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(スレ主)1945年9月、チャンギ刑務所で日本の強制収容から解放された後に撮影された連合国の捕虜たち。

海外の反応をまとめました。



チャンギ刑務所(英語: Changi Prison)は、シンガポール東部のチャンギ地区にある刑務所。 1936年に英国海峡植民地の行政府によって、民間人の監獄として建設された。 第二次世界大戦中の1942年2月、日本軍によりシンガポールが陥落すると、日本軍は約3000人の民間人を、わずか600人収容のチャンギ刑務所に収容した。また刑務所近くにあった英国軍のセララン兵舎を、英国人、オーストラリア人を中心とする連合国の捕虜50000人強を収容する捕虜収容所として使用した。英国やオーストラリアで、「チャンギ」という言葉は刑務所を表す言葉となった。 日本のシンガポール占領中に、約850人の捕虜がチャンギに抑留中に死亡した。全体の27%が死亡したが、日本の捕虜収容所では相対的に低い死亡率であった。しかし、多くの捕虜が、シンガポール国外の様々な強制収容所に移送された後に死亡したり、泰緬鉄道の建設作業やサンダカン死の行進などにより死亡した。 以下略(ウィキペディア)


・博物館で全く同じ写真を見た気がする。


・左前にいる男はジョニー・デップみたいだ。


・これは素晴らしい写真だ。
もっと知りたいね。
シンガポールが侵攻される前に、連合国はすべて逃げたと思っていた。


・↑シンガポール陥落時に日本は8万人もの連合国の捕虜を捕まえた。
捕虜になった数としては、イギリス戦史において最悪なものの一つだった。


・イギリス軍にとっては、かなりの恥だ。
降伏せずに、もっと上手くやれたはずだ。
悲しい。


・どうしてみんな完璧な髪型で髭をきちんと剃っているの?


・刑務所でしか味わえない生活について私はいつも空想してしまう。


・チャンギに収容されていた芸術家の展示会をオーストラリア戦争博物館で見たよ。
看守の肖像画がとても良く描かれていて、戦争犯罪で訴追するために使用された。





・興味深い写真だ。
各房にトイレがある。
みんな栄養不良には見えない。


・↑本当に?
私には痩せているように見えるけど。


・↑ああ、痩せている。
でも日本の収容所の写真でよく見られるような生きる骸骨ではない。
当時の人たちは概して痩せていた。


・↑日本人は占領地域における民間人と捕虜の扱いが悪いことで有名だった。


・↑シンガポールが陥落したのは1942年で、この写真は1945年に撮られた。
彼らは問題ない。


・↑チャンギは日本の収容所の中ではベストの一つだった。
実際、男たちが厳しい労働に送られる前の「保養」収容所として使われていたくらいだ。
つまり可能な限り最高の状況から最悪の状況に送られた。
とはいえ、連合国の収容所に比べたらずっと酷かった。


・アメリカの潜水艦が日本の輸送を壊滅させていたから、日本は深刻な食糧供給の問題を抱えていた。
フィリピンなどに比べると、シンガポールの食糧備蓄はマシだったのかもね。
もしくは、ここの指揮官は捕虜の扱いに関して違う考えを持っていたとか。


https://goo.gl/Xjjfy4


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