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第2次世界大戦中にシンガポールで敵国同士の関係を超えて友情を育み、戦後も長く手紙をやり取りした日英両国の元兵士、山中亀男さん(享年82)とビル・ ノルウェーズさん(同68)の遺族が戦後70年目のこの夏、山中さんが眠る結城市内で面会を果たした。山中さんとノルウェーズさんは再会の望みをかなえら れなかったが、それぞれの遺族が世代を超えて友情の絆を確かめ合った。
英国から来日したのはノルウェーズさんの三男トビーさん(48)。29日に結城市上山川の山中さん方を訪れ、山中さんの次女佳子さん(68)、長男の妻好子さん(76)、孫の馨さん(50)の3人と対面した。
山中さんとノルウェーズさんは1942年、旧日本軍と英国など連合軍の兵士として、シンガポールで出会った。山中さんは連合軍捕虜を使って戦闘後の市街地を片付ける監視兵で、捕虜の中にノルウェーズさんが含まれていた。
山中さんは監視中、ノルウェーズさんの様子から「絵が好きそうだ」と感じ取り、紙と鉛筆をこっそり渡した。これが2人の友情の始まりだった。(茨城新聞)
海外の反応をまとめました。

http://goo.gl/rQyp7m

旧日本軍が進めたタイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬(たいめん)鉄道の建設で、過酷な労働を強いられながら英国へ生還したノルウェーズさんは、終戦 後の55年ごろ、山中さんに手紙を送ったとみられ、これ以降、2人の文通はノルウェーズさんが亡くなる86年まで続いた。
トビーさんは、家族が保管していた山中さんからの手紙を見て感動。連合軍の捕虜について調査・研究している「POW(戦争捕虜)研究会」(東京)に連絡し、今回の訪問にこぎ着けた。
同研究会によると、旧日本軍の兵士と捕虜の間に友情が生まれたのは奇跡的で、長く文通を続けた例はこれまでに聞いたことがないという。以下略(茨城新聞)

・今、私は泣いている。ありがとう。


・泰緬鉄道で働いた捕虜の孫として、この記事の礼を言いたい。
囚人の苦しみを楽にするために、最善を尽くした良い看守がいたことを知れて良かった。


・なんて感動的なんだ。なんて美しいんだ。心を動かされた。
我々の心が対話をして、ゆっくりと平和について語る。


・両側に無慈悲な人間と良い人間がいた。
両側とも無慈悲な植民地政府の代表だ。
イギリスは公平に描かれているが、それはある程度勝者だったことが関係している。
我々の日本人に対する見方と同じように、イギリス人のことを見る人々が世界に存在する。


・共通点が無いように思える2人の男同士が良い友人になれるなんて。
トビー・ノルウェーズが父親の戦争中の体験についての本を書くことを望む。


・良い人が難しい状況に追い込まれた。


・↑ああ、「追い込まれた」。


・↑一方は捕虜収容所で働くことを強要されて、もう一方は見張った。
両者とも徴兵されたと確信している。





・私の継祖父は日本の収容所で負った傷が原因で50年代に亡くなった。
母は44年にイタリアでドイツと戦闘中に命を落とした。
日本とドイツがこの70年間、平和であることは理解している。
個々の日本人とドイツ人に対して、怒りを感じるのは難しい。
でも日本の捕虜収容所は、ドイツの敵に対する解決法と同様に残酷だった。
素晴らしい話だが、自分の家族に直接影響を与えたことを忘れるのは難しい。


・日本の捕虜収容所に囚われていた人間の27%が命を落とした。
ロシアの捕虜になった枢軸国の捕虜の約50%が命を落とした。
それなのに、誰もロシアの捕虜に対する扱いについて語らない。
多くが1950年かそれより後になるまで、故郷に帰ることが出来なかった。


・感動的で美しい話だな。
山中亀男のような人間が、もっとたくさんいたら良かったのに。


・どうやら人類にもまだ望みがあるようだ。
どうして我々はこんなに難しくするのだろう?
我々はただ本能に従うことは出来ないのか?


・一週間を始めるのに素晴らしい話だ。

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