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人種的差別撤廃提案(じんしゅてきさべつてっぱいていあん Racial Equality Proposal)とは、第一次世界大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会において、大日本帝国が主張した、人種差別の撤廃を明記するべきという提案を指す。イギリス帝国の自治領であったオーストラリアやアメリカ合衆国上院が強硬に反対し、ウッドロウ・ウィルソンアメリカ合衆国大統領の裁定で否決された。国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初である。(ウィキペディア)
海外の反応をまとめました。



・ウィルソンはレイシストの中核派だった。
それと、いくぶん彼はならず者だった。


・↑かなりのね。
ホワイトハウスで、KKKの誕生を描いた「國民の創生」を上映するほどだ。

國民の創生』(こくみんのそうせい、原題: The Birth of a Nation)は、D・W・グリフィス監督による1915年公開の無声映画。(ウィキペディア)


・↑國民の創生は本当に酷いけれど、歴史映画としてはとても意義深い。


・↑正確に言うと、ウィルソンは揺るぎない人種差別主義者だったが、意地は悪くなかった。
在任中の彼は、レイシストの中でも穏健派だったと言える。
彼は南北戦争後に南部で育った。
彼の人種に対する見方は、そこで培われた。
でも彼の人種差別は、反黒人というよりは、白人としての責任を追求するものだった。


・↑これは良いコメントだ。
ウィルソンは、とても複雑な男だ。
単純に「良い人」「悪い人」のカテゴリーに入れることは出来ない。


・↑ほとんどの歴史上の人物に対して、同じことが言えるだろ。


・ウィルソンを擁護するつもりはないが、現代の基準で見ると、ほとんどのティーンエイジャーや20代の青年たちはレイシストだったよ。


・↑ほとんどの西洋の世界で同じだった。


・↑おいおい、西洋に限ったことじゃなかったろ。


・↑日本がこの考えを持ち出したのは皮肉だった。
1900年代初頭から1945年までの日本ほどレイシストになることは出来ない。


・↑利己主義だよ。


・ウィルソンは悪党だった。以上。





・彼は民主党員だった。
当時の民主党員は、レイシストだった。
共和党員の方が、民主党員よりはレイシストではなかった。
時の流れはすごいね。


・第一次大戦で、日本は連合国側についていた。
パリ講和会議には、連合国側の列強がすべて参加していて、同盟国の運命を決めた。
日本も他の連合国同様に会議に姿を現したが、他国は完全に日本のことを無視した。
日本が目に見えないかのようにふるまった。
彼らは怒りと恥辱を感じながら、会議を後にした。
この扱いのせいで、第二次大戦で彼らは敵国になったのかもしれない。


・でもウィルソンは、歴史上でトップ10に入る大統領だった!!


・↑ああ、俺自身も彼に対する愛が全く理解できない。
1917年に制定したスパイ活動法だけでも酷いものだった。


・いずれにせよ、国際連盟に加盟したこと自体が、大きな間違いだった。


http://goo.gl/mlKfku
1919年パリ講和会議で日本が人種差別撤廃を提案したのに否決されたって知ってた?(海外の反応)

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