ppp
1937年11月にLAの日刊紙が、日本がどのようにアメリカに攻撃を仕掛けるのか予想した地図を発行しました。
日本の最初の標的は、ハワイと真珠湾の米艦隊だと予想しています。
ハワイへの攻撃後は、ハワイとアラスカからLAとサンフランシスコに対して海と空から攻撃を仕掛けると予想しています。


海外の反応をまとめました。


画像
0000


・この計画は、完全に筋が通っている。
これにより、損失を受けることなく、南太平洋で作戦を行える余裕を彼らに与えていただろう。
で、どうして彼らはハワイに侵攻しなかったんだ?
どうして我々にジャブを放っといて、弱気になった?
我々が船と飛行機を造り始めて、再編成できるように1年与えた。
全く意味が分からない。


>>で、どうして彼らはハワイに侵攻しなかったんだ?
↑彼らは侵攻しうようとしたよ。
真珠湾攻撃の半年後に戻ってきた。
ミッドウェー海戦の頃だ。
我々が勝利し、ハワイを乗っ取るという日本の試みは終わった。


・素晴らしい計画のように見えるが、海軍と空軍への日本の供給能力を当時の人々は買いかぶっていた。
兵站がすべてなんだよ。


・西海岸を制圧した後の彼らの計画は?
陸から東海岸に侵攻するのか?
それとも、条件に折り合いがついて交渉が終わるまで、粘るつもりだったの?
当時の日本軍は、どれくらい陸地戦を上手くできたの?


・↑彼らがアラスカと制圧していたとしても、それより東と南に侵攻できたとは思えないね。


・↑ちょっと忘れられた歴史だが、日本はアラスカに侵攻した。
かなり人里離れた島々で、より大きな戦いが同時に起きていたためだ。
でも、西海岸の空襲の拠点として使われると恐れられていたよ。


・↑良い指摘だ。
あそこで戦った男に関するドキュメンタリーがある。
あいにく、酷く退屈だったが。





・当時の報道機関のメンタリティーを良く現しているよ。
日本人が見ることが出来るように、標的と位置を示した攻撃計画を描き、発行した。


・日本のアメリカへの侵攻計画は、原爆によって邪魔されたことを皆が知っている。
1960年代に貨物船でソニー・トヨタ・ホンダを送り込んだ時、初めて米国への侵攻が成功した。


・>>日本のアメリカへの侵攻計画は、原爆によって邪魔されたことを皆が知っている。
↑いいや、日本にはアメリカに侵攻する計画はなかった。
彼らはアメリカを怖がらせて、米艦隊に決定的な打撃を与えるために、ハワイを攻撃した。
アメリカは標的として大きすぎるし、日本から遠すぎる。
アメリカを怖がらせたかっただけだよ。


・1940年5月まで、米艦隊がサンディエゴに拠点を置いていたことを考慮すると、1937年にハワイが「最初の標的」になると予想することは奇妙だ。


・彼らは攻撃を完結することが出来なかった。
アメリカ(とカナダ)には、あまりに多くの武器と国民がいた。
それが本土侵攻を不可能にした。
真珠湾の艦隊が破壊された後、アメリカが平和を願うと日本は思っていた。


・第三次世界大戦で、日本がどのように復讐をするか予想する地図が我々には必要だ。


・要点か?
奴らが初めて、俺たちが終わらせた。
それ以上言うことはない。

https://goo.gl/VqEUby,http://goo.gl/AaxZVw
第二次大戦中に日本軍がアラスカに侵攻して真珠湾攻撃よりも米軍の死傷者が出たと初めて知った(海外の反応)

follow us in feedly