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踏み絵(ふみえ)とは、江戸幕府が当時禁止していたキリスト教(カトリック教会)の信者(カトリック教徒)を発見するために使用した絵。本来、発見の手法自体は絵踏(えふみ)と呼ばれるが、手法そのものを踏み絵と呼ぶ場合も多い。当初は文字通り紙にイエス・キリストや聖母マリアが描かれたものを利用したが、損傷が激しいため版画などを利用し、木製や金属製の板に彫られたものを利用するようになった。絵踏が廃止されると、そのまま廃棄されたり再利用されたりしたため、現存するものは少なく、表面が磨滅した形で現存しているものも多い。(ウィキペディア)
海外の反応をまとめました。




・ジェームズ・クラベルの小説「将軍 SHOGUN」でもこの方法が使われたいた。
クラベルの作品が、歴史的にどれほど正しいのかは知らないが、もしこの時代の話に興味があるなら、きちんとした物語だと思う。


・↑将軍 SHOGUNは素晴らしかった。
テレビシリーズも良かったよ。


・サムライチャンプルーのシーンでもあったよ。


・↑ワンピースでも同じようなシーンがあったと思う。


・キリストはリベンジを果たした。
キリスト教徒が投げ入れられた長崎の近くにある雲仙は、1721年に噴火して、高さ100メートルの巨大津波を起こして、15000人の命を奪った。


・↑俺には火山が、日本食を食べて消化不良を起こしたように思えるが。


・だれもキリストや聖母マリアがどのような姿だったのか知らないんだから(たぶん彼らは存在していたんだろう)、俺は別に何の問題も感じない。
俺はカソリックだけどね。


・↑問題なのは、自分がしている行為の意味合いなのでは?
足の裏というのは、日本文化の中では体の中でも不潔な場所と考えられる。
キリストやマリアがどのような姿をしていたのかは問題ではない。
彼らを表す意図で描かれた絵を踏むことが問題だったのだ。


・↑同じような理由で、人の墓をまたぐようなことはしないよな。






・キリストと聖母マリアは、存在した。
聖書以外にも彼らが存在したことを示す疑いのないその時代の記録が残っている。


・↑ああ、その点な。
いまだに確たる証拠はない。
モーゼがたくさんのユダヤ人を率いてエジプトを脱出した証拠がないことと同じだよ。


・彼らがそれほど信心深かったのは、良いことだけどね。
俺なら踏むことを躊躇しないよ。


・俺はキリストのことを信じているけれど、彼は神の子だ。
人の命を救うためなら、誰も気にしないだろう。





・遠藤周作の沈黙を読んだが、小説のあらすじでは火山については言及していなかった。
だけど、もっとゆっくりとして苦痛のある処刑をしたと記述されていた。


・たとえ死を意味することになっても、自分が信じていることに背を向けることを拒否する人々のことを尊敬せずにはいられない。



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