えている様子だった。


・↑その先生は正しいことをした。良かった。


・↑正直な話、「どうして学校でこのことを教えないんだ?」っていう事柄は、学校で教えられている。
学校の質が悪いことも理由の一つだが、多くの生徒が学ぶことに集中せずに、教えられたことも忘れてしまっている。


・戦争と同じなんだよ。
歴史の教科書では、勝った方がいつも良い奴らなんだ。


・↑第二次大戦に関して言えば、敗者側は日本とナチスドイツを含んでいたとはいえ、勝者側が良い奴らだったとは言えない。


・↑時々、第二次大戦には、2つ以上の立場があったように感じる。
枢軸国、同盟国、そしてロシアだ。
ロシアはドイツと同じくらい悪かった。
戦争に参加したがらない自国民を殺して、残虐な行為をした。
ロシアは良い奴らの一部とされるが、彼らは良い奴らではなかった。


・当時のアメリカは、白人だけの物だった。
少なくとも、現在は政府レベルでは当時と違うと思う。
911後にイスラム教徒を強制収容しようと言う奴らがいるなんて、信じられるか?


・↑何?グアンタナモのことか?
規模は違うけど、アメリカは今でも裁判もしないで人々を収容しているよ。






・恥ずかしいことだが、必要なことだった。


・↑いいや、全く必要なことではなかった。
第二次大戦中に捕まった日本のスパイは、すべてアメリカ生まれだったし、その数も一桁だ。


・アメリカへようこそ。
白人だったら、自由の地。


・↑ドイツ系アメリカ人とイタリア系アメリカ人も収容された。


・少なくとも、彼は自分の良心を打ち明けた。
俺たちがグアンタナモで人々を拘留し始めた時、あまり多くの人々が声を上げなかった。






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