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これまで、何度か紹介した”平凡な韓国人”からの最新メールをご紹介。最新と言ってもこのメール受信したのは先週末です。かなりの文量があるので、二回に分けて投稿します。ちなみに、今回のメールが最後になるようです。

メール受信日:2013年11月22日23時50分
名前:平凡な韓国人
過去の記事
韓国人「韓日併合がありがたくない理由」
韓国人「日本人が知らない歴史の真実」
韓国人「日本人の反論に回答します」
韓国人「慰安婦について言わせて下さい」


アンニョンハセヨ、カイカイ管理人さん。慰安婦問題は日本のためにも、必ず解決すべき問題であることを説明したく最後のメールを送ります。かなり長い文章です。内容は以下の三部構成になっています。

1. 韓日関係亀裂の始まりも、結局は慰安婦問題だった
2. 李明博が独島に行った理由と朴槿恵が日本と距離を置く理由
3. 韓日関係改善に価値はあるのか?そして可能性は?


1. 韓日関係亀裂の始まりも、結局は慰安婦問題

2011年12月18日、韓日関係の破綻が決定されます。
韓日シャトル首脳会談のため日本を訪れていた李明博前大統領は、当時の日本の首相だった野田佳彦氏に対し、正式に慰安婦問題の解決を要求しました。しかし、野田首相の返事は日本大使館前の慰安婦平和碑を先に片付けて欲しいという極めて原則的なものでした。結局、会談は予定時間よりも15分ほど早く終わります。当時の雰囲気は、この一枚の写真に克明に表れています。
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笑顔の野田首相とは違い、深刻な表情を浮かべている李明博前大統領。この時、李明博は日本との関係は見直さねばならないと決心していたと思います。そして、その基調を朴槿恵が引き継ぎます。

なぜ李明博は慰安婦問題によって日本との関係を見直さねばならないと決心したか。それについて少し説明したいと思います。

以前、書いた「米軍の報告書の慰安婦の実態」を見ても分かる通り、韓国と米国、そして世界各国の慰安婦問題に対する公式的立場は以下の通りです。
・日本はこれまで一度も公式的な謝罪をしたことがない。
・慰安婦被害者に賠償を求めるが、韓日基本条約は国家間の賠償であり、そこには個人間における請求権の放棄は記されていない。しかし、日中間の条約には「個人の請求権放棄」が明確に表記されており、日本の原爆被害者が日本政府を相手取った損害賠償請求裁判でも、米国との条約に国家間の請求権放棄は協約されていたが、個人間における請求権の放棄は記されていないので、直接米国に請求するよう判決を下したことがある。
追記(2013年12月2日0:00):本記事投稿後、メール主から以下の文章が送られてきたので掲載します。

駐米日本大使を務めた柳井俊二氏が外務省条約局長として勤務した1991年8月27日の参議院予算委員会で「個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」と答弁したように、韓日基本条約における個人請求権は消滅しなかったことを認めました(大韓民国国民の対日請求権、そして日本人のための請求権)。

そして個人間の犯罪であり、たとえ双方が契約をしていたとしても、法の処分を受けるようにする「jus cogens」または「peremptory norm」と呼ぶ国際法原理があり、慰安婦のような重大な人権犯罪は国家間の条約をしていたとしても被害者の権利などを消滅させることはできないと明確に位置付けています。

現在まで確認された慰安婦被害者の数は、亡くなった人まで含めると237人で、生存者のみでは56人です。賠償額を見ても、韓国が日本の大震災の際に募金した額の一部程度です。
※日本赤十字の公式記録によると、日本が受けた寄付金総額のうち、韓国が世界5位になっていますが、韓国国民の募金額を除いた韓国政府の支援金として計算され、世界20位にも入っていなかったと一部の日本人が捏造し騒ぎ立てました。それを聞いて、当時、心を込めて寄付をした大勢の韓国人たちはがっかりしました。

日本における慰安婦問題の認識は、河野談話で公式的に認めた内容であり、賠償額はさほどでもなく、問題としてはそれほど大きなものではないと考えているかもしれませんが、李明博政府にとって、その解決は大変重要なものでした。そしてこの李明博政府の一方的な片思いは、後に大きな禍根を残すことになります。李明博は日本で生まれ、韓国と日本を同盟国で結ぶ歴史的使命を完遂しようとし、かえって破綻させた悲劇の政治家です。 それを示す3つの例を以下に紹介します。

李明博の対日政策とそれに対する抵抗
1)李明博政府が、あまりにも積極的に天皇の訪韓を推進したため、国民から反発を受けます。天皇の年齢は、儒教国の韓国においては「大人」となります。大人に対しては、”もてなす”ではなく、”仕える”という、さらに厳正な対応をせねばなりません。

かつて、金大中と金正日が初の南北首脳会談をした際にも、金大中が高齢であったために、その礼遇内容がしばらく議論されました。これは韓国にとっては重要なことです。参考までに、韓国では高齢者の交通費は無料です。またドア近くの最も良い席は、指定席と決められており、若者はそこに座りません。

話しを元に戻すと、つまり、高齢の天皇が訪韓した際には、”仕える”という状況が演出されなければならないということです。しかし、韓国国民情緒としては、そういった対応で迎えるには、まだ解決せねばならない歴史的な感情の闇が残っていました。この部分を李明博が見落としていたことは非常に残念でした。

2)日本の自衛隊と韓国軍との間で情報交換を推進していましたが、野党の抵抗を受けます。

3)米国の外交情報報告書の内容に、李明博の実兄である有名な政治家が、李明博は骨の髄まで親米・親日と発言した内容がリークし、政治的に大きく萎縮することになります。個人的に思うことですが、李明博は本当に骨の髄まで親日だったと思います。だから強引にでも、天皇訪韓を推進していたのだと思っています。

では、なぜそんな骨の髄まで親日だった李明博が、野田首相とのシャトル外交から反日に転じたのでしょうか?

2011年12月18日、韓日首脳会談
李明博に対し、野党は絶えず、「李明博は過度に親日である」と攻撃し、「歴史感がない」と散々指摘していました。実は、この時まで、慰安婦問題については韓国政府が直接乗り出さず、ほとんどが市民団体が主導していました。「歴史観が不足した親日」と仕立てあげられた李明博は、日本の首相に助けを求めます。

おそらく、自分がこれまで日本との関係に努めてきたことが評価され、さらに河野談話など日本が公式的に認めたものもあり、補償額もさほど大きくない(参考までに、反日感情が最高潮の今、韓国裁判所で強制徴用されたと確認された韓国人に対する賠償額は韓国のお金で1億5000万ウォンとの判決が出ています。一般的、米国などと違い、韓国の賠償額はあまり大きな額にはなりません)ので、日本首相が解決してくれると期待していたようです。

しかし、冒頭で示した通り、日本首相の返事は日本大使館前の平和碑を撤去して欲しいというものでした。市民団体が主導して作った平和碑の撤去は、ただでさえ独裁と批判が集まっていた李明博には不可能でした。この事件後、李明博の中で何かが大きく変わります。そして本格的に独島訪問などを実行し、日本との距離を取ろうと試みます。しかし、その際に予想もしていなかったことが起きます。

李明博の天皇の発言
2012年8月14日、忠清北道清原郡を訪問した李明博大統領。その席で質問者に対し回答しました。「跪いて謝罪しなければならない」という発言は誤解であり、実際は以下のようなものでした。

 「日王(天皇)が韓国を訪問したい場合は、まず、過去、日帝強制占領期間の時に日本が犯した悪行と残虐な行為について心から反省しなければならない。日王が大韓の独立闘士たちの前で頭を下げて謝罪をすれば、日王訪韓も可能だったであろう」

日本では、天皇が最高尊厳でしょうが、皇室や国教のない韓国では、「護国英霊」が最高尊厳となります。その始まりは、中国を統一した隋の煬帝が自ら総動員し数百万の大軍を率いて征伐に来たのを二度も撃破し、隋の国力を大幅に低下させ、最終的に滅亡に至るまでした乙支文徳将軍のような方から、最近では、韓国戦争の時に潜伏していたソ連製戦車T-34に対し手榴弾を抱え肉弾攻撃で撃破した一般の兵士たちなど、過去数千年の間で韓国の民族が存在できるよう守ってくれた偉大な戦士たちをそう称しています。独立運動家たちも当然この護国英霊に属します。

韓国大統領及び、すべての政治家たちが、国家的に重要な日に、必ず参拝する大韓民国の最高尊厳に対し、天皇が頭を下げて謝罪すればという発言が、日本人たちにはそんなに無礼な要求となるのでしょうか?天皇は太平洋戦争の皇国軍人たちに頭を下げないのでしょうか?

そもそも、李明博の発言は、「こうしなければならない」と要求したものではなく、人口15万人にも満たない田舎町で、その場に訪れた人に対し、当時の状況について説明したものであり、それを持って韓国政府は謝罪せよと言われたら、みなさんはどう思いますでしょうか?「跪いて謝罪しなければならない」など、発言の誤解はあったでしょうが、かつて、釜山の射撃場の火災で多数の日本人が亡くなられた際には、韓国の首相が直接被害者家族の前で正座して謝罪したように、この発言に何らかの失言があったのなら、すぐに謝罪していたはずです。


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