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長崎県松浦市教育委員会と池田栄史琉球大教授(考古学)らの合同チームは2日、同県松浦市の鷹島沖の海底で、鎌倉時代の元寇(げんこう)船とみられ る木造沈没船を発見したことを明らかにした。構造が分かる状態での発見は2011年10月が初めてで、今回の船が元寇船と確認されれば2隻目となる。

 保存状態は良好で、当時の船の構造など元寇の実態解明につながると期待される。

 木造船は国史跡「鷹島神崎遺跡」の東約200メートル、深さ約14メートルの海底で見つかった。船体のうち船首部分から約10メートルが残っていることを確認した。後方部分は堆積物に埋まっているという。

 合同チームは05年度に鷹島沖の調査を開始。今年9月中旬に有望と判断した9カ所で潜水し、海底を鉄の棒で突いて遺物の有無や形状、材質を確かめる作業を始め、沈没船を探り当てた。

 池田教授は「さらに掘れば、武具や陶器が出てくるかもしれない。15年度の調査に期待している」と話した。

 元寇は13世紀の鎌倉時代に元が日本に攻めてきた事変で、2度目の弘安の役では暴風雨に遭った元・高麗軍の大船団が鷹島沖に沈んだとされる。〔共同〕

海外の反応をまとめました。




・今週は海底で色んな物が発見されるな。
事実なら素晴らしい。


・モンゴルは海からの侵入に成功したのか?


・↑いいや、彼らは神風に遭った。


・モンゴル人が侵略に失敗した際の船が発見されたのは初めてではない。
でも現存している難破船の中では、状態が最高だ。
考古学者が、この難破船とモンゴルの侵攻を結びつける決定的な何かを発見することを望むよ。


・他国を侵略するときに、どうして陶磁器が必要なんだ?


・↑貴族は「何か」から食べる必要があるんだよ。


・一流の陶磁器を日本に紹介したかったんだよ。


・みんなイスラム国は邪悪だと思うのにな。
モンゴル人たちは、別次元の悪だったぞ。


・↑彼らは政治支配の下で、とても革新的だったよ。
もし降伏しなかった場合は、罰が残酷だった。


・こういう話は大好きだ。
こういった古い物の発見の話を聞くことは興味深い。






・記事「1281年にフビライ・ハーンによって送り込まれた4400隻の船からなる艦隊は、日本人が神風と称した嵐によって、鷹島の近くで難破した。
モンゴルから国を守ることになった。

↑今日、彼らの国を破壊している同じような嵐や地震が、過去には多くの侵略者たちを食い止めた。
ブリテン諸島にも似たようなことが起きた。
悪天候が何度か侵略を妨害した。


・↑スペイン(笑)


・↑1558年のアルマダの海戦は、決して忘れない。

アルマダの海戦(アルマダのかいせん、英語: Spanish Armada、スペイン語: Grande y Felicísima Armada)は、スペイン無敵艦隊のイングランド侵攻において、1588年7月から8月(旧暦7月)に英仏海峡で行われた諸海戦の総称である。

広く知られる「無敵艦隊」の名称はスペイン語Armada Invencibleの訳で、スペイン海軍のC・F・ダロ大佐が1884年に著した論文の題名が原典とされている。イングランド側視点での歴史書では、“the Invincible Armada”の名称が揶揄的な表現として稀に用いられている。本国スペインにおいては、「最高の祝福を受けた大いなる艦隊」「至福の艦隊」(Grande y Felicísima Armada)と呼ばれていた。中立な視点からは、英語の文脈ではSpanish Armadathe Armadaなどと呼ぶ

なお、両国での暦が異なる(当時イングランドはまだグレゴリオ暦を採用していない)ため、記録上の日付も異なっている。日付はスペイン側のグレゴリオ暦とイングランド側の旧暦(ユリウス暦)を併記する。(ウィキペディア)


・↑フビライ・ハーンは、全ての船を同時に同じ危険な航路で送り込んだのか?


・↑たぶん安全だと思ったのだろう。
もしかしたら、何年も偵察船を送り込んで、何も事故が起きなかったのかもしれない。


・本当に素晴らしい発見だね。
モンゴルの船であって欲しいね。
神風の話は、日本ではとても伝説的だ。
人工物が発見されるのは素晴らしいよ。


・↑疑わしいな。
モンゴルは日本に到達しなかった。
それに彼らは海に生きる人々ではない。


・↑彼らは日本に到達して、日本人を恐怖に陥れたぞ。
でもメインの艦隊は到達することが出来なかった。




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