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(スレ主)1930年の東京の地図。

海外の反応をまとめました。




・良い地図だね。
最初、少し戸惑ってしまったけれど、上が北ではなく西なんだね。
左下にある海を見て、LAを思い出した。


・丸の内・大手町・虎の門は、東京のビジネスの中心として、いつ日本橋にとって代わったの?


・当時の品川が、街の郊外であったことが素晴らしい。


・↑渋谷もね。


・以前にも投稿されたが、もしかしたら君たちが興味を持つかもしれない。
現在の地図と昔の地図を横並びにしたものだ。
航空写真まであるぞ。


・新宿駅でさえ、街の外れにある。
駅の西側は地図に載ってすらいない。


・路面電車が道路を支配していた時代か...。


・これから数十年も経たないうちに、街は炎に飲み込まれる。


・↑7年ほど前に既に起きているはずだよ。
東京で1923年に大きな地震と火災が起きた。





・上野駅が終点だったのか。
山手線はそれ以上先がない。


・↑つまりこの地図は1925年よりも以前のものだということだ。


・我々イギリスの大使館があんな粋な場所にあることがいまだに信じられない。


・↑特に他の大使館の移転の仕方を見るとね。
中国、ドイツ、フランス、ロシアの大使館はずっと南にある。
アメリカ大使館でさえ移転した。
地図の六本木通りの逆側だよ。


・四ツ谷駅の近くにオーストリア=ハンガリー帝国の大使館がある。
だからこれは1930年よりもずっと古い物であるに違いない。
オーストリア=ハンガリー帝国は、かつて欧州に存在した国家。ハプスブルク帝国の一つであり、その最後の形態である。 ウィキペディア


・↑中央線と万世橋駅の存在から、1912~1918年の間であることが分かる。
神田に駅と線路があるようだが、駅名はない。
神田駅は1919年に開業した。
だからこの地図はそれよりも前の1918年頃のものだと思う。


・↑良く見つけたな。
私も駅を見ていたが、新大久保は1914年に開業している。
ブラジルの大使館は1918年に築地に移転した。
スウェーデンの大使館は築地にあったが、1918年に築地から移転した。
よってこの地図の日付に結論を下すことが出来る。
スレ主よ、この地図は1930年のものではなく1918年のものだ。


・今、そして今から100年後のリオよりもきちんと計画的に整理されている。


https://goo.gl/HJBLJT


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