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【公式】忘れられない"ケンカ"エピソード に参加中!
これは、livedoor Blogのブログネタ企画「【公式】忘れられない“ケンカ”エピソード」参加用の記事です。

もう30年ほど昔のことです。
当時、バックパッカーの真似事のような旅をして、スペインの南端から船で北アフリカのモロッコに入り、カサブランカ行きの夜行列車に揺られていました。

車内を見回っていた警察官が何事か話し掛けてきましたが、言葉は分かりません。
すると、前に座っている若い男が「『この列車は危ないから次の駅で降りて別の列車に乗れ』と言っている。僕は降りるから一緒に降りよう」と“通訳”してきました。

確かに、夜11時発のこの列車を待っている時から駅では物騒なことばかりでした。
「あんた、そこにいると狙われているから、うちの店にいろよ。安全だから」と客引きしてくれる者。代わる代わるに男たちが近寄ってきては何やら勧誘してきます。そのうち、目の前で取っ組み合いのケンカを始める男たちもいました。
確かに、周囲を見ると、カモになりそうなのは、わたし一人でした。
早く列車に乗る時間が来ないかと思う時間の長いことと言ったら。

そのとき、小さなリュックを持った、少年が大学生になりかけたような地元の若い男が話し掛けてきました。
英語ができました。
信用したわけではないが、柔和な感じだし、一人で突っ立って時間を待っているよりは仲間がいた方が良さそうだと思いました。
けれど、話の調子にあまり信用しない方が良いかなと思うところがありました。そういうわたしの心が気にさわったのか、こんなことを言って怒りました。

「僕は仕事を持っている」。

これは確かに言い分として通ります。
いまから30年前の日本では若者が定職の仕事を持っているのが一般的で、まだ、「フリーター」という言葉も生まれていなかったと思います。
当時、ヨーロッパでは仕事からあふれた若者も多かったはずですから、仕事を持っているかどうかが、その人を信用するかどうかの尺度の一つと言えたかもしれません。

けれど、何かの拍子に、「僕はガバナー(日本では知事)の息子だ。尊敬しなければいけない」と言われてしまいました。日本の政治風土の中で生きているわたしが、そんなことでこの男にひれ伏すわけにはいきませんが、そういうことを言うのも政治文化風土の違いかと、受け流すことにしました。

やっと出発時間となり、列車に乗ろうとするとあとを付いてきます。えっ?一緒に来るの? しかも、2等車の同じシートに向かい合って座ってきました。
どこまで行くのかは知らないけど、しょうがないかという感じですが、ちょっと出来すぎてないかなあ。わたしと話をしているうちにカサブランカまで行くと知って、同行して何かをたくらんでいるの?と思ってしまいました。

わたしは、確か200円ぐらいケチって、寝台車の乗車券を買いませんでした。それで不用心ながら安い車両に乗っていました。夜行だから砂漠を走っているのか荒野を走っているのかはわかりませんが、窓の外は街あかりなどなく真っ暗です。窓を向いていると、通路を挟んだ席に座っている男がわたしを見てニヤニヤしていたかと思うとわたしの隣に移ってきて、何やら話し掛けてきます。薬物の売人だと教えられました。
その男が去っても次から次へと男が来ては何かを勧誘してきます。

時折、車掌と一緒に警察官が見回って歩いてきます。
そのうち、一人、逮捕され、連行されていきました。

そのたびに、一緒に付いてきた若い男が英語に通訳してくれるのですが、その内容が半信半疑です。
この男にも魂胆があるのではないかと思えてしようがなかったのです。

しばらくして、警察官が「次、降りろ」と言ってきました。カサブランカには早朝に着く予定ですが、こんなどこともわからない真っ暗な駅に降ろされても、このあとどうしろというのか。このまま、乗っていれば、目的地まで行けることだけは確かです。

「僕は、降りるよ。一緒に降りようよ。一晩中、さっきの麻薬売りのような奴が来るよ。一人になったら困るだろう?」

確かにその通りですが、乗り換える列車なんかあるのか。

「悪いが、キミのことも信用できないんだよ」と言ってしまいました。
すると、思いっきり、顔を前に近づけて、「お前のパラノイア(妄想)に付き合っていられない!」と怒鳴って下車していきました。

ホームではこちらを見て、列車は動き始めているのに、「今だったら大丈夫。降りてこいよ」と手招きしています。さっきあんなに怒っていたのにそこまで言うなら信用すべきかと思い、思わず足は動きました。が、ゆっくりには見えますが動きかけている列車から飛び降りて大丈夫なぐらい身軽ではないと思い、席に戻りました。

しばらくしてまたやって来た警察官は、「なんだ降りなかったのか。じゃあ、今夜は一睡もするな。朝まで自分の荷物から目を離すな」と言ったように思います。

その通りにしました。そう、このまま、座っていれば、朝にはカサブランカに着くことだけは確かなのだから。

朝靄にカサブランカと書かれた駅のホームに滑り込んだ時はホッとしましたが、あのとき信用すべきだったのかどうか、いまでもわかりません。
本当の親切心や友情だったのかもしれないのに疑ってしまったのかもしれないと思うと胸が痛みます。

【後日談】
帰りには200円をケチることなく、寝台車を選びました。寝台車の出入り口はしっかりガードする人が付いていて、朝までよく眠ることができました。