三重県の鈴木英敬知事が、29日の県議会の一般質問で、「県政に対する本気度」を聞かれていた。
                                  (30日付・伊勢新聞参照、発言部分引用)
鈴木知事は 「就任してから県政以外、考えることは寸分もなく、人生としてやってきた。(中略) これからも本気度を伝える努力をしていきたい

若い知事だから、国政のほうに感心があるのではないかとの懸念の上にたっての質問と、いまはただ県政に夢中と言いたかった知事なのだろう。

ただ、わたしが思っているのは、言葉だけ言われても、むなしいということ。
姿勢のどこかに国政を向いているのやろうと疑われるフシがあるから、県議会議員も敏感に反応するのだろう。

100円市&ご当地グルメ 139わたしは、英敬さんのことはまったく存じない。知事就任後、イベント会場で発言しているのを1,2度見たのと、あとは、イベント会場で何かを食わされている様子を新聞の写真で見るか、一度、わたしも撮ったぐらいで、とにかく、イベントでカジュアルな行動力をアピールしているところしか印象にない。
きょうの伊勢新聞の「記者席」というコラムにも書かれているが、県議は「(新聞やテレビに連日登場する鈴木知事に)もう見飽きたわ、という人もおりますので」と冗談交じりに質問したということにも頷ける。
わたしも、イベント会場で、大きく口を空けて、カレーやら肉を食っている知事の姿など、見飽きたわ!。

知事職としての本気度は、どこにあるのか、見えてこない。
前に、三重県庁の事業仕分けを見学に行ったが、2日目だったせいか、知事はいなかった(初日はずっといたのだろうか?)
松阪市の山中光茂市長は、松阪市が事業仕分けを実施した際、2日間、ずっと、市の事業仕分け会場(一年目も二年目も)にいて、時折、重要な局面があると自ら身を乗り出して発言していた。
首長は、自ら重要度が高いと判断した施策に対してはずっと居て、じっと注視していてこそ、自ら選んだ重要政策にかける強い意思というものが見えてくる。
わたしも、もし、県の仕分け会場で知事を見ていたら、少しはかれに対する“偏見”が改善されたかもしれない。

実は、もう一点、重要なことを言っておきたい。
イベントなどに来賓として招待されたとき、知事夫人を代理出席させるな、ということ。
この春、松阪市民文化会館で開かれたあるセレモニーの舞台の来賓席に、山中光茂・松阪市長、鈴木健一・伊勢市長、田村憲久・衆議院議員(自民)夫人、鈴木知事夫人の4人が並んでいた。
2人の市長は本人出席、衆議院議員と知事は奥さんの代理出席だった。
山中、鈴木の両市長は、公務としての出席だろう。歴史街道を生かしたまちづくりのイベントだから、街道でつなぐ松阪、伊勢の連携的意義もあるわけで、首長が公務で訪れることは許容されると思った。衆議院議員が地元の集まりに来れないことはよくあることで、夫人を代理出席させることもある。まあ、これは公務(議員活動)でもなんでもなく、一政治家個人としての政治活動と受け止めるべきだろう。
で、もう一人の方、知事夫人をどうとらえるか。
「知事の妻」であると挨拶されていたが、夫人を出したということは知事は公務ではなく政治活動として夫人を派遣したということになる。
松阪、伊勢両市長は公務、衆議院議員と知事は政治活動。
わたしは、松阪、伊勢両市が首長の公務と位置付けているのなら、県も知事の公務と位置付け、夫人ではなく、知事本人が来れないなら、副知事かその他関連ポストの長、もしくは松阪県民センター長を出してくるべきだろうと思う。
かりに、松阪市の山中市長が、私的な集まりではない、おおやけのイベントに、奥さんを代理で出させて挨拶させたとしたら、大勢の市民が違和感を感じることだろう。
首長にも、政治家としての側面と行政職としての側面があることは否定しないが、望ましいのは政治家としてではなく行政職としてのふるまいではないだろうか。
行政職、すなわち、首長としての知事に徹することを本気とするならば、奥さんを知事代理で連れてくるようなことはできないと思う。
代理に夫人を出すのは、個人後援会の親睦会・レクレーション程度、つまり、身内(支援者)の集まる領域にとどめてほしい、と、一般県民としてのわたしはつくづくと思う。
北川正恭・元知事、野呂昭彦・前知事なら、そうしたであろうと思う。

就任から半年たつ知事だが、そんな中途半端さが気になる。支持母体の自民党県議から、やんわりと指摘を受けるぐらいだから、そんなによろしき知事ではないのかもしれない。
何か、心から拍手を送りたくなる強いメッセージを発信するような県政への本気度を見せてほしいものだ。