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藤本 俊(ふじもと しゅん、1950年5月11日 - )は、元体操競技選手、山梨大学教授。1976年モントリオールオリンピック体操男子団体金メダリスト。
(ウィキペディア)
海外の反応をまとめました。


広島県出身。1973年(昭和48年)3月、日本体育大学卒業。同年、紀陽銀行に入社 その後山梨大学教育学部助手 現在山梨大学教育学部教授。1976年(昭和51年)のモントリオール五輪で、藤本はゆかでひざの半月板を痛めたが、藤本の状態を心配することでコーチやチームメートのソビエト連邦との金メダル争いに対する集中力が欠けることを心配してそれを黙っていた。続くあん馬で9.5、つり輪でも2.5mほどの高さからの着地も決めて9.7の高得点をマーク。しかし、つり輪の演技終了後、ついに演技続行は不可能となった。日本チームは背水の陣を余儀なくされたが、藤本のあげた高得点もあり、日本はソビエト連邦を0.4点という僅差で退けて金メダルを獲得した。数年後、藤本はもう一度同じことができるか聞かれたが二度とできないだろうと答えている。 後日、右膝にひびが入っていることが判明した。藤本は、カナダオリンピック委員会から、「勇敢選手賞」を与えられている。(ウィキペディア)



・これを見たのを憶えている。
素晴らしかった。
最高の吊り輪のルーティンだった。


・これぞ献身だよ。


・↑それと本物の意志の力だ。


・これを憶えている。
彼は着地を決めた。


・私が子供の頃は、ケリー・ストラグが最高の体操選手だった。
彼は膝蓋骨が割れているのに演技をしたの?


・真の伝説だね。


・他のインタビュー動画で述べていたが、最初の床競技で彼の膝は既にヒビが入っていたらしい。


・涙が出てきた。
後で彼を治療した医師は、着地の際に藤本がどうして痛みで叫び声を上げながら、崩れ落ちなかったのかを理解できなかったそうだ。


・本当に感激するよ。


・同じような話で、カート・アングルは首を骨折しているのにオリンピックのレスリングで金メダルを獲得した。





・オーマイゴッド。
シンプソンズの元ネタはこれだったのか?


・↑今日、そのエピソードを見た。
同じことを疑問に思っていた。


・↑どの冗談?


・↑これだよ。



・膝のことは全く分からない。
でもサッカーをしている際に膝が外れてしまった。
本当に痛かった。


・今日の昼食中に、この演技について語っていたんだ。
1976年のオリンピックで、日本の体操選手だったことは憶えていた。
でも名前が思い出せなかった。
彼のことを調べて、この動画を見つけた後に、名前を思い出せなかったことを恥ずかしく感じてしまったよ。


・彼について初めて聞いた後、動画を見たことを思い出すよ。
彼はすぐに私のアイドルになった。

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