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ムスリムの移民を標的にしたトランプ大統領への政策を含む、最近のマイノリティへの迫害に光を当てるため、カリフォルニア州が、第二次世界大戦中の日系人強制収容に関する教育を拡大することを決めました。

海外の反応をまとめました。



・我々は物語を語り継がないといけない。


・もう一度思い出させてくれ。
誰が強制収用を命じた?
そうだった!
民主党のフランクリン・ルーズベルトだ!


・↑あのな、何でも政治にからめるべきじゃないんだよ。


・我々はフランクリン・ルーズベルトのモニュメントをすべて取り壊すべきだ。


・↑フランクリン・ルーズベルトは、ナチスドイツから逃れてきたユダヤ人を拒絶した。
フランクリン・ルーズベルトは、ハーバード入学を認められたユダヤ人に反対するロビー活動を行った。
それなのに学者たちは、彼をトップの大統領に位置付ける。


・同意だ。
我々は、フランクリン・ルーズベルトが果たした役割をもっと知るべきだ。


・↑ヒトラーは、フランクリン・ルーズベルトのファシストなプログラムを称えていた。





・私のように子供たちが学校で「マンザナールよ、さらば」を読まなかったことに驚いた。
というか、夏休みの間に読書しなくても良いことに驚いたよ。


・カリフォルニアの人々は、怒りの葡萄も読むべきだ。
この問題に関して、より直接的な歴史的説明を行っている。
『怒りの葡萄』は、アメリカ合衆国の作家ジョン・スタインベックによる小説である。初版は1939年。この小説により、スタインベックは1940年にピューリッツァー賞を受賞した。後のノーベル文学賞受賞も、主に本作を受賞理由としている。 ウィキペディア


・人々は1882年の中国人排斥法と1913年のカリフォルニア州外国人土地法についても学ぶべきだ。
市民権も土地の所有権も投票権もなかった。
政府関係や製造業では雇用されず、ホワイトカラーの仕事に就けなかった。
中国人排斥法(ちゅうごくじんはいせきほう、Chinese Exclusion Act)とは、1882年5月6日にチェスター・A・アーサーアメリカ合衆国大統領が署名した法律。中国人労働者の移住を禁ずる、合衆国史上自由移民に対する最も重い制限の1つであった。1868年米中間で調印された、中国人の自由移民を平等互恵の立場で認めるバーリンゲーム条約[1]に対して、1880年に中国人の移住を停止する旨改正されたことを受け施行。本来は10年間の期限付きとされていたものの、1892年の更新を経て、1902年には恒久的な措置として実施されることとなる。1943年12月17日、マグヌソン法により廃止。ウィキペディア
カリフォルニア州外国人土地法( - しゅうがいこくじんとちほう、排日土地法、ウェッブ法案、英:California Alien Land Law)は、米カリフォルニア州議会で1913年に可決された、市民権獲得資格の無い外国人(主に日系人らアジア系移民)の土地所有および3年以上の賃借を禁止した法律。ウィキペディア

・↑大学でアジア系アメリカ人に関する授業を受けるまで、これらについて全く学ばなかったことに私は酷く腹を立てたよ。


・いいね。
人々は何が起きたのか学ぶべきだ。
私の高校の教科書のように誤魔化さないことを祈る。


https://goo.gl/atMSwE,https://goo.gl/kb3PPr,https://goo.gl/nBrfxy
日系人強制収容、署名から75年(海外の反応)

強制収容された日系人の当時と今の写真(海外の反応)

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