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天城(あまぎ)は、日本海軍の航空母艦である。

雲龍型の二番艦。

艦名は静岡県伊豆半島の中央にある天城山に因む。その名を持つ艦としては3隻目。遠藤昭によると候補艦名として那須があったという。

1944年に完成はしたものの、竣工時に日本海軍は燃料や航空機不足となっていたために、作戦行動には従事せず、出撃機会のないまま呉港に対空砲台として停泊していた。その後、1945年、アメリカ軍機の攻撃を受け横転、着底し行動不能となった。

戦後、引き揚げられて函館港で青函連絡船修理用のポンツーンとして使用する案が出て、実際に函館港まで曳航されたが、到着する頃には青函連絡船の修理は函館船渠が請け負うことが決定していたため、結局解体処分されることになった。(ウィキペディア)

海外の反応をまとめました。



艦歴

  • 1942年(昭和17年)10月1日三菱重工業長崎造船所にて起工
  • 1943年(昭和18年)10月15日進水
  • 1944年(昭和19年)8月10日竣工
    • 9月 空母「雲龍」と第1航空戦隊を編成
  • 1945年(昭和20年)6月10日呉港外の三ツ子島に碇泊。3月19日、7月24日、7月28日に米軍機の空襲を受け損傷(呉軍港空襲)。応急処置の不備により浸水横転、着底。
    • 10月 除籍
  • 1947年(昭和22年)7月31日浮揚作業完了。後に解体処分
(ウィキペディア)


・最初、巨大な建物が横たわっているかと思った。


・船底の黒くて太い線は何?


・↑水線じゃないかな?
船側水面とが相接する


・↑じゃあ、転覆させられてから時間が経っているのか?


・水位の跡から判断するに、横転しから数週間経っているな。


・あの金属がただ横たわって、ゴミになるのは残念。


・↑浮揚作業の後、解体されたよ。
だから無駄にはなっていない。






・どうしてあの場所に排気口があるか分かる人いる?
場所が良くないと思う。
もし風向きが逆なら、排気ガスがデッキに戻ってくるんじゃないか?


・↑すべての設計が酷く見える。
スクラップを集めて、ただ溶接したように見える。


・↑実は素晴らしい工学のアイデアだった。
レーダーやソナー以前に、船は排気ガスのせいで、発見されてしまっていた。
大きな排気ガスは、数マイル離れたところからでも確認できる。
これはその問題を解決した。


・ほとんどの日本の空母は、こういった排気口と小さなブリッジを持っていた。


・俺の父親は空母モンテレーに乗っていた。
レイテ沖海戦を潜り抜けた。


・↑もし可能なら、俺の為に君の父親に感謝しておいてくれ。
「Last Stand Of The Tin Can Sailors」を読んで、彼らがどういった地獄を潜り抜けたか良く分かった。







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